妖怪の山の山腹に建っている、人が住んでいそうもないあばらやに人影が二つ。いやむしろ神影と言うべきか。言わずと知れた秋姉妹である。
「……というわけで穣子。今秋のおさらいをするわよ」
そう言うと静葉は枯葉で作ったノートを取り出し、筆でメモを取り始める。穣子は、保存食の焼き栗を食べながら姉に尋ね返す。
「おさらい? 秋の?」
「そうよ」
「なんで?」
「今年の秋も終わったわ。そこで来年、また素晴らしい秋を迎えられるように、その余韻に浸るためよ」
「つまるところ、単に秋の気分に浸っていたいってことなのね」
「正解。流石、私の自慢の妹だわ。さあ、そうとわかれば善は急げ。早速おさらいするわよ」
「はーい」
こうして、秋姉妹にとって、もう既に何度目かの今年の秋がまた今日も始まった。
「さあ、穣子。秋と言えば何かしら?」
「う~ん、やっぱり美味しい食べ物ね。栗にブドウに柿に梨にキノコにお米にお芋に紅葉饅頭に……」
「そう、まずは食欲の秋ね。そう言えば、あなたは今年も、たくさんの食べ物を食べてきたみたいね」
「何言ってるのよ。静葉姉さんだって、神様への捧げものよと言って、夜な夜な里に下りてはいろいろと食べ物失敬してたじゃない」
「あら、ばれちゃってたのね。まさに『神様は見た』ってわけね」
「静葉姉さんも神様でしょ。そりゃ、朝起きたら目の前に、あれだけ食料あれば誰だって気づくわよ」
「それもそうね。でも、それをあっと言う間にたいらげてしまった、あなたも人の事言えないわよ?」
「う、そ、それはまぁ、寝起きはお腹すくし、それに一応は神様への捧げものだものね。遠慮なく頂くわよ! うん」
「流石、私の妹だわ」
静葉は満足そうに、にっこりとほほ笑むと話題を切り替える。
「で……」
「はい?」
「食欲の秋以外にも秋の風物詩はあるわよ。穣子」
「そりゃ、もちろん知ってるわ。伊達に秋の神様じゃないのよ。私は」
「あら、穣子、忘れてもらっちゃ困るわ。私も秋の神様なのよ」
「だから、もちろん、それも知ってるってば」
「そう、秋と言えば……高くて青い空、そしてその空を漂う優雅な白い雲の群れね」
「そうそう、うろこ雲とか羊雲とかいろいろあるよね。でも私は今年はあまり雲は見てなかったかなぁ」
「もう、穣子ったらずっと食べてばっかりだったものね」
「そんなことないわよ。それじゃまるで私が食べる事しか考えてないようじゃないのよ! 失礼しちゃうわ」
そう言ってるそばから穣子は山栗をぽいっと口に放り込む。
「説得力がまるでないわよ。穣子」
「う、だって……今年の食べ物、例年よりおいしいんだもん」
「確かにそうね。きっと天候にも恵まれていたし、それに何より去年の秋が、あまりにも短すぎたからってのがあるわね」
「うんうん、それは大いにあるわ! もう、去年の今頃は食料に乏しくて……」
「ええ、二人で瀕死状態になって飢えをしのいだのよね」
「そうそう! でも、考えてみれば神様だから飢えなんかじゃ死なないよね……?」
「ええ、そうよ」
「って、知ってたの?」
「もちろんよ。だって神様だもの」
「私も神様だってば! っていうか何で教えてくれなかったのよ!」
「だって穣子があまりにも楽しそうだったんだもの。言うに言えないわ」
「全然楽しくないわよ もう!」
穣子はほっぺたを膨らませながらも、山栗を啄むのはやめない。やがて山栗が切れると彼女は、食糧庫から今度は胡桃を持ち出してきた。
その様子を見ながら静葉は相変わらずにこにことしている。
「しかし、あきないわねぇ」
「そうね。この胡桃の味ってのもなかなか飽きが来ないのよね」
そう言いながら穣子は、クルミの殻を割ろうと床にごつごつと叩きつけ始める。
「外はもう、すっかり冬の景色ね……木枯らしに舞う枯葉が痛々しいわ……」
「本当ね。でもこの部屋は、まだ秋の気配で満ちているけどね」
そんな秋に満ちた部屋の中に、ごつごつという音が鳴り響き続けていた。
「穣子ったら、まだ割れないの?」
「だって、これ、なんかすごく硬いんだもん」
