Coolier - 新生・東方創想話

リグル最強への道 -上-

2008/11/20 03:56:24
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 『リグル・ナイトバグ』は悩んでいた。

「・・・・・・虫達の力が、弱まった、か・・・」

 見世物、威厳がない、挙句に弱いと烙印を押された蟲のリーダー。蟲の王といっても
差し支え無いだろうか。それら蟲の王は獰猛で、眷属を群れとなし、人々に恐怖を与えて
いたという。神話の時代にも名を残す暴虐なる大百足の王。奈落に巣を張り人々を
引き込み喰らい続けた鬼蜘蛛の王。実りを一瞬にして喰らいつくし人々を飢饉の坩堝に
叩き込んだ蝗の王。さて、自分はどうだ。

 夏の初めに水辺で光を放ち、人々の目を楽しませる存在、蛍の王。・・・しかもリグルは
女性だから光ることすら出来ない。眷族の力を借りて光り輝く美しい弾幕を操ることは
出来るのだが・・・いかんせんそれだけだ。それにしろ少し実力のある相手には軽くあしらわれて
しまう。つまり、弱い。

 蟲の地位向上のため”蟲の知らせサービス”なんてやってみたが、評判は芳しくなく、しかも
リグル自身が管理をできないイマイチの頭の悪さが店仕舞いへと拍車をかけた。結局、
リグルは今のところ蟲の王らしいことは何一つできていないと言えるだろう。

「・・・・・・うぅ」

 光のあまり差さない森の中、膝を抱えてリグルはうずくまった。その周りを一匹の美しい
蝶が飛ぶ、まるで彼女を慰めようとしているかのように。顔を落としたリグルはしばらく
その存在に気付くことはなかったが、ふと視線を上げてようやくその存在を知る。黒の中に
燐粉の光が七色を見せるその蝶は、リグルの白い腕にそっととまった。

「お前・・・。・・・・・・慰めてくれるの?」

 当然蝶は語ることは出来ない。その代わり、羽を二、三度軽く羽ばたかせた。蟲の王には
それで全てが伝わる。

「・・・そうだね、ありがとう。くよくよしてたって何もはじまらないものね!」

 王の言葉を聞いて喜んだのか、蝶は飛び立ちリグルの周りをぱたぱたと周りはじめる。
その行動に込められたのは激励か、祝福か。

「よし! 心配されないように、私もっと強くなる! もっともっと強くなって、蟲の王として
胸を張れるようになるんだから!」

 その答えに満足したのか、蝶は空高く舞い上がった。リグルの前途を祝するように。



                    -リグル最強への道-



「さて、と・・・」

 今、リグルの目の前には、地面に拾った枝で書いた数人の名前がある。

 『レミリア・スカーレット』
 『八雲 ゆかり』
 『ほうらい山 かぐ夜』
 『八坂 神な子』 

「うー・・・ん。よくわかんないけど強い奴らって言ったらこんなところかな」

 こんなところか幻想郷屈指の実力の持ち主である。そんな強者達相手に、

「よし! 他の奴らはとりあえず後回しにして、こいつらから倒していこう!」

と叫んだリグルに今、4本ほどのぶっとい死亡フラグが立ったことを本人は知らない。

 結局あの後、どうすれば蟲の王としての強さを顕示できるかと考え抜いて、幻想郷でも
強いと言われている相手を倒すことが出来れば、それすなわちリグル自体の力も認められる。
そうなれば蟲達もかつてのように力を取り戻すだろうという結論に落ちついてしまったようだ。
強者を倒し続ければ歴代でも最強と呼ばれる蟲の王になれるかもと、想像の・・・というより
妄想の翼はどこまでもリグルの意識を天へと飛ばす。次に飛ぶのは魂だろうか、行き先は
彼岸だろうが。

「さて、じゃあ最初はあの吸血鬼から倒そう! あの夜に酷い目にあわされた恨みもあるしね・・・!」

 覚悟の握りこぶし一つ作って空を見上げ、力強く宣言したリグルは颯爽と夕闇迫る
森から飛び立って行った。

 ・・・これだけ鑑みるなら、リグルはピクニック気分でスーサイドな選択をしたように見えるだろう。
しかし、リグルは無い知恵振り絞ってでも本当に勝とうとしている。それが果たして、
吉と出るかどうか・・・?






「今日は何事もなく終わりそうですね」

 誰に言うでもなく、紅魔館の門番『紅 美鈴』。呟きに乗せた些細で、しかし彼女に
とっては何よりも得難い願いは時ならぬ訪問者によって儚く消えることとなった。
とっ、と足音も軽く空から降り立ったのは緑のショートヘアーから触角を生やした女の子。
もちろんリグルである。

「こんばんは!」

「あ、こんばんは」

 夕日を背にしてにこやかに挨拶するリグルに、こちらも丁寧に挨拶を返す美鈴。顔を上げて
門番らしい一言を口にする。

「ところで・・貴女はどちら様で紅魔館に何の御用でしょうか?」

 微笑む美鈴はしかし若干の警戒の色をにじませる。逢魔ヶ刻に妖怪ひとり、何の理由か
悪魔の館へ。門番としては決して気を緩めるような状況ではない。知ってか知らずか
目の前の触覚娘は穏やかな笑顔を崩さずに、

「私はリグル・ナイトバグ。地を這い空を舞う数多蟲達を統べる蟲の王。その蟲の王として
私は夜の王、レミリア・スカーレットに決闘を申し込みに参りました」

すっとマントの端を掴み、優雅に一礼をする。その姿には確かに王としての気品が備わっていた。
とはいえ言ってることはかなり物騒である。美鈴は自身の気を使う程度の能力を集中して
もう一度リグルを見やる。

 弱い。美鈴はそう直感した。闘気や覇気、そういった戦いに関する気力を見れば
お嬢様と比べて天と地ほどの差。それどころか美鈴本人と比べてみても相当に下だ。
そんな存在がお嬢様と決闘ときた。美鈴は一瞬どうするかを考えて、しかしこの場合
最も適切で、一昔前はよく口にした警告を選択する。

「お嬢様と戦いたいわけですね。ですが、私、門番の紅 美鈴としては、はいそうですかと
お通しするわけには参りません。・・・ここから先に進みたければ、私を倒してからにしなさい」

 拳法の構えを取る美鈴。見るものが見ればそこに隙は一分ほども見出せないだろう。
ところが、リグルは笑顔一転急に不機嫌そうな顔になった。少しばかりの怒気混じりで美鈴に、

「・・・こちらが蟲の王として、って言ってるんだからあんたみたいなザコ妖怪がしゃしゃり出て
こないで。早くレミリアを呼んで来なさいよ」

と言い放った。これには流石の美鈴もカチンと来る。目の前の木っ端妖怪は相対する者の
強さも測れないほど愚かなのかと。その愚かさのままお嬢様に喧嘩を売りに来たのかと。

 すっ、と美鈴の視線が鋭くなる。目の前で偉そうに腕組みしている触覚娘に一瞥くれて、
軽く足を持ち上げた。



 どおんっ!!



