弱った、と僕は思う。
この森近霖之助、決して短いとは言えない全人生を振り返ってみたが、
ここまでの危機はそうそう無かったような気がする。
駄目で元々、霧雨の剣を持ってこようか。
そんな馬鹿な妄想すら抱いてしまう。
なぜならば。
「香霖堂、なんかこの部屋黴臭いねー」
居ていいはずのない少女がここに居るからである。
この子の姉曰く『お泊まり保育』であり、
この子を連れてきた馬鹿曰く『子育ての訓練だぜ』との事だ。
年長者を拾ってきて何が子育ての訓練だ、と僕は大きく溜息を吐いた。
帽子は姉のもつそれと酷似しているのだが、
赤を基調とした服と、
この世のどのような物とも類似しないその特異な羽のせいで、
吸血鬼というよりはまるで悪魔のように見えるその子の名前は。
「あんまり物を壊さないでくれよ、フランドール」
「分かってるってば。香霖堂はうるさいなあ」
見かけ小さな女の子に屋号で呼ばれるのはこそばゆい気もしたが、
別段不快ではないので放っておく。
店主店主とぞんざいに扱ってくる姉と比べれば幾分マシと言えなくもない。
僕にこの子を預けた魔理沙、そしてレミリアの両人の考えはよく分かる。
パーティの準備の邪魔になるから外に出しておけ、とつまりはそういうことだ。
この部分だけ聞けば酷い話だが、
今回のパーティはフランドールも参加させてあげたいとの事である。
だからこそ、準備の段階で滅茶苦茶にされたくはなかったのだそうだ。
一度パーティが始まってしまえばはちゃめちゃになるのはいつものこと。
フランドールが少々暴れてもそれは許容の範囲内であると皆は考えたのだろう。
結構な事である。大いに結構な事だ。存分にやってくれ。
だが――何故僕にしわ寄せが来るのだろうか。
それに、だ。
準備に力を入れる為、一日かけるとの事である。
つまり、この子を僕は店に泊めねばならないのだ。
あそこのメイドが時間を止めて一人で全ての準備を行えばいいではないか。
何故僕が苦労しなければならないんだ。
挙げ句の果てにはサプライズパーティらしく、これらのいきさつをフランドールには黙っていろとの話だ。
しかし一々文句を言っても仕方がない。
レミリア曰く情緒不安定との事であるし、
こちらのちょっとした失言で逆上してしまう事もあり得る。
いつも以上に神経をすり減らすことになりそうだと思うと僕は辟易した。
それでもまあ頼まれた事は頼まれたことである。
商人は信頼が命であり、レミリアは上客だ。無下にする必要もあるまい。
僕は出来るだけぶっきらぼうに聞こえないようにフランドールに声を掛けた。
「お茶は要るかい?」
彼女は一瞬きょとんとした様子だったがすぐに表情を和らげると首を横に振った。
「いいよいいよ。紅魔館の紅茶と外の紅茶はちょっと違うんだって言ってたし」
「……そうかい」
紅魔館の紅茶、人間の血液。
確かに香霖堂では提供しかねる品である。
しかし退屈は人を殺すというし。
僕が腕を組んでいると、フランドールは困ったような笑顔を僕に向けてきた。
「そんなに気を使わなくてもいいのに」
この子は腫れ物扱いされている事に気がついているのかもしれないな、と僕は思った。
それはそうだろう。何せ話によれば495だか695だか知らないが、
相当の年月を生きてきた子なのだ。
若年者の考えが分かってしまっても不思議ではないだろう。
ならばと僕は少しだけ緊張を崩してから言った。
「君のお姉さんは時と場合に寄っては君以上に僕に気を使わせているよ。
店主と客の関係なんてものはそんなものだ。君は遠慮せずにワガママを言うと良い。
聞けるお願いは聞こう」
ふうん、とフランドールは足をぶらぶらさせながら僕の話を聞いていたが、
「マジメなんだねえ」
などと分かっているのかいないのか、よく分からない返事をした。
そして何か難しい顔をしてじっと黙っていた。
何か考えに耽っているのだろう。
ひどく真剣な表情である。
