博麗神社。
すっかり日も沈み、夜の闇が完全に空を塗り潰した刻限だというのに、
やれ「もっと呑め~!」だの、
やれ「酒もってこーい!」だの、
やれ「いいぞ、もっと脱げ~!」だの、
神社の神聖性を根こそぎ刈り取るような乱痴気騒ぎが盛大に展開されていた。
文章だけでしかお伝えできないのが非常に残念である。
「脱がせろー!」
「「あっと一枚! あっと一枚!」」
本当に残念である。
さて、このようなどんちゃん騒ぎが展開されているのは、
しばらく前に起こった、あの間欠泉事件がきっかけである。
あの一件からそれなりの月日が立ち、ご存知の方も多いだろうが、
一応おさらいしておこう。
今年冬、博麗神社近辺に突如として間欠泉が湧き出した。
ただ間欠泉が湧き出すだけならば、温泉を利用して一儲けを目論む巫女の懐・・・、
もとい賽銭箱が潤うだけで終わったのだろうが、
実際に湧いてきたのは湯だけではなかった。
地底界に住む霊、地霊たちも一緒に沸いて出てきたのだ。
だが地霊たちは意外にも大人しかった。
実害という実害はなかったのである。
ゆえに、「でもそんなのかんけーねぇ!×3」と温泉計画を断行しようとした巫女だったが、
実はその間欠泉を放置されると困る者たちもいたのだ。
それは地上の妖怪たち。
地上の妖怪たちは知っていたのだ。
地底界に封じ込められている妖怪たちの危険性を。
そしてこの間欠泉は、地上に住まう者たちへの、地底界からのなんらかのアクションであることを。
しかし、妖怪たちは古くからの盟約により、地底界に干渉することは禁じられていた。
もしこの間欠泉の原因が地底界でなかったとしたら、余計な刺激を与えてしまうことになりかねない。
だがこの間欠泉の原因が地底界だったとしたら、全てが後手に回ってしまう。
ゆえに妖怪たちは策を打った。
自分達ではなく、人間たちにやらせてみよう、と。
そして体よく丸め込まれた博麗 霊夢と霧雨 魔理沙が地底界の調査に向かわされたのであった。
で、いろいろあって地底界の者たちと親睦を深めるために、地上の宴会に招待したのである。
えっ、端折りすぎ?
うるさい。地霊殿買え。そしてやれ。
さて、今回宴に招待された地底界の住人は7人である。
古明地 さとり。
火焔猫 燐。
霊烏路 空。
星熊 勇儀。
水橋 パルスィ。
キスメ。
黒谷 ヤマメ。
さとりには妹がいたが、残念ながら不在だったために招待できなかった。
といっても彼女のことだから、きっと誰も知らないうちにこの宴に紛れ込んでいるだろうが。
境内中央辺りで日本酒の瓶を抱えながらスーパーハイテンションモードになっている二人、
もとい二匹が火焔猫 燐と霊烏路 空である。
明らかに酒の一日の制限摂取量をオーバーしているであろう二匹が、
「はいはーい! 一発芸やりまーす!!」
と、宴会場のど真ん中に躍り出て、参加者たちの注目を集めた。
参加者たちの視線が集まる中、燐と空は一定の距離を開けて配置についた。
「いくよ、お燐!」
「あいさ! っていうかなにやるのかすら聞いてないよどんな無茶振り!?」
「大丈夫、あたしの真似をして。」
空が両手を燐とは反対方向に手を伸ばして構える。
見様見真似で、燐も同じように反対側へ手を伸ばした。
手を頭上を通して反対側に向けながら、足をO脚に開いて、両者は蟹歩きでトコトコと近づいていく。
「「フューーー・・・」」
お互いに向け合った手が触れるくらいの位置まで近づいたところで、二人は動きをぴたりと止めた。
そして、勢いよく反対側に腕を振るうと同時に、片足を上げて腰を捻る。
「「・・・ジョン!!」」
二人は息を合わせ、まるでシンクロしているかのようにお互いの指先をぴたりと、
「「はーーーーー!!!」」
瞬間、目も眩むような閃光が迸り、
一切の視界が効かなくなった。
その真っ白な壁の向こう、
―どごぉぉぉおおおん!!!