「まったく……胡桃の一つも割れない秋の神様ってのも可笑しな話よね」
「それは言わないでよ。もう! じゃあ、静葉姉さんが割ってよ。秋の神様なんだから」
「あら、残念だわ。私も割れないの。だってあなたと同じ秋の神様だもの」
姉の言葉に穣子は思わずため息をつく。彼女はしばらく胡桃を割ろうと躍起になっていたが、やがて諦めたのか、ふて腐れて胡桃を壁に向かって投げつけた。投げつけられた胡桃が無造作に床に転がる。
「あら、穣子ったらもう諦めたの?」
「いいの! この胡桃はきっと渋いのよ!」
「もう、酸っぱいブドウじゃないんだから……仕方ないわね、穣子は……」
そう言うと静葉は床の胡桃を拾う。
「無理よ。私に割れなかったんだから、静葉姉さんに割れるはずないわ」
「ええ、そうね。確かに神様の力では割ることはできないわ。でもね……」
そう言いながら彼女はどこからか小さな木槌を取り出すと胡桃に、ごっちんと叩きつける。すると、あれほど割れなかった胡桃は、あっけなく真っ二つに割れた。
「文明の利器と言うものの力を借りれば、いとも簡単に割れるものよ。そう、もしかしたら、これからは人の力を神様が借りる時代なのかもしれないわね」
穣子は唖然とした表情を浮かべている。
「どうしたの? 穣子。世界が止まっちゃってるわよ」
「いえ、ちょっと考えごとしていただけよ」
「あら、珍しい。きっと明日は雪ね」
「やめて、本当に降ったら困るから」
「それは確かに言えるわね……」
その時、不意に部屋の入口の戸をゆすぶるような北風が吹き荒れる。案外、本当に明日辺り雪になるかもしれない。
「ほら、変な事言うから、『冬』が反応しちゃったんだわきっと……」
穣子は胡桃を食べながら思わず頭を抱える。
「あらあら、大変だわ。追い返さないと」
そう言って、静葉は、どこからか朱塗りの団扇を取り出す。
「そんなんで追い返せられるわけないでしょ!?」
「……そうね。この団扇では冬は追い返せないわね」
「あたりまえじゃない。……もう静葉姉さんったらボケちゃったの?」
「穣子、私、思うんだけど、そのうち人間が冬を追い返せるような団扇を作ってくれると思うの。ううん、団扇じゃなくてもいい、何かそういう道具みたいな奴、いえ、むしろ四季を自在に操れるようなそんな技術とかね。私たちの力でもそれは可能だけど、それをやっちゃったら神様のルールに反しちゃうわけだしね……」
姉の言葉を穣子は、胡桃をかみしめながら黙って聞いていたが、やがて胡桃をごくんと飲みこむと口を開いた。
「うーん、確かにそんなのあったら便利だけど……私は要らないわ」
「あら、どうして?」
「だって、短いからこそ秋なんだと思うし、それに秋ってのは、ある意味、四季の中では集大成に当たるわけでしょ? 農作物だって大抵は、春に種をまいて、夏に育てて、秋に収穫する。だから、春夏無くして秋は存在しないのよ。特に収穫の秋はさ。確かに私たちにとっては春も夏も冬も忌々しい季節だけど、同時に無くてはならない季節なんだって思うの。だからもし、人間が四季を自在に操る技術なんかを手に入れたとしても、それは望まないし、それに人間もきっとわかってると思うよ。四季の意味をさ」
「……そうね。そう信じたいわね。」
「はぁ、なんか珍しくまともな事言った気がするわ」
「そうね。穣子らしくないわ」
「ちょっと待ってよ。それじゃまるで私が何も考えてない食欲だけの秋の神様にしか見えないみたいな言い方じゃない」
「ええ、だいたいそんな感じよ」
「静葉姉さんったら酷い!」
「そんな、怒らないで穣子」
「怒るわよ。もう!」
「私はそんな穣子が好きなのよ」
「誤魔化さないでよ! もう……そう言うことは、酔った時に言ってよね……」
穣子はそっぽを向くと顔を赤らめた。
そんな我妹の様子を静葉はにこやかに見つめている。
外は相変わらず木枯らしが吹き荒れている。
しかし、どうやら二人にとっての今年の秋は、まだまだ終わりそうもないようだ。
「……というわけで穣子。今秋のおさらいをするわよ」
