※このSSは視点がコロコロ変わります。大体の目安としては、改行を挟むと場面もしくは視点、あるいは両方が変わります。
※初作品です。生暖かい目で見てあげてください。
※れいもこだっていいじゃない、にんげんだもの。
いつもは深い夢の中に堕ちている時間だというのに、今夜に限ってどうして、目を覚ましてしまったのだろう。
いつもはすぐに厠へ行って布団に逆戻りするというのに、今夜に限ってどうして、夜の幻想郷を歩こうと思い立ったのだろう。
夜の幻想郷を歩くというのは、あまりない経験だ。
一番最近、夜に出歩いたのは何時だったろうか――よく覚えていない。
記憶に残っていたのは、満月の夜、肝試しの夜に出会った……綺麗な白髪を後頭部で紅リボンで結んだ、少女のことだった。
あの日、同居人のスキマが突然肝試しをしに迷いの竹林へ行こう、なんてことを言い出した。
気分が乗らなかった。先月面倒臭い異変を片付けたばかりなのに、またあの竹林に行くのか。
お昼には氷精を追い返したせいでお腹も減ってるのに。もう一週間は米を食べてない気がする。
渋る私を引きずって、紫は嬉々として神社を飛び出す。全く、付き合うこっちの身にもなってよ。小指の爪分くらいでいいから。
竹林を上空から眺めながら飛行していると、突如竹林から妖怪が私の目の前に飛び出した。
――いや、妖怪じゃなかった。正確には獣人か……そこにいたのは、先月遭遇し、撃退した知識人だった。
もっとも、あの日頭に乗っけていた銀閣の代わりに、今日は二本の角があったけれど。
「上白沢慧音、だっけ」
「覚えていたのか、神社の巫女」
敵対心を丸出しにする獣人――上白沢慧音に、私は深い溜息をひとつ。完全にこれは弾幕る気だ。紫は相変わらず掴みどころのない、変な笑みを浮かべてる。
この笑い方をするときは大抵碌なことがない。ああもう、早く終わらせて帰ろう。お腹も減った。
「用がないなら行くわよ」
「お前達がこの先に行かないというのなら、そうだな。用はない」
「それだと肝試しにならないじゃない。まだお化けも見てないのに」
「警告はしたぞ」
そう言って沈黙するワーハクタク。私は無視してその脇を通り過ぎようとする、
「旧史『 旧秘境史―オールドヒストリー― 』」
スペルの発動を聞き、私は咄嗟に高度を下げる。
ああ、やっぱり始まった。これでこの獣人と弾幕り合うのは二度目だなぁ。
「ちょっと紫、手伝いなさいよ」
「あら、手伝うほどなのかしら?」
「眠いししんどいしおなか減ったの」
竹林スレスレのところをそこそこの速度で飛ばしつつ、放たれる光の壁を掻い潜ってゆく。紫はさっさとスキマに退散……ほんっとに使えない。
獣人は私の背後から容赦ない弾幕を続ける。以前とは雰囲気がまるで違うあたり、この先に何かあるんだろうか。
ああ、お腹空いた。
「霊符『 夢想封印 』」
スペルの宣言。瞬時に形成された弾幕で相手の弾幕を消し去り、返す手で無数の陰陽弾をばら撒く。
獣人の方は陰陽弾が放たれるのを見るや、今まで詰めていた距離を躊躇なく空ける。この距離で陰陽弾を避けながらスペル発動は無理だと踏んだ為だろう。正しい判断だ。
最も、私はもう弾幕り合う気はないのだけれど。
無数の弾幕を空中に打ち上がる獣人に放ち、自身は竹林の中へ飛び込んだ。あんなのはさっさと撒いてしまおう。
一度相手の視界から消えて竹林に飛び込んでしまえば、この林で見つかることなんてまずないだろう。これだけ鬱蒼と茂った竹林だ。まず追跡は無理。
「はぁー……ボムったらお腹空いたわ」
「お疲れ様ー」
忘れた頃に透間から紫さんコンニチハ、ジトっとした目を向けてもどこ吹く風、といった感じだ。
しかしこれで方向が分からなくなった。上空に出ればまた獣人と弾幕り合う目になる。それは勘弁。
「歩いて抜けられるのかしら、この竹林……」
「あらら、大変。迷いの竹林で博麗の巫女が遭難したわ」
「……」
夜明けまで待てば獣人も元に戻ってさっさと人里に帰ってくれるだろう。でもまだまだ夜は長い。竹林で野宿……は正直勘弁してほしい。
ああ、お腹減ったなぁ……ご飯食べたい。
もう神社には碌な食事がないし、久々に人形遣いのところに行って食べさせてもらおうか。いやいや、どこぞの黒白じゃあるまいし、いざとなったら大根の葉を食べてでも生き残れる。
と、
「……!」
いい匂いがする。
肉だ。肉の焼ける匂いだ。
どこ!? 美味しそうな食べ頃の肉が私を呼んでいる!
