Coolier - 新生・東方創想話

だって屋台が好きだから

2008/11/19 00:52:17
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・・・霧の湖の畔に、幻想的な赤提灯の光が浮かぶ。
小さな木製屋台には、妖怪や天狗達が酒を飲み、屋台自慢の八目鰻を味わっている。
店主であるミスティア・ローレライはまだ若い夜雀ながら、
質の良い八目鰻を安値で取扱い、歌のサービスも好評で、他の妖怪達から人気を博していた。

大盛況の内に屋台も営業を終了し、後片付けを始めるミスティア。
今日は顔馴染みのチルノやルーミア、リグルらが後片付けを手伝っていた。

「今日も屋台は大盛況だったねー」
「そうね。これも皆のお陰。手伝わせちゃってごめんね」
「いいのよ!あたいはミスティアの為に頑張っているもの!」
「これがいつまでも続けばいいなって。そう思ってるから平気だよ!」

笑顔で答える3人。3人はミスティアの屋台の常連客であった。
暇さえあれば屋台に通い、八目鰻の串焼きを注文している。
屋台が繁盛している時には、他の妖怪達と共に店のお手伝いもした。それだけこの屋台を愛していたのだ。

「・・・これでよし。それじゃあ、明日また来るからね!」
「待って。今日は皆に伝えたい事があるの」

屋台の後片付けが終わり、帰ろうとするチルノ達を呼び止めるミスティア。
悲しみに満ちた虚ろな眼をしながら、ミスティアは静かなトーンでこう言った。



「・・・私ね、今日でこの屋台を畳もうと思ってるの」



* * * * *



ミスティアの突然の言葉。それは、毎晩賑わっているはずの屋台を畳むという衝撃の告白だった。

「・・・え?屋台を畳む?そんなの冗談だよね?」
「冗談だったら皆を呼び止めてないもの。私は本当に屋台を畳むわ」

何かの冗談だと思ったリグルが聞き返すが、ミスティアは本気のようだった。
しかし何故。毎晩お客で賑わい、売上だって上々なはずなのに。
そう思っていると、ミスティアは屋台に置かれた新聞を手にとってリグルに渡す。
文々。新聞と書かれた新聞の1面には、こう記されていた。

『話題の新店舗!人里の八目鰻料理専門店は今日も大盛況』

・・・と書かれた記事と合わせ、人が店の前に群れを成している写真が掲載されていた。
記事によると、最近人里に八目鰻料理専門店が開店したのだが、安い価格と豊富なメニューに加え、
八目鰻はダイエットに効果があるとの店主のコメントにより、人気に火がついたのだ。

「・・・人間って単純よね。八目鰻にはそんな効果がないのに、
あたかも効果がある風に聞かされて、嘘に踊らされるんだもの。
その嘘のせいで八目鰻が人気になって値段が高騰。
値上げも考えたけど、それだとお客さんは減ってしまう。
・・・人里での八目鰻人気が薄まるまで、私はひっそりと生活するわ」

人里での八目鰻の人気により、仕入れ価格が数倍にまで高騰。
低価格を維持するのが難しくなり、値上げも客離れを引き起こすと考えたミスティアは、
八目鰻ブームが去るまで屋台を畳もうと考えていたのだ。

「そんな奴なんて、あたいの弾幕で倒してやるわ!」
「・・・あのね。こればっかりは弾幕で解決できる問題じゃないの」

チルノの発言を軽く流しつつ、ミスティアは最後の片づけを終える。

「そろそろ帰らなくちゃ。それから、片付けの手伝い御苦労様」
「待って!本当に閉めちゃうの!?」

リグルの声に答える事無く、霧の湖を後にするミスティア。
残された3人は、ただただ呆然と立ち尽くすだけであった。



* * * * *



明け方の空は青く澄みきり、数匹の鴉天狗が朝早くから取材の為に妖怪の山から飛び立っていく。
すっきりとした空を見上げながらも、自分の心はすっきりしないリグル。
一晩中ミスティアの事を考えている内に、一睡もせずに朝を迎えてしまったようだ。
眠い目をこすりながら、リグルは昨夜の出来事を思い出す。

