Coolier - 新生・東方創想話

冬季限定 うどんげ医院

2008/12/24 20:52:10
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「里に軽い病気を診てくれる良い医者が居たらいいんですけどねー」

  私、鈴仙・優曇華院・イナバの何気ない、ほんとに何気ない一言が発端だった。

 もちろん里にも医者はいる。けれど、何と言ってもわが師匠八意永琳の医療知識、技術は里の医者とは比べ物にならない。生まれ持った天才的な頭脳が、月の最先端の医療知識を吸収し、ものすごーく長い時間(具体的にどれくらいなのか聞いてみたい気持ちはあるんだけど、絶対に教えてくれそうにないし、命を無駄にするほどの疑問でもないよなあと思うので聞いた事はない)を医者(薬師?)として生きてきたのだ。それだけでも途轍もない医療知識を持っているだろうと想像できる。

 想像って、弟子ならもっと具体的に把握しなよと思われるかもしれないけれど、たとえて言うなら師匠は雲を突き抜けるほどに高くそびえ立つ山。麓から見上げてみても頂上が見えないので、ものすごーく高いってことは分かるけど、じゃあいったいどれくらい高さがあるのかは見上げる者からは分からない。弟子としては実に情けないことだけど。

 腕のいい医者にかかりたいのは人情なので、師匠の評判が高まるにつれて、程度の軽い病気でも(当人たちにとっては病気の軽い重いを判断できないので)、無理をして永遠亭にやってくる人たちが増えだした。けれど、師匠が如何に天才的頭脳と神懸かり的医療技術を持っていると言っても、体は一つ、助手の私もひとり。患者が増え過ぎると捌ききれないのだ。主に私が……。

 里に腕の良い医者が居てくれたら、と言っても当然師匠程じゃなくていい。重い病気は永遠亭に送ってくれて、師匠が見るまでもない軽い病気はきちんと治療してくれさえすれば、わざわざ里の人たちも危険を冒して迷いの竹林を超えてこなくても良くなる。師匠も師匠にしか治せないような患者に専念できる。そしてなにより、私も過重労働から解放されるのになあという軽いぼやきのような、あまり意味のないつぶやきだった。

 しかし、その何気ない一言を聞いた師匠が、私を一瞥したあと口元に手を当て、虚空を眺めだしたとき、いきなり雲行きが怪しくなった。あれ?これは何か嫌な予感がする。師匠がこのポーズを取っているときは、頭が高速回転しているときだ。そして、経験上私の一言が切欠となってその状態になった場合、十中八九私が何がしかの厄介事を命じられることになる。どうしよう何とかしなくてはと慌ててみても、特に対処法を思いつかないでいると師匠がいかにも名案だわといった感じでこう言った。

「そうねー、里に永遠亭の出張所があってもいいわね。うどんげ、あなた里に診療所を開きなさい」





 私は昔から悪い予感だけは良く当たる。でもこれは想像以上だった。まさかこんなに早く独立を求められるとは、心の準備がまるで出来ていなかった。私だっていつかは一人前の医者になりたいと思っている。けれど、独立して開業しようなんて欠片も考えたことがなかった。私の目標は、師匠の助手として一人前になることだったから。

 どうしよう。困った。まだまだ師匠の下で色々と学びたい。ひとりで診療所を切り盛りする自信なんてまったくない。これはいきなり大ピンチなのでは?これはなんとか石にかじりついてでも撤回してもらわないと。

「し、師匠、確かに私も里に診療所があれば便利だとは思います。せめて重病かどうか判断してくれる人がいたらここの負担も減るでしょうし、里の人もわざわざここまで来なくてもいいですし。でも、でも、里に診療所を開くってことは私一人で診断から処置までするってことですよね?無理です、絶対に無理ですよー。ここで師匠にフォローされながらでもいっぱいいっぱいなのに、まだまだ覚えていない症例だってたっくさんあります。もし診断をミスしたら兎鍋にされちゃいます。お願いします、まだ師匠から学びたいことがいっぱいあるんです、見捨てないでください」

 なんだか途中から自分でも支離滅裂になってきているのがわかった。無駄にあわあわしちゃってるし、ちょっと泣きそうになってるし。でも、もしかして師匠から見切りをつけられたのでは?と思うと不安で不安で仕方がなかった。まだまだ師匠の側で学びたいこと、学ばなくてはいけないことが山のようにあるのだ。いつか師匠の役に立つ助手になって見せたかったから。

「うどんげ、少し落ち着きなさい」

師匠がちょっと呆れたような声を出した。まったくこの子はといった心の声が聞こえてきそうな表情だ。

「何をそんなに慌てているの?別に師弟関係を解消するといった訳でも、もう二度と戻ってくるなといった訳でもないでしょう?」
「でも、でも、診療所を開くってことはあちらに住んで、一人で診察するってことですよね?そしたら師匠から教わる時間も格段に減ってしまいますし……」
「言葉が足りなかったかしら、というより説明する前にパニックになられたんだけど。診療所を里に開くのはこの冬の間だけのつもりよ。ただでさえ交通の便が悪いのに、雪でさらに行き来が難しくなるから、里にも医者が居た方が良いでしょ?」
「な、なるほど、期間限定ですか」

 正直ほっとした。強張った体から力がどっと抜ける。これって一冬頑張ればまたここに戻ってこれるってことだよね。

「一冬もあれば……、ま、期間限定の理由は他にもあるけどそれは自分で考えなさい。きっちり役目を果たして春になったら戻ってこれるようにすればいいのよ」

 冬季限定の理由?役目を果たす?師匠は基本的に私が自分で答えにたどりつける力がつくように、一から十まで教えてくれたりはしない。それはとても大事なことなんだけど、混乱中の私には正直まるで見当もつかなかった。混乱中で無くても答えに辿りつけないかもしれないけど。

 ただ、期間限定とはいっても診察から治療までをひとりでやらなくてはいけないという不安が解消されたわけじゃない。

「ほんとにあなたは自信が無いわねー。まあ医者としての比較の対象が私しかいないことの弊害ね。でもねうどんげ、こんなことを言うと傲慢に聞こえるかもしれないけれど、私に医者としての知識、技術が劣ったら医者として無能ってことになったら、この世に有能な医者なんていないことになるわよ?」