匂いはどうやら私の左手、ずっと向こうから流れてくるようだ。ほんのり炎の灯りがちらついている。間違いない。
上空で獣人が荒い息で私を探していることも忘れて、その灯りの方へ私は一直線に飛んだ。
「はふ、はふ」
「あんまりガッツかなくてもまだあるよ」
「んぐ、んぐ」
「まるで飢えた狼だなぁ」
「まともな食事を取るの、三日ぶりらしいわ」
「そりゃ飢えるね、飢え飢えだわ」
物凄い勢いで胃に兎肉を収めていく霊夢を見、白髪の少女はクックと笑う。
紫といえば、「食べるかい?」と差し出された肉を丁重に断ってから、ニコニコとしながら霊夢と少女と交互に眺めていた。
物凄い形相で突っ込んできた霊夢に少女が「これは私の肉だぞ!」と叫び、兎肉を前にした霊夢がスペルを発動し、以下略。
十数分後、ボロボロながらもなんとか肉を死守した少女が、空腹で力の出なかったらしい霊夢に「そんなに欲しいのかい?」と女神の一言。
そして今に至る、というわけだ。
「そういえばまだ自己紹介をしてなかったね、私は藤原妹紅。お二人さんはあれだろ、博麗の」
「あら、知ってるの。でも一応名乗るだけ名乗っておこうかしら。私は八雲紫」
「れぃむ」
口に物を入れながら、もごもごと唸る霊夢に少女――妹紅は苦笑して巾着の水筒を渡してやる。
「あんがと」
「どういたしまして」
あの後、妹紅に連れられて歩いて竹林を出た(らしい)私と紫。
妹紅に振舞われたお肉は、とても美味しかったのをよく覚えている。
あの日から私は妹紅と友達になった。それでも、博麗の巫女である私は神社を離れるなんてことは滅多になく、
妹紅と会う時間は全くといっていいほど無かった。
彼女を見たといえば確か……人里で開催された豊穣祭に、彼女の姿を見た一度きり。
そのときは例の知識人と一緒で、なんとなく気まずかった私は彼女に話しかけることがなかった。
だからだろうか、私が散歩する内にここに辿り着いたのは。
鬱蒼と茂った、永久に続くかと錯覚するほどの広大さを持つ竹林。
今夜はあの面倒なワーハクタクもいないだろう。紫もいないことだし、もしかするとゆっくりと彼女と話をする機会があるかもしれない。
色んな話ができる。彼女のこと、私のこと、幻想郷のこと、沢山のことを。
……って。
「私、何舞い上がってるんだろ」
おかしいだろう、霊夢。
ただ人一人に会いに行くだけで、どうしてこうも舞い上がれる。
いつもどおり、そう。それこそ紫と話すときのように、普通通り振る舞えばいい。
って、いつもどおりにしようとしてる地点で、いつもどおりじゃないのか。
がっくりと肩を下ろした私は、でも前はこんなことなかったのに、とも思う。
「前」というのは最初に彼女と会ったとき。……まぁ、あの時は肉に必死だったし、帰る時もお腹いっぱいになって眠っちゃったんだっけ。
おんぶしてくれた妹紅の背中、あったかかったなぁ。「寒いか?」って言って後背に焚火程度の炎を起こしてくる心遣いが有難かった。
思えば、あの夜から時たま、彼女のことを思っていた。
掃除をしている時、洗濯をしている時、そういえば弾幕ごっこの途中に上の空になって、人形遣いに負けたこともあったっけ。
