昼の白玉楼の居間には妖夢、幽々子が居た。
ただし、妖夢は二人居る。魂符「幽明の苦輪」である。
どういう訳か半霊と分離したままだった。
半霊は幽明の苦輪をとこうにも、応じてくれない。幽明の苦輪を解除出来ない。
「はっ! やってられねぇな!」
妖夢の姿をした半霊は胡坐をかきながら、尊大な態度で居間の虚空をぶっきらぼうに眺めている。
これはどういうことなのだろう。
妖夢は正座をして背筋をしゃんと伸ばしながら考える。
今朝は剣の修練を行っていた。スペルカードを利用して半霊との試合をしたのだ。
朝の修練は日々欠かさず行っていることだ。これと言って代わったことは無かった。
強いて言うなら紫様がスキマから現れて、お立ち台に乗りながら扇子で踊りだしたことくらいか。
あれは余りに楽しそうだったから、つい気が揺らいでしまい現実から逃避したくなった。蒙昧だったな。
あと変わったことと言ったら最近、修練で幽明の苦輪を多様していたことくらいか。
八雲紫のお立ち台のことはともかく、これと言って代わったことは無かった。
だが、日常に特別変わったことは無かったが、妖夢の日常自体が変わっていた。
「困ったわねぇ~」
まったく困っていない口調で幽々子が誰にとも無く告げる。
妖夢の日常は一言で表すと過労。とても忙しかった。
幽々子の決めた彼女の仕事が多分にある為である。
朝、剣の修練を行い、そのあと幽々子に食事を食べさせて、終わったら剣の修練。
次は人里に買い物に行きながら剣の修練。昼の調理中も剣の修練。
終わったら剣の修練も兼ねて庭師の仕事と剣の修練だらけだった。
彼女が未だ未熟な為、幽々子が課した課題なのであるが、それにしても忙しかった。
妖夢の日常自体が変わっているのは分かったが、しかし。
結局原因は何だったのだろう。
「困ったわねぇ~。多分、意識が統合されていないのでしょう」
「幽々子様、どういうことなのですか?」
「あなたの意識は普通。あの子の意識は異常。でも、あなた達は元は一つ。ならば意識の統合がされていないということでしょう」
魂魄妖夢は普通の意識状態だ。
反対に半霊の意識はやさぐれている。
だが、元は半人半霊で一つの意識だった筈だ。
本来、統合されていないくてはおかしいが、それがされていないということは意識の障害が起こっていることになる。
「はぁ。では幽々子様。私はどうすれば」
「意識が統合されていないのなら意識を統合させなさい」
「はっ! やってられねぇな!」
意識を統合させる。
半人の意識と半霊の意識を統合させる案を幽々子は提示した。
真面目な半人の妖夢とやさぐれている半霊の妖夢。足して二で割ったら何が出来上がるのだろうか。
いや、そもそも足すことが出来るのかが怪しいが。水に油だ。
それくらい正反対だった。
意識を統合させる具体案は剣の試合となった。
それが精神統一。つまり、一番意識を統合させやすいからである。
白玉楼の広大な庭園には二人の妖夢。
その縁側には幽々子がお餅とお茶を近くに置いて座っていた。無論、妖夢に用意させたものである。
二人の妖夢は、しかし対照的に構えている。
そして、幽々子の合図で試合が始まった。
「はじめ~」
とにかく精神統一。意識を統合させなければ。だが、こうしている今も精神は統一されている。
どうすれば。
妖夢は真剣を十、二十と相手に打ち込みながら悩む。
悩んでいるのはマイナスだが、それでも精神は確かに統一しようと努力している。
これならある程度の結果は出る筈だが、しかし、二つの精神が統一される気配は微塵もない。
「妖夢。頑張って~」
そんなときに芯の無い応援をする幽々子。
それに反応したのは二人。ただし、反応は正反対だ。
「有難う御座います。幽々子様、私、懸命に頑張ります!!」
「五月蝿いんだよ、馬鹿!」
何を言いやがるか、こいつは!!
