紅魔館の門にて。
紅美鈴は今日も今日とて門の番人をしている……筈だった。
彼女は惰眠を貪っていた。
門柱にだらしなく背をもたれて、見ている者が気持ちよく思える程、それはそれは幸せな眠りっぷりを周囲に見せていた。
ここに紅魔館当主のレミリア・スカーレットが来てもきっと寝ているだろう。
壮絶なまでの眠りっぷり。
そんな状態ならば当然、紅魔館へ侵入しようとする者が居ようとも許してしまう。
「そーなのかー」
「あたいが一番~!」
「本を借りに来たぜ」
色々と侵入させてしまった。今日で通算千二百回目の侵入。
そうして、また侵入者を許してしまった彼女はこっぴどく叱られる運命にあるのだろう。
「であるからして・・・」
紅魔館内大図書館。パチュリーは今日も今日とて魔理沙から本を盗まれた。
盗まれた本は一体何冊目になるだろうか。全て門番が役割を果たしていないことが原因だ。
だから、パチュリーは紅美鈴に説教をしている。
喘息の為、途中で息継ぎをしながら喋っているが、それでも紅美鈴にとってそれは聴いてて辛かった。
実際、彼女は困り顔である。
もう、それは回鍋肉にチルノを入れたくらいの困った度だ。
もっとも、有難い説教は、しかし、的を射ていた。
門番なのだから関係者以外を通すな。当然のことだった。
太陽は何をどうしようと東から昇るのだ。決まりは守る。仕事はする。
そんな当たり前のことをパチュリーは教えていた。
「ですが私はしっかりと門を守って」
「寝るな」
「私は門を守ろうと」
「寝るな」
「私は」
「寝るな」
そうして、パチュリーの説教が終わる。パチュリーは大図書館の奥へとゆっくりと歩いていった。喘息が残っているのか、まだ咳をしていた。
あぁ、今日も門を通してしまった。
紅美鈴はがっくりと項垂れる。戻ってどうしようか。寝ようか。
「寝るな」
サトラレか! サトラレなのか!?
パチュリーの声が大図書館の奥から聞こえて、思わず飛び上がる紅美鈴。
とりあえず寝るのはよそう。
ここに誓う。私は寝ない。パチュリー様に迷惑をかけてしまったのも睡魔がいけないのだ。惰眠が私の大事なモノを奪っていったのだ。
輝かしい門番オブ門番の称号も、咲夜さんとの愛の日々も、レミリア様の大統領をも納得させる程の信頼も。全て睡眠という自虐行為が奪ったのだ。
……ほとんど誇張だけど。
とにかく、これ以上は寝ない。私は門に居る限り一睡もしない。
紅美鈴は鉄よりも固い誓いを胸に刻んだ。
「zzzzzz・・・」
「そーなのかー」
「チルノ待ってよ」
「やだよー! リグルよりも早くスタートに到着」
そうして、うっかり寝てしまい不正侵入を許したのが次の日のことだった。
どうしようか。どうしたら寝ないで門を守れるのだろうか。いつも、ついうっかり寝てしまう。
紅美鈴は夢の中で悩んでいた。無論、本体は現実世界の門柱にもたれて眠っている。
いつものことである。
夢の中の世界では紅美鈴は寝ていない。夢の中で寝ていない、というのはおかしな話だが、兎に角寝ていない。寝ないで門を守っている。
不正侵入者も現れない。何故なら都合の悪い者はこの世界から排他されるから。
凄い機能だった。
ついでに言うと都合の良い性格の者ばかりここには居た。
彼女を褒め称える咲夜さん。
彼女を舐めるように愛しているレミリア。
彼女に寝ろ、と優しい言葉をかけるパチュリー。
優しい世界だ。
きっとこの世界を紅美鈴は愛しているのかもしれない。
この世界を愛して平和を永遠に誓い、この世界で永久に門を守りたいと無意識に願っているのだろう。
門番をしながら椅子に座って烏龍茶を飲めるこの日々を。
素晴らしい想い。
現実世界でこの想いをぶちまけたら、日の目を見れない体になるが、それでもこの想いは余りに都合が良すぎて素晴らしかった。
それは実はどうでもいいことだったのだが、兎に角、紅美鈴は悩んでいた。
どうしたら門番の仕事を普通にこなせるか。
ルーミアが通る前に寝ていては意味が無い。
チルノが通る前に寝ていては意味が無い。
そう、ならば目が覚めるような衝撃を絶えず受けていればいい。
ずっと痛かったら眠ってしまうこともないだろう。
素晴らしいアイディア。神経細胞と神経細胞が繋がったときのような爽快感。
