幻想郷の東の果てにある博麗神社の一角。
白木の香り漂う真新しい神社を前に歌い、踊り、酒を飲み交わす少女達。
神社の境内では、まだ日も落ちていないというのに神社の落成式という名目でドンチャン騒ぎが繰り広げられていた。
ある者は出来もしない楽器を演奏し、ある者は即興で歌を紡ぎ、またある者は自らの限界に挑戦するかの様に酒を仰いでいく。
こんな少女達ばかりの中で、ポツンと一人だけ居る半妖の男というのは、どうにも場違いな気がしてならない。
「さっさと帰ったほうが良かったかな?」
僕は境内の片隅で愚痴を零しながら酒を煽る。
普段はこの様に騒がしい宴会という物には参加しないのだが、落成式という名前に惹かれて顔を出したのが失敗だったかもしれない。
ふと、数日前の事を思い出す。
いつもの様に、ふらりとやって来た霊夢に僕は煎餅とお茶を出した。
丁度、読書の合間の休憩だったのだ。
霊夢専用の湯のみにお茶を注いでいると、霊夢から時間が空いてるかと聞いてきた。
生き急いでいる人間ならまだしも、僕は半人半妖だ。
これといって忙しい日はないな、と思い返しながら霊夢に空いていると伝えた。
「じゃ、博麗神社の落成式をするから参加してね」
そう言って霊夢はお茶を一気すすった。
そして、詳しい日程を一方的に伝えると、残っていた煎餅を齧りながら飛んでいってしまった。
歴史書をしたためている僕としては、そのような歴史的に重要なイベントを断る理由も無いので参加する事にした。
そして本日、神事に参加するために禊を済ませ、神社に訪れたのだが……
石段を登り終えた僕の目に映ったのは、落成の挨拶でも、新しい神社に神を降ろす霊夢の姿でも無く、険悪な様子で睨みあう八雲紫と青い髪の少女、踊る亡霊嬢、飲み比べをする少女とそれを囃し立てる少女達といった、いつもの宴会の様子だった。
落成式はどうしたのだ?
僕が遅く来すぎたのか?
そう思ったが、この少女達が落成式などというイベントを長々と行うようには思えない。
きっと、落成式などそこそこにして宴会に切り替えてしまったのだろう。
しょうがない、と僕は息を漏らした。
霊夢に軽く挨拶を済ますと、飲み比べなんかに巻き込まれては堪ったものじゃないと、境内の隅にこっそりと陣取る。
そして、お祝いに持ってきた酒を自分でチビチビと飲んでいるといった次第だ。
「それにしても、彼女らはもう少し落ち着いて酒を飲めないものだろうか」
宴会なのだから楽しく飲むのは間違ってはいない。
だが、飲み比べをしている少女達みたいに、浴びるような飲み方では折角の酒の味も分からないのではないだろうか。
少女達を一にらみした後、今日の主役である博麗神社に目を向ける。
歴史的に価値の有るイベントに立ち会う事が出来ると思っていたのだが、お流れのような状態になってしまったな。
がっかりした気分を紛らわす様に杯を口に運ぶ。
「おにぃ~さん、せっかくの宴会なんだから、楽しく飲まなきゃ駄目だよぉ~」
少女達の輪から抜け出してきたであろう少女の一人が僕に近づき声を掛けてきた。
わざわざ境内の端で目立たない様にしている僕に声を掛けるなんて、物好きもいるものだ。
僕は声の主の方に顔を向ける。
僕の前に居たのは、山吹色の髪をした小柄な少女。
しかし、僕はその少女の顔……否、正確に言うのならば、少女の頭を見た瞬間に固まってしまった。
よく見ると少女の柔らかそうな髪の間から、小柄な体に不釣合いな長い角が2本突き出ているではないか。
その角は、牛の角でも、山羊の角でも、ましてや作り物などではない。
そんな角を生やした存在は僕が知る限り、遥か昔に幻想郷を去って行った、とある妖怪だけ。
その生き物はもう幻想郷に居ないはずなのだ。
だけど、今、僕の目の前には、幻想郷にいるはずの無い者が居るのだ。
「き、君は……そ、その頭、まさか鬼なのか!?」
「お~、よく分かったね~。いくら私が鬼だって言っても信じない奴らばっかりだったのに。なかなか見る目があるじゃない」
「どうして、幻想郷を出て行ったはずの鬼がここにいるんだ」
「色々あって戻ってきたのよ」
鬼は数百年前から徐々に姿を消していき、博麗大結界が作られる頃には地下の世界に移り住んでいったはずなのだが……
鬼達が移り住んでいった地下の世界という物は、簡単に行き来が出来るのだろうか?
