Coolier - 新生・東方創想話

絶望の末に残された道は

2008/11/24 12:31:04
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 最近、妙な夢を見る……
暗い夜道の傍らで、ただ静かに、何かを待っている……。そんな夢だ
草木が風に揺られるも、私は風を感じない。……夢だから
月を見上げるも、私は眩しさを感じない。……夢だから
行灯を提げて歩く一人の人間が、私の目の前を横切ろうとする

 それに反応して私は立ち上がり、一振りの刀を構えて……



 そこで私は目覚める。もう何回目だろうか、これ程までに目覚めの悪い朝は……


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


『自我を斬る』


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 襖の僅かな隙間を通して、目映い光が部屋の中へと差し込む
その光は、私の瞼を強く刺激し、否応無しに私を目覚めへと導く

「……また、あの夢か」

 軋む体をゆっくりと起こし、自身の感覚を少しずつ取り戻す
普段は温もりの残った布団の中へ再び体を潜り込ませて、もう一眠りしようとでも考えるのだが、どうも最近は質の悪い夢に魘されて、そんな気分にならない

「朝……か。幽々子様の朝食を作らなければ……」

 寝間着を脱いで、寝汗で濡れた体を手ぬぐいで払拭した後に普段着へと着替える
布団を折り畳み、部屋の隅にある押入れへと収納した後に、自らの顔を数回叩いて完全に覚醒したのを確認する
襖を開け、私は白い吐息と共に寒さに身を震わせた。目の前に広がる庭は雪の絨毯に覆われており、冬が来たことを一層強く感じさせてくれる
私は冷えた簀子に悪戦苦闘しながらも、早足に調理場へと向かった



 調理場では既に、冥界で暮らす幽霊の数々が忙しそうに朝食の支度をしていた
私も微力ながら調理を手伝い、朝食が完成したのを見届けた後に、習慣となった庭の見回りを行う

「今日も特に異常は無しっと」

 ここ白玉楼の主"西行寺幽々子"を守り、従者としての任を全うすることが私"魂魄妖夢"の日常である
毎朝、幽々子様が起床する前に、私は必ずこうして庭中を見回って、不審者が闊歩していないかどうかを確認するのだ

「おはよう、妖夢。今日も寒くて二度寝したくなるような朝ね」

 後方から聞こえてきたのは、我が主のゆったりとした声であった

「おはようございます、幽々子様。朝食の準備ができておりますので茶の間へ向かいましょう」

 調理場から漂う香りも徐々に強くなり、今日も白玉楼の朝は何事も無く始まる
私は幽々子様の斜め後ろに付き添いながら、共に茶の間へと歩みを進めた



「御馳走様でした」

 幽々子様が両手を合わせて、空となった食器へ優雅に一礼する

「お粗末様でした」

 それに応じて、私も一礼。その後、食器を調理場へと片付けて洗い物を始める
どの食器も美しい彩色が施されており、目を瞠る物ばかりである
所詮ただの庭師である自分に詳しい値は解らないが、素人目でもそれなりの価値はあると断定できる程の美しさだ
そう思うと、洗い物も一つ一つ丁寧に、そして慎重になる
そんなことがあり、私は何時しか洗い物が非常に楽しく思えるようになっていた
気分も良くなり、鼻歌を奏でながら食器を洗っていると、頭の奥で、微かに誰かの声が聞こえた気がした

「幽々子様。今、何か仰いました?」

 茶の間で寛いでいる主が、何らかの理由で私を呼びつけたのかと思い、私は主に尋ねてみる

「何かしら? 私は何も言ってないけど……。あ、妖夢。今日の昼食は新鮮な山菜の炒め物が食べたいわ。時間ができたら人里へ行って貰ってきて頂戴」

 主が何か言った訳でもなかったようなので、私は空耳だと自分に言い聞かせながら、気にせずに洗い物を続けることにした
山菜なら、自警団を務めている蓬莱人に頼めば少し提供してくれるだろう
私は洗い物を終えた後に、主の言う新鮮な山菜を求めて顕界へと降りることにした



