最初に感じたのは眩しさだった。
目を灼くような光はない。
闇に溶ける黒髪は館の中ではむしろ地味だ。
身に纏った紅白の衣装も闇の中では目立たない。
なのに、眩しかった。
なのに、灼き付いた。
それが、私が初めて見た人間。
あの女が、私の見た初めての太陽だった。
雨だった。
いつもと変わらぬ雨。
私を閉じ込める憎らしい檻。
雨は嫌い。
私を閉じ込めるからじゃなく、太陽を隠してしまうから。
私は吸血鬼。
私はフランドール・スカーレット。
太陽なんて見ることはできない。
陽の光を浴びることなんてできない。
それでも太陽が好き。
窓から射す陽の光だけでも好き。
そう。
太陽は――突き刺すほどに痛いから、好き。
私を壊せるから、好き。
私を壊したから、好き。
「あら。出歩いてもよくなったの」
一瞬。
頭がまっしろになった。
まっしろになった頭は、喜びで塗り替えられる。
「霊夢っ!」
抱きつく。
「霊夢、霊夢っ。遊びにきたの?」
鬱陶しそうに霊夢は仕事よ、とだけ言った。
お姉様に会いに来てたのか。
多少ムカつくけど、こうして抱きついていられるから許す。
顔が見たくて見上げると、ちょっと遠かった。
「霊夢、背、伸びた?」
「ん。あー…伸びた、かな」
自覚がなかったのか、ぼんやりと答える。
人間って、ずぼらね。
「ねぇ霊夢、久し振りに弾幕ごっこしない?」
「外に逃げるわよ」
いけずね。
久しぶりに会えたっていうのに。
「弾幕よりずぶ濡れがいいの?」
「いいわよ。私は雨痛くないもの」
本当にいけず。
私が雨の中に出られないと知ってて。
でもこういう物怖じしないところが好き。
常に飾らず自然体。
喜怒哀楽を見せても変わらない。
それでこそ――
「霊夢、雨がひどいわ。今日は泊まって……フランドール様。失礼しました」
「咲夜」
いつの間にか咲夜が立っていた。
気配すら感じなかったから時間でも止めて歩いてきたんだろう。
それより、なんと言った?
「霊夢、泊まってくの?」
「そうね……この雨じゃ飛んで帰るわけにもいかないし……」
「傘を貸してもいいけど、この降りじゃ傘なんて意味ないでしょ」
「……んじゃ、ご好意に甘えるとするわ。人間の食べられる物出してね」
「善処するわ」
では失礼します、と言葉だけが残り咲夜は消えていた。
「泊まっていくの!? あそぼっ!」
「明日ね。今日はもう疲れてるから」
そっけなく言われ体を離される。
ちょっと頬をふくらましたけど、私は上機嫌だった。
意のままになるなんてつまらない。
そんな霊夢は霊夢じゃない。
意にそわぬ者を、力ずくで捻じ伏せるのが楽しいのだから――
夜、当然私は霊夢の部屋に向かった。
霊夢がどの部屋に泊まっているかなんて知らないけど、探すまでもない。
この館の中では、霊夢の気配は目立ち過ぎる。
知らないけど、外でもそうなのかもしれない。
否、外でも私は霊夢を感じる自信がある。
一歩一歩、霊夢の部屋に近付いていく。
飛ぶなんて無粋な真似はしない。
焦らされるこの時間さえ心地好い。
扉を開ける。
霊夢は眠っている。
寝顔を見て、口の端が吊り上る。
牙が、水気を求めて――おっと、はしたない。
「眠いんだけど」
いつの間にか、霊夢は目覚めていた。
残念。もっと寝顔を鑑賞していたかったのに。
「吸血鬼だもの。夜行性よ」
「私は昼行性だから勘弁して欲しいわ」
「霊夢も夜行性になればいいのに」
夜行性の巫女。うん、悪くない。
なのに霊夢は。
「縁起が悪すぎるわ」
と一蹴する。
「そうでなくとも妖怪退治は夜ばっかで――」
文句を無視して、馬乗りになる。
霊夢はきょとんとしている。かわいい。
思わず、キスをしていた。
「――ぷはっ」
気持ちいいけど、息苦しくて長くはできない。
このもどかしさは、嫌い。
もっとずっと長くキスできればいいのに。
「…あれ? 私襲われてる?」
「霊夢の血は飲まないわ。だって霊夢はごはんじゃないもの」
「いやそうじゃなくて……まぁいいわ」
霊夢がなにを言ってるのかわからないけど――その諦めたような表情は嫌い。
「諦めないでよ。諦めたら、食べちゃうわよ」
「……ごはんじゃないんじゃなかったの?」
「霊夢はごはんじゃない。でも諦める霊夢はごはん以下よ」
意味がわからないって顔。
かわいいけど――情けない。察しが悪すぎ。
