<このSSに登場するキャラクターの体格設定は作者独自のものです。>
「特に何もありませんでしたよ、不正なんて」
美鈴は上唇を噛みつつ言った。
レミリアは懐から万年筆を取り出して、「不正は無かった」と、手帳の上を走らせる。
普段なら美鈴が一人寝ぼけている正門には、彼女の他にもう3人の見張りが置かれている。
「最高責任者はあなただとして、現場担当は?」
「それも私です。人手が足りなかったので1人でした」
美鈴は何かに怯えるように、口調を早める。
「ふうむ」
レミリアは必要以上にぼりぼり、と頭を掻く。手帳の上には「人材不足」と書かれる。
咲夜が毎日シャンプーしているため、頭垢は落ちない。
「頭、どうかしました?」
「別に。来年からはそっちに人を回してあげる。しつこいようだけど、ここ最近の侵入者は」
「ありませんでした」
手帳の上には、「外部犯の可能性、いよいよ薄し」と書かれる。
「昨日事件があった時、何してた?」
「え、昨日の晩ですか」
「そう」
「えっと、夕食食べて部屋で休んでたら、咲夜さんが来て永遠亭まで使いに行きました」
美鈴は落ち着きなく口元を動かす。
レミリアは手帳を閉じた。
図書館の入り口では、小悪魔がフランドールとチェスに興じていた。
フランドールはここ最近この手の遊戯に目覚め、夜行性で遊び好きな小悪魔がよく付き合っていた。
レミリアは適当な椅子を置いてフランドールに話しかける。
「昨日の晩、何してた?」
「部屋で麻雀」
レミリアは首を傾げた。
「1人で?」
「4人」
レミリアは納得した。
「大丈夫よ。フランは疑ってないから、念のため」
最近地下から出たばかりで、ただでさえ厭世気があるフランドールに動機は見当たらない。
「レミリア様」
かたかた、とポーンを動かしつつ小悪魔がこちらを向いた。
「私、ちょっとお話ししたいことが」
レミリアはフランドールを見た。
フランドールは羽を小刻みに動かして、考え込んでいる。
「ここで言っていいわよ」
「はあ、5日ほど前ですか。美鈴さんがパチュリー様に呼ばれていました。その時、私はそこの右手で図書整理をしていました」
「うん」
初耳のようだ。
「すると、帰り際美鈴さんが慌てた様子で走って来まして、脇目も振らずに図書館から出て行ってしまいました」
レミリアは万年筆で内容を書き取る。
「それだけですが、気になりましたので」
小悪魔はおどけた表情をした。
フランドールは先ほどから一手も指さず固まっている。
盤上は酷い有様であった。
どうやら、美鈴にもう一度話しを聞く必要があるらしい。
レミリアは昼食のサンドウィッチを二切れ胃袋に押し込み机上の推理小説を10ページ程読み進めてから、咲夜を呼んだ。
「寝るわ、7時になったら起こして」
「はい」
「ところで、昨日事件に気付いた時何してた?」
「お嬢様のお食事の後片付けをして、美鈴を呼びに行きました」
レミリアはばつが悪くなり、頬を触る。
「どうして気付いたの?」
「メイドが騒いでおりました」
レミリアは咲夜のメイド服を持ち上げる大きな膨らみを見る。
咲夜の胸ははちきれんばかりに大きい。
これが締められたら、さぞや苦しかろう。
「どうしたんですか、胸ばかり見て」
レミリアはふと我に返る。
「あ、いや。ごめん。あんまりにも凄かったから」
二人の乾いた笑いが響く。
レミリアが布団を被ると、背後からドアの閉まる音が聞こえた。
しかし午後6時。咲夜とフランドールが扉を蹴破らん勢いで開け、レミリアは目を覚ました。
「お姉様」
「起きてください」
レミリアは薄暗くなった外を見てから、時計を見やる。
「何」
「美鈴が」
咲夜は舌が回っていない。
レミリアはコートを羽織り、探偵帽を目深に被った。
「美鈴?」
湖の表面には歩けるほどの厚さの氷が張られていた。
ずぶ濡れの美鈴は上半身だけチャイナ服を脱がされ、サラシを巻きつけられて真っ青な顔で氷上に横たわっていた。
「脈はあります」
「ひ、酷い。早くサラシを取ってあげないと」
メイドがもたもたとサラシを外そうとしているのに苛立ったレミリアは急いでサラシに手を掛けた。
