Coolier - 新生・東方創想話

永遠を生きるものの刹那の夢

2008/11/30 14:01:58
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「あなたを愛しています」
「そう、なら好きにするといいわ」

 悩みに悩んで、思いつめた末にとでも言うべき愛の告白に返ってきた答えは、どう解釈したらいいのか悩むような、そんな投げやりなものだった。

 話は少し前に遡る。いつのころからか迷いの竹林に住むという人間たちの噂が流れるようになっていた。
 しばらくすると、それは噂ではなく本当に迷いの竹林に住むといわれている者たちが薬を売りに来たりするようになり、迷いの竹林の永遠亭に住む者たちのことはあっという間に事実として広まり、そして馴染んでいった。
 そんな中、永遠亭で薬を作り、病なども見てくれる者のことを聞いた。
 実際に病にかかり、悩んだ末に永遠亭に向かい見てもらったものいわく、奇妙な女だったという、そのあとに「けど美しい女だった」と付け足される。そんな風に聞いていただけだったのに、ある日、その永遠亭で催しものをすると聞き、興味本位で覗きに行ったときに彼女を見かけ、
「ああ、確かに美しい人だ」と思った。
 しかしそれ以上に、理由は分からないが目を離せなくなり、結局私は彼女の姿を見失ってしまうまでずっと彼女のことを見つめ続けていた。
 そしてその時から、私はいつも彼女のことを思うようになっていた。
 何故彼女のことを思うのかは分からない、それでも、今度は見ているだけでなく、話がしたいと思いながら、結局何も行動しないまま季節が変わるほどの月日が経ったころ私の身体に異変が起きた。
 最初のころは左手が痺れているかのように感覚が鈍く動きが悪いな程度だったものが、数日経ったころには人肌の柔らかさが消え、叩くと、こんこんという音がするほどに硬くなってしまっていた。
 一体どういうことか悩んだ末に、私は彼女のもとへと向かっていた。
 しかし「迷いの竹林」と呼ばれる場所は、以前永遠亭の催しものを見に行ったときと違い、どこをどう歩いても目的の永遠亭にたどり着くことが出来なくなっていた。
 天に向かって伸びた竹が太陽の光を遮り昼間だというのに薄暗い、さらには時折吹く風が笹の葉を揺らしていく音が、耳障りだと思うほどに他の音が聞こえない、いまこの状況で〝出会ってはいけない何か〟が近づいてきてたとしても、自分はきっと気付けない、そんな不安が私の心に焦りをもたらし始め、軽い混乱を起こし始めていた。

「どうする。どうすればいい? あのときは……どこを歩いてた?」

 必死に落ち着いて道を思い出そうとしてもうまくいかず。それがさらに私の不安をかきたて混乱し、呼吸がうまく出来ないほどになりつつあった。

「あ……」

 呼吸がうまくいかないからなのか、それとも左手の病が全身に回ってしまったのか、私は身体の自由がきかず。立っていることさえもままならなくなり、身体が座り込むようして沈み、そして、そのまま仰向けに倒れた。そして見上げた竹林の隙間から見えた空に浮かぶ白い月を見て、私は何故か不意にあの人の事を思い出す。

(……せめて、あの人にもう一度会って、ちゃんと話がしてみたかったな)

 そんなことを思いながら私の意識は深い闇の中へと落ちていった。

 闇の中で感じた少し奇妙な匂い、不快な匂いというわけでもないのだが、普段は嗅がない匂い、そして時折嗅ぐ匂い、

(何の匂いだっけ?)

