Coolier - 新生・東方創想話

閻魔様と猫と傘

2008/12/12 22:11:11
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「にゃあ。」



博麗神社からの帰り道。

街道の片隅から、そんな鳴き声が立ち上がった。

寂しさを訴えかけるようなその鳴き声に、小野塚 小町はぴたりと足を止めた。

今の鳴き声が聞こえていなかったのか、先を歩く四季 映姫は怪訝な顔で小町を振り返る。

「どうかしましたか、小町?」

「あっ、いえ・・・。」

四季様には聞こえていなかったのか。空耳だったかな。

そうかもしれない。

一度そう考えると、だんだんと自信がなくなってきて。

・・・きっと空耳だったんだな。

小町はそう自分の中で結論付けて、再び帰路を歩き出した。

「にゃあ。」

再び鳴き声。

上げた足が地面に着く前に、小町は再び動きを止める。

近づいてくる映姫に、小町は確認するように訪ねた。

「聞こえました?」

「聞こえました。」

映姫は頷いて返した。

街道脇の茂みの向こう。

がさがさと緑の壁を掻き分けて、小町が向こう側に顔を出すと、

案の定、

「にゃあ。」

猫が居た。

申し訳程度の小さな段ボールの箱に納められた、小さな猫。

その段ボールに貼り付けられた紙を見て、小町は「あちゃ~。」と目を覆った。

『拾ってあげてください』

どうみても捨て猫である。

もう100%完璧に、教科書に載せたいくらい典型的な捨て猫である。

見なけりゃ良かった、と小町は後悔した。

見なければ、なんの気兼ねもなくそのまま三途に帰れたというのに。

見ちゃったからには、見捨ててなんかいけないじゃないか。

もはや一種のトラップ。気付いた時にはすべてが遅い。

見なかったことにして見捨てていけばいいのだが、

それがまかり通るほど、小町の良心は軟弱者ではなかった。

やれやれ、仕方がない。

茂みの向こうから、小町はその長い腕を伸ばして、段ボール箱を引き寄せた。

街道側に引っ張り出して段ボール箱を抱きかかえると、箱の主と目が合った。

つぶらで愛くるしい目が、小町の顔を切なそうに見つめる。

『見捨てていかないよね?』

ちゃうちゃう、あたいは猫の言葉なんぞわからん!

小町は妄想を振り払うように首を振るが、結わえたツインテールが顔に当たって痛いだけだった。

ちくしょう、髪型変えるかな・・・。

かくりと小さく肩を落とし、小町は映姫のほうを振り返った。

「あのぉ~、四季様?」

映姫は無表情に、小町を見つめ返す。

それに思わず気圧されるが、しかし小町は自分に言い聞かせた。

大丈夫大丈夫。四季様は説教長いけど優しい人だから。説教長いけど。

・・・よし!

「四季様。こいつ、あたいが飼ってもいいですか?」

映姫は即答した。



「駄目です。」



「へっ?」

「駄目です。」

OKが出るとほぼ確信していた小町は、思わず聞き返したが、

聞き返したところで結果は同じだった。

「認めません。元の場所に戻しなさい。」

「いや、でも・・・。」

「デモもテロもありません。戻しなさい。」

映姫は頑として首を縦に振らない。

小町は首を捻った。

四季様が認めようとしない理由はなんだろうか。

・・・ひょっとして、アレか?

「四季様、あたいのサボリ癖を心配してるんでしょう?