前回の失敗をいかす機会だ。
「手伝って」
フランドールが美鈴の体を持って、レミリアが手早くサラシを巻き取っていく。
サラシが外れるとどよめきが漏れた。
「ああ」
美鈴の大きな胸は、やはり真っ平らに潰されていた。
膨らみなどこれぽっちも見当たらない。
相変わらず化け物じみた所行だ。
「ぺったんこ」
美鈴の巨乳、今や無惨に圧縮されパチュリー同様まるきり平面と化していたのである。
「惨い」
レミリアはぎりぎり、と歯ぎしりした。
これほど短時間であの巨乳をここまで子供還りさせられるものか。
「レミリア様」
1人で話しかけるのがためらわれるのか、メイドが3、4人固まってレミリアを呼んだ。
「血文字が」
薄く積もった霜の上、氷上に開いた穴の近く、確かに血文字が書かれていた。
うっすらと滲んでいたもののまだ読み取れる。
酷く乱れた字体で「PAD」と書かれていた。
「美鈴」
美鈴のメッセージにレミリアは拳を握った。
恐らく鼻血で書いたのだろう。
美鈴の鼻からは一本の赤い線が延びていた。
倒れた際、顔からいったに違いない。
「最初に美鈴を見つけたのは誰?」
固まっていたメイドの内、一際背の低い1人が手を挙げた。
「あの、美鈴さんが湖の方に見回りしに歩いてったと思ったら、次の交代の時間まで戻って来なくて。それで私が捜しに」
「これは、何」
レミリアは血文字の脇にぽっかり開いた氷上の穴を指さした。
咲夜が頷いた。
「美鈴はここに刺さった状態で発見されました」
「刺さった? 湖に?」
「はい。頭から」
パチュリーに続いて美鈴が病院(永遠亭)送りとなった。
美鈴が運ばれるのを見届けたレミリアは玄関ホール近くの応接間にフランドールと咲夜、小悪魔を集めた。
一同はそれぞれ、大きなソファーに座る。
「私が言いたいことは分かるわね」
咲夜が頷く。
遅れてフランドールも頷いた。
この部屋に集った、自分を含める4人はその実力からして誰が言うまでもなく、容疑者有力候補である。
「原因」
レミリアは懐から一枚の紙を取り出した。
「これは」
「不正の証拠。パチェはこれのために狙われ、美鈴もおそらくは。とすればよ、次に狙われるのは私だと思わない?」
「お姉様」
レミリアは紙を内ポケットに戻す。
「何もね、あなた達を疑う理由は実力に限ったことじゃないのよ。私の推測だと美鈴は不正の何らかを知っていた。いえ、恐らく荷担していた。そして口封じに遭った。もし、この推測が正しければ犯人は美鈴を脅すなり何なりして不正を強要できる人物。仮に弱みを握っていたとしても、メイドにそれが出来るとは思えないわ」
レミリアの説明に3人は頷く。
「また聞かなくちゃならないわ。あなた達、美鈴がいなくなった頃何してた? メイドによると5時頃」
「私は1人で部屋にいました」
咲夜が言った。
「私も」
「私も」
レミリアはううむ、と唸る。
「私も」
一同、項垂れる。
レミリアは再び口を開く。
「犯人は恐らくメイドを襲わないわ。なぜなら彼女達は不正に関係していない。多分、だから不正の内容なんて知らない。美鈴は知っていた。もちろん外部犯の可能性はあり得ないわ」
一旦、区切る。
「そこで、私達はこれから一つの部屋に集まって過ごすってのはどうかしら? そうすればこの中に犯人がいたとしても」
フランドールが首を振る。
「じょ、冗談じゃないわ。この中に犯人がいるかもしれないのに、そ、そんなこと出来るわけないじゃない」
完璧な解答である。
妹が余りにも空気を読むので、レミリアは舌を巻いた。
「言うと思ったわ、フラン。そこでこうしましょう。小悪魔とフランドールは自分の部屋の鍵しか持っていない。しかし、咲夜と私は全部屋分の鍵を持っている。つまり、私達2人は小悪魔とフランドールの部屋に入りたい放題。やりたい放題」
レミリアの言いたいことが分かったようで、咲夜は懐から鍵の束を取り出した。
レミリアは深く頷く。
「私達4人の部屋の鍵は、それぞれ自分で保管することにしましょう」