その頻度が跳ね上がったのが、……そうだ、あの日彼女を見た日からだ。
知識人と一緒に祭りを歩く姿。彼女の浴衣姿を見て「可愛い」と口走ってしまい、魔理沙に変な顔をされたんだったかな。
だって、本当に可愛かったから。凛とした表情をちょっと染めて綿あめを嘗める彼女の姿。彼女の炎と同じ緋色の浴衣は、とても似合っていた。
「……はぁ」
いつの間にか、どこを歩いているのか分からなくなった。
彼女のことを考えていると、時間の経過がおかしくなる。突然風景がすり替わるんだ。瞬間移動したみたいに。
今までこんなことはなかった。人形遣い――アリスに弾幕勝負の後、心配されたぐらいに有り得ないことだった。
「どうしたのよ? 何か変なものでも食べたんじゃない? ……永遠亭の薬師にでも見てもらったら?」
なんて。大袈裟よーとその場は笑ってやり過ごした。氷精に負けることがあったら行こうとは思ったけど。
幸いなことに考え事をする暇なく勝負は付くから杞憂だった。だからeasyはだめだって。ああ、何で自分が作った弾幕に当たるかなぁ。
……気付いたら、竹林を抜けてしまっていた。
だめだ、これは本格的にだめだ。一度夜風に当たろう。
地を蹴って空へと打ち上がる。途端に締め切られた空気から解放され、清々しい風と輝く半月が私を包んだ。
やはり空を往くのは清々しい。大空から見る幻想郷の景色が、私はとても好きだった。神社から見る景色も十分以上に美しいが、これはまた格別。
と、
「蓬莱『 凱風快晴―フジヤマヴォルケイノ― 』」
「神宝『 サラマンダーシールド 』」
物凄い力同士が、寅の方向でぶつかり合うのを感じる。
弾幕ごっこなんていうレベルではない、本気と本気の力が犇き合っている。この方向は――永遠亭か。
足を運びたい場所ではない。薬屋というのは小さい頃から嫌いだったから。あの独特の薬品臭さがどうしても好きになれない。
まぁ、考えてても埒が明かないので永遠亭に向かって飛ぶ。どうやら片方は永遠亭の主のようだ。もう片方は誰だろうか……感じたことがあるような気はするのだが。
「どうしたの妹紅? 火の勢いが弱まってるわ。酸素が足りない?」
「お前の冗談はつまらないなぁ、輝夜。慧音と張れると思うよ?」
せせら笑う黒髪の姫――蓬莱山輝夜に不敵な笑みを浮かべ、妹紅は後背の翼をさらに燃え立たせる。
今夜は少し調子が悪い。リザレクションももう五回目か……輝夜はまだ二回だっけ? 今日はこりゃ負けるかもね。
負けが見えてきても、手加減することには繋がらない。数百年もの長きに渡って行われたこの殺し合いは、全力で殺し、殺され合うものでなければ意味がない。
「『 パゼスト 』」
スペルの宣言。輝夜は即座に弾幕を生み出し、四方八方から私を撃ち抜かんと凄まじい速度で統御し、放つ。
「『 バイ 』」
だが、これなら半秒間に合わない。私は完成したスペルを片手に、小さく笑う。
「『 フェニックス 』」
瞬間的に燃え上がる不死鳥の炎。全方向に配置された弾幕を軽々と消し飛ばし、炎の鳥は輝夜へと――
(いない!?)