僕は邪魔をするのもどうかと思い、本を開いた。
十分が過ぎ、二十分が経過する。
フランドールは未だに何かをじっと考え込んでいるようだった。
実にマイペースな子である。
僕は読み終えた本(つまらないので速読である)をカウンターに置き、新しい本を開く。
紅魔館の大図書館では様々な本が眠っているとの事である。
別段読書好きというわけではないが暇つぶしにはもってこいだろう。羨ましい限りだ。
更に二十分ほどが経過した頃だろうか、フランドールが口を開いた。
「ねえ」
なんだい、と僕は聞き返す。妖怪などというものはどいつもこいつもマイペースだ。
この子も少しだけ人とずれた時間感覚の中を生きているのだろう。
少々歪な生活をしてきたようだし。
「香霖堂は店主なんでしょ」
「そうだね」
僕は頷いた。
「ここに来る人はお客さんなんだよね」
「そうなるね」
じゃあ、とフランドールは至極不満そうな表情で言った。
「それじゃあ、香霖堂には友達が居ないの?」
僕はふむ、と息を吐いた。
「ここを香霖堂だと思って入って来た奴にとっては僕は店主だ。
だが、ここを森近霖之助の住居だと思って入ってきた奴にとっては僕は友人ということになる。
前者は君やレミリア。
後者は魔理沙や霊夢だね」
魔理沙たちは間違いなくここを店とは見ていない。
ここであの子達が代金を払ったところを僕はどうしても思い出すことが出来ないのだ。
まあ魔理沙から正当な交渉の上で手に入れたくず鉄たちの価値を考えれば大した問題ではないが。
見ると、またフランドールはむっとした表情で言う。
「私は別にここをお店だと思って入って来てないよ」
僕は肩を竦めた。
「依頼主が僕を香霖堂店主として見てくれた、そして君を預けた。
この行為だけが問題なんだ。
だから君が何をどう思おうが、僕にとって君は客だ。
君の考えなんて聞いてないよ」
言ってから、僕はしまったと思った。
こういう台詞は本心から出るものではない。
幻想郷にはありがちな言葉遊びである。
だが、フランドールがそういう少し深読みが必要な会話を解するとは思えない。
おまけにこの子はそこそこに真剣である。
少し無神経だったか、と僕は思う。
「香霖堂は面白い奴だって魔理沙は言ってたよ」
むっとしてフランドールは言う。
「そうだね。魔理沙は僕を漫才の芸人か何かのように宣伝するきらいがあるらしい。
ここに来る連中はみな僕を見てそういう愚痴をこぼすんだ。勘弁して欲しいね」
これは本心である。
魔理沙の人となりを知る連中は、そんな魔理沙が楽しそうに語る僕という存在に興味を持ち、
そして香霖堂を訪れ、むっとする訳である。困ったものだ。
ネガティブイメージが定着しなければいいのだが。
客が来ないとさすがに困る。
「つまんないなあ……折角友達が出来たと思ったのに」
「僕の友人になるのは至難の業だよ。
そこいらの凡人と交友をはかるつもりはないんだ」
僕はそう言って紅茶を啜った。
「まあ君がここの商品を全部買ってくれるんなら喜んで友人になるけれど」
「……むーっ」
これは冗談だと分かったらしい。怒ったように僕を睨め付けてくる。
全く、こういう性格の子をどうして魔理沙たちは僕に預けようなどと思ったのだろうか。
まるで僕が適任だと言わんばかりの態度だった。
彼女達は少々僕を過大評価するきらいがあって困る。
「なーんか香霖堂って自信過剰だよね、意外と」
「自分を正当評価しているだけだが」
僕は霧雨の剣を持っている。
その真の名は草薙の剣、である。
つまり天が僕を認めたと言っても過言ではないということである。
「じゃあ私もスゴイ吸血鬼にならないと友達になってくれないんだ」
そうだね、と僕は頷いた。
「少なくとも君の姉くらいには凄い吸血鬼になってくれ」
「あいつってそんなに凄いやつなの?」
フランドールはきょとんとして首を傾げた。
身内の事は案外よく分からないものである。
