遠い遠い昔のこと。
「そうか」
あの声が忘れられない。
「おまえは、寂しいんだな」
したり顔で紡がれたあの言葉が忘れられない。
あんなことを言える強さが妬ましくて。
それを口に出す浅はかさが憎らしくて。
「なら」
私に差し出されたあの手が――
「私と――」
……疎ましくて。
私は
逃げ出した
……今日も、旧都は騒がしい。
「ああ妬ましい。今日も鬼たちが馬鹿騒ぎ」
私には関わりのないことだ。
あの陽気な笑い声も、かつて地上で見た星々を思わせる町の灯も。
どこか遠くのこと。
「……」
来るはずのない縦穴を通る者を待つのも飽きた。
とっとと帰って寝てしまおう――
「ぶっ」
なにか、柔らかいものにぶつかった。
土じゃない、土はこんないい匂いはしない。
「おっ?」
頭上から、声。
「なっ…」
反射的に見上げる。
「星熊、勇儀…」
鬼だ。地底世界に居を構える妖怪たちの中でも特に強大な力を持つもの。
「やぁパルスィ」
やたらと馴れ馴れしく挨拶をするこの鬼は――その中でもさらに強大な力を持つ妖怪。
見上げる視界は、八割が白い塊で埋まっていた。
「………ギギギ」
あれか。
あれがクッションだったのか。
なによあれわざと小さい服着てんじゃないの見せつけたいの見せつけたいのねOKわかった妬ましい。
よし追っ払おう。
「……なによ、宴会はまだ続いてるじゃない。なんでここに居るのよ」
「ん? 来ちゃいけないかね」
「いけないわ」
「手厳しいなぁ。はっはっは」
大きな体が妬ましい。
綺麗な長い髪が妬ましい。
絶えない笑顔が妬ましい。
こいつと居ると、妬ましくてしょうがない。
自然と、睨みつけていた。
「何度目よ」
こいつの名前を憶えてしまったのが腹立たしい。
こうやって、こいつは何度も私のところに来る。
忘れる暇がないほど頻繁に。
「まぁいいじゃないか。ほら酒を持ってきた。一緒に呑もう」
どんと大きな瓢箪が突き出される。
これこそ、「何度目よ」だ。
いつもいつも私が断るとわかってるだろうに、しつこいことこの上ない。
私が嫌がっていると知っているだろうに、迷惑なことこの上ない。
「宴会。あっち。帰れ」
親指を旧都に向ける。
動作が速かったから首を掻っ切る形に見えたかもしれないけど構わない。嫌われるなら本望だ。
私は、この女が大嫌いなのだから。
「つれないなぁ。いいじゃないか私はパルスィと呑みたいんだから」
だというのにこの酔っぱらいはへらへら笑いながら受け流す。
だけど、もう一押し。
「私は呑みたくない。騒がしいのは好きじゃないのよ」
そろそろ諦める。
いつものパターンだ。
さっさと追っ払って心を静めて、心地好い静寂に――
「――ふぅん? そんな寂しそうな顔で?」
振り返る。
いつもと変わらない笑顔の鬼。
聞き間違い、だろうか。
あんな、ぞっとするほど冷たい声をこの鬼が出したとは…思いにくい。
忘れろ。
気のせいだ。
あんな――心抉るようなことは言われてない。
そう、こんなにも強く人望のある鬼があんなことを憶えているはずが無い。
とっくに記憶の海に沈んでいる。
「なにを一人で百面相してるんだい?」
気の抜けた声に正気に戻る。
そうだ。まだこいつが目の前に居る。
こいつに弱みを見せたくない。
「……まだ帰らないの」
声を震わせないようにするのがひどく難しい。
喉がからからで、舌が痺れるような錯覚。
「ははっ、かわいいなぁパルスィは」
皮肉にもいつもと変わらぬ鬼の調子で自分のペースを取り戻す。
「美人で強くて人気者のくせに。心にもないことを言って……」
妬ましい。
そう繋ぐ前に。
鬼の顔が私の顔に触れんばかりに近付いていた。
「嬉しいね。おまえの中に私が居る」
大きな牙が見える。
「な、にを」
赤い紅い眼に射抜かれる。
「あの時のことで、怯えているんだろう?」
がくんと、膝から力が抜けた。
「おっと」
鬼に肩を抱かれ、倒れられない。
嘘だ。
はったりだろう?
