※結構なパロディ分やキャラ崩壊分を含みます。苦手な方はご注意を。
「ねぇ、チルノ。今度私に2ボスやらせてくれない? 一度でいいから」
この冬の寒い中、湖で遊んでいるチルノに向かってルーミアはいった。
特に異変もなく、お天道様も真上にきた真昼。チルノはいつものように大妖精やリグル、ミスティア、そしてルーミアと一緒に遊んでいた。皆で適当に弾を飛ばしたり他愛もない話で笑いあったり、それがいつもの五人である。
そんな中、ルーミアが突拍子もないことをいう。自分も2ボスをやりたいと。
「それは無理。だってあたいが2ボスしてるもん」
チルノはルーミアの申し出をすぐさま却下し、湖をただ凍らせるという全く無意味な作業に戻る。しかし断られたルーミアはそれをよしとせずに、更に食い下がる。
「いいじゃん、一度でいいから。一度だけ。私にも2ボスやらせてよ~」
「ダメだって。2ボスはあたいだから務まるの。ルーミアには無理」
適度に凍らせて、割る。何が楽しいのか分からない作業を延々と繰り返すチルノ。そしてそれを眺めつつ懇願するルーミア。
他の三人はいつの間にか陸に戻って焚き火で暖を取っている。
「頑張るからさ~。お願い~」
頼み込むルーミアの目を見ていれば、チルノも了承をしていたのかもしれない。それはルーミアの目がそれなりに真剣だったからだ。闇を操る程度の能力、という強そうな力を持っていながら何の因果か1ボスをしている自分にとって、2ボスというものは少し憧れるもの。ルーミアはできるなら、2ボスとして登場する瞬間を味わいたかったのである。
チルノはそんなルーミアを見ていなかった。湖に氷を張ることばかりに熱中していた。
だからチルノはいってしまう。空気を凍らせる、正しく氷の妖精としての一言をいってしまう。
「無理だって。2ボスは最強のあたいだからできるの。ルーミアみたいに弱っちいとダメ」
「あ? おい、今テメェ何っつったよ、⑨さるの」
チルノのその失言にルーミアが反応する。
ルーミアは自分がチルノと大差ない力量ということを理解している。なのに自分が1ボスでチルノが2ボスというのはきっと神か主かの意思であり、実力ではないと思っていた。
だがチルノはルーミアに向かっていった。自分の方が強いと、だから2ボスなんだと。
それはルーミアにとって聞き流せない言葉。だからつい言葉を荒立てた。
「さるの? 何、お前、死にたいの? 1ボス程度が2ボス様に逆らうの? あぁ?」
更にそのルーミアの言葉に過剰反応してしまったのが、チルノである。こちらも各所で色々とネタにされていて鬱憤が溜まっていた。そこをルーミアの一言がブチ抜いてしまったのだ。
「お前、運だけで2ボスになったくせに何偉そうにしてるんだ? 食い千切るぞ?」
「中ボスも自分でやらなきゃならない1ボスさんが何いってんだ? 故亡後無にすっぞ!」
ルーミアはヤンキー顔負けのガンを飛ばしながらチルノに詰め寄る
チルノは足元に張った氷を踏み砕きルーミアに向き直る。
「粉々? できるもんならやってみろよ、アイシクルフォール・イージーさんよ!」
「おう、いったな? いったな? テメェ、フルボッコにしてやんよ……」
鼻がくっつきそうなくらいの距離で睨み合うルーミアとチルノ。
互いに吐く二酸化炭素を交換しながら二人は同時にいう。
「「勝負だ! 完膚なきまでに叩き潰してやる!」」
二人の様子のおかしさに気づいた他の三人が慌てて戻ってきてはいるが、もう遅い。
闇の妖怪と氷の妖精の間には、もう既に勝負の約束が交わされてしまった。
幻想郷は今日も平和である。
あの激突から2日後の、陽光さすチルノの家の中。
チルノは大妖精に足を持ってもらいながら腹筋運動に励んでいる。勿論、次の勝負のために。
「じゅうなな~…………じゅうはち~…………じゅう⑨~…………にじゅう!」
目標だった二十回の腹筋運動を成し遂げたチルノはその身を重力に誘われるまま床に下ろす。
身体が悲鳴を上げているがチルノは気にしない。それよりも負けた時あげるだろう己の心の悲鳴の方がずっと辛いことを理解しているから。
「凄いよチルノちゃん! 最高記録を2回も更新してる!」
勝負が一週間後に決まってからチルノは修行に精をだしている。それをサポートするのがいつも一緒にいて、そして今回もチルノの傍にいてくれるという大妖精。
チルノを勝たせたい。その気持ちだけで食事の管理やトレーニングメニューなど、チルノの全てを手助けする大妖精のその姿はまさに女神。
チルノは彼女に感謝している。自分一人なら正直、どうトレーニングをしていいか分からなかった。しかし、彼女がいてくれることでチルノは自身が目指すべき指標と心の支えの両方を得ることができたのだ。これほど嬉しいことはない、チルノは純粋にそう思う。
腹筋の終わった今も、大妖精はチルノの足をしっかりと両手で押さえ、目は「動きがおかしい時にいうためだ」といった通りスカートの中に固定されたまま。チルノがいいというまで大妖精は離さない。これもチルノを思っての行動なのだろう。
「たまんないね」
大妖精はチルノのあまりの努力っぷりにたまらないようだ。
だが、チルノはこれくらいでは満足しない。していられない。
「大ちゃん、次のメニューは?」
腹筋運動によって乱れた息を早々に整えたチルノは次なるトレーニングを大妖精に求める。
この程度の修行ではやられかねない。あの時のルーミアの姿をみたチルノは本気でそう思っている。
しかし、負けるわけにもいかない。チルノには神か主っぽい者から2ボスとして選ばれたという自負がある。誇りがある。
「ん~。ちょっと待ってて、道具を持ってくるから」
名残惜しそうにチルノから離れ、道具を取りに別の部屋へと走る大妖精を見ながらチルノは思う。
自分のため、そしてここまで協力してくれる大妖精のため、勝たねばならない。
未だジンジンと痛むお腹を摩りながらチルノは立ち上がり、そしてグッと拳を握る。その拳に宿る力は昨日の自分よりも幾分強い。筈。
窓から燦燦と入り込む太陽の光。チルノは窓から太陽を睨み、叫ぶ。
「あたいってば、最強ね!」
声は散らばり消えていく。だが自分の中にはしっかりと残った。
最強。この言葉を嘘にしないために。1ボスに2ボスの強さを見せ付ける。
チルノは改めて勝負の勝利を誓った。
「チルノちゃん。次はこの体操服に着替えて、そしてこのウサミミをつけて兎跳びよ! カメラもしっかり準備しておくから安心して!」
「おー、ウサギ! ピョンピョン!」
「そして夜はベッドで寝技の練習よ!」
「これでルーミアなんかけちょんけちょんね!」
一方その頃ルーミアは、妖怪の山までやってきて滝に打たれている。
物珍しさ故にか、山に住む様々な妖怪が見物に来るがルーミアは気にしない。あまりの冷たさに感覚をなくした身体を、ただ滝に打たせるのみである。
ルーミアの身体のあちこちには切り傷。その傷は折れた枝や流れてきた小石が落ちる時にルーミアに掠って出来たもの。中には放っておくのは少々危険ともとれる傷もあるというのにルーミアはただ目を瞑り滝に打たれる。
ルーミアには滝の音など聞こえない。音の大きさにより、長時間流水に当たり続けた麻痺により、そしてあまりの集中力により、ルーミアは無音の境地にてただ瞑想を行う。
次の勝負、数日後に行われるチルノとの勝負ですべてが決まるといっていい。
その勝負において必要なものは何か。肉体的強さか、頭脳的賢さか。ルーミアはそのどちらも違うと思った。必要なものは心。静かに、しっかりとした心こそが、この勝負の決め手になるのではないかとルーミアは考えた。
チルノと自分の実力はさほど差がない。ならば無視できないのは意思の力。
ルーミアはこの短期間内に強くなることを放棄し、強くあることを選んだ。その為の滝修行である。天狗たちも行うこの修行で、ルーミアは己にない精神的な強さを求めた。
「さむい」
口を開けば水が入る。それをこれ幸いと飲みながらルーミアは滝に打たれる。
「おーい、ルーミア。鰻焼けたって~」
無音の境地にいたはずのルーミアの耳に、友人のリグルの声が聞こえる。
今ルーミアは滝に打たれ瞑想をしている。正直、鰻など食べている暇などない。
「そーなのかー」
ルーミアはそう返すと、すぐさま滝から出てミスティアの屋台に向かって走り出す。
空腹では出来ることも出来ない、効率が悪くなる。腹が減っては修行も出来ない。
「お疲れ様。ルーミア、どれ使う? いいキズぐすり? すごいキズぐすり?」
