「盗人がどういう風の吹き回し?」
パチュリーは霧雨魔理沙が図書館へ歩いてやって来て、その顔を見た途端にそんな皮肉を云った。普段なら自慢の箒に跨り室内という事などまるで無視した速度で図書館へ奇襲をかけ、傍若無人の限りを尽くして膨大な書物が保管されている図書館を荒らして行くにも関わらず、客人として来訪した魔理沙には驚きを禁じ得なかったからである。
「全く酷い言い草だな。私は客だぜ」
「普段の行動を鑑みてから云う事ね」
軽く笑いながら、凡そ反省と云える様子など皆無な調子で云う魔理沙に、パチュリーは冷たく返した。それでも魔理沙は消沈する事なく、また反省する素振りも見せず、ははと笑いながら「私は他に類を見ない善良な人間だぜ」と云っている。パチュリーはいい加減呆れてしまって、何かを云い返す事も出来ず、まただからと云って目の前に開いている書物に集中力を向ける事も出来ず、嘆息するばかりであった。
「まあ、今日は本を借りに来た訳じゃないんだ」
「盗みに来た、の間違いね」
「そう邪険にするなって。話をしに来たんだから」
「盗って行った本を返すって話なら歓迎するわ」
「返済期間は私が死ぬまでだ。――と、そういう話じゃなくて、妹様の事なんだよ」
パチュリーは魔理沙の発言に、次はどんな皮肉を云ってやろうかと頭の中を巡っていた思考を一旦落ち着けた。そうして目の前に広げていた本も閉じると、傍に立っていた小悪魔に「お茶の用意をして頂戴」と云って、改めて魔理沙に向き直った。そうして礼儀正しく礼をしてお茶を淹れに行った小悪魔を横目に捉え、話し始めた。
「本の事は置いといて、妹様の事ってどんな話なのかしら」
「まあ、大した事でもないんだが、ちょっと気になったんだ」
話題が一つの場所に定着し始めた所で、小悪魔が戻ってくる。そうして好い匂いを香らせる紅茶が注がれたカップを二つ、それぞれ魔理沙とパチュリーの前に置いた。二人はそれを一口ずつ喉に流してから、再び話し始める。
「答えられる事なら答えるわ」
パチュリーの言葉には自然と重みがかかった。決して安穏とは云えない者の事について知っている事はあまりに重苦しい。魔理沙もそれを知っているからか、先刻の軽い調子は消え失せて、真剣な眼差しに変わっている。
魔理沙は暫く躊躇しているようだった。顎に手を付けては、口を開こうとして閉じている。平生思った事をすぐに口走る性格だと考えていたパチュリーは、その魔理沙の姿を見て、これから問われるであろう事は決して軽い問題ではないのだと判じた。妹様と称された者は、それほどまでに重い闇を背負っているのである。
「……フランはなんで、あそこに今も閉じ込められているんだ?」
逡巡していた魔理沙は、漸くにしてそう尋ねた。その調子にはフランと呼ばれる者への心配が見て取れる。パチュリーにも何故それを尋ねたのか、その理由はすぐに判った。
「何でそんな事を聞くの」
「此処の事情は知らないが、今はそれほどの問題を起こしている訳でもないだろう。むしろ、あの部屋の中に閉じ込めているばかりじゃ、情緒不安定になるばかりじゃないか。それならもっと外の世界に触れさせた方が私は有意義だと思うんだがな。無暗やたらと能力を使う訳でもなし、危険な要素は随分と減ったんだから」
魔理沙は真剣な調子で話を進める。パチュリーは始終憮然とした表情である。魔理沙の云いたい事が終わった後でも、一向に口を開かない。考え込んでいるようにも見えなければ、云うのを憚っているようにも魔理沙には見えなかった。しかし塞がっていた口を開いた時には、魔理沙は妙な顔をするより他になかった。
「……答えは判らない。それが全て」
「判らない? お前、それだけで片付けるつもりなのか」
「判らないものは判らないわ」
「話にならないな。お前がそれじゃ」
パチュリーはそう云われ、けれども何も云い返さずに目の前の書を開く。そうしてまるで興味がないといった風で、書物の項を一枚一枚捲りながら、こう云った。
「最初に云ったはずよ。答えられる事なら答えるわ、って」
それを聞き、魔理沙は業腹な様子で立ち上がり、ふんと鼻を鳴らしてから無言で図書館を出て行った。パチュリーはその時に一旦書から目を離し、去り行く魔理沙の背中に視線を注いだ。憂いを秘めたるその瞳が語る事はない。ただ物憂げな様がそのままに出ている。魔理沙の向かう先は云わずとも知れていた。
「判っていても、どうにもならない問題なのよ」
◆
魔理沙は足音荒く、薄暗い廊下の中を真直ぐ進んで行った。普段はこうして歩いていないからか、進む度に見える妖精達はことごとく魔理沙を見詰めている。彼女にはそれすらも腹立たしく思えて、余計に足音を大きくさせながら歩を進めて行った。
時刻は昼時にも関わらず、小さな窓は全て閉ざされている。滲んだ光が僅かに闇を薄くしているのみで、魔理沙にはこの館の時間は狂っていると思わずには居られなかった。そして、そんな事を考えながら歩く内、彼女は豪奢な装飾の施された扉が並んでいた中で、とても異質に見える重厚な鉄の扉の前に辿り着いた。
その扉には幾つもの錠が掛けられている。そればかりではなく、魔法による厳重な施錠が成されている。魔理沙はそれを見ると共に、不愉快な心持ちが自分の中に広がって行く感覚を覚えた。そうして、その不愉快が心頭に怒りの火を灯さぬ内に、全ての錠を外した。開錠の術を散々練磨した結果か、強大と思われる錠も容易に外れる。魔理沙は心中に「ざまあみろ」と呟いて、扉を開くと下に向かって延々と続く階段を、冥々たる闇に向かって降り始めた。
どれほど歩いただろうか。永遠に続いているのではないかと思わせる長い階段を降り続け、足にも疲労が見られるようになった頃に、漸くその扉は面を現した。上の扉と同様、厳重な施錠が成された扉である。魔理沙はそれを見て舌打ちを一つ鳴らすと、先刻と同じように鍵を外して扉を開いた。
「御機嫌よう、だぜ。フラン」
そう云いながら入った部屋は、恐ろしく暗かった。無意識に闇を恐れる人間は、これほどの闇に包まれ続けたならたちまち狂ってしまうだろう。背筋に冷たい汗が流れ、魔理沙は生唾を飲み込む。しかし、闇に対する恐怖は、その向こうから聞こえてきた明るい声音に吹き飛ばされた。幼い少女の声は、この室内の中でとても不釣り合いなものである。
「魔理沙! 遊びに来たの?」
「ああ、どうせ暇だろうと思ってな」
「それじゃこっちで遊びましょう? 何をして遊ぶ?」
「その前に明かりを点けても構わないか?」
好いよ、と了承の言葉が出ると、魔理沙は手の平に魔力を集め、それを上へ投げ出した。途端に光の弾が室内の天井近くに現れて、白い光が暗黒を暴き出す。
するとその部屋の片隅に置かれた寝台の上で、一人の少女がぱたぱたと背に生えた翼を動かしながら、純粋な眼差しで魔理沙を見ている。魔理沙は照れた笑いを一つ見せて、明るくなった室内の、冷たい床を踏みながら彼女に近付いた。無機質な壁に四方を囲まれた陰湿な部屋は、それだけで不愉快の感を魔理沙に与えている。
「この前はトランプだったからな、次はチェスを持って来た。少し難しいぜ」
「あら魔理沙、私を甘く見たら駄目よ。私だって立派な淑女だわ」
「これはこれは。非礼を詫びましょう、お嬢さん」
二人はそんな事を云い合って、笑い出した。そうして魔理沙はチェスの規則や駒の動かし方などを、一つ一つ詳しく教えて聞かせた。フランドールはその説明をにこやかな表情で聞いている。知らない知識を覚えるのなら、どんな事を教えて貰っても喜びそうな調子である。魔理沙は満面の笑みを咲かせるフランドールを見るのが好きだったから、フランドールと負けず劣らずといったぐらいに楽しそうにしながら説明をしている。
