目を開けると布団の中に見知らぬ少女がいた。そんな状況を想像してみて欲しい。
冬の寒空のなか、布団のなかはまるで聖地のように暖かく、春の陽気すらまとうかのようである。白濁する意識は集合と離散を繰り返しながら、行く当てのない旅路を続けるかのように、無意識の大海を漂っている。
うつらうつらな、そんな時分。
ふと八雲紫が目を覚ますと、まったく記憶にない少女が同衾していた。
超スピードとか催眠術とかそんなチャチなものじゃなく、いっしょのお布団の中で寝息を立てている。
幻想郷の住民ほぼ全員に不気味がられている八雲紫とて、さすがに思考の臨界というものであった。
まず思ったことは、きわめて抽象的な思考である。
人語ではないので解析することは不可能であるが、およそ以下の通りとなる。
――ゆかれいむじゃない!
いったいなにがどうなってるのだろう。
わたしが仮に男だったら嬉しい状況なのだろうが、
いや霊夢だったら嬉しいだろうとかチラリと考えてしまったが、
知らない女の子である。
紅い髪が微妙にウェーブしていて、見た目的にはかわいらしい。頭の側面あたりにはこうもりのような羽がついている。彼女は眠たそうに目をこすってようやく起きだしたようであり、必然的に目があった。目があっても相手の視線には困惑は見られず、にこりと微笑を浮かべるのみ。
「あなたどこかで見た覚えがあるわね」
と、紫は聞いてみた。
相手はお布団のなかにもぐりこみながら答える。上目づかいのうるるんとした視線。媚びた視線だ。
「紅魔館の末席を穢しております小悪魔です。こぁとか呼ばれることもありますけれどね。うふふ。今日は紫さまに大切なお話があって来たのですよ」
「それがいったいぜんたいどうして、布団のなかにもぐりこんでいるのかしらね」
少し怒気をみせたつもりだ。
見たところ、妖気というか魔力というべきか、いわゆる単純なパワーだけみると、小悪魔の力はてんでたいしたことなく、妖精よりはちょっと強いかもというレベルのようだった。そんなレベルの小悪魔が、幻想郷中の妖怪その他もろもろから恐れられている紫の布団のなかに入りこむというのが、不可解以外のなにものでもなかった。
てゆーか。
ぶっちゃけ変でしょ。
ゆかりん、困っちゃう。
心のなかでぶってみても、あくまで外面上はババァ――失礼――カリスマ妖怪である。
小悪魔はクククと小さく笑ったあとに、なぜ布団の中にもぐりこんでいたかという謎の答えを話し始めた。
「いえね。紫さまのふところに抱かれるというのも魅力的なことだと思ったのですよ。大結界を管理なさっている紫さまのようなお方と同衾できるなんてチャンスがそんなに訪れるとも思いませんしね。わたくし、こう見えて途方もないほどに浅慮でして、できそうなことならエイヤッとばかりにやってしまおうというタイプなのですよ。蛮勇とか尻軽とか呼ばれることも多いですけれどね。おおよその場合、それでよいのです。思考は毒であることが多く、議論は毒であることが多く、決意をする前に人間は力つきることが多いからですからね。考えないことが肝要なのですよ。お気を悪くしましたか?」
「気を悪くするとかそういうレベルの問題じゃないような気がするわ」
「寒かったのですよ」
「…………」
言ってることは、よくわからない。
というか、なにかもう決定的にズレているような気がした。
ただ漠然とだがなんとなく紫のことを慕っているかのようでもあり、あまり強くは言えないところでもある。
紫には幻想郷のすべての生命に博愛を施そうという意志がある。
たとえ、こまっしゃくれた生命でも例外はない。
それに今はべつのことが気にかかっていた。
「藍はどうしたのかしらね」
紫が寝ているときは、藍が取り次ぐことになっているはずだ。
「ああ、あの方でしたらね。厚揚げ三つで買収されましたよ」
小悪魔は軽い口調で言った。
ぴくり、と紫が反応する。
「それは嘘ね。あの子はああ見えて性格的に硬いのよ。特にわたしのことになるとね」
頭脳の回転数では人後に落ちない紫のこと、あっさりと小悪魔の嘘を看破する。小悪魔はふふふと短く笑うのみ。ちなみに両者ともお布団の中に入ったまま話をしているから、距離的に近く、紫の不信感と冷たい視線を浴びて、なお心理的に揺らぎがないのが逆に不気味なくらいだった。
「嘘ってわけじゃないのですよ。わたしはこう見えて嘘をつくのは大嫌いでしてね。嘘をつくるのは好きだったりするのですが、わたしの口がなんらかの矛盾を言うことはそうそう無いのです。で、先ほどの買収という言葉の意味が、いったいどういうことだったかといいますと。端的に言えば、お土産だったのです」
「それで、藍はあっさり通したの?」
それも考えにくいことだった。
紫は眠りを妨げられるのを不快に思うタイプだ。主人が寝ているときであったなら、藍は決して客だろうと通しはしないだろう。
ましてや同じ布団で寝ているなどと――。
「大切な用事があるのだといったら通してくれましたよ。幻想郷全体にかかわる問題なのです」
「ふうん。そんな大事な用事なのね……」
そんな大事な用事なのに厚揚げを三つほど持ってくる。
いかにもな嘘。
明らかすぎる虚偽。
それはもう嘘というレベルですらない。あまりにも嘘っぽすぎるために嘘でなくなってしまっている。誰かを騙すほどの力がなければ、それはおよそ嘘と評価されない。
ただの冗談である。
しかし、こいつは――と紫は思う。
少し気を締めてかからないとやけどをしてしまうかも。
この小悪魔は確かにそういった言葉を藍に伝えたのだろう。藍もバカ正直に言葉どおり受け取ったとは思えないが、ここで問題なのは小悪魔の力量である。小悪魔の力は圧倒的に弱く、紫がたとえ寝ていようとも、絶対的に害することは不可能である。その危険性の少なさが藍が小悪魔を通した本当の理由だろう。
おそらくはネチネチと言葉攻めされたか。
主人に丸投げなんていい度胸ね。
紫は静かに藍に対する怒りの念を抱きながら、ようやく布団の中からのそのそと起きだした。小悪魔もその後に続く。
ちゃぶ台をはさんで、紫と小悪魔は視線を合わせた。
「で、なにが大事なの?」
小悪魔は明らかに聞こえているにもかかわらず、まるで聞こえないように振る舞いながら、
「お茶は出ないのですかねー」
と言った。
紫はさすがに心の中で舌打ち。しかし外見上はにっこりと微笑んだまま、少女らしい潤いのある声をあげる。
「藍。お茶を出して!」
「先ほど言いませんでしたか? 藍さんはいませんよ」
「どうして?」
「言うのをすっかり忘れていたのですけれどもね。ここに来る前に藍さんの式であられる橙さんでしたっけ? その方にお会いしましてね。道を聞くついでにお土産の緑茶の葉っぱをお渡ししたのですよ」
紫は一瞬で、その意味するところを理解した。
「それで、あなたは藍にこう言ったわけね。橙にお茶をお土産として渡したから、いっしょに厚揚げを食べてはどうだ、と」
お茶と厚揚げ。
両者は互いに引き立てあう。まるで主人と式のような関係性を有している。
それらをご丁寧に分断して渡して、藍を橙の側へと移動させたわけである。
「ご明察です。というわけでしてねぇ。藍さんはいないのですよ。あぁ、喉が渇きましたー」
客人をもてなすこともできないと言われるのもしゃくなので、紫はスキマを使って、お茶を取り寄せた。
「取り寄せバッグみたいですねー」
とは小悪魔の言。紫は無視して話を進めることにした。
「で、今度こそ聞くけれど、いったいなんなのかしらね。わたしをたたき起こすぐらい重要な案件なのでしょうね」
「単純ですよ。スペルカードルールについてです」
「スペルカードルール、ね」
確かに幻想郷内にあってはスペルカードルールこそが絶対の規律であり、このルールに関わる案件ならすべてが無条件に重要であるといえる。
小悪魔の言動はあまりにもへたくそな演技が入っており(演技をしている演技なのだろう。意味がわからんちん。ゆかりん、まいっちんぐマチコ先生)、まったくもって重要な感じがしないのであるが、たとえ少しでも幻想郷の危機の可能性があるのなら聞かないわけにはいかない。
少しだけコントロールされているようで、嫌な気分になったが、紫の幻想郷における役割上、しかたないことと言えた。
「スペルカードルールには欠落している点がありそうです」
と、小悪魔はのんびりとお茶を飲みながら口を開いた。
「なにが欠落しているのかしら」
「そもそもの前提のお話をしましょう。釈迦に説法どころのお話ではなく、はっきり言って不遜以外のなにものでもないと思いますが、浅慮なわたしにとっては段階を踏んだ思考が必要なのでしてね。不可避的なプロセスなのですよ。よろしいですか」
「かまわないわ。でも、できるだけ手短にね」
「よく言われます」
ひひと小悪魔は短く笑う。
それから居住まいを正して言うには、
「わたしは平和を心から願っているのですよ。そこで平和について考えてみました」
「いまの幻想郷はおおむね平和よ」
「言うまでもありません。ですが、再認識するためにあえて根源に遡って考えてみましょう。平和とはなにか。それはもう言葉にするまでもないことですよね。平和とは――戦争状態にないことを言うわけです。したがって、平和の裏である戦争を定義することから始めてみても、わりと有用なことなのではないでしょうか」
そして、小悪魔の長い口上が始まる。
さて、先ほども申し上げましたとおり、平和とは何かという問いに対しては、その裏ともいえる戦争を定義する必要があります。
狭義の意味では、戦争は交戦権の衝突といわれていますね。つまり国家間の武力紛争であって、それ以外の、たとえばテロリストやゲリラとの戦闘は戦争ではないわけです。しかし、テロリストとの戦争、ゲリラとの戦争とメディアには呼ばれているように、広義の意味では、それらの内的な紛争も戦争と表現されることがままあります。
では、両者を包括するような広義の戦争概念とは何でしょうか。
これは私見になりますが、思うに、戦争の本質は単色化にあるのではないでしょうかね。平和な状態においては、多種多様な服装、色があふれていますが、ひとたび戦争になれば、軍服により一色に統一され、軍に所属していない者も、産業を通じて、戦争へと駆り立てられるわけです。多様性を殺すことが戦争の本質であり、多様性とはすなわち個性のことであるから、個性を殺すことが戦争であるといえます。
個性とは人権の主体です。
――つまり、戦争とは人権の破壊である。
と、一応言えるわけです。
戦争状態においては、体制に対する人間的な懐疑心や良心が惰弱や反逆と同視されます。また行政複合体は曲直の判断がつかず、理性は麻痺しています。麻痺ならまだしも、狂気にすら駆られ、結局は自分の身を滅ぼしてもおかしくはない。
異常が正常になるのです。歴史的には、それほど珍しいことではありません。むしろ圧倒的大多数がそんな感じなのではないでしょうかね。
ふふ……、バカな人間どもですね。失礼――愚かでかわいい人間でした。
他方、民衆側はどういう推移を辿るのでしょう。
考えるまでもありません。これもほとんど同じです。民衆は戦争遂行能力に特化され、行政に支配されます。
部品化。身体の自由の拘束。そして心までも拘束されるわけです。
戦争では人が殺される。このような明瞭な事象さえ現代においては曖昧になっていますよね。
コンピュータ制御の機械的作業と化し、実際に爆撃機に乗っている人間が観察できるのは、せいぜいが紅い炎だけなのですよ。
