Coolier - 新生・東方創想話

冬に咲く花

2008/12/24 02:29:50
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 低い日差しが花畑に降り注ぐ。暮れの迫った幻想郷だったが、ここ太陽の畑にいると世
間の忙しない様子に関わらず春のような陽気に包まれている錯覚を覚えてしまう。それも
そのはず、年を通して様々な花が咲き乱れるこの場所は"冬の色"に染まることはない。
太陽に向かうすり鉢状の盆地にあることもあって、日中は幻想郷にあってさえ幻想を覚え
る風景を映し出している。
 そんな光景の中心に、大きく伸びをする少女がいた。明るい服を着て、冬だというのに
日傘を差している彼女は誰に言うでもなく呟いた。
「暇……ねえ」
 師走の寒さにおいても春を感じさせる花畑にいても、風見幽香にとっては十二分に退屈
だった。冬は妖精の活動も大人しくなり、煩わしいと思っていた騒霊達のコンサートさえ
もこの静けさの中では懐かしさを覚えなくもない。花に囲まれているとはいえ、季節が季
節。落ち着いた色彩の中で佇むことは気持ちが良いものの、矢張りどこか物足りない。
 夕方になれば神社で宴会が始まるのだが、それまでの無聊を潰す何かが欲しかった。
「そうだわ、あそこへ行きましょう」
 幽香は優雅に宙を舞う。ふわりふわりと空を踊るその姿は綿帽子のようで、まるで日傘
が空気を孕んだかのように宙空を駆ける。彼女を知らぬものならばフェアリーテールの住
人なのかと錯覚しかねないだろう。
 そんな可憐で最恐最悪な花の妖怪が向かう先、それはこの場所とは似ても似つかぬ、四
季の色から爪弾きにされた単色の森だった。

                          *

「前から聞いてみたかったんだが」 
 男は何気ない様子で、いや何気ない様子を装いながら口を開いた。口の端が引きつって
いるのは疲労の為か、怒りの為か。
 太陽の畑から滅多に離れることのなくなった幽香だったが、たまに人間の里を訪れるこ
とがある。大抵は買い物をする為だけだが、気が乗ればこうして更に遠くの古道具屋にま
で足を伸ばすこともあった。
 この場所には面白いものがある。幽香にそう思わせるのは珍しい外の世界の道具でも、
希少な古道具でもなく、目の前の慳貪な店主その人だった。
「君たちはまともに店に入って来られないのかい?」
 つい先刻、幽香が勢いを余らせて"開き壊した"扉の修繕を終えた霖之助は疲れた声を投
げかけた。
「あら、私は十分まともだと思うけれど。霖之助さんったら可笑しいわね」
 聖母のような優しい笑みを浮かべながら、幽香はしゃがみこんでいる霖之助を見下す。
瀟洒なティーカップ傾け薄い唇に近づける。琥珀色の液体の発する芳香を楽しんで、ほん
の少しだけ口に含んだ。
「店の扉を壊しておいて最初に発した言葉が『紅茶が飲みたいわ』。それが普通だという
ならば本当に幻想郷の少女は複雑怪奇だという他ないね」
 やれやれと首を振ると、霖之助は大工道具を片付けにかかった。
「あら、もう終わりなの? まだ直っていないみたいだけれど」
「どうせまた誰かに壊されるんだろうからね。とりあえずは応急処置で十分だよ」
「そう、ご苦労様ね。紅茶でもどうかしら、美味しいわよ?」
「僕が煎れたんだが」
 呆れ顔の霖之助はティーポットの冷えた紅茶をぞんざいに湯のみに注いで一息で飲み干
した。冬場だが香霖堂はストーブのもたらす暖気によって春を通り過ぎて夏のような暖か
さだ。大工仕事で汗をかいた体には冷えた紅茶が丁度いいだろうと思ったのだろうが、
「……う」
「あら、霖之助さんったら酷い顔よ」
 出し過ぎて苦味とえぐ味の増した紅茶に霖之助は顔をしかめる。それを見て幽香は楽し
そうに顔を綻ばせるのだ。