スカーレットデビル、レミリア・スカーレット。
凄いという言葉で表す事すら失礼である。
ここに来て早々大暴れして幻想郷の『弱さ』を妖怪の賢者達に教授し、
その上でスペルカードルールを用いた異変の雛形とでも言うべきものを幻想郷に示した。
ここに来てからの歴史は非常に浅い妖怪だ。
だが、レミリアは今の幻想郷の中では五指に入るほどの功労者であることは間違いない。
実の妹がそれを分かっていないとは、なかなかに可哀想な姉である。
「君のお姉さんは大した妖怪なんだよ、本当に。
ただ強いだけじゃあない。
勿論、少々考え方が幼い所はあるが、それを差し引いてもあの子は物事の深い所を見つめる術に長けている」
そうかなあ、とフランドールは不満そうだ。
「だってあいつ、みんなでポーカーやってる時に『私がフルハウスで勝つのは運命で決まってるのよ』とか言って、
ぶた出して負けるような奴だよ?」
「……まあそんな事もあるかもしれないね」
メイド長、レミリアの台詞は時を止めてカードを揃えろという暗喩だろうに何故それに気がつかないのだ。
まああの子はあれで天然が入っているので仕方がない事かも知れない。
完全で瀟洒なメイドとは口が裂けても言えない。
白玉楼の半人前と比べればまだ幾分マシかも知れないが。
「僕の店に来た時も、『ふふん。相変わらずホコリっぽい……へくちっ』とか言ってたしね。
ザマを見ろだな。僕にはホコリを操る程度の能力があるんだ。
香霖堂を馬鹿にしたらホコリに襲われる事をよく理解しておけという。
吸血鬼なんて物の数じゃあないね」
「またまたあ、嘘ばっか……へくちっ!!!」
沈黙が降りた。
フランドールの表情が驚愕で見開かれる。
「う、うわあ……本当にホコリを」
「違う」
僕は慌てて弁明した。
そんな噂が立ってしまえば間違いなく魔理沙に笑われる。
『こーりーんっ! ホコリか、ホコリ操るのかお前!
あはははははっ!!!』
……情景が目に浮かぶようだ。あの子に笑われるのだけは許せない。
僕があの子を見下ろして高笑いするのであって、その逆はあり得ないのだ。
「……それからフランドール」
「ん?」
こてん、と可愛らしく首を傾げる彼女に僕は無慈悲に言う。
「鼻をかめ」
わ、とフランドールは驚いたように自分の鼻に手を当てた。
べとり、と鼻水が掌にくっついてしまったようだ。
えへへ、と恥ずかしそうに苦笑をもらした後――
あろうことか、彼女はその手を僕の袖で拭った。
「なっ……」
「汚れちゃった」
僕の袖がね。
「うーん……むずむずする」
背を向けて一時的撤退を試みようとする僕の腕を恐ろしいほどの膂力でねじ伏せ、フランドールは押し倒す。
そして僕の服に顔を埋めて、ちーん、と。
絶望的な音と共に鼻をかんだ。
フランドールはご機嫌な様子で顔を上げた。
「これでばっちりだね」
「いやむしろばっちいよ」
僕はげんなりと溜息を吐いた。べっとりと、鼻水がこびりついた服を見てがくりと肩を落とす。
何故か苦笑が漏れた。フランドールは不思議そうに首を傾げる。
「なんか楽しそうだね。うん、私も楽しい」
「楽しいわけがあるか……昔の魔理沙を相手にしているみたいで疲れるだけだ」
まあ、僕はいつも昔の魔理沙を――
「昔の魔理沙は可愛かったって香霖はいつも言ってるんだぜ、って魔理沙が言ってた」
「……聞き間違いだ」
「なんか滅茶苦茶嬉しそうに言ってた」
「それはどうでもいい……」
魔理沙はとことん余計なことを言う癖があるらしい。
いや、らしい、ではない。言うのだ。
あの子は人が困るだろうと思う事を本当に楽しそうに吹聴するのだ。
その腕前は天狗も真っ青である。
「香霖堂、香霖堂。私可愛い?」
「小憎たらしいよ」
「えへへ」
僕が怒っていないのが分かったらしい。
いや、僕の性格が分かってきたらしい。
嫌味を言ってもにこにこと笑うだけだ。
まずいな、と僕は思う。