心の底から怒りを覚えた妖夢。しかし、次の半霊の一言は予想外の発言だった。
「別に応援なんかされて嬉しくなんかないんだからな!!」
こいつ、まさか!?
確信があった。こいつは間違いなく……。
「幽々子様! もっと応援して下さい。私の為に!」
「いらねぇよ!! 応援なんかしなくていい。妖夢は私だからな!」
私と同じで幽々子様が好きなんだ。
ただ、その形が直球ではないだけで。
そう。私は幽々子様が好きだった。幽々子様に食事を食べさせるのも、剣の修練が苛烈なのも全部耐えられる。
全ては幽々子様の為だから。
……だから。だからこそ私は負けられない!!
精神統一どころではない!
「妖夢。頑張って~」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
「このっ!! 応援なんて邪魔なんだよ! そんなことで嬉しくなる訳ないんだからな!」
「妖夢。頑張って~」
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「さっきから同じことしか言ってないだろ!! でも、こいつには負けたくないんだからな!! 別にお前の為とかじゃなくて!」
結局、試合により精神を統一させることは出来なかった。
妖夢も途中から意識の統一という目的から外れてしまった。
だが、妖夢にのみだが分かったこととして、自分と同じ相手が好きである、ということがある。
元々半霊も妖夢であったことから当然のことではあるのだが。
しかし、いざ半霊と対峙すると少し冷静では居られなくなる。
この半霊も今は自分とは違う存在。口調、態度も正反対。
それを考えたら自分と同じ相手が好きであるという事実は受け入れ難かった。
「おい。しっかりと付いて来るんだぞ」
「うるせぇな。分かってるよ」
そんな妖夢達は人間の里から帰っている最中だ。
昼食の食材の買出しから帰っているところだ。
半霊はというと口では嫌々ながらも、しっかりと付いてきているし、買い物も的確にこなす。
やはり、こいつは幽々子様が好きなんだということを再確認した途端、殺意が沸いた。
しかし、意識が統合されなくなった、ということだが、何故このようなことになったのだろう。
「あら、お久しぶりね」
「今朝会ったばかりではないですか」
八雲紫がスキマから現れて妖夢の前に佇む。
一体何をしにきたのだろうか。
「予想通り分かれてしまったわね」
「……どういうことですか?」
彼女は今の状況を予測していたようだ。
意識が統合されていない今の状態について、何かを知っているようだが。
そういえば今朝紫様は私に踊っている姿を見せたんだったな。あのとき意識が少し薄くなったんだった。
それと関係しているのだろうか。
「貴方は毎日、ハードワークをこなしていた。そして、辛いと思った度にその感情を無意識に追いやっていた。違う?」
……確かに当っている。
私は辛いと思ったときも、自分に大丈夫と言い聞かせて、その感情を無意識に追いやっていた。
だが、それでも未熟な自分を磨こうとして、幽々子様の為と思って我慢してきたんだ。
「無意識に感じるストレスが溜まり過ぎたのよ。その結果が隣に居る半霊の貴方。無意識が悲鳴を上げているの」
私が我慢していくと同時に、無意識にストレスが溜まっていく。
無意識は半霊の意識。
その意識が悲鳴を上げる程、ストレスを溜めてしまった。
そういえば息抜きという息抜きもここのところしていなかったなぁ。
幽明の苦輪を多様したことも無意識に意識を与えていくきっかけだったのだろう。
「貴方のスペルカードを多様したことが鍵でもあるのだけど、扉の明け方を教えたのは私よ」
決定的なきっかけは紫様だったらしい。あの今朝の『@』に意味があるのだろうか。
私は知らず手に汗をかいていた。
「あのとき意識が揺らいだでしょう。意識が薄くなったでしょう。そうなったことにより無意識が表層意識に表れた。そうして意識を何割か奪われてしまった」
つまり、意識の主導権を何割か持っていかれた、というようなことか……。
言われてみると、意識がいつもよりも少しだがはっきりしていない。
私の意識の内、三割は半霊が握っているのだろう。
……だけど。
「何故、そのようなことをしたのですか。紫様は」
「ふふっ、幽々子から頼まれたのよ」
えっ?