 煎れなおした紅茶で口直しをすると、霖之助は平静を取り戻したようだった。幽香が二
杯目の紅茶を楽しんでいると、本を開きかけていた霖之助は思い出したかのように顔を上
げた。
「さっきの続きではないんだけれど、君に聞いてみたいことがまだあったよ」
「あら、香霖堂の店主がこの私に聞きたいことがあるんですって?」
「花のこと、だからね。君に聞くのが一番だろう?」
 一瞬、嗜虐心がもたげかけた幽香だったが、花といわれては無下にも出来ない。
「そうね。たまには浅学な若輩の蒙を啓いてやるのもいいかもしれないわね」
「手厳しいね」
 苦笑する霖之助の表情には微かな悔しさが光っている。それでも言い返さないのは、事
実無根の誹謗ではないと半ば認めているからだろう。そんな反応は幽香の求めるところで
はなく、虐め甲斐のなさに心中で落胆する。
「君のいる花畑なんだが、あそこは年中絶えず花が咲いているね」
「そんなことを聞きたかったの? 私がいるのだから当たり前じゃない」
「いや、不思議なのは君の能力ではなく、そもそもどうして冬に花が咲くのだろうという
ことなんだ」
 幻想郷に限らず、冬とは一つの色に染まる季節である。それは季節が深まることにより
生の象徴である葉が紅く染まり出すことから始まる。生の軛から外れ狂い出した葉が紅く
染まっていくのだ。そしてそれが限界に達したものから順に朽ちていく。その朽ちた葉の
色こそが"冬の色"であり、そしてそれは死の色でもある。
「それで?」
「冬というのは死の季節だ。生の力が失われていく灰色の季節。その只中にあって色彩を
放つ花々。そこに疑問を感じないわけにはいかないだろう」
 さも当然だと言い切る霖之助に、思わず幽香は笑みを漏らした。
「ふふっ、やっぱり霖之助さんは可笑しいのね。どうして冬が死の季節だなんて思うのか
しら?」
 霖之助は目を丸くする。まるで寺子屋で単純な計算問題の間違いを指摘された生徒のよ
うだ。
「古来より至高の神は太陽神だった。そのことは世界中の太陽神の殆どが、地母神を糧に
生まれて来る事からもわかるだろう。それは常に地上より天が優位に立っていることの証
左に他ならない。さて、その太陽神を祀るのには重要な日が二つあるが――」
「夏至と冬至ね」
 間髪を容れず幽香は答える。
「そう、その二つこそが太陽神にとって最も重要な日になる。最も陽が高くなる夏至は再
生を、最も陽が短くなる冬至は死を意味するからだ」
 古代の太陽祭祀において人は神南備を祀った。太陽とは山から産まれ出で、山へと沈ん
でいくものだからである。彼らの生活の糧は農耕であり、農耕においては天候こそが最も
重要になる。そして天候とは即ち太陽のことを意味する。だから人々は夏の光を敬い崇め、
冬の暗さを嘆き悲しんだ。そして古代人は夏至の日に太陽を讃える祭りを、冬至の日には
老いて死に行く太陽の再生を祈願する祭りを執り行ったのだ。
 斯様にこの世における万物は死と再生のサイクルを繰り返すものだ。それは神様が創っ
た明確なシステムであり、死があってこそ初めて再生が訪れるということを意味する。そ
してそこからは偉大な太陽でさえも免れ得ないのだ。
「当然のことながら、天の下に属する地上もその仕組みに縛られている。巡る季節におい
ては、冬という死の季節があり初めて春という再生が訪れる。この考えに間違いはないは
ずだ。その循環にあって冬に咲く花というものに僕は違和感を覚えるんだ。その意味を知
りたいと思うのは当然だろう?」
 弁舌を終えた霖之助は再びカップに手を伸ばし、また苦味の増していた紅茶に顔を歪め
た。
 語る霖之助に対し幽香は涼しげに笑う。何気なく視線を移した窓の先に冬の色へと変化
しきった紅葉が映っていたからだ。
 ――この景色が店主を狂わせたのかしら?
 そう考えると微笑ましくもある。可愛い疑問に答えてやるのもいいだろう。
「貴方の疑問はよくわかったし概ね正しいわ。間違っているけれど。それと……これは私
に聞くべきことじゃないわね」
「なんだって?」
「だって貴方の疑問には花なんて関係ないんだから」
 霖之助はぐっと体を乗り出した。余程興味があるのか、まるで少年のような瞳で幽香の
顔を覗きこむ。そんな彼をそっと押し留め、幽香は静かに口を開いた。
「一年というサイクルの内で冬が死を担当していることは間違いないわ。でも、だからと
いって冬に花が咲かない理由にはならないわね。逆に冬にしか咲かない花がある理由には
なるけれど」
「……待ってくれ。そうか、わかりかけてきたよ」
 組んでいた腕を解き、指先で何度か机を叩く。どうやらあれだけで話がつながりかけて
いるらしい。そういう頭の回転の速さには幽香は素直に好感を持った。
 そのまま数秒固まったかと思うと、霖之助は合点がいったかのように一つ頷いた。
「確かに、君に聞くべき質問じゃあなかったな。いや、自分で気付くべきだったんだ。な
るほど、確かに冬が死の季節だというのは僕の思い込みだったみたいだ」
「その心は?」
「――土用、だろう?」
 幽香は淡く微笑み、出来の悪い生徒の為に手を鳴らした。
「万物は流転する、それは季節でさえ例外ではないわ。ならば死を免れ得る季節などある
ものかしら」
「季節は変わるたびにそれぞれ死と再生を向かえている。その死こそが土用であり、だか
ら全ての季節の終わりに当てはめられている。例え暦を再生させるための死を担っていて
も、それさえも確実に再生という生を孕んでいるということか。いや、勉強になったよ」
 どこか朗らかにさえ感じられる笑みを霖之助は浮かべる。
「貴方は考えすぎなのよ。それに――」
「それに?」
「妖怪の癖にあんな奴のことを考えるから間違えてしまうのよ」
「ははっ、君がそれを言うとはね。君こそが彼女の化身だ、何て風にも思えるのだが」
「まさか」
 幽香が指差す窓の先には、妖怪の山へと沈んで行く太陽が映し出されていた。

