レミリア・スカーレットは吸血鬼である。
だから当然のごとく、生活時間帯は夜が中心だ。月が昇る頃に目覚め、朝日が顔を出す頃に眠る。姉妹揃って似たような生活をしているもんで、自然とメイド達の生活も夜型になってしまった。
だがしかし、何も一年の間ずっと夜型の生活をしているわけではない。昼型の人間が夜更かしするように、吸血鬼だって昼型の生活になってしまうことがある。
早朝。霜が降り、雀が囀る気持ちの良い朝。
食卓の準備をしていた咲夜は、主が入ってくるのを確認してから朝の挨拶を交わす。
「おはようございます、お嬢様」
「ん、ああ、おはよう。咲夜、新聞」
「はい、こちらに」
文々。新聞を手に取り、お行儀悪くあぐらをかくレミリア。普段なら咎めるところだが、生憎とここはい草の香りが漂う和室。正座などできるはずもないレミリアにとって、残された座り方はあぐらか、体育座りの二種類しかなかった。
和室で幼女を体育座りさせるなど、危ない趣味の人と疑われかねない。咲夜は行儀の悪さに目をつむりながら、ちゃぶ台に朝食を用意していく。
「『地霊殿でカレーパーティ。これぞまさしくカレー殿』、ふむ、相変わらず寒いわね。さて、テレビ欄テレビ欄」
一面を軽く流し読みしたかと思えば、すぐに裏返される新聞。だったら最初からテレビ欄を見ろよと何度も思うのだが、そこは吸血鬼のプライドが許さないらしい。たかがテレビ欄にプライドを持ち出すこと自体が、そもそもみっともないと思う。
「お嬢様、たまには経済欄もごらんになったらどうですか?」
「嫌よ、訳分からないんだもの。それより、今日の四コマはいまいちね……オチが弱いわ」
新聞の四コマにどれだけの笑いを求めているのか。呆れながらも、しっかりちゃぶ台の上には本日の朝食が顔を並べていた。
白いご飯に、味噌汁。焼き魚に卵焼き、はては納豆に海苔と完璧な純和風の食卓だ。咲夜が作ったわけではないので味の保証はできないが、見た目から察するにまずくはないだろう。
そこでタイミング良く、美鈴が姿を現した。
「ふわぁ……おはようございます」
「おはよう。美鈴、あなた顔ぐらい洗ってから来なさいよ。だらしないにも程があるわ」
「ああ、すいません。ちょっと寝過ぎちゃって」
この頃、とみに疲れが溜まっていると零していた。久々の休暇で、心身共に休むことができのだろう。
寝過ぎた事について口うるさく言うつもりはないが、やはりみっともない格好の従者が食卓に座ることは好ましくない。
「まったく。ちょっと顔洗ってきなさい。朝食は逃げたりしないから」
「消えるかもしれないけどねー」
レミリアの茶々に苦笑しながら、美鈴はそそくさと消えていった。
入れ替わるように、今度はパチュリーと小悪魔がやってくる。
「おはようございます!」
「……おはよう」
明暗がはっきりと別れた挨拶だ。どちらが小悪魔で、どちらがパチュリーかは説明せずとも理解できる。
醤油差しに醤油を補充しながら、咲夜も挨拶を返す。
「おはようございます。そういえば、フランドール様はまだ寝ておられるのですか?」
「どうなの、小悪魔?」
「うーん、まだ寝ているんだと思いますよ。誰かが起こさない限りは、基本的に起きない方ですから」
年中地下室で過ごしているだけあって、フランドールは紅魔館で一番時間の感覚が無い。夜型とか昼型とか、そういうレベルの話ではないのだ。
寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。日の差し込まない地下室では、そういった生活が一番合うのだとか。ただ吸血鬼の本能が時間を察知しているのか、やや夜型寄りの生活らしい。
「仕方がないわね。私が起こしてくるわ」
「お嬢様は駄目です」
やにわに立ち上がろうとするレミリアを、冷静に咲夜が止める。案の定、不満そうな顔で睨み付けてきた。
「お嬢様は起こされるついでに、いらぬ悪戯をするでしょう。それで怒ったフランドール様と弾幕ごっこをして、何度館が壊されたことか」
「いいじゃない。ちょっとほっぺをつつくだけよ。餅と妹のほっぺは突くものだって、どっかの偉人も言ってたわ」
そんな事を言う偉人がどこにいるのか。もしも本当にいたとしたら殺人ドールだ。
レミリアの肩を押さえ、ゆっくりと座らせる。さしたる抵抗もなく、渋々といった顔でレミリアは再びあぐらをかいた。
「おっはよー!」
