◆少女散策中……
大きな箒を持って、魔法使いが森を歩いている。
その荒っぽい作りの箒は彼女の背丈よりも少し長かった。
見れば黒い、大きな帽子を頭にのせている。その帽子は元々そういう設計なのだろうが、先端までが長過ぎて折れ曲がってしまっている。つばも過剰なまでに大きく広がっていた。
幻想郷にも四季は鮮明に訪れる。
初冬らしく朽ちた木々の隙間から射す光りが帽子の下に広がる金髪と混ざって、一層明るさを増した。金色が素朴な造りの白のブラウスにも、その上に重ねた黒のエプロンにもよく映えた。
空気はからりと冷えている。早朝に相応しい冷たさだった。
――こういうときは、なんていったかな。
久しぶりの土の感触を味わうように一歩一歩踏みしめながら、魔法使い・霧雨魔理沙は考えていた。清々しい。清涼感。心洗われる。爽快。早起きはなんとやら。そのいずれにしても、そう悪くない気分であることには違いなかった。
わざわざ箒を持ってきたのに好んで重力に縛られているのは、全くの思いつきで全くの気まぐれだった。魔法使いも飛んでばかりじゃ芸が無いか。そんなことを何となく考えてもいた。
魔理沙はしばらく森を歩いた。当然なんの目的がある訳でもない。目的があればこの魔法使いはさっさと箒に乗ってそこへ向かっている。
前後左右に広がる枯れかけの木々の姿を見ながら歩いていると、ふと、なんとかという同業者の住み家が頭に浮かんだ。そしてすぐに忘れた。なにもこんな早朝からあんな所へ行くことはない。あの家には夕暮れか、深夜。陰気な時間の方がよく似合った。
せっかくだから早起きのなんとやらを頂いてやろう。そんなつもりで歩いていた。なにを頂くつもりなのかはさっぱり分からなかったのだが。
景色はなにも変わらない。同じような道、そして木。そのことに不満は無かった。この森はこういうものだ。不満は無いが別にそれを喜んでいる訳でもない。機会があったら焼け野原にしてやるかな。視界がひらけて今よりスッキリするかもしれない。そんな光景を想像してみたりした。
少々派手な事を考えているうちに結構な距離を歩いていた。控えめにみても十日分、いやそれ以上かもしれない。
――仕事に行くか。
いつものように魔理沙は思いついた。
別に体力が続くまで歩き続けても構わなかったのだが、不本意ながら人間の寿命は短い。幻想郷に住む者の大半は丸一日ぐらいならこんな風に歩き回って過ごしたとしても、別に困りもしないし後悔もしないのだろう。
しかし普通の人間にとっての今日一日というのは大変貴重で有限なものだった。従ってごく普通の人間である魔理沙は今日という貴重な一日を散策に費やすわけにもいかず、いつものように仕事を思いついてはすぐに実行に移すのだった。
それだけ貴重な時間を切り売りして仕事にかかるのだから幻想郷の彼ら、まぁ不特定多数の物持ち達は喜んでそれを差し出すぐらいのことはして良いと思うのだ。
ところが彼らは魔理沙がちょっとでも貴重なアイテムを拝借すると、当然のように文句を言ってくる。まったくもって心外だった。
人間には人間の妖怪には妖怪の屁理屈がある。彼らに道理を説くことの無益さを魔理沙は存分に承知していた。しかし承知はしても納得はしないのが魔法使い・霧雨魔理沙の欠点であり美点だった。
勝手に憤慨して箒に魔力を込める。幾度となく行われたその作業はもはや、魔理沙にとっては歩くことよりよほど容易かった。十分な魔力を蓄えて箒が浮力を得た。やっぱりこっちが楽だな、と身も蓋もないことを思いながら箒に座った。魔理沙の身体が箒に支えられて中空まであがった。魔理沙はいつもこの辺りの高さで落ちたら痛そうだな、と思う。
不意に音が聞こえた。右後方、斜め下辺り。音はそう遠くないようでそれなりに聞き取れた。しかし全く聞き覚えのない音で、魔理沙には形容しようが無かった。
箒が音のした方向へと向きを変える。単純な好奇心に誘われて魔理沙はゆるゆると地上へ逆戻りした。力の調節が面倒な低空・低速飛行なのだが、わざわざ降りて歩いていくのもまた面倒だったのだ。