無邪気故か、素質故か、フランドールの飲み込みは速かった。そのお陰で魔理沙は同じ説明を二度する事なく説明を終え、二人はいよいよ対局に移る。魔理沙が持参してきたチェス盤を寝台の上に置き、対面にフランドールを座らせて、準備が整うとそれぞれの駒を定位置に揃えて行く。魔法の光が黒い駒を照らし、白い駒はその光を跳ね返す。フランドールはそれだけで楽しかった。そればかりでなく、魔理沙が前に居るというだけで楽しく思えてくる。
「それじゃ、罰ゲームは擽りの刑だ。覚悟しとけよ」
「望むところよ。勝つのは私だもの」
「そう甘いゲームじゃないんだぜ。――そら」
順調に駒を動かしていた二人だったが、不意を突いて魔理沙のナイトがポーンを取る。フランドールは思わず「あー!」と驚いたが、にやにやと勝ち誇った笑みを見せている魔理沙に対抗意識を燃やしたのか、一層奮起した様子で駒を動かした。が、初心者のフランドールがそれなりの回数をこなしている魔理沙に勝てる道理は何処にもなく、ことごとく読みを外した末に、とうとうキングが絶体絶命の窮地に追い込まれてしまった。
「チェックメイト、だな」
「むー、もう一回!」
「私は構わないぜ。その代わり負けたら擽りの刑に何か追加だな」
そうしてまた対局が始まる。
一回の対局で大分慣れたのか、フランドールは順調に駒を進めていた。対する魔理沙も同様である。二人は駒を動かす度に何事か話していたが、勝負が中盤に入るとフランドールの方は悩む事が多くなった。そうして唸っているフランドールを眺めながら、魔理沙はふと思う。図書館でパチュリーと話した事が頭の中に想起される。そして居た堪れない心持ちになり、突然目の前でうんうん唸りながら何処に駒を動かせば好いかと悩む少女を見て、憐憫たる想いを感じる。
――途端、魔理沙はそんな事を考えている自分が嫌になった。こんなに楽しそうなのに憐れむなど、どうかしている。自分は同情だけでこの暗い地下室へと赴くのではない。そう云い聞かせども、一旦自分を責めた声は頭の中から離れず、それに耐え兼ねた魔理沙は、それを吹っ切ろうとこんな話題を振った。
「なあフラン。此処から出て、遊びたいと思った事はないのか? こんな所で閉じ込まれているのなんて嫌だろ」
「あるよ。でもお姉さまは許してくれないし、パチュリーは邪魔をするわ」
「私からも話してみるし、お前が望むなら無理にでも連れ出して好いんだぜ」
そう云うと、フランドールは盤面を見詰めていた瞳を魔理沙に向けた。紅の双眸は驚きを露わにしている。こんな提案をされた事が今までに無かったからか、それとも別の理由によるものか、その判別は魔理沙には出来なかったが、その驚きとは反して彼女の口は中々開かれなかった。フランドールはただ、云いたい事を上手く云えぬかのように、目を瞬かせている。
「……ううん、好いの。だって魔理沙が来てくれるもの」
そうして彼女の瞳は盤面へと落ちる。病的なまでに白い、青味を含んだ指が白のクイーンを掴み、それが盤面を滑って動いて行く。魔理沙は心持ち沈んだ面持ちでその行く先を眺めるばかりである。
やがて、クイーンはある場所に止まる。そこには黒のナイトが置いてある。その場所を白のクイーンは奪い取る。けれどもそこはポーンにクイーンを取られてしまう場所である。ナイトを取ってクイーンを取られ返すのは少々分が悪い。それが明白となっている状況なのに、敢えてそこを選んだフランドールの意図は到底判らない。魔理沙は自分が有利になるように、そのクイーンを取る。フランドールは「取られちゃった」と寂しげに零した。
◆
魔理沙が去った室内は、まるで風が凪いだかの如く、同じ場所とは思えぬほどの静けさに満ちている。フランドールは天井に残されている魔法の光を仰ぎながら、一人寝台の上で寝転がっていた。傍らにはチェスの駒と盤面が置いてある。結局戦績は全敗で、次にやる時までには強くなれ、と云った魔理沙が置いて行ったものである。フランドールはその上に転がっている様々な駒を一瞥して、再び虚ろな天井に目を向けた。
遊び道具は沢山ある。床にはトランプが散らばっているし、独楽とかいう物も魔理沙が持ってきた。しかしそれらに触れる気にはならない。虚しさばかりが予感されて到底それらに手を付けられなかった。
フランドールは近頃、毎日思う事がある。自分は何故こんな所でつまらない時を刻んでいるのだろうかと。以前は人間という生物を知らなかった。そればかりでなく、他の生物についても殆ど何も知り得なかった。そこへ魔理沙や巫女がやってきて、彼女の生活は少し変化した。巫女はほとんど訪れないが、魔理沙は事あるごとにこの部屋に来る。それ故に、一人きりの時間は寂しいのである。元々何も無かったのなら、それに吝嗇する事もなかったのだから。
ところへ、扉が二三度叩かれた。もしや魔理沙かと思って、寝台の上に飛び起きたフランドールは、扉まで一目散に駆ける。そうして嬉々とした様子で「入って好いよ」と云うと、やがて扉は開かれる。――しかし、そこから姿を現したのは黒い三角帽を被った人間ではなく、純白のドレスに身を包み、背から蝙蝠のような翼を生やした姉の姿であった。
「こんばんは、フラン。ご機嫌如何かしら?」
「あら、お姉さま。機嫌は別に普通よ」
「そう、それは好い事ね」
フランドールの姉――レミリアはそう云いながら部屋の中を無遠慮に進んだ。そうしてベッドに腰を掛けて、その上に置かれているチェス盤を目に留める。フランドールはそんな姉の後を追って、寝台の上に座った。
「チェスなんてやっていたの」
「そうよ。魔理沙が持ってきてくれたの」
「そう。なら私とひと勝負しましょうか」
姉は楽しそうに笑んでいる。まるでこれが姉妹の在るべき姿だと云っているような笑みに思われる。が、拒否する理由は元より、暇な時間を再び一人で過ごすのも忍びなく思えたので、了解の意を示して、フランドールは姉の対面に座った。しかし魔理沙と対している時の、心の底から今を楽しんでいる自覚は浮かんで来なかった。
「最近、魔理沙が頻繁に来るみたいね」
「色んな遊びを教えてくれるのよ。この前はトランプをやったわ」
「楽しかった?」
「うん。あんな遊びがあるなんて知らなかったもの」
二人は交互に駒を動かしながら話す。しかし二人の会話と盤面の状況を見比べると、面白い差異がある。彼女らの会話は穏やかに進むが、盤面上では激しい戦いが繰り広げられている。ごちゃごちゃと乱戦の続く中心では白のナイトが敵陣へ攻め込もうとしている。対する黒の駒は堅実な守りを固めていて、白のナイトを取る。ところへ隙を見計らって黒のクイーンは敵のナイトを取った。全く好い位置に入り込んだ所為で、敵陣には明らかな混乱が見て取れる。
「ねえフラン。此処から出たいと思った事はある?」
「あるよ。でもお姉さまは許してくれないし、パチュリーは邪魔をするわ」
「そうね。だって貴方は狂気の悪魔。近付く者を壊す恐怖の象徴だもの」
「それならお姉さまは全身真赤に染めた悪魔。近付く人間を餌食にする恐怖の象徴だわ」
レミリアは白のクイーンを囲みつつ、「違いないわ」と云って、後にお互いにと付け加えた。フランドールは何も云わなかった。レミリアの批評が正しいとも間違っているとも云わなかった。肯定したのは姉だけである。
「それなら、何で私が貴方を此処へ閉じ込めているのか判る?」
