幻想郷にスペルカードルールが制定されて間もない頃、ある議論が起こった。
「弾幕ごっこは危なすぎる」というのである。
まず最初に声を上げたのはレミリアだった。
レミリアは紅霧異変の後、幻想郷内有力者を博麗神社に集めて論議を発した。
彼女は頭に包帯を巻いて現れ、「霊夢との弾幕ごっこで気絶した際に地面に落下し、このような痛い事態になった。早急にルールの見直しを求める」と言った。
その場に居合わせた面々は多なり小なり頷き、同意したが、肯んじない人物がいた。
紫である。
彼女は「弾幕ごっこは空中で立体的戦闘を行うのだから危なくて当然だ。下にマットでも敷いておけばいい。第一気絶するのが悪い。安全に作られた弾幕ごっこで気絶するとは何事か。近頃の若者は気合いが足りない。精進しろ。何なら私が特訓してやってもいい。駄目なら出て行け」とレミリアを断罪した。
言うまでもなくスペルカードルール制定に深く関わった人間の言であり、その発言内容の過激さも相余って妖怪達は納得せざるを得なかった。
レミリアはフランドールの目の前で体を震わせて涙をこぼした。
紫が弾幕ごっこをする機会自体少なかったのであるが。
その場には同様の立場にある霊夢もいたのだが、何しろ彼女は負け無しであるためレミリアのような経験は無く、論議の内容には無関心であった。
その場はそれにてお開きとなったが、そこに居合わせた妖怪達の大半の体に絆創膏やら包帯が見られたのは事実であった。
それ以来、弾幕ごっこに対するアンチテーゼはすっかり影をひそめていた。
紫に至っては、そのような事があったのを忘れていた。
そして春雪異変直後。紫は霊夢と弾幕ごっこをする機会を持った。
「さようなら、紫」
霊夢が言った。
はなから自信満々で、自分が負けるはずはない。と思っていたのも束の間。段々と雲行きが怪しくなり勝負開始から3分地点で紫は伝家の宝刀、弾幕結界を発動させた。
しかし、予想に外れて霊夢は見事に弾幕を捌ききり、呆然、疲労困憊の紫に容赦なく夢想封印をたたき込んだ。
高度5000メーター。紫は気絶し、遙か下方の岩盤に落下、首の骨を折った。
首と肩の骨全てが粉砕骨折という事態に陥ったが、妖怪に隙は無かった。
強靱な生命力。全くもって命に別状はなかったのである。
マヨヒガにて藍の献身的な介抱を受け、リハビリを乗り越え、一ヶ月後には首のギプス付きで歩けるようになった紫を待ち受けていたのは、罵声であった。
「だから、あの時注意したのよ」
「いい気味だ」
「さっさとルールを改正しろ」
「お姉様の言ったことは正しかったわ」
「穴だらけのルールなんか撤廃しちまえ」
今までに墜落等の際、怪我を経験していた連中であった。
会議に居合わせていなかった連中までもが紫を罵倒した。
紫は墜落の際に自分の安否も確認せずに帰って祝杯をあげた霊夢を叱咤することも忘れて、心に深い傷を負った。
間を置かずして、新ルール案がいくつか浮上した。
紫を差し置いてである。彼女の発言力は極端に縮小していたのだ。
新ルールとして彼らの主張する代替案としては「チェス」、「囲碁」などがあった。
もともとスペルカードルールに苦言を呈していた連中が唱えた。
しかし、当然ながら「弾幕ごっこ」を残せ派も登場した。
両者は激しく対立し、各地ではスペルカードルールを無視した争いが勃発していた。
「藍、もう尿瓶はいいわ」
「はい」
藍の顔は幾分かやつれた様に見えた。
紫への暴言が彼女の耳にも入るからだ。
紫は情けなさに泣いた。
橙は紫に近寄らなくなって、近所の空き地で猫の集会を開いていた。
すっかり不良になってしまったのである。
「スペルカードルールが受け入れられなくなろうとしているわ」
「はい」
「誰も私の意見を聞こうとしないじゃない。ねえ?」
紫が虚ろな目で藍を見ると、藍は頷いた。
「今更、スペルカードルールがなくなって新ルールだなんて。あれは最高傑作なのよ。」
藍は紫の頭を抱いた。
「その通りです、何も間違っていません。最高傑作です」
「これから幻想郷が荒れようとしているわ。早く新しいルールを作らないと」
「紫様」