意外な人の名前が挙がったので、私の体は一瞬硬直してしまった。
そうして、私が驚いている間に紫様はスキマへと入って、何処かへ行ってしまった。
何故、幽々子様はそのようなことを紫様に頼んだのだろうか。
「おい」
「えっ、うわっ!?」
突如、半霊がせっかく買った荷物を放り投げて、私に楼観剣で襲い掛かってきた。
私も条件反射で荷物を放り投げて、楼観剣で防ぐ。
楼観剣に楼観剣を合わせて防いだ。
刃と刃が鬩ぎ合う。
幽体の為、半霊が握っている楼観剣の刃紋に煌きは無いが、それでも斬られたら大変なことになる。
一体どういうつもりだろう。
そう考えているとき、半霊が話しかけてきた
「今の話を聴いたところ、意識の主導権を全て私が全部握れば私は自由になれる。不満の無い自由な世界を満喫出来るということか!」
剣を圧す力が強まる。三割程度の意識が私の意識を侵食していく。
それは怖いことだった。
私が私でなくなる。
その恐怖に髪を逆立たせるような気迫を以って対抗する。
意思を強めなければ私の意識が奪われる!
「私はあの不満だらけの日常から開放されたいんだ!! 幽々子ともっと一緒に居たいんだ!」
半霊が鬼気を以って訴える。
更に意識を奪われた。今の私の意識は六割程。半霊の意識は四割程か。
これが半霊が五割、私が五割になったら危ないな。
私の意識による支配が、私の影響が及ばなくなるのだから。
「その為には……お前が邪魔だ!!」
あぁ、そうか。私は邪魔か。
こいつは何だかんだ言って、料理、選択、庭師の仕事と私の仕事をこなす気でいる。
魂魄妖夢としてやっていく気で居るんだ。
私と同じ存在。どちらが魂魄妖夢に相応しいか。
……ふふっ、面白い。私とて幽々子様のことがこいつに負けないくらい好きだ。
ここで負ける訳にはいかない!
そうして、妖夢が自身に活を入れる。
「はっ!!」
剣を圧す力を掛け声と共に強めた。全身に入っていた力が更に増す。
刃紋と刃紋の鬩ぎ合いが続く。
負けられない。
朝から夜まで辛苦辛労の日々を送ろうとも、幽々子様のことを考えて頑張っていくんだ。
いや……だが、その結果がこんな事態を招いたのか。
負けられないが、しかし。では、どうすれば。
「負けられないんだよ!」
こいつも幽々子様に好意を抱いている。私達は幽々子様が好き。
その点に関しては共通点となっている。
そして、こいつは幽々子様と接する時間が少ないことに不満を抱いている。……その点も共通点となっている。
忙しすぎる毎日は幽々子様との時間を度々切断していた。
ただ、私はそれを表に出すことを今までしてこなかったが。
不満を幽々子様の前で口に出すことはしなかった。不相応というモノだ。
しかし、その分過度な労働をこなしていくことで幽々子様への愛情を示した。
………その点も同じか。こいつの愛情表現もストレートではないんだ。
「あぁ、私達はこんなにも同じ存在だったんだな」
思わず口から零れてしまった感想。
幽々子様が好きで、一緒に居る時間を増やしたくて、だが、愛情表現は真っ直ぐではない。
両者のそれが、今こうして互いが互いを攻撃している事態を導いた。
これは……私らしくない。
いや、私達らしくないことだ。
迷いに縛られ、真っ直ぐに気持ちを伝えられないなんて。
ならば、やるべきことは一つだ。
「半霊。幽々子様と一緒に居られる時間を増やしたいか」
「当たり前だ! だから、お前が………!」
「だったら、そのことを私が進言する。お前の分まで。だから一緒になろう」
気持ちを受け継ぐ。それが私の答えだった。
もう不満を無意識に溜めるようなことはしない。
昼過ぎに白玉楼に戻った妖夢と半霊。
里で購入した食材を台所に置くと、一目散に西行寺幽々子の居る居間を目指した。
「ふふっ、治ったようね……」
「はい。おかげさまで」
妖夢と本来の姿に戻っている半霊。
意識は統合されたようだ。