 顕界も、冥界と別段変わる様子も無く、同じ様に雪の絨毯が地面を見事なまでに覆っていた
自警団を務める蓬莱人"藤原妹紅"は、迷いの竹林と呼ばれる、鬱蒼と生い茂る竹林の入口に住居を構えていると聞く
私はそれらしき木造の小屋の前に立ち、寒さで薄らと赤くなった手で戸を軽く数回叩いた

 ……が、中から返事は聞こえず、どうやら何処かへ出かけているようだった

「仕方ない、少し時間はかかるけど人里に行くか……」

 私は懐にあった財布を開き、山菜を購入する充分な金銭を持っていることを確認して、人里へと向かった



 今の時間帯の人里は非常に賑わっており、四方八方から威勢のいい声が断続的に聞こえていた

「お、西行寺さんとこの庭師じゃないか! どうだい、冬は林檎が美味しいよ!」

 過去に起こした異変の後、しばらくの間は人里からも恐れられてはいたものの、今ではこうして対等な立場で話せる人間が増えた
人里に並ぶ商店街を歩いていると、よく声をかけられて色々な品物を勧められたりもする

「……一つくらいなら大丈夫、かな?」

 目の前に突き出された見事な光沢の林檎に、つい財布の紐が緩みそうだったが、山菜を買いに人里へ来たのだから、私的な出費は極力避けるべきだと思い直す

 ……しかし、旬の林檎を笑顔で堪能する主の姿を想像して、つい店主に言ってしまった

「……林檎を、二つください」



「毎度あり! また来てくれよ!」

 今、私は片手に林檎が二つ入った袋を提げて商店街を歩いている
幽々子様に旬の林檎を食べさせたかったという建前の裏にある、美味しそうだから私も食べたかったなどという私欲を理由として林檎を買ってしまった自分を、きつく叱ってやりたかった
きっと主は林檎を食べたがっていたに違いない、自分が食べたかったから買ったんだろう、と頭の中で天使と悪魔が戦いを繰り広げている間に、山菜を扱う店へと到着していた

 残っていた金銭で山菜を購入し、昼食の準備に取りかかる為に、私は急いで白玉楼へと戻ることにした
気付けば、あちらこちらから品物を勧められたり、里の守人である賢人"上白沢慧音"と話し込んでしまったりと、少々時間を費やし過ぎていたからだ

 ちなみに、急ぎ過ぎた帰り道中で林檎を一つ落として、たまたま下を通りかかった永遠亭の薬師に旬の果物を献上してしまったことは忘れることにした



 白玉楼の調理場へと急ぐと、朝食の準備をしていた時と同じ面子の幽霊達が、既に昼食の準備に取りかかっていた

「遅れてごめんなさい! 急だけどこれで炒め物を作って欲しいの!」

 息を切らせて頼み込む私の気迫に、幽霊達が一歩(幽霊達に足は無いが)引いていたが、ちゃんと食材を受け取って炒め物を作り始めてくれた

 昼食に出てきたのは、甘い香りを漂わせて、一品だけ無性に浮いていた林檎の炒め物だった
幽々子様も、流石に林檎の炒め物には戸惑い「お、美味しそうな炒め物ね……。旬のくだ……食材を使った料理は彩りを与えるわ、うん」と苦笑しながら箸を運び、口に含んだ後「うん……」と少々残念そうな笑顔を私に向けて、残りは全て私が処理することになった

「変に慌てると色々と失敗するから常に冷静になりなさい」

 本日の幽々子様の有り難いお言葉、反省……。



 日も暮れて、昼の失敗に対する自責の念も漸く熱りが冷めてきた頃。私は、妖怪桜"西行妖"の下で剣の修練を行っていた
まだまだ未熟な剣の腕である私は、常日頃から剣の修練を欠かさずに生活してきた
先代の白玉楼の庭師であった私の祖父は、尊敬する師であり、目指すべき壁でもあった
小さく踏み込み、刀を振り下ろす。刃は空を斬り、私の腰の辺りの高さでピタリと止まる
もう何回この素振りを行ってきただろうか。物心ついた頃から続けていることだけに確かな回数は解らないが、億は越えていることだろう
そんなことを考えていると、前方の空間に亀裂が走り、その隙間から大妖"八雲紫"が帽子を片手で押さえながら逆さの状態で現れた

