灰色の空が地上を見下ろしている。
嶺まで行けば逆に雲を下に見られるのだろうけど、麓に近い辺りでは平地とさほど景色は変わらなかった。それが、例え妖怪の山であったとしても。
高い山から吹き下ろす風に、妹紅は流れる髪の毛を押さえた。戦いに際して、長髪は邪魔でしかないのだが、何故か切る気にはなれない。見た目に拘っているつもりはないのだが、部下の間ではこの長髪がどういうわけか人気だった。中には落とした髪の毛をお守り代わりに持っている輩もいるんだとか。あまり気持ちの良い話ではないが、それで害があるわけではないので今のところは無視している。
「妹紅様!」
自分の名を呼ばれるも、妹紅は反応することなく空を見上げ続けていた。
駆け寄ってきたのは、まだ十五にも満たない少年。少年は妹紅が反応してくれない事を不思議がる様子もなく、息を切らせながら簡易式の敬礼をする。
「残党の鎮圧もほぼ完了致しました! こちらにも多大な被害はでましたが、これでようやく妖怪の山も制圧できたはずです!」
まるで自慢するように、興奮した口調で少年は話す。
無理もない。里の人間が武器を手にしてから最大の障害であった、妖怪の山を沈黙させることに成功したのだ。百年単位での大作戦を完遂したとあっては、普段冷静な少年が顔を真っ赤にしてしまうのも当然と言えよう。
むしろ、何事もなかったのように佇む妹紅の方が異常なのだ。
「千年前の里の人間達は、こんな未来を予想しえなかったでしょう。なにしろ、とうとう我々人間が妖怪と対等の立場に立てるんですから!」
妖怪の山を制圧したこと自体は、さほど驚異的なことではない。地形的には難所であるが、人間の踏み入れぬ魔窟ではないのだ。難所という意味では迷いの竹林の方が遙かに攻略しづらい。
問題は、そこに住む天狗や河童。これと戦い、勝利したことこそ価値のある戦果だった。
鬼や大妖怪はまだ健在なれど、天狗や河童を与した人間を軽く扱うことはできないはず。
千年もの昔から願っていた、対等という立場をようやく手にしたのだ。彼ら人間が喜ぶのも、頷ける話だ。
妹紅もそれは理解している。そして、ここで己がすべき事は手に手をとって喜び合う事だということも。妹紅の地位は決して低くない。気を引き締めさせるのも大切だが、こういう時は素直に喜んで感情を共有すべきである。
理解はしているのだ、理解は。
ただ僅かに残された、感情の部分がそれを邪魔した。
――だから間違っていてもな、もう止まれないんだよ
これはきっと、彼女の望んだ未来。
でも、本当はこんな未来を誰も望んでいなかった。
結局、千年経っても感想は変わらない。
思わず、自虐的な笑みが浮かぶ。側で待機していた部下は、見慣れぬ上司の表情に首を傾げた。あまり笑わなかった妹紅の、それも自虐的な笑みがよほど珍しかったのだろう。ただ、妹紅が勝利を素直に喜べないでいる事は悟ったようだ。
話を逸らすように、話題を変えた。
「そういえば! おめでとうございます、妹紅様」
多少わざとらしい転換の仕方だが、こうもあからさまにやられると無視するわけにもいかない。視線を動かすことなく、妹紅は口を開いた。
「何が?」
「記念碑です、記念碑。妹紅様の銅像の横に、新しい記念碑を作るそうです」
里から少し離れた場所。誰も通ることなく、いまにも忘れ去られそうな所に妹紅の銅像が立っている。本来は里の中央に立てられる予定だったのだが、妹紅が強引に場所を変えたのだ。
最終的には場所を変えなければ銅像などいらない、という妹紅の強い要望により、里の長は渋々と要求を呑んだ。
「妹紅様は我々の救世主ですから。むしろ、今まで銅像だけだったのが不思議なくらいです。里に戻れば、盛大な記念式典も行われる予定ですよ」
励ましのつもりなのだろう。努めて明るい口調で、少年は言った。
だが、それで妹紅の気分が晴れるわけではない。これは空の天気とは違うのだ。
いわば、永遠の曇天。風が吹こうと、雨が降ろうと、永遠に変わることはない。
自分に寿命があれば、いつかは終わるものなのだが。残念ながら、今のところ天寿がやってくる予定はない。
妹紅はため息をつき、また暴れだす髪の毛を押さえた。
「しかし、前々から疑問に思っていたのですが妹紅様はどうしてあんな僻地に銅像を立てられたのですか?」
銅像の話になる度、誰もが同じ質問をしてきた。そして、誰もが同じ台詞を続けて言うのだ。
だから、妹紅はあらかじめ拳を握っていた。
「あんな、大罪人の墓の隣ぐっ!!」
綺麗な裏拳が、少年の顔を歪ませる。鼻を押さえながら、少年は驚いた顔で妹紅を見上げていた。
空から少年に視線を移す。
射殺すように鋭く見つめ、剣のように尖った言葉をぶつける。
「私の前で彼女を侮辱した発言をするな」
「す、すみませんでした!」
妹紅の気分を害した事に気づいたのか、慌てて少年は謝った。妹紅としてはそれ以上追求するつもりも無かったのだが、いたたまれなくなったのか少年は敬礼をして、怯えるように姿を消した。おそらく、もう話しかけてくることもあるまい。
それでも構わない。孤独を気取るつもりはないが、誰か側にいるのはあまり良い気分ではなかった。
いつだって妹紅の隣にいたのは一人だけ。その彼女がいない今、もう妹紅の隣に立てる人間は誰もいない。
後はただ、来るとも知れない終わりを待つばかり。
この歪んだ未来の中で。
妹紅は軽く息を吐き、里の方を見遣った。さすがに遠くて見えないが、あそこに慧音の墓があるのは間違いない。
大罪人、上白沢慧音。
人間からも妖怪も疎まれる嫌われ者。
彼女を好いている者など、今の幻想郷には一人を除いて誰もいない。
その最後の一人にして、全てを知る一人が、
「ねぇ、慧音。あなたの間違った理想は、私がしっかりと引き継いだわよ」
幻想郷中の人間から尊敬されているというのは、なんたる皮肉なんだろう。
二代目里の守護者は、そう思った。
慧音が駆けつけた時には、もう手遅れだった。
里から離れた森の道。そこで誰かが死んでいるとの報があり、慌てて駆けつけたのだが。遠目から見ても既に事切れている事がわかる。
腹が半分なくなっていたのだから、これで生きていられるはずもない。
「慧音様、これはやっぱり?」
共に駆けつけた里の者が、沈痛な表情で尋ねる。
苦々しい表情で慧音は頷いた。
今や妖怪の殆どが人間を襲わなくなったとはいえ、何事にも例外は存在する。そういった例外が、極希にこうした事件を起こすのだ。大抵は妖怪側で自浄されるか、巫女が退治に出向くのだが、いずれにしろ後手であることは否めない。
夜や暗い道は出来る限り出歩かないように注意はしているのだが。
「やっぱり、強い妖怪達に里の周りを見張って貰った方がいいんじゃないか?」
「いやいや、巫女様と慧音様で充分だろ」
「しかし、この頃とみにこういった事件が増えてる気がするぞ」
「やはり悪い妖怪を何とかすべきだな」
駆けつけた者達は、ああだこうだと議論を白熱させている。
しかし慧音はそれに参加することもなく、真剣な表情で死体を見つめていた。
濁った眼球は、慧音に何も語りかけてこない。
ふわふわと、大妖精は飛んでいた。
しかし、その顔色は優れない。
悩んでいたのだ。今日は何をして遊ぼうかな、と。
日がな遊んで暮らしている妖精にとって、何をして遊ぶかというのは割と深刻な悩みなのだ。別に何もするでもなく昼寝をしてもいいのだが、やはりそこは遊び盛り。じっとしているよりも、身体を動かす方を好む。
大妖精はさほど動きたがる方ではないが、友達のチルノは馬鹿みたいに動くのが好きだった。
ふわふわと飛んでいた大妖精は、ふわりと湖畔に着地した。
辺りを見渡すと、木陰にチルノの姿がある。
「チルノちゃーん!」
何をするかはまだ思いついていないが、ひょっとしたらチルノが何か考えているかもしれない。それは十回に一回あるかないか程度のことだが、期待するのはタダだ。
大妖精に気づいたチルノが、喜色満面の笑みで出迎える。
「大ちゃん!」
共にハイタッチを交わす二人。それがどんな意味なのか知らないけど、人間がやってて面白そうだから真似ているのだ。
「ねえねえ、チルノちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「ふふーん、今日はあたいが面白い遊びを教えてあげる」
どうやら、十回に一回の日だったらしい。
大妖精は期待に胸を膨らませた。
「なになに? 教えて教えて!」
「焦らないで、ちゃんと教えてあげるから」
ちょっとお姉さんぶった仕草で、チルノが胸を張る。
この様子だと、どうやらよほど面白い事を思いついたらしい。
「あたいが思いついた遊びは、これよ!」
自信満々に、チルノは振り返って指を指す。
大妖精は興味津々で指さす方へ目を向けて、そのまま固まった。
「え……」
「凄いでしょ、あたいがやったんだよ!」
大妖精の反応を、驚いたがゆえのものだと判断したらしい。チルノは鼻高々に誇った。
だが、一方の大妖精はそれどころではない。
自分の見間違えで無ければ、あれは間違いなく凍りづけにされた人間なのだ。
真冬でもなく、真夏でもない秋。
自然現象で人が凍りづけになるわけもなく、そもそもチルノは自分の所行だと告白している。
別に人を襲うことに罪悪感があるではない。罪悪感など持っていては、悪戯など出来るわけもないからだ。
だが、殺してしまうのがいけない事だというのは分かっている。
なぜなら、人を殺してしまうような妖精は処分されてしまうから。
治安を守る、博麗の巫女に。
大妖精は、咄嗟にチルノの手を掴んだ。逃げようと思ったのだ。
「どうしたの、大ちゃん?」
「と、とにかく!」
どこか遠くへ。言いかけて、言葉を失った。
もう手遅れだった。
眼前に立ちふさがるのは、紅白に彩られた巫女。普段ならただの怠け者の巫女として、妖怪や妖精からも笑われている。
だが、その裏で誰もが知っていた。巫女の本当の恐ろしさを。
「ん? 何よ、霊夢! またあたいと勝負しに来たの?」
ただ一人、恐れることを知らないチルノが大妖精を押しのけて霊夢に向き合った。いつもなら此処で呆れる霊夢だが、今日は無表情で札を構えている。
チルノちゃんを止めなくちゃ。
大妖精は必死に身体を動かそうとしたが、どういうわけかピクリとも動かない。本能が止めているのだ。いま動けば、自分も処分されてしまうかもしれないと。
