雨が降りそうな日に雨が降る。
雨が降りそうな日に雪が降る。
雨が降りそうな日に陽が出る。
今日は雨が降りそうな日だったが、雪が降った。
雪が降る日はいつも寒いとは限らない。時には暖かい日にも雪は降る。それでも、今日はやっぱり寒かった。
そして、リグル・ナイトバグは何となく、今日という日に雪はふさわしくないと思う。
もうすぐ丑の刻になるが、リグルはふらふらと当てもなく空を飛ぶ。
当てがないわけじゃない、と、自分に言い聞かせる。私は鰻を食べに行きたいんだ。八目鰻を食べたいのよ。
そうそう、焼きたての八目鰻。あの脂がなんとも言えないの。
そう思いながらも、思い切り飛んで八目鰻にありつこうとは思わない。
なんでかしらね。
ふらふらと当てもなく空を飛んでいると、夜雀の屋台の明かりが見えてきた。
屋台からはいつものように白く優しい煙が立ち上っている。ゆっくりとリグルは地面に降り、羽をたたんだ。
「あれ、リグル、今日はずいぶん遅いね」
煙の向こうにぼんやりと夜雀の輪郭が浮かぶ。その姿にリグルの身体の力が少し抜ける。
「そうね。寒くて、どうしても体が思うように動かないからかな」
「うんうん、虫はこの季節が苦手だもんね。・・・・・・いつもの?」
「うん、お願い」
屋台の長椅子にリグルは腰掛けた。やっぱり、そこにはミスティアがいた。器用に鰻に串をさし、火にかけて炙っていく。
さすが鰻屋だ。もう熟練というか、老練というか、長年やってきた動きに無駄がない。
「う~ん・・・・・・」
ミスティアは少し難しそうな表情を浮かべて、低く唸る。あら、珍しい表情だ。
「ウナギが上手く焼けないの?」
「うん、まあ、それもあるけどね」
ミスティアは腰をかがめて火加減を見た。リグルの視界からミスティアが消えた。
ああ、ちょっと火が強すぎたなあ、と遠くでミスティアは呟いた。火加減を調節しているらしい。
冷たい風がリグルを凍えさせる。思わず、両手で自分の身体を抱きしめた。
やがて、ミスティアはリグルの視界に戻ってきた。
「こんな感じかな?」
こんな感じかな、とミスティアは言うが、リグルには何がどう変わったのかさっぱりわからない。
火の強さはさっきより弱くなったようには見えない。きっと、熟練にしかわからないことなんだね。
「うん、これで良いね」
ミスティアは満足そうに頷いて、鰻の表裏を返した。楽しそうにも見える。
鰻の香ばしい匂いが漂ってきた。
「やっぱり、さすがだよね」
「うん?」
「鰻の焼き加減とか、やっぱり、ミスチーには小さな違いも見えるのよね。すごいよ」
「う~ん、まあ、それはずっと鰻屋をやってきたからだよ」
そう言いながらも、ミスティアは嬉しそうに微笑んだ。
「今日は二十六日ね。あ、もう子の刻を過ぎたから、二十七日だ。師走も終わりね」
「うん・・・」
鰻の香りは寂しい香りだ、と誰が言ったわけでもない。
本当に寂しいのは鰻のではない。いや、本当は匂いが寂しいなんてことはない。そう感じるのは自分たちしかいない。
リグルは鼻をすすった。なんて寒いんだろう。本当に寒い。
「ねえ、リグル?」
「なに?」
「この店は基本的に不定期でやっているじゃない?」
「そうね。店としてそれが良いのかはわからないけど」
「でもね、何があっても毎月二十四日と二十五日は必ず営業しているのよ」
「へ?」
あまりに脈絡のない言葉に一瞬、リグルは戸惑った。しかし、すぐにその言葉の意味するところを察した。
なんて下手な言い回しなの、と呆れながら、リグルは黙っていた。
「うん、そりゃあ、お客さんが来るかもしれないから開いているんだよ。
でも、毎年十二月は特に、営業しなきゃいけないんだ、って思うの」
その理由が今のリグルにはわかるような気がする。
「どこかで楽しいお祭りをやっているけど、そのすぐ後ろでは寂しい思いをしている人たちもいるって」
「ああ、もういいわ」
リグルはミスティアの言葉を遮った。ミスティアは穏やかな表情をしている。
参った。リグルは心の底からそう感じた。
「ずっと鰻屋をやってきたのね」
ミスティアはまた微笑んだ。
「うん。これからもずっと鰻屋をやっていくよ」
そう言って、ミスティアは鰻重をカウンターに置いた。
どっしりと重さのある、それでも胃にもたれないように、ミスティアが研究を重ねた一品。
「はい、八目鰻の鰻重」
「いただきます」
リグルはゆっくりと箸をとり、一口分のご飯と鰻を取った。
鰻に適度な脂が乗っていて、輝いているような、それでもすごく親しく感じられる。
口に入れると、口の中にほわっと鰻の味が広がった。
「どうかな?」
ミスティアはリグルを見つめる。
文句があるはずないよ。だって、これはミスチーが作った鰻重なんだから。
「すごく、美味しい」
思えば何ていうこともなかった。私は「今」、最高に美味しい鰻重を食べられるんだ。
それは当たり前だけど、気付けばとっても・・・。
雨が降りそうな日に雪が降る。