 大砲でも打ち込まれたかのような音が響き、衝撃波が円を描いて吹き荒れる。”震脚”、
そう呼ばれる中国拳法の一動作。攻撃目的ではないそれで美鈴の足元の地面はひび割れ
無残に陥没し、衝撃にリグルは尻餅をついている。弱妖を見下ろし、くい、と人差し指を
招くように曲げ、冷たく美鈴は言い放つ。

「もう一度言う。ここから先に進みたければ、私を倒してからにしてもらおうか。できないなら
とっととおうちへお帰り」

 その声に、驚いたような表情をしていたリグルも立ち上がる。その様は落ち着き払って
堂々としたもの。ぽんぽんとズボンについた土埃を払い真剣な顔で美鈴を睨み返してきた。

「しょうがないね、相手してやろうじゃない」

 どこまでも上からの態度に、美鈴はこいつ何様のつもりという思い九割とうちのお嬢様も
こういう振る舞いを維持できればいいのになという思い一割。思いを馳せている間に、なんと
リグルはつかつかと歩いて間合いを詰めてきた。

「さて、やるんならスペルカードの枚数を・・・って」

 決闘といえば普通はスペルカードルール。美鈴もそのつもりで構えていたのだがリグルに
その様子はない。

「ちょ、ちょっと!?」

「どうしたの? もう闘いは始まってるよ」

 にやりと微笑むリグル。スペルカードを使わない闘いとはすなわち、どういう手段を使ってもよく
・・・命を失っても仕方のないものだ。気付いた美鈴は背中を走る悪寒に鳥肌を立たせる。

「・・・ひっ!?」

 ・・・いや、違う。背中を走ったのは悪寒ではない。身悶えする美鈴。

「な、何をし・・・、っ!?」

 身をよじらせている間にリグルはすでに美鈴の前に不遜な笑みで立っていた。反射的に
その顔に拳を叩き入れようとした瞬間、

「ひゃうっ!?」

もう一度何かが背中を這い回ったせいで攻撃どころではない。混乱の中美鈴は必死に
状況を整理しようとする。這い回る感触。目の前には蟲の王。まさか、と思った時には
遅かった。リグルはちょっと背伸びをして、美鈴の胸倉を掴んでいた。にへ、とした笑い顔。

「大体分かったようだけど教えてあげる。あんたの背中に特大の蜘蛛を忍ばせたのさ。そして・・・」

 ぐいっと美鈴の服を引っ張って、その上に握り拳。

「彼らもおまけでくれてあげるわ」

 美鈴の形のいい胸の上で拳が開かれた。そこからは甲虫、ゲジ、地虫、蚯蚓やらが
ぼろぼろとまろびでて落下し・・・。



「き゜ゃ゜――――――――――――――――――――っっっ!?」



「・・・それにしても、目に悪いお館だなぁ」

 楽々と紅魔館への侵入を果たしたリグルは中庭をひとまず建物に向かって歩を進めている。
あたりは一面真っ赤な色に染められ不気味というか悪趣味というか。基本的にノープランで
中に入ったためさてこれからどうしようかなどと考えていると、

「視覚的に残念な館で申し訳ありませんが、勝手に入ってきて不躾な言葉は感心しませんね」

鈴のように美しくナイフのように怜悧な、一度は聞いた声が背後からかかる。

「いざ・・・。・・・・・・なんだっけ」

「十六夜 咲夜ですわ、終わらない夜、真っ先に出てきて真っ先にくたばった虫ケラさん」

 リグルが振り向くより早く、時を止めたか正面に立つメイド長は零下の視線を侵入者へと
射掛ける。心臓の弱いものならそれだけで殺せてしまいそうだ。だが、あの夜ひえぇだのと
情けない悲鳴を上げていた様子から想像できないほど、妖怪娘は余裕の表情を見せている。

「先ほどの美鈴の悲鳴。そして奇妙な侵入者。関連性が無い訳ないわね。
何をしたの? 言いなさい」

「・・・虫ケラとは貴女も随分な物言いね。私は蟲の王リグル・ナイトバグ。蟲の王として
夜の王と、王族同士の決闘をさせていただこうと思って来たのに、あいつったら変な
意地を出して通そうとしないんだもの。だからちょっと懲らしめてやっただけ」

 リグルの言葉に微妙に顔を歪ませる咲夜。ここに来た理由もいまいち理解できないし、
明らかに美鈴よりも力の劣る蟲の妖怪がどうやってか門を押し通ったのも合点がいかない。

「もう一度聞くわ。美鈴に何をしたの?」

「気になるなら見に行ってあげたらいいじゃない。ま、少なくとも命に別状は無いとは保障して
あげる・・・ただ、トラウマくらいは残るかもしれないけどね。その間私はレミリアにでも会いに
行くから」

 にやけた顔で言うリグル。ますますしかめっ面になる咲夜。お嬢様を呼び捨てとはこの虫ケラは
どこをどうのぼせあがったのだろうかと、怒りと呆れと不可解さの混ざり合う速度が加速する。
とはいえ、さすが瀟洒なメイド長はそれを表に出すことはしない。

「私が時を止めることはご存知だったかしら? 知っていても忘れてそうな面構えですが。
何なら今すぐこの場で貴女を千のナイフの餌食にしてから確認しに行ってもいいんですわよ?」

「そういえばそんな便利な能力だったわね。じゃあその力使って今すぐレミリアをここに呼んできてよ」

「・・・・・・。・・・な・・・・・・ッ!?」

 余りの言葉にとうとう咲夜は絶句してしまった。一瞬ほど自身の時を止めたかのように
硬直してから咲夜は一つ決心した。

 よし、こいつ殺す。

 決心のまま、隠し持ったナイフに手を伸ばして・・・、

「さくやー。さっきから騒がしいんだけど魔理沙でも来たのー?」

館の方から聞こえてくる甘ったるい幼い声にぴたりと手が止まった。日が落ちて館の主、
『レミリア・スカーレット』は呼ぶまでもなく外に出てきたようだ。羽ばたきの音が近づき、
咲夜の側に降り立つレミリア。深紅のまなじりで魔理沙ではない闖入者の姿を睨みつけた。

「お嬢様」

 恭しく主にかしずいたメイド長はその耳朶に手を当てひそひそとやる。ふむふむと頷いて
レミリアはもう一度リグルを見やり、両の口端を吊り上げた。

「咲夜」

「はい、お嬢様」

「あなたは美鈴のところに行きなさい。私は・・・夜の王として蟲の王ことリグル・ナイトバグの
挑戦を受けてやることにしたわ」

「・・・は。了解致しました」

 少しだけ意外そうな雰囲気を纏わせたメイド長、すぐに瀟洒な姿を取り戻し、音も無く
その場からかき消えた。ひらりと二枚のトランプが宙を舞い落ち、クローバーのキングの上に
ハートのクイーンが負ぶさった。



「さて、蟲の王。この私レミリア・スカーレットに決闘を申し込むとはその心意気だけは
誉めてあげるわ」
「そう、夜の王。この私リグル・ナイトバグへの賞賛なら貴女が地に倒れ伏してからなら
聞いてあげるわ」

 口元に笑み。二人の可憐な王同士が視線の火花を散らす。見るべきものが見れば
滑稽とも思えるだろう。それは幼い相貌ゆえのものでなく、純粋な力量によるものだ。
同じ王を名乗っていてもかたや一大勢力紅魔館の主、かたや十把一絡げの弱妖である。
その差はすぐに現れた。

「ならばスペルカードルールで雌雄を決しましょう。10枚? 20枚?」

「・・・くうぅ」

 明らかにおちょくった口調でレミリアは問いかけ、ついでに懐からスペルカードの束を取り出し
これ見よがしに選び始める。地獄のような弾数を誇るものから、近接戦闘で相手を
吹き飛ばすものまで多種多様。対するリグルはというと、似たような種類のものをひとまとめに
してしまうと、実質使えるのは3,4枚と言ったところか。終わらない夜の事変でそれを
知っているから、レミリアは自慢げにスペルカードを見せびらかしているのだ。口さがない
言い方をすれば実にガキっぽい。

「どーれーにーしーよーうーかーなーふーらーんーのーどーろーわーをーかーぶーりーt・・・」

「・・・王同士の戦いに無駄な枚数はかっこわるいわよ。3枚。3枚で決めれるくらいじゃないとね」

 たぁっぷり時間を使って己のスペカ(と変態性)を見せ付けたレミリアに、真っ直ぐな瞳のリグル。
彼女は既に己のカードを選び終わり、すべての仕込みを完了させていた。

「・・・フン、ものは言い様ね。でも確かにそう、あんたを叩き伏せるのには3枚もあれば十分よね」

 この時間すら退屈凌ぎの楽しみとしていたのか。枚数さえ決まればレミリアは、一瞬で
お気に入りの3枚を抜き出した。にこりと笑って少しばかり天を仰ぐ。

「・・・たいして月は紅くないけど」

 受けてリグル。

「紅い月なんてゴメンだから」

 受けてレミリア。

「お遊び気分で叩き潰すわよ」

「永い夜のようにはいかないよ」



「それじゃぁ・・・」

「先手必勝ッ!! 紅符 「スカーレットマイスタ」 ぁぁっ!!」
 リグルがもぞもぞと動き始める前に、宣言の声も高らかにレミリアはカードを宙に放り投げる。
刹那に馬鹿げた霊力がレミリアに集まっていく。鈍いリグルにも、今レミリアが宣言したものの
危険さは理解できたようだ。なぜか頬をぽりぽりとひと掻きしてから真っ赤な三日月のような
笑みを浮かべるレミリア。