「人を殺めてしまった以上、あんたを放っておくわけにもいかなくなったわ。悪いけど、処分させて貰うわよ」
「ふふん、巫女ごときが最強のあたいに勝てるとでも思ってるわけ?」
巫女の迫力に物怖じすることもなく、チルノは胸を張る。そういった度胸に、大妖精は憧れもしていたのだが、今はただ逆効果でしかない。
例え無理だとわかっていても、ここは逃げるべきだったのだ。
逃げずに挑んだチルノの結末は、当人以外の誰もが知っている。
その日、幻想郷から一匹の氷精が消えた。
妹紅の警邏範囲は迷いの竹林に限定され、滅多に外で働くことはない。基本的に里の外は危険区域ばかりであり、そこまで警邏範囲に加えると現状では人手が足りないのだ。だから慧音もなるべく外へ出ず、出る時は護衛を付けるか複数で行くように口を酸っぱくしている。
だが、それにしたって被害は出る。だからわざわざ調査する必要もないと思うのだが、ここ最近の妖怪による被害は見過ごせないものがあった。
特に今回の事件は、妹紅もよく知っている妖精の仕業だ。顔なじみというほどではないが、あまりそういう事をするような妖精には見えなかった。訃報を聞いた時も、本当に犯人がチルノなのかと疑ってかかったくらいである。
調査の依頼を引き受けたのも、その辺りの疑問が渦巻いていたからこそか。何にせよ、この時期に事件が増えるのは好ましくなかった。
「さて、と」
護衛も付けず、妹紅は湖の周りをぐるりと廻る。こうして見回って何かが分かるわけでもないが、少なくとも里でああだこうだと話し合っているよりかは何かを見つけられそうな気がした。
「ん、あいつは……」
木陰で蹲っているのは、確かチルノとよくいた妖精のはず。チルノに比べて印象は薄いが、格好はよく覚えていた。
二度と復活することのない氷精の事を思っているのか、すぐ側まで近づいても何の反応も見せない。声を掛けて、ようやく生気のない顔を上げた。
「何ですか?」
これが妖精の声かしら。思わずそんな疑問がわく。
鈴の音のようにカラカラと甲高い声が、妖精の特徴。だというのに、この妖精の声は冬の枯れ葉が擦れ合うように乾いていた。
死という概念を理解しないのが妖精だと聞いていたが、中には例外もいるのだろう。そんな彼女にチルノの事を訊くのは躊躇われたが、すごすごと引き返すわけにもいかない。やむを得ず、妹紅はなるべく優しい口調で妖精に尋ねた。
「悪いけど、チルノの事に関して幾つか教えてくれない?」
チルノという三文字に、妖精はビクリと身体を震わせる。
彼女が消えた瞬間を思い出したのか、はたまた巫女の恐怖が蘇ったのか。
「わ、私が話すことなんてありません……チルノちゃんは、チルノちゃんは何もしてないのに……」
目尻に涙を滲ませながら妖精は言った。
聞き逃せない発言に、半ば同情しかけていた妹紅も顔をしかめる。
「何もしてない事はないでしょ。人間を凍りづけにして殺したのは、紛れもなくあいつなんだから」
「それは、確かにそうです。でも、チルノちゃんは自分でそんな遊びを思いつくような子じゃない!」
妹紅は言葉に詰まった。同じ疑問を抱いていたからだ。
だが、チルノによって人が殺されたのは事実。疑わしい原因にしたって、所詮は妹紅の持っている曖昧な印象に過ぎない。チルノが何を考えていたかなんて、地下に潜らないとわからない。
大妖精とて、チルノと一緒にいた時間が長いだけで彼女の全てを知っているわけではないのだ。ただ仲が良いだけで、客観的な視点に立ってしまえば、チルノを擁護するわけにもいくまいて。
妹紅だって慧音が疑われていたら信じたくないし、そうであって欲しくないと願うだろう。
「気持ちは分かるけど、何か根拠はあるの?」
涙を拭い、鼻をすすりながら妖精は答える。
「あります。チルノちゃん、最後に私に言ったんです。巫女には聞こえなかったみたいだけど、私、確かに聞きました」
末期の言葉という奴か。
「それで、チルノはなんて言ったのかしら?」
「慧音に聞いたことなのに、って言ってました!」
聞き覚えのある名前だ。妹紅は思わず呆気にとられた。
上白沢慧音。説明するまでもないが、妹紅の親友であり、人間の里の守護者だ。すなわち人の味方で、間違っても人の命を奪うような命令を出す立場の半獣ではない。
大妖精は真剣そのものといった感じで言ったが、生憎と妹紅は信じる気になれなかった。おそらく、何か別の言葉と勘違いしているのではないか。あるいは、聞き間違えか何かだろうと思った。
はたまた目の前の妖精が嘘を言っているのかもしれない。まさしく、他人の心は本人にしか分からぬ、である。
「信じて……くれませんよね」
「まあね。少なくともあなたより慧音の事は知っているつもりだし、慧音がそんな事をする奴じゃないってことは誰よりも知ってるから。悪いけど、その話を信じるわけにはいかないよ」
「………………」
悲しそうな顔で、妖精は俯いた。
心は痛むが、慰める気にはなれない。ここで慰めてしまったら、妖精の言葉を信じてしまうのと同じことだ。
心苦しくもあったが、妹紅は妖精と別れを告げて里へ戻ることにした。もっと調査を続けてもいいのだが、今はそれほど暇があるわけでもない。この調査にしたって、ちょっとした休憩の合間をぬってのものだった。
早く戻って、色々と準備をしなくてはならない。
急いていたのか、それとも考えないようにしただけなのか。妹紅は結局気づくことができなかった。
チルノの心も、大妖精の心もわからないように、慧音の心の内もまた分からないのだということに。
冬が近づくにつれ、里は俄に活気づき始めていた。
年末が迫るこの時期に、大きな大きな催しが控えていたのだ。
人間と妖怪の親睦を深める大宴会である。
今年が第一回目となるこの宴会には、山の神から吸血鬼まで幅広い妖怪が出席することになっている。無論、里からも有力者や商売人達が顔を揃えてやってくる。幻想郷をあげての一大イベントなのだ。
慧音は大宴会の総責任者であり、妹紅もまた色々と重要な職を背負っていた。当日は必要なのかどうか最後まで議論された警備の総責任者で、それまでは万請負が主な仕事となっている。
今日は宴会場である、里の大広場で当日の打ち合わせをする予定だった。
それまではすることもなく暇だったのだが、急な事件がおこったせいで調査にかり出される羽目になったのだ。なにしろ親睦を深める宴会を前に、妖精が人を襲ったわけだから責任者達が挙って気にしていたのも当然のことと言えよう。
妹紅は大妖精が聞いたという発言を除き、報告書に纏めて提出した。全てを書いてもいいのだが、これだけの催しを前に変な疑惑を持ち上げる必要もあるまいて。そう判断してのことだった。
各責任者達は妹紅の報告書を見て、ひとまず安堵した様子だ。人が襲われたのは由々しき事態だが、特に何か問題があったわけでもない。単なる妖精の気まぐれとして処理したのだろう。
おかげで打ち合わせも非常にスムーズに進む。
「天狗や河童からの要請で、出来れば鬼からは席を遠ざけて欲しいとのことでした。まぁ、鬼と言っても一人しかおられぬわけですが」
「あの鬼は博麗の巫女と一緒にいる姿をよく見るから、巫女に任せたらどうかしら」
「ええ、儂らもそう思っとったところです。ですから巫女の隣に鬼が座ってもらい、天狗や河童は紅魔館と商店街の方々に挟まれる形で座ってもらおうかと思うんですが」
「もっとも、酒が進めば席なんて関係ないだろうがね」
妹紅の発言に、気の良い男どもは大笑いを返す。円陣を組んでの打ち合わせだったので、笑い声が少し耳に響いた。
「そういえば、慧音はどこ?」
耳を押さえながら、妹紅はいるべき人物がいない事に気づく。さほど重要な打ち合わせというわけではないが、慧音がいないのは非常に珍しい。
酒の管理責任者が、薄い頭を叩きながら答えた。
「いやぁ、招待状を書き直す事になりましたからねぇ。それで大忙しっつうわけですわ」
「書き直し? 何か問題があったの?」
「ありゃ、妹紅様は聞いとりませんでしたか? 日取りがですね、二日ほどずれたんです」
残念ながら妹紅の耳には全く届いていなかった。所詮はまだまだ急ごしらえの組織なのだ。情報伝達に問題があるとはいえ、一応それなりに立場のある妹紅が何も知らないというのはさすがに大問題ではなかろうか。後で慧音に打診する必要があるな。妹紅は密かにそう思った。
「しかし、何でまた二日もずらしたのよ?」
「さぁて、儂らにはわかりかねます。慧音様の発案ですから、何か思うことがあるんでしょうなぁ」
「慧音が?」
計画性を何よりも重視する慧音にしては珍しいことだ。何かよほど重大な問題があったのか。
考え込む妹紅をよそに、調理担当の女が手を叩いて口を開いた。
「あれじゃないですか。ほら、その日から二日ずれると満月ですよ!」
「ああ、なるほど。満月を肴に月見酒っちゅうわけですか。さすが慧音様、洒落たことをなさる」
「こりゃあ、わざわざ料理を出す必要もないですかな。ははは」
「もう、意地悪言わないでくださいよ!」
妹紅以外の人間は、それで納得したのか再び大笑いだ。
だが、妹紅だけは納得できなかった。いやむしろ、さらなる疑念を持った。
慧音は人間ではなくワーハクタクだ。普段は人間のような姿をしているけれど、満月ともなれば、まさしく半獣じみた外見になる。
慧音自身は、その姿について好いてるわけでも嫌ってるわけでもないと教えてくれたことがあった。ただ、その姿で人前に出るのはあまり好きではないらしい。
だとしたら何故、わざわざ大宴会の日取りを満月の日にずらしたのか。
眉をしかめる妹紅。そこへ、更に疑念を深めるような話が聞こえてきた。
「それにしても慧音様、どうして三郎太んとこの馬鹿息子にも招待状出したんかねぇ?」
「三郎太んとこの息子っちゅうたら、あの酒癖が悪い奴のことか。あいつ、確か酔っぱらった勢いで妖怪に喧嘩うって殺されかけたっちゅう風に聞いとったが?」
「最近になってようやく怪我が治ったそうですよ。でも、わざわざ呼ぶことはないと思うんですが。慧音様は少し気を遣いすぎですよ」
馬鹿息子に関しては、妹紅も色々と噂を聞いている。そしてその噂の殆どが良くないものであり、全て事実であるということも。慧音もかねがね、あの男だけはどうにかしないといけないなぁ、と零していた。
その男をわざわざ大宴会に呼ぶ?