もしかしたら、なつかれたかも知れない。
495だか695だかの、年寄りのばあさんに、だ。
夜まで、本当に今までここまで動く事があったか、と思うくらい外で(外でだ!)大暴れした僕とフランドールは今、
げんなりと奥の間で横になっている。目の前ではストーブが赤々と暖かな光を発している。
夕食をとってから数時間、何をするともなく僕らはごろんと雑魚寝しているわけである。
外ではしんしんと雪が降っている頃だろう。僕は自分の目と鼻の先に転がっているフランドールに言う。
「全く……あんなに大暴れしたのは久方ぶりだからしもやけになってしまったんだが」
フランドールはそれを聞いてくすくすと笑う。
「息がこそばゆいよー」
「人の話を聞けと言う……」
やれやれと溜息を吐く。だが確かに距離が近すぎるのは確かだった。
僕にもフランドールの息がかかった。
吸血鬼には人を魅了する力があるというが、
少なくともこの子にはそういうものは皆無だな、と僕は思った。
ぽむぽむと魔理沙にでもするように僕はフランドールの頭を叩いた。
「君は少し、おてんばが過ぎる」
「なんか閻魔みたいだね」
「僕が閻魔だ」
「怖いねえ」
くつくつとフランドールは笑う。
「でも久しぶりかも」
「何がだい?」
僕が小首を傾げると、フランドールは意地悪そうに笑った。
「食事の後にデザートが出なかった事だよ。
香霖堂貧乏みたいだからね。今度お金あげよっか?」
「……失礼な。僕とて君に食後の菓子を食わせる財力くらいある」
「嘘ばっかりー」
フランドールはくつくつと笑う。
ここで腹立たしいのは、フランドールは現状に本当に満足しており、
菓子を食う為に僕を挑発しているのではなく、ただからかっているだけだということだ。
つまり本当にフランドールは僕が菓子を作る金もないと思っているのだ。
それは許し難い事である。僕は何とかして菓子をこしらえようと考えた。
だが、どうやって?
手間をかけすぎてはフランドールは寝てしまう。第一材料がない。
僕はしばらく熟考する。
そして、ずいぶんと昔に魔理沙に作ってやった、まさに子供だましの一品を思いついた。
不適な笑みを浮かべて僕は立ち上がる。問題ない。アレならば、この部屋でも作れる。
「待っているといい、フランドール。すぐにでも君にデザートを用意してやろう」
「ええっ、良いよ。私そういうつもりで言ったんじゃないし。
年寄りの冷や水だよ、そういうのってさ」
「使い方が間違っている! それと僕は無理をしてはいない!」
全く、と大きく息を吐いてから、僕はどたばたとあわただしく部屋から出る。
用意するのは、ザラメ、水。そして爪楊枝に古いお菓子の型だ。後は小皿やら何やら小物を用意し、そして、それとは別にある物を用意する。
昔は魔理沙達にもよく菓子を振る舞っていたのだが、今ではあまり頼まれなくなってしまった。
やはり大人になったということだろう。少々淋しい気もするが、などと考えながら僕は奥の間に戻る。
フランドールは目をきらきらさせて待っていた。やはりお菓子は楽しみなのだろう。
「何それっ!」
「ふふん。砂糖と水。これだけさ。ただこれだけで絶品のお菓子を作ってみせようじゃあないか」
僕自身も少しだけ昂揚しながら(実は菓子を作って喜ばれるのはちょっと好きだった)型にザラメと水を入れ、ストーブの上に置く。
そして型に爪楊枝を置いて、じっと待つ。本当は鍋で煮詰めてから型に流す方が楽なのだが、
僕ほどの熟練者ともなればストーブと型さえあれば作成可能である。
ストーブの温度は設定がきかない。気がついたら一瞬にして砂糖が消し炭という事も良くある。
一個の大きさがそれなりであれば随分楽なのだが、今回作るそれはたいして大きいわけでもない。
まさに時間との戦いである。料理が下手な人ならば先ず間違いなく焦がす。
いや、そもそもストーブの種類によっては十分な熱量を与えられない事があるかもしれない。
