「ん、んっ、んーっ、届かない」
手からすり抜けていった蜜柑は、そのままころころねずみの住処にまで到達するかにも思えたが、傾斜のない畳の上ではほどなく速度を緩めた。
しかし、布団の中から手を伸ばして届くかといえばそうでもない微妙な距離が、余計に霊夢を腹立たせた。
今日は寒いから布団から出ないと、布団の前に置いた蜜柑の籠に誓ったはずが、早速その誓いが破られようとしている。
はやく皮を剥いて瑞々しい実を食べないと、水分不足でひび割れてしまう、冬って乾燥してるから厄介だ。
まぁ、そうなる前にお茶を入れるし、そうなってしまえば当然布団を出ることになるんだろうけど。
なぜこんなにも馬鹿らしい誓いを立てたかというと、別に理由なんてなかった。
ただとにかく、布団から出たら寒くて憂鬱になって全身の血が凍って死んでしまう気がするから出ない、そんだけ。
ああもう冬なんだから、たまにはこうやって何もせずに蜜柑の皮剥き機になったって構わないでしょうに。
博麗の巫女が一日布団から出なかったせいで幻想郷が爆発してそこに住む生物が死滅するだとか、そんな奇跡的に大変な状況ならば布団から出てもいいかなって思うけども。
もちろんそんなわけのわからない異変は、当然起こるわけもない。
目下のところ異変といえば、手から蜜柑が転げ落ちていって届かないこと。
別の蜜柑を食べてもいいんだけど、目の前に鎮座されると寝つきが悪い。
まるで、布団から出ないと決めたことを馬鹿にされているみたいで、「だらしがないお前をここから眺めていてやろう」とも言っているようにも思えた。
まさか蜜柑にここまでプレッシャーをかけられるとは生まれてこの方考えたことはなかったけれど、今まさに蜜柑と私の我慢比べ。
頭の中では、どこまで体を出してしまえば布団から出たと判断されるのかというよくわからない線引きがなされようとしていた。
やはり腰までは布団に入っていないといけないと思う、というのも、それ以上布団から体を出すことを許してしまえば足の先だけ入っていれば大丈夫。
いや、手の先だけ布団に入れていれば……妥協を許してしまえば、それだけズルズルと境界線が曖昧になってしまう。
ここは心を鬼にして、最低腰まで布団に入れていなければルール違反だと決めた。
なんだか楽しくなってきたのは内緒。
結局手近に置いてあったお払い棒を使って、転がっていった蜜柑を回収することに成功した。
さすが私、ほかの連中とは次元が違う。
蜜柑の皮は華麗に放り投げておいた。
また明日にでも、積み重なった皮を捨てればいいだけじゃないか。
どこまでもものぐさな私に乾杯、グラスはないから代わりに、蜜柑の実を一口分放り込んだ。
歯を立てると、甘酸っぱい果汁が乾燥した唇に染み込んで、ちょっと痛い。
冬ってのはどこまでも厄介で、汗は出ないけどすぐに喉が乾く。
やっぱり、コタツに入って蜜柑食べてお茶飲んでいるのがベストの選択肢だったか。
半纏を着れば背中の防護も万全だ。
いやまてよ、コタツが暖まるまでには間が存在する、それに着替えなきゃいけないし、その間は結局寒い思いをするじゃないか。
やはり、私の判断は間違っていなかった。
このまま布団に潜りつつ蜜柑を頬張るのが、現時点で取れる最良の選択だ。
人間というのは常に選択肢を目の前に出されていると思う。
まさにその選択が、人生を大きく変えていく……例えば布団から出てコタツを暖めるとか、寒いのを我慢してお茶を入れて幸せになるとか。
これは一見小さく見えるけど大きな選択だと思う、知らないけど。
少なくとも、紫が式に蹴られてちょっと気持ちよかったと話してきたことよりは重要で、萃香が冬になってもあの服装のままなことについての疑問よりずっと深い。
あの二人は力だけはあるくせに、頭のネジは数十本外れているから、基本的に話は聞き流してる。
まだ魔理沙の話す、「炎を吐いてのっしのっしと歩きまわる化け物キノコ」のほうが現実味を帯びていると思う。
実はこの話は魔理沙のでっち上げで、本当は「レーザーを傘の回りに展開して飛び回る巨大キノコ」だったとか。
でもまぁ、そのことの真偽なんて正直どっちでもよくって、今重要なのは布団が温いけど、鼻が冷えて感覚がないなーってこと。
こんなときは顔まで布団の中に埋めてしまえばいいんだけど、それはそれでちょっと息苦しいじゃない。
戸を開けてみないとわからないけど、これだけ寒いと雪は降っているのかな?