「紅に染まりなさい、私の弾幕と貴女の血で・・・・・・あれ? 虫ケラって血は赤いのかしら?
まぁいいわ」

 ぶぅんと腕を一振りすると、様々な大きさの紅の弾が辺り一面にぶちまけられる。

「ひぇ・・・・・・っ」

 申し訳程度の射撃を放ちながら、リグルは大きく逃げを決め込む。決死の覚悟で
真紅の弾を回避し続け、攻撃の波が終わったと見るや全速力で逆方向に飛ぶ。臆病な
弱妖の必死さが、かえってこのスペルとは相性がよかったようだ。だが、リグルの貧弱な
射撃ではレミリアを倒せそうもなく、いつかは紅い弾幕に飲まれ無惨な姿を晒すのも時間の
問題と思われた。

「く・・・・・・あああぁぁぁっ!!」

 悶絶したような幼い声。その主はしかして緑の短髪の少女ではなかった。苦悶じみた
声を上げながらも、レミリアは紅い弾を放ち続けている。その弾幕には最初のような勢いや
密度が感じられず、まるで弾幕のランクが下がっているようにも見える。おかげでリグルにも
多少の余裕が見えてきたようで、幾分楽そうに弾の間をかっ飛んでいく。

 ・・・何がレミリアに起こっているのか?

「むぅぅ・・・やあああぁっ!」

 いつしかヤケクソ気味に弾をばら撒くレミリアだったが、もはや狙いも定まらず、リグルは
時折飛んでくる弾を悠々避ければいいほどにまでの状況になっている。そして、

「・・・・・・っ! も、もうダメっ!」

叫びと共に、唐突に弾幕が消えた。格段に実力が上の相手の弾幕をリグルは
凌ぎきったのである。

「よ、よし! どうだ、夜の王よ!」

 びしっと指差すリグルの先には、

「か、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいよぅ。お、お前、何をし
・・・あああああかゆいかゆいかゆいぃいぃいぃっ!!」

手といわず足といわず顔といわず、全身ありとあらゆるところを掻き毟りながら地面を
悶え転がるレミリア。その様があまりにも滑稽でリグルは腹を抱えて笑い出す。

「笑うなぁっ!!(ぽりぽり) お、お前・・・(ぼりぼり)、蚊を(かきかき)操(がりがり)り(がじがじ)
やがっ・・・かゆいかゆいかゆいかゆいあぁああぁあかゆいかゆいかゆいかゆい」

「あははははははは! ・・・さあ? この暑い夜に、ぼさーっと、あーんなに時間をかけて
カードを選んでたら蚊に刺されてもおかしくないんじゃない?」

 とぼけるリグルだがレミリアの言うとおりである。リグルは配下の蚊達にこっそりと命を下し、
なめきっていたレミリアを襲わせたわけである。刺されてすぐは何も感じないだろうが、
いざ戦いの頃になれば猛烈な痒みが襲うだろうという作戦は見事に的中した。いかな
レミリアといえども、全身を襲うかゆみに耐えながら、精神を集中させて行う弾幕を
行使し続けるのは不可能。結果、リグルに勝利を与えてしまった形になる。

「お、おにょれ・・・」

 立ち上がるもいまだ腕を掻き毟りながら、真っ白な肌にいくつもの薄紅をデコレーションした
レミリアは物凄い怒りの形相でリグルを睨む。

「お、おっと。今度は私の番だよ! 蛍符 「地上の彗星」 ッ!」

 それがちょっと怖かったのと、かゆみの引かない今のうちにということで早々にリグルは
スペルカードを掲げて宣言する。

「おいで、私の眷属たち。あいつをやっつけるよ!」

 その言葉にどこからか集まったか無数の蟲達。リグルの光を受けて自らを輝く弾となして
放射状に広がっていく。美しくもある弾幕だが、落ち着いて対処すれば弾をかわすのは
さほど難しくないものだということを多くの者が知っている。・・・当然、今のレミリアに落ち着いて
対処などと言うことが出来るわけがなかった。

「かゆいかゆい・・・・・・あぁ、もう!」

 首の裏っかわを真っ赤になるまでぼりぼりやっていたレミリアも、さすがに弾幕が押し寄せれば
距離をとって身構える。隙を見て射撃を叩き込もうと思いはしたのだろうが・・・、

「・・・く、せ、背中がっ」

かゆくてかゆくて仕方がないらしい。しかも届かないところのかゆみというのは気にすればするほど
煩悶具合が増すもの、そんなレミリアだから逃げ回りながらあちこちをぽりぽりやるので
いっぱいいっぱいになってしまう。

「そぉら! どうした夜の王!」

 一気呵成に眷属たちをレミリアに突入させるリグル。今の状況だけ見ると明らかに
蟲の王が格上に見える。

「・・・なめるなぁっ!!」

 怒りで忌まわしいかゆみを乗り切り、掌に真っ紅な霊力を集めるレミリア。表情には
余裕はなく脂汗まで見える。掛け声と共にリグルに向けて弾を放つ。そのうちの幾らかは
リグルの周辺の霊力を押し切り確実なダメージを入れていくのだが、傷を負いながらも
リグルは不敵な笑みを浮かべた。

「さすがね、夜の王。・・・・・・でも、私が繰り出す攻撃が弾幕みたいに目に見えやすいもの
だけじゃないって学習してるのかな?」

「むぅ・・・? ・・・・・・はっ!?」

 目もくらむ蛍の光にデコレーションされた弾幕の間隙を縫ってやってきたであろう、
あのかすかな羽音がレミリアの耳に届いた。それは今レミリアが最も憎むべき相手。
意識を集中し、その時を待つ。焦るな、焦りこそ大敵と知れ。そう、音が近づいた・・・・・・今だ!

 ぱぁん!

「やった! ふふん、殺ってやったわよ。これ以上私の血を吸おうだなんて愚かな・・・」

「いや、愚かは貴女でしょ」

 見事な拍手の後、一匹の蚊を潰し得意満面なレミリア。そこにリグルの冷たい突っ込み。
それもそうである。

「お、愚かだと・・・ってわきゃぁ!? はぐっ!!」

 弾幕勝負の最中にそんな事をやっていれば直撃は必至。がっつんがっつんとブチ当る
光弾にはじかれてレミリアは地に落ちた。

「・・・まいったか!」

 地べたにうつぶせになってぴくぴくと痙攣するレミリアを見下ろし勝鬨を叩きつけるリグル。
方法はどうであれなんと二連続で勝利を奪ったのである。しばらく地面の温かさを感じていた
レミリアであったが、すぅっと幽鬼のように立ち上がり、ついでに二の腕辺りをひと掻きして

「・・・・・・流石に戯れはこの辺でやめるわ。本気で・・・殺すわよ」

紅の目を半眼にし怒りを込めた殺気を放出する。言葉通り、お遊び気分でリグルを
馬鹿にしながら虐めるだなどという考えは消し飛んだらしい。レミリアの宣言は、この先が
スペルカードルールと殺し合いの非常に曖昧な境界上の闘いにするという事だろう。

「・・・・・・う」

 視線の圧力に、じりっと半歩後ずさるリグル。それだけでも表彰ものだ。並みの弱妖なら
一目散にこの場から飛んで逃げていてもおかしくないのだから。

「・・・神槍 「スピア・ザ・グングニル」 ッ」

 掲げたカードはすぐに莫大な紅の霊力に飲まれる。先ほどのスペルと違い、それらは
弾幕となって拡散されることなくどんどんと収束していく。おぼろげに、リグルの体長の数倍も
あるような槍の形が出来つつあった。

