Coolier - 新生・東方創想話

リグル最強への道 -下-

2008/11/20 04:00:14
最終更新
サイズ
47.72KB
ページ数
1
閲覧数
1119
評価数
10/40
POINT
2150
Rate
10.61

分類タグ


「さて、と・・・」

 輝夜を倒したリグル。新たなターゲットは事もあろうか『八雲 紫』とあいなった。
しかし並大抵のものでは彼女の住処の場所を知ることすら出来ない。当然リグルも
並大抵かそれ以下なのだが、彼女はある情報を得ていた。紫の式、『八雲 藍』は
たびたび里の豆腐屋で油揚げを買っているということ。つまり彼女に接触できれば、紫の
元へと行けるだろうという算段である。人里近くの草むらに潜伏してしばらく。リグルの所に
一匹のミツバチが飛んできた。リグルの掌の上でせわしなく動き、羽をぶんぶんと鳴らす。

「ありがとう! そうか、あの式が里に居るんだね!」

 役目を終えたミツバチを空に放った後も、蟲達から更なる報告を受ける。
おやつ時の空の下、人里を出て、もっきゅもっきゅと油揚げを買い食いしている藍の
行く手にリグルは立ちふさがった。

「あぶらげおいしいようあぶらげおいしいよう・・・・・・、おや? 貴女は確か・・・」

「リグル・ナイトバグ、蟲の王よ。お久しぶりね、ゆかりの式」

「あぁどうも。確か永い夜の異変の時以来かね。何かご用?」

 藍はにこやかな雰囲気でリグルと相対した。その様にリグルは少々苛立ちを覚える。
最初から舐めきった態度でいられるのも癪だが、一切の警戒心がないというのも自分を
取るに足らない相手と見ているからだ。眉根に少し力を入れて、きっと睨む。

「ご用も何も。貴女にじゃない。貴女の主人の八雲 ゆかりに会わせなさい」

 ほんのり込められた怒気と覚悟を秘めた声に、藍の表情も変わる。ただ、シリアスな
状況に直面したというよりは困惑の色が強いが。

「・・・・・・だとしても、だ。理由がわからなければおいそれとご主人様に会わす訳には
いかないだろう?」

「なら、教えてあげるわ。貴女の主を倒して、私は最強の蟲の王となるの。さ、わかったら
キリキリ案内なさいな」

 藍の困惑はもはや最高潮に達した。主である紫の強さを1ゆかりんとするなら
目の前の妖怪の強さはさしずめ0.000001ゆかりんといったところか。一瞬判断に陰りが出た
藍は思わず、ちょっと待っててご主人様に聞いてくる、などと子どもがしそうな反応を
やりそうになってしまう。ここいらへん式の悲しいところだなとついた溜息で、リグルはそれを
自らの言葉に対する呆れと勘違いしてしまう。

「あのだな・・・・・・」

「あ、貴女、私を馬鹿にしているだろう!? 後悔させてやるわ!!」

 リグルは藍を怒鳴りつける。やれやれ、と思いつつ藍は、しかしそれでも闘うつもりなら
容赦しないと油揚げ味の指をぺろりと舐めて中腰になり構えをとる。

「どちらにしろご主人様に仇為すやつは、それが弱妖だろうとなんだろうと倒しなさいと
式を打たれているからな。悪いが手加減はできない」

 実力で換算して0.05ゆかりん程度の力の藍だが、リグル程度の妖怪なら本気を
出さずとも一ひねりである。そして、式をフル活用して闘うとなれば藍は油断も隙もない
一個の戦闘マシーンと化す。分の悪い・・・・・・といってもリグルが闘って分が良い存在など
そうそういないのだが、そんな相手にリグルは悠然と、構えすらせずに王者の風格。

「ご主人様ご主人様とまぁ、九尾の大妖怪が情けないね。他人にへりくだって媚びへつらう
妖怪の姿なんて見てらんない。けど、それが崩れるとしたら? 貴女は貴女に打たれた
式が随分大事みたいだけれど、それが簡単に覆されるものだとしたら?」

「・・・・・・何を言っているんだ、お前?」

 困惑しつつも、藍は冷静になろうとする。闘いにおいて言葉で相手の隙を生むのも
ひとつの策。聞き返す程度はするが乗りはしないぞと改めて心を整理する。
しかし、気にはなる。

「貴女なら私の能力ぐらい知っているでしょう?」

「あぁ、蟲を操る程度の能力だろ? それでいったいどうできるのか知らんが・・・・・・」

「私の名前にも含まれてるでしょ? バグ、ってご存知?」

 その言葉を聞いて、やおら藍のほほがひくついた。それは確かに式にとって致命的な二文字。

「私だってちょっとは勉強したんだよ。私がバグを操ることができるなら、自慢のあなたの
主の式もちょちょいのちょいなんだから!」

 ぬぅ、と藍は渋面する。式が壊れた程度で目の前のこしゃくな妖怪を叩きのめすのは
わけない。しかし、式をいじられたと知った主の八つ当たり気味なお仕置きも怖くはある。
それに性質の悪いバグは式の支配権すら握ることもあるらしい。最強とも云われる主なら
ともかく、弱妖に操られるなど死よりも耐えがたい苦痛だと藍は思う。・・・もっとも、目の前の
妖怪がハッタリをかましている可能性が一番高いのだが。

「さぁ! 主人との繋がりを絶たれたくなかったら今すぐ・・・」

「是非!!」

「・・・・・・へ?」

「あ、いや。やれるものだったらやってもらおうじゃないか、さぁ!!」

 今本音がちょっと漏れませんでしたか八雲 藍。それはさておき余裕綽々といった
感じでリグルに向き直った。若干狼狽するリグル。

「え、あ、・・・いいの?」

「ふふん? くどいぞ」

「だから式を・・・・・・」

「操れるんだろ?」

「あ、貴女の式のちぇんって子に使って貴女を嫌いにさせることも、で、できるんだぞー」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!? 
な、き、貴様なんて事を考えるんだあああああああああああああああああああああああああ!!」

 追い詰められて橙の名前を出した瞬間、藍は胎の底からの慟哭をあげ地面にへたりこんだ。
その余りの変容っぷりにリグルのほうが驚いてしまう。

 種明かしをすればリグルの言葉は当然ハッタリである。将来彼女が本当に修練に修練を
重ねればそういうこともできるのかもしれないが、今の彼女に他人の式をどうこうするような
力はない。ましてや紫や藍の式を、だ。ハッタリがばれれば、というとこまでは考えてないのが
リグルらしいし、事実ばれてはいるのである。

 藍の場合ばれるばれない、というより得た情報の中から瞬時にそれらを解析し、
最も可能性の高い(場合によってはそれに続く)状況に対しての最良の答えや行動を
導き出す、と表す方が正しいのだろう。紫が施した式をリグルに弄ると言われても、
その可能性は0.1%にも満たない。故に余裕綽々でいられたわけだ。わけだが
・・・・・・筆舌に尽くしがたいほど溺愛している自らの式に対しては1涅槃寂静(10のマイナス24乗)
ほどの可能性すら無視できなかったご様子。

 すごく複雑そうな顔をしながらもリグルはあうあうと嗚咽を漏らす藍に近づき、言い放った。

「さ、ゆかりのところに案内しなさい」



 綺麗に掃除された縁側を、藍を先導にしてリグルは進んでいた。今いるのは古い
お屋敷のようだが、どうも空間自体が妙なことになっているらしく、廊下が歩いた感覚より
短く見えたり逆にありえないパースの枯山水の庭が広がっていたりと、確かに境界操りの
大妖怪の家だと感じさせずにはいられない。

 リグルはぐずる藍の首根っこ引っ掴み、紫の住処へと乗り込んだのだが、先導する藍はいまだ、

「・・・・・・ありえない、ホントありえない。橙が私を嫌いになるようにさせるとか・・・・・・鬼畜の
仕業じゃないか。蟲の王本当にえげつないわー・・・・・・紫様とかほんとどうでもいいんだけど
橙可愛いよ橙・・・・・・」

