神奈子は言った。
「幻想郷ってところがあるらしいのよ」
守矢神社がすぐ側の、東風谷家の居間。早苗を学校へ送り出した二柱の神々は、難しい顔をして向き合っていた。正確には、難しい顔をしているのは神奈子だけなのだが。
諏訪子は煎餅を頬張りながら、暢気そうな表情でニュースを見ている。
「ふぅーん」
至極適当な返事にめげることなく、神奈子は説明を続けた。
「そこにはね妖怪や天人もいるらしいのよ。勿論、人も。そんな幻想で満ちた世界だったら、私たちを受け入れてくれるでしょう。そして、信仰を集めることだって容易いはずよ」
科学の発展した現代、最早神を頼ることなど死の間際ぐらいの話だ。そんな状況で信仰が溜まるわけもなく、神奈子はどうしたものかと模索していた。そこで見つけたのが、幻想郷という存在。
科学から隔離されたその空間の中でなら、神奈子の信仰も集まるはず。一時的に力は限りなく零になるかもしれないが、後々の事を思えば耐えられる範囲である。
「へぇー、そんなとこがあるのなら行ってみるのも悪くないかもね」
「そうだろう。だったら、諏訪子は賛成ってことでいいね」
「私はここへ留まろうが、その幻想郷ってとこへ行こうがどっちでも良いけど」
やる気のない答えに、神奈子は呆れたようにため息をついた。いつものことなので、何も言うことはないが。
「でもさ、早苗はどうするの? あの子は別に信仰が無くても存在が揺らぐことはないし、力が無くても困ったりしないよ」
「それは、まぁ……」
力説を繰り返していた神奈子も、早苗という単語を出された途端に歯切れが悪くなった。だが、それも無理からぬ事。諏訪子の論理は何一つ間違っておらず、神奈子としてもどうしたものか考えあぐねいていたのだから。
「どっちにするか、早苗自身で決めてもらうしかないだろ」
「まぁ、当然そうなるかな」
早苗の人生なのだから、そこは神様だって強制するようなところじゃない。
だがしかし。
諏訪子は尚もニュースから目を離さず、苦笑した。
「もっとも、早苗が自分の意志で決められたらの話だけどね」
早朝の空気は気持ちがいい。排気ガスの量が少ないからだろうか。それとも、朝と夜ではそもそも空気の質が違うのか。
深呼吸をしながら、早苗は薄ら青い空を仰ぎ見た。天気予報によると、今日は一日中晴れるらしい。こんな真冬に温かいのは嬉しいけれど、食後の陽気は考えものだ。うっかり居眠りをして教師に怒られたことを思い出し、爽快な気分にちょっぴり影が差す。
「そういえば、今日は五時限目体育だったっけ……嫌だなぁ」
早苗はあまり運動が得意な方ではなかった。身体能力で言うならば、下から数えた方が早い。年に一度のマラソン大会だって、そもそも完走した事すら無かった。そんな早苗が体育という授業を喜んでうけるはずもない。
ただでさえ影が差し始めていた気分が、いよいよ暗黒に覆われ始める。強いて楽しいことをあげるとすれば、今日のお弁当に力が入っていることぐらいか。自分で作ったお弁当を楽しみというのも悲しい話だが、ちょっとぐらい楽しみがないと辛い学生生活を送ることはできないのだ。
大切そうに鞄を握りしめ、早苗は中のお弁当が揺れないようにゆっくりと歩き出す。諏訪子あたりはこうした行動を食い意地が張ってるね、などと茶化すのだが年頃の女子高生で食に興味のない人なんているのだろうか。常々、早苗はそう思っていた。
「あら、早苗ちゃん、おはよう。今日は元気がないわね、どうかしたの?」
若干、顔が俯いていたのか。パン屋の看板娘(今年で48)の金子が、心配そうに尋ねてくる。
「い、いえ何でもないですよ! ちょーっと、嫌なことを思い出しただけです」
金子はふくよかな腹をさすりながら、口の端を歪めた。早苗は知っている。こういう顔の金子は、何か良からぬことを企んでいるのだと。
嫌な気配を察し、慌てて学校へ向かおうとする早苗。まるで泥棒でも捕まえるかのように、金子の太い腕が早苗の胴体を掴んだ。これで金子が男だったら、問答無用で何らかの刑法が適用されそうな勢いだ。
「早苗ちゃーん。ウチでさ、新作のパン作ったのよ。良かったら、帰りに食べていかない?」
「いえ、私はその……放課後は色々と用事があるんで」
「いいじゃない。女の子はね、ちょっとぐらい太ってる方が愛嬌あっていいの」
何か間違った推測をしているようだが、そっちの方面で悩んでいるのも事実。大方、新作のパンとやらはたっぷり油を使った乙女の天敵みたいな代物なのだろう。それ一つを食べるだけで、どれだけカロリーの調整に頭を悩ませることになるやら。
ラグビー部がコーチを頼もうかと真剣に考え込むほどの金子の猛攻。店主であり夫である隆俊が出てくるまで、その激しいやりとりは終わることが無かった。
「早苗ちゃーん、絶対放課後に寄っておくれよ!」
商店街が崩壊するんじゃないかと思うぐらい大きな声だった。辺りの店主達も、苦笑しながら早苗になま暖かい視線を送る。
これで無視して帰ろうものなら、一体どんな報復が待っていることやら。恐ろしくて、早苗は放課後のスケジュールを空けるしかなかった。元々、何も予定が無かっただけに暇な自分が恨めしい。
いっそ生徒会にでも入ってやろうかと思ったが、こんな動機では同好会ですら入会は不可能だろう。
商店街の女覇王たる、金子に気に入られたのが運の尽きか。諦めて、早苗はもっと運動をしなければならないなと心に決めるのであった。
「おはよ、早苗。相変わらず、早苗の周りは騒がしいね」
「うー、高子ちゃんそれ褒めてないよ」
小走りで駆け寄ってきたのは、早苗の親友である小林高子。背の高さと快活な性格が売りの天然スポーツ娘である。
しょげたように唇を尖らす早苗に対し、高子は遠慮なく馬鹿笑いしながら背中を叩いてくれた。剣道部に所属しているだけあって、その一振り一振りが半端ではなく痛い。
「もう痛いって、高子ちゃん」
「ん、悪い悪い。どうにも力加減ってのが苦手でさぁ」
などと言いながら、また馬鹿笑い。これで女子には絶大な人気を誇るというのだから、乙女の世界も複雑だ。
「そういえばさ、神奈子さん何かあったの?」
唐突な高子の質問に、早苗は面食らった。
高子は何度も早苗の家に遊びに来ており、神奈子や諏訪子とも面識がある。勿論、神様だという事も説明したのだけれど信じては貰えなかった。仕方のないこととはいえ、それだけで少し寂しい。
だが、早苗の知らないところでもちょくちょく会っていることは会っているそうだ。そのせいか、微妙な心情の変化にも気付いてしまったのだろう。
適当に誤魔化してしまうべきか悩んだが、高子は簡単に騙されるような人間ではない。早苗は素直に話すことにした。もっとも、何か知っているわけではないが。
「ううん、私にもよく分からないんだけど何か悩んでいるのは確かなんでしょう」
「やっぱりか。いやね、この間見かけたときに難しい顔してたからさ。陽気な神奈子さんにしては、珍しいかなって」
「だとしても、私たちに出来ることなんてないよ。八坂様は神様なんだから、ね」
そっかぁ、と肩を落とす高子。どういうわけか高子は神奈子をやたらと慕っており、何かあれば恩返しでもしたいなぁと常頃からぼやいていた。これで高子が神奈子を神だと信じてくれたら、信仰心が増えて助かるのだが世の中そう上手くはできていない。
そうこうしているうちに、いつのまにか二人は学校の敷地内に入っていた。楽しいお喋りをしていると、時間というものは早く過ぎていく。これで平等に体育の時間も早く過ぎくれるのなら助かるのに。
軽いため息をつきながら、下駄箱に靴を収めようとした時のことだった。
はらり。
シューズを出した拍子に、一枚の紙切れが落ちてきた。何だろうと腰を屈めた早苗は、慌ててそれを懐にしまおうとした。
だが、時既に遅し。
横合いから伸びてきた手が早苗の手を掴む。
「さーなーえー、いま隠そうとしたもの、ちょっと私にも見せなさいよ」
「ええっ、何のこと? わたし、なにもかくそうとしてないよ」
あからさまに棒読みになる言葉。高子の視線が痛い。
しかし、これを渡すわけにいかないのだ。
何とか逃れようとする早苗だったが、金子との攻防で体力を消費したせいか、あっさりと手紙を奪われてしまった。
「ちょ、ちょっと高子ちゃん!」
「大丈夫、大丈夫。目を通したら返すから」
「それじゃ意味ないって!」
早苗の抵抗も空しく、高子は手紙をひっくり返した。それだけで、もうその手紙にどんな意味が込められているのか察することができる。案の定、高子はいやらしい笑みで手紙を返してきた。
中身は読んでいない。それはありがたいのだが。
「いやぁ、随分とおモテになるじゃない。良かったら、私も一緒に中身見ていい?」
もうこうなっては、隠していても意味がない。始業の鐘が鳴るまで、まだまだ時間があった。二人は誰にも見つからないような場所を探し、屋上まで上ったのだった。
さすがにこの時期、屋上の風は冷たい。高子は早苗に抱きつきながら、早く早く、と手紙を読むよう急かした。随分な態度だが、温かいので放っておく。
手紙の表側に丁寧な文字で、東風谷早苗様へ、と書かれていた。こんな古風な手紙、果たし状でないとすれば後はもうラブレターぐらいのものである。早苗は恐る恐る、高子は興味津々といった面持ちで手紙に目を通す。
そこには一言。
『放課後、校舎裏で待っています』
とだけ書かれていた。
まるで漢字の書き取りにような無機質な字からは、執筆者を窺うことは難しい。
「うーん、今時まっすぐな若者じゃないか。高子さんとしては、この人なら早苗を任せてもいいかなって気になってきたよ」
「顔も見てないのに、どうしてそんなことわかるの。もう!」
早苗としては、もっとこう胸をときめかせるような文章が並んでいるものだとばかり思っていた。それだけに、この味気ない文章は少し期待はずれである。
「それで、どうするのさ。放課後、用事ないんでしょ?」
一応は金子のところで新作を試食する予定になっていたが、告白という学生にとって一世一代のイベントがあるのならこちらを優先するのは当然のことと言えよう。どんな相手か分からないのは若干の恐怖を覚えるが、好奇心もそれ以上にある。
早苗は悩みながらも、最終的には行ってみると好意的な返事を出したのであった。
もしも差出人がクラスメイトであったならば、昼休憩までに何かわかるのではないかと思っていた。なにしろラブレターを出したということは、多少なりとも早苗を意識しているということ。
それだけ意識されていたのなら、こちら側から気付いてもおかしくはない。そう思って、普段より少し警戒していたのだが。昼休憩を告げる鐘が鳴っても、相手の事は断片すらわからなかった。
「やっぱりさー、別のクラスか学年が違う奴なんじゃないの?」
机を合わせ、いつものように弁当をつつく二人。ただ今日は早苗の雰囲気が重く、隙を見て高子が横取りするおかずの量も増えている。
「そうなのかな。でも、特に他のクラスの人と接点なんか無いんだけど」
「それこそ、一目惚れって奴ですよ。早苗は見た目だけはいいからね」
「見た目はって、失礼な。どちらかというと、中身を見て欲しいんだけどな」
少し引きつったような苦笑いで、高子は箸をくわえた。
「いや、早苗はほらさ、ちょっと危ないところがあるからさ」
「どこが?」
「なんていうか、神奈子さんの言うことに絶対逆らわないじゃない? そういう部分が危ないなぁって。神奈子さんは素敵な人だけどさ、全部が全部言いなりになっちゃ駄目だよ」
高子の言葉を、早苗は不思議そうな顔で聞いている。
「でも、八坂様の言葉だから。従うのは当たり前でしょ?」
「えー、じゃあ早苗は神奈子さんが死ねって言ったら死ぬの?」