(私ね、今日でこの屋台を畳もうと思ってるの)
「ミスティア・・・本当に店を畳んじゃうのかな・・・」

リグルは経営に関してはド素人なので、ミスティアの屋台の経営状況など分からない。
しかし、身近な存在であった屋台が閉まるのは嫌だ。どうすれば・・・

「あら、リグルじゃない。空なんか見上げてどうしたの?」

リグルの後ろから声がした。振り向くと、竹を編んで出来た買い物籠を持った穣子の姿が。
これから人里にでも行くつもりなのだろうか。

「豊穣の神様が買い物なんて珍しいですね」
「人里でしか買えない食料品だってあるし、妖怪や私達みたいな神様にしか商売しないお店もあるからね。
・・・それにしても、貴女大丈夫?眼の下にクマが出来てるわよ」

穣子に言われ、リグルは手鏡を確認する。指摘の通り、眼の下に小さくとも立派なクマが出来ていた。
やはり一晩中眠らなかった事が原因だろう。
眼の下のクマが気になったのか、穣子はさらに話しかける。

「昨日は一睡も出来なかったのかしら?」
「うん。ちょっと考え事をね」
「考え事だなんて珍しいじゃない。で、一体何を考えていたの?」
「実はね・・・」

リグルはミスティアが屋台を畳む事を穣子に伝える。
穣子もまた、姉の静葉と一緒に度々来店していたお客の一人でもある。

「それは困ったわね。人里の八目鰻は高いし、八目鰻以外にも美味しい料理だってあるのに」
「そうだよ。だから私は考えてたんだ。ミスティアが屋台を閉めずに続けられる方法。
・・・でも一晩中考えても答えは出なかった」

さっきよりも落ち込むリグル。
これは本格的に悩んでいると思った穣子は、頭の中にふと生まれた考えを伝える。

「・・・そういえば、人里で妖怪相手に格安で食料を提供する妖怪がいるって聞いたわ。
その人に頼めば、八目鰻とかを格安で売ってくれるかもしれないわね」
「本当?」
「ええ。だって私も一度来店してるもの」

穣子の話によると、人里の一角に人間お断りのお店があるという。
そこでは新鮮な食材から貴重な食材を豊富に取りそろえ、尚且つ格安で提供しているとの事。
・・・そこに行けば、もしかしたら八目鰻も安く手に入るかもしれない。

「情報ありがとう!さっそく行ってみるね」
「ええ。あの店主は気まぐれで店を閉めちゃうから、早めに行った方がいいわよ」

穣子にお礼を言うと、身支度を済ませ、颯爽と人里へと向かうリグル。
その足の速さで、あっという間に穣子の視界から姿を消した。

「・・・だからって、そんな急ぎ足で向かわなくたっても良いじゃない」

少々呆れながらも、穣子は人里へ向けてゆっくりと歩き出した。



* * * * *



人里は朝早くから活気付いている。今日は月に数回行われる朝市の日のようだ。
様々な露店が並び、新鮮な食料品や手作りの民芸品などが並べられている。
その中には八目鰻もあったのだが、値段は少し前の5~6倍にまで跳ね上がっていた。
普通では考えられない価格高騰である。
リグルは、ミスティアの気持ちが少しだけ分かったような気がした。

「さてと、お店はどこかなー」

朝市の露店を眺めながら、穣子から聞いた店を探すリグル。
しかし、表通りにはそれらしき店は確認できない。
付近の妖怪にも聞いたが、殆どの妖怪は「知らない」と言っていた。
本当に見つかるのか。少々不安な気持ちで通りを歩いていると・・・

(このお店、妖怪はいるけど看板がない・・・ここは何屋さんだろう?)

ふと目に映ったお店に引き付けられたリグル。
そこは看板もなく、ただ店の中に野菜や魚が並んでいるだけ。
店の奥には小さなカウンターがあり、お年を召した妖怪が眠そうにお客を待っている。
これが穣子の言っていた、妖怪専門のお店なのだろうか。

「失礼します・・・」

恐る恐る店の中に入るリグル。店の中は朝だというのに薄暗く、肌寒い。
棚の上には痩せ細った人参や通常よりも小さいトマト、表面に傷がついた魚が並んでいる。
普通の店なら絶対に店頭に並べられないような商品だが、確かに値は安い。
今リグルが手に持っている芽だらけのジャガイモは、相場の3倍以上も安いのだ。
こんな安さで、本当に商売が成り立っているのか。気になって仕方がない。