なんかぶつくさ言っており、リグルとしては正直あまり関わりあいになりたくない。なんとなく
ぼんやりと藍の後ろを着いていってると、怪しい呟きとその歩が止まった。

「ここに、ご主人様がいる」

 豪奢な襖の前にすっと跪いた藍。声もいつもの冷静なものに変わっている。

「粗相があれば、決闘以前にスキマの向こう側に送られて死ぬまで放っておかれるだろう。
それは肝に命じてほしい」

 至って真面目な声に、リグルもごくりと唾を飲み込み、こくこくと頷いた。それを確認して
藍は静かに襖を開けた。その奥の薄がりに布団に包まった誰かがいる。あえて確認する
までもない、八雲 紫だ。

 薄暗い部屋には安らかな音息と、甘い香のような薫りがしていた。そこに、すす、と
腰を落としたまま藍が入っていった。リグルもおっかなびっくり、真似をして部屋の中へと入る。



 かわいい。



 実力差とか何のその、リグルの頭に浮かんだ最初の言葉がそれだった。布団に包まった
紫は、むしろ美しいだの妖艶だのいう方が似合いそうなものだ。だが、睡眠こそ自身に
与えられた史上最高の幸せとばかりの緩んだ顔で、親指しゃぶりながら寝こけている姿を
見てしまえばギャップもあいまってリグルの思いもやんぬるかな。

「・・・・・・ご主人様、起きてください。お客人が見えられております」

 紫の耳元で従順な式が告げる。その声にすぴーすぴーと寝息で返す紫。
藍は真面目にもう一度同じ言葉をかけるが返ってくるのは幸せそうな寝息ばかり。
藍は諦観にまみれた深い深い溜息をついた。

「・・・・・・あの」

 リグルが思わず声をかける。振り返った藍の顔に”苦労人”という文字が刻まれていた気がした。

「・・・・・・すまん。少し待ってくれないか?」

「か、かまわないけど」

 一つ頷き、失礼しますと宣言して藍は紫をゆさゆさしながら起きろ起きろと懇願めいた声。
しかし紫もこと睡眠に関しては幻想郷のオーソリティー。ごろりと寝返りうって藍に背を
向ける。負けじと藍も回り込んでゆっさゆさゆっさゆさ。

 そんな事がしばらく続いたろうか、

「ご主人様、起き・・・」

「・・・・・・ぅるぅぅ・・・しゃぁぃぃ」

ようやく紫が文句を寝ぼけた声で呟く。あるいは寝言かもしれないが。

「お客人が見えられているのですよ。先からずっと待たせているんです。起きてください」

「・・・・・・ぁと50年・・・」

「ここで認めましたら本当にそうなされますよね? だめです。起きてください」

「・・・・・・もぉぅめんどぅくさいぃ・・・・・・からぁ、らぁん、あなたがぁ始末してぇぇ・・・・・・」

「お客人を始末しろと申されましたか、そんな無茶苦茶な。しかし、そのお客人は
ご主人様に始末されたがっていますので・・・」

「んぁ?」

 ここでようやく紫の目がうっすらと開かれた。好奇心が眠気を少しだけ凌駕したらしい。

「実はもう部屋にお連れしています。・・・・・・ですから早く起きていただきたかったのですが」

「むー」

 言葉にならない声を出しつつも、ころんと縁側のほうに寝返る紫。そこで初めて
なんともいえない表情で正座している蛍の妖怪少女の存在に気付いたようだ。
しばし寝ぼけた眼で逆光に飲み込まれそうなその影を見やる。

「・・・・・・リグル・ナイトバグね」

「え!? 私の名前を知ってるの!?」

 幻想郷を統べる大妖怪だからこそ、てっきり自分のような弱妖なんて歯牙にもかけて
ないだろうと思い込んでいたリグル。名前を呼ばれて驚き、少し嬉しくなった。

「まぁ・・・・・・ね。・・・ふわぁ」

 ぽっかり口をあけてあくびをし、それに対しての藍の非難めいた視線をものともせず
ようやく紫は半身を起こした。そこでようやく分かったのだが紫は薄藤色したパジャマを着ていた。
ネグリジェとかでないせいで可愛さに拍車がかかるが正直スキマ模様だけはいただけないな、と
リグルは思う。そのリグルに紫はぼけーとした顔を向けてきた。瞳なんか八割方
閉じられている。それでもリグルはここが千載一遇のチャンスとばかりに話し始めた。

「や、八雲 ゆかり。蟲の王として貴女に決闘を申し込むわ! じ、尋常に勝負なさい!」

 ぐいと身を乗り出し、緊張で少しだけ噛みながらも力強く宣言するリグル。その声に
紫は・・・・・・反応が無かった。もしかしてまた寝入ったのじゃないかと思って端整ながらも
寝ぼけた顔を覗き込もうとすると、

「うんわかったー」

とことん寝ぼけた声の返事。

「さぁこぃー」

 そういうと紫は両手を腕に上げ、掌をだらんと下げて何のポーズですかそれは。
ある意味下手な威嚇のポーズより謎めいて近づきがたい雰囲気を、九割九分寝ぼけた
空気と共に撒き散らす紫。だがこんな調子とはいえ大妖怪。実力の数分の一でも
リグルに油断なんかできるわけがない。それでも、相手が100%の力を見せてないだけ
まだ勝機があるかもと、息を飲み込みリグルは懐のスペルカードを探った、次の瞬間、

「うーわーやーらーれーたー」

「はァあ!?」

「何ィ!?」

とぼけた声を出して紫がぽすりと布団に倒れこんだ。驚くリグルと藍。

「お、お前!? ご主人様に何をした!?」

「へ!? い、いや、ま、まだ何もしてないもん!!」

 詰め寄る藍にぶんぶんと頭を横に振って本気で否定するリグル。それで言葉に
裏がないことを知った藍。一連の淀みのない流れのまま、布団に倒れこんでまたもや
寝に入りだした主に、

「ご主人様! これは一体どういうことですか!?」

「・・・・・・うーるーしゃーぃー」

真意を問いただそうとしたら心底嫌そうな声が聞こえた。

「と、とりあえず私達にもきちんと説明をしてください!! でなければ納得できません!!」

「んぁぅー・・・・・・。めんろくさぅぃ・・・」

「ご主人様っ!!」

「・・・うぅー・・・・・・。・・・・・・ねぇ、りぐるぅん、あなた、ツェツェバエとか使役ぃ、できぃるぅわよねぇ・・・?」

 呆気に取られていたリグルにいきなり話が振られた。そのなんとかバエとは聞いた事はないが、

「えっと、それが蝿の一種なら当然できるよ? それが何か?」

と答える。その答えに紫はふわぁとした幸せそうな笑みを浮かべたので、リグルも内心
どきりとする。かわいい。

「とゆーわけでゆかりんは、つぇつぇばえの媒介した眠り病にやられてしまったのでしたー。
うーわー負ーけーたーねーむーいーかーらーねーるー・・・・・・おやすみなさい!」

 と、紫は負けを宣言するや否や布団を引っ掴みその中に潜り込む。

「ちょ、ご、ご主人さ・・・・・・む、むぅ、布団が、剥がれない・・・っ!?」

 ぐうたら主人を起こす必要もあったので布団をまくって引きずり出そうとするも、どうやら何か
力を使ったらしく紫の篭る布団は藍がどれだけ力を込めても剥がれもまくれも出来なく
なっていた。しばらく布団と格闘していた藍だが、ぬくぬく布団の内部から心底幸せそうな
寝息が聞こえるにあたり、がくりと肩を落として敗北を認めたようだ。

 始終なんともいえない顔でそんな様子を眺めていたリグルに藍は向き直る。

「さて・・・リグル・ナイトバグ。聞いただろうが貴女の勝ちだ。これこのとおりご主人様は
お篭りになりあそばれたしね」

「え・・・。でも・・・・・・私何もしてないし・・・」

 リグルとしてみれば闘うつもりで覚悟を決めてきたのに、拍子抜けもいいところ、
それどころか与えられた勝ちにもう一つ困惑しているらしい。藍としてもさもありなんとは
思ったが、少しだけ考えを吟味してから告げる。

「こう見えてもご主人様は意外と負けず嫌いでね、ご自分から負けただなんていうことは
滅多に無いんだ。その滅多にないことが今起こっている。疫病を媒介させる昆虫すら
使役できるというのは本当だろう?」