先まで捉えていた輝夜の姿が、どこにもない。
慌てて辺りを見回すが、毛ほどの時間も経たずに私は理解した。やられた――輝夜め、最初からこれを狙ってたのか。
私自身の生み出した火の鳥の、さらに外側。有り得ないほどの量の弾幕が、全方向から今にも貫かんと配置されていた。
量にして数百。これは――スペルを宣言しても、正直相殺しきれない。というより、こちらは既に宣言してしまっていた。
あいつの言っていた「数日かけて作った弾幕」とは、これのことなのだろう。なるほど、竹林の竹、一本一本に仕掛を施したのか。
あのぐうたら姫め、やってくれるじゃないか。いつもは部屋に閉じ籠って寝るか遊ぶかしていなかったくせに。
「こりゃあ――負けたね」
「『 夢想天生 』」
ほんの瞬間の世界、なにもかも――私の生み出した不死鳥も、輝夜の配置した数百の弾幕も、なにもかも全てを吹き飛ばして、――彼女は、現れた。
「博麗の巫女?」
「うん」
人里にほど近い、竹林の少し開けたところに建つ妹紅邸。
そこに訪れていたエプロン姿の知識人――慧音は、妹紅の言葉に目を丸くする。「前に竹林で会ってさ、気になっちゃって」
「ふむ」
さて、どうしたものか。
博麗の巫女。要するに博麗霊夢のことだろう。
昨日私を撒いた後、会ってしまっていたのか……てっきり諦めて帰ったとばかり思っていた。
だがどう答えるべきだろうか。博麗の巫女のことなら神社の歴史を探ったこともあり、よく知っているが。
妹紅が初めて、自分から他人に興味を抱いた。これは慧音にとってかなり喜ばしいことなの、だが。
(……複、雑だ)
食事のときにも、「幸せそうに肉を頬張ってさ、私もあんなに幸せに食べてみたいよ」とか、
「仕方なく背負ったんだけど、なんかいい匂いがしたなあ……香水とは違うんだろうけど」とか、
「別れる間際神社に行っていいか聞きそびれたな、押し掛けたら悪いよね」とか、
慧音、久々になかったことにしてやろうかと思いました。
だが、こんなに嬉しそうに話す妹紅は、初めて見た。今まで生きる目的といえば輝夜への復讐で、笑い顔も滅多に見ることは出来なかったのだから。
里の者にも一切関心を持たず、やることといえば竹林を歩き回るか輝夜と殺し合うのみ、私が行かなければ食事もろくに取らない……壊れた生活。
そんな生活を変えるチャンスが、巡って来たのかもしれない。
「博麗霊夢はだな――」
ややの間を置き、慧音は口を開く。
願わくば、博麗の巫女が妹紅を受け入れんことを。友達になってやってくれと、私から頼んでも意味がないからな。
秋祭りの日、珍しく、ほんとうに珍しく人里に妹紅が降りてきた。
「私だって祭りくらい楽しみたいさ」
と陽気に笑う妹紅に、私は「そうか、良いことだ」とだけ答える。
とりあえず薄汚れたシャツともんぺをお代官様よろしく剥ぎ取り、風呂に妹紅を投げ入れる。
上がってくる間にこっちは浴衣選び。さあ、どんな浴衣を着せてやろうか。
髪の色との対比なら黒? ……妹紅に黒も似合わないか。どちらかといえば白黒や死神が着るような色だ。
青……彼女の色じゃないな。彼女はもっとカラッとした色がいい。
「やはり、これだな」
「気に入ったか?」
「うん、ありがと」
久々の人里と久々のお祭りに、初めての浴衣。
軽くなる足に、私の頬は自然と緩む。
やっぱり慧音だ、浴衣は私の好きな色を選んでくれた。
てっきり黒とか紫が来ると思ったけど、渡されたのは綺麗な、それでいて燃え上がりそうな緋色の浴衣だった。
慧音に林檎あめを買って貰って、私の気分も最高潮。今なら輝夜が三人来ても勝てる!