「にぎゃああああぁぁぁぁ!?!?」
爆音と共に、一匹の猫の断末魔が轟いた。
ようやく視界が戻った時、脇の茂みに頭を突っ込んだ燐のお尻がこちらを向いていた。
「これがホントのニュークリアフュージョン。なんちて。」
「「いいぞー! もっとやれー!!」」
「ウケてる!? やった、初めてウケた!!」
アンコールを受けた空は飛び上がって喜んだ。
実際にアンコールを受けていたのは妖夢と幽々子の「あ~れ~よいではないかごっこ」だったのだが、
空にとっては真実などどうでもよかった。
いや、自分がアンコールを受けたということが空にとっての真実なのだ。
既にどっぷり泥酔していた空に、そこらへんの判断を求めるのも酷な話だ。
誰も乗せてないのにノリノリになった空は、
「それじゃあ、アンコールにお答えして。
霊烏路 空のスーパーイリュージョン!」
誰も見ていない。
空もそれに気付かない。
「いまからぁ、一瞬であの神社を消して見せまーす!
いくわよ~、爆熱ぅ―――」
空の掲げた指先に桁外れの熱量が集中し始める。
夜の闇を圧倒的な光量で払いのけ、小さな火球は大きさはそのままに、エネルギーだけを爆発的に増していく。
それだけの光を放っていれば、そこにいる者たちは当然気が付く。
が、あえて無視した。
どうせ吹き飛ぶのは神社だし。
そしてその狭苦しい火球に押し込められたエネルギーが臨界を越えようとした瞬間、
「させるかうるァ!!」
「―――メガふぶぇあッ!?」
空は突如頭上に転移してきた霊夢に蹴り潰された。
ぽしゅん、という切ない音と共に光源が消え、辺りは何事もなかったかのように闇に飲まれる。
あぁ、と残念そうなため息が満場一致で流れた。
延髄に踵を突き込まれた空は一撃昏倒。
襟首を捕まれ霊夢に立たされ、力なくガクガクと揺すられている。
あるはずのない半霊が口から漏れていた。
「神社爆発オチの時代はとっくに終わったのよ!!
封魔録からやりなおせや地新参がぁ!!」
少女にあるまじき霊夢のドス声が宴会場に響き渡った。
新築の神社の新しさが霊夢の攻撃力に単純加算されていたのが空の死因だった。南無。
* * *
惨劇の現場からところ変わって、宴会場の片隅。
木の根っこにもたれかかりながら、二人の少女が泥酔していた。
どんよりと暗い目で虚空を見つめながら、ぶつぶつと呪文のように呪詛を垂れ流している。
「ああ、妬ましい妬ましい。
かわいい顔が妬ましい。
賢い頭が妬ましい。
4ボス以上が妬ましい。
気持ちよく酔える奴が妬ましい。」
「妬ましい妬ましい。
かわいい仕草が妬ましい。
いつも明るく振舞える奴が妬ましい。
言いたいことがはっきり言える奴が妬ましい。
自分に素直になれる奴が妬ましい。」
どす黒くてドロドロとしたよくわからないなにかを垂れ流しながら、
水橋 パルスィとアリス・マーガトロイドは腹話術の人形のように口をパクパク開閉させる。
がばっ、と唐突に二人が立ち上がった。
そのまま二人仲良く肩を組み、
「「ぱ~る~~ぱ~るりぱ~るりら~~、みんな~しねばい~のにぃ~~~!!」」
大声で歌いだした。
そのエリアに近づこうとする者はとうにおらず、
既に黄色いテープが張られて、完全に隔離されていた。
テープには様々な警告文が書かれている。
『keep out』
『嫉妬汚染区画につき立入禁止』
『噛み付きます、エサを与えないでください』
・・・やりたい放題だった。
* * *
ラッパ呑みしていた瓢箪からきゅぽんと口を離した伊吹 萃香が、周囲を見回して機嫌良さそうに、
「まだ来てない奴がいるねぇ。一体なにしてるんごきゅっ、ごきゅっ。」
「喋りきってから呑めよ!!」
もっともな突っ込みを入れられていた。
そこへ、