毛ほども傲慢だとは思いません、師匠。まったくもってそのとおりだと思います。

「まず、私はあなたに内科外科を問わず、基本的な知識、技術は身につけさせたつもり。いつも私の手術の助手をしているのだから、軽い手術ならもう出来る筈よ。病気の軽重を判断し軽いものは治療し、重いものはここに送る。それくらいできる程度には育ったと判断したから診療所を開きなさいといったのよ?少し自信を持ちなさい。それともあなたがそこまで出来ないって言うなら、私の見込み違いだったのかしら?」

 師匠に褒められた……。いつもまだまだね、しっかりしなさいと言われ続けてきたので、師匠にきちんと評価してもらえているとは思ってもみなかった。いけないちょっと泣きそうだ。

 おっと、あぶないあぶない。これが師匠の作戦かもしれないじゃないか。私を踊らせることなど、師匠にとっては赤子の手を捻るより簡単なことなんだから。でも、私が失敗したら永遠亭の評判にも泥を塗るわけで、少しは評価してもらってると考えてもいいのだろうか。だとしたら凄くうれしい。

「残念ねー。いい機会だと思ったのだけれど。でも本人の意思を尊重しないとねー。自分に出来ないことをきちんと把握して回避するのも医者としての大事な能力の一つだからうどんげが気にすることないのよ?でも出来ると思ったのになー。医者として一皮むけるいい機会なのに。残念だわ」

 師匠はべたな、演技が過ぎるオーバーリアクションで残念を執拗に繰り返しプレッシャーをかけてくる。だめだ、ここでこのプレッシャーに負けたらひとりで里に行く羽目になる。何度流されて後悔したか。断崖絶壁に生える薬草を取りに行かされたり、破廉恥な格好をさせられたり。受け流せ、受け流さないと。

 懸命に耐えようとしたのだけれど、でも無理だった。やっぱり受け流せない。里に一人で診療所を開く困難と師匠に失望されることを秤にかけるとしたら、どうしたって師匠に失望される方が圧倒的に厭だったから。だって、どこに行くあてもない、流れ者の私を拾って弟子にまでしてくれた大切な師匠なのだ。私は到底その期待に背くことの罪悪感に耐えられっこないのだ。仕方ない、やるしかないか……兎は度胸だ。

「分かりました。やってみます」

 言うや否や、にこにこと笑みを浮かべた師匠が立て板に水のようにすらすらと段取りを語りだした。

「道具は何でも必要なものを持って行きなさい。定期的にてゐを使いに出すから、必要なものはてゐに言うこと。場所はあの里の守護者に頼みなさい。あと名前も決めてあるのよ。『うどんげ医院』よ、素敵でしょ?」

 師匠、いくらなんでもダジャレは勘弁して下さいよ。それにしても師匠のえーりんぐセンス(えーりんとネーミングセンスを掛けた造語らしい。誰が言い始めたかは知らないけど、実にうまい表現だと感心する)の破壊力は衰えを知らない。ちょっと絶句してしまった。別に永遠亭人間の里出張所とかでいいじゃないですか。私この診療所の名前で里で頑張らなきゃいけないんですか?少し早まったかしらん。











 私の師匠は有能だ。打つ手の一つに対して三つくらいの効果があるうえに、それが同時に二手先の布石だったりすることがざらにある。もちろん無能な私がそれに気づくのは五手くらい進んでからのことであるし、気付かないままのことだっていっぱいあるに違いない。だから今回の診療所を開設することに決めたのにももいろいろと複合的な意味があるんだろう。

 師匠は頭の回転が頗る速い。たぶん私の一言が切欠になってから診療所を開きなさいと口にするまでに、診療所の場所と名前から、私の行動、里と永遠亭への影響等などを頭の中で一気にシミュレーションしたに違いない。

 でもだからって、いやだからこそなんだろうな。あのあと即日里へ行けってのは無いんじゃないでしょうか師匠。普通に考えて診療所を開設するって言ったら半年や一年の時間を準備に割いてもちっともおかしくない様な事業だ。それをその日の内に出発しろだもん。さすがにその日のうちには無理だと食い下がり、心の整理と段取りを決める時間が一晩だけでも欲しいと言ったら、まったく時間を無駄に浪費してーと呆れられた。

 まったく天才は凡人の考えるスピードを理解してくれないから困る。結局一晩だけ時間をくれたけど、たった一晩では特に考えもまとまらず結局当たって砕けることにした。てことは師匠の言う通り時間の無駄だったということ?などと考えながら里への道を歩く。

 私は雪道を歩くときにはなるべくいい音がするように歩く遊びをする。ちょっとした加減でぎゅっぎゅっという足音がキュッキュッとした足音に変わるのだけど、微妙にコツがいるので難しい。でもいい音が出ると嬉しいのだ。そんなことをしていると里の守護者兼寺子屋教師、上白沢慧音宅に到着した。




「ふむ、なるほどな。話はわかった。里にとって不利益になる話ではないし、協力させてもらおう」

おお、さすが話が分かる。

「正直、私も妹紅も草臥れてきていたところだから、渡に船なんだ」

 なるほど、それは確かにそうでしょうねえ。妹紅さんというのは迷いの竹林にすむ慧音さんの親友だ。永遠亭の主、蓬莱山輝夜様(普段は姫様とお呼びしている)とも因縁浅からぬ仲だが、今回の話とは関係ないので端折らせていただきます。いつも永遠亭に向かってくる里人が迷いの竹林で迷わないように警護してくれる人だ。つまりは最近の永遠亭の患者増加の被害者仲間なのだ。