鍵を分配していると応接間の扉が叩かれ、「夕食のお時間です」との声が聞こえた。
話しが一時中断する。
「次に狙われるとしたら、まあ私だけどね。まだパチュリーが持っていた鍵が見つかっていないのよ。全部屋分」
不気味な静寂が一同を襲う。
「まあ、何もこの中の誰かが絶対に持ってるってことはないだろうし。とりあえずこれで解散しましょうか」
重苦しい空気に満ちた部屋からまずは小悪魔が脱出し、咲夜が後に続いた。
フランドールも立ち上がったところでレミリアは引き留め、もう一度座らせる。
「お姉様?」
レミリアはパチュリーが残した証拠の紙をフランドールに渡した。
「フラン、これを持っていなさい。もしも私が倒れた時にはあなたが紅魔館の新当主としてこの事件を解決するのよ。不正は許さないわ」
「え、それじゃあ」
「私は手帳に書き写したから。フラン、私はあなたを信用しているわ。絶対にやってないって。あなたには動機がないもの」
レミリアとフランドールはがっしりと握手した。
犯人はおおよそ小悪魔と咲夜の二人に絞られる。
犯人は狡猾にも門番のシフト、美鈴が1人になる時間を熟知していたのである。
いよいよ外部犯はあり得ない。
未だ不正の証拠は解読に至らず、新たなキーワード「P・A・D」が出現した。
純粋に力の面だけで考えれば断然咲夜が最有力候補であるが、どうしたものか。
とにかく慎重にいかねばならぬ、とレミリアは自分に言い聞かせた。
扉がノックされ、鍵を開けてやると私室に咲夜が入ってくる。
「夕食をお持ちいたしました」
自分で言い出したのではあるが、実に面倒なことになってしまったものだ。
「今日あんまりお腹減ってない」
咲夜はワインボトルを見せる。
「うん、それだけ」
「レミリア様、明日から起こす時にはどのように」
レミリアは机の縁をなぞった。
「大丈夫、1人で起きられるから」
「そうですか」
「この事件を解決したら、また頼むから」
咲夜は一礼して出て行ってしまった。
何にせよ、犯人は全部屋分の鍵を持っているには違いない。
レミリアは自分の座っている椅子から扉までの距離を目測した。
鍵穴が回るようなことがあれば、即座に槍をたたき込んでやるのである。
翌朝、レミリアの部屋を慌ただしく咲夜が叩いた。
寝入りばなを叩き起こされたレミリアはのろのろと立ち上がった。
「どうしたの、今は」
「大変です。このようなものが玄関ホールに」
レミリアがドアを開けると咲夜にメイドが2人付き添っていた。
咲夜は震えながら、表面に「親愛なるレミリア様」と書かれ大きく膨らんだ封筒をレミリアに差し出す。
まだ一度も破られていない封を開けると、一枚の手紙にブラジャーが二枚同封されていた。白と赤のブラジャーを認め、レミリアは絶句する。
以下、手紙引用。
「突然のお手紙失礼します。実を申し上げますと、例の二人の件は私の本意ではありません。直ちに不正追及をやめていただきたい。親愛なるレミリア様へ。」
「こ、この」
レミリアが勢いよく手紙を床に叩きつけると、メイド達の顔に怯えが走った。
「私を脅迫する気か」
「レミリア様」
レミリアは目の前の3人の顔を見回すと手紙を拾って扉を閉め、鼻息荒く椅子に座った。
ブラジャーを広げると、白い方に「C70」、赤い方に「D75」と書かれている。
白い方がパチュリーで、赤い方が美鈴だろう。
少しして、咲夜が運んできた紅茶を受け取るとレミリアは手帳と睨めっこを始めた。
現在の状況を整理するのだ。
被害者は二人、パチュリーと美鈴。
二人とも永遠亭送りにされ、まだ意識を取り戻していない。
パチュリーが襲われたのは一昨日、美鈴が襲われたのが昨日。
美鈴は何らかの事情を知っていたと思われる。おそらくは不正に荷担させられて、騒ぎになった今、口を封じられた。
手がかりはパチュリーが残した書類と美鈴が残した「P・A・D」の血文字。
犯人は全部屋分の鍵を持っているはずだ。
そして今朝、ブラジャー入りの脅迫状が発見された。
レミリアは下唇を強く噛んだ。
一体、PADとは何だ。PAD。ピー・エー・ディー。パッド。意味が分からない。
