この話は作品集54「宵闇に漂う」の続編になっています。
そちらを先に読んで頂くとより話が理解しやすいかもしれません。
× × × × × × × ×
「ルー…ミア、あなた……」
紫がそこにたどり着いた時にはもはや手遅れだった。そこには倒れ付している霊夢のしかばねと、その隣で咀嚼音を立てているルーミアの姿があった。
「取替えっこしようよ!!」
チルノちゃんがいきなりそんなことを言い出した。一緒に遊んでいたリグルくんも、ミスティアも、大ちゃんもいっせいに怪訝そうな顔をしていた。さっきまでは、近頃できたとてもおいしいと噂の和菓子店について話していたのだ。私たちも女の子なのだから、例に漏れず甘いものは大好き。いつか買って食べてみたいねーとそんな話をしていたのだ。それなのに、いきなりそんなことを言われても、何が言いたいのか理解ができない。
「何を?」
ミスティアがみんなを代表して、私たちの抱える二つの疑問のうちの片方を尋ねてくれた。
「何って?」
「いや、だから取替えっこするんでしょ?何を取り替えるのよ」
「馬っ鹿じゃないの?そんなの私たちの持ち物に決まってるじゃない!」
チルノちゃんに馬鹿呼ばわりされたミスティアが、殴りかかろうとするのを必死に止めながら、私はもう一つの疑問を口にする。
「いきなりそんなこと言い出してどうしたの?」
「どうしたのって、友達は持ち物を取替えっこするものでしょ?里の子供たちがみんなやってたもん」
どうやら人間がそんなことをやっていたのを見て、自分もやってみたくなったようだんだろう。特に悪いことでもないんだし、と大ちゃんの説得もあり、結局私たちは、明日遊びに集まるまで交換した格好でいるということになった。交換する順番は、私→チルノちゃん、チルノちゃん→リグルくん、リグルくん→大ちゃん、大ちゃん→ミスティア、ミスティア→私になった。
「私、リボン似合うのかな?髪は短髪なんだけど」
「紫に黄色じゃ、ちょっと色合いが良くないんだけどなぁ」
「うわ~、マントってこんな感じなんだ」
みんながそれぞれ身に着けているものを交換し始める。だけど私はまだ自分のリボンを外せないでいた。
「ちょっとルーミア、早くそのリボンをちょうだいよ」
「……うん」
実は私のリボンは、自分では外せない。触ろうとしても触れないのだ。それにそれだけではなく、少し前、私は傘を持った妖怪から、このリボンは決して外してはいけないといわれていた。その理由も言っていた気もしたけれど、そこら辺はあまり覚えていない。ただ、チルノちゃんたちと一緒に居たければ、このリボンを外してはいけない、ということだけは覚えている。その言葉を考えると、なんとなくリボンを外してしまうことが躊躇われた。
「むー、ノリが悪いわね」
私が尻込みをしているうちに、だんだんチルノちゃんが不機嫌になっていく。
「何か都合の悪いことでもあるの?」
そんな空気を察してくれたのか、ミスティアが助け舟を出してくれる。
「うん。このリボンね、私は外せないの。このネクタイでもいいかな?」
そう言うと、チルノちゃんはまた明るい顔になった。その笑顔に少しだけ不吉な予感がしたけれど、また機嫌が直してくれたことにホッとする。
「しょうがないわね、じゃあ……私が取ってあげる。リグル!」
私が気を抜いていたところを、リグルくんが後ろから私を羽交い絞めにする。私が身動きをとれなくなったところで、チルノちゃんが私のリボンを外してしまう。
「あっ、何するのよ」
チルノちゃんとリグルくんにそう抗議するけど、二人ともぜんぜん聞いてくれない。
「何だ、普通に外せるじゃないの」
「妖怪除けなんじゃないの?私も触れないみたいだし」
「ようかいよけ?何それ?」
「……。チルノ、あんたって本当に馬鹿ね」
「あたい馬鹿じゃないもん!」