「うん、まぁ、そうだけど」

「ならば、だ。ご主人様の気が変わらないうちに勝利を宣言して、ここを離れた方が
無難じゃないか?」

 気まぐれっていうか、式である私にも何考えてるか分からないからね、とは流石に口には
しなかったが、藍のそういう雰囲気はリグルにも伝わったらしい。

「そ、そういうことなら・・・。コホン、私の勝ちよ!!」

 びしっと突きつけた指の先にはこんもりとした布団があるだけなのでいささか格好がつかないが・・・・・・
と、布団からハンカチと割り箸で作った白旗が出てきてパタパタと振られた。寝てたんじゃないのか。
藍には見えず、リグルにだけ見えたそれを確認して、ようやくリグルはにっこりと笑った。



 勝利を手にしたリグルは意気揚々と館を後にした。後に残されたのは布団の中の主と、
その忠実なる式。

「しかし、これで本当によろしいのですか、ご主人様?」

 返事を期待はしていないが、藍はそう聞かざるを得ない心境である。静寂が部屋を
支配して、深い溜息を藍がつこうとしたその時。

「あの子はね、気付いたのよ」

 小さな、しかしはっきりとした意思のある声が布団の中から聞こえてきた。藍は
居住まいを正して布団に向き直り、主の声に耳を傾ける。

「蟲の王、ってあの子は言ったわ。幻想郷の一端を担う、小さな、そしてとても大きな
自らの責務に」

 幻想郷は外の世界より遥かに自然が残っている。蟲たちにとってもここは楽園といえよう。
そしてそれらを統べるものこそ、今は弱妖扱いされているリグルである。幻想郷に存在する
人と妖怪を足しても全く及ばないほどの数のものたちの頂点、それは本来決して
軽んじられる存在ではないのだ。

「それと、今回勝ちを譲られたことが、私にはいまひとつ繋がらないのですが・・・」

「おばか」

 誰しも思いそうな疑問に手厳しい一言。それもまた、主は式を買ってるからなのだろうが。

「言うまでもなく、幻想郷は残酷なほどの弱肉強食の世界。私や貴女は強者で、
あの子は弱者、それは間違いないわ。強者は弱者の未来を簡単に摘んでしまう事が
出来る。でもね、できるからって私達がそれをやって、何が残ると思う?」

「えー・・・・・・。・・・・・・何も、残らない、ですかね・・・」

 どことなく自身なさげに答える藍。自らを式として置いているからこういう答えになってしまって
いる・・・というよりは、主の底の知れなさのせいで確たる言葉を用意できないからだろう。
とはいえ、

「そうね。そして今日あの子を完膚なきまでに叩きのめしてしまっていたら、何も残らない
どころか幻想郷に住む多くの命たちの未来すら摘み取っていたかもしれない。私としては
あまり好ましい結果ではないわね。・・・・・・この意味をあの子は気づいてないだろうけど、
いつかきっと分かってくれるはずだわ」

藍の言葉には優しい肯定が帰り、ここにきてようやく主の敗北の意味が掴めたようだ。
ふむ、と得心した息を吐き、少しだけ表情を和らげる。

「それでもあの子が増長するようなら、次は八雲 紫の怖さを骨身に染み込むまで
叩き込まないといけないんでしょうけどね」

「ですね」

 やはりご主人様は素晴らしいお方だ、と思いながら微笑む藍。幻想郷を真に慈しむ
存在だからこその言葉を聞いて、布団の中にはいるが、立派な主の姿を思い描いて
嬉しくなったのだ。その藍に、

「で、藍。この心底めんどくさい状況を持ち込んだ罰として目覚めたら速攻で私の怖さを
九尾の毛の先に染み込むまで叩き込んであげると宣言して二度寝します。おやすみなさい」

死の宣告。笑顔のまま石になったように固まった藍。布団の中からの寝息をBGMに、
額からとんでもない量の冷や汗をボロボロと落とし、

「んNooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!?」

「うるさい」

やたらとアメリカンな叫びの藍の頭上に、墓石を仕込んだスキマが口を開けた。



 紫の居城を後にしたリグル。ふと、館のほうから何か聞こえた気がしたので振り返る。
でもそれっきり、何も音がする気配は無かったので茜に染まる空へと勝利を手にして
飛び去っていった。



○リグル・ナイトバグ VS 八雲 紫●






 妖怪の山。そこはリグルにとって居心地が良くもあり、悪くもあるところである。

 生い茂る草木は彼女にとっても彼女の眷属たちにとっても格好の住処を提供して
くれる。反面、この山に住み着いた者、特に天狗たちは侵入者にとことん容赦がないと
きている。きっとあいつらもこの豊かな場所を横取りされたくないのだろうなと、天狗たちに
心の中で毒づきながらこっそり山に忍び込んだリグル。
 雑木林の立ち並ぶ参拝道の石段の脇、紅葉の大木の陰からきょろきょろと辺りを
見回し、何もいないと見るや弾かれたように石段に飛び出した。その勢いのまま石段を
駆け上がる。空を飛ばないのは天狗連中に空で鉢合わせしないため、そして参道を
通れば参拝客と思われるだろうから攻撃もあるまいという二つの理由からだ。
しかし、必死の形相で石段を駆け上がる参拝客などそうはいないとは思うのだが・・・・・・。
ともあれ何とか最上段まで問題なく登りつめることはできたようだ。

「・・・・・・はぁ、っ、はぁ・・・・・・っ。・・・・・・ふぅぅ」

 額に珠する汗をぬぐってリグルは一つ大きく息をつく。目の前には立派なお社が
荘厳な雰囲気をたたえて、闖入者を静かに、そして威圧するかのようにある。
リグルは乾いた喉に、粘ついた唾を飲み込んで、思わず目を逸らしてしまう。逸らした
先、今しがた駆けてきた石段のその向こうにある風景が目に入り、

「・・・・・・うわぁ」

疲れも怖れも吹き飛んでしまい、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 目に映るのは神と共にこの地に具現した風神の湖。夏の山と空を自らの色と溶けあわせ、
満々と水を湛えた美しい風景に、リグルは本来の目的を忘れてうっとりと眺めてしまう。

「・・・・・・きれい」

「えぇ、そうでしょう。私もお気に入りの風景だからね」

 思わず呟いたリグルの耳に、聞きなれない女性の声。はっとなって振り返れば、
社の縁に腰掛ける女性・・・・・・もっと詳しくいうなれば、ふっさりふんわりとした青い髪、
眼に焼きつくような赤い服、なによりその背に立派な注連縄を背負っているというセンスが
ぶっ飛んだ女性が、にこやかにリグルに声を投げかけていた。

「あ、貴女は・・・?」

「私は八坂 神奈子。かくいう貴女は?」

「わ、私はリグル・ナイトバグ。全ての蟲たちの頂点、蟲の王よ。貴女がここの神様・・・だよね?」

「とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ」

 言って何がおかしいのか呵々と笑う神奈子。リグルには何がなんだか分からないが、
それも無理なかろう。外の世界のギャグなんて知る術がないのだから。たじろぐリグルを
見据えながら、からかうのもここまでにしとくかと神奈子。

「ところでここに何のご用事? 参拝なら大歓迎よ。ご利益は豊作、多産、家内安全
商売繁盛・・・まぁ、色々ね」

 喋ってることはとことん世俗的なのだが、微笑むその顔からは威厳と神徳があふれでている。
しかしここで怖気づくわけにはいかない。リグルはすっくと背筋を伸ばす。

「そのご利益には、戦いの勝利ってのはある?」

「ん・・・・・・まぁ、あるけれど」

 それはどちらかというと相方、諏訪子の領分かな、とも思いはしたが結局ここのご利益だ。
問題なかろうと神奈子は思う。リグルは微笑んで言った。

「ならお参りしとこうかな。目の前の神様を倒せたら、そのご利益は本物だろうしね」

「・・・・・・んん?!」

 初めて神奈子の余裕が揺らいだ。目の前の妖怪少女は不敵な笑みを浮かべつつ、
人差し指を突きつけてきた。

「八坂かなこ、貴女に対し、蟲の王リグル・ナイトバグとして。蟲達の繁栄と未来のために
決闘を申し込むわ。覚悟なさい」

 いきなりの宣言に神奈子も唖然とする。自分を神と知って喧嘩吹っかけてくる奴は
そうはいない。前の異変で殴りこんできた霊夢は攻めてくる必然性があったわけだし、
魔理沙にしても天狗や河童達に筋を通せと来た理由も分からなくはなかった。
しかし、目の前の妖怪は特段自分に対して勝負を仕掛ける理由が分からないなと
神奈子は思う。思って、理由を探るのを簡単に放棄した。

