Coolier - 新生・東方創想話

私の愛称 貴方との相性

2008/11/24 15:02:56
最終更新
サイズ
24.96KB
ページ数
1
閲覧数
1039
評価数
8/41
POINT
1830
Rate
8.83
注)この二次創作は、東方の世界観を損なうかもしれない描写が含まれています。
  キャラ崩壊が苦手な方は引き返すか、御覚悟を固めお読み頂ければ嬉しい限りです。















「―――なぁ、お前の名前はパチュリー・ノーレッジだよな?」

場所は紅魔館の地下にある大図書館。
夥しい数の長大な本棚に敷き詰められた書物は、知識の森と呼ぶに差し支えない。
その中心部に、ぽっかりと小さく開けた空間があり、そこには古めかしい書斎机が一脚あった。
机の上には堆い魔道書の山と、仄かな光を灯すランプが置いてある。
そして、机に向かって腰掛けるは、この色こそ我が象徴とばかりに上から下まで紫のカラーリングを施した一人の少女。
対面に座するは、黒白の服にとんがり帽子がチャームポイントの、金髪の少女―――霧雨魔理沙だった。
魔理沙の突然の問いに、パチュリーと呼ばれた少女は、活字に向けていた目線を上げ、不機嫌そうに眉を寄せた。

「……それは何を意図した質問なのかしら?」
「ん? ああ。ここに来る途中、新米メイドがお前の名前を間違えてたのをチラリ、と耳にしてさ。パチェリー様、って言ってたんだぜ。
『仕える屋敷の賓客の名を間違えるとは何事か』と咲夜にこってり絞られてたっけ」
「そう」
「でも、わたしはそのメイドの気持ちが分からないでもないんだ。お前、普段レミリアにはパチェって愛称で呼ばれているんだろ?
この屋敷の事をよく知らないヤツからすれば、パチェリーの略称だと思われても仕方ないぜ?」
「……彼女が悪い、って言いたいの?」
「違う違う。わたしが言いたいのは、何で本名をもじったような愛称なのか、ってことだ」

レミリアの名前が出た事で、一層眉間にシワを寄せるパチュリーに、魔理沙は慌てたように質問を変えた。
そんなことを聞かれてもパチュリーには、わからない、としか返しようがない。
あの稀有なネーミングセンスの持ち主である、紅い吸血鬼がつけてくれた自身の渾名。
しかし、パチュリーはその渾名が気に入っているし、自分が有象無象にどう呼ばれようとも毛ほども気に留めない……のだが。

「……魔理沙。どうしてそんなことを気にするの?」

彼女にとって、目の前にいる黒白の魔法使いは有象無象の類ではない。
名前云々のつまらないやり取りよりも、どうして魔理沙がそこまで興味を持つのかが、彼女は気になった。

「別に、純粋な疑問だぜ? ……でも考えてみれば、パチュリーもパチェリーもそう大して変わらないよな。
わたしもこれからパチェリー、って呼ばせてもらおうかなぁ~?」

そう言って、意地の悪い流し目でパチュリーを見やる彼女に、知識と日陰の少女の表情が翳った。

「……冗談でも止めなさい。それはとても不愉快な行為だわ」

さっきは毛ほども気に留めない、と述べたが、それが近しい者からなら話は別である。
本を盗まれたり、静かな時間をこうして妨害されている節もあるが、基本的にパチュリーは魔理沙の努力や才能を認めている。
自分と対等の『人間』である、と。
この館に住み着く以前、自分を魔女と恐れ呼び、忌み嫌い続けていた人間たちとは違う。
数十年もの間、孤独を愛し、それでも他者の温もりを心の何処かで求めていたパチュリーに出来た―――二人目の友人。
そんな彼女に、自分の真名を誤って認識されたり呼ばれたりするのは、不愉快というよりも悲しい。
自分を嫌っていた人間たちは、一度も……私の本当の名前を呼んでくれなかったのだから。

「……もし、本当にその名前で呼ぶと言うのなら、私も貴方の呼び名を改めるわ。
―――魔理雄、…そうね。これからはマリオとでも呼びましょうか?」
「げげっ! なんだそのどこぞの配管工みたいなアクセントは!」
「大声を出さないで頂戴マリオ。ホコリが上がるじゃないの」
「わ、わかったわかった! わたしが悪かった! 謝るから勘弁してくれっ」

心底イヤそうな顔で、両手を挙げる魔理沙。
ちょっとおふざけが過ぎた点は自覚があったのか、あっさりと白旗を揚げたようだ。

「それじゃ、罰として今度こそちゃんと答えなさい。どうして愛称なんかに拘るの?」
「……いや、さ。その……」

改めて同じ質問をするパチュリーに、魔理沙は何を思ったのか頬を朱に染め、両手の指をもじもじ、とからめ始める。
そんなに言いにくいことなのか、とますます不可解に思ったパチュリーの耳に、蚊の鳴くようなか細い声が届いた。