「チェスですって? 囲碁ですって? そんな物何よ。弾幕ごっこの代わりになんかなるわけないじゃない」
紫は藍の胸に顔を埋めて泣いた。
「私には何も思い浮かばないの。私は幻想郷をこんなに愛しているのに」
放心の紫は当てもなく、幻想郷と日本の行ったり来たりを繰り返した。
日々荒れて行く幻想郷を見るのはとても辛かった。
ある日、紫はとある施設の前を通りかかる。
とても大きな円形の施設に、高校生、老人、夫婦、子供連れが駆け込んでいった。
入り口の前では同じ衣装を着た若者達が歌を歌っている。
紫は首を傾げた。
人に聞くにしても、これだけ盛り上がっているところを質問したら馬鹿にされてしまうだろう。
紫は少しまごついたが、隙間を開き施設の中へ飛び込んだ。
「ただ今より、第×回甲子園決勝戦を開始いたします」
突如耳をつんざく歓声、人の波。
そうか、ここは野球場だ。
紫は思い出した。
野球の知識はあったものの、ここまで盛り上がるものだとは思わなかった。
「さあ。どうでしょう。先攻は十六夜学園。過去出場回数最多の最有力候補です。後攻は東風高校。こちらも16度目出場の実力校。前年度も十六夜学園と対戦し、惨敗を喫しました。今年度は両校、度重なる不祥事を乗り越えて堂々の決勝戦です」
「雪辱なるでしょうか」
甲子園。自分はその単語を知っている。これか、こういうものだったのか。
紫は痛みの残る首を押さえて、最前列まで駆けた。
「1番バッター落合。入場です」
爽やかな高校生が入場し、反対側にいた女が黄色い声を出した。
そして、いきなりのホームラン。
小気味良い音が響き白球が紫の目の前を駆け抜け、場外へと飛び出す。
紫は目を奪われた。
感動。生まれ落ちて幾星霜、未体験の感動であった。
「ああ」
その後も試合は進み、東風高校は劣勢に追い込まれていく。
が、<5―2>となった7回裏、まさかの逆転ホームラン、一気に形勢逆転。
紫は汗ばむ手を握って「いいぞ」と叫んだ。
紫はいつの間にか東風高校を心から応援し、自分になぞらえていたのである。
「いいぞ、やれっ」
ウェーブが起これば、紫も参加した。
応援歌の「WE WILL ROCK YOU」が流れると、周りの歌う歌詞に耳を傾け、真似て声を張り上げる。
歌詞を知っているかどうかなど問題ではない。
そして<8―8>で迎えた9回表、東風高校のエースピッチャー中島は完封を収め、周囲の盛り上がりも最高潮に達していた。
9回裏、試合は延長戦にもつれ込むかどうかの瀬戸際を迎える。
紫は苛立って、つま先を鳴らした。
中島の体力は紫から見ても限界を迎えており、右腕は腫れ上がってとても延長戦まではもちそうになかったのである。
ランナー無し、2アウト。絶望的な状況で1人のバッターが登場した。
外国人選手ユー・ワゼットだ。
歓声の中、彼は中島に一言呟いた後、マウンドに悠々と躍り出る。
紫には彼の言葉が分かった。
「オレに任せろ」である。
「さあ、この局面に来て4番バッター、ユー・ワゼット。東風高校をいつも救ってきた救世主。昨年は力及ばず十六夜高校に敗れたっ。3年生の彼は今年がラストチャンス。一投目、ああっとストライク」
何としても延長戦に持ち込ませてはいけない。
「お願い、勝って」
二投目、真っ正面からのストレートを打ち返した。
「うおおおおお」
打ち返された133キロの剛速球は巨大な放物線を描いて、観客の頭上を飛び越えて場外へ消えた。
「決まった。決まりました。美しい決着です。東風高校、7年ぶり3回目の優勝。優勝です」
東風高校の真っ黒く日焼けした選手が一斉にマウンドへ飛び出し、胴上げを始めた。
「優勝だ、優勝だ」
「東風高校、おめでとう」
紫は泣いていた。
こんな素晴らしいものを見せてくれてありがとう。本当にありがとう。
「勝てたのは、本当に、監督のおかげです」
実況が始まった。
ヒーローは中島とワゼット。
二人は抱き合って涙した。
紫も涙した。
美しい。友情とはかくも美しい。
スペルカードルールでこのような名勝負があっただろうか。
弾幕よりも美しいものがそこにあった。
「中島あっ」