そして、兵隊さん。
戦争のコマであり主役であり花形である彼らは、大量の生命を屠殺することで、英雄視されます。
平和な状態ではわずかに身体の自由を侵しただけでも、狂人扱いされるのに対し、あまりにも評価が隔絶している。
殺すという構成要件的事実は同じであるにもかかわらず、戦争では人を殺すのは『善い』こととされるのです。
本当はまぁ――善いも悪いもないのですがね。ただ人間は人間を殺せるという当たり前の事実があるだけです。『あ、殺そうかな』と思って殺せるのが人間の意思であり、そこに価値観を混入させるのは自由ですが、あまりにも意味はない。ただの事実です。
もっとも、後押しにはなりそうですがね。
価値観とは自己の肯定化につながるわけですから、賞賛の声にしたがって、流れに身を任せて殺すのは簡単です。
このときおよそほとんどの人間は自らの人権すら放棄しているのに気づいていません。
人権は自ら死にいたる。
このように戦争は人権の理念と到底あいいれないのですよ。
水と油です。。
したがって、平和とは人権が保全されるための必要最低条件ともいえるでしょう……。
長い……。
長すぎる。
紫は黙って聞いていたが、さすがにしびれを切らした。
「それでいったい何が問題なのかしら?」
「平和というのがいかに大事かということを自分のなかで再確認していました」
「それは問題の前提にすぎないでしょう。スペルカードルールの欠落部分についての話はどうなったのよ」
「それは、いまからです。ひひ」
小悪魔は不敵に笑いつつ、再び話を再開した。
戦争とは人権の破壊であり、平和とは人権のために必要な最低条件であることがわかりましたね。
平和は大事だということを口で言うのは簡単ですが、少なくとも上記のような理由ぐらいはあげられないと人間失格でしょう。まあ本当の平和というのは平和について考えることさえない状態だとも思いますから、一概にはいえないのですけれどもね。
ところで、人間が平和を願うのは今にはじまったことではなく、むしろその歴史は戦争と同じぐらい古いことです。紫さまなら捏造されていない生の人間の歴史というものをご存知でしょうから、言うまでもないことでしょう。
しかしながら、その概念の存在の仕方はあくまで希求であり、実現されたことはありませんでした。
平和とされた時代でさえ陰ながら戦争の準備がなされており、つまり戦争準備期間であったのです。真の平和ではなかったといえるのですよ。
これもご存知でしょうね。紫さまの博識ぶりには頭が下がりまくる思いです。
人はどうして争うのでしょうね。わたくしのような平和主義者には本当にまったくぜんぜん理解しがたいところなのですが、逆に理解しがたいがゆえに、学術的興味が湧くところです。種族としての人間たちも同じように自分たちがなぜ争うのかを知りたくなってずいぶんと研究しているようですよ。
政治が悪いのでしょうか。それとも権力という構造が悪いのでしょうか。
いやいや、それらは二次的です。根源的ではありません。
生物学的な進化論にその謎を紐解く鍵があると、わたしは思いますね。
つまり、生物の原初的な行動規約たる生存競争と相互扶助の側面です。
戦争においては戦場というミクロレベルにおいても、国家間というマクロレベルにおいても『闘争』状態に置かれています。これは生物の基本的な戦略のひとつであり、いわゆる弱肉強食です。一方、戦争においては必ずしも独立国が一国でもってして、一国と戦うのではなく、多数対多数の複数国家間の戦争状態にいたることもあります。これは世界大戦と呼ばれており、お外の世界では二度ほどやっちゃったみたいですよ。愚劣極まりなくて、かわゆいですよねぇ。
このとき、少なくとも仲間同士は、いわゆる相互扶助が成立してわけです。
以上のように――
戦争というのを現象学的に認識すれば、あくまで生物の行動パターンを逸脱していないのです。
かいつまんで言うとですね。わたしは、戦争とは宿命ではないかと思ったのですよ。
人間――妖怪も含めた広義の言語を操る程度の能力を持つものたちは戦争をする運命にあるのです。
なんということでしょう。
小悪魔びっくり。
だとすれば、平和であるというのはただの妄想であり、美辞麗句にすぎないことになってしまいます。
平和など幻想になってしまうではありませんか。
進化論は定理であり公理ではないですけれども、少なくとも歴史を見渡す限りにおいて矛盾するような例外的事象をあげることはできません。
戦争とは闘争であり、平和とは相互扶助であり、どちらも生物の本能の起因する光と影であるのならば、人間は永久に戦争をやめることはできないし、平和とは戦争の裏として存在するにすぎないということになってしまいます。
進化の行き着く先は、何が待っているのでしょう。
これも歴史を見ればわかることですね。
バクテリアなどを考えればわかるように、生物は単純な構造のものほど滅びにくく、複雑になればなるほどヤワになります。
人間の複雑性はもはや限界まで達しているといってよいですね。妖怪も神様も言うまでもないことです。
つまるところ、進化の極地は絶滅なのです。
だから、人間は――幻想郷の生命は滅びる。
そう結論せざるをえません。
「まだ本題じゃないのね……」
「あー。すいませんねぇ。これからが本題ですよ……」
人間の理性は強いですね。戦争が宿命だとしてもそれに抗おうとします。
いったいどうすれば戦争を、滅びを回避できるのでしょうか。
そこで、二つ以上のブロックに分けて競わせるモデルを考えてみましょう。
いくつかの勢力を適当に割り振って競わせるとだいたい二つの巨大な組織体ができあがるものです。
つまり戦争の最終段階ではおよそ二つの組織が戦うことになります。
互いの武力は拮抗しています。そのとき、ある程度は平和な交渉も行われるあるでしょう。でも、交渉するためには武器を見せなくてはいけません。
武器をちらつかせて、交渉を有利に進めようとします。
すると、結局のところ戦力が行使されるか威嚇として使われるか、いずれにしても、戦力は強化されなくちゃいけなくなりますよね。
こういったことを回避するには――もう一つしか方法はありません。
交戦権を統一することです。
つまり、連合することです。
スペルカードルールが有用なのはこの点なのですよ。
どれだけの人間たちが理解しているかわかりませんけれど、スペルカードルールとは『交戦権を統一』していることに他ならないのです。
「了解わかった。わかったからなに?」
「長いお話になってしまいましたが、スペルカードルールは有用だなぁというお話でした」
「いくらわたしが慈悲のかたまりみたいな性格をしているといっても、さすがに怒るわよ」
「いっしょに寝た仲じゃないですか」
「誤解されるようなこと言わないの」
「ひひ。かわいいですね紫さまも。ではこれから本当の意味での本題です。スペルカードルールの一体なにが問題なのか。それはですね。交戦権を実際に統一することでやっていけるかという問題なのですよ。交戦権の統一のなにが有用かといえば、その構成員が争おうとしても、統一された力によってねじ伏せることができるという点です。しかし、交戦権を実際上統一することは幻想郷においては不可能に近い。合意の履行を促すような超幻想郷的な機関は――博麗の巫女さましかいないわけです」
「霊夢はよくやってくれてるわよ」
「そう、よくやってくれている。わたしもそう思いますよ。ただねぇ。よく考えても見てください。人間ひとりが統一化された交戦権を一手に担う――これがいかに脆弱な基盤なのかおわかりでしょうか。ほんのちょっとした気まぐれで霊夢さんを殺してしまおうと考えてしまう妖怪、神様、天上人、鬼、幽霊、宇宙人の類が現れたとしてもおかしくはありません。それは――ありうる話なのです」
一理はある。
ただ――
「幻想郷に住みたいと願っているものが霊夢を殺すことは原理的にできないわ」
「ですねぇ。まあそれは理が通る相手ですよ。いまの幻想郷に住んでいるお方は皆様、理性的なお方ばかりなので、なんとかこれまでやってこれた――そう考えることも可能です」
「わたしが殺させないわよ」
「わかっておりますとも。ですが、ここで問題にしているのはあくまで『システム』としての脆弱さなのです。君主主義がなぜ脆弱なのかといいますと、代替性がないからです。賢君がずっと続けばいいのですが、そういうことは稀であり、愚かな人間が上に立てばシステムはあっけなく滅びました。これと同じことが起こる可能性はないですかね。つまり、霊夢さんが殺されてしまえば、それだけで博麗のシステムはあっけなく崩壊するのです。あまりにも不安定な平和です。それはもう幻想に等しい。いや単なる妄想です」
「……」
「それにですね。考えてもみてください。もしも――ですよ。もしも霊夢さんが結界張りたくない、妖怪退治も面倒だと思ってなにもしなくなってしまえば、それでもうおしまいなわけです。時の流れも残酷ですよね。霊夢さんはせいぜい生きても百年程度でしょうし、妖怪の寿命はそれよりもずっと長いのですから、幻想郷の寿命もその程度でおしまいになってしまいかねないわけです」
「博麗の歴史はずっと続くわよ。たとえ霊夢が――死んでもね」
「反応が少し遅れましたね」
紫の胸中に言い知れぬ憎悪の念が生じた。
こいつスキマに送っちゃおうかしらという少女っぽい妄想である。
「怖いですよー。紫さま。霊夢さんが気になるのはわかりますけれどもね」
「じゃあ、聞くけれどね。今のシステム以外になにか良い方法があるのかしらね」
「いえねぇ……。あるといえばある。ないといえばないのですよ。あまりにも抽象的で理想主義的な感覚がしておりましてね。こんなことを言うのもなんだとは思うのですが……」
「言いなさい」
「不断の努力です」
「不断の、努力?」
よくわからない。
この小娘。いったい何を言ってるのかしら。
「基本的に幻想郷を滅ぼすに足る力を有している者もですね。人間である以上、他の人間との関係のなかで生きていかざるをえないわけです。例えば、わたしの住んでいる紅魔館の場合は、レミリア様、フランドール様あたりならかなりいいところまで滅ぼせるのではないでしょうかね。けれど、レミリア様もフランドール様もそうしない。なぜかというと、滅びの力が外圧に屈しているという側面もわずかながらあるのでしょうが、それよりもなによりも紅魔館に住んでいる者に対して慈愛の心を有しているからなのですよ。だからこそ無茶はできないし、滅びに向かうことを許さないわけです。では、力のない我々はどうすればよいか。簡単なことです。力のある者に対して、敬愛の情を抱き、一生懸命お仕えするばかりです。そういう個々人の不断の努力によって、平和を支えるというのはどうでしょうか」
「今でもそうしてるでしょう。なにがスペルカードルールの欠落なのよ」
小悪魔はうっすらと笑った。
真横に伸びた唇は三日月のように見えた。
――こいつ、なにか狙ってるわね
と思うが、今はどうしようもない。
「スペルカードルールの欠落とは、あまり小さな力を持つものたちのことを見ていないということなのですよ。外圧としての有効性はなるほどわかります。紫さまの論理的創造能力と霊夢さんの虚空を飛翔する能力はおそらく無敵に近いでしょう。ですがね。外圧がそれだけ強いということは憤懣もたまるということなのですよ。上の者はいいでしょう。それなりに納得したうえで受け入れているのですからね。闘い疲れて暢気に暮らしたいなーと思ってここに来たものがほとんどです。ですが――」