「もー、私の話を聞いてー!!」
私を無視して話している二人が、やっとこっちを向いてくれる。
「あはは、ごめんルーミア。なんか嫌がってる姿を見たらつい、ね?」
「そうそう、あたいもつい」
そう二人が謝ってくるけど、私は頬を膨らませたままそっぽを向いた。
「嫌がってることをするなんて最低。チルノちゃんもリグルくんも大嫌い!」
私がそう言うとチルノちゃんたちが、慌ててさらに謝ってくる。それでも私がすねたままでいると、二人はミスティアと大ちゃんに宥めてくれるように頼み込んでいた。
「まあまあ、チルノちゃんたちを許してあげて?リボンはまた私たちがつけてあげるから」
「あいつらもあんなに謝ってるんだしさ、機嫌直して上げなよ。ほら、この帽子もなかなか似合うわよ」
大ちゃんとミスティアが精一杯私を宥めてくれる。その姿を見ていたら、すねたままでいるのが大人気なく思えてきた。
「……うん、わかった。でも、これからはこんなことしないでよ?」
「うんうん、もうしないから」
「もう絶対にしない」
「もー」
あんまり誠意の見られない謝罪だったけど、これ以上すねていてもしょうがないし、これ以上は追求しないことにした。
(それにリボンを外してもあんまり変わらないみたいだし)
リボンを外してしまったら、何か大きく変わるのかと考えていたけど、少しからだが軽く感じるだけで大きな変化は感じられなかった。
「でもこういうのもたまにはいいかもね。何か新鮮な気分」
「いつもは嫌だけどね」
「そうだねー」
確かに悪くはないと思う。ちょっといざこざもあったけど、結局はみんなともっと仲良くなれた気もする。
「じゃあ今日はここで解散。明日またここに集まること」
チルノちゃんがそう言うと、私たちはそれぞれのところに帰っていった。
「ふんふーん、ふふふーん♪」
なんか気分が良くて、つい鼻歌なんか歌ってしまう。空の散歩もいつもよりずっと気持ちいい。
ふと下を見ると、紙包みを持った女の人が歩いているのが見えた。
「あ、人間発見」
ふとあの人間を食べようという気がした。今はまだ明るいけど、自分にはあまり関係が無い。食べたいと思えば襲うし、そんな気分じゃなければ見逃す。それでなくても自分はあまり力が強くない。襲っても結局逃がしてしまうことも良くある。そのせいでこの前、天狗から妖怪について色々と講釈を受けたが、
(ま、妖怪がどうたらとかなんて、どうでもいいことよね)
そんな若干不謹慎なことを考えながら、私はその人に声をかけた。
「ねえ、食べてもいい?」
「え?あっ、きゃあ!」
その女の人は、私の姿を見ると一瞬呆然とした後、悲鳴を上げて座り込んでしまった。
「食べても、いい?」
私がもう一度尋ねると、女の人は涙を浮かべながら小さく首を振った。その必死な姿を、少しだけかわいそうに思うけれど、食べたい気分なのだししょうがないと口をあけると、横から数本の針が飛んできた。とっさに飛びのいて、針が飛んできたほうに目をやると不機嫌そうな顔で巫女が空中に浮かんでいた。
「何やってんの、あんた?人がいい気分でいるんだから、あんまり手を煩わせるんじゃないわよ」
「えー、邪魔しないでよ。今、食べようとしてたところなんだから」
「そんなこと見過ごせるわけがないでしょ。特に私と彼女は同胞なんだから」
なぜだかいつもよりもずっと恐ろしい眼光を放っている。それに同胞という言葉にやけに強くアクセントを置いていた気がする。
それだけ言ってくると、今度は通告もなしにスペルカードを使ってくる。
(なんだか結構本気みたい)
私もスペルカードを使って反撃する。この巫女には以前は一方的にやられた記憶がある。私はあのころから別段パワーアップしたわけでもないし、今回もどうせやられるんだと重いつつではあったが。
(あれ、手加減してるのかな?)