 優しい匂いもあれば草くさかったり、刺激的だったり……虚ろな意識の中でその匂いが何なのか考えているうちに次は声が聞こえてきた。
 何を言っているのかは理解できなかったけれど、なんだかとても耳に心地いい声でずっと聞いていたいと思う声だった。
 その声に惹かれるようにして私の意識はゆっくりと浮かび上がり、目を開けると、すぐそばに部屋の照明に照らされたあの人の顔があった。

「……? ……!?」

 突然目の前にあの人の顔があったせいで、私は状況が分からずに軽く混乱する。

(え、何であの人の顔が目の前に、もしかして私はあの世に? いや、そうじゃなくて、えっと……そうだ竹林に迷って意識を失って……)

「あなたが竹林で倒れていたところに、たまたま私たちが通りかかって永遠亭に運んだのよ」

 私が状況を理解しようと色々考えているうちに、空に浮かんでいた月と同じ色の髪の少女は安心させようとしてなのか柔和な笑みを湛えたままあっさりと説明してくれた。きっと、傍から見ても分かるくらい私は困惑した顔をしていたのだろう。

(ああ、そうか、髪の色があの白さに似てたから思い出したのか……)

 そして少女は私の硬くなった左手を見ながら言葉を続ける。

「珍しい病気にかかってるみたいね。それを治してもらいたいくて永遠亭を目指してたってところかしら?」
「そうです。これは治りますでしょうか?」
「治るわよ、ちなみに病気の名前は至ってシンプルに石化病、身体の一部が石化を始め、最終的には全身が石になる病気で、はやり病とそうでないものの二種あるけど、あなたがかかったのは後者、それと石化し始める場所は人それぞれで運が悪いと心臓とか頭とか致命的な箇所からなる人もいるらしいから、あなたは運がよかったようね」

 何気に命の危機ともいえる病にかかっていた事実に驚きつつも、治るということで一先ず安心する私、しかし次に浮かんだのは金銭的な問題、珍しい病気ということは治療費もそれ相応にかかるのではないかと思い、恐る恐る尋ねてみる。
 すると返ってきた答えは予想外のもので「ある条件を飲んでくれるなら安くしてもいい」とのこと、どんな条件なのかと問うと、

「滅多に見れない病気だし少し資料として纏めれるようにデータを取らせてもらいたいのよ、とはいえ、データを取らせてもらうといっても解剖がしたいとかではなく、普通の医療行為よりも少しだけ念入りに調べさせてもらいたいというレベルなんだけど、どうするかしら?」

 少女の提案に私は少しだけ考えた後、その案を承諾し、それによって私はしばらくの間、永遠亭で寝泊りをすることになった。

「まあ、色々データ取るのに都合がいいというのと、念のための入院ってところよ、身の回りの世話はウサギたちに言っておくから、あなたはゆっくりと養生なさい」

 そういって少女に案内されながら部屋の外に出ると、部屋の中ですでに明かりがともされていたことからも分かってはいたが、辺りはすでに暗く、空には月が輝いていた。

「こっちよ、あとで食事を運ばせるから、それまで横になっていると良いわ」と半ば強制的に横にならされた私は、ただ呆然と天井を眺めていた。そしてそのときなってようやく、自分が名乗っても居ないことに気付いた。
 そう思うのとほぼ同時に少女が戻ってきて、

「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね」
「すみません、こちらこそ助けてもらったときに名乗っておくべきでした。私の名前は―――です」
「そう……いい名前ね。私は八意永琳、呼び方は好きにすると良いわ」
「えっと、では永琳さん」
「うん、それで良いわよ、これからしばらくの間よろしくお願いするわ」

 永琳さんは自己紹介をあっさりと済ませると私の返事も待たずに足早に立ち去ってしまう、そんな彼女の過ぎ去ったあとを見ながら私は、

「その台詞を言うべきなのは私だと思うのだけど……」

 そんなことを思いながら私の入院生活は始まった。

 次の日の朝、最初に説明されたのは、データを集めるために、一日三回ほど診察に来るということ、その際にするのは触診とか検温とかちょっとした質問といったことで、特に特別なことはする気が無いという、

「それだけでデータが集まるのですか?」
「まあ、薬の利き方とかその辺のデータが欲しいだけだから、薬を飲んでる当人の様子が大まかに分かればいいのよ」

 永琳さんの回答に「なんともアバウトですね」と私は苦笑する。
 そんな私の様子を永琳さんは少しだけ不思議そうな顔で見ていた。

「あの、私の顔に何かついてますか?」
「いえ、ちょっと驚いただけよ」

 誤魔化すように……というよりは、本当に少し驚いただけなのだろう、いつもの柔和な笑みに戻っていた。それでも何に驚いていたのかが気になる私は食い下がる。

「何にでしょう?」
「内緒よ」

 今度は、はぐらかす様に、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて、永琳さんは用事があったわといって立ち去ってしまった。