リグルがタオルを持ってルーミアを迎える。冷えた身体を温められるように屋台の傍に焚き火も用意しているあたり、良妻の素質があるといえるだろう。
「美味しいほう」
「それじゃあミックスオレにしとこう。はい、どうぞ」
パタパタとミスティアが八目鰻の焼きの最終調整をしている前で、ルーミアの頭を拭きつつコップにジュースを注ぐリグル。
リグルとミスティア。この二人がルーミアにつくことになった。誰もが口に出さずとも妖精組みと妖怪組みで分かれたのはやはり種族的な要因もあったのだろう。しかしそれを抜きにしても二人は、特にリグルはルーミアに献身的なサポートをしている。ルーミアが寒いといえば上着を、おなかが減ったといえば食べ物を。
「はい、できあがり。さぁルーミア、じゃんじゃん食べちゃってよ」
「いただきまーす」
目の前に出された熱々ホカホカの八目鰻。まだジュウジュウと音を立て、香り高い脂ののったそれにルーミアは齧り付く。噛めば噛むほどに口に広がる旨味は、ルーミアに修行の辛さとハングリー精神を忘れさせる。
「頑張ってるね~。滝に打たれてまで修行しちゃ、こりゃ私たちの勝ちかもね」
ミスティアがおかわり用の八目鰻を焼きながらルーミアに問いかける。
しかしルーミアから返ってくるのは意外な一言。
「まだまだ。これじゃあ分からない」
ガツガツと逃げもしない八目鰻を平らげるルーミアの目は笑っていない。チルノに対する慢心など今のルーミアには欠片ほどもないのである。
全ては勝利のために。その邪魔をするものは、例え己の中にあろうと排除する。それが今のルーミア。
「あのさ、ルーミア。なんでそんなに勝ちたいの?」
空いたコップにジュースを注ぎながら、先ほどから黙ってルーミアを見ていたリグルが質問する。別にそこまでする勝負ではないのではないかと。
それに対し、ルーミアはリグルの目を見ながら答える。
「最初は自分のために勝ちたかったんだけど、途中で目的が変わって、それでもっと勝ちたくなったの」
いい終わると同時にルーミアは八目鰻を齧りつつコップに手をかける。
そんなルーミアの答えに身を乗り出すリグル。その目はとても真剣で、どこか期待の篭った輝きが込められている。
「その、途中で変わった目的って?」
リグルの真剣な姿を見て、ルーミアは箸を置き静かに語り始めた。
「最初は自分がやりたかったから2ボスをかけて勝負をしようと思った。でも、私みたいに思っている人が他にもいるんじゃないかって考えてからは、その人達のためにも負けられない、勝とうって思ったの。下克上って程でもないけど、自分たちも上を目指せるんだって希望を持ってもらえるように、そのために私は勝つって心に決めたのよ」
少し恥ずかしそうに笑いながらルーミアは自身の心の内を語る。
そんなルーミアに、リグルは涙を流しながらいう。しっかりと手を握りながら己の心情を吐露する。
「私、私も2ボスをやりたかった。いつも1ボスで適当に扱われるのが嫌だった。でも私は心のどこかでそれを諦めてた。神か主に決められたんだから仕方ないって」
リグルは涙声で言葉を続ける。
「でも、でもルーミアは諦めなかった。自分で今回の勝負みたいに道を切り開こうとしている! 私は、それが羨ましくて、眩しくて……」
「うん、うん」
震えるリグルの背にルーミアはそっと手を伸ばし、お互いを抱くように身を寄せ合う。
狭い屋台の中で二人はお互いの心を、感情を分かち合う。
「絶対、絶対勝ってねルーミア。私も頑張ってサポートするから。2ボスなんてやっつけちゃってよ!」
「分かってるわ。1ボスの恐ろしさ、2ボスの野郎に刻んでやるわ!」
冬の風が二人の間を駆け抜ける。しかし、二人の間に結ばれた絆はそんなことでは揺るがない。
今、1ボスのルーミアとリグルは打倒2ボスを決心したのだ。
「あの、私がいたら……その、邪魔かな?」
ミスティアがもの凄く居心地の悪そうな顔で八目鰻を焼いているのはまた別の話。
「え? なんで?」
「ミスティアがいてくれないと美味しいご飯が食べられないよー」
「そう……。ならいいんだけど……」
「1ボスの意地を見せ付けてやるんだー!」
「2ボスを倒せー! 2ボスをぶっ殺せー!」
「……」
そして勝負の日がやってくる。
「どうもどうも、こんにちは! 面白い見世物が始まると聞いて飛んできました。私、勝手に実況をさせて頂きます、ブン屋こと射命丸文でございます。そして解説は格闘のプロである」
「最近本名で呼ばれるようになって嬉しいです。紅美鈴です」
「そしてその辺で暇を持て余していた」
「楽園の白黒こと魔理沙さんだぜー」
「以上の三人でお送りさせていただきまーす」
決戦の場として指定してあった湖のすぐ傍にあった広場には何故か特設リングが作られており、更には実況やら解説やらと頼んでもいない面々が集まっている。
天候は晴れ。風も穏やかな勝負日和であるというのにその点だけが残念だといえよう。
そんな中、今回の主役である二人がリングにあがる。
青コーナーにて準備運動をしているのは氷の妖精チルノ。口でシュッシュッと音を出しながら拳を交互に突き出すその動きからは並々ならぬ気迫を感じられる。
対して赤コーナーにてセコンドと打ち合わせをするのは闇の妖怪ルーミア。こちらはもう準備運動は終わったのか、打ち合わせ後はコーナーポストにもたれかかって時間を待つ。
両雄の準備ができたことをそれぞれのセコンドが伝え、ついに勝負が始まる。2ボスをかけた、どちらも負けられない戦い、それが今始まろうとしている。
「それでは皆さん、お待たせいたしました! 今から氷の妖精チルノVS闇の妖怪ルーミアの2ボス争奪勝負を始めたいと思います! 二人の繰り広げるであろう素晴らしい戦いにご期待ください!」
チルノとルーミア、そして他六名を包み込むゴングの音。
「ルールは何でもあり、時間は無制限。それでは勝負、開始!」
文の言葉と同時に、二人はリング中央に躍り出た。
それ程広くないリングの真ん中で、チルノとルーミアは対峙する。どちらも相手の一挙一動を見逃さないように、そしてすぐに対応できるように腰を落とし表情を読みあう。
一触即発。互いの顔をじっと見ながら二人は『手を出さない』という牽制を行う。後の先を取るつもりなのだろうか、どちらもジリジリと間合いを詰めては離す。
冬の風が囃し立てるかのように吹き荒むが、チルノもルーミアも動かない。
これは長期戦になるのか、両セコンドや実況・解説がそう思った瞬間に、動いた。
「ねぇルーミア。ハンデをあげよっか」
動いたのはチルノ。落としていた腰を元の高さに戻し、どうでもよさそうな表情でルーミアに語りかける。そう、まるで隻眼で筋肉モリモリの空手家のように。
「こっちは氷、使わないであげる。そっちは好きなだけ使っていいわ。どう? いいハンデでしょ?」
そのチルノに怪訝な顔をしつつもルーミアは言葉を返す。身体の各所にギミックを仕込んだ英国の死刑囚のように。
「……なら私も使わないわ」
「どうして? 使えばいいじゃない。使っていいっていってるのに使わないの? 本当に?」
チルノはニヤニヤ笑いながら続ける。そんなチルノを見てルーミアはスッと目を細めるだけ。
二人の視線の間に、見えもしない筈の火花が幻視される。その火花がどんどんと大きくなり、もうこれ以上膨らまないと思われたその瞬間。
「……くちゅん! あー、寒い寒い」
実況席の魔理沙からの可愛らしいくしゃみ。そしてそれを合図にルーミアが動く。
「馬鹿に、するな!」
拳をしっかりと握り、しかし力まず、無駄の少ない練磨された動きで、チルノの顎目掛けてルーミアが拳を振るう。
その一連の動きを見ながらもチルノは全く動く気配を見せない。ただ真剣な顔でその拳を眺めるのみ。
近づく。ルーミアの拳がチルノの顎に向かって突き進む。
当たる。チルノの小さな顎を、ルーミアの一撃が打ち抜く。
誰もがそう思ったその瞬間。
ルーミアの拳が打ち抜いたのは、薄く張られた氷の壁。
「……え?」
目を見開くルーミア。そして眼前には障害物により起動のずれた拳を楽々避けて懐に潜り込んだチルノ。
「だって、使わな――――」
「あんた馬鹿? 氷の妖精が氷使って何が悪いっていうのよ?」
いやらしい笑顔を貼り付けたチルノの拳が、今度はこちらの番だとルーミアに向かってはしる。
その拳をルーミアは避けられない。体勢が整っていないのは当たり前だが、チルノの意表をついた行動が脳に思考をさせる時間を与えてくれないからだ。