「すみません。少しお尋ねしたい事があるんですが・・・」
「ほう。この老骨に聞きたい事とはなにかな?」

意外にも元気な口調で答える老妖怪。リグルは先ほどから思っていた事を口にした。

「これって普通のお店よりも安い商品ばかりですけど、本当に商売になるんですか?」
「ほほぅ。最近のお嬢さんは言いますなぁ」
「あっ、失礼でしたらいいんです。ごめんなさい・・・」
「いえいえ。素直な質問には、こちらも素直に答えてあげるのが礼儀」

そう言うと、カウンターの下から束になった帳を取り出す老妖怪。
帳には様々な店の名前と品物の名前が描かれている。

「ここに並ぶ商品の大半は、全て人間の店から頂いた傷物でのぅ。
売り物にならないからと捨て値で譲って貰ったんじゃよ。
・・・人は見た目で品物を買う。見た目が美しくない物は、選ばれずに捨てられる。
美味しく食べられる事なく、捨てられるなんて勿体無い。そう思うじゃろ」

・・・里の人間は、食べ物を見た目の美しさで選ぶ。
真っ赤な林檎と虫食い林檎なら、選ばれるのは真っ赤な林檎だ。
虫食い林檎を置いた所で何のアピールにもならない。むしろマイナスだ。
そんな食べ物達が捨てられるのなら、いっそ妖怪だけに捨て値で販売する。それが老妖怪の考え。

「利益なんて二の次じゃ。ただ美味しく食べてくれるだけでいい・・・お分かりかな?」
「は、はい。一応は」

どうにか話を理解したリグル。どうもこの手の話は眠くなるので苦手だ。特に今日は一段と眠い。
しつこく訪れる睡魔にお帰り頂いた所で、リグルは本題に入る。

「そうだ。八目鰻ってありますか?屋台の営業に必要で・・・」
「ああ。それなら店の奥にいるから、少々待っててくれんかの」

そう言って店の奥に消える老妖怪。リグルは傍にあった丸い木の椅子に座って待つ。
10分後。老妖怪が重そうに抱える桶の中には、狭い場所で踊る大量の八目鰻の姿が。
パッと見ただけでも7、80匹はいるだろう。少し小さいが、それでも十分美味しそうだ。

「これだけの数、集めるのに苦労したんじゃないですか?」
「いやいや。ここにあるのは売り物にならない、規格外だと言われた鰻達じゃよ。
最近出来た八目鰻の店から買い取ったんじゃが」

この八目鰻は、ミスティアの屋台を畳ませる原因となった八目鰻料理店から買い取った物らしい。
規格外とは、大きさが小さい鰻や傷がある鰻、捌く前に絶命して質の落ちた鰻の事を指す。
ちょっとの傷がついた鰻でさえ、売り物にならなくなる。人間とは何と贅沢だろうか。

「これ、全部頂けますか?」
「おお。これを全部持ってくとは、よほどの八目鰻好きじゃな。
それじゃ、代金はここに置いて行ってくれんかの」

リグルは八目鰻の代金を支払うと、桶を抱えて店を出る。
ちなみに、会計時に老妖怪から干からびた唐辛子を数本貰った。八目鰻を買ってくれたサービスらしい。
ずっしりと重い桶を抱え、リグルは一人里を後にする。

「これだけあれば、きっとミスティアも喜んでくれるよね!」



* * * * *



ミスティアの屋台前に辿り着いたリグルを迎えたのは、ルーミア、チルノ、橙と彼女が連れてきた猫達。
それぞれクレヨンや色鉛筆を手に、紙に様々な絵や文字を書き連ねている。
よく見ると『屋台閉店!みんな集まれ!』と、どの紙にも書かれていた。
どうやら、ミスティアには内緒で人集めの為のチラシを作っているようだった。

「あ、リグルおかえり~」
「ただいま。そのチラシって、チルノ達だけで作ってるの?」
「そうよ!あたいとルーミアと橙が丹精込めて書いた力作なのよ!」
「皆のお陰で大分出来たんだよ。後はちょっと手を加えて配るだけ。
そうだ。このチラシの配達、手伝ってくれる?」