「5億8913万7401回よ」

 胡散臭い口調で、私が考えていた素振りの回数を平然と答える
普通の人間が見れば「適当に答えているに決まっている」と考えるのが普通なのだが、八雲紫の常識はずれな記憶力を知っている者から見れば、この提示した回数が正しいということが解る

「幽々子様なら茶の間で煎餅を食べていますよ」

 紫様が白玉楼に来る理由は大抵、旧来の友人である幽々子様と話し込んだりすることである
主の居場所を教えて、私は変わらぬ姿勢で刀を再び振り下ろす

「……5億8913万7402回目」

「……5億8913万7403回目」

「もう、何なんですか!」

 こう傍らで素振りの回数を小声で数えられては、折角の集中力も途切れてしまう
修練の邪魔をしに来たのかと、私は修練を一時中断して紫様へと向き直った

「別に……。たまにはあなたとお話するのもいいかな? って思っただけよ」

 手に持った扇子を口に当てて微笑する大妖は、隙間の中へと潜り込み、私の後方に走った亀裂から現れ音を立てず着地した

「例えば……そうね。あなたが最近見る悪夢とやらを、お話してくれませんこと?」

 自分だけしか知らない悪夢のことを問われて、私の思考が一瞬だけ停止した
いくら紫様と言えども、他人の夢の中にまで介入することが可能なのか。夢と現の境界を操るくらいだから、他人の夢を覗くことも可能だというのか
停止した思考が、間を空けて動き出したと同時に、いくつもの考えが頭の中を駆け巡る

「夢に入ったり覗くなんて大層なこと、私にはできませんわ。でも……あなたが寝てる間にこっそりと寝顔を覗く、とか。その程度のことなら容易なことくらい、あなたも解るでしょう?」

 他人の寝顔を覗き見するなんて趣味の悪いことだ。ということは置いておくとして、悪夢に魘されて夜という時間に多少なりとも身構えているのは事実である
幽々子様に話して、余計な心配をかけるのは気が引けたが、目の前にいる紫様に話すのならどうだろう
不本意ながらも、話し相手になってくれるというのなら断る理由は無く、私は毎晩見る悪夢の詳細を紫様に相談することにした

「最初は……そう。人里から程近い夜道で――


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 最初は、人里から程近い夜道で黙々と座り続けるだけの夢でした。別に何が起こる訳でもなく、ただ延々と……
特に何も起こらず、体感としては数分でしょうか。そこで私は目が覚めました



 次の日は、夜道で座り続けるだけではなく、夜道から少し離れた場所で剣の修練をする夢でした
ただ、その日の夢の中では剣の修練の出来に満足できなかったのか、自分の手を握ったり開いたりして感覚を確かめている自分がいました



 その次の日は、夜道で座りながら……そう。誰かを待っている、そんな夢でした
誰を待っていたのかは解りませんが、この日の夢では目的の人物どころか、誰一人として目の前を通る者はいませんでした



 そして今日の夢です、先日と同じく夜道で座り続けて誰かを待っている夢でした
目の前を一人、人里の人間が行灯を提げて通ろうとしてたんです。そこを、私は……


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「もう、いいわ。それで充分」

 いつの間にか、私は身を震わせながら話していたらしい。その両手は自らの肩を抱くように組まれていた

「安心なさい、今日は大丈夫。そんな夢を見ることは無いわ」

 紫様は私の頭を抱き寄せて、赤子の頭を撫でるのと同じように私の頭を撫で始めた
何故か、この時は普段の「恥ずかしいから止めてください」といった言葉が出なかった
紫様に頭を撫でられながら、私の意識は途切れて……