「沈んじゃないな!」
ルーミアの鳩尾を狙ったチルノの拳。普通の人間なら避けられないだろうその一撃を、
「っ!?」
漆黒の闇が邪魔をする。
一瞬にして闇に染まったその中で、チルノは自身の拳が空振ったことを理解した。そしてこの闇が一体なんであるのかも。
チルノはすぐさま身を引いて闇の範囲から離脱。二度バックステップを行うと、視界はいつも通り。目の前には漆黒の球体。光を通さぬ魔法の闇。
リング上に急に現れた黒い球。次第に小さくなったその中心にはルーミアが静かに佇んでいる。
「あら? 力は使わないんじゃなかったの?」
「よく考えれば、気紛れな妖精に付き合ってあげる必要もないじゃない?」
お互いの距離は勝負開始時と同じ、違うのは互いの立ち位置と相手への意識。
赤を背にしたチルノと青を背にしたルーミア。二人はにやりと笑いあい、そして己が敵へと飛び掛っていた。
「おー。中々面白そうな戦いですね。解説の美鈴さん、どう見ますか?」
「そうですね。要所要所の動きを見た限りでは、チルノ選手はボクシング、ルーミア選手は空手を主な形として使っているようですね」
「ほうほう。しかし、それではチルノ選手が不利では? ボクシングには蹴り技がないといいますし」
「ふふっ。ボクシングには蹴り技がない…………そんなふうに考えていた時期が私にもありま」
「お、普通に蹴ったぜ」
「えー……」
チルノとルーミアはリングの中だけでは飽き足らず、外も空も使って己の技を相手に向かって叩き付け合う。
チルノの放つ某黄金聖闘士のような絶対零度に近い凍気がルーミアを襲う。
「オーロラエクスキューション!」
「飲み込め! ヤミヤミ・闇穴道!」
それに対しルーミアは黒尽くめで無精ひげの太鼓腹オヤジの如くブラックホールを開き凍気を飲みつくそうとする。が、それでも余波防ぎきれなかったのか、ルーミアは距離を取ろうと後ずさる。それをチルノは逃がさない。
「いっきにいくわよ!」
ルーミアを追いかけながらチルノは氷片を飛ばす。飛ばし方は出来るだけ後退の邪魔になるように、しかし一度でも被弾したなら畳み掛けれるように数も方向も調整をして。
必死でかわし、逃げるルーミアをジリジリと追い詰めるチルノ。リング内外問わず、飛ばした氷片はパーフェクトフリーズの要領で空間に留めており、自分に有利な場を形成していく。
「どうする? ルーミア、降参してもいいのよ?」
「……」
空間を覆うチルノの氷片。それは弾幕ごっこでは見られない、それこそ回避不可能な弾の幕。
しかしそれでもチルノは手を緩めない。ルーミアへの氷片を更に増やし、完膚なきまでに叩き潰そうと空間を埋めていく。
「さて、本格的に逃げ道がなくなったわね」
逃げなかったのか、それとも逃げられなかったのか。ルーミアの周りにあった逃げ道は完全に消滅し、唯一空いている空間にはチルノ。絶体絶命といっても過言ではない。
「諦める? それなら半殺しで済ませてあげるけど?」
チルノは余裕の笑みで言葉を投げる。それに対してルーミアはただ黙すのみ。だが、それは決して諦めからではない。その目には必勝をかかげたもの特有の光を宿したまま。
そんな目を見てチルノは笑い、
「じゃあ、さよなら」
特大の、それこそ人一人簡単に潰せるだろう大きさの氷片、いや氷塊をルーミアに向かって放つ。
自身に向かう巨大な氷塊。それを見ながらルーミアはその身に宿る妖力を奮い立たせる。身体の奥から湧き出るその力を闇に食わせ、制御ギリギリまで高めた闇をその手に纏い、そして力強く宣言。
「ドランカーシェイド」
ルーミアの前に出来たのは壁。ルーミアをすっぽり覆うような形の、しかし氷塊を防ぐにはあまりにも頼りない影の壁。だが、恐ろしい力を持つ壁。それはある格闘ゲームにおいて、飛び道具には無類の力を発揮する壁。
「なっ!?」
チルノの眼前で予想もしえなかっただろうことが起きる。ルーミアの作り出した一見脆弱そうなその壁が、チルノの特大の氷塊をそっくりそのまま跳ね返してきたのだ。
ルーミアを覆うようにして守るその壁。その力は飛び道具をそのまま跳ね返す。ただそれだけの効果しかない、壁としては心許ないもの。しかし、この場合はどうだ。チルノの放った巨大な飛び道具をどうにかする、その為に使うのであればこれほど頼もしいものはない。
事実、ルーミアは氷塊の危機から逃れ、それはそっくりそのままチルノを襲うという結果になった。
「……やるじゃない」
チルノは自身に向かって飛んでくる氷塊を指先一つで止めながらルーミアを褒め称える。自分が出した氷である。氷の妖精であるチルノには作るのも消すのも朝飯前。ちょっとした気の緩み。
だからその氷塊に隠れて近づくルーミアに、すぐには気がつかなかった。
「インヴァイトヘル!」
足元からチルノへと飛び出る漆黒のドリル。壁とドリル、どちらもある影の用いる技。ただの技でなく、敵を倒すために用いられる連続技の一部。くらえばそのまま持っていかれるだろう事は確実。
「チッ」
ドリルを避けるために崩れるチルノの体勢。それを見逃すほどルーミアは馬鹿でもお人よしでも、ない。
チルノの鳩尾に決まる、一撃。残念ながら最高の一撃とまではいえないが、まだ決定打のなかったこの戦いにおいて初めて有効と思われる一撃を、ルーミアが、チルノに、撃った。
「くっ」
この状況はあまりよくない。そう考えたチルノは早々に自分が有利だった空間を放棄し後ろに下がる。奇しくもそれは、数分前と同じ光景。違うのはルーミアがチルノを追わないこと。
「どう? まだいける?」
有利であるのに意識を一片たりとも弛緩させずにルーミアがチルノに問う。
そんなルーミアに対し、チルノはリングにその身を下ろしながら言葉を返す。
「当たり前よ。ごめんなさいね、ちょっと馬鹿にしすぎた」
本当に済まなさそうに顔を伏せチルノはいう。
それを聞ききながらルーミアは同じくリングの中へと下り立つ。
「だから、本気でいきましょうか」
そういい終わると同時に、今まで感じなかった凍気がチルノから滲み出る。その凍気にあてられてリングがどんどんと凍り付いていくがルーミアは気にしない。気にしている場合ではない。
チルノが本気を出す。氷の妖精として、2ボスとして自分に対して本気を出す。ルーミアはチルノから発せられる凍気に身体を震わせながら、しっかりと拳を握る。
その震えが恐怖によるものか、歓喜によるものか。ルーミアには分からないし、分からなくていい。
ただ大事なことは、自分の勝たなければならない相手がやっと土俵に上がってきた。ただそれだけ。
「望むところよ」
笑みを捨て、冷ややかな表情で自分を見据えるチルノに、ルーミアは己を奮い立たせてただ挑むのみ。
「うむ~。いい戦いしてるんですけど、なんというか……派手で凄いだけって感じですねぇ」
「まぁそれは仕方がないような。彼女たち自身、力が弱いですからねぇ」
「迫力に欠ける戦いだよなー。ほら、今もチルノが攻撃外して地面にダイブしてるし」
「なんか音はドーン、土煙もモクモク~っときていいんですが、地面が全然凹んでないあたりがシュールですね。っていうかむしろチルノ選手、手が赤くなってますよ、今ので」
「チルノ選手、飛び道具が通じないからと接近戦を挑んでいるようですが、流石に全部がテレフォンパンチじゃ当たるものも当たらな」
「お、当たってるぜ?」
「あーもー!」
ルーミアの拳が空を切る。それに合わせて叩き込まれるのはチルノの拳。
「っ」
よろめく身体を必死に立て直そうとする闇の妖怪に、氷の妖精はただ冷ややかに追撃をするのみ。
右から一発。左から一打。氷の礫でついでとばかりにもう一撃。
周囲に闇を展開させながらルーミアは後ろに下がる。しかしどんなに闇を展開させようと、飲み込む前にチルノの攻撃が身に刺さるだけ。本気を出したチルノは、闇でも飲み込みきれない速度でルーミアを追い立てる。
「がっ!?」
チルノの拳が顔面を捉え、その衝撃でルーミアは吹き飛ばされる。が、それで正解。
二人の距離が少し離れる。それだけで十分。
ルーミアは懐から一枚のカードを取り出しチルノに向けて翳す。
そのカードはスペルカードではない。外の世界より流れ来た、別のルールに則って行使される呪文カード。背には五つの色と五つの星、そしてMTGの文字。
「(黒)(2)、死よりも尚恐ろしきもの、『闇への追放』!」
ルーミアの宣言と共にチルノの周囲に収束される闇。そしてその闇の中からは無数の手。