「いやぁ、悪い悪い。遅くなったねぇ。」
軽快なハスキーボイスを響かせながら、大柄な女性がずんずん歩み寄ってきた。
そのまま胡坐をかいて座る萃香の頭をわっしと掴むと、それを握力だけで顔の高さまで持ち上げた。
そこで萃香はようやく彼女と顔を合わせ、ぱっと嬉しそうに笑う。
「おー、勇儀ぃ! 久しぶりじゃん!」
「おう、萃香。相変わらずちっこいねぇ。」
「よぅし、二秒で済むから歯ぁ食いしばってそこに直れ。」
はっは~、と豪快に笑って、星熊 勇儀は掴んだ萃香の頭を宙に放った。
べしゃ、と潰れる音がして、萃香は顔面から玉砂利の上に着地した。
が、直後にはケロっと起き上がって勇儀と笑い合っている。
恐るべし鬼の耐久力。
「遅かったじゃんよ~。なにしてたのさ?」
「ああ、こいつをかき集めるのに手間取ってねぇ。」
勇儀がくいっと親指で差したその先、
酒樽がピラミッド状に高々と積み上げられていた。
これを一人で持ってきたらしい。
「旧地獄街道の銘酒『血の池地獄』さ。
呑む奴が死んでることを前提に造られた酒だからね、生身のモンが呑むにゃあちょいときついよ。」
「よっしゃ、呑み比べで勝負しようってんだね!?」
「地上のぬるい酒にどれだけ浸ってたのか、あたしが試してやるよ!」
「「せーの!!」」
―ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ
「はっ、この程度の酒どーっちゅーこのにゃいっへにょぉぉぉおおお!!」
「杯一杯程度でいきがってんちゃにゃいわにょ、こにょちびすけぐぁぁぁあああ!!」
「「えろえろえろえろーーー...」」
一杯目で二人仲良く神社の玉砂利に盛大に振舞っていた。
鬼の二人をたった一杯で屠る酒、どれだけ凄まじい度数なのだろうか。
ちらりと樽のラベルを見てみると、%の左側になぜか数字が三つ書いてあった。
地上に現存する製法では絶対にありえない純度の酒だった。
蒸留を通り越して濃縮されている。
スピリタスってレベルじゃねーぞ。
「っしゃあ次いってみようかぁ!」
「ジョッキ持ってこいジョッキぃ!」
恐るべし鬼の耐久力。
せっかく持ってきた勇儀の酒は、残念ながらこの二人以外は誰も手を出さなかった。
まあ、一口呑めば吐くか死ぬかの二択なのだから、そうそう手を出す奴はおるまい。
「ところで勇儀。まだメンバー揃ってないねぇ。」
「あん? さとりは・・・、あそこで気持ち良さそーに寝てるな。
あとはヤマメとキスメの二人か。」
ふむ、と勇儀は酒を注ぐ手を止めて虚空を仰いだ。
酒が抜けたような、妙に醒めた顔になった勇儀の顔を、萃香が不思議そうに覗き込む。
「キスメはともかく、ヤマメは来ないかもしれないねぇ。」
よく表情が読み取れない。
心境の読めない複雑な表情で、勇儀は語る。
「ヤマメは気さくでいい子だよ。
人見知りもしないし面倒見もいい。
地底界の住人達からも人気が高い。
けどねぇ、―――」
ふぅ、と一つ、物憂げにため息を漏らす。
自身の力不足を嘆くように。
「けど、どこか決定的なところで、見えない壁があるように感じるのさ。
誰とでも簡単に友人になるけど、誰とも親友にはなれない。なろうとしない。
表面上は人付き合いよく振舞ってるけど、一番深いところでは人と付き合うことを避けている。
そんな感じがするんだよ。」
「へぇ。」
萃香は感心したように短い相槌を返す。
「勇儀もちょっと見ない間に気が回るようになったもんだ。」
「馬鹿だね。本当に気が回るんならあたしがとっくになんとかしてるよ。
そういうデリケートな役回りはあたしにはできないんだよ。
力だけじゃどうにもならないことだってあるのさ。」
自嘲するように、勇儀。
それに萃香は、ふっと笑った。
