結局のところ、私達はみぃんな、杯を交わす理由が欲しいだけなんだヨ。
聖なる夜結構、誰かサンの誕生日結構、めでたいねぇ、呑まなきゃ損々。
妖怪も子供も、猫も杓子も屏風も、酔いに酔って一期一会の素敵な夜さ。
自分の大好きな人たちとこうして一緒に居られるって
素敵なことだろう?
だから、さぁ、アンタも一緒に――。
乙女。トキメキ。クリスマス。
宴会は縁もたけなわ、酔いつぶれるものあり、
悪酔いして他の妖怪に迷惑をかけるものありの有様です。
そんな中、霊夢はそっと、縁側に座りました。
外は白銀の世界、チラチラと降り注ぐ雪が、
今日と言う日を白く染め上げていました。
はぁ、っと吐くと外の雪と同じくらい白い霧が
一瞬だけ浮かび、夜空に溶けていきます。
霊夢は後ろでまだバカ騒ぎをしている連中を振り返り、
そしてまた夜空を見上げます。
「……楽しかったな」
雪は今も降り続いています。
空を覆う厚い雲。その僅かな隙間から月が顔をのぞかせています。
霊夢は仲間達との楽しい宴のことを思い出し、くすっと笑いました。
「れ~いむ、呑まないでかー!」
後ろから魔理沙が抱き付いてきました。お酒臭い息を霊夢の耳元に吹きかけます。
「まだまだ宴会は終わらないぜ! ホラホラ、呑んだ呑んだ」
「はいはい、わかったわよ、って……何そのカッコ!?」
「ん、ああ、コレは外の世界に伝わるじゃんけん式決闘法の報酬。15勝1敗」
霊夢が振り返ると魔理沙の頭には
16個の帽子がソフトクリームのように重なっていました。
重たそうな頭とは逆に、視線を下げると本体は下着姿。
「なんで1敗なのに真っ先にエプロンドレス脱ぐのよ。
こういうのは大体靴下とかそういうのからやるもんじゃないの」
「ばっか! 帽子とドロワは魔法使いの最後の砦なんだ!
例え全敗で衣服全部剥ぎ取られてもコレだけは譲れないぜ!
それに靴下は既に安全地帯にセット済みなの!」
「はいはい分かった分かった、分かったから退いて。お酒臭いわよ」
「呑もうよぉんよんよん~」
抱きついた魔理沙をそのままにしながら霊夢は立ち上がりました。
「……ん?」
そして何かに気が付き、じっと空の一点を見つめます。
「一瞬だけ三日月が二つ見えたような……。気のせいか」
ベロンベロンに酔っ払っている魔理沙を引きずりながら宴会場へと戻るのでした。
「こらー! 私の秘蔵の酒呑むなぁ~!!」
◇ ◇ ◇
足元には白い雲、星屑と月が雲の照り返しを受け、
まぶしく輝く世界にもう一つの三日月。
二人の少女が座っています。
「やっぱり紫も宴会参加したかったんじゃないの?」
「良いのよ私は、寒いときはものぐさ太郎で寝てることになってるから。
それよりあなたはどうなの?」
「私を溶かし殺す気?