「……だってさ。お前らばっかずるいじゃないか。
そりゃお前らの付き合いに比べたら、全然日は浅いかもしれないけど、わたしは霊夢ともアリスともお前とも……」

愛称で呼び合ってない。
最後の方は声が細すぎて聞き取れなかったが、何を言わんとしているかはパチュリーにも理解出来た。
つまりは、羨ましかった、…のだろうか。
渾名で呼び合えるような、女の子同士にありがちの気軽な関係に。
普段はそう言った様子を微塵も見せないクセに、魔理沙は時たまこうして乙女の面を覗かせる。
いつもの横柄な態度とのギャップに、パチュリーの頬が緩みかけたが、慌ててそれを引き締めると、元の能面な顔に戻った。

「……言いたいことはわかったけど、私をパチェ、と呼んでいいのはレミィだけよ」
「わかっているさ。……あーあ、なんか変な弱みを見せちまったみたいで気分悪いぜ」
「そんなに照れる事ないじゃない。むしろ魔理沙にも歳相応の感性があったようで微笑ましいわ」
「バカにしてんのか? お前らからしてみれば確かにわたしはガキかもしれないけどなっ」
「いじけないで。代わりと言ってはなんだけど、近いうちに私から貴方にプレゼントしてあげる」
「プレゼント?」
「……貴方の愛称」

パチュリーの提案にフンッ、と魔理沙は鼻息を荒げるも、その口元は僅かに綻んでいる。
そんな彼女のどこか嬉しそうな様子に、ついに堪え切れなくなったのか、パチュリーは知らず微笑みを浮かべていた。








静寂の夜。
夜は静かにかくあるべきである。
大図書館もご他聞に漏れず、本の森はいつもなら完全に寝静まっている頃合であった。
もう丑三つ時に差し掛かっているというのに、森の奥には未だに微かな明かりが灯っている。
そこにはパチュリーが、ぶつぶつと何かを呟きながら利き手に持ったペンで沢山の名前の羅列を作っていた。
こんな時間まで起きているのも珍しければ、その時間を読書に費やさない事が尚珍しい。
彼女はその気になれば、一週間ぶっ通しで文字を追い続けることだって可能だ。
しかし、病弱な身の上を気にしてか、無理はしないよう心掛けているらしい。
その無理を押してまで、パチュリーは一体何をやっているのか、気になっていた者がいた。
夜の王はその翼を羽ばたかせ、パチュリーの眼前へと降り立った。

「こんばんはパチェ。貴方がこんな時間まで起きているなんて珍しいわね」
「こんばんはレミィ。……私の呟き声でも拾ったのかしら?」
「……ええ。小さいとはいえ貴方の声だもの。聞き逃しはしないわ」

相も変わらず、夜の吸血鬼の五感とは恐ろしいものだ、とパチュリーは心の中で毒づく。
咲夜の空間操作によって、紅魔館の内部は外観よりも遥かに広く、そして深くなっている。
恐らくは自室で優雅にお茶でも飲んでいたであろうに、直線距離で十町以上は離れてるこの図書館での声を聞き分けたのだ。
パチュリーが顔を上げると、レミリアの傍に静かに控えているメイド長も視界に入った。
咲夜の手元には小さなトレイがあり、その上に湯気の立ち昇ったカップが二つ載っていた。
大図書館の司書であり、自身の使い魔でもある小悪魔には、すでに床に就いてもらっている。
こういったさりげない気の回し方が、彼女が瀟洒なメイドと呼ばれる所以なのだろう。

「ところで何をやっているの? 新しい魔道書の執筆でもしていたのかしら?」
「……いいえ。魔理沙の愛称を考えていたところよ」
「愛称?」
「私と貴方が愛称で呼び合っているのが羨ましかったみたい。だから、ほんの気まぐれに、ね」
「……へぇー、あの子がね。でも気まぐれにしては随分と熱心に考えているようだけど?」
「……嬉しそうな反応を見せてくれたのよ。だから、適当に考えた名前で彼女を失望させたくないだけ」
「ふふ、良い仲なのね。少し妬けてしまうわ」

いつの間にか用意されていた安楽椅子に腰掛けたレミリアはそう言って、口元に手を当てクスクス、と笑った。
レミリアの後ろに立っていた咲夜も、魔理沙の意外な一面に、少し驚いたような顔をする。
咲夜が用意してくれた紅茶を傾け、一息ついたパチュリーは感慨深げに紅魔館の主の方に顔を向けた。