橙がリグルに手渡したのは、手書きのチラシ300枚。これを配ってこいと言うのだ。
たった300枚と侮るなかれ。これを手に持つと意外に重く、配る気力が無くなる魔の枚数なのだ。
とはいえ、折角作ったチラシを配らなければ、これもただの紙切れとなってしまう。

「分かった。でもあまり遠くまでは配れないけど・・・」
「大丈夫大丈夫~。とにかくお客さんが一杯来ればいい話だもん」

気の抜ける声で喋るルーミア。完全に人任せな感じがするが、彼女も彼女なりに頑張っているはずだ。多分。
リグルはチラシを腋に挟み込むように抱え、再び人里方面へと走り出した。



* * * * *



チラシ配りの為に動き出したリグルに、一段と強い眠気と疲れが同時に襲いかかる。
木陰で休憩しつつ、通りがかった妖怪に対し手当たり次第にチラシを渡していく。
何せ300枚のチラシだ。そこらじゅうの妖怪に手渡せば、すぐに終わるはずだろう。
すべて配り終えれば、屋台が開くまでぐっすりと眠れる。これ程嬉しい事はない。

だが、その考えとは裏腹に、チラシの数は一向に減る気配がない。
チラシを配り始めて1時間経ったが、減ったのは20枚程度だ。まだ250枚以上もある。
尚も照りつける太陽が容赦なくリグルの体力を奪い、目に映る物が二重にぶれ始めた。
途中で水を飲みながら歩き続け、気がつけば太陽の向日葵畑までたどり着いていた。

「随分と遠くまで来たけど、これからどうしよう・・・」

リグルは日陰になりそうな場所に腰掛け、今日4度目の休憩に入る。
チラシはまだ大量にある。これを全て配り終えるにはあと何時間掛かるのだろうか。
もしかしたら、日没までに間に合わないのではないか。・・・そんな考えが、リグルの頭の中を駆け巡った。

「そこの貴女。随分と御疲れの様ね」

声が聞こえた。リグルが声の方へ顔を向けると、そこに幽香の姿があった。
日傘を差し、まるで物珍しそうにリグルを眺めている。

「単に休憩しに来た様じゃなさそうだけど、一体如何したのかしら?」
「実は、このチラシを配りに来たんです。幽香さんにも、来てもらおうかなって思って」

リグルは抱えていたチラシを幽香に手渡す。幽香は一通りその内容を確認し、大事そうにしまった。

「面白そうじゃない。私も顔を出してあげるわ。で、他に用はあるのかしら?」
「いえ、それだけです。それじゃあ・・・」

そう言って、立ち上がるリグル。異変は、立ち上がった瞬間に起きた。
・・・まるでマリオネットの糸が切れたかのように、その小さな身体が前のめりに倒れた。
身体全体から滝のように汗が流れ、目は虚ろのまま明後日の方向を眺めている。
流石に心配した幽香が問いかけるが、リグルからの返事はない。

「・・・全く、下級妖怪の身分で世話が焼けるわね!」

そう言いながらも、幽香はリグルと彼女が持っていたチラシを抱きかかえ、ふわりと上昇する。
目的地はここから少し離れた迷いの竹林。その奥にある永遠亭に運んでやるのだ。
飛行中も、リグルに直射日光が当たらないように日傘を調節する幽香。

(何でこの私が、下級妖怪をわざわざ永遠亭まで運んであげなければいけないのかしら。
そうよ。今この子を見捨てて帰ればいいじゃない。どうせ他の妖怪が助けてくれるでしょうし。
・・・でももしかしたら、この子は死んでしまうわ。そんな可哀想な事、私には・・・
ハッ!?私ったら何考えているのよ!こんな妖怪にペースを乱されたら、フラワーマスターとしてのプライドに傷が付くわ!!)

自分が勝手に膨らませた妄想で、勝手に錯乱状態に陥る幽香。
そんな状態の彼女にちょっかいを出した妖精達がいたが、その後、妖精達の姿を見た者はいない・・・



* * * * *



「―――さん」

誰かに呼ばれたような気がした。一体誰だ?誰が名前を呼んでいるんだ?