外でやってるならともかく、室内は勘弁してもらいたいわ。それに……」
私には、一人分の温もりで十分よ、と少女は言います。
紫は少しだけ照れながらレティと繋いだ手を、ぎゅっと握り返しました。
「にしても、やっぱりあの娘、鋭いのねぇ……」
「あ、アハハハ、なんとなく目が合った気がしたわ」
「こんなところ見られたら大変よねぇ」
「今から浮気のイイワケ考えとかなきゃだわ」
「そんなの後回しで良いわよ。
今は、この素敵な世界と、私だけを見てて。
一年に一度だもの。無粋よ、紫」
「あら~ん、嫉妬? パルスィわよ、レティ」
「そんなんじゃないわよ」
「これから幻想郷は本格的な冬に入る。
私を始め、八雲に名を連ねるものの妖力が衰える季節……」
「雪も、溶けちゃえば水だものね。
式には辛いわね。……紫は?」
「寒いから、ヤ!」
「……ふ~」
レティは魔理沙が霊夢にしていたように、紫の耳元にふっと息を吹きかけます。
「やめてレティやめて、耳が痛いわ、
耳たぶ凍っちゃう!」
レティが紫の耳たぶをきゅっと摘みました。
「……つべたい」
「レティが息吹きかけたからじゃないの。
ぷんぷん!」
「だから、八雲の力の至らぬ冬は、この私、レティ・ホワイトロックにお任せあれ。
幻想郷の守護者殿。……コレで良いかしら?」
「うん。……カッコよかった。
でも耳たぶから手離してくれるともっとカッコよかったわ」
「……じゃあ、コレで良い?」
レティは紫の耳たぶを摘んでいた手を離すと、
紫の肩を掴み、自分の元へと引き寄せました。
「……ん」
凍てつく寒気と静寂が支配する、眩い世界。
月の光から切り取られた影が、イカリのように白い雲に映し出されているのでした。
◇ ◇ ◇
「おや、奇遇ですね。
よもやこんな所でお会いするとは、善行積んでいますか、お二方」
突然声をかけられ、驚いて二人は離れます。
かけられた言葉ですぐに相手が誰なのか分かってしまいました。
「うげげ、四季映姫ヤマザナドゥ。ご機嫌麗しく~」
紫が白々しく挨拶をします。
「うげげ、と言う感嘆符はなんなのですか、
どうにも挨拶の言葉には聞こえませんが」
「四季映姫さまこそ、どうしたの。今日のお勤めは?」
レティが映姫の言葉を遮り、質問します。
「ええ、今日は年内最後の特別な日でしたから。
宴会に合流しようかと思いまして」
「宴会ならもう二次会始まってるわよ」
「そ、そうですか。少しばかり残業しすぎましたね。急がないと」
「じゃあね。また会いましょう。四季映姫さまにも、よい冬を~」
「コホン。お二人のことは黙っていてあげるのが私の積める善行でしょうね。
ええ、また。良い縁を」
映姫はそう言うとウィンクをして二人に別れを告げました。
紫とレティはお互い顔を見合わせ、
映姫が雲の中に消えたところで笑いあうのでした。
◇ ◇ ◇
「ああそっか、閻魔さまのセリフで思い出したわ」
紫が手をポンと打ち、後を続けます。
「年内最後の特別な日、映姫だから今日なのね」
「どういうこと、紫。意味が分からないわよ」
紫はレティの唇に人差し指を当て、もったいぶった言い方で話します。
「今日は地蔵菩薩の年内最後の縁日なのよ。
いつになくゴキゲンなワケだわ。
あのウィンクったらもう、誰かに話せないのが残念だわぁ」
「なるほど……。でも、おかげで助かっちゃったわね」
「それともう一つ、
外の世界では凄いポピュラーだけど。クリスマスイヴなのよね」
「ああ、クリスマスかぁ。
私は別に誰かサンの誕生日に興味なかったし、関係ないかなぁ」
「ふふふ、それがね。今どきの外の世界じゃ誕生日を祝う、
と言うよりも、好きな人と一緒に過ごすのがこの日の慣わしなのよ」
「あら、じゃあ合ってるじゃないの。
信心深いわね、私」
「ある意味正しい過ごし方かも知れないわねぇ。
あ、そだ。ねぇレティ。私いいこと思いついちゃった」
「なぁに?」
「い、た、ず、ら」
耳元でぼそぼそと呟きます。
レティは紫の話を聞き、大きく頷くといいました。
「ねぇ、ちょ、ちょっと紫。
その前に、降ろしてくれないかしら。その、お、お尻が隙間に挟まっちゃって……」
紫はあらあらと笑うのでした。
◇ ◇ ◇
「んぁ? と、といれぇ……」
チルノは宴会場で目を覚ますと、
自分の脇腹に乗っている足をどかして立ち上がりました。
ぐーすかぴーすか、宴会場はイビキの大合唱です。
皆を起こさないように差し足抜き足で宴会場を出ます。
「寒い……レティ頑張りすぎだよぅ」
少しだけ身震いをし、
自分が氷精だということを思い出してチルノは縁側へ出るのでした。
「今年もタクサン、タクサン。レティと遊ぶわ! ……ぁ」
――Merry Christmas!
レティが呼んだ気がして空を見上げると、チルノはうんっ! と大きく返事をします。
小さな氷精だけが、小さな奇跡に気が付いたのでした。空から舞い降りる一面の雪。
それは、ハート型の雪が降った、クリスマスの朝の出来事――。
-fin-