目を覚ますとカーテンから差し込んでいた光がすっかり消えていた。
どうやら、考えている内に眠ってしまったらしい。
レミリアは室内の電気を点ける。
丁度、午後7時であった。
起こされずとも、体は普段の生活を覚えているものだ。
間もなくして咲夜が夕食を運んで来たため、半分ほど平らげてからレミリアは部屋を出た。
パチュリーに倣い、困った時には図書館に行ってみることにする。
やはり、地下図書館の入り口には小悪魔がいた。
レミリアは妙に嬉しくなり声をかける。
「何か変わったことあった?」
「いえ。何か本をお探しですか」
「別に。ただ来ただけ」
レミリアは小悪魔の近くに座る。
小悪魔は何やら紅茶を淹れ始めた。
「今、起きたところですか」
「そうよ」
「私もです。今日はフランドール様が来ないので退屈でした」
小悪魔は軽やかな足取りで紅茶を運んできた。
「何だか、今晩は雨が降るそうです」
レミリアは顔をしかめる。
「いやね」
「はい」
ひたすら手帳と向かい合い、時間を浪費するレミリアをよそに小悪魔は何やら本を読んでいる。
「P・A・D」
11時を回った頃、突如声を出したレミリアに小悪魔は目を丸くした。
「P・A・Dって」
「そう。美鈴の残したメッセージ。どう思う」
小悪魔は何やら興味津々な様子である。
「それなんですけどね、まあ、不謹慎なんですが、メイドの間で話題になってますよ」
メイド達もそれなりに怯えているのだろうが、自分自身が不正を犯した立場でもそれを追う立場でも無いためどこか他人事なのだろう。レミリアは「うん」と言った。
「なぞなぞ遊び感覚っていうんですか。私も一緒になって考えましたが、あんまりそれっぽい答えは出ませんでしたね。咲夜さん達にも聞いてみたらどうです。血文字の件は有名ですから、案外誰かが確信に迫っているかもしれませんよ」
その通りだ。レミリアも賛同したが、何せ自分たちは夜行性であるからして皆は眠ってしまったに違いない。翌朝に聞いて回ることにした。
「許せない事件ですね」
「ええ」
レミリアは紅茶を啜り、頷く。
「捕まえるわ」
午前2時。
黒く厚い巨大な雨雲が紅魔館の上に差し掛かる。
ぽつり、ぽつりと雨粒が屋根を叩き、やがて豪雨となった。
「特に何もありませんでしたよ、不正なんて」
美鈴は上唇を噛みつつ言った。
レミリアは懐から万年筆を取り出して、「不正は無かった」と、手帳の上を走らせる。
普段なら美鈴が一人寝ぼけている正門には、彼女の他にもう3人の見張りが置かれている。
「最高責任者はあなただとして、現場担当は?」
「それも私です。人手が足りなかったので1人でした」
美鈴は何かに怯えるように、口調を早める。
「ふうむ」
レミリアは必要以上にぼりぼり、と頭を掻く。手帳の上には「人材不足」と書かれる。
咲夜が毎日シャンプーしているため、頭垢は落ちない。
「頭、どうかしました?」
「別に。来年からはそっちに人を回してあげる。しつこいようだけど、ここ最近の侵入者は」
「ありませんでした」
手帳の上には、「外部犯の可能性、いよいよ薄し」と書かれる。
「昨日事件があった時、何してた?」
「え、昨日の晩ですか」
「そう」
「えっと、夕食食べて部屋で休んでたら、咲夜さんが来て永遠亭まで使いに行きました」
美鈴は落ち着きなく口元を動かす。
レミリアは手帳を閉じた。
図書館の入り口では、小悪魔がフランドールとチェスに興じていた。
フランドールはここ最近この手の遊戯に目覚め、夜行性で遊び好きな小悪魔がよく付き合っていた。
レミリアは適当な椅子を置いてフランドールに話しかける。
「昨日の晩、何してた?」
「部屋で麻雀」
レミリアは首を傾げた。
「1人で?」
「4人」
レミリアは納得した。
「大丈夫よ。フランは疑ってないから、念のため」
最近地下から出たばかりで、ただでさえ厭世気があるフランドールに動機は見当たらない。
「レミリア様」
かたかた、とポーンを動かしつつ小悪魔がこちらを向いた。
「私、ちょっとお話ししたいことが」