今日は慧音の話を聞いていても、夜雀の店を見物しても、新聞記者の取材を受けても、永遠亭の連中に会っても、私はご機嫌だった。
祭りも終りが近付いて、慧音が「そろそろ帰るか」と空を見上げながら言う。
私も、お祭りだということではしゃぎすぎたかな、ギブアップ。歩けないくらい疲れた。
動こうとしない私を見て、慧音は溜息を吐いて呟いた。
「ほら、何か最後に買ってやるから立つ立つ」
……慧音先生、どこまでもついていきます。
「んふふ~」
「がっつかないで味わったらどうだ?」
「あまぁい」
「全く……」
私が慧音に買って貰ったのは、綿あめ。食べるのは勿論、作ってるのを見るのも大好きなお菓子。
慧音は私の頬に付いた綿を拭って、「しょうがないやつだな」って苦笑い。慧音も食べればいいのに、甘いものは嫌いらしい。
「あーあ、祭りがずっと続けばいいのに」
「祭りは、終わるから祭りなのだろう。毎日お祭り騒ぎが続いたら、妹紅も疲れるだろう?」
「……うん」
「だから祭りは長くて三日が丁度良いものだ。三日間騒ぎに騒いで、元の生活に戻る――息抜きのようなものだな」
「……」
「そういえば一週間以上続く祭りもあるらしくてな、片や一晩だけで終わる祭りもなかなかに多い。祭りの楽しみ方は、国や地方、文化や風習で大きく変わるものだ」
私は慧音の話を、聞いているようで聞いていなかった。
祭りの中で、私は立ち止まりただ一点の方向を見やり続けていた。
こんな祭りの日だと言うのにも関わらず、人目を惹く紅白の巫女服。綺麗な黒髪は、気分転換なのか今日は留めていない。
「……博麗、霊夢」
霊夢は金髪の少女二人(こちらは浴衣姿だった)と祭りを楽しんでいるように見えた。
私は何をするでもなく、ただ三人のことを――霊夢のことを、ただずっと眺め続けていた。
「妹紅?」
……気付いたら、目の前には慧音の顔がいっぱいに広がっていた。
私が付いてきていないのに気付いたらしい。ポケッとしていた私の額に手を置く。
「熱があるのか?」
「ないない、大丈夫だから」
心配そうな慧音ににっこり笑って見せて、私は手に持った綿あめを頬張る。
再開した慧音の蘊蓄を聞きながら、私は小さく溜息を吐いた。
「ほれ」
「ありがと」
綺麗な焦げ目のついたおにぎりを渡され、霊夢は素直に礼を言う。
「まあ、久々にいいもの見せてもらったからね」
と笑う妹紅もおにぎりを手に取り、熱がりながらも美味しそうにそれをか齧る。
焼きおにぎりか、食べるのも久しぶりかもしれない。小麦色のおにぎりを手に持って、醤油の香りを楽しんで口に含む。
「……美味しい」
「嬉しいね」
夜の幻想郷、竹林で焚火を挟んで焼おにぎりを頬張ると言うのも変な話だ。いや、別に美味しいから良いんだけど。
妹紅の方も気にしていないし良いんだけれど。
「そういや、こうやって話をするのも初めてだね」
未だにくすぶっている火を踏みながら、妹紅は私にはにかんだ。
「っ……そう、ね」
改めて二人きりだと認識した途端、無茶苦茶な鼓動を始める心臓。私は本当にどうしてしまったのだろう?
これでよし、と火の始末を追えた妹紅は、私の顔を見首を傾げた。
それもそうだ。今の私の顔は、林檎みたくなっているだろうから。
「とりあえず――私んちにでも寄るか?」
「ん……そうする」
今は彼女の行為に甘えるとしよう。まず確実に、今神社に戻ると紫に馬鹿にされるに違いない。
玄関で履物を脱ぎ、少し埃っぽい居間に案内される。
「すぐにお湯沸かすから、ちょっと座ってて」
途中の沢から汲んできた水のたっぷり入った桶片手に、妹紅は卓袱台の上に置かれた蜜柑を指す。
適当に食べていいよ、ということらしい。しかし、先程焼きおにぎりも御馳走になった為遠慮しておく。ちょっと、そこ。私はそこまでがめつくないわよ。
「『 インペリシャブルシューティ―― 』」
「妹紅、やっぱり私が淹れるわ、御茶!!」
スペル発動の音が聞こえたような気がして、私は慌てて台所に向かって叫ぶ。スペルでお湯を沸かすなんて聞いたことないわよ。
こういう手加減無しの全力少女はどこぞの辻斬りだけで十分。アリスほどとはいかないけど、もう少し器用に出来ないのかしら?