早苗は間髪入れずに答えた。
「うん、死ぬ」
真剣な表情をするでもなく、悲しい顔をするでもなく、早苗はごく普通の顔でそれを言った。まるで夕飯の買い物を頼まれたかのような気軽さで。
高子は眉根に皺をよせ、そこが危ないってのよ、と零す。
当の早苗は全く理解できない様子で、首を傾げながら卵焼きをつまんだ。
「早苗の信仰は最早狂信と言っても過言じゃないよ。神奈子が言うことだったら、疑いもなしに実行するんだから。というか、そもそも神奈子に対しては疑うって回路が無いのかもしれないね」
冷静な諏訪子の判断に、神奈子も頷く。慕ってくれるのはありがたいし、信仰してくれるのなら尚嬉しい。しかし、それも度を超えてしまえば毒である。
無論、早苗にも意志というものはある。神奈子が何も言わずとも、一人で決めることぐらいできる。問題は、神奈子に対する優先順位が圧倒的に高いということだ。そしておそらく、その順位は不動なのだろう。
「その神奈子が言うんだからさ、多分私はついていきますって言うと思うなぁ。自分の意志とは無関係に」
神奈子も同じことを考えていた。神といえども、他人の心まではわからない。早苗が本当はどう思っているかなんて、言葉に出さないとわからないのだ。
だが、神奈子がそれを聞けば早苗は神奈子の望む方へ答えを変えてしまうだろう。あの子は聡い。
「となると、やっぱり切り出すのは諏訪子に頼むしかないねえ。私としては、こういう大事なことを他人任せにしたくないんだけど」
「別に他人ってわけでもないじゃん。一応は、私も関係してるんだし」
「どっちでもいいとか言う奴が関係してるとは思えないよ」
「ああ、それもそうだ」
何が面白かったのか。諏訪子は小さく笑いながら、もう一枚、煎餅に手を伸ばす。
「でもさ、それでも早苗は私たちについてくると思うよ」
予想だにしなかった意見に、神奈子は頬杖をつきながら尋ねた。
「どうして?」
「神様の勘」
神奈子は苦笑する。
「そうか、神様の勘なら仕方ないねえ」
何となく神奈子も思った。その勘はおそらく当たるのだろうと。
体力的にも、精神的にも、カロリー的にも満身創痍だった。
帰路につく早苗の足は、幽鬼の如くふらついている。その目は虚ろで、親しい人間が見たならば生き霊ではないかと疑いたくなるくらいだ。
放課後。律儀な早苗は待ち合わせ場所へ時間ピッタリに到着し、そして待ち人を見て目を丸くした。それは意外なことに早苗のクラスメイトだったのである。一日中、クラスメイトは警戒していたのに、どうして分からなかったのか。
答えは実に簡単だった。待っていた相手とは、一般的に女性と呼ばれる人種だったからである。
さしもの早苗も、クラスメイトの男子は警戒していても女子まで注意から除外していた。当然だ。高子でもあるまいし、よもや自分を好きになる女子がいるだなんて思いもしなかったのだ。
救いがあるとすれば、その高子が部活でいないことか。当人は最後まで見物したいと駄々をこねていたが、後輩を呼んで無理矢理に引っ張っていって貰った。今頃は呪詛でも呟きながら、素振りに明け暮れているのだろう。
それよりも、今は現実の問題。早苗は混乱していた。
目の前にいた少女は、思わず抱きしめたくなるぐらい華奢で可愛い。確か図書委員をやっていたなと、記憶の片隅から情報を引っ張り出す。だが肝心の名前までは出てこなかった。
そんな相手が一体どうして。早苗の脳裏に微かな閃きが走る。ひょっとしたら、これは告白ではなく呼び出しというやつではないか。この後少女がはき出す言葉は告白の言葉ではなく、最近調子のってないかという挑発的なものに違いない。
早苗はそう確信し始めたのだが、現実はそんな妄想を許してはくれなかった。
「あ、あの……わたし、前から東風谷さんのことが気になっていて……その、だから……わたしと付きあってください!」
もう何もかもが唐突だった。律儀で生真面目な人物だというのは格好や言葉の端々から伺えるけど、だからといって了承できるわけもない。そも、早苗にはそういう趣味がなかった。
だから勿論この場合の答えは拒否以外に無いのだけれど、あっさり嫌だと答えるわけにもいかない。できるだけ相手を傷つけることなく、この場をやり過ごさなくてはならなかった。早苗も律儀であるがゆえに起こった、不測の悩みである。
「あなたの気持ちは嬉しいんだけど、実は私もう付きあってる人がいて……」
無論、口からの出任せである。
「高子さんですね!」
「いや、女性じゃないから」
「でも、わたし二股かけられても平気ですから!」
華奢な少女は意外にもタフネスだった。こういう場合の常套手段が、あっという間に崩壊していく。
「そもそも、私にはそういう趣味はないの」
「だったら、東風谷さんも目覚めればいいじゃないですか!」
強い。この少女、隠しボス並に強い。
「それにその、もうすぐ受験でしょ。恋愛とかしてる暇は無いと思うのよ」
「大丈夫です。わたし、学年トップですから」
その台詞で思い出した。少女の名前は川田留美。学年トップにして、全国模試でも一桁をたたき出すような秀才である。基本的に人の顔や名前をあまり覚えない早苗でも、その偉業は耳に届いていた。
なんだろう、人間というのは勉強すればするほど頭のネジが外れるものだろうか。
「それだったら、むしろ自分の才能を更に伸ばした方が……」
「性と恋愛も両立してみせます」
勉強はどこにいったのだろう。そして性とは何だ。性とは。
たじろぎながらも、早苗は何とか逃げ道を探す。この手の相手は下手に隙を見せると、勝手に承諾を貰ったと思ってしまう。
どんな出任せでもいいから、とにかく断ってしまう他ない。
「実はわたし、前世で将来を誓い合った相手がいるの。それは聖トルバース王国第二皇子のギュスタス・フォン・ロイデンバーグ様で、彼の従者だった私は身分違いの恋を呪いながら来世では一緒になりましょうと誓ったの」
「私がそのギュスタス・フォン・ロイデンバーグです! 探しましたよ、リライザ!」
もう何を言っても無駄な気がした。
仕方なく、早苗は伝家の宝刀を抜くしかなかった。
「悪いけど、何を言われてもあなたと付きあう気はないわ。だって、私はあなたの事を好きでも何でもないんだもの」
確かにクラスメイトではあるが、言葉を交わしたことすらないのだ。恋愛関係以前に、友人関係すら築くのは難しい。
真剣な早苗の言葉に、さしもの留美も猛攻を止める。
「そう……ですよね」
さすがは学年トップか。理解力はちゃんとあるようだ。
「じゃあとりあえず、お友達からスタートしましょう!」
ただタフネスすぎるだけで。
早苗は頭を抱えて、もうそれでいいです、と敗北の狼煙をあげたのだった。
その後は意識朦朧とする中で神社へ戻ろうとしたのだが、不運なことに金子と遭遇して試食という名の拷問に付きあわされていた。
その結果が、亡霊じみた早苗を作り上げたのだ。
「ただいま、帰り、ました」
「おかえ……どちらさまで?」
慣れ親しんだ諏訪子ですら、第一声がこれである。どんな顔をしているのか、鏡を見るのが怖い。
「話があったんだけど、後の方がいいかな?」
恐る恐る声を掛けてくる諏訪子。出来れば何もかも投げ出してベッドで寝てしまいたいところだが、夕飯の支度もあるし、諏訪子の話というのも気になる。
黙って動かなくなった早苗は、俄に首を縦に振った。段々と時間が経つにつれ、動きが人形じみてきたような気がした。
余談だが、それを影で見ていた神奈子は軽く震えていたという。
一時間ほど時間を空け、何とか普段通りに戻った早苗。そんな彼女に、諏訪子は前振りも何もなく、いきなり話を切り出した。
「幻想郷、ですか?」
「そう、幻想郷。私たちはね、その幻想郷ってとこに神社ごと引っ越そうと思ってるの」
核心からの説明だが、今更持って回ったような言い方をする必要もない。神奈子あたりなら、もったいぶって回りくどく説明するかもしれないが、諏訪子はそうした手間が面倒なので嫌いだった。
そのせいか、キョトンとした顔で早苗は正座したまま微動だにしない。
「神社ごと引っ越しというのは、また大がかりですね」
「引っ越しと言っても、業者やトラックを呼んだりするわけじゃないからね。ちょちょいのちょい、で終わりだよ。神社や私たちの場合はだけど」
ここからが本題。どういう答えを選ぶのか、諏訪子は何となく把握していたけれど些かの緊張は覚えた。軽く息を吐き、顔を引き締める。
「問題は、早苗の場合。早苗も行くんであれば、それなりの準備が必要になってくる。私も神社も片足はもう幻想につっこんでるからね。行こうと思えばすぐさ。でも、現人神はそう簡単にいかないんだよ」
神とはすなわち幻想の存在であり、信仰が無くなるのであれば力も、下手をすれば存在ごと消えてしまう。だが現人神は神でありながら人でもある。幻想が無くなったところで、ただの人に戻るだけ。能力は失われても、実害はない。
だから早苗だけは、どれだけ科学が発展して信仰が薄れようとも困りはしないだろう。そういった意味では、早苗が幻想郷へ行く理由などなかった。
だが、もしもそれでも行きたいというのであれば、面倒な準備が必要になる。なにしろ、人はそう簡単に幻想へはなれないのだから。
「早苗はどうする? 私たちと幻想郷へ行く? それとも、ここに残る?」
なるべく優しい口調で、誘導しないよう気を付けながら尋ねた。
早苗は一拍の間をおいて、迷うことなく答えを出した。
「私も幻想郷へ行きます」
予想はしていた。驚きはしない。
ただ諏訪子からしてみれば、それは果たして早苗にとって幸せなのだろうかという疑問が残る。どちらを選んでも良いのだと言っておきながら、心の何処かでは残った方が人として幸せなのではないかと思っていたのだ。
「神奈子は早苗に来てほしいとは言ってないよ。それでも行くの?」
「ええ、この件に関しては八坂様も関係ありません。私は私の意志で、お二方についていくと決めました」
自分の意志で、と言われては返す言葉もない。
「でも、そのわりには随分と即断したね。もうちょっと考える時間をあげてもいいんだよ。私たちは早苗が決断してから引っ越すつもりだから」
「いえ、だって私は守矢の巫女ですから。職務としても、そして家族としても八坂様や諏訪子様と一緒にいたいんです」
これだけ若いのに、こうも確固たる意志を持っていたとは。自分の目もいつのまにか曇っていたらしい。これだけの信念があるのなら、もう何を言っても無駄だ。そして、決めてしまった事に後悔もしない。
「だってよ、神奈子」
柱の影で聞いていた神奈子が、ふらりと居間へ入ってくる。早苗は動揺すら見せないので、多分気付いていたのだろう。
一方の神奈子は目尻に涙を浮かべたりしており、これではどっちが神様なのかわからない。少なくともこの居間においては、最も威厳があるのは早苗であった。
「早苗がそこまで言うんだったら、私らからも言うことはないよ。後は任せなさい、全部私たちが済ませておくから」
「あの、一つだけ訊いてもよろしいですか?」
「ん、なんだい?」
「私が幻想入りする為の準備って何ですか?」
素朴な疑問に、鼻をすすりながら神奈子が答える。
「なに、簡単なことさ。要は早苗が皆から忘れられればいいんだよ。そうすれば早苗の存在も幻想に近くなる。だから、皆に早苗のことを忘れて貰いにいくんだよ」
皆が見るから月がある。誰も見なけりゃ月はない。
全ての観測者がいなくなってしまえば、観測される物があるのかどうか確かめることはできなくなる。神奈子達はそれを幻想と呼んでいた。
だから早苗を幻想に近づける為には、早苗に対する記憶を消していかなければならない。残っていたら、それは早苗をこちらの世界に引き留める鎖になりかねないのだ。