 薬を飲んで食事して、また別の薬を飲んで、さらには塗り薬を患部に塗って、使う薬の量に、データをとらせることでただ同然に安くなってなかったら色々な意味で恐ろしかったなと思いながら、しばらくすると説明にあったとおり診察を受ける。
 それがただの医療行為だとは分かってはいるのに、何故か永琳さんが触れた場所が熱を帯びたように熱い気がした。
 そして、その熱さが妙に心地良い気がしてもっと触れていて欲しいなどと思ってしまう、しかし、そんなことを思っていると永琳さんに気付かれるのはいろいろとまずい気がして、私はそういった思いが表に出ないように慌てて無心に勤める。
 しかし永琳さんは私の思いなどは特に気にも留めていないようで、てきぱきと診察をこなし記録を取り上げると「お疲れ様、また後で来るわね」といって去っていく、
 あとはひたすらに眠る……。二日目の昼に流石にそれだと飽きるだろうからと、永琳さんが本を数冊貸してくれた。
 私がどんなのを読むか分からないからとウサギたちに頼んで適当にみつくろったものらしかったが、娯楽というか暇つぶしに飢えていた私は、結局そのすべてを二日で読み上げてしまった。
 いつもてきぱきと診察をこなし立ち去ってしまう永琳さんと話がしたい私は、読み上げた本の話題を振ってみる。

「結構難しい内容の本もあったと思うのだけど」
「ええ、だから今はそれを読み直してます」
「思ったより読書家なのかしらね」
「どうでしょう?」

 診察されながらの他愛の無いやり取りをしていて、ふと永琳さんの目を見たとき、私を見ているその目が、またあの時のように不思議そうな目をしていた。

「あの……私の顔に何かついてますか?」
「あら、なんでそんなことを聞くのかしら?」
「だって、また変な顔をしてらしたので」
「また?」

 永琳さんは私にそういわれて、何かに気付いたのだろう、「何でもないのよ」と誤魔化して、そそくさと診察を終えるとまた、あの時のようにあっという間に立ち去ってしまう。

「私の顔が変とかなんだろうか?」

 美的感覚などは人それぞれだから、自分の顔が実は変だとしても、私自身には分からない可能性がある。
 けど、永琳さんの顔は……ただ変なものを見てる目ではなくて、何か、ふとしたことに気付いて驚いているような、そんな気がした。
 それからまた数日間、私は本を貸してもらっては読みふけり、そしてその話題で永琳さんと話すということを繰り返しながら、治療のほうも順調のようでカチカチに硬くなっていた左手も徐々に元の柔らかさを取り戻しつつあった。そんなときだった。彼女と対面したのは、

 ある日の食後のお昼、私は永琳さんが来る時間まではまだ間があるからと新しく貸してもらった本を読んでいると、何の断りも無くすっと障子を開けて入ってきた少女、その少女に私は見覚えがあった。
 地に付きそうなほどの長さの黒髪は、ただの漆黒ではなく、星を散らした夜空のようなそんな輝く黒、そして、その黒のなかでひときわ強い輝きを放つ白い肌、少女は見た者の心を蕩かしてしまい見入らせ続けてしまいそうな妖しい笑みを浮かべて私を見ていた。

「あなたが永琳が話してた珍しい病気の病人ね」

 見た目だけではなく、声までもが私を耳から溶かしつくしてしまいそうな甘く可愛らしい声で、私の心はおかしくなりそうだった。

(な、何!? これが〝人〟の持ちうる魅力?)
「確か石化しているのは左手だったかしら?」

 そういって無造作に近寄ってくる少女から不意に漂ってくる芳香に、心の臓がひときわ強く脈打つ、そして、そっと私の手をとって触れる少女の細くしなやかな手に、まだ治りきっておらず感覚も鈍いはずの左手が、「心地良い、もっと触れて欲しい」と訴えていた。
 もう、理性などというものを捨て去り心と身体の昂ぶりに身を任せてしまいたい、そう思ったとき不意に永琳さんの顔が浮かび、ほんの少しだけ理性が戻る。