「神に勝負挑もうとは面白い奴。それくらいの強さがあるのか、それとも彼我の実力差が
分かってないだけか。どちらにしろ受けてたってやろうじゃない。ふふ、少々退屈も
していたところだし」

 理由なんぞ弾幕勝負を始めるのにさして問題ではないからだ。神奈子から見ても
とてもリグルが自分を倒せるとは思えないが、弾幕ごっこ・・・いや、”神遊び”というものは
強い弱いが重要ではない。楽しいか楽しくないかが肝要なのだ。凄みすら感じる笑みと
ともに霊力を集中させながら、この段になってようやく縁側から腰を上げた。

 さて、一方のリグルとしてみればとても楽しもうだなんて気持ちではない。ここの
神様の噂は話でしか聞いたことがないが、普通神様なんてものは強いものなのだ。
・・・・・・あぁ、そこ、秋姉妹からは目を逸らしてあげなさいね、それが優しさよ。
ともかく、強い神の中でも上から数えた方が早い山の神。肌に伝わるほどの神の
霊力を感じて身構える。戦う準備は万端だ。いっそう気を引き締めつつ、懐の
スペルカードに手を伸ばした。

「先手は貰うよ! 蝶符 「バタフライストーム」っ!」

 宣言と同時に、どこからか無数の蝶がやってくる。

「あなた達の力を見せてやれ! 行けぇぇっ!!」

 蝶はリグルの力を受け、光り輝きながら隊列を組んで舞い飛ぶ。美しい弾幕に
神奈子は、ほう、と感心したような声。だが、整然とした隊列のためか避けるとすれば
そこまで苦労はしなさそうだと見切る。

「ほい、ほいほい、ほいやっさっ」

 楽しげな調子を口ずさみ、右に左に体を翻す神奈子。即座に霊力の弾を
叩き込んでもよかったのだが、蟲の王のスペルを楽しむつもりの神奈子はそれをしない。
光り輝く弾と化した蝶は、なるほど美しいと感じ入るほどの余裕すらある。赤や青、
黄に緑の弾を堪能してさてそろそろ倒しにかかるかと改めてリグルのいるべきところを見やった。

「・・・・・・は?」

 弾幕が展開されているその中心、そこに居るはずの蟲の王の姿がなかった。
呆けた表情の神奈子の側を数匹の蝶が通り過ぎ、美しい弾幕が終わる。ぽかんとした
神奈子は気を取り直し、姿を消したかと思って弾を一発、リグルが居たところに放ってみるが、
やはりというかそのまま空へと消えていった。もしや逃げたのかとも思いはするが、
あれだけ大見得切ってそれは考えにくい。と、

「随分と余裕を見せてくれるね山の神よ!! でもその余裕のおかげで私の勝利は
揺るぎないものになったわ!!」

どこからかリグルの自信に満ちた声。辺りを見回す神奈子だが姿は見えず、

「ほんにあなたはへのような」

ぼそりと呟いた。呟きは聞こえてないようで、リグルの声は続く。

「貴女には分からないでしょうから教えてあげる! 今の弾幕を張っている間にね、
私は蝶とは別の眷属に命を下していたの。シロアリ。そう、材木を糧とするシロアリよ。
この立派なお社の軒下に、びっしりと集まってるわ。後は私の号令一つで柱も梁も
全て食い尽くさせることができるわ。もうお解かりかしら? さ、住む場所を失いたくない
ならば今すぐ降参しなさい!」

 なるほどそう来たかと神奈子。なめてかかっていたことを少々後悔しつつ思考を
フル回転させる。

 眩い色とりどりの弾幕は、もちろん相手を倒すために放ったもの。同時に副次効果で
相手の視界を奪い、本当の目的を隠すためもあったのだろう。結局弾幕で神奈子を
倒せないと見るやシロアリを境内にはびこらせる方を優先して行ったわけだ。

 さて、隠すといえばリグル本人がそうだ。声はすれども姿は見えない。そこに如何な
トリックがあるのか。どこぞのスキマ妖怪なら簡単にやってのけるだろうし、魔法使い連中も
そういう魔法くらい使えそうだ。ところがただの蟲妖怪にそんなことは出来そうにない。
できるとしてがせいぜい・・・。

「ふむ・・・」

 リグルが姿を消した方法ひとつ、神奈子は思い当たる。

「ど、どうしたの!? 降参するなら早くしなさい!」

「・・・・・・どこにいるか分からないから話しかけづらいのだけれど・・・・・・。貴女の言葉を
鵜呑みにするほど初心でもなくてねぇ。本当にシロアリなんて呼んでるのかい?」

 リグルの焦ったような言葉に泰然と応える神奈子。相手の脅しがハッタリにせよ
そうでないにせよ、この言葉でどう動くか。動くにしても、社にダメージを与えるやり方は
取らないだろうとも確信している。リグルはさして賢そうには見えなかったが、
切れない切り札を簡単に切るほど愚かではないとも思えたからだ。

 ほんの少しばかりの沈黙。

「疑ってかかってるのか・・・・・・。・・・・・・そうね、アンタの右手側にあるあの銀杏の木。
あれ、よく見てなさい」

 リグルの声に神奈子は右を向く。そこには確かに立派な銀杏の木。

「かかれ!」

 リグルの号令がかかる。・・・・・・少しの間。何も起きないじゃないかと神奈子が
言おうとした矢先、その耳になんともいえない音が聞こえてきた。無数の、それこそ
浜の真砂ほどの数の小さな泡が生まれては弾けるような、とでも言えばいいのか。
その音と共に、銀杏の枝葉が雨のように落ちる。泡の爆ぜる音はいまや糸鋸で材木を
切るような音に変化していた。それもそうだ、今銀杏の木には小さな小さな伐採者が
小さな小さな顎という鋸を持ち、数千数万寄り集まって大の大人でも切り倒すのが
困難な大木を攻略しようとしているのである。やがて立派な幹は目で見て分かるほど
細っていき、悲鳴のような音共に朽ち倒れた。時間にして五分とかかっていない。
木々にとっては恐るべき蹂躙である。

「どうだ!」

 自信に満ち溢れたリグルの声が境内に響く。しかし神奈子は冷静な姿を崩しては
いなかった。

「さ、さぁ! 私の怖さが分かったらとっとと降参して・・・・・・」

「神祭・・・・・・「エクスパンデット・オンバシラ」 ぁっ!」

 リグルの声を聞きもせず、素早くスペルカードを抜き放つや掌を一点に向け、
神徳混じりの霊力をぶちまける。幾本ものレーザーが向かう先は、こんもりと溜まった
落ち葉の山・・・・・・いや、

「ひ、ひぇっ!? わ、皆、散れっ!!」

意思を持ったように空へと舞い飛ぶ落ち葉色をした蝶たち。その中からリグルが
涙目で飛び出した。御柱をかたどったレーザーが地面を穿ち、もうもうと土煙が上がる。

「・・・けほっ」

「やっぱり擬態で身を隠してたか。まぁ、悪くはないやり方だったね」

 直撃は免れたものの煙る土埃に咳をし、へたりこむリグルを見据え悠然と構える神奈子。

「な、なんで分かったんだよぅ・・・」

 半べそながらゆるゆると身を起こすリグル。飛礫でかすり傷も負ったらしく、
土埃も被り結構酷いありさまだ。何より、さっきまで絶対的と思っていた優位が
軽く吹き飛ばされたのにショックを受けているらしい。神奈子は組んでいた腕を
ゆるりと外し、倒れた銀杏を指差した。

「あの木の犠牲のおかげよ。まず、貴女はおそらく私を監視できる位置に身を隠している
だろうことはすぐに分かったわ。けど、それじゃ辺り360度どこでもいいわけだから
それ自体に意味はない。けれど、あの銀杏を貴女が倒したおかげで、あの木が見える
位置にもいることが分かったわ。後はその範囲を特定して、隠れてそうな場所に
攻撃を加えた、とそういうこと」