小悪魔の声のトーンが一段下がった。
「ですが――下の者はどうですか? 力もなく一瞬のうちに屠られる妖精たちは? わたしのようなかよわい小悪魔は? 憤懣を感じた場合、それをどこにぶつければいいのでしょう。外圧は確かに巨大ですから、我々のような脆弱な生命体がどれほど憤懣をぶつけようともさほど問題はないと思われるかもしれません。ですが、そうではないのです。先ほども申し上げましたとおり、我々のような脆弱な生命体が内圧となって支えているからこそ、例えばレミリア様はスペルカードルールを遵守なされるのですし、フランドール様もやたらめったら破壊しまくらないのです」
「小さき生命のことは、その分をわきまえて生きればよいと思っているわ」
「そうですね。ですが、その小さな生命が例えば世界が滅ぶことを願うことも、また、あるわけです」
「あなたもそうなの?」
「いえいえ。わたしは平和主義者ですから。世界が滅ぶことを願うなんて、そんなだいそれたこと考えたこともございませんよ。ちょっと人間が滅びるのを見るのが大好きなだけで」
「まあいいわ。だけどね。スペルカードルールは弱い者たちでも対等に渡り合えるために考え出されたルールなのよ。むしろスペルカードルールがないほうが困るはず」
「わたしが本気で戦ったところで霊夢さんには勝てませんよ。そこでわたしのような卑屈な者は思うわけです。いや実際に思うわけではないのですがね。例えば妖怪Aは思うのですよ。霊夢さんはスペルカードルールがあるからこそこんなに強いのではないか、とね」
「霊夢はスペルカードルールがなくてもかなり強いわよ」
「紫さま。それは不公平な視点です。霊夢さんの側に立って物を見てらっしゃる。ここで問題なのは、妖怪Aが本気を出して負けたときにどういう気持ちになるかです。妖怪だっていろいろな思考を有しているのですから、例えばの話、主人に泣きつくかもしれません。主人は主人でかわいい子分がやられたら、それこそ本気をだして霊夢さんを殺しかねない。そういうことが実際に起こりえるということをお話しているのですよ」
「可能性はどんな事柄にだってある。滅びの可能性は否定できないわね。ただ――そうなる前に相手を滅ぼしてしまえばいいのよ。あの子にはできないだろうけれどもね。わたしにはやれるわ。心しておくことね」
「泥沼でしょうそれは。下の者の憤懣が徐々に溜まっていけば、最終的にはあちらこちらで最終戦争が勃発するわけですよ。それを鎮圧しようにも霊夢さんの身体はひとつしかないわけです。滅ぼすというのはあまりにも非効率で、そして野蛮です。また言うまでもないことですが、平和の理念にもとる」
「今のところは問題なさそうよ」
「現状をいっているのではないのです。事が起こってからではもう遅いのです」
「じゃあ、一体どうしろっていうのよ!」
さすがの紫もぶち切れた。
その場で立ち上がって、小悪魔を睨みつける。
美少女ゆかりんだってたまには怒っちゃうんだから、ぷんぷん。
「ひっひっひ……ひっひひ。ああ、すいません。紫さまでも怒るようなことがあるのだなと知っただけで嬉しくなってしまいましてね。親近感が湧いたというか、完璧超人な委員長キャラが実はドジっ娘だったことを発見したような喜びを感じました。まあ、今日のところは紫さまの新境地は置いておきますか。とりあえず、わたしの策としてはですね。小さな者たちの憤懣を摘み取ってあげるのが良いと思いますよ。現実的にはひとりひとりに当たる時間を割けるわけもないですから、摘み取り役を育てるのが良いでしょう。中間管理職的な人物です。ピースメーカーなわけです。これだと思った知識人を幾人か集めて、あるいは妖精でも妖怪でもいいかもしれませんがね、その者たちに意見を聴取させればいいわけです。どうですか?」
「種族ごとに意見を聴取する者を配置するというのは、一理あるかもしれないけれど――現実的ではないかもしれないわね」
ただ、言ってることもわかるので、紫は怒りをおさめて、その場に座りなおした。
大妖たるもの、小生意気な小悪魔程度にいちいち腹を立てていられない。
「まあ確かに思考形式が種族ごとに異なりますからねぇ。いろいろとすり合わせるのは大変そうです。ですが、弱き者の代表としてわたしはいいますけれどね。少なくともちゃんと自分の憤懣がわかっていただいていると了解するだけでだいぶ違うと思いますよ。わたしの宿敵をあがめる宗教では信者の話を聞いてあげることによってガス抜きをしてきたようですしね。話を聞いてもらえることの効用こそは平和への第一歩なのです」
「そうね。あなたの言ったことを実現することはとても難しいことだけれども、その内容はおおよそ正しいと思うわ」
「わかっていただけましたか。うれしいことです」
小悪魔は、
一拍おいて、
悪魔的な笑いをこぼした。
「では、わたしの望みも聞いてくださるのですよね?」
「はい?」
「わたしのような脆弱な生命の望みも聞き届けてくださるのですよね」
「論理が飛躍していないかしら」
「いえいえ。してませんよ。わたしのパワーはもうご存知でしょうが、そこらの妖精とほとんど変わらないほどです。たぶん、ギリギリ人間さんたちに勝てるかどうか程度ですよ。そんなわたしの言葉を聞き届けてくださるのなら、他の妖怪たちもまた、聞き届けてくれるのだろうなぁと想像し――そうやって想像するだけでも憤懣の大部分は解決されるのです」
「隗より始めよとでも言いたいの」
「そうです。わたしごときに目をかけてくださるのですから、紫さまの慈悲深き精神は必ず下々にも伝わることでしょう」
「いったい何が不満なの。言ってみなさい」
「メロンパンと苺ジュースと戦争論です」
「なに? よくわからなかった。もう一度言って」
「メロンパンと苺ジュースと戦争論です」
「…………言ってることの意味がよくわからないのですけれども。ご説明いただけるかしら」
「わたし、甘いものが大好きなんですよ。で、メロンパンと苺ジュースを食したことがあるのですが、里で売ってるものではないですよねぇ。似たようなものは売ってるかもしれませんけど、製法が正しくないからあまりおいしいものではないですし――、だから食べたいし飲みたいのですよ。外界のそれを」
紫のこめかみに青筋が浮いた。
声が震えないのはさすがといったところである。
紫は静かに聞いた。
「戦争論っていうのは?」
「わたくしのご主人様がですね。欲しがっているのですよ。クラウゼヴィッツの戦争論をね」
「そう……。たかがそれだけのために、結界を統べるわたしをパシリに使おうというわけね。いい度胸じゃない」
あふれ出る妖気。
紫の身体からにじみでた妖気は、屋敷の壁をびりびりとふるわせた。
妖気はさらに膨れ上がり、山の隅々まで伝わっていく。
紫の妖気を感じ取った禽獣たちは動きを止め、妖怪たちは何事かと思い、妖精たちは身を寄せ合って震えた。
それだけのすさまじい妖気にあてられれば、並の妖怪なら一歩も動けなくなる。それどころか、妖気にあてられるだけでいのちを落とすものも少なくはない。
もっとも、紫は小悪魔を殺すつもりはなかった。
妖気を直接当てないように、わずかにカーブを描くように当てている。
簡単に生命を奪っていては自らの立てたルールに反することになってしまうからだ。
ただ、小悪魔の顔が恐怖ににじむところを見たかった。
「おお、怖い怖い……」
「あなたの今までの長話はわたしにたったそれだけのことをさせるためにしたのね」
「ええ――でも誤解していただきたくないのは、たったそれだけのことではないのですよ。主観的には切実すぎることなのです。あのあまーいさくさくメロンパン、たべたくてたべたくて……。苺ジュースのプニュとした甘さが忘れられなくて忘れられなくて……。ついでにいえば、主人の命令を果たせば、うまくいけば頭をなでなでしてもらえる約束になっているのです。嫌そうな顔をしながら頭を撫でる姿を想像するだけで、わたし、もうっ。あ。あっあ……」
小悪魔は何を思ったのか、唇の中に自分の指を突っ込んでもだえ始めた。
なにやら危険な香り。
いったいどんな主従関係なのだろう。
「本当にスキマ送りにしてやろうかしら……」
と、紫は小声で独りごちる。
「ふふ。で、どうなんでしょう。わたしの孤独な哀しみを癒していただけますか。主にメロンパンと苺ジュースで」
「冗談じゃないわ。そんなくだらないことのためにわざわざ外に行くわけないでしょ」
「たっぷり睡眠をとる時間はあるわけじゃないですか。平和のためだと思って行ってくださいよ」
「嫌よ」
紫は強引に突っぱねた。
「そこをなんとか」
「い、や!」
「そうですか。残念ですね。では……せいぜい、わたしはご主人様に泣きついてみせましょう。霊夢さんがどうなっても知りませんよ」
紫の顔に亀裂が走った。擬音にすれば正しくピキリという音が近い。
「本当にあなたは厄介な相手ね。そこまで言うならいいわ……」
「おや、わたしのお願いを聞いていただけるのですか?」
「なにを勘違いしているの」紫は冷たく言い放つ。「あなたは今から永遠の恐怖を味わうのよ。スキマの向こう側でね」
脅しではない。
本当に態度をあらためなければ、いっそ消して――。
しかし、小悪魔の不敵な笑みは変わらない。
先ほどからずっと変わらない、例の淡々とした調子で言葉を紡いでいく。
「ここに来る前にですね。霊夢さんに会って来たのですよ」
「それがどうかしたのかしら?」
「まあたいしたことじゃあないです。もしもわたしが神隠しにでも会えば、霊夢さんはどう思うのかなと考えただけですよ」
こいつは――
紫はひそかにほくそ笑んだ。
小悪魔は紫の能力を過小評価している。
紫の能力、境界を操る程度の能力は、人の記憶の境界、『覚えてる』と『忘れた』の境界も操れるのだから、仮に小悪魔が霊夢に会ってようが関係ない。霊夢が小悪魔が消えたことを不審に思い、問い詰め、結果として霊夢が離心することになるという脅しをかけたかったのだろうが――
そうはならない。
神隠しとは存在の消去に等しい。
記憶に残らない。
誰もわからない。
ただひっそりと消えていく。
それが遊惰な神隠し――。
「わかってないようだから言っておくけれど、霊夢に会っていたからどうなるというものではないのよ。小悪魔。わたしがスキマにひきずりこんだ生命体は誰からも省みられることなく、ただ虚無の向こう側へ落ちこむのだから」
「まさに――わたしの宿敵に等しい能力ですよ……」
スキマが開く。
紫色とも赤色ともつかない光る発光体のようなソレは、見ているものの正気を失わせ、そして恐怖へと駆り立てずにはいられない。
小悪魔は、うっすらと笑っていた。
紫はこのときばかりは勘違いした。
すべての生命体はどうすることもできなくなると笑うしかなくなるので、小悪魔もきっとそうに違いないと考えたのだ。
適当に脅しをかけて、泣き叫んだら許してあげましょうかねー。
ゆかりん、あったまいー。
身体は少女、心は大人。その名は超美少女ゆかりん♪
並列的にはそんなことを考えているが、あくまで外貌的にはウフフと怪しく笑う大妖怪の姿がそこにある。
ほら、恐れなさいな。
畏怖しなさいな。
してもしょうがないのよ。
ほらほら。
ほら?
あれ?
笑って――る?