 やばい、あんなのに当たったら串刺し・・・どころか当たった瞬間にバラバラになりかねないな、
そう思うリグルはしかし、その場を一歩も動かない。恐怖に足がすくんだのか? 
それとももはや死の運命を受け入れる覚悟をしたのか? もちろんそのどちらでもない。
機を、待っている。その一瞬に命を賭ける覚悟が、今のリグルにはあった。汗が頬を伝って、
地面へと落ちる。

 いつしかレミリアの腕には、巨大な真紅の槍。ぎろりとリグルを睨みつけて、
すっと息を吸い込んだ。

「死ぃ・・・」

「今だ! 行けぇ!!」

 物騒な言葉と共にレミリアが槍を大きく振りかぶった瞬間、リグルは待機させていた蟲に
命令を下す。主の声に弾かれたように、数匹の羽虫がレミリアのとある部分に向けて
殺到した。

「・・・・・・ぬぅぇっ、て、ひにゃぁんっ!?」

 可愛らしい嬌声を上げて、レミリアの体がびくんと跳ね上がり・・・

「・・・あ」



ちゅどーん!



・・・行き場を失った霊力が、レミリアの頭上で爆音をあげて炸裂した。

「・・・ぃよっし!!」

 真っ赤な大爆発をバックにガッツポーズのリグル。目論み通り、いやそれ以上の結果だ。
レミリアが真っ紅な死の槍を投擲する瞬間を狙って、レミリアの可愛らしいあそこ、そう、
耳の穴に向かって蟲を特攻させたのだ。そんなところにとんでもない闖入者がこんにちは
したものだから、驚きとぞわりとした感覚で手元が狂い・・・・・・リグルとしてはそれで方向が
逸れてくれれば幸いと思っていたのだが、あろうことか霊力の暴走で爆発オチと予想以上である。

 爆煙の中から、小さな影が現れる。

「・・・・・・けほっ」

 薄いピンクのお洋服も、真っ白な肌も、薄青い髪も、いまや煤に塗れて真っ黒で、
髪の毛なんかちりちりパーマである。なんとお約束な。しかしそこは人の身ならぬ吸血鬼、
お約束など知るもんかとばかりに体内の霊力を搾り出し、カッと発散すればそこには元通りの
レミリアが・・・。・・・・・・ほっぺたとか太ももとか掻きだした。どうやら体裁を整えはしたが本質は
何も変わってないらしい。ダメージはダメージ、かゆいものはかゆい。彼女にしては珍しく、
ふぅと一つ、小さな溜息をついた。閉じた瞼がせわしないほどぴくぴくと痙攣している。

「さて、貴女のスペルの二枚目はそれでお終いね? ならばこっちのターンだ! 
蠢符「ナイトバグ・・・」

 意気揚々とカードを掲げて宣言を行おうとしたリグル、その手にしたカードが一発の
紅い弾に弾き飛ばされる。

「ちょ、ちょっと!? 私の順番だって言ってるじゃ・・・」

「・・・・・・アぁン?」

 ぎろりと不機嫌極まった、ギャングも真っ青の表情をした夜の王の視線。もはやちびっ子ギャング
などという可愛らしい言葉で済むレベルを超えていた。

「ひぃ・・・っ!?」

 今まで調子に乗っていたぶん、リグルも流石にあとずさるほど怯える。その姿を視界の
片隅に入れつつレミリアは、

「・・・咲夜」

「はい、ここに」

小さな呟き。それでも完全な従者はすぐ側に出現しかしずく。その肩にはなぜか上半身
裸で気絶した美鈴が担がれていた。レミリアは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、
それもすぐに凶悪色の表情に塗り潰される。

「あいつを、消し潰すわよ」

 御意、と言ってもよかったのだろう。しかし、あえて咲夜は疑問を口にした。

「よろしいので?」

 先まで行われていたのはスペルカード戦。それは命を奪う為のものではないはず。しかし主は
それをいとも容易く覆そうとしているのだ。そういった傍若無人さも咲夜にとって主を愛する
一因にしかならないのだが、しかしもう一つ理由が分からない。美鈴を地面に降ろしてから
顔を上げた咲夜は、苦々しい顔で二の腕を掻き毟る主の姿を見る。

「・・・蚊にでも刺されましたか、お嬢様?」

「えぇ、そう。あいつの仕業よ。体中を刺されたわ。全く、忌々しいったらありゃしない」

「・・・そう、ですか。・・・・・・お嬢様」

「何?」

「貴女の御身に数多の傷をつけた罪、消し潰す程度では生ぬるく存じ上げます。
触角の欠片も残さないほどに粉微塵に斬り刻み斬り潰し斬り消しますわ」

 殺意以外の一切の感情を消した氷の瞳がリグルを射抜く。その横には炎のように
紅い怒れる瞳。極寒と灼熱、二つの地獄の責め苦が今、リグルにもたらされようとしている。
地獄の獄卒ですら裸足で逃げ出す二人を前にリグルは動けないでいる。いや、動かないのだ。

 彼女が本音を吐露するならば、きっと大泣きに泣いて逃げ出したいと言うだろう。しかし
この時だけは臆病虫を噛み潰し、しかと対峙せねばならない。涙が今にも溢れそうな、
それでも意思のはっきりと灯った瞳を凶悪な殺戮者達に向けた。

「よ、夜の王が聞いて呆れるね! 弾幕勝負で負けそうだからといってそのルールを反故に
した挙句、二人ががりで襲おうだなんて!」

「ふざけた事を言う虫ケラね。お嬢様が貴様のようなザコ妖怪に遅れをとることなど
あるわけないじゃない。ですよね? お嬢さ・・・・・・、・・・ま・・・・・・?」

 リグルの言葉を妄言と断じた咲夜だったが、横にいるレミリアの苦々しい表情を認めて
少しだけ目を丸くした。

「口惜しいけどそいつの言うことは事実だわ。けど、蚊や羽虫で妨害するような卑怯な・・・」

「卑怯とは今のアンタに私が言う台詞よレミリア・スカーレット!! 私は私の能力を生かして
闘っただけよ。それを認めないならそこのメイドは時を操らずにナイフ一本で闘っているはずだけど、
違うわよね・・・っ!」 

「む・・・」

 リグルの薄い知性としては見事な論破である。もっともスペルカードルールの肝である
美しさからは少々外れてはいるかもしれないが。一瞬口をつぐんだレミリア、すぐに不敵な
表情を取り戻す。

「そう。なら、私も能力を使ってやるわ。今すぐ貴様に死の運命をくれてやる。喜びなさい」

「微力ながらお手伝いしますわ、お嬢様」

 言葉と共に、天に掲げたレミリアの掌に紅色の霊力が集まり、いつの間にか咲夜の手には
数本のナイフが握られている。やる気満々の二人が睨みつけるリグルは、いまや
俯いてしまっている。拳をしっかりと握って小さく震えた姿は、風前の灯火に似ているとでも
言えばいいのか。その口元から、小さな声。

「・・・・・・は」

「?」

「?」

「・・・・・・ははははははっ! 悪いけど、運命の女神ってのがいたら私に微笑んでるみたいね!」

 死の恐怖に怯えていたはずのリグルが、いきなり勝ち誇ったような笑い。これには流石の
紅魔の主従もぎょっとした表情を浮かべ、

「死の恐怖に気でも狂ったのでしょうか」

「かもしれないわね。でも殺すけど」

と眉を顰める。

「ちょ、ちょっと! 勝手にひとをおかしくしないでくれる!? まぁ、あなた達が理解できないなら
教えてあげる。私の勝ちは、そう、そこの人間・・・。えっと・・・・・・い、いざ・・・いぞ・・・」