「うぅ・・・じゃ、わ、私は貴女に・・・・・・わざわざ居場所を教えてしまったっていうこと?」

「そうなるねぇ」

 にかぁと神奈子は笑う。しかし肝心な隠れてそうな場所を特定できたことは喋ってはいない。
何故落ち葉の山に弾幕を叩き込んだか・・・・・・実に分かりやすい理由がそこにあった。

 ここで落ち葉掃きなんてマメな事をするのは、風祝の『東風谷 早苗』だけで、
当の彼女は里に買い物に行っている。神奈子もそうだがここに住むあと一柱の神も
そんな殊勝なことをするわけがない。つまり、早苗がいない今の社に見慣れない
落ち葉の山は、神奈子の目には明らかに不自然なものに映ったからだ・・・・・・ついでに言うと
それを口にしなかったのはなんとなく神たるものがサボっているような印象を与えたく
なかったからだろう。いや、サボってるじゃん実際。

 それはさておき、迷いなく落ち葉に攻撃を仕掛けたのも理由がある。幼い時、早苗が
目を輝かせて見ていた図鑑の一つ。昆虫図鑑にはしっかりと落ち葉に擬態する
カレハチョウの項があり、それを神奈子もしっかり覚えていたためである。

「さてどうする蟲の王?」

「・・・・・・ま、まだだよ。勝った気になってもらっちゃ困るね!」

 ちょっとだけボロっちくなったマントを翻し、懐からスペルカード一枚取り出し身構えるリグル。

「ま、まだ社の下にはシロアリがわんさかいるんだ! 状況は何も変わっちゃないよ!」

「ほう、そうかい」

 受けて神奈子も余裕たっぷりにカードを一枚取り出す。

「なら貴女が蟲達に号令を下すのが先か、私がその前に弾幕で貴女を吹っ飛ばすか
・・・・・・なんだったかな、えぇと、そうそう。”西部劇のガンマン風に言うと・・・ 『ぬきな!
どっちが素早いか、試してみようぜ』 というやつだぜ・・・・・・”ってやつだね」

 早苗の読んでいた漫画からの引用だろう。確かにそういう状況だ。

 リグルの掌にじっとりと汗が浮く。今は笑顔さえ浮かべているが、あの神様は社が
傷つけば、躊躇なくリグルを粉砕するだろう。それでも、この策を用いなければ、リグルに
勝利の光明は見えてこない。手にしたスペルカードを生かすためにも。

 神奈子としても迂闊に動けはしない。流れで御社を賭けてしまう事になったが、
いまや社は神奈子だけのものではない。もう一柱の祀られる神、『洩矢 諏訪子』の
物でもあるし、なにより早苗の住空間でもあるのだ。万が一にもリグルに後れを取ることは
ないだろうとは思えども、その万が一があっては事だ。

 銀杏一本犠牲にしてリグルを燻り出したのはよかったが、あの光景を見てしまったのは
まずかったといったところ。リグルと”神遊び”を繰り広げながらでも神徳でおおよその
シロアリを駆逐できはしようが、それまでの被害は流石に計算できそうにない。
ましてや脇に力を使いつつ弾幕ごっことなれば、不意をつかれて負ける事だってありうる。
そうなれば骨折り損どころの話ではない。

 神と王とは睨みあう。睨み合ってしばし、ふたりの時が凍りついた。山の社に風が吹き、
幾つかの枯葉がひらりと舞っても。まさに、それは西部劇のように。どこからか、
じりっ、と焦燥した空気を体現したのような音がした。



「秘技 「宝永四年ごろーし」」

「にょおんばしょりゃぁっっっ!?」

 いきなり神奈子が奇声を上げながらその豊満なヒップを押さえて飛び上がる。

「え。え・・・?」

 攻撃するには絶好のタイミングだが、リグルもあまりに突然のことで固まってしまう。
尻を押さえてのた打ち回る神奈子の後ろに、両の掌をきゅっと合わせ人差し指のみ伸ばした、
どことなく蛙を思わせる帽子を深々とかぶった少女がニヒルな笑顔をして立っていた。
何をしたのかは読者の皆さまの想像に任せるとするが、まぁうん、アレだ。

「おうお、うおうお・・・・・・な、何をするのよ諏訪子ッ!!」

「そりゃぁこっちの台詞よ」

 銃に見立てたのか人差し指にフッと息を吹きかけ、洩矢 諏訪子は神奈子を見下す。
この神社周辺では西部劇が大流行なのか。

「なんでひとが居ない間に勝手に社を賭けて遊んでんのよ。しかもなんか圧されてるしさー」

「い、いつから見てたのよ!?」

「結構最初から」

 その通り、諏訪子はなんだか面白そうなことが始まったとわざわざ本殿から降りてきて
二人の対決を眺めていたのである。しかし、途中膠着してからは流石に痺れを切らした
らしい。それで神奈子の後ろに降り立ち、ばきゅーん☆ である。

「あ、あのー」

「ん?」

「貴女は?」

 ひとり取り残されていた感のリグルがようやく諏訪子に声を投げかける。先ほどの
緊張感など微塵も残っていなかった。

「あー、私は洩矢 諏訪子。ここに祀られる神よ。まぁ一応そこのデカッ尻の相方って
ことになるかなー」

「こ、こら!」

 尻にこだわられて神奈子は顔を真っ赤にする。しながらようやく立ち上がった。

「見てたのなら話は早いわ。さ、諏訪子。あの子を張り倒すわよ」

「は? なに言ってんの?」

 神奈子の言葉、しかし諏訪子は簡単にはねのけた。

「社の危機でしょうに!」

「そりゃぁね。柱でも何でも、少しでも傷つけられたら私はあの子をズタズタにしたって
いいんだけどさ」

 そう言いつつ諏訪子はリグルを見やる。大食漢の蛙が獲物を見定めた時のような
冷たい目。妖怪とはいえ本質が蟲であるリグルは射竦められたかのように身を強ばらせた。
だが、それも一瞬のこと。

「この”神遊び”は神奈子が始めたものでしょうに」

肩をすくめて呆れ顔でいう諏訪子。むぅ、とうなる神奈子にそのまま

「自分のデカッ尻は自分で拭きなさいよ。ま、このままだと何もできないでしょうけど。
この状況を招いたことを悔やみなさいよね。少なくとも、武運の祟り神も司る私としちゃあ
あの子の戦い方を卑怯だなんてそしるつもりはないよ。むしろ神奈子相手にここまで
やるのは天晴れだと誉めてやりたいくらいだわ」

諭すかのように言う。さすがの神奈子も顔を真っ赤にして何か言い返したそうだが、
しかし諏訪子の言は理に適っているせいで言葉は出ない。相対していたリグルといえば、
敵に回ると思っていた神様が意外にもリグルの肩を持ったことで途端に喜色ばむ。
神奈子からリグルに向き直った諏訪子の顔もにこりとしていて・・・・・・そしてまた急に、冷たい表情。

「・・・・・・だからといって貴女の味方をするわけじゃないよ。さっきも言ったように、この社を
傷つけるなら命は無いものと思いなさい。それにね、貴女が蟲を操れるのだとしても、私だって・・・」

 すっと瞳を瞑り、軽く印を結びうつむいて一言呟く。帽子の陰に顔が隠れて、
妙に不可思議な威厳が滲み出る。しばしの間を待つまでもなく、どこからか、
あちこちから、土鈴を鳴らしたような音がし始める。驚いてきょろきょろと辺りを見回すリグル。

「な、なに・・・・・・!?」

「さ、皆。ご挨拶なさい」

 印を結んだ手をぱぁっと広げ天に掲げると同時に、社の境内を埋め尽くす万雷の
蛙の鳴き声。

「う、うわぁ!?」

「あははははは!」

 ひるむリグルを笑いつつ、帽子や服にへばりついた蛙たちと戯れる諏訪子。
神奈子はひどくうっとうしい顔をしているが。

 諏訪子が手を下にやると、それまで思い思いに歌を奏でていた蛙がぴたりと口を閉じる。
今は茂みや軒下に隠れているが、鳴き声から鑑みて、数はリグルが呼んだシロアリに
負けずとも劣らないのだろう。

