「太るよ?」
もちゅもちゅと卵を咀嚼する友人を見つめていた燐が、呆れているのを隠そうともせずに呟いた。
「うにゅ?」
空は口をもぐもぐとさせながら、声にならない声で答えた。
彼女が食後のデザート兼おやつだと言って、ゆで卵を山ほど笊に積んで持ってきたのがだいたい半刻前のことだ。燐が見たところ、卵はざっと二十個ほどあった。その内燐が食べたのは三つなのに、今残っているのは二つだけ。
二十ひく四ひく三、すなわち十三。いくらなんでも食いすぎである。
「気に入ったのはわかるけど、もう少し控えたらどうだい」
「おえぁにゅわももん」
「……返事は食べてからでいいよ」
「うにゅ」
空が頷いて、咀嚼を速めた。燐は頬杖をつきながら、その様子を見るともなく見ている。
昼下がりの、地霊殿の居間である。こたつに入った燐と空の他には、犬や猫や蝸牛やツマグロオオヨコバイが気だるげに寝そべっているだけだ。さとりは他のぺット達の様子を見に行っていて、こいしはいつものように行方が知れない。
空は喉を鳴らして卵を飲み込むと、満足そうに息を吐いて、それからおもむろに口を開いた。
「だって、おいしいんだもん」
清々しいくらい、簡潔だった。そして笑顔だった。
「おいしいのは知ってるよ。あたいも食べたもん」
「じゃあもっと食べなよ。まだ三つ残ってるわ」
空が笑顔のまま、笊を燐の方へ押してよこした。
とても優しい目をしている。自分が食べ過ぎているのではなく、燐が小食なのだとでも言いたげな目だった。
子どもを作る動物の雌なら何であろうと持っている”母性”が、空にも形となって現れた歴史的瞬間である。
「気持ちだけもらっとくよ」
「あら、そう? それなら私がもらっちゃおっと」
あっさりと卵に手を伸ばす空。燐はすかさず両手でそれを制した。
「いやいやいやいや、そうじゃなくてさぁ。あんまり食べるとおでぶちゃんになっちゃうよって言ってんの」
「はあ? 太る? 私が?」
「他に誰がいるのさ」
「いっぱいいるじゃない」
大仰な仕草で腕を組んで、空が言った。周りに転がっているペット達のことを言っているのだろう、と燐は思った。
「数だけならね。あたいや他の連中は卵を十個も二十個も食べたりしないよ」
「太ってないもん」
空がそっぽを向いて、くちばしのように唇を尖らせた。
いたいけな雛鳥を思わせるその態度を目の当たりにした燐が回りこんでチュッとしたいと思ったことは言うまでもない。
「風船じゃあるまいし、食べたらすぐ膨らむってわけじゃないだろ。後からじわじわ来るんだよ」
「太らないもん」
「わかるもんか。いや、わかるね。ずっとこんな調子で大食いしてたら、確実に太る」
「うー」
何も言い返せなくなって、空は口惜しげに眉をひそめて唸った。
空がゆで卵好き好き症候群にかかったのは、先の異変の後、地上に遊びに行くようになった直後だった。
自分が沸かせた間欠泉で作られたという温泉卵に興味を持って、好奇心の赴くままに食べてみたのである。するとこれが実にうまい。割ると太陽のような黄身が現れるのも、空の心を惹きつけた。
そして核融合という強大な力さえ無遠慮に振り回そうとした空が、目の前のうまいものに飛びつかないはずがなかった。
うまいから、たくさん食べたい。他愛のない、しかし根の深い欲望に従って、空の食べっぷりは日に日に加速していった。おまけに頭が鳥なので、昨日食べたものなど覚えていない。よって、飽きるということを知らない。そのくせ卵がうまいことだけは本能で覚えているのだ。
「いや、太るのが悪いわけじゃないさ。ただ、食いすぎってのは絶対に悪い」
何かを食べるというのは、生きるための燃料を補給するということだ。そして火焔地獄跡のように、燃料が足りなければ動かないし、多すぎれば暴走する。今の空の状態は、明らかに後者だった。
「だって……」
「だって何だい」
「おいしいんだもん」
