※SOS! SOS! ほらほら呼んでいるわ~
※今日もまた誰か 乙女のぴんち~♪
※CAUTION!
※この先にはあまり嬉しくないハーレムが展開されている可能性があります。
※そして魔理沙は男前だよ!弱い魔理沙はノーサンキューだよ派はブラウザの「戻る」を押してください。
「ほい、お茶」
「どーも」
昼下がりの博麗神社。
炬燵に足を潜らせた私に霊夢がお茶を入れてくれる。
魔理沙ほどではないが、ここに来る頻度も増えたように思う。
どうしてだろう。
ここがなぜか落ち着くからだろうか。
人妖問わず多くの者が集まり、神社のくせに静けさとは無縁の場所だというのに。
元々私は家にこもって魔法の研究をし、人形を作って日々を過ごす。
そういった独りを、静寂を好んでいたはず。
落ち着きたいなら自分の家が一番のはずだ。
思い浮かべる。
紅茶を飲みながら本を読み、針仕事をして流れていくゆったりとした時間。
一分とも一時間ともつかないような、自分の存在しか感じられない時間。
そして「よぅ」と現れる──
ああ、そうか。
今では家にいても一番騒がしいのがやってくるから、ここと大差ないんだ。
「しかしあんたも大変ねー。あのバカに懐かれちゃって」
「そう? 慣れればあれで可愛く思えてくるわよ」
私の答えに呆れたような顔をする霊夢。
受け取った湯飲みに口を付ける。
ここに来るまでに冬の風で冷やされた体がじんわりと温められていく。
人間より暑さ寒さに強い体ではあるが、やはり寒いのは好きではない。
「で、実際のとこ。あんたはどうなの?
魔理沙の方は誰が見てもわかるんだけど」
霊夢が尋ねてくる。
面と向かって聞かれるとちょっと答えづらい質問だ。
「確かに魔理沙は露骨過ぎるわね。
でも純粋……じゃないかな、不純なとこもあるか……。
まあとにかく、あれだけ真っ直ぐに想われるのは嬉しいし、それと毎日接してれば感化もされるわ」
「三日飼えば情が移るってやつ?」
「ふふっ。犬猫より単純だけどね」
好きか嫌いかと二択で問われりゃ、「好き」の方に入れていい。別に嫌いじゃないし。
でも魔理沙の私に対する想いと、私が魔理沙に持ってる感情は同じ言葉ではないと思う。
魔理沙が私に向けてくるのは愛情と言って差し支えないものだろう。
それがたぶんまあ七割くらい。残りは「甘えさせて欲しい」みたいなのが混じっている。
私の方はと言えば……まだ親愛とか友愛とかが近い単語になるのだろうか。
あとは母性本能と言うか、甘えてくるから仕方ないと言うか。そんな感じか。
……結局、自分でも自分のことがいまいちわかっていないんだな。
「何だかんだ言って、あの騒がしいのが当たり前になっちゃったから。
今じゃ魔理沙のいない日常の方が考えられないわ」
「おーおー、堂に入ったのろけぶりだこと。
胸焼けしそうなくらいだわ」
「あら、甘い物は苦手だっけ?」
「嫌いじゃないけど限度があるっての。
第一、番茶に生クリームはシュミじゃないわね」
あんたもう完全に毒されてるわ、と手を振る霊夢。
毒と言うか何と言うか。
魔理沙の笑顔は確かに体に悪い。心臓に来るのだ、アレは。
アレと毎日向き合ってりゃどんな朴念仁でも心を動かされそうだ。
実例もいることだし、効果はあらたかと言っていい。
そんな話をしていたところへ「おーい」と耳に馴染んだ声。
噂をすれば影、だ。
「今の話、魔理沙には内緒にしといてね。
あいつに調子に乗られたら私じゃ手に負えないから」
「わかってるわよ。あんたの手に余るなら、誰だって始末に負えないもの」
くすくすと笑う私たち。
勢いよく障子が開け放たれ、魔理沙が躍り込んできた。
──今日はどうしたのか、トレードマークの帽子をかぶっていなかった。
──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──
朝の日がまぶしい霧雨邸。
換気のために開け放たれた窓から、あり得ない色の煙がもくもくと上っていく。
早朝からじっくりことこと煮込まれた鍋の中身はそろそろ完成に近づいてきた。
緑色で見るからに食欲を萎えさせるブツではあるが、魔女の薬なんてのはたいがいそんなもんだ。
絵ヅラ的には大釜をぐるぐるかき回す方が「らしい」のだろうが、
私一人しか使わないのにそんな真似は無駄に過ぎる。
ともあれ、鍋の中身を半分ほど瓶に取って粗熱を取ってやる。
──私は禁忌に手を出してしまった。
フランのスペルカードくらい? いやいや、もっとだ。
正直に言えば、私はコンプレックスの塊である。
小さいのだ。
背? まあ確かに低い方だ。
それよりも、もっと、こう……体の凹凸が、である。
同年齢の連中と比べても……明らかにぺったんこなのだ。
「その内大きくなるって」などと言うヤツに限って、たいてい前面にツインミサイルを装備していたりするわけで。
そんな輩の言うことなど、当人にとってはなぐさめのつもりなのだろうが、私には肺腑をえぐるナイフでしかない。
私は魔法使いだ。
淡い期待にすがるよりも、自らの力で問題を解決する。
それが私のスタイルだ。
──故に、私は禁忌に手を出す決意をしたのだ。
そして今できあがったのが試作第一号。
薬だけでなく「綺麗になる魔法」も組み合わせた霧雨オリジナルミックスの魔法薬である。
瓶を近づけると、鼻を突くような臭い。