この世に存在することを許しはしない、そんな言葉が聞こえてきそうなほど怨念に塗れた手。そんな恐怖の具現といっても過言ではないソレに、チルノも懐からカードを一枚取り出して、一言。
「(青)(青)、ソレは何の被害ももたらしはしない、『対抗呪文』」
黒に対抗するは青。宣言と共に発動するスペル。それは全てを否定する、冷ややかなる一手。
チルノの周りで渦巻いていた恐ろしきものはこの世に残ることを許されない。残るのは、ただの闇の残滓のみ。
氷の妖精は闇の妖精を見る。本気を出してからは攻められるばかりのルーミアを見る。所々が傷だらけ、服は破れてその機能を果していない箇所すらある状態。
「ねぇ、貴方。本気でやってる?」
開いた距離をそのままにチルノはルーミアに言葉をなげる。
「えぇ、本気でやってる」
ルーミアは体勢も表情もそのまま、油断なく構えつつ質問に答える。
「言い方が悪かった。貴方、全力でやってる?」
すぐに詰められる距離をチルノは詰めない。有利になるというのにやらない。
なぜならそれよりも重要なことがあるから。
目の前の妖怪が、チルノの予想の通りだとすると――――
「ごめんなさいね。全力ではないわ」
侮っている。自分を侮っているとしか取れない行動を、目の前の妖怪はしている。
それをはっきりさせるためならば、多少の有利などどうでもいいこと。
「違うの。侮っているわけじゃないの。ただ、分からないだけ」
ルーミアは距離を詰めず、かといって離れず、そのままの状態で言葉を続ける。
「自分で分からなくなるのよね。闇を操るっていうのがどんなことなのか。よく考えてみなさいよ、闇は状態でしょう? それを操るとはどういうことなのか」
妖怪はただ続ける。
「それで色々と考えるんだけど、どれもこれも違う気がするの。この身に宿る力をどういうベクトルで表せばいいのか分からない、判らない、解らない。だから本気だけど全力ではないわ」
己が力の方向が分からぬと闇の妖怪はいう。だから全ての力を出し切れないと闇の妖怪はいう。
そんな闇の妖怪に、氷の妖精はただいう。
「貴方は闇の妖怪でしょう? その貴方が操ればそれは闇。貴方が表せばそれが闇。貴方が使えばそれらは全て闇。下らないことをいってないで、全力できなさい」
妖精の言葉に、妖怪が笑う。戦いの最中、常に無表情で油断なく構えていた妖怪が笑う。
「待ってた。その言葉を待っていた。その許しを待っていた。ありがとう、氷の妖精。貴方の許しのおかげで、私は貴方を殺してあげられる」
いやらしい笑み。幻想郷のどこにも存在しない笑み。それは軽んじる笑み。片方の口を吊り上げ、片方の目を薄く瞑り、逆の目と口は大きく開かれた。嘲る者の笑み。
命を、歴史を、魂を、全てを軽んじる者の笑み。
「いいからかかってきなさい。己が力も出し切れない三下」
「いくぞ、いくぞ、いくぞ、いくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞ。今いくぞ氷の妖精。そして逝け」
笑みのまま闇の妖怪は手を合わせて、小さく言葉を世界に投げる。
「拘束制御術式参号開放!! 限外の限界!!」
瞬間、妖精と妖怪は闇に呑まれた。
「あやや……。ついに二人ともあの黒いのの中に入ってしまいましたねぇ」
「全く見えないですねー。どうしましょうか?」
「中がどうなってるのか全く見えないぜ……。暇だ、弾幕勝負でもするか?」
「お、いいですね。それでは私が審判させていただきましょう!」
「ってことは私が相手? でもあの二人放っておいていいんですか?」
「いいっていいって。セコンドもとうの昔に合流して井戸端してるくらいなんだしさ」
闇のリングで行われるのは純粋なる殴り合い。妖精も妖怪も、どちらも引くこともなくお互いをただ殴りぬける。
開放されたおぞましくも歓喜に満ちた闇は厳しく、そして優しく二人を抱く。呑みこまれれば逃げ出すことができない闇。光すら脱出することを忘れ包まれてしまう闇。そんな常人では数秒と持たない逝カレタ空間で、妖しき精と妖しき怪は己をぶつけ合う。
「あははははは、楽しいな。楽しいな妖精。ありがとう妖精。今、私はとても楽しい!」
妖怪の身体に妖精の放った強靭にして凶刃なる氷刃が突き刺さる。
だが、全く気にしない。傷が付いた傍から回復をするから。それが妖怪の身体機能。
「闘争。これこそが闘争。ごっこ遊びなんてふざけたものが遥か彼方に追いやった、追いやってしまったものを今私とお前が繰り広げている。なんと愉快なことだ」
妖精の身体に闇が刺さる。妖怪の足元から、後ろから、右から左から上から四方八方から伸びる闇の槍に妖精は貫かれる。が、その瞬間に闇は氷砕け、そこには妖精が佇むだけ。
妖精は消えない。妖精は再生する。妖精は自然の具現として、逆らう者に容赦はしない。
「くだらないものでお茶を濁さない私たちは、この闇の中で今最高の闘争を具現している。そうは思わないか氷の妖精」
妖怪が手を止めて妖精に語りかける。傷だらけの身体を再生させながら。今にもちぎれ落ちそうな左腕をそのままに、笑いながら妖怪は語りかける。これ以上ないどうしようもなく獰猛な笑みのまま。
「喋らないと闘えないのか妖怪。喋るな、ソレはコレをただ陳腐にするだけだ」
妖精は妖怪の言葉を一蹴する。氷で出来ているのではないかと思わせる瞳からは、氷を関するもの特有の冷えて冷めた視線。漂う凍気は依然として静寂、そして強強。
その言葉に、精も怪も再び動きだす。
「だって仕方がないじゃないか。もうすぐ終わってしまう、この楽しくも懐かしき時が終わってしまう。妖怪が妖怪としての本分を発揮しているというのに幕が下りようとしている。カーテンコールも望めはしない。これで終わってしまう」
妖怪は殴られながら、身体を刻まれながら惜しむように啼く。身を包む闇をあたりに撒き散らし、子どものように啼き喚く。
「嫌だから闘う。私はお前の下が嫌だったから、お前は下の私が挑むのが嫌だったから、闘う。そんな単純にして本質を剥き出した争いがどこにある? 幻想郷のどこにある? どこにもありはしない」
妖怪の左腕が氷の刃にてついに斬り飛ばされる。と、同時に妖精の肩を闇が貫き通す。痛みわけ。
そんな目を背けたくなるような惨劇の中でお互いは一秒足りとも止まらない。腕を切り飛ばされながらも腹を殴り、肩を貫かれながらも顎を打つ。氷も闇もただのおまけ。重要なのは自らの拳。生まれた原初に持ちえた力、形。相手を倒すために誰もが用いるそれこそがどんな能力より武器より素晴らしい。
「どいつもこいつも闘いに意味をつける。複雑で不可思議な理由をつける。飾り付けて一等美しいものに魅せようとする。そんな馬鹿なことがあって堪るか。そんな鍍金で覆い隠されて堪るか。地べたに這い蹲って泥に塗れる闘争を、優雅なお遊戯になんてさせて堪るか」
妖精に殴られ後ろに飛ばされる妖怪。また距離が開いた、開いてしまった。
「でも、ここで終わってしまう」
妖怪の身体はもう踏ん張ることすらできないくらい消耗していた。左腕の再生も始まることなくそのまま。つまり、妖怪にとって次が最後。
冷ややかな表情のまま、静かに佇む妖精。しかしこちらも必死。闇の妖怪が展開するこの闇の中にいる時点で妖精は身を磨り減らすことを強要される。だがそれをおくびに出さず、ただ淡々と目の前の敵を眺めるのみ。その身から漏れ出る凍気は止めないのか止められないのか。
ゆっくりと距離がつまる。二人は互いに残る全ての力を出し合い、ただぶつけるだけ。
「楽しかった。とても楽しかったよチルノ。ありがとう。さぁ、幕を引こう」
「そうしましょう。またね、ルーミア」
双方の視界が白光で満たされる。
その光は意識の白濁にしては眩しすぎ、なぜか轟音を伴っていた。
「で、なんであんたがそこにいるわけ?」
「流れマスパで私が2ボスになったからなんだぜ」
「……よく分からないけど、あんたが進む時はどうすんのよ」
「そりゃあ、顔パス?」
「くだらないことやってるのね」
「まったくだぜ」
「ねぇ、チルノ。今度私に2ボスやらせてくれない? 一度でいいから」
この冬の寒い中、湖で遊んでいるチルノに向かってルーミアはいった。
特に異変もなく、お天道様も真上にきた真昼。チルノはいつものように大妖精やリグル、ミスティア、そしてルーミアと一緒に遊んでいた。皆で適当に弾を飛ばしたり他愛もない話で笑いあったり、それがいつもの五人である。