 これは幸先良さそうだと喜んだとところ。ちょっと厳しめの表情、寺子屋の教師として生徒を指導する時の顔と同じかな、をしてこう忠告してくれた。

「ただ、先ほどの話の、里に軽い治療の出来る場所があった方がいいという話、もう少し表現を婉曲にすべきではないか?」
「といいますと?」
「里にも医者が居るということ。その者たちにも誇りや感情があるということだ。ただでさえ永遠亭という新規参入のライバルに患者を取られているのだ。もともと良くない感情をさらに逆なでする表現は控えた方がいいだろうな」









 慧音さんに里のメインストリートの外れ付近に診療所の場所を用意してもらい、永遠亭から機材を運び込んでから数日、私は慧音さんの忠告について考えていた。

 確かに私のやろうとしていることは、里の医者たちにとって非常に挑戦的なことだ。それを考えると、どこまで積極的に活動してよいか、具体的には広報周知などをどこまで活発に行うか悩んでいた。個人的な希望をいえば、ひっそりとほそぼそーっと敵を作らないように活動して冬を終えるのがいいのだけれど、そうすると師匠が望んでいる里の出張所計画がとてもちっぽけなものになってしまう。けれど大々的に広報をお願いして、里の医者との摩擦をおこしまくっても永遠亭の立場の為にならないかもだし、いったいどうしたものか考えがまとまらなかったのだ。里の人たちからもちょっと警戒されていて、こちらに興味はありそうなんだけど様子見モードに入られてしまっている。

 と、そんなことを考えながら奥の部屋で薬の整理していると、

「お、お母さんが倒れて!先生お願いします!」

という切迫した少女の声が聞こえた。

 それは一大事と慌てて外に飛び出そうとしたが、あれ?この声は……。危ない危ない。引っかかったらまた1か月くらいからかわれるところだった。

「声で分かるわよ。てゐ」

 なるべく平静な声をだそうと試みたがどうだろう。

「あら残念。久し振りに慌てふためく鈴仙が見たかったのに。でもちょっとドタバタって音がしたから慌てて取り繕ったのかもだけど」

ばれてる。むう、隙を見せないつもりだったのに。

「どうしたの?週に一、二回のはずじゃなかった?あんたがここに来るのは。昨日きたばっかりでしょ?」
「じゃーん、どーせ地味にひっそりとしてそうだから看板を作ってきました。『冬季限定 うどんげ医院イナバ』。これなら目立つでしょ」

と大きめの剣術道場の物と同じくらいの大きさの看板を運んできた。

「いーらーなーいーのにー。そんなでっかい看板挑発的すぎるよ。それにイナバってなんだイナバって。増えてるじゃないのー」
「やっぱり地味路線でいこうと思ってたか。駄目駄目、ここに診療所つくった時点で宣戦布告なんだし、永遠亭が客を奪ってるのも本当なんだからひっそりやったって焼け石に水よ。それならせっかく永琳が診療所つくれっていったんだからバリバリ頑張りなさいよ。師匠に褒められていい子いい子されたいんでしょ」
「誰がいい子いい子されたいか」

ちょっとされてみたい気もするけど。

「今ちょっとされてみたいとか思ったでしょ?」
「思ってない!」
「ともかく、私がこっちに出向くときには積極的に宣伝して回るし、永遠亭にくる客たちにも伝えとくからがんばってね」

 といって帰って行った。あ、通りの方からてゐの声がする。さっそく宣伝してるよー。あの行動力は見習わないとなー。

 といったやりとりがあった翌日。ついに我が診療所初の患者様がみえられた。

「おお、ほんとにあったぞ」

年の頃は30代か。5歳くらいのわんわん鳴いている息子さん?を担いで駈け込んで来た。

「すいません、息子が足を怪我してしまって、暴れてかなわんのです。診てやってもらえませんか?」

初の患者さんだ。是非ともきちんと手当をして、信用を勝ち取らなければ。数人の里人も扉の外から眺めている。

「あ、あれは永遠亭の永琳先生の助手さんでねえか」

永遠亭に来たことがある人が見物人の中にいたらしい。

「ほお、そりゃあ安心だ。近くに出来てよかったなー」

あれ、なんだか緊張してきたぞ、なんてことない治療のはずなのに。永遠亭の名を背負い、師匠のサポートなしで行う最初の診療だ。これをしくじったりみっともなくオロオロしてしまったりしたら、永遠亭の鼎の軽重が問われてしまう。スマートに治療しないと。

「は、はい、こちらの診療台に乗せてください。ぼく、足を切ったのね?」
「えーと、息子のやつ足から血を流しながら帰ってきたんですわ、でも、どうやって怪我したっていっても痛い痛い言うてなくばかりで」
「ではまず患部を縫い、じゃなくてその前に消毒だ。消毒をします。あれ、消毒液どこにしまったかしら」

 少年も痛いから暴れておとなしくしてくれない。質問に答えてくれないと的確な治療が出来ないかもしれない。なんだか月の軍人時代の初陣ばりに緊張でてんぱってきた。あのときは、一人だけ逸れて戦闘に遅れて物すっごい説教を受けたっけなー。いけないけない。今度こそ絶対に成功させないと。

 周囲の雑音が大きくなってきた。不安がるつぶやきも聞こえてくる。どうしよう。この程度の治療いつも師匠の横でやっているのに……。私は自分の波長が極端に短くなっているのを感じた。波長?あ、そうだ私は波長を操れるじゃないの!