だが、意を決して私はそれを飲み干した。
「うっわ、マズっ」
予想を超えるマズさに舌が曲がる。だが、これで──
しばらく待ってみたが、特に身体の変化は見受けられない。
「うーん……失敗、かな。こいつは」
まあトライ&エラーが魔法使いの基本だ。消沈するほどではない。
いきなり上手くいくほど易しいものなら、今頃世に出回っているだろう。
もう一度、資料を当たるところからやり直すか。
決意も新たに、私は愛用の箒と帽子を手にして霧雨邸を出発した。
紅魔館の大図書館。
資料を漁るならここ以外の選択肢はほぼ無いようなものか。
門番を華麗にスルーして、図書館へ侵入。
新たな資料を探り、本棚を物色する──が、ずいぶん静かだ。
いつもならここいらあたりでパチュリーの弾幕が飛んでくるのだが。
私の迎撃よりも重要なことがあるのだろうか。
手に取った本をスカートに突っ込み、箒を走らせる。
果たして、パチュリーは机に向かいペンを執っていた。
「……魔導書の執筆かな」
パチュリーは読むだけでなく、自らも魔力を秘めた魔導書を書く。
魔法の本の執筆は相応の魔力集中を要する非常にデリケートな作業であり、
それに取りかかったパチュリーは一種のトランス状態に入り、隣で爆音がしても気が付かないほどになる。
私も魔法使いの端くれだし、本の作成を邪魔するつもりはない。
だが内容は気になるので、こっそりとパチュリーの後ろから覗き込み──
「……おい、パチュリー」
「何かしら」
返事は普通に返ってきた。
「何やってるんだ、それ」
「見ての通り、絵を描いているのだけれど」
「……私に似てるな」
と言うか、服こそ違えど私とアリスにしか見えない。
それがベッドの上で服を乱して組んず解れつ、あらあらうふふでイヤバカンである。
ちなみになぜか私が押し倒される側だった。
「あなたをモデルにした小説が予想より大人気なもので、目下続刊作業中よ。
うふふなシーンにはやはり挿絵があった方が読者サービスだと思うの」
「パッと見で私とわからん程度にするくらい気ぃ使ってもいいだろ!?」
描き途中の絵をひったくってびりゃびりゃに破り捨てる。
「むっ……、破らなくてもいいじゃない。時間かかってるのに」
どん、と予想外の力で突き飛ばされ、尻餅を付く。
次の瞬間、私は肩を掴まれ押し倒されていた。
帽子が落ち、乱れた金髪の上へ転がる私にパチュリーがのしかかる。
「お、おい! 何を……」
パチュリーの紫の瞳に私が映り込む。
しまった、と思う間に私の身体が動かなくなる。
目は口ほどにものを言う。
魔法使いにとって、目は口と同様に魔術を行使する器官だ。
魔女の瞳ともなれば、簡易な魅了や呪縛は目を合わせるだけでも陥れるに事足りる。
強い力を持つ妖怪ならばいざ知らず、人の身で事前の防御も無しでは抵抗力になり得ない。
「代わりと言っては何だけど。
せっかく本人がいるんだから、構図の参考にさせてもらおうかしら」
「や、やめ……」
つっと細い指が私の頬を這い、下に伸びていく。
ゆっくりと服のボタンが外されていき、下着があらわに──
「バッドなレディにスクランブル!」
「むぎゅん!」
がいーん、と猛烈なスクリュー回転をする幼女に脇腹をド突かれ、ごろごろと転がっていく魔女。
たっぷり五メートルぶんほどの埃をなすり付けたところで動かなくなった。
パチュリーが気絶したことで束縛も解かれたのか、身体に自由が戻っていく。
私はあわてて服を正し、無慈悲な一撃を加えた幼女に向き直る。
「……まさかお前が助けてくれるなんてな」
「礼はいらないわ。
例え親友と言えども、私の物に手を出すのは許されないことだから」
「……はい?」
自信に満ちた顔を向けるレミリア。
そのルビーのような紅い瞳は、自らが絶対真理であり、偽りなど無いと主張するかのようだ。
「えっと……お前は何を言ってるんだ?」
「もちろん、あなたを私の物にする話に決まっているじゃない」
わしりと手首を掴む幼女の手。
力任せに引き寄せられ、首筋をさらけ出すような体勢に持ち込まれる。
「私のしもべになる栄誉を与えてあげるわ。
ゆっくり時間をかければ失敗しないから」
伸びた牙が私の首筋を狙って鈍く輝く。
吸血鬼にされるなんざゴメンだし、レミリアの部下にされるのはもっとお断りだ。
だが吸血鬼の膂力に人の腕力で抗うなど無理な話。
暴れる私を抑え付け、小さな口が私の首に──
ぼん、と軽い音を立ててレミリアの腕が弾け飛んだ。
拘束を解かれた私は飛び退くようにまたも慌てて距離を取る。
飛び散った肉片は蝙蝠へと姿を変え、ばさばさと集って再び腕を形作っていく。
「……何の真似かしら、フラン」
吸血鬼がにらみ付ける先には、その妹であるフランドールの姿があった。
「ずるいよ、お姉様! 魔理沙の血を吸うのは私なんだから!」
ずかずかと大股で歩み寄り、至近距離で火花を散らす吸血鬼姉妹。
どっちだろうと私は願い下げだっつーの。
一体何がどうなっているんだ。フランはまだしも何でレミリアまで私をターゲットにしてるんだ。
ともかく姉妹が争って気が逸れている今がチャンス。
こっそりときびすを返し、箒に乗って脱出を試みる私の横をふっと何かが通り過ぎた。
「──ッ!?」
下半身に凄まじい違和感。
ばふばふとスカートを叩いてみる。
──大丈夫。穿いてる。
だが、このごわごわとしたノリの感触は……!