 朝、私は目が覚めると自分の部屋の布団で横になっていた

「確か……紫様の膝枕で眠っちゃって……」

 まだ意識が朦朧とする中、美味しそうな匂いが私の鼻腔を刺激する。そこで、私はふと気付く

「ちょっ、朝食の支度! あわわわわ……!」

 自分の腹時計が、物欲しそうに唸りながらも確かな時間を知らせる。確実に寝過ごしてしまった
普段着に着替えるのも忘れ、調理場へと全力疾走する。もしかしたら幽々子様も既に起床しているかもしれない時間である

「み、皆! 朝食の支度って……ゆ、紫様?」

 幽霊達が忙しそうに右往左往しているはずの調理場には、頭巾と割烹着に身を包んだ紫様が何事かという顔で私を見ながら立っていた

「あら、随分と遅い朝だこと。それに……可愛い寝間着ね」

 ここで私は自分の恰好に気付いた。着替えるのも忘れて私は何をやっているのだろうか
すると、そんな私に追い打ちをかけるかのように、後方で襖の開く音がした

「あら、妖夢。寝間着姿で何してるの? 髪も寝癖で酷いわよ?」

 そんな、羞恥心を凝縮した気の込められたダブルパンチを朝から受けた私は、先日と全く同じ、幽々子様の有り難いお言葉を頂くことになった、猛省……



 紫様が作ってくれた朝食は非常に豪勢だった。どこから食材を手に入れたのかは乙女の秘密として、「どりあ」とかいう柔らかいゴムのような膜に包まれた御飯や、「さらだ」とかいう山菜の詰め合わせなど、食べたこともない料理がずらりと並んでいた
紫様によると、外の世界では「ようしょく」という献立らしい。私達が普段から食べている献立は「わしょく」と言うのだそうだ

「御馳走様でした」

「お粗末様でした」

 いつもなら私が言うであろう言葉を、紫様が満足げな表情で言う。もしかして昨日、頭を撫でられた時に怪しい催眠術とかで眠らされたのだろうかとか考えたが、折角こんな豪勢な朝食を作ってもらっておいて失礼なことを聞くのも野暮なので、おとなしく私も「御馳走様でした」と両手を合わせて一礼した
紫様が食器を片付けようと立ち上がったので、「わ、私がやりますから! 紫様はどうぞごゆるりと!」と自ら進んで食器を調理場へと片付けようと立ち上がる

「いいのよ、妖夢は少し休んでなさいな」

 紫様は、慌てる私を制止して調理場へと食器を運ぶ
そして幽々子様も同じくして、食器を運び始める。その最中

「そうね、どうも妖夢は最近集中力が足りないというか……。うん、罰として昼食は魚の煮付けを作りなさい! あ、昨日みたいに鯛焼きの煮付け……みたいに甘いのは嫌よ?」

 ビシッと人差し指を私に向けて、満面の笑顔で言い放った
その結果、自分が配慮しなければならない二方に後片付けを任せるという、従者としてはあるまじき事態に陥ってしまった
一人ずっと茶の間で座り込むのも気まずかったので、私は「お魚を調達してきます!」と叫んで、複雑な気持ちを胸に白玉楼を飛び出した



「魚か……。また妹紅さんに頼るしかないかな……」

 幻想郷に海は無いので、漁をして魚を売りさばく人間は人里にはいない。よってこの場合、幽々子様が指した魚は川魚ということになるのだが、私は釣りをしたことがない
川に飛び込んで手掴みするというワイルドさ溢れる方法は最終手段として、よく妖怪の山に流れる川で釣りをしている蓬莱人に頼み込んで、魚を分けて貰うのが一番確実だろうと私は考えたのだ

「……今日も妹紅さんは不在、と。どうしよう……」

 竹林の入口に聳える小屋の戸を叩くも、昨日と同じく返事は無い
全く同じような状況に陥ったが、今日は先日と求める食材が違う。人里側も、妹紅さんや妖怪の山に住む河童から魚を提供してもらっているので、市場に並ぶことはまず無いだろう
私はどうしようかと竹林の入口を行ったり来たりしていると、竹林の奥から妹紅さんが歩いて来たのだ。きっと自警団か何かの所用を終えて帰ってきたのだろう