そんな中、ルーミアが突拍子もないことをいう。自分も2ボスをやりたいと。
「それは無理。だってあたいが2ボスしてるもん」
チルノはルーミアの申し出をすぐさま却下し、湖をただ凍らせるという全く無意味な作業に戻る。しかし断られたルーミアはそれをよしとせずに、更に食い下がる。
「いいじゃん、一度でいいから。一度だけ。私にも2ボスやらせてよ~」
「ダメだって。2ボスはあたいだから務まるの。ルーミアには無理」
適度に凍らせて、割る。何が楽しいのか分からない作業を延々と繰り返すチルノ。そしてそれを眺めつつ懇願するルーミア。
他の三人はいつの間にか陸に戻って焚き火で暖を取っている。
「頑張るからさ~。お願い~」
頼み込むルーミアの目を見ていれば、チルノも了承をしていたのかもしれない。それはルーミアの目がそれなりに真剣だったからだ。闇を操る程度の能力、という強そうな力を持っていながら何の因果か1ボスをしている自分にとって、2ボスというものは少し憧れるもの。ルーミアはできるなら、2ボスとして登場する瞬間を味わいたかったのである。
チルノはそんなルーミアを見ていなかった。湖に氷を張ることばかりに熱中していた。
だからチルノはいってしまう。空気を凍らせる、正しく氷の妖精としての一言をいってしまう。
「無理だって。2ボスは最強のあたいだからできるの。ルーミアみたいに弱っちいとダメ」
「あ? おい、今テメェ何っつったよ、⑨さるの」
チルノのその失言にルーミアが反応する。
ルーミアは自分がチルノと大差ない力量ということを理解している。なのに自分が1ボスでチルノが2ボスというのはきっと神か主かの意思であり、実力ではないと思っていた。
だがチルノはルーミアに向かっていった。自分の方が強いと、だから2ボスなんだと。
それはルーミアにとって聞き流せない言葉。だからつい言葉を荒立てた。
「さるの? 何、お前、死にたいの? 1ボス程度が2ボス様に逆らうの? あぁ?」
更にそのルーミアの言葉に過剰反応してしまったのが、チルノである。こちらも各所で色々とネタにされていて鬱憤が溜まっていた。そこをルーミアの一言がブチ抜いてしまったのだ。
「お前、運だけで2ボスになったくせに何偉そうにしてるんだ? 食い千切るぞ?」
「中ボスも自分でやらなきゃならない1ボスさんが何いってんだ? 故亡後無にすっぞ!」
ルーミアはヤンキー顔負けのガンを飛ばしながらチルノに詰め寄る
チルノは足元に張った氷を踏み砕きルーミアに向き直る。
「粉々? できるもんならやってみろよ、アイシクルフォール・イージーさんよ!」
「おう、いったな? いったな? テメェ、フルボッコにしてやんよ……」
鼻がくっつきそうなくらいの距離で睨み合うルーミアとチルノ。
互いに吐く二酸化炭素を交換しながら二人は同時にいう。
「「勝負だ! 完膚なきまでに叩き潰してやる!」」
二人の様子のおかしさに気づいた他の三人が慌てて戻ってきてはいるが、もう遅い。
闇の妖怪と氷の妖精の間には、もう既に勝負の約束が交わされてしまった。
幻想郷は今日も平和である。
あの激突から2日後の、陽光さすチルノの家の中。
チルノは大妖精に足を持ってもらいながら腹筋運動に励んでいる。勿論、次の勝負のために。
「じゅうなな~…………じゅうはち~…………じゅう⑨~…………にじゅう!」
目標だった二十回の腹筋運動を成し遂げたチルノはその身を重力に誘われるまま床に下ろす。
身体が悲鳴を上げているがチルノは気にしない。それよりも負けた時あげるだろう己の心の悲鳴の方がずっと辛いことを理解しているから。
「凄いよチルノちゃん! 最高記録を2回も更新してる!」
勝負が一週間後に決まってからチルノは修行に精をだしている。それをサポートするのがいつも一緒にいて、そして今回もチルノの傍にいてくれるという大妖精。
チルノを勝たせたい。その気持ちだけで食事の管理やトレーニングメニューなど、チルノの全てを手助けする大妖精のその姿はまさに女神。
チルノは彼女に感謝している。自分一人なら正直、どうトレーニングをしていいか分からなかった。しかし、彼女がいてくれることでチルノは自身が目指すべき指標と心の支えの両方を得ることができたのだ。これほど嬉しいことはない、チルノは純粋にそう思う。
腹筋の終わった今も、大妖精はチルノの足をしっかりと両手で押さえ、目は「動きがおかしい時にいうためだ」といった通りスカートの中に固定されたまま。チルノがいいというまで大妖精は離さない。これもチルノを思っての行動なのだろう。
「たまんないね」
大妖精はチルノのあまりの努力っぷりにたまらないようだ。
だが、チルノはこれくらいでは満足しない。していられない。
「大ちゃん、次のメニューは?」
腹筋運動によって乱れた息を早々に整えたチルノは次なるトレーニングを大妖精に求める。
この程度の修行ではやられかねない。あの時のルーミアの姿をみたチルノは本気でそう思っている。
しかし、負けるわけにもいかない。チルノには神か主っぽい者から2ボスとして選ばれたという自負がある。誇りがある。
「ん~。ちょっと待ってて、道具を持ってくるから」
名残惜しそうにチルノから離れ、道具を取りに別の部屋へと走る大妖精を見ながらチルノは思う。
自分のため、そしてここまで協力してくれる大妖精のため、勝たねばならない。
未だジンジンと痛むお腹を摩りながらチルノは立ち上がり、そしてグッと拳を握る。その拳に宿る力は昨日の自分よりも幾分強い。筈。
窓から燦燦と入り込む太陽の光。チルノは窓から太陽を睨み、叫ぶ。
「あたいってば、最強ね!」
声は散らばり消えていく。だが自分の中にはしっかりと残った。
最強。この言葉を嘘にしないために。1ボスに2ボスの強さを見せ付ける。
チルノは改めて勝負の勝利を誓った。
「チルノちゃん。次はこの体操服に着替えて、そしてこのウサミミをつけて兎跳びよ! カメラもしっかり準備しておくから安心して!」
「おー、ウサギ! ピョンピョン!」
「そして夜はベッドで寝技の練習よ!」
「これでルーミアなんかけちょんけちょんね!」
一方その頃ルーミアは、妖怪の山までやってきて滝に打たれている。
物珍しさ故にか、山に住む様々な妖怪が見物に来るがルーミアは気にしない。あまりの冷たさに感覚をなくした身体を、ただ滝に打たせるのみである。
ルーミアの身体のあちこちには切り傷。その傷は折れた枝や流れてきた小石が落ちる時にルーミアに掠って出来たもの。中には放っておくのは少々危険ともとれる傷もあるというのにルーミアはただ目を瞑り滝に打たれる。
ルーミアには滝の音など聞こえない。音の大きさにより、長時間流水に当たり続けた麻痺により、そしてあまりの集中力により、ルーミアは無音の境地にてただ瞑想を行う。
次の勝負、数日後に行われるチルノとの勝負ですべてが決まるといっていい。
その勝負において必要なものは何か。肉体的強さか、頭脳的賢さか。ルーミアはそのどちらも違うと思った。必要なものは心。静かに、しっかりとした心こそが、この勝負の決め手になるのではないかとルーミアは考えた。
チルノと自分の実力はさほど差がない。ならば無視できないのは意思の力。
ルーミアはこの短期間内に強くなることを放棄し、強くあることを選んだ。その為の滝修行である。天狗たちも行うこの修行で、ルーミアは己にない精神的な強さを求めた。
「さむい」
口を開けば水が入る。それをこれ幸いと飲みながらルーミアは滝に打たれる。
「おーい、ルーミア。鰻焼けたって~」
無音の境地にいたはずのルーミアの耳に、友人のリグルの声が聞こえる。
今ルーミアは滝に打たれ瞑想をしている。正直、鰻など食べている暇などない。
「そーなのかー」
ルーミアはそう返すと、すぐさま滝から出てミスティアの屋台に向かって走り出す。
空腹では出来ることも出来ない、効率が悪くなる。腹が減っては修行も出来ない。
「お疲れ様。ルーミア、どれ使う? いいキズぐすり? すごいキズぐすり?」
リグルがタオルを持ってルーミアを迎える。冷えた身体を温められるように屋台の傍に焚き火も用意しているあたり、良妻の素質があるといえるだろう。
「美味しいほう」
「それじゃあミックスオレにしとこう。はい、どうぞ」
パタパタとミスティアが八目鰻の焼きの最終調整をしている前で、ルーミアの頭を拭きつつコップにジュースを注ぐリグル。