乾燥した木の葉や枝が魔理沙にかかった。生来の無頓着なのか好奇心が勝っているのかは定かではないが、気にする様子は無い。魔理沙が地面を見渡す。そこかしこに落ち葉の海が広がっていてうんざりした。少し楽をしようと思い旋風、というには幾分弱い小規模な竜巻を起こした。この程度の規模の竜巻なら出そうと思えばすぐに出せる。それを出す機会が絶望的に少ないだけだ。
落ち葉が散らされ地面が少々すっきりする。ちらりと淡い光沢を持った物体の一部が見えた。魔理沙は箒に座ったままそれを掴もうとする。そして派手に落ちた。何が早起きはなんとやらだ、と悪態をつきながら、ようやく目的のモノを手にする。
まず感触を確かめた。どちらかというとひんやりしている。そしてすべすべだ。匂いも嗅いでみる。土と枯れ草の匂いが微かに香るだけだった。さらに様々な角度から眺めてみる。表っぽい面から裏っぽい面から横っぽい面から、そして斜めから。ここまできて味が気になりはじめたのだが、さすがに諦めた。もう一度匂いをかいでみる。土と草の匂いが少し薄れた気がした。
得体のしれない<それ>を眺めながら魔理沙は呟いた。
「四角いぜ」
◆少女掃除中……
「めずらしいな」
幻想郷の境、博麗神社の鳥居の上から霧雨魔理沙がその背中に声をかけた。
「博麗の巫女が仕事してる」
言って地上に降りてくる。重さをあまり感じさせない軽やかな動きだった。
「別に」
魔理沙を見ようともせず巫女が答えた。巫女は全身紅と白だった。造りには随分と意匠がこらされている。巫女の格好にしては色彩が派手で、風通しのよさそうな設計は少々涼しげに過ぎるようにも見える。
「めずらしかないわよ」
不機嫌な顔で言って気だるそうに振り向く。リボンが少し揺れた。艶のある黒髪をうしろに一つで結んでいるそれは小ぶりな頭と比べるとやけに大きく見える。しかし大きさよりもまず紅さが目を引いた。
リボンに負けじと全身に散りばめられた紅がいかにも福々しい様相を呈しているのだが、振り向いた巫女の不機嫌な顔には少々不釣合いだった。
地上に降りた魔理沙は片手に持った箒を肩にのせ、何をするでもなく佇んでいた。
「キリが無いのによくやるぜ」
のろのろと落ち葉を掃き集める巫女に微笑みかける。何故かとても楽しそうに。
「あんたも箒持ってるなら、ちょっとは手伝いなさいよ」
巫女は魔理沙を一瞥して、素っ気無く言った。
「お門違いってもんだな」
魔理沙はまだ笑っている。心なしか少し喜んでいるようにも見えた。
「出来るときにやらないとね、サボりたいときにサボれなくなるんだから」
といって巫女は落ち葉を集め続ける。それを小馬鹿にするように掃いた跡を狙って新たな落ち葉が殺到した。
巫女は憮然として少し歩いた。そこでまたさっきと同じように落ち葉を掃き集める。また落ち葉が殺到した。この落ちようではどこを掃いても似たようなことになりそうだった。
「で」
万感こもった一言を巫女・博麗霊夢が発する。
「何しにきたのよ」
霊夢は掃くことをやめ、せっかく集めた落ち葉を適当に散らしていた。それを見て魔理沙はまた楽しそうにする。
「何ってわけでもないが」
魔理沙はそう言って真っ黒いスカートのポケットに手を入れた。手探りで何かを探している。
「見せたいものがあるんだよ」
言いながらも魔理沙はまだ探している。
程なくして魔理沙の少しくすんだ金色の瞳が輝いた。
「ほら」
といって霊夢に右手を差し出した。手の甲を上に向けて何かを握っている。
「種も仕掛けもヘチマもないのに」
魔理沙が右手を裏返す。
「手の平に納まるぜ」
手を開くと今朝拾った<あれ>があった。何度見ても得体が知れないな、と魔理沙は思った。
霊夢はそれを無表情に見つめている。やがてついさっきと同じように短く言った。
「で」
乱暴に霊夢が箒を鳥居に立てかける。空いた手で<それ>を手に取った。
「何よこれ」
「知らないぜ」
今度こそ本当に楽しそうに魔理沙が笑った。
◆少女調査中……
