Coolier - 新生・東方創想話

卵酒

2008/11/20 01:04:37
最終更新
サイズ
21.25KB
ページ数
1
閲覧数
2463
評価数
24/131
POINT
7040
Rate
10.70
「だからぁ……私は言ってやったのよ。
――こら、聞いてるのかしら店主ッ!」

「ああ、聞いているとも」

僕は些か辟易しつつもかれこれ一時間近くくだを巻いている少女を半眼で見て溜息をついた。
少女の名を蓬莱山輝夜という。
正直なところ僕としてはこの厄介な客人を早いところ泥酔させて寝かしつけたかったのだが、
この少女はなかなかどうして酒に強い。
故に僕は今までの作業を切り上げてこの子の相手をせざるをえなくなってしまったのだ。
最近はこういう事が多いような気がする。

魔理沙がいわゆる『異変』(実態は少女達の下らない遊びである)に首を突っ込むようになってからだろうか、
店に人妖問わず客が訪れるようになった。
ただし、その客の大半は少女で、さらに、何も購入せず去っていく場合が多い。
運が悪ければ無断で商品を持ち去られる事すらある。
この僕が選定した商品が無価値だと言いたいのだろうか。
腹立たしい限りである。

しかし、有用な道具の殆どは倉庫に収めてあるので
ここにがらくたしか無いように思われても仕方がないのかも知れない。

「全く……私だってちゃんと仕事くらいしてるわよ!
それなのに永琳は働け働けってうるさくて!
紅魔館のチビ吸血鬼が仕事してるっていうの!?
白玉楼のボケ幽霊が何してるっていうのよ!」

僕は大きく息を吐いた。

「レミリア・スカーレットはそのカリスマ性により妖怪の過度な暴動を鎮め、
また同時に人間を牽制することで幻想郷のパワーバランスを守る役割を果たしているし、
西行寺幽々子は冥界の管理という非常に重要な役割を担っているようだね」

「うぐ……っ」

まあ永遠亭の住人もただ生きているだけで勢力均衡の柱となっているのだが、
相手にわざわざ反論材料を与えるつもりはないので黙っておく。

「そして、僕は君が何か仕事をしたということを寡聞にして存じないのだが」

「うるさいわね!
その二人が異様に目立ってるだけよ!
私だってちまちま仕事をしてるわ!」

先程はまるでこの二人は全く仕事をしていないとでも言いたげな様子だったが
もう自分の意見を撤回したらしい。
さすがは酔っぱらいである。
呆れたものだ。
酒は呑んでも呑まれるなという言葉を知らないのだろうか。

「それで、この香霖堂には何の用向きで来たんだい?
まさかただ愚痴に来ただけとは言わないだろうね。
言っておくが僕は客以外に愛想を振りまくつもりはないよ」

客にも振りまくつもりはないが。
商品は、その価値が分かる者が手に取り、自然と購入されるものである。
まあ、別に価値の全く分からない者が異様な高値で買い取ってくれても一向に構わないのだが。
僕が儲かればどうでも良いことである。
そのような事を考えているとお姫様は頬を膨らませた。

「魔理沙は愚痴りたい時に来ると最高だって言ってたもの」

「魔理沙には並々ならぬ縁があるからだよ。
万人に対してそういう態度を取っている訳じゃあないさ
大体あの子は愚痴る事が無くてもここに来る」

まあ、魔理沙に強く出る事が出来ないのは縁ではなく負い目のようなものだが。
いや、『アレ』は負い目ではない。
『アレ』はあくまで正当な取引により僕が手にしたものだ。
とはいえやはり、騙したと思われても仕方がない事をしたので
魔理沙には強く出ることが出来ないのもまた事実である。
まあ兎に角、僕が縁などというもので他者を特別扱いする事などないだろう。
魔理沙の場合は本当に特例中の特例なのである。

緋々色金で出来た、究極中の究極。
魔理沙にくれてやったミニ八卦炉など玩具に過ぎないと思わせる程の反則。
天下を手にする程度、いや、それ以上のことを可能にする程度の力を持つ『アレ』、即ち霧雨の剣。
今はそう呼称する事にしているそれが無ければ僕が魔理沙に気を使って下手に出る必要などない。