「それじゃあ行こうか、諏訪子」
「うん」
立ち上がろうとした諏訪子の裾を誰かが引っ張る。早苗だった。
「八坂様、諏訪子様。その役目、私に任せて貰えませんか?」
途端、二柱が石像のように動かなくなる。合わせて、場の空気も凍り付いたように下がった。
「早苗、勘違いしないように言っておくけど記憶を消すんだよ。それがどういう意味か、わかってる?」
「はい、勿論です」
「あなたと親しい人の記憶は全て消さなくてはならない。思い出すことがないよう厳重に。それはとても辛いことなのよ。はっきり言って常人のとる方法ではない。それでも、やるとまだ言える?」
執拗なまでの神奈子からの質問。だが早苗は全く動じる気配すらなく、笑顔で返事をしてみせた。
「相手が親しい人だからこそ、私がやりたいんです」
先ほども見た、強い信念。二柱とも、こうなっては任せるしかない事ぐらいわかっている。
それでも神奈子は我慢できなかったのか、
「じゃあ任せるよ。早苗」
「はい?」
神奈子はゆっくりと、早苗に命令を下す。
笑顔のまま、早苗は神奈子の言葉を聞いた。
そして頷くと、静かな足取りで居間を出て行く。諏訪子は思わず、呆れたようなため息を漏らした。
「神奈子は優しいね」
命じてしまえば、それは早苗の意志ではない。神奈子の意志になる。
せめてもの咎を請け負うつもりなのか。本当に、神奈子は早苗に甘い。
どうせ、あの子は咎など気にもしないだろうに。
時刻は九時を回ったところだった。早苗からの呼び出しがあったのは、ほんの数分前のこと。こんな時刻に人を呼び出すなんて、早苗にしては珍しいことだった。
よもや告白に関して何か進展があったのかと邪推もしたが、それなら電話で済ませればいいだけ。わざわざ公園に来てだなんて、そんなまどろっこしい事をする意味はない。
「一体なんだろうなぁ」
好奇心半分。そして胸騒ぎが半分。
ただ少なくともこんな所にわざわざ呼んだのだから、どうでもいいような用事でないことは確かだ。要はそれが何かというだけで。
白い息を一つ吐いたところで、早苗の声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、待った?」
まるでカップルの待ち合わせだ。胸中で密かにそう思い、たまらず顔が緩んだ。
「いや、今来たところ。しかし珍しいね、こんな時間に用だなんて。電話とかじゃ駄目だったの?」
「うん、どうしても直接会いたくて」
そう言われると悪い気はしないが、それほど大事な話なのかと身構えてしまう。走ってきたせいか、早苗の呼吸は若干乱れていた。高子は何も言わず、その呼吸が整うまで待つ。何故だろう。ずっとこのまま、息が乱れていて欲しいと思ってしまった。
「実はね、どうしても高子ちゃんに伝えなくちゃいけないことができたの」
落ち着いた口調で、早苗は言葉を続ける。
「私、引っ越すことになったんだ」
驚きの声をあげなかったのは、あまりに驚きすぎたせいか。思わず呼吸するのも忘れたほどだ。
「とっても遠いところに行くの。だから、多分もう二度と高子ちゃんとは会えないと思う」
早苗ともう二度と会えない。
こういう時、いつもの高子なら笑って、「なに辛気くさいこと言ってんのさ。生きていれば、また会えるって」と軽口を叩いただろう。だが、元々自分はそれほど強い人間ではない。誰かと別れる場面にあって、涙を我慢できるような人間ではないのだ。
否定の言葉さえ形にできない。そして言ったところで、この親友が意志を変えるような人間で無いことも知っている。
「高子ちゃんは、私にできた初めての親友だから。どうしても、私の口から伝えたかったの。高子ちゃんと過ごした時間は、とっても楽しかった。別れるのは私だってとっても辛いよ」
心から嬉しい言葉だけど、今だけは聞きたくなかった。
まるで驚きが形になって、身体から溢れ出るように涙が地面に零れていく。去った驚愕の後に残ったのは、悲しみと後悔の二つ。
どうして別れなくてはならないのか。そして、別れるのならもっと一緒にいればよかった。
互いの感情がぶつかり合い、それを声にする事すら阻む。
高子は溢れ出る涙を必死に抑えながら、顔をあげた。
早苗は笑っていた。
そう、本当は早苗の方が遙かに強いのだ。早苗は危うさも持っているが、同時に普通の高校生が持ち得ない達観した何かも持っている。だからこそ、こんな別れの場面にあっても心の底から笑っていられるのだ。
それはとても不気味な光景かもしれない。どんな悲しい場面にあっても、きっと彼女は笑っていられるのだろう。
でも高子は、そんな早苗を拒絶することができなかった。
どんな危うさを秘めていようと、人外じみた何かを持っていようと、それでも早苗は高子の親友なのだ。
「さ、早苗……」
「ん?」
子供のようにしゃくりあげながら、それでも何とか声にする。
「わ、私も……早苗と、いるのは、楽しかった……」
もっと他に言うことがあったのかもしれない。しかし高子が思いついたのは、早苗と同じ楽しい空間を共有したということ。それをどうしても伝えたかったのだ。
「ありがとう……高子ちゃん」
早苗も目尻を滲ませたように見えたのは、高子の目が涙で曇っていたからか。それを確かめることは、ついぞできなかった。
「だけどね、私が引っ越す為には高子ちゃんが私のことを覚えていたら駄目なの。だから、高子ちゃん。私のこと、忘れてくれる?」
「えっ?」
それは早苗の頼みでも、聞けるような話じゃない。
高子は鼻をすすり、目を擦った。
「い、嫌だよ……わたし、早苗のことは絶対に忘れない!」
「そう、だよね」
早苗の笑顔が僅かに曇る。
「人は簡単に人を忘れることはできない」
急に、口調が変わった。
「記憶を奪ったとて、蘇ってしまうのが人の恐ろしさ。そして強さ。もしも記憶が蘇ってしまったのなら、それだけ強い想いは私をこちらの世界へ連れ戻す」
高子ではない誰かに向かって喋るような言葉。
しかし、早苗の双眸は確実に高子を捉えている。
「それだけの危険性を犯してまで、記憶を消すことに拘る神じゃない。神は人を侮りはしないけれど、恐れもしないのだから」
紡がれる言葉は冷徹で、本当に早苗のものなのかと疑いたくなる。
高子の身体は意識しないうちに、一歩、後ずさりしていた。
「だから、八坂様は最後におっしゃったの。記憶を確実に消す為に」
怒りや、悲しみや、理不尽さを覚えたことは何度でもある。
だがしかし。
早苗に対して恐怖を覚えたのは、この時が初めてだった。
「私と親しい者、全てを殺せって」
そして、それが最後だった。
明け方。どこかで雀の鳴く声がする。それに混じって、不快なサイレンの音も聞こえてきた。
本来守矢神社があるべきはずのところには、まるで最初から何も無かったかのように地面がさらけ出されている。鳥居も狛犬も社務所も、何から何まで姿形すらない。
あったのは、早苗を待つ二柱の姿だけ。
不意に、神奈子が口を開いた。
「警察は随分と頑張ってるようだね」
「当然だよ。何十人もの人が一夜にして殺されてるんだ。躍起になるのも無理ないって」
「愚かだね。現人神の所行は、それこそまさに神の業。人の常識で計れるわけないのに」
しかもやったのは早苗なのだ。奇跡に愛されたあの巫女ならば、何十人も殺したのに証拠も目撃者も全くいないという事件を作ることすら容易いだろう。
サイレンの音を聞きながら、再び二柱は沈黙を貫く。
元々、忘れ去られたような神社だ。近寄る者は一人としていない。
だからこそ、こうして堂々と姿を現しながら早苗を待つことができるのだが。その肝心の早苗はまだ姿を見せない。
警察に捕まっているとは思いにくいが、手間取っている可能性はある。
あと十五分で帰ってこなければ、その時は神奈子と諏訪子の出番だ。
だが、その心配も杞憂に終わったらしい。
階段を上る一人の少女を見つけ、二柱とも肩の力を抜いた。
「ただいま戻りました」
何事もなかったのように早苗は言うが、その服装はとても往来を歩けるようなものではない。袴からは赤い液体が葡萄ジュースのように零れ、裾は強姦に襲われたかのように破けている。
常人であれば、ここまで辿り着くのに二桁の人間から止められていただろう。
「とりあえず着替えは用意してあるから、早く着替えてきなさい」
「えっ、もう出発するんですか?」
「さすがに何日もこっちにいるわけにもいかないでしょ。一応、替えの服は用意しておいたから。ほら、早く着替えた着替えた」
急かすように、植え込みの中へ早苗を押し込む神奈子。こうしているとまるで母親のように見えるのだが、その事をつっこむと怒るので諏訪子は何も言わなかった。
代わりに、全く別の事を指摘する。
「私たちはきっと、早苗の育て方を間違えたんだろうねえ」
戻ってきた神奈子は、何も言わなかった。だが、苦々しい顔はそれを肯定している。
「あれの精神は神に近い。神は人を愛する反面、その手で多くの人間の命を奪うこともする。私も神奈子も人間は好きだけど、命を奪ったからといって泣きはしないでしょ」
「早苗が相手だったら、どうだかわからないよ」
それは諏訪子も同じ事。だが早苗は巫女で、しかも現人神だ。普通の人間と同じ扱いをすること自体、間違っている。
「神に育てられたせいか、もうあの子の心は人に戻れない。そういった意味では、今回の話は悪くなかったのかもしれないね」
神奈子は結局、最後まで何も言わなかった。
諏訪子もそれを咎めようとはしない。
もう過ぎ去ったことだ。気付いたところでもう遅い。
「お待たせしました、八坂様、諏訪子様」
「ああもう、早苗。顔に血が付いてるじゃないか」
「どこですか?」
「ここだよ。ちょっと動かないで、拭いてあげるから」
子供へしてやるように、服の裾で顔を拭き取る。大人しくされるがままにしている早苗を見ると、到底何十人もの人を殺したようには見えない。
だからといって、それを怒る者もいなかった。神奈子も諏訪子も神なのだ。悪いと思っていないことを、どうして叱る事ができようか。
ああ、と諏訪子は唸った。
だからこそ、早苗は神に近づいてしまったのかもしれない。人の世では通用しない事を叱る者もおらず、神の世界の道理を説いた。これでは早苗でなくとも、誰だって心が神へと近づいていく。
最大の不幸は両親がいなかったことか、はたまた諏訪子達がいたことか。
少しだけ悩んで、諏訪子は忘れることにした。
こんな事を考えていたところで何も変わらない。覚えていても無駄なものは、とっとと忘れるに限るのだ。
そうでもしなければ、国を滅ぼした元凶と笑って肩を並べることなんて出来ない。
「二人とも! そうやって親子ごっこしてるのはいいけど、そろそろ私は幻想郷とやらに行きたいんだけどねえ」
神奈子も早苗も真っ赤になって、慌てて互いに距離をとる。
親子と言われたことが、そんなに恥ずかしかったのか。いまだに茶化されたことのない諏訪子には、俄に理解しがたかった。
「わかってるわよ。だけど諏訪子、あっちに着いたら覚えておきなさいよ」
「いーや、忘れた。忘却は私の美点だからね」
「あの、あの、私ももう子供っていう年じゃないですから!」
苛立つ神奈子と、笑う諏訪子と、戸惑う早苗。
三者三様の反応を見せながら、三柱は幻想郷へと旅だった。
例えその道が赤く染まっていても、誰も躊躇しない。
それが神様の道だった。
「幻想郷ってところがあるらしいのよ」
守矢神社がすぐ側の、東風谷家の居間。早苗を学校へ送り出した二柱の神々は、難しい顔をして向き合っていた。正確には、難しい顔をしているのは神奈子だけなのだが。
諏訪子は煎餅を頬張りながら、暢気そうな表情でニュースを見ている。