「だーかーら! それがいけないって言ってんのー!」
「ひゃわー!?」
燐が猛烈な勢いで身を乗り出す。そのままぶつかってきそうなド迫力に、空は思わずのけぞった。
「なっ、何で怒るのよぉ! 卵十個くらい、人肉でいえば半分の半分くらいじゃない!」
こいつ全然わかってない、と燐は内心嘆息した。
”まだこのくらい”という考えは、絶対に丁度いいところでは止まらないのだ。それに”食べたいから食べる”では、”力を手に入れたから地上を焼く”というのと変わらない。力任せのやりたい放題をやって痛い目を見たばかりなのに、もう忘れてしまったのだろうか。それとも、今回はあの時と違って誰にも迷惑をかけていないと思っているのかもしれない。
だが、万が一にも体を壊して早死になんかされたらたまったものではない。なんとしても改心させねばならぬと、燐は決意を固めた。
「そりゃ今日は十三個だけどね。昨日は九個で、一昨日は十五個も食べたじゃないか」
「あれっ、そうだったっけ? っていうか昨日ご飯食べたっけ? ここどこ? ママは?」
「もうそこまで忘れてんの!?」
いきなり決意が折れかける燐。
どうやら理屈を語るだけ無駄らしい。たとえその場はわかったとしても、一週間もすれば頭から抜け落ちているだろう。となると、あとは情に訴えるしかない。
「ねえお空、あたいはお空が心配なんだよ」
「えっ?」
「もういっぺん言うけど、食べすぎは体によくないんだ。あたい達は半分動物だから余計にね」
子を諭す母のように、燐が言った。
燐と空は妖獣である。そして妖獣は、他の妖怪よりも肉体に偏った存在である。故に精神的な攻撃に強いが、物理的ダメージには弱い。それは怪我や病気に限らず、栄養の偏りによる体調の悪化もまた例外ではない。
「で、でもさぁ」
「そりゃ気にしすぎるのもよくないけど、なんでも最初の一口から始まるんだよ」
「それは……そうだけど」
「もし病気にでもなったら、苦しむのはおくうだ。そうなったらあたいも辛いし、さとり様だって心配するはずさ」
空は答えない。難しい顔をして、何か考え込んでいる。
「二度と卵を食べるな、なんて言わない。ただ、ちょっとだけ考えてみてほしいんだ」
「お燐……」
空の性格上、早い段階で止めなければ際限なく増長するだろう。そして、気づいた時にはもう遅い。病魔に遊び心や容赦はない。いつかの巫女や魔法使いと違って、弾幕ごっこで勘弁してはくれないのだ。
空の表情が、柔和なものに変わっていた。不満の色は、もうどこにもない。
「わかってくれたかい?」
「うん! ありがとうお燐! ところで何の話してたんだっけもぐもぐ」
「このおバカ──────────っ!」
「ちょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
この瞬間、友情は鳥頭の前に敗北した。空は、燐が心配だと言ってるそばから卵を口に放り込んでいたのである。友の無情な言葉に心を抉られて悲しみを抑えきれなくなった燐が、愛と怒りと悲しみのちゃぶ台返しを敢行する。まず中空に卵が舞い散り、そしてこたつの天板が舞い上がり、最後に空が吹っ飛んでたまたま部屋の隅に置いてあった蛸壺に無事墜落した。
そして、ああまで言っても聞かないならもうさとり様に訴えるしかないのかと燐が諦めたかけた、その時である。
空の尻に敷かれている蛸壺が、生き物のようにがたりと動いた。
「ばあー!」
「はきゃふ!?」
突然誰かに尻をつねられて、空は驚いて飛び上がった。そうして尻という蓋が外れた蛸壺から、どういうわけかこいしが颯爽と這い出してきた。
「んんっ……よい、しょっと! あー狭かった」
「なんて所から出てくるんですか……」
「なんとなく入ってみたんだけどね、これがまた狭くて暗くてちっとも面白くないの。ほんと困っちゃう」
「それならすぐ出ればよかったんじゃ……」