天真爛漫な挨拶をするのは、話題に上っていたフランドール嬢であった。美鈴に肩車されながらの入場だ。
「あらフラン。朝から随分とはしたない真似してるじゃない」
と、あぐらをかいている吸血鬼が言う。
「良いでしょ? 珍しく早く起きたから、美鈴に肩車して貰ってるの!」
「貰ってるの、じゃないわ。降りなさいフラン。そんな格好、吸血鬼がするもんじゃないわよ。そして、早く私と変わりなさい」
「して欲しいんですか……肩車」
その後、二人を肩車した美鈴はちょっとした疲労感と共に食卓についた。
反対に、スカーレット姉妹はいたくご機嫌だったという。
「納豆かき混ぜるの疲れた。小悪魔、後は頼むわ」
「はいはい」
「咲夜。この魚、骨多い」
「いま取ってあげますから、少々お待ちください」
「私のも! 私のも!」
「美鈴、やってあげなさい」
「フランドール様、カルシウムを採ると骨が丈夫になるんですよ」
「楽しようとするな」
などと、賑やかに食事を進める紅魔館の面々。
咲夜が来たときから部屋の隅にいたウドンゲは、言おうか言うまいか悩んでいた事をついに口に出す。
「あなた達、馴染みすぎ」
迷いの竹林が遙か奥。輝夜姫が住む此処を、人はこぞって永遠亭と呼んだ。
何故、紅魔館の面々が永遠亭で朝食をとっているのか。
話は昨日の夕方まで遡る。
「死ぬまで借りるぜ」
「ならここで死んで返せ」
いつものやりとりが行われ、いつものように最後は弾幕ごっこで決着がついた。魔理沙とパチュリーが出会う度の恒例行事みたいなもので、今ではもう誰も止める者などいない。
「生憎と、私は太く長く生きる予定なんでな。死ぬにはまだ早い」
ただ普段と違うところがあるとすれば、それはこれが二日連続で行われたことか。
激しい弾幕ごっこの末、大図書館はいつものようにほぼ無傷だった。しかし、それを収容する紅魔館の方は無事では済まない。
ファイナルマスタースパークで館の半分は吹き飛び、日常生活をおくるには非常に不便な佇まいへと変貌していた。しかし、紅魔館の修繕組は優秀だ。美鈴を筆頭として、このぐらいの崩壊なら半日で直すことができる。
だが、さすがに二日連続での作業は堪えるらしい。美鈴を筆頭とする修繕組から、せめて二日ほど休ませて欲しいとの嘆願があった。
しょうがなく、咲夜はその願いを聞き入れた。あまり無理をさせて、大量の病人を出しては意味がない。確かに妖精メイドはあまり働かないけれど、それなりに数がいないと困ることが多々あるのだ。
そうして二日ほどの休息が与えられることになったのだが、そうなると困ったことに寝床がなくなる。まさか野宿するわけにもいかず、当初、紅魔館側は博麗神社に住もうと打診した。
だが、折しも博麗神社は間近に大きな宴会を控えており、吸血鬼が寝泊まりするには不適切な環境だと断られる。こうなると、もはや贅沢を言っている場合ではなかった。
最終的には美鈴の意見で、永遠亭に一時的な居候をすることで決着を見た。永琳はあまりいい顔をしなかったが、了承はしてくれたので問題ない。
ちなみに妖精メイド達は他にあてがあるらしく、それぞれ思い思いの場所へと散らばっていた。永遠亭にお邪魔したのは、いつもの主要メンバーだけである。
「馴染みすぎだって、咲夜」
「遠慮しすぎよりはマシだと思います。それはさておきお嬢様、海苔も食べないと駄目ですよ」
「いいじゃない。少しぐらい弱点がある方が可愛げがあって」
「お嬢様は弱点が多すぎです。それに種族の弱点ならともかく、個人の好き嫌いまで許すつもりはありません。ほら、一枚だけでも良いから食べてください」
「やー! だって、それ歯にくっつくんだもん!」
戦線離脱を計るレミリア。だが、すんでの所で足を咲夜に掴まれる。
抵抗を続けるレミリアだったが、鼻をつままれて無理矢理に海苔を口に放り込まれた。さすがにそれをはき出すわけにもいかず、不服そうな顔で租借する。
普段と何一つ変わらない光景だ。
「咲夜の馬鹿……」
「お嬢様の好き嫌いが無くなるのであれば、馬鹿でも構いません」
「うー」
食事中はカリスマのスの字もないレミリアだが、満月の夜ともなれば思わず膝をつきたくなるほどの威厳とカリスマに満ちている。俄には信じがたい話だが。
「そういえば、永遠亭の連中は食事に来ないのかしら?」
ふと沸いてきた疑問。咲夜の質問に、ウドンゲは苦笑を返す。
