敏腕レポーター射命丸文は見た。
以下の記述はいくぶんかの想像をまじえたものであることは否定できないところであるが、読者の信頼に依拠し、客観性を重視して書かれたものであり、現実に肉薄しているものであると筆者は信じている。超高度からの精密ショットと風を操る音声取得により、わたしだけが可能な取材方法である。そこ、盗撮とか通信傍受とか言わない。
いきさつをすべて説明するのは非常に困難をともなうので割愛させていただきたい。
それでも、おおざっぱな道筋があったほうが想像しやすいだろうから述べさせてもらうと、こういう話である。
登場人物は二人。
ひとりは嘘つき兎(『う、詐欺!』とか呼ばれている。以下『てゐ』と記述。敬称略)。
もうひとりはほとんど嘘をつかない小悪魔(『パチュリー、ウッ!』とか叫んでいる。以下、『小悪魔』と記述。本名不明。敬称略)。
そんな両者が出会った(感動シーンではない)。
運命というほどのことでもなく、ただ単に――あまりにも装飾もへったくれもないことであるが、ともかく偶然に出会った。
ふと二人の視線が交差しただけという、そんな恋愛小説のような始まり方だった。
すぐに二人はなんとなく世間話のような会話をしはじめた。
まずは自分の外貌のかわいらしさを競いあったかもしれない。
てゐがかわいさでくるんだ毒物入りの言葉を吐けば、小悪魔は小悪魔で衒学趣味に溢れた汚物のような言葉を投げつける。
そんなこんなで何度も会話を交わすうちに友誼は深まったらしい。
ふたりは惹かれあうところがあったらしく、ライバル心のようなものが芽生え、いかに人を陥れることができるかを競うことになった。
以上が、概要である。
「じゃあ、次にこの道を誰か通ったら、その人を楽しく騙したほうが勝ちってことでいいの?」
てゐが聞く。
ずいぶんと曖昧な取り決めのように思えるが、そこはそれ。芸術家どうしの玄妙なる審査基準があるのだろう。
小悪魔はうなずいた。
「それでかまいませんよ。わたしはあなたのように嘘をついたりはほとんどしませんけどね」
「ちょっとでも嘘つくならいっしょじゃなーい?」
カスタードプリンのようにぷにょぷにょとした声である。
小悪魔は否定の意をあらわにする。
「あくまでアクセントですよ。しょうゆ味のラーメンを頼んだときにスープがしょうゆ百パーセントででてきても誰も食べないでしょう? それよりもしょうゆのなかにほんのちょっとミソを混ぜておくほうがいい。そのほうがミソがつくってもんです……ひひっ」
「バカなの?」
「さてどうでしょうねえ。とりあえずパチュリー様と同程度には愚かかもしれませんよ」
「ねえねえ? バカなの?」
「てゐさん、それではまるでうさぎではなくて、うざすぎですよ」
「ねえね~ぇ? バカ?」
「その質問にはこう答えておきますか。わたしはバカな小悪魔です。そして小悪魔は全員嘘つきでもあります」
「……ん?」
ふにゅっとして首をかしげる、てゐ。
「お。さっそくだれかきたみたいですよ」
誰が来たかまではわからないが人影が見えた。
おもむろに小悪魔が飛び出そうと身構える。
「ん? 小悪魔ちゃんが先に行っちゃうの?」
「そうですが、なにか問題がありますかね」
「それ、料理アニメとかだと、しぼーふらぐめんとだよ? 先に料理だしたほうが九十九パーセント負けちゃう」
「ご心配なく。現実は料理アニメではありません。ツンデレの日本親父から志朗おまえはそれだからダメなのだとか言われたりすることも、そうそうないでしょう……」
そして、小悪魔は人影と接触した。
妙に明るい暗い笑顔。うん。矛盾している。明るい表情ではあるのだが、周りが妙に薄暗いのだ。
闇の妖怪、ルーミア氏である。
「ああ……、これはこれは」
小悪魔のにやけ顔もさすがに引きつっているように見える。小悪魔のような狡知を使用するにはルーミア氏のような性格類型は不適合である。一番陥れやすいのは中途半端に物事を考えて、中途半端に利害について思いめぐらす者たちである。
翻って、ルーミア氏の場合はどうか。
なんにも考えてない。
思考力ゼロ。
「そーなのかー?」
さっきからそれしか言ってない。
「あのですねー。確かルーミアさんでしたよね?」
「そーなのかー?」
「ルーミアさん、今日はあなたにお話があってきたのですよ」
「そーなのか?」
ちょっとだけ視線が動いているようにも見える。意思疎通はギリギリのところで可能なのかもしれない。
「ルーミアさん、あのです……」
「そーなのか」
速い。さえぎるように言葉がでた。
小悪魔は「だめだこいつ……はやくなんとかしないと」と小さく呟く。
実際、見てていたたまれない。
小悪魔がいかに言葉をつくそうが、受領するほうに問題があればまったく意味をなさない。
会心のギャグを全力でスルーされたときのような脱力感が襲っている。
おそろしいほどのスベリっぷり。
人外とはかくあるべきというほどに、知性の臨界点をかもしだしている。
ああ……、ついに小悪魔が素数を数えだした。
こほん。
失礼。
結論からいって、小悪魔は反知性生命体ルーミア氏の前に敗北した。
一方、てゐはどうだったか。
どうやら本来的には次に誰か通るまで待つつもりだったらしいが、てゐはその必要すらないとすぐに飛び出したようである。
「ねえねえ」
「あー、おまえは食べられるのかー?」
初めて人語らしきものをしゃべっております。
てか、しゃべれるのなら最初からしゃべれよ。
ルーミア氏の問いに対して、てゐは愛らしく答えている。
「食べられないよ」
「そーなのかー」
「あのね。ルーミアちゃん。てゐはルーミアちゃん騙しちゃうよ?」
「そーなのか」
「うそ。騙さない」
「そーなのかー」
「よし、わたしの勝ち」
そんなんでいいのかっ!?