布団から出ないと誓ったこの身では確認することが叶わないけれど、積もったら掃除が面倒だなー。
食べ物はきちんと備蓄してあるからいくら積もってもなんとかなると思うけど、さすがに神社が潰れるぐらい積もったらいやだなぁ。
そんなこと、月がひっくり返ってウサギが落ちてきたってありえないことなんだけど。
「うーまーいーめーしーがー、くーいーたーいーぞー」
独り暮らしだと、歌を歌っても何も恥ずかしくないからそこが良い。
大体こんな辺境暮らしだと、寄って来るのも偏狂な連中に限られてくる。
でも萃香に、境内で箒を刀に見立てて大立ち回りをしていたのを見られたときは、顔から火が出るぐらい恥ずかしかった。
しかも萃香はノリノリで、ゴッコ遊びに無理やり付き合わされることになった。
だんだん展開がよくわからないことになっていって、最終的には触れただけで相手が爆散する箒を封印する小鬼の一大叙事詩にまで発展。
私、なぜか、悪役。
主役になった竹箒は、今では河童の改造手術のおかげで108種類の多機能箒
もちろん魔剣形態にも進化できるけど、気持ちが悪いので倉庫の中に眠っている。
もうあの箒で境内を掃くことがないと思うと寂しい気がするけど、人んちの箒を雑魚妖怪並の戦闘力にするのが悪い。
蜜柑の皮を剥いて、また適当なところへと放り投げる。
布団の中でぬくぬくしてるだけというのも暇なもんだ。
することといったらごろごろ寝転がるか寝るだけときたもんだから、あ、あとは蜜柑の皮を剥く仕事。
もしかしたら私は、蜜柑の皮を剥くために生まれてきたのかもしれないとついに思えてきた。
人間の意識改革というのは案外簡単で、このままずっと蜜柑の皮を剥いて生きていきたいとまで思った。
幻想郷の端っこで、淡々と蜜柑の皮を剥く少女。
シュールな上に、絶対今よりも人が集まってこない。
そもそも収入がないんだから、蜜柑を買うことすらできないじゃないか。
いやでも魔理沙だったら、一緒に蜜柑を剥いてくれるかもしれない。
魔理沙って意外と馬鹿だから、こういうわけのわからないことに誘うと喜んでのってくる。
箒を手のひらに乗せて、どっちが長くバランスを崩さないかという勝負に数時間興じたことだってある。
そこにたまたまやってきたアリスに「二人とも馬鹿じゃないの」って鼻で笑われたけど、人間はたまには、こういうことで競いたくなるもの。
でもまぁ、蜜柑皮剥き機は崇高なお仕事だから、きっと魔理沙にはその資格がないって断ぜられるでしょうね。
魔理沙は研究のとき以外は落ち着きがないもんだから、こうやって布団に潜ったまま淡々と蜜柑の皮を剥けないでしょうし。
◆
籠に入っていた蜜柑が全て、丸裸になった頃、霊夢はようやく自分のしでかしたことに気づいた。
いくら暇だからといって皮を全て剥いてしまったら、実が乾燥してパリパリになってしまう。
悔やんでも、蜜柑がまた服を纏うわけでもあるまい。
しかし一度脱がせてしまったからには、最後まで責任を持つのが人としての努め。
「ごきげんようー、元気にしてるかしら」
紫は、昼も過ぎたのに盛り上がっている布団と、その周りに散らばっている蜜柑の皮。
そして籠の中にこんもりと積まれている裸の蜜柑を見て絶句した。
布団から手が伸びて、それはまるで生乙女の生贄が怪物の口へ吸い込まれていく。
この博麗神社は、いつもの博麗神社ではないのだ。
久しぶりに目が冴えてしまったので昼間に遊びにきたら、蜜柑が大量に剥かれているだけ。
長く生きてきた紫にとっても、久々に背筋の凍る出来事だった。
半纏を纏った霊夢がコタツに入って蜜柑を食べている、それならまだわかる。
しかし今現実で行われていることは、裸の蜜柑が籠にこんもりと積まれていて、モゾモゾと動いているだけ。