リグルとミスティア。この二人がルーミアにつくことになった。誰もが口に出さずとも妖精組みと妖怪組みで分かれたのはやはり種族的な要因もあったのだろう。しかしそれを抜きにしても二人は、特にリグルはルーミアに献身的なサポートをしている。ルーミアが寒いといえば上着を、おなかが減ったといえば食べ物を。
「はい、できあがり。さぁルーミア、じゃんじゃん食べちゃってよ」
「いただきまーす」
目の前に出された熱々ホカホカの八目鰻。まだジュウジュウと音を立て、香り高い脂ののったそれにルーミアは齧り付く。噛めば噛むほどに口に広がる旨味は、ルーミアに修行の辛さとハングリー精神を忘れさせる。
「頑張ってるね~。滝に打たれてまで修行しちゃ、こりゃ私たちの勝ちかもね」
ミスティアがおかわり用の八目鰻を焼きながらルーミアに問いかける。
しかしルーミアから返ってくるのは意外な一言。
「まだまだ。これじゃあ分からない」
ガツガツと逃げもしない八目鰻を平らげるルーミアの目は笑っていない。チルノに対する慢心など今のルーミアには欠片ほどもないのである。
全ては勝利のために。その邪魔をするものは、例え己の中にあろうと排除する。それが今のルーミア。
「あのさ、ルーミア。なんでそんなに勝ちたいの?」
空いたコップにジュースを注ぎながら、先ほどから黙ってルーミアを見ていたリグルが質問する。別にそこまでする勝負ではないのではないかと。
それに対し、ルーミアはリグルの目を見ながら答える。
「最初は自分のために勝ちたかったんだけど、途中で目的が変わって、それでもっと勝ちたくなったの」
いい終わると同時にルーミアは八目鰻を齧りつつコップに手をかける。
そんなルーミアの答えに身を乗り出すリグル。その目はとても真剣で、どこか期待の篭った輝きが込められている。
「その、途中で変わった目的って?」
リグルの真剣な姿を見て、ルーミアは箸を置き静かに語り始めた。
「最初は自分がやりたかったから2ボスをかけて勝負をしようと思った。でも、私みたいに思っている人が他にもいるんじゃないかって考えてからは、その人達のためにも負けられない、勝とうって思ったの。下克上って程でもないけど、自分たちも上を目指せるんだって希望を持ってもらえるように、そのために私は勝つって心に決めたのよ」
少し恥ずかしそうに笑いながらルーミアは自身の心の内を語る。
そんなルーミアに、リグルは涙を流しながらいう。しっかりと手を握りながら己の心情を吐露する。
「私、私も2ボスをやりたかった。いつも1ボスで適当に扱われるのが嫌だった。でも私は心のどこかでそれを諦めてた。神か主に決められたんだから仕方ないって」
リグルは涙声で言葉を続ける。
「でも、でもルーミアは諦めなかった。自分で今回の勝負みたいに道を切り開こうとしている! 私は、それが羨ましくて、眩しくて……」
「うん、うん」
震えるリグルの背にルーミアはそっと手を伸ばし、お互いを抱くように身を寄せ合う。
狭い屋台の中で二人はお互いの心を、感情を分かち合う。
「絶対、絶対勝ってねルーミア。私も頑張ってサポートするから。2ボスなんてやっつけちゃってよ!」
「分かってるわ。1ボスの恐ろしさ、2ボスの野郎に刻んでやるわ!」
冬の風が二人の間を駆け抜ける。しかし、二人の間に結ばれた絆はそんなことでは揺るがない。
今、1ボスのルーミアとリグルは打倒2ボスを決心したのだ。
「あの、私がいたら……その、邪魔かな?」
ミスティアがもの凄く居心地の悪そうな顔で八目鰻を焼いているのはまた別の話。
「え? なんで?」
「ミスティアがいてくれないと美味しいご飯が食べられないよー」
「そう……。ならいいんだけど……」
「1ボスの意地を見せ付けてやるんだー!」
「2ボスを倒せー! 2ボスをぶっ殺せー!」
「……」
そして勝負の日がやってくる。
「どうもどうも、こんにちは! 面白い見世物が始まると聞いて飛んできました。私、勝手に実況をさせて頂きます、ブン屋こと射命丸文でございます。そして解説は格闘のプロである」
「最近本名で呼ばれるようになって嬉しいです。紅美鈴です」
「そしてその辺で暇を持て余していた」
「楽園の白黒こと魔理沙さんだぜー」
「以上の三人でお送りさせていただきまーす」
決戦の場として指定してあった湖のすぐ傍にあった広場には何故か特設リングが作られており、更には実況やら解説やらと頼んでもいない面々が集まっている。
天候は晴れ。風も穏やかな勝負日和であるというのにその点だけが残念だといえよう。
そんな中、今回の主役である二人がリングにあがる。
青コーナーにて準備運動をしているのは氷の妖精チルノ。口でシュッシュッと音を出しながら拳を交互に突き出すその動きからは並々ならぬ気迫を感じられる。
対して赤コーナーにてセコンドと打ち合わせをするのは闇の妖怪ルーミア。こちらはもう準備運動は終わったのか、打ち合わせ後はコーナーポストにもたれかかって時間を待つ。
両雄の準備ができたことをそれぞれのセコンドが伝え、ついに勝負が始まる。2ボスをかけた、どちらも負けられない戦い、それが今始まろうとしている。
「それでは皆さん、お待たせいたしました! 今から氷の妖精チルノVS闇の妖怪ルーミアの2ボス争奪勝負を始めたいと思います! 二人の繰り広げるであろう素晴らしい戦いにご期待ください!」
チルノとルーミア、そして他六名を包み込むゴングの音。
「ルールは何でもあり、時間は無制限。それでは勝負、開始!」
文の言葉と同時に、二人はリング中央に躍り出た。
それ程広くないリングの真ん中で、チルノとルーミアは対峙する。どちらも相手の一挙一動を見逃さないように、そしてすぐに対応できるように腰を落とし表情を読みあう。
一触即発。互いの顔をじっと見ながら二人は『手を出さない』という牽制を行う。後の先を取るつもりなのだろうか、どちらもジリジリと間合いを詰めては離す。
冬の風が囃し立てるかのように吹き荒むが、チルノもルーミアも動かない。
これは長期戦になるのか、両セコンドや実況・解説がそう思った瞬間に、動いた。
「ねぇルーミア。ハンデをあげよっか」
動いたのはチルノ。落としていた腰を元の高さに戻し、どうでもよさそうな表情でルーミアに語りかける。そう、まるで隻眼で筋肉モリモリの空手家のように。
「こっちは氷、使わないであげる。そっちは好きなだけ使っていいわ。どう? いいハンデでしょ?」
そのチルノに怪訝な顔をしつつもルーミアは言葉を返す。身体の各所にギミックを仕込んだ英国の死刑囚のように。
「……なら私も使わないわ」
「どうして? 使えばいいじゃない。使っていいっていってるのに使わないの? 本当に?」
チルノはニヤニヤ笑いながら続ける。そんなチルノを見てルーミアはスッと目を細めるだけ。
二人の視線の間に、見えもしない筈の火花が幻視される。その火花がどんどんと大きくなり、もうこれ以上膨らまないと思われたその瞬間。
「……くちゅん! あー、寒い寒い」
実況席の魔理沙からの可愛らしいくしゃみ。そしてそれを合図にルーミアが動く。
「馬鹿に、するな!」
拳をしっかりと握り、しかし力まず、無駄の少ない練磨された動きで、チルノの顎目掛けてルーミアが拳を振るう。
その一連の動きを見ながらもチルノは全く動く気配を見せない。ただ真剣な顔でその拳を眺めるのみ。
近づく。ルーミアの拳がチルノの顎に向かって突き進む。
当たる。チルノの小さな顎を、ルーミアの一撃が打ち抜く。
誰もがそう思ったその瞬間。
ルーミアの拳が打ち抜いたのは、薄く張られた氷の壁。
「……え?」
目を見開くルーミア。そして眼前には障害物により起動のずれた拳を楽々避けて懐に潜り込んだチルノ。
「だって、使わな――――」
「あんた馬鹿? 氷の妖精が氷使って何が悪いっていうのよ?」
いやらしい笑顔を貼り付けたチルノの拳が、今度はこちらの番だとルーミアに向かってはしる。
その拳をルーミアは避けられない。体勢が整っていないのは当たり前だが、チルノの意表をついた行動が脳に思考をさせる時間を与えてくれないからだ。
「沈んじゃないな!」
ルーミアの鳩尾を狙ったチルノの拳。普通の人間なら避けられないだろうその一撃を、
「っ!?」
漆黒の闇が邪魔をする。
一瞬にして闇に染まったその中で、チルノは自身の拳が空振ったことを理解した。そしてこの闇が一体なんであるのかも。
チルノはすぐさま身を引いて闇の範囲から離脱。二度バックステップを行うと、視界はいつも通り。目の前には漆黒の球体。光を通さぬ魔法の闇。