「姫様や師匠は基本的に自室で食事をとるから、あまり集まって食べることはないわよ。てゐや兎達とは希に食べることがあるけどね」
「紅魔館も同じようなものよ。ウチも基本的に引きこもりばかりだから」
ウドンゲは目を丸くする。大家族ですと言われても違和感がないほどにアットホームな雰囲気を醸し出しているのに、これは極希なことだという。
確かに咲夜とレミリアはいつもこんな感じだが、パチュリーは図書館から出てこないし、フランドールは地下室にいるし、美鈴も門番をしながらの食事だ。一堂に会しての食事など、それこそ宴会でしかない。
だからだろう。やたらフランドールのテンションが高いのは。
楽しそうなフランドールを見ていると、こういう食事もたまには良いかと思えてしまう。対照的に、パチュリーは至極嫌そうな顔をしていたが。静謐や沈黙を好む魔女には、この騒がしさが毒のようだ。
「納豆できましたよ」
「ありがとう。ほら、レミィ。納豆できたわよ」
「そんな混ぜすぎた納豆なんて食べる価値ないわ。納豆は適度に混ぜたのが一番美味しいのよ。混ぜすぎた納豆なんかパチェが食べればいいじゃない!」
怒るだけ怒らしておいて、パチュリーはそれもそうね、と納豆に醤油を混ぜる。どうやら、怒るレミリアが見たかっただけらしい。難儀な魔女である。
「あ、私ちょっとお手洗いに行ってきますね」
席を立つ美鈴。つられるように、咲夜も後を追う。
先に食事を済ませておくべきかもしれないが、どうしても気になったのだ。寝癖が。
美鈴に身だしなみを整えろと言った手前、いつまでも放っておくわけにはいかない。よく見なければ気にならないレベルだが、瀟洒なメイドに寝癖など許せるわけがなかった。
洗面所で手入れを加え、満足がいったところで食卓に戻る。
と、足を止めた。
曲がり角の向こう側から、美鈴と永琳の会話が聞こえてくるではないか。似ているのは名前だけで、とても共通点があるとは思えない二人の会話。
やっぱり家政婦たるもの盗み聞きはデフォルトのスキルよね、と自分を誤魔化し聞き耳を立てる。
「これで良かったんですか? 言われた通り、永遠亭を勧めてみましたけど」
「ええ、上出来よ」
「まぁ、こっちとしては寝床と食事が確保できるんでありがたいんですが。どうして自分で誘わなかったんですか? なにも、私を通す必要は無かったと思うんですけど」
「あなたの役目はここで終わりよ。これ以上は不必要に首をつっこむことになるわ。そうなったらどうなるか、あのメイド長に鍛えられたあなたなら理解できるでしょう?」
永琳の声音が、冷たく容赦のないものへと変わっている。
身の危険を察知したか、美鈴は少し動揺した声で、わかりましたと返した。
二人はそのまま別れ、後には聞き耳をたてる咲夜だけが取り残される。
「美鈴が永遠亭なんて言い出すから、おかしいとは思っていたけど。これは何か裏がありそうね……」
どうして、永琳はレミリア達を永遠亭に呼び寄せたのか。
てっきり滞在を嫌がってると思っていたのだが、どうやら現実はまったくの反対らしい。
少し探ってみるか。
警告はされたものの、あれはあくまで美鈴に対して。それに警告されたぐらいで止めるようなら、紅魔館のメイドは勤まらない。
まずは美鈴に話を聞くべきだ。
美鈴の後を追い、呼び止めた。美鈴は何気ない仕草で振り返ったが、その目は泳いでる。先ほどの密談を、やましいことと考えている証拠だ。
「単刀直入に言うわ。さっきの永琳の会話について、もっと詳しく聞かせてちょうだい」
いきなりの核心。言い訳を考える暇すら与えない。
美鈴は気圧されたように顎を引っ込め、やがて諦めたように口を開いた。
「そんなに期待しているほど、何か知ってるわけじゃないですよ。私も不審には思ってるんですけど、何が目的なのかは知りませんし」
「わかってるわよ。とにかく、あなたが知ってる事を知りたいの」
辺りを確認して、咲夜に近づく美鈴。声が漏れないように手を添えながら、小声で囁きかけてくる。
「ついこの前、もしも何か紅魔館に住めないようなことがあったら永遠亭に来るといいわ、って言われたんです」
咲夜は眉をひそめた。誘うにしてもタイミングが良すぎやしないか。
「私としては、おそらく魔理沙は永琳さんに唆されたんじゃないかと思ってます。さすがに二日連続で来たのは、昨日が初めてですし」
不思議には思っていたのだ。どうして、二日連続で魔理沙がやってきたのか。