魔法使いと巫女が二人くつろいでいる。部屋はいかにも神社らしい典型的な和室。炬燵を中心に点在する日用品が、ありありとそこで暮らす人物の怠惰を象徴していた。かといってそれを始末しようと動く二人でもなかった。せっかくだからという風に二人揃って炬燵に納まっている。
「どこで見つけてきたのよ」
巫女・博麗霊夢が炬燵の上に置かれた正体不明の<それ>を見ながら言った。右手に湯のみ、左手には塩煎餅を握っている。派手な格好をしている割にはそんな地味な取り合わせがやけに似合った。その質問に魔法使い・霧雨魔理沙は極めて適当に答える。
「そのへん」
自分が持ってきたモノにまるで興味を失っているかのような言い草だった。
豊かな金髪を帽子の重さから解放して、思う存分炬燵に全身を預けている。頭まで丸ごと乗せているものだから金色の毛球が机の上に散らばっているように見える。
そのくつろぎきった様子を横目に見ながら霊夢は正体不明の<それ>を手に取った。魔理沙がしたように、まずは色々な角度から眺めてみる。
「この、丸いのなんだろう」
霊夢は<それ>についた小さな覗き窓のようなものに気づいた。万華鏡のような面白い光景をすこし期待してしばらく覗いていたが、何も面白いものは見えない。やがて飽きたのかべたべたと<それ>を弄り回しはじめた。
「あ、これ」
しばらくして、鍵の開くような音がした。
「ひらいた」
呆けたように霊夢が言った。それを聞いて魔理沙がようやく身体を起こす。何故か座布団を持ったまま近づいてくる。
「本当だ」
魔理沙が霊夢の肩越しに覗き込みながら言った。「光って……消えたぜ」
「なんか色々出っ張ってるな」
平らな膨らみが<それ>には複数付いていた。
「数字だな」魔理沙が言った。
「数字ね」ほぼ同時に霊夢も言った。
少しの沈黙。二人は膨らみに描かれた模様を見つめていた。
「1から9まである」
「押してみろよ」
魔理沙が言った。そう言って部屋の隅へと滑るように移動する。何か小動物を思わせる機敏な動きだった。広くはない部屋の隅でいっそう小さくなっている。座布団を盾にして霊夢を見つめていた。それを見て霊夢が怪訝な顔をする。
「なんで離れてんのよ」
と言って霊夢が膨らみを押そうとした矢先まった、と声が挙がった。
「どれを押すつもりなんだよ」
「どれって、適当に、9とか。この中じゃ一番大きいし」
聞くやいなや「冗談じゃないぜ」といって魔理沙は露骨に眉をひそめた。
「悪いことは言わないからせめて他の……」
と言って、そこで少し考えたようだったが、
「9以外ならもうなんでもいいや。1にでもしとけ」といって再び小さくなっていった。
霊夢はうんざりして、言われたとおりに1を押した。すぐさま高いが鈍い、としか言いようのない音が返ってきた。
「あ、また光った」
つがいになった板のその片割れが光っていた。魔理沙は珍しく黙っている。続けて2、3と押していく。似たような音が続いた。どれも二人には聞き覚えの無い音だった。
「どこから鳴ってるんだ?」
魔理沙がやっと喋った。
「この穴じゃないの? ほら」
といって魔理沙に<それ>を向ける。二つの板のどちらにも、いくつかの穴が開いていた。
「ちいさいな」
魔理沙が目を細めて言った。霊夢は「こっち来なさいよ」とだけ言って作業に戻った。
頭の中で数を唱えながら、順調に作業を消化していく。4……5……6……7……8…………9。ひとまず、数字は完了。次はどうしたらいいのかしら。なんなのよ、これ。
霊夢は適当に押し続ける。決して心地良いとは言えないハーモニーがしばらく続いた。
数字以外にも色々と押したり触ったりしてみたが音が鳴ったり鳴らなかったりで、要するによく分からなかった。
「玩具じゃないか?」
ほとんどを押し終わったところで魔理沙が言った。いつの間に近づいたのか背中越しに覗き込んでいる。
霊夢は「それ以外には見えないけど」と言いながら、<それ>を触り続ける。
「全然おもしろくない」心底つまらなそうに言った。
「じゃあ、なにか、実用品なんだろうな」魔理沙は何故か、神妙な顔になっていた。