「でも意外と居心地は悪くなかったの。窮屈なはずなのに、どうしてかしら?」
こいしがかわいらしく口元に指を当てて言った。その疑問は、燐に静かな共感を呼んだ。そういう感覚には覚えがあった。さとりに抱きしめてもらって、そのふくよかな胸に包まれていると、この暖かい空間から出たくないという想いがふつふつと湧き上がるのだ。物理的に考えれば生温くて狭苦しいだけなのに、どうしようもなく心がとろけるのだ。
「まあそれは別にいいとして、話は聞かせてもらったわ。おくうの食べすぎを止めさせればいいのよね」
「そうなんですけど……」
「あぁ、そういう話だったんですか。お燐ったら、それならそうと最初から言ってよー」
ばしばしと友人の肩を叩きながら、空が言った。またもや彼女は笑っていた。
「この調子ですよ」
「あらら、これはちょっと荒療治が必要みたいね」
「あ、荒療治?」
「うふふ、そうよ。一発きついのお見舞いしてあげる。安心して、痛くも痒くもないから」
動物的な本能で危険を察したのか、空がわずかに後ずさった。
こいしはニヒルな笑みを浮かべながら空を蛸壺に腰掛けさせて、背中側に回りこんだ。
「さて……おくうは”寄生”って言葉を知ってるかしら?」
「えっと、その……じ、実家?」
「そっちじゃないわ。ノミみたいな連中のこと」
「ああ、生き物にくっついて血を吸ったりする奴らのことですわね。へえ、それ寄生って言うんですかぁ」
「そう。そして寄生生物には、他にも内側に入り込む奴がいるの」
「内側? どうやってですか?」
「そこが個性の出るところよね。まあ、卵の形で侵入するタイプが多いみたいだけど」
「たまご!?」
思わず立ち上がりかけた空を、こいしがぐっと押さえつける。横で聞いている燐は完全に猫だったころの闘ノミ生活を思い出したのか、肩をぽりぽりと掻いていた。
「あら、どうしたのおくう? 顔色悪いけど、何か変なものでも食べた?」
「い、いえ、別に何も」
「そう? お話、続けても大丈夫かしら?」
「どっ、どうぞどうぞ! ぜんぜん怖くないですから!」
「そんなに怯えることないわよ。今時の寄生生物は、こんなばればれの手は使わないもの」
「へっ?」
「そうねえ、もしも私が寄生生物だったら……」
そこで一度、言葉が切れた。空がごくりと唾を飲み込む。
「自分の卵を食べ物に混ぜて、無差別にばらまくとか……それくらいはやると思うな」
「!?」
息を呑む音が、はっきりと響いた。こいしは妖しく微笑んで、空の耳元に顔を近づけて囁く。
「例えばゆで卵に紛れて他の動物に寄生して、栄養を吸い取る。そして母体が用済みになったら……」
「よ、用済みになったら?」
「お腹を食い破って外に飛び出すのだー! ぎゃおーたべちゃうぞー!」
「はきゃああああああああああああああああああ!」
いつの間にか肩を離れていたこいしの手にお腹をまさぐられて、空は驚愕のあまり絶叫しながら跳ね上がった。そのまま天井にぶつかり、壁にぶつかり、箪笥の二段目に突っ込んで隣の鳩時計から飛び出してこたつで跳ね返り、最終的には部屋の隅っこで蛸壺を被って丸くなった。それは頭隠して尻隠さずという諺の具体例として図鑑に載せてもいいような、実にセクシーかつキュートな痴態だった。
「これで食べすぎは怖いってことが伝わったはずよ」
「すっ、すごい! ある意味では神さえ恐れないあのお空があんなにもビビっている!」
「うふふ。これぞお姉ちゃん直伝の必殺技(スペル)、その名も恐怖催眠術!」
小さな胸を大きく張って、こいしが誇らしげに言った。幼い子どもや動物のように、理屈が通じない相手というのは、いつでもどこでも確実にいる。そういう相手は体に教えるか、もしくは心に訴えるしかない。その点で、先ほどの燐の判断は正しかった。
理論や科学がこの世のすべてではない。科学は人間の生活を豊かにしたが同時に心をまずしくしたのではあるまいか!!