そう言うと静葉は枯葉で作ったノートを取り出し、筆でメモを取り始める。穣子は、保存食の焼き栗を食べながら姉に尋ね返す。
「おさらい? 秋の?」
「そうよ」
「なんで?」
「今年の秋も終わったわ。そこで来年、また素晴らしい秋を迎えられるように、その余韻に浸るためよ」
「つまるところ、単に秋の気分に浸っていたいってことなのね」
「正解。流石、私の自慢の妹だわ。さあ、そうとわかれば善は急げ。早速おさらいするわよ」
「はーい」
こうして、秋姉妹にとって、もう既に何度目かの今年の秋がまた今日も始まった。
「さあ、穣子。秋と言えば何かしら?」
「う~ん、やっぱり美味しい食べ物ね。栗にブドウに柿に梨にキノコにお米にお芋に紅葉饅頭に……」
「そう、まずは食欲の秋ね。そう言えば、あなたは今年も、たくさんの食べ物を食べてきたみたいね」
「何言ってるのよ。静葉姉さんだって、神様への捧げものよと言って、夜な夜な里に下りてはいろいろと食べ物失敬してたじゃない」
「あら、ばれちゃってたのね。まさに『神様は見た』ってわけね」
「静葉姉さんも神様でしょ。そりゃ、朝起きたら目の前に、あれだけ食料あれば誰だって気づくわよ」
「それもそうね。でも、それをあっと言う間にたいらげてしまった、あなたも人の事言えないわよ?」
「う、そ、それはまぁ、寝起きはお腹すくし、それに一応は神様への捧げものだものね。遠慮なく頂くわよ! うん」
「流石、私の妹だわ」
静葉は満足そうに、にっこりとほほ笑むと話題を切り替える。
「で……」
「はい?」
「食欲の秋以外にも秋の風物詩はあるわよ。穣子」
「そりゃ、もちろん知ってるわ。伊達に秋の神様じゃないのよ。私は」
「あら、穣子、忘れてもらっちゃ困るわ。私も秋の神様なのよ」
「だから、もちろん、それも知ってるってば」
「そう、秋と言えば……高くて青い空、そしてその空を漂う優雅な白い雲の群れね」
「そうそう、うろこ雲とか羊雲とかいろいろあるよね。でも私は今年はあまり雲は見てなかったかなぁ」
「もう、穣子ったらずっと食べてばっかりだったものね」
「そんなことないわよ。それじゃまるで私が食べる事しか考えてないようじゃないのよ! 失礼しちゃうわ」
そう言ってるそばから穣子は山栗をぽいっと口に放り込む。
「説得力がまるでないわよ。穣子」
「う、だって……今年の食べ物、例年よりおいしいんだもん」
「確かにそうね。きっと天候にも恵まれていたし、それに何より去年の秋が、あまりにも短すぎたからってのがあるわね」
「うんうん、それは大いにあるわ! もう、去年の今頃は食料に乏しくて……」
「ええ、二人で瀕死状態になって飢えをしのいだのよね」
「そうそう! でも、考えてみれば神様だから飢えなんかじゃ死なないよね……?」
「ええ、そうよ」
「って、知ってたの?」
「もちろんよ。だって神様だもの」
「私も神様だってば! っていうか何で教えてくれなかったのよ!」
「だって穣子があまりにも楽しそうだったんだもの。言うに言えないわ」
「全然楽しくないわよ もう!」
穣子はほっぺたを膨らませながらも、山栗を啄むのはやめない。やがて山栗が切れると彼女は、食糧庫から今度は胡桃を持ち出してきた。
その様子を見ながら静葉は相変わらずにこにことしている。
「しかし、あきないわねぇ」
「そうね。この胡桃の味ってのもなかなか飽きが来ないのよね」
そう言いながら穣子は、クルミの殻を割ろうと床にごつごつと叩きつけ始める。
「外はもう、すっかり冬の景色ね……木枯らしに舞う枯葉が痛々しいわ……」
「本当ね。でもこの部屋は、まだ秋の気配で満ちているけどね」
そんな秋に満ちた部屋の中に、ごつごつという音が鳴り響き続けていた。
「穣子ったら、まだ割れないの?」
「だって、これ、なんかすごく硬いんだもん」
「まったく……胡桃の一つも割れない秋の神様ってのも可笑しな話よね」
「それは言わないでよ。もう! じゃあ、静葉姉さんが割ってよ。秋の神様なんだから」
「あら、残念だわ。私も割れないの。だってあなたと同じ秋の神様だもの」