「……ねぇレミィ。貴方の懇意を受けてから、もうどれほど経ったのかしらね」
「過去を振り返るのは好きではないわ。貴方や美鈴、そして咲夜。
沢山の家族に近しい者たちに囲まれたこの箱庭で、フランと共に生きている今が、私にとっての全てよ」
「……本当に丸くなったわ貴方。優しいのは昔からだったけど、いつからそんなにそれを表に出せるようになったの?」
「こんな穴蔵に引き篭もってばかりだから気付かないだけじゃない?」

パチュリーの問いに苦笑いをしたレミリアは、フン、とそっぽを向いてしまう。少々照れ臭かったのかもしれない。
レミリアはれっきとした怪物とはいえ、その外見は十になるかならないかくらいの少女である。
そんな彼女の外見相応の仕草に、パチュリーは魔理沙にしたように眦を下げた。
……他者との触れ合いによって変わったのはレミリアだけではない事に、彼女は気付いていない。

「それで? 一体どんな愛称を考えたの?」

照れ隠しのつもりなのか、レミリアは一転して興味深そうにパチュリーの顔を覗き込んだ。

「……マリッペ、なんてどうかしら? 彼女の名前、横文字じゃないから正直弄りにくいのよ」
「うわぁ……」
「な、なによその反応。貴方にだけはネーミングセンスについてとやかく言われるのは心外だわ」
「……咲夜、今の名前どう思う?」
「度し難いかと」

不安げな顔で魔理沙の愛称候補を挙げたパチュリーに、レミリアは露骨に顔を歪めた。
そんな吸血鬼の残念そうな顔を見て、パチュリーはついつい声を荒げて反論してしまう。
では第三者に聞いてみようか、とレミリアは後ろに控える咲夜に話を振ってみせる。
ここで初めて口を開いたメイド長の一言は、パチュリーを愕然とさせるに十分な破壊力だった。

「そ、そんな、あんまりだわ。それならマリボーはどう? マリポンなんて結構自信あるんだけど!?」
「……あんまりなのは貴方よ。そんなに魔理沙を涙の海に沈めたいの?」
「……」

焦燥に駆られたパチュリーの口から名前が出る度、レミリアは血の気の通ってなさそうな青白い顔をますます真っ青に染め上げる。
咲夜も無言で佇みながらも、その頬には冷や汗が流れていた。
彼女がレミィというまともな愛称を考えたのは、つまり奇跡に近いことだったのかもしれない。
二人は、主従の契約を交わしたはずの小悪魔が、未だに主人から名前を冠していない理由が今わかった気がした。

―――小悪魔は嫌だったんだ。彼女から名前を与えられるのが。

三人の少女の間に流れる雰囲気が重苦しいものになりかけた時、涙目になったパチュリーから再び口撃が走る。
むきゅー、という擬音が頭上から飛んできそうなくらい彼女は憤慨していた。

「なによなによなによっ。それじゃ貴方たちはもっといいアイディアがあるっていうわけ!?」
「落ち着きなさいよパチェ。魔理沙を喜ばせたいのなら、もっと彼女の特徴を表わせられるような名前が好ましいじゃない?
……そうね。例えばコスミック・霧雨、とか。ファイナルフュージョン・魔理沙とか」
「……お嬢様。それはもはや愛称ですらないですわ」

レミリアが人差し指をピンと立て、愛称なるものは何たるかをパチュリーに説明する。
うんうん、としきりに頷くパチュリーだったが、あまりのやり取りに、そこで咲夜が思わず口を挟んだ。
冷や水を浴びせられた二人は、ジロリ、と完全で瀟洒な従者を睨み付ける。
レミリアに『咲夜』と名付けられたのは、彼女にとって誇りであり、在り方であると思っている。
しかし同時に幸運でもあったのだ、とその事実を噛み締めながら、咲夜は静かな声で二人を諌めた。

「……別に愛称などなくてもよいのではないでしょうか。結局、それは友情に付随する副産物的なものです。
そんなものを無理して作らなくとも、お二人の仲に揺らぐことは起り得ないと思いますが」
「何を言ってるの? ここまで来たらこれはもう聖戦よ。私の意地と名誉を賭けた、ね。
自分から振った約束も満足に果たせないようでは、私の沽券に関わる。……パチュリー・ノーレッジの名折れだわ」
「よく言ったわパチェ。それでこそ私の認めた七曜の魔女よ。私も微力ながら協力させてもらうわ!」
「レミィ……ありがとう」

何やらいい話っぽくまとまってるが、その先に待っているものが魔理沙の落胆顔だと思うと、なんともやり切れない。
ああでもないこうでもない、と一晩中熱く語り合っている二人を眺めていた咲夜は、念入りに時を止めた後、盛大な溜息を吐いた。