忌み嫌われた妖怪達が、そう簡単に出て来れないよう厳重に封印されていると何かの文献で読んだ気がするのだが……
「お~い萃香~、お酒が無いわよ~。瓢箪はどこよ~」
「ここだよ~。そんなに私の酒が飲みたいのなら、勘弁してくださいって泣いて謝るまで飲ませてやろうじゃないか」
霊夢に呼ばれ、鬼の少女(萃香と言うらしい)は、にぎやかな輪の中へ帰っていった。
彼女の登場に、先ほどまであった歴史的に重要なイベントがおざなりに済まされてしまった事への不満は消えうせ、新たに疑問が生まれる。
どうやって……なぜ鬼がここに居るのだろうか?
楽しげに人や妖怪達と笑い、歌い、酒を酌み交わす鬼の少女。
人を見限り、妖怪の社会を捨て、幻想郷を出て行ったはずの鬼が、人と妖怪の和の中へ帰ってきているとは……
「何か言いたそうだね~」
僕のすぐ隣からは聞き覚えのある声を掛けられた。
その声の持ち主は先ほど霊夢に呼ばれて、向うの方で飲み比べをしているはずなのだが。
不思議に思い隣を見る。
誰もいない……いや、いた。
僕のすぐ隣に、手のひらほどのサイズの萃香が座っていた。
「……鬼がそんなに小さくなれるなら、一寸法師はさぞかし困っただろうね」
「あはは、一寸法師も桃太郎も鬼が本気で負けたわけじゃないよ。あれは鬼が負けてやっただけさ」
小さな鬼がカラカラと笑いながら答えた。
「で、あんたが本当に聞きたい事はそんな事なの?」
萃香は小さな目を細め、じっとこちらを見つめている。
ずっと隠していた嘘がばれた時の様な居心地の悪さを感じる。
さて、これはどうしたものだろうか?
彼女の姿を見て、酷く、そう、酷く思い浮かんでしまった質問がある。
見当違いな気もするが、僕の意識がそう捉えてしまったからどうしようもない。
どうやって誤魔化そうかと考えを巡らせていた僕の思考を読むように少女が口を開いた。
「別に無理して喋る必要も誤魔化す必要も無いよ。言いたくないなら黙っていれば良いし、妙な事を言われても怒ったりしないよ。ただね、酒飲みの達人としては、今のあんたみたいに難しい顔をしてお酒を飲んでも、美味しくないんじゃないかと思ったから声をかけさせて貰っただけだよ」
僕はドキリとして目の前の小鬼に視線を向けるが、萃香は特に怒った様子も無く、相変わらず見透かすような視線を僕に向けたまま微笑んでいる。
もしかしたら本当に僕の心を見透かしているのかもしれない。
今まで、鬼は騙されやすい妖怪だと思っていたが本当にそうなのだろうか?
古くから生き、深い知識と多くの経験を積み、人よりも優れた社会を築くような鬼達が、人間の吐くような嘘に何度も騙されたりするだろうか。
先ほどの一寸法師の話ではないが、鬼は嘘と解っていて騙されているのではないだろうか?
僕は思考が横道にそれていた事に気付き頭を振る。
何を悩んでいるんだ、聞きたい事があるのならば聞けば良いじゃないか。
この目の前の素直そうな少女なら、言いたくない事は言いたくないとはっきり言うだろう。
「あそこに居る君は楽しそうに笑っているけど……君は……憎くは……無いのかい?」
これが初対面の人物にするような質問でない事は僕も理解している。
だが僕は、目の前の少女の瞳に促される様に言葉を吐き出していた。
「古くからの絆を捨て、君たちの事を忘れてしまった人間や、鬼の力を恐れ、腫れ物のように扱い、君たちが地下の世界に去るように仕向けた妖怪達を……君は、憎くは無いのかい?」
僕は息に詰まりながらも、何とか言い切る事を出来た。
そして、僕の言葉を聞いた鬼の少女は、小さな体で大きく息を吐いた。
「あ~、怨みねぇ…………そりゃあね、薄情で嘘ばかりつく人間の事も、腑抜けで小癪な妖怪達の事も怨んでいたさ。私達はみんな怨んで、悲しんで、怒って地獄に降りて行ったよ。一人で暴れても良かったんだけど、友達に迷惑をかけたくなかったから私もそうしたよ」
どこか寂しそうに、バツの悪さを誤魔化す様に微笑み、言葉を続ける。
「だけどさ、地上との絆を捨てて何十年、何百年と時間が過ぎるとね、忘れてしまうんだよ。血を吐くような怨みも、身を引き裂かれるような悲しみも、燃え尽きるような怒りさえ時間が持って行ってしまう。なぁ、あんたも解るだろう?」
僕は鬼ではない。
だが彼女の言葉もどこか理解できるような気がした。