「ふぅーん」
至極適当な返事にめげることなく、神奈子は説明を続けた。
「そこにはね妖怪や天人もいるらしいのよ。勿論、人も。そんな幻想で満ちた世界だったら、私たちを受け入れてくれるでしょう。そして、信仰を集めることだって容易いはずよ」
科学の発展した現代、最早神を頼ることなど死の間際ぐらいの話だ。そんな状況で信仰が溜まるわけもなく、神奈子はどうしたものかと模索していた。そこで見つけたのが、幻想郷という存在。
科学から隔離されたその空間の中でなら、神奈子の信仰も集まるはず。一時的に力は限りなく零になるかもしれないが、後々の事を思えば耐えられる範囲である。
「へぇー、そんなとこがあるのなら行ってみるのも悪くないかもね」
「そうだろう。だったら、諏訪子は賛成ってことでいいね」
「私はここへ留まろうが、その幻想郷ってとこへ行こうがどっちでも良いけど」
やる気のない答えに、神奈子は呆れたようにため息をついた。いつものことなので、何も言うことはないが。
「でもさ、早苗はどうするの? あの子は別に信仰が無くても存在が揺らぐことはないし、力が無くても困ったりしないよ」
「それは、まぁ……」
力説を繰り返していた神奈子も、早苗という単語を出された途端に歯切れが悪くなった。だが、それも無理からぬ事。諏訪子の論理は何一つ間違っておらず、神奈子としてもどうしたものか考えあぐねいていたのだから。
「どっちにするか、早苗自身で決めてもらうしかないだろ」
「まぁ、当然そうなるかな」
早苗の人生なのだから、そこは神様だって強制するようなところじゃない。
だがしかし。
諏訪子は尚もニュースから目を離さず、苦笑した。
「もっとも、早苗が自分の意志で決められたらの話だけどね」
早朝の空気は気持ちがいい。排気ガスの量が少ないからだろうか。それとも、朝と夜ではそもそも空気の質が違うのか。
深呼吸をしながら、早苗は薄ら青い空を仰ぎ見た。天気予報によると、今日は一日中晴れるらしい。こんな真冬に温かいのは嬉しいけれど、食後の陽気は考えものだ。うっかり居眠りをして教師に怒られたことを思い出し、爽快な気分にちょっぴり影が差す。
「そういえば、今日は五時限目体育だったっけ……嫌だなぁ」
早苗はあまり運動が得意な方ではなかった。身体能力で言うならば、下から数えた方が早い。年に一度のマラソン大会だって、そもそも完走した事すら無かった。そんな早苗が体育という授業を喜んでうけるはずもない。
ただでさえ影が差し始めていた気分が、いよいよ暗黒に覆われ始める。強いて楽しいことをあげるとすれば、今日のお弁当に力が入っていることぐらいか。自分で作ったお弁当を楽しみというのも悲しい話だが、ちょっとぐらい楽しみがないと辛い学生生活を送ることはできないのだ。
大切そうに鞄を握りしめ、早苗は中のお弁当が揺れないようにゆっくりと歩き出す。諏訪子あたりはこうした行動を食い意地が張ってるね、などと茶化すのだが年頃の女子高生で食に興味のない人なんているのだろうか。常々、早苗はそう思っていた。
「あら、早苗ちゃん、おはよう。今日は元気がないわね、どうかしたの?」
若干、顔が俯いていたのか。パン屋の看板娘(今年で48)の金子が、心配そうに尋ねてくる。
「い、いえ何でもないですよ! ちょーっと、嫌なことを思い出しただけです」
金子はふくよかな腹をさすりながら、口の端を歪めた。早苗は知っている。こういう顔の金子は、何か良からぬことを企んでいるのだと。
嫌な気配を察し、慌てて学校へ向かおうとする早苗。まるで泥棒でも捕まえるかのように、金子の太い腕が早苗の胴体を掴んだ。これで金子が男だったら、問答無用で何らかの刑法が適用されそうな勢いだ。
「早苗ちゃーん。ウチでさ、新作のパン作ったのよ。良かったら、帰りに食べていかない?」
「いえ、私はその……放課後は色々と用事があるんで」
「いいじゃない。女の子はね、ちょっとぐらい太ってる方が愛嬌あっていいの」
何か間違った推測をしているようだが、そっちの方面で悩んでいるのも事実。大方、新作のパンとやらはたっぷり油を使った乙女の天敵みたいな代物なのだろう。それ一つを食べるだけで、どれだけカロリーの調整に頭を悩ませることになるやら。
ラグビー部がコーチを頼もうかと真剣に考え込むほどの金子の猛攻。店主であり夫である隆俊が出てくるまで、その激しいやりとりは終わることが無かった。
「早苗ちゃーん、絶対放課後に寄っておくれよ!」
商店街が崩壊するんじゃないかと思うぐらい大きな声だった。辺りの店主達も、苦笑しながら早苗になま暖かい視線を送る。
これで無視して帰ろうものなら、一体どんな報復が待っていることやら。恐ろしくて、早苗は放課後のスケジュールを空けるしかなかった。元々、何も予定が無かっただけに暇な自分が恨めしい。
いっそ生徒会にでも入ってやろうかと思ったが、こんな動機では同好会ですら入会は不可能だろう。
商店街の女覇王たる、金子に気に入られたのが運の尽きか。諦めて、早苗はもっと運動をしなければならないなと心に決めるのであった。
「おはよ、早苗。相変わらず、早苗の周りは騒がしいね」
「うー、高子ちゃんそれ褒めてないよ」
小走りで駆け寄ってきたのは、早苗の親友である小林高子。背の高さと快活な性格が売りの天然スポーツ娘である。
しょげたように唇を尖らす早苗に対し、高子は遠慮なく馬鹿笑いしながら背中を叩いてくれた。剣道部に所属しているだけあって、その一振り一振りが半端ではなく痛い。
「もう痛いって、高子ちゃん」
「ん、悪い悪い。どうにも力加減ってのが苦手でさぁ」
などと言いながら、また馬鹿笑い。これで女子には絶大な人気を誇るというのだから、乙女の世界も複雑だ。
「そういえばさ、神奈子さん何かあったの?」
唐突な高子の質問に、早苗は面食らった。
高子は何度も早苗の家に遊びに来ており、神奈子や諏訪子とも面識がある。勿論、神様だという事も説明したのだけれど信じては貰えなかった。仕方のないこととはいえ、それだけで少し寂しい。
だが、早苗の知らないところでもちょくちょく会っていることは会っているそうだ。そのせいか、微妙な心情の変化にも気付いてしまったのだろう。
適当に誤魔化してしまうべきか悩んだが、高子は簡単に騙されるような人間ではない。早苗は素直に話すことにした。もっとも、何か知っているわけではないが。
「ううん、私にもよく分からないんだけど何か悩んでいるのは確かなんでしょう」
「やっぱりか。いやね、この間見かけたときに難しい顔してたからさ。陽気な神奈子さんにしては、珍しいかなって」
「だとしても、私たちに出来ることなんてないよ。八坂様は神様なんだから、ね」
そっかぁ、と肩を落とす高子。どういうわけか高子は神奈子をやたらと慕っており、何かあれば恩返しでもしたいなぁと常頃からぼやいていた。これで高子が神奈子を神だと信じてくれたら、信仰心が増えて助かるのだが世の中そう上手くはできていない。
そうこうしているうちに、いつのまにか二人は学校の敷地内に入っていた。楽しいお喋りをしていると、時間というものは早く過ぎていく。これで平等に体育の時間も早く過ぎくれるのなら助かるのに。
軽いため息をつきながら、下駄箱に靴を収めようとした時のことだった。
はらり。
シューズを出した拍子に、一枚の紙切れが落ちてきた。何だろうと腰を屈めた早苗は、慌ててそれを懐にしまおうとした。
だが、時既に遅し。
横合いから伸びてきた手が早苗の手を掴む。
「さーなーえー、いま隠そうとしたもの、ちょっと私にも見せなさいよ」
「ええっ、何のこと? わたし、なにもかくそうとしてないよ」
あからさまに棒読みになる言葉。高子の視線が痛い。
しかし、これを渡すわけにいかないのだ。
何とか逃れようとする早苗だったが、金子との攻防で体力を消費したせいか、あっさりと手紙を奪われてしまった。
「ちょ、ちょっと高子ちゃん!」
「大丈夫、大丈夫。目を通したら返すから」
「それじゃ意味ないって!」
早苗の抵抗も空しく、高子は手紙をひっくり返した。それだけで、もうその手紙にどんな意味が込められているのか察することができる。案の定、高子はいやらしい笑みで手紙を返してきた。
中身は読んでいない。それはありがたいのだが。
「いやぁ、随分とおモテになるじゃない。良かったら、私も一緒に中身見ていい?」
もうこうなっては、隠していても意味がない。始業の鐘が鳴るまで、まだまだ時間があった。二人は誰にも見つからないような場所を探し、屋上まで上ったのだった。
さすがにこの時期、屋上の風は冷たい。高子は早苗に抱きつきながら、早く早く、と手紙を読むよう急かした。随分な態度だが、温かいので放っておく。
手紙の表側に丁寧な文字で、東風谷早苗様へ、と書かれていた。こんな古風な手紙、果たし状でないとすれば後はもうラブレターぐらいのものである。早苗は恐る恐る、高子は興味津々といった面持ちで手紙に目を通す。
そこには一言。
『放課後、校舎裏で待っています』
とだけ書かれていた。
まるで漢字の書き取りにような無機質な字からは、執筆者を窺うことは難しい。
「うーん、今時まっすぐな若者じゃないか。高子さんとしては、この人なら早苗を任せてもいいかなって気になってきたよ」
「顔も見てないのに、どうしてそんなことわかるの。もう!」
早苗としては、もっとこう胸をときめかせるような文章が並んでいるものだとばかり思っていた。それだけに、この味気ない文章は少し期待はずれである。
「それで、どうするのさ。放課後、用事ないんでしょ?」
一応は金子のところで新作を試食する予定になっていたが、告白という学生にとって一世一代のイベントがあるのならこちらを優先するのは当然のことと言えよう。どんな相手か分からないのは若干の恐怖を覚えるが、好奇心もそれ以上にある。
早苗は悩みながらも、最終的には行ってみると好意的な返事を出したのであった。
もしも差出人がクラスメイトであったならば、昼休憩までに何かわかるのではないかと思っていた。なにしろラブレターを出したということは、多少なりとも早苗を意識しているということ。
それだけ意識されていたのなら、こちら側から気付いてもおかしくはない。そう思って、普段より少し警戒していたのだが。昼休憩を告げる鐘が鳴っても、相手の事は断片すらわからなかった。
「やっぱりさー、別のクラスか学年が違う奴なんじゃないの?」
机を合わせ、いつものように弁当をつつく二人。ただ今日は早苗の雰囲気が重く、隙を見て高子が横取りするおかずの量も増えている。
「そうなのかな。でも、特に他のクラスの人と接点なんか無いんだけど」
「それこそ、一目惚れって奴ですよ。早苗は見た目だけはいいからね」
「見た目はって、失礼な。どちらかというと、中身を見て欲しいんだけどな」
少し引きつったような苦笑いで、高子は箸をくわえた。
「いや、早苗はほらさ、ちょっと危ないところがあるからさ」
「どこが?」
「なんていうか、神奈子さんの言うことに絶対逆らわないじゃない? そういう部分が危ないなぁって。神奈子さんは素敵な人だけどさ、全部が全部言いなりになっちゃ駄目だよ」
高子の言葉を、早苗は不思議そうな顔で聞いている。
「でも、八坂様の言葉だから。従うのは当たり前でしょ?」
「えー、じゃあ早苗は神奈子さんが死ねって言ったら死ぬの?」
早苗は間髪入れずに答えた。
「うん、死ぬ」
真剣な表情をするでもなく、悲しい顔をするでもなく、早苗はごく普通の顔でそれを言った。まるで夕飯の買い物を頼まれたかのような気軽さで。
高子は眉根に皺をよせ、そこが危ないってのよ、と零す。