巫女の動きは明らかに悪かった。まるで何かを庇いながら戦っているようにも見える。対して私のほうは自分でも信じられないくらいに調子が良かった。
(今なら、あの大きな館の門番くらいなら倒せるんじゃないかな)
そんなことを考えながら、弾の量と速度が倍近くになったナイトバードを使って、相手の最後のスペルカードを打ち崩した。
「……嘘、私のま…け?」
巫女が呆然としながら呟く。少しの間、信じられないような顔で動かなかったけど、すぐにこちらを見て
「私の負けは認めるわ。でもあの人間は見逃してあげて」
と毅然とした口調で言ってきた。後ろを見ると少しはなれたところに逃げている女の人の姿が見える。少し頑張れば追いつけるかもしれないけど、私はもう追いかける気はしなかった。
だって、それよりも…。
「大丈夫、もうあの人を追いかけたりしないから」
それよりも、目の前にいる人間を食べたいと思う気持ちのほうがよっぽど強いから。
「そう、よかった。ありがとね、ルーミア」
巫女は私の言葉を聞くと、ホッとした表情になって私に笑いかけた。笑いかけられたので、こちらも笑い返して巫女のほうに歩いていく。
目の前の人間を食べるために。
こんなに誰かを食べたいと思うなんて久しぶりだ。いつもはふと思いついて、いつのまにか消えてるものだから、こんなに長くは続かないのだ。
「ルーミア……?」
私の様子になにか嫌なものを感じ取ったのか、巫女がおそるおそる声をかけてきた。私は笑顔のまま近づいていく。
「え?やだ、冗談でしょルーミア。いやっ、来ないで!」
目じりに涙が浮かんでいる。まるで恐ろしい妖怪を見ているみたい。あの巫女がそんなに取り乱しているのがとてもおかしい。ついクスクス笑ってしまう。その笑い声に巫女はさらに顔を引きつらせていた。
「それじゃあ、いただきまーす」
目の前まで歩いていくと、
私はそう言って、
大きく口をあけた。
「……それは美味しかったかしら?」
傘を持った妖怪が私の食べているものを指差してくる。私は最後の一口を食べ終わると、その妖怪に感想を言う。
「うん、美味しかった。でも私はもう少し甘くないほうが良かったかも」
そういった瞬間…。
「ふざけるなー!!!!!」
ショックで気絶していた巫女が、起き上がって私に掴みかかってきた。
「はあ、何それ。私はもう少し甘くないほうが良かった?それに何かしらの文句があったわけ?それなら吐き出しなさい!今すぐ!元の形のままで!私がそれを買うためにどれ位並んでいたかわかってんの!5時間よ5時間!珍しく朝早くから起きて!寒風の吹きすさぶ中、ただただ神社に帰ってこの羊羹でお茶を飲む、その喜びを支えに耐えに耐えて来たのよ!しかも私の格好でよ!なんであの神社は巫女服がこんなに冬に弱いのよ!腋が凍傷になるところだったわ!腋が凍傷って何よ!あのパパラッチだって記事にしないわよ!その羊羹はそんな思いをして手に入れた至高の一品なの!返しなさい!今すぐ返しなさい!!私の5時間を返せええええええええええええ!!!」
「落ち着きなさい、霊夢」
傘の妖怪がため息を突きながら、巫女に宥めようとする。
「落ち着けるわけないでしょ!止めようとするなら、あんたも一緒に殺るわよ」
「その子を殺したって、羊羹が戻ってくるわけじゃないでしょ?そもそも、あなたがこの子に負けたりなんかするから、こうなったんじゃない」
「……くっ。そうよ、どうせ私はどじでのろまな亀ですよー」
巫女が完全にふて腐れちゃったみたい。地面にのの字を書いてる。
(まるで蛙に負けたときのチルノちゃんみたい)
巫女を正気に戻すのは無理だと諦めたのか、妖怪がこっちのほうに近づいてきた。
「リボンが着いてないわよ。きっと、いつも遊んでいる子達と交換でもしたのね?いったい何処にやったの?」
「チルノちゃんのところ」
その妖怪の眼光に押されて、つい正直に答えてしまうと、以前のように空に穴を開けてそこから私のリボンを取り出した。