「知ってるよ、そんなことはとっくにね。
地上ではそんなことばっかりさ。」
「そうかい? そんならあたしもさっさと地上にでてくりゃよかったねぇ。」
「でてくりゃいいさ。これからはいつだってそれができるんだから。」
「・・・そうだねぇ。」
よっ、と一声上げて萃香は立ち上がり、
一番近くにあった酒樽を勇儀に放った。
「ほら、辛気臭い話はおしまい。
憂鬱なんて酒と一緒に吐いちまえ。」
その重量感のある酒樽を、勇儀は片手で受け止めて、
「・・・よし、呑むかぁ!」
「おうさ、呑め呑め!」
―ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ
「「えろえろえろえろーーー...」」
* * *
宴会場から少し離れた場所、神社の階段を登りきった鳥居の脇に一人の影があった。
いや、正確には二人だった。
その影がぶら提げている手桶から、ひょっこりと小さな頭が飛び出していた。
「おぅ、やってるやってる。」
黒谷 ヤマメは額に手をかざして宴会場を眺め渡す。
口から抜けかかった魂を吐いている者。
延々と途切れることなく呪詛を吐いている者。
お食事中にはとても書けないものを吐いている者。
なぜだか吐いている奴だらけだった。
形容しがたいカオスが境内に満ち満ちていたが、唯一彼女達に共通して言えることは、
皆、一様に楽しそうだということ。
そこには地底界も地上もない。
古い盟約なんていう隔たりもない。
ただ、同じ幻想郷に住まう者たちとして、そこにあった。
それをひとたび見れば、不可侵条約などなんとくだらない話だろうか。
誰もがそう思うであろうほどに、彼女達は生き生きと宴会を楽しんでいた。
「ほらキスメ、行っといで。」
ヤマメは手に持っていた桶を宙に放す。
桶は重力を無視して空中にふわりと浮かんだ。
桶からちょこんと覗いていた顔、キスメはヤマメを振り返り、
「・・・ヤマメ、来ないの?」
そう、ヤマメを気遣うように問う。
ヤマメは苦笑しながら頭を掻いた。
「ああいうお祭り騒ぎは苦手でね。
あたしのことはいいから、楽しんでおいで。」
キスメはしばらく躊躇うように左右に揺れて、
「・・・うん。」
小さく、頷くように縦に揺れて、宴会場へとふらふらと飛んでいった。
途中、何度もヤマメのほうを振り返りながら。
そのたびにヤマメは手を振って、しかしそこを動こうとはしなかった。
キスメの姿がすっかり見えなくなってから、ヤマメは鳥居に背中を預けた。
「くくっ。ああ、楽しそうだ。あ~あ、あの二人また吐いてるじゃないか。
飲みたいんだか吐きたいんだかわからないねぇ。」
愉快そうに、ヤマメは一人肩を震わせる。
さらさらと風が流れ、闇に塗られた木々がざわめいた。
夜の闇の中でも、昼間のように明るく騒がしい宴会場。
そこだけがぽっかりと昼の様相を見せており、外は夜の静けさが満ちている。
そして、ヤマメはその外にいる。
まるで窓ガラスを通してその光景を見ているかのような隔離感。
もちろん、そこに窓ガラスなど存在しない。
歩けばすぐにその明るさの中にたどり着けるであろうに、
ヤマメはそうしようとはしなかった。
また、その場を去ろうともしない。
ただ鳥居の柱に体を隠すように預けながら、静かにその喧騒に耳を傾けている。
「あら、先客が居ましたか。」
突然後ろから声を掛けられ、不意を突かれた形になったヤマメは驚いて跳ね上がった。
そこにいたのは古明地 さとりだった。
さとりはどこかぼんやりとした目でヤマメを見つめている。
「寝起きでしたので、すこし目覚ましに散歩をしていました。」
よく見ると、さとりの桃色の髪がところどころ跳ね上がっている。
寝起きというのは本当らしい。
あの喧騒の中で寝られたのか?