「妹紅さ……」

 私が声をかけようとした瞬間である。目の前の蓬莱人は躊躇いも無く、私に握りこぶし程の火球を飛ばしてきたのだ

「庭師め、漸く見つけたぞ。先日は依頼者が生存していたから追うことはできなかったが、今なら思う存分戦える」

 何を言っているんだろうか。先日といえば、人里で買い物をしたくらいである

「いきなり何を! あ、危ないじゃないですか!」

 すると、どうだろう。私の言葉を聞くことなく、燃え盛る炎を纏わせた腕を振り上げるではないか
間一髪で避けることができたが、次が来たら躱せるかどうか解らない。竹林の肝試しの時に相見えた時とは違って、明らかに目が据わっている
気付けば、先程の一振りで散った火の粉の影響か、私の前髪の先端が少し焦げていた。目の前にいる蓬莱人は、間違いなく私を殺す気である

「危ないだと? 簡単に罪の無い人間を斬り捨てておきながら、よくそんなことが言えたもんだ!」

 斬り捨てた?

 私が人間を斬り捨てた?

 そんな馬鹿なことがあるはず無い。いくら私でも、罪の無い人間を見つけるや否や辻斬りする程に性根は腐っていない

「そんなはず無いって顔してるな……! 間違いなく妖夢、お前だ。人里の人間からも、里人を斬り捨てて走るお前の姿を見たという証言が後を絶たない」

「そんな! 私は昨日、ずっと白玉楼で!」

 覚えの無い罪で襲いかかられるのは御免だ。私は争いを起こさないように、竹林の入口からとんぼ返りするように踵を返した
何とかこの場から逃げ出そうとしたが、私が翻した視線の先には、里の人間達を筆頭に歩み寄る慧音がいた

「その様子だと……どうやら本当のようだな」

 違う、私は里全体を敵に回すような愚行などしない。そう高らかに叫びたくても、現状を目の当たりにして、思うように声を発することができない
その結果、私は無言で俯き、まるで罪を認めるかのような態度しかとることができなかった

「30人」

 慧音さんは静かに口を開き、私の下へと歩みながら人数を告げる

「30人以上。昨夜、お前が殺傷した人間の数だ……! 何を理由に、何を理由にこんな惨忍かつ非情な行動に及んだ。……答えろ! 魂魄妖夢!」

 声を荒げた慧音さんが、私の名前を叫ぶと同時に、鋭く光る両刃の長剣を手に間合いを詰め寄る。完全に挟み撃ちである、もうどうすることもできない
前方から迫り来る守人の哀しみと、後方から迫り来る不死鳥の怒りに脅えながら、抗うことのできない自分の惨めさに涙を流して、半分生死の境を彷徨う身分で在りながら



 私は死を覚悟した


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 ここは…… (あなたの夢の中)

 ああ、いつも夢で見ている夜道だ (そう、草木も眠る丑三つ時)

 あれは……私? どうして…… (心配しないで、何れ解るわ)



 誰を待っているのだろう……。ずっと夜道に座り込んで、私は何を……? (さあ、身を委ねて)

 あれは、行灯の光? ……そうだ、あの時の夢は確か (あなたは私の意のままに)



 ……駄目! そう、そこを通っては駄目! (来たわよ)

 私の前を通ったら……! 嫌! やめて! (刀を抜いて)



 ……そんな! そんな! (自慢の刀の斬れ具合は如何)



 (次は人里に)


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「……夢、……。妖夢……、妖夢!」

 この声は……。私は、また悪夢を……
静かに瞼を開く。私の目の前に、幽々子様と紫様と……その式の"八雲藍"

「大丈夫か? しっかりしなさい、怪我は無いから。ゆっくりでいい、立てるかい?」

 藍さんが、姿勢を低くして私の背中を支えているようだ。まだ意識がはっきりとしない
今までの出来事は、全て夢だったのだろうか。……そんなはずは無い、はっきりと覚えている。慧音さんの哀しそうな目と、妹紅さんの怒りに満ちた目を