僕も体に流れる妖怪の恐れる人間や、半端な力しかない僕を軽く見る妖怪を怨んだ事があった。
だけど、今ではもう、そんな感情は残っていない。
「確かに。何かを怨んで生きるのには僕達の人生は永過ぎるかもしれないね」
「そうだね。怨みも、怒りも、悲しみも消えて……でも色々な気持ちがどんどん希薄になっていくのに、寂しいって気持ちだけは消えなかったね。地獄を漂って来る人間を見た時に強くそれを感じたよ。幻想郷の何倍も広い土地に、数え切れない程の人の怨霊が居るのに、だ~れも鬼の事なんか覚えてないんだよ。いずれ幻想郷に残っている人間や妖怪たちもこんな風になってしまうのかと思うと、ただ寂しいだけだったよ。私以外の鬼達はあんまり気にしてなかったみたいだけどね」
それで寂しくなって地上に上がってきちゃった訳なんだけどね、と鬼が笑う。
「そんな寂しくて寂しくて堪らない時にあいつらを見つけたんだよ。幻想郷は殺し合いも、人攫いも無い腑抜けた時代のままだったけど、人と妖怪が本気で戦い、認め合い、酒を酌み交わす。一部の奴等だけど、そんな人と妖怪の儀式……絆が再び結ばれていたんだよ」
鬼や妖怪は人間を攫い、喰らい、襲い、無慈悲に無謀に無我に無茶に無理に暴力を振るう。
人間はそれに対して知恵と勇気で対抗する。
術を用い、陰陽を用い、式を用い、五行思想を用い、四大元素を用い、罠を用い、奇跡を用い、神の力を用い、武器を用い、勇気を用い、技を用い、信念を用いて、異形を倒した。
それは儀式でもあり理でありルールでもあった。
だが、いつしかそのルールは消え果てる。
後に残ったのは幻想郷。
そして生まれたスペルカード。
手のひらサイズの萃香は向こうの方で騒ぐ霊夢達をまぶしそうに見つめている。
「私は嬉しかったんだ。私はもう憎くは無いし、誰も怨んじゃいない。それどころか人と妖の絆を結び直した、あいつ等には感謝してるくらいだよ。無くしたと思っていた宝物が此処にあったんだよ」
にこり、と、まるで母親の様な笑顔を萃香は浮かべた。
「まぁ、辛気臭い話はこれくらいにして、楽しく飲もうじゃないか」
小鬼はどこから取り出したのか空のお猪口を取り出した。
僕は彼女の要求にこたえるべく、お猪口に酒を満たした。
手のひらサイズの彼女には少々大きすぎる気もしたが、相手は鬼だ、飲みすぎて倒れるような事も無いだろう。
「それじゃあ、人間と妖怪の幸せを願って乾杯」
萃香は小さな体で、僕は向かってお猪口を突き出してきた。
「鬼の幸せも願って」
僕もそれに合わせるように杯を突き出す。
「あはは、ついでに半妖の幸せもだ」
僕達は杯をぶつけ、口に運ぶ。
ああ、美味い。
先程までどこか味気なく感じていたはずの液体が、凄く美味しく感じられる。
周りの雰囲気もそうだ。
人も妖怪もそれ以外も分け隔ての無い博麗神社のような空間は、誰もが望んだはずのかけがえの無い物なのだ。
「さすがは酒飲みの達人だ。お酒がとても美味しく感じられるよ」
……返事が無い。
不思議に思い隣を見るとそこには、空のお猪口が転がっているだけだった。
話に飽きて少女達の輪の中に帰っていったのだろうか?
それとも僕の持ってきた酒を狙っていて、一杯飲んだから満足してしまったのだろうか?
「おーい。霖之助さんもそんな所で飲んでないでこっちに来なさいよ」
僕が頭を捻っていると、少女達の輪の中から霊夢が僕を呼ぶ。
その隣には萃香が居てこちらに向かって手を振っている。
ふむ、今日は落成式で御目出度い日なのだ、普段外さない羽目を外すのも悪くないかもしれないな。
僕は立ち上がり歩を進める。
人と、妖怪と、鬼と、その他諸々の和の中に……
人と妖怪の在りよう。正直いい話しだった。
涙ぐんでしまった...いい話です。
どうもちぐはぐで説得力に欠ける気がする。
話も解説に終始して山も谷もないので、今一つ調理不足の感が。
それと霖之助の感情の変化の仕方が無理やり過ぎると思う。
人間からみりゃ傍迷惑以外の何物でもないわな・・・
あ、お話はまあまあでしたので50点つけときました。
しかし、いい組み合わせです。
二人の話も時の経過でなくなっていった恨みなどの感情も
今、築かれているものに比べれば取るに足らないモノになるのでしょうかね?
面白かったです。
真面目に話しさせたらどんな会話になるんだろ。
萃香とこーりんかw