にやにやと、いやらしい笑いが、笑って、にやにや。いや。そんな目で。蹂躙するかのような。気持ち悪い視線が。死亡フラグ。嘘でしょう。このわたしがそんな目で見られる。美少女。いや嘘。にやにやにや。気持ち悪い。目だけが笑ってなくて。ババァじゃないもん。あ。助けて。助けて。たしゅけて。霊夢。猫耳。かわいい。小悪魔。スキマなのに。笑って。これ、絶対。やば――
「紫さま。ひとつ良いことを教えましょう」
ようやく――
小悪魔がきわめて優しく口を開いた。
「あなた様のスキマの力は確かに恐ろしいものですよね。唯一神クラスといってもよいでしょう。ただ、論理的に破壊したところで決して在ったものを無かったものにできるわけではないのですよ。それは――あなたの魂に残留するわけです」
二の句が告げない。
「そう、だからですね。あなたの理念だけはどうしようもなくダメージを受けますよ。スキマに落としこみ、命をもてあそぶ。それがあなたの理念の価値に直結するわけです。わたしの生命の値段がたかだかメロンパンと苺ジュースと文庫本一冊程度の価値にも満たないというのなら(いやもちろん本が有する概念に値段はつけられませんが、この場合客観的な値段という意味でね)、あなたの理念の価値はその程度、ということになりますよね」
「…………幻想郷を破壊するような意思は排除する必要があるのよ」
「わたしは幻想郷を破壊する意思なんてないですよ。単にあなたを試しただけです。それでわかったことですけれど。要するにあなたはメロンパンと苺ジュースと文庫本一冊のほうがわたしのいのちよりも重いと思っているわけだ。つまらない理念ですよね。それってあなたの愛すべき幻想郷の価値を下げることになりませんかね。紫さま。ねぇ。いいですよ。わたしは最初から自分のいのちなどどうとも思ってませんから。紫さまがそうなさるというのなら潔く消えましょう。その代わりあなたは認めることになるのです。あなたの愛すべき幻想郷に住むすべてのいのちの価値は、たかだか数千円にも満たないということをね……」
「……こいつは」
自分のいのちを簡単に賭けの対象にしている。
生理的な嫌悪感が湧くと同時に、自分の精神構造にほころびが生じているのを感じた。
いのちを愛する。
幻想郷を愛する。
その愛すべき対象に自らもカウントされるべきだという小悪魔の主張。
ゆえに、いのちを消去することはすぐさま紫の幻想郷に対する想いの重さに直結するのだという主張。
観念を捨て去った商業的な価値で言えば、たかだか数千円しかないものをチョイスしたのも今なら頷けるところだ。対象の値段が小さければ小さいほど、いのちの値段との相対評価が色鮮やかに演出される。
数千円。
絶妙すぎるいのちの値段。
さすがにこの憎たらしくてスキマにおとしこんでやりたくてぶん殴りたくて君が泣くまで殴るのをやめない程度の小悪魔に対しても、幻想郷の一員であるという認識は存在する。
もしも彼女を怒りに任せて消去すれば、その愛に傷がつく。
そこまで考えて、ようやく思い至る。
人質にされたのは、わたしの愛か――。
紫は、小悪魔の思考回路にいっそ感心し、そしてようやく決断した。
「一度だけならあなたの願いを聞いてあげましょう。この悪魔」
「いいえ。小悪魔ですよ。かわいいもんじゃないですか。たかだかメロンパンと苺ジュースと戦争論なんですからね」
余談。
紫は藍が帰ってくると、どうして小悪魔を退けてくれなかったのかと、しきりに憤懣をぶつけた。ほろほろと涙を流す紫を見て、すわ何事かと藍は驚く。
対する紫が言うには「だって涙がでちゃう。女の子だもん」とのことであった。
やっぱりこの人はだめだー、と思う藍である。
さらに余談。
紅魔館にメロンパンと苺ジュースとクラウゼヴィッツの戦争論が届けられたのは、約一週間ほど後のことである。
パチュリーは小悪魔との約束上、頭を撫でざるをえなかった。
小悪魔、ご満悦。
命を賭けた闘いだったのですよーと小悪魔が言うも、当然のことながらパチュリーにはいつもの戯言のようにしか思えなかった。
まあどうでもいい話である。
世はなべて事もなし。
平和な幻想郷はこれからも続いていく。
冬の寒空のなか、布団のなかはまるで聖地のように暖かく、春の陽気すらまとうかのようである。白濁する意識は集合と離散を繰り返しながら、行く当てのない旅路を続けるかのように、無意識の大海を漂っている。
うつらうつらな、そんな時分。
ふと八雲紫が目を覚ますと、まったく記憶にない少女が同衾していた。
超スピードとか催眠術とかそんなチャチなものじゃなく、いっしょのお布団の中で寝息を立てている。
幻想郷の住民ほぼ全員に不気味がられている八雲紫とて、さすがに思考の臨界というものであった。
まず思ったことは、きわめて抽象的な思考である。
人語ではないので解析することは不可能であるが、およそ以下の通りとなる。
――ゆかれいむじゃない!
いったいなにがどうなってるのだろう。
わたしが仮に男だったら嬉しい状況なのだろうが、
いや霊夢だったら嬉しいだろうとかチラリと考えてしまったが、
知らない女の子である。
紅い髪が微妙にウェーブしていて、見た目的にはかわいらしい。頭の側面あたりにはこうもりのような羽がついている。彼女は眠たそうに目をこすってようやく起きだしたようであり、必然的に目があった。目があっても相手の視線には困惑は見られず、にこりと微笑を浮かべるのみ。
「あなたどこかで見た覚えがあるわね」
と、紫は聞いてみた。
相手はお布団のなかにもぐりこみながら答える。上目づかいのうるるんとした視線。媚びた視線だ。
「紅魔館の末席を穢しております小悪魔です。こぁとか呼ばれることもありますけれどね。うふふ。今日は紫さまに大切なお話があって来たのですよ」
「それがいったいぜんたいどうして、布団のなかにもぐりこんでいるのかしらね」
少し怒気をみせたつもりだ。
見たところ、妖気というか魔力というべきか、いわゆる単純なパワーだけみると、小悪魔の力はてんでたいしたことなく、妖精よりはちょっと強いかもというレベルのようだった。そんなレベルの小悪魔が、幻想郷中の妖怪その他もろもろから恐れられている紫の布団のなかに入りこむというのが、不可解以外のなにものでもなかった。
てゆーか。
ぶっちゃけ変でしょ。
ゆかりん、困っちゃう。
心のなかでぶってみても、あくまで外面上はババァ――失礼――カリスマ妖怪である。
小悪魔はクククと小さく笑ったあとに、なぜ布団の中にもぐりこんでいたかという謎の答えを話し始めた。
「いえね。紫さまのふところに抱かれるというのも魅力的なことだと思ったのですよ。大結界を管理なさっている紫さまのようなお方と同衾できるなんてチャンスがそんなに訪れるとも思いませんしね。わたくし、こう見えて途方もないほどに浅慮でして、できそうなことならエイヤッとばかりにやってしまおうというタイプなのですよ。蛮勇とか尻軽とか呼ばれることも多いですけれどね。おおよその場合、それでよいのです。思考は毒であることが多く、議論は毒であることが多く、決意をする前に人間は力つきることが多いからですからね。考えないことが肝要なのですよ。お気を悪くしましたか?」
「気を悪くするとかそういうレベルの問題じゃないような気がするわ」
「寒かったのですよ」
「…………」
言ってることは、よくわからない。
というか、なにかもう決定的にズレているような気がした。
ただ漠然とだがなんとなく紫のことを慕っているかのようでもあり、あまり強くは言えないところでもある。
紫には幻想郷のすべての生命に博愛を施そうという意志がある。
たとえ、こまっしゃくれた生命でも例外はない。
それに今はべつのことが気にかかっていた。
「藍はどうしたのかしらね」
紫が寝ているときは、藍が取り次ぐことになっているはずだ。
「ああ、あの方でしたらね。厚揚げ三つで買収されましたよ」
小悪魔は軽い口調で言った。
ぴくり、と紫が反応する。
「それは嘘ね。あの子はああ見えて性格的に硬いのよ。特にわたしのことになるとね」
頭脳の回転数では人後に落ちない紫のこと、あっさりと小悪魔の嘘を看破する。小悪魔はふふふと短く笑うのみ。ちなみに両者ともお布団の中に入ったまま話をしているから、距離的に近く、紫の不信感と冷たい視線を浴びて、なお心理的に揺らぎがないのが逆に不気味なくらいだった。
「嘘ってわけじゃないのですよ。わたしはこう見えて嘘をつくのは大嫌いでしてね。嘘をつくるのは好きだったりするのですが、わたしの口がなんらかの矛盾を言うことはそうそう無いのです。で、先ほどの買収という言葉の意味が、いったいどういうことだったかといいますと。端的に言えば、お土産だったのです」
「それで、藍はあっさり通したの?」
それも考えにくいことだった。
紫は眠りを妨げられるのを不快に思うタイプだ。主人が寝ているときであったなら、藍は決して客だろうと通しはしないだろう。
ましてや同じ布団で寝ているなどと――。
「大切な用事があるのだといったら通してくれましたよ。幻想郷全体にかかわる問題なのです」
「ふうん。そんな大事な用事なのね……」
そんな大事な用事なのに厚揚げを三つほど持ってくる。
いかにもな嘘。
明らかすぎる虚偽。
それはもう嘘というレベルですらない。あまりにも嘘っぽすぎるために嘘でなくなってしまっている。誰かを騙すほどの力がなければ、それはおよそ嘘と評価されない。
ただの冗談である。
しかし、こいつは――と紫は思う。
少し気を締めてかからないとやけどをしてしまうかも。
この小悪魔は確かにそういった言葉を藍に伝えたのだろう。藍もバカ正直に言葉どおり受け取ったとは思えないが、ここで問題なのは小悪魔の力量である。小悪魔の力は圧倒的に弱く、紫がたとえ寝ていようとも、絶対的に害することは不可能である。その危険性の少なさが藍が小悪魔を通した本当の理由だろう。
おそらくはネチネチと言葉攻めされたか。
主人に丸投げなんていい度胸ね。
紫は静かに藍に対する怒りの念を抱きながら、ようやく布団の中からのそのそと起きだした。小悪魔もその後に続く。
ちゃぶ台をはさんで、紫と小悪魔は視線を合わせた。
「で、なにが大事なの?」
小悪魔は明らかに聞こえているにもかかわらず、まるで聞こえないように振る舞いながら、
「お茶は出ないのですかねー」
と言った。
紫はさすがに心の中で舌打ち。しかし外見上はにっこりと微笑んだまま、少女らしい潤いのある声をあげる。
「藍。お茶を出して!」
「先ほど言いませんでしたか? 藍さんはいませんよ」
「どうして?」
「言うのをすっかり忘れていたのですけれどもね。ここに来る前に藍さんの式であられる橙さんでしたっけ? その方にお会いしましてね。道を聞くついでにお土産の緑茶の葉っぱをお渡ししたのですよ」
紫は一瞬で、その意味するところを理解した。
「それで、あなたは藍にこう言ったわけね。橙にお茶をお土産として渡したから、いっしょに厚揚げを食べてはどうだ、と」
お茶と厚揚げ。
両者は互いに引き立てあう。まるで主人と式のような関係性を有している。
それらをご丁寧に分断して渡して、藍を橙の側へと移動させたわけである。
「ご明察です。というわけでしてねぇ。藍さんはいないのですよ。あぁ、喉が渇きましたー」
客人をもてなすこともできないと言われるのもしゃくなので、紫はスキマを使って、お茶を取り寄せた。
「取り寄せバッグみたいですねー」
とは小悪魔の言。紫は無視して話を進めることにした。
「で、今度こそ聞くけれど、いったいなんなのかしらね。わたしをたたき起こすぐらい重要な案件なのでしょうね」
「単純ですよ。スペルカードルールについてです」
「スペルカードルール、ね」
確かに幻想郷内にあってはスペルカードルールこそが絶対の規律であり、このルールに関わる案件ならすべてが無条件に重要であるといえる。
小悪魔の言動はあまりにもへたくそな演技が入っており(演技をしている演技なのだろう。意味がわからんちん。ゆかりん、まいっちんぐマチコ先生)、まったくもって重要な感じがしないのであるが、たとえ少しでも幻想郷の危機の可能性があるのなら聞かないわけにはいかない。
少しだけコントロールされているようで、嫌な気分になったが、紫の幻想郷における役割上、しかたないことと言えた。
「スペルカードルールには欠落している点がありそうです」
と、小悪魔はのんびりとお茶を飲みながら口を開いた。
「なにが欠落しているのかしら」
「そもそもの前提のお話をしましょう。釈迦に説法どころのお話ではなく、はっきり言って不遜以外のなにものでもないと思いますが、浅慮なわたしにとっては段階を踏んだ思考が必要なのでしてね。不可避的なプロセスなのですよ。よろしいですか」