「あ、あのすみません、出来れば少し離れて頂きたいのですが」
「あら?」

 私の言葉に少女は少しだけ離れると、さも不思議そうに首をかしげた。しかし、すぐに気を取り直したのか、再びゆっくりと私との距離を縮めていく、

(もう……駄目かも知れない)

 意識と思考がはっきりしない、何が駄目なのかも良く分からないが、それでも、なんとなく自分の中の何かが終わるそんな予感がした。
「あら、輝夜、あなたがこんなところにいるなんて珍しいわね」
 ちょうど診察の時間になったのか、私の中の何かが陥落する寸前にタイミングよく現れてくれた永琳さんの姿に私はひたすらに感謝した。
 そして永琳さんが部屋に入ってきた直後から、さっきまでの奇妙な激しい昂ぶりが急速に収まっていった。

「珍しい病気の病人がいるというから見に来たのよ、治りかけだと聞いていたけど本当みたいね。もっと早くにくればよかったわ」

 輝夜と呼ばれた少女は私の手を離すと立ち上がり、口元を手で隠しながら、ころころと鈴を転がすように笑いながら廊下へと向かう、

「まったく……〝暇つぶし〟も相手を選んで欲しいわね」
「ふふふ……そうね。けど、それなりに面白かったわよ」

 永琳さんは少女をいさめつつも半ばあきらめているようで、少女にとって私の何が面白かったのか分からない私は、同時に永琳さんが何に〝呆れているのか〟も分からず。さっきまでの異常な昂ぶりの件も含め、ただただ困惑するしかなかった。
 少女が立ち去った後、永琳さんは私を一瞥すると、

「今回の診察はやめておいたほうがよさそうね。次の診察の時間にまた来るから、それまで横になってると良いわ」

 そういって、何もせずに立ち去ってしまった。

(私の昂ぶりに気付いたのかな……)

 そう考えたときにようやく、〝暇つぶし〟の意味を理解する。

(ああ、さっきの昂ぶりはあの少女……輝夜さんの能力……輝夜?)

 見覚えがあるとは思ったものの、そのまま理性とかが壊れそうになっていたので忘れてしまっていたが、そういえばここで以前に開かれた催し月の展示会の主催者が彼女だったことを思い出した。

(蓬莱山輝夜……あの時も確かに美しいと思ったけれど……ここまでのものだっただろうか?)

 それ以前に、この屋敷の主人である輝夜と一度も顔を合わせていなかったことに気付き私は慌てる。

(しまった……挨拶も何もしていない!?)

 完全に輝夜さんのことを忘れ去っていた事実と挨拶もしていないという非礼をどうやって詫びたら良いのかと、私は永琳さんが次の診察にくるまでひたすら悩み続けたが、いい考えが浮かばず最終的に永琳さんに相談することにした。

「ああ、気にしなくて良いわよ、彼女は興味が無いことにはまったく関わってこないから、顔を出したのもあなたの病気が珍しいから気になったってだけだしね」
「そうですか……けど挨拶くらいはしたほうがいい気もするのですが」
「それも気にしなくて良いわ、確かにここの主は彼女だけど、この離れは薬品とか扱うから私の領域なのよ、だからわざわざ彼女の許可などを取る必要が無いわけ」
「……わかりました」
「まあ、彼女が気まぐれでまたここに来たときでも、挨拶したら?」
「そう……ですね」

 また先ほどのような状態になったら、挨拶どころじゃないだろうなと思いつつ、何故あの時永琳さんの顔がよぎったのかが少しだけ気になった。
 診察が済んだ後、再び一人でさっき気になったことについて考える。

(なんで永琳さんの顔がよぎったのか……)