「ぼくー、私の目をみてー、大丈夫よーお姉さんが治してあげますからねー」
「うん」

私の狂気の瞳で少年の波長を長くしてやった。波長が長くなると、落ち着いて呑気な感じになる。これで話が通じる。効果的な方法を思いつけたことで私も一息ついて落ち着いてきた。これならなんとかやれそうだ。

「どこでどうやって怪我したの?」
「木を登っていたらね、落っこちちゃって、痛くて痛くて、血が出ててなんでかなって思ったら、根っこのほうの枝が足にささってて……」

おおおお、という声がする。

「あれだけ俺が聴いてもなんもこたえてくれんかったのに、さすが永遠亭のお医者さまじゃー」

お父さんが安心してくれた。よし私の普段のペースになってきたぞ。落ち付いて落ち着いて。

「まず木の枝のバイ菌を消毒してから、傷の手当をしますからねー」

この程度の怪我は師匠の下で何度も処置してきたのでそこからは順調に治療できた。お父さんが何度も何度もお礼をいって息子さんを連れて帰って行った。師匠の側にいる時もこういったお礼はされていたけど、主治医(なんという素敵な響き)として受ける感謝の言葉は格別だった。
 
 ふう。ひとり目の患者を師匠に頼らず治療できて、なんだか少し自信がついた。ほんとうに重病人が来たら師匠のところに送ればいいのだ。私のできることを一つ一つやっていこう。こうやって少しずつ自信をつけれたらいいな。

 ここに患者さんが来てくれるよう頑張ってくれたてゐにもお礼を言わないとね。ありがとう、てゐ。









 てゐの広報活動と最初の診療の成功で、徐々に里人に診療所の存在が受け入れられてきた。最初の診療からひと月、徐々に徐々に人がお客さんが増え、私にもやっていける自信が芽生えてきていた。

 お正月は永遠亭に帰りたかったけど、正月にだって病人は出る。実際にお餅を詰まらせたおじいさんが運ばれてきて、私がいなかったら危なかったかもしれない。ご家族には泣いて喜ばれたので、里に残って正解だったのだろう。寂しい思いをしたけれど、てゐが師匠お手製のおせち料理を重箱に詰めて持ってきてくれたのが有り難かった。

 そんな充実した日々を過ごしていた時、そのお婆ちゃんは息子さんかな?に連れられて私の診療所にやってきた。里の病院に通っていたが、なかなか良くならないので、ここの評判を聞きやってきたとか。

 困ったなー。里の医者に一度かかっているのにうちで治療したら、完全に患者の横取りじゃないか。とりあえず、お話だけ聞いてみて、里の治療方針が正しかったらそのまま里の医者に通ってもらおう。

 と思っていたんだけれど、里の医者の治療方針及び薬の処方をみると、迷信とまではいかないけれど師匠が否定していた一昔前の治療法だった。この治療を進めてもお婆さんの病気は治らない。進行は遅れさせることができるかもしれないけど、回復はしない。私が師匠から習った方法なら時間はかかるが快方へと向かわせることができるだろう。

「どうなんでしょう。何か治療法はありますでしょうか?母さんは良くなりますか?」

息子さんだった、が真剣な表情で縋ってくる。大事な大事なお母さんなのだろう。

 でも、ここでその指摘をしてしまっていいんだろうか。里の医者の面目は丸潰れ、彼らとの断絶は決定的なものになるだろう。しかし、私の治療を受ければお婆さんは今より楽に生きていけるだろう。

――うどんげ、患者の健康を第一と考える。それが医者。それを忘れた瞬間に私たちは医者では無くなるの。

 師匠の言葉が脳裏に蘇る。そうだ、医者同士の確執なんて問題では無いはずだ。医者の誇りを優先して患者の治療を疎かにするなんて、逆に医者の誇りを愚弄する行為に違いない。

「はい、すぐに完治というわけにはいきませんが、2,3か月私の処方する薬を飲んで頂ければ、完治することができると思います」

すると息子さんは大変な喜びようにで、

「ほら母さん、あんな爺さん医者よりも評判の永遠亭の先生なんだよ。治るってさ、よかったほんとによかった」

それを聞いたお婆さんが、嬉しさと寂しさの混ざったような表情でこう言った。

「今もらってる薬は間違いなんですか?ずーっと何十年も診ていただいた先生なんですが……」
「いえ、間違いというわけでは、ただ新しい治療法が既に確立されているので、より良い治療法があるというだけなんです」
「そうですか……。お互い時代遅れになっちまったのかもしれませんねー」

と寂しそうな背中で帰って行った。

 その後、治療に来なくなって心配した老医師がお婆さんのところにいったところ、息子さんに事の顛末を説明され往診を拒否されてしまったそうで、その老医師は引退を決意し、病院をお弟子さんにゆずったとてゐから聞いた。










「なあ、あんたがここの先生かい?」

 均整のとれた体格の青年に、無駄に殺気がみなぎった表情で話しかけられたので、すわ里の医者が雇った刺客かと身構えてしまう。

「はい、そうですが」

 私は永遠亭の荒事担当であると自負している。そういうと、てゐや師匠あたりが実に微妙な表情をしてくる。完全に馬鹿にした態度でない分性質が悪い。馬鹿にしてくれれば反論出来るのだが、ちょっと困った表情をしてくるのがより失礼だった。私だって元は月の軍人だ。それ相応の戦闘能力はあるんだけどなー。うさぎ達ですら私の戦闘力を見くびってる気がする。まあそんなわけで里の男程度はあしらえる自信はあるのだけど、たぶん。過信はいけないよね過信は。無駄な戦闘はしたくないんだよなー。

「この前あんた婆さんにこの薬を処方しただろ?それについて聞きたいことがある」

 寄らば斬るみたいな無駄に尖った感じの話し方ではあるが、どうやら即襲いかかってくるというわけではないらしい。あのお婆さんとこの青年の関係が分からないが、話が通じるかもしれないので事情を丁寧に説明していると、より医学的に突っ込んだ質問をしてきた。

 これは里のお医者さんだろうか?だとするとより慎重な対応が必要になる。なるべく相手の感情を逆なでしないように気をつけながら、当初の医者の処方の欠点と私の処方をした理由を出来るだけ丁寧に誠実に説明したつもりだ。

 すると青年は苦虫を踏みつぶしたような表情で、怒ったように礼をいい帰って行った。何だったんだろう?される質問される質問がなかなか鋭く的確なものだったので、医療関係者であることは間違いないと思うのだけど、私が引退させた老医師の身内かなーと最初思ったのだけど、覚悟していた恨みごとを言ってこなかった。でもだとするとなぜ質問に?