「たまご怖いよぉ、食べられちゃうよぉ……私のハートが貫かれちゃうよぉ」
「わかったかいお空。好き放題やってると、いつかは痛い目をみるんだよ」
「うにゅ……」
尻を突き出してガタガタと震えるお空を起こし、蛸壺を外してやる燐。その際空のうるうるおめめと目が合って、卵なんかもう好きなだけ食っていいとうっかり口走りそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。愛は惜しみなく与えるものだが、それは無制限に甘やかすという意味ではないのである。
「うん、わかった……もうあんなに卵食べたりしな……はぐぅ!?」
「どっ、どうしたのおくう!? おっぱいの間に仕込んだスペルカードが擦れてかぶれたとか!?」
「く、くしゃくしゃに潰れちゃうんで挟んでません……」
「そんなに大きいんだ!?」
「ああっ、胸が、胸が苦しい……爆発しちゃいそう!」
しかしここにきて、事態はろくでもない方向に風雲急を告げた。
なんと、改心しかけた空がいきなり毒でも盛られたように胸を押さえて苦しみ出したのである。
「まっ、まさかこれはあの伝説の寄生妖怪”蛇魔誤槌”!」
「たまごっち!? 微妙にかわいいんですけどなんですかそれ!?」
「”外”の妖怪よ。この間地上に行ったとき、たまたま読んだ本に載っていたの。一時は四千万もの人がこの妖怪にとりつかれていたというわ!」
「そんなバケモノがいたなんて……! これがいわゆる現代社会が生み出した魔物ってやつですね!」
文字通り言ってるそばから巻き起こった惨劇に愕然とするこいしと燐。ああは言ったものの、まさかそんな妖怪が本当にいて、しかも自分の身内に襲い掛かってくるとは二人とも思っていなかったようだ。瓢箪から駒とはまさにこのことである。
「あうう、やぶれる……やぶれちゃうよぉ!」
「がんばるんだお空! 待ってろ、今さとり様を呼んでくるから!」
「お燐……あ、ありが……くるし……くっはああああああ!」
「おくうー!」
空が床をのた打ち回る。こいし達はおろおろすることしかできない。寝転がっていたペット達も異変を察知して集まってきたが、あいにくその中には医者も薬師も介錯人もいなかった。
そして燐が絶望を振り切って立ち上がった、その時である。
彼女の勇気に応えるように、救世主の来訪を告げる奇跡のメロディーが鳴り響いた。
「お空? どうしたの、そんなに大声出して?」
「さっ、さとり様!」
扉越しの声は、確かにさとりのものだった。まだ少し遠くにいるようで、合間に足音も混ざっている。あまりにも居間が騒がしいので、不審に思って声をかけてみたのだろう。
「ああっ! もっ、もうらめぇ! 出る! なんか出ちゃうぅぅぅぅぅぅ!」
「……”胸から何か出そう”? 胸からってことは、お乳!? つまりに、にんっ、にんし」
「お姉ちゃん何言ってんの!? そんな生易しい話じゃないわよ!」
「もっと凄いこと!? お、お空ー! いったい何があったのーっ!」
「あ……あおおーっ!」
真っ赤になったさとりが突入してくるのと、空の胸元から何かが飛び出したのはほぼ同時だった。
小さな影が、こいしと燐の間を駆け抜けた。わずかに遅れて刃物のような風がこいしの帽子を飛ばし、燐のおさげを大きく揺らす。そして二人が振り向く間もなく、謎の物体は虚空を真っ直ぐに爆走していき、
「ちょぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
さとりの額に直撃した。
その唐突かつ鮮烈な一撃は、過去にさとりの先祖が名も無い桶屋に受けたという偶発的で致命的なタガ攻撃を髣髴とさせ、さとりは成す術もなくひっくり返った。愛すべき主人の危機を察した居間中のペット達が素早く肉のじゅうたんとなったので床への激突は回避できたが、代わりにツマグロオオヨコバイの鮪尾泳子(♀だが両刀)が瀕死の重症を負ってしまった。