ただ、魔理沙の方は僕の気遣いを好ましく思っているのかどうかは分からない。
もしかしたらうざったいと思っているのかも知れない。

――などと考えていると、耳を引っ張られた。

「他の女の事を考えてたでしょう」

「確かにそうだがそれが何だ。
君は僕の何のつもりなのかな」

「私は姫よ」

「それがどうした?」

「……」

言うと、お姫様はむっつりと黙り込んでしまった。

「魔理沙はちゃんと愚痴を聞いてくれるって言ってたわよ」

「ああ、そうだね。
何せ魔理沙は僕が話を聞き流していても構わず話し続けるからな。
君のように一々文句を垂れたりはしない」

「カボチャに話しているのと同じじゃない、それじゃあ」

「僕とカボチャを同列に並べないでくれるかな」

「自意識過剰な男ね」

「その言葉はそのままそっくり君にお返ししよう。
僕は自分を正当に評価した上で客観的に意見を述べているに過ぎないよ」

やれやれ。
少女というのはいくら年を重ねても姦しいものだ。
女三人姦しいとはいうが彼女達は一人で十分に姦しい。
僕は一日中本を読んで居ても何の苦痛もないのだが
彼女達は口を開くか弾幕を放つかしなければ死んでしまう類の生物らしい。

さすがは子供である。
やることが稚拙極まりない。

「腹立たしいわね、その上から目線」

「僕の接客態度に文句があるなら店から出て行くと良い。
別に何も買わないのだろう?
正直僕は酔っぱらいの相手は嫌なんだが……」

「愚痴くらい聞きなさいっ!」

「……まあ、別に良いけれどもね」

いつまでも刃向かっていては水掛け論になりかねない。
どのようなものにでも終わりは来る。
この少女もいつかは死ぬのだ。
いや、この少女は死なないのだったか?

不老不死。
蓬莱の人。

まあ、魔理沙の与太話だろう。
死なないものなどあってもらっては困る。
それで、と僕は話を切り出した。

「一体何があって永遠亭を飛び出してきたんだ、君は」

むすっとして蓬莱山輝夜は答える。

「働くって言って計画書を提示したら殴られて蹴り出されたわ」

ふむ、と僕は自分の顎を撫でた。

「君は自分の事を姫だと言ったね」

「ええ」

僕はまたふむ、と頷いた。

「ところで、従者に蹴り出されるような者を君は何とする?」

「そりゃただの馬鹿ね。でなけりゃ愚図よ」

なるほど、と僕は頷いた。

「では君の意見をまとめよう。
君は姫だ。
そして君は従者に蹴り出された。
ならば君は馬鹿若しくは愚図な姫である。
これで良いかな?」

「何でそうなるのよッ!」

「君が自らそう言ったじゃないか。分からない子だな」

僕は適当に返す。
この子が何と言おうとも僕はどうしても真剣になりきる事は出来ないだろう。
何せ、先ずこの子の言葉に真剣味が感じられないのだ。
どうにも日常の一環であり、いつものことである、という空気が滲み出ている。

「とにかく、私は私物の展示をはじめとして色々仕事をしてるのよ!
なのにこれ以上働けってどういう事!?」

僕はふむふむと頷いた。

「その展示にはどの程度客が集まったんだい?」

「知らないわよ。
そんなの一々数えないもの」

「……随分ずさんだな。
魔理沙に何かを盗まれても僕は知らないからな」

「あんなこそ泥に何が出来るっていうのよ」

僕は『どうにも魔理沙が自分のものと酷似した魔法を使っているようなのだが』という苦情を何度も受けた事を思い返す。
あの子は、その気になれば何を盗むか分からない。
……地獄に堕ちなければいいのだが。

「ほら、また心配そうな顔をしてるじゃない!
誰を心配してるのよ店主っ!」

「魔理沙の事だよ。
それから最近は霊夢の過剰な飲酒も気になって仕方がないね。
魔理沙を通して注意したというのに全く宴会を自重する気配がない。
全く、僕の心配の種を増やすなという」