それともその逆のパターンの方が多いのだろうか。
まともな人間ならばストーブの熱に我慢できずに諦める。だが僕はそうではない。慣れた作業である。
水が泡立ち、そして――
「香霖堂っ、色が変わった!!」
「僕には物の色を変える程度の能力があるんだよ」
そう言って小さく笑い、僕は熱された型を小皿の上に置く。
そして、温度が冷め、液体が固体に変わったところで、僕はそっと型を外す。
つやつやと美味しそうな光沢を放つそれを見下ろして、僕は満足げに頷いた。
「ほら、飴のできあがりだ」
「飴っ!? 飴ってこうやってできるの!?」
「基本的にはね」
僕はそう言って一つフランドールに渡した。
わあっ、と嬉しそうにそれを見やる表情は霊夢や魔理沙が初めて見たときのそれと全く同じものである。
昔に立ち返ってしまった気さえするがフランドールの方がまだ良い子かもしれないとも思う。
いやいや、あの頃の魔理沙はそれでも可愛かったのだ。今は見る影もない。
フランドールは飴を光にかざして楽しそうに言う。
「金色だねえ」
「べっこう色と言うんだよ。だからというわけではないがその飴の名はべっこう飴という。
駄菓子屋なんかでもあんまり売ってない品でねえ。作るのが容易すぎて商品にならないということだろうか?」
カルメ焼きなどもその部類に入るだろう。縁日などではよく目にするのだが。
アレを作るのにはかなりの訓練を必要としたのだが……。
「べっこう色かあ。紅魔館のデザートじゃあこんな綺麗なの見たこと無いなあ」
「そうかい」
僕は小さく笑って、今度はストーブの上に水をたっぷりと入れたやかんを置いた。
フランドールはべっこう飴を手に持ったまま、尋ねる。
「もしかして、まだ作るの?」
「そのもしかしてさ。まあ、今度のは即席の品だけれど。
折角の機会だから外に出て雪見でもしてみないか?」
フランドールは喜んでくれるだろうと思ったのだが、少しだけ難しそうな顔をした。
気に召さなかっただろうかと僕は思ったが、この子は少し嬉しいことを言ってくれた。
「でも、香霖堂は寒いの嫌いだって言ってたし」
僕は一度だけ頷いた。
「大丈夫だよ。今から用意するものは、そんな寒さなんて一瞬で吹き飛ばしてしまうからね」
森近霖之助は大魔法使いに違いないとフランドールは思った。
だってそうだ。
べっこう飴は砂糖から出来ているのだから砂糖みたいな味がする筈なのだ。
だけれど違う。
それの味は砂糖とはなんだか違う。
もっと柔らかくて少しだけ古めかしい味がする。
そして、今口を付けているそれは。
「すっごく温かい」
「そうだろう。本当は懐中汁粉じゃなくて、ちゃんと作ってあげたかったんだけどね。
今度来てくれた時には振る舞おう」
「うんっ」
どんな魔法も使っているようには見えない。
だけれど汁粉を嚥下するたびにからだがぽかぽかと暖かくなる。
とろっとしたこの液体を見ていると幸せな気分になってくる。
フランドールはお礼を言おうと思って霖之助を見た。
だけれど、霖之助は難しい顔をして黙っていた。
何か言いたいことがあるのかも知れない。
恥ずかしがり屋だからきっと言い出せないのだ。
「香霖堂、何か言いたそうだよ?」
だからフランドールは言葉を促した。
霖之助は何故か困ったような、情けないような微妙な笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「いや、大した事じゃないんだ。
君が今回ここに置いてけぼりにされた事でお姉さんを恨んでなければいいんだが、と思っただけで」
多分それがずっと気にかかっていたんだろうなあ、とフランドールは思った。
魔理沙も霊夢も言っていた。
森近霖之助は面白い奴だ、良い奴だ、と。
人の事などあまり話さない二人があちこちで吹聴するその気持ちが、フランドールにはなんとなく分かった。
「別にそーいう気持ちはもってないかな。あいつにはあいつなりの考えがあるんだろうし。