「はい、あなたのリボンよ。今度は絶対に外しては駄目よ。もう少しであなたは友達を失ってしまうところだったんだから」
そう言って私の頭にまたリボンを着けてくれる。
「?」
そんなにとんでもないことをしたんだろうか。思い返してみても何も思い当たらない。
「あなた、本当は霊夢を食べるつもりだったでしょう」
「うん」
巫女を食べようとする寸前、袖の中からいい匂いがしたので、探ってみたらあの羊羹が入っていたのだ。そういえば羊羹を食べているうちに、巫女を食べたいという気持ちはすっかり消えていた。
「今は食べたいと思う?」
「ううん、全然」
「そう、良かった。あなたみたいに無防備な相手を傷つけるのは気が引けるから。」
そう言いながらその妖怪は、私のリボンを結び直してくれた。その後、まだいじけている巫女の方を向いて帰りましょうと言った。
「いつまでもいじけてないの。間一髪だったでしょう?」
「何が間一髪よ!紫、あんた目がおかしくなったんじゃないの。あたしの羊羹は全部食べられちゃったじゃない!」
「そういうことを言ってるんじゃないの。まったく、あなたはもう少し修業を積み直しなさい」
帰り際に、紫って呼ばれた妖怪が私の方を振り向いて、
「もう一度だけ忠告しておくわ。そのリボンは外してはいけない。あなたはそれでなくても危険なんだから、友人を失くしたくなければ絶対にそのリボンを外しては駄目よ」
そう最後に言い残して、今度こそ完全にいなくなった。
(結局何だったんだろ?)
何が何だか分からないまま、私は取り残されていた。でもすぐに、まあいいか、と思い直して、散歩を続けることにした。
(んー、でも巫女ってどんな味がしたんだろ)
今は食べる気はしないけど、羊羹よりも美味しかったのかどうかが気になった。
(まあ、今度食べる機会があったら分かるよね)
抱いていた疑問はその一言で解決し、私は明日、リボンをつけていることをどう説明すればいいかということと、噂の和菓子屋の羊羹を食べれたことを自慢しよう、ということをふわふわと考えていた。
そちらを先に読んで頂くとより話が理解しやすいかもしれません。
× × × × × × × ×
「ルー…ミア、あなた……」
紫がそこにたどり着いた時にはもはや手遅れだった。そこには倒れ付している霊夢のしかばねと、その隣で咀嚼音を立てているルーミアの姿があった。
「取替えっこしようよ!!」
チルノちゃんがいきなりそんなことを言い出した。一緒に遊んでいたリグルくんも、ミスティアも、大ちゃんもいっせいに怪訝そうな顔をしていた。さっきまでは、近頃できたとてもおいしいと噂の和菓子店について話していたのだ。私たちも女の子なのだから、例に漏れず甘いものは大好き。いつか買って食べてみたいねーとそんな話をしていたのだ。それなのに、いきなりそんなことを言われても、何が言いたいのか理解ができない。
「何を?」
ミスティアがみんなを代表して、私たちの抱える二つの疑問のうちの片方を尋ねてくれた。
「何って?」
「いや、だから取替えっこするんでしょ?何を取り替えるのよ」
「馬っ鹿じゃないの?そんなの私たちの持ち物に決まってるじゃない!」
チルノちゃんに馬鹿呼ばわりされたミスティアが、殴りかかろうとするのを必死に止めながら、私はもう一つの疑問を口にする。
「いきなりそんなこと言い出してどうしたの?」
「どうしたのって、友達は持ち物を取替えっこするものでしょ?里の子供たちがみんなやってたもん」
どうやら人間がそんなことをやっていたのを見て、自分もやってみたくなったようだんだろう。特に悪いことでもないんだし、と大ちゃんの説得もあり、結局私たちは、明日遊びに集まるまで交換した格好でいるということになった。交換する順番は、私→チルノちゃん、チルノちゃん→リグルくん、リグルくん→大ちゃん、大ちゃん→ミスティア、ミスティア→私になった。