「ほらっ、他の女はちゃんと心配するじゃない!」

「……うざったい子だなあ、君は」

むぅ、とこちらを上目遣いに見上げてくる少女を見て僕はげんなりとする。
霊夢の話では決める所は決める奴だとの事なのだが、
オンとオフの落差がよほど激しい子なのだろう。
僕の知り合いで言えばちょうどレミリアがそのようなタイプなのだが、
私見で言わせてもらえばこの子の方がタチが悪いような気がする。

「君はただ仕事を全然していないと思われたから怒られたというだけのことだろう。
因果応報と言わざるを得ないじゃないか。
同情の余地無しだね」

「大ありよ!
私は働こうとする決意をしっかり見せようとしたって言ったでしょう!」

そういえばそうだった、と僕は頷いた。
すっかり忘れてしまっていた。

「それでも怒られた、と。
ふむ、それでは一体何が悪かったのか僕には皆目検討がつかないね」

「だからここに来たのよ」

言う少女に、ならばと僕は人差し指を立てる。

「良い場所を紹介しよう。
そういう事を白黒ハッキリつけてくれる御仁が居るんだが」

「まさか、そいつは閻魔だとか言うつもりじゃないでしょうね」

「よく分かったね」

僕は無表情に頷いた。

「嫌よ!
死なないからずっと会わなくて良いのに何でわざわざ会わないといけないのよ。
絶対うざったい説教がぐだぐだ来るに違いないっていうのに。
あなた、わざとやってるの!?」

僕は思わず言葉に窮した。
輝夜は怒りの形相のまま停止し、やがて、顔の朱が消えていった。

「ええと、本当にわざと?」

僕はふむ、と息を吐いた。

「酔っぱらいはからかわれやすいから注意した方がいい、
という良い教訓を得られたね。
僕に感謝し、それを永遠亭の子たちにも伝えると良い。
出口はあちらだ。歩いてお帰り」

豪雪凄まじい戸外を指さし僕は言う。
輝夜は思いきり首を横に振った。

「この寒いのに、あなた人を殺す気?!」

「そう言われてもねえ……分かるだろう?」

僕は視線を部屋の隅に向けた。
いつも僕が寝ているところ。
そこには荒い息を吐く見慣れた少女の姿があった。
何を隠すことがあろう、霧雨魔理沙である。

昨日のあの寒い日に知り合いと弾幕ごっこをしていたらしく、
そのまま湖に飛び込んで乱戦になり、結果風邪をこじらせたとのことだ。
相も変わらず真っ直ぐな子である。
そして、病気で辛いであろうにもかかわらず、
ベッドでじっとしておかず、僕の所にてくてくやってくる辺りがまた真っ直ぐだ。
困ったら取り敢えず僕の所に来るという習性がいつの間にやら魔理沙の中に出来上がってしまっているらしい。
この習性は近頃霊夢にも見られるようになり、僕としては非常に不安である。

とにかく僕はそんな魔理沙のために卵酒でも用意してやろうかと久しぶりに魔理沙から
ミニ八卦炉を借りて作業をしていたのだが――。

そんなおりにここを訪れたのがこの蓬莱山輝夜である。
永遠亭の姫なのだから薬でも頼もうかと思ったのだが、
話を聞けば家出との事である。
これではただの邪魔者でしかない。

折角卵酒を用意しようと思ったのに魔理沙はもう眠ってしまっている。
ぶっちゃけた話になるが、最近卵酒が飲みたくて飲みたくて仕方がなかったのだが、
どうにもそのような子供っぽいものを飲むのには抵抗があり、
魔理沙の看護にかこつけて余り物を戴こうと思っていただけに、
この闖入者の存在は僕をげんなりさせるのに十分であった。

故にこうもねちねちと苛めてしまったわけである。
機嫌は大分落ち着いてきたのでこれからはまともに会話が出来るだろう。
僕は言う。

「まあ、魔理沙の邪魔にならないなら別にしばらく置いてもいいけれど
与えるのは寝る場所だけだ。着る物と食べ物は自分でどうにかしてくれ」

輝夜はにんまりと笑った。

「急に態度を変えたわね。
でも何も買わないわよ」

「出口はあちらだが?」

僕がもう一度入り口を指さすと、輝夜は口をへの字にして黙り込んでしまった。
僕はちらと魔理沙を見た。
随分ときつそうである。
因果応報というやつだ。

この寒いのに弾幕ごっこなどする馬鹿があるか。
加減を知らないのはこれだから困る。
僕は魔理沙の額にあてていた氷嚢にそっと手を触れた。
大分中身が溶けてきているようだ。
ふむ、と僕は溜息をついた。
ここには輝夜も居ることであるし丁度良いだろう。