「新品になってる!?」
振り返れば、時間を操るメイドが佇んでいた。
その手にするは、風も無いのに旗のようになびく一枚のドロワーズ。
「時止めてすり替え余裕でした」
「ぎゃあああああっ!?」
「メイドの情けで中身の確認は後回しにしてあげたわ。感謝なさい」
不敵に笑う咲夜。何を感謝しろってんだ、おい。
「でかしたわ、咲夜。早くよこしなさい」
「いいえ、それはできません」
「……聞き違いかしら。メイドが主の命に逆らうと言うの?」
「確かにこの身は主命を受諾するのみ。
ですが私にも人として譲れないものがあるのです」
無駄に誇り高い台詞を垂れ流す咲夜。
ぎゅっと握った下着が色々と台無しだ。
「一人の人間として、例えお嬢様が相手だとしても……。
魔理沙のぱんつをくんかくんかする権利を渡すわけにはまいりません」
「咲夜ッ! 私に二番煎じを味わえと言うの!?」
「私も魔理沙のぱんつ欲しいー!」
わめき散らしながら取っ組み合って、見苦しく私の下着を引っ張り合う三人。
何だこの光景。私は幻覚でも見ているのか。
あっけに取られる私の首にぬるうりと蛇のように腕が巻き付いた。
「ふふふ……。
アホが下着ごときに気を取られている内にさっきの続きを……」
「っだらぁぁぁぁッ!」
絡み付く腕を引っこ抜き、渾身の背負い投げをぶちかます。
ばかーん、と紫色のもやし女はぱんつ争奪戦を繰り広げるバカどもを巻き込んでもみくちゃに。
続けて放ったファイナルスパークは私の下着を消し炭に変え、ウェルダンの塊を四つ生み出した。
紅魔館を見下ろすほどの所まで来て、帽子を落としたままだったことに気付いたが、
今さらあの魔窟に戻る気にはカケラもなれない。
パチュリーしかいないときにでもまた回収に来よう。
しかしさっきのは何だったんだ一体。
考えるのも束の間、視界の片隅を黒い何かが横切った。
「毎度ー。清く正しい射命丸でございますー」
またお前か。
この宣伝文句もいい加減聞き飽きてきたきらいがある。
「毎度毎度ご苦労なこった。
自分で言うのも何だが、ここ最近は魔法の研究に精出してるんでな。
一面に載るような真似はとんとしちゃいないぜ」
ネタが欲しけりゃ巫女に張り付いてた方がいいんじゃないか、と軽くあしらってやる。
先ほどの騒動であまり気分もよろしくないし、それを嗅ぎ付けて紅魔館に取材に行かれると面倒だ。
だが、文の対応はいつもと違ったものだった。
「いえいえ。ネタが無ければ作ればいいんですよ」
「ブン屋の台詞としちゃ最低だぜ。清く正しいのがモットーじゃなかったのかよ」
翼をたたみ、私の箒の先端に腰掛ける射命丸。
鉄壁の異名を誇るミニスカートからすらりと伸びた脚を、私の目の前で組んで見せる。
「では、今日は『エロくやらしい射命丸』ということで。
私と一発スキャンダラスなネタを作り上げてくれませんか」
「なぬっ!?」
シャツのボタンを全部外し、下から見上げるように顔を近づけてくる文。
さっきもあったぞこんな展開!?
片手は私の頬に伸び、もう片手は二人ともがフレームに入る位置でカメラを構え。
とろけるような表情を見せながらも、その手はばしゃばしゃと容赦なくシャッターを切り続ける。
顔は情熱、右手は冷酷。これなーんだ、ってなぞなぞかお前は。
「いきなり一線を越えてしまうともったいないので、今日はちゅーのみにしておきましょうか。
じわじわ連載する方が長期の売り上げが見込めそうですしね……」
「ちょ、おま……待っ……!」
じわじわと近づいてくる文の顔。
「ぶ……、ブレイジングスターッ!」
「あやっ!?」
周囲に展開される星屑の壁が文を弾き飛ばし、ついでにカメラも木っ端微塵に粉砕する。
爆発的に噴出した魔力に任せるまま、かろうじて私は窮地を脱出することに成功した。
「はぁ……はぁ……」
消耗の大きい魔法を立て続けに使った反動が、疲労となって襲いかかる。
大きく深呼吸して酸素を取り込み、荒い息を整える。
本当に何なんだ。
紅魔館の連中だけならまだわかる。
あそこが変態の溜まり場であることは羞恥……もとい周知の事実なのだし。
またそこに居座るパチュリーは、持てる才と培った叡智を人をおちょくるために惜しみなく注ぎ込むネジのゆるんだ魔女だ。
館総出のドッキリでしたと言う話もあれば、ちょっと媚薬を撒いてみましたなどと言った可能性すらある。
だが文の場合はわけが違う。
あのカラスは他人のプライベートを記事にすることには一切の躊躇を見せない。
しかし自らを、それも色事のネタとして記事に使うなどまずあり得ない話だ。
「……もしかして異変なのか、これって……?」
名付けるなら好色異変とかそんな感じの。凄く嫌だ。
とにかく異変の可能性があるなら霊夢が何か掴んでいるはずだ。
解決するなら早い方が良い。早速、私は進路を神社へと向けた。
「さあ、私とフュージョンしましょ!」
「魔法使いは食べても良い人間かー?」
「衣玖ー、ねぇ衣玖ー!」
「ちんちん」
「ブレイジングスターッ!!」
もはや聞こえてくるすべてがそっちの方面にしか取れなくなってきた。
全員轢いた。最後の方は自分に向かってきてるのかも定かではなかったが。
並み居る連中をとにかく吹き飛ばし、持てる限界のスピードで神社へ向けて突き進んだ。
ようやく鳥居が見えてきた。
「おーい」と声を掛けながら箒を下降させ、中庭に着地する。
縁側から障子を開けて中に駆け込むと、炬燵に座った霊夢とアリスがこちらに目を向けた。
アリスも来ていたのか、ちょうどいい。
異変ともなれば私とアリスは協力して事に当たることも少なくない。
「大変だ霊夢、アリス! 何かよくわからんけど異変っぽいんだ!
みんなが変っていうか変態っていうか……!」
何を言ってるんだ、と言わんばかりに眉をひそめるアリス。
霊夢は私に湯飲みを差し出し、とりあえず落ち着けとうながす。
やや冷めたお茶をぐっと一息に飲み干し、大きく深呼吸。
「ふぅ……。それでだ、霊夢。
会うやつみんな何かおかしくなってるんだよ。きっと異変に違いないと思うぜ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあアリスはもう帰っていいわよ」
「は? いきなり何よ」
あっけにとられるアリスを尻目に、にこやかな笑みを浮かべて立ち上がる霊夢。
押入を開けるとずるずると布団を引っ張り出し、
「すぐに布団敷くから。そこでゆっくり話を聞かせてちょうだい」
ブルータス、じゃなかった霊夢、お前もか。
異変を解決する巫女がすでにやられてるなんて反則じゃないのかそれは。
「ちょっと霊夢、どうしたのよ。おかしいわよ、あなた」
「……おかしいのはアリスの方じゃない。
魔理沙との時間を邪魔するなんて気が利かないったらないわ」
「……やっぱりどう見ても変じゃない」
アリスと言い合う霊夢が、やおら私の方へと近づいてくる。
「ねえ魔理沙。私はどこもおかしくないわよね?」
表情こそいつもの霊夢だが、纏う雰囲気が決定的に違う。
何ものにも執着しない霊夢が、瞳に欲望の色を宿している。
わきわきと触手のようにうごめく指が私へと伸びる。
その手が私に触れる寸前で、ぴたりと止まった。
「……アリス?」
冷静でいながら怒気の混じった霊夢の声。
霊夢の四肢はアリスの指から伸びる魔力糸に絡め取られていた。
身体は動かないまま、冷たい視線だけをアリスに向ける。
「そう……また邪魔するんだ……。
やっぱり魔理沙を一人占めしておきたい?」
「さあね。少なくとも、今の霊夢に渡したら危なそうな感じはするわ」
一触即発。霊夢がその気になれば束縛を脱するのも難しくない。
そしてもしも霊夢が本気で戦えば、それを止められる者などほとんどいない。
「アリス、私も手伝う」
(……とりあえず霊夢は私に任せて、あんたはこの場を離れて)
近づいた私に、何とか聞こえるくらいの小声でアリスが囁く。
(で、でも……)
(いいからとっとと逃げなさいって言ってんの!