紫の優秀な頭脳を持ってしても、現状を把握することは困難だった。
「あぁ、紫来たのね」
布団の怪物がうめいた瞬間、紫は初めて本気であとずさりをした。
どんな強妖にも不敵な笑みを浮かべ、自ら歩を進めるほどの豪胆な紫でも、怖いものは怖い。
「れ、霊夢なの……? そうよね?」
「今日は布団から出ないわよ」
「……そうですか、はい」
いきなり布団から出ない宣言をした霊夢。
一体この娘は何が目的なのだろう、前々からとぼけた娘だとは思っていたけど、布団と同化して蜜柑を裸にしているあたり、規格外なのかもしれない。
如何にすべきかと立ち竦んでいると、急に襖が開かれた。
新たな来客、小さな百鬼夜行伊吹萃香であった。
「うぉーす、あれ、紫じゃん。あんたも来てたんだねって霊夢は?」
黙って布団を指で差す紫。
布団のまわりに散らばっている、皮、皮、皮。
そしてこんもりと積まれた、剥かれた蜜柑、蜜柑、蜜柑。
さすがの萃香もこれには苦笑いをし、目配せをして状況の説明を求めたが、とうの紫は黙って首を振った。
「今日は私は、布団から一歩も出ないって決めたの。そこの蜜柑は今日の私の生命線だわ。
どんどん裸に剥いて剥いて積み上げて……まぁ単に暇だからやったことなんだけど、もう剥くものがなくなって暇になっちゃった」
「紫の服を剥けばいいじゃん」
「却下」
さすがの霊夢も服を脱がす性癖など持ち合わせてはいないし、紫も脱がされることは嫌がった。
「それでどうする? 霊夢は布団と同化してるみたいだし」
「んー……もうよくわからない生物みたいになってるしねぇ……」
両手だけがにょっきりと布団から出ているあたり、人間よりも新種の妖怪と言ったほうがしっくりくる。
しかもその手が、わきわきと動くもんだから気色が悪い。
紫と萃香の両名は顔を見合わせ、いっそのこと帰ったほうがいいんじゃないかと口には出さずとも考え始めたとき。
「あら、珍しい顔が揃ってるわね」
第三者の声と、障子戸にうつる影。
風見幽香が、服を軽く手で払いながら現われて、そのまま身を翻した。
「ちょっと待ちなさいよ風見幽香、せっかく遠いところ来たんでしょう?」
「そうともさ、来たばっかりじゃない。それとも鬼の酒が飲めないっていうのかい?」
「……」
この場から逃がすものかと、紫と萃香の両名は一致団結した。
相変わらず布団からは、にょきにょきと蜜柑の籠を探している。
紫がこっそり蜜柑の籠を遠ざけると、腕は目的のものを探してさらにいっそう、激しくうねり始めた。
「一体これ、どうすんのよ……」
幽香がぼやくも、あとの両名も顔を見合わせて首を横に振るだけだった。
もう誰しもが、どうすればこの状況を打開できるかがわからなかった。
「布団温いわぁ……」
満足げな声が、布団の中から聞こえた。
もしかすると霊夢は、布団に食われてしまったんじゃないだろうか。
この布団は人間を食う魔物で、その毒牙にかかってしまったのではないだろうか。
三名の間で、不思議な緊張感が漂い始めた。
「……私たちも、布団に入りましょう」
幽香の言葉に、二名の妖怪は同意した。
どうしても退けないのならば、進むしか道はないのだ。
「客用の布団なら、押し入れの中にあるから」
布団を敷いているうちに、大きな問題が起こった。
客用の布団は、十分な枚数が用意されていなかったのだ。
その数、たったの一枚……。
「雑魚寝しか、選択肢はないわね……」
「みたい、だね……」
「……」
紫、萃香、幽香――三名の心は一つだった。
できることなら、霊夢の隣を確保したい。
しかし、霊夢を中心に配置するとしても一名は、隅でしくしくと枕を濡らすことになる。
緊迫した空気が、俄かに漂いはじめた。