 そんな疑問が解決されないまま数日が過ぎたある日、また青年がやってきて、今度はより専門的な質問をされた。また不機嫌で無駄に挑みかかってくるような口調ではあったが、もともと師匠から教わった知識だ。出し惜しみするような性質のものではないし、里の医者だとしたら医療知識が増えてくれるのは渡に船だ。なるべく丁寧に丁寧に説明すると、また怒ったように礼をして帰っていった。

 そんなことが数回続いたある日、青年が普段とは違う畏まった態度でこう言った。

「先生、私を弟子にしてはいただけませんでしょうか?」

と深々と頭を下げてきた。

 これは参った。この人かなり意思が固そうなんだよなー。でも私は師匠の弟子の身分、それも不肖の弟子だ。まだまだ弟子をとるようなレベルでは到底ない。でも簡単には引いてくれなさそうな人なんだよねー。

 確かにこの青年が有能な医者になってくれたらとても助かる。私が里にいるのは冬の間だけの予定だし、その後はまた里に信用の置ける医者が居なくなる。この青年が軽い治療の出来る医者になってくれたら、里との連携はとても楽になるし、私も心置きなく永遠亭に返れるというものだ。

 あれ?今大事なことに気づきかけてるような。何だろう、きっと大事なことな気がする。ああああああああああああああああああ。師匠の言葉が脳裏に蘇る。

――一冬もあれば……、ま、期間限定の理由は他にもあるけどそれは自分で考えなさい。きっちり役目を果たして春になったら戻ってこれるようにすればいいのよ

 師匠が言った役目とは、里に医者を育てて来いってことじゃないだろうか?一冬私が里にいても、戻ってきたら元の木阿弥。また里に信頼の置ける医者がいなくなる。役目をはたして春に帰って来なさいということは、私が永遠亭に帰っても大丈夫な状況にするってことなわけで、つまりは里に医者がいる状況を作り出せということだったのだ。

 師匠、やっぱり私は至らぬ弟子です。師匠の言葉を理解するのに2カ月以上かかってしまいました。でも、春になる前に分かって良かった。医者を育成しないでいたら、春になっても分かるまで永遠亭に戻ることを許されなかったに違いない。危ない、ほんとに危ないところだった。

「私は師匠に仕える至らぬみ。まだまだ未熟者なんです」

といったところで、青年が食ってかかってきた。

「そこをなにとぞ宜しくお願いしたいのです。私は先生に処方の誤りの指摘を受けた医師の弟子であり、養子でもあります」

ああ、やっぱりあの老医師の身内だったのか。それにしては恨みごとの一つも言わなかったなーと思っているとさらに畳みかけてくる。

「最初はここに怒鳴り込むつもりでいたのですが、養父が決して先生を恨んではならぬと、知識の古びた私が悪いのだと。ならばと先生の処方が本当に正しかったのかどうか確認に乗り込んできたのですが、先生の知識、技術は真に理にかなったもので」

こわいこわいやっぱり怒鳴り込むつもりだったのか。その養父さんが物わかりのいい人でよかった。と同時に、この気の強そうな強情っぱりがきちんと言うことをきくってことは、きっと人望のある良い医者だったのだろう。その人を私は引退に追い込んでしまったんだ。申し訳なさでいっぱいになる。

「我が養父は、医者は患者を治すために日々の研鑽を怠ってはならないと常日頃から申しておりました。その研鑽ができなくなったから引退したのだ、こんなにも優れた新しい技術を知ったのに、これから新たにそれの習得に励む気力が沸いてこないことに、老いを感じたのだけなのだ。だから永遠亭を恨んではならんと。その意思を継がねばならない私は、先生方の進んだ治療法を学ばせていただかなければ、養父に胸を張って医者だと名乗れません。なにとぞ。なにとぞ」

一気に捲し立てられた。話を最後まで聞いてよー。でも、この人がどんなに老医師さんを尊敬しているか。そしてその考えを継ぎたいと思っているか。痛いほどよくわかった。

 この青年は質問の仕方から考えて明晰な頭脳を持っている。的確な質問が出来るってのは頭が良いってことだと私は思うから。老医師から医者とは何かをきちんと叩き込まれているだろうし、意欲があるのは見ただけで分かる。この人が里の医者として一人立ちしてくれたら、きっと永遠亭も楽になると感じた。

 まあ理屈っぽく言っては見たものの、実際のところ私はこの人の言葉に心を打たれたというか、応援したくなってしまったってだけのことなのかもしれないけど。

「最後まで話を聞いて下さい。私は人の弟子の身。弟子にするとは到底言えぬ未熟者です。ただ、師匠のお許しさえもらえれば、私の持っている知識や技術を伝えることはできますし、医学書などもお貸し出来ます。私の行為は患者さんのことを思ってのことですが、あなたの尊敬する養父さんを引退に追い込むことは本意ではありませんでいした。ですので、私としてもあなたが一人前の医師となって、養父さんに胸を張れるよう応援させてください」
「あ、ありがとうございます、先生」

 先生ってなんとも面映ゆいなあ。あとで言って呼び方変えてもらわないと。









「鈴仙師匠、薬と医学書を持ってきましたよー」

とてゐがいつものにやにや顔で診療所に入ってきた。

「その師匠ってやめてよ!あとてゐに敬語をつかわれると違和感で鳥肌が立つからやめて」
「だって弟子を持ったんだから師匠じゃないですかー」

むう、師匠に青年を弟子のようなものにしていいか伺いを立てた時、てゐに使いにたってもらってからいつもこうだ。あろうことか最初は師匠に私が里で独立を企てていると伝えたとか。なんじゃそれは。結局てゐにからかいのネタを増やしてしまった。

 師匠はてゐに対して、

「やっと気づいたのね。春になっても帰ってこないかと思ったわ。鈴仙に伝えなさい。あなたが見込んだ人物なら任せるからみっちり医師として鍛えてあげなさいって、あと弟子のようなものって曖昧なものじゃなくて、期間限定でいいからきちんと弟子と師匠になりなさい。そうじゃないと責任も曖昧になって悪影響があるから」

と言ったという。あぶないあぶない。何もしないでいたら、いつまでたっても永遠亭に戻れないところだった。というわけで、私に期間限定の弟子ができた。なんとも照れくさい。でもきちんと師弟関係にしろっていうのは、私に対しては責任を持てってことで厳しいけど、弟子にとっては永琳師匠の孫弟子ということでとっても大きな財産になると思う。それはほんとに良かったと思う。私の責任は重大だけど……。