と思わないでもなかったが、「しまったその手がありましたか」と小悪魔は珍しく悔しそうにしていた。
そのとき撮れた参考写真が、添付資料1に載っている。あとでご参考にされたし。
こうして一回戦はてゐの勝利に終わった。
一回戦という言葉に多少の違和感が生じる聡明な読者もいらっしゃることだろう。あくまで一発勝負ではなかったのか、と。
確かに当初はその通りだったらしい。
しかし、敗北した小悪魔がもう一度チャンスを欲しいと、てゐに申し向けたのである。
てゐはクシシと小動物のように笑っていた。
「これは~、要するに小悪魔ちゃんがどれくらいプライドを捨てて、恥ずかしいポーズができるかっていう問題だよね~?」
「そうですね。そうかもしれませんね」
「じゃあね……」
てゐは小悪魔になにごとか耳打ちした。小悪魔の表情は変わらない。というか、若干楽しそうですらある。
「いーい?」
「いいですよ。やりましょう」
は、はて……
小悪魔さんがなにかごそごそやっており――ちょ、服を脱ぎ始めました。服を脱ぎ始めましたよ。
これは危険です。
倫理やばい。
社会的倫理やばい。
善良な風俗にレッドアラート。
お子様のような矮躯の彼女が、外気にまっしろな肢体を晒し、下着姿になっております。雪山のように白い鎖骨。菊の茎のような細い腰つき。凹凸のないなだらかな稜線を描く体のラインはなかなかどうして――、決して幼児というわけではなく、ほのかに大人の色香も漂わせており、そんなアンバランスさが逆に恐ろしいほどに危ない雰囲気です。脱いでいる最中、正直目が釘つけでした。
ついで、一部の方からは腹黒いという声もあがっている小悪魔さんですが、服の下にかいまみえる下着はなんとまあ真っ白で品のいいショーツではありませんか。
ドロワーズばかりの幻想郷にあっては、かなりの希少価値のある一品です。
見えないところを見つめていたい……。
というか――、お洒落です。とんでもなくお洒落。
その少し上に視線を這わせると、かわいらしいおへそが見えたりもしています。変態チックなことに靴は履いたままでいるので、その様子は扇情的ですらあります。
そして上は……、はい、眼福。
まあ、なんというか。
引っかけるところがなかったんでしょうね。
なにもつけてません。
わたしは女の子なので興奮しませんけれど(盗撮に伴う奇妙な高揚感はありますが)、それはもう一部の変態的な紳士な方であればエレクチオンしてもしょうがない状況だと思います。(添付資料2を参照。ちなみに、腕で盛り上がりに欠ける双丘を隠しているときに撮ったのは記者としての高度な倫理観に基づくものである。そうなっていない写真については要相談のこと取引に応じる用意あり)
そんな状況下で、いっそすがすがしいほどの笑顔を伴い、小悪魔はコマネチをしはじめました。
恥もありません。
外聞もありません。
乙女のプライドなんかぜんぜん見えません。
というか楽しそう。
ぶっちゃけ楽しそうです。
わたし、現実をちゃんと曇りなく見れているのでしょうか。
狂気のうどんげさん、薬師のえーりんさん、助けてください。
次にやってきた人影は――。
小柄だった。羽のシルエットだけがやけに大きい。
夜の散歩を楽しんでいる紅魔館の主、レミリア氏である。
同氏はぱたぱたと優雅にこうもり羽をはためかせ、楽しそうに飛んでいた。
飛んでいる方向から推測されるのは、博麗神社が目的地であろうということぐらいか。
今度は誰が来たのか二人とも認識できたようだった。
小悪魔はレミリア氏の姿を見かけると「げえー、レミリア様ぁ!」と、どこぞの武将のような悲鳴に近い声をあげていた。
「じゃ、今度はわたしからいこっか?」
「お願いします」
てゐが飛び出したあと、小悪魔は邪悪な笑いを浮かべていた。
先にてゐが述べた死亡フラグメントなるものを利用としようとする魂胆であろうか。
「てーゐ」
てゐがふわりレミリア氏の前に踊りだす。
きゅ、と音を立ててレミリア氏がとまった。
「なにか用かしら、うさぎさん」
「あのね? てゐおなかすいたの」
「それで?」
「なにか食べるの欲しいの」
「あいにくながら今はなにももってないわよ」
「めぐまれない子兎なの」
「あんた、そうとう長生きしてるでしょ」
「てゐはまだ千年ぐらいしか生きてないよ?」
「わたしの倍以上生きてるじゃない……」