その問いは、嫌になるほど繰り返された問いであった。フランドールはその度に判らないと答える。実際正しい答えなど知り得なかったし、知りたいとも思わなかったので、それが一番無難な答えに思われたのだ。けれども、その一方で姉のその言葉に云い知れない恐怖を覚えているからでもあった。幾度と繰り返されてきたその問いは、得体の知れぬ恐怖を孕んでいる。直接的な恐怖ではない。背後から恐るべき闇がじりじりと詰め寄ってくるかのような、性質の悪い恐怖である。
しかし、フランドールはそれが何たるかが判らなかった。判らないからこそ、一番無難だと思われる答えを返してきた。だから今回も無論、フランドールは「判らない」と答える。姉は短い相槌を打つだけであった。
「それにしたって、このクイーンは無謀過ぎるわね」
先の話題は唐突に打ち切られた。その代わりに、敵陣に飛び込んで散々黒の軍勢を荒らし回った白い女王は、とうとう周囲を囲まれてしまった。最早生きる手立てはないように思われる。フランドールはそれをすぐに悟った。どう動いても、女王は討たれるより他にない。しかも相手の女王は王の隣で悠然と立っている。彼女はなるようになれと、苦し紛れにポーンを取った。そして次の姉の手で、女王を討ち取られてしまった。
「これでチェックメイトね」
そこからは敗退への一途を辿るしかなかった。突如白の軍勢の中に切り込んだ黒の女王は、傍に従えたナイトと共にあっという間に白の王を追い詰めた。逃げ場は皆無である。その時に、フランドールの敗北は決定してしまった。
「駄目だわ。魔理沙にも負けちゃったし、お姉さまにも負けちゃった」
「初めての時はそんなものよ。誰だって最初は上手くないわ」
そう云って、レミリアは立ち上がる。フランドールは再戦を申し込む気にもなれなかった。何故だか、レミリアが傍に居ると居心地が悪い。しかしそれを云いたくないばかりに、意思表示もままならず、流されるままに事態に従うしかない。それだから、レミリアが立ち上がった事を心中で喜んだ。
「それじゃ、また今度来るわ。昼から起きていてもう眠いでしょう。お休みなさい、フラン」
「……お休みなさい、お姉さま」
そうして姉は口の端から覗く白い牙を人工的な光に煌めかせて、重い扉を開けて去って行った。その時に丁度フランドールの部屋を照らしていた魔法の光は消えて、暗闇が彼女の世界を覆い隠した。
悠然と進むこつという足音が遠退いて行く中で、フランドールは目を瞑る。そうして意識すらも深淵の闇へと落し、静かなる眠りへと就いた。
◆
「なあ、お前はどう思う?」
晴天が広がる空、しかし外気は凍えるほどに冷たい。太陽は空の中心で輝いているが、それでも身体を暖めるには至らなかった。そんな空の下で、博麗神社の巫女、博麗霊夢は境内の掃き掃除を行っていた。魔理沙はその様子を、縁側に腰掛けて見ている。そんな時に、卒然とした問いかけは何処か不自然だった。
「どう思うって、何が」
言葉の足らない事は魔理沙とて自覚している。けれども、明確に自分の意を示すのは憚られた。殊に相手が博麗の巫女である霊夢となると、それも余計である。彼女に対して自分の悩みを打ち明けたとて、魔理沙の望む答えは決して返ってはこないだろう。それは人情に囚われず、あくまで中立的な立場に身を置く人間として当然の事でもあった。
「フランの事なんだが、何時までもあそこに閉じ込められたままじゃ可哀想だろ」
「あんたが他人の、しかも妖怪の心配するなんて、きっと明日は雨ね」
「茶化すなよ。私は割と真剣なんだ。パチュリーじゃ話にならないし」
「パチュリーが駄目なら何で私に聞くのよ。身内でもないのに、どう思うなんて聞かれても判らないわ」
霊夢は興味なさげにそんな事を云う。まるで他人がどうなろうとも構わないといった調子なので、それが魔理沙の癪に障った。感情的な彼女にとって、霊夢の無感情振りは目に余るものがある。例えそう思っている事すら自己のエゴイズムだと自覚していても、感情的な人間は言葉を抑える術を持ち得ない。
「お前は何も思わないのか? 危害のないフランが閉じ込められているのなんて、どう考えたって理不尽だ」
そう云っていて、再び魔理沙は自分が馬鹿に思えてくる。まるで関係のない人間に何の根拠も示していない話をしたとして、何の意味があるだろうか。そうして同情が嫌いな自分が、フランドールに同情しているだなんて、そちらの方が理不尽ではないのかと。フランドールは同情だのといった難しい事など考えないだろうが、それでもそう思う自分を嫌悪するのならば同じ事である。魔理沙は地面を掃く箒を止めて、自分を見詰める霊夢を認めると、足元に視線を落とした。
「元来そんなものよ、妖怪と人間の関係なんて。あんた、少し勘違いが過ぎるんじゃないかしら。元々妖怪と人間は相容れない存在で、今だってそうなっている。なら妖怪がどうなろうとも、人間の知った事じゃないわ。むしろ危険と云われている妖怪が外に出てこないのを喜ぶ人の方が多いかもね。今の平和が尊いとしても、結局人から恐れがなくなる事なんてないわ。――覚えておきなさい、魔理沙。あんたは他の人間からしたら、普通じゃない人間なのよ」
魔理沙は内頬を噛むしかなかった。云い返す言葉は数あれど、霊夢の言葉を粉砕するほどの言葉は皆無である。あるのは外面ばかりを繕った、まるで内容を伴わない空虚な言葉でしかない。
しかし、それでも魔理沙は感情的な人間である。欲しかったのは正論ではなかった。ただ自分の背中を後押ししてくれる言葉だった。本来ならば迷いなく自分の思うままに行動する気質の自分が何故此処まで戸惑っているのか、その理由が判らない訳ではない。それを判っているからこそ、彼女には後押しが必要なのである。
「あんたはね、少し深入りし過ぎたのよ。今以上に悔しい思いをしたくないのなら、今の内に手を引きなさい。例え誰がどうなっても動揺しない心構えを持ちなさい。幻想郷の人間はそうやって生きてきたんだから」
――しかし、霊夢の言葉は何処までも現実的で、理想を夢見る魔理沙には最も辛辣なものであった。真なる心配かそれとも偽りの心配か、長い付き合いではあったが、魔理沙には判らない。ただ身体だけを心配されているのだけは判然としている。そうして精神の心配が全く放擲されている事も判然としている。だからこそ、魔理沙は霊夢の言葉を腹立たしく感じる。理想を見れば足を掬われると暗に示されているとしか思えないのである。
「そんな楽な生き方、何も面白くないな」
「楽な事以上に平和な事はないわよ」
「それでも私には刺激が必要なんだぜ。お前のようにはなれない」
「他人の世話ばかり焼いて、自分の世話が出来ないだなんて、とんだ間抜けのする事よ」
「間抜けでも好いさ。霊夢みたような人間は安穏とお茶を啜っているのが似合う」
そうして魔理沙は帽子を目深に被り、立ち上がった。箒は傍らに置いてある。それを手に取ると、彼女はそこへ跨った。霊夢はその様子をただ見ている。興味があるようには見えない。また心配しているようには尚見えない。彼女はただ事態を傍観する人間に成り切っている。目先の事などには頓着する様子がなかった。
「――ああ、もう少しでクリスマスだな。雪でも降れば好いんだが」
そう言い残して、魔理沙は寒空を飛んで行った。後に残された霊夢は、その後ろ姿を見送る事もなく、何事もなかったかのように掃き掃除を続ける。地面と箒とが擦れる音が、静謐な境内の中に響いている。
◆
魔理沙は例の如く施錠されていた扉を解除して、長い階段を降りていた。そうして足に疲労を溜めながら、どうしてこんなに長い階段を作ろうという気になったのか理解に苦しんだ。それとも、これこそが隔たりを表すものなのかと考えてみたが、そうすると気分が害されてしまい、階段を降りる足にも力が入ってしまう。同じ館の住人を、こんなにぞんざいに扱うなど彼女には考えられない。自分のように家族に認められないまま勘当された身ならばともかくとして。