「妖夢、あなたに話したいことがあるわ。茶の間へ行きましょう」

 紫様と藍さんの二人が私の腕を肩に乗せ、幽々子様が目の前にある襖を開き、私は覚束ない足取りで茶の間へと向かう
私よりも背の高い二人に肩を貸してもらうと、小さな私は足が少し浮かんでいる気がして、まるで糸の切れた傀儡みたいで……



 茶の間に敷かれた座布団に下ろされた私は、少しずつ落ち着きを取り戻すことができた
妹紅さんに話しかけようとしたら攻撃を加えられて、逃げようと振り返ると慧音さんが里人を率いて私を捕らえようとして
頭の中で、先程までの出来事が未だに整理できず、まるで複雑に絡まった縫い糸を目隠しして片手で解こうとする。そんな無理難題を課され、必死に解決の糸口を探っている。そんな状態で黙り込んでいる私の脳内へと飛び込んできた言葉は、紫様の一言だった

「昨晩のうちに捕らえるつもりだったのだけど……。御免なさい、妖夢」

 何を捕らえるつもりだったのだろうか。里の人間達を襲ったのは、やはり私ではなかったということだろうか

「あなたが見ている悪夢は、何て言えばいいのかしら。……あなたの半霊が原因なの」

「私の、半霊が……」

 私が寝ている間に半霊が一人で顕界へと降り、私が見ていた夢と同じ様に暗い夜道の傍らで佇んでいたということだろうか
私の見ていたのは夢ではなく、半霊が見ていた景色だったということだろうか

「そして、厄介な事に。半人の方の妖夢に取り憑いた悪霊が、半霊の方の妖夢を操る程の力を蓄えてしまったこと。もう……解るわね?」

 紫様が言うには、何らかの原因で私に悪霊が取り憑いて充分な力を蓄えた後に、同じ意識下にある半霊を利用して里を襲った。ということであった

「あの時、妖夢が私の膝枕で眠ってしまった日。私は急いで悪霊の足取りを追ったわ。いくら力を蓄えていても、私や幽々子くらいの力を持つ者なら赤子の手を捻るくらい簡単に倒せる程度の実力だったから」

 そう、だから紫様は私を明るい内に眠りに誘ったのだ。夜は妖怪達の力が増強する時間帯であり、幽霊も例外ではない

「だけど、そこで不測の事態が起こったの。私が妖夢を眠りに誘うことに集中している最中、悪霊は半霊を操って私の意識を失わせようと試みたの。何とか昏倒は避けることができたけど、瞬く間に悪霊もとい半霊は私の視野から姿を消してしまったわ」

 その結果、足取りの掴めない状況が続いて人里での惨劇が起こってしまった、ということであった

「私……」

 私は俯いたまま、ただ何もすることなく罪を受け入れるしかなかった
冥界の庭師として務める身でありながら悪霊に取り憑かれ、自分の意識を乗っ取られる程になるまで気付くことができなかった。間違いなく自分の心の弱さが原因である

「私、半霊を探しに行きます!」

 そんな自分を許せなかった。自分の失態で、人里を惨劇に巻き込んでしまったことに強い苛立ちを感じた
自分のせいで多くの人間が死んだ。自分のせいで多くの心を傷つけた。私は、自分の手で決着をつけなければならない

「妖夢! 戻りなさい! 幻想郷の多くが、あなたを捕らえようと動いているのよ!」

 主の言葉さえも耳に入らない。私は自らの片割れの凶行を止める為に顕界へと降りた



 そして、降り立った先で待っていたのは。楽園の閻魔"四季映姫・ヤマザナドゥ"と死神の"小野塚小町"。もう一人は、見慣れぬ……妖怪だろうか

「丁度いい、魂魄妖夢。あなたのことで相談していたのですよ」

 落ち着いた表情で閻魔は問う

「あなたは、自らの罪を受け入れることを覚悟していますか?」

 こんな所で時間を浪費している暇はない。私は「自分の罪は自分で裁きます」とただ一言、この場を離れようとした
すると私の行く手を妨げる様に死神は、鎌の柄で私の首を捕らえる

