晴れた月の夜、レミリア・スカーレットは目を覚ました。
カーテンを開け放ち、夜空を眺める。
綺麗な十六夜の月と、その周りに綺麗な星々が散らばっていた。
体中にみなぎる力を感じる。それでいて、胸の奥では空虚な無があった。
直感的に察する。
どうやら、今日のようだ。
しばらく月を眺めていると、咲夜がやってきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、咲夜」
月から視線を移し、ドアの前に佇む従者を見る。
いつ迎えが来てもおかしくない年齢のはずだが、そんな素振りは微塵も見せない。
むしろ歳を重ねれば重ねるほど、動きに無駄が無くなり底知れないものを感じさせる。
あまりジロジロ見るのも何なので服を着替え、廊下に出る。
「今日は食事はいいわ、咲夜」
「承知しました」
従者は理由を聞かない。
確信は無くとも、わかるのだろう。
今日が、最後の日だという事を。
部屋を出たのはいいが、特に行くところはない。
大体死にそうな奴らは私より先に死んだし、死にそうに無い奴らには先日挨拶を済ませた。
どこか行く所があるわけでは無かったが、このまま眠るのもつまらないので廊下を歩く。
ふと、窓から古びた門が見えた。
「咲夜、美鈴のこと覚えてる?」
「ええ。いろいろと世話になりましたから」
紅髪の美しい妖怪を思い出す。
騒がしくて、ノリがよくて、よく昼寝をしては咲夜に怒鳴られていた。
そんな時ですら楽しそうに笑い、余計に怒られる。
思えば一介の妖怪がよくあそこまで長生きしたものだ。
何の妖怪なのかは最後までわからなかったが、吸血鬼とためを張るのだから長生きしたほうだろう。
『気を使う程度の能力』のおかげなのか、最後までやたら元気だった。
最期まで門番として門を守り、ある日門前で眠ったまま目を覚まさなかった。
咲夜が怒鳴っても、ナイフを向けても、涙を流しても。
再び彼女が笑うことは無かった。
大図書館に足を運ぶ。
つい10年ほど前までは見上げるような大量の本があったはずなのだが、
魔女が、そしてその使い魔が居なくなると共に風化してしまった。
「晩年のあれはなんだったのかしら」
「あれ、と言いますと?」
ああ、咲夜はあのパチェしか知らないのか。
「昔はおとなしくて静かだったのよ」
「…想像できませんね」
パチェは死ぬ300年ほど前から、やたら活動的になった。
美鈴に触手を絡ませたり、館を空中戦艦に改造したり、悪魔を率いて三途の川を占拠したり。
セクハラレベルの物から幻想郷の存亡危機なものまでなんでもありだ。
小悪魔の制止を巧みなネチョ技で封じ込め、事件の最前線でフランと共に地獄を作るその様はまさしく魔女。
咲夜の乙女を死守するために何回殴りあったことか。
とにかく、霊夢が生きていた頃の彼女とは大違いだ。
白黒が見たらなんと言うだろうか。
「まぁ、あんなパチェも面白かったけどね」
「お嬢様は被害が少ないからそんなことが言えるんです」
言葉とは裏腹に、笑みを浮かべながら咲夜が呟く。
幻想郷全ての生命体から厄介がられたパチェだが、それでも彼女は彼女なのだ。
図書館の出入りは増え、彼女の死を私も含め多くの者が悲しんだ。
大図書館を進み、地下室へ。
別に地下室に居る必要は無かったのだが、フランドールは最期まで地下暮らしだった。
なんでも、癖になってしまったらしい。
フランの感情が落ち着いてから地下室は改装され、普通の部屋と変わらなくなった。
違いと言えば、やたら頑丈だということくらいだろうか。
成長したフランはそれはもう暴れ周った。
毎夜炎の大剣を振り回し闇夜の空を飛び回る姿は、悪魔の妹と呼ぶに相応しい。
阿鼻叫喚の地獄で高らかに笑う最愛の妹を眺めるのは私の楽しみだった。
そして、30年くらい前にフランは逝った。
巫女やら鬼やら幻想郷中の人や妖怪と三日三晩食い、飲み、暴れ、館に戻るなり倒れた。
今でも腕の中でゆっくりと塵になっていくフランを鮮明に思い出せる。
綺麗な金色の髪が輝きを失っていき、鮮やかな七色の羽にヒビが入る。
夜を華麗に駆けた愛しい妹は、弱々しく滅びていった。