「じゃあこの本を永遠亭の書庫に戻しておいて」

とてゐに本を渡す。

 弟子は今永遠亭の医学書を夜な夜な写本している。私も常日頃やっているけど、師匠の蔵書は質と量が半端ではない。この蔵書類に触れる資格を得ただけでも万金の価値があると思う。それをせっせと基本的なものから写本している。手で書き写す方が理解も進むしね。それに、私の往診にもつき従ってもらっているし、軽い治療も手伝ってもらっている。メキメキと実力を上げてくれて、師匠としてはとてもうれしい。弟子が育つってこんなに嬉しいものなんだなあって思う。そうすると私を弟子にもった師匠はどんなにか焦れったいことだろう。ほんとに申し訳ない。もっと頑張ろう!

 なんてことを考えていた春も近付いてきた日、急病人が私の診療所に運ばれてきた。

「先生、これは・・・」

弟子が運ばれてきた女性を触診して気づいた。診断の腕があがったものだと思う。内臓疾患系の重病だ。普段ならすぐにでも永遠亭に搬送するようにいうところだ。だが・・・・・。

弟子が近づいてきて、耳打ちしてくる。

「永遠亭に運ばないんですか?」
「……状態が悪化しすぎているのよ。永遠亭に運び終わるまで持つかどうか」
「じゃあここで手術ってことですか?」
「……」

 私に出来るだろうか。師匠なら軽がると処置してしまうのだろうけど、私と弟子でこの急病患者を救えるだろうか。もし、ここで手術して失敗したら、里の人たちの信頼を失ってしまうかもしれない。遺族にも責められ続けるだろう。もしかしたら、永遠亭に着くまで持つかもしれないじゃないか。などの逃げの思考が頭の中でぐじゃぐじゃ蠢いて考えがまとまらなかった。体にも震えが走る。師匠を読んでもらおうかとてゐを探してみたが、すでにどこかに行ってしまっていた。

「……先生、この里に先生より腕のある医者はいないんだ。先生に出来ないのなら誰にも出来ないってことだ。永遠亭に送っても間に合わないなら先生がやるしかないんじゃないのか?患者の命が優先なんだろう?先生がいつも言ってることだろう?」

 弟子に喝を入れられてしまった。胆力的には彼の方が数倍上だ。まだまだ人の上に立てるようなレベルじゃないな私は。そうだ。保身に走って患者を危険な目に合わせるなんてことをしたら私はもう医者じゃない。私にしか可能性がないなら、やるしかないのだ。

「弟子のくせに生意気なのよ!」
「お説教はあとでみっちり受けますよ」
「手術します。奥の部屋に運んでください」





 永遠亭には劣る診療所の設備、執刀医である私の未熟さ、助手である弟子の未熟さなど不安な材料は多々あるが、なんとしても手術は成功させなくてはいけない。一緒についてきていた子供の悲しむ顔は見たくない。

 すでに手術は数時間に及んでいた。私たち、患者共に体力は限界に近いが終わりが見えてきた。弟子も必死で指示に答えている。この手術の助手をやり遂げたなら、きっと大きな自信となるだろう。

 色々と危ないことはあったけど、綱渡りで乗り切った。なんとかやれそうだ、と思った矢先、私は重大なミスに気がついた。手術の最後に行う処置に必要な薬剤がここにはないことに。

 私は馬鹿だ。大馬鹿だ。救いようのないあほんだらだ。なんとか手術が成功しそうなのに、手術の難所は越えたというのに、手術を終えることが出来ない。私のミスだ。私の至らなさでこの女性は、死、ぬ?私さえしっかりしていたら助かる命なのに?胃液が逆流しそうだ。自分を殺してやりたいほどの絶望感に襲われる。



「ま、間に合ったかな?鈴仙!永琳からのお届物よ」

 息を切らして診療所に入ってきたてゐが持っていたのは、今私が世界で一番欲しくてやまない薬剤だった。抱きついてチューしたいくらいだ。は、はは、凄いや師匠凄いや。師匠の洞察力への鳥肌と安堵感でどっと汗がでる症状が同時進行で体がいかれてしまいそうだ。たすかったーー。

 てゐはあの患者の症状と私の狼狽ぶりを見てすぐに師匠の下に走ったのだろう。そして師匠はてゐから聞いた話だけで患者の症状から私の行う手術まで推察し、最後にこの薬剤が不足することまで読み切った。まったく恐ろしい人の弟子になったものだ。でもこれで助けられる!ありがとうございます、師匠。

「ありがとう、てゐ!それでは最後の処置を行う」

 


 なんとか手術を成功で終えることができた。旦那さんやお子さん達に額が地べたにつきそうな勢いで感謝された。弟子もうれしそうだった。自信もついたことだろう。この手術の助手をこなせるくらないなら、そろそろかな。

「今日は御苦労さま。その頑張りに免じてさっきの無礼な発言は許してあげるわ」
「寛大なお言葉ありがとうございます」
「最初のうちはしおらしかったのに、だんだん地金が出てきたわね、でもそれも良い潮時なのかもしれないわね。私も冬が終われば永遠亭に帰るし、期間限定の師弟関係も終っちゃうしね」

 最近では徐々に初対面時のふてぶてしさが復活してきていた弟子だが、居住いを正してこう言った。

「先生には、様々な技術、知識を授けていただきお礼のしようもございません。それに私は先生が永遠亭に帰られても弟子のつもりでおります。ご迷惑かもしれませんがお許しください」
「私も人の弟子だし、今日の狼狽っぷりを見て分かったと思うけど、ほんとに未熟でまだまだ弟子なんて取るレベルじゃないの。だからもう先生なんて呼ばなくてもいいのよ?でも、これからもことあるごとに里にお邪魔してあなたに私の知ってることは全部覚えてもらうつもり、早く一人前になって楽させてもらわないとね」
「先生が永遠亭に帰っても、先生は先生ですよ。どんなに厭がられてもこれだけは譲れませんよ」