レミリアはフランドールを見た。
フランドールは羽を小刻みに動かして、考え込んでいる。
「ここで言っていいわよ」
「はあ、5日ほど前ですか。美鈴さんがパチュリー様に呼ばれていました。その時、私はそこの右手で図書整理をしていました」
「うん」
初耳のようだ。
「すると、帰り際美鈴さんが慌てた様子で走って来まして、脇目も振らずに図書館から出て行ってしまいました」
レミリアは万年筆で内容を書き取る。
「それだけですが、気になりましたので」
小悪魔はおどけた表情をした。
フランドールは先ほどから一手も指さず固まっている。
盤上は酷い有様であった。
どうやら、美鈴にもう一度話しを聞く必要があるらしい。
レミリアは昼食のサンドウィッチを二切れ胃袋に押し込み机上の推理小説を10ページ程読み進めてから、咲夜を呼んだ。
「寝るわ、7時になったら起こして」
「はい」
「ところで、昨日事件に気付いた時何してた?」
「お嬢様のお食事の後片付けをして、美鈴を呼びに行きました」
レミリアはばつが悪くなり、頬を触る。
「どうして気付いたの?」
「メイドが騒いでおりました」
レミリアは咲夜のメイド服を持ち上げる大きな膨らみを見る。
咲夜の胸ははちきれんばかりに大きい。
これが締められたら、さぞや苦しかろう。
「どうしたんですか、胸ばかり見て」
レミリアはふと我に返る。
「あ、いや。ごめん。あんまりにも凄かったから」
二人の乾いた笑いが響く。
レミリアが布団を被ると、背後からドアの閉まる音が聞こえた。
しかし午後6時。咲夜とフランドールが扉を蹴破らん勢いで開け、レミリアは目を覚ました。
「お姉様」
「起きてください」
レミリアは薄暗くなった外を見てから、時計を見やる。
「何」
「美鈴が」
咲夜は舌が回っていない。
レミリアはコートを羽織り、探偵帽を目深に被った。
「美鈴?」
湖の表面には歩けるほどの厚さの氷が張られていた。
ずぶ濡れの美鈴は上半身だけチャイナ服を脱がされ、サラシを巻きつけられて真っ青な顔で氷上に横たわっていた。
「脈はあります」
「ひ、酷い。早くサラシを取ってあげないと」
メイドがもたもたとサラシを外そうとしているのに苛立ったレミリアは急いでサラシに手を掛けた。
前回の失敗をいかす機会だ。
「手伝って」
フランドールが美鈴の体を持って、レミリアが手早くサラシを巻き取っていく。
サラシが外れるとどよめきが漏れた。
「ああ」
美鈴の大きな胸は、やはり真っ平らに潰されていた。
膨らみなどこれぽっちも見当たらない。
相変わらず化け物じみた所行だ。
「ぺったんこ」
美鈴の巨乳、今や無惨に圧縮されパチュリー同様まるきり平面と化していたのである。
「惨い」
レミリアはぎりぎり、と歯ぎしりした。
これほど短時間であの巨乳をここまで子供還りさせられるものか。
「レミリア様」
1人で話しかけるのがためらわれるのか、メイドが3、4人固まってレミリアを呼んだ。
「血文字が」
薄く積もった霜の上、氷上に開いた穴の近く、確かに血文字が書かれていた。
うっすらと滲んでいたもののまだ読み取れる。
酷く乱れた字体で「PAD」と書かれていた。
「美鈴」
美鈴のメッセージにレミリアは拳を握った。
恐らく鼻血で書いたのだろう。
美鈴の鼻からは一本の赤い線が延びていた。
倒れた際、顔からいったに違いない。
「最初に美鈴を見つけたのは誰?」
固まっていたメイドの内、一際背の低い1人が手を挙げた。
「あの、美鈴さんが湖の方に見回りしに歩いてったと思ったら、次の交代の時間まで戻って来なくて。それで私が捜しに」
「これは、何」
レミリアは血文字の脇にぽっかり開いた氷上の穴を指さした。
咲夜が頷いた。
「美鈴はここに刺さった状態で発見されました」
「刺さった? 湖に?」
「はい。頭から」
パチュリーに続いて美鈴が病院(永遠亭)送りとなった。
美鈴が運ばれるのを見届けたレミリアは玄関ホール近くの応接間にフランドールと咲夜、小悪魔を集めた。
一同はそれぞれ、大きなソファーに座る。
「私が言いたいことは分かるわね」
咲夜が頷く。