塵と化したフランを抱え、呆然としていた私をパチェが抱きしめてくれたのを覚えている。
その時やっと私はフランの死を自覚し、思い切り泣いた。
泣いて泣いて日が昇っても泣き続け、最愛の妹を弔った。
何も語らぬまま、私と咲夜は無人の地下室を去る。
暇が潰せそうな場所は周り終わった。
夜が終わるにはまだ暫くあるが、これからどうしたものか。
「いざこの時になるとやることが無いわね」
「そうですね。神社にでも行きますか?」
「ん…。いいわ。最後くらい、館でのんびりしましょ」
「かしこまりました」
今神社に行っても、当然霊夢はいない。
とっくの昔に死んだ。
今は何代目だったろうか。
一週間程前にお別れと称して押しかけたら、空を覆いつくすほどの陰陽玉に潰されて本気で死にそうだった。
まったく、私も若くないんだから労って欲しいものだ。
「境内を槍を刺したまま転げまわるからですよ」
「あら、声に出てた?」
「表情でわかります」
「だって湿気た宴会なんて楽しくないわ」
あの娘の、霊夢とそっくりな眼に涙など似合うはずが無い。
そのくせあの娘はよく泣くのだ。
最期にあれは勘弁してほしい。
咲夜と共に自室のテラスへ戻る。椅子に座ると、目の前には紅茶があった。
「最後くらいゆっくり淹れればいいのに」
「最後だからこそ、ですよ。お嬢様」
咲夜は、結局人間として逝った。
しぶとく生きたが、所詮人間だ。寿命は吸血鬼に遠く及ばない。
霊夢が死んでから結構生きていたから、それでもかなり頑張ったんだろう。
悲しかった。
人間ごときに情けないかもしれないが、別れは悲しい。
しばらく私は引き篭もりがちになった。
フランのほうが外に出る回数が多かったほどだ。
美鈴にもパチェにもフランにも、随分心配を掛けたと思う。
百年ほど経ったある日、珍しく私は外に出た。
今日のように晴れた月の夜だったのを覚えている。
どこを歩いたかは覚えていないが、森の中に着いた。
そこで、綺麗な銀髪の赤子を見つけた。
小さな手に銀時計なんて持っていて、まさかね、なんて思いつつ連れて帰った。
美しく育ったその子は、やがて時を操るメイドとなった。
「いい夜ね」
「はい」
運命が見えなくなったのはその子が死んだ頃だったろうか。
もともとそんな頻繁に使う能力じゃなかったし、不便は感じなかったので放っておいた。
そんなことよりも再び訪れた別れが悲しかった。
けれどなんとなく別れた気がしなくて、最初のように篭りきりになったりはしなかった。
しばらくして、また私は銀髪の赤子と巡り会った。
その子にも咲夜と名付けて、私が育てた。
「まったく。人間のくせによくやるわ」
「はい?」
「なんでもない」
以降、『咲夜』はいつも私に仕えた。
出会いは赤子だったり、外からの訪問者だったり、ヴァンパイアハンターだったりと様々だった。
吸血鬼の天敵を、よくも手懐けたものだ。
再生に一週間ほどかかり、起きると皆が青い顔で迎えてくれた。
今思えば、運命が見えなくなったのは能力を使い過ぎたからなのかもしれない。
十六夜咲夜を永遠に縛るような運命を、無意識に押し付けた。
その反動だとしてもおかしくは無い。
咲夜は赦してくれるだろうか。
何千年も魂を縛り続けたと知っても、また私の側に居てくれるだろうか。
「お嬢様」
「何?」
「私は、お嬢様に仕えることが出来て幸せでしたよ」
「…悪魔に一生仕えて幸せでした、なんて言うのはあなたくらいね」
「お褒め頂き光栄ですわ」
いつのまにか咲夜も紅茶を飲んでいる。
ありふれたやり取りだが、嬉しかった。
そして人間に赦しを乞うなんて私らしくないな、と少し笑った。
それからしばらく咲夜と談笑した。
博麗の巫女のこと。
人里のこと。
咲夜が子供の頃の紅魔館のこと。
その他いろいろだ。
美鈴、パチェ、フランは、今の咲夜の代で皆逝った。
自分がこれほど長生きするとも思っていなかったが、美鈴やパチェがこんな長生きするとは思わなかった。
フランが私より早く死ぬとも思っていなかった。あの娘の方が若いのに。
楽しかった。
皆で暴れて、騒いで、笑った。