「フラン、魔理沙様のご来訪だぜ」
やがて行き着く重苦しい扉を易々と開けて、魔理沙は再び呼び掛ける。するとすぐに明るい声音で返事が返ってくる。魔理沙はそれを確認して魔法による明かりを点けて、片隅の寝台に目を向けた。
そこには昨日置いて行ったチェス盤を自分の前に広げて、一人で対局をしているフランドールの姿がある。どうやら練習していたようで、魔理沙は感心しながらそこへ近寄った。
「少しは強くなったか? まあこの私にはまだまだ及ばないだろうけどな」
「ちゃんと練習したんだから、きっと勝てるわ。油断しちゃ駄目だよ」
「それは楽しみだな。失望させるなよ」
そう云いつつ、魔理沙は柔らかい金の髪を撫でてやった。フランドールはそれで気持ち好さそうに喉を鳴らす。こんなにも幼いというのに生きてきた時間は自分とは懸け離れているというのだから、魔理沙は敬服せざるを得なかった。フランドールは長い期間を独りで過ごしていたのだ。それが自分だったなら、とても耐えられまい。
しかし魔理沙は一方でこう思う。もしも自分が同じ境遇に立たされたなら、狂ってしまうのではないかと。そしてまた、フランドールも狂っていたのではないのかと。そうする事でしか孤独という圧倒的な恐怖の前に精神は引き裂かれ、他人から狂っていると評されても仕方がなくなるのではないかと思った。が、こうして目の前で気持ち好さそうに頭を撫でられているフランドールが狂っているとは到底思えなかった。
「と、その前に。フラン、クリスマスって知ってるか」
「クリスマス?」
「ああ。なんでもキリストとかいう神様の生誕を祝う日らしいんだが、――まあそんなのはどうでも好いとして、とりあえずおめでたいから騒ぎましょう、って日だ。しかも好い子にはプレゼントもある」
魔理沙の予期した通り、フランドールはクリスマスの事など何一つとして知らなかった。不思議そうな顔をして、魔理沙の説明を聞いている。が、その説明を聞き終えるとさも嬉しそうに頬を綻ばせて、魔理沙に抱き付いた。
「魔理沙が来てくれるの?」
「いいや、私じゃない。サンタクロースが来てくれるんだぜ」
「サンタクロース?」
「プレゼントをくれる爺さんだ」
魔理沙はわざと意地悪く笑んで見せる。フランドールはそれで簡単に騙されてしまうくらいに根底が純粋な少女である。判り易く消沈すると、俯いてしまった。魔理沙はそんなフランドールが見せる色々な表情を、此処に通う内に好きになった。悲しければ泣き、嬉しければ笑い、腹が立てば怒る。直情的に生じる彼女の行動は、まるで幼い妹を見ているようで、魔理沙の心持ちを穏やかにする。魔理沙の持つ一種の嗜虐心は、そういう理由の元に擽られている。
「サンタクロースは嫌なのか?」
「だって知らないお爺さんが来たって面白くないわ」
「そうか。まあフランの所へくるサンタは、金髪で、黒い帽子を被ってて、白黒の服を着ている奴だろうな」
そう云ってまたフランドールの頭を撫でてやると、一層嬉しそうに笑う。魔理沙の背中に回された腕には力がこもり、服を通しても体温が伝わってくる。魔理沙はそれがこそばゆく、また照れ臭くあったので、優しく離れるように促した。フランドールは離れても満面の笑みを咲かせている。純朴故に溢れ出す愛嬌はとても妖怪だとは思えない。彼女の口端から存在を主張する白い牙も、今では可愛らしく映る。
魔理沙はそんなフランドールを見て思う。彼女は狂ってなどいない。ただただ純粋に生きている。それをどうして狂っているなどと云えようか。恐らく他者は彼女を恐怖その物として見ているのだ。誰も内面を見ようとはせず、外面ばかりを気にしているのだ。魔理沙からすれば、そんな短絡的な思考の元に行き着く結論を出す者の方が狂っているように思われた。しかし、霊夢から云われた言句はこんな時にも頭の中に響く。
――あんたは他の人間からすれば、普通の人間じゃないのよ。
「クリスマスはもうすぐだぜ。楽しみにしておけよ」
「うん! 私きっと好い子にしてるわ。サンタさんからプレゼントを貰えるように」
「好い心がけだな。その意気ならサンタも来るだろうさ」
そんな事を云って笑い合いながら、二人は寝台へと座る。フランドールは喜色満面の様子である。魔理沙も――魔理沙は何処か不安そうにしている。金色の瞳には憂いの色が燻ぶっている。クリスマスはもうすぐに近付いているけれども、何か云い知れない不安が払拭出来ないでいる。虫の知らせとでも云うのか、彼女は不吉な何かを感じながらも寝台の上に広げられた盤面に目を移す。そうして既に並べられている駒を見て、嫌な事など考えないように、対局に注意を払い始めた。
そんな時、全く予期していなかった音が二人の鼓膜を劈いた。重厚な扉を叩く音が、静かな部屋へこんこんと響いている。二人は同時に振り向く。音はまだ鳴っている。それを無視する訳にも行かず、またその扉を叩く者が誰なのか見当が付いているフランドールは、入室を許可するしかない。心持ち沈んだ声音で「入って好いよ」と云うと、間もなく一人の少女が部屋へ足を踏み入れた。蒼銀の髪が美しく靡くフランドールの姉は、怪しげな笑みを土産に二人を見比べた。
「あら、魔理沙。貴方がこんな所へ居るなんて珍しいわね」
そう云いながらレミリアは寝台へと歩む。フランドールにはその言葉が不自然に感じられる。昨晩姉には魔理沙と頻繁に遊んでいる旨は告げている。それを一日足らずで忘れるほど頭が足りていない訳ではあるまい。彼女は猜疑の光を瞳に湛え、さも穏やかに笑んでいるレミリアを見たが、彼女は何処か飄々としていて、フランドールの視線も躱してしまっている。まるで何の痛痒も与えてはいない。妹には姉が、一種奇怪な生物に思われた。
「最近好く来るんだぜ。そういうお嬢様もこの時間に起きてるのは珍しいな」
「早起きが好きなだけよ。全くこんな所で会うなんて、奇妙な偶然ね」
「お前に偶然なんて言葉似合わないな。私が此処に来るのを当てていたんじゃないのか?」
魔理沙は冗談めかしてそう云った。あくまでその言葉には冗談の霧がかかっている。けれどもレミリアは「さあね」と含ませぶりな口調で云ったきりである。フランドールはますます違和を感じない訳には行かなかった。姉の言葉のことごとくが剣呑のように思われる。けれども魔理沙にはそんな事を感じている様子はない。そうして気の所為かとこの問題を放ってしまった。それが何だか言訳染みていて、彼女は頭を軽く振って気分を切り替えた。
そうして魔理沙とフランドールは盤面に並べられた駒を動かし始めた。レミリアは観客に甘んじている。楽しそうな表情で、揺れる戦況を眺めている。何の掣肘も出さず、戦いの行く末を見守っている。
「――ああ、そういえば」
ナイトを敵陣に進め、クイーンを捉えると魔理沙が思い出したように口を開いた。
「悪いサンタがクリスマスの日に、お姫様を連れ出すからよろしく頼むぜ」
誰にともなく云った言葉は、姉妹の内、妹だけを驚かせた。明るく輝いた顔で魔理沙に詰め寄り「本当?」と聞いている。距離があまりに近いものだから、魔理沙は苦笑しながらフランドールを宥めて、「黒いサンタは悪い奴なんだ」と云った。それを聞くとフランドールは更に嬉しそうにする。そんな反応に気を好くして、魔理沙は頭を撫でてやる。えへへと可愛らしい笑みを含みながら、フランドールは盤面の駒を動かした。