姉の言葉に穣子は思わずため息をつく。彼女はしばらく胡桃を割ろうと躍起になっていたが、やがて諦めたのか、ふて腐れて胡桃を壁に向かって投げつけた。投げつけられた胡桃が無造作に床に転がる。
「あら、穣子ったらもう諦めたの?」
「いいの! この胡桃はきっと渋いのよ!」
「もう、酸っぱいブドウじゃないんだから……仕方ないわね、穣子は……」
そう言うと静葉は床の胡桃を拾う。
「無理よ。私に割れなかったんだから、静葉姉さんに割れるはずないわ」
「ええ、そうね。確かに神様の力では割ることはできないわ。でもね……」
そう言いながら彼女はどこからか小さな木槌を取り出すと胡桃に、ごっちんと叩きつける。すると、あれほど割れなかった胡桃は、あっけなく真っ二つに割れた。
「文明の利器と言うものの力を借りれば、いとも簡単に割れるものよ。そう、もしかしたら、これからは人の力を神様が借りる時代なのかもしれないわね」
穣子は唖然とした表情を浮かべている。
「どうしたの? 穣子。世界が止まっちゃってるわよ」
「いえ、ちょっと考えごとしていただけよ」
「あら、珍しい。きっと明日は雪ね」
「やめて、本当に降ったら困るから」
「それは確かに言えるわね……」
その時、不意に部屋の入口の戸をゆすぶるような北風が吹き荒れる。案外、本当に明日辺り雪になるかもしれない。
「ほら、変な事言うから、『冬』が反応しちゃったんだわきっと……」
穣子は胡桃を食べながら思わず頭を抱える。
「あらあら、大変だわ。追い返さないと」
そう言って、静葉は、どこからか朱塗りの団扇を取り出す。
「そんなんで追い返せられるわけないでしょ!?」
「……そうね。この団扇では冬は追い返せないわね」
「あたりまえじゃない。……もう静葉姉さんったらボケちゃったの?」
「穣子、私、思うんだけど、そのうち人間が冬を追い返せるような団扇を作ってくれると思うの。ううん、団扇じゃなくてもいい、何かそういう道具みたいな奴、いえ、むしろ四季を自在に操れるようなそんな技術とかね。私たちの力でもそれは可能だけど、それをやっちゃったら神様のルールに反しちゃうわけだしね……」
姉の言葉を穣子は、胡桃をかみしめながら黙って聞いていたが、やがて胡桃をごくんと飲みこむと口を開いた。
「うーん、確かにそんなのあったら便利だけど……私は要らないわ」
「あら、どうして?」
「だって、短いからこそ秋なんだと思うし、それに秋ってのは、ある意味、四季の中では集大成に当たるわけでしょ? 農作物だって大抵は、春に種をまいて、夏に育てて、秋に収穫する。だから、春夏無くして秋は存在しないのよ。特に収穫の秋はさ。確かに私たちにとっては春も夏も冬も忌々しい季節だけど、同時に無くてはならない季節なんだって思うの。だからもし、人間が四季を自在に操る技術なんかを手に入れたとしても、それは望まないし、それに人間もきっとわかってると思うよ。四季の意味をさ」
「……そうね。そう信じたいわね。」
「はぁ、なんか珍しくまともな事言った気がするわ」
「そうね。穣子らしくないわ」
「ちょっと待ってよ。それじゃまるで私が何も考えてない食欲だけの秋の神様にしか見えないみたいな言い方じゃない」
「ええ、だいたいそんな感じよ」
「静葉姉さんったら酷い!」
「そんな、怒らないで穣子」
「怒るわよ。もう!」
「私はそんな穣子が好きなのよ」
「誤魔化さないでよ! もう……そう言うことは、酔った時に言ってよね……」
穣子はそっぽを向くと顔を赤らめた。
そんな我妹の様子を静葉はにこやかに見つめている。
外は相変わらず木枯らしが吹き荒れている。
しかし、どうやら二人にとっての今年の秋は、まだまだ終わりそうもないようだ。
こう、言葉を交わしてる中にもさまざまな感情が溢れているような感じが。
こうやって秋姉妹は日々を過ごしているんでしょうか。
良い雰囲気のお話でした。
流れ去るからこそ、その美しさに気がつくことが出来る。
個別性と連続性の交わるテーマっていいですよね。