「頼みがあるのだが」

僕が突如そう言うと、輝夜はふて腐れた表情でこちらを見やった。

「出て行けといきなり言った男が何かしら?」

肩をすくめて僕は言う。

「魔理沙の汗でも拭いておいてくれないか?
正直僕が拭くのは気が引ける。
後で怒られるのは嫌だからね。
氷嚢の中身を取り替えてくるからなるべく早く済ませてくれよ」

それじゃあ、と返事を聞かずに僕は外に出た。
この酔っぱらいは絶対に仕事などしたくないと思っているだろうから
命令して出ていけばそれで十分である。
根は良い子のようだからきちんと仕事をしてくれるだろう。

しかし、と僕は息を吐いた。
雪を掻き集めて氷嚢とするのはいささか非効率的である。
戸を開けると猛吹雪が顔を容赦なく叩く。
このような天候の中魔理沙は来たのかと思うと呆れて溜息も出ない。
病気にかかった時に一人で居るのが淋しいのは確かによく分かるが。

僕がそんな事を考えながら雪を掻き集めようと一歩足を踏み出すと、
店の周りに弾幕ごっこに使われる弾程度の大きさの氷の塊がいくつも落ちているのが目に入った。
雹だろうか。
いや、それにしては形が均一すぎる。
ではどこぞの妖怪が弾幕ごっこを行ったのだろうか。
いや、それにしては静かすぎる。

誰かがここにわざわざこれを残してくれたと見るのが妥当であろう。
わざわざこのような事をして恩を売るような知人の顔を僕は思い浮かべた。
真っ先に八雲紫が思い浮かび、僕はぶんぶんと首を振った。
悪夢だ。
それだけはあってはならない。
慌てて辺りを見渡すが、あの憎々しいスキマが開く気配はない。
一安心である。

その代わりにと言ってはなんだが青色で、裾の方が白いスカートが目に入った。
木の後ろに隠れているつもりなのだろうが、頭隠して尻隠さずを見事に体現している。
ついでに言えば羽も見えている。
このデザインの服と羽を持つ知り合いなど一人しかいない。
氷の妖精、チルノである。

僕はこの子に何か恩を売った覚えは無いが、チルノといえば魔理沙の知り合いである。
アリスらの話を聞けば、魔理沙は大層な嫌われ者だと思っていたが、
一応心配してくれる子も居るようで嬉しいやら淋しいやらである。
僕は取り敢えず氷の塊を幾つか拾って氷嚢に詰め、
指で雪の上に

『みしらぬだれかさんへ。
ありがとう、たすかったよ。
    もりちかりんのすけ』

とだけ書いて店内に戻った。
チルノの氷ともなればなかなかとけるものではない。
僕はカウンターに氷嚢を叩き付けて少し砕き、そこに冷水を入れて自分の額にあてる。
そんな事はないだろうに、心持ち今までのものより冷たく、心地よく感じる。
今までのように雪を固めて氷の代用にしているようでは確かに温かったかもしれない。
看護という事に関しては、僕は完全な素人である。
なにぶん自分が恐ろしく病気になりにくいので相手がどうして欲しいのかが今一分からないのである。
それはまあ仕方のないことだ。
一応ベストは尽くそう。
そのような事を考えながら僕は魔理沙達の居る部屋の戸を開き――。

「……」

「……」

しまった、と思った。

輝夜が魔理沙の汗を拭いていたというのをすっかり忘れていた。
チルノのおかげで思いの外早く作業が済んだので作業に鉢合わせてしまったのだ。
輝夜は呆然としてこちらを見、次に軽蔑の表情を浮かべた。
更に悪いことに、魔理沙も目が覚めていた。
僕と魔理沙の目が合う。

これはまずい。

どうしようか。

釈明しておくが僕は魔理沙の裸体などで一々興奮するほどマヌケではない。
この子の髪の毛が生えそろっていない頃を僕は知っているのだ。
欲情すればそれこそただの変態である。