これは早速試さなければ。
だが、誰にこんな頼みごとをすればいいのか。
私に絶えず痛みを与えてくれるような人物。
出来れば痛みを快楽に変えられれば良いのだが、そんな高等技術を私は持ち合わせていない。
最高級の痛み。
痛みと言ったら力か……。
「それで私に頼んだ訳か」
「はい。貴方のような力を持つ人に殴られ続けたら寝ないと思いまして」
紅魔館門前。
ここには紅美鈴と星熊勇儀が居た。
この鬼はこの間、霧雨魔理沙から紹介されて知った妖怪だ。
酒豪の彼女とは日本酒と紹興酒を交わす仲になった。もちろん門前以外で交わしている。
門を守るだけが門番ではなかった。
紅美鈴はそんな力の勇儀に直ぐに頼みに行った。
それに星熊勇儀は一言、応と返事を返して応じてくれたのだった。
しかし、星熊勇儀が全力で殴った場合、とんでもないことになる。
紅美鈴の頭蓋骨が埋まるだろう。地面に。
そうならないようにと思い、ハリセンを勇儀は用意してくれた。
これで殴られれば痛いけど重体にはならない。力の勇儀は優しかった。
「おっ、来たぞ」
勇儀がそう喋る。
彼女が向いている先にはルーミアが居た。
ついに来た。私は今日こそ門番としての仕事を忠実にこなしてみせる。
「さぁ、勇儀さん!」
「応よ!」
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
ハリセンで叩く。爽快な音が門の周りに響いた。
目が覚めるような爽やかな音だ。これを続ければ眠ることもあるまい。
「くっ、まだ眠い! 勇儀さん、もっと!」
「応よ!」
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
これでもまだ眠い紅美鈴。彼女の睡魔は最早、神がかっていた。
勇儀の全力ハリセンを以ってしてでも眠くなるとは、さすがだ。
そうこうしている間にも門へと進んでいくルーミア。
まだだ。まだ通す訳にはいかない。
パチュリー様と誓った。咲夜さんと誓った。レミリア様と誓った。
熱い愛を交わしたんだ。
もちろん全部虚偽だけど、それでもルーミアを通してはいけないんだ!
「通さないわよ!」
「応よ!」
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
三連チャンで叩く勇儀。
これで紅美鈴も起きたことだろう。
「zzzzzz・・・」
寝てしまった。彼女の眠りは幻想郷一なのだろうか。
いや、違う。眠りと言ったら居るじゃないか。彼女が!
再び紅美鈴の夢の中の世界。
ここは理想郷だ。あらゆる邪魔者が排他されて、良い人しか存在しない。
休暇もあるし、三時のおやつもある。そんな世界。
この理想郷には今二人居る。
一人は紅美鈴。そして、もう一人は八雲紫。
八雲紫はあらゆる境界を弄ってこの夢の中の世界まで来たのだった。
一体、大妖怪が何故こんなところに。疑問が深まる。
「貴方はこれ以上眠ってはいけない」
それは大妖怪からの警告だった。
八雲紫は頻繁に睡眠を取る。それは紅美鈴に通じるところがある。
そう、八雲紫もまた被害者だった。紅美鈴と同じなのである。
シリアスな展開。被害者は苦しいものなんだ。
しかし、紅美鈴も眠りたくて眠っている訳ではない。
眠いのだ。自然の摂理は捻じ曲げようが無い。それくらいの生理現象なのだ。
「教えてください! どうすれば寝ないで済むのですか」
「分からない。頑張って」
それだけを言って夢の世界が終わる。
解決策は分からなかった。余り八雲紫が登場した意味は無かったのだった。
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
ハリセンで叩かれてようやく目が覚めた。
たんこぶが出来ている。どうやらたくさん叩かれたみたいだ。
「駄目だったな……」
星熊勇儀は残念な想いを口から零す。
ルーミアもチルノも魔理沙も門を突破してしまった。
そう、今は夜だった。
あぁ、また私はやってしまった。これで何度目だろうか。
どうせ私なんて駄目門番――――――――――――――――
「――――――馬鹿野郎!」
ズバコォォォォォォォオオオオオオオオン!