「でも、てゐのおししょーさまは下手すると千年じゃなくて千世紀生きてるかもしれないよ?」
単位。単位。
なにか単位がおかしいです。
レミリア氏の顔がひきつっているようだった。
「おなかすいたよ?」
「困ったわね。じゃあわたしといっしょに霊夢にたかりに行くっていうのはどう?」
貧乏巫女にたかりに行ってる時点で、貴族の誇りなんてどこにもなかった。
てゐはぶんぶんと頭を振って、強情な様子。
「おなかすいたおなかすいたの」
「すぐそこまでじゃない。うるさいうさぎね」
「おなかすいたのーっ」
なにを思ったのか、てゐは泣きながらレミリア氏に抱きついた。レミリア氏も鬼ではないので(失礼、鬼でした)困った顔になる。
すると、突然。
一瞬のうちに、かぷり、と。
てゐはレミリア氏の耳に噛みついたのだった。
これにはさすがのレミリア氏も面食らった。完全な不意打ち攻撃だった。どうやらてゐにしてみれば完全に甘噛みで、本気で食べようという気は毛頭なかったらしい。
しかし、このことは遠方から眺めているからこそわかることであって、いきなり抱きついてきた幼児が、突然野生の本能をむき出しにしたかのようだったから、恐怖心にかられてもしかたのないところであろう。
惜しむらくは、てゐはそういった他人の恐怖心をあまり理解していなかったことにある。
スカーレット・シュート。
紅くて大きい高速弾を喰らい、てゐの体は吹っ飛ばされた。
「いてーゐ」と聞こえた気がしたが、風のいたずらかもしれない。
今のはワンミスということで、どうやら一対一の状況になったらしい。
よくわからないルールであるが、芸術家どうしの争いなど所詮は万民には理解できないものであるし、わたしの役割は事実を正確に記すことにある。
さて、次の人影――。
「今度は小悪魔ちゃん行ってよ~」
「いえいえ、てゐさん、お先にどうぞ」
「順番から行って、今度は小悪魔ちゃんの番だよね」
「年功序列ですよー」
「小悪魔ちゃんいくつ?」
「わたしは永遠の17歳です」
どうやら順番でもめているようである。
先に述べたとおり、この世の中には先に技を繰り出したほうが負けるという法則でもあるのだろうか。
死亡フラグを回避しようと必死。
笑顔の裏側では生きるか死ぬかの攻防が繰り広げられている様子。
ただ、その戦いは両者の意にしない形で終わることになった。
「げえー、咲夜さーん!」
小悪魔が先ほどと同じように悲鳴に似た声をあげる。
視線の先には、先ほど逃げ出したレミリア氏と紅魔館のメイド長である十六夜咲夜氏が立っていた。
レミリア氏はぷるぷると震えており、涙目。
そして指先はしっかりとてゐに向けられている。
咲夜氏の顔ははっきり言って、吸血鬼姉妹よりも恐ろしく、吸血鬼姉妹よりも鬼らしいものである。
いや、つーか……。
怖すぎです。
正直、怒りの対象がこちらに向けられておらず、わたしが単なる傍観者であることに胸をなでおろしております。
おっと、いけないいけない描写描写。ついつい筆が走りすぎてしまうのはわたしの悪い傾向だが、あとで修正をくわれば問題はないだろう。
今は描写することに専念する。
さて、鬼のような形相をした咲夜氏は、小悪魔とてゐの姿を交互に見やっていた。
「久しぶりに切れちまったぜ……」
淑女らしからぬ言葉が聞こえてきたような気もするが、空耳であると思いたい。
それからあとは酷薄な――あまりにも凄惨な状況が目の前にあり、さすがにここに記すことはできない。
ずたぼろ。
雑巾のほうがまだ丁寧に扱ってもらえる。
地獄のほうがまだ極楽。
小悪魔もてゐも仲良く、ナイフまみれになっていた。
あ、痙攣。
医者に見せたほうがいいんでしょうか。しかし、この程度で死んでいたら幻想郷ライフは送っていけません。
「お母さん……恐ろしいところです。幻想郷は……」
カメラで、何枚もショットしながら、わたしはこの日のことを忘れないでおこうと誓った。
忘れないようにメモしておこう。
推敲。校正。
要チェック。
一週間前の新聞では誤字だらけで恥ずかしい思いをした。そのときのことを忘れずに。
と、出来上がった記事から顔をあげ、わたしはふと気づきました。
てゐと小悪魔の姿が見当たりません。
リアルタイムで今、わたしは思いつくままの言葉を先ほどの記事に付け足していってます。(あとで編纂すること!)