「私、リボン似合うのかな?髪は短髪なんだけど」
「紫に黄色じゃ、ちょっと色合いが良くないんだけどなぁ」
「うわ~、マントってこんな感じなんだ」
みんながそれぞれ身に着けているものを交換し始める。だけど私はまだ自分のリボンを外せないでいた。
「ちょっとルーミア、早くそのリボンをちょうだいよ」
「……うん」
実は私のリボンは、自分では外せない。触ろうとしても触れないのだ。それにそれだけではなく、少し前、私は傘を持った妖怪から、このリボンは決して外してはいけないといわれていた。その理由も言っていた気もしたけれど、そこら辺はあまり覚えていない。ただ、チルノちゃんたちと一緒に居たければ、このリボンを外してはいけない、ということだけは覚えている。その言葉を考えると、なんとなくリボンを外してしまうことが躊躇われた。
「むー、ノリが悪いわね」
私が尻込みをしているうちに、だんだんチルノちゃんが不機嫌になっていく。
「何か都合の悪いことでもあるの?」
そんな空気を察してくれたのか、ミスティアが助け舟を出してくれる。
「うん。このリボンね、私は外せないの。このネクタイでもいいかな?」
そう言うと、チルノちゃんはまた明るい顔になった。その笑顔に少しだけ不吉な予感がしたけれど、また機嫌が直してくれたことにホッとする。
「しょうがないわね、じゃあ……私が取ってあげる。リグル!」
私が気を抜いていたところを、リグルくんが後ろから私を羽交い絞めにする。私が身動きをとれなくなったところで、チルノちゃんが私のリボンを外してしまう。
「あっ、何するのよ」
チルノちゃんとリグルくんにそう抗議するけど、二人ともぜんぜん聞いてくれない。
「何だ、普通に外せるじゃないの」
「妖怪除けなんじゃないの?私も触れないみたいだし」
「ようかいよけ?何それ?」
「……。チルノ、あんたって本当に馬鹿ね」
「あたい馬鹿じゃないもん!」
「もー、私の話を聞いてー!!」
私を無視して話している二人が、やっとこっちを向いてくれる。
「あはは、ごめんルーミア。なんか嫌がってる姿を見たらつい、ね?」
「そうそう、あたいもつい」
そう二人が謝ってくるけど、私は頬を膨らませたままそっぽを向いた。
「嫌がってることをするなんて最低。チルノちゃんもリグルくんも大嫌い!」
私がそう言うとチルノちゃんたちが、慌ててさらに謝ってくる。それでも私がすねたままでいると、二人はミスティアと大ちゃんに宥めてくれるように頼み込んでいた。
「まあまあ、チルノちゃんたちを許してあげて?リボンはまた私たちがつけてあげるから」
「あいつらもあんなに謝ってるんだしさ、機嫌直して上げなよ。ほら、この帽子もなかなか似合うわよ」
大ちゃんとミスティアが精一杯私を宥めてくれる。その姿を見ていたら、すねたままでいるのが大人気なく思えてきた。
「……うん、わかった。でも、これからはこんなことしないでよ?」
「うんうん、もうしないから」
「もう絶対にしない」
「もー」
あんまり誠意の見られない謝罪だったけど、これ以上すねていてもしょうがないし、これ以上は追求しないことにした。
(それにリボンを外してもあんまり変わらないみたいだし)
リボンを外してしまったら、何か大きく変わるのかと考えていたけど、少しからだが軽く感じるだけで大きな変化は感じられなかった。
「でもこういうのもたまにはいいかもね。何か新鮮な気分」
「いつもは嫌だけどね」
「そうだねー」
確かに悪くはないと思う。ちょっといざこざもあったけど、結局はみんなともっと仲良くなれた気もする。
「じゃあ今日はここで解散。明日またここに集まること」
チルノちゃんがそう言うと、私たちはそれぞれのところに帰っていった。
「ふんふーん、ふふふーん♪」
なんか気分が良くて、つい鼻歌なんか歌ってしまう。空の散歩もいつもよりずっと気持ちいい。
ふと下を見ると、紙包みを持った女の人が歩いているのが見えた。