「それで、私に何か言うことがあるかしら?」
「はい」
幽々子は次に何が来るかを予測していたが、敢えて質問を与えた。
さて、言うぞ。告白するんだ。
妖夢はそう決心する。
「幽々子様。もう少し剣の修練を控えさせて下さい。そして、私に自由な時間をください」
従者が主に進言する。
剣の修練をする時間を少なく、そして、自由な時間を与えて欲しい、という内容。
妖夢にとって一大決心だった。
これが受理されれば、幽々子との時間を増やすことが可能となる。
「いいわよ~」
一言返事によりそれは成立した。
やった! これで幽々子様と一緒に居られる時間を増やすことが出来る。
……半霊も、私の無意識もこれで満足することだろう。
私は私自身を心の底から祝福することが出来る心境だった。
「妖夢~」
「何ですか」
いつもの調子で幽々子が喜んでいた妖夢を呼び寄せる。
「辛いときに辛いって言うことも大事よ」
あぁ、幽々子様はこれが言いたかったのか。やたら剣の修練をするように命じていたのもこれを学ばせる為だったのか。
忙しい日々を辛いと感じたときに、無理せず辛いと進言することを学ばせたかった。
私は幽々子様の為に苛烈極まる勢いで、忙しい日々を走ってきたが。
それは逆効果だったな。
「妖夢~。どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
どうやら幽々子様には私の真意が伝わっていなかったようだ。
……これからは私の無意識も大事にしていこう。
そうしなければ自分の心が悲鳴を上げてしまう。先程の半霊のように。
そして、これからはもう少し自分の気持ちを正直に伝えられるようにしよう。
ただし、妖夢は二人居る。魂符「幽明の苦輪」である。
どういう訳か半霊と分離したままだった。
半霊は幽明の苦輪をとこうにも、応じてくれない。幽明の苦輪を解除出来ない。
「はっ! やってられねぇな!」
妖夢の姿をした半霊は胡坐をかきながら、尊大な態度で居間の虚空をぶっきらぼうに眺めている。
これはどういうことなのだろう。
妖夢は正座をして背筋をしゃんと伸ばしながら考える。
今朝は剣の修練を行っていた。スペルカードを利用して半霊との試合をしたのだ。
朝の修練は日々欠かさず行っていることだ。これと言って代わったことは無かった。
強いて言うなら紫様がスキマから現れて、お立ち台に乗りながら扇子で踊りだしたことくらいか。
あれは余りに楽しそうだったから、つい気が揺らいでしまい現実から逃避したくなった。蒙昧だったな。
あと変わったことと言ったら最近、修練で幽明の苦輪を多様していたことくらいか。
八雲紫のお立ち台のことはともかく、これと言って代わったことは無かった。
だが、日常に特別変わったことは無かったが、妖夢の日常自体が変わっていた。
「困ったわねぇ~」
まったく困っていない口調で幽々子が誰にとも無く告げる。
妖夢の日常は一言で表すと過労。とても忙しかった。
幽々子の決めた彼女の仕事が多分にある為である。
朝、剣の修練を行い、そのあと幽々子に食事を食べさせて、終わったら剣の修練。
次は人里に買い物に行きながら剣の修練。昼の調理中も剣の修練。
終わったら剣の修練も兼ねて庭師の仕事と剣の修練だらけだった。
彼女が未だ未熟な為、幽々子が課した課題なのであるが、それにしても忙しかった。
妖夢の日常自体が変わっているのは分かったが、しかし。
結局原因は何だったのだろう。
「困ったわねぇ~。多分、意識が統合されていないのでしょう」
「幽々子様、どういうことなのですか?」
「あなたの意識は普通。あの子の意識は異常。でも、あなた達は元は一つ。ならば意識の統合がされていないということでしょう」
魂魄妖夢は普通の意識状態だ。
反対に半霊の意識はやさぐれている。
だが、元は半人半霊で一つの意識だった筈だ。