「―――よう、パチュリー。遊びに来てやったぜ」
「……また鼠が私物を喰い散らかしに来たのかしら?」
「はは、また随分な物言いだ。ただ、わたしを駆除するのは相当に骨が折れると思うがな」

レミリアと試行錯誤を繰り返したあの夜から数日後。
愛称をつけてもらう、と約束を交わした魔理沙は、普段よりも足繁く紅魔館に通うようになった。
どういった名前をつけてもらうのか、楽しみだと思う気持ちは勿論ある。
だが、足を運ぶたびにゲッソリ、と痩せ細っていくパチュリーの姿がそれ以上に気になった。
今日も目は虚ろ気だし、普段よりも椅子の背もたれに体重を預け、ぐったりとしている。
そんな衰弱した主の様を、近くに控えていた小悪魔が心配そうに見つめていた。
顔を合わせる度に交わす、いつもの憎まれ口にも何だか妙にキレがない。
一体何があったんだ、と口を開こうとする魔理沙よりも前に、パチュリーが片手を挙げてそれを制した。

「みなまで言わないで。……私は貴方の来訪をずっと待っていたのだから」
「あん? 何だ、わたしにそんな特別な用事でもあったのか?」
「約束を忘れたの? 魔理沙に愛称をつける、と以前に言ったじゃない」
「ホントか? 全然切り出してこないからお前こそすっかり忘れてると思ってたぜ」
「……忘れるものですか。何のために今日まで悩みに悩んだと思っているの」
「……もしかしてお前、それでそんな」

気まずそうに目線を逸らした魔理沙に、パチュリーは静かに首を横に振った。

「自惚れないで頂戴。私の体調が悪いのは貴方のせいじゃない。
これは、今まで他人とのコミュニケーションを怠ってきた私に対する試練だったの。
ここまで誰かのことを考え、悩みあぐねた経験は、あまり記憶にないわ。
むしろ良い機会をもたらしてくれた、と貴方には感謝しているくらいよ」
「……何て言ったらいいかわかんないけど、……へへ、嬉しいぜ」
「……」

パチュリーの言葉に、魔理沙は照れ臭そうに鼻の下を掻いた。その顔は言葉通り本当に嬉しそうだ。
だが、そんな微笑ましい二人を見て、小悪魔は何故か複雑そうな顔をした。
その神妙な態度は、これから起こる出来事を予見しているようにも見える。
彼女はただ祈るばかりであった。どうか主の今までの徒労が少しでも報われますように―――

「―――○リリン」
「……ん?」
「今日から貴方を○リリン、と呼ぶわ。どう? 可愛い名前でしょ?」
「………………んん?」

何だよく聞こえなかった、もう一回言ってくれ、といった風に魔理沙は声を発する。
それに対してパチュリーは、クリ○ン、の部分を強調して聞き返した。
笑顔のまま固まる魔理沙。
凍結する空気。
……終わった何もかも、とがっくり項垂れる小悪魔。
いくらなんでもそれはないですよぉ~、という小悪魔の涙声に、心底不思議そうな顔をするパチュリー。
魔理沙は少々腰が引き気味になりながらも、震える声でパチュリーに怒鳴りつけた。
これなら、先日付けられた魔理雄の方がまだマシというものである。

「おっ、お前はわたしに髪と鼻を捨てろでも言いたいのかっ!?」
「な、何のこと? 私には○リリンの言ってることがよくわからないわ」
「その呼び名はやめろっ! 真面目に考えてくれたのはわかるが、却下だそんなもん!」
「そ、そんな。マリリンじゃ捻りがない、ってレミィが言ってたのに……」
「それだって往年女優の名前じゃないか! っていうかあいつに頼るなっ!」
「……ちゃんと頭文字は伏せているじゃない」

どよーん、と某騒霊も真っ青な鬱のオーラを漂わせるパチュリーに、流石に魔理沙も言い過ぎたと思ったのか言い淀む。
何かフォローを入れようとした魔理沙の肩を叩いた小悪魔は、悲しそうな顔で首を横に振った。

「……今日はもうお帰り下さい。半端な慰めはかえってパチュリー様の傷口を広げます」
「で、でも……」
「……ではわたしもこれからその愛称で貴方をお呼びしましょうか? ○リリンさん?」
「うぐっ。……わかった、今日のところはこれで帰る」

苦々しい表情で踵を返した魔理沙だが、立ち去ろうとする前に、くるりと首だけをパチュリーの方に向けた。

「……その呼び名は正直イヤだけど、わたしもお前に感謝している。…ありがとな」

伝えたいことを伝えた魔理沙は、ホウキに跨ると、風のように飛び去っていった。
それを確認した後、小悪魔は何でもないことのように、紅茶のお代わりを持ってきますね、と声掛けた。
今は一人になりたいだろう、という彼女なりの配慮である。