「どうやって使うのよ、これ」
「開くってことは、蝶番になってるんだろ」
魔理沙が自信ありげに言う。
「何かを挟むんだな、きっと」
「ふーん」
霊夢が適当な相槌を打つ。手元の<それ>を開いたり閉じたりして弄んでいる。勝手を掴んだのか、今では片手で開閉出来るようになっていた。不意に魔理沙に近づく。直後、鈍い音がした。
「いふぁいぜ」
魔理沙の形は良いが控えめな鼻が何かに挟まれていた。
◆少女出張中……
「四角いわね」
「四角いですね」
端正な白のティーテーブルの真ん中に置かれた<それ>を見て、紅魔館の主従が言った。大小取り揃えた繊細な模様のティーセットが、<それ>を囲むようにして置かれている。
湖の中心に浮かぶ島のそのまた中心に建つこの館には、吸血鬼を中心にして、人間と妖怪と妖精が暮らしている。
館の二階から少し突き出したテラスに、館の主である吸血鬼・レミリア・スカーレットと人間が三人いた。メイド長曰くいつもの人間二人が、いつものようにふらりと訪れたので、お茶会の用意をいたしました、ということだった。
魔法使いと巫女は我が物顔で、いつもの椅子に座っている。その向かいには吸血鬼が、大袈裟な日傘の下で優雅に座っていた。傍にはメイド長である人間・十六夜咲夜を立たせている。まったくのいつも通りだった。二人が、ちょっと珍しい<それ>を持ってきたというところだけが、いつもと違っていた。
「どこで手に入れたの、これ」
細かな装飾が施されたカップをソーサーに落として、レミリアが言った。
「そう、それよ」それを聞いてないじゃない、と霊夢が口を挟んだ。
「拾った」
魔理沙は短すぎる答えを、やけに早口で言った。メイド長特製だとかいう、深くもなく、浅くもない、何とも言えない味わいの紅茶を理解することに精魂を傾けていたからだ。
(これは……スギナ? ドクダミ……? ……まさか柿の葉?)
「どこで拾ったのよ」霊夢は食い下がった。
無理やり解釈するなら、レディグレイの爽やかで華やかな味わいに、どこかそのへんの雑草のスパイスを加えた感じだろうか。野生の匂いを感じた。
(……銀杏? ……土? ……まさか雑巾?)
魔理沙は色々と諦めて、カップを置いた。
「どこでと言ってもな」諦めきれず、もう一口飲んだ。
「そうそう落ちてるもんじゃないぜ」
「べつに、拾いに行きたくて聞いてるんじゃないわよ」
霊夢は呆れたようにして、カップに口をつける。いつもは分かりやすい顔が、その一口で複雑な顔になった。
三人が、紅茶を口に含んでは黙ったり、飲みこんでは複雑な感想を口にしたり、と繰り返しているうちに、「誰が落としたのかしら」と何の気なく咲夜が言った。
一目で色々と察しがついてしまう格好に、銀髪が自然と溶け込んでいる。銀というには若干光沢がなく、貴金属特有の冷たさを感じさせるほどのものではない。
「誰が?」
魔理沙はきょとんとしている。なんでそんなことを言うのか、といった顔だ。既に紅茶とは休戦して不気味に白い、白すぎるムースに手をつけていた。こちらも何だか一筋縄ではいかない味だったが、あの紅茶ほど挑戦的なものではなかったのでなんとかいけそうだった。
「確かに」霊夢がまた口を挟んだ。
「落ちてたのなら落とし主がいるはずじゃない」
「そいつに聞けば使い方が分かるな」当たり前のことを魔理沙が言った。
「どうやって探すのよ」霊夢が言う。心なしか口をとがらせている。
「聞いてまわるんだよ」
真っ白のムースを食べつくしてから魔理沙が言った。一匹ずつな、と付け加えた。
「手始めにな」
と魔理沙は言って館の主・レミリアの前に<それ>を滑らせ、大仰に指差してたずねた。
「コレ、おまえが落としたのか?」
レミリアは答えず咲夜に目配せをする。咲夜は笑顔でそれに応じ、空になったレミリアのカップに紅茶の御代わりを並々と注いだ。そのまま流れるような所作で注いだ紅茶に砂糖を山ほど乗せる。その山をレミリアが優雅に崩しながら答えた。
「そうよ」