 そういえば、ここに来る前倒れるときもあの人のことを思いながら意識を失ったことを思い出す。

「私は…………」

 初めて見たあの時から……ずっとあの人に恋していたのではないかということに思い至ったとき、私の中の何かがかちりとかみ合ったような気がした。

「ああ……そうか、あの時から私は……」

 何故好きになったのかは分からない、永琳さんは確かに美しい人だけど、それなら輝夜さんのほうが遥かに美しいと思う、けど心引かれたのは間違いなく永琳さんにだった。

「理由は……分からないけどいいや、私はあの人の事を……愛してる」

 そう呟いたとき、私の胸がきゅうっと締め付けられたような気がした。そして私は右手でその胸を押さえながら、これからどうするかを悩み始めていた……。
 次の日の朝の診察の時、診察を終えた永琳さんは「もう少しで終わりそうね」と言った。
 それは私にとって喜ばしいことではなく、ここに居られる時間が残り僅かだということ告げられたに他ならなかった。
 ほぼ自由になった左手を見ながら私は考え続け、そして私は、お昼の診察にやってきた永琳さんに話があると言って正面に座ってもらい、
 そして私は正座をし一呼吸した後、

「あなたを愛しています」

「そう、なら好きにするといいわ」

 悩みに悩んで、思いつめた末にとでも言うべき愛の告白は、どう解釈したらいいのか悩むような、そんな投げやりな答えによって〝許諾〟された。

「あ、あの……」
「冗談……ではないのね」

 投げやりな答えを返すことで私の気持ちを冗談にしてしまうつもりだったのだろうか、しかし、それが無理と分かったからなのか永琳さんの顔からいつもの微笑みが消え、真剣な顔で私を見ていた。

「はい、私はあなたを愛しています」
「そう……貴方の想いが真剣なもののようだから、私も一つ告白するわ」
「何でしょう」
「私は、いえ、私と輝夜は不老不死の存在なの」
「え?」

 あまりにも突拍子のない内容の告白に私の頭は一瞬停止する。しかし、すぐに永琳さんが嘘をつくとも思えず。また。本当に不老不死なのだとすると妙に納得する部分も多く、私は永琳さんの言葉を信じることにする。

「だから……貴方と私は同じときを生きていくことは出来ない」

 それは私の気持ちを否定する言葉、しかし、私にとってそんなことはどうでもいいことで、だから私は「それでも」と叫ぼうとした。
 しかし、予想外なことに、その言葉を発したのは永琳さんの方だった。

「それでも――。それでもよければ、あとは貴方しだい」
「私の気持ちは変わりません、私は貴方のそばにいたい!」
「本当に良いのかしら? それで?」

 その言葉に妙な引っ掛かりを覚えつつも、それでもそれが否定の言葉ではなかったことに私は驚き、そして喜ぶ、

「それはむしろ私の台詞です……私は、本当にあなたの隣にいて良いのでしょうか?」
「ふふふ……あなたが本気だと言うのなら、私はあなたを拒む理由が無いわ」

 永琳さんは優しい笑みを浮かべながらそっと私の手をとる。

「あ――」

 そのまま私の手を引き、私自身を引き寄せると、永琳さんは、私とそっと唇を重ねた。
 それから数日後、私は少しでも永琳さんのそばにいたいと考えた結果、永琳さんに無理を言って永琳さんのもとで薬剤師見習いとして住み込みで弟子入りさせてもらい、入院していた際に使っていた部屋をそのままもらい、姉弟子の優曇華さんと一緒に薬の調合を習ったりしながら、時折永琳さんとデート……と言っていいのかは分からないけれど、二人で薬を売って回ったり、薬の材料を取りに行ったりすることを重ね。そしていつしか肌をも重ねるようになっていた。
 だが……ずっと気になっていることがあった。私は確かに幸せだったけれど、心のどこかで何か大切なことを見ないようにしている気がしてしょうがなかった。
 だけど、それに気付いてしまうと何もかもを失ってしまいそうで、だから私はずっと気付かない振りをしようとし続けた。そんなことを一年も続けたころに、私は結局……。

 深夜、いつものように肌を重ねる。しかし……その愛しい温もりと視線は、どこか……自分ではない誰かを見てるような気がしてしょうがなかった。

『気付いてはいけない』

 誰かが、いや、私自身がそう言う、永琳さんのその瞳はずっと……。

「永琳さん……――」

 名前を呼んで、呼び返して欲しかった。
 けれど永琳さんは優しい笑みを浮かべるだけで名前を呼んではくれなかった。それで私は……気付かないようにしていたことに気付いてしまった。
 思い悩んだ挙句、私は永琳さんと二人っきりになったときに、その気付いたことについて話を切り出した。