今は私の言うとおりにしておいて。合図したら全力で飛び出すのよ)
(あ、ああ……わかった……)
頷いて一歩下がる。
それを霊夢はアリスが一対一で戦う姿勢だと取ったようだ。
「あら、一人で私に勝てるつもりでいるの?」
「いつもの霊夢ならいざ知らず、今のあなたなら何とでもなるわね」
「大した自信じゃない。じゃあ、さくっと蹴散らして魔理沙と蜜月にさせてもらうわ」
袖口から針と札が手の中に落ちる。
戦闘態勢を取った霊夢の体から渦巻くように霊気があふれ出す。
「はぁッ!」
霊撃を放って四肢の糸を断ち切った霊夢が、アリスめがけて突っ込んでいく!
「今よ!」
アリスの合図に応え、飛び乗るように箒に跨った私は全力で神社から飛び出した。
アリスは大丈夫だろうか。
霊夢までおかしくなってて、この先どうすりゃいいんだ。
考えながら箒を走らせる私の目の前の空間が、突如ぱっくりと口を開けた。
避ける間すらなく裂け目に突っ込み、刹那の後に吐き出される。
真っ暗な空間の中で速度の大半を奪われた私の体は、何者かに抱き留められていた。
「スピードの出し過ぎよ。いけない子ねぇ」
考えなくてもわかる。こんな真似ができるのはたった一人しかいない。
顔を上げれば胡散臭い笑みを絶やさない紫が目に入る。
「悪い子にはお仕置きをしてあげないと」
「お、お前もかよ……どうなってんだ……」
「そう怯えることもないでしょう。教育的指導で素直な良い子にしてあげるだけよ」
ん~、と紫の唇が近づく。
ひぇぇっ。
普段なら妖艶と言っていいんだろうが、今は取って食われそうな気すらする。
ぶんぶんと首を振って紫のキスを拒絶する。やめて。マジやめて。
「ちょっとそこのババァ。人の敷地でいかがわしいことはやめてくれない?」
かかった声に反応して紫が止まる。
見回せばそこは花畑。ならば出てくる者もこいつ以外にいない。
日傘を畳んだ幽香が怒気を隠さずこちらをにらみ付けていた。
「仕方ないじゃない。この時期にお花が多い場所なんてここくらいだもの。
ゆかりんロマンチックな場所じゃなきゃいやん」
私を両腕で抱きしめたまま、くねくねと体をくねらせる紫。
「純粋に気持ち悪いわ。魔理沙も嫌がってるようだから放しなさいよ。
おとなしく引き渡せば、今の舐めた真似は見逃してあげてもいいわ」
「あら、あなたも魔理沙が欲しいの?
……でもこういうのは早い者勝ちでしょ?」
「ならなおさらね。その子との付き合いは……私の方がずっと先よ!」
叫びながら傘を突き出す幽香。
顔面を狙った殺意の塊を紫の右手が掴み取る。
片腕の拘束が無くなった瞬間、私は幽香の腕に引っこ抜かれていた。
「ババァに捕まって気持ち悪かったでしょ、魔理沙。
すぐにこのスキマババァを簀巻きにするから、その後でゆっくりなぐさめ……慰み物にしてあげるわ」
「逆だろ!? せめて建前くらいは取り繕えよ!」
しゅるしゅると伸びた蔦に手足を縛られる。
これじゃさっきと変わらんぞ、おい。
お腹の所にぺたりと紙が貼られた。何か書いてある。「賞品」と。
そして二人は鉄板に穴開けられそうなほどに殺気を込めた視線をぶつけ合う。
膨らむ妖気。揺れる大地、吹き荒れる暴風。もはや人の形をした災害だこれは。
マズいとか言うレベルではない。
この二人、どちらも桁違いの力を持ちながら、致命的なまでに性格がゆがんでいる。
例えばフランの辞書には文字通り「手加減」という言葉がない。
だがこいつらの場合は「手加減」の単語を丁寧に塗りつぶし、
なおかつそれをいつでも見せびらかすことができるように栞まで挟んである。
率直に言ってどちらの手に渡っても色々と描写できない事態になりそうだし、
それ以前に戦闘の巻き添えの危険がありそうだ。
案の定、傘をブン回しながら肉弾戦を繰り広げると同時に破壊的な弾幕まで展開している。
牽制ではなく削り合いを目的とした魔弾は、回避されれば易々と地面に穴を穿つ。
「お、おいっ! ちょ、お前らやりすぎだ!
うわっ! 少しはこっちのことも……、きゃぁっ!」
当然こっちにも飛んでくるそれは、動けない私の周囲でどんがどんがと景気よく炸裂してくれる。
人外魔境ならぬ塵骸魔境。一騎当千同士の千日戦争だ。
死ぬ。これは本当に死ぬかもしれない。
こと幻想郷で弾幕に身を晒すことなど日常茶飯事だ。
だが霧雨魔理沙が弾幕戦において誇り、頼るのは速度と火力である。
そのどちらもを封じられた状態で破壊の雨に晒されることは、死の恐怖を身近なものに感じさせた。
直撃はまず無い。例えあっても紫ならカバーしてくれるだろう。
頭ではそんなことを考えても、間近での爆発は容易に楽観論を吹き飛ばす。
一刻も早くここから脱出しなければ。
(頼むから気付かれないでくれよ……!)