ますます分からなくなってきた。
打ち合わせを終えた妹紅が、すぐさま慧音を探しに出たのも無理からぬ話だろう。
そんな妹紅を見かけて、一人の男が声をかけてくる。
「あのっ、妹紅様!」
「悪い、後にして!」
そっけなく妹紅はあしらい、再び慧音を探しに出る。残された男は難しそうな顔で、手の中に収められた紙切れに視線を移した。
「慧音様は良いと言われたけど、本当にこの妖怪へ招待状を出していいのかなぁ」
招待状の宛名には達筆な字で、『風見幽香様』と書かれていた。
失念していた事があるとすれば、慧音は妹紅より遙かに忙しかったことだ。
それと、この宴会の規模があまりにも大きすぎたこと。何時間も走り続けておきながら、ついぞ妹紅は慧音に会うことができなかった。仕組まれたかのようなすれ違いを何度も繰り返し、目があうことすら出来ない。
ようやく話が出来たのは、日も暮れて夜が深まった頃だった。
慧音は自宅で酒を飲みながら、窓から欠けた月を眺めていた。心なしか、少しやつれたように見える。無理もない。休憩すら秒単位の労働をして、やつれない方が異常なのだ。
「どうした、妹紅。そんなに息を切らせて」
「ちょ、ちょっと、慧音を探しててね……ごめん、水ちょうだい」
手渡された水を飲み干し、ようやく落ち着く事が出来た。何はともあれ、まず落ち着かなければ話もできない。
「珍しいな。お前がそんなに慌てるなんて」
「慧音に訊きたいことがあってね、急いでたのよ。あっ、水ありがとう」
コップを仕舞い、慧音は再び窓際に座り込む。珍しいと言えば、こうして酒を飲んでいる慧音の方が珍しい。無論、飲める方ではあるのだが自ら進んで飲むことはなかった。大概は誰かに勧められ、その酒豪っぷりを披露することになる。
一人酒を嗜むタイプではないのに。積み重なった違和感のせいか、それすらも怪しく思えてしまう。
「どうした、何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
「えっ、ああ、ごめんなさい。そう、訊きたいことがあったのよ。あのさ、三郎太の息子さんのとこにも招待状を出したって本当?」
さほど聞きづらい事でも無かったのに、どういうわけか言葉を出すのに苦労した。
慧音は手を休め、苦々しげに微笑む。
「私も呼びたくは無かったのだが、六兵衛の親父さんは酒蔵を幾つも持っていてな。今回の宴会にも、かなりの量の日本酒を提供してくれているんだ。その三郎太殿がどうしてもと頼んできたら、断るわけにもいかないだろ」
あまりそういうのは好きではないがね、と付け加えて杯を傾ける。
「じゃあ日付をわざわざ満月の日にしたのは? 慧音、嫌いでしょ。あの姿で人前に出るのは」
「あれもやむを得ない事だ。吸血鬼達が満月の日に変えろと五月蠅くてな。他の妖怪も満月ならむしろ風流で好都合だと、なし崩し的に決まってしまった。確かにあの姿で出るのは嫌だが、出たら灰になるわけでもない。さほど問題はないよ」
妹紅は胸をなで下ろした。尋ねてみれば、どれもこれも何でもないことばかり。自分は何を気にしていたのかと、今では逆に恥ずかしいくらいだ。
「しかし、どうした? 急に質問攻めじゃないか」
「ごめん、ごめん。ちょっと妖精から良くないこと聞いてさ。多分、それでちょっとした疑問も気になっちゃんだろうね」
「良くないこと?」
怪訝そうな声で慧音が尋ねる。
「ほら、チルノが人を凍りづけにした事件があったじゃない。あれをね、慧音に教えて貰った言うんだよ」
慧音は空を眺めたまま、妹紅の話に耳を傾けている。否定することも、肯定することもない。ただ沈黙を貫き、時折思い出したように酒で喉を潤していた。
外は無風。秋も過ぎ去り冬が近づくこの頃は、虫の音も久しい。
妹紅と慧音しかいない部屋の中。その静けさが逆に不気味だ。消え去ったはずの疑念が、再び首をもたげ始める。
「慧音?」
恐る恐る、親友の名を呼ぶ。
ふっと目を閉じ、慧音は杯を置いた。
「なぁ、妹紅。私はな、いつか死ぬんだよ」
当たり前のことを、寂しそうに言う。
「私は不死ではない。普通の人よりかは長生きするかもしれないが、いずれ寿命か、はたまた事故か病気で明日にでも死ぬかもしれない。そういう儚い存在なのだ、私は」
開かれた瞳には、どこか達観したようなくすんだ輝きがあった。生きることに疲れた仙人のような目だ。
何と答えるべきか、妹紅は戸惑った。否定することもできず、さりとて肯定するわけにもいかず。いずれにせよ、彼女の持ち得ぬ不死たる存在である妹紅には、掛ける言葉など無いように思えた。
それを知ってか、慧音は妹紅の返事も待たずに言の葉を紡いでいく。
「なぁ、妹紅。もしもお前が不死じゃなかったとして、目の前に刀を持った男が現れたらどうする?」
「えっ、どうするって……そりゃあ戦うわよ」
「じゃあ、もしもお前が不死だけでなく普通の少女だったとしたらどうだ? それでも戦うか?」
何の力も持っていないのに、それでも戦うというなら、それはただの蛮勇に過ぎない。ちっぽけな矜持を満たしたいならともかく、普通は後先も考えずに逃げだす。
「当然、逃げるわよ」
慧音は妹紅から視線を逸らし、再び窓の外を見た。つられて、妹紅も外を見る。
ここからでは月の様子もわからない。ただ地面に降り注ぐ光からして、ほぼ満月に近い形ではないかと思った。思わず酒を傾けたくなる。妖怪どもが満月に日取りをずらしたのも頷ける話だ。
「そう、だよな。それが普通の反応だ」
言葉こそ納得したように聞こえるが、その顔にはいまだ悲しそうな表情が張り付いている。お腹をすかせた犬を哀れんでいるような顔だ。
純粋に悲しんだり、怒ったりする慧音は何度も見てきたが、こんな同情と哀憐の混じった表情を見るのは初めてだ。妹紅はどうしていいのかわからず、ただ立ちつくすだけだった。
やがて、慧音は不意に視線を妹紅へ戻した。
「すまない、少々酒が過ぎたらしい。つまらない事を話してしまった。愚痴に付き合わせて悪かったな」
「あ、ああ、いや別に構わないよ。いつもは私の愚痴を聞いて貰ってるからね。たまには聞く立場になれて逆に嬉しいよ」
それは本心からの言葉であったが、肝心の愚痴があれでは妹紅としても反応に困る。慧音は慧音なりに何か難しいことを抱えているのだろう。それは理解できたが、妹紅にはどうすることもできなかった。
どれだけ高温の炎を生み出すことができようと、他人の悩みを解決することはできない。改めて、いかに自分が無力なのかを思い知る。人間、ただ長く生きているだけでは何の役にも立たないのだ。
「そうか、なら、ついでにもう一つだけ頼まれてくれるか」
己の無力さを噛みしめていた所へ、図ったような言葉をかけてくる。慧音のことだ、妹紅の悩みを逆に悟ってもおかしくはない。
気を遣わせてしまったか。気づいたところで、断ることはできなかった。
「なに? 何でもやるわよ」
「大したことじゃない。この資料を永遠亭の八意永琳に届けてくれればいい」
慧音は紅魔館の魔女や、人形遣いの魔法使いと頻繁に書物の交換をしていた。永琳とも同じぐらいの頻度でやりとりをしている。
「わかった。これを永琳へ届ければいいのね」
「頼む」
古びた木簡を手渡される。妹紅は、しっかりとそれを抱きかかえた。木の香りが間近に感じられる。
「いつまで?」
「出来れば明日の昼まで」
「わかった。それじゃ、今日は悪かったね」
「いや、こっちこそ助かったよ」
どこかまだ溶けない思いはあるけれど、それはもう自分ではどうすることもできないものだと分かった。慧音の悩みを解決するなど、猪突猛進型の自分には荷が重い。それよりも今はこうして、彼女の頼みを叶えてあげる事が何よりの恩返しに繋がるのだろう。
妹紅はそう思っていた。
帰り際、不意に慧音が尋ねてくる。あの寂しげな声色で。
「妹紅、私は里をしっかりと守れていると思うか?」
ひょっとしたら、チルノが人を襲った事件で色々と思うことがあるのかもしれない。この頃、そういった事件が増えていると聞く。
里の守護者たる慧音が、そのことで頭を痛めているのだとしたら。
妹紅の答えは一つしかなかった。
「ああ。慧音はよくやっているよ」
そうか、と慧音は返した。
それは重く、深く、沈んだ声色だった。
振り返ろうとも思ったが、そのまま妹紅は慧音の家を出て行く。見なくとも、肌で感じ取ることができた。一人にしてくれという、無言の圧力を。
それをはね除けてまで、慧音の側にいられるほど妹紅は言葉が上手いわけでもない。逆に苛立たせかねないのだ。
後ろ髪をひかれる思いだが、今日のところは素直に帰った方が良いだろう。
夜も遅い。木簡を届けるのは明日の朝一にして、今日は自宅に戻るとするか。
我が家へ足を向けたところで、不意に見慣れた兎の姿が目にとまる。いや、正確には兎の耳をつけた人間のようなものか。
「輝夜んところの兎じゃない」
「あれ、妹紅さん。こんなところで何してるんですか?」
やたらと長ったらしい名前の兎は、不思議そうな顔で尋ねてくる。あまりに長ったらしい名前なので、妹紅はウドンゲという部分しか覚えていない。