「……じゃんけんとか、どうかしら」
紫が、至極真っ当な勝負の方法を提案したが、それには幽香が難色を示す。
「読み合いでいつまで経っても勝負が終わらないわ……弾幕勝負なんてどう?」
「ノー、間違って霊夢の機嫌を損ねたら、その時点でアウト。台無しよ……しりとりなんてどう?」
「不公平にもほどがある、紫の圧勝じゃないか……酒の飲み比べ」
「伊吹萃香、あなたも同じ穴の狢じゃないの……ここはやっぱり、本人に決めてもらいましょう」
「どうでもいい」
布団の怪物の言葉は、どうしたって鶴の一声にはなりえなかった。
三名の心のうちは複雑だった。
別に無理して泊まらなくたっていいんだけど、自分だけ帰ったらなんだか負けた気がする。
「蜜柑飽きてきたー、林檎剥いてきてよー」
だんだん霊夢の態度が大きくなってきた。
博麗神社は霊夢の住居なわけで、彼女の匙加減次第でこのポジション争いも何もかも水泡に化す危険性すらある。
というか、いっそのことそうしてしまえば丸く収まるのだが、退屈凌ぎに放っておけばいいやと考える霊夢が止めるはずもない。
牽制が始まった。
林檎を剥けばアドバンテージが取れるかもしれない。
しかしこれはあくまでも、可能性でしかないのだ。
林檎を剥いている間に出し抜かれる危険性だってないとは言い切れなかった。
それぞれが、数々の激戦を潜り抜けてきた猛者である。
安易に林檎を剥きに行くなどという愚行を犯すわけもない。
「林檎ぐらい、自分で剥きなさいよ」
先に動いたのは風見幽香だった、あえて霊夢に水を向けることでこの場を収めようとしたのだが。
「やだ、布団から出たくないもん」
霊夢に聞こえないよう舌打ちをするが、この失敗は残りの二名を大いに喜ばせた。
ワンミスが命取りのこの状況で、幽香はいかにして挽回できるというのか。
致命的なミスではなく、こういった小さなミスが積み重なって最後は大きな差を生み出す。
三者の読み合いは、既に達人同士の一挙動にまで達している。
「あー。萃香酒臭いから寄ってこないでね」
「ぶっ!」
余裕ぶっこいて瓢箪を傾けていた萃香が、酒を盛大に吹き出した。
致命的どころか、いきなり試合が終了してしまった。
これには紫も幽香も、同情せざるをえなかった。
「あーでも紫も暑苦しいかなぁ」
「なっ!?」
「幽香は花の香りがしそうだから良さそう」
鶴の一声どころか、神の啓示にも等しい霊夢の言葉。
いつのまにか一挙動の読み合いから、下された判決に従わざるをえない異端審判にまで場を変えていた。
先ほどまでもっとも不利だった幽香が一転、もっとも有利な立場へと変わった。
二名を見下す幽香は、勝負は決まったのだからもんぺを取りに戻ろうかとも考えはじめるほどに余裕しゃくしゃくだった。
「でも萃香はちっちゃいからなぁ、あんた、端っこだったら押し出されそうね」
幽香の余裕の表情が崩れ、紫が絶望の表情へと変わる。
もっともネガティブな評価を受けていた萃香が、隣の位置をほぼ確定させたといっても過言ではない。
気まぐれなお姫様の言葉に一喜一憂する三名の(馬鹿)妖怪は滑稽だったが、プライドをかけているので譲れない。
隣のポジションを確保することが、幻想郷でのパワーバランスを意味するといっても過言ではないのだ、たぶん。
「やっぱり……崖っぷちに追い込まれてからが本番っていうね」
また機嫌よく瓢箪を傾け始めた萃香に、もっともネガティブ評価がついている紫が焦り始めた。
もう紫に残されている選択肢は、一つしかなかった。
「霊夢、私が林檎を剥いてくるわ。ほかにほしいものはあるかしら?」
「おなかすいた」
「な、何が食べたい?」
「……肉とか」
「そ、そう、お肉が食べたいのね、ほかは?」
「魚とか」