「ワゼットっ」
夕日が沈もうとしている。
そして十六夜高校の選手が何やら泣いて地面に這いつくばっている。
何をしているのだろうか。
目を凝らした紫は絶句した。
土を集めていたのである。
紫の理解を超えていた。
彼らは泣きながら、来年への思いを託して土を集めていたのだ。
敗者はさらに美しかったのだ。
紫は人目もはばからず崩れ落ち、号泣した。
自分が間違っていたのだ、全て自分が間違っていたのだ。
本当に幻想郷に必要なものはここにあったのだ。
博麗神社境内。
妖怪が集まっている。
「だから、もう地面で弾幕でいいじゃん」
魔理沙が叫んだ。
「いやよ。地面でやるのはご免だから。土埃がきったないじゃない。スペルカードルール自体が失敗作だったのよ。こうなったらもっと穏便にチェスをやりましょう」
レミリアである。
「そうだ、そうだ。私はスペルカードルールに元から賛成してなかったぞ。あんな馬鹿らしい」
群衆、声を上げる。
「もう止めなさいよ」
霊夢が魔理沙を取り押さえる。
今にもとっくみあいが始まりそうになったその時、隙間から颯爽と紫が現れた。
「待たせたわね」
妖怪達はいきり立った。
「今更何をしに来たんだ。怪我人はすっこんでいろ」
「そうだ、そうだ」
紫は一つのサッカーボールを取り出すと、リフティングを始めた。
「みんな、スポーツしましょう。楽しいわよ」
「スポーツだって? 馬鹿らしいぜ」
「足だけで取ってみなさい」
紫は自分の足下のボールを指さした。
魔理沙は「けっ」と毒づく。
「それがどうしたって言うんだよ」
「いいから」
魔理沙は左足でボールを取ろうとするが、紫は素早くボールを引き寄せてしまう。
「あっ。何するんだ」
「誰も取らせるなんて、おっと」
魔理沙は箒を手放して、一心不乱にボールを追いかけ始めた。
周囲は不安そうに見守っている。
「取れないでしょう」
紫は日本で一夜漬けの特訓を行ってきたのである。
「な、何でこんなのが」
魔理沙は必死に追いかけるが取れない。
3分程追いかけた所で紫が手加減してやると魔理沙はようやくボールを自分の方に蹴り出して踏みつけた。
「やった。取ったぜ、見たか。みんな」
魔理沙は高らかに叫んだ。
「どう。楽しいでしょう。スポーツは」
汗だくの紫に指摘されて、魔理沙は「はっ」と声を漏らす。
「これが、私の新ルールよ。さあ、みんな。スポーツしましょう」
妖怪達は「うおお」と声を上げた。
「紫万歳、紫万歳、スポーツ万歳っ」
幻想郷は美しく爽やかで平和な国に生まれ変わった。
勝負と言えばテニス、バドミントン、サッカー、バスケット、サッカー、野球。
一対一の戦いが多い幻想郷ではテニスやバドミントンがよく用いられた。
また、勝負以外にも娯楽として広く楽しまれ、日常的にサッカーやバスケットの試合が行われた。
紫の尽力によって急速にルールの伝達が進み、環境が整備された。
藍の表情は明るくなり、橙は更正し紫にサッカーを教えてくれ、とせがむようになった。
あのパチュリーでさえも日光の下で連日爽やかに汗を流した。
程なくして永夜異変が起きた。
「新ルール制定以来、記念すべき、第一回目の多人数公式試合。種目は一ヶ月前に発表された通り8人制サッカーです」
射命丸 文のアナウンスに続いて歓声が聞こえた。
「やば」
ポップコーンを両手に持った藍は急いでスタジアムに駆け込んだ。
「遅いよ、藍様。もう紫様来ちゃうよ」
橙は最上席に座ってふんぞり返る。
藍は頭を下げると、ポップコーンの一つを橙に渡して隣に座った。
スタジアムは永遠亭の中庭の植木を引っこ抜いて改装したため、中々に広い。
足下遙か下、よく整備されたグラウンドの両端のゴールが月光と人工ライトに照らされていた。
「ごめんな。廊下が長くて」
「ご存じかも知れませんが、この度永遠亭勢との間に発生した月を巡るトラブル。この試合をもって平和的に解決されます」
「平っ和っ」
「平っ和っ」
「永っ遠っ亭」
スタジアムが沸く。
「選手入場」
「博霊大結界連合チームの入場です」
歓声。