ごく小さく絞ったレーザーで蔦の枷を焼き切り、何とか動けるように。
匍匐前進で箒の下へ。まるで爆弾の雨の中を進んでいるかのようだ。
何とか箒を手にした私は、未だ続く限界バトルの渦中から脱兎のごとく逃げ出した。
「ううっ……」
寒くもないのにがたがたと体の震えが止まらない。
家までたどり着いた私は寝室の隅で毛布をかぶって縮こまっていた。
鎧戸もすべて下ろし、昼間なのに室内は真っ暗闇。
誰かに会ったらまた同じ目に遭うんじゃないかという恐怖感が拭えない。
さらに言えば立て続けの大魔法の行使で体は軋みを上げ、魔力は底を尽いて満足に飛べるかも怪しいほどだ。
今の自分は幻想郷の英雄どころか無力ないち少女でしかない。
恐怖と不安がない交ぜになった今の状態では、もう外に出る気は起きなかった。
最後の力で家の周囲にできる限りの結界を張った。
だがこんな物、結界のエキスパートである霊夢や力ある妖怪にとっては薄紙同然。
正直、気休めにもならないだろう。
階下からがちゃりという音が聞こえる。玄関が開いたのだろうか。
ぎしぎしと木を踏みしめる音。誰かが階段を上がっているのか。
足音は次第に近づいてくる。
止まった。この部屋の前だ。
怖い。怖い。毛布を握る手に力がこもる。
ゆっくりと扉が開き、暗い室内に差し込む光で人影が浮かび上がる。
「──魔理沙?」
──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──◇──◆──
霧雨邸の周囲には結界が張られていた。
ならば中にいるはずだ。
魔理沙が張ったのだろうが、こんな障壁では軽い弾幕を防ぐ程度の役にしか立たない。
思った通り、触れればさしたる魔力も必要とせず結界は霧散した。
玄関から中に入ってみればまた見事な散らかりようだ。
研究室を覗いてみる。魔理沙はいない。鼻を突く刺激臭は何かの薬品の臭いか。
階段を上がって寝室の方へと足を運ぶ。
ドアを開けるとまだ明るい時間なのに中は真っ暗だった。
「──魔理沙?」
声を掛ける。
ドアの隙間から差し込む光でうっすら室内の様子が見えるが、ベッドの上には誰もいない。
「──いないの?」
もう一度、声を掛ける。
部屋の隅っこの丸まった何かがごそごそと動いた。
「──アリス、か……?」
震えるような声が返ってきた。
この団子の中身が魔理沙か。
「見ての通りだけど……って、こう暗いと見えないか」
「お前は……おかしくなってないのか?
……私のこと、どう思う?」
変な質問だ。
おかしくなる、と言うのは先ほどの霊夢のようにと言う意味だろうか。
とりあえずそれはない。
「……一応自分では正常だと思ってるわ。
あんたのことは……、そうね……甘えん坊の悪戯小僧だと思ってるけど」
団子に近づいていくと、ばっとその中から魔理沙が飛び出してきた。
そのまま私に抱きつき、痛いぐらいに力を込めてくる。
「よかった……、アリスはアリスのままなんだな……!」
「ちょ……ちょっと、どうしたのよ」
「怖かった……怖かったよぅ……」
あまつさえ胸にすがりついてぐすぐすと泣き出した。
一瞬、幼児退行でもしたのかと困惑したが、あやすように背中をなでて何とか落ち着かせてやる。
「ほら、落ち着いて。
……ゆっくりでいいから、何があったのか話してみて」
涙混じりの声で、途切れ途切れに話す魔理沙。
まず最初に口からこぼれたのは神社を出た後、紫と幽香に捕まったこと。
……ああ、あの二人の本気の戦闘に巻き込まれたならそりゃ怖かったろう。
トラウマになっても無理ないかもしれない。
「……そうだ、アリスは無事なのか?
一人で霊夢と戦り合って、怪我とかしたんじゃ……」
自分の感情の処理だけでも大変だろうに、私のことまで心配してくれてるのかと少し嬉しくなる。
「大丈夫よ、傷一つ無いわ。
霊夢が飛んでったあんたに気を取られた隙に、首筋に一発入れて気絶させたから。
一応ぐるぐる巻きにして猿ぐつわ噛ませてきたし、しばらく動けないでしょ」
「作戦ってそれかよ……。わりと容赦ないな、お前」
「私が何の考えもなしに真っ正面から霊夢と戦うわけないでしょうが」
ふっと魔理沙に少しだけ笑みが戻り、体の緊張がほぐれる。
いつもの魔理沙に戻ってきたようだ。
「あんた異変がどうのって言ってたけど……。
話せるようになったなら、とりあえず今日の出来事を一から説明してちょうだい」
「う、うん……」
やや歯切れの悪い返事をして、話し出す魔理沙。
魔法薬の作成をしたこと、紅魔館で一同に襲われたこと、文に誘惑されたこと……。
「あんたさ……、何か起きたらまず自分から疑うこと覚えなさいね……」
こめかみを押さえて唸る。
異変がどうこう以前の部分に一番疑わしいものが入ってるじゃないの……。
魔理沙の作る魔法薬。もう決定打と言っていいんじゃないのか。
二人揃って研究室へ向かう。
火炉に載っている鍋の蓋を取ってみれば、刺激臭漂う実に怪しげな液体が。
「……で、何作ろうとしたの?」
「えっと……それは……その……」
「ちゃんと言いなさい。事件に絡んでるかもしれないんだから」
めっと叱ってやると、魔理沙は蚊の鳴くような声で「胸をおっきくする薬」とつぶやいた。
手で顔を覆ってため息を吐く。
……本当にこいつは。どっと疲れが増したような気がする。
当の魔理沙は顔を赤くして涙目だ。
これはこれでかわいいのだが、ヘタに何か言ったら泣くかすねるかしそうなので追及はやめておく。
「……それで、魔法薬自体は失敗?」
「うん……」
「だからどんな作用が起きてるかもわからない、か……」
私も魔法の類は一通り学んでいるので、専門ではないがウィッチクラフトについてもそれなりの知識はある。
だがあくまで「それなり」であって、はっきり言えば魔理沙の方が詳しいかもしれないくらいのレベルだ。
パチュリーも魔法薬に関してはあまり専門ではないだろうし、魔理沙の話を聞く限りでは今の紅魔館には近寄れない。
時間をかければどんな作用が起きているか分析することもできるだろうが、