「十六夜 咲夜ですわ」

「そ、そう、いざよいさくやが現れることで確定したわ」

 咲夜の名前を忘れつつも、リグルはえへんと腕組みして二人に正気の証明。それでも紅魔の
主従は不可解そうな顔のままだ。ふふん、と笑みを漏らしたリグル、

「私が蟲を操れることは嫌というほど分かったみたいだけれど、蟲達の怖さは分かってない
みたいね。なんとかいう娘が書いた本で読まなかった? 人を死に至らしめる蟲だって
操れるってことをさ」

そう言うのは幻想郷縁起のことで、娘とは稗田 阿求のこと。レミリアはともかく咲夜は
一度目を通した覚えがある。目の前にいる妖怪は確かに弱いとその本にも書かれていたが、
最後の方に気になる一文が記述されていたことを思い出す。恙虫、見えない悪魔の蟲、
人に死をもたらす蟲。

「・・・だとしてそれが? 私が時を止められることはお忘れじゃなくて? 蟲に襲われる前に
貴様を寸刻みにでって出来るのよ」

「・・・てなことを言ってる間にもう手遅れかもしれないよ。・・・ふふ、冗談冗談。でも、冗談で
済んでいるうちが花だよ。さぁ、いざよいさくや。足元をよく見てみなさい。そして
理解するがいいわ・・・」

 余裕たっぷりのリグルに向けた冷たい眼差しをそのままに、警戒しながらも咲夜は足元を見る。

「・・・え?」

 そこにあるものを確認して、あまりに衝撃的な何かがあったのかぽろりとナイフを取り落とす咲夜。
驚愕した顔でリグルを見ると、その触覚娘はこくりと小さく頷き人差し指を下に向けた。
示されるまま咲夜はもう一度下を向き、もう一度驚愕にびくりと身が跳ねて、

「な・・・・・・っ、あなた・・・な、なんてことを考えたのよ・・・・・・っ!」

そしてわなわなと震えだした。

「咲、夜・・・? ど、どうしたの!?」

 可愛いおでこをぼりぼりと掻いて赤い筋をつけていたレミリアが、従者の様子を見て心配する。
その声に主を向いた咲夜は、困ったような、切ないような表情を浮かべていた。

「す、すみませんお嬢様・・・・・・。わ、私は・・・・・・」

「ある意味でいざよいさくやは人質よ。このまま睨みあって時間を潰すつもり?
夏の夜、そんなに長くはないわよ夜の王」

「く・・・。何をしたお前」

 余裕綽々のリグルの声にぎりりと歯噛みするレミリア。そのレミリアに

「お嬢様、もう、いいんじゃありませんか」

どこか優しさを含んだ咲夜の声。レミリアが見上げると、咲夜が穏やかな顔をして立っている。
もはやそこに殺人ドールなメイドの姿はなかった。

「正直、私は・・・私達はあの妖怪、いえ、蟲の王リグル・ナイトバグをなめてかかっていたわけです。
それが今のこの状況、私達は強者の驕りで彼女に足をすくわれたのではないでしょうか」

「え、さ、咲夜?」

「私は彼女を見直し、ここは素直に負けを認めます。・・・・・・お嬢様。敬愛するお嬢様に、
このような事を言うのは忍びないのですが・・・ここは、お嬢さまも負けをお認めになった方が・・・・・・」

「咲夜! 急に何を言い出すのよ! わ、私は・・・」

 咲夜は深く俯き、表情は寂しく悲しそうなものに変わる。

「お嬢様。ここで私達二人が、あの子を倒しても、そこにあるのは虚しい勝利だけです。
偽りの勝利でお喜びになるお嬢様の姿を私は耐えられそうにありません。・・・・・・あの子は
王として戦うと言っていました。ならばお嬢様も・・・夜を統べる王として、ここは負けを認め
それをバネとし、明日の栄光へ糧とすべきだと、私は・・・」

「もういい。皆まで言うな」

 ふん、と鼻息一つ慣らし、不機嫌そうなお嬢様は鬱陶しそうに右肩を掻いた。
その様子のままリグルに向き直る。触覚娘は思わず身を硬くした。

「蟲の王、貴様が咲夜に何をしたか知らないけど・・・。・・・・・・咲夜の言うとおりかも
しれないわね。この勝負、貴女の勝ちよ」

「・・・え?」

「・・・二度も言わせる気?」

 ふぅぅ、と溜息を漏らしつつかっこよく締めようとして、それでもかゆみに負けたのか多少
はしたない格好で左の内腿をぼりぼりやって、

「どういう手段であれ、この私に土をつけたことは認めるわ。これで満足かしら?
・・・あぁ、かゆいかゆい」
「さ、お嬢様。すぐに薬を用意いたしますので、中に」

と館に戻ろうとする。咲夜はついでにいまだ気絶した半裸の美鈴を背負いなおした。
幾分歩を進めたレミリアだったが、立ち止まって振り向き

「次は無いから、覚悟しておきなさい」

カリスマたっぷりに指を刺して言い放つ。その表情は弱妖に対する嘲りのそれでなく、
霊夢や魔理沙といった対等なライバルへ向けるきりりとしたものだった。

「つ、次って・・・。・・・・・・えっと、つ、次も私は負けないからね!」

 一瞬呆けた顔をしたものの、リグルもしっかりと言い返す。それを見てふふんと笑みを
漏らしたレミリア。背を向けてひらひらと手を振って別れを告げた。次こそは、私が
勝つというオーラを宿しながら。

 そのすぐ後ろをついて歩いていた咲夜も、レミリアとタイミングを外してリグルを振り返る。
満面の笑みを浮かべてぱたぱたと手を振り、びしぃ、とサムズアップ&ウィンク、挙句の果てに
投げキッスまでしてお嬢様の後を追っていった。リグルも疲れた笑顔を見せて軽く手を
振って答える。よもやあそこまで喜ぶとは思わなかった。

 咲夜の変容はもちろんリグルがもたらしたものである。あの時、咲夜の足元に群がらせたのは、
もちろん恙虫などではなかった。ただの蟻、その蟻達を使って蟲の知らせサービスよろしく、
とある文字列をかたどらせたのだ。それは、

『ぬりぐすり』

そして、

『レミリアに』

という単純なものである。だが、効果は抜群であった。その後の、夏の夜云々も
レミリアに向けたようで咲夜に対してのメッセージ。時間を操る相手だからこそ、時間という
ものの価値を知っているだろうと言い放ったわけである。さて咲夜は見事に策に乗っかって、
今からはじまる治療という建前のお嬢様の生肌愛でまくりタイムをゲットし、リグルに勝利を
譲ったというわけだ。

紅魔の主従が館の中に消えるのを見届けて、リグルはその場にへたり込む。

「こ、怖かったぁぁぁ・・・・・・」

 緊張の糸がふっつりと切れて、蟲の王、リグルは情けない声を出した。へたりこんで、
ついにはぱたりと地面にその体を横たえる。夜空は蛍の光のように星がまたたいていた。
しばらくその美しさに呆けた表情で見入っていたリグルだったが、やおらその空に向かって
ぐっと右の拳を突き上げ、

「勝ったよ」

小さく呟く。もう一度、

「私は、勝ったんだ。レミリア・スカーレットに」

呟くその言葉は、しかと己の心に勝利を刻み付けるための儀式のようなものなのだろうか。
その突き出した拳の周りに彼女の眷属、むしろ戦友といってもいいだろう、様々な種類の
蟲達が集まってきた。

「・・・皆のおかげだよ、ありがとう」

 拳を開けば、その柔らかい掌にキスをするように蟲達が一瞬留まり、また空に舞う。
笑みの表情のリグルは、しかしその瞳から一粒涙を流して

「そして、ごめんね・・・」

そう、言った。闘いのさなか、脆い蟲達は数十匹とは言わない数の命を散らしている。
勝利のためとはいえ、その命の重みを軽んじていられるほどリグルは冷酷な王ではなかった。
だからこそ、とリグルは思う。だからこそ、立派な王にならなくっちゃ申し訳が立たないじゃないか、と。