本来、統合されていないくてはおかしいが、それがされていないということは意識の障害が起こっていることになる。
「はぁ。では幽々子様。私はどうすれば」
「意識が統合されていないのなら意識を統合させなさい」
「はっ! やってられねぇな!」
意識を統合させる。
半人の意識と半霊の意識を統合させる案を幽々子は提示した。
真面目な半人の妖夢とやさぐれている半霊の妖夢。足して二で割ったら何が出来上がるのだろうか。
いや、そもそも足すことが出来るのかが怪しいが。水に油だ。
それくらい正反対だった。
意識を統合させる具体案は剣の試合となった。
それが精神統一。つまり、一番意識を統合させやすいからである。
白玉楼の広大な庭園には二人の妖夢。
その縁側には幽々子がお餅とお茶を近くに置いて座っていた。無論、妖夢に用意させたものである。
二人の妖夢は、しかし対照的に構えている。
そして、幽々子の合図で試合が始まった。
「はじめ~」
とにかく精神統一。意識を統合させなければ。だが、こうしている今も精神は統一されている。
どうすれば。
妖夢は真剣を十、二十と相手に打ち込みながら悩む。
悩んでいるのはマイナスだが、それでも精神は確かに統一しようと努力している。
これならある程度の結果は出る筈だが、しかし、二つの精神が統一される気配は微塵もない。
「妖夢。頑張って~」
そんなときに芯の無い応援をする幽々子。
それに反応したのは二人。ただし、反応は正反対だ。
「有難う御座います。幽々子様、私、懸命に頑張ります!!」
「五月蝿いんだよ、馬鹿!」
何を言いやがるか、こいつは!!
心の底から怒りを覚えた妖夢。しかし、次の半霊の一言は予想外の発言だった。
「別に応援なんかされて嬉しくなんかないんだからな!!」
こいつ、まさか!?
確信があった。こいつは間違いなく……。
「幽々子様! もっと応援して下さい。私の為に!」
「いらねぇよ!! 応援なんかしなくていい。妖夢は私だからな!」
私と同じで幽々子様が好きなんだ。
ただ、その形が直球ではないだけで。
そう。私は幽々子様が好きだった。幽々子様に食事を食べさせるのも、剣の修練が苛烈なのも全部耐えられる。
全ては幽々子様の為だから。
……だから。だからこそ私は負けられない!!
精神統一どころではない!
「妖夢。頑張って~」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
「このっ!! 応援なんて邪魔なんだよ! そんなことで嬉しくなる訳ないんだからな!」
「妖夢。頑張って~」
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「さっきから同じことしか言ってないだろ!! でも、こいつには負けたくないんだからな!! 別にお前の為とかじゃなくて!」
結局、試合により精神を統一させることは出来なかった。
妖夢も途中から意識の統一という目的から外れてしまった。
だが、妖夢にのみだが分かったこととして、自分と同じ相手が好きである、ということがある。
元々半霊も妖夢であったことから当然のことではあるのだが。
しかし、いざ半霊と対峙すると少し冷静では居られなくなる。
この半霊も今は自分とは違う存在。口調、態度も正反対。
それを考えたら自分と同じ相手が好きであるという事実は受け入れ難かった。
「おい。しっかりと付いて来るんだぞ」
「うるせぇな。分かってるよ」
そんな妖夢達は人間の里から帰っている最中だ。
昼食の食材の買出しから帰っているところだ。
半霊はというと口では嫌々ながらも、しっかりと付いてきているし、買い物も的確にこなす。
やはり、こいつは幽々子様が好きなんだということを再確認した途端、殺意が沸いた。
しかし、意識が統合されなくなった、ということだが、何故このようなことになったのだろう。