魔理沙は自分が発した言葉に、ある打算を秘めていた。自分の理想を放擲してまでフランドールを独りにするくらいなら、最も自分らしい方法で理想を現実に変えて見せるという理念の元に生まれた打算である。魔理沙は横目に姉の姿を認めると、無防備になっているクイーンをナイトで取った。戦況は一気に魔理沙の方へと傾いて、瞬く間に白のキングは追い詰められてしまった。フランドールがあっと声を上げると同時に、「チェックメイト」とレミリアが云った。
「フランもまだまだね」
「でも前よりは強くなってるな」
異なった批評を受けて、フランドールは後者にだけ嬉しそうな反応を示す。練習したんだよ、と云っている。彼女の幼い容貌が醸す愛嬌が前面に押し出され、無邪気な笑顔が花開く。魔理沙はまたフランドールの柔らかな金の髪を撫でてやった。その時には「私にはまだまだ敵わないが」と付け加えた。
「よし、強くなったご褒美だ。サンタに願い事でも届けてやるぜ」
「願い事?」
そう云われ、フランドールは不思議そうに目を丸めた。サンタクロースがどういう人物なのか、まるで忘れてしまっている。けれどもそんな所にも彼女の愛嬌は顔を出す。遊び方を知ったフランドールは、今や恐ろしい悪魔の妹ではない。邪気のない子供のようである。魔理沙は過去の映像と、今の映像とが次第に乖離して行く心持ちになり、それが何だか面白くて、もう一度サンタクロースがどういう人物なのか、教えてやった。
「サンタはクリスマスに好きな物をくれるんだぞ」
フランドールの目はそれで輝きを増す。嬉しさを隠す術を知らず、またその意義も知らないようである。一塊の猜疑心は既に何処かへ行ってしまった。彼女の心はただ純粋な随喜で占められている。
「じゃあ私、魔理沙が好いわ」
「おいおい、私は物じゃないんだぜ」
「でも他に欲しい物なんて思い付かないんだもの」
一転して今度は寂しそうな顔になる。しかしそれは、歓喜の坩堝を根源に置いた寂しさである。決して空虚な495年間の孤独がもたらしていた寂しさではない。元よりそれは彼女に寂しさすら与えなかった。与えたものと云えば、寂寞も憤怒も煩悶も、全てを蔑ろにしてしまう恐ろしいまでの狂気だけだった。今までの彼女はその上に証明されていた。空虚な過程は狂気を自分と同義にする結果を生み出しただけなのだから。
「そうか。それならサンタも叶えてくれるかも知れないな。――但し、ちゃんと好い子にしてるんだぞ」
フランドールは強く頷いた。姉はそんな妹を見詰めている。穏やかな笑みは始終湛えられたままである。そうして魔理沙とフランドールが微笑ましい遣り取りをしている中で、チェス盤の上に手を伸ばし、黒い騎士が白い女王を取る直前の状況へと場を動かしている。それが終わると、やがて彼女は白い騎士を手に持った。
「此処に動かしていれば、クイーンは取られなかったのにね」
かつ、と乾いた音が鳴り、黒い騎士が盤面に転がる。
先刻それが立っていた場所には、白い騎士が悠然と佇んでいる。……
◆
「それじゃ、そろそろお暇するか」
魔理沙はチェスやら何やらに一段落が付くのを確認すると、そう云って立ち上がった。それを見てフランドールの眉は八の字を描く。瞳は寂しそうに揺らいでいる。そしてまた、一種の恐怖が見て取れる。しかし微細過ぎるその変化が魔理沙の目に留まる事はない。またそれを自ら主張する事も出来ずに、フランドールは今度は何時来るのと尋ねた。
「クリスマスの日にまた来るぜ。丁度サンタが来る日だ」
「じゃあ私、好い子にして待ってるわ。じゃないとプレゼントは貰えないもの」
「ああ、そうしろ。そしたら必ずサンタはプレゼントをくれるはずだ」
笑いながらそう云って、魔理沙は壁に立て掛けて置いた箒を手に持つ。レミリアは何とも云わずにその様子を眺めている。魔理沙はそれを見て、今度はレミリアに声を掛けた。
「じゃあ、そういう事なんでな。クリスマスは大事なお姫様が失踪するぜ」
「さあ、それはどうかしらね」
そんな冗談を区切りに、魔理沙は鉄の扉から出て行った。部屋の中は嵐が過ぎ去ったかのような静けさに包まれる。その中で一組の姉妹が無為に時を過ごしている。二人の間に、暫くの間は会話は生まれなかった。ただ呆けているようにも見受けられるが、フランドールには一種の恐怖と寂寞が、レミリアには何とも付かない光が瞳の中に灯っている。そんな二人では、自然会話が弾むような話題が上がる事はない。
「――ねえフラン」
そんな時間が幾らか流れた頃だった。姉は唐突に妹の名を呼び、真摯な眼差しで彼女を見詰めた。けれどもやはり、その瞳に揺らぐのは何とも付かない曖昧な光だけで、それから姉の思考を読み取る事は妹には出来かねた。ただ無感情のようにも見えてしまう瞳が、何処か空恐ろしくもあり、神にも勝る慈顔のようにも見える。それだからフランドールは無邪気に「何?」と答えるしかなかった。慳貪に接するのは、何故だか憚られたのである。
「何で此処へ閉じ込められているのか判る?」
ああ、まただ。フランドールはそう思いながら、しかし露骨に迷惑を表現する訳でもなく、姉の瞳を見返した。濁りのない紅の双眸は全てフランドールに向けられている。ことごとくがそこから漏れ出ない。一か所に集中した視線には矢のような鋭さを感じる。妹は一呼吸を置いて、何時もと同じ回答を呈するより他になかった。
「判らないわ」
そう云うと、姉の双眸は細められる。白い牙が魔法の光を受けて輝く。口端は吊り上がる。妹の方の牙は見えなかった。全て口の内に隠されている。それだから彼女が笑む事はなく、憮然とした表情は端的にしろ、確かな畏怖と迷惑とを初めて示唆している。が、姉はそんな事に頓着する様子もなく、宛然として微笑んでいるままである。
「それならもうすぐ教えましょう。――きっと、近い内に」
別に知らずとも構わない。フランドールはそう云おうとして、開きかけた口を寸前で閉じた。何故そうしたのかは判らない。危機を感じた訳でもなければ、その必要性を咄嗟に感じた訳でもなかった。フランドールはただ、確かに自分は無知なのだと判然とした自覚を持つに至っただけである。何故そんな行為に及んだのかも判らないのは、自分が無知であるのを確かに知ったからなのだ。だからこそ、彼女は既に示され始めている答えに気付く事も出来ない。長らく繰り返され続けている姉の質問の真なる回答を、自ら遠ざけている。
「じゃあお休みなさい、フラン。クリスマスもすぐにやって来るわ。楽しみね」
そうしてレミリアは立ち上がる。フランドールは心中に安堵の溜息を落とす。姉が居れば自分が自分で無くなるような錯覚にとらわれるのは何故なのだろうか。初めて自分に問うた問題に、答えを出す事は叶わなかった。知りたくないという願望の表れだったのかも知れないが、それでも純粋過ぎる彼女には自分が無意識の内に落とした安堵の溜息にすら気付けない。
「お休みなさい、お姉さま」
――狂っている。
何もかもが歪で、決して嵌らない歯車が軋む粗末な玩具。それらを表現するには狂っているという言葉だけで充分である。紅い館は今もそうして恐れられている。
彼の場所は時間が狂っている。彼の場所は空間が狂っている。――彼の場所は、住人が狂っている。
果たして誰が。そう問えば必ず返って来るのは、悪魔の妹の名なのである。
◆
寒空は鈍色に煙っている。快晴とは程遠い空が広がる下を、黒い影が駆け抜ける。聖夜まで残り僅かとなった時日、霧雨魔理沙は多少の焦燥を禁じ得ない心持ちで、苦い表情を引っ提げたまま魔法の森を目指して重苦しい空を駆けている。
彼女は最近になって休息の暇を作れぬほどに忙しい身となった。約束をした以上、破る訳にはいかず、守れない約束はしないという主義を掲げている限り、一度交わした契りを裏切る事は何としても避けねばならない事である。彼女はそういう自身の気質を自覚しながら、最終手段として自分も居を構えている陰湿な森を目指していた。
