――世界は、逃げ場のない弾幕に包まれていた。
「え、えっと。本日はお、お日柄もよろしく」
正座に決まった型があるのなら、目の前の少女がしているソレがまさに王道と言っても差し支えない。
まさに正座の中の正座だろう。少女を包む雰囲気、ピンと真っ直ぐ天を向いて伸びる背筋、澱みの無い瞳。
何故か両手の指を三つずつ、地面について私にお辞儀をしようとしているという点を除けば完璧だった。
「……今の状況、分かってるのかしら」
「あ、あぅ……」
「別に。緊張することじゃないわ。楽にしなさい。
こうなってしまったら誰でも……そう、妖怪だろうが人間だろうが関係ないことよ」
――二人の世界は、逃げ場の無い弾幕に包まれている。
私は正座していた少女の身体を自分の方へと引き寄せる。
少女の華奢な体躯は貧弱な私でも簡単に引き寄せることができた。
異常な状況下においては人間は正常な判断を狂わせてしまうもの。
……魔女もそうなのかしらね。
「ひゃあ!」
「さぁ、肩の力を抜いてもっとこっちへ。……濡れるわ」
耳元で囁くと少女は顔を真っ赤にし、再び姿勢を正す。
あの……そのぉ、なんて言いながら指先を胸元で絡め、親指をグルグルと回している。
この娘のクセなのだろう。
「いいから……私に任せて」
少女はもうそれ以上言葉を紡ぐことなく、コクリと大きく頷くと、私に身体をすり寄せてきた。
私は少女の肩を抱き、自らのローブをはだけると身体を覆ってやる。
トクン、トクン。
少女の身体は冷え切っていたが、密着すると早鐘を打つ心臓は力強く、芯は熱い。
柔らかい温もりが少女から伝わってくる。透き通るような緑色の髪の、甘い牡丹にも似た香りが鼻腔をくすぐる。
私の目の前で規則正しく、囁くように繰り返される吐息は魂魄のようにふわりと空中を彷徨っていた。
――逃げ場の無い、二人だけの世界。
「ひゃん!」
少女は妙に艶めいた声を出し、ピクリと身体を捩じらせる。
私の冷たい指先が、首筋に触れてしまったらしい。
「ぁ……、ごめん――」
なさい、と続けようとした私の唇を、少女の人差し指が塞ぐ。
少女の瞳が、私に投げかけるべき言葉を紡いでいる。
静かに。
――私達は世界を包む弾幕の音に耳を傾けていた。
思考がうまく文字へと変換できない。
私の身体の芯に燻る熱は、少しずつ、しかし確実に、噴煙を上げていた。
灼熱の毒が、ドロリと身体の中心から這い上がり、私の内側を溶かしながら上へ上へと昇っていく。
やがてそれは、私の頭へたどり着き、そこに居座る。……思考が、溶ける。
一気にアルコールを摂取したときのようなふわふらとした心地で、私は少女の温もりに身を委ねた。
瞼を開くのですら気だるい……夢と現の境界で、あの少女の声がする。
今日はありがとうございました。いつか、お礼をしに行きますね!
――では、私達の出会いに、良き縁がありますよう。
◆ ◆ ◆
「神奈子さま、ただいま戻りました。……ごめんなさいぃぃ!!」
「はぁ……降らせるところまでは良かったんだけどねぇ」
「そう! そうなんですよ! 何故か私の予想よりも遥かに長雨になってしまって……」
「まだまだ修行が足りないってことだよ、早苗」
「あぅ……はい。精進します」
「あれ、早苗。顔が真っ赤だけど……どうしたんだい?」
「ひぇ!? えぇ! か、かかかかか、かっか、か風邪でしょうかね!? くしゅんくちゅん!」
「ふぅん。……それでさ、早苗――」
◆ ◆ ◆
「ただいま……帰ったわ」
「パチュリー様! びしょ濡れじゃないですか!」
「やっぱり外には出るもんじゃないわ……」
「滅多にしないことするから雨が降るんですよ! 今お召し物を……あれ?」
「……どうしたの?」
「クンクン。あ! ああああ!!!」
「……?」
「パチュリー様から知らない女の匂いがする!!!! こ、この私を差し置いて!
一体ドコの馬の骨ですか!? うぅ……二次元にしか興味無いと思っていたのに」
「……危険なセリフはやめなさい」
「うぅ、ぐすっ。 パチュリー様のばかぁぁぁぁぁああああ!! もう知らない知らない!!!」
「あっ、コラ。まずはさっきの発言を取り消しなさい! ……もう」
「ふふん。面白いコトやってるじゃない。パチェ」
「私は演じた記憶なんて無いわよ……いたのね、レミィ」
「失礼ね。仮にも私はこの館の主よ」
「ここは治外法権でしょう」
「……違いない。まぁ、雨に濡れて帰ってきそうな友人に着替えでもと思いついてね」
「視てたのね」
「さぁね。そうそう、パチェ――」
◇ ◇ ◇
「「良いゆかりには、巡りあえたのかい?」」
私はきょとんとして、一瞬、目の前の人が言っている意味が分からなかった。
……ゆかり、縁。ああ、そうか。私の全てを見透かす眼は、そんなことまでお見通しなのだった。
私は、虚勢を張るように誇らしげに精一杯答えた。
「「……ええ、とっても!」」
しかし何とも良い感じの雰囲気を出していましたね。
良い縁に出会えた二人の今後が気になるところではありますけどね。
面白かったです。
言われて初めて気付きました。
みどりもむらさきもある話ですか。
打鍵の間違いかとも考えましたが、「みどり」と「えん」だと違うし、意図的なものだと思いました。
なーる……。
ここは工夫が見て取れますね。
パチュリーは確かに髪の色が紫色。早苗は緑色だったなぁ。
ちょっと見た感じではスルーしそう。
内容がもう少し欲しいと感じます。想像の余地があってそれはいいのですが、具象化が欲しい作品ですね。珍しい組み合わせだけに逆にそう思うのですよ。想像力で距離をつめてほしい。
タイトルの意味も「ああ、そういうことか」と納得。
珍しい二人の組み合わせですね。続きそうな感じもする。
そういうのもあるのか