「あら、お久しぶりね」
「今朝会ったばかりではないですか」
八雲紫がスキマから現れて妖夢の前に佇む。
一体何をしにきたのだろうか。
「予想通り分かれてしまったわね」
「……どういうことですか?」
彼女は今の状況を予測していたようだ。
意識が統合されていない今の状態について、何かを知っているようだが。
そういえば今朝紫様は私に踊っている姿を見せたんだったな。あのとき意識が少し薄くなったんだった。
それと関係しているのだろうか。
「貴方は毎日、ハードワークをこなしていた。そして、辛いと思った度にその感情を無意識に追いやっていた。違う?」
……確かに当っている。
私は辛いと思ったときも、自分に大丈夫と言い聞かせて、その感情を無意識に追いやっていた。
だが、それでも未熟な自分を磨こうとして、幽々子様の為と思って我慢してきたんだ。
「無意識に感じるストレスが溜まり過ぎたのよ。その結果が隣に居る半霊の貴方。無意識が悲鳴を上げているの」
私が我慢していくと同時に、無意識にストレスが溜まっていく。
無意識は半霊の意識。
その意識が悲鳴を上げる程、ストレスを溜めてしまった。
そういえば息抜きという息抜きもここのところしていなかったなぁ。
幽明の苦輪を多様したことも無意識に意識を与えていくきっかけだったのだろう。
「貴方のスペルカードを多様したことが鍵でもあるのだけど、扉の明け方を教えたのは私よ」
決定的なきっかけは紫様だったらしい。あの今朝の『@』に意味があるのだろうか。
私は知らず手に汗をかいていた。
「あのとき意識が揺らいだでしょう。意識が薄くなったでしょう。そうなったことにより無意識が表層意識に表れた。そうして意識を何割か奪われてしまった」
つまり、意識の主導権を何割か持っていかれた、というようなことか……。
言われてみると、意識がいつもよりも少しだがはっきりしていない。
私の意識の内、三割は半霊が握っているのだろう。
……だけど。
「何故、そのようなことをしたのですか。紫様は」
「ふふっ、幽々子から頼まれたのよ」
えっ?
意外な人の名前が挙がったので、私の体は一瞬硬直してしまった。
そうして、私が驚いている間に紫様はスキマへと入って、何処かへ行ってしまった。
何故、幽々子様はそのようなことを紫様に頼んだのだろうか。
「おい」
「えっ、うわっ!?」
突如、半霊がせっかく買った荷物を放り投げて、私に楼観剣で襲い掛かってきた。
私も条件反射で荷物を放り投げて、楼観剣で防ぐ。
楼観剣に楼観剣を合わせて防いだ。
刃と刃が鬩ぎ合う。
幽体の為、半霊が握っている楼観剣の刃紋に煌きは無いが、それでも斬られたら大変なことになる。
一体どういうつもりだろう。
そう考えているとき、半霊が話しかけてきた
「今の話を聴いたところ、意識の主導権を全て私が全部握れば私は自由になれる。不満の無い自由な世界を満喫出来るということか!」
剣を圧す力が強まる。三割程度の意識が私の意識を侵食していく。
それは怖いことだった。
私が私でなくなる。
その恐怖に髪を逆立たせるような気迫を以って対抗する。
意思を強めなければ私の意識が奪われる!
「私はあの不満だらけの日常から開放されたいんだ!! 幽々子ともっと一緒に居たいんだ!」
半霊が鬼気を以って訴える。
更に意識を奪われた。今の私の意識は六割程。半霊の意識は四割程か。
これが半霊が五割、私が五割になったら危ないな。
私の意識による支配が、私の影響が及ばなくなるのだから。
「その為には……お前が邪魔だ!!」
あぁ、そうか。私は邪魔か。
こいつは何だかんだ言って、料理、選択、庭師の仕事と私の仕事をこなす気でいる。
魂魄妖夢としてやっていく気で居るんだ。
私と同じ存在。どちらが魂魄妖夢に相応しいか。
……ふふっ、面白い。私とて幽々子様のことがこいつに負けないくらい好きだ。
ここで負ける訳にはいかない!