「何してるって、決まってるでしょ。だって、ここは慧音の家の前なのよ」
「ああ、それもそうですね」
合点いったという風に頷く。慧音との関係は永遠亭にも知れ渡っていた。
こぼれ落ちそうになる木簡を抱え直し、ちょうど良いと妹紅はウドンゲにそれを渡す。
「何ですか、これ」
「慧音が永琳に届けてくれと。資料か何かだと言っていたわ」
直に手渡ししてもいいのだが、朝早く訪問するよりも弟子に届けさせた方が確実だろう。
「わかりました。これが代金の代わりってやつですね」
「代金の代わり? 何よそれ」
「あれ、知らなかったんですか? 師匠がある薬を調合して、そのお礼に貴重な資料を譲ろうっていうことが先日あったんです」
聞いたこともない話だ。だが、慧音ならそれぐらいの事をしてもおかしくない。歴史を研究している人間のくせに、やたらと資料に無頓着なのだ。
生活費の足しに、貴重な資料を売り払ったことも何度かある。
「そういえば、慧音さんの家って犬か何かいるんですか?」
唐突な質問に面食らう。それでも一応は記憶を引っ張り出し、確認をしてから答えた。
「いや、慧音は何も飼ってないけど。どうして?」
「だって、大型犬を殺せるような毒が欲しいって言ってたので。てっきり飼い犬でも安楽死させたいのかなって……」
溶けかけていた疑惑が、再び音をたてて凍り始める。
慧音が毒を手に入れた。
何の為?
疑念は疑念を呼び、解決したはずの疑問まで呼び起こす。
ウドンゲと別れても、寝床についても、その疑念は晴れることなく。
やがて、大宴会当日を迎えた。
名に相応しいとは、まさしくこの事であろう。普段の宴会とは比べものにならない騒々しさと、熱気。これに大を付けずして、何に付けるというのか。
里の中央に敷かれたゴザは、優に百枚を超していた。だというのに立ちながら参加している者も出るしまつである。思ったより天狗や河童の参加率が良かった事や、騒ぎに興味をひかれた妖精達がやってきた結果だ。主催者側は予想以上の人数に混乱しかけていたものの、ゴザがないからといって暴れるような奴は殆どいなかった。
むしろ、それよりも気にするべきは酒の分配である。これを欠かすと怒る者も大勢おり、主催者側はゴザを気にしつつも酒の管理に追われていた。ただ飲むだけなら楽なのに、鬼やら天狗やらが馬鹿みたいに飲み比べをするのだ。消費量は半端ではない。
妹紅も一応は警備係という役職についていたが、始まってしまえば警備をしている暇などなく、酒樽を抱えて東奔西走と大忙しだった。昼を過ぎた頃にはまだ慧音の事を気にしている余裕もあったけど、夕暮れが終わってからは考える余裕すら無かった。
ただ無心で酒を運び、宴会が終わるのを待つ。妹紅は誓った。今度は絶対に参加者として参加しようと。
固い誓いも忙殺される中、ふいに顔見知りに呼び止められた。狸のような体型に、恵比寿のような笑顔。これでもかと言わんばかりの福耳は、近所でも福の神の生まれ変わりなのではと評判だ。+
「お忙しいところ申し訳ありません、妹紅様」
「あら、三郎太さん」
慧音とは違って、妹紅は頻繁に酒を飲む。そのせいか、三郎太とはちょっとした顔なじみだった。
「この度は本当に、このような宴席に関わらせて頂いて……これも妹紅様のお口添えがあったからこそです、はい」
「いや、そんなかしこまられても困りますって。お礼なら慧音に言ってください」
何度も何度も丁寧にお辞儀をされては、逆に対応に困るというもの。かといって無碍に拒否するわけにもいかず、仕方なく慧音に押しつけることにした。慧音には悪いが、こういう人への対応も総責任者の仕事の一つである。
「そうでした、慧音様にもお礼を言わないと。なにしろ、うちの馬鹿息子まで招待して頂けたのですから。本当、頭の下がる思いです」
思いだと言っておきながら、実際に頭が下がっているではないか。心の中で軽いツッコミを入れ、それ以前の言葉を反芻して眉をひそめた。
「招待されたって、慧音が招待状を出したんですか?」
「ええ、妹紅様はご存じなかったのですか?」
慧音は三郎太から頼まれたと言っていた。嫌だけどしょうがなかったと語る苦々しい顔を、今でも刻銘に思い出すことができる。
だが、三郎太が嘘をついているとは思えない。これが演技なのだとしたら、芝居小屋で座長を務めることすら容易いだろう。
だとしたら、嘘をついているのは慧音の方か。
「そんなところに突っ立ってると危ないわよ、蓬莱人」
三郎太と入れ替わるようにして、レミリアがやってきた。月を背負った吸血鬼というのは何とも絵になるが、手に持っている酒瓶で色々と台無しだ。白亜の傘と酒瓶という組み合わせも、またミスマッチである。
側に咲夜がいないせいであろう。いたら確実に持たせているはず。さすがに宴会でもいつも一緒というわけではないらしい。
「悪い。ちょっと考え事してたのよ」
「ふうん、蓬莱人でも悩むことがあるのね。永遠の民なんて、いずれ何でも解決できるから悩みなんて無いものだと思ってたわ」
「私にだって限界はある。それに、制限時間のある問題だってあるでしょ」
「もっともね。まぁ、せいぜい時間切れにならないよう頑張りなさい」
レミリアにしては随分と気を遣った言葉である。妹紅を励ましに来てくれたのかと、一瞬思ってしまった。
「ああ、本題を忘れていたわ。ワーハクタクが呼んでたわよ」
「慧音が? 何かあったのかしら」
「さあね。そこまで聞いてないわ」
「わかった、行ってみる。それにしても、吸血鬼がお使いなんて珍しいわね」
「使いなんて私の趣味じゃないけど、駄賃を貰ったからには引き受けざるをえないでしょう。義理堅いのよ、意外と。悪魔には負けるけど」
吸血鬼もまだまだ謎の多い種族である。ただ誇り高い吸血鬼の中にあって、レミリアが少し異端だというのは門外漢の妹紅にも理解できた。他の吸血鬼は間違っても、日本酒を貰ってお使いをするような奴らじゃない。もっとも、こういうところが親しみやすくて妹紅は好きだった。
「そうね、じゃあついでにもう一つぐらい酒の肴でも貰っていきましょうか」
「んー、生憎と肴は持ってないんだよ」
「単なる心の糧よ。ねえ、蓬莱人。泣いた赤鬼って話は知ってるかしら?」
直接読んだ事はないけれど、慧音が子供達に読み聞かせているのを側で聞いていたことはある。妹紅は素直に頷いた。
「なら話は早いわ。私はね、常々思ってたの。あれの結末は、果たしてハッピーエンドだったのかって」
村人と仲良くしたい赤鬼。青鬼は赤鬼の為に村を襲い、青鬼を退治した赤鬼は念願叶って村人と仲良くなることができた。そして青鬼は赤鬼と一緒にいると迷惑になるからと言って、旅に出たのだ。
大まかな話の流れを思い出す。確かにこれをハッピーエンドというには、些か無理があるように思えた。そも、題名からして泣いた赤鬼である。どちらかというと、やるせない話に分類されるのではないだろうか。
「そして、こうも思うのよ。青鬼のしたことは、誰かが望んでいたことなのだろうか」
「あれは赤鬼が望んでいたことでしょ? だから青鬼がやったんだもの」
レミリアは愉快そうに口の端を歪め、そこよ、と呟いた。
「赤鬼は村人と仲良くなることを望んだ。しかしそれは、友人の青鬼を失ってまで叶えたい望みだったのかしら。無論、村人からしても別段鬼と仲良くなりたいとは思わないでしょ」
「それは、まぁそうだけど……」
友人と村人との友好。どちらをとるかは人それぞれだけど、少なくとも妹紅は友人を失ってまで友好を深める気はなかった。
そういった意味では、レミリアの言葉は正しいのかもしれない。
「青鬼は誰も望まぬことをした。結局、彼のやったことはただの自己満足に過ぎなかったのよ」
そしてレミリアは言葉を続けた。
「さて、じゃあ問題。あなたの友達は親友と友好。どちらをとると思う?」
脳裏に慧音の姿がよぎる。黙秘することも出来たが、これに答えないのは癪だった。
少し考え、妹紅は口を開いた。
「多分、友好ね」
悲しい話だが、慧音は誰よりも里の事を考えている。仮に妹紅が里へ危害を加えるのなら、容赦なく排除しに来るのだろう。友情が二番手なのは残念だが、そういう所も含めて親友なのだ。
だが、レミリアは首を左右に振った。
「じゃあ親友? それはありえないと思うけど……」
「それも違う。だって、そもそもの前提が間違ってるの。あなたの友人は赤鬼じゃなくて、青鬼なんだから」
月光の加減か、酒の匂いに当てられたのか。一瞬だけ、レミリアがひどく大人びた姿に映った。重ねた年月こそ人間以上だが、見た目は幼子そのもの。幻覚でも見たのでなければ、その声色で錯覚したのか。
溜まらず目を擦ってみれば、いつものレミリアが目の前に立っていた。
「動揺かしら。それとも幻惑? なんにしろ、私はそろそろ行くわよ。血は好きだけど、下衆の血は嫌いなの」
「血って、そんなのどこに……」
言いかけた言葉が、人々のざわめきによってかき消される。レミリアは戸惑うことなく、その場から飛び去っていった。
追いかけることも出来たが、それよりも今はざわめきである。一応は警備担当。何かあったのなら、真っ先に妹紅が駆けつけなくてはならない。