紅魔館に戻ったら香霖堂がどれだけ良い人か教えてあげようと思ってる」
「勘弁してくれ……」
頭を抱える霖之助が少しだけおかしかった。
「ねえ香霖堂」
「なんだい?」
心配事が無くなったのか、霖之助の表情は少しだけ柔らかくなっていた。
それでもなお無愛想であることには変わりないのだが。
フランドールは右手を伸ばした。
ありとあらゆる全てのものを破壊するその手にふわふわとした白いものが落ちて、ゆっくりと溶けて、そして消えた。
その繰り返しをのんびりと見ながら、フランドールは言った。
「雪もすっごく綺麗なんだけどね……その、ここから見る星もすごいんだっていう話を聞いたことがあるんだ」
「そうだね」
霖之助はどこか懐かしそうな顔をした。なにか、ここから見る星空にちなんだ思い出があるのかも知れない。
フランドールは落ち着かなさそうに汁粉を啜ったり足をぶらぶらさせたりとしていたのだが、やがてぼそぼそと言った。
「今度は晴れた日に来てもいいかな……。その、お月見に向いた満月の日と、星を見るのにいい新月の日に」
霖之助はずず、と汁粉を啜った。こちらの心配など知ったことかと言わんばかりのマイペースでそれをのんびりと嚥下し、
そして悪戯っぽい表情で人差し指を立ててから言う。
「どうしようかな。人の服を鼻水でべたべたにしてしまうような子を呼ぶのはちょっとなあ」
「こ、今度はしないっ! しないから!」
慌てて霖之助の服を掴むと、彼はぽむ、と手をフランドールの頭に乗せてから小さく笑った。
汁粉の椀を持っていてもまだ寒かったのだろう、手は赤くなってしまっていた。
フランドールが見上げると、霖之助はそっぽを向いていた。
「今度はちゃんとした汁粉を作ると言ったはずだが。人の話を聞かないのは姉そっくりだな」
まったく、と愚痴愚痴何かを言い出した霖之助を見て、フランドールはまた悪戯を思いついた。
そっと汁粉の椀を脇に置いて、構えを取る。怪しまれてはならない。あくまで唐突に、唐突に――。
「香霖堂、ありがとっ!!」
思い切り、彼の腰に飛びついてみた。
結果は凄まじいもので、
バランスを崩した霖之助は思い切り倒れ、
ひっくり返ったお椀から飛び散った汁粉は折角着替えた服をべたべたに汚した。
それに大して文句を言おうと霖之助は半眼でフランドールを睨め付けたのだが、
上目遣いに見上げてくるその笑顔にさすがの彼も毒気を抜かれたのかお似合いの溜息を一つ吐いた。
「しょうがない子だな……全く」
改めて、霖之助は思う。この子には、全くと言ってもいいほど、吸血鬼としての謎の魅力が無いのだなあ……、と。
次の日。迎えにやってきた魔理沙は何故か酷く不機嫌だった。
何か文句を言いそうな雰囲気が漂っていたので、
べっこう飴を一つ口に突っ込んでやるとぶつぶつ言いながらも、
大した騒ぎは起こさずにフランドールを連れて出ていった。
やはり大した菓子だ、と僕は爪楊枝をつまみ、残った最後の一つを口に含んだ。
少しだけ幸せな味がした。
今日のパーティはきっとすばらしいものになるだろう。
魔理沙も、フランドールも、存分に楽しんで欲しいものである。
「さあて、開店だ」
恐らくつまらないであろう本を開き、僕はずず、と熱い汁粉を啜った。
お話の内容とその雰囲気がとても良いですね。
こんなやりとりをする二人も良い物ですね。
面白かったです。
続きを熱望します!
性格の掴みづらいキャラにもかかわらずここまでしっかりと書いてるのは凄いですね~。
とても良かったです!!
>「だってあいつ、みんなでポーカーやってる時に『私がフルハウスで勝つのは運命で決まってるのよ』とか言って、ぶた出して負けるような奴だよ?」
お嬢様……流石カリスマの権化やで……
中々見られない組み合わせですね!
これはいいフラン×香霖です。
これの続き~みたいなのを書く予定ありましたら楽しみにしてます!