あんな昔のことを、憶えてる筈が、
「そんなに一人は厭かいパルスィ」
逃避は許されなかった。
「う、あ」
暴かれる。
「おまえが縦穴を通る者にちょっかいを出すのは寂しいから」
傷が開かれる。
「おまえが嫉妬するのは一方的でも繋がりが欲しいから」
私が晒し出される。
「おまえが孤独を好むふりをするのは弱い己を守る自己防衛」
底の底まで、抉り出される――
「かわいいね」
頬を撫でられる。
「その弱さこそ、愛おしい」
その手を振り払うことも、できない。
「だから、殺したい」
「――は?」
今、この鬼はなんと言った。
「私はな、パルスィ」
鬼の顔から笑みが消える。
「おまえの心を私だけで埋めたい」
笑っているのは口元だけで、その眼は殺気すら孕んでいた。
「例えそれが憎しみでも。例えそれが嫌悪でも。例えそれが、……殺意でも」
頬を撫でていた手が、首にかかっている。
「おまえの嫉妬が誰かに向いているのが我慢ならない。おまえに私だけを見させたい」
「なに――言ってるの」
それは、否定だ。
「私は、橋姫よ。嫉妬する妖怪よ。妬んでこそ私が保たれるのに」
私の根源。それが弱さの現れだとしても、今さら変えられないほどに刻みつけられた原理。
それを奪われたら。
「わかっているよ」
だから、殺すと。
殺意さえ言葉に織り交ぜて私に告げたのか。
「そうさ。私はおまえの存在意義を奪おうとしている」
言葉と裏腹に、私に触れる手は優しい。
「私はおまえから何もかも奪い去りたい。どこまでも私だけのモノにしたい」
それが怖い。
「パルスィが欲しいから」
その言葉に偽りが無いと証明しているようで。
「水橋パルスィという嫉妬の鬼を」
その想いが本物だと語りかけるようで。
「殺してしまいたいのさ」
「――ぃっ」
悲鳴を、噛み殺す。
背筋が凍る。
こいつは、掛け値なしの本気で、私の全てを奪おうとしている――
恋とも愛とも言えない激情で。
刃のような真摯さで。
「……なんで」
当然の疑問を口にする。
「なんで、私なんかを、そこまで」
私に、そんな魅力は無い。
この鬼のような強さも美しさも何も無い。
激情をぶつけられる理由がわからない。
「惚れちまったからね」
言葉に迷いはなかった。
「おまえの弱さに」
用意された台本を読む滑らかさで語られる。
「弱さを自覚して、それをどうにかしようと足掻いてる」
それは恐らく幾度も繰り返された言葉。
「そんな真昼の月のような危うさが、薄氷のような脆さが」
慕情に狂った鬼は幾度も夢想の中で私に語りかけたのだろう。
「どうしようもなく愛おしい」
酔いの醒めたその声に。
狂気の裏側にある――鬼の素顔が透けて見えた。
覚悟というのも生温い想いで私を殺すと言い切った。
それが、恐れの裏返しであると理解した。
私と同じ、切羽詰まった虚勢。
嫌われることを怖がっているから、それを逆の言葉にした。
私を追い詰めて、逃げられないようにして……そこまでして、手に入れようとした。
「……勇儀」
「あの時は断られたからね」
強く強く
「今度は、逃がさない」
抱きしめられた
>逃げ出した
ってところで、はぐれてるメタルなあいつらを思い出しました。
嘘をつかない相手って考えようによってはかなり怖いですね
ヤンデレ勇儀という新しい可能性を見せてくれてありがとう
「恋しちまったからさ…」
勇パルよりはヤマパル派!
でもこの勇パルにニヨニヨしたから私の負けです。
だが、それもマイロード
なんだかこちょばゆくなるくらいの甘さですなあ
と釣瓶落とし妖怪の桶の中に絶叫したい気持ちです。
勇儀姐さん何と云うジゴロ。
思わず背筋がゾクッとしました。
勇儀かっけすぎ。
ふむふむ・・・ああああああ
独占欲大好物ですw
最高でした。
気づいたらニヨニヨしていました。
そしていつのまにか100点を押してました。
やはり勇パルはマイロード!
勇儀ががががgggwww