「……ねえ小悪魔」
「はい? 何でしょうかパチュリー様」
「……何でもないわ。貴方の言う通り、慰められても余計惨めになるだけ…ね」
「わたしには難しいことはよくわかりません。
でも自分のお気持ちを滅多に表に出したがらない魔理沙さんが、素直にお礼を仰って下さいました。
……それで十分ではないでしょうか?」
「……でも彼女は受け入れてくれなかった。……貴方のように」
「それでは準備がありますので、わたしはこれで失礼しますね」

優雅に一礼すると、小悪魔は逃げるように早足で駆け去って行く。
そこには、本も読まずに机に突っ伏す意気消沈した少女が、一人残された。








「……なんですって。貴方がつけた愛称を突っ撥ねたの? 彼女」
「ええ、それはもうものの見事に、ね」
「許せないなあいつ。今からでも家に赴いて八つ裂きにしてやろうかしら」
「……それなら代わりに貴方がこの名前を受け取ってくれる? レミィから○リリンに」
「ひえっ!? ゆ、許してパチェ! それだけは……」

魔理沙の愛称を思索し始めた夜から恒例となった、パチュリーとレミリアの対談。
しかし、今夜はパチュリーの様子がおかしかった。数日間の努力が実を結ばなかったからである。
パチュリーの落ち込みぶりに、レミリアはギラリ、と爪を立てたが、次の彼女の一言でブンブンと激しく首を横に振った。
そんな狼狽ぶりを傍で見ていた咲夜は、呆れるべきか主の可愛らしい慌て様に悶えるべきかで、首を捻って黙考している。

「……要は、自分に置き代えて考えることが重要だったのね。
私だってそんな愛称を付けられてしまったら、怒りでどうにかなってしまいそうだわ」

パチュリーのしみじみとした感想に、呆れるべきだ、と咲夜は判断した。
いくらなんでも今更すぎる。
そんな基本的なこともわからなかったなんて、彼女はどれだけコミュニケーション不足だったのだろうか。
勿論、そんなことを口に出すなどという差し出がましい真似は控えたが。

「でも、それは裏を返せば、まだまだ発展の余地があると言うこと。
今度こそ魔理沙を見返せるような愛称を、また考え直せばいいだけじゃない」
「……もういいのよ。レミィ」
「どうして? あからさまに拒絶されたんだぞ。悔しくないのか?」
「仕方のないことだわ。そも生物に命名なんて柄にもない真似、私には土台無理な話だったのよ。
せいぜい生み出した土人形にでも名前を与える程度が、私にはお似合いなのでしょうね」
「寂しい事言わないでよっ! 不可能を可能にする。それが貴方の専売特許じゃなかったの?」
「……わかって。もう疲れたのよ。…疲れた。私からは話すことはもう何もない。寝るわ」
「パチェ……」

そう言って、フラフラと寝床に向かって歩き出すパチュリーに、レミリアはその小さな拳をギュッ、と握り締めた。
今も静かに佇む咲夜に対し、ボソッ、とまるで独り言のように小さく呟いた。

「……私が間違っていたのか。お前の言う通り、いらぬ節介を無理に焚き付けた私が」
「恐れながら申し上げます。結果の是非は論じませんが、私の知る主の辞書にミステイクなどという文字は存在致しませんわ」
「……」
「そして、私の知る黒白の魔法使いも、この結末にそのまま満足するような少女ではありません。
お嬢様ならば、もうある程度この先が見えているのではないかと」
「……そう、ね。そうだわ。部外者の私たちにこれ以上出来ることは何もない。悔しいけれど、あとはあいつに任せるしかないのね」

主人の言葉に満足したのか、咲夜は口元を緩め、恭しく頭を垂れる。
レミリアは、パチュリーが去っていた方角に数秒だけ首を向けた後、そのまま勢いよく跳躍した。








夜が明けても、パチュリーの重い気分は晴れないままであった。
いつものように、体裁を取り繕うかのように、黙々と古書に視線を落としてはいる。
だが、モヤモヤとした雑念がフィルターとなって、文章が素直に頭の中に入ってくれない。
自分でも意外だと思えるほどに、パチュリーは気落ちしていたようだった。

「……もう二度と、誰かに名前を与えるなんて真似はしない。絶対に」

心に巣食った、そんなヘドロのようなストレスを払拭するかのように、パチュリーは繰り返し己に言い聞かせる。
後悔を念頭に置く事で。自身の行いを間違いだった、と断ずる事で。
少しでも気持ちを前に向けようとする。忘れてしまおう、と試みる。
頭でっかちな考え方かもしれないが、本が人生の伴侶である内向的な彼女にとって、それしか解決策を見出せなかった。
今は魔理沙の顔をあまり見たくないな。そんな事までぼやき始めたその時。