「かまわないわ。でも、できるだけ手短にね」
「よく言われます」
ひひと小悪魔は短く笑う。
それから居住まいを正して言うには、
「わたしは平和を心から願っているのですよ。そこで平和について考えてみました」
「いまの幻想郷はおおむね平和よ」
「言うまでもありません。ですが、再認識するためにあえて根源に遡って考えてみましょう。平和とはなにか。それはもう言葉にするまでもないことですよね。平和とは――戦争状態にないことを言うわけです。したがって、平和の裏である戦争を定義することから始めてみても、わりと有用なことなのではないでしょうか」
そして、小悪魔の長い口上が始まる。
さて、先ほども申し上げましたとおり、平和とは何かという問いに対しては、その裏ともいえる戦争を定義する必要があります。
狭義の意味では、戦争は交戦権の衝突といわれていますね。つまり国家間の武力紛争であって、それ以外の、たとえばテロリストやゲリラとの戦闘は戦争ではないわけです。しかし、テロリストとの戦争、ゲリラとの戦争とメディアには呼ばれているように、広義の意味では、それらの内的な紛争も戦争と表現されることがままあります。
では、両者を包括するような広義の戦争概念とは何でしょうか。
これは私見になりますが、思うに、戦争の本質は単色化にあるのではないでしょうかね。平和な状態においては、多種多様な服装、色があふれていますが、ひとたび戦争になれば、軍服により一色に統一され、軍に所属していない者も、産業を通じて、戦争へと駆り立てられるわけです。多様性を殺すことが戦争の本質であり、多様性とはすなわち個性のことであるから、個性を殺すことが戦争であるといえます。
個性とは人権の主体です。
――つまり、戦争とは人権の破壊である。
と、一応言えるわけです。
戦争状態においては、体制に対する人間的な懐疑心や良心が惰弱や反逆と同視されます。また行政複合体は曲直の判断がつかず、理性は麻痺しています。麻痺ならまだしも、狂気にすら駆られ、結局は自分の身を滅ぼしてもおかしくはない。
異常が正常になるのです。歴史的には、それほど珍しいことではありません。むしろ圧倒的大多数がそんな感じなのではないでしょうかね。
ふふ……、バカな人間どもですね。失礼――愚かでかわいい人間でした。
他方、民衆側はどういう推移を辿るのでしょう。
考えるまでもありません。これもほとんど同じです。民衆は戦争遂行能力に特化され、行政に支配されます。
部品化。身体の自由の拘束。そして心までも拘束されるわけです。
戦争では人が殺される。このような明瞭な事象さえ現代においては曖昧になっていますよね。
コンピュータ制御の機械的作業と化し、実際に爆撃機に乗っている人間が観察できるのは、せいぜいが紅い炎だけなのですよ。
そして、兵隊さん。
戦争のコマであり主役であり花形である彼らは、大量の生命を屠殺することで、英雄視されます。
平和な状態ではわずかに身体の自由を侵しただけでも、狂人扱いされるのに対し、あまりにも評価が隔絶している。
殺すという構成要件的事実は同じであるにもかかわらず、戦争では人を殺すのは『善い』こととされるのです。
本当はまぁ――善いも悪いもないのですがね。ただ人間は人間を殺せるという当たり前の事実があるだけです。『あ、殺そうかな』と思って殺せるのが人間の意思であり、そこに価値観を混入させるのは自由ですが、あまりにも意味はない。ただの事実です。
もっとも、後押しにはなりそうですがね。
価値観とは自己の肯定化につながるわけですから、賞賛の声にしたがって、流れに身を任せて殺すのは簡単です。
このときおよそほとんどの人間は自らの人権すら放棄しているのに気づいていません。
人権は自ら死にいたる。
このように戦争は人権の理念と到底あいいれないのですよ。
水と油です。。
したがって、平和とは人権が保全されるための必要最低条件ともいえるでしょう……。
長い……。
長すぎる。
紫は黙って聞いていたが、さすがにしびれを切らした。
「それでいったい何が問題なのかしら?」
「平和というのがいかに大事かということを自分のなかで再確認していました」
「それは問題の前提にすぎないでしょう。スペルカードルールの欠落部分についての話はどうなったのよ」
「それは、いまからです。ひひ」
小悪魔は不敵に笑いつつ、再び話を再開した。
戦争とは人権の破壊であり、平和とは人権のために必要な最低条件であることがわかりましたね。
平和は大事だということを口で言うのは簡単ですが、少なくとも上記のような理由ぐらいはあげられないと人間失格でしょう。まあ本当の平和というのは平和について考えることさえない状態だとも思いますから、一概にはいえないのですけれどもね。
ところで、人間が平和を願うのは今にはじまったことではなく、むしろその歴史は戦争と同じぐらい古いことです。紫さまなら捏造されていない生の人間の歴史というものをご存知でしょうから、言うまでもないことでしょう。
しかしながら、その概念の存在の仕方はあくまで希求であり、実現されたことはありませんでした。
平和とされた時代でさえ陰ながら戦争の準備がなされており、つまり戦争準備期間であったのです。真の平和ではなかったといえるのですよ。
これもご存知でしょうね。紫さまの博識ぶりには頭が下がりまくる思いです。
人はどうして争うのでしょうね。わたくしのような平和主義者には本当にまったくぜんぜん理解しがたいところなのですが、逆に理解しがたいがゆえに、学術的興味が湧くところです。種族としての人間たちも同じように自分たちがなぜ争うのかを知りたくなってずいぶんと研究しているようですよ。
政治が悪いのでしょうか。それとも権力という構造が悪いのでしょうか。
いやいや、それらは二次的です。根源的ではありません。
生物学的な進化論にその謎を紐解く鍵があると、わたしは思いますね。
つまり、生物の原初的な行動規約たる生存競争と相互扶助の側面です。
戦争においては戦場というミクロレベルにおいても、国家間というマクロレベルにおいても『闘争』状態に置かれています。これは生物の基本的な戦略のひとつであり、いわゆる弱肉強食です。一方、戦争においては必ずしも独立国が一国でもってして、一国と戦うのではなく、多数対多数の複数国家間の戦争状態にいたることもあります。これは世界大戦と呼ばれており、お外の世界では二度ほどやっちゃったみたいですよ。愚劣極まりなくて、かわゆいですよねぇ。
このとき、少なくとも仲間同士は、いわゆる相互扶助が成立してわけです。
以上のように――
戦争というのを現象学的に認識すれば、あくまで生物の行動パターンを逸脱していないのです。
かいつまんで言うとですね。わたしは、戦争とは宿命ではないかと思ったのですよ。
人間――妖怪も含めた広義の言語を操る程度の能力を持つものたちは戦争をする運命にあるのです。
なんということでしょう。
小悪魔びっくり。
だとすれば、平和であるというのはただの妄想であり、美辞麗句にすぎないことになってしまいます。
平和など幻想になってしまうではありませんか。
進化論は定理であり公理ではないですけれども、少なくとも歴史を見渡す限りにおいて矛盾するような例外的事象をあげることはできません。
戦争とは闘争であり、平和とは相互扶助であり、どちらも生物の本能の起因する光と影であるのならば、人間は永久に戦争をやめることはできないし、平和とは戦争の裏として存在するにすぎないということになってしまいます。
進化の行き着く先は、何が待っているのでしょう。
これも歴史を見ればわかることですね。
バクテリアなどを考えればわかるように、生物は単純な構造のものほど滅びにくく、複雑になればなるほどヤワになります。
人間の複雑性はもはや限界まで達しているといってよいですね。妖怪も神様も言うまでもないことです。
つまるところ、進化の極地は絶滅なのです。
だから、人間は――幻想郷の生命は滅びる。
そう結論せざるをえません。
「まだ本題じゃないのね……」
「あー。すいませんねぇ。これからが本題ですよ……」
人間の理性は強いですね。戦争が宿命だとしてもそれに抗おうとします。
いったいどうすれば戦争を、滅びを回避できるのでしょうか。
そこで、二つ以上のブロックに分けて競わせるモデルを考えてみましょう。
いくつかの勢力を適当に割り振って競わせるとだいたい二つの巨大な組織体ができあがるものです。
つまり戦争の最終段階ではおよそ二つの組織が戦うことになります。
互いの武力は拮抗しています。そのとき、ある程度は平和な交渉も行われるあるでしょう。でも、交渉するためには武器を見せなくてはいけません。
武器をちらつかせて、交渉を有利に進めようとします。
すると、結局のところ戦力が行使されるか威嚇として使われるか、いずれにしても、戦力は強化されなくちゃいけなくなりますよね。
こういったことを回避するには――もう一つしか方法はありません。
交戦権を統一することです。
つまり、連合することです。
スペルカードルールが有用なのはこの点なのですよ。
どれだけの人間たちが理解しているかわかりませんけれど、スペルカードルールとは『交戦権を統一』していることに他ならないのです。
「了解わかった。わかったからなに?」
「長いお話になってしまいましたが、スペルカードルールは有用だなぁというお話でした」
「いくらわたしが慈悲のかたまりみたいな性格をしているといっても、さすがに怒るわよ」
「いっしょに寝た仲じゃないですか」
「誤解されるようなこと言わないの」
「ひひ。かわいいですね紫さまも。ではこれから本当の意味での本題です。スペルカードルールの一体なにが問題なのか。それはですね。交戦権を実際に統一することでやっていけるかという問題なのですよ。交戦権の統一のなにが有用かといえば、その構成員が争おうとしても、統一された力によってねじ伏せることができるという点です。しかし、交戦権を実際上統一することは幻想郷においては不可能に近い。合意の履行を促すような超幻想郷的な機関は――博麗の巫女さましかいないわけです」
「霊夢はよくやってくれてるわよ」
「そう、よくやってくれている。わたしもそう思いますよ。ただねぇ。よく考えても見てください。人間ひとりが統一化された交戦権を一手に担う――これがいかに脆弱な基盤なのかおわかりでしょうか。ほんのちょっとした気まぐれで霊夢さんを殺してしまおうと考えてしまう妖怪、神様、天上人、鬼、幽霊、宇宙人の類が現れたとしてもおかしくはありません。それは――ありうる話なのです」
一理はある。
ただ――
「幻想郷に住みたいと願っているものが霊夢を殺すことは原理的にできないわ」
「ですねぇ。まあそれは理が通る相手ですよ。いまの幻想郷に住んでいるお方は皆様、理性的なお方ばかりなので、なんとかこれまでやってこれた――そう考えることも可能です」
「わたしが殺させないわよ」
「わかっておりますとも。ですが、ここで問題にしているのはあくまで『システム』としての脆弱さなのです。君主主義がなぜ脆弱なのかといいますと、代替性がないからです。賢君がずっと続けばいいのですが、そういうことは稀であり、愚かな人間が上に立てばシステムはあっけなく滅びました。これと同じことが起こる可能性はないですかね。つまり、霊夢さんが殺されてしまえば、それだけで博麗のシステムはあっけなく崩壊するのです。あまりにも不安定な平和です。それはもう幻想に等しい。いや単なる妄想です」
「……」
「それにですね。考えてもみてください。もしも――ですよ。もしも霊夢さんが結界張りたくない、妖怪退治も面倒だと思ってなにもしなくなってしまえば、それでもうおしまいなわけです。時の流れも残酷ですよね。霊夢さんはせいぜい生きても百年程度でしょうし、妖怪の寿命はそれよりもずっと長いのですから、幻想郷の寿命もその程度でおしまいになってしまいかねないわけです」
「博麗の歴史はずっと続くわよ。たとえ霊夢が――死んでもね」
「反応が少し遅れましたね」
紫の胸中に言い知れぬ憎悪の念が生じた。
こいつスキマに送っちゃおうかしらという少女っぽい妄想である。
「怖いですよー。紫さま。霊夢さんが気になるのはわかりますけれどもね」
「じゃあ、聞くけれどね。今のシステム以外になにか良い方法があるのかしらね」
「いえねぇ……。あるといえばある。ないといえばないのですよ。あまりにも抽象的で理想主義的な感覚がしておりましてね。こんなことを言うのもなんだとは思うのですが……」
「言いなさい」
「不断の努力です」
「不断の、努力?」
よくわからない。
この小娘。いったい何を言ってるのかしら。