ざわめきの聞こえた方へ顔を向け、飛び立とうとした足が地面に縫いつけられる。
身体は止まり、声は封じられた。
それは周りの人間や妖怪も同じ事。誰しもが一点に視線を集中させ、誰もが喧噪の後に言葉を失った。
「ごきげんよう。今宵はとても良い月ですこと」
淑女のようにニッコリと微笑んだ彼女の名を、知らぬ者は誰もいない。
風見幽香。
招待した覚えのない客が、フリル付きの傘を携え、そこにいた。
男は大層不機嫌だった。生まれながらにして名家の育ちであるがゆえ、男は誰よりも目立たないと気が済まなかったのだ。人外の妖怪や巫女が列席するこの宴会においても、不遜ながらその性質は存分に発揮されていた。
鬼や天狗を相手に、どうして目立てると思っているのだろうか。世話係の小羽は、呆れながらもその傲慢さに少し感心していた。
「小羽!」
「は、はいっ!」
一層不機嫌さを増した声に急かされながら、小羽は六兵衛の杯に酒を注ぐ。一滴たりとて零さぬよう注意したものの、そんな気配りなどお構いなしに六兵衛は乱暴に酒をあおった。口元から何筋もの酒が溢れ、藍色の着物にシミをつくる。あれを誰が始末するのか、考えただけでも頭が痛くなった。
小羽としても出来れば六兵衛に満足してもらい、何事もなく帰るのが最適なのだが、生憎とそんな事がまかり通る宴席ではなかった。各が勝手に飲み、勝手に騒ぎ、勝手に帰る。六兵衛の事を気に掛ける者など一人もおらず、無視されればされるほど六兵衛が飲む量も増していく。
六兵衛の酒癖の悪さは知れ渡るところで、小羽も何度止めようかと迷った。しかし、一度口を付けてしまえばもう止めるわけにはいかぬ。六兵衛は酒を邪魔されることを何よりも嫌うのだ。
仕方なく、こうして酒を注いでいるのだが。
「面白くねぇな……」
低い声に、思わず身体がビクリと震える。妖怪には負けたとはいえ、六兵衛の喧嘩の腕は馬鹿にしたものではない。だからこその傲慢であり、誰もが陰口しか叩けない理由の一つでもある。
小羽も何度か八つ当たりじみた暴力を受けたことがあった。頬が腫れるたびに辞めてしまおうかと悩むのだが、これほど給料の良い職は他にない。育ち盛りの兄弟を食わせる為には、何よりもお金が必要なのだ。
今ではこれも仕事の一つだと、割り切れるようにはなっている。
「どいつもこいつも、あんな女に注目しやがって。花の妖怪だか何だか知らねえが、まったくもって面白くねえ!」
「ろ、六兵衛様! そんな事を言っては聞こえます!」
「あぁ!?」
鷹のように鋭い目つきで睨まれる。言うんじゃなかったと後悔するが、小羽の気持ちも理解できようて。
なにしろ六兵衛が文句を言っているのは、かの大妖怪である風見幽香に対してなのだから。幸いにも少し離れていたので、今の六兵衛の言葉は聞こえなかったようだが。
「なんだ、俺があんな女に負けるってのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
六兵衛が喧嘩をうったという妖怪も、十を超えたばかりかという外見をしていた。相手が妖怪とあっては、性別も外見も関係ない。そも、喧嘩を売る時点で間違っているのだ。
小羽はそれを肝に銘じており、どんな容姿だろうと妖怪を見たら逃げるよう心がけていた。それだけに、今回のこの大宴会には色々と期待していた。妖怪と人間が親密になれるのなら、もう夜道を震えながら歩かなくて済む。
「てめぇ、聞いてんのかよっ!」
「あぅっ、その、すいません!」
叱られた拍子にトックリを落としそうになるが、何とか持ちこたえることができた。密かに胸を撫で下ろしたのも束の間。顔に杯を投げつけられ、あえなくトックリはゴザへ酒を飲ませていく。
「こんな不味い酒が飲めるかよ! もっと美味い酒を探してこい!」
「は、はいっ!」
何度も頭を下げながら、慌てて六兵衛の元を離れる。零れた酒の始末もしたかったが、あのままあそこにいたら六兵衛の怒りは益々大きくなっていくだろう。だが放っておけばおいたらで、どうして片づけなかったと叱るのだ。理不尽な事だが、もう慣れた。
しかし、いま問題なのは零れた酒についてではない。小羽はあまり酒を嗜まなかった。だから酒の善し悪しなど、分かるわけがない。
かといって、主催者に尋ねるのも心苦しいものがある。どうしたものかと立ち往生する小羽の肩を、不意に誰かが叩いた。
反射的に身体を震わせる小羽。
「すまない、驚かせてしまったかな?」
穏やかな声色で、身体の弛緩が揺るかに解ける。
だが振り向いた小羽は、再び身体を硬直させる羽目になった。
「か、上白沢様!」
里の守護者については小羽も熟知していたし、三郎太の屋敷へ何度か訪れてきたこともある。だが、直接話すのはこれが初めてだ。
まさか自分のような使いっぱしりが、里の誰もが知る有名人に声を掛けられるだなんて。光栄さと共に、驚きが身体を縛り付ける。
「いやなんだ、そんなに畏まられても困るんだがな。えっと、確か三郎太のところの小羽で良かったか?」
「は、はいっ!」
まさか自分の名前を知っていただなんて。感激のあまり、それから先の言葉も出なくなる。
慧音は苦笑しながら、一升瓶を取り出した。
「だからそう畏まるなと……まぁ、いいさ。それより、これを持って行くといい」
手渡された瓶には、『白玉の露』と書かれている。三郎太の家のものではないが、里で評判の美酒であった。
「止めに入ることは出来なかったが、代わりに良い酒を用意した。これなら、あの男も満足するだろう。持って行くといい」
「あ、ありがとうございます!」
名前を知っていただけでなく、気にもかけていてくれたなんて。感激を通り越して、崇敬すらしたくなる。
「ついでに、君も一杯飲んでいくといい。なに、下戸でも飲める極上の酒だ」
「いえ、あの、私はお付きの者ですから……」
「主催者の頼みだ。断ってくれるなよ」
そう言われては、小羽に断れるはずもない。
幸いにも、慧音から手渡されたのは杯一つ。これを飲み干すぐらいなら、小羽にだって出来るはずだ。
杯の中には、黄色い花弁が散らされている。ここまでして貰って、飲まなずにいられるわけがない。
「では、いただきます」
注がれた酒で喉を潤す。
確かに普通の酒とは微妙に違うような気がしたが、小羽には上手くそれを言い表すことができなかった。とはいえ、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
「上白沢様、とても美味しかったです!」
「そうか、美味かったか……」
優しく微笑んでいるのに、声色は何故か寂しそうに聞こえた。
「あら、せっかく呼ばれたんだもの。来ないと損じゃない?」
至って普通の調子で幽香は言った。これが並の妖怪であればまったく問題ない台詞だ。並の妖怪であれば妹紅が詰め寄ることもなく、厳戒態勢がひかれることもないのだから。
しかも困ったことに、現在永琳は欠席していた。あまりに酔いつぶれる者が多いために、ウドンゲと共に永遠亭へ戻っているのだ。怪我人が出ようもなら、誰も治療することができない。
「呼んだって、私たちは招待状を出した覚えはないわよ」
「それに、あなたがこんな宴会に参加するのも珍しいわね」
何の前触れもなく、突如として開いた隙間から顔をのぞかせる紫。周りの人間は意表をつかれたように後ずさりするが、幽香と妹紅は動じない。これぐらいで驚くようでは、幻想郷で生きるのは難しいのだ。
「覚えがなくても届いたものは届いたんですもの。まぁ、最初は私もこんな催しに参加するつもりはなかったのだけどね。差出人の名前を見たら、来ないわけにもいかないでしょ」
そう言って差し出されたのは、確かに妹紅達が発行した招待状。わざわざこんなものを偽造したとも思えないし、手違いで届いたのだろうか。
妹紅は招待状を裏返し、眉をひそめた。背後からのぞき見していた紫も、あら、と驚いたような声をあげる。
『八雲紫』
招待状の裏に書かれていたのは、背後から面白そうにのぞき込む大妖怪の名前だった。
犬猿というわけでもなく、さりとて親友というわけでもなし。何と表現したらいいのか分からない二人の関係だが、少なくとも競い合ってるのは事実である。互いが互いを意識しているゆえに、この名前を持ち出されたら無視するわけにもいかないのだろう。
「偽物だってことはちょっと考えれば分かったけど。こうまでして私に来て欲しい誰かがいるってことよ。その目論見を潰すのは、とっても心苦しいじゃない?」
「よく言うわ。どうせ暇だったから物見遊山で来たんでしょ。当事者になっても知らないわよ」
「あら、それなら願ったり叶ったりだわ。花の世話もいいけれど、たまには刺激的な事がないと退屈なのよ」
笑顔であるのに、互いの言葉にはどこか棘がある。間に挟まれた妹紅としては、出来れば誰にも迷惑のかからない山奥あたりでやってもらいたかった。
「確かに、この酒宴には些か不審な点が多すぎる。それは私も気に掛けていたわ。あなたもそうでしょ、藤原妹紅」
「わ、私は……」
否定の言葉は出てこない。
紫は愉しそうに目を細め、何もないはずの虚空に肘をついた。
「さあて、一体何をしてくれるのかしら」