彼女曰く、借りた本を読むには最低でも三日はいるらしい。もしも借りる事に失敗すれば、連続で来てもおかしくはないのだけど。
それもすべて、永琳が裏で糸を引いていたと考えれば納得できる。あの医者は頭も切れるし、魔理沙を唆すくらいわけないだろう。
だが、そうなると気になるのはやはり目的。どうして、紅魔館の面々を住まわせるような真似をしたのか。
考えても答えは出ない。
「パチュリー様なら、何か知ってるかもしれませんよ。お嬢様は、知ってても教えてくれませんし」
もっともである。咲夜は美鈴に別れを告げ、パチュリーを探し始めた。
曲がり角の影で、永琳がこちらの様子を窺っていたことも知らずに。
廊下を歩いていると、ここが永遠亭なのだとつくづく思う。
すれ違うのは兎ばかり。人型に化けたのもいれば、そのまま兎のやつもいる。妖精メイドを見慣れた身としては、これはこれで新鮮だ。
永い廊下を歩いていると、書庫と掲げられたプレートが目に入る。本来はもっと別の部屋を宛われていたのだが、どうせここで寝泊まりするから要らないとパチュリーが拒否したのだ。
そして言葉通り、ここで朝から次の日の朝まで書物を読みあさっている。今日も、おそらくは本に囲まれているのだろう。咲夜からしてみれば何が楽しいのか分からないが、レミリアに従う咲夜の楽しさもパチュリーにはわからないだろうから、おあいこだ。
「パチュリー様?」
驚かせないように小さな声で問いかける。襖の向こうから「はーい」と声が返ってくるが、パチュリーがそんな元気な返事を返すわけがない。小悪魔だろう。
「何か用ですか?」
案の定、襖を開いたのは小悪魔だった。肩越しに、黙々と本を読み続けるパチュリーの姿も見える。
「用って程じゃないけど、少しパチュリー様にお尋ねしたいことがあって。いま、無理かしら?」
後ろを振り返る小悪魔。パチュリーは咲夜が訪ねてきた事すら気づかずに、視線を本に向けている。
よくよく見れば、隣には慧音がいた。だがこれもまた、咲夜に目を向けることもなく書物に没頭していた。格好こそ違う二人だが、やってることは大差ない。
「あの、パチュリー様。咲夜さんが何かお尋ねしたいことがあるそうですよ」
小悪魔の言葉も無視。パチュリーは微動だにしない。
仕方ないですね、と小悪魔は突然来客用のスリッパを脱ぎ始めた。
そして気持ちの良い音が部屋の中に響く。
頭を押さえて、パチュリーは恨みがましく小悪魔を睨み付けた。
「何するのよ」
「パチュリー様。咲夜さんが話があるそうです」
確かに話はあるが、こんな恨みを買うようなやり方で気をひいても困る。
案の定、パチュリーの恨みの対象は小悪魔から咲夜に移った。小悪魔は素知らぬ顔で、スリッパを履き直している。
ちなみに慧音は騒動などどこ吹く風で、相変わらず本に夢中だ。集中するのは良いことだけど、少しは助けてくれないかと淡い期待を抱いてみる。無駄だけど。
「私に何の用?」
声色は冷たく、視線は厳しい。早く本を読みたいのよという心の声が、能力もないのに伝わってくる。咲夜は何と答えたものか考え、素直に尋ねることにした。
「実はですね……」
永琳と美鈴の会話。美鈴から聞き出したことを話す。
最初は真面目に聞いていたパチュリーだが、やがて本を開き、最後はまるっきり読書をしたままの体勢に戻っていた。相づちを打つこともないので、本当に話を聞いてくれたのか甚だ疑問である。
一通り説明し終えた咲夜。パチュリーは相変わらずこちらを見ようともしない。
「あの、それで八意永琳は何を企んでいるかわかりますか?」
一瞬だけ目の動きが止まり、代わりに口が開いた。
「わからないわ」
あっさりとした敗北宣言だった。思わずガクリと肩を下げる。
パチュリーは本を閉じることもなく、言葉を続けた。
「それだけの材料では推測も難しいし、そもそもアレの思考は推測できるようなもんじゃないわ。考えるだけ無駄よ」
「ですが、何か企んでいるのは事実ですし……」
「別に追い出されるわけでもないし、それほど気にしなくても良いんじゃないの?」
楽観的なパチュリーに、咲夜は困った顔で腕を組む。パチュリーからしてみれば、興味深い本があればどこでも変わらないのだろう。彼女が動くとしたら、それこそ野宿の危機が迫った時ぐらいか。
これ以上追求しても成果は得られそうにない。礼をして立ち去ろうとした咲夜を、慧音が引き留めた。