「基本的に幻想郷を滅ぼすに足る力を有している者もですね。人間である以上、他の人間との関係のなかで生きていかざるをえないわけです。例えば、わたしの住んでいる紅魔館の場合は、レミリア様、フランドール様あたりならかなりいいところまで滅ぼせるのではないでしょうかね。けれど、レミリア様もフランドール様もそうしない。なぜかというと、滅びの力が外圧に屈しているという側面もわずかながらあるのでしょうが、それよりもなによりも紅魔館に住んでいる者に対して慈愛の心を有しているからなのですよ。だからこそ無茶はできないし、滅びに向かうことを許さないわけです。では、力のない我々はどうすればよいか。簡単なことです。力のある者に対して、敬愛の情を抱き、一生懸命お仕えするばかりです。そういう個々人の不断の努力によって、平和を支えるというのはどうでしょうか」
「今でもそうしてるでしょう。なにがスペルカードルールの欠落なのよ」
小悪魔はうっすらと笑った。
真横に伸びた唇は三日月のように見えた。
――こいつ、なにか狙ってるわね
と思うが、今はどうしようもない。
「スペルカードルールの欠落とは、あまり小さな力を持つものたちのことを見ていないということなのですよ。外圧としての有効性はなるほどわかります。紫さまの論理的創造能力と霊夢さんの虚空を飛翔する能力はおそらく無敵に近いでしょう。ですがね。外圧がそれだけ強いということは憤懣もたまるということなのですよ。上の者はいいでしょう。それなりに納得したうえで受け入れているのですからね。闘い疲れて暢気に暮らしたいなーと思ってここに来たものがほとんどです。ですが――」
小悪魔の声のトーンが一段下がった。
「ですが――下の者はどうですか? 力もなく一瞬のうちに屠られる妖精たちは? わたしのようなかよわい小悪魔は? 憤懣を感じた場合、それをどこにぶつければいいのでしょう。外圧は確かに巨大ですから、我々のような脆弱な生命体がどれほど憤懣をぶつけようともさほど問題はないと思われるかもしれません。ですが、そうではないのです。先ほども申し上げましたとおり、我々のような脆弱な生命体が内圧となって支えているからこそ、例えばレミリア様はスペルカードルールを遵守なされるのですし、フランドール様もやたらめったら破壊しまくらないのです」
「小さき生命のことは、その分をわきまえて生きればよいと思っているわ」
「そうですね。ですが、その小さな生命が例えば世界が滅ぶことを願うことも、また、あるわけです」
「あなたもそうなの?」
「いえいえ。わたしは平和主義者ですから。世界が滅ぶことを願うなんて、そんなだいそれたこと考えたこともございませんよ。ちょっと人間が滅びるのを見るのが大好きなだけで」
「まあいいわ。だけどね。スペルカードルールは弱い者たちでも対等に渡り合えるために考え出されたルールなのよ。むしろスペルカードルールがないほうが困るはず」
「わたしが本気で戦ったところで霊夢さんには勝てませんよ。そこでわたしのような卑屈な者は思うわけです。いや実際に思うわけではないのですがね。例えば妖怪Aは思うのですよ。霊夢さんはスペルカードルールがあるからこそこんなに強いのではないか、とね」
「霊夢はスペルカードルールがなくてもかなり強いわよ」
「紫さま。それは不公平な視点です。霊夢さんの側に立って物を見てらっしゃる。ここで問題なのは、妖怪Aが本気を出して負けたときにどういう気持ちになるかです。妖怪だっていろいろな思考を有しているのですから、例えばの話、主人に泣きつくかもしれません。主人は主人でかわいい子分がやられたら、それこそ本気をだして霊夢さんを殺しかねない。そういうことが実際に起こりえるということをお話しているのですよ」
「可能性はどんな事柄にだってある。滅びの可能性は否定できないわね。ただ――そうなる前に相手を滅ぼしてしまえばいいのよ。あの子にはできないだろうけれどもね。わたしにはやれるわ。心しておくことね」
「泥沼でしょうそれは。下の者の憤懣が徐々に溜まっていけば、最終的にはあちらこちらで最終戦争が勃発するわけですよ。それを鎮圧しようにも霊夢さんの身体はひとつしかないわけです。滅ぼすというのはあまりにも非効率で、そして野蛮です。また言うまでもないことですが、平和の理念にもとる」
「今のところは問題なさそうよ」
「現状をいっているのではないのです。事が起こってからではもう遅いのです」
「じゃあ、一体どうしろっていうのよ!」
さすがの紫もぶち切れた。
その場で立ち上がって、小悪魔を睨みつける。
美少女ゆかりんだってたまには怒っちゃうんだから、ぷんぷん。
「ひっひっひ……ひっひひ。ああ、すいません。紫さまでも怒るようなことがあるのだなと知っただけで嬉しくなってしまいましてね。親近感が湧いたというか、完璧超人な委員長キャラが実はドジっ娘だったことを発見したような喜びを感じました。まあ、今日のところは紫さまの新境地は置いておきますか。とりあえず、わたしの策としてはですね。小さな者たちの憤懣を摘み取ってあげるのが良いと思いますよ。現実的にはひとりひとりに当たる時間を割けるわけもないですから、摘み取り役を育てるのが良いでしょう。中間管理職的な人物です。ピースメーカーなわけです。これだと思った知識人を幾人か集めて、あるいは妖精でも妖怪でもいいかもしれませんがね、その者たちに意見を聴取させればいいわけです。どうですか?」
「種族ごとに意見を聴取する者を配置するというのは、一理あるかもしれないけれど――現実的ではないかもしれないわね」
ただ、言ってることもわかるので、紫は怒りをおさめて、その場に座りなおした。
大妖たるもの、小生意気な小悪魔程度にいちいち腹を立てていられない。
「まあ確かに思考形式が種族ごとに異なりますからねぇ。いろいろとすり合わせるのは大変そうです。ですが、弱き者の代表としてわたしはいいますけれどね。少なくともちゃんと自分の憤懣がわかっていただいていると了解するだけでだいぶ違うと思いますよ。わたしの宿敵をあがめる宗教では信者の話を聞いてあげることによってガス抜きをしてきたようですしね。話を聞いてもらえることの効用こそは平和への第一歩なのです」
「そうね。あなたの言ったことを実現することはとても難しいことだけれども、その内容はおおよそ正しいと思うわ」
「わかっていただけましたか。うれしいことです」
小悪魔は、
一拍おいて、
悪魔的な笑いをこぼした。
「では、わたしの望みも聞いてくださるのですよね?」
「はい?」
「わたしのような脆弱な生命の望みも聞き届けてくださるのですよね」
「論理が飛躍していないかしら」
「いえいえ。してませんよ。わたしのパワーはもうご存知でしょうが、そこらの妖精とほとんど変わらないほどです。たぶん、ギリギリ人間さんたちに勝てるかどうか程度ですよ。そんなわたしの言葉を聞き届けてくださるのなら、他の妖怪たちもまた、聞き届けてくれるのだろうなぁと想像し――そうやって想像するだけでも憤懣の大部分は解決されるのです」
「隗より始めよとでも言いたいの」
「そうです。わたしごときに目をかけてくださるのですから、紫さまの慈悲深き精神は必ず下々にも伝わることでしょう」
「いったい何が不満なの。言ってみなさい」
「メロンパンと苺ジュースと戦争論です」
「なに? よくわからなかった。もう一度言って」
「メロンパンと苺ジュースと戦争論です」
「…………言ってることの意味がよくわからないのですけれども。ご説明いただけるかしら」
「わたし、甘いものが大好きなんですよ。で、メロンパンと苺ジュースを食したことがあるのですが、里で売ってるものではないですよねぇ。似たようなものは売ってるかもしれませんけど、製法が正しくないからあまりおいしいものではないですし――、だから食べたいし飲みたいのですよ。外界のそれを」
紫のこめかみに青筋が浮いた。
声が震えないのはさすがといったところである。
紫は静かに聞いた。
「戦争論っていうのは?」
「わたくしのご主人様がですね。欲しがっているのですよ。クラウゼヴィッツの戦争論をね」
「そう……。たかがそれだけのために、結界を統べるわたしをパシリに使おうというわけね。いい度胸じゃない」
あふれ出る妖気。
紫の身体からにじみでた妖気は、屋敷の壁をびりびりとふるわせた。
妖気はさらに膨れ上がり、山の隅々まで伝わっていく。
紫の妖気を感じ取った禽獣たちは動きを止め、妖怪たちは何事かと思い、妖精たちは身を寄せ合って震えた。
それだけのすさまじい妖気にあてられれば、並の妖怪なら一歩も動けなくなる。それどころか、妖気にあてられるだけでいのちを落とすものも少なくはない。
もっとも、紫は小悪魔を殺すつもりはなかった。
妖気を直接当てないように、わずかにカーブを描くように当てている。
簡単に生命を奪っていては自らの立てたルールに反することになってしまうからだ。
ただ、小悪魔の顔が恐怖ににじむところを見たかった。
「おお、怖い怖い……」
「あなたの今までの長話はわたしにたったそれだけのことをさせるためにしたのね」
「ええ――でも誤解していただきたくないのは、たったそれだけのことではないのですよ。主観的には切実すぎることなのです。あのあまーいさくさくメロンパン、たべたくてたべたくて……。苺ジュースのプニュとした甘さが忘れられなくて忘れられなくて……。ついでにいえば、主人の命令を果たせば、うまくいけば頭をなでなでしてもらえる約束になっているのです。嫌そうな顔をしながら頭を撫でる姿を想像するだけで、わたし、もうっ。あ。あっあ……」
小悪魔は何を思ったのか、唇の中に自分の指を突っ込んでもだえ始めた。
なにやら危険な香り。
いったいどんな主従関係なのだろう。
「本当にスキマ送りにしてやろうかしら……」
と、紫は小声で独りごちる。
「ふふ。で、どうなんでしょう。わたしの孤独な哀しみを癒していただけますか。主にメロンパンと苺ジュースで」
「冗談じゃないわ。そんなくだらないことのためにわざわざ外に行くわけないでしょ」
「たっぷり睡眠をとる時間はあるわけじゃないですか。平和のためだと思って行ってくださいよ」
「嫌よ」
紫は強引に突っぱねた。
「そこをなんとか」
「い、や!」
「そうですか。残念ですね。では……せいぜい、わたしはご主人様に泣きついてみせましょう。霊夢さんがどうなっても知りませんよ」
紫の顔に亀裂が走った。擬音にすれば正しくピキリという音が近い。
「本当にあなたは厄介な相手ね。そこまで言うならいいわ……」
「おや、わたしのお願いを聞いていただけるのですか?」
「なにを勘違いしているの」紫は冷たく言い放つ。「あなたは今から永遠の恐怖を味わうのよ。スキマの向こう側でね」
脅しではない。
本当に態度をあらためなければ、いっそ消して――。
しかし、小悪魔の不敵な笑みは変わらない。
先ほどからずっと変わらない、例の淡々とした調子で言葉を紡いでいく。
「ここに来る前にですね。霊夢さんに会って来たのですよ」
「それがどうかしたのかしら?」
「まあたいしたことじゃあないです。もしもわたしが神隠しにでも会えば、霊夢さんはどう思うのかなと考えただけですよ」
こいつは――
紫はひそかにほくそ笑んだ。
小悪魔は紫の能力を過小評価している。
紫の能力、境界を操る程度の能力は、人の記憶の境界、『覚えてる』と『忘れた』の境界も操れるのだから、仮に小悪魔が霊夢に会ってようが関係ない。霊夢が小悪魔が消えたことを不審に思い、問い詰め、結果として霊夢が離心することになるという脅しをかけたかったのだろうが――
そうはならない。
神隠しとは存在の消去に等しい。
記憶に残らない。
誰もわからない。
ただひっそりと消えていく。
それが遊惰な神隠し――。
「わかってないようだから言っておくけれど、霊夢に会っていたからどうなるというものではないのよ。小悪魔。わたしがスキマにひきずりこんだ生命体は誰からも省みられることなく、ただ虚無の向こう側へ落ちこむのだから」
「まさに――わたしの宿敵に等しい能力ですよ……」
スキマが開く。
紫色とも赤色ともつかない光る発光体のようなソレは、見ているものの正気を失わせ、そして恐怖へと駆り立てずにはいられない。
小悪魔は、うっすらと笑っていた。
紫はこのときばかりは勘違いした。
すべての生命体はどうすることもできなくなると笑うしかなくなるので、小悪魔もきっとそうに違いないと考えたのだ。
適当に脅しをかけて、泣き叫んだら許してあげましょうかねー。
ゆかりん、あったまいー。
身体は少女、心は大人。その名は超美少女ゆかりん♪
並列的にはそんなことを考えているが、あくまで外貌的にはウフフと怪しく笑う大妖怪の姿がそこにある。
ほら、恐れなさいな。
畏怖しなさいな。
してもしょうがないのよ。
ほらほら。
ほら?