そうして、妖夢が自身に活を入れる。
「はっ!!」
剣を圧す力を掛け声と共に強めた。全身に入っていた力が更に増す。
刃紋と刃紋の鬩ぎ合いが続く。
負けられない。
朝から夜まで辛苦辛労の日々を送ろうとも、幽々子様のことを考えて頑張っていくんだ。
いや……だが、その結果がこんな事態を招いたのか。
負けられないが、しかし。では、どうすれば。
「負けられないんだよ!」
こいつも幽々子様に好意を抱いている。私達は幽々子様が好き。
その点に関しては共通点となっている。
そして、こいつは幽々子様と接する時間が少ないことに不満を抱いている。……その点も共通点となっている。
忙しすぎる毎日は幽々子様との時間を度々切断していた。
ただ、私はそれを表に出すことを今までしてこなかったが。
不満を幽々子様の前で口に出すことはしなかった。不相応というモノだ。
しかし、その分過度な労働をこなしていくことで幽々子様への愛情を示した。
………その点も同じか。こいつの愛情表現もストレートではないんだ。
「あぁ、私達はこんなにも同じ存在だったんだな」
思わず口から零れてしまった感想。
幽々子様が好きで、一緒に居る時間を増やしたくて、だが、愛情表現は真っ直ぐではない。
両者のそれが、今こうして互いが互いを攻撃している事態を導いた。
これは……私らしくない。
いや、私達らしくないことだ。
迷いに縛られ、真っ直ぐに気持ちを伝えられないなんて。
ならば、やるべきことは一つだ。
「半霊。幽々子様と一緒に居られる時間を増やしたいか」
「当たり前だ! だから、お前が………!」
「だったら、そのことを私が進言する。お前の分まで。だから一緒になろう」
気持ちを受け継ぐ。それが私の答えだった。
もう不満を無意識に溜めるようなことはしない。
昼過ぎに白玉楼に戻った妖夢と半霊。
里で購入した食材を台所に置くと、一目散に西行寺幽々子の居る居間を目指した。
「ふふっ、治ったようね……」
「はい。おかげさまで」
妖夢と本来の姿に戻っている半霊。
意識は統合されたようだ。
「それで、私に何か言うことがあるかしら?」
「はい」
幽々子は次に何が来るかを予測していたが、敢えて質問を与えた。
さて、言うぞ。告白するんだ。
妖夢はそう決心する。
「幽々子様。もう少し剣の修練を控えさせて下さい。そして、私に自由な時間をください」
従者が主に進言する。
剣の修練をする時間を少なく、そして、自由な時間を与えて欲しい、という内容。
妖夢にとって一大決心だった。
これが受理されれば、幽々子との時間を増やすことが可能となる。
「いいわよ~」
一言返事によりそれは成立した。
やった! これで幽々子様と一緒に居られる時間を増やすことが出来る。
……半霊も、私の無意識もこれで満足することだろう。
私は私自身を心の底から祝福することが出来る心境だった。
「妖夢~」
「何ですか」
いつもの調子で幽々子が喜んでいた妖夢を呼び寄せる。
「辛いときに辛いって言うことも大事よ」
あぁ、幽々子様はこれが言いたかったのか。やたら剣の修練をするように命じていたのもこれを学ばせる為だったのか。
忙しい日々を辛いと感じたときに、無理せず辛いと進言することを学ばせたかった。
私は幽々子様の為に苛烈極まる勢いで、忙しい日々を走ってきたが。
それは逆効果だったな。
「妖夢~。どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
どうやら幽々子様には私の真意が伝わっていなかったようだ。
……これからは私の無意識も大事にしていこう。
そうしなければ自分の心が悲鳴を上げてしまう。先程の半霊のように。
そして、これからはもう少し自分の気持ちを正直に伝えられるようにしよう。
なるほど!そういうオチだったのかというのが第一印象で、次に妖夢らしいエピソードだな~と思いました。
自分も妖夢関連のエピソードを描いたことがあるので、参考になったというか共感が持てましたよ。
次回の作品も期待してますね^^