リング上に急に現れた黒い球。次第に小さくなったその中心にはルーミアが静かに佇んでいる。
「あら? 力は使わないんじゃなかったの?」
「よく考えれば、気紛れな妖精に付き合ってあげる必要もないじゃない?」
お互いの距離は勝負開始時と同じ、違うのは互いの立ち位置と相手への意識。
赤を背にしたチルノと青を背にしたルーミア。二人はにやりと笑いあい、そして己が敵へと飛び掛っていた。
「おー。中々面白そうな戦いですね。解説の美鈴さん、どう見ますか?」
「そうですね。要所要所の動きを見た限りでは、チルノ選手はボクシング、ルーミア選手は空手を主な形として使っているようですね」
「ほうほう。しかし、それではチルノ選手が不利では? ボクシングには蹴り技がないといいますし」
「ふふっ。ボクシングには蹴り技がない…………そんなふうに考えていた時期が私にもありま」
「お、普通に蹴ったぜ」
「えー……」
チルノとルーミアはリングの中だけでは飽き足らず、外も空も使って己の技を相手に向かって叩き付け合う。
チルノの放つ某黄金聖闘士のような絶対零度に近い凍気がルーミアを襲う。
「オーロラエクスキューション!」
「飲み込め! ヤミヤミ・闇穴道!」
それに対しルーミアは黒尽くめで無精ひげの太鼓腹オヤジの如くブラックホールを開き凍気を飲みつくそうとする。が、それでも余波防ぎきれなかったのか、ルーミアは距離を取ろうと後ずさる。それをチルノは逃がさない。
「いっきにいくわよ!」
ルーミアを追いかけながらチルノは氷片を飛ばす。飛ばし方は出来るだけ後退の邪魔になるように、しかし一度でも被弾したなら畳み掛けれるように数も方向も調整をして。
必死でかわし、逃げるルーミアをジリジリと追い詰めるチルノ。リング内外問わず、飛ばした氷片はパーフェクトフリーズの要領で空間に留めており、自分に有利な場を形成していく。
「どうする? ルーミア、降参してもいいのよ?」
「……」
空間を覆うチルノの氷片。それは弾幕ごっこでは見られない、それこそ回避不可能な弾の幕。
しかしそれでもチルノは手を緩めない。ルーミアへの氷片を更に増やし、完膚なきまでに叩き潰そうと空間を埋めていく。
「さて、本格的に逃げ道がなくなったわね」
逃げなかったのか、それとも逃げられなかったのか。ルーミアの周りにあった逃げ道は完全に消滅し、唯一空いている空間にはチルノ。絶体絶命といっても過言ではない。
「諦める? それなら半殺しで済ませてあげるけど?」
チルノは余裕の笑みで言葉を投げる。それに対してルーミアはただ黙すのみ。だが、それは決して諦めからではない。その目には必勝をかかげたもの特有の光を宿したまま。
そんな目を見てチルノは笑い、
「じゃあ、さよなら」
特大の、それこそ人一人簡単に潰せるだろう大きさの氷片、いや氷塊をルーミアに向かって放つ。
自身に向かう巨大な氷塊。それを見ながらルーミアはその身に宿る妖力を奮い立たせる。身体の奥から湧き出るその力を闇に食わせ、制御ギリギリまで高めた闇をその手に纏い、そして力強く宣言。
「ドランカーシェイド」
ルーミアの前に出来たのは壁。ルーミアをすっぽり覆うような形の、しかし氷塊を防ぐにはあまりにも頼りない影の壁。だが、恐ろしい力を持つ壁。それはある格闘ゲームにおいて、飛び道具には無類の力を発揮する壁。
「なっ!?」
チルノの眼前で予想もしえなかっただろうことが起きる。ルーミアの作り出した一見脆弱そうなその壁が、チルノの特大の氷塊をそっくりそのまま跳ね返してきたのだ。
ルーミアを覆うようにして守るその壁。その力は飛び道具をそのまま跳ね返す。ただそれだけの効果しかない、壁としては心許ないもの。しかし、この場合はどうだ。チルノの放った巨大な飛び道具をどうにかする、その為に使うのであればこれほど頼もしいものはない。
事実、ルーミアは氷塊の危機から逃れ、それはそっくりそのままチルノを襲うという結果になった。
「……やるじゃない」
チルノは自身に向かって飛んでくる氷塊を指先一つで止めながらルーミアを褒め称える。自分が出した氷である。氷の妖精であるチルノには作るのも消すのも朝飯前。ちょっとした気の緩み。
だからその氷塊に隠れて近づくルーミアに、すぐには気がつかなかった。
「インヴァイトヘル!」
足元からチルノへと飛び出る漆黒のドリル。壁とドリル、どちらもある影の用いる技。ただの技でなく、敵を倒すために用いられる連続技の一部。くらえばそのまま持っていかれるだろう事は確実。
「チッ」
ドリルを避けるために崩れるチルノの体勢。それを見逃すほどルーミアは馬鹿でもお人よしでも、ない。
チルノの鳩尾に決まる、一撃。残念ながら最高の一撃とまではいえないが、まだ決定打のなかったこの戦いにおいて初めて有効と思われる一撃を、ルーミアが、チルノに、撃った。
「くっ」
この状況はあまりよくない。そう考えたチルノは早々に自分が有利だった空間を放棄し後ろに下がる。奇しくもそれは、数分前と同じ光景。違うのはルーミアがチルノを追わないこと。
「どう? まだいける?」
有利であるのに意識を一片たりとも弛緩させずにルーミアがチルノに問う。
そんなルーミアに対し、チルノはリングにその身を下ろしながら言葉を返す。
「当たり前よ。ごめんなさいね、ちょっと馬鹿にしすぎた」
本当に済まなさそうに顔を伏せチルノはいう。
それを聞ききながらルーミアは同じくリングの中へと下り立つ。
「だから、本気でいきましょうか」
そういい終わると同時に、今まで感じなかった凍気がチルノから滲み出る。その凍気にあてられてリングがどんどんと凍り付いていくがルーミアは気にしない。気にしている場合ではない。
チルノが本気を出す。氷の妖精として、2ボスとして自分に対して本気を出す。ルーミアはチルノから発せられる凍気に身体を震わせながら、しっかりと拳を握る。
その震えが恐怖によるものか、歓喜によるものか。ルーミアには分からないし、分からなくていい。
ただ大事なことは、自分の勝たなければならない相手がやっと土俵に上がってきた。ただそれだけ。
「望むところよ」
笑みを捨て、冷ややかな表情で自分を見据えるチルノに、ルーミアは己を奮い立たせてただ挑むのみ。
「うむ~。いい戦いしてるんですけど、なんというか……派手で凄いだけって感じですねぇ」
「まぁそれは仕方がないような。彼女たち自身、力が弱いですからねぇ」
「迫力に欠ける戦いだよなー。ほら、今もチルノが攻撃外して地面にダイブしてるし」
「なんか音はドーン、土煙もモクモク~っときていいんですが、地面が全然凹んでないあたりがシュールですね。っていうかむしろチルノ選手、手が赤くなってますよ、今ので」
「チルノ選手、飛び道具が通じないからと接近戦を挑んでいるようですが、流石に全部がテレフォンパンチじゃ当たるものも当たらな」
「お、当たってるぜ?」
「あーもー!」
ルーミアの拳が空を切る。それに合わせて叩き込まれるのはチルノの拳。
「っ」
よろめく身体を必死に立て直そうとする闇の妖怪に、氷の妖精はただ冷ややかに追撃をするのみ。
右から一発。左から一打。氷の礫でついでとばかりにもう一撃。
周囲に闇を展開させながらルーミアは後ろに下がる。しかしどんなに闇を展開させようと、飲み込む前にチルノの攻撃が身に刺さるだけ。本気を出したチルノは、闇でも飲み込みきれない速度でルーミアを追い立てる。
「がっ!?」
チルノの拳が顔面を捉え、その衝撃でルーミアは吹き飛ばされる。が、それで正解。
二人の距離が少し離れる。それだけで十分。
ルーミアは懐から一枚のカードを取り出しチルノに向けて翳す。
そのカードはスペルカードではない。外の世界より流れ来た、別のルールに則って行使される呪文カード。背には五つの色と五つの星、そしてMTGの文字。
「(黒)(2)、死よりも尚恐ろしきもの、『闇への追放』!」
ルーミアの宣言と共にチルノの周囲に収束される闇。そしてその闇の中からは無数の手。
この世に存在することを許しはしない、そんな言葉が聞こえてきそうなほど怨念に塗れた手。そんな恐怖の具現といっても過言ではないソレに、チルノも懐からカードを一枚取り出して、一言。
「(青)(青)、ソレは何の被害ももたらしはしない、『対抗呪文』」
黒に対抗するは青。宣言と共に発動するスペル。それは全てを否定する、冷ややかなる一手。