大した胆力である。
「あなたはこんな隅のほうでなにを?
宴会には参加されないのですか?」
うっ、とヤマメは言葉に詰まった。
一人離れて宴会を見ていた、というのがなんとなく恥ずかしかった。
「いや、こういうお祭り騒ぎは苦手でね。
もう帰ろうと思ったところさ。」
とっさに、早口でヤマメは答えた。
なんだか言い訳じみている気がして、自分で自分を情けなく感じた。
さとりはぼんやりとした表情のまま、首を横に傾けた。
「そうなんですか?
キスメさんと一緒に来られたのなら、あなたは随分と前からここに居た計算になりますが。」
痛いところを突くなぁ。
ヤマメの視線が明後日のほうを泳ぐ。
さとりは眠そうな半眼で、ただじっとヤマメの目を見つめ続けている。
まるで、心の中を見透かすような視線。
そういえば、さとりの能力は・・・。
「さ、一緒に戻りましょう。こんなところにずっと立っていては体を冷やします。
お酒なら無駄に一杯ありますし、体を温めるには事欠かないでしょう。」
「いや、あたしのことはいいからさ。気にしないで戻りな?」
「ひょっとしてお酒が苦手だったりしますか?
大丈夫ですよ、あそこに居れば全自動で飲まされますから。
さぁ―――」
「ッ!!」
ヤマメの手を取ろうとしたさとり。
その手を、ヤマメは熱した鉄でも触ったかのように、反射的に手を引っ込めてそれを避けた。
不思議そうな表情で、さとりはヤマメを見つめている。
自分がどんなことをしたのか、ようやく気付いたヤマメが、
慌てて取り繕うようにまくし立てる。
「いや、本当にあたしのことはいいからさ。
あたしのことなんか気にしないで戻りな?
ほら、連中もお前さんのこと探してるかもしれないし。」
さくっ、と玉砂利を踏みしめて、さとりが一歩近づいた。
ヤマメはなぜか怯えるように、一歩下がる。
「ねぇ、あたしのことはほっといてくれていいからさ。」
もう一歩、距離を詰める。
どんっ、とヤマメの背に鳥居の柱がぶつかった。
「こ・・・こないでよ・・・・・・。」
さとりはもう目と鼻の先。
すっ、とさとりがヤマメに触れるように手を伸ばし、
「来るなぁ!!」
一瞬、空気がからっぽになってしまったかのような静寂。
ヤマメは目をきつく閉じて、怯えるように全身を震わせて鳥居に縋ってた。
がたがたと、まるで小さな子供のように。
その頬に、ひやりと冷たいものが触れた。
「・・・怖いですか?」
さとりの手が、撫でるようにヤマメの輪郭をなぞる。
ヤマメは、うっすらとその目を開けてさとりを見つめ返した。
「距離が近づくのが怖い。
触れ合うのが怖い。
触れ合って、拒絶されるのが、怖い。」
ぽつりぽつりと断続的につぶやくさとりを、ヤマメはかっとなって睨みつけた。
「あんた、あたしの心をッ―――」
「読んでませんよ。」
さとりはヤマメの言葉があらかじめわかっていたかのようなタイミングで答えた。
「読んでいません。読まなくてもわかります。」
ふっ、とさとりは微笑んだ。
優しくて、ひどく悲しい表情で。
「力を持っているだけで疑われる。恐れられる。
使ってなんていないのに。使わないよう制御する事だってできるのに。
ただそういう能力を持っているという、ただそれだけのことで迫害され、拒絶され、隔離される。」
ヤマメは自分のことを言われているのだと思った。
病気を操る程度の能力。