「あ、人間発見」
ふとあの人間を食べようという気がした。今はまだ明るいけど、自分にはあまり関係が無い。食べたいと思えば襲うし、そんな気分じゃなければ見逃す。それでなくても自分はあまり力が強くない。襲っても結局逃がしてしまうことも良くある。そのせいでこの前、天狗から妖怪について色々と講釈を受けたが、
(ま、妖怪がどうたらとかなんて、どうでもいいことよね)
そんな若干不謹慎なことを考えながら、私はその人に声をかけた。
「ねえ、食べてもいい?」
「え?あっ、きゃあ!」
その女の人は、私の姿を見ると一瞬呆然とした後、悲鳴を上げて座り込んでしまった。
「食べても、いい?」
私がもう一度尋ねると、女の人は涙を浮かべながら小さく首を振った。その必死な姿を、少しだけかわいそうに思うけれど、食べたい気分なのだししょうがないと口をあけると、横から数本の針が飛んできた。とっさに飛びのいて、針が飛んできたほうに目をやると不機嫌そうな顔で巫女が空中に浮かんでいた。
「何やってんの、あんた?人がいい気分でいるんだから、あんまり手を煩わせるんじゃないわよ」
「えー、邪魔しないでよ。今、食べようとしてたところなんだから」
「そんなこと見過ごせるわけがないでしょ。特に私と彼女は同胞なんだから」
なぜだかいつもよりもずっと恐ろしい眼光を放っている。それに同胞という言葉にやけに強くアクセントを置いていた気がする。
それだけ言ってくると、今度は通告もなしにスペルカードを使ってくる。
(なんだか結構本気みたい)
私もスペルカードを使って反撃する。この巫女には以前は一方的にやられた記憶がある。私はあのころから別段パワーアップしたわけでもないし、今回もどうせやられるんだと重いつつではあったが。
(あれ、手加減してるのかな?)
巫女の動きは明らかに悪かった。まるで何かを庇いながら戦っているようにも見える。対して私のほうは自分でも信じられないくらいに調子が良かった。
(今なら、あの大きな館の門番くらいなら倒せるんじゃないかな)
そんなことを考えながら、弾の量と速度が倍近くになったナイトバードを使って、相手の最後のスペルカードを打ち崩した。
「……嘘、私のま…け?」
巫女が呆然としながら呟く。少しの間、信じられないような顔で動かなかったけど、すぐにこちらを見て
「私の負けは認めるわ。でもあの人間は見逃してあげて」
と毅然とした口調で言ってきた。後ろを見ると少しはなれたところに逃げている女の人の姿が見える。少し頑張れば追いつけるかもしれないけど、私はもう追いかける気はしなかった。
だって、それよりも…。
「大丈夫、もうあの人を追いかけたりしないから」
それよりも、目の前にいる人間を食べたいと思う気持ちのほうがよっぽど強いから。
「そう、よかった。ありがとね、ルーミア」
巫女は私の言葉を聞くと、ホッとした表情になって私に笑いかけた。笑いかけられたので、こちらも笑い返して巫女のほうに歩いていく。
目の前の人間を食べるために。
こんなに誰かを食べたいと思うなんて久しぶりだ。いつもはふと思いついて、いつのまにか消えてるものだから、こんなに長くは続かないのだ。
「ルーミア……?」
私の様子になにか嫌なものを感じ取ったのか、巫女がおそるおそる声をかけてきた。私は笑顔のまま近づいていく。
「え?やだ、冗談でしょルーミア。いやっ、来ないで!」
目じりに涙が浮かんでいる。まるで恐ろしい妖怪を見ているみたい。あの巫女がそんなに取り乱しているのがとてもおかしい。ついクスクス笑ってしまう。その笑い声に巫女はさらに顔を引きつらせていた。
「それじゃあ、いただきまーす」
目の前まで歩いていくと、
私はそう言って、
大きく口をあけた。
「……それは美味しかったかしら?」
傘を持った妖怪が私の食べているものを指差してくる。私は最後の一口を食べ終わると、その妖怪に感想を言う。