「ほら、私だってこの子たちを呼ぶことなんて神徳を使うまでもなく朝飯前。そして
この子たちが貴女のシロアリたちを食い尽くすのだって朝飯ま・・・・・・、いや朝飯そのもの?
時間的にはお昼ご飯だけど」

 そう言ってころころころと、まさに鈴の鳴るかのごとく、まさに蛙の鳴くかのごとく、
諏訪子は楽しげに笑い声を上げる。

 それまでの張り詰めた空気も何もかも完全に諏訪子に持っていかれて、神奈子は
不機嫌そうな、リグルは呆然とした顔をしている。それを交互に眺めながら、
にやりと笑って諏訪子は言った。

「じゃ、二人ともさぁ、引き分けってことでいいんじゃない?」

「ちょっと諏訪子!? 私の”神遊び”って言ったのはあなたでしょ!? なんで口を出すのよ!」

「口だけで足りないなら舌も出してあげようか?」

 あっかんべぇ、とふざけ顔をしながら諏訪子。神奈子の顔がみるみる赤く染まっていく。
いくのだが・・・、

「だいいちこのまま千日手続けて誰が一番困るっていうのよ? 私ぁ困らないよ?
でも早苗はどう思うかしら」

「・・・っぐ」

風祝の名を出すと途端に黙り込んでうつむく神奈子。確かにこのままでいれば
一番に心配するのは早苗であるし、神が一人の相手に延々かまけていれば信仰など
集まろうはずもない。色々と無理してまで幻想郷に来た意味もなくなってしまう。
それは一番早苗を悲しませることにもなる。

「それとそこの・・・リグル、だっけ。貴女もそろそろ観念したら? 勝ちたい勝ちたいと
思う気持ちはまぁ悪くはないけどさ、神様と引き分けるだなんてそれだけでもたいした
もんだよ? しかも八坂の神ときたもんだ。洩矢の神の私が太鼓判押してあげる」

 リグルにしてみれば下ろすに下ろせない矛先をようやく下ろせるチャンスを得たわけだ。
このまま意地を張り続けてはリグルにしても、リグルの集めた蟲達にとってもあまり
いいことはない。少し考えて、静かに頷くリグルに諏訪子はウインク一つ。そして満面の笑顔で、

「それじゃ、引き分け、引き分けってことで!!」

「しょうがないねぇ・・・」

「神様と引き分けたってのも、それはそれでいい・・・の、かな」

もひとつノリきらない二人を半ば無理やり向かい合わせてその背を押して距離を縮め、
その手を取って無理やり握手をさせようと誠心努力。もう少し別なことに神の御力を
見せつければいいのに。さてお互いどうしたものかと神奈子とリグルは顔を見合わせ、
なんだかおかしくなったのかふたりともぷっと吹き出した。

「やるじゃない、貴女。流石は蟲の王ね。見事な戦術だったわ」

「貴女も流石山の神。勝てるかと思ったけど・・・参ったわ。シロアリたちは引き揚げさせるよ」

 朗らかに笑いながら握手。そこに諏訪子も手を乗せて、三人は境内に声響き渡る
ほどに笑いあう。地では蛙がころころと笑い、空には蝶がひらひらと舞い踊った。



「さて! 戦い終わってノーサイド。となればお後は宴だねぇ」

「そうだね諏訪子」

「え?」

「さぁ!!」

「さぁさぁ!!」

「え、え?」

「「飲むぞ――――――――――っっ!!」」

「えぇ―――――っ!?」






 夕なの色を帯びた空の下。今も忘れえぬ外の世界の流行歌を口ずさみながら
東風谷 早苗は社の鳥居の側に空から降り立つ。その背には野菜やら酒瓶やら
詰まった籠。

 買い物に行くだけなのに背中に背負い籠なんてといつも思うのだが、天地の二柱、
そして仕える巫女・・・いや、風祝への人々の敬愛の心は深いらしく、道行くだけで
様々なものを捧げ物として贈られる。結局いつも断りきれない早苗の背負い籠はいつ
もいっぱいだ。・・・・・・同じ腋を出している紅白の巫女がその事を知ればその瞳を
パルっと碧に染めて、

「お前ムッソーテーンセでボコるわ・・・」

とか訳の分からないことを言いながら七回くらい殴ってくるだろう。幻想郷は怖いところだ。
ともあれ早苗は今はそんな類の恐怖とは無縁だった。



 無縁のはずだった。



「さ゛―――――な゛―――――え゛――――――――――!!」

 だばだばとした足取りで泣き喚いて駆けてくる半裸の幼女。

「すっ諏訪子様っ!? ななななんっなんっな・・・・・・何事ですかっ!?」

 その言葉に応えるよりも先に諏訪子は早苗に抱きつきわんわんと泣きじゃくる。
どうしていいのかわからず、麦藁色の髪を優しく撫でながら抱きしめる早苗。
ぐずりながらも少しだけ落ち着いたらしい諏訪子は、

「さ゛、早苗っ。か、かな、かなこ、神奈子がっ」

「え・・・・・・まさか神奈子様が、諏訪子様に酷い仕打ちを?」

 ”八坂様”からようやく最近名前で呼べるようになった自らの主神は、もう一柱の神の
諏訪子と仲良しこよしではないように表面上は装っている。無論それはあくまでも
ポーズでしかない。お互いがお互いをからかいあうことはよくあるのだが、こんなに酷い
有様にするようなことはないはずである。あるのだが早苗は思わず疑念を口にしてしまう。

 して後悔した。諏訪子はぶんぶんと頭を横に振って神奈子の悪戯が涙の原因では
ないときっぱりと示す。祀る神を疑ってちくりと早苗の心が痛んだ。痛んだがそれより・・・・・・、

「さ、なえ゛っ。か、神奈子も、神奈子も・・・・・・っ」

本殿を指差して言う諏訪子の声に、社の中に起こっているだろう異変を解決するほうが
先と決心する。謝るのはそれからでもいい。

「・・・・・・・何が起こっているかわからないけど・・・諏訪子様、私、行きます!」

 そう言って駆け出す。諏訪子も半分べそかきつつもそのあとを追った。



「・・・・・・、・・・・・・っかりゃさぁ・・・・・・・、・・・わけょ、わーかーるー?」

「は゛い゛ぃ・・・」

 本殿の奥から聞こえてくるかすかな話し声とお酒の匂い。神奈子と諏訪子は
早苗の目を盗み・・・時には堂々と酒宴を催すことが多いのだが、いつもと様子が
違うことは早苗もすぐに分かった。抜き足、差し足、忍び足。神奈子とどうやら
もう一人いるであろう客人・・・だろうか? その声が近づいてきた。途端早苗の袴を
ぎゅっと掴む手。驚いて出そうになった声を何とか飲み込む早苗。ひとまず落ち着いて
袴を掴む小さな手を見てその主をすぐに理解する。だから振り向かずに、諏訪子と
一緒に改めてじりじりと進みはじめる。

「おまっ、なーもわかってねぇって!! いぃかぁ? ここはぁ幻想郷だろうがよぅぃひっく。
あとからきたやつぁちー・・・・・・っと頭下げておとなしゅうしてんのが筋りゃぁゃねぇかよぉ!!」

「・・・・・・はい。・・・・・・・はい、誠にすまなく・・・」

「謝るくりゃいなら、注げ。酒、注げよぉーほらぁ杯ぃ空なのわかんにゃぇのかくーき
読めてりぇぇ神しゃまゃぁなぁ!!」

「は、はいぃ!」

 やたら呂律の回ってない声の主に対し、完全に気圧されて意気消沈しきった
雰囲気の持ち主が祀る神と知ったとき、何をか思うより早く駆け出し、早苗は本殿へと
乗り込んだ。

「神奈子さ・・・・・・ま・・・・・・っ?!」

「さっ、早苗ぇっ!!」

「・・・・・・お? ・・・・・・ひっく」

 ちょーん、と鎮座ましますちゃぶ台に、あろうことか無作法にも腰をかけた緑の髪の少女。
その目は完全に据わりきっており頬も紅潮している。酒の仕業だろう。その手に掲げる
大杯に、涙の跡も隠さぬままに大吟醸を捧げる姿はもちろん神奈子。一体
これは何たることで何故こうなったかと、あまりの衝撃に早苗は言葉を失う。