「―――リグルさん」

自分の名前だ。だが、視界がぼやけて誰が呼んでいるのか分からない。
誰だろう?随分と優しい声の持ち主だ―――

「リグルさん!日没になっちゃいますよ!」

その声で、リグルはようやく目を覚ました。
ぼやけていた視界もはっきり映るようになり、今自分がいる場所と傍にいる人物も確認できる。
・・・ここは永遠亭の一室。そして、さっきまで名前を呼んでくれたのは鈴仙。
傍らには、治療用の器具や熱を冷ます為の薬や氷が置いてあった。

「私、どうしてたんだっけ・・・?」
「幽香さんが運んできてくれたんですよ。リグルさん、向日葵畑で気を失って倒れてたんです」

ぼんやりとした頭で先程までの出来事を思い出すリグル。
そうだ。確かに私は向日葵畑で幽香さんと出会った後に、気を失ったのだ。
気を失ったといっても症状は軽く、しっかりと水分を補えば大丈夫だと鈴仙は言う。
安心したリグルだったが、すぐにある事に気がついた。

「そうだ!チラシは?」
「チラシ?・・・ああ、それなら幽香さんが全部持って行きましたよ。
何でもリグルの代わりに配ってあげるって。それにしては、だいぶ不機嫌な顔してましたけど・・・
あ、私もちゃんと貰いましたよ」

鈴仙もチラシを受け取っていた。どうやら残りのチラシは、幽香が全て配っているらしい。
永遠亭に送ってもらい、チラシまで配って貰ったのだから、後でお礼の一つでも言ってあげよう。
そう思いながら、リグルは静かに立ち上がり、先程まで横になっていた布団を畳む。
足取りはまだおぼつかないが、気分はだいぶ楽になった。これなら大丈夫だろう。
鈴仙にお礼を言い、リグルは歩き出す。竹林の隙間から西日射す迷いの竹林に向かって。



「・・・さてと、私も準備しようかな」

リグルを見送ると、そそくさと外出の準備を始める鈴仙。
行先は今日で閉店する屋台。安くて美味しい八目鰻が食べられなくなる前に食べておきたいからだ。



* * * * *



「どういう事なの・・・!?」

目の前の光景にミスティアは驚いた。ハトが豆鉄砲食らったような顔をした。
そこには開店前だというのに、大勢の妖怪が屋台の前で行列を作っていたのだ。
今まではどんなに人気が出ても、開店前から並ぶ妖怪は数える程度しかいなかったのに。

「この屋台も店じまいかぁ・・・」
「安くて味も良い。店主の歌も好評だったから、余計に寂しくなるな」

皆同じ内容のチラシを持ち、他の妖怪との会話で盛り上がっている。
毎日のように通い続ける常連客から、チラシを見て初めて訪れた妖怪。
中には、鈴仙や幽香といった幻想郷でも顔の知れた妖怪の姿もあった。

「ちょっとリグル!これってどういう事!?」
「だって、今日でミスティアは屋台を閉めちゃうんでしょう?
だから、最後くらいは私達もお手伝い出来ないかなって」
「じゃあ、この八目鰻は・・・」
「私が里に行って調達してきたんだよ」

ミスティアの足元にある桶には、大量の八目鰻が桶の中で踊っていた。
これだけ大量の八目鰻を、リグルは一体何処で調達したのか。
今の八目鰻の値段は目が飛び出る程の高値だが・・・

「この八目鰻は、人里の八目鰻料理店で料理に適さないからって弾かれた鰻なんだ。
ちょっと傷がついたりしただけで、使い物にならない。人間は贅沢だね。
・・・だからミスティアの手で、この子達を美味しい料理に仕上げてほしいんだ!」
「任せて。人間には真似出来ない、私の料理を見せてあげるわ!」

力強く答えるミスティア。職人モードにスイッチが入った瞬間だ。
・・・私は人間よりも八目鰻を知っているの!里の人間なんかに負けてたまるもんか!!
ミスティアの心の中で、先程まで燻っていた情熱が勢いよく燃え上がる。

「今日は盛大に腕を奮って、皆さんを満足させます!」

その声に歓声が上がる。ミスティアは提灯に明かりを灯し、調理を始める。
彼女の華麗なる手さばきで、あっという間に料理が出来上がった。
八目鰻の蒲焼き、白焼き、鰻重、肝の吸い物にひつまぶし・・・
彼女が作る料理が次々と妖怪達に振舞われ、即席で作られたテーブル席はあっという間に満席。
客の大半が立ち食い状態だったが、それでも皆満足そうに箸を進めていた。