 もう一度拳を握り締めて、リグルは固く心に誓った。



○リグル・ナイトバグ VS レミリア・スカーレット●






 レミリアを倒して二日後、リグル・ナイトバグは迷っていた。そう、こここそ迷いの竹林。
ひとたび道を知らぬものが迷い込めば、余程のことがない限りここで倒れ朽ち果て竹の養分と
なり、さらに育った竹林が姿を変えて迷いを加速させる、そんな場所にリグルは来ていた。

 いやさ飛べよ、そのツッコミはもっともである。だが待って欲しいリグルもそこまでお馬鹿じゃない。

最初は空を飛んで竹林を回避していたのである。しかし、目的の場所が竹林の中に
あるというなら途中で降りて歩かなければならない。目的の場所はもちろん永遠亭。
そこにまず間違いなく居る『蓬莱山 輝夜』を倒すため、息巻き来たはいいけれど案の定
リグルは迷子になっているのである。

 かなりの時間を彷徨に費やして、地面に膝をつきそうなほどへこたれそうになる段になって
ようやくリグルはもう一度空を飛べばいいのではないかと思い出し始めた、ってごめん、
やっぱり結構お馬鹿だった。こわばった足の力を抜き、空気に身を投げるように飛び出そうと
したその時、すぐ近くの竹林がやおらざわめく。何かいる、と気付いたリグルは空を飛ぶのを
やめようとして、結果

「ひゃう!?」

転んだ。

「・・・・・・およ? 今日は妙なものが迷ってるわねー」

 転び虫とでも名付けようかしら、などと竹林から現れたのは『因幡 てゐ』。
人間を幸運にする程度の能力を持つ・・・・・・のをいいかげん詐欺行為を働く程度の能力に
改めるべきであると思わせる一筋縄ではいかない妖怪兎である。

「大丈夫? 立てる?」

 てゐは倒れたリグルに手を伸ばす。リグルも転んだくらいでどうこうなるやわな妖怪ではないが、
素直にてゐの手を取って起き上がった。

「うん、大丈夫。ありがと」

 服についた土を払って、リグルはにっこりと笑う。迷いに迷っていたところにいいひとそうな
相手に出会えたと思っているのだろう。大きな大間違いだ。

「ところであなたはだぁれ?」

 薄桃色のワンピースを着た稀代の詐欺師はとことん胎の底を見せない柔らかな笑顔。

「私はリグル・ナイトバグ。天と地全ての蟲達を統べる王。あなたは?」

 その笑顔にほだされながら、リグルも言葉を返す。それに大仰に驚きつつも、どこか
不敵な表情をしたてゐ。答えて曰く、

「私は因幡 てゐ。この竹林全ての支配者よ」

嘘である。そして、

「さて、リグルとやら。迷いの竹林から出たいのならば出してやってもよいわ。しかしそれには
私に捧げものをする必要があるわね」

嘘である。しかし、素直なリグルはその言葉を信じ込む。飛んでここを脱出することは
可能だというのに、だ。しかし、リグルは竹林を出る事が目的ではない。

「えーと、私はただ迷い込んだわけじゃないんだ。ここにあるっていう永遠亭に用事があるの」

「へぇ。ま、あそこに案内するにしたって貰うものは貰わないとね」

 そう言いながらどこからか、ミニサイズの賽銭箱を取り出すてゐ。ミニサイズだが集金率は
どこぞの紅白巫女の素敵な賽銭箱より遥かに良いと言われてはいるが。それを見ながらリグル、

「捧げもの・・・・・・。どんぐりとかでいい?」

その言葉にてゐが盛大にずっこけた。驚いたリグルが差し出した手を、無言で引っ掴んで
立ち上がる。てゐにしては珍しくいらついた顔だ。

「あ、あのねぇ。どんぐり貰って喜ぶ奴がいる?」

「え、喜ばないの? えっとじゃぁ・・・何か持ってたかな、私」

 ごそごそとズボンのポッケを探り出すリグル。言葉どおり幾つかのどんぐりやらビー玉やらが
まろびでてくる。しかしその中にてゐの今最も欲しいものはない。盛大にくたびれた溜息を
つこうとして、

「あ!」

「お?」

リグルが落としたものを目ざとく見つけた。真っ赤な石。それは・・・

(うわ!? あ、あれルビーじゃないのよ!? な、なんでこの子がそんな物もってるの!?)

てゐが驚く逸品。それはすなわちピジョンブラッドと呼ばれる透明さと深い紅色を持った
ルビーのことである。時にその価値は宝石の王様、ダイヤモンドを凌ぐことさえあるという。
てゐの瞳が妖しく光った。

「それ。その赤い石。それでいいわ」

「だ、だめ! これは・・・」

 他の価値の無いものよりは幾分大事にしまっていたようだが、とても価値が分かるとは
思えない。ならば価値の分かる自分が持ってるほうがいいじゃないの、などと考えて
てゐは言うも意外な抵抗の言葉。しからば口先三寸よとてゐも腹を括る。

「渡したくないなら渡さなくて結構。その代わり私も永遠亭への先導はしないだけだから。
ずーっとここで迷い続ければ? そうなれば次にまた私に会える幸運なんて期待しない方が
いいけどね」

「う・・・・・。うぅ・・・・・・」

「それでも貴女はなんか目的があって永遠亭に行こうとしてるんでしょ? 貴女の目的は
その石ころ一つよりも軽いものなのかしら?」

「こ、これはただの石ころなんかじゃないもん!!」

 む、と眉根に皺のてゐ。まさか価値が分かってるのかしらんと。でも、それでも貰うものは
貰おうか、と思った矢先、

「これは・・・・・・これは、ミスティアが私にくれた、友達の証なんだもん・・・・・・」

リグルの呟きに、あぁ、と得心するてゐ。価値は価値でも、金銭的価値ではないものが
発生していた。問題は贈り主も贈られた方もそこいらを分かっておらず、おそらくは
『綺麗だからあげる』『わぁ、ありがとう』程度のやりとりだったんだろうと、贈り主の名前を聞いた
てゐは想像する。さて、これはどうしたものかねと首をひねるてゐだったが、

「で、でも・・・」

リグルの震える声に顔をそちらに向けた。しまったという顔のてゐ。リグルの瞳には今にも
こぼれ落ちそうな大粒の涙が湛えられている。そっと差し出す掌に、真紅の宝石。

「私、行かなきゃ。永遠亭に行かなきゃならないんだ・・・・・・。だ、だから、こ、これ・・・・・・貴女に、
貴女にあげる・・・・・・か、ら。お願い、お願いだから・・・・・・え、永遠亭に、連れて、行って
・・・・・・お、願、い・・・・・・っ!」

 言葉の途中からすでに我慢が出来なかったのか、ぼろぼろと幾つもの珠の様な涙を
こぼしながらも、リグルは嘆願する。その瞳を直視できず、てゐは少しだけ目を背けた。耳に、

「ミスティア、ごめん、ごめん・・・・・・でも・・・うぅ・・・・・・ごめん・・・」

という呟きと、すすり泣く声。

 こういう騙し方はてゐの本意ではない。てゐが人を騙すとき、騙されたとも知らない相手の
呆けた顔や、知って怒る顔を見るのがてゐの望むとこである。騙したついでに手に入るものは
ちょっとした授業料のようなもの。騙すものと騙されるものはそういう関係がてゐにとっては
好ましい。だが、相手が真に傷つき、悲しむのはゴメンである。それを見て笑うほど外道に
染まってはないし、何より己の持つ人を幸せにする能力とは真逆ではないかと考える。
そして、己の本質を失った妖怪ほど、存在が薄れ消えていくのは自明の理。だから、これはいけない。
これではいけない。そう考えて、てゐはこの状況の打開策を探し出す。ふむ、これでいくかな。

「今時友の為に泣けるものなんて久しぶりに見たわね。今回はそれに免じてそいつを貰うのは
やめにしてやるわ」

「え゛・・・・・・でも゛、捧げ、もの・・・・・・」

「どんぐり」

「え゛?」
「どんぐりでいいって言ってるのよ。あーもう! どんぐり貰ったらったらった嬉しいなー
嬉しいなーとくらぁ・・・・・・ほら、よこしてよ。それで永遠亭につれてってあげる。今回だけの
特別サービスよー」