 何故こうなったか、もちろん原因は勝負の後の酒盛りである。二神の力以って
半ば引きずるようにリグルを本殿に連れ込み、神奈子が取り出だしたるは朱塗りの大杯、
諏訪子が引っ張り出してきたのは灘の生一本大吟醸。不安がるリグルの手に杯を
握らせてなみなみと注ぎ、駆け付け三杯といわんばかりにリグルに迫った。

 神二柱に挟まれればリグルも断るわけにいかず覚悟を決めて飲み干すが、
その先から注ぎ足され、あっという間に胃の腑が熱いアルコールで満たされる。
そして、その熱がリグルのまともな精神を焼き尽くした。

 この場に彼女の友人、ミスティアがいれば何をおいても止めさせただろう。彼女は知っていた。
普段気弱なリグルのストッパーが酒で外れたとき、そこには暴虐なる王が姿を現すことを。



「王が命ずる、脱げぇ――――――――――ッ!」

「ご無体な――――――――――っ!?」

「王として物申す、説教じゃ――――――――――ッ!」

「ひぇ――――――――――っ!?」

 そして神二柱はタイラントに思いっきり蹂躙されることとなったのである。



「あ・・・・・・あの・・・・・・あ・・・・・・」

 リグルを指差したまま、はくはくと口だけを動かす早苗。どう声をかけたものか、
何を言っていいのかどうしても頭が働かない。怪訝そうな顔をしたリグルは手にした
大杯の中身をぐいとあおり、やおらすっくと立ち上がる。そのままよろ、よろっと千鳥足の
ステップで早苗に近づいてきた。

 どこか中性的な相貌は幼いながら整っており、美形の部類に入るなぁと早苗は
ぼんやり思う。酒に酔ってとろんとした瞳も紅潮した肌も決して美しさを損ねるものでは
ないのだなぁ、などと考えてようやくはっと正気を取り戻す早苗。流石に思考放棄を
続けるような状況ではなかった。

 リグルはいまや早苗の前に、幾分ふらふらしながらも仁王立ちして見上げている。

「あ、貴女は・・・」

「お? おー。おー? おぉ、俺は蟲の王リグルっつーんだ。おじょーちゃんは?」

 って俺リグルですか。叩かれそうな雰囲気がしたが、うんまぁ、これも酒の魔力のせいと
いうことにしといてください。

「あ、わ、私は東風谷 早苗。この神社に仕える風祝」

「ふー・・・ん」

 精一杯の威厳を持って答えようとしても、どこか気後れのある早苗。そんな彼女の
気持ちを知ってか知らずかきっと知らずだ、リグルはまじまじと全身を見、そしてにへらっ、と笑った。

「いっじゃん。なんら、ちゃんと年頃の娘いるじゃん。あんなオバハンとつるぺったんじゃ
酒の肴にもなりゃしらい」

「オバハンとか酷い!」

「つるぺったんとか酷い!」

 失意体前屈で泣きじゃくる神たち。神徳も何もあったもんじゃない。しかし早苗に
とってそれは許しがたい侮辱。己が貶められるよりも遥かに度し難い行為。顔を真っ赤に
して怒りの声を上げようとした瞬間、



ぷぷにっ。



「えへー」

「・・・・・・。・・・・・・、・・・・・・!!!???」

 リグルの両手の人差し指が、早苗の両の乳房、その頂点をぷにって突いていた
ぷにって。しかも物凄いいい笑顔。

 絶句しつつも早苗の顔の色は、今度は怒りとは別の感情でさらにもう一段階
赤く上塗りされる。

「い・・・・・・」

「・・・・・・い?」



「いやァ―――――――――――――――ッッッ!!!」



 ボーン! と、とんでもない炸裂音。奇跡を起こす程度の能力を持つ早苗であるが、
特に強力無比なのは風を起こす力。それをゼロ距離で炸裂させたのだからリグルとしては
たまらない。あっという間もなく本殿から吹き飛ばされ、

「・・・・・・おりょ? 何れ俺ぁ飛んれるんらぁ~~~~? あはははははははは!」

どこか壊れた笑い声を残しつつ、そのまま空の彼方へと吹き飛んでいった。

 残された守矢神社の三人は、体寄せ合いさめざめと涙するのであった。



△リグル・ナイトバグ VS 八坂 神奈子△
(しかし神奈子たち主観からは ○リグルVSかな&すわ&早苗●)












「・・・・・・よし」

 湖畔の木の下で誰に言うでもなくリグルは嬉しそうな声をあげる。幻想郷の強者と
思い立って四連戦。その全てに敗北することなく、それどころか勝ち越しすらている。
中にはちょいとばかり怪しい勝利もあるが、それでもこの結果にリグルは自信を
完全に取り戻している。そして目指すは立派な蟲の王に。

「今度は誰と戦おうかな。やっぱりあの紅白の巫女かなぁ。・・・亡霊のお嬢様に
本当の生きてる蝶の美しさを叩き込んであげるっていうのも面白そう。他に
・・・・・・あぁ、そういや花の妖怪が最強だなんて話もあるけど、花が虫に勝てるのかしらね」

 ・・・・・・自信を取り戻したのはいいのだが、これは少々調子に乗っているかもしれない。
紫が怒りにくる前に痛い目どころかころっと彼岸行きにさえなりそうではある。
そんな事を想像だにしていないリグルは、幻想郷の強者を指折り数えて悦に入る。
もう倒した気でいるんだろうか。

 と、そんなリグルの視界に見覚えのある影。空を行く黒い影は確か・・・・・・。思うが早いか、
リグルは空へと飛び出していった。



 『射命丸 文』はいつものようにネタ探しに東奔西走である。彼女にしては比較的
ゆっくりと空を往きながら、何か面白い話はないか知らん、なければ捏造でもしとくかなぁ
などととんでもないことを思ったその矢先、

「ちょっと待ったぁぁぁ―――――っ!!」

行く手を遮る一つの影とその声に、風でブレーキかけつつ中空に制止する文。
声の主はもちろんリグルである。腕組みしてえらく意気揚々としたリグルをいぶかしむ文。

「何の用です?」

 冷たく言い放つのは文が新聞記者モードではないからか。烏天狗である彼女からすれば、
力無い者に遠慮などする必要は微塵もない。

「えっと、しゃめいまるあや! 確か貴女も幻想郷最強だとか名乗ってたね! ならば
この私、蟲の王リグル・ナイトバグと勝負なさい!!」

「・・・・・・は?!」

 珍しく口をぽかんとあけてしまうほど呆気に取られる文。頭の回転は速いほうだが、
どこぞの妖怪の賢者のように一を聞いただけで百を知るような荒唐無稽な頭脳ではない。
目の前にいる弱妖、しかも鳥の餌程度にしかならない蟲達の王が、烏天狗のうちでも
強者にあたる自分に喧嘩をふっかける理由が分からないといったところ。

 ただ、文の新聞記者としての勘は多少なりとでもネタになりそうな雰囲気を即座に
嗅ぎつけた。途端に入る新聞記者モードへのスイッチ。さて、どうするかと少し思案して、
とりあえずこう切り出した。

「私、幻想郷最強じゃないですよ」

「え」

 今度はリグルが呆気に取られる番。

「私はあくまで”幻想郷最速”であって最強ではありません。それとも、最速の座を
奪いたいのなら今からここでスピード勝負でもしますか?」

「あらら・・・・・・最強じゃないならいらないや。勘違いしてた、ごめんなさい」

 いらないと言われて文は一瞬リグルをドツキ倒そうとも思ったが、ともあれ笑顔を
保って接し続ける。今はプライドよりネタだ。

「それにしても、どうしたんですか急に? 貴女が最強を目指すだなんて。もしよろしければ
お話聞かせてもらって構わないですか?」

「うん! あ、でもちょっと長くなりそうだから・・・・・・下に降りて話そ?」



 湖畔を渡る風は爽やかで実に心地いい。そんな中、にこやかに、幾分上気した
表情で武勇伝を語るリグル。文は手にした文花帖にリグルの話をびっしりと、逐一
書き記している。最初は文としてもリグルの話は冗談にしか聞こえなかった。
竹林に住む嘘つき兎が話したのであったら一笑に付していたところだろうが、目の前の
妖怪少女は嘘をつけるような性格ではない。だとすれば話は本当のことで、幻想郷に
名だたる強者に勝負を挑み、勝利を得たことはまごうことなき事実である。