「よう、遊びに来てやったぜ」
「今日は帰って。本なら好きなだけ持っていってもいいから」

まさに最悪ともいえるタイミングで、魔理沙が連日パチュリーの前に顔を出した。
今日は来ないと思っていたのに、とパチュリーは顔に出さずとも焦りを見せる。
今はまだ気持ちの整理がついていない。もしかしたら口汚く八つ当たりをしてしまうかもしれない。
そんな自分を魔理沙には見せたくなかった。だからこそ帰って欲しかった。
なのに、魔理沙の態度はいつにも増して、実にフランクなものであった。
つれないヤツだ、と肩をすくめた魔理沙は、そのまま満面の笑みで彼女の元に近づき、椅子ではなく机の上に腰を落とす。
これにはパチュリーも呆気に取られ、信じられないものを見るように、魔理沙の笑顔を睨み付けた。

「……聞こえなかったの。私は帰れ、と言ったのよ。早急に。今すぐに」
「まだ昨日のことを根に持ってんのか? ったく、これだから日陰女はネチネチしてて始末に負えないんだよな」
「なっ、なんですって……」
「そりゃま確かにお前のセンスは酷いものだったけど、わたしはもう気にしていない。一晩寝たらこの通りだぜ。
なのにお前は未だに引き摺っている。……ホントわたしとは正反対の人種だよ、お前は」
「魔理沙……貴方……」
「根暗で、臆病で、複雑で、取るに足らない挫折に面白いくらい落ち込んでくれやがる。わたしとの相性はまるで最悪だ。
……それとも何だ。その態度は私はこんなに傷ついているんだぞー、ってわたしに対する当て付けのつもりなのか?」
「……上等じゃない。表に出なさいよ。そこまで弾幕勝負に飢えているというのなら、久々に相手してあげてもいいわ。
ただし、いつものように五体満足で帰れるとは思わないことね。……焼き尽くしてやる」

激昂したパチュリーは、そのまま勢いよく椅子から立ち上がった。
その顔は幽鬼のように蒼白なのに、目だけは憤怒でギラギラ、と輝いている。
しかし、急に立ち上がった事で脳が揺れたのか、眩暈を起こしたパチュリーはフラフラな足取りで魔理沙の胸に身体を預けた。

「お、おいおい。ホントに具合が悪いのか? 顔が真っ青だぜ」
「……さわら、ないで。……な、何が愛称よ。貴方なんかに、……貴方なんかに私の何がわかるっていうのよっ!」
「やれやれ。お前からもたれかかってきたクセによく言うぜ。
おまけにヒステリック、ってか。こりゃお守りの小悪魔には同情を禁じえないぜ」
「こいつッ! まだ言うかっ」
「ああ、いくらでも言ってやるさ。ただし、それはお前をベッドに運んでからだぜっ―――と!」
「……きゃっ!」

言うが早いか魔理沙はクルリ、と背を向けるとそのまま両手でパチュリーの足を担ぎ上げ、その身体を自身の背中に背負わせた。
一言で言うと、おんぶをしたのである。

「流石に私の腕力じゃお姫様抱っこなんて無理だからな。悪いがこれで我慢してくれ」
「お、降ろして! 降ろしなさい! 許さないわよ。こんな屈辱を与えた貴方にはそれ相応の報いを」
「おいおいそんなに暴れるな。わたしだっていっぱいいっぱいなんだぞ!」

魔理沙の言葉にふと目線を下げると、パチュリーの身体を支えている腕がブルブルと震えているのがわかった。
彼女の名誉の為に言っておくが、これは決してパチュリーが重いのではなく、単に魔理沙が非力なだけであるので悪しからず。

「……何よ。私みたいな根暗で複雑な日陰女なんて、そのまま打ち捨てて置けばいいじゃない」
「あはは、本当だ。お前は本当に世話の焼けるヤツだ。……だから放っておけないのかな」
「……いつもとはまるで逆の立場ね。こんな醜態を晒すなんて私もついにヤキが回ったのかしら」
「たまにはいいんじゃないか? パチュにはいつも世話になっているからな。
義理人情に厚い魔理沙さんなら、これくらいの事御茶の子さいさい―――」
「―――魔理沙。今、何て言ったの?」

流石にこの高さから落とされるのは御免被るのか。
大人しく魔理沙に背負われていたパチュリーが、ふと聞き慣れない単語を耳にした。
汗を流しながらも余裕を装う魔理沙の言葉を遮って、思わず尋ねてしまう。