遅れてフランドールも頷いた。
この部屋に集った、自分を含める4人はその実力からして誰が言うまでもなく、容疑者有力候補である。
「原因」
レミリアは懐から一枚の紙を取り出した。
「これは」
「不正の証拠。パチェはこれのために狙われ、美鈴もおそらくは。とすればよ、次に狙われるのは私だと思わない?」
「お姉様」
レミリアは紙を内ポケットに戻す。
「何もね、あなた達を疑う理由は実力に限ったことじゃないのよ。私の推測だと美鈴は不正の何らかを知っていた。いえ、恐らく荷担していた。そして口封じに遭った。もし、この推測が正しければ犯人は美鈴を脅すなり何なりして不正を強要できる人物。仮に弱みを握っていたとしても、メイドにそれが出来るとは思えないわ」
レミリアの説明に3人は頷く。
「また聞かなくちゃならないわ。あなた達、美鈴がいなくなった頃何してた? メイドによると5時頃」
「私は1人で部屋にいました」
咲夜が言った。
「私も」
「私も」
レミリアはううむ、と唸る。
「私も」
一同、項垂れる。
レミリアは再び口を開く。
「犯人は恐らくメイドを襲わないわ。なぜなら彼女達は不正に関係していない。多分、だから不正の内容なんて知らない。美鈴は知っていた。もちろん外部犯の可能性はあり得ないわ」
一旦、区切る。
「そこで、私達はこれから一つの部屋に集まって過ごすってのはどうかしら? そうすればこの中に犯人がいたとしても」
フランドールが首を振る。
「じょ、冗談じゃないわ。この中に犯人がいるかもしれないのに、そ、そんなこと出来るわけないじゃない」
完璧な解答である。
妹が余りにも空気を読むので、レミリアは舌を巻いた。
「言うと思ったわ、フラン。そこでこうしましょう。小悪魔とフランドールは自分の部屋の鍵しか持っていない。しかし、咲夜と私は全部屋分の鍵を持っている。つまり、私達2人は小悪魔とフランドールの部屋に入りたい放題。やりたい放題」
レミリアの言いたいことが分かったようで、咲夜は懐から鍵の束を取り出した。
レミリアは深く頷く。
「私達4人の部屋の鍵は、それぞれ自分で保管することにしましょう」
鍵を分配していると応接間の扉が叩かれ、「夕食のお時間です」との声が聞こえた。
話しが一時中断する。
「次に狙われるとしたら、まあ私だけどね。まだパチュリーが持っていた鍵が見つかっていないのよ。全部屋分」
不気味な静寂が一同を襲う。
「まあ、何もこの中の誰かが絶対に持ってるってことはないだろうし。とりあえずこれで解散しましょうか」
重苦しい空気に満ちた部屋からまずは小悪魔が脱出し、咲夜が後に続いた。
フランドールも立ち上がったところでレミリアは引き留め、もう一度座らせる。
「お姉様?」
レミリアはパチュリーが残した証拠の紙をフランドールに渡した。
「フラン、これを持っていなさい。もしも私が倒れた時にはあなたが紅魔館の新当主としてこの事件を解決するのよ。不正は許さないわ」
「え、それじゃあ」
「私は手帳に書き写したから。フラン、私はあなたを信用しているわ。絶対にやってないって。あなたには動機がないもの」
レミリアとフランドールはがっしりと握手した。
犯人はおおよそ小悪魔と咲夜の二人に絞られる。
犯人は狡猾にも門番のシフト、美鈴が1人になる時間を熟知していたのである。
いよいよ外部犯はあり得ない。
未だ不正の証拠は解読に至らず、新たなキーワード「P・A・D」が出現した。
純粋に力の面だけで考えれば断然咲夜が最有力候補であるが、どうしたものか。
とにかく慎重にいかねばならぬ、とレミリアは自分に言い聞かせた。
扉がノックされ、鍵を開けてやると私室に咲夜が入ってくる。
「夕食をお持ちいたしました」
自分で言い出したのではあるが、実に面倒なことになってしまったものだ。
「今日あんまりお腹減ってない」
咲夜はワインボトルを見せる。
「うん、それだけ」
「レミリア様、明日から起こす時にはどのように」
レミリアは机の縁をなぞった。
「大丈夫、1人で起きられるから」
「そうですか」