悠然として、威厳と確信に満ち溢れた答えようだった。言いきって、目の前に置かれた<それ>に手をつけようとしたところを、魔理沙が奪った。今度は、咲夜に見せつける。
「じゃあコレ、おまえの?」
咲夜は少し明後日の方向を見た。飾り気なく結んだ銀髪が揺れる。やがて魔理沙の真正面に向き直って言った。
「そうね」
主に引けを取らない、堂々とした笑顔だった。魔理沙はついでだから、と霊夢にも尋ねた。
「そういえばそうだったわ」
霊夢は当たり前のように言った。
こいつらは色々と勘違いしているようだからひとこと言ってやらなければならないな、と魔理沙は立ち上がった。左手に<それ>を持って右手を固く握り、親指だけで自分を示した。
「これは私のだぜ」
この場の誰にも持ち主を探す気はなかった。
◆少女電話中……
魔法使いと巫女が帰り路を行く。つき固めただけで簡単に舗装された道は、小柄な二人でも並んで歩くと少々窮屈に感じる広さだったので、魔理沙が少し前を歩いていた。
魔理沙は結局あの紅茶に五回挑戦した。そして悉く敗れた。もっとも何をもって勝利とするのか魔理沙自身もよくわからなかったから、初めから勝ち目の見えない戦いではあった。
有るようで無いような予定を大幅に過ぎて館を出た頃、山の際はうっすらと赤に染まり始めていた。
「なんでわざわざ途中から歩くのよ」
霊夢が不満げに言った。言いながらもしっかり地に足をつけて歩いている。
「巫女だからって飛んでばっかりじゃ芸がなくなるぜ」
魔理沙は今朝一人歩きしながら考えた事を言った。ふと、どういう事だろうと考える。巫女の芸って何だろう。魔理沙にも霊夢にもよく分からなかった。
しばらく二人は黙って歩いた。魔理沙は黙って今日のことを考える。早起きのなんとやらから始まったんだよな、という風に。
「早起きは」
気づいたら口にしていた。
「なによ」
「なんだっけ?」
「三文の得?」
それそれ、と呟いて魔理沙はまた考える。
一文目はアレだな。あの四角いの。今も無事にポケットに入ってる。
二文目はなんだ。あの紅茶かな? 理解は出来ないが損か得かでいったら多分得だ。
三文目はなんだろう、と思ったときスカートの多分腰の辺りにとんでもない感覚が走った。
わ、と素っ頓狂な声を上げてしまった。ポケットに手を入れる。なんだこれ。
同時になにか音が聞こえてきたのだが、スカートの中で暴れるそいつに気を取られてさっぱり耳に入らなかった。
「わ……わわわ」
あの四角いのが見つからない。このポケットは物が多すぎる。日ごろの行いがなんとやらとか言ってたのは誰だったっけ。
「なんか鳴ってる」霊夢が言った。
すべすべ、これだ。
「しかも震えてるぜ」
言いながらやっと取り出せた。手の上でひたすら震えている。なんだ、なんだこれ。
「それ」
と言って霊夢が指差す。
「光ってる」
「開けてみなさいよ」
と霊夢は言うが、冗談じゃなかった。そういうのは巫女の仕事だ。黙って霊夢に押し付けた。
「なによ」
言いながらも霊夢は素直に受け取った。便利な巫女だ。
「多分それで合ってるぜ」
霊夢との距離はこれぐらいで多分合ってるし<それ>を開けてみるってのも多分間違ってはいない。
「なんでそんなに離れてんのよ」
何か聞き覚えのある事を言って、霊夢はあっさりと<それ>を開いた。
「押せってことかな」
あの出っ張りをひたすら押し潰し始めた。<あれ>はまだ遠めに見ても震えているように見えた。程なくして
「お」
という霊夢の声がした。
「止まったわよ」
霊夢がいつもより大き目の声で言った。
「そうか」
ひさしぶりに、心からほっとした。ほっとしたら、何か聞こえた気がした。
(……し………)
「やっぱりここから聞こえてるのかな」
近い分、霊夢は私より先に気づいていた。
<あれ>に耳を当てている。その光景は、正直、まだちょっと怖い。
「なんか呼んでるみたいだけど」
霊夢が言った。やはり大き目の声で。
「返事してやれよ」
と言ってやった。呼ばれたら答えないとな。
「はい」
霊夢が声のする方の穴へ向かって返事をした。
(……しもし……?)
「はい」
(……の……ち……?)