 嘘である。どんぐり貰って何が嬉しいというのか、とさっき言ったばかりだ。とはいえ、
こうでもしないと目の前の少女の悲しみは収まりそうにない。そっぽを向いて手だけ突き出すと、
その上に幾つかのどんぐりが置かれた。

「て、てゐさん」

「何?」

「ほ、本当に、あ、ありがとう・・・」

 えへへ、と泣き顔のまま笑うリグル。とことん騙されているのに、バカな娘だとてゐは思う。
でも、ここまで清々しいほどにバカだと嫌いにはなれそうにない。私もお人よしね、と溜息をついて
どんぐりをポッケになおしこみ、着いてこいと先導し始めた。



「そういえば、なんで永遠亭に行かなくちゃならないの? 薬でも貰いに来たの?」

「え、いや。違うよ」

 しばらく歩き永遠亭にも近づいて、てゐは肝心なことを聞き忘れていたことにふと気付く。
見た感じ怪我をしているわけでもなさそうだったから、永遠亭といえば薬ということだろうと
聞いたがそうでもないらしい。

「永遠亭には、ほうらいさんかぐやがいるんでしょ?」

「いるわねー。で、アレがどうしたの?」

「うん、そいつを倒そうと思って」

 ぶ―――――ッ!? と噴き出すてゐ。驚いた顔でリグルを見やるときょとーんとしていた。
それでてゐもリグルが輝夜を本気で倒しに来たというのが分かってしまう。長生きのおかげで
幻想郷にいる強者のランクはある程度分かる。今さっきアレ呼ばわりはしたが輝夜の強さは
馬鹿にできたものではない。永い夜の異変のときも、本気で能力を使って闘ったのも
最後の最後、夜を通常の状態に戻しながらでのもの。もっとも、ホントの本気を出せば
紅魔館の主や白玉楼の亡霊嬢より強いのだろうが・・・・・・いかんせん本人が、明日から
本気出すときっと明日も言っているような性格なので軽んじられているだけだ。

 しかしそれにしたって、目の前の蛍の妖怪が、いくら蟲の王とはいえ輝夜に勝てるとは
思えない。思えないがてゐはこのまま案内を続けることにした。理由は簡単、面白そう
だからだ。

 しばらく竹林を歩くと、突然目の前が開ける。そこには立派なお屋敷ひとつ。

「さ、着いたわよ。ここが永遠・・・」

「あ!! てゐ!! また仕事ほったらかして遊んでたでしょう!!」

 てゐが紹介するその声をさえぎって生真面目そうな声。お屋敷の方から人・・・のような影。
てゐのように頭から兎の耳を生やした少女が現れた。『鈴仙・優曇華院・イナバ』、
永遠亭に住む月の兎にしてこの屋敷一番の苦労人である。

「遊んでないよー。今日はお客さんを連れてきたんだよ」

 そう言うとてゐはリグルを紹介する。ぺこりとリグルが頭を下げて、

「どうもこんにちは。私は蟲の王リグル。ここに居るほうらいさんかぐやを倒しにきました」

と丁寧に挨拶した。

「あ、こんにちは。私は鈴仙。御用は、輝夜さまを倒したいということですね、承りま・・・・・・って!?
承れませんよそんなこと!? て、てゐ!? これ一体どういうこと!?」

 あまりに普通に輝夜を倒すなどといわれたものだから、鈴仙もつい普通に用件を
受け継ぎそうになる。途中でとんでもないことを言われたのに気付いて、厄介ごとの張本人で
ありそうなてゐに疑問を投げつけた。当の本人はそっぽ向いて口笛吹いてたが。

「どういうこともこういうことも、そういうことなんじゃない?」

「ちょっと! いくらなんでも姫の敵を案内することないじゃない!!」

「クソ真面目な鈴仙ねぇ。なにカリカリしてるのさ。アノ日?」

「なんの日よぉ~~~っっっ!!」

 きゃんきゃんと口喧嘩、というか圧倒的に鈴仙が打たれる一方の状況、それを見て
リグルはオロオロと、


「だ、ダメだよ。喧嘩はやめて~」

などと言い出す始末。永遠亭をよく知らなければ、ここではこれがよくある光景だとは
思わないだろう。

 リグルのとぼけた雰囲気に毒気を抜かれそうになった鈴仙。しかしすぐに気を取り直し
銃に見立てた人差し指を向ける。

「そもそも、貴女が全ての原因な訳で、私は姫に仕えてる身であって、つまり姫の敵は
私の敵なの。理解した?」

 きりりとした表情で構える鈴仙。てゐはつまらなそうな顔をした。鈴仙の人指し指に
集まる鋭い霊力を感じながらリグルも身構える。険しくなっていく両者の表情。だが、

「・・・・・・ウドンゲ。私の言いつけをほったらかして遊んでるだなんて、貴女もてゐの事を
言えないわね」

「ひゃいっ!?」

後ろからかけられた声に身を硬くして今度こそ戦う気を彼方に吹っ飛ばされる鈴仙。
いつの間にか、永遠亭の入り口にもたれかかる銀髪の美女の姿があった。

「あ、え、し、師匠、こ、これは」

「言い訳無用」

 師匠と呼ばれ、赤と濃紺の二色に彩られた服と帽子のその女性こそ『八意 永琳』、天才薬師。
ある意味において永遠亭の真の主ともいえなくもない彼女が、弟子である鈴仙の言葉を
ぴしゃりと遮った。もともとへたれた耳をさらにぺたんとへたれさせて鈴仙はうなだれる。
その様を見ててゐはにやりとほくそえむ。ひとまずの闘いの危機は避けられたのは、成る程、
自分の幸運を与える能力はリグルに影響を及ぼしてるようだな、と。

 永琳はつい、と首を動かし現場を眺め、状況の把握に努める・・・といっても天才ゆえに
必要な時は一瞬で済む。妹紅が刺客を送り返してきたかとも思いはしたが、あの娘は
自分から殴りこみに来るタイプだし、何より刺客にしてはあまりに弱すぎる。

「えぇとあなた、リグル・ナイトバグよね?」

「そうだよ。お姉さんは・・・かぐや、じゃないよね?」

「私は八意 永琳。姫の従者にして薬師よ」

 そう言うと永琳は底の知れない笑みを浮かべ、軽く会釈する。普通の感性の持ち主なら、
それに惹かれはしない。むしろぞっとする何かを感じるだろう。ところが、リグルは
純真すぎるほど純真だった。自身も会釈を返し、

「お姉さんがえーりんさんだったんですね」

と微笑んだ。はて、どこかで顔でもあわせたのかしらんとの疑問が浮かぶ永琳。

「あの何とかいう娘が書いた何とかいう本で読みましたよ! 怪我や病気で困ってる人を
助けてあげるとても良い人がいるって! 貴女がそうだったんだ。うわぁ、思ったとおりの
優しそうな人でよかった」

 とことん名前を覚えてもらえない阿求と幻想郷縁起だが、流石永琳、リグルの
拙い言葉ですぐにそれらを思い出す。そしてリグルの言葉を吟味したせいで、がらになく
本気で嬉しくなってきた。永琳としては純粋な好意でやっている治療も、真意の分からない
ものには怪しげに映るらしい。だから里の人々もありがたがりながら一線を引いている。
それはそれで望むところではあるけれど寂しい気持ちがあるのも事実。そこにリグルは笑顔で
真っ直ぐに入り込んできたのだ。

 最初こそ永琳も、弱小妖怪とはいえ姫に害するものなら木っ端微塵にしてしまおうと
思っていた。相手が蟲の王であり、蛍の妖怪と知ると、捕縛して念入りに体の隅まで
調べ上げ実験材料にするくらいの冷酷な気持ちにもなった。今、永琳にはそんな思いは
欠片ほどもない。ないとして、しかし輝夜に直に会わせていいかどうかは別問題だ。