あれ?
笑って――る?
にやにやと、いやらしい笑いが、笑って、にやにや。いや。そんな目で。蹂躙するかのような。気持ち悪い視線が。死亡フラグ。嘘でしょう。このわたしがそんな目で見られる。美少女。いや嘘。にやにやにや。気持ち悪い。目だけが笑ってなくて。ババァじゃないもん。あ。助けて。助けて。たしゅけて。霊夢。猫耳。かわいい。小悪魔。スキマなのに。笑って。これ、絶対。やば――
「紫さま。ひとつ良いことを教えましょう」
ようやく――
小悪魔がきわめて優しく口を開いた。
「あなた様のスキマの力は確かに恐ろしいものですよね。唯一神クラスといってもよいでしょう。ただ、論理的に破壊したところで決して在ったものを無かったものにできるわけではないのですよ。それは――あなたの魂に残留するわけです」
二の句が告げない。
「そう、だからですね。あなたの理念だけはどうしようもなくダメージを受けますよ。スキマに落としこみ、命をもてあそぶ。それがあなたの理念の価値に直結するわけです。わたしの生命の値段がたかだかメロンパンと苺ジュースと文庫本一冊程度の価値にも満たないというのなら(いやもちろん本が有する概念に値段はつけられませんが、この場合客観的な値段という意味でね)、あなたの理念の価値はその程度、ということになりますよね」
「…………幻想郷を破壊するような意思は排除する必要があるのよ」
「わたしは幻想郷を破壊する意思なんてないですよ。単にあなたを試しただけです。それでわかったことですけれど。要するにあなたはメロンパンと苺ジュースと文庫本一冊のほうがわたしのいのちよりも重いと思っているわけだ。つまらない理念ですよね。それってあなたの愛すべき幻想郷の価値を下げることになりませんかね。紫さま。ねぇ。いいですよ。わたしは最初から自分のいのちなどどうとも思ってませんから。紫さまがそうなさるというのなら潔く消えましょう。その代わりあなたは認めることになるのです。あなたの愛すべき幻想郷に住むすべてのいのちの価値は、たかだか数千円にも満たないということをね……」
「……こいつは」
自分のいのちを簡単に賭けの対象にしている。
生理的な嫌悪感が湧くと同時に、自分の精神構造にほころびが生じているのを感じた。
いのちを愛する。
幻想郷を愛する。
その愛すべき対象に自らもカウントされるべきだという小悪魔の主張。
ゆえに、いのちを消去することはすぐさま紫の幻想郷に対する想いの重さに直結するのだという主張。
観念を捨て去った商業的な価値で言えば、たかだか数千円しかないものをチョイスしたのも今なら頷けるところだ。対象の値段が小さければ小さいほど、いのちの値段との相対評価が色鮮やかに演出される。
数千円。
絶妙すぎるいのちの値段。
さすがにこの憎たらしくてスキマにおとしこんでやりたくてぶん殴りたくて君が泣くまで殴るのをやめない程度の小悪魔に対しても、幻想郷の一員であるという認識は存在する。
もしも彼女を怒りに任せて消去すれば、その愛に傷がつく。
そこまで考えて、ようやく思い至る。
人質にされたのは、わたしの愛か――。
紫は、小悪魔の思考回路にいっそ感心し、そしてようやく決断した。
「一度だけならあなたの願いを聞いてあげましょう。この悪魔」
「いいえ。小悪魔ですよ。かわいいもんじゃないですか。たかだかメロンパンと苺ジュースと戦争論なんですからね」
余談。
紫は藍が帰ってくると、どうして小悪魔を退けてくれなかったのかと、しきりに憤懣をぶつけた。ほろほろと涙を流す紫を見て、すわ何事かと藍は驚く。
対する紫が言うには「だって涙がでちゃう。女の子だもん」とのことであった。
やっぱりこの人はだめだー、と思う藍である。
さらに余談。
紅魔館にメロンパンと苺ジュースとクラウゼヴィッツの戦争論が届けられたのは、約一週間ほど後のことである。
パチュリーは小悪魔との約束上、頭を撫でざるをえなかった。
小悪魔、ご満悦。
命を賭けた闘いだったのですよーと小悪魔が言うも、当然のことながらパチュリーにはいつもの戯言のようにしか思えなかった。
まあどうでもいい話である。
世はなべて事もなし。
平和な幻想郷はこれからも続いていく。
あなたの小悪魔は大好きだ!
気がする。
紅魔館はとんでもないやつを飼ってるもんだぜぇ……。
紅魔組で一番頭の回転が凄いのではないだろうか。
永琳と紫との3人で論争させたら大変なことになりそう・・・
平和と戦争の理論のとことか殆ど要らなかったんじゃ…w
あぁでも心理学系は疎そうだ、だって恋する女の子だもんっ♪
とりあえず突っ込み所はいっぱいある、値段は数千円だけど価値は数千円じゃないよね、とか。
でも寝起き+頭に血が上ればそんな事まで頭が回らない、だってゆかりんはまだまだ幼い少女ですもの。
紫もとんだ災難でしたね。
貴方の小悪魔とさとりが対談したら、それは一体どんなカオスを生み出すのか妄想。
……見てみたいような見たくないような。
限りなく分の悪い賭けに、いとも容易く己の魂をベットする狂気。
ロジックという名の不可視の弾幕はまさに凶器。
この悪魔め! これは称賛せざるを得ない。
無論、話のテーマ的に幻想の管理者である紫である必要があるのはわかりますが、
小悪魔なんぞに言い負かされる程度なら、紫はただの加齢臭のする足の臭い自称少女でしかないというか。胡散臭さはどこに行っちゃった?
根源の部分からキャラが揺らいじゃってるような感じがしました。
配役は置いといて、話は面白かったです。
好きな子はつい虐めたくなってしまいますよね。
紫が小悪魔を殺すのは頭にきたからな訳だから
それは小悪魔の要求とは全く別のところから来たものであって
小悪魔の命と小悪魔が要求するものの価値を比べているわけではまったくないし
そもそも小悪魔の言い分では 小悪魔の主張する物品は
わざわざ結界を開いて買うなりとるなりして帰って来なければ手に入らないという
付加価値があることをまったく無視した価値計算をしている
正直このキバヤシを超える超理論では相手に問答を諦めさせたり 怒らせることはできても
よっぽど頭が軽い相手でない限り誤魔化すことはできないのでは…
夢野久作の短編を連想しました。
ネタとしてちゃらける事はあっても、シリアスな場面では
やはり最強の名にふさわしい余裕のある立ち居振る舞いをして欲しいなと思いました。
例えば小悪魔が屁理屈こねる→ゆかりん余裕で論破→でも小悪魔の罠でメロンパンは買って来ざるを得ない
というようなストーリーならどちらのキャラも立って良かったかな…とかとか
話を長くすると有効ではない、相手に勘ぐられやすくなります
相手の思考を予測しながら、
"自分の目的"に対する使命感を芽生えさせるのがいいのですよ
逆に、相手を話す側に回して、
話をエスカレートさせてしなくてはならない状況にするのも良いです
僕も小悪魔のように人を言葉で踊らすのが好きです
しかも作風からそこは読んでも仕方がないことが分かっているのでどうしても飛ばしてしまうのですが。
だって相手のセリフだけ読んでれば話が通じます。
今回はそこで紫の脆弱性ばかりが目に付くんですよ。やたら論理の混同に弱い。
博麗は霊夢に至るまで何代か続いているはずです。結界が出来て100年以上は経っているのですから。
紫と小悪魔をからませる発想自体はよかったと思います。
口上で相手を誤魔化す小悪魔と長文で読者を誤魔化す、という≒を加味して。
点数のキモは「小悪魔」か「作者」、どっちが語り部と受け取るか。
小悪魔に言い負かされることが有り得るのかどうかメチャ疑問。
なんか死ぬ死ぬ詐欺と似たようなメンタリティーを感じてしまった
結局メロンパンが食べたいから紫を挑発しましたって話?
でも後半は・・
そもそも霊夢に会った意味結局ないですし。
いのちの価値のくだりも国を滅ぼすことが出来てその意思があるなら数千円じゃなくて国全体の価値ですし。
小悪魔が笑う余裕なんて全く無いのに勘違いして笑ってる頭足りない子に思えました。
博麗大結界が張られた当初、その有益性において妖怪たちは人間そっちのけで争った事実が東方という作品にはあるんですよね
その間に人間たちは妖怪に襲われることなく、だから大結界を喜んで受け入れたわけだけど、
この話、裏を読めば博麗大結界を提唱した側の紫って、この時点で一度は大結界とそれを張る巫女を否定・排除しようとする妖怪相手に「幻想郷への愛をもって」排斥したことがある妖怪かもしれない、という高い可能性を含んでいるネタだと思うんですよ
上は公式書籍を読んだ自分の印象で、自分に取っていわばゲームをクリアしたときに受ける印象と等価のものです
で、この公式から受けた印象が自分にはあるので、今回のお話の中で紫が愛を取って小悪魔を見逃すための論理展開が、自分の中では最初から破綻しちゃっていたのが残念でした
「えぇー、いや、だって、紫は一度それに近い条件で戦った可能性の高い妖怪と思えるだしなぁ」と心の中で最後でツッコンじゃった、ってのがね
この部分で、それをツッコませないだけの、この作品内で小悪魔の言うことを聞くためのもう一理論、一次から受けた印象と二次を摺り合わせるギミックが自分に取っては無かったんですね
例えば一次で紫と藍は橙と一緒に住んでいない
でも二次ではマヨヒガで一緒住んでいる作品がある
この場合は二次における「お約束」というギミックが、一次と二次を摺り合わせて、たとえ一緒に住んでいることに作品で説明が無くとも、それはツッコまないのもお約束で読ませる力となります
そういうお約束が無い場合は、作品内のキャラ感情の流れや公式設定のオリ解釈をどれだけ読者に受け入れさせるよう書いて説明出来るかが、摺り合わせのギミックになるわけで、
その点で前半は無理なく読めたんですが、後半最後で話のキモで結局ツッコまされてしまったのが……。
流れとしては良かっただけに、作者さんと自分の中のお約束が無い部分での一次解釈が決定的に違ったのが残念でした
同じならその部分で摺り合わせるもう一理論が作品内容に挟まれてたでしょうからね(笑)
文章自体の技術点でこの得点ということで
誤魔化して、空かして、方向性を強制して、また誤魔化して、
聞く耳があるように見せかけて自己主張しかしない印象。
いくら幻想郷のルールに関わる話だと切り出されたとしても
紫でなくともここまで失礼なヤツの話を聞く存在はそうそう居ないと思われますし
しかるべき対応、特に非人間同士となれば死なせずともそれなりに痛い思いをさせられるのでは?