当の早苗は全く理解できない様子で、首を傾げながら卵焼きをつまんだ。
「早苗の信仰は最早狂信と言っても過言じゃないよ。神奈子が言うことだったら、疑いもなしに実行するんだから。というか、そもそも神奈子に対しては疑うって回路が無いのかもしれないね」
冷静な諏訪子の判断に、神奈子も頷く。慕ってくれるのはありがたいし、信仰してくれるのなら尚嬉しい。しかし、それも度を超えてしまえば毒である。
無論、早苗にも意志というものはある。神奈子が何も言わずとも、一人で決めることぐらいできる。問題は、神奈子に対する優先順位が圧倒的に高いということだ。そしておそらく、その順位は不動なのだろう。
「その神奈子が言うんだからさ、多分私はついていきますって言うと思うなぁ。自分の意志とは無関係に」
神奈子も同じことを考えていた。神といえども、他人の心まではわからない。早苗が本当はどう思っているかなんて、言葉に出さないとわからないのだ。
だが、神奈子がそれを聞けば早苗は神奈子の望む方へ答えを変えてしまうだろう。あの子は聡い。
「となると、やっぱり切り出すのは諏訪子に頼むしかないねえ。私としては、こういう大事なことを他人任せにしたくないんだけど」
「別に他人ってわけでもないじゃん。一応は、私も関係してるんだし」
「どっちでもいいとか言う奴が関係してるとは思えないよ」
「ああ、それもそうだ」
何が面白かったのか。諏訪子は小さく笑いながら、もう一枚、煎餅に手を伸ばす。
「でもさ、それでも早苗は私たちについてくると思うよ」
予想だにしなかった意見に、神奈子は頬杖をつきながら尋ねた。
「どうして?」
「神様の勘」
神奈子は苦笑する。
「そうか、神様の勘なら仕方ないねえ」
何となく神奈子も思った。その勘はおそらく当たるのだろうと。
体力的にも、精神的にも、カロリー的にも満身創痍だった。
帰路につく早苗の足は、幽鬼の如くふらついている。その目は虚ろで、親しい人間が見たならば生き霊ではないかと疑いたくなるくらいだ。
放課後。律儀な早苗は待ち合わせ場所へ時間ピッタリに到着し、そして待ち人を見て目を丸くした。それは意外なことに早苗のクラスメイトだったのである。一日中、クラスメイトは警戒していたのに、どうして分からなかったのか。
答えは実に簡単だった。待っていた相手とは、一般的に女性と呼ばれる人種だったからである。
さしもの早苗も、クラスメイトの男子は警戒していても女子まで注意から除外していた。当然だ。高子でもあるまいし、よもや自分を好きになる女子がいるだなんて思いもしなかったのだ。
救いがあるとすれば、その高子が部活でいないことか。当人は最後まで見物したいと駄々をこねていたが、後輩を呼んで無理矢理に引っ張っていって貰った。今頃は呪詛でも呟きながら、素振りに明け暮れているのだろう。
それよりも、今は現実の問題。早苗は混乱していた。
目の前にいた少女は、思わず抱きしめたくなるぐらい華奢で可愛い。確か図書委員をやっていたなと、記憶の片隅から情報を引っ張り出す。だが肝心の名前までは出てこなかった。
そんな相手が一体どうして。早苗の脳裏に微かな閃きが走る。ひょっとしたら、これは告白ではなく呼び出しというやつではないか。この後少女がはき出す言葉は告白の言葉ではなく、最近調子のってないかという挑発的なものに違いない。
早苗はそう確信し始めたのだが、現実はそんな妄想を許してはくれなかった。
「あ、あの……わたし、前から東風谷さんのことが気になっていて……その、だから……わたしと付きあってください!」
もう何もかもが唐突だった。律儀で生真面目な人物だというのは格好や言葉の端々から伺えるけど、だからといって了承できるわけもない。そも、早苗にはそういう趣味がなかった。
だから勿論この場合の答えは拒否以外に無いのだけれど、あっさり嫌だと答えるわけにもいかない。できるだけ相手を傷つけることなく、この場をやり過ごさなくてはならなかった。早苗も律儀であるがゆえに起こった、不測の悩みである。
「あなたの気持ちは嬉しいんだけど、実は私もう付きあってる人がいて……」
無論、口からの出任せである。
「高子さんですね!」
「いや、女性じゃないから」
「でも、わたし二股かけられても平気ですから!」
華奢な少女は意外にもタフネスだった。こういう場合の常套手段が、あっという間に崩壊していく。
「そもそも、私にはそういう趣味はないの」
「だったら、東風谷さんも目覚めればいいじゃないですか!」
強い。この少女、隠しボス並に強い。
「それにその、もうすぐ受験でしょ。恋愛とかしてる暇は無いと思うのよ」
「大丈夫です。わたし、学年トップですから」
その台詞で思い出した。少女の名前は川田留美。学年トップにして、全国模試でも一桁をたたき出すような秀才である。基本的に人の顔や名前をあまり覚えない早苗でも、その偉業は耳に届いていた。
なんだろう、人間というのは勉強すればするほど頭のネジが外れるものだろうか。
「それだったら、むしろ自分の才能を更に伸ばした方が……」
「性と恋愛も両立してみせます」
勉強はどこにいったのだろう。そして性とは何だ。性とは。
たじろぎながらも、早苗は何とか逃げ道を探す。この手の相手は下手に隙を見せると、勝手に承諾を貰ったと思ってしまう。
どんな出任せでもいいから、とにかく断ってしまう他ない。
「実はわたし、前世で将来を誓い合った相手がいるの。それは聖トルバース王国第二皇子のギュスタス・フォン・ロイデンバーグ様で、彼の従者だった私は身分違いの恋を呪いながら来世では一緒になりましょうと誓ったの」
「私がそのギュスタス・フォン・ロイデンバーグです! 探しましたよ、リライザ!」
もう何を言っても無駄な気がした。
仕方なく、早苗は伝家の宝刀を抜くしかなかった。
「悪いけど、何を言われてもあなたと付きあう気はないわ。だって、私はあなたの事を好きでも何でもないんだもの」
確かにクラスメイトではあるが、言葉を交わしたことすらないのだ。恋愛関係以前に、友人関係すら築くのは難しい。
真剣な早苗の言葉に、さしもの留美も猛攻を止める。
「そう……ですよね」
さすがは学年トップか。理解力はちゃんとあるようだ。
「じゃあとりあえず、お友達からスタートしましょう!」
ただタフネスすぎるだけで。
早苗は頭を抱えて、もうそれでいいです、と敗北の狼煙をあげたのだった。
その後は意識朦朧とする中で神社へ戻ろうとしたのだが、不運なことに金子と遭遇して試食という名の拷問に付きあわされていた。
その結果が、亡霊じみた早苗を作り上げたのだ。
「ただいま、帰り、ました」
「おかえ……どちらさまで?」
慣れ親しんだ諏訪子ですら、第一声がこれである。どんな顔をしているのか、鏡を見るのが怖い。
「話があったんだけど、後の方がいいかな?」
恐る恐る声を掛けてくる諏訪子。出来れば何もかも投げ出してベッドで寝てしまいたいところだが、夕飯の支度もあるし、諏訪子の話というのも気になる。
黙って動かなくなった早苗は、俄に首を縦に振った。段々と時間が経つにつれ、動きが人形じみてきたような気がした。
余談だが、それを影で見ていた神奈子は軽く震えていたという。
一時間ほど時間を空け、何とか普段通りに戻った早苗。そんな彼女に、諏訪子は前振りも何もなく、いきなり話を切り出した。
「幻想郷、ですか?」
「そう、幻想郷。私たちはね、その幻想郷ってとこに神社ごと引っ越そうと思ってるの」
核心からの説明だが、今更持って回ったような言い方をする必要もない。神奈子あたりなら、もったいぶって回りくどく説明するかもしれないが、諏訪子はそうした手間が面倒なので嫌いだった。
そのせいか、キョトンとした顔で早苗は正座したまま微動だにしない。
「神社ごと引っ越しというのは、また大がかりですね」
「引っ越しと言っても、業者やトラックを呼んだりするわけじゃないからね。ちょちょいのちょい、で終わりだよ。神社や私たちの場合はだけど」
ここからが本題。どういう答えを選ぶのか、諏訪子は何となく把握していたけれど些かの緊張は覚えた。軽く息を吐き、顔を引き締める。
「問題は、早苗の場合。早苗も行くんであれば、それなりの準備が必要になってくる。私も神社も片足はもう幻想につっこんでるからね。行こうと思えばすぐさ。でも、現人神はそう簡単にいかないんだよ」
神とはすなわち幻想の存在であり、信仰が無くなるのであれば力も、下手をすれば存在ごと消えてしまう。だが現人神は神でありながら人でもある。幻想が無くなったところで、ただの人に戻るだけ。能力は失われても、実害はない。
だから早苗だけは、どれだけ科学が発展して信仰が薄れようとも困りはしないだろう。そういった意味では、早苗が幻想郷へ行く理由などなかった。
だが、もしもそれでも行きたいというのであれば、面倒な準備が必要になる。なにしろ、人はそう簡単に幻想へはなれないのだから。
「早苗はどうする? 私たちと幻想郷へ行く? それとも、ここに残る?」
なるべく優しい口調で、誘導しないよう気を付けながら尋ねた。
早苗は一拍の間をおいて、迷うことなく答えを出した。
「私も幻想郷へ行きます」
予想はしていた。驚きはしない。
ただ諏訪子からしてみれば、それは果たして早苗にとって幸せなのだろうかという疑問が残る。どちらを選んでも良いのだと言っておきながら、心の何処かでは残った方が人として幸せなのではないかと思っていたのだ。
「神奈子は早苗に来てほしいとは言ってないよ。それでも行くの?」
「ええ、この件に関しては八坂様も関係ありません。私は私の意志で、お二方についていくと決めました」
自分の意志で、と言われては返す言葉もない。
「でも、そのわりには随分と即断したね。もうちょっと考える時間をあげてもいいんだよ。私たちは早苗が決断してから引っ越すつもりだから」
「いえ、だって私は守矢の巫女ですから。職務としても、そして家族としても八坂様や諏訪子様と一緒にいたいんです」
これだけ若いのに、こうも確固たる意志を持っていたとは。自分の目もいつのまにか曇っていたらしい。これだけの信念があるのなら、もう何を言っても無駄だ。そして、決めてしまった事に後悔もしない。
「だってよ、神奈子」
柱の影で聞いていた神奈子が、ふらりと居間へ入ってくる。早苗は動揺すら見せないので、多分気付いていたのだろう。
一方の神奈子は目尻に涙を浮かべたりしており、これではどっちが神様なのかわからない。少なくともこの居間においては、最も威厳があるのは早苗であった。
「早苗がそこまで言うんだったら、私らからも言うことはないよ。後は任せなさい、全部私たちが済ませておくから」
「あの、一つだけ訊いてもよろしいですか?」
「ん、なんだい?」
「私が幻想入りする為の準備って何ですか?」
素朴な疑問に、鼻をすすりながら神奈子が答える。
「なに、簡単なことさ。要は早苗が皆から忘れられればいいんだよ。そうすれば早苗の存在も幻想に近くなる。だから、皆に早苗のことを忘れて貰いにいくんだよ」
皆が見るから月がある。誰も見なけりゃ月はない。
全ての観測者がいなくなってしまえば、観測される物があるのかどうか確かめることはできなくなる。神奈子達はそれを幻想と呼んでいた。
だから早苗を幻想に近づける為には、早苗に対する記憶を消していかなければならない。残っていたら、それは早苗をこちらの世界に引き留める鎖になりかねないのだ。
「それじゃあ行こうか、諏訪子」
「うん」
立ち上がろうとした諏訪子の裾を誰かが引っ張る。早苗だった。
「八坂様、諏訪子様。その役目、私に任せて貰えませんか?」
途端、二柱が石像のように動かなくなる。合わせて、場の空気も凍り付いたように下がった。