そんな能力があるせいで、ヤマメは周囲から忌み嫌われてきた。
自分は誰かを望んで病気にしたことなんて一度もないのに。
ただそういう能力を持っているというだけで。
住んでいた土地を追いやられ、また新たな土地で生活を始めても、
能力のことが知れたとたん、ヤマメは周囲から拒絶され、また土地を追われた。
棒で殴られたこともあった。
石をぶつけられたこともあった。
昨日まで一緒に笑っていた者たちに。
やがて地上に住める土地はなくなり、
ヤマメは忌み嫌われる者たちの掃き溜め、地底界へと流れていった。
地底界には自分と同じ、地上を追いやられた者たちばかりだった。
そう考えれば幾分気は楽だったが、それでもヤマメは誰とも本当に親しい付き合いをしようとはしなかった。
心の底から分かり合えたと思っていた人に、また拒絶されるのがどうしようもなく怖かった。
だからヤマメは、人付き合いのいいふりをして、面倒見のいいふりをして、
周囲の者たちから適当な距離を置いていた。
そうやって生きるほうが楽だった。
「あっ・・・。」
ヤマメは気付いた。
今のさとりの言葉は、ヤマメに言っているものではなかった。
きっと、さとり自身のことだったのだ。
いや、もしくは二人のことを言っていたのか。
自分だけではない。
きっとさとりも、自分と似たような境遇、体験をしたのだろう。
「ご、ごめん! あたし、さっきあんたのこと疑った!
あたし、なんてひどいことを・・・。」
ヤマメは先ほどさとりのことを睨みつけたのを思い出して、顔色が真っ青になるほど後悔した。
それにさとりは首を振って答えた。
「いいんですよ。わかっています。
貴方が今、本当に私に申し訳なく思っていることがわかりますから。」
唇をかみ締めて縮こまるヤマメを優しく撫でながら、
さとりは空を見上げた。
木々の隙間からかすかにちらつく星空を。
「私、もう一度だけ信じてみようと思うんです。
心を読んだりしないで、彼女達と付き合ってみようと思うんです。」
重大な決意であるように語るさとり。
ヤマメはそれを不思議そうに見つめた。
「怖くないのかい? 人を信じるのが。」
「怖いですよ。怖いです。
また拒絶されたら、きっと私は今度こそ誰も信じられなくなるでしょうね。」
怖い、といったさとりの笑みは強張っていた。
唇が真っ青になっているのは、夜気の冷たさのせいではないだろう。
それほどに恐れているのだ。拒絶されることを。
「だから貴方も、もう一度だけ、信じてみませんか?」
「・・・あいつらを?」
「ええ、私と一緒に。」
すっ、とヤマメに手が差し伸べられる。
さとりの、雪のように白い手が。
ヤマメはそれに手を伸ばしかけ、躊躇った。
「あたしの手、汚いかもしれないよ?」
その途中で止められた手を、さとりのほうから掴んだ。
「平気です。信じていますから。」
ヤマメは一瞬驚いたような顔でさとりを見返し、
ふっ、と口元を緩めた。
「それ、言ってて恥ずかしくないかい?」
「恥ずかしいですよ。二度と言わせないでください。」
「ははは、オーライ。もう疑ったりしないよ。」
顔を赤くしながら、照れくさそうに笑うさとりと、
気恥ずかしそうに、それでも手を掴んだままのヤマメ。
二人は並んで歩きながら、宴会場のほうへと歩いていった。
* * *
宴会場に辿り着くなり、
「どーこいってたんだいさとりぃ!?