 大丈夫ですよ、猫の世話くらいちゃんとやりますから。」

「駄目です、戻しなさい。」

「いや、ホント大丈夫ですから。毎日ちゃんと餌やりますし―――」

「小町。」

会話を断ち切るような映姫の言葉に、小町は思わず口を閉じた。

一つ、大きく呼吸を挟んでから、映姫は再び口を開いた。

「小町。私は貴方がちゃんとその猫の世話をするかどうかを心配しているわけではありません。

 確かに貴方は大雑把で不精で時間にルーズですが、やるときはちゃんとやるでしょう。」

酷い言われようだな、と小町は苦笑した。

しかも全部事実だった。

「小町。私たちの仕事はなんですか?」

「はい? 仕事、ですか?」

四季様はどういう答えを求めているのだろう。

小町はしばらく頭をひねって考えたが、

結局、これだと思う答えが見つからず、そのままに答えた。

「あたいは魂を運ぶ三途の船頭死神で、四季様は魂を裁く閻魔です。」

「そうです。

 貴方は魂が三途の河を渡れるかどうかを定め、

 私は魂が天国に行けるか地獄へ落ちるかを定めます。

 つまり、私たちは魂を選定する者です。」

「・・・はい。」

「選定する者は、常に公平でなければなりません。

 常に公平な基準のもと、魂を導かなければなりません。」

それはわかる。

この魂イケメンだから天国行き、とかそういうことをしてはいけないということだろう。

例えは悪いかもしれないが、つまりはそういうことだと思う。

「でもいい奴は天国に行かせますし、悪い奴は地獄に落としますよね?」

「そういう基準で考えてはいけません。

 善人とは善行を多く積んだ者のことであり、悪行をまったく行っていない者ではありません。

 悪行をまったく行っていない者など存在しませんから。

 貴方は善人ならば多少の悪行があろうと無条件で天国行きだと、そう思うのですか?」

「えっ・・・と、まあ善人なら多少の悪行には目を瞑ってもいいんじゃないですかね。」

「では貴方は悪人を差別するのですか?」

「あぅ・・・?」

なんだか頭がこんがらがってきた。

四季様はなにが言いたいんだろう。

「善人が犯した罪であろうと、罪人が詰んだ善行であろうと、等しく裁かなければならない。

 善人も罪人も、同じ基準で、同じ秤にかけて、

 同じように善行と悪行を裁かなければならないということです。」

わかった。

スーパーマンがやったタバコのポイ捨ても悪いことだし、

大量殺人犯がやった募金活動も認めてやるべきだ。

きっとそういうことだ。

でも、それと捨て猫とどういう関係が?

「小町。この狭いようで広い幻想郷。一体どれだけの捨て猫がいるのでしょうね。

 どれだけの猫が捨てられてきて、これからどれだけの猫が捨てられていくのでしょう。

 貴方はその猫達を、全て救ってあげることができるのですか?」

できるわけがない。

「でも、目の前にいる捨て猫を見なかったことにするってのは・・・。」

「ではあなたは、生まれたばかりで死んでしまった赤ん坊の魂が来たとき、

 かわいそうだからといって現世に戻してあげるのですか?

 歳を経た魂は十分に生きたからもういいだろうと?

 程度の違いこそあれ、私たちが捨て猫を拾うということはそういう行為と同じことなのですよ。」

もう小町はなにも言い返せなかった。

魂を預かるとは、そういうことだったのだ。

そこまで深く考えたことなどなかった。

あたいらの仕事っていうのは、そういうものだったのだ。

「それに、小町。貴方が飼うということは、その猫を三途に連れ帰るということでしょう?

 その猫を生かしてあげたいのなら、それこそ本末転倒です。」

「・・・はい。」

小町は力なく頷いて、段ボールの箱をもとあった場所に戻した。

箱の中の猫と目があったが、小町は申し訳なさそうに顔を伏せるしかなかった。

「ごめんな。せめていい飼い主に当たれよ。」

猫の小さすぎる頭を一撫でして、

ほんの少しだけ、目に付きやすいように箱の角度を変えてやった。

「終わりました。」

「では帰りましょうか、小町。」

「はい。」

二人は再び、街道を歩き始めた。

ふと小町が空を見上げると、どんよりと黒い雲が空を覆っていた。

「・・・一雨きますかね。」

「そうですね。」

「降り出したらあの猫・・・いえ、なんでもないです。」

先を歩く映姫の顔は見えない。

せめて降るな、と小町は空に祈った。





                     * * *





ふと、昔いた先輩のことを思い出した。

大雑把で、不精で、約束の時間にいつも遅刻してきて、

遅刻してくるのを見越して、わざと約束の時間を30分早く伝えておくと、

30分遅刻してくるくらい、時間にルーズな人柄だった。

今の自分の部下に良く似ていて、なんとなく、ふと思い出した。

非常に優秀な反面教師で、私は見事に先輩の真逆に成長した。

今私がこうして閻魔をやっていられるのも先輩のお陰だ。

なんでこんな人が閻魔をやっていられるんだろう、と不思議になるくらい、

いろいろとどんぶり勘定な人だった。

でも、時々自分が及びもつかないような深い洞察に満ちた考え方をしたりして

私は不思議とその先輩のことが嫌いではなかった。

あるとき、その先輩が私にこんなことを聞いてきた。



「映姫。なんで閻魔ってのはあたしらみたいなのがやってると思う?」

「わかりません。どうしてこんなにルーズな人が、って時々思います。」

「いやいや、そういうことが聞きたいんじゃなくてだな。

 どうして、あたしらみたいな感情のある者にやらせるんだろうな、って話だ。」

「はぁ。」

「つい贔屓目に見ちまったりするかもしれないだろ?