その後、御茶の入った居間では小さな笑い声が響いた。
妹紅が不老不死だと知って少し驚いた霊夢は、しかしすぐに「そりゃあんなに派手にやってるのも頷けるわね」といつもの調子に戻った。
それが妹紅にとってはかなり意外だったらしく、ずっと気が楽になった妹紅は霊夢に色々なことを話した。
不老不死になったきっかけや自分の力の訳、人里のワーハクタクのこと、永遠亭のこと。
それを聞いて時々ツッコミを入れたりしていた霊夢も、ひと段落したところで口を開く。
友人の魔理沙のこと、最近アリスという新しい友人ができたこと、豊穣祭で妹紅を見たこと。
ここには妹紅が顔を真っ赤にして「みみみみみ、み見たのっ、かかか!?」と狼狽し、霊夢を爆笑させた。
最初こそ何を話せばいいか分からなかった二人だったが、いざ口を開いた二人はすぐにいつもの調子を取り戻してしまう。
誰に対しても平等に接する巫女となんだかんだで世話焼きな蓬莱人。お互いに近しいものもあったのだろう。
最初の狼狽っぷりは何だったのかしらね、と霊夢は苦笑し、慧音とはまるで違うタイプだなと妹紅は笑った。
談笑もひと段落ついたころ、妹紅は一息ついて脇に落ちていた新聞を拾った。
「そういえば、さっき初めて私の名前を呼んでくれたね」
「……そうだったかしら」
半分くらいはでっち上げであろう天狗の新聞を読みながら、妹紅は御茶を啜る。
霊夢の方はお代わり御茶を淹れ、やることもないので器に盛られた蜜柑を手に取った。
既に卯の刻ほどだろうか。今から帰っても神社に着く頃には太陽が昇り切ってしまう。もう少しゆっくりしていこう。
蜜柑を一切れ取り、頬張る。妹紅の部屋はこれといった家具はなく、着替えの入った箪笥すらない。もしかしてこれ一着きりなのだろうか?
「殺風景な部屋ね」
「前は嫌がらせの一環で永遠亭から壺とか取ってきたりたけど、いつの間にかなくなっててね。まぁ別に私のじゃないからいいんだけどさ」
「……たぶん香霖堂に行ったら全部あると思うわ」
「なるほどね。まぁ買い戻すのは永琳だしいいんじゃないかね?」
今度魔理沙にきつく言っておくべきかしら、と思うが、言っても聞かないし、聞いたら聞いたで紅魔館の動かない大図書館がやってくるだろう。「一体何があったの!?」ってね。
魔理沙も罪な乙女だ。どっちつかずフラフラして、最近は河童が神社によく来るようになってもう大変。ていうか勘弁してよ。
「しっかし、なんで私の百分の一くらいしか生きてない人間があんなに強いのかねぇ」
「んー?」
腑に落ちなそうな妹紅の顔。先の夢想天生のことだろうけど、そんなもの、答えは決まってる。
「そんなの決まってるじゃない」
「へぇ、決まってるのかい」
興味津津で新聞を畳む妹紅。そんなに目を輝かせても満足した回答かどうかは知らないわよ。
それにしても、しばらく此処にいると決めた途端に、押し寄せてくる眠気。その眠気を端へ押しやり、口を開く。
「巫女だからよ」
ハハッ、予想通りよく分からない答えが返ってきた。
それが彼女らしくもあるように感じる。いや、実際のところ二人で話すのは初めてなんだけど。
「じゃあ、さ」
ますます興味が湧いてきた。もっと知りたい、彼女のことを。彼女自身のこともそうだし、彼女の周りのことも。
何? と蜜柑を頬張る霊夢。最初の控え目な印象もどこかへ、彼女は自分の家並にくつろぎ始めていた。順応早いってのは楽だね。
「私と霊夢、本気で戦ったらどっちが勝つ?」
霊夢の手が止まる。
まさかそんな質問が来るとは思ってもみなかったらしい。そんな顔をされても困るんだけどなぁ、ほんの好奇心なのに。
黙り込んでしまった霊夢に、もしかして拙いことを聞いたかな、と慌てて口を開く。
「いや、別に深い意味は――」
「十中八九あんたでしょうね」
あれ?