「ウゴバァ!」
「泳子!」
「うぐぐ……そ、その声は殻つきナメクジの軽子だな」
「そうだ! 気を確かに持て泳子! 傷は目を覆いたくなるくらい深いけど!」
「もとより覚悟の上よ。どっちみち二十年前さとり様に取られたはずの命、さとり様にくれてやるのさ……」
「ばっ、バカ野郎! おま、何言って、バカ野郎!」
「あ、あの時……どうしようもなく腹が減って、植物の茎と間違えてさとり様に食いついたアホな私を、さとり様はペットとして迎えてくれた……。横にズレながら歩く変なくせも、な、斜め移動が上手なのねって褒めてくれたんだ……」
「わかった! もう喋るな! 今すぐ私のヌメヌメした体液で傷を塞いでやるから!」
「フッ……私はお前やさとり様と出会えただけで、まん、ぞ……く……」
「おぉぉぉぉぉぉよこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
バナナ色の瞳から、光が失われていく。薔薇の花弁がどこからともなくひらひらと舞い降りてきて、まるで涙を拭くようにして泳子の顔に覆いかぶさった。
それきり、泳子は動かなくなった。
──愛と義のために戦った一人の勇者が今、静かに散ったのである。
「お姉ちゃんしっかりして!」
それはともかく、こいしがさとりを抱き起こした。すかさず周囲に視線を走らせるが、何者かの姿はどこにも見えない。次は腕の中のさとりに目を落とす。額のど真ん中に、真赤な円形の跡がついていた。
その跡を見た瞬間、こいしは思わず息を呑んだ。
先ほどの飛行物体Xは、妖怪である空の体を内側からとはいえ貫いた。しかも天然の衝撃吸収剤がみっちりと詰まった胸部を、である。ならば特別硬いわけでもないさとりのおでこが耐えられる道理はない。もしかしてもしかすると、おでこを突き抜けて中に入ってしまったのではないか。
こいしがそこまで思い及んだところで、さとりが不意に柳眉を歪めた。
「う、んん……」
「お姉ちゃん! よかった、気がついたのね!」
「こ、こいし……一体何が起こったの?」
さとりは額を押さえながら、自分を抱く妹を見上げて訊いた。
「詳しい説明は省くけどおくうの体を食い破った化物が今度はお姉ちゃんの頭に侵入したの! このまま放っておくと獲物と水場と愛を求めて浮世をさ迷う哀れな運命の操り人形にされちゃうわ!」
「何ですって!? お空は無事なの!? あと何でほんのりとロマンチックなの!?」
「おくうにはお燐がついてるわ! お姉ちゃんは私が診てあげるから今すぐはだかになって!」
「裸!? 頭なのに!?」
「何バカなこと言ってるの! 妖怪の本質は肉体じゃなくて精神よ! だから診るべきは頭より心! 細かく言うなら裸の心!」
「裸の心っていうのは一種の詩的な表現であって本当に服を着てないわけじゃ……」
「何はともあれオープンゲット!」
「きゃっ!?」
救急医療に必要なのは何より速度だと言わんばかりの冷静かつ的確な手さばきで、さとりの上着という名のヘブンズゲートが開かれる。だが、その先に待っていたのは天使が舞い踊る花畑でも光の国への階段でもなかった。己が目に飛び込んできたショッキングかつおぞましいこと極まりない光景に、こいしは我が目を疑った。
「ああっ、もうこんなに腫れて! 待ってて、すぐに毒を吸い出してあげるから!」
「毒!? 寄生生物じゃなかったの!?」
「この迫力はちょっと目の毒ってこと」
「誰がうまいことを言えと……!」
「それに体は全部繋がってるんだし、ここを吸ってればそのうち頭の中身も出てくるわよ」
「怖いんですけど!? 何その全世界の乳児を持つお母さん達に警告するべき驚愕の新事実!?」