ハリセンで叩かれる。
それで紅美鈴はハッと我に帰る。
「諦めるな。諦めたらそこで試合終了だぞ!」
あぁ、その通りね。私はどうかしていたわ。
咲夜の説教を受けたあとに紅魔館の門へと戻ってきた紅美鈴。
今日こそは寝ない。これで何度目になるか分からないが、とにかく、寝ない。
命令通りに起きていようではないか。
そう、今日も秘策があった。
「今日こそは通さないわよ」
「私達に任せなさいよ」
今日は紅美鈴はプリズムリバー三姉妹と一緒に居た。
メルランは管楽器群を台風のように回しながら、頭をシェイクさせている。凄いテンションだった。メルランのやる気は大有りだ。
ルナサは不動。その表情に変化という文字が無いのではないか、と思わせる程、無表情。テンションは低いようだが、それはいつものこと。気にしたら負けだ。
リリカは自分の偉さについて姉二人に豪語している。偉かった。
そんな三姉妹。
彼女らはこれから何をするのだろうか。
「騒音を鳴らしまくって、寝そうになる私を起こし続けてください!」
五月蝿ければ眠れない。眠らなければ不正侵入者に注意も出来る。
これが紅美鈴の作戦だった。
そうこうしている内にルーミアがやってくる。さぁ、演奏の時間だ。
神曲を創り上げたダンテも悲鳴を上げる程の騒音が今始まろうとしていた。というより悲鳴は誰でも上げるだろうが。
「行くよ。姉さん達」
「あぁ」「うん」
そうして、三姉妹が全力で発した騒音が空気に乗って広がった。それは手始めに紅魔館の数少ない窓を全てぶち破り、館内に侵入していった。
そして、レミリアの睡眠という名の安らかなひと時を破壊して、咲夜の仕事をかき乱して、パチュリーの読書中の精神を横殴りにする。
紅魔館は大パニックだ。フランドールがパニックになって、ついうっかり紅魔館を半壊してしまった程である。これが後に史上最強の姉妹喧嘩に発展したのだが、それはまた別の話しとなる。
騒音は止まらない。
騒がしい空気は紅魔館から白玉楼、永遠亭と伝播していく。人間の里にもそれは向かい幻想郷は大混乱となった。
「行ける! これなら何とか寝ないで済む」
だが、これでもまだ眠いらしい。
常人が聴いたら向こう百年は寝ないで済む、と思える程の騒音も紅美鈴の眠りの前では意味が余り無かった。
しかし、それでも効果はある。
そーなのかー、と言っているルーミアに対して不可侵の原理を説くことが出来る。
「ここから先は通っては駄目よ!」
ついに起きたまま、この一言を言うことが出来た。渾身の一言。
これでもう紅美鈴に思い残すことは無い。遠慮なく逝ける。あぁ、私は頑張ったんだ……。咲夜さん、後は頼みます。
そんなエピローグを勝手に作り、浸ってみる紅美鈴。
「そーなのかー」
だが、周りは騒音により五月蝿い。
五月蝿い空間で果たしてその発言は聴こえたのだろうか。否、ルーミアには聴こえていない。
声は騒音によりかき消されてしまっていたのだった。
ルーミアは紅魔館へと歩みを進める。紅魔館の食料を今日も胃に入れる気だ。
どうする紅美鈴。寝るか、また寝るしかないのか。
違う。口で言ってはどうにもならない。ならば取るべき手段は一つだけだ。
「実力行使!!」
「そーなのかー!」
飛び蹴りをかましてルーミアを吹っ飛ばす紅美鈴。ルーミアは星となった。
色々と問題があるが、とにかく、門を守った。
ちなみに、星熊勇儀のときにもこうしていれば良かったのだが、彼女の頭ではそれに気が付かなかった。
紅美鈴は一仕事終えたこともあって安堵の息をつく。
そして、紅い後ろ髪に両手で触れたあと、バサリと持ち上げて、髪を跳ねさせた。
終わった。
もう何度通したか分からないけど、それでもようやく守ることが出来た。
守るモノがある人はやっぱり強くなれる、ということを実感した。
あぁ、良い話だ。
ん? 咲夜さんにレミリアお嬢様にパチュリー様。小悪魔さんにフランドール様まで。
どうしたのだろう?
……気が付くと騒音は止んでいた。プリズムリバー三姉妹は誰にやられたのか、気絶している。嫌な予感。
「「「「「おまえが騒音の原因だな」」」」」
そうして、私はその日紅魔館の住人に咎められることになった。
……せっかく門を守ったのに。
>とりあいず寝るのはよそう。
これは誤字なのかどうか判断に迷った所。
>とりあいず寝るのはよそう。
誤字です;修正しました。
あと、頻繁に眠ってしまう、という設定です。
ちなみに
>鳥龍茶
烏龍茶です。