まるで計ったかのようタイミングだった。演出家がいたとしたら、この台詞を待っていたとしか思えない。
少し離れたところから、男の叫び声が木霊したのだ。
「はじまったようね」
どこにあったのか、花弁のような杯で幽香は酒を飲んでいる。これを一人にするのは避けたかったが、今はそれより悲鳴の方だ。紫もいることだし、弾幕ごっこでもしない限りさほど大事にはなるまい。
悲鳴のした方へ妹紅は駆け出す。幽香の方へ注目していた人妖達は、一斉に真逆の方を向いていた。
その視線の集まる先から、男の怒鳴り声が聞こえてくる。
「小羽!」
それは誰かの名前を呼ぶ声だった。人をかき分け、ようやく妹紅も騒ぎの中心地へとたどり着いた。
まず目についてのは顔色の悪い少女。ぐったりと力無く地面に倒れている。その顔色は青を通り越して、死人のように白い。口元からは蟹のように泡を吹き、鯉のように酸素を求めて唇が動いている。
叫んでいるのは六兵衛だった。小羽と何度も名前を呼びながら、少女を抱き起こしている。
「小羽! 小羽!」
しかし六兵衛の絶叫も空しく、段々と小羽の動きが小さくなっていった。早く何とかしなくてはいけない。妹紅とて見殺しにするつもりはないが、自分に出来ることなど殆どなかった。
永琳もいないいま、妹紅達に出来ることなど何一つない。
いたままれない空気の中、やがて小羽はピクリとも動かなくなった。
「小羽! 小羽! ちくしょう……」
乱暴に地面を叩く六兵衛。従者に対する態度は乱暴そのものだと聞いていたが、本当は大切に思っていたのだろう。
地面を殴った衝撃で、小羽の懐から一つの杯がこぼれ落ちる。
六兵衛はそれを拾い上げ、血相を変えて立ち上がった。
「風見幽香! てめぇの仕業か!」
言うや否や、六兵衛は幽香に向かって駆け出す。その迫力と行動に、人妖問わず誰もが道を空けた。
しばし呆然としていた妹紅も、慌てて六兵衛の後を追う。
「こいつはな、俺に黙って酒を飲むような奴じゃねぇ! 誰かに無理矢理飲まされたに決まってる!」
「それが私だと? 馬鹿も休み休み言うことね」
呆れたように幽香は言った。
「こいつが証拠だ!」
突きだしたのは、先ほど小羽の懐から落ちてきた杯。何の変哲もない杯だったが、底の方に綺麗な花弁がこびりついている。
「大方、てめぇが花の毒か何かを混ぜて小羽を殺したんだろうが! そうだろ!」
「私だって無差別殺人鬼ってわけじゃないのよ。理由もなしに人間ごときを殺したりしないわ」
蔑むように幽香は六兵衛を見下す。我慢の限界だったのか、六兵衛は顔を真っ赤にして杯を地面に叩きつけた。陶器の弾ける音が耳に痛い。
「ふざけんなよ!」
怒声をあげながら、幽香の胸ぐらを掴む。呆れた表情から一変、幽香の顔に笑顔が戻ってきた。
制止の声をあげようとする妹紅。しかし、もう遅い。
「言っておくけど、理由があれば人間だって殺すわよ」
途端、胸ぐらを掴んでいた腕が火薬でも使ったかのように爆散した。
六兵衛は悲鳴をあげながら崩れ落ちる。辺りにはおびただしい量の血が飛び散り、ゴザのうえに赤い湖を作り上げる。その湖の上には、見慣れぬ花が幾つか咲いていた。
おそらく六兵衛の腕の中で、大量の花を強引に発芽させたのだろう。
「今回はこれぐらいで許してあげるわ。せっかくの宴席ですもの。白けさせるわけにもいかないでしょ」
傘で防いだのか、衣服には血の一滴さえ付いていない。何事もなかったかのように杯を傾ける幽香を見ていると、背筋が凍り付いたのかのように寒くなってくる。
誰もが息を飲む中で、六兵衛だけがまだ諦めていなかった。かつて小羽が尊敬の意さえ覚えた愚直さは、ここにきても健在だったのだ。
必死で立ち上がった六兵衛は、両腕もないのに幽香に詰め寄る。口から零れ出るのは人ですらない叫び声。視線は胡乱ながら、それでも足取りはしっかりと幽香に向かっている。
仕方ないわね。呟きが聞こえると同時に、幽香の姿もかき消えた。そして、六兵衛の身体が突風に吹き飛ばされるように空高く舞っていく。妹紅はようやく、六兵衛が殴打されたのだと気づいた。
「これって正当防衛よね?」
悪びれた風もなく言い放つ幽香に、声をかけられる者などいない。紫も、難しい顔で飛んでいった六兵衛の方を見ている。
人間はこぞって幽香から距離をとり、喧噪に満ちていた宴席は再び沈黙に支配された。
そこではたと、妹紅は気がつく。
慧音だ。慧音の姿がない。
こんな騒ぎになったのなら、真っ先に飛んできそうな慧音の姿がどこにもなかった。
辺りを見渡し、その姿を見つけたときに思わず疑った。あれは本当に慧音なのかと。
無論、姿が違っているのは言うまでもない。今日は満月。いつもの人間の姿ではなく、半獣の姿をしている。
問題は、その慧音が立ち上がることもなく酒を飲んでいることだ。
「何してるのよ慧音!」
妹紅が詰め寄っても尚、慧音の動きに変化はない。まるで機械のように、淡々と酒を処理していく。
「見ればわかるだろ、酒を飲んでいる。酒宴なのだ、酒を飲まないでどうするというのだ」
「そんなことよりやるべき事があるでしょ!」
おかしな事を言う。必死な妹紅を鼻で笑いながら、慧音は嫌らしい笑みを浮かべた。
「やるべき事など何もないだろ。全ては私の思った通りに動いているのだから」
「……慧音?」
人が変わったような笑いだ。誰か妖怪が化けているのではないかとすら思える。
だがしかし、そこで妹紅は思い出してしまった。先日のウドンゲの言葉を。
慧音は永琳から毒を貰っていた。大型犬も殺せるような毒を。
犬を飼ってるわけでもない慧音が何に使うのか疑問だった。だがもしも、それを人に使ったのだとしたら。
小羽という少女の死に方は、まるで毒を飲んで死んだようではないか。
妹紅の考えを裏付けるように、周りの人間からも次々と不幸な報告があがる。
「そういえば、さっき慧音様が小羽に何か渡しとったような気が……」
「お酒です。お酒を渡しているのを見ました!」
「いやしかし、まさか慧音様に限ってそんなことが!」
目撃証言もあるけれど、大多数は慧音がそんなことをするわけがない、という類のものばかり。妹紅も同じ気持ちだったが、幾つもの不審な行動がそれらの感情を阻害する。目の前で座っているのが普段の慧音だったら、何を馬鹿なと鼻で笑うこともできたろうに。有事に酒を飲んでいる彼女を見て、普段と変わらないなどと評価するわけにいかない。
恐る恐るといった視線が、慧音に集中した。
「馬鹿馬鹿しい。これだけあからさまにやって、まだ認めようとしない愚か者しかいないのか、ここには」
蔑むような視線を辺りに向け、侮蔑するように言った。
「小羽に毒を盛ったのは、この私だ」
怒号にも似た喧噪が沈黙を打ち破る。
「なんで!」
「少しは落ち着け、妹紅。説明ならしてやる。だから、そう声を荒げるな」
これで落ち着けという方が無理な話だ。今にも飛びかかりたい気持ちはあったが、何とか抑えて慧音の言葉を待つ。
「ここにいる誰しもが、きっと同じ疑問を浮かべていることだろう。何故、里の守護者たる私が毒殺などという真似をしたのか」
誰も頷かない。だが、肯定はしていた。
「答えは至極簡単だ。これは私からの警告だ」
「警告?」
「そうだ。私はね、里の守護者を長年してきて、ようやく気が付いてしまったんだよ。人の持つ愚かしさというやつにね。脆弱で、傲慢で、生き汚い種族。それが人間というものなんだよ」
滔々と語る彼女はもはや、寺子屋で子供達に授業をしている彼女ではない。何か全く別の世界からやってきた別人のように思える。
「人間などという種族はね、滅びてしまえばいいんだ。我々、妖怪の手によって。その方がよっぽど幻想郷の為になる」
「け、慧音様……」
豹変が信じられないといった面持ちの者達が、最後の綱とばかりに名前を呼ぶ。慧音は彼らの顔を見渡し、深い深いため息をついた。
「どうだ、妹紅。これが人間の愚かしさだ。ここまで語っておきながら、まだ信じる事ができない。矮小な種族だと思わないか?」
妹紅は言葉を失っていた。
「人間は妖怪に襲われるだけの種族。守るのも馬鹿らしい。だからね、もういっそ大人しく滅んでしまえば良いと私は思ったんだよ。小羽を殺したのは、ほんの僅かばかりの選別だ。いきなり無差別に殺さないあたりには感謝してもらいたいな」
至極愉しそうに語る慧音から、距離をとる里の人間。さすがにここまで言われて、まだ慧音を信じられる者などいなかった。一様に敵意ある視線をぶつけ、怒りで拳を振るわせている者さえいる。
「お、俺たちを騙したんだな!」
「騙してはいない。里を守っていたのは事実だ。ただ、あまりにお前達が馬鹿で私が愛想を尽かしただけのこと」
杯を握りつぶし、取り囲む者達を睨め付けた。
「今日は退け、人間ども。だが次に会ったときは、最早容赦の欠片も見せぬ。四肢を引き裂き、内蔵を喰ろうて、川に流すぞ」
怒りに満ちていた表情が怯えに変わる。後はもう、ただ逃げるだけだ。
里のあちこちへ全ての人間が散っていき、残されたのは妖怪や妖精だけとなった。
妹紅は何も言うことができず、ただ慧音の前に陣取るのみ。慧音は慧音で、逃げ去った者達の背中を見ている。