「早苗、勘違いしないように言っておくけど記憶を消すんだよ。それがどういう意味か、わかってる?」
「はい、勿論です」
「あなたと親しい人の記憶は全て消さなくてはならない。思い出すことがないよう厳重に。それはとても辛いことなのよ。はっきり言って常人のとる方法ではない。それでも、やるとまだ言える?」
執拗なまでの神奈子からの質問。だが早苗は全く動じる気配すらなく、笑顔で返事をしてみせた。
「相手が親しい人だからこそ、私がやりたいんです」
先ほども見た、強い信念。二柱とも、こうなっては任せるしかない事ぐらいわかっている。
それでも神奈子は我慢できなかったのか、
「じゃあ任せるよ。早苗」
「はい?」
神奈子はゆっくりと、早苗に命令を下す。
笑顔のまま、早苗は神奈子の言葉を聞いた。
そして頷くと、静かな足取りで居間を出て行く。諏訪子は思わず、呆れたようなため息を漏らした。
「神奈子は優しいね」
命じてしまえば、それは早苗の意志ではない。神奈子の意志になる。
せめてもの咎を請け負うつもりなのか。本当に、神奈子は早苗に甘い。
どうせ、あの子は咎など気にもしないだろうに。
時刻は九時を回ったところだった。早苗からの呼び出しがあったのは、ほんの数分前のこと。こんな時刻に人を呼び出すなんて、早苗にしては珍しいことだった。
よもや告白に関して何か進展があったのかと邪推もしたが、それなら電話で済ませればいいだけ。わざわざ公園に来てだなんて、そんなまどろっこしい事をする意味はない。
「一体なんだろうなぁ」
好奇心半分。そして胸騒ぎが半分。
ただ少なくともこんな所にわざわざ呼んだのだから、どうでもいいような用事でないことは確かだ。要はそれが何かというだけで。
白い息を一つ吐いたところで、早苗の声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、待った?」
まるでカップルの待ち合わせだ。胸中で密かにそう思い、たまらず顔が緩んだ。
「いや、今来たところ。しかし珍しいね、こんな時間に用だなんて。電話とかじゃ駄目だったの?」
「うん、どうしても直接会いたくて」
そう言われると悪い気はしないが、それほど大事な話なのかと身構えてしまう。走ってきたせいか、早苗の呼吸は若干乱れていた。高子は何も言わず、その呼吸が整うまで待つ。何故だろう。ずっとこのまま、息が乱れていて欲しいと思ってしまった。
「実はね、どうしても高子ちゃんに伝えなくちゃいけないことができたの」
落ち着いた口調で、早苗は言葉を続ける。
「私、引っ越すことになったんだ」
驚きの声をあげなかったのは、あまりに驚きすぎたせいか。思わず呼吸するのも忘れたほどだ。
「とっても遠いところに行くの。だから、多分もう二度と高子ちゃんとは会えないと思う」
早苗ともう二度と会えない。
こういう時、いつもの高子なら笑って、「なに辛気くさいこと言ってんのさ。生きていれば、また会えるって」と軽口を叩いただろう。だが、元々自分はそれほど強い人間ではない。誰かと別れる場面にあって、涙を我慢できるような人間ではないのだ。
否定の言葉さえ形にできない。そして言ったところで、この親友が意志を変えるような人間で無いことも知っている。
「高子ちゃんは、私にできた初めての親友だから。どうしても、私の口から伝えたかったの。高子ちゃんと過ごした時間は、とっても楽しかった。別れるのは私だってとっても辛いよ」
心から嬉しい言葉だけど、今だけは聞きたくなかった。
まるで驚きが形になって、身体から溢れ出るように涙が地面に零れていく。去った驚愕の後に残ったのは、悲しみと後悔の二つ。
どうして別れなくてはならないのか。そして、別れるのならもっと一緒にいればよかった。
互いの感情がぶつかり合い、それを声にする事すら阻む。
高子は溢れ出る涙を必死に抑えながら、顔をあげた。
早苗は笑っていた。
そう、本当は早苗の方が遙かに強いのだ。早苗は危うさも持っているが、同時に普通の高校生が持ち得ない達観した何かも持っている。だからこそ、こんな別れの場面にあっても心の底から笑っていられるのだ。
それはとても不気味な光景かもしれない。どんな悲しい場面にあっても、きっと彼女は笑っていられるのだろう。
でも高子は、そんな早苗を拒絶することができなかった。
どんな危うさを秘めていようと、人外じみた何かを持っていようと、それでも早苗は高子の親友なのだ。
「さ、早苗……」
「ん?」
子供のようにしゃくりあげながら、それでも何とか声にする。
「わ、私も……早苗と、いるのは、楽しかった……」
もっと他に言うことがあったのかもしれない。しかし高子が思いついたのは、早苗と同じ楽しい空間を共有したということ。それをどうしても伝えたかったのだ。
「ありがとう……高子ちゃん」
早苗も目尻を滲ませたように見えたのは、高子の目が涙で曇っていたからか。それを確かめることは、ついぞできなかった。
「だけどね、私が引っ越す為には高子ちゃんが私のことを覚えていたら駄目なの。だから、高子ちゃん。私のこと、忘れてくれる?」
「えっ?」
それは早苗の頼みでも、聞けるような話じゃない。
高子は鼻をすすり、目を擦った。
「い、嫌だよ……わたし、早苗のことは絶対に忘れない!」
「そう、だよね」
早苗の笑顔が僅かに曇る。
「人は簡単に人を忘れることはできない」
急に、口調が変わった。
「記憶を奪ったとて、蘇ってしまうのが人の恐ろしさ。そして強さ。もしも記憶が蘇ってしまったのなら、それだけ強い想いは私をこちらの世界へ連れ戻す」
高子ではない誰かに向かって喋るような言葉。
しかし、早苗の双眸は確実に高子を捉えている。
「それだけの危険性を犯してまで、記憶を消すことに拘る神じゃない。神は人を侮りはしないけれど、恐れもしないのだから」
紡がれる言葉は冷徹で、本当に早苗のものなのかと疑いたくなる。
高子の身体は意識しないうちに、一歩、後ずさりしていた。
「だから、八坂様は最後におっしゃったの。記憶を確実に消す為に」
怒りや、悲しみや、理不尽さを覚えたことは何度でもある。
だがしかし。
早苗に対して恐怖を覚えたのは、この時が初めてだった。
「私と親しい者、全てを殺せって」
そして、それが最後だった。
明け方。どこかで雀の鳴く声がする。それに混じって、不快なサイレンの音も聞こえてきた。
本来守矢神社があるべきはずのところには、まるで最初から何も無かったかのように地面がさらけ出されている。鳥居も狛犬も社務所も、何から何まで姿形すらない。
あったのは、早苗を待つ二柱の姿だけ。
不意に、神奈子が口を開いた。
「警察は随分と頑張ってるようだね」
「当然だよ。何十人もの人が一夜にして殺されてるんだ。躍起になるのも無理ないって」
「愚かだね。現人神の所行は、それこそまさに神の業。人の常識で計れるわけないのに」
しかもやったのは早苗なのだ。奇跡に愛されたあの巫女ならば、何十人も殺したのに証拠も目撃者も全くいないという事件を作ることすら容易いだろう。
サイレンの音を聞きながら、再び二柱は沈黙を貫く。
元々、忘れ去られたような神社だ。近寄る者は一人としていない。
だからこそ、こうして堂々と姿を現しながら早苗を待つことができるのだが。その肝心の早苗はまだ姿を見せない。
警察に捕まっているとは思いにくいが、手間取っている可能性はある。
あと十五分で帰ってこなければ、その時は神奈子と諏訪子の出番だ。
だが、その心配も杞憂に終わったらしい。
階段を上る一人の少女を見つけ、二柱とも肩の力を抜いた。
「ただいま戻りました」
何事もなかったのように早苗は言うが、その服装はとても往来を歩けるようなものではない。袴からは赤い液体が葡萄ジュースのように零れ、裾は強姦に襲われたかのように破けている。
常人であれば、ここまで辿り着くのに二桁の人間から止められていただろう。
「とりあえず着替えは用意してあるから、早く着替えてきなさい」
「えっ、もう出発するんですか?」
「さすがに何日もこっちにいるわけにもいかないでしょ。一応、替えの服は用意しておいたから。ほら、早く着替えた着替えた」
急かすように、植え込みの中へ早苗を押し込む神奈子。こうしているとまるで母親のように見えるのだが、その事をつっこむと怒るので諏訪子は何も言わなかった。
代わりに、全く別の事を指摘する。
「私たちはきっと、早苗の育て方を間違えたんだろうねえ」
戻ってきた神奈子は、何も言わなかった。だが、苦々しい顔はそれを肯定している。
「あれの精神は神に近い。神は人を愛する反面、その手で多くの人間の命を奪うこともする。私も神奈子も人間は好きだけど、命を奪ったからといって泣きはしないでしょ」
「早苗が相手だったら、どうだかわからないよ」
それは諏訪子も同じ事。だが早苗は巫女で、しかも現人神だ。普通の人間と同じ扱いをすること自体、間違っている。
「神に育てられたせいか、もうあの子の心は人に戻れない。そういった意味では、今回の話は悪くなかったのかもしれないね」
神奈子は結局、最後まで何も言わなかった。
諏訪子もそれを咎めようとはしない。
もう過ぎ去ったことだ。気付いたところでもう遅い。
「お待たせしました、八坂様、諏訪子様」
「ああもう、早苗。顔に血が付いてるじゃないか」
「どこですか?」
「ここだよ。ちょっと動かないで、拭いてあげるから」
子供へしてやるように、服の裾で顔を拭き取る。大人しくされるがままにしている早苗を見ると、到底何十人もの人を殺したようには見えない。
だからといって、それを怒る者もいなかった。神奈子も諏訪子も神なのだ。悪いと思っていないことを、どうして叱る事ができようか。
ああ、と諏訪子は唸った。
だからこそ、早苗は神に近づいてしまったのかもしれない。人の世では通用しない事を叱る者もおらず、神の世界の道理を説いた。これでは早苗でなくとも、誰だって心が神へと近づいていく。
最大の不幸は両親がいなかったことか、はたまた諏訪子達がいたことか。
少しだけ悩んで、諏訪子は忘れることにした。
こんな事を考えていたところで何も変わらない。覚えていても無駄なものは、とっとと忘れるに限るのだ。
そうでもしなければ、国を滅ぼした元凶と笑って肩を並べることなんて出来ない。
「二人とも! そうやって親子ごっこしてるのはいいけど、そろそろ私は幻想郷とやらに行きたいんだけどねえ」
神奈子も早苗も真っ赤になって、慌てて互いに距離をとる。
親子と言われたことが、そんなに恥ずかしかったのか。いまだに茶化されたことのない諏訪子には、俄に理解しがたかった。
「わかってるわよ。だけど諏訪子、あっちに着いたら覚えておきなさいよ」
「いーや、忘れた。忘却は私の美点だからね」
「あの、あの、私ももう子供っていう年じゃないですから!」
苛立つ神奈子と、笑う諏訪子と、戸惑う早苗。
三者三様の反応を見せながら、三柱は幻想郷へと旅だった。
例えその道が赤く染まっていても、誰も躊躇しない。
それが神様の道だった。
できねー。
それはそれとして、ヨハネの首に接吻するサロメに通じるような
イヤな美に負けたですよ。
これも狂信かもしれませんが、運命染みた惹かれ方でした。
予想が当たってなお嬉しく思うのはそうそうありません。
今回ばかりは、100点が上限というのがとても残念です。
記憶に残り続けるような、非常に良いSSでした。傑作をありがとうございます。
後味の悪さをかみしめながらも妙な説得力を感じました
これに点数を付けるわけにはいきません。
そうまでしなきゃ行けない幻想郷って、いったい何なんですか?