「じょぶじょぶだいじょーぶ。妖怪は手足の生えた精神だから、気持ちよくなっちゃえば体の問題も解決するって」
「消えた! ついに毒って単語さえ消えた!」
「まあそういうわけで、いっただっきまーす!」
「いやそれどう考えても治療という行為の前に言う言葉じゃ……あっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
決死の覚悟でもってさとりの患部に吸い付くこいし。一歩間違えれば自分が寄生されかねないのに、たった一人の肉親の為に恐怖を振り切って戦うその姿はただひたすらに美しい。
そして古人曰く、どんなに困難でくじけそうでも信じていれば必ず最後に愛は勝つ。
きっともう、この姉妹が迷うことはない。だって彼女達(ふたり)の未来(あした)はいつだって姉妹愛(ラブ)という名の太陽(ひかり)に照らされているのだから。夜になったら太陽はひっこむけど、ぶっちゃけた話月の明かりは太陽光が反射したもの。だから結局大丈夫。
だが、もう一人の重傷患者である空はあんまり大丈夫じゃなかった。
「ごめんね、お燐……私がお燐の言うことを聞かなかったから……」
「そんなこともういいよ! ほら、私の押し車に乗って! 今すぐ医者に連れてってやるから!」
「ありがと……。でも、私もうダメみたい……ゴフ! ゴフフ!」
緊急用の押し車に乗せられた空が、虚ろな表情のまま激しく咽た。燐は反射的に、友の手を握り締める。暖かい。この温もりを失ったらと考えるだけで、心臓がねじ切れそうな悲しみに襲われた。
「諦めるなんてお空らしくないよ! 地上をぶっ潰してやるって言った時の元気はどこにやったんだい!」
「えへへ……ごめんね……」
「ば、ばか……! なんで謝るんだよぉ……!」
「だって、ほら……私の胸見て……。もうこんなに血が広がって……」
「ううっ……ちくしょう! あたいにはどうにもできないのか……ってこれ元から服についてる模様じゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うにゅぅぅぅぅぅぅ!?」
だが、事態は再び急転直下な方向転換を見せた。
なんと空が血だと言ったものは、八咫烏が憑いた時なぜか服に発生した太陽風眼球型アップリケ的アクセサリーだったのである。ほっとしながら喜びながら怒りに燃えつつ空を投げ飛ばす燐。空は今まで苦しんでいたのが嘘のように、翼を豪快にはためかせて姿勢を制御し、無事蛸壺の上に着地した。
「え? 何? あれっ? どうなってるの?」
「こっちが聞きたいよ! 胸に穴開いたんじゃなかったのかい!」
「たぶん……うぐぅ!?」
「また来たの!?」
「さ、さっきのより苦しくないけど……う、うにゅー!」
ぶちん、という肉を裂くような音がして、またもや何かが空の胸元から飛び出した。
「! 今度は逃がさないよ! にゃーん!」
燐がすかさず、それを掴んだ。野生的ながらもコケティッシュなその動きは、まさに猫の面目躍如と言ったところである。確かな手ごたえを感じながらゆっくりと手を開いていくと、そこには硬くて小さくて丸くて糸のついた、世間一般で言うところのボタンがあった。
おどおどしながら寄ってきて燐の掌を覗き込んだ空もまた、予想外の事態に目をぱちくりとさせる。
「ぼ、ボタン?」
「ボタンだね、お空の服の」
「なんで私のボタンがここに?」
「そりゃ……あれだよ、飛んだからだよ」
「ボタンって飛ぶの? どうやって飛ぶの?」
「……あたいが見たところ、答えはお空の胸にあるね」
「へっ? ……ひょわー!」
言われるままに、空は視線を下げる。いつの間にかボタンが二つも外れており、中身があふれ出していた。慌てて、体を抱くようにしてそこを隠す。それでも抑え切れないエネルギーが、腕の上から下から斜めからこぼれ出した。夢でもそうそう見ない光景だった。