「慧音……」
何か言うべきか。しかし、それを許さぬ者がいた。
ゴザを踏みつけるような音がして、大妖怪が慧音の前に立ちふさがる。
「なるほど、あなたが今回の事件の首謀者ね。私をここへ呼んだのも、あなたかしら?」
「ああ、間違いない」
「そう……」
表情こそ笑顔だが、こめかみに微かな青筋が浮かび上がっている。確認するまでもない。風見幽香は本気で怒っていた。
「覚えておくといいわ。私はね、他人に利用されることが一番嫌いなの」
赤く染まった傘が、慧音を捉える。
「花の肥料にすらしてあげない。塵も残さず消えるといいわ」
宴会場を包み込んだのは、鼓膜を破りそうな爆音と、目が潰れそうなほどの極光であった。
迷いの竹林が奥深く。歩き慣れた者でないと分からないほどの場所に、妹紅だけが知る洞穴があった。入り口はうまい具合に竹で隠されており、兎たちですら知らないだろうと胸を張って言える。
辺りを警戒しながら、誰にも見られないように洞穴の中へと入っていく。入り口は屈まないと入れないほど狭苦しいが、中は背筋を伸ばせるほどの高さがあった。奥行きは五メートルほどか。
包みを抱えながら、妹紅は洞穴の奥へと歩を進めた。冷たい風がどこからか吹いてくる。凍えそうなほど寒い場所だが、今の彼女にとってはこれほど好都合な場所もない。
「慧音、差し入れ持ってきたわよ」
終着地点に座り込み、力無く壁へもたれかかる一人の半獣。右目はくり抜いたように抉られており、左足は引きちぎられたように膝から先が無い。立って歩くことすらままならない彼女の為に、妹紅は毎朝ここへ訪れていた。
抱えていた包みを降ろし、中から握り飯を三つ取り出す。最初は戸惑って上手く握れなかったが、最近ではようやくさまになってきた。味付けも悪くないと自分では思っている。
「ほら、食べないと元気でないわよ」
「ああ……」
枯れた声が漏れ出す口に、握り飯を近づけていく。慧音は鳥の雛のように握り飯をついばみ、中から出てきた梅干しに顔をしかめた。だがよほど腹が減っていたのだろう。あっという間に三つとも腹に収めた。
手にこびりついた米粒をつまみ、包みを仕舞う。そのまま今日は帰ろうかと思ったけれど、珍しい事に慧音の方から声を掛けてきた。
「なぁ、里はいまどうなっている?」
それを慧音に伝えていいものか。張本人ではあるのだが、余すことなく伝えればショックを受けるかもしれない。
だが、それも慧音が選んでしまった道。妹紅とて、慧音のしたことを許したわけではない。これを聞くのも、慧音の罰ではないのか。
悩んだ末に妹紅は全部話すことにした。
「酷い有様だよ。毎日毎日妖怪に怯えてさ。広場だって、前みたいな活気はもう無いね。一部、妖怪と戦おうとしてる連中もいるけど」
「そうか……」
寂しそうに慧音は呟いた。自分が招いておきながら、どうしてそんなに寂しそうな顔をするのか。
たまらず妹紅は口を開いた。
「慧音、今日こそ聞かせて貰えないかしら。あんな事をした本当の理由を」
何度聞いても、慧音は同じ事をしか言わなかった。宴席でのあの話を繰り返すばかり。
だが、どうしても妹紅には信じることができなかった。無論、慧音が全ての元凶であることを疑っているわけではない。小羽に毒を盛ったのは慧音だろうし、幽香に招待状を出したのも慧音。そしておそらく、チルノを誘導して人を襲わせたのも慧音なのだろう。
「妖怪が人を襲う事の警告だって言ったけど、それにしてはやり方がまどろっこしすぎる。人は滅ぶべきだって言ってたけど、それにしたってもっと直接的な方法はいくらでもあったし、いつだって出来た。でもあの時の慧音は周到に準備し、まるで何か狙っているかのようだったわ」
「……………………」
「教えて慧音。どうしてあなたはあんな事をしたの」
数秒か、数十秒か。
短くも長い沈黙の果てに、慧音は天井を仰ぎ見た。
「今日は満月だったな」
「とぼけないで!」
また今日もはぐらかされるのか。沸いてきた怒りが、思わず妹紅の口調を乱暴にする。
だが慧音は気にした風もなく、重い重いため息をついた。
「妹紅、もう私の世話をする必要はない。こんなお尋ね者の所へ、よくもまあ世話に来てくれたものだ。それに、私を此処へ運んだのも妹紅だったな。礼を言う」
幽香の攻撃の後、妹紅が見つけたのは満身創痍の慧音だった。今でもよく分からないのだが、あの時の妹紅は咄嗟に慧音を担いでここまでやってきた。凍えるほど寒いこの洞穴なら、慧音の傷が腐ることはない。
それにここなら、誰にも見つかることがなかった。案の定、慧音は里の人間からも妖怪達からも狙われている。巫女だって、見つければ容赦しないだろう。
あれだけの事件を引き起こしたのだ。むしろ、まだ命があるのが不思議なくらいである。
「どういうこと?」
「今宵は満月だからな。私の傷もそろそろ癒える頃合いだ。ここから出て行くには、ちょうど良い」
「で、でも今出て行ったら!」
慧音は自嘲気味に微笑む。
「わかっているよ。でも、こうなる事を承知で私は始めたのだ」
「それがあんな事をした理由?」
「いつぞやも話しただろ。刀を持った奴が目の前に現れたら、逃げるのが人間というもの。私はね、妹紅。ただ刀を持っている奴は危ないんだと人に教えたかっただけなんだよ」
何もない右目の空洞が、こちらを見たような気がした。
「人と妖怪は相容れる事ができない関係。近づくことはあれど、必要以上に親密になることはできない。なったとて、いずれどちらかが裏切ってしまう。そうなれば、被害を被るのは人間だ。妖怪は強いからな」
鬼はかつて人に裏切られた存在。そのときは鬼が愛想を尽かしてどこかへ消えたけれど、もし怒って戦いになったとしたら。負けていたのは人間の方だろう。
「だというのに、里の人間はあろうことか妖怪に守ってもらおうかと言い出す始末。確かに幻想郷では妖怪が人を襲っていけないと決まっている。だがな、絶対に誰も襲われないわけではない。このルールにも綻びはある。やがては壊れたっておかしくないのだ。だからこそ、人は自らで自らの身を守らなくてはならない」
「じゃあ今までの事は全て?」
「チルノを誘導して人を襲わせたのも私だ。ああすることで、危機意識を芽生えさせることが出来ればと思ったのだが。結果は駄目だった。仕方なく、私は大宴会を利用することにしたのだ。日付も弄って、呼んではいけない連中を招待して」
もしもあれが満月でなかったら、慧音の言葉に説得力は無くなっていた。なにしろ、満月でなければ見た目はただの人間なのだ。それがおそらく日付をずらした理由。
そして幽香や六兵衛を呼んだのは、最後の騒ぎを起こさせる為に。こうして考えてみると、全て慧音の手のひらで踊らされていたような気分だ。
「妹紅に幾つかの情報を与えれば、きっと私を責めてくれると信じていた。後は、私が偽りの告白をするだけだ。おかげで全ては成功した。だからこれが、私の望んだ幻想郷なんだよ」
「こんなものが……」
「滑稽だろ。里の人間を守るために、誰よりも里を危険に晒している。虎穴に入らずんば虎児を得ず。だけど、誰も虎児など欲しがっていないかもしれないのに」
「わかっているなら!」
「言っただろ、妹紅。私は死ぬんだよ。いつまでも里を守っているわけにもいかない。里の人間が自らを守れるようにしないと、いつか滅びる時がやってくるかもしれないんだ。だから、妖怪とも渡り合えるように、最も大事な恐怖心を与えたつもりだったのだがね……」
慧音は目を閉じた。
「心のどこかでは冷静な自分が言っていたよ。私のしている事は間違っているのではないかって。だがな、全てはもう遅かったんだ。その時にはもう、チルノが人を殺めていた。動きだしていたんだ。だから間違っていてもな、もう止まれないんだよ」
「それでも、私は止まるべきだったと思う。どんなに手遅れだって、止まってしまえば悪化しないんだから」
寂しそうに微笑み、目を開く。
「出来れば転がっている最中に言って欲しかったな。いや、自分で気付くべきだったか」
不意に慧音は右目を押さえた。
「止まってしまった今となっては、全てが本当に手遅れなのだがな」
上げた顔にはしっかりと右目がついている。足も同様に復元されていた。これが満月の慧音の力か。
「身体を治して、復讐でもするつもり?」
「そんな馬鹿げたことはしない。ただちょっと、里まで行くだけさ」
妹紅の身体が僅かに硬くなる。守護者を欠いた今の里は、ガラスの瓶より遙かに脆い。慧音一人だったとしても、容易く壊滅させることができるだろう。
「安心しろ。なにも私は里の人間を襲いに行くわけではない。ただちょっと、最後の授業をしてやるだけだ」
「最後の授業?」
「ああ。稗田には既に妖怪への対処法の資料を渡してある。今度のは具体的な退治の仕方も書かれているから、上手く使えば大概の妖怪は撃退できるだろう。だが、資料だけでは駄目だ」
手をつきながら、よろよろとした足取りで出口を目指す慧音。復元したばかりで、上手く身体を操れないだろう。
「実践を体験しなければな。何事も上手くいかない」
「慧音!」
彼女の意図はすぐに分かった。だが、それはあまりに過酷すぎる結末だ。