妙ですね。二人はどこに行ったのでしょうか。ここからは潜入リポートのようにお送りしたいと思います。
わたし、射命丸文はいま森の奥へと進んでおります。
木々はうっそうと生い茂り、周りは薄暗く、夜のせいもあってほとんど視界がききません。さすがに天狗であっても深夜にはかなり厳しいものがあります。
ただ、地面にはてゐと小悪魔の足跡が続いているようです。
彼らはいったいどこへと向かっているのでしょう。
傷をいやしに自分の家へ帰っているのでしょうか。それとも二人はこれから戦績を語り合うのでしょうか。あるいは人には言えない密事がここから先おこなわれているのでしょうか。皆様ご期待ください。わたくし射命丸は限界ギリギリ、天元突破のリポートを心がけます。
たとえ、わたくしの発行する『文々。新聞』が十八歳未満の方がご覧になれないような事態に陥る危険があろうとも、一番槍を果たしてみせましょう。
わが人生に一片の悔いなし。
おや、足跡が途切れております。
森の中で多少飛びにくいとはいえ、飛んでしまえばいいので、足跡がなくなっていても不自然ではないのですが、いったいどういうことなのでしょう。
というより、さっきから同じところをぐるぐると回っていたような気がしないでもないのですが、やはり暗い視界で幻惑されたのでしょうか。
そう思っていると、少し飛び飛びに足跡があります。
どうやらジャンプするような感じで移動しているのでしょう。そのせいで足跡がわかりづらい状況になっているようです。
ほとんど一直線の道とはいえ、ぬかるんでもいない地面の足跡を辿るのはそれなりに気を使います。
わたし自身も地面に降りて、目を皿のようにして、足跡を追っている状況です。
暗い。
せめてもう少し明るければ。
しかし、徐々に真相へと近づいている感覚はひしひしと感じます。
記者魂が感知しているのです。
びんびんに感じているのです。
髪の毛が一本だけ天をつき「とーさん。スクープだ」と教えてくれているかのような気分です。
まあ、あくまで気分だけですが……。
やがて、足跡が途切れました。
完全に。
おかしいです。どこにもないんです。ちょっと距離が開いているのかもしれません。周りを調べてみます。
わたしは今、這いつくばるようにして、地面を調べている途中です。
わかりにくいですが、かすかにほんのかすかに足跡が残っているような。
もうすこしまえ
落下しました。意味がわかりません。これはどういうことなんでしょうか。自然にできた間欠泉のあととかそんなのでしょうか。よくわからないことではありましたが、たいしたことはありません。からだのふしぶしがさっきの落下で痛みますが、わたしは天狗。空も飛べます。
と、そこで。
声が聞こえてきます。穴の上から聞こえてきます。姿は見えません。けれど声は何度も聞いたことのある例の二人の声でした。
「少女の姿態を盗みみるー」「悪い盗撮魔が罠にかかるー」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「肖像権侵害ですよねー?」「だよねー」
「記者としての仕事なんですよ」
「プライバシー侵害ですよねー?」「だよねー」
「だから待って」
「みてるのにー」「たすけてくれないー」
「わたしなんかじゃ無理ですよ」
「はくじょーもの」「パパラッチのくせにー」
「だから違」
わたしは声をだします。
二人の姿は見えませんが、その声はとっても邪悪で、
……あああ、か く じかん たりない
落下、土かけられ
いっぱい
顔に
肩に
土。
呼吸ができない。
飛ぼうと思ったけど、どんどんどん土。
やめてー
酸素酸素酸素
飛びます飛びます
石 石投げられた
かべのぼり
岩
あたま HIT
土
土
いっぱい いっぱい
つちつちツチTUTI
埋め
かみひこーきとばします
このきじ
を読んだか
たは わたしを掘り起
くださ
おたいったら ちいきょーね!
そのまま、ほのぼの?としたまま終わって欲しかったんですが・・・。
遊びすぎというより、ちと後半はよろしくない。
それが非常に残念。