 おっ、こいつイケメンだから天国行き決定! とかさ。」

「そうならないようにするのが閻魔の仕事じゃないですか。」

「そりゃそうだ。

 でもそれならいっそのこと完全ポイント制にでもして、

 もっとシステマチックにやりゃあいいって話だろう。」

「・・・そうですね。

 ポイント制が現実的に可能かどうかは別として、

 個人の感情が入り込めないほどシステマチックにしたほうが公平性が保たれますね。

 正式に打診してもらいましょうか。」

「まてまて、そこまでせんでいい。」

「はぁ、なぜですか?」

「あたしだってたまには先輩として、後輩に物を教えることもあるってことさ。」

「つまり、以前にも同じような話が実際に上がったことがあって、

 それは何らかの理由で却下されたということですか?

 その理由を、先輩はご存知なんですか?」

「そいつは自分で考えな。なんであたしらが閻魔をやってるのか、ってな。」

「・・・なぜでしょう。そのほうが公平な裁判ができるはずなのに。」

「お前さんは相変わらずクソ真面目だな。

 ひょっとしたらお前さんは、閻魔にゃ向いてないかもしれないね。」

「はぁ、真面目なのはいいことだと思いますが・・・。」

「まっ、その答えが見つかりゃ、お前さんも立派な閻魔になれるだろうさ。頑張んな。」



結局、答えはまだ見つかっていない。





                     * * *





空に穴でも空いたんじゃないかと思うほど、酷い土砂降りの雨が降っていた。

段ボールは上に生い茂った木の枝のお陰で辛うじて直撃は免れていたが、

それでも完全に防げているわけではなかった。

ボタボタと絶え間なく滴り落ちる雨水が、捨て猫の小さな体を絶え間なく叩いている。

このままでは、この猫は死んでしまうだろう。

体はすっかりと冷え切っていて、しかしこの雨では動くことすらままならない。

もはや死を待つばかりとなった猫の周囲に、すっと陰が落ちた。

傘を片手に持った人影が、段ボールのすぐ目の前に立っていた。

人影は無言のまま口を一文字に引き結んで、ただその捨て猫を見下ろしている。





                     * * *





「邪魔してるぜ。」

「事後報告かよ。っていうか体拭いてから入ってきてよ。」

縁側でびしょ濡れになった霧雨 魔理沙が、絞れば水が滴りそうな服で容赦なく腰を下ろしている。

その縁側の持ち主、博麗 霊夢は、増えた仕事に口を尖らせながら乾いたタオルを叩き付けた。

「さんきゅー。」

拝借したタオルで服を拭う魔理沙の隣、見慣れない物体に霊夢は怪訝な顔で覗き込んだ。

段ボール。

その中に、猫。

『拾ってあげてください』の張り紙。

どう見ても捨て猫です。

「近年まれに見るパーフェクトな捨て猫ね。捨て猫の要素を全て満たしているわ。」

「黙ってても溢れ出る才気に、私はこいつとなら世界を目指せると確信したぜ。」

「で、この猫と世界を目指すために拾ってきたわけ?」

「うんにゃ。素敵な傘をお持ちだったので拝借した。」

魔理沙が脇を指さすと、縁側の淵に傘が一本、立てかけられていた。

傘を持たずに出かけたら突然の土砂降り。

慌てて目的地を目指していると、なんと素敵な傘が転がっているではないか。

これは日ごろから善行を心がけている私への、神様からのプレゼントに違いない。

「で、傘を拝借したら漏れなく猫がついていたと。」

「まあそういうわけだな。日ごろから善行ってところが特に重要だぜ。」

「もう好きに言ってなさいよ。・・・あら、この傘?」

都合のいいことを言っている魔理沙をわき目に、霊夢はその傘を手に取った。

ばさりと、それを開いてみる。

「ん? ひょっとして知り合いのか?」

「ん~、まあ知り合いのね。」

ふ~ん、と魔理沙は気のない返事を返した。

特に興味のないことだった。

霊夢はなにをするでもなく、開いた傘をくるくると回して、

「ねえ、魔理沙。」

「ん~?」

「閻魔って、なんで感情のある者がやっていると思う?」

なんの突拍子もない霊夢の問いかけに、魔理沙は首をかしげるように霊夢の顔を覗き込んだ。

「どうした、突然?」

「傘で思い出したのよ。

 閻魔に感情があったら、贔屓とか差別とかも出てくるかもしれなくて、公平じゃなくなるわよね。

 ねえ、なんでだと思う?」

体を拭き終わった魔理沙は縁側に腰を下ろして、土砂降りの空を見つめた。

ん~、と少しの間考えを練ってから、

「そりゃアレだ。情状酌量の余地ってやつだよ。」