「横から聞いていた私の推測で悪いが、おそらくお前達の誰かが目的ではないのか?」
「多分そうでしょうけど、それが誰で、何が目的なのかがわからないのよ」
壁にもたれかかりながら、ふむ、と慧音は顎に手をおいた。
「考えられる可能性としては、珍しいサンプルの調査か。吸血鬼に魔女、果ては時間を操れる能力者。サンプルを採るには絶好の場所だからな、紅魔館は」
あの医者ならば、興味のためにそれぐらいの事をしてもおかしくはない。現に、咲夜も外にいた頃は何度も研究者と呼ばれる連中に追い回されたものだ。
連中は研究の為なら、人であることを捨てられる。
だとしたら永琳も。いや、そもそもアレはもう人では無かった。
「私たちが目的というのは、確かに考えられることね。ありがと、参考にはなったわ」
「ああ、だが外れている可能性も考えておけ。私の推測など、外れる事の方が多い」
謙遜か警告か。いずれにせよ、次にすべきことは決まっている。
咲夜は小悪魔を軽く小突いて、部屋を後にした。
咲夜が探したのは、己が主レミリア・スカーレットの姿である。
勿論、レミリアがどうこうなるとは思っていない。彼女は幼い風貌に似合わず、この屋敷の主人格連中とも渡り合えるだけの力を持っている。そう易々とサンプルになるような吸血鬼ではない。
だが、報告をしなくては。時に情報は能力を超える。
それに、この手の話をしておかないと後が怖いのだ。
レミリアの姿を追って、屋敷を東奔西走する咲夜。やがて、ある部屋の中からレミリアの声が聞こえてきた。
「きゃー!」
悲鳴ともとれる、レミリアの甲高い声。
「お嬢様!」
血相を変えて、咲夜は襖を乱暴に開いた。
「きゃー! 超楽しいー!」
「あー、ずるいお姉様! 次は私ね」
「はいはい」
思わずずっこける。
部屋の中にいたのは、楽しそうに肩車して貰うレミリアと、羨ましそうにそれを見つめるフランドール。そして、苦笑いしながら肩車する妹紅の姿だった。
「あら、咲夜。どうしたの? あなたもやって貰う?」
畳に突っ伏せる咲夜に気づいたレミリアが、至極楽しそうに言った。下にいる妹紅は、あれを担ぐのは御免だなと顔をしかめる。安心して欲しい。咲夜は肩車をして貰いに、この部屋へ入ったのではないのだ。
気を静め、頭の中で情報を整理する。
「お嬢様、少しお話したいことがあります」
「……わかったわ。フランドール、替わってあげるわよ」
「わーい!」
「ただし! 帰ってきたら交代だからね!」
「えー、お姉様ずっこい」
「ずっこいとは何よ! 過度の肩車は幼い肉体に多大な負担を与え、骨格を歪めて肩こりや腰痛が酷くなるって猫背友の会の火焔猫会長もおっしゃっているのよ!」
「じゃあお姉様も駄目だよね。幼いもん」
「フラン!」
どこの会報誌で、そんな胡散臭い情報を手に入れたのか。これからは、もっと色々な所をチェックすべきかもしれない。咲夜は今後の予定に、新しいスケジュールを組み込んだ。
「あの、お嬢様。とりあえず話を聞いて頂きたいんですが」
「……で、何? 早くしてちょうだい」
ちらちらと妹紅の方を見ながら、急かすレミリア。そもそも、どうして妹紅が肩車なんぞしているのか。それも気になったが、尋ねれば長くなりそうなので止めた。
「実は我々が此処に泊まる事になった経緯ですが、どうもそれに八意永琳が絡んでいるようなのです」
「つまり、アレが裏から私達を招いたってこと? 知ってるわよ、それぐらい」
考えてみれば、レミリアはある程度の運命を見ることができる。このぐらいの情報なら、むしろ最初から持っていてもおかしくはない。
だが、その目的までは把握してないはずだ。慧音の推論ではあるが、危険性は伝えないといけない。
「あるいは、の話なのですが八意永琳は我々を研究のサンプルとして招待したのはないでしょうか?」
「サンプル? ああ、なるほど。確かに私たちほど研究に打って付けの人材はいないものね。筋は通っているわ、でも違うわよ」
「は?」
不適な笑みを携え、レミリアは咲夜を見上げる。
「サンプルを採るというのは、ある意味正解かもしれない。でも我々というのは大いなる間違いよ、咲夜。八意永琳が欲しているのは、あなただけなんですもの」
言葉に詰まる。
まさか、レミリアは永琳の目的に気が付いているのか。いや、それよりも自分が目的というのはどういうことなのだろう。