「うん、美味しかった。でも私はもう少し甘くないほうが良かったかも」
そういった瞬間…。
「ふざけるなー!!!!!」
ショックで気絶していた巫女が、起き上がって私に掴みかかってきた。
「はあ、何それ。私はもう少し甘くないほうが良かった?それに何かしらの文句があったわけ?それなら吐き出しなさい!今すぐ!元の形のままで!私がそれを買うためにどれ位並んでいたかわかってんの!5時間よ5時間!珍しく朝早くから起きて!寒風の吹きすさぶ中、ただただ神社に帰ってこの羊羹でお茶を飲む、その喜びを支えに耐えに耐えて来たのよ!しかも私の格好でよ!なんであの神社は巫女服がこんなに冬に弱いのよ!腋が凍傷になるところだったわ!腋が凍傷って何よ!あのパパラッチだって記事にしないわよ!その羊羹はそんな思いをして手に入れた至高の一品なの!返しなさい!今すぐ返しなさい!!私の5時間を返せええええええええええええ!!!」
「落ち着きなさい、霊夢」
傘の妖怪がため息を突きながら、巫女に宥めようとする。
「落ち着けるわけないでしょ!止めようとするなら、あんたも一緒に殺るわよ」
「その子を殺したって、羊羹が戻ってくるわけじゃないでしょ?そもそも、あなたがこの子に負けたりなんかするから、こうなったんじゃない」
「……くっ。そうよ、どうせ私はどじでのろまな亀ですよー」
巫女が完全にふて腐れちゃったみたい。地面にのの字を書いてる。
(まるで蛙に負けたときのチルノちゃんみたい)
巫女を正気に戻すのは無理だと諦めたのか、妖怪がこっちのほうに近づいてきた。
「リボンが着いてないわよ。きっと、いつも遊んでいる子達と交換でもしたのね?いったい何処にやったの?」
「チルノちゃんのところ」
その妖怪の眼光に押されて、つい正直に答えてしまうと、以前のように空に穴を開けてそこから私のリボンを取り出した。
「はい、あなたのリボンよ。今度は絶対に外しては駄目よ。もう少しであなたは友達を失ってしまうところだったんだから」
そう言って私の頭にまたリボンを着けてくれる。
「?」
そんなにとんでもないことをしたんだろうか。思い返してみても何も思い当たらない。
「あなた、本当は霊夢を食べるつもりだったでしょう」
「うん」
巫女を食べようとする寸前、袖の中からいい匂いがしたので、探ってみたらあの羊羹が入っていたのだ。そういえば羊羹を食べているうちに、巫女を食べたいという気持ちはすっかり消えていた。
「今は食べたいと思う?」
「ううん、全然」
「そう、良かった。あなたみたいに無防備な相手を傷つけるのは気が引けるから。」
そう言いながらその妖怪は、私のリボンを結び直してくれた。その後、まだいじけている巫女の方を向いて帰りましょうと言った。
「いつまでもいじけてないの。間一髪だったでしょう?」
「何が間一髪よ!紫、あんた目がおかしくなったんじゃないの。あたしの羊羹は全部食べられちゃったじゃない!」
「そういうことを言ってるんじゃないの。まったく、あなたはもう少し修業を積み直しなさい」
帰り際に、紫って呼ばれた妖怪が私の方を振り向いて、
「もう一度だけ忠告しておくわ。そのリボンは外してはいけない。あなたはそれでなくても危険なんだから、友人を失くしたくなければ絶対にそのリボンを外しては駄目よ」
そう最後に言い残して、今度こそ完全にいなくなった。
(結局何だったんだろ?)
何が何だか分からないまま、私は取り残されていた。でもすぐに、まあいいか、と思い直して、散歩を続けることにした。
(んー、でも巫女ってどんな味がしたんだろ)
今は食べる気はしないけど、羊羹よりも美味しかったのかどうかが気になった。
(まあ、今度食べる機会があったら分かるよね)
抱いていた疑問はその一言で解決し、私は明日、リボンをつけていることをどう説明すればいいかということと、噂の和菓子屋の羊羹を食べれたことを自慢しよう、ということをふわふわと考えていた。