無論万事の策が尽きた中で向かうのは安息極まる我が家ではない。その近辺には頼りになる人物が二人いる。魔理沙はその内の一人を尋ねようと、魔法の森に向かっているのである。もう一人の方を訪ねるには、自分が持つ要件は些か恥ずかしい。本来ならばそんな事は些事であるのだが、魔理沙の意地はそんな小さな矜持も最後まで守ろうとしている。それだから、彼女が向かうのは小奇麗な家ではなく、古びて寂寥感を漂わせる店であった。
魔理沙が幼き悪魔の妹にプレゼントは何が欲しいと尋ねた時に、欲しいのは魔理沙自身である事を聞いた。けれども、プレゼントとして自分自身をそのまま渡す訳にも行かず、その代用として何かないものかと幻想郷中を奔走した結果、彼女が得た物と云えばふざけた回答ばかりであった。
胡散臭い大妖曰く、「自分にリボンでも巻いて差し出せ」。
現時点で怠惰な日々を送っている巫女曰く、「そんな事知らない」。
医学の知識に富んだ不死人曰く、「貴方の複製でも作ってあげましょうか」。
そんな、自分の矜持をかなぐり捨てねば決して成立しようはずのない提案を受けて、そのいずれも却下した魔理沙はとうとう困り果てた挙句に、なるべく近付かないようにしている人里を尋ねた。そうして、適当な店を歩き回って、結局何も見付からず、里の守護者の元を尋ね、漸くまともな助言を得たのである。――里の守護者はこう云った。
「よほど好かれているらしいな。そんなに悩むのなら自分自身を差し出せば好い。なに、そっくりそのままという訳じゃない。本当にそんな事をする者がいるのなら、それは奇特というものだ。だから発想を変えてみれば好いんだ。人間は人間の模倣としてヒトガタを作っただろう。そう、人形だ。何もあの娘が本気でお前自身を欲しがっているという訳ではあるまい。自分の模倣として人形を作ってあげれば喜ぶんじゃないか。どちらにしろ、自分自身を差し出せる覚悟がないのならそうするより他にない。ただ忘れるな。自覚がないのかも知れないが、お前は踏み込んではならない領域に踏み込みつつある。判然とはしていないが、――決してそれを忘れるな。私だからこそ、それを知っている」
守護者の助言の一つは実に魔理沙を助け出している。けれども一方の助言は魔理沙には余計なお節介のように思われた。人間を愛する守護者ならば、自分が起こす行動について快く応援してくれるだろうという期待を抱いていただけに、その忠告は魔理沙にとって喜ばしい事には成り得なかった。何時か巫女の云った言葉は、そうしてまた彼女の頭に蔓延り始める。
真なる本人を知らない者は一様にしてそんな事を云う。魔理沙の知っているフランドールという妖怪は、危険など何もない。それを判っていないからこそ、周囲の人妖は注意を促す。かつて孤独な時間を、それこそ気が狂うくらいに過ごしてきた少女に温もりを与えるのが、どうして忠告されねばならない事なのか。善人を気取っている訳ではない。魔理沙は無知なる人妖が吹聴を続けた挙句、歪んだ真実を知った者達の言葉に影響を受けている言葉を聞くのが嫌だったのである。――狂っているのはそういう者達だ。欺かれているのを自覚しようとしない者達の事だ。
魔理沙はそう自分に云い聞かせながら、遠方に魔法の森を認めた。今の速度を保てば程なく到着する事であろう。彼女は徐々に高度を下げながら、箒を握る手に力を込めて、やがて魔法の森の脇へと着地した。
目前には見るからに寂れている粗末な店が一軒、冷たい風に晒されながら建っている。玄関の庇の上に掲げられた看板には見知った文字で「香霖堂」と書かれている。魔理沙は嘆息を一つ白い息に変えてその店へと入って行った。玄関の戸を開ければがらがらと喧しい音を立てて扉が開く。すると、もう嗅ぎ慣れた、何処か古臭い匂いが香ってくる。そうして雑然と商品が並べられている薄暗い店内を進むと、間もなく店主が安楽椅子に腰掛けて書見しているのが見えた。
「よう、香霖。頼み事があって来たぜ」
「何時も通り突然の来訪だね。折角の読書が冷めてしまった」
「読書なんかより私を助けてくれよ。お前らには時間なんて有り余ってるだろ」
無遠慮に机の上へと腰掛けて、魔理沙はそう云った。香霖と呼ばれている店主――森近霖之助は、ほとほと呆れたとでも云うように深い溜息を落としながら本をぱたりと閉じる。そうして「全くだ」と答えると改めて姿勢を正して魔理沙に向き直った。冷やかな瞳には、交渉の報酬を期待する色は見えない。最早そういう希望も諦めているかのように、霖之助は今回は何だと云いたげに魔理沙を見ている。けれども、魔理沙は霖之助の予想を覆す言葉を紡ぎ、彼を驚かせた。
「そんな嫌そうにするなって。金は払うつもりなんだから」
「へえ、君が何とも意外な事を云うね。どういう風の吹き回しだい」
「何処ぞの魔女と同じ事を云うんだな。私は根っからの善人なんだぜ」
「はは、まあ、そういう事にしておこうか。それで、頼みとは」
霖之助は魔理沙の言葉を別段本気に捉えている気色も見せず、あくまで冗談の一種と思いながらそんな事を聞く。魔理沙はそれが少々不愉快だったが、無駄に抗議をして時間を潰すのも徒労だと思い直し、要件を提示する事にした。が、中々その言葉が出てこない。頻りに「ええと、何というか」などと云っている。全く判然としない。魔理沙の云いたい事は躊躇わずに云う性格を長らく眺めてきた所為か、霖之助にはそれが奇妙に映る。終いには「大丈夫かい」と尋ねる始末である。魔理沙はどうしようもなく恥ずかしくなると共に、思い切って云ってしまおうと考えた。
「……その、だな。私の人形を作って欲しいと思って」
「人形? 僕が、魔理沙の?」
霖之助は眼鏡の向こうにある瞳を丸くさせ、あからさまに驚きの感を示し出した。普段人形など集める趣味を持っておらず、そしてまた、人形を持つような印象を与えない魔理沙には、その霖之助の驚きが殊更に恥ずかしく思われた。その上その人形は自分を見本にして欲しいなどと云ってしまえば、彼女が感じる恥は計り知れない。そんな彼女に追撃を掛けるが如く、霖之助は暫時魔理沙と見詰め合った後、堪え切れずに吹き出した。
「あはは、まあ、何というか、君も、そういう年頃なのかい」
「そんなに笑うなよ。私が持つ訳じゃないんだ」
「ああ、悪かった。どうにも魔理沙がそんな事を云うと面白くてね。それで、何でそんな事を頼みに?」
「失礼な奴だな。私はただ囚われてるお姫様にプレゼントしようと思ってるだけだぜ」
心持ち頬を膨らませながら魔理沙が云うと、霖之助は漸く笑い終えたのか、目尻に溜まった涙を人差し指で掬って、「お姫様?」と不思議そうな顔をした。そうして魔理沙が紅魔館の悪魔の妹だという事を説明すると、先刻笑い転げていた時の面持ちを影も残さず消し去って、急に真面目な顔付きになった。あまりにも急激な変化だった為に、魔理沙は少し驚いて、真剣な眼差しで自分を見詰めている霖之助を見遣った。
「確か、最近好く行っているそうだが」
「ああ、まあな。あいつも独りじゃ寂しいだろうし、行けば喜んでくれるしな」
「君も妙な位置に立っているね。全く関係のない事じゃないか」
「妙じゃない。今の幻想郷じゃ普通の事だろ。別に妖怪と人間が仲良くしていようと」
魔理沙の主張は、しかし霖之助を納得させるに至らなかった。何処か暗然とした雰囲気が店内を包み込む中、霖之助は首を横に振る。諦念を表すかのような、呆れたかのような、曖昧な仕草である。魔理沙には何故この場でそんな事をするのかとんと判らない。一種自分を馬鹿にされている心地までする。彼女の心境は楽しいとは到底云えぬ。