特にココまで慇懃無礼な存在を内に飼うならまだしも外に野放しなんて、それこそ紅魔側にとって害悪にしかならない気がするし
それを主人達が放置させとくのかまで疑問に思えてきます、小悪魔以外そんなに頭の悪い連中という設定なのかと。
ギャグ方面でゆかりんを崩すのは良いとしても、思慮や知識において脆弱ってのはどうにもスッキリしない
どうせ冗長ならもっと伏線やトラップを絡め、ゆかりんと小悪魔の壮絶な駆け引きを見たかったです
下らない事に精力を尽くし合うならいかにも幻想郷ですしね
正直、単に筆者が小悪魔のキャラを借りてダラダラ自説垂れ流したいだけなのではなかろうかと思えてきました。
キャラクターが見苦しくなってくる。そもそも話が無駄だ。
はじめのうちはまだ良かったが回を重ねるごとに
くだらなく、笑えなくなる。
正直、貴方のキャラの扱いが酷いと感じることがある。
紫は近視眼的なことがあるから、余裕を持った相手には弱いんでしょうな
でもこんなこと言われりゃ紫でなくとも普通は怒りますって。
数千円の価値とかそういう問題じゃなく。
ってことでこの点数を……
つーか今回は以前と比べても話の展開が異常に雑。
自分はカミサマウサギ好きでしたよ
まるきゅーの書く動機は単純です。
東方が好きで、東方キャラが好きで、みんなとそんな気持ちを分かち合いたいから。
いろいろと至らぬところはあると思いますが、その気持ちだけは真摯なものですから、信じて欲しい。
心の証明はできないけれども、作者と作品は別物です。
わたしは幻想郷に恋している。
戦争が別に生き物としての規範を超えていないと言う考え方は私も同意見です。
ただし人間はなまじ科学力が有るので周囲に与える影響が大きすぎるため、本能だと言って責任放棄する訳にはいきませんがね。
それに私たちには理性により本能は抑えられます。つまり戦争の回避は不可能でないと思うんですよ。
それに本能は生物により異なります。人類が進化していく内に闘争本能を持たない種になる可能性も有ります。
さらに言えば生き物は進化ばかりしている訳では無いんです。あくまで変化、ベクトルが一定ではないんですね。進化と同時に退化もしています。
複雑化ばかりしているのではいずれ破綻して滅びてしまうかも知れませんが同時に単純化を行ってもいます。そしてバランスの取れた(ある程度の知性とある程度のタフさを兼ね備えた)種が繁栄していくわけです。
故に進化(複雑化)の最果てに行き着くことは現実的にみて不可能だとおもいます。よって子悪魔の『人間の複雑さは限界に達している』という意見には賛同いたしかねます。
しかも現実の話ではなく幻想郷での話になると更に別です。妖怪は先天的に人間が扱え無いような特殊な能力(闇を操ったり運命を操ったり)があるわけで、普通の人間より明らかに高度な生き物ですよね?ですが貧弱どころか遥かに強靭です。
つまり幻想郷内において高度な生き物ほど貧弱という外の世界の尺度は通用しないのではないでしょうか?
上記二つの理由により子悪魔の『人間は――幻想郷の生命は滅びる』という意見は的外れなのでは?
このような論理的な話を書く場合かなり煮詰めていかないと矛盾が生じてしまいます。
私はまるきゅーさんの作品が結構好きなので、このような話を書くのは大変かとも思いますが今後とも頑張っていってもらいたいです。
この作品の言葉を借りて言うならばまるきゅーさんの作品は複雑(高度)であるが故に貧弱さをもってしまったと言うところでしょうか。
この小悪魔は自己投影にしか見えない。
俺魔理沙やクールアリスと何が違うのやら。
個別。
73氏。
小悪魔の幻想郷の生命は滅びるという意見は的外れなのではないかとのことですね。なるほどその通り。的外れです。というか、小悪魔の論理は基本的にすべて的外れですので、真面目に聞いても無駄なことが多いのかも。一見したところの的外れじゃないような偽装が足りませんでした。とりあえず二つほど補強の方向がありそうですが、これはこれで自戒の意味をこめて残しておきたいです。納得させられなかったら、いずれにしろ書いた人の負けです。
77氏。
ありがとう。がんばるよ。
81氏
自己投影ですね。そうだろうなぁと思いました。
作品は作者の内面を通して描かれるものですから、どんな作品も多かれ少なかれ自己投影に過ぎないでしょう。要するには程度問題。程度が気に入らんというご意見ですね。
俺魔理沙やクールアリスというのも、内面をコントロールできたかできなかったか、あるいはそうしようと思ったか思わなかったかの違いにすぎないのでしょう。そうやって本作品の小悪魔が俺魔理沙やクールアリスのような半オリキャラ化しようとしたかについては、わりと意図的だとしか言いようがない。その意図が気に入らないという意見もあっていいと思います。
いずれにしろ決断するのはまるきゅーの役目です。次回はどうしようかなぁ。
至る箇所に散在する長い地文に緩急があれば気楽に読めたかも知れませんが、
この状態だと読んでいて『物語を読んで楽しむ』ことは無理でした。
また二回目に読んだ際は、地文の4分の3を飛ばして読んでも問題ありませんでした。
と言うより殆ど飛ばして読んだ方が内容が頭に入りやすく、地文が作品の完成を妨げている印象を受けました。
またまるきゅーさんが自身の投影をキャラクターにしている事を自覚しながらも行うならば
タグで注意を促すなどすると余計な衝突は避けられると思います。
一般的にそういった行為は『メアリー・スー』の亜種として
二次創作界隈では世界的に忌避される行為ですので、
その辺りを考慮に入れて作品を書かれてみてはどうでしょうか?
まるきゅーさんは胡散臭い、ってみんな解ってるのに、真面目に忠告なんか書き込んで。
小悪魔がまともに人の話を聞く筈なんて無いのにねえ。
とても興味があります。もちろん良い意味で。
自身の投影は多かれ少なかれあるので、露光を絞るような感じにするというか……、ここでぐだぐだ言ったところでいいわけにすぎないわけですよね。おもしろければ正義。おもしろくなければゴミでいいと思います。
ゴミにならない程度にがんばって書きます。
くどくならないようにするのが良いかな。
あと次も半オリキャラを出して試してみよう……。
クドい演出と悪趣味な小道具で不評、でおk?
文章も回りくどくて何が言いたいのかさっぱりだ。俺も小悪魔に騙されたな
自分の命と「メロンパンと苺ジュースと戦争論」とを天秤にかけたのは全て小悪魔の責任です。
それをさも紫が小悪魔にひどいことをしたように見せかけるため、紫が小悪魔を力で脅すという愚かしい行為をした、という描写をあなたはしてしまったわけだ。
ならば、小悪魔の屁理屈にもなってない戯言を待つまでもなく、紫が墓穴を掘った形でこの話は決着しています。
なのであなたの書いた文章は”その根幹にいたるまで”全てが本当にどうでもよくなってしまっている。
これでもあなたにしてみれば「してやったり」ということなんですかね?
最近はその口上が回りくどく行き過ぎであり、多少相手を小馬鹿にしているような感じに見受けられてきました。
つまり、何事もやりすぎはよくないということです。
たまには「口の回る小悪魔」だけでなく他のキャラも書いてみたらどうでしょうか?きっと新鮮に感じられると思います。
本気か、冗談かと相手をかく乱するという意味では、筋が違っても矛盾していても、我々読み手はともかく肝心の物語の相手が対処できな
きゃ通ってしまう。てな解釈をすると矛盾も的外れも話術的には
有かなと。むしろ、それでもとりあえず相手にリスクを感じさせて
しまうまで会話を展開できたのなら、ずる賢いと評価できるなぁ。
小悪魔を追っ払ったところで、あることないこといいふらされて、
かき回されてもそんですしね。そのくらいの能力は小悪魔に期待は
できます。あとは、それが我々読み手が騙せるレベルまで持ってるか
どうかと思います。ここで悩めるレベルにある作者さんは羨ましい
です。自分は話術的なからみはできないので。
ともあれ楽しかったです。
その辺は実験作なのかもしれませんが。
このお話、そもそも相手の懐に潜り込んでいるという点で
小悪魔に絶大なアドバンテージがあるところから始まっているんですよね。
さらっと流されていますけど、本来なら藍が切腹くらいするべき。
信頼関係でもない相手に勝手を許すなど、さすがに平和ボケじゃ済まされませんぜ。
それさえ除けばまさにタグどおり「ナンセンス」を題にした話であり、
以前にも増して氏の持ち味全開で楽しかったです。
本当に氏は小悪魔大好きですね。次回作にも期待してます。
作品としての脇の甘さはこれから克服していこうかなと思います。
あまりに卑怯な手口ですが、そこは小悪魔。小さくともマジもんの悪魔手口。お見逸れしました。
あ、いえ、演技ではないですね。まぎれもない美少女でした。
ゆかりんかわいい……ゆかりんかわいい……
ゆk
批判できるような頭の良い人たちの事をたいへん尊敬しますーあ、独り言ですよー
普通に面白かったと思うので100点ですー新作もとっても楽しみにしてますー
言葉遊びは相手をからかいつつも付け入る隙を与え与えられ、楽しいのですが、今回のこれは当然そんな物ではなく、交渉でもない。
交渉というのは、下に出て回りくどいのに端的という矛盾、相手を相手に対する不利益以外の内容で逆撫でしない事を同時に行って始めて交渉と考えます。
相手の揚げ足を取るのは良いとして、屁理屈を並べる(=主観点に全てを置き換える)のは、頭の良いように見えて悪い人が行う手段。なぜなら、それ以外に話し合いの場で自分を優位に立たせる手段を持ち合わせないから。
まぁそんな事を考えていると、宛ら利口なのに出来の悪い理工学生を相手に、回りくどいだけの口喧嘩にしか見えません。
SSとしてどうかとかは、自分はROM専なので一切口出し出来ませんが、話し合い(?)としてはどうかと聞かれたら、下手としか言えません。これ、口調を変えたらただのクレーマーですよ、賢いふりしただけの。
いざ自分の我儘が通らないと悟った時、卑屈な屁理屈で煽り、相手を強引に従わせる…
まぁ手っ取り早く、信用・信頼の代わりに利益を取る方法と題するならとってもぴったりな内容です。その点では上手ですね。
相手を煙に巻くってのではとりあえずやり方としては間違ってないしね
定義とかについて言及すると正しいことのように感じちゃうものです
まあそういう細かいことはとりあえずおいておくとして・・・
紫が言い方が悪いけどたかが小悪魔ごときに言いくるめられるって言うのだけが納得行かないかなって感じです
それ言ったら文字通りお話にならないけどねw
ゲーム内で、まともに語られていない紫の能力表現では私は、紫の事は万能少女とは思っていません。
小悪魔に言い負かされる紫でも私は可笑しくは感じませんでした。
これからも自分の表現したいように作品を書き上げていってください。
私は貴方の書く、小悪魔が大好きです。
この作品を楽しめる自分バンザイ(喜)