チルノの周りで渦巻いていた恐ろしきものはこの世に残ることを許されない。残るのは、ただの闇の残滓のみ。
氷の妖精は闇の妖精を見る。本気を出してからは攻められるばかりのルーミアを見る。所々が傷だらけ、服は破れてその機能を果していない箇所すらある状態。
「ねぇ、貴方。本気でやってる?」
開いた距離をそのままにチルノはルーミアに言葉をなげる。
「えぇ、本気でやってる」
ルーミアは体勢も表情もそのまま、油断なく構えつつ質問に答える。
「言い方が悪かった。貴方、全力でやってる?」
すぐに詰められる距離をチルノは詰めない。有利になるというのにやらない。
なぜならそれよりも重要なことがあるから。
目の前の妖怪が、チルノの予想の通りだとすると――――
「ごめんなさいね。全力ではないわ」
侮っている。自分を侮っているとしか取れない行動を、目の前の妖怪はしている。
それをはっきりさせるためならば、多少の有利などどうでもいいこと。
「違うの。侮っているわけじゃないの。ただ、分からないだけ」
ルーミアは距離を詰めず、かといって離れず、そのままの状態で言葉を続ける。
「自分で分からなくなるのよね。闇を操るっていうのがどんなことなのか。よく考えてみなさいよ、闇は状態でしょう? それを操るとはどういうことなのか」
妖怪はただ続ける。
「それで色々と考えるんだけど、どれもこれも違う気がするの。この身に宿る力をどういうベクトルで表せばいいのか分からない、判らない、解らない。だから本気だけど全力ではないわ」
己が力の方向が分からぬと闇の妖怪はいう。だから全ての力を出し切れないと闇の妖怪はいう。
そんな闇の妖怪に、氷の妖精はただいう。
「貴方は闇の妖怪でしょう? その貴方が操ればそれは闇。貴方が表せばそれが闇。貴方が使えばそれらは全て闇。下らないことをいってないで、全力できなさい」
妖精の言葉に、妖怪が笑う。戦いの最中、常に無表情で油断なく構えていた妖怪が笑う。
「待ってた。その言葉を待っていた。その許しを待っていた。ありがとう、氷の妖精。貴方の許しのおかげで、私は貴方を殺してあげられる」
いやらしい笑み。幻想郷のどこにも存在しない笑み。それは軽んじる笑み。片方の口を吊り上げ、片方の目を薄く瞑り、逆の目と口は大きく開かれた。嘲る者の笑み。
命を、歴史を、魂を、全てを軽んじる者の笑み。
「いいからかかってきなさい。己が力も出し切れない三下」
「いくぞ、いくぞ、いくぞ、いくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞいくぞ。今いくぞ氷の妖精。そして逝け」
笑みのまま闇の妖怪は手を合わせて、小さく言葉を世界に投げる。
「拘束制御術式参号開放!! 限外の限界!!」
瞬間、妖精と妖怪は闇に呑まれた。
「あやや……。ついに二人ともあの黒いのの中に入ってしまいましたねぇ」
「全く見えないですねー。どうしましょうか?」
「中がどうなってるのか全く見えないぜ……。暇だ、弾幕勝負でもするか?」
「お、いいですね。それでは私が審判させていただきましょう!」
「ってことは私が相手? でもあの二人放っておいていいんですか?」
「いいっていいって。セコンドもとうの昔に合流して井戸端してるくらいなんだしさ」
闇のリングで行われるのは純粋なる殴り合い。妖精も妖怪も、どちらも引くこともなくお互いをただ殴りぬける。
開放されたおぞましくも歓喜に満ちた闇は厳しく、そして優しく二人を抱く。呑みこまれれば逃げ出すことができない闇。光すら脱出することを忘れ包まれてしまう闇。そんな常人では数秒と持たない逝カレタ空間で、妖しき精と妖しき怪は己をぶつけ合う。
「あははははは、楽しいな。楽しいな妖精。ありがとう妖精。今、私はとても楽しい!」
妖怪の身体に妖精の放った強靭にして凶刃なる氷刃が突き刺さる。
だが、全く気にしない。傷が付いた傍から回復をするから。それが妖怪の身体機能。
「闘争。これこそが闘争。ごっこ遊びなんてふざけたものが遥か彼方に追いやった、追いやってしまったものを今私とお前が繰り広げている。なんと愉快なことだ」
妖精の身体に闇が刺さる。妖怪の足元から、後ろから、右から左から上から四方八方から伸びる闇の槍に妖精は貫かれる。が、その瞬間に闇は氷砕け、そこには妖精が佇むだけ。
妖精は消えない。妖精は再生する。妖精は自然の具現として、逆らう者に容赦はしない。
「くだらないものでお茶を濁さない私たちは、この闇の中で今最高の闘争を具現している。そうは思わないか氷の妖精」
妖怪が手を止めて妖精に語りかける。傷だらけの身体を再生させながら。今にもちぎれ落ちそうな左腕をそのままに、笑いながら妖怪は語りかける。これ以上ないどうしようもなく獰猛な笑みのまま。
「喋らないと闘えないのか妖怪。喋るな、ソレはコレをただ陳腐にするだけだ」
妖精は妖怪の言葉を一蹴する。氷で出来ているのではないかと思わせる瞳からは、氷を関するもの特有の冷えて冷めた視線。漂う凍気は依然として静寂、そして強強。
その言葉に、精も怪も再び動きだす。
「だって仕方がないじゃないか。もうすぐ終わってしまう、この楽しくも懐かしき時が終わってしまう。妖怪が妖怪としての本分を発揮しているというのに幕が下りようとしている。カーテンコールも望めはしない。これで終わってしまう」
妖怪は殴られながら、身体を刻まれながら惜しむように啼く。身を包む闇をあたりに撒き散らし、子どものように啼き喚く。
「嫌だから闘う。私はお前の下が嫌だったから、お前は下の私が挑むのが嫌だったから、闘う。そんな単純にして本質を剥き出した争いがどこにある? 幻想郷のどこにある? どこにもありはしない」
妖怪の左腕が氷の刃にてついに斬り飛ばされる。と、同時に妖精の肩を闇が貫き通す。痛みわけ。
そんな目を背けたくなるような惨劇の中でお互いは一秒足りとも止まらない。腕を切り飛ばされながらも腹を殴り、肩を貫かれながらも顎を打つ。氷も闇もただのおまけ。重要なのは自らの拳。生まれた原初に持ちえた力、形。相手を倒すために誰もが用いるそれこそがどんな能力より武器より素晴らしい。
「どいつもこいつも闘いに意味をつける。複雑で不可思議な理由をつける。飾り付けて一等美しいものに魅せようとする。そんな馬鹿なことがあって堪るか。そんな鍍金で覆い隠されて堪るか。地べたに這い蹲って泥に塗れる闘争を、優雅なお遊戯になんてさせて堪るか」
妖精に殴られ後ろに飛ばされる妖怪。また距離が開いた、開いてしまった。
「でも、ここで終わってしまう」
妖怪の身体はもう踏ん張ることすらできないくらい消耗していた。左腕の再生も始まることなくそのまま。つまり、妖怪にとって次が最後。
冷ややかな表情のまま、静かに佇む妖精。しかしこちらも必死。闇の妖怪が展開するこの闇の中にいる時点で妖精は身を磨り減らすことを強要される。だがそれをおくびに出さず、ただ淡々と目の前の敵を眺めるのみ。その身から漏れ出る凍気は止めないのか止められないのか。
ゆっくりと距離がつまる。二人は互いに残る全ての力を出し合い、ただぶつけるだけ。
「楽しかった。とても楽しかったよチルノ。ありがとう。さぁ、幕を引こう」
「そうしましょう。またね、ルーミア」
双方の視界が白光で満たされる。
その光は意識の白濁にしては眩しすぎ、なぜか轟音を伴っていた。
「で、なんであんたがそこにいるわけ?」
「流れマスパで私が2ボスになったからなんだぜ」
「……よく分からないけど、あんたが進む時はどうすんのよ」
「そりゃあ、顔パス?」
「くだらないことやってるのね」
「まったくだぜ」
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元ネタ紹介が蛇足に感じるのは分かったからなのか違うのか
外から見たら子供のケンカっているギャグ話でいいんでしょうか?
どうなんでしょう、作者さん
>それはある格闘ゲームにおいて
やっぱ元ネタをきちっと補完するのは蛇足な気が…
におわない程度に匂わせる程度でいいと思うんだけどそれは分かっているからなのか違うのか
突っ込みどころが多すぎてワロタwww
そして俺がわかったネタはHELLSINGのとポケモンのだけでした。ねぇよwww
会話が全部ネタに見えてきちゃって・・・
最後の答え合わせはありがたい限りです。
とても面白かったです。いいぞもっとやれwww
もっと評価されるべき