だがしかし魔理沙の方はそうもいかないだろう。
複雑な年頃である。
場合によってはマスタースパークの一発や二発は覚悟しておかねば――

「おー、香霖。
わざわざそれを取り替えに行ってくれたのかっ。何かわるいなあ」

魔理沙はむくりと身体を起こして頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
ぎょっとして、輝夜が僕と魔理沙とを見やる。
いかんな、と僕は思った。
酔っぱらいと確信犯には何を言っても無駄であるのは通説だ。
なので僕は敢えて輝夜を無視してから言った。

「魔理沙、せめて前を隠したらどうかな。
呆れて物も言えないのだが」

さりげなくただの兄貴分、家族的な香りを漂わせて輝夜の誤解を解こうと試みてみる。
だが魔理沙は、あははと笑って僕の作戦を破壊していく。

「なんだよ香霖。
こんな貧相な物なんか見たってどうともないだろ?」

「まあ確かに魔理沙は色々と小さいけどね。
良いからさっさと服を着るといい。
それともその服も汗でぐっしょりなのかい?
なら僕の服を貸してやらないこともないが」

魔理沙は、いやっほう、とガッツポーズを取った。

「久しぶりの香霖服だぜ!
いやーっ、何年ぶりだろうなっ!
懐かしいなあ!
勿論メガネも貸してくれるんだよな!?」

「……あー、うん。まあね」

魔理沙に強く出ることは出来ない。
だが、と僕は横目で輝夜を見やる。
完全に石になっていた。
辛うじて輝夜が口を開く。

「え、ええと……店長」

「なんだい」

努めて冷静に僕は首を傾げる。

「あなたたちって、もしかしてこういう……」

僕はうむ、と頷いてから輝夜の誤解を解こうとゆっくり口を開き――

「そうだぜ!一緒に風呂だって入るぜ!」
「……」
「……」

魔理沙の(絶対に輝夜が何を考えているかなんて理解していない魔理沙の)空気の読めない一言と共に、
輝夜の顔が赤く染まった。
そしてそのままぱくぱくと口を開閉すると、
蓬莱のお嬢さんはどたどたとあわただしく走り去っていってしまった。

その行動に僕と魔理沙はあっけにとられる。
あいさつすら無かった。
意味が分からない。
しかも、輝夜は香霖堂を出るや否や何か声にならない悲鳴を上げていた。
なんだったのだろうか。

不老不死だのなんだのと噂されておきながらよもや処女ではあるまい。
男の百や二百は囲ってきただろうに。
……もしかして、それは僕の偏見なのか?
知識だけは知っているが、とでも言うようなまさに耳年増な少女の心を残したまま、
数百年も生きてしまった連中もいるというのだろうか。
知り合いに年配の妖怪は数あれど、とてもではないが異性との経験など聞くことが出来ないで居る。
因みに僕はこの長い人生で女性経験は全くない。
色気のない人生である。
さて、と僕は口を開いた。

「ところで魔理沙、僕と君がいつ風呂に入ったっていうんだい?」

魔理沙はにやにやしながら答えた。

「十年くらい前じゃないか?」

「……君さ、まさかあの子をからかって――」

「酔っぱらいはからかわれやすいから注意した方がいい、
という良い教訓を得られたな。
香霖も感謝しろよ?
そしてこの大切な教訓を店に来た奴らにも伝えると良い」

僕は大きく溜息をついた。
魔理沙の事について様々な妖怪、人間から色々と文句を言われ、
その度に僕は関係ないのだがと思ってきたけれども、
どうやらその考えは改めねばならないらしいなと僕は溜息をついた。

溜息をついて、僕は何かに気がついた。
輝夜が走り去って行ったあとに、何か紙切れが落ちていた。
僕は興味本位でそれを拾った。
魔理沙がぐぐっ、と身体をこちらに寄せてくる。
興味があるのだろう。
僕も魔理沙の脇に腰を下ろしてからその紙を広げた。