「あん? お前もしかして疑ってんのか? わたしはこれでも義理堅い方なんだぜ」
「そうじゃなくて、その前。……私の、呼び名が」
「……ああ。お前の愛称はアテにならないから、こっちからつけてやった。パチュって愛称はイヤか?」
「イヤじゃ……ないけど。どうして?」

あそこまで罵っておいて何故、私の愛称なんかわざわざ考えてくれたのか。
もしかして、今日はそれを伝えるためにここまでやって来たのか。
混乱しているパチュリーに、魔理沙は今までにないくらい落ち着いた声でゆっくりと彼女の問いに答えた。

「どうしてもこうしてもないぜ。パチュって愛称は、元々あの約束を交わした日から考えていたものなんだ。
お前がわたしの愛称を決めてくれた瞬間に、同時に言ってやって驚かせてやろう、と思ってな。
なのにお前ときたら、忘れているかと思いきや、トンデモナイ名前を考え付いてくれやがって、私の方が別の意味で驚いたぜ」
「……」
「……わたしは名前を捩ったり捻ったりするのは苦手だ。だからそのまま単純に略した。
だけど、これはわたしとお前だけに通じるわたしたちだけの愛称だ。……お前とレミリアみたいにな」
「……魔理沙」
「ん?」
「ごめん。ごめんなさい……。いい名前、考えてあげられなくて」
「んなこと最初に言ったろ。気にしてないって。それよりもウジウジと悩まれている方がよっぽど目の毒だ。
お前ももう気にするなよ。……何だったらわたしと一緒に考えようぜ。レミリア先生よりは役に立つ自信があるぞ?」
「……馬鹿」

そう言って、パチュリーは背負われている魔理沙の身体をギュッ、と抱きしめた。
突然の圧迫感に、魔理沙は顔を真っ赤にして照れながら反応する。

「や、やめろ。そんな着痩せに隠れた豊満な肉体を押し付けるなっ。
特に背中に当たっている胸の部分が、パルスィの気に当てられちまってだな―――」
「……ホントに馬鹿」

嬉しかったのに、どうしてそんな台無しなセリフを吐くのだろう。
と、パチュリーは拗ねたように、今度は彼女のクセのある金髪にその顔を埋めた。

「おいこらっ! や、やめろ、くすぐったいじゃないか!」

彼女の髪は、その色のイメージ通り、暖かくてお日様の匂いがする。
確かに魔理沙は自分と違う。パチュリーとは一番縁遠い存在なのかもしれない。
―――でも。

「ねえ、魔理沙」
「ん?」
「……もう一度、私の名前を呼んで」

自分との絆を欲してくれている。
いくら残ったかも知れない自分の温もりを、彼女は求めてくれている。

「なんだ、気に入ったのかパチュ。だったら飽きるまでベッドの上で聞かせてやるぜ」
「……卑猥な表現はやめなさいよ、もう」

魔理沙は本当におかしな人間だ。
自分とは真逆の存在なのに。自分が大嫌いなタイプの人間であるはずなのに。
いつの間にか惹かれていた。拘っていた。
長く凍てつかせていたハズの自分の心が、何故こんなにもあっさりと氷解してしまったのだろう。
そんな疑問を抱いたパチュリーは、しばし考え、そしてすぐに結論に至った。

「ねえ、魔理沙」
「今度は何だ?」
「さっき、貴方は私とはまるで正反対で、最悪の相性だって言ったわよね?」
「そんなこと言ったっけか?」
「言ったわ。……でもね、だからこそ今の私たちがいるのだと、……ふと思ったの。
磁石のように引き寄せあって、足りない部分を互いに補って。そして今、私は貴方と本当の意味で友人になれた気がする」
「おいおい、酔ってんのか? ……今更、何当たり前のこと言ってんだよ」
「……ええ、少し深酔いしてしまったみたい。だから、一度しか言わないからよく聞きなさい」
「……?」

「―――ありがとう魔理沙。貴方に出会えてよかった」
「―――ッ!」

耳元で囁かれたその言葉に、魔理沙は赤面し、そしてふにゃふにゃと足に力が抜けてしまった。
覚束ない足取りながらも、魔理沙は何とか姿勢を保とうと踏ん張ったが、どうやら非力な少女には既に限界が来ていたらしい。
そのまま二人の少女は、押し競饅頭よろしく床に突っ伏し、蛙の鳴き声のような悲鳴を上げる。
うっすらと微笑を浮かべ、本棚の脇で覗き見していた小悪魔が、そんな二人に慌てて駆け寄った。
三作品目、四度目の投稿となります発泡酒です。
初めての方も、そうでない方もあとがきまで目を通して下さり、感謝感激で御座います。
今回のパチュマリ(マリパチュ?)は如何だったでしょうか。
今作こそは、絶対にキャラ崩壊を起こさせないことを目標に頑張ったのですが。

―――次におまえは、『十分壊れてるよ』と言う!