「え?」
何を言われたのか、霊夢は少し考えるようにしてから言った。
「博麗の巫女よ」
知ってる。
「おーい」
返事が無いのか、霊夢が呼びかける。
(……せん、ま……した)
「なにを?」
霊夢が間抜けた顔になった。
「おーい」
霊夢は呼びかけ続ける。挙句揺すったり軽く叩いたりしていたが、やがて諦めて<それ>を閉じた。
「とまった」
少し遠い魔理沙に聞こえるよう呼びかけた。
「なんて言ってたんだ?」
魔理沙がのろのろと近づいてきた。
「あんた誰って」
こっちの台詞だと魔理沙は思った。あれだけ人を焦らせておいてなんだそれは。
「巫女って答えたわけだ」
「そしたら間違えたって」
「なにを間違えたんだろうな」
全く不可解だぜ、と思っていたら霊夢が即答した。
「あんたに拾われたことじゃないの」
なるほど
◆少女解決中……
魔法使いと巫女がくつろいでいる。昼間の部屋で二人そろって炬燵に納まって、ほとんど似たような光景だった。神社には一面の闇と寒気が降りて、寂しい様相を呈しているというのに、二人の顔色は昼間のそれよりも心なしか赤らんで、明るく見える。
魔理沙の気まぐれのおかげで必要以上に外気に晒されたせいか、神社に着く頃には二人の身体はすっかり冷え切っていた。だのに二人はまず自分達の身体よりも先に、冷え切った酒を温める事を選んだ。まるでそれが当たり前のように。
魔理沙は赤い顔で例の<あれ>をいじっている。今はもうすっかり慣れたのか、適当に触って音を出したり、開閉させて、手なぐさみにしている。
「それで」
霊夢は言って、猪口に少し残った酒を飲み干した。
「どうすんのよ、それ」
「うーん」
と魔理沙は少し唸ったあと、いつも通りだな、と言った。
「家のどこか適当なところにでも置いといて」
魔理沙は自分の部屋の光景を思い描いていた。拝借する度に積み上げていって、そろそろ腰の高さぐらいになってきた本の山がいくつか。あの山の上に置いたら面白い飾りか、目印にでもなるかもしれない。
「たまには思い出してやるよ」
「でもそのうちどこにいったか分からなくなって」
酔いのせいか少し饒舌になった霊夢がにやけながら代弁する。続きは魔理沙が言った。
「そのうち忘れる」
魔理沙も嬉しそうに笑っている。
「私なりに考えてみたんだけどな」
魔理沙が急に真剣な顔になって言った。
「まず、こいつは」
といって<それ>を片手で開いてみせる。
「なにかを挟むんだな」
それが大前提だ、とも言った。
「役に立ちそうもないけど」
霊夢は気のない素振りで言った。炬燵に納まってからはずっと、手酌で飲んでいる。派手な見た目とは不釣合いな、うらぶれた老年の男を思わせる仕草だった。
「さらに」
一瞬魔理沙の顔に影がさした。
「……震える」
「あれが一番わかんないわ」
といって霊夢は鯣に手を伸ばして、千切った。これしかないけど、これが一番速い、といって用意したものだ。
「そして、たまに鳴く」
「鳴くっていうか」
霊夢は何度か聞いた音を思い出していた。
「鳴ってるって感じだったけど」
「どっちでもいいぜ」
そんな厳密な話じゃないんだ、と魔理沙が言った。
「で、たまに話す」
「たまに間違える」
鸚鵡返しに、霊夢が言う。
「結論がでたな」
魔理沙は勿体ぶった。
「こいつは……」
霊夢は空になった徳利を振りながら「なによ」と急かした。
「鳥だぜ」
幻想郷にも四季は鮮明に訪れる。
この魔法使いはこうやって一日を有意義に使い、手に入れたものは綺麗さっぱり忘れて明日に向かうのだろう。そんな毎日を積み上げていく内に神社も、孤島の館も一面の白に包まれる冬がやってくる。
どんな季節にもろくでもないことを考えるやつはいる。今度はどんなのが出てくるのだろうと、特に気を病むでもなく期待するでもなく魔法使いは思っていた。
今日は早起きだったから明日は遅起きだな。いっそ起きなくても良いかもしれない。
人生は長いんだ。
そんなことを考えながら魔法使いは貴重な一日を終えた。
ただ、「~は、~して、~た。」という風に
「、」が多すぎる気がしました。
それとセリフと地の文章の間に行間をいれたほうが
読みやすくなりますよ。
時間置いてから読み直してみたら読みにくいこと読みにくいこと……
印象もよくないので卑下の言葉はあまり書かないほうがいいのでは。同情票狙ってるのかとも深読みもできますし。
お話自体は、すらっと読めました。間違い電話のネタについてはちょっと苦しかったかな。
とりあえず魔理沙の結論には吹いた。次回作期待しております。
お話の起承転結にインパクトに若干欠けるのと、途中「少女〇〇〇…」で四角いものの正体が推測できてしまうのが惜しいと思いました。今後に期待でひとつ。
吹いた
ものの正体は途中でわかっちゃいましたが
魔理沙の日常話が雰囲気出てて良かった