なになに、と僕と魔理沙は文面を読む。

「蓬莱山輝夜の仕事計画第一弾。
目指せ、アイドルマスター」

ふむ、と僕は息を吐いた。

「これでは怒られても仕方がないね。
不真面目すぎる。
こんなもので働く意志があると示そうとしたのか。
呆れてものも言えない――」

いいや、違うぜ、と魔理沙は含み笑いをしながらある一点を指す。
そこには英語でサブタイトルが打ってある。
特に問題は無いようだが……。
僕はそう思っていたのだが、よく注意すると、それに気がついた。
そう、単純なスペルミスである。

『IDOL MASTER』、これが正しいスペルだ。
だが、ここに書いてあるのは――。

「『IDLE MASTER』。
確かにスペルは惜しいが、こいつが表す意味ってのはな、香霖」

それくらい僕にも分かるよ、と返して訳する。

「『怠惰の熟達者』。
八意永琳は、アイドルというふざけた職業に続き、
このスペルミスのダブルショックで相当カチンと来たんだろうな」

「わざとじゃないところがまた笑えるぜ」

「多分生まれつきのお姫様なんじゃないのか?
遺伝子に怠惰が刻み込まれているのさ。
だから、このスペルミスは必然だったんだよ」

魔理沙はくくっ、と笑う。

「なんだそりゃ。
レミリアのまねごとか?」

僕は肩を竦める。
話しながら、僕は魔理沙の様子をじっと見ていた。
何かそわそわしているのだ。
服が無くて寒いという訳でも無さそうである。
ここの室温はむしろ暑いくらいだ。

しかし、明らかに魔理沙の様子は変だ。
笑いながらも話なんてどうでもいいと言わんばかりに
あちこちに視線を彷徨わせ、時折頬を掻いては恥ずかしそうに笑う。

僕はそれを妙な事だと思っていたのだが、魔理沙がちらとこちらに目線を送り、
それからそっぽを向いて口を開いたのでようやくこの子の意図する事が分かった。

「な、なあ香霖……」

「なんだい?」

「そ、そのさ……話とか滅茶苦茶飛ぶけどさ。
ほら、風邪ひいた時ってさ……。
アレ、飲んでたじゃないか。昔。昔だぞ? 今は違うけど。
でさ、ほら。偶然なんだけどさ、うん。
本当いつもなら全く飲みたいとか思わないんだけどな、今日に限ってアレが――」

「卵酒のことかい?」

僕が苦笑して言うと、魔理沙は顔を赤くして俯いた。
どうやら裸体は大丈夫でも子供扱いは恥ずかしいらしい。
そう思って僕が笑いを必死でかみ殺していると、魔理沙がむっとした様子でかみついてきた。

「い、いつも飲みたいとか思ってる訳じゃないぞ!
私だってもう子供じゃないんだしな!
うん、でもたまにはこうやって香霖と昔を思い出すのも悪くないなとか思ったりするんだ!
ほら、香霖だって可愛い妹分と昔を思い返してみたりとかしたいだろう?! したいよなっ!」

「うん、そうだね。したいしたい」

僕が笑えば笑うほど、魔理沙がうろたえていく。

「なんだよその笑いはっ!
私は病人なんだからな。
無理させないですぐ卵酒持ってきてくれよ」

その様子がおかしくておかしくてたまらず、内心腸捻転でもこじらせてしまいそうなくらいなのだが、
僕は不屈の自制心でそれを抑え、はいはいと返事をした。

「それじゃあ、昔を思い出したい魔理沙の為に、僕のお古とメガネと、それから卵酒を用意してこようかな?
クズ鉄も持ってきてあげようか? ほら、何だったかな。ええと、霧雨の剣、だったかな?」

「あーもう! 忘れろっ! いいからさっさと持ってくるんだぜ!!」

混乱のあまり魔理沙の言葉使いが変になってしまっていた。
だけれどまあ、この子は一応病人だ。
あんまりいじめるのも可哀想だろう。

僕はそう思って席を立つ。
魔理沙は恨めしそうに僕を睨んでいた。

「絶対この風邪移してやるからな」

「無理だよ。絶対に移らない」

僕はくつくつと笑いながら部屋を後にする。
そして合計二人の少女をからかった爽快感に酔いしれながら、
湯飲みを用意する(何故かいつの間にやら霊夢の湯飲みまでここには置いてある)。