危険性という点では、レミリアも咲夜も同じぐらい危ないというのに。
咲夜は黙り、レミリアは言った。
「気を付けた方がいいわよ、咲夜。私は助けたりしないから」
冷たいともとれる発言だが、絶対の信頼ともとれる。咲夜は後者であることを願いつつ、わかりました、と頭をさげる。
満足げにレミリアは頷き、
「フラン! そろそろ私と替わりなさい!」
一気に精神年齢が下がったような態度で、妹紅の所へ駆け寄った。
居間に戻ってきた咲夜。ちゃぶ台の上は綺麗に片づけられていた。おそらく、ウドンゲがやったのだろう。
代わりに幾枚かの煎餅と、ポテトチップスが袋ごと置いてある。
そしてテレビにかぶりつく、姫と兎と門番。
「よし挟んだ! ざまぁ!」
「ふふふ、姫様。私の真価はみそボンにあるんですよ!」
「アイテム、アイテム……」
テレビからはコードが伸びており、その先には白い機械があった。機種名までは知らないが、テレビゲームであることぐらいは覚えている。
紅魔館には置いてないが、神社で巫女がたまにしているのを見かけることがあった。
白熱する三人をよそに、咲夜は炊事場の方へと向かう。
永琳に直接問いただしたとて、おそらく答えはしまい。ならば、攻めるのはまず馬から。いや、この場合は兎からか。
炊事場には案の定、ウドンゲがいた。背中越しに皿を洗う手つきが見える。思わずスカウトして、紅魔館の炊事班へ推薦したくなるような腕前だった。どれほどの苦労をすれば、あれだけ見事な皿洗いができるのだろうか。
咲夜が入ってきた時にはまだ三人前ほど残っていた食器は、ほんの数十秒の間に処理されていた。
「ん? 何?」
ウドンゲがこちらに気づいた。タオルで手を拭きながら、不思議そうな顔をしている。
何と言ったものか。咲夜は考え、仕方なく最も手っ取り早い方法をとることにした。
来客用の笑みを浮かべたかと思うと、時を止め、音もなくウドンゲの背後に回り込む。月で軍人をやっていたとはいえ、時間を止めてしまえば対応できるはずもない。
再び時が動き始めた時、ウドンゲの首筋にはナイフが密着していた。
「あ、あの……」
「私はこう見えても気が短いから、答えは簡潔にお願いするわね。もしも誤魔化したり、関係のない事を言った瞬間にあなたは血を吹き出す噴水に変わるでしょう。わかった? わかったなら返事をして」
「……わかった」
酷く緊張した声だ。無理もない。
罪もない兎を脅すのは性に合わない。だが、相手は天才なのだ。普通の手段では真相へたどり着くことすら困難だろう。
ナイフを握る手に力をこめ、ゆっくりと口を開く。
「八意永琳が何か企んでいるようだけど、それについてあなたは何か知ってるかしら?」
「師匠が?」
意外なそうな声。演技か、はたまた本当に何も知らなかったのか。
しかし、一応は弟子なのだ。全く知らないという事は考えにくい。
「私たちを此処へ呼んだのは、永琳が裏で手を回してたからでしょ。どうして私たちを呼んだのか、それを知りたいのよ」
「知りたいのよと言われても、私は何も聞いてないし……」
嘘をついているようには思えない。
「ただ、最近師匠が何かこそこそとやってるのは気になってたわ。天狗や河童とも頻繁に会って、何かしようとしてるってことぐらいなら分かってたけど」
「天狗や河童?」
サンプル説が真実なのだとしたら、天狗や河童に会う必要など無い。どこかで推測を間違えてしまったのか。咲夜は黙りこくる。
その隙にウドンゲは身を屈め、慌ててナイフから遠ざかった。もうウドンゲから聞きたい事もないので、特に追いかけるような真似もしない。それよりも、今は天狗と河童だ。早く話を聞きに行かなくては。
主を置いて行くのは気が咎めるけれど、本人曰くむしろ狙われているのは自分の方らしい。ならば気を付けるべきは自分か。
一応周囲の警戒をしながら、咲夜は妖怪の山まで飛んでいった
河童と天狗に話を伺ったところ、天狗はカメラを提供し、河童はそれを取り付けただけだという。
ただ、その取り付けた所というのが、まさに咲夜の寝泊まりしている部屋だったのだ。
これはもう怪しいなんてレベルではない。確実に永琳は咲夜の様子を観察している。目的はまだ分からないが、少なくともマトモな人間は盗撮なんてしない。何か言えないようなやましい動機があるからこそ、人は盗撮という手段に走るのだ。