オラァ、居なくなってた分飲めェ!!」
さとりは瞬く間に勇儀に拉致されて、日本酒の瓶を口に差し込まれていた。
さとりの顔色が瞬く間に赤から青、そして土色へと変色していく。
だっはっは~、と豪快に笑う勇儀。
いや、笑い事じゃない。これは殺人事件だ。
「キスメの血の池漬けぇ~。あッははははは!!」
「ごぽごぽごぽごぽごぽごぽ、ごぽごぽ・・・・・・ごぽっ・・・。」
一方その横では、樽から桶に酒を入れ替える萃香が居て。
ただの注ぎの際に混ざった空気とは思えない気泡が浮かんで、
・・・・・・消えた。
「キィィスメェェェエエエ工工工!?!?」
ヤマメが慌てて桶を覗くと、強烈なアルコール臭を放つ液体の中に、
緑色の髪の毛が海草のように揺らめいていた。
「ああ、なんてこったい。あたしが目を離したばっかりに・・・!」
「そうだ、お前が目を離したからキスメはこんな変わり果てた姿になっちまったんだぞ!
責任を取って飲め! とりあえず飲め! いいから飲め!」
がっ、と透明な液体の注がれたコップを突きつけられ、
ヤマメは思わずそれを受け取ってしまった。
「さあ飲め。キスメのことはとりあえずほっといて飲め。」
(責任取れって言ったばっかりじゃん!!)
とても理不尽なことを言ってくる魔理沙に、
ヤマメは半眼でじとりと視線を送るが、魔理沙にはまったく効果がない。
仕方なしにヤマメが一口それを口にする。
ん~、まあ酒は嫌いじゃないけどさ~。
「なにちまちま飲んでるんだよ!
酒ってのはこうやって飲むんだ!!」
少しずつ、自分のペースで飲んでいると、
酔っ払って短気になった魔理沙がその手からコップを掻っ攫った。
それをそのまま一気に煽る。
「あっ、ちょっと!?」
「くぅ~、五臓六腑に染み渡らぁ!」
「そのコップ、あたしが使ってたのに・・・。」
「ん~? なんか問題でもあるのか?」
半分据わった目で覗き込んでくる魔理沙。
ヤマメは言いづらそうに、
「だって、あたしが使ったんだよ? き、汚いかもしれないのに・・・。」
それに魔理沙は呆れたような声を上げた。
「んなもん女同士なんだから気にするなよ。
3秒ルールだ、3秒ルール。
それともあれか? 見かけによらず間接キスとか気にするような乙女ちゃんだったのか?」
魔理沙はそんなこと、まったく気にしていない様子で。
そんな魔理沙にヤマメが呆気に取られていると、
今度は宴会場のはるか彼方から叫び声が上がった。
「魔理沙と間接キスですってェェェエエエ!?!? ああ妬ましい!! パルパルするぅ~!!」
「ああもううるせぇな。ちょっとあいつの口を酒瓶で塞いでくるぜ。」
といって、魔理沙はどこかへふらりと姿を消して。
ぽつんと、呆気にとられたままのヤマメがそこに残された。
そのヤマメに、
―ビシッ
「痛ッ!」
デコピンが一発見舞われた。
伸びてきた手の方向に目を向けると、
赤と白の巫女服が視界に映った。
「目が醒めた?」
霊夢はにやりとした笑みを浮かべて、
座り込んでいたヤマメを見下ろしていた。
そしておでこを押さえたままのヤマメの頭をグリグリと掻き回して、
「あんまり人間様を見くびるな、ってことよ。」
にっ、と口の端を吊り上げた。
ヤマメは降参したように両手を挙げて、
「・・・そうだね。もう一度だけ信じてみるよ、あんた達のこと。」
二人はそこらへんにあった適当なグラスを拝借して、
お互いのグラスを打ち合わせた。
と、いうかキスメの桶に酒を入れたらダメだってば!(汗
さとりとヤマメの会話が自分にはとても面白かったです。
>うるさい。地霊殿買え。そしてやれ。
これはかなり失礼な言い方なのでしょうないでしょうか?
貴方もそこまで書いたのであれば、ある程度の結末は書くべきかと思いますがね?
ヤマメのイメージがちょっと違ってたけど能力考えたら有り得るかもな~とか
そこそこ楽しめました
あとがきいらねえだろw