ますますよく分からない答えが返ってきた。博麗の巫女ってのは幻想郷で右に出る者はいないと聞いていたのに。
ちょっぴり残念に思って、それでも口を開く。今度は発言に気をつけて。
「何で? 私が死にかねないほどの弾幕を簡単に消したじゃないか?」
「ん……妹紅」
「何?」
「眠い」
……。
ああ、そう。なるほど。
さっきから適当な返答してたな、畜生。
まぁ、もうすぐ朝なわけだし眠いという気持ちも分かる。私だって眠いししんどい。リザレクション五回の後は正直ダルくてダルくて堪んない。
でも折角初めて、霊夢と話をする機会が出来たんだ。眠気ぐらい我慢して一秒でも長く話していたいと思うのは、私だけか?
ぐるぐると頭を駆け巡る思考を、またもや霊夢がぶった切る。それこそ私の予想どころか、頭の片隅にも存在していなかった言葉で。
「……お昼まで寝かせて」
そう言うが早いか、蜜柑を食べ終えた霊夢は卓袱台に突っ伏す。
間もなく寝息を立て始めた霊夢に髪をガリガリと掻いた妹紅は、とりあえず布団を敷いて霊夢を寝かせる。
そして、未だに頭が全く付いていかない状況を整理するべく目を閉じた。
うん、今日は珍しく輝夜の方から誘ってきたんだった。勿論断るはずもなくて、すぐに殺し合いは始まった。
でも何故か調子が上がらない私は、輝夜に負けかけて。
その中を割って入った霊夢によって殺し合いは終了。誰かの介入があったら終了するのが暗黙の了解になっていたが、まさか巫女がやって来るとは。
輝夜は変な笑みを浮かべてうふふとか言いながら帰って行きやがった。気色の悪い、今度会ったら髪の毛一本残さず蒸発させてやる。
んで、面目上は助けてもらったわけだから何かしてやろうかと聞いたら「お腹減った」と即答。初めて会ったときから何一つ変わってなかった。
焼きおにぎりを御馳走して、家に来るかと聞いたら小さく頷いたんだった。頬が染まって見えたのは、私の翼のせいだと思う。たぶん。
家に着いたら着いたで、スペルで手っ取り早く沸かそうとしたら慌てて飛んできたんだっけ? そっちのが早いのに。
そしてしばらく話をしていて、霊夢は眠ってしまった。
うーん、どうしよう。
「神社までおぶるのはいいけど、私も眠いし――」
ていうかもう寝かせてしまった。今更起こすのも憚られる。
と、ここまで来て妹紅にも急に眠気が襲ってきた。それもそうだ、昼は筍狩り、夜は殺し合いだ。不死といっても疲れるものは疲れる。
さて、どうやって寝よう。布団は霊夢が使ってるし床で寝るのは流石に嫌。
「……まぁ、怒られないよね」
理性VS眠気、ついでに少々邪な感情の一歩も譲らぬ弾幕戦は即決着、妹紅は霊夢の眠る布団へもぞもぞと潜り込んだ。
「……迂闊だった」
太陽が東の山々から顔を出した朝。
妹紅は家に投げ込まれていた「二刊」の朝刊に深い溜息を吐く。
一方は下らない、紅魔館の恋愛事情だの魔法の森での魔法使い恋愛戦線だのだ。こういう記事は真実:嘘がだいたい半々なので妹紅は信じない。
だが、もう一方はどうしようもない。こればかりには頭を抱えられずにはいられない。
――もう一方は、刷りたてのいい匂いがした。右上には「号外」の二文字。
きっとこの家に来て急いで刷ったんだろう。畜生ブン屋、いい仕事しやがる。
号外の記事、中央にでかでかと貼られた写真。
そこには、妹紅が霊夢に寄り添う形で一つの布団で眠る姿が写し出されていた。
「れいむぅ!! この記事は――」
「妹紅! 私はお前をそんな不躾な女に育てた覚えは――」
「もこたーん! 出てきなさい! 十回リザレクションじゃ済まな――」
「咲夜、蓬莱人を生け捕りにして火炙りにする準備をすぐに整えな――」
「――りました、お嬢様」