「妙だよ。好いかい、魔理沙。今の幻想郷じゃ普通だと君は云ったが、本来ならば今の幻想郷がおかしいんだ。それもまた、一部の人妖にしか通用しない表現だが、それでも断言出来る。人間は妖怪を恐れるもので、妖怪は人間を喰らう存在だってね。決してその異種間に交流を持とうだなんて思考は存在しないんだよ。つまるところ、君は人間だが普通じゃないんだ。自ら恐ろしい妖怪の潜む居城に向かう時点で、普通とは程遠い」
霖之助は諭すでもなく、また叱咤するでもなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ。それは魔理沙からすれば、まるで霊夢と同じ言葉であった。現実的で、物事の本質を見ていない。フランドール=スカーレットがどういう少女なのか豪も考えていない。そうしてその人格を無視し、危険だと決定し、可能性を断とうとする。魔理沙は自身の心頭に怒りの青白い焔が灯った心持ちがした。決して幸福でない境遇に居るフランドールを更に追い詰めようとする全ての人間へ掲げた焔である。限りなく利己的で、限りなく献身的な焔である。魔理沙は唇を噛み締めた。
「僕のような生来微妙な位置に立っている者からすると、そういうのが好く判る。里に行って人間を見てみると好い。彼らが妖怪の存在を喜ばしいと思っているようには到底見えないだろう。誰彼も恐れを抱き、妖怪が出たと云えばそこから離れようとする。あまつさえ退治しようと考える人もいる。元来妖怪と人間はそういう関係なんだよ。――深入りしてはならない。人間と妖怪とじゃ何もかも違い過ぎるんだ。だからもう一度考えてみてくれ。君が本当にあの場へ行くべきかどうか。そして、何故彼女が閉じ込められているのかどうか。必ず理由はあるはずだから」
ふん、と鼻を鳴らして、魔理沙は霖之助に背を向けた。腹立たしくて仕方がなかった。まるで自分が間違っていると云われているかのような心持ちで、到底平穏では居られない。
「その理由が曖昧だから、私から会いに行くんだよ。でないとフランが可哀想だ」
「……僕は何も云わないがね。一応の注意だけはしたつもりだよ。人形の話なら、僕の技巧では無理な話だから、君ともう一人、魔法の森に住んでる魔法使いの元へ行けば好い。話せば作ってくれるんじゃないか?」
「云われなくともそうするつもりだぜ。じゃあな、香霖」
そうして魔理沙は店を飛び出して、今度は箒を手にしたまま、隣りで鬱蒼と茂っている森の中へと足を踏み入れる。湿った土の匂いと朽ちた木の匂いなど、好い気分にはなれないものを感じながら、魔理沙は乱暴な足取りで進みゆく。やがて辿り着く小さな家で、彼女を出迎えた女性に件の依頼を持ち出すと、彼女は笑いながらも作ってくれると約束した。クリスマスまでには間に合わせてみせる、というその心強い言葉は漸く魔理沙に休息の暇を与えた。
暗雲が常に自分の頭に傘を差している心地になりながら、魔理沙はフランドールの事を考える。魔理沙が欲しいと彼女は云ったが、自分に似せた人形をあげても許されるだろうか、あるいは喜んでくれるだろうかと、そんな懸念ばかりが頭を過ぎる。けれども、絶大な不安を与えているのはそんな瑣末な事ではない。まるで無限の眼の前に晒されているかのような不安に陥っている要因は、霊夢や霖之助の言葉が脳裏に蘇り、彼女を苛めているからである。
魔理沙が眠りに就く時、彼女は月の光さえ一切を覆い隠してしまっている分厚い雲を窓から眺めながら、自らに課した約束を成し遂げて見せると今一度誓いを立てた。冷たい風が窓を控え目に叩く夜、クリスマスまでは僅かな猶予しかない。人妖、交わらざる二つの種の間に立ちはだかる壁は決して壊せぬものではないと、彼女は心中に呟く。そうして色々な者から受けた忠告を想起しながら、気分の悪い睡眠へと落ちて行った。……
◆
幻想郷という一つの世界に於いて、その日が常識的に知られた特別な日なのだと知る者は少ない。元々そんな概念は他の国から渡ってくるもので、全ての世界から隔絶された幻想郷では、それを知る機会など皆無であった。けれども一部の者はそれを知っている。あるいは書籍を通して、あるいは博識な者の教えから。魔理沙もそういう人物の一人である。そうして他国から渡ってきたと思われる悪魔の妹を楽しませるには、クリスマスという日は打って付けだと考えた。
その当日が今日である。フランドールはその日を教えて貰った時から、昨日と今日にかけて眠る事など出来なかった。世界を知らない小さな胸は期待に溢れ、到底彼女を寝付かせなかった。フランドールは外界から隔絶された鳥籠のような部屋の中、時間すら把握出来ぬ暗闇に佇みながら今か今かとサンタクロースが訪れるのを待っている。無論そのサンタクロースは幼子が信仰するような者ではない。それだから余計に、彼女の興奮は収まらないのである。
――しかしそれ故に、部屋の外の何処かで耳を劈く轟音が鳴り響いた時は、心臓が飛び跳ねるくらいに驚いた。その音は紅魔館全体を揺らすだけに留まらず、大地さえ揺るがしているのではないかという錯覚を引き起こすぐらいに思われた。しかし、期待に満ち溢れるフランドールにはそれすらも祝砲のように感じられる。もしかしたら魔理沙が来てくれたのかも知れない――そんな淡い希望が芽生え、今か今かと待ち望む心は、一層落ち着かなくなる。
轟音はそれからも立て続けに響く。フランドールが居る部屋の天井からはぱらぱらと埃が落ちる。誰かが戦っているのかも知れない、そんな事を思いながら、小さな胸に溢れ出す期待は次第に不安へとすり替わって行った。
「……」
轟音が一度止まれば物音一つしない沈黙が舞い降りる。フランドールはその度に一つの懸念を感じる。もうどれぐらいの時が経ったのかも判らない中で、とうとう魔理沙が紅魔館への入館を許されなかったのではないだろうかという考えが生まれてしまう。何故なら"彼女"は聞いてしまったのだ。魔理沙と話している、その内容を。そうしてフランドールは知っているのだ。何故自分がこの仄暗い部屋で過ごす事に甘んじ、力を行使すれば容易に出られる脆弱な封印を破壊する事もせず、孤独な時を今まで過ごしてきたのか、それを理解しているのだ。
人間が解放を渇望する鳥達を何故籠の中に閉じ込めるのか、それは誰もが知っている。あまりにも利己的で、あまりにも献身的な考えの元に鳥達は束縛を余儀なくされる。ひとえにそれは、寵愛という歪んだ愛。それが高じて尼になったとて、それを気にする者はいない。歪んだ愛は人格を狂わせる。しかし籠の中の鳥は反論も出来ぬ。それだからフランドールはこの籠の中に甘んじている。それは一つの愛。純朴たる彼女の愛は、決して狂ってなどいない。
その内、轟音は漸く収まった。
そうして彼女の扉が叩かれる。
「魔理沙!」
来てくれた、その想いがフランドールを立ち上がらせる。そうして暗闇の中を扉まで一直線に駆け、逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと重い扉を開いて行く。
――彼女は愛されている。であれば扉を開いて現れた彼女の横を通り抜け、外まで後ろを顧みずにに駆けて行くなどと、誰が出来ようか。これこそが愛情だ。全き愛の悲劇だ。そうして喜劇でもある。滑稽で仕方がない。とりあえず、笑えば好いのだ。フランドールはそう思った。
「こんばんは、フラン。サンタクロースからプレゼントが届いているわ」