「・・・ねえ、リグル」
「何?」

お客による宴会が盛り上がる最中、ミスティアはリグルを呼び出した。
ルーミアとチルノはお腹一杯になって眠り、橙は猫達用の料理を持って帰って行った。
幽香と鈴仙はすでに帰宅したのか、妖怪達で開かれている宴会の輪の中にはいない。

「・・・ありがとう」

涙を浮かべ、リグルに感謝の言葉を述べるミスティア。
リグルは最後の屋台営業の為に奔走し、永遠亭に担ぎ込まれながらも頑張り続けた。
その結果、屋台にはいつもよりも多くの妖怪で賑わった。最後には丁度いい。
勿論、チラシを作ってくれたルーミアやチルノに橙、チラシを配ってくれた幽香にも感謝している。

「ありがとうだなんて、恥ずかしいよ。
私も、ルーミアも、チルノも、橙も。そして多くの妖怪達も。
・・・皆、ミスティアの屋台が大好きなんだ!!」

満月の下で叫ぶリグル。その声に続くように、周りの妖怪達も大歓声を上げる。
ここにいる全員が、紛れもなくこの屋台のファンなのだ。
ミスティアは涙を流しながら、妖怪達に向けて感謝の言葉を述べた。

「皆さん、本当にありがとう!私の屋台は少しだけお休みするけど、
必ずや再開してみせます!最後に、私の歌を聴いて下さい!!」

透き通るような声で、自分の得意な歌を披露するミスティア。
その歌声は心に響き、ミスティアと共に涙を流す妖怪の姿もあった。
・・・歌声は夜が明けるまで響き続け、感動と喝采の中、最後の日の営業が終了する―――



* * * * *



・・・あれから数日経過したが、リグルは未だにあの日の出来事を忘れてはいなかった。
夜明けと共に提灯の光が消え、もう霧の湖に屋台が出る事は無い。
しかし、ミスティアは必ず屋台を開くだろう。それがいつになるかは誰にも分からない。
明日にでも開くかもしれないし、数年たっても開かないかもしれない。
・・・それでもリグルは待ち続ける。再び屋台が開く日を、ミスティアの歌を聴きながら、八目鰻を食べられる日を。



「・・・だって、屋台が好きだから」
屋台最後の日、少女達は何を見るのか―――
愛されるっていいですよね。
もう・・・ニートしてもいいよね・・・?
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コメント



0.1300簡易評価
3.90雑賀衆削除
良かったです。みすちー屋台復活の日は来るのでしょうかね?
4.80名前が無い程度の能力削除
こいつはなかなかの作品だ……
ただ、チルノとかルーミアって酒飲めるのか、と思った。
9.80GUNモドキ削除
とうとう値段の高騰が幻想郷にまで・・・。
現実だと石油価格の高騰やら食料自給率やらが主な原因ですけど、幻想郷なら・・・ま、まさか!、あの亡霊嬢が自給率を低下させているのか!?
12.10名前が無い程度の能力削除
ちょっといい話みたいなのを書こうとするのはいいですが、そのために幻想郷に生きる人間達を身勝手な設定で
貶めるという作者の行為に心底呆れました。今までの作品もそうですが外から変な設定捻じ込んでばっかりで
作品としての東方が別に好きではないというのがよくわかりました。
13.80名前が無い程度の能力削除
とても深い話だと思いました。
これをみてると今は無き屋台や、追いやられる小さな店舗を思い出します。
古きよき飲食店が段々なくなってくると寂しいです。

>>人間ってのは本当に贅沢な生き物
これは本当なんですよね。馬鹿にしているわけではなく、風刺。言う私もその贅沢人間の一人ですが
"売り物にならないから"というのは確かにそうですが、捨てるのはちょっと勿体無いですよね。

-20の要因は...、感想を一通り見ている方は大体わかると思います。
15.70名前が無い程度の能力削除
貶めてるようなのは自分は感じられなかった。
どこか青春の気概のような皆の熱い思いが何とも良かった
ただみすちー、泥鰌使えばよかったじゃんというツッコミは無しかな