「永琳さんは……私ではなくて輝夜様が好きなんですよね」
「いきなりどうしたのかしら?」

 唐突な会話の内容にもかかわらず。永琳さんは大して驚いているようではなった。
 むしろ、「ああ、この時が来たのか」というような分かりきった展開を見ているようなそんな目をしていた。

「私はあの方の代わりにはなれなかった」
「そうね」
「でも、あの方は貴方を見ていない」

 だから私を見て、私を……あの人の変わりでも良いから、そう出かかった言葉を抑えて永琳さんの出方を待つ、

「そうね。だから私は少し変わってみようかと思ったの、長い間生きてきたけれど、他人と接するようになったのも久しぶりだったし、貴方となら少しは違う何かが得られるかもしれないと思った」
「でも、駄目だったんですね」
「そうね。けどその結論を出したのは私ではなく貴方よ」

 そう、多分この人は、私が結論を出すまで、場合によっては私が死ぬそのときまで〝恋人〟で居てくれたのかもしれない、けど、それを終わらせようとしているのは他ならぬ私自身だった。

「本当は最初から気付いていたのかもしれません、永琳さんはずっと私にあの方の面影をみてた」
「そこまで気付いていながら……」
「それでも! それでも私は永琳さんの……貴方の傍に居たかった……」

 しばしの沈黙の間のあと、私はそっと口を開く、

「あの時…永琳さんは、自分のことを不老不死だと言った。だとしたら、永遠を生きる永琳さんにとって普通の寿命の私は……〝夢〟なかにいる存在のようなものだったりするのでしょうか?」
「……そうね。永遠を生きる私たちにとって貴方たち普通の人間の生は……いいえ、限りある命の者たち全部が夢のなかの存在ようなものかも知れないわね。永い永い生のまどろみの内に見る刹那の夢……ね」
「それでも私は……永琳さんの傍に居たかった……たとえ刹那の夢の存在だと思われていたとしても……それでも私は……」

 あふれ出す涙とぐちゃぐちゃになった感情で自分が何を言っているのかも良く分からなくなっていく、ずっと俯いて地面を見続けていたのは、大好きな永琳さんの顔を見るのが怖かったから、だから私の上に不意に降りた影に身をすくませる。
 しかしその影の主は、そっと私を抱きしめて小さく呟いた。

「全部〝夢〟よ……貴方と私の二人で見た夢……だから目覚めるときが来ただけ」

 そっと顔を上げさせられて私は永琳さんの顔を見た。そこにあったのは初めて私自身に向けられた笑みだった気がした。

「さあ、夢は終わり、目覚めなさい」

 唇を重ねたとき、私は何かを飲まされた気がした。
 そして、そのまま私は深い眠りについた。

   ◇


「恋の病は医者でも治せないなんていうけれど、そんなことは無いわよね」

 くすくすと笑いながらそう聞いてくる輝夜に私は、首を横に振りながらそれを否定する。

「いいえ、本物の想いはどんな医者だって、どんな薬だって消せませんよ」
「あら、だったらあの者はどうなのよ? 貴方への想いをきれいさっぱり忘れ去ったんでしょ?」

 あの後私は、最初から予定していた通りに、あの者の私に対する想いを薬を用い、さらにいくつかの暗示をかけることで忘れさせ、本来あるべき日常へと帰した。
 それでこの〝夢〟は終わり、しかし……夢が本当に目覚めれば消えてなくなるものばかりかと言えばそうでもない、現にきっとあの者は今も……。