ってな感じですね。すみません。
あと、それじゃ大妖精はどうなんだ、って突っ込みがあるかもしれないですね。
その理由は皆さまのご想像に任せる、ということで(逃
それでは今回はこれで失礼します。最後まで読んで下さってありがとうございました!
発泡酒
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1390簡易評価
7.10名前が無い程度の能力削除
冒頭の注意書きにある「東方の世界観を損なうかもしれない描写」「キャラ崩壊」は
本文のどの辺りが該当するのでしょう?
内容はシンプルな題材を引っ張りすぎて冗長になっているように思います。
正直、途中でダレました。
「いつキャラ崩壊するんだろう?」と期待しながら読んだせいかもしれませんが。
9.無評価名前が無い程度の能力削除
>―――次におまえは、『十分壊れてるよ』と言う!
そのようなことは微塵も思わない実に平々凡々とした抑揚の無い話でした。
11.20名前が無い程度の能力削除
ネチョ板っぽいな
12.40名前が無い程度の能力削除
別段、キャラ崩壊もなし。後書きで心配するほど壊れてはいないので安心してください。壊そうと狙っていたのであれば、足りませんが。
本文では表現や比喩に余分なものや誤りが目立ちます。そのため、中だるみしやすいです。
例えば、『始末が終えない』は『始末に負えない』、もしくは『始末が悪い』が正しいかと。
全体の構成はしっかりしているので、まずはそういった細部を直して短くわかりやすくしていくといいのではないでしょうか。
14.70煉獄削除
氏がいうほどキャラ崩壊していないどころか、別に崩壊してないじゃない?と、
いう感じでしたが。(苦笑)
愛称ですかぁ・・・・しかし二人のネーミングセンスは崩壊してたかな。
私は中々楽しめました。
16.70名前が無い程度の能力削除
上の方々も言ってるように、キャラ崩壊というほどのものではないと思います。

自信がないからなのかどうかはわかりませんが、注意書きで予防線をはるのはあまりよくないですよ。

最後に、僕はこういう作品好きです。これからも期待してます!!
22.無評価発泡酒削除
皆さん、コメントありがとうございます。
マジですか? キャラ壊れていませんか? 感激です。みんなありがとう!
前作でキャラの認識不足を嫌というほど痛感させてもらいました。
少し自信喪失気味になっていたので、尚更嬉しいです。
文章がくどかった、という意見が多かったようですね。次回作の課題とさせて頂きます。
それと誤字のご指摘ありがとうございます。修正しました。

>「いつキャラ崩壊するんだろう?」と期待しながら読んだせいかもしれませんが。
咲夜さんと小悪魔は崩していないかな、と正直思っていました。出番少ないし。
でもその他のメンツが…。本気で自信なかったので、注意書きを設けました。期待を裏切ってしまって申し訳ない。

>平々凡々とした抑揚の無い話でした。
誉め言葉ですよねそれ!? 今作のコンセプトは正しくそれですので、本望でございます。

>ネチョ板っぽいな
おk、それは俺にネチョの才能があるということですね。わかります。

>まずはそういった細部を直して短くわかりやすくしていくといいのではないでしょうか。
しかとそのお言葉承りました。これからも頑張ります!

>氏がいうほどキャラ崩壊していないどころか、別に崩壊してないじゃない?と、
その言葉が欲しかった。救われました。ありがとうございます。

>注意書きで予防線をはるのはあまりよくないですよ。
恥ずかしながらその通りです。自信なかったです。
俺が崩してないと思ってても、他の人たちが同じように見てくれるか不安で仕方なかったんです。
だから、もし「キャラ崩壊している」と判断されるかもしれない今後の読者の為に、注意書きは残させて頂きます。
慎重に越したことはありません。チキンなんです。どうかご理解頂ければ、と思います。
最後に、ご期待に応えられるよう頑張ります! ありがとうございました!
27.80sirokuma削除
>マリッペ  ぶはっ
>コスミック・霧雨  腹筋崩壊ww
てか魔理沙に愛称付けるのは難しいだろうww
あとパチュマリご馳走様でしたー!
29.80名前が無い程度の能力削除
おもしろかったですよー。
次も期待してます。
30.70名前が無い程度の能力削除
実に面白かった。それぞれにらしさが出ていたと思います。
ただそれゆえに前書きが邪魔だったかと。あれだけで引き返す人もいたでしょうし
私自身色眼鏡で見てしまいました。
31.無評価発泡酒削除
>>27 >>29 >>30の皆さま
ありがとうございます! 新作投稿したので是非読んであげてください!