頑固な弟子にも困ったものだ。でもちょっとだけ嬉しかった。




「ごめんください。診療所の先生はいらっしゃいますかな?」

白い髭を生やした老紳士風の男が診療所に入ってきた。

「おやじ!いきなり来るなんてどうしたんだ?」
「いやいや、里の連中がお前が助手をしてどえらい手術を成功させたと聞いてな、どんな感じか見に来たんじゃよ。お前のお師匠様にもご挨拶せんといかんしなあ」

といい私の方に向き直る。

「私の息子が押しかけ弟子などになりまして、ご迷惑おかけしております」
「いえいえ、今日も息子さんが助手をしてくれなかったら手術も成功しませんでしたし、お礼をいうのはこちらのほうです」
「いや、あの病気を手術で治せるなんて、私らからしたら夢のような技術です。それを息子が手伝えるように鍛えていただいたなんて、なんとお礼を申し上げてよいやら。融通の利かない、なかなか本気を出さない駄目息子で、私に迎えが来るまでに物になってくれるかひやひやしておったんですが、先生のご指導のお陰でなんとかまともな医者になってくれそうでほっと胸をなでおろしておる次第です」
「息子さんはあなたから、すでに医師とは如何にあるべきかという一番大事なものを学んでらっしゃいました。私がしたのは師匠から教わった知識の受け売りをしただけですので、そこまで言われちゃうと恐縮です」

 さて、そろそろ里にいるのも潮時かなあ。いい機会だし、かねてより考えていたプランを実行しますか。

「ところで相談なんですが、私が里にやってきた理由は、里にお医者さんを育成するってことなんです。治療が的確に出来て、師匠しか治せないような患者は永遠亭に送ってくれる。そんな的確な治療と判断のできる診療所が里にあれば、永遠亭の負担も減るなあと」

親子がほうと頷いている。

「で、私はそろそろ役目を果せたと思うんです。息子さんが医師として育ってくれましたし、これからも永遠亭の医学書とかは読んでもらって結構です。私も折をみて様子見にきますしね。なのでここの道具を使って息子さんに診療所を開いてもらおうと思っているんです。よろしくお願いしますね」

あのふてぶてしい弟子が慌てている。ちょっぴり愉快だ。いつもおたおたさせられている私が、たまには人をおたおたさせる時があったっていい。

「先生、まだ俺一人では診療所は無理です」
「いーえ、軽い治療はもう出来るわ。もともと基本は出来てたんだし、あとは最先端の知識を覚えてもらうだけ。それも最低限のことは覚えてもらったし、これからも研鑽を続けてくれれば大丈夫。重い病気は永遠亭に運んでくれればいいんだから、大丈夫、できるわよ」

あまり納得していないようだけど、まあ時間が解決してくれるでしょう。

「場所もこのまま使っていいですから、慧音先生には話を通してあります。あ、元の診療所があった場所で開業したいなら、そこに道具を移してもらって構いませんからね。里のことはお任せしますね」
「流石にそこまでしていただくわけには……」

親子そろって恐縮しきりだ。

「だから、最初に言ったじゃないですか。私たちが楽をしたいんですって。お二人で、里の人々を治療してもらう。そうすると、私達は重病患者だけに専念できる。私も師匠からいろいろ教わる時間を持てる。それをあなた方に伝える余裕もできる。ね?誰もが幸せになれる方法でしょ?」

師匠があのとき予想した未来はこういった感じだったのじゃないだろうか?不肖の弟子はなんとか正解に辿りつけましたか?

老医師と弟子が深々とお辞儀をしてくれた。










 やっと帰ってこれたあああああ。やっぱり永遠亭が落ち着くなあ。配下の妖怪兎たちから熱烈歓迎を受けた。

「おかえり鈴仙。あんたが居ないと雑用が増えるは、ご飯は美味しくないわで大変なんだから」
「はいはい。今回はてゐに何度もお世話になったから、今日のお夕飯は期待してていいわよ。あ、でも材料があるかなー?何食べたい?」

と聞くと、子兎達がわらわらと寄ってきて、にんじんたっぷりシチューだと騒ぎ始める。

「じゃあシチューの材料を買ってくるよ。栄養バランスを考えて毎日の献立は決まってるんだけど、今日だけは大目にみますか」

とてゐの許可が出た。

「よーし、今日はシチューよ、期待してまっててね」

小兎達大喜び。ああ、帰ってきたって気がするなあ。




 ちょっと早足で師匠の研究室に入る。

「師匠、ただいま戻りました」
「ちゃんと仕事はしてきたようね。二ヶ月間音沙汰なかった時はどうなるかと思ったけど」

ほんと、師匠の謎かけ?に気づくのに二ヶ月もかかっちゃいましたしね。まったく、鈍いにもほどがある。

「でも、十分すぎる結果ね。これでうちのお客も減るでしょう。お客が減って喜ぶのもどうかと思うけど」
「はい、きっちりやってくれると思います」


「やっと帰ってきたのね、お帰りなさい。イナバ」

姫様が賑やかさに誘われて、やってきた。

「はい、ただいま戻りました姫様」
「あなたが居ないと永琳が落ち着かないのよ。やっとあの辛気臭い顔から解放されると思うと私もうれしいわ。今日はなるべく永琳と一緒にいてうどんげ分を補充してあげなさい」

とにっこり笑われた。姫様、うどんげ分ってなんですか。でも、ほんとに師匠が私が居ないのを寂しがってたのだとしたら嬉しいな。私も師匠分が不足して寂しくて仕方なかったから。