逆に誰か覚えている人がいるうちは消えないし消えられないのかも知れない。
昔のゲーム『夕闇通り探検隊』で、覚えてくれていたお婆ちゃんが死んだので
消えてしまう神様っていうのがいたのを思い出した。
ある種納得の内容と衝撃的な描写は驚いた。
ただ好き嫌いは選ぶだろうし、根底の概念が先行して飲み込みかねる部分もあり。
どちらかと言えば嫌いの方に転んだのでフリーレスで。
純粋に内容と筆力で好悪を揺すぶる文章というのは上手いと思うけど。
守矢神社の幻想入りというネタは感動、または泣けるモノが多いですがこういったのも充分ありえるのではないのかと。
神々はいくら人間臭くとも傲慢で人を想うと同時に虐げ、弄び、糧にもするという存在なのですよね。
力を行使できる現人神で実際の神が二人も側にいた早苗もこういう存在になるのも考えられない事ではない。
神様って荒ぶるものですしね。
「はい?」
神奈子はゆっくりと、早苗に命令を下す。
笑顔のまま、早苗は神奈子の言葉を聞いた。
笑顔のまま「はい?」といったのかな早苗?。クエスチョンマークいるのかなここ
そして感想。
人が幻想郷に行くためには幻想になる必要がある。
それなら紫に食料としてさらわれたり、迷って幻想郷に行ってしまう人もきっと「忘れられた」人なのかな、とか想像が膨らみました
話は黒いのに読後感がよかったです。
そういう点数。
別の創想話作家のHPで
まぁやりたいことが重なる事ってあるよね
ゲラゲラ笑う面白さじゃなくて、作品に引き込まれる面白さ。
読者を捕らえる文章にして、読者を選ぶオチ。
無理矢理に魅せ付ける荒ぶる強さって感じですかね。
私的にはこの話は有り得るんじゃないか、と思いましたね。
ぽかぽかと暖かい幻想郷も好きですが、ときおり吹きすさぶ冷たい幻想郷も好きです。
面白かったよ~♪
上手く表現できないですがドレミファまで行ってソ飛ばしてラ#に行って、シ飛ばしてドに行ったような感じ。
話自体はとても好み。
が、川田さんに期待してたのになんにもなかったのでがっかり(笑)
しかし、この"親しい"の取捨選択はどのようになされたのでしょうね。
価値観とは決して共通ではないそんなことを思い出させてくれる作品でした。
幻想と早苗さんというとどこかのんびりしたそんな雰囲気の作品んが多い中のこの作品。
大変面白かったです。
しかし巧い
早苗さんは、幻想郷に渡ることを選んだと言うよりも、すでに幻想郷に行かなければ生きられないほど外れた存在になっちゃってたんですね。
もう1日でも遅ければ殺されること無く早苗さんの幻想入りを阻んだであろう川田さんが、まさに当日に告白に及んだのも天の配剤と言う奴だったんでしょうね……
しかし、八重結界さんの作品は幅がありすぎて、名前見てから余裕ぶってクリックしてホゲーッと言う事がありすぎて困る。
斬新且つ強烈に個性を描写しながらも“東風谷早苗”になっているのは、ベテラン作家さんの
面目躍如ですね。
この早苗なら、東方ゲーム中でのあの言動にも納得ですよ。
ただ惜しむらくは、パン屋の看板娘の金子さんと川田留美さんの扱い。
2人とも見事にキャラが立っているのですから、高子同様、早苗に『処理』される場面は物語上
必須でしょう。
その理由で、残念ですが10点マイナスさせていただきます。
こんな話のタイトルに易々と使って欲しくはないですな
早苗にとって、自分の事を記憶している者全てを自ら手にかけるというのは、外の世界の人間であることをやめて幻想郷へと足を踏み入れるために必要不可欠な、いわば儀式のようなものだったんでしょうね
その後霊夢や魔理沙と戦って敗れ、彼女たちと接する事によって初めて、早苗は人間として生きていく事ができるようになっていく、と考えると……何とも言えない皮肉を感じます
行方不明などという中途半端では幻想足りえない
幻想郷へ行く
妖怪や神様だったら何も問題はなかったんでしょうけど
人間が行くとなると話しは別か
元々幻想郷は人間が住むために作られたわけじゃない
いやはや納得の解釈です
紫の食料となる人間も基本的には幻想に近い人間を選んでいるのかな
いや、食料となるだけなら幻想である必要は無いか
死んでしまったものはただの物で、我々が知っている人ではないのだから
色々と考えさせられる作品ですね
楽園を作るにはそれ相応の対価が必要ということですね
幸せばかりならそりゃお人形劇だ。
秋葉の事件や通り魔犯罪増加などに共感は出来ませんが
思い出し考えさせられたのでこの点数
読後感はどうにも悪いですが、頭の中では何故か納得してる変な気分です。
>皆が見るから月がある。誰も見なけりゃ月はない
EVER17のブ○ック○ィン○ルの事・・・かな?
二親なしに人ならぬ神に育てられた子供はどのような精神を持つのか。
おそらく、神たる者として育つのでしょうね……。
話にぐいぐいと引き込まれるとても興味深い作品でした。
ないわー
なんの逃げ道も示さずいきなり我がの都合で人間を殺す神様。どこへいっても信仰なぞ得ることは
できぬように感じます。
ところで、役どころがいまいちわかりませんが、川田留美さんのファンになりました。
今後の活躍を期t…あ、彼女も殺されたのか。
あと物語の前半と後半とでギャップを感じさせたかったのかな?って思ったけど、逆に違和感がありすぎて個人的には残念だった。もっとじわりじわりと移行する物語の雰囲気が欲しかったなと。
物語の冒頭に※暗めです!とかは書きたくなくても、タグで注意を喚起する事は出来るでしょう。
早苗はこの後、幻想郷にきて人間として生き続ける事しか出来ないという現実がある。
なので物語単体なら面白いのかもしれませんが、なんの心の準備も無い人はこれは相当厳しい。
やはり一言は欲しかったです……心の準備があれば楽しめたと思うんだ……
ただ、ちょっと急展開だったかな?という点と、高子以外の殺害描写も欲しかったという点が。
この内容なら、金子と川田を出す必要もなかった気がしました。
しかし神二柱の思慮が浅いような気がします。
敢えて触れなかったのかもしれませんが。
現代社会で信仰を得られないからといって捨てる世界の人間を蔑ろにするその所業。
神は傲慢だと言えば済むとはいえ、ちと乱暴な方法です。
エンタメ成分を増す為の材料という側面が物語の外から感じられてしまい、その所為か少々白けてしまった気もします。
後味の悪さは因果応報を成す事で払拭してほしいところ。
殺された人たちの縁者が犯人を捜して早苗に辿り着く物語を書くべきっス!!
・・・いえ忘れてください。
そんな人間の基準で括った精神を当てはめることは、できない。
理解できないと思わせられた……それこそが、
作者様の筆力というものなのでしょうね。
世の中の役に立たないなら潔く消えてしまえば良かったものを、
自分達が死にたくないばかりに人々を切り捨てた。
これで人妖を超越した神様とか言われても全然説得力がありませんね。
山の妖怪達はこの神々に親しみは感じても、畏怖とか尊敬の念はこれっぽっちも無いんでしょうね。
それもまた、幻想郷らしい信仰の形なんでしょうけども。
ただ内容が内容なだけに、やっぱり一言注意があったほうがよかったのかな?とも思います。
次からもがんばってください!応援しています!
善でも悪でもなく、
人を超えた存在。
ゆえに人には計れない。
人間なんて相手を殺すのが救うと教えられたらなんの迷いも無く相手をころすでしょう
テロリストの思考なんてそのいい例です
ただ現代社会では少しずれてるがゆえに神扱いされとるんでしょうな
読み終えた時の気持ちが怒りという事もなく
つまりは楽しませてもらっていたみたいでお見事です
しかしこれを初投稿です、なんてコメント付きで読まされたら
また違った感想になるような気がしてしまったのも確かで
結局こんな守矢一家は嫌ですごめんなさいという気持ちの点です。。
こういう即物的に「消す」というやり方でもありという気がします。
日本においてと限定すれば、
人間の感情を投影して生まれたものが妖怪であるならば、
自然そのものを投影したのが神様。
人間の感情が反映されるのが妖怪ならば、
人間が理解できずなにもしてくれるなと恐れ敬うものが神様
まさしく神のごとき所業。
だからこそ、現代日本からは神様がいなくなったんでしょうけど。
現人神って、一応神と違って消えるのではなく死ぬのかな?
死ぬとしたら、後々、後悔しそうな気が……
人間の思考では及びも付かないものである
神はいつだって冷徹で残酷で無慈悲だ
知恵の実など最初から用意していなければ人は罪を知ることはなかっただろうに
用意したのは神だ。そそのかしたのはサタンだが、お膳立てしたのはあくまでも神なのだ
これの思考を理解することは到底できない
とてもじゃないがテロリストと同じだなどとは言えない
そしてこの思考を理解できないからこそ神を信仰する
神が人をいくら殺そうが関係無い
思考が読めないから信仰せざるを得ないのだ
真に恐ろしいものとは何かわからない存在だ
わからないからこそ人は恐怖し、時に祈り時に呪う
かつて祈りと呪いが同列であった事を考えれば、人は信仰によって神を呪っていたわけだ
何が言いたいのかわからなくなってしまったが
とかく、一つだけわかっている事は
神が人を見捨てるならば徹底的に見捨てるだろうということ
もしもキリストの神が世界を見捨てたなら世界20億人の信者を皆殺しにするでしょうね
いや、20億人の信者を使って40億人の異教徒を狩ってから殺すかな
歴史的に見てもそちらのほうが起こりそうだ
正解、不正解の意味なんて初めからありゃしないんですよね。
ほのぼの展開が来ると思ってたから素直に楽しめませんでした
山や風雨は人に豊穣をもたらす反面、崖崩れや豪雨で多くの命を奪いますよね。
ここからじわじわと盛り上がるってところで急にオチがきちゃった感が
大体この場合、神としての早苗が忘れ去られれば良いのでは?