恋愛要素がないのがまたいいですよね
面倒くさがりで見栄っ張りな霖之助の一面を出しつつも、優しい店主である様を思い通りに描いたあなたが素敵です。
それと霖之助まだ微妙に草薙の件で野心があるんだなw
読んでいて気が付いたらニヤニヤしてましたよww
ぜひ、続きを作ってほしいです。
違和感というか空気抵抗が0でその才能に嫉妬
投稿が早いのはうれしい
魔理沙はちょっと嫉妬してるのでしょうか、かわいいなぁ。
ウチは駄菓子屋さんだったのですが、いまでは店をたたんでしまいました。
幻想入りしてくれた事を祈るばかりです。
それにしても与吉さまの霖之助は非常に『らしい』です。
ただの良いお兄さんではなく、霖之助らしさが出ていると思います。
一個だけ、
「べっこう色と言うんだよ。だからというわけではないがその飴の名はべっこう飴という。
駄菓子屋なんかでもあんまり売ってない品でねえ。作るのが容易すぎて商品にならないということだろうか?」
」が変な位置に来てたので御報告します~。
まだまだ推敲作業がずさんなようです。
見られないような物を投稿してしまい申し訳ありません。
以後、注意していきたいと思います。
これからも、誤字訂正、修正指示叱咤激励など頂ければ感謝の極みです。
特に誤字訂正、指示指導は請うてでも頂きたいものです。
この文章は変ではないか、こう書き直せばよいのではないか。
展開がつまらない、急すぎる、緩急がない。
などなどの指導を頂ければこれ以上の幸福はありません。
びしばしと叩いてやってください。
では改めて、本作を楽しんで頂き本当にありがとうございました。
そして、次回では皆様により笑顔を供給できるよう精進したいと思います。
誤字を指摘したつもりが勘違いのようでした。
うわぁ……申し訳ありません、何を読んでいたんだ私は……
改行間違いの方でしたね。
お早い修正は素晴らしいです。
ただ、そこまでヘリくだらなくても、与吉さまは充分に実力を持っておられます。
もっと胸を張ってはいかがでしょうか。
そして、自重するべきは私の方……
あはん。
そして可愛いフランに悶えました。
あと一つだけ。
言い回しがくどいところが目立ったかなと。
霖之助の一人称の「僕は」が繰り返されすぎていたり、フランを焦点に合わせた三人称での「だけれど」の多用などが少しくどく思えました。
もっとスマートな文章に出来たのではないでしょうか、ということでこの点数です。
霖之助も好い男
魔理沙の小さい頃も、こんなに可愛らしかったのか。
文句のつけどころのほとんど無いよい話だったかと…。
ただ個人的にはフランのお泊まりという題材ならもう少し内容を詰めて、長い話にしてもよかったと思います。
次の作品にも期待しています。
屋号は特に問題ないと・・・というかわが田舎ではいまだ各家屋号で呼びあってますが
幻想郷のイメージとあいまっていい感じだと思います
くっ・・何か駄菓子が食べたくなる作品です。
満足行く無いようでした。次も期待してます。
感動しました。
子供が集まるとことか
そしてべっこう飴とか懐かしすぎる・・・
明日作ろうかなー
明言されていない=どっちとも取れる、ってことでもいいんじゃないですかねw
何のかんの言って、吸血鬼としての魅力ではなくフラン個人の魅力に負けそうなフラ×霖に完敗ww
いい話に出会えて今日も幸せな一日だったなぐらい思えたよ
ありがとう
ちょっと知識を自慢するのが好きなとことかは自分のイメージまんまで引き込まれました。
>いやいや、あの頃の魔理沙はそれでも可愛かったのだ。今は見る影もない。
魔理沙の扱いがちょっとひどいw
というか霖之助って結構いろんなモノに懐かれそうですよねw
楽しませていただきました。
さて、それじゃあ、また最初から読んでみようかな・・・。
いい作品というのは多分このようなものを言うのだと思う。
あんた天才やww
イイ!凄くイイ!!
霖之助って動物や子供に懐かれそうなイメージがある分、こういったほのぼのとした話は凄くイイ!
後、お嬢様はカリスマが有るのか無いのかワカンネ・・・
汁粉も食べたくなった
いい仕事しますねぇ
世間知らずで少し幼くて、それでいて聡いフランちゃん。
2人の軽妙な言葉遊びと、ほのぼのとした雰囲気に癒されました♪
与吉さんの書かれる物語はどれも暖かくて和やかですねぇ