そして、僕は酒の瓶と新鮮な卵を用意して――


「幼気な少女をさんざんからかっておきながら、
その数倍の年月を生きた半人半妖さんもまた、
卵酒が飲みたくて飲みたくて仕方がないのでした、と」


僕はびくっとして振り返った。
そこには口元に扇を当ててにんまりと笑う少女の姿があった。
神出鬼没、八雲紫である。

しまった、と僕は思った。
最後の最後で油断してしまった。
調子に乗っていると、この子が来るのを失念していた。

「ねえ、卵酒そんなに好きなのかしら?」

「……ええとだね」

紫は笑う。

「子供が風邪ひいた時に飲むものよね、それ」

「……いや、そのだねえ」

紫は笑う。

「もちろん魔理沙の分だけよね、用意するのは」

「いや、まあ……」

紫はにんまりと笑う。

「湯飲み、二つあるわねえ」

「うん、そうだね。いや、まあ、うん」

紫は、笑う。

「……あら、もしかして私が来るのを見越していたのかしら?」

僕は、思わず硬直した。
目の前には、変わらぬ笑みがある。
この妖怪少女はこういう結末を期待して――。

「まさか、森近霖之助なんていう大層な名前の持ち主が、
卵酒が飲みたくて飲みたくて仕方がない、なんて事は――」

僕は笑った。もうだめだ。そんな事を考えながら、自信たっぷりに、笑った。

「そんな事があるわけがないじゃないか。
馬鹿なのか、君は。
お得意様が来ると分かっていたからついでに用意しておいたのさ。
そんな事も分からないのかい?
僕が甘酒なんて子供っぽいものを飲むわけがないだろう。
こんなものは君たちのようなお子様が飲むものなのだからね」

妖怪少女はにんまりと笑う。

「あら、それはごめんなさい。
やっぱりあなたは素敵な殿方ね」

「……ありがとう」

僕は悔しさのあまり唇を噛み締めることしかできなかった。
人を呪わば穴二つ。
呪わずともからかえばそれ相応の罰は来るらしい。

僕は溜息をつきながら、甘い香りを放つ魅惑的な飲み物を、僕以外の二人の為に黙々と用意した。
魔理沙と紫がたいそう喜んでくれたのは言うまでもないが、
僕の心に大きな空洞が残ったのもまた当然言うまでもないことである。





因みに。
後日無縁塚に行った際死神の少女に聞いた話だが、同日ほくほく顔で散歩をしていた八雲紫は
運悪く閻魔に捕まり、そのまま三、四時間の説教を受けたそうである。
いやはや全く、因果応報とは恐ろしいことだ。
母から初めて飲ませてもらった卵酒。
それはアルコールが全く飛んでおらず、
くらくらと気持ちよく酔っぱらった事を覚えています。
その感覚がとても甘美で、
そして病気の時にしか飲めなかった事も相まって、
私の中で卵酒というのは少しだけ特別な飲み物でした。
良い物ですね、幼少期の思い出というものは。
さて、今回の話のサブテーマは因果応報ですが、
悪いことをした人には悪いことが、
良いことをした人には良いことが返ってくるとの事ですが。
霖之助、魔理沙、紫はきっちりと罰を受けたようです。
チルノは果たして何か報われたのでしょうか?
きっと報われたのでしょう。
では輝夜は?
輝夜はきっと……きっと報われたのでしょう。
私の中の輝夜はとても良い子なのですが、
完成してみるとこんな役回りになってしまいました。
なんだかとても申し訳無いような気もします。
他のSSで、きっと報われてくれる事でしょう。
秋と冬には誘惑が、
まったりの誘惑がとてもたくさんあるような気がします。
いいですね、まったり。
緩やかな幻想郷の世界を、どこまでも暖かく書く事が出来れば、
それはとてもとても幸せな事でしょう。
では、ここまで読んで頂き、本当に有難うございました。
――あなたの努力に対し、それ相応のすばらしい結果が返ってきますように……。
与吉
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.5010簡易評価
3.100名前ガの兎削除
誰も彼も全員可愛いなぁ。
後書きも素敵、こんな素晴らしいもんを読ませてくれたアンタもきっと報われるだろうなぁ。
4.90名前が無い程度の能力削除
自分が風邪の時は卵酒ではなく摩り下ろした林檎でしたねぇ。
それにしても素直じゃない両名のなんと可愛らしい事か、耳年増で天然な姫様のなんと可愛らしい事か…。
最近めっきり寒くなって参りましたので、魔理沙達のように卵酒でも飲んで体を温めようかと思います。
12.80名前が無い程度の能力削除
自分は飲んだことがないのでどんなものか分からないのですが、作者さまの卵酒に対する思いと香霖堂の雰囲気が伝わってきてとてもいい気分になれる作品でした
あと落ちのゆかりん因果応報笑ったwww
13.70名前が無い程度の能力削除
魔理沙には甘いのな、香霖て