自覚もないなんて。
「霊夢は太陽なんだから。陰ってちゃだめでしょ」
説明が足りないらしい。まだ、わからないって顔をしたまま。
こんなに簡単なのに。
単なる事実でしかないのに。
「あなたは、私が触れられる太陽よ」
ただの一度も見たことすらない空のずっと向こうにあるという天敵。
その光に触れることすら禁忌と教え続けられた猛毒。
それが、霊夢。
今私の両手の中にある太陽。
「――なんで私が太陽なの?」
説明してあげたのに、霊夢は疑問を口にする。
「私じゃなくても、人間なら咲夜や魔理沙だって――」
「他の人は月よ。太陽じゃない」
的外れなことをいう霊夢の口を、キスで塞ぐ。
うん。本で読んだのの真似だけど、かっこよくて気持ちいい。
「霊夢だけが太陽なの。他の人間も妖怪も、太陽じゃない」
……霊夢の言いたいことも少しだけわかる。
パチュリーは私を閉じ込められるし、咲夜は私にも捉えられない。
美鈴の体捌きは吸血鬼の目でも追いつけないし、お姉様になんて勝ったことは一度もない。
私より上なんていくらでもいる。
でも、それは太陽になれるわけじゃない。
「魅力もある。魔力もある。でも輝こうと努力してる。だから月」
輝きの質が違うのだ。
輝きそのものが違うのだ。
お姉様だって例外じゃない。
レミリア・スカーレットでも太陽じゃない。
紅い悪魔でも太陽にはなれない。
「あなたは違う。放っておいても輝いてる。暖かく激しく毒々しく」
今、この瞬間も、霊夢の輝きは色褪せない。
「自由気ままに、誰にも何にも遮られず、暴虐的なまでに」
困惑していても、私を恐れすらしないで見つめてくる。
「私を照らして、焦がして、壊した。そんなことできたの霊夢だけだもの」
黒髪を手で梳く。
指が焼かれる錯覚。
じりじりと、触れたところから焦がされるさまを幻視する。
「あなたは私にとって――太陽なのよ」
言いきって、錯覚ではない熱さに眉を歪めた。
……苦しい。
言ってしまってから、気づく。
これじゃ、諦めの宣言みたい。
手が届くのに、触れられるのに、私のものにならない宝物。
触れれば火傷をする。
眺めるだけで目を灼かれる。
手に入れられるはずがない。
太陽はそこにあるだけのもの。
霊夢は誰のものにもならないのだから――
そう、自分に言い聞かせてるみたい。
「…っ」
霊夢の手が、私の顔に触れていた。
「…褒め殺しじゃない」
霊夢の指が、私の目を拭う。
私は、いつの間にか泣いていた。
なんで泣いているのか、わからない。
「…霊夢…」
「あんた、それでいいの?」
「……え?」
「私が太陽なら、あんたは灼かれる。灼かれ続ける。それでもいいの?」
霊夢は、私を離さない。
私を、じりじりと焦がす。
「……それ、は」
わからない。
わからないわからない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、なにを言えばいいのかもわからない。
「それとも、日陰に隠れて逃げてしまう?」
「……っ!」
抱きつく。
「いやだっ!」
手に入らない。
「逃げたくない!」
触れれば灼かれる。
「いたいのなんてがまんするっ!」
猛毒を自ら飲み干すようなもの。
「する、から……っ!」
そんなこと――理解ってる。
「うっ…っく」
この想いは、身を滅ぼすって。
吸血鬼が太陽に焦がれるなんて、間違ってるって。
「なら」
強く
「灼き続けるわ」
抱き返される
「あんたが音を上げるまで、灼き続ける」
痛い
「……まけたり、しないもん」
壊れてしまいそうに、痛い
構わない
壊れても、後悔なんてしない
「霊夢が、すきなんだから」
それは、きっと――身を焦がす恋だから
そして魔理沙との絡みばっかりで意外と見ないなーと思ってた霊フラ! そっかー、これが霊フラなんだなーと思いました。
気になったところは最初のほうにある『いつもと変わらぬ雨』がふらんちゃんっぽくない言い回しだな、と思ったのと、『灼かれ続ける。それでもいいの?』って言われたときにふらんちゃんが取り乱したのがちょっと違和感ですかねー。最初のほうの描写だと灼かれるから好き、みたいな感じに受け取ってしまったので。
でもいい霊フラでした。ごちそうさまー。
速い仕事に噴いたwww
そうだよね。
霊夢は晴天でした。
ふたりの会話と流れる空気が良かった。