 これは面白い。

 リグルの話はいたく文のお気に入りになったようだ。話としては弱者が努力と知恵を
以って強者を倒していったというのは、若干美談くさすぎるきらいもあろうが実にいい。
裏を取る必要はあるとして、その時の話をするレミリアや神奈子たちの表情を見るのも
乙だな、と若干趣味の悪い想像をし、さらに新聞の売り上げに貢献できそうなネタを
手に入れて文はホクホク顔だ。

 リグルとしても新聞で自分の頑張りが他人の目に触れるというのは願ってもないこと。

「・・・・・・と、こういうことなわけなのよ!」

「いやはや、まったく。リグルさんの努力には頭が下がります。それで、これからの目標は?」

「そうだなぁ・・・・・・。まだまだ、幻想郷には強い奴がたくさんいる。そいつらを私が倒して、
ゆくゆくは私が最強の・・・・・・」

「最強ってばあたいね!」



 時が一瞬凍る。文とリグルの眼前には最強を語る上で外せない氷の妖精が
腰に手を当てえっへんと、実に偉そうに浮いていた。

「あ、違った。あたいってば最強ね!!」

「・・・・・・なにやってるんですか、自称最強のチルノさん」

「最強って言われたからあたいの話をしていると思ったから来たのよ! しじょう最強、
うん、あや良い事言った!!」

 またえっへん顔。確かにこの湖は彼女のテリトリーではあるのだが、どこまで自尊心の
強い妖精なんだろうと文は思う。それがらしいといえばらしいのだが。

「何もかも違うよ! 誰もお前なんか呼んじゃいないよ! あっちいっちゃえ!」

 少しばかり寒そうにしながらリグルが叫ぶ。冷気に弱い彼女にとっては確かに
嫌な相手だろう。

「でも最強って言ったし、あたいってば最強だし」

「違うっていってるじゃん! 今は、私が、最強を目指してるって文さんに話をしてるの!」

「なに!? あんたも最強なの!? うーむ、でも最強といえばあたいだし。そうだ!
あんたは最強じゃなくて”さいきゅう”を名乗れば良いと思うよ!!」

「”さいきゅう”ってなによ!? むしろなんかその響きはお前に合ってるよ!!」

「やはり最強はならびたたないのか・・・・・・」

 やたら渋カッコイイと本人だけは思っている表情で頷くチルノ。リグルとしては
憤懣やるかたないといった表情で鬱陶しい氷の精霊を睨んでいる。文としては
それこそ最初はまためんどくさいことになりそうですね、などと思っていたが子どもの
口喧嘩まんまで言い争うふたりを見てぴんと閃いたようだ。

「あの、おふたりさん?」

「何?」

「なんですか?」

「でしたら今ここで、最強を決めてしまえばいいんじゃないですか?」

 にこりと微笑んで文は言う。新聞のネタはできた、だかしかしさらにネタを面白くするための
提案である。そんな文の真意に気付くほどリグルもチルノも聡くはなかった。むしろ
お互い好都合だと思ったらしく、

「ふふん。レミリアも紫も倒した私がこんな妖精相手に引けを取るわけがないけど、
いいじゃない、さくっと倒して最強が私に相応しいってことを教えてあげる」

「おー!? なにをー!? あたいは最強なんだからなー! ぼっこぼこにしてやるー!!」

と意気揚々。

「じゃあカードの枚数を決めないとね! 5枚くらいでいい?」

「さ、3枚で・・・」

 いきなりリグルが意気消沈した。なんのかんのいってチルノ、結構スペルカードを
持っているのである。ともあれ3枚と決まったらしく、ふたりは湖の上に飛び上がる。
文はカメラを調整して、来るべき弾幕勝負に備えた。

「じゃあ、いくぞー!」

「かかってきなさい!!」



 今、霧の湖の上空で、幻想郷最強の座を賭けた戦いが始まった。












 第百二十三季 葉月

 文々。新聞

 -幻想郷最強を決める闘い勃発!!-

 蟲の地位向上を目指していたリグル・ナイトバグさん(妖怪)がついに本腰を入れて
動き出した。自らが強くなることで蟲達の力を増そうと、幻想郷に点在する強者達に
勝負を挑んだのである(詳しい記事は2面より)。

(中略)

 かくして3勝1引き分けという素晴らしい結果を残した彼女に、○月○日挑戦者が
現れる。自称最強のチルノ(妖精)は幻想郷最強は私だと名乗りを上げ、
それに対してリグルさんは勝負を受けることと相成った。

 勝負は一瞬でついた。チルノの放つ猛烈な冷気にリグルさんは凍えてしまい、
氷符「アイシクルフォール」によって氷漬けにされ湖へと落下していった。この戦いにより
リグルさんの最強への道は大きく後退することになったのだが、私個人としてはこれに
へこたれず是非再起して欲しいと願う所存である。

 勝者であるチルノさんの談が入っている。









 え、どういう談話かって?

 皆さんわかっていると思います。

 では、全員で声を出して言ってみましょうか。

 せーの。












「あたいってば最強ね!!」



●リグル・ナイトバグ VS チルノ○
 お久しぶりでございます。
 この度は結構長い作品に目を通していただき恐悦至極。テーマは”弱者の努力”だと。
 リグルは原作では1ボスですから無論弱いとされるのは仕方ありません。けれど、それで終わって
いいものではないはずです。知恵を振り絞り、万策持って当れば、きっと道は開けるものだと
思います。

 とはいえ最後のオチは酷いじゃんと言われるとは思いますが、読んで頂ければ分かるように
リグル、慢心しております(w

 結局一生懸命頑張って、奢らずひたすらに突き進めば、本当の最強とはなりえなくても、王として
恥得ない未来が待っているのではないでしょうか。がんばれリグル。



 そういう訳でリグルの太ももに挟まって息絶えるのなら本望だと言って憚らない白でございました。



追記
>>丸丸さま

どうぞどうぞ! ぜひ書いてくださいな!
自分はしょせん自分のアイディアの中でしか動かせませんので、他の方の切り口というのは参考にも
なりますし何よりその面子にどう戦うかとか興味尽きませんから!

[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1300簡易評価
1.70名前ガの兎削除
ネタは悪くないんだけどちょいと冗長。
んでもって台本臭いところがある。
けど読みやすくてところどころに光る小ネタが置いてあったりするし、次の話に期待せざるを得ない。
3.80名前が無い程度の能力削除
個人的にはゆうかりんと戦って欲しかったな…。
いや、違和感なく勝たせるとしたら、作者さんも頭を抱える難題だと思うがw
とりあえず掘られた神奈子様の絶叫に萌えた。
18.90丸々削除
私もリグル最強話を書きかけていた…
しかもコレ面白いな…無念

いや、私の方の敵は映姫と食姫と桃姫と橋姫あたり。
相手が被ってないからこのまま書くべきか…
21.60名前が無い程度の能力削除
面白かった。
蟲と冷気ならリグルの部が悪すぎるw
26.90名前が無い程度の能力削除
ばきゅーん☆言うなw
盛大に吹いてしまったじゃないか。
それはさて置きこれは良いエンターテイメント!
27.無評価名前が無い程度の能力削除
おもしろいですねぇ、これ
100点つけざるをえないかとww
しかし咲夜さんやさしいねぇ。レミリアのためになったのかどうかはわかりかねませんがw
29.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんが可愛すぎるwwww
あとリグルの酔い方気に入ったw
30.80名前が無い程度の能力削除
リグル強いな~
33.100名前が無い程度の能力削除
テーマも共感できますし、最後も綺麗に締めましたね。
こういう素直な作風は好きです。
とても面白かったです。
34.100バカルテットの中ではリグルが一番好き削除
リグル可愛いよリグル。
それはさておきいい話でしたね。ほのぼのとしていて。本気でリグルをたたきのめそうとしていたのは紅魔館の二人ぐらいでしたが咲夜の変態ぶりを活かすとはよく考えつきましたね。
36.80名前が無い程度の能力削除
なかなかいいものだ