「四季様の話は終わってない。静かに聞きな、辻斬り」

 間違いない、彼女達は私を捕らえるつもりでここに来た。そうと解れば大人しくしている余裕など皆無である。動かなければ殺られるのだから
身を低くして刀を抜く。死神が振り下ろした鎌を弾き、間合いを計る

「魂魄妖夢、あなたの特異な性質に悩まされました。半分死んでいる身というのは非情に厄介。生者が行き来できない三途の川をあなたは半分死んでいるという性質上、何事も無く渡り飛ぶことができてしまう」

 六十年周期の大結界異変の際にも、私の存在とその性質についての説法を聞かされた
顕界と冥界を頻繁に行き来する余り、人間として裁かなければいけなくなる時が来ると説かれた

「そう、あなたは人と幾多に渡って関わり過ぎた。あなたを人として地獄に落とさなければならない、今回の惨状を見て私はそう判断しました」

 そして、閻魔の傍らでずっと佇んでいた見慣れぬ妖怪が口を開いた

「私は灼熱地獄跡の管理を任されている、地霊殿主"古明地さとり"。三途の川を渡って死なない人間でも、業火の焔に灼かれてしまえばどうということはない。私は、あなたを焦土の地へと案内する役目を閻魔様から受けました」

 私は、ここで地獄に落とされるとでもいうのか。落とされてたまるか、私はまだやらなければいけないことがある
半霊をここで放置してしまえば、それこそ幻想郷の人妖のバランスが大きく崩れる。博麗の巫女も動き出すかもしれない

「浄頗梨の鏡よ、彼の者の罪を映し出せ……」

 目の前に、二振りの刀を構えた半人半霊。私自身が姿を現す
これは一つの試練だ。私が、私自身の自我を断ち切ることができるのか。それを試す試練である

「彼女の心奥深くに眠る想いを呼び覚ませ……」

 次いで目の前に現れたのは、自らが目指す巨大な壁。私の尊敬する師"魂魄妖忌"
この者達の力を凌駕しないことには、半霊を見つけ出せたとしても迷いが生まれてしまうだろう
実質的に5対1、勝てる見込みなど無い。だが、進まなければならない。勝てるかではない、勝つのだ。自分自身の罪を裁く為に勝たなければならない

「自制の力を持たぬ者よ! 己の罪を悔い改めよ!」


 浄頗梨の鏡。その名の通り、まさに鏡と戦っているかのように錯覚してしまう程、同じ動きで刃を交える自らの分身
そして、後方から振り下ろされる師の一閃を片手で受けるも、余りに強力な剣圧で私は体勢を崩してしまう
体勢を立て直す暇も無い。何時の間に距離を詰められたか、死神の鎌が私を捉える。刀を交差させて一撃を受け止めるが、力による競り合いでは圧倒的に不利である
その上、催眠を促すであろう術を、奥に立つ古明地さとりが放つせいで私の意識は途切れ途切れとなり、意識を集中することができなくなった結果、傍らまで迫っていた者の気配に気付くことができず、私の得物は空中から放たれた閻魔の回し蹴りによって、遥か遠い場所へと弾き飛ばされることとなった

「終わりです、諦めなさい。魂魄妖夢」

 抗う術は無くなった。武器が飛ばされてしまった以上、死神の距離を操る力で、私が再び武器を手にすることはできない
やはり、私は一人では何もできない中途半端な存在だったのだ。今まで、ずっとどこかで人間達を下の存在として考えていたのかもしれない。冥界に漂う幽霊達と西行寺家に仕える私とでは身分が違う、そう考えていたのかもしれない
所詮、私は西行寺という名を借っていただけだったのだ。半人半霊という珍しい存在であるという盾に守られていただけなのだ
何が冥界一堅い盾だ。私は剣に守られていることに気付くことができない愚かな盾だ。主や、その友人である大妖の力を自分の力と勘違いし、それに驕り甘えていただけの哀れな存在
今まで培ってきたありとあらゆる物全てが、大きな音を立てて崩れ去った気がした。気付けば私は、地に膝を付いて頭を抱えて涙を流していた