「まずは背番号89番、主将八雲 紫。フォワードです。隙間を使ったトリッキープレイがいかに発揮されることか。見物ですねえ」
「そうですね。紫選手は本ルールの創始者でもあります。このような巨大なスタジアムも彼女が作りました」
椛が答える。
紫が入場すると堰を切ったように、真っ黒に日焼けし赤いユニフォームを着た霊夢、魔理沙、アリス、レミリア、咲夜、妖夢、幽々子が登場した。
紫は橙に向かって手を振る。
「あっ。今、紫様が手振ったよ。がんばれ紫様」
「うん。振ったね」
「ミッドフィルダーは博麗 霊夢、霧雨 魔理沙、レミリア・スカーレットの三人」
「マスタースパークが見所ですね。試合時間が夜なのは、吸血鬼の選手を気遣ったためです。うん、フェアですね」
藍の視界の端で、応援席のフランドールが手を振っている。
何だかんだ言って、姉妹は仲が良さそうだ。いや、スポーツのおかげだろう。
脇で嬉しそうに尻尾を振る橙が、この前まで猫の集会に顔を出していたことを思い出した藍は涙ぐんだ。
「ディフェンダーは魂魄 妖夢。半霊も一緒です。西行寺 幽々子、半年前から体作りに励み、自分の運動不足を猛省したと言うことですが、実力のほどが楽しみです。そしてアリス・マーガトロイド。人形も観客席で応援しています」
「そしてゴールキーパーは何とあのメイド長、十六夜 咲夜です。メイド服を脱いでも時間操作は変わらない。卑怯過ぎる人材と言えるでしょう」
視界の端でフランドールが舌打ちするのが見えた。
何かいざこざがあったのかもしれない。
「続きまして、永遠亭サイドの入場です」
椛が叫ぶと、逆側の応援席が沸いた。
流石にホームグラウンドだけあって兎達の数が多い。紅魔館も大分メイドを動員したようだが、ものの数ではない。
藍も負けぬよう、声を張り上げた。
「が、少々ハプニングが発生」
会場がどよめく。
「藤原 妹紅選手が、まだ、到着、していません」
「このまま、10分後の試合開始に間に合わなければ永遠亭チームは失格です」
兎達が一斉にどよめき、驚きを露わにした。
「これだから、信用できないと言ったんだ」などの声も聞こえる。
「ブーイングです。自軍選手にブーイング、これは先が思いやられますねえ」
と、その時輝夜が兎達の前に躍り出て「黙りなさい、妹紅はきっと来るわ。信じなさい」と一喝するや否や静まった。
「ああ。友情です、ご覧ください。これもスポーツの産んだ絆です」
「しかし、本当に遅いですねえ。大丈夫でしょうか。あっ。ああっ。来ました。中庭の特設スタジアムの上空から登場しました」
妹紅は颯爽と上空から舞い降り、輝夜と固く抱き合った。
「遅くなってすまない」
「やった、もこたん来たっ。早いっ、もう来た」
永遠亭サイドの盛り上がりは最高潮に達した。
正直な所不戦勝を期待した藍は舌打ちしたが、スポーツマンシップに反する、とすぐに後悔する。
「この友情劇には、さしもの慧音先生も形無し。さあ、いよいよ試合開始です」
「選手入場」
会場が沸いた。
「まずは主将の八意 永琳。フォワードです。永遠亭は7人での出場となりますが」
と、そこまで言った時に会場が一旦、放送が途切れた。
「すみません、大変長らくお待たせしてすみません。ただ今、審判の四季映姫・ヤマザナドゥ から一時中断の指示が出ました」
本格的なブーイングが起こる。
橙も苛立たしげに爪を出し入れした。
「永遠亭側の血液検査の結果に何か不具合があったようです」
「少々、お待ちください。すぐに試合が始まると思いますので、しばらくお待ちください」
なんかほのぼのしてていいなぁ。
ギャグならなんの問題もないッスねw
>が、<6―2>となった7回裏、まさかの逆転ホームラン、一気に形勢逆転。
6-2からでは満塁ホームランでも同点止まりです
>8回裏、試合は延長戦にもつれ込むかどうかの瀬戸際を迎える。
野球は9回までで10回からが延長戦ですよ。中学生野球とかでは7回までで8回から延長だったりしますが
幻想郷の人材じゃ、卑怯じゃない人材のほうが難しいなwww
スポーツに国境は無いのですね!
間違ってたらすみませんけど
完封は零点で試合を終わらせた時に使うのでは?