核融合は夢のエネルギーとはよく言ったものである。
「なっ、なんでどうしていつの間に!?」
「簡単な話さ。あたいが最初に言ったとおり、食いすぎたから太ったんだよ。だから服がきつくなってボタンが飛んだんだ」
「きせ……きせいせいぶつ? じゃないの?」
「そんな奴最初からいなかったんだよ。あんたに憑いてるのは八咫烏様だけ」
燐がそう言うと、空はぱぁっと顔を輝かせた。それは長い冬を耐え忍び、ようやく芽吹いた春の花を思わせた。
「なーんだ、よかったぁ。驚いて損しちゃったわ!」
「損したのはあたいだよ。心配して損したし、大騒ぎして損した。あーバカバカしい、ほんとバカバカしい」
「……ってことは、損したって思うくらいたくさん心配してくれたんだね」
「……いつだって心配してるよ。だってお空ったら、ほんとにおバカなんだもん」
「えへへ……ありがとう、お燐」
太陽のような、笑顔だった。どうにも眩しくて、燐は少しだけ目をそらした。
「ま、これに懲りたら、猫くらいには考えて行動することだね」
「はーい……って、なんで猫?」
「そりゃあ……人間みたいに難しく考えてると、疲れちゃうからね」
「言えてる! うふふ!」
空がころころと笑う。つられて、燐も微笑んだ。
──空のことだから、三日も経てばこんな話をしたことも忘れてるかもしれない。
それでもきっと、消えないものがある。その証拠に、空は自分が友達だということをしっかり覚えてくれている。
もう、卵を食べ過ぎたりすることはないだろう。今回のことで、自分がどれだけ空を大切に思っているか伝わったはずだから。
そして、それは卵から孵ったばかりのヒナが最初に見た親の顔を忘れないように、二人の友情のように、ずっと消えないはずだから。
なにか達成感のようなものが、燐の中に満ち溢れた。
「ところでお燐、さとり様は?」
「あ……」
一瞬で、背中に氷を突っ込まれたような気分になった。
恐る恐る、先ほど主人が吹っ飛んだ方を振り向く。
そこには──
「はぁぁん……こいしぃ……もっと、もっとしてぇ……」
──変わり果てた、主人の姿があった。
あられもない姿で妹を抱きしめて、鬼も認める柔らかな物腰というか腰をくねらせながら、陶然と頬擦りに耽っている。もはや怪しい目的のために作られた抱き枕状態になっているこいしが、珍しく複雑な表情を浮かべていた。
「こいし様……こっ、これは一体……」
「いや、これはあれよ……その、うん、お姉ちゃんはたまごになっちゃったのよ」
「……その心は?」
「もうキミなしではいられない」
「ガビーン」
──卵を割らずにオムレツを作ることはできない。それと同じようにいつだって笑顔の裏には涙があって、朝の次には夜が来る。
さとりは自分という卵を犠牲にして、家族というオムレツが焦げるのを防いだのである。
忘れてはならない。そして伝えねばならない。彼女の愛と、そして勇気を。それが生き残った者の使命だから。
悲痛な沈黙の中で、卵がひとつ、ころりと転がった。
この地霊殿はだめだ。
うにゅほかわいいよ
さとりんかわいいよ
こいしたんかわいいよ
おっぱいの感触はきっとソフト
くっ、ニヤニヤが止まらねぇw
壊れまくってる地霊殿ファミリーが素敵です。よおしいいぞ。もっとやれ。
ハードボイルド(固茹で)は卵ですね分かります。
こうですねわかりました!
というか食べすぎで太るのが胸ってwwwww
>>キミなしでは~
吹いたww
てかツマグロオオヨコバイ(通称バナナムシ)ってなんてマイナーな・・・・
さとりが完全に逝ってしまいましたね・・・!
お空の夢の核エネルギー 僕も体感したいです
マッハスペシャルですねわかります。