永遠亭に戻ってきた咲夜は、永琳の姿を捜した。さすがにこの段階までくると、答えないから直接聞くわけにもいかない、なんて悠長な事を言ってる場合じゃない。これだけの証拠があるのなら、さしもの永琳も口を割らずにはいられないだろう。
足音も荒く、廊下を歩く。すれ違う兎たちが、おっかなびっくりした顔で咲夜を避けていった。
やがて、永琳の自室までたどり着いた。無言で、襖を乱暴に開ける。
つんと、得体の知れない薬品の臭いが鼻を刺激した。あまり長居したくない部屋だ。思わず、咲夜は鼻を手で覆った。
部屋の中を見渡す。永琳の姿はない。どこかへ出ているのだろうか。
ならば、これは逆に好都合だ。この機会に部屋を物色し、動かぬ証拠を見つけておこう。
しかし、随分と探し甲斐のある部屋である。棚には見慣れない草や物体が所狭しと詰められ、机の上には乱雑に本が投げっぱなしにされている。メイドの本能が疼き、片づけたい衝動に駆られたが、そんなことをしている暇はない。
衝動を理性で抑え、物色を続ける。
と、それは棚の中を漁っている時のことだった。
「あら」
ちょっと力を入れただけで、魔法のように棚が横にスライドしたのだ。しかし何のことはない。よくよく見れば、棚の下にはスライドできるようレールが取り付けられていた。元々、簡単に左右へ動かせるよう置かれていたのだろう。
問題は、棚の裏だ。
棚を動かした先にあったのは、壁ではなく一枚の襖。
怪しい。露骨に怪しい。
だが、何かあるとすればこの向こうしかない。雑多にだが、既に部屋の中は物色しつくている。そして何も見つかっていない。
咲夜は息をのんだ。
そして、襖に手をかける。
躊躇いつつも、一気に襖を開いた。
「なっ!」
驚きの悲鳴を上げ、その後は声を失った。
手は襖にかけられたまま、身動きすらできない。
五畳ほどの部屋の中にあったのは、テレビと何かしらの機材。そして、壁が見えないほどに張られている写真の数々。
そのいずれもが、咲夜を写したものだった。
「どうして、私が……?」
ふらふらと幽鬼の如く、部屋の中へと足を踏み出す。
写真の中の咲夜は、どれもカメラを意識していなかった。おそらく、天狗辺りが盗撮していたのだろう。
とすると、機材は部屋を録画する為のものか。テレビをつければ答えがわかるだろうけれど、確かめてみる気にはなれなかった。
改めて、周囲を見渡す。
サンプルを採るためとはいえ、些かこれはやりすぎのように思えてきた。これでは、どちらかと言うとサンプルの為というより、ストーカーに近いものがある。
唾を飲み込む咲夜。
「見て、しまったのね」
ナイフを取り出しながら、入り口を確認する。
八意永琳が悲しそうな顔で立っていた。
「ええ、見てしまいました。そして、見てしまったからには対処しなければいけません」
「当然ね。私も対処しなくてはならないわ」
途端に緊張感が増していく室内。
「だけど、その前に聞かせて貰えるかしら。どうして私なのか。お嬢様でもパチュリー様でもなく、私だけを選んだ理由は何?」
永琳は一瞬だけ顔をしかめ、やがて諦めたように嘆息をついた。
「いいわ、教えてあげる。あなたにはその権利があるでしょうから」
探し求めていた答えが、ようやく咲夜の目の前に現れた。
一体、何が目的だったのか。
「あなたを盗撮したりした理由はただ一つ」
嬉々とした顔で、永琳は言った。
「それはあなたが美しいからよ!」
能力を使っていないのに、時が止まったような感覚を味わった。
ラーメンを頼んだのに、寿司が出てきたような気分だ。
何とかして理解しようと頭を動かすのだが、最終的には回答不能の四文字しかはじき出せない。
戸惑う咲夜をよそに、永琳は生き生きとした表情で主張を続ける。
「一目遭った瞬間から思っていたわ。あなたは美しい。そして、私によく似ている!」
ただでさえ軌道がずれていた話なのに、更にずれはじめたようだ。
「私は常頃から思っていたわ。どうして、私は私を抱きしめることができないのか。これだけ美しい女性が存在しているのに、見ることができるのは鏡の中だけ。それって、あまりにも残酷だと思わない? 思うわよね? 思って当然だわ」
三段階で自己完結しやがった。
そろそろ口を挟まないと暴走に歯止めが利かなくなりそうだが、咲夜はまだ必死に理解しようとしている最中だった。
復帰にはいましばらくかかる。