「ほう。」

「たとえ罪になるようなことを犯しても、事情に応じて臨機応変に対応するためだ。

 罪は罪!じゃなくて、ちゃんと事情も汲み取ってくれないとな。

 優しさのために出る嘘だってあるだろう?」

「なるほどね。」

「だったらいいなと私は思っている!」

「と罪人が申しております。」

「ふっ、人間は生まれたときからみな罪人なんだぜ。」

言ってろ、と霊夢は苦笑した。

なんだか上から目線な言われ方をしたような気がして、

魔理沙は悔し紛れに問い返す。

「じゃあ霊夢はどう思うんだよ?」

「ん~? あんたの考え、あながち外れでもないんじゃないかしらね。」

「その答え方は卑怯だぜ。

 栗羊羹の刑だ! さあ栗羊羹を持ってこい!」

「はいはい。」

霊夢はお茶の用意をするために、傘を閉じてもとの位置に戻した。

猫の体をさきほどのタオルで拭いてやりながら、魔理沙は誰に聞かせるでもなくぽつりとつぶやく。

「しかし、傘を置いていくくらいなら、拾ってやればいいのにな。」

「ん?」

「いやな、傘を置いていったってことは、この傘の持ち主は土砂降りの中を傘なしで帰ったってことだろ?

 それくらいなら連れてかえりゃいいのにな、って話だよ。」

そんな魔理沙の疑問符に、霊夢はくすりと微笑んだ。

その傘の持ち主が、この土砂降りの雨の中を傘も持たずにずぶ濡れで急ぎ帰る姿を想像して、

「やむにやまれぬ事情があったのよ、きっと。

 この傘は精一杯の譲歩だったんじゃないかしら?」

「なんだそれ? どうしても連れて帰れないからせめて傘だけってことか?

 どんだけお人よしなんだよ、そいつは。」

呆れたように、魔理沙が片眉を引き揚げると、

それに応じるように猫が一声鳴いた。

「そうね。ひょっとしたら、そいつは閻魔には向いてないかもしれないわね。」

「閻魔に? 何の話だ?」

「別に、独り言よ。」

思わせぶりな霊夢の態度に、魔理沙は栗羊羹をつまみながらしつこく掘り返したが、

結局その独り言の意味を、霊夢が語ることはなかった。






 
映姫「選定者が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね。」
小町「誰だよあんた。」

投稿28発目。
初めまして! きっと誰も覚えちゃいないから初めまして!
紅楼夢の原稿書いたのを最後にもうずっとSS書いてなかったなぁ。
サーセン絵ばっか描いてましたwww

さて、今回はリハビリっつーことで短いお話にしました。
内容的には生徒を殴った熱血教師が、
「痛いかー!? でもお前を殴った俺の心はもっと痛いんだー!!」
とかそういうお話・・・、なんか違うな。
えーきさまがゆーざいです言う時はえーきさまだって辛いんじゃい、という話だ。
つまりえーきさまがクソ真面目で優しくて萌えということです。
傘を説教、猫を霊夢達に置き換えてみると、なんとなく言いたいことがわかるんじゃないかと思います。

>12月14日追記
投稿したSSデータぶっ壊れてた。俺ざまあwwww
そりゃあ評価のしようもないわ。
新機能追加のおかげで、まだ安定してないみたいですね。^^;
暇人KZ
http://www.geocities.jp/kz_yamakazu/
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コメント



0.1820簡易評価
13.70GUNモドキ削除
大丈夫です、ちゃんと判ってましたよ?・・・ホントですよ?
でも、ヤマザナさんって、こういうキャラなんでしょうねぇ・・・。
もうこれからは、山田なんて呼べませんねぇ。
やっぱりアンタ、いい閻魔様だよ。
15.80名前が無い程度の能力削除
作者名みてクリック余裕でした。
お待ちしてました!! 短い文章で爆笑させられたので良く覚えてましたとも。

ギャグの印象が強かったのでなんか不思議な感じが…w
せっかくなんで,映姫さま視点のほうも欲しかったです。
ちょっと物足りなかったということでこの点数で。次もお待ちしています。
18.90削除
後日、浄玻璃の鏡で猫のその後を知ったえーき様が、「説教」と言う名目で神社に様子を見に来るところまで幻視余裕でした。魔理沙宅は魔法の森だからノーマル猫にはきつそう……。
20.80名前が無い程度の能力削除
深いなあ…
この短い話で、こんな深い話が書けるとは…
投コメ、ブラックジャックネタ?ww
30.90名前が無い程度の能力削除
後書きが本間先生だよ!!!
こんな映姫様が好きすぐる。
深い作品でした。