「わ、わかったわ、それをどうすればいいの?」
「保存用にしといて」
霊夢の機嫌をみっともなくとっていくことだけ。
幽香と萃香は、そんな紫の姿を哀れとは思わなかった。
妖怪としての矜持を捨て、勝利を得るために全力をかける。
安いプライドなんて投げ捨てて、栄光に向かってなりふり構わない戦士を、笑うことはできない。
それどころか、たかが隣で寝ることに物量戦法まで取り始めた紫に拍手まで送りたくなった。
三名の大妖怪が(こんなお馬鹿なことに)全力を尽くし、寝床を確保するために戦っている。
幻想郷に未曾有の危機が振りかかろうとも、彼女らが力を合わせることは果たしてあるだろうか。
栄光を掴むために、なりふり構わずに戦うことが果たしてあるだろうか。
そんなに負けたくないんですか、いや、私もだけどさ。
口に出さずとも、幽香と萃香は通じ合った。
「うー」
そこで霊夢が立ち上がった、布団から出ないと決めたはずなのに。
「ちょっとお花摘んでくる」
寝ぼけ眼を擦って、髪を下ろした霊夢は廊下をギシギシ鳴らして歩いていった。
「……ひど」
「……戦いはいつだって虚しいものね」
「……私、帰ろうかしら」
萃香、紫、幽香の三名は、やるせない気持ちを抱えながらも、それをどう表現すればいいかがわからないでいた。
「私、なんだか疲れちゃったわ」
幽香が布団の右側へともぐりこむ。
「私も、なんだか酔いが醒めちゃった」
萃香が、中央の繋ぎ目付近へともぐりこんだ。
霊夢がきたときにどちらにでも動ける攻防一体の陣である。
「私も寝る」
紫が、さきほどまで霊夢が入っていた左側の布団へともぐりこんだ。
人間の体温でぽかぽかとしていて、一番寝心地が良い。
しかし霊夢が来たときに上手く立ち回らなければいけない、もっとも危険な場所。
「おちゃー、おちゃー」
霊夢はそんなことお構いなしに、お茶を沸かしていた。
「んー」
戻ってくると布団がこんもりと盛り上がっている、まぁ三匹も妖怪が寝てるんだからそうなるんだろうけど。
とりあえずさっきまで入っていた布団を蹴っ飛ばすと、ひゃんと変な悲鳴がした。
たぶん、紫の声だ。
「出てけ、私の布団だ」
ちょっと横暴かと思ったけど、紫がもそもそと動いてスペースを開けてくれたからまぁよしとしよう。
「で、私は中央に入ればいいわけ?」
「おいでおいでー」
萃香の陽気な声が、布団の中から聞こえてきた。
布団が喋ってるみたいでちょっと気持ち悪い。
まぁ文句を言っても仕方がないので、布団にもぐりこむと、左に萃香と紫、右に幽香というポジションになっていた。
そういえばこいつらって、幻想郷でも最強クラスの妖怪たちなんじゃないっけ。
どうでもいいけどさ。
「れいむぅー」
萃香が擦り寄ってきた、ちょっと酒臭い。
「紫の服にでも潜りこんでればいいじゃないの、こっちくんな馬鹿」
「れいむぅー」
今度は幽香が、萃香の真似をしてじゃれてきた。
普段なら絶対こんなことしないくせに。
「気持ち悪いから柄にもない真似しないでよ、気持ち悪い」
「どうせ霊夢は、私のお尻を蹴っ飛ばすぐらいしかしないんだわ。つまらない女なんだわ」
紫が萃香の奥でシクシクと泣き真似を始めた。
本当に泣いているのかもしれないが、それぐらいで泣かれてもこっちが困る。
「わかったから蜜柑でも食べて落ち着きなさい。パリパリになったら困るから、好きに食べていいわ」
「届かないよー、れーむとってー」
「萃香、あんた腕だけ伸ばしたりできないわけ?」
「あ、いいこと考えた」
何をするのかと布団から顔を出すと、ちび萃香が蜜柑を持ってとてとてと歩いてきた。
自分の分身を使えるなんて、妖怪ってやっぱり便利だなぁ。
「ほーれほれい」
紫が蜜柑の実を、ちび萃香に押し付けていた。