早苗は外の世界で現人神として信仰されることが無くなったからこそ、幻想郷に来ていきなりはりきっていたのだろうし。
残酷な話が書きたいのが先行しすぎて練りこみ不足かと。
もうこの三人は現代に適していない以上、こうなるものだったんでしょう。
ただ、そんな外れ者のせいで死んでしまった現代の方々は哀れですね。
>愚かだね。現人神の所行は、それこそまさに神の業。人の常識で計れるわけないのに
単なる獄中の犯罪者の戯言にしか聞こえませんでした。
故に点数はこれで。
人としては肯定しちゃいけないんだろうけど……肯定しちゃいけないんだろうなぁ
和やかに進みそうに見えて、実は・・・となる点とか。
こういったssもまた一興。素晴らしかったです。
・・・けど、自分はやっぱりこの早苗さんたちは受け入れられそうにないです。
地霊でも周りのことなんぞ気にもしてない描写はあったので、
個人的にこれはあり。
神の慈悲って基本珍しいものですしね。
脇役がいい味出してました。
こんな三流悪役みたいなセリフを自信満々に吐いてる神だから信仰集まらなかったんじゃないの?
その人の常識とやらにあんたらは負けたんだよ?
作者は狂信を表したかったんだろうけどただの早苗マンセーな安っぽい物語にしか見えなかった
題材は面白そうなはずなのになんでだろうね、全然面白くなかったし考えさせられることもなかったです
あと途中のしょうもない百合は入れる意味あったのやら
幻想郷に対する新しい解釈ですね
現実と幻想の境界を越えただけで幻想になれるなら誤って幻想郷に来てしまった外来人は外に出れなくなってしまいますし、良い解釈です
これなら誤って入ってきた人でも外に戻れます
>>132
人として幻想にならなくちゃ早苗は幻想郷にいけないだろう
早苗は現人神であると同時に人だ
>>133
神は現代において必要無いから淘汰されたわけで
これを狂気と感じるのは常識に囚われた人間ですな
日本の神=自然なら自然災害で神は人を不要に虐殺してることになるな
それを咎める人間はおらんだろう
今回はそれが人の形をした神がやったってだけですな
そこに是非は存在しない、方法は違えど殺したという結果は同じなのだから
急すぎて違和感が拭えませんでした。でも文自体は結構好みです。
反応している時点で私も同類ですが…
作品の方は非常に興味深く読ませていただきました。
しかし、練りこみ不足感が否めなかったのでこの点数で
でも、そんなものなんだろうね。きっと。
多分それは常識であって幻想ではないと思います
幻想郷にいくためには既存の価値観は邪魔になるだけなのでしょう
自分の意思でいくからには、現実で「もう戻れない」ところまで行かないといけないのかもしれませんね
幻想と現実の境界を考えさせられました
神道の神ならこういう感じでも、間違いじゃあないと思う。
純粋狂気な早苗さんだけではなく、淡々とした洩矢と八坂の二柱にも肌寒さを感じますね。
違いない。ニンゲンにとっても、これは。
彼女らを貶めてくれてどうもありがとうございます。
誰もが一度は思いついてさっさと捨て去るであろう下らない思いつきを、
お話に仕立て上げて世に出す勇気に評点なしを贈ります。
消したいならば、殺すのが一番強力な手段。
だから友達には死んで欲しくないんだよ。
東方のキャラは、ゲーム自体ではその本性は分からない。
だからその分、自由な解釈を綴れるわけで。
その解釈の一つのカタチを見せてもらいました。
最後のシーンは感動する準備をしていたのでフェイントくらった気分ですねw
ほんわか守矢家が好きな人は諏訪子の言うとおり"忘れる"べきですねw
一個は単純に「早苗さんは人なんて殺さないもん」というところで
まー俺はこれ全然引っかかんなかったです、神様に育てられりゃそりゃねえ。
二個目は「神様たちの扱い」ってところですかね。俺はこっちで引っ掛かった。
現人神たる早苗の扱いにかんしてはそんなに文句ないんですが、二柱の扱いがおかしいなあと。
神様って劇中でも言われてるけど、人を害するだけじゃなくて助けたりもするわけ(特に守矢の二人って自然現象の擬人化としては判りやすい)で
そもそも信仰ありきの神様がおめー、何を寝ぼけた事をぬかしてやがるってところ。
そら日本の神様だって「オレを崇めやがれ」っつって暴れたし人殺しましたけど
「わかりました崇めます」っていう現実の人間の信仰が欲しいがための行いだったわけで、トンズラこくために殺すってのはなぁ。
神様が人を殺すってのは、池で言えば普段飲み水だけど氾濫しました、ってことですよ。
飲めたもんじゃない水しかない池が氾濫起こしといて、「私たちを飲んでくれる人たちのところにいきます」とか、ねえ。神様としても下の下でしょ。
「神様もしょせん我侭だよね」「人と変わらないよね」ってテーマならねー、決まると思うんですよ。
でも今回のそれ違うよねーという話ですよ。タイトル「神道」だし。
「早苗が死んだら別」って会話も「でも早苗神様だし」で済ましちゃうし。
こんなに面白そうな材料を見つけるのは凄いと思うんですが、味付け失敗してないかなあと。そんなことを思いました。
何事にも裏表はあるもんですし
神と言うより妖怪・化け物と同列の方々ですね
考え方は日本の八百万の神よりも、北欧神話なんかのデフォで頭が逝っちゃってる神様に近い気がする
このSSで面白いのは皆のコメントだ
神様に対する考え方で神様が幻想入りした理由がわかるから
幻想入りして、この神様達を信仰するのが山の妖怪ってのがまた考えさせるな
と感じる時点で自分は例のナニガシを意識しすぎなのでしょう、きっと
世界を否定するほどの疎外感や悪意~下世話ながら”物理的”な物も含め~に打ちのめされたか
あるいは今暮らす世界を否定出来るほど二柱を狂信していたか。
どんなのかは解らんにせよ、何ぞほの暗い要因でも無ければ、全てを捨ててまで片道切符で異世
界行きしようと思わんわなぁ)
…などと常々考えておりました。
単なる思慕の情で片付けるのはどうかと思っていましたので。
この作品はそんな考えに対する回答の一つにもなった気がします。
興味深く、また面白かったです(少々血生臭過ぎたような気もしますが)
神(に至る)道としてご馳走様でした。
記憶に限らず、物品や記録媒体の抹消とか。
関係ありませんが人格批判のようなコメントが見受けられるのが残念です。
ここはいつからそのような場になったのでしょうか。
神といっても千差万別だから神=妖怪という認識でもあながち間違いじゃない
神奈子と諏訪子に関しては完璧な神だけども
神奈子は農耕神である一方で戦の神
我が道を歩むのに邪魔であるならそれら全てを蹴散らしてもおかしくは無いね
戦争ってのはそういうもんだし
公式設定を考えるなら諏訪子と早苗が会ったのは幻想郷に来てからだから
このSSの設定を考えると実質早苗は神奈子一人に育てられたことになる
戦の神に育てられた子供が人を殺すのに躊躇するとは思えんな
戦では時に自分の家族を手にかける必要もあるのだから
どこにも矛盾は生じないし、こうなってもおかしいところは何も無い
この話に納得できない人は早苗さんに異常なほどの幻想を抱いてるんだと思うよ
いやはやよく考えられた作品だと思いました
面白かったです。
今回は点数は上のようにさせて頂きました。
文章自体は大変読みやすかったです。が、神道を少しでも知っているならこのような冒涜はやめて頂きたい。
それとも作者様が仰っているのは国家神道の方なのでしょうか?少なくともコレは渡会でも直垂でもありません。
インパクトがあり、もやっとした感覚ですが嫌な感じではなかったです。
ただ早苗さんが…
でも内容はおもしろかったので高めの得点をあげますね。
「嫌なら観るな」という言葉がありますが、観た後でそんなこと言われても遅いわけで。
文運びのスムーズさ。読ませる力がすごいと思いました。
途中で殺してしまうことにはどうだろうと思いましたが
最後の締めで納得もできました。
注意書きは書くべきだったと思いますが、
次回も期待しています。
また余計なお世話ですが、作品を出す方だけでなく、
コメントをするほうも、それが世界中から読むことの出来るものと認識すべきと思います。
小説を読んだくらいで人を犯罪者扱いできるなんて、随分とお偉いのですね。
私の中の何かが崩れました、なんとおそろしい……。
でも人間以外の存在の価値観なんて人間が想像できるものじゃあないですよね。そこら辺は考えさせられる話でした。
創作と現実の境界が曖昧な奴多すぎww
それは本当に自分の好みです。あったらあったで蛇足になる可能性もありますし。
また、評価が100点か0点かを選ぶ作品でもあるでしょうね。
注意書きすらないあたり、書き手として終わってる。
評価してる奴は「珍しい」ってだけで点をいれてる感が否めん。
字の分が過度な装飾ないのが雰囲気ばっちりに感じました。
その分、神様たちの台詞が説明臭かったかな。この辺は人それぞれか
人間殺して食べてる妖怪と人間の霊夢たちが宴会やってたりする幻想郷に入るわけで、むしろこれくらいの尖った設定の方が自然に納得できた。
意見が真っ二つに分かれますね
俺は面白かったけど
やっぱり面白い。ただし問題作である事は間違いない、良くも悪くも。
東方の世界観を真剣に考えようとすると、やっぱりこういう問題は外せませんわな。
長い長いコメを書きましたけど、自主削除しました。
ブログを読む限り、作者様ご自身も作品内容に不満を持っておられる様なので。
でも黒歴史にはしないで欲しいなぁ、個人的に。
忘れてもらうために殺す、というところは綺麗に返っていて驚かされましたが、早苗の狂信的な部分をもっと強調して掘り下げればもっとよくなると思いました。
人を殺すからにはちゃんとした理由づけが必要なので、これでは狂信だけでは少し弱い印象を受けました。
前編後編に分けてもいいと思います。
因みに自分はこういうの大好きです。
俺だったらころされないようにお願いして早苗と一緒に幻想郷に連れてってもらうかな
神の考えに圧倒されておもしろかったです
どうしてこう逸脱してるモノに魅かれるんだろう
注意書きだのタグは権利であって義務ではなく、強要されるものでもないので気にしなくていいと思います
そしてあくまで二次。
どう記憶を消すのか、気になったけど、これはとてもシンプルで分かりやすい
でも真面目に実行しようとすると、数十人で済まなさそう。
早苗はどう幻想になったのかなぁ、とかえって考えさせられた。
シンプルでいい。
全く楽しめなかった。
八重結界さんの作品とは思えない。
気持ち的にはマイナス点です。
知り合いの記憶を消して、仮に思い出したとしても当人だけの問題なんだし、こっちのほうが安全。
幻想になるような今は無き価値観と
平和ボケした現代日本の価値観との
対比がおもしろい
過去の、あるいは神代の事柄を、現代の
尺度に貶める作品が苦手なので、今後も
こういう作風が増えることを期待する。
しかし、人物の持つ価値観は神代の
物であっても、舞台は現代。たかだか
数十人の殺害で忘れてもらえるほど
甘い世界ではないと思った。
オチがあと一捻りあればという
惜しい作だった。
何が凄いってまだ早苗さんのキャラは清楚が主流で、暴走属性がついていない頃に
これを書いたことだわ・・・
この3人を受け入れるのならば幻想も歪んでいるのかねぇ?
歪んだ存在の考えることは解らんな、同じ方向に歪んだ瞬間に理解できるようになるんだろうがさ。