自らの命を散らしてまで、そうまでして里の事を思っているのに。どうして、里の人間から殺されるような結末を迎えなければならないのだろう。彼女は一体、どこで間違えてしまったのだろう。
疑問と後悔が胸を締め付ける。
「止めてくれるなよ、妹紅。いずれにせよ、私は妖怪か人間のどちらかに殺される運命なのだ。だったら、せめて人の役に立って死にたいじゃないか」
「そんなのっ! そんなの誰も望んでいない!」
里の人間も、妖怪も、妹紅も、こんな悲惨な未来を望んでなどいなかった。ただ誰もが幸せに暮らせる未来を夢見て、日々を過ごしてきたのだ。それはおそらく、慧音も一緒。
ただ致命的に間違っていた事があるとすれば、慧音が青鬼になってしまったことだろう。 赤鬼の気持ちを理解できなかった青鬼になったのなら。
その結末も、姿を消す事で終わりを迎えるに違いない。
ようやく入り口に辿り着いた慧音は、急に立ち止まって振り返った。
「妹紅、私は里をしっかりと守れていると思うか?」
いつかと同じ質問。あの時の妹紅は、よくやっているよ、と心の底からそう答えた。
だけど、今は。
「守護者失格だと思うよ。だって慧音は誰よりも里の人を思っているのに、誰よりも里をの人を信じることが出来なかったんだもの。妖怪と人が仲良く暮らす未来をどうして信じてあげることができなかったのさ!」
「決まってるだろ、そんなもの絵空事だからだ」
「それが間違ってるって言ってるの!」
慧音のしていた、根本的な勘違い。
目尻に涙を滲ませながら、妹紅は力一杯叫んだ。
「だって、ここは幻想郷なんだよ!」
幻想が現実になり。
あり得ないことが起こり。
そして絵空事が叶うかもしれない夢幻の世界。
それが幻想郷。
慧音と妹紅が暮らしていたのは、幻想郷の中なのだ。
人間と妖怪が仲良く暮らすなんて馬鹿げて無謀で嘘のような未来。
叶うことが出来るとしたら、幻想郷の中しかないのに。
慧音は呆気にとられたように目を丸くして、やがて顔を歪ませた。
泣いているのか、笑っているのか、妹紅には判断できない。
「それもそうだ」
最後にそれだけ言い残し、慧音は振り返ることなく去っていった。
後に残されたのは、妹紅ただ一人。
彼女はきっと死ぬのだろう。愛した里の人に殺されて。大罪人と蔑まされて、誰からも愛されることなく死んでいくのだろう。
この歪んだ世界を託して。
だったら妹紅が出来る事は一つ。
この物語の果てを知ることだ。
彼女の理想は間違っていたのか、正しかったのか。
全てを見届ける。
慧音には出来なかった事を、自分がするしかない。
「だって私は、死なないんだもの」
それが妹紅の未来となった。
自分は久々に単なるグロでもダークでもないifを見させていただき満足です。
我侭言えば紫の判断と思惑も見させていただきたいモノです。
慧音の考えはあまりにも悲しい決断だと私は思いました。
そして止まりたいけど止まれない、そして最後には人に討たれることを
望んだ彼女は最後にどんなことを思ったのでしょう?
少しでも誰かにこの悩みを話していればまた違った
行動ができたのかもしれませんが。
この後一体どうなったのかというのが非常に気になるところではありますが。
面白い話でした。
IFに入り込めなかった。
でも慧音ならこういうことをする可能性もあるのかな…と最後まで読んでしまったのは作者の力量か。
実際は紫と霊夢がもうちょっと出てきそうなことと、妖精が消えたという点がちょっともったいなかったかな
「幻か 砂上の楼閣なのか」 …此処を現実とした慧音のやったことが切ない
中々面白かったです
この世界は少し…ありえない、というか入り込みにくい感がありました
だってあのケーネだぜ
千年で人間は確かに妖怪と対等の立場に立ったのかもしれません。
けれどそれまでとこれからを考えると人間は護られたとは言えないんじゃないかな。
争いで勝ち得た上での対等は友好には程遠いでしょうし。
歴史を司る慧音は争いの歴史の繰り返しにでも引っ張られたのでしょうか。
題材は面白いのに妹紅に焦点を宛てられてるせいで誰にも共感できない話になってしまっているような。
本人が間違っていると認識している救いのなさに後味がよろしくないです。
霊夢や紫、他の一般的な妖怪や輝夜の様子とか膨らませようと思ったら幾らでも膨らませられる気がしました。
構造がシンプルすぎてなんだかもったいなかったです。
歴史家である慧音は、おそらくその歴史を知っていたはず。にも拘らず、いやだからこそ、こういう道を選択したのか。だとしたら、何がそこまで彼女を駆り立てたのか……
作中で青鬼になぞらえられる彼女の自己犠牲は、たしかに人間に妖怪への恐怖を甦らせ、能力で劣る人間が妖怪と「対抗」できる様になるきっかけを与えたに違いない。
しかし、そうでない未来、そういう道を選ばなかったifというのも、可能性として残されていたはず。なのに……
もし私が本作世界の歴史家であったら、慧音の思想や行動に対してこう評価を下すでしょう。「彼女はあまりに賢明で、しかも生真面目過ぎた。故に、人間や妖怪がもっている可能性を疑ってしまったのだ」と。
慧音と同じく歴史(歴史学)に携わる立場の一人として、色々と考えざるを得なくなる作品でした。
作品そのものの評価に関しては、既に25,27,37氏が述べている通りだと思います。色々な意味で、口惜しいお話でした。
頑張り屋けーねなら、と思うとますます。
思いとどまるIFが欲しくなります。
やはり強すぎる愛は歪んだりズレたりするものなんですかね……。すこし考えてしまいます。
いずれその立場が極端に分かれて、もう直せないくらいまで広がってしまう
現在の日本も比較的近い立場におかれてるのかもしれない
ちょっとだけずれるが、小説「タイムマシン」では、労働者と金持ちの差が広がってしまうことの危険性がいろいろ書かれてたな
最終的に金持ちは何もせず生活できるゆえ退化してしまい、労働者は人間とは言いがたい生物に変異してしまった
そして労働者という存在はとうとう金持ちという存在を捕食するようになる
だからと言って双方が手を取り合って生きていけない訳じゃない。
妹紅の言うようにココは幻想郷だから。
慧音がその計画を思いついた過程がもう少ししっかりしていたら良かったと思います。
でもぐいぐい引きこまれてしまいました。
大団円なのもいいですが、偶には救われない後味の悪いものもいいですね。
すごく胸が苦しくなりました。
……だって登場人物が誰も笑ってないんですもの。
あと、慧音はこうするにしてももう少し凝った手を使うのではないかと。
他にもそこここに違和感と不足分、話の浅さを感じました。
なぜ妖怪扱いされていないのかが不思議です。慧音の裏切りの後では慧音と仲が良かった妹紅の
信用が崩れるほうが自然だと思いますが。
紫の阻止のことですが、妖怪を退治する人間の代表である巫女までが妖怪となれ合っている状況では、これを阻止せず、ある程度人間と妖怪の敵対関係を蘇らせようとする可能性があると思いました。
それと、印象深かったのは
>いずれどちらかが裏切ってしまう。そうなれば、被害を被るのは人間だ。
物理的には妖怪は強いかもしれませんが、鬼は過去に精神的に打撃を受けて被害を被ったことでしょう。
こういう考え方をする慧音は、半分妖怪でもやっぱり人間なんだな、と感じました。
しかし、アリスとか霖之助はどうなったのか心配です。あと神とか。
…可能ならば、↑の方々が言ってる不足分を補充した完全版”疎まれ者の礎”でリベンジして頂きたい所ですね…2次製作小説とかで…
悲しい者
冒頭みたいな世界を心から望んだのなら慧音は青鬼ですらない
その世界の実現のための慧音の行動が親友の願い有りきのものではない、完全に独善的なものだもの
それに妹紅のここは幻想郷だってセリフが説得力を持ちすぎている
彼女の理想は間違っていたのか、正しかったのかとあるけれど、
私にはどうしてもこの慧音の考えを肯定的に捉えることができない
妖の山攻略も、たとえ10万年経とうが紫が技術レベル抑えるし、霊夢レベルが居てもガチ戦闘じゃ無理なのに、トップが妹紅のレベルじゃ話にもならん。
妹紅なんて、適当に埋めるか、宇宙なり深海なりに放り出せば死に続けるだけだし。
なにより、けいねの理屈がジャンキーか酔っぱらいレベルの酷さ。
ただ、序盤で回想を始めて回想で終わってしまっているのが少し惜しいです。妹紅の現在(いま)と結び付けていただけるとより深い作品になると思います。
あとは何人かのコメントにありますが、紫や霊夢を最上に置いて話を進めることはないと思います(紫対策としては時期を冬にすればいいし、霊夢は勘が良いとはいっても所詮は人間ですから)。それに、頼るものがなくなった人間にとって「元」人間の妹紅に縋り付くのは自然な流れだと思います。だって、人間は「脆弱で、傲慢で、生き汚い種族」ですから……
この話は続き物として何話かに分け、妹紅が守護者になった流れや千年間に何があったのか、人間と妖怪の抗争などを描いてもらいたいものです。
素晴らしい作品、ごちそうさまでした。