「姫」

師匠が威嚇しているが、姫様はどこ吹く風だ。

「じゃあお邪魔虫は退散するわね。イナバ達がにんじんたっぷりシチュー楽しみにしてるから、それまでには済ませるのよ、おほほほ」
「「何をですか!!」」

私と師匠の声がハモル。まったく姫様には師匠と別の意味で一生かなわないと思う。

「まったく。姫にも困ったものだわ。さて、少しは医者として自信はついたかしら?」

と師匠から問いかけられた。

「どうでしょう。色々と面白い経験は積めたと思います。でも、やっぱり師匠と比べたら、あの薬剤の一件もそうだし、この診療所の件自体が師匠の掌の上の話です。だけど、私という医者が居る意味ってものはあると思えるようになったかもしれません。私なりに頑張っていこうと思えるようにはなったかも」
「そう。なら成功ね。里の医者もきちんとやってくれそうだし、姫様曰くうどんげ分不足に耐えた甲斐があったわ。おかえりなさいうどんげ」

色々とこれでよかったのかと不安になっていたけれど、合格点をもらえたようだ。これできちんと永遠亭に戻ってこれた。また師匠の側で、一人前の助手を目指す日々がはじまる。私は私の道を歩み、いつか師匠の役にたてるように頑張ろう。


「はい、ただいま、今後ともよろしくお願いします」
健気な鈴仙と、それを暖かく見守る永遠亭の住人。
そんな話をどうしても書きたくて頑張ってみましたが、なかなか作者の力量不足で思うようにいかず。
でも全力で書きました。
読んでいただけたらとてもうれしいです。

12/26 追記

ご指摘の誤字脱字を訂正しました。
予想外の高評価、嬉しい嬉しいコメントがいっぱいで、良いクリスマスプレゼントになりました。
凄く励みになります。
ひそかに目標にしてたものが三つともかなったので、ちょっと満足しちゃいそうになっちゃいましたけど、
一作目二作目は、SSの体をなすので精一杯だったので、
次回作はもう一工夫加えた作品に出来るように頑張りたいです。
神谷
[email protected]
http://d.hatena.ne.jp/kamiya_sosowa/
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コメント



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8.90まるきゅー@読んだ人削除
文章のパワーはあるなぁ。
ただ物語のラインがどうも透けて見えてしまうような気も。
素直すぎる文体なので、あまり隠し事はできなさそう。
読者を裏切って騙して、むきゅーっとすることはできなさそうです。
それのなにがよくないかといわれれば、難しいところですが一言で言えば、平坦化しちゃうかもしれないって可能性です。
が、ほのぼの系列ってそもそも平坦なものだし、これはこれで良い気もしたりしてます。

称揚すべきは、あとがきで掲げられた目標を達成しているということですね。
個人的にはあと一味欲しい。
10.90削除
何だかんだで、師匠と同じ台詞を(丸写しのつもりではきっとなくて)弟子に言っちゃうあたりがすごく鈴仙の成長っぽくてよかったと思います。
11.80煉獄削除
鈴仙も精神的に成長できたんでしょうね。
なんとなく彼女の晴々とした表情が浮かんでくるようでした。
なかなか勢いと伝えたいことを伝えようとする力を感じることが
できたように思います。
面白かったですよ。

誤字、脱字の報告
>雲を突き抜くくらいてそびえ立つ山。
ここの文章は……「雲を突き抜けるほどに高くそびえ立つ山」とか
「雲を突き抜くくらい(ぐらい)そびえ立つ山」などの
表現のほうが良いのかな?と思ったりしました。

他にも脱字か誤字、一字多かったりした部分があったんですが
忘れてしまいました。
13.100名前が無い程度の能力削除
いい話だ!
24.80名前が無い程度の能力削除
永琳、姫様、てゐに加えて里の医者親子まで、鈴仙を取り巻く人たちのキャラが立ってるのがいいですね。
というか師匠名軍師すぎる(笑
30.100名前が無い程度の能力削除
こういうのを待っていたんだ!
32.90名前が無い程度の能力削除
たっぷりうどんげ分補充しました
41.90名前が無い程度の能力削除
さらりと綺麗なお話でした。
驚きは確かに少ないし、アクがないけど、展開の進め方が巧いなぁ。
えーりんぐセンスに関する話とかうどんげ医院、とかも面白かった。
45.90名前が無い程度の能力削除
読みやすくて上手に話もまとまってますね。いい作品だ。
47.80名前が無い程度の能力削除
おおー、起承転結がきちっとしててすごく読みやすかったです。
うどんげかわいいようどんげ。

ちょいと誤字報告をば。
>そういうと、てゐや師匠あたりが実に微妙にな表情をしてくる
微妙な、かと。
>この程度の治療いつも師匠の横でやっているのに……・
誤字というか三点リーダの後に余計に点があったので報告を。
49.100名前が無い程度の能力削除
作者さんの書きたかったことがしっかり伝わってきたので文句無し。
お手本のような綺麗な文章。自分が書くときも参考にさせてもらいます
54.80名前が無い程度の能力削除
こういうのは好物です
56.80名前が無い程度の能力削除
面白かったですー。次回作も楽しみにしてます。
60.100名前が無い程度の能力削除
こーゆう家庭的な永遠亭いいなぁ
61.100名前が無い程度の能力削除
文章の一つ一つがすとんと入ってくるようで、読みやすかったです。
65.100ライトニングカウント削除
とてもいい話だったぞ。
67.90名前が無い程度の能力削除
俺は大好きです
75.100名前が無い程度の能力削除
奇をてらう展開ではないけど、骨子はしっかりしてるし、ギャグもコメディも無い一話完結のSSならこのくらいの長さとあっさり味が、読者がストレスなく読めるちょうどいい塩梅だと思う。どんな良い題材でも、だらだらと引っ張って飽きさせては意味が無いしね。
77.80名前が無い程度の能力削除
スラスラと読みやすい良い文章でした
80.60名前が無い程度の能力削除
良い文章でした
90.100名前が無い程度の能力削除
こういう話に外連味など要りませんよね。とっても素直で清澄なお話でした。
面白かったです。
94.100Admiral削除
うどんげ!えーりん!
100.100名前がない程度の能力削除
とてもいいお話でした。
112.80ばかのひ削除
非常に駆け足な感じがしましたが
非常に魅力的にうどんげでした
うどんげ分がみちたりる……
113.70名前が無い程度の能力削除
夢見る少女なうどんげでしたね。可愛かったです