現状を考えればできるだけ早く、今すぐにでも詳細を知る必要がある。
魔法薬ともなれば、体に深刻なダメージが出る可能性だって無いとは言い切れないのだ。
「……永遠亭はあまり頼りたくはないんだけど、そうも言ってられないわね」
月の頭脳、天才・八意永琳。こと薬に関しては右に出させるどころか百馬身くらい突き放すエキスパート。
魔法にも造詣はあるだろうし、私がやるより早いだろう。
鍋に残った薬を空き瓶に詰めて密栓する。
すぐそばに薬のレシピを書いたメモもあったのでそれも一緒に鞄へ詰める。
「永琳の所に行って相談してくるわ」
きびすを返したところで、引っ張られるような抵抗感が。
魔理沙の手が私のスカートを握っていた。
「わ、私も……。今、独りでいたくない………」
「そう言われてもね。
異変じゃなくてこの薬が原因だったら、あんたが出歩けば被害が増えることになるし。
私だって今は何ともないみたいだけど、一緒にいたらおかしくなる可能性だってあるんだから」
「う……、わかった……。できるだけ早く帰ってきてくれよ……」
ぐずる魔理沙に人形を一つ持たせてなだめ、私は霧雨邸を飛び立った。
竹林の隙間にたたずむ和風の屋敷、永遠亭。
息が切れる。全力で飛ぶことなんてそうそう無いから仕方ない。
いちいち受付を通ってる暇はないので一気に突入、兎を振り切って永琳の部屋を目指す。
「診察室」のプレートを掲げたドアを開け、中へ──
ウサ耳少女──鈴仙だったか──が縛られていた。
「あの……ご、ごめんなさい」
あまり悪くはないが、何となく謝ってしまう。
ドアを閉めようとする私へ、永琳の声がかかった。
「ああ、違うわよ。そういう時はもっとキツく縛るから」
気にせず入ってちょうだい、と私を中へ招く永琳。
期せずしてどうでもいい情報を仕入れてしまった。
「久しぶりね、アリス。しばらく来なかったけれど、胡蝶夢丸かしら?」
「あれはもう必要ないわ。
……それより鈴仙は何で縛られてるの?」
「それが外回りから帰ってきたら、何だか魔理沙魔理沙ってぶつぶつつぶやきだして。
様子がおかしいようだから縛って眠らせたのよ」
ベッドの上に転がされた鈴仙は手足を縛られて、すぴょすぴょと寝息を立てている。
縛られているのに実に安らかな寝顔だ。慣れているのか薬が強かったのかは不明だが。
それ以前に眠らせるなら縛らなくてもいいんじゃないのか。
ともかく、これも犠牲者のようだ。
「私の用件も、たぶんそれに関係してるわ……」
ポケットから取り出した瓶とメモを渡して事情を説明する。
薬の使用目的についても、魔理沙のプライバシーというものがあるが、状況が状況だけに話さざるを得ない。
まあ永琳のことだから、調べればだいたいわかってしまうだろうけれど。
メモ書きを見ながら、瓶に鼻を近づけ臭いを嗅ぎ、指に付けて一舐めする永琳。
そんなことして大丈夫かと思ったが、永琳にはたいていの薬など効きはしないか。
どんな薬だろうと体内で無害化させてしまえるらしい。
「ふぅん……何をしたかったかはだいたいわかったわ。
まあ女性の体つきの変化に女性ホルモンが関わってはいるだろうけど……」
さすがは天才、話が早い。
それよると、成長期の女性ホルモンの分泌量が胸の成長にも影響を与えていること。
魔理沙は薬でそれを一気に増やそうとしたのだろうとか。
「飲んですぐ効果が出るわけでもなし。体壊すわよ、こんなの」
呆れたようにぼやく永琳。
医者としては嘆息したくもなろうというものか。
「ただ、それだけの効果ならあなたが話したような事態にはなりはしないわ。
他にもいくつか材料が混じってるし、もう少し調べてみましょうか」
永琳が瓶と試薬等を持って奥の部屋へ消えていく。
私は手伝えることもないのでただ待つしかない。
何もせずに待ってるとなると、魔理沙は大丈夫だろうかなどと色々と考えてしまう。
ああも弱々しい姿を目の当たりにしていると不安が広がるばかりだ。
そわそわと落ち着きもなくしていると、三十分ほどで永琳は戻ってきた。
「何かわかったの?」
「ええ、まあ、何と言うか……」
珍しく歯切れが悪い。
「今回の件、まずこの薬が原因で間違いないと思うわ。
昔から美にまつわる魔法はいくらでもあるけど……。
どうやら内に回らなきゃいけない力が外に向けて流れているようね。
フェロモンって言うか……、ここまで来るともう惚れ薬を撒き散らしてるのに近いわ」
「……は?」
「今の魔理沙は、誰でも手に入れたくなるほどにとても『魅力的』に見えるでしょうね。
そりゃもう据え膳が飛んでるような感じかしら。
たぶんウドンゲも外回りの時に魔理沙を見てしまったんでしょ」
まああの子はアレで色々耐性付けてるからあまり効かなかったんだろうけど、と笑う。
鈴仙の境遇はあまり笑い事ではないが、何だか急にどうでもよくなってきた。
大きくため息を吐いて気持ちを切り替える。
一応この薬は体に悪いものではあるのだから、治療は必要だろう。
「それじゃあさっきの体を壊すとか言ってた方が危険そうな感じね。
治療薬を処方してもらえるかしら」
「それはかまわないけど。ただ、今の状況が命の危険が無いとは言い切れないわよ?」
「どういうこと?」
「妖怪と人間じゃ体力が全然違うから。……衰弱死とか」
「うわ……」
それはちょっと想像したくない。
苦い顔をする私をよそに、てきぱきと薬を用意していく永琳。
空き瓶を探し、数種の液体を注いで掻き混ぜる。
……せめてドクロの付いたラベルは外してもらえないだろうか。
「まずこれを飲ませてやって。ある程度は中和して効果が抑えられるはずよ」
続いてどさりと置かれた紙袋。中身はずいぶんと多そうだ。
「こっちは治療薬。一気に治療するのも体に悪いから時間を掛けた方が良いわ。
とりあえず半月分くらい詰めておいたから、無くなったらまた取りに来なさい」
「ってこんなに薬出すなら入院させた方が良いんじゃ……」
「お断り。効果が薄まっても近くにいたら影響を受けるでしょうから。