雨が降りそうな日に陽が出る。
今日は雨が降りそうな日だったが、雪が降った。
雪が降る日はいつも寒いとは限らない。時には暖かい日にも雪は降る。それでも、今日はやっぱり寒かった。
そして、リグル・ナイトバグは何となく、今日という日に雪はふさわしくないと思う。
もうすぐ丑の刻になるが、リグルはふらふらと当てもなく空を飛ぶ。
当てがないわけじゃない、と、自分に言い聞かせる。私は鰻を食べに行きたいんだ。八目鰻を食べたいのよ。
そうそう、焼きたての八目鰻。あの脂がなんとも言えないの。
そう思いながらも、思い切り飛んで八目鰻にありつこうとは思わない。
なんでかしらね。
ふらふらと当てもなく空を飛んでいると、夜雀の屋台の明かりが見えてきた。
屋台からはいつものように白く優しい煙が立ち上っている。ゆっくりとリグルは地面に降り、羽をたたんだ。
「あれ、リグル、今日はずいぶん遅いね」
煙の向こうにぼんやりと夜雀の輪郭が浮かぶ。その姿にリグルの身体の力が少し抜ける。
「そうね。寒くて、どうしても体が思うように動かないからかな」
「うんうん、虫はこの季節が苦手だもんね。・・・・・・いつもの?」
「うん、お願い」
屋台の長椅子にリグルは腰掛けた。やっぱり、そこにはミスティアがいた。器用に鰻に串をさし、火にかけて炙っていく。
さすが鰻屋だ。もう熟練というか、老練というか、長年やってきた動きに無駄がない。
「う~ん・・・・・・」
ミスティアは少し難しそうな表情を浮かべて、低く唸る。あら、珍しい表情だ。
「ウナギが上手く焼けないの?」
「うん、まあ、それもあるけどね」
ミスティアは腰をかがめて火加減を見た。リグルの視界からミスティアが消えた。
ああ、ちょっと火が強すぎたなあ、と遠くでミスティアは呟いた。火加減を調節しているらしい。
冷たい風がリグルを凍えさせる。思わず、両手で自分の身体を抱きしめた。
やがて、ミスティアはリグルの視界に戻ってきた。
「こんな感じかな?」
こんな感じかな、とミスティアは言うが、リグルには何がどう変わったのかさっぱりわからない。
火の強さはさっきより弱くなったようには見えない。きっと、熟練にしかわからないことなんだね。
「うん、これで良いね」
ミスティアは満足そうに頷いて、鰻の表裏を返した。楽しそうにも見える。
鰻の香ばしい匂いが漂ってきた。
「やっぱり、さすがだよね」
「うん?」
「鰻の焼き加減とか、やっぱり、ミスチーには小さな違いも見えるのよね。すごいよ」
「う~ん、まあ、それはずっと鰻屋をやってきたからだよ」
そう言いながらも、ミスティアは嬉しそうに微笑んだ。
「今日は二十六日ね。あ、もう子の刻を過ぎたから、二十七日だ。師走も終わりね」
「うん・・・」
鰻の香りは寂しい香りだ、と誰が言ったわけでもない。
本当に寂しいのは鰻のではない。いや、本当は匂いが寂しいなんてことはない。そう感じるのは自分たちしかいない。
リグルは鼻をすすった。なんて寒いんだろう。本当に寒い。
「ねえ、リグル?」
「なに?」
「この店は基本的に不定期でやっているじゃない?」
「そうね。店としてそれが良いのかはわからないけど」
「でもね、何があっても毎月二十四日と二十五日は必ず営業しているのよ」
「へ?」
あまりに脈絡のない言葉に一瞬、リグルは戸惑った。しかし、すぐにその言葉の意味するところを察した。
なんて下手な言い回しなの、と呆れながら、リグルは黙っていた。
「うん、そりゃあ、お客さんが来るかもしれないから開いているんだよ。
でも、毎年十二月は特に、営業しなきゃいけないんだ、って思うの」
その理由が今のリグルにはわかるような気がする。
「どこかで楽しいお祭りをやっているけど、そのすぐ後ろでは寂しい思いをしている人たちもいるって」
「ああ、もういいわ」
リグルはミスティアの言葉を遮った。ミスティアは穏やかな表情をしている。
参った。リグルは心の底からそう感じた。
「ずっと鰻屋をやってきたのね」
ミスティアはまた微笑んだ。
「うん。これからもずっと鰻屋をやっていくよ」
そう言って、ミスティアは鰻重をカウンターに置いた。
どっしりと重さのある、それでも胃にもたれないように、ミスティアが研究を重ねた一品。
「はい、八目鰻の鰻重」
「いただきます」
リグルはゆっくりと箸をとり、一口分のご飯と鰻を取った。
鰻に適度な脂が乗っていて、輝いているような、それでもすごく親しく感じられる。
口に入れると、口の中にほわっと鰻の味が広がった。
「どうかな?」
ミスティアはリグルを見つめる。
文句があるはずないよ。だって、これはミスチーが作った鰻重なんだから。
「すごく、美味しい」
思えば何ていうこともなかった。私は「今」、最高に美味しい鰻重を食べられるんだ。
それは当たり前だけど、気付けばとっても・・・。
もちろん、対抗しているでしょうね。
それでも、鳥料理を否定しているわけではないと思っています。