「嫌だ……。消えたくない、私はまだ消えたくない!」

 もう私に自尊心なんて無かった。今の生活を失いたくない。たった一匹の悪霊に自分の存在、居場所を全て奪われてしまったという事実に目を向けたくなかった私は、ただ必死に泣いて懇願した

「ならば……。今、この場で魂魄妖夢の自我を斬って見せなさい」

 そう言って、死神が私の前に出して見せたのは、力無く垂れた私の半身。探し求めていた、今回の惨劇の主犯である黒く変色した半霊であった。その色から、悪霊が取り憑いていることが確かに解る
涙で滲んだ視界の先には、二本の刀が並んでいた。手を伸ばせば、どちらも握ることができる距離である

「あなたには二つの選択肢があります。自らの罪を全て受け入れ、目の前の半身を楼観剣で断ち切り、顕界の者として生きていく道。自らの迷いを白楼剣で断ち切り、全てを忘れて何事も無かったかのように振る舞いながら、冥界の者として生きていく道。どちらを選ぶも自由です」

 白楼剣で自分の迷いを断ち切ってしまえば、全てを忘れて何事も無かったかのように普段の日常へと戻るだろう。だが、今回の惨劇で死んで逝った者達や、それによって心に傷を負った者の気持ちは晴れない
顕界へ降り立つことができなくなり、私は冥界の者として生きていくこととなる。だが、本当にそれで良いのだろうか
それでは私は今までと同じ、現実から目を背けて逃げ続けることに変わりないのではないか。罪を受け入れることと罪から逃れることとの間で葛藤が続く

 迷うことは無いだろう、魂魄妖夢。私の心は既に決まっている
私は一振りの刀を手に、目前に垂れ下がる自らの半身を断ち切った



  襖の僅かな隙間を通して、目映い光が部屋の中へと差し込む
この時期の朝は早く、私は瞼を開いて重い体をゆっくり起こす

「もうこんな時間……。早く朝食を作らないと……」

  寝間着を脱いで、寝汗で濡れた体を手ぬぐいで払拭した後に普段着へと着替える
布団を折り畳み、部屋の隅にある押入れへと収納した後に、自らの顔を数回叩いて完全に覚醒したのを確認する
襖を開ける。朝、部屋を出る私を出迎えた景色は……
顕界か、それとも冥界か
それは読み手の皆さんの妖夢の理想像にお任せします

久しぶりに真面目なのを書いた気がします
最初はさとりの想起→爺ちゃん出現→みょんと対峙
っていう流れを書きたかっただけなのですが、じゃあどうやってそこまで持っていこうと考えた結果
……なんか色々と長くなってしまいました

俺の中の紫像は一匹の悪霊如きに不覚を取られる程に弱くねえよ馬鹿!っていう人もいると思います
いいじゃん!完璧な女の子より、どこか抜けた女の子の方が可愛いだろ!
ってことで許してくださいお願いしますごめんなさいすいませんでした

映姫様は体術とかで戦うかっちょいい閻魔だと思う

ここまで読んでくれた方々へ
どうもありがとうございました
Ph
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コメント



0.750簡易評価
10.60名前が無い程度の能力削除
半霊に悪霊が憑いて云々となっていますが、そんなに簡単に憑くものなんでしょうか?
疑問といえば疑問。
それと、さとりたちの登場が急すぎると私は思いました。
映姫様や小町はわからなくもないですけども・・・・。
あ、あと後書きでそんなに「許してください~」だの連呼してるとと逆にムッっときます。

話は面白かったです。
妖夢がこのあと取った行動などが気になるところですけどね。
19.50名前が無い程度の能力削除
序盤の方はキャラが良い味を出していておもしろかったのですが、
中盤から話の展開だけがどんどん先行してしまって、
キャラが薄くなって行ってしまった気がします。

話の内容は面白かったので、尺を伸ばすなどして
キャラを引き立てるともっと面白くなると思います。
超展開且つ急展開は読者もおいてけぼりを食らいますからね。