『私と同じように苦しんでいるはずなのだ』


  ◇


「今までありがとうございました!!」

 一年間の薬剤師としての修行を終えた私は今までお世話になった永琳さんたちに挨拶を済ませると永遠亭を後にし里へと戻った。
 もともとは、私が奇妙な病気に罹ったことで永遠亭の永琳さんを頼ったことが始まり、そこで永琳さんの医療行為、主に薬というもの魅力に魅了された私は無理を言って住み込みで薬についての知識を色々教えてもらうこととなったのだが、その際に出された条件が一年間だけ教えるというものだったので、私は自身はもっと永遠亭で勉強したかったが、基礎は教えた。あとは独学で何とかしろと言われ、やむを得ずに里に戻ったわけだったが、流石に恩師たちの仕事をとる気にはなれないので、結局私は薬剤に関しての知識は仕事ではなく趣味程度のものとなり、
 一年前とさほど変わらない生活に戻っていた。
 しかし、そのころからか、ふとした瞬間に何かを思い出しかけ、何も思い出せないまま胸が痛くなり、そして思い出せない何かが歯がゆくて歯がゆくて悔し涙を流すようになっていた。
 胸の痛みから逃げるように見上げた空に真昼の空に浮かぶ白い月を見つけたとき、その涙が悔しいからだけでなく悲しいからなのだと気付いても、その理由が分からずに、ただただ涙を流す……「とても大切なことだったはずなのに、とても大切なものだったはずなのに」と呟きながら、何一つ思い出せないまま、私は胸の痛みが消えるその時までただ泣き続けることしか出来ないのだった。
 
はじめましての方、はじめまして、お久しぶりの方お久しぶりです……私のことを覚えているような方が居られたら奇跡の類だと思ってしまいますが……。

今回は普段書かないような話をということに挑戦してみました……が、そういう慣れてないからという意味だけでなくほかにも色々と不安だったりします。

それでも出さなければ精進のしようもありませんので、少しでも楽しんでもらえるものになっていることを祈るばかりです。

あと、ここでこういうのが認められるのかは分かりませんが、読んでみたい話などのリクエストを受け付けております。

というのも、私の「書きたいもの、読みたいもの」と世間の方々の「読みたいもの」が致命的なまでにずれているらしいと思い知らされることがありまして、あと、致命的なまでに筆が遅いので、その辺の修正と修練のためにも、もしよろしければリクエストの書き込みをお待ちしております。
(予定では一週間ほど募集した後、一週間につき一本完成させるつもりです)

これで感想の書き込みもリクエストの書き込みもゼロだったりしたら死ねますね……。
鈴風忍
http://huurindou.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.490簡易評価
3.50煉獄削除
う~ん・・・好き嫌いが分かれるかなぁ。
私は嫌いではないんですけど、何となく合わないかなぁ・・・。
ちょっとした悲しい恋の話・・・になるのでしょうか?
雰囲気は良かったです。

それと、セリフと地の文の行間は若干空けたほうが宜しいかと。
あと誤字ですが、
>最終的には全身が医師になる病気で~
とありますが、医師ではなく石ですよ。
9.70名前が無い程度の能力削除
私は、好きですね。
永遠の生を持つ者と定命の者との間の愛、非常にありふれた使い古されたテーマですが、それゆえに表現力が問われる創作かと思います。
話の展開に目を見張るようなモノはありませんでしたが、物語の大きさも流れにも無理が無く、
概ね予想通りの結末にたどり着くことが出来ました。
期待していた娯楽を安心して得られたという読後感、とでも言うべき満足感がありました。

ただ、それ以上のモノでもなかったのも事実かと思います。
更なる飛躍を期待して、この評価とさせていただきます。
13.無評価鈴風忍削除
感想を下さった方々ありがとうございます。

煉獄様>
話が合わなかったようですが、それでも雰囲気がいいといってくださってありがとうございます。

普段は縦書き用の文を書いているのですが、こういうところに発表する場合は地の文とセリフを少し空けたほうが読みやすいみたいですね。
誤字の件も含めてあとで修正を入れてみます。

名前が無い程度の9番さん?>
ある程度気に入ってもらえたようですが、あまりにもありきたりで、読者の予想を超えれなかったようですね……。
どうにか頑張ってきちんと話をまとめつつ読者の不意を突けるような作品を書けるように頑張ってみます。

(………誤字チェック……どうやったら精度あがるんでしょう、何回やっても出てくる……)orz