この暗闇を照らしてくれる人はそこに居ない。フランドールと同じ夜を暴く目を持つ彼女は、そのまま暗闇の中へ足を踏み入れる。本来純白であるはずのドレスはあちこちが破れ、あちこちが泥に塗れ、病的に白い肌には幾つかの傷。蒼銀の髪の毛には白い雪が少しだけ掛かっている。そして手に持っているのは、金色の髪が眩しく光る、暗闇にさえ決して劣らぬ色彩を誇った縫い包み。黒と白が誇張される服に、大きな三角帽。確かに自分が望んだプレゼントだ。フランドールは「あはは」と笑う。
つられて姉も笑い出した。レミリアは「ふふふ」と笑う。縫い包みを差し出して、フランドールを寝台に座らせ、自分もそこへ腰を掛けると、紅の双眸を細めてフランドールを見詰める。白い牙が口端から垣間見える。フランドールの牙は口中に隠れている。歪んだ口端は姉のものである。――そうして彼女は、優し過ぎる口調で、柔らか過ぎる声音で、甘い甘い言葉を、愛する妹へ、云った。
「――ねえフラン。どうして私が貴方を、此処に閉じ込めているのか判る?」
初めての聖夜。過ごす姉妹はかくも美しい。何故ならそこには、燦然と煌めく愛がある。フランドールはうんと答える。姉は満足げに微笑んで、そうと云う。寝台の隅に置かれた盤面には、黒の騎士と白の女王が、白の騎士の前に立っている。叶わぬ願いの顕現が、そこに成されている。――
「フラン、愛しているわ」
姉のその言葉が幸福の具現であったなら。
そうしてそれを享受していたのなら。
妹の丸い瞳から、透き通った雫が落ちる事は無かったに違いない。……
――了
んー狂っている。狂っているけど美しい。
でも周りの人々の魔理沙への態度がどうしてもしっくり来ませんでした。慧音はともかくとして霖之助はフランの事情をある程度は知っていてもそこまで深く考えているのかなー、と
魔理沙が「悩む」ためだけに出された感じがしてしまいました
良い意味でドグラマグラのような非日常的感覚を演出する効果があったような気もします。
ただ冒頭の
『パチュリーは霧雨魔理沙が図書館へ歩いてやって来て、その顔を見た途端にそんな皮肉を云った。普段なら自慢の箒に跨り室内という事などまるで無視した速度で図書館へ奇襲をかけ、傍若無人の限りを尽くして膨大な書物が保管されている図書館を荒らして行くにも関わらず、客人として来訪した魔理沙には驚きを禁じ得なかったからである』
という部分なんですが、構文的にちょいと変な感じがしました。
最初の一文目は、たぶんこのままでも良いですが、指示語の連発はあまりよくないこととされていたような。
二文目は、『普段は~関わらず』を受ける言葉がないのが変なのかな。
関わらず=であるのに、として考えると、
普段なら~図書館を荒らしていくのに~(今回)客人として来訪した魔理沙には驚きを禁じえなかったからである。
と変換すると、うーん。正しいのか?
とりあえず文意は伝わるからこのままでもいいかも……。
という曖昧模糊とした指摘はこれぐらいにして中身のほうについて感想。
テーマは狂気ですか。
わかりやすい結末で、予定調和に流れていってますね。綺麗にプロットを組んだ印象。
もっとも魔理沙の立ち位置が相当不安定で、その魔理沙を視点に物語を追っているため、物語自体もかなり不安定なものになっておりますね。一言で言えば、フランを籠から解き放とうとする動機が足りない。レミリアの愛情のほうを際立たせるためには魔理沙のフランに向ける愛情も相対できる程度には強くなければならないはずで、そこのところは短くまとめるために妥協したというところでしょうか。
最後の結末部分でまさに捨て駒状態な魔理沙(人形の可能性もあるけど、同じこと)が哀れすぎる。しかし、これも物語のため。
物語のためなら作者は非情にならないといけないのかも。
吸血鬼ってなんでこういった妖しい雰囲気が似合うのだろう。
最後のシーンはフランが何もしていないのが若干物足りない感じかな。まるきゅーだったら、フランに魔理沙(人形)を殺させるかもしれません。
けど、その結末が受け入れられるかは微妙といったところか。
籠の鳥な感じをだしていると考えればこの結末でも論理的にまちがっていないし、まあ個人的な好みの範疇ということで。
次回作も期待。
本気を出されたら勝負にすらならない
吸血鬼にとって人間は捕食対象でもあるし、普通の人なら係わり合いたいとは思わない
幻想郷はわりあい牧歌的な世界観をもつ
それでも人と妖怪の関係はこの話くらい緊張したものなのかもと思ったり
吸血鬼と渡り合える霊夢や魔理沙はやはり里人と感覚が違うことだけは間違いないのでしょう
でも最後がちょっと呆気なかったかも
彼女が敗れたり死んだりすると絶望感が半端ないですね。
特に力があるわけでもないのに、彼女が駄目なら皆駄目だろうという気がします。
最後の扉を開けてからのシーンはもっともったいぶっても良かったと思います。
そんなことは気にならないほど、この姉妹は美しい…。
そして哀しいですね…。
まずフランですが、今はずっと錠の中に閉じ込められている訳では無いはずです
求聞史紀や文花帖で明らかに部屋から外へ出ています
続いて会話からもフランがこうまで無知とは思えません
どうもテンプレ的な展開でキャラクター達が自然に動いている様に感じられません
魔理沙の話かと思って読んでましたが……
レミリアの話だったとは予想してませんでした。
私はどちらかっていうと暴れまわってヒーローのように書かれる魔理沙より、こういう魔理沙の方が好きなので
この評価にします。
タイトルと後書きに『狂っている。』とありますが、描写が丁寧なせいか、あまり
そういう風には感じませんでした。
とても「綺麗」な作品だと思います。だからこそ物足りない。
いかにも作り物めいた、作者さんによる虚構と見えてしまう。
魔理沙の目に映るフランドール、それは理想の姿。
でも現実はこんなに汚いんだよ、と心を深く抉るような刃が欲しかったです。
人間要らぬことに手をだして要らぬ損害をうけてはたまらない。
それでも(今回の場合は)手をだしてしまう魔理沙。それが彼女の在り方なんでしょうかね。
パチュリーすら問題のないはずのフランを出そうとしないレミリアの心が分からなかったのだから仕方ないのかもしれませんね。
けど、なんで姉妹愛の話が人間と妖怪の線引きなんて話に繋がるんだ?、とも思いました。
霊夢はフランのことはあの姉妹の問題で下手に手を出すと危険だ、と遠まわしに忠告していると取ることもできますが、
スカーレット姉妹とそこまで関わりのないけーねと霖之助がレミリアの偏愛のせいでフランが閉じ込められてるなんて気づけるとは思えないから
魔理沙のフランのことを知らないから、という考えのほうが正しいことになってしまう。結果的にはけーね達のいうことは正しいんですが。
どうも姉妹愛と人間と妖怪の線引きというのがうまく絡んでないように思えます。
というかよその家庭の問題に首突っ込んだら家主にボコられた、って感じで妖怪とかあんまり関係ないよ、と思ったのですが。読みが浅いですかね?
でも面白かったのでこの点数で。
偉そうな事を言わせて頂くと、漢字や言い回しを難しくすれば説得力が増す訳ではないと思います。
題材と構成の組み合わせは面白いと思いました。
いやそんな作品では無いのは分かっているんですが…
すごく面白かったです。個人的には全部納得できそうです
ただ魔理沙が正気に戻って欲しかったなぁとちょっとだけ思いました
あとキャラクターたちに違和感がありますね。
そういうと、キャラクターの受け取り方は人それぞれって開き直られちゃうかたもいますが、
違和感を与えるには理由があると思います。
読み手も原作をプレイしてるし、設定も知っている。
その上で読んでいるので、違和感を感じさせてしまうと厳しいですよね。
霊夢は勘でレミリアの狂愛を知っていたんですかね。