「――らあら、凄いことになってるわねぇ」
「物凄い人――だぜ」
「――じゃ「もこたんを愛でる会」なる会がアップを始めたらしいわ」
「……騒がしいわねぇ」
「あー……うん」
頭をガリガリと掻いて起き上った霊夢に、しどろもどろな様子で家の外を指す。そろそろ頑丈ではない扉が砕けかねない。
外の騒ぎと半分焼け焦げた号外記事を見やり、状況を把握した霊夢は溜息を吐く。やっぱり慣れないことをするものじゃないわ、と呟いて。
「面倒ね、とりあえず逃げるわよ」
「どっから!? 家完全に囲まれてるよ!?」
「もちろん――」
「神霊『 夢想封印 瞬 』」
「不死『 火の鳥 ―鳳翼天翔― 』」
妹紅邸の天井をぶち抜いた弾丸と弾丸の壁は、空中で待ち構えていた鴉天狗を消し飛ばし空へと立ち昇る。
その、見る者を魅了する弾幕の頂上、手を繋いで大会へ打ち上がった黒髪の少女と白髪の少女。
「さて――もこたん、婚約会見でも開きましょうか」
「もこたん言うな! ていうかなんで婚約会見!?」
「あら、私をキズ物にしておいて」
「してないから!」
楽園の素敵な巫女と紅の自警隊は、打ち上がった勢いのまま博麗の神社へと一直線に往く。
後ろから軽々と追いついてきた魔法使いを見、霊夢は抜け抜けとした表情で問いかける。
「あら、お早う。随分早くないかしら?」
「おそようだぜ。朝刊を見て真っ先に飛んできたんだぜ、一番乗りだ」
どうやら「はやい」というのは速度のことではなく起床時間のことらしい。だが今のこの時間なら、きっとみんな起きてる。秋は過ぎだから豊穣の神は寝てるかもしれないけど。
後方から物凄い数の人影が迫ってきているのにも関わらず、霊夢は「あらそうなの」とだけ言う。心なしか機嫌が良いように見えるのは、気のせいだろうか。
「この後大変だろうな、何せ脇巫女の純潔が「何もしてないからな」
魔理沙の言葉を遮り、妹紅が唸る。今の状況を見て、その言葉を信じる者はいないのだろうけど。
当事者の片方であるはずの霊夢の方はどこ吹く風。それよりも枯れ葉の凄い博麗神社を見、掃除の方を心配し始めている。
「ねえもこたん、神社の掃除手伝ってくれないかしら。ちょっと燃やすだけだから」
「もこたん言うな。……まぁ手伝うくらいなら」
「決まりね」
今度こそ満面の笑みを浮かべた霊夢は、通り過ぎた魔理沙を追い、妹紅を連れ、遠目からでもはっきりと見える神社へと飛ぶ。
今年の忘年会は、いつもに増して煩くなりそうな予感がしそうだ。
何せ、隣の彼女がいるだけで、騒がしい永遠亭の連中と人里の獣人が来るのだから。
お酒を増やさなくちゃね、と小さく呟き、霊夢は妹紅の手を握り直す。つい勢いで飛び出すときに握ってしまったけど、しばらくこのままで。
妹紅も嫌がる風でもなく、さっきより少しだけ強い力で握り返してくる。
今日はやけに暖かい一日だ。霊夢は空を見上げ、もう一度だけ満面の笑みを浮かべた。
この組み合わせって少ないけど面白い話が生み出せそうな気がするんだよなぁ
ふたりは紅白!だし(無関係)
にんげん氏には次も期待しちゃおう
でも、新鮮でよかったです。
良かったですし、ちょっと微笑ましい感じがしました。
ただ紫様は霊夢の同居人ではないよ?
そういう部分などはきっちりと調べたほうがよろしいかと。
話は面白かったですよ。
永遠亭から壺とか取ってきたりたけど→永遠亭から壺とか取ってきたり『し』たけど
では無いでしょうか?
話は新鮮で面白い内容でした。ですが細かい所はは改良の余地あり、って感じでしょうか。
期待しています。
新鮮で面白くはありました。ほのぼの。
ただ、視点変更でごっちゃりって気付いているなら直せばいいじゃない。
おもしろかったです。