無粋な事を聞くようですが、この季節紫は冬眠してるのでは?
22.100名前が無い程度の能力削除
暖かいお話ですね、作者さんが報われますように
24.80名前が無い程度の能力削除
>知識だけは知っているが、とでも言うようなまさに耳年増な少女の心を残したまま、
数百年も生きてしまった連中もいるというのだろうか。

ゆうかりん辺りは怪しいと思うんだ。
29.60名前が無い程度の能力削除
話の焦点があっちこっちに飛んでいてとりとめがないかな

しかし初心な姫様はカワイイと思います
30.100名前が無い程度の能力削除
私の育った環境では、そういう温かみのある治療法はなかったなぁ…
少し羨ましいぞ(`ε´)
40.90名前が無い程度の能力削除
紫が毎シーズン冬眠するのは2次設定
42.無評価名前が無い程度の能力削除
冬になるとでてこなくなるとは霊夢は言ってたけどね
43.100名前が無い程度の能力削除
ほんわかしていて、心が温まるようなお話ですね
45.100久我削除
うわ~、泥酔した姫様ががががが。
私の好きなキャラのオンパレードですので、大変にアリガタイSSですw
魔理沙って貧相なんですかね?
あぁ~、でも、この霖之助と魔理沙の距離感が堪らなく大好きです!
あと、チルノも可愛い。幸あれ。

同日にほくほく顔で散歩してた紫さま。
豪雪の中を散歩してて、豪雪の中で閻魔さまに説教。
災難ですね~……

今回も冬を満喫できました。
姫様の扱いには心苦しいですか、心温まるお話、感謝です♪
46.90名前が無い程度の能力削除
家では風邪をひくと母親がプリンを買ってきてくれたなぁ。

紫は冬になると冬眠するらしいけど、地霊殿は冬の話だし、香霖堂の外伝でも霖之助がGBを破壊しようとしていたのを停めてるから、そこら辺は曖昧なのかも。
54.100名前が無い程度の能力削除
もういろいろとGJ
霊夢でも似たような事がおこりそうだ
58.100名前が無い程度の能力削除
霖之助も女性陣もかわいすぎてたまらないです。 ああ、紫がメインの話しも読んでみたい!!
62.90名前が無い程度の能力削除
なるほど童貞こじらすと確かにこの店主みたいに理屈っぽくなりますね。わかりますw
チルノマジいい子。オレ感動。カグヤマジ処女。オレ感動。
63.100名前が無い程度の能力削除
色々言いたい事はあったけど最後にゆかりんが持っていた
79.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
88.90名前が無い程度の能力削除
風邪=すりおろし林檎だったので卵酒は飲んだことない(´・ω・`)
けど卵酒の素晴らしさがよく分かるSSで楽しめました

それぞれの因果応報には笑わせてもらいましたw
91.無評価名前が無い程度の能力削除
なんで輝夜はこんな扱いなんだ……
100.100名前が無い程度の能力削除
姫様は永遠の少女なんでしょうね
風邪といったら座薬に決まってるじゃないですか!
109.10名前が無い程度の能力削除
申し訳ないけど輝夜の描写が見るに耐えないので。
扱いの差に自覚があるなら救済策はいくらでもあったでしょうに。
110.60名前が無い程度の能力削除
ーりん輝夜かと期待したらこーりんまりさだったでござる
112.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
132.100うみー削除
美しい
133.20名前が無い程度の能力削除
自覚無しよりタチ悪いで?w