「そんな時に出会ったのがあなたなの。私に似て綺麗な銀色の髪といい、溢れ出る苦労人と忠臣が混じったオーラといい、全てが私そっくりだったのよ。だから、見た瞬間に思ったわ。これはもう手に入れるしかない」
ずれにずれた話は、どこかとんでもない所へ着地したようだ。さすがは月の民と言ったところか。
「盗撮させたり、一緒に住むように仕向けたりしたけど、結局は空しいばかり。鏡の中の自分を見ているのと大差ない行動だったわ。でも、あなたの方から会いに来てくれた。だったらもう、我慢する必要なんてないわよね!」
嬉々としていた永琳の表情が、更に輝きを増していく。
脳はまだ理解へと至っていないが、本能が警告してきた。
逃げろ。
太古の時代から連々と受け継がれてきた野性的なDNAが、咲夜にこの場から逃げろと告げている。
だが逃走本能をかき消すように、無情な音が部屋に響いた。
カチャリ。
襖なのに、襖なのに鍵を閉める音がした。
「言っておくけど、逃げようとしても無駄よ。この襖には特殊な鍵がついているから、複雑な開け方を知らなければ開けることはできないわ」
そう言いながら、一歩、近づいてくる。
狭い室内だ。一歩近づいてだけで、随分と二人の間が縮んだように思える。精神的な距離は離れていく一方だが。
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて、冷静になりましょう」
「私は至って冷静よ。ちなみにウドンゲは鈴仙よ」
「冷静じゃねぇー!」
興奮しているのは間違いない。何に興奮しているのか、考えたくもないが。
怯えながら下がる咲夜。
だが、無情にも背中に壁の感触が伝わってくる。
眼前の永琳、背後の壁。
逃げ場は無い。
最後に永琳は極上のスマイルで、
「大丈夫よ、それほどSってわけでもないから。痛くしないわよ」
とだけ告げた。
その直後のことだ。
隠し部屋の中からレミリアに助けを求める声が聞こえたのは。
「ん!」
はっと、レミリアは顔をあげる。
横にいた輝夜達が怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「どうしたのよ、急に」
わなわなと手を震わせながら、信じられないといった風に答える。
「開始一秒で、爆弾と壁に挟まれた……」
レミリアはゲームに夢中だった。
これでは永琳と咲夜の間に何が起こったのか分からないじゃないか
咲夜さんカワイソス
皿洗いのシーンで、何故か耳をたわしのように使って皿を洗うレイセンを想像しました。
タイトルが本題と関係なさ過ぎるあたりも、咲夜さんかわいそう!
だが、咲夜さんにたいする永琳の行動が・・・!
私的な部分なんですけどね、解ってはいるのですがどうにも。
咲夜さんはお嬢様とがジャスティス!という魂をもってしまっているので
レミリアお嬢様に助けてもらうという場面が欲しかったなぁ。(苦笑)
ま、そんなことを考える余裕もないくらい動揺してたんだろうけれども
>>「私は至って冷静よ。ちなみにウドンゲは鈴仙よ」
でしたw
みそボンから復活ルール有りなのか、ただ、みそボンからの一方的な嫌がらせが好きなのか・・・。
微妙にかっこいいぞ。
》「開始一秒で、爆弾と壁に挟まれた……」
あるあるwwwwwあるすぎてこまるwwwwwwww
⑪◇■◇
■■■■
■◇■◇
>「ならここで死んで返せ」
すばらしい押収wwwwwていうかこの手があったか・・・。
最後のえー×さく、ちょっと理由づけが甘かったかな、という感じでしたが
うん、まあ、お幸せに~。
どこを楽しんで良いのかよくわからなかったです。
>「開始一秒で、爆弾と壁に挟まれた……」
これはいいトラウマですね。
うん。普通に紅魔館かと思ったw
てか、どこの変人奇人列伝ですか、このえーりんwwwwwwww
永遠亭はこれ以上濃くなってどうするんだw
>「開始一秒で、爆弾と壁に挟まれた……」
これより残り火に当たるほうがあるあるな自分。
リモコンで自滅はいい思ひ出。
カリスマあってもなくてもおぜうさまかわいいよおぜうさま
スケートとらず火力限界まで上げて自爆してたのは私だけでいい……
紅魔で永6Aやるたび思い出しそうだw
みそぼん=てゐ
アイテム=美鈴
…ですね。
いやぁ、こういう紅永もいいですね。
最後のレミリアの台詞が全てを物語っています。
始め永遠亭だとは気付かなかった。
面白かった。