別れは悲しかったが、思い出が多すぎて寂しくは無かった。
咲夜も最後まで私に仕えてくれた。
吸血鬼の最期にしては幸せ過ぎる最期だろう。
「さて、眠るとしましょうか」
「ええ。私もそろそろです」
「随分しぶといわねぇ」
「意外と気合でなんとかなるものですよ」
ベッドに向かう。咲夜も私の側で横になる。
「あら。一緒に寝てくれるの?」
「最後くらい、良いでしょう?」
死ぬ直前に甘える咲夜を拝めるとは益々すばらしい。
これほど贅沢をすれば地獄に送られても仕方ない。
そもそも吸血鬼だし、元から地獄行きだろうけど。
まぁパチェも美鈴もフランも、そして咲夜もいるだろうしなんとかなるだろう。
地獄の鬼共を相手にまた皆で騒ぐのも悪くない。
夜空にもう月は見えない。
夜明けまで長くないが、夜が終わるまでもたないだろう。
「おやすみなさい、お嬢様」
「おやすみなさい、咲夜」
言葉を交わし、目を閉じた。
強烈な眠気が迫る。
咲夜の鼓動が消えた瞬間、私の意識も深い闇に沈んでいった。
悪魔の居城、紅魔館。
数千年の時を超えて存在したその館は、主の死と共に塵と化した。
古びた門も、本の無い大図書館も、罅の入った地下室も。
全て幻だったかのように消え失せた。
おわり
これくらいです。
この話、好きだわ。
紅魔館が終わるとしたら案外、こんな感じかもしれませんね。
運命でしばりつけたかもしれないと言っていたけれど
私としては咲夜さんの方もそれを望んだのかもしれないと
勝手に想像しちゃってます。(苦笑)
穏やかに流れる時の中で最後を迎えた二人にしんみりとしました。
12さんと同じく、私も、仮にレミリアが運命を弄らなくても、
咲夜さんは根性で転生を続けて、レミリアの側に在り続けたと妄想‥いえ確信しています。
そこに至るまでの積み重ねが無いため、軸が脆いように思いました。
……誰かさんは絶対に「苦笑」の意味を勘違いして使ってるよなぁ。ちょっと辞書かなんかで調べれば解るけど、
あれだけ多くの作家さんの作品に使うには少々失礼過ぎる表現だし。
けれど不粋ですがパチュリーは種族魔法使いなので死なないのでは?
内容に関しては最初に書いた通り良かったです
>名前ガの兎さん
小説を完成させた経験がほとんどないので次ができるか不安ですが、がんばります。
>8さん
穏やかに終わる吸血鬼の話はあまり聞きませんが、お嬢様の最後は穏やかだといいな、と思います。
>煉獄さん
来世も、次の来世も縛られることを咲夜さんがどう考えるか。
色々想像しましたが、結局最初の咲夜さんの心情を書くことが出来ませんでした。
人の心情はとても難しいです。
>14さん
私も、たとえ妄想でも咲夜さんはお嬢様の側にいてほしいです。
>21さん
色々な場面を書いてはみたんですが、なかなか形に出来ませんでした・・。
いつも小説の最終章から読む癖が悪く出てしまったのかもしれません。
>トラッシュさん
魔女はなんとなく寿命が長いだけと思っていたけれど、不老なんですね。
500年くらいで死んでしまうイメージをご都合主義で乗り切ったつもりでしたが、甘かったようです。
指摘ありがとうございます。
これは評価が難しい作品ですね。
論理の描写ではなくイメージの描写で創り上げられている。
いわば言葉ではなくて映像を伝えたい作品のように感じます。
ゆえに詩に似た世界でして、そこに感応できるかどうかが最大の評価の分かれ目になるのではないかと。
一番綺麗なシーンは、二人してベッドに入って眠るところ。
まるきゅーはここの綺麗さが好きです。
伝達不可能な映像を思い描くことができたからです。
背景には膨大な捨てられた言葉たちがたゆたっているような気もするのですが、それを言葉にすることこそ無粋というものでしょう。
なぜなら盗作になってしまうから。
横槍になりますがパチュリーは魔法使いだから老いて死にませんが事故とかでは死ぬんじゃないかな
そしておやすみ、おぜうさま。
正直、あこがれます。
寂しさの中に温かさ漂う、良い雰囲気の作品でした。
哀しいけど、せつないけど
なんかめっちゃいい話に思えた。
さ、咲夜さん。。。ある意味すげぇw