「ありがとうリグル。せっかくここまで来てもらったんだしお茶の一つくらいは出してあげるべきだけど・・・」

「し、師匠!?」

「ウドンゲは黙ってなさい」

 随分と柔らかく、穏やかな雰囲気になった永琳。いまだ緊張の解けない鈴仙が
口を出そうとするも、これまたぴしゃりとはねつけられてがっくりと首をうなだれる。てゐが
まぁまぁそんな日もあるさ頑張って生きろよお前てな感じで肩をぽんぽんする。

「けどねぇ、流石に易々と姫に会わす訳には行かないのよね。リグル。二、三質問しても
いいかしら?」

「うん、いいよ!」

 何でも聞いてよ、みたいな表情でリグルは微笑む。

「どうして姫と戦おうと思っているの?」

「えっとね、それは私が蟲の王として、強くなくてはいけないから。それで、幻想郷の強い奴を
倒していけば、それが証明、だっけ? されるからだよ」

「それで、姫が強いと思って、ここに?」

「うん。強いんでしょ?」

 確かに輝夜は弱くはない。ただ、他の実力者のように表に出たがらないのと偉そうにするのを
めんどくさがってるせいで実力より下に見られることがままあり、本人もそれを訂正するつもりも
ないせいで今のような状況を作り出している。永琳にすると、実のところ主より強い従者と
されてる訳だが永遠と須臾を操る程度の能力をフル稼働されれば対等かそれ以上の強さを
認めざるを得ないだろう。

 さて、どうしようかと思い、永琳は一つの打開策を口にしてみる。

「・・・そうね、強いですわ。けれど自慢するようで恥ずかしいのですが、私も姫と同じくらいには
強いと自負しています。私が相手では駄目ですか?」

 すっと胸元に手をやって微笑む永琳。真摯な瞳でリグルを見るが、その瞳に
ちょっと困っていそうな顔が飛びこんでくる。

「あー・・・えー・・・。えーりんさんがかぐやより強いとしても、えーりんさんと戦うのはやだな・・・」

「どうして?」

「だって、えーりんさんを怪我させたら、えーりんさんを治す人がいないじゃない」

 その言葉に永琳一瞬呆けてからはたと気付く。リグルは蓬莱の薬の存在を知らない。
よもやリグルに自分を傷つける力はなかろうが、知らないから出る優しい心遣いに
胸を打たれた永琳。思わずもう姫と戦わせてあげようかしらんと思い始めた矢先、

「永琳、何してるの?」

「あぁ、輝夜。今この子が・・・。・・・・・・って、何しに表に出てきてるんですか!?」

「なんか皆が表で楽しそうだったから」

呼ぶまでもなく黒髪の清楚な姫様、『蓬莱山 輝夜』がいつの間にか永遠亭の玄関に
佇んでいた。

「あ! 貴女がほうらいさんかぐやね! 私と勝負なさい!」

「・・・・・・何これ、どういう事?」

 びしっと人差し指を突きつけるリグルを、小首を傾げきょとんと眺め、そして永琳に
事情を聞き始める輝夜。その様を見ながらどうしようか、どうなるのかと不安顔の鈴仙と、
真逆の楽しそうでしめしめ顔のてゐ。てゐにしてみればまさに幸運を与える能力ここに
極まれりである。リグルの念願はここに叶いそうだ。・・・・・・勝敗までは関与するつもりは
ないのであとは野となれ山となれ、とも思っているがそもそもてゐの能力はそこまでアクティブに
発揮されるものではない。

「・・・・・・と、かくいう次第ですが」

「ふぅん」

 永琳の話を聞いた輝夜は一応は納得いった様子。リグルに向き直る。その表情に
若干見下した色を見出して、リグルは少し嫌な気分になった。

「貴女、リグル・ナイトバグとか言ったっけ? 確か蟲の王」

「そうだよ。蟲の王さ、永遠亭の何やってるかわかんないお姫様。さ、ちゃっちゃっと
倒してあげるからかかってきなさい!」

 輝夜が何やってるかわかんないのは揺るぎようのない事実だが、ちゃっちゃっと倒せる
程度の弱さではないはず。それが分かっているからか、輝夜はフッ、と珍しいニヒルな
笑いをした。

「貴女と戦うですって? いくら暇を持て余しててもゴメンだわ」

「な、なんでよ!?」

 驚くリグルに、もう一度満面の笑みを浮かべて輝夜はこう告げた。



「貴女は蟲の王でしょ。蟲だけに、無視無視。なーんちゃって」











 轟ッ!












 その瞬間、永遠亭の周囲だけに、見えない極寒のブリザードが吹き荒れた。

「さっ、寒いっ!? な、何コレ・・・・・・っ!? か、かぐや、何をしたんだ!?」

「え、えっ?」

 途端に体を抱え込みうずくまり、震えながら叫ぶリグル。全身を襲う寒気は、ただでさえ
冷気に弱いリグルの命を簡単に脅かすもの。うずくまりながらのリグルの視界に、

「寒い寒い寒い寒い・・・ど、どうにかして、鈴仙」

「て、てゐ・・・ご、ごめん、私ももう寒くて意識が朦朧としてきたの・・・・・・っ。うぅ、寒すぎるよう・・・」

自らと同じように寒気に打ち震える兎ふたりが居た。

「な、なんてこと・・・。味方をも巻き込んで力を使うだなんて・・・・・・っ!! なんて、酷い」

「え、ちょ、あ、あれー?」

 寒気に襲われながらも、涙混じりの怒りの視線をぶつけるリグル。その相手はしかし、
やたらとうろたえていた。もしや自らも制御できないような力を使ったのだろうかと、
そうであればなお許せないとリグルの心は寒さと逆にふつふつと煮えたぎってくる。さんざっぱら
オロオロした輝夜は、隣に居た永琳に目くばせするが、彼女も両の腕を抱え込み、声には
出さないが寒そうにしていた。

「え、えーりんえーりん! 助けてえーりん!」

「・・・・・・流石の私もフォローしかねます」

「・・・・・・うわ―――――ん!!」

 状況打開に行き詰まり、いつものように永琳を頼れども天才ですらリカバー不可能の
領域はある。かくしてこの場に恐るべき寒気団を形成した張本人は涙雨を降らせながら
だばだばとお屋敷の自室にお隠れになりあそばした。残るのは妙に気まずい沈黙。

「あ、あのー・・・」

 なんとか異常な寒気から脱したリグルが、虚脱しきった様子の永琳に声をかける。

「あぁ、もういいですよ」

「え?」

「リグル、貴女の勝ちでいいですわ」

「えー・・・、いいの、かなぁ・・・・・・」

 こんな勝ちを甘受していいものかと困り果てたような顔のリグルに、はふぁ、と憂いを帯びた
色っぽい溜息つきつつ、

「あぁなると姫は三日三晩は部屋から出てきません・・・・・・しっかり出されたご飯だけは食べて
ますがね。ともかく、今回の勝負は姫の敵前逃亡ってことで、リグル、貴女の勝ちでいいですわ」

と、言い切ってもう一度溜息つく永琳。どうしようかとリグル、兎組の方を見やると、鈴仙は
乾いた笑み浮かべ、てゐはうんうんと頷いていた。

「じゃ、じゃあ私の勝ちね。・・・・・・う、うわーやったーうれしいなーかったーかったーうわーい」

 とことん平坦な勝鬨が、なんか虚しく竹林に響き渡った。



 それでも勝ちは勝ちってことで。



○リグル・ナイトバグ VS 蓬莱山 輝夜●
 頑張れリグル!

 続きます。

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コメント



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3.100謳魚削除
りぐるんマジがんばって。
たまには姫さまに本気出させてあげてください……。
9.100削除
リグルがかわいくていいです。
姫様、いつのまにエターナルフォースブリザードを会得したんですか。レティをはるかに凌駕する寒さですよ。
21.80名前が無い程度の能力削除
続きがきになるな
24.100名前が無い程度の能力削除
リグルの魅力が溢れてますね。
輝夜の実力を正当に評価しているのも好感が持てます。
27.90名前が無い程度の能力削除
いいね