ちび萃香がそれにかぶりついて、果汁まみれになっていた。
幽香がそれを見て、ふっと小さな笑い声をあげる。
変なの。
「紫のばーか、私の分身いじめないでよ」
萃香が抗議の声と同時に、何やら布団のなかでモゾモゾ動かしていた。
「ひゃ! らめっ! ちょっとわき腹弱いんだってぇ!」
ちび萃香も布団の中にもぐっていった、そして紫がまた嬌声をあげはじめる。
よかった、ご近所さんが誰もいなくって。
「……」
襖に耳を当てていた早苗は、気づかれぬようにその場を去った。
冬の過ごし方について話を聞いておきたいと思い、博麗神社にでかけたところ、女同士で布団に入り嬌声をあげていた。
つまり百合は幻想郷では一般的で、戦国時代の衆道とはまた違った文化がここでは花開いていたのだと鼻息荒く語った。
たぶんそれは違うんじゃないかなと神奈子と諏訪子は思ったが、早苗があまりに熱っぽく語るので、何も言い返すことができなかった。
それ以後、早苗が霊夢を見るたび頬をほんのり紅く染めるのだけど、それはまた別の話。
そんなこんなしているうちに、霊夢が眠りについてしまった。
その寝顔を、三名が微笑みながら眺めていた。
「寝ちゃったよ、紫このまま連れ帰っちゃえば?」
「人攫いだったら萃香の専売特許でしょ」
「まったく……よく妖怪が隣にいるのに眠れるわよね、それに、あんたたちみたいな胡散臭い奴らを前にして」
「まさか、風見幽香の目の前でこんなに無防備でいれるなんて、世界広しと言えども霊夢ぐらいじゃないの?」
「違いないわね」
博麗神社以外で三名が顔を突き合わせていたならば、牽制の仕合いか弾幕ごっこか。
中でもとくに毒気の強い三人が、まさか布団の居場所を取り合うなんて馬鹿な遊びに興じることができるのは、この博麗神社だけだろう。
すべてに中立で、何も恐れず寄りかかることもない霊夢の隣に座りたがるのは、自らの立場を一瞬でも忘れることができるからかもしれない。
「で、どうするのさこれから」
「せっかくだし、寝ようかしら」
「八雲紫に伊吹萃香に、それに私が一緒の布団で寝るだなんてこと、滅多にないでしょうしね」
お構いなしに寝息を立てる霊夢の頬を、萃香が小さな指先でぷにぷにと押した。
張りのある肌がそれを元気に押し返す。
「こうして見てると、ただの女の子なのにね」
「本当に、鬼神みたいな巫女と一緒に見えないわね」
「いつもあんな感じだったら、近寄りたくないわよ……」
幽香がゲンナリと言って、二名がそれに同意した。
すーすー寝息を立てていた霊夢が、寝返りを打って幽香の胸元へと飛び込んだ。
「本当、わけわからないんだから」
妖怪たちが、そっと黒髪を撫でていく。
霊夢はそのとき、餅が焼けて膨らんでいる夢を見ていた。
喜び勇んでかぶりついたら、なぜか頭に鈍痛が走ったとさ。
fin
ナイス愛されいむ。
ぬくぬく。
この4人最高です。
自分の体温で温まった布団の安らぎは格別ですね。
霊夢の篭り続ける逆の潔さが素晴らしいです。
さて、早苗さんは寒い夜を誰と暖め合(ry
たまにはそんな幻想郷もいいと思いますw
勝ちました
途中一人称と三人称が混ざってたのがちょっとだけ気になりましたが、面白かったです。
いいか、よく聞け博霊ニーt(陰陽鬼神玉
諏訪子の帽子よりも近寄りたくない。
霊夢は布団とかコタツが似合いますね。
こんな状況を作れる霊夢に乾杯。
この調子で行けば、魔理沙やレミリアお嬢様も集まってきて更に大変なことになりそうだ。
で、早苗さんが更に勘違いをすると・・・w
微かに期待してたww
早苗さんの話に来たいです~
4人ほのぼので癒されました
ありがとうございました。
共感できる部分が多くて1人で相槌をうってました
そして早苗さぁあああん!!w