                          *

 死と再生のサイクルからは何者も逃れ得ない。それは妖怪とて変わらない摂理だ。その
サイクルが他より極端に長いだけでしかない。
 幽香も長久を生きる妖怪で、もう殆ど変化がなくなってしまったかのように見える。
「ふふっ、貴方達が咲いているのは可笑しいそうよ?」
 幽香は笑顔で花々に話しかける。その様子は日常と全く変わっていないようで、その実
小さな変化を果たしていた。
「あんまり変なことをいう人だから――暇を潰すには丁度いいわよね」
 太陽の畑に降り注ぐ日差しは淡い。それは"あの男"がいう通りに今は太陽が生まれ変わ
る季節だからだ。
 若輩の上に蒙昧で、人間にも妖怪にも染まることが出来ない中途半端な存在。半端な知
恵と広範な知識を持ち合わせる動かない古道具屋。無聊を慰めるためにからかっていただ
けの男なのだが、最近は不思議とそれを面白いと感じるようになっていた。
 死と再生のサイクルからは何者も逃れ得ない。生まれた感情もいつかは死に、そして新
たな何かを芽生えさせる。
 彼女の中で死に、そして再生されつつあるのは、果たしてどのような想いなのだろうか。
 それはまだ本人さえも知ることはない。
どう見ても嗜虐心です。本当にありがとうございました。



今回は語る立場を逆転させたらどうなるだろう、という試みだったのですが如何でしたでしょうか。
楽しんでいただけたのならば幸いです。

御読了ありがとうございました。
sei
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コメント



0.2490簡易評価
2.90妖精削除
グレート・・・人に教えてもらう霖之助も良いですね!
3.90名前が無い程度の能力削除
ようし、いい推察だ。
確かに冬=死を連想させるという点はおよそ共通の認識ですが、よく考えてみれば万物始まりと終わりがあるわけで。
色々考えが発展させられそうなSSでした。
10.100名前が無い程度の能力削除
台詞回しや心の持ちようが、キャラを崩さずしっかり根付いていると思いました。特に幽香の嗜虐心など、ネタに走らない範囲をうまく保って実に優雅にまとめられています。生と死の理屈についても、本編に登場しそうなきれいなまとまり方。素晴らしい。
15.100煉獄削除
面白かった。
二人の生と死の考えやその会話と場の雰囲気がとても素晴らしかったです。
良いですね、こういう二人の関係って好きです。
19.100名前が無い程度の能力削除
育ちゆくS心……!
26.60Jiyu削除
霖之助が疑問を持つ→学問的に考察する→(妥当な)正解に辿りつく。
香霖堂的パターンですね。
衒学っ気がなく、純粋な知的好奇心で事物を考察する様は、霖之助の魅力がよく表現できて
いるなあと思いました。

敢えて贅沢を言えば、幽香をもっと深く表現してほしかったところです。
というわけで続編希望。
40.90名前が無い程度の能力削除
どうみても嗜虐心ですねワロタ
61.80Admiral削除
どう見ても嗜虐心ですw