入院なんかさせたらウチのみんながこうなっちゃうわ」
と、縛られた鈴仙を顎で指す。
なるほど。従業員が全員縛られた医者とか近寄りたくはない。
並んだ薬をまとめて鞄に突っ込んで立ち上がる。
「色々ありがと。一応急いだ方が良さそうだから、行くわ。
えっと……代金は?」
「またウドンゲをお使いに出すから、その時にでも魔理沙自身に」
「ええ、了解。私からも払うように言い聞かせるわ。
払えないようなら売れそうな蒐集品でも引き渡してやるから」
なかなかの保護者っぷりね、と笑う永琳に手を振って永遠亭を後にする。
やれやれ、保護者と来た。
年頃の女の子が面倒見るにはちょっと大きすぎやしないか。
やっと魔法の森の上空まで来た。霧雨邸まであと少し。
片道分で体力を相当に消耗していたが、八意謹製・国士無双の薬とやらのおかげで体力気力ともに充実。
往きよりも時間短縮できそうだ。
……変な副作用とかがないことを祈る。
進む真っ正面にきらりと何か光る物が見えた。
猛烈にイヤな予感が背すじを走り、とっさに回避。
次の瞬間、私がいた場所を極太のレーザーが灼き貫いていった。
今の一発は真っ正面、つまり霧雨邸の方角から飛んできた。
そしてこんなバカげた砲撃を撃ち出すヤツは私の知る限り三人程度。
うち一人はいないから除外、もう一人は今日はもう魔力が底を付いて撃てはしない。
詰まるところ、最後の一人──風見幽香だ。
手持ちの人形のスイッチを入れる。
魔理沙に渡した人形は地下でも使った通信用の物だ。
「魔理沙! 魔理沙ッ! 何かあったの!?」
『アリス!? アリスか!? 早く来てくれ!』
恐怖と焦燥の色が濃い魔理沙の声が返ってくる。
『いつまでも争ってても仕方ないから共有ってことにしましょ』
『それもそうね。……じゃあここは年功序列ってことで』
『ちッ、なりふりかまわないババァね』
『ま、待てって! お前ら冷静に──』
魔理沙以外の声が混じる。誰かいるようだが、声が遠くて判別が付かない。
その直後に通信は途絶え、何も聞こえなくなった。
スイッチを切られたか、あるいは破壊されたか。
拭えない悪寒を抱え、私は持てる力を振り絞って飛び続けた。
見えてきた霧雨邸は、魔理沙の寝室がある部分の屋根と壁の一部がごっそりと消失していた。
先ほどの魔砲で吹き飛ばされたのだろう。
室内が視認できる距離にまで近付いていく。
見えた集団に思わず声を上げそうになってしまった。
霊夢を筆頭に、紫・幽香の年増コンビ、レミリア・フラン・咲夜・パチュリーの紅魔館一同。
そして撮影班に射命丸と、どこに攻め入るのかという布陣だ。
一人取っても厄介極まりないのにこの豪華な顔ぶれ。私一人でどうしろと言うのか。
ベッドの上に押し倒された魔理沙。
服も引っ剥がされて上下とも下着姿だ。
年功序列と聞こえたとおり、最初の権利を手にした紫がゆっくりと魔理沙にのしかかる。
その周囲を取り囲むように残りのメンツが陣取り、早く私の番になれとオーラを放っている。
「やめ、て……、やだ……やだよぅ……」
涙を浮かべて首を振る魔理沙。
普段の強気な姿とのギャップに打たれ、咲夜とパチュリーが鼻血を吹いてぶっ倒れた。
しかし涙混じりの懇願も、残るSっ気混じりの連中相手には嗜虐心をそそる結果にしかならない。
「Sコートなら私に任せろ」の幽香に至ってはとろけるような極上の笑顔で悦っている。
もう撃てば届く距離だ。
とは言え、あの連中を相手に攻撃することを躊躇してしまう。
二人減りはしたが、戦力差が絶望的に開いたままなのは変わらない。
──今すぐ命に関わるわけでもなし、私が危険な目に遭ってまでやらなきゃいけないのか?
迷いが頭をかすめる。
だが、相手は見ず知らずの人間ではなく、私のことを想ってくれてる魔理沙だ。
私にだって執着心とか独占欲のようなものはある。
私を想ってくれるなら、余所見はしてほしくないなという気持ちもあれば。
それを他に渡したくないという思いだって少なからずあるのだ。
「助けてぇっ! アリスぅぅっ!」
その一声がためらう背中を強く押す。
「──ッ! 後で文句は聞かないからねッ!」
手にした魔導書──『Grimoire of Alice』──の封印を引きちぎる。
正直あまり使いたくはないが、そうも言っていられない。
使うべき時に使わなくて何のための道具か。
本を開くと同時に体に満ちていく膨大な魔力。
暴走させては元も子もないので、記された魔法は使わず魔力の増幅だけに留めておく。
今にも暴れ出しそうな魔力を制御し、術式を構築する。
急激な魔力に感付いたか、全員の視線が一斉に私の方へ向いた。
──注意が私に向いたその瞬間に、魔法が完成する。
私の家から転送され、室内に出現する複数の人形。
それらが一斉に紫たちの顔面へ張り付いた。
──魔操「リターンイナニメトネス」
十数体の人形が巻き起こした爆風は、霧雨邸の半分ほどを綺麗さっぱり吹き飛ばした。
ベッドの近くに着陸し、目を回している紫を剥がして捨てる。
どうやら上手い具合にみんな気絶してくれたようだ。
魔理沙の方は怪我はない様子。
一応魔理沙には障壁を張っておいたし、爆発の範囲も絞ってある。
爆風をすべて紫の体が盾になるような位置に調節したのも功を奏した。
まずは永琳にもらった薬を飲ませるのが先決か。
鞄から薬の瓶を取り出して魔理沙の口に近づける。
「魔理沙、これ飲んで」
だが魔理沙は無傷だったものの、爆発の衝撃までは相殺しきれず気を失っていた。
体が異物を排除しようとしたのか、飲ませた薬は吐き出されてしまう。
頬を叩いて起こそうとしても目を覚ます気配はない。
もたもたしていたら先に周りの連中の方が起きてしまうかもしれない。
「ああもうッ! どこまで世話かけるのよ、あんたは!」
瓶に口を付け、薬を含む。とてつもなく苦い。そりゃ吐き出すわこんなの。
両手を魔理沙の頬に添えて固定し、口付ける。
唇を割って舌をねじ込み、それを伝わせるようにして薬を流し込んでいく。
こくりこくりと喉が動く。何とか飲んだようだ。
改めてあたりを見回す。
障壁で防がれたベッドまわり以外はひどい有様だ。
連中もいることだし、ここに寝かせておくわけにもいきはしない。
私の家に連れて行くしかないか。
下着姿のままで飛んでたら風邪でも引きそうだが、あいにく脱がされた服は消し飛んでしまった。
仕方ないので爆発で半分ほどに引き裂かれたシーツを体に巻いてやる。
眠り続ける魔理沙の体を抱いて飛び上がる。
体力、魔力ともに限界だが──この重さはとても心地良かった。
ふらふらと、半ば蛇行するかのような不安定さで自宅へ辿り着く。
全魔力を切り札に込めたせいで疲労も限界値だ。もうすぐさま寝たい。
魔理沙にパジャマを着せてベッドに寝かし、私もリビングのソファで一眠りすることに。
そして気が付けばとっくに日は沈み、窓の外は真っ暗闇。
夕食時もすっかり過ぎて、もう八時を回っていた。
吹き飛ばした連中の襲撃がなかったのは、もう影響が消えるか薄まるかしたということだろうか。
大きく伸びをして体をほぐす。
やはりソファで寝るのはあまり疲れが取れない。
様子を見るべく寝室を覗くと、まだ眠って──と、タイミングを計ったかのように魔理沙は目を覚ました。
「ん……ここは……。
そうか、アリスが助けてくれたんだな。ありがとな」
不安そうに視線を巡らし、私を見つけて安堵の吐息を漏らした。
私はベッドのそばの椅子に腰を下ろす。
「珍しく素直ね、いいことだわ。
これ、永琳からもらってきた治療薬ね」
「ああ、……って何か体が重いな。感覚も鈍いし」
「疲れてるだけじゃないの?」
ゆっくりと体を起こす魔理沙。その動作はひどく緩慢だ。
一応中身の説明をしておこうかと紙袋を開けてみると、ぺらりと一枚の紙が落ちた。
拾ってみる。達者な字で何やら書かれている。永琳のメモだ。
『あなたがこれを読む頃、魔理沙はたぶんまともに動けなくなっているでしょう。
体のことを考えずに馬鹿なことをした報いです。
治療の間はしばらくそのままなのでたっぷり反省させなさい。 えーりん』
「……あんたの体、しばらくそのままらしいわよ」
「……マジか」
反省させろと言われても、こんなまともに動けない状態で放り出すわけにもいかないし、霧雨邸だって半壊したままだ。
誰かが世話してやらないと治療以前に生活すらおぼつかないだろう。
だが薄まっていても、他の者では近くにいたらまた影響を受けてしまうとか永琳は言っていた。
……私が面倒見ろってことか、これ。
「まあ、今さらあんたを泊めることに文句なんか言わないけど。
……あんまりわがまま言ったら放り出すからね」
「ん、わかった。ところでお腹空いたんだけど。
看病の定番っぽくリンゴとか剥いてくれよ」
「……今言ったこと聞いてた?」
上海が持ってきたリンゴをくるくると回しながら皮を剥く。
お人好しにも程があるな、私。
「……そう言えばさ、何でアリスには効かなかったんだろうな」
「さあね。あんたの毒には免疫でもできてんじゃないの?」
剥いたリンゴを切り分け、その一つを摘んでしゃくりとかじる。
蜜の詰まった果実はほどよい甘みと酸味で口の中を満たしてくれた。
「ふむ、美味し。当たりだわ、これ」
「おーい、病人を差し置かないでくれよ」
あーん、と口を開ける魔理沙。
体は動かなくても口だけはよく回ることだ。
やかましいので半分かじった実を突っ込んでやったら、にこにこと嬉しそうな顔になった。
「スープでも作るから、それ食べながらゆっくり待ってなさい」
残りのリンゴを載せた皿を渡して寝室を出る。
私もお腹空いてるし、消化に良さそうな物を作ってやるとするか。
──何でアリスには効かなかったんだろうな。
魔理沙の言葉を反芻する。
──誰でも手に入れたくなるほどに、とても『魅力的』に見えるでしょうね。
永琳の言葉を思い返す。
何のことはない。
あいつが魅力的に見えるのは今に始まったことじゃなし。
手に入れるどころか、もう私の中に住み着いちゃってる。
あんなやっすい魔法薬より、とっくの昔にもっと強烈な
マリアリは好きだけどさすがに楽しめませんでした
何気なくリターンイナニメトネスがひどい。
2828させてもらいましたw
あなたの描くお姉さんアリス大好きですよ。
そもそもそう思うんなら小説を読まなきゃいい話なのにどうして読んでは馬鹿なコメするのかww
普通に楽しめました
でもなんかどこかで似たようなの読んだ気が……
ありがちなカップリングだからある意味当り前かw
っと私は中々楽しめましたよ
アリスの魔理沙に対しての感情も、前半と後半で明らかに違う上に、その変化に対しての説明が作中にて成されていないのは致命的かと。
いや、「取られそうになって自分の本心に気づいた」としたがっているのは良く分かるのですが、あまりにも不自然です。
それと個人的な感覚ですが、魔理沙のキャラが単なる痛い子に感じられます。
横暴で我侭放題なキャラにそのマイナス面を覆す程の魅力がある。それが何かと言えば「笑顔」って……。
沿って動いているだけのように見える。
また、貴方の作品は毎回裸や微エロな場面が出てくるのがあざとすぎて好きになれない。
アリスは初めから魔理沙を魅力的だと思っていて、
その気持ちを言葉にするなら「友愛」ってことでおk?
ヘタレな魔理沙、いいじゃないですか
戦闘シーンだけちょっと引かせてもらいます
元の言葉の真逆だな
全俺が泣いた…
凄くいい物に出会いました!
エーリンいろんな意味でかっこよかったw
アリスの気持ちがイマイチはっきりしないが、そこがよかった。
他の作品も見て回ったが、愁さんにはアンチが憑いて回っているのか。
コメント非表示機能が欲しい。
アリスの感情の変化が若干不自然かなあという気はしましたが、その他はドタバタギャグ的な雰囲気ということもあって、特にひっかかりもなく楽しめました。
ヘタレ魔理沙いいですよね。
マリアリが良かったのと他キャラの行動が度を越してて不愉快なのと。