「この事件を解決したら、また頼むから」
咲夜は一礼して出て行ってしまった。
何にせよ、犯人は全部屋分の鍵を持っているには違いない。
レミリアは自分の座っている椅子から扉までの距離を目測した。
鍵穴が回るようなことがあれば、即座に槍をたたき込んでやるのである。
翌朝、レミリアの部屋を慌ただしく咲夜が叩いた。
寝入りばなを叩き起こされたレミリアはのろのろと立ち上がった。
「どうしたの、今は」
「大変です。このようなものが玄関ホールに」
レミリアがドアを開けると咲夜にメイドが2人付き添っていた。
咲夜は震えながら、表面に「親愛なるレミリア様」と書かれ大きく膨らんだ封筒をレミリアに差し出す。
まだ一度も破られていない封を開けると、一枚の手紙にブラジャーが二枚同封されていた。白と赤のブラジャーを認め、レミリアは絶句する。
以下、手紙引用。
「突然のお手紙失礼します。実を申し上げますと、例の二人の件は私の本意ではありません。直ちに不正追及をやめていただきたい。親愛なるレミリア様へ。」
「こ、この」
レミリアが勢いよく手紙を床に叩きつけると、メイド達の顔に怯えが走った。
「私を脅迫する気か」
「レミリア様」
レミリアは目の前の3人の顔を見回すと手紙を拾って扉を閉め、鼻息荒く椅子に座った。
ブラジャーを広げると、白い方に「C70」、赤い方に「D75」と書かれている。
白い方がパチュリーで、赤い方が美鈴だろう。
少しして、咲夜が運んできた紅茶を受け取るとレミリアは手帳と睨めっこを始めた。
現在の状況を整理するのだ。
被害者は二人、パチュリーと美鈴。
二人とも永遠亭送りにされ、まだ意識を取り戻していない。
パチュリーが襲われたのは一昨日、美鈴が襲われたのが昨日。
美鈴は何らかの事情を知っていたと思われる。おそらくは不正に荷担させられて、騒ぎになった今、口を封じられた。
手がかりはパチュリーが残した書類と美鈴が残した「P・A・D」の血文字。
犯人は全部屋分の鍵を持っているはずだ。
そして今朝、ブラジャー入りの脅迫状が発見された。
レミリアは下唇を強く噛んだ。
一体、PADとは何だ。PAD。ピー・エー・ディー。パッド。意味が分からない。
目を覚ますとカーテンから差し込んでいた光がすっかり消えていた。
どうやら、考えている内に眠ってしまったらしい。
レミリアは室内の電気を点ける。
丁度、午後7時であった。
起こされずとも、体は普段の生活を覚えているものだ。
間もなくして咲夜が夕食を運んで来たため、半分ほど平らげてからレミリアは部屋を出た。
パチュリーに倣い、困った時には図書館に行ってみることにする。
やはり、地下図書館の入り口には小悪魔がいた。
レミリアは妙に嬉しくなり声をかける。
「何か変わったことあった?」
「いえ。何か本をお探しですか」
「別に。ただ来ただけ」
レミリアは小悪魔の近くに座る。
小悪魔は何やら紅茶を淹れ始めた。
「今、起きたところですか」
「そうよ」
「私もです。今日はフランドール様が来ないので退屈でした」
小悪魔は軽やかな足取りで紅茶を運んできた。
「何だか、今晩は雨が降るそうです」
レミリアは顔をしかめる。
「いやね」
「はい」
ひたすら手帳と向かい合い、時間を浪費するレミリアをよそに小悪魔は何やら本を読んでいる。
「P・A・D」
11時を回った頃、突如声を出したレミリアに小悪魔は目を丸くした。
「P・A・Dって」
「そう。美鈴の残したメッセージ。どう思う」
小悪魔は何やら興味津々な様子である。
「それなんですけどね、まあ、不謹慎なんですが、メイドの間で話題になってますよ」
メイド達もそれなりに怯えているのだろうが、自分自身が不正を犯した立場でもそれを追う立場でも無いためどこか他人事なのだろう。レミリアは「うん」と言った。
「なぞなぞ遊び感覚っていうんですか。私も一緒になって考えましたが、あんまりそれっぽい答えは出ませんでしたね。咲夜さん達にも聞いてみたらどうです。血文字の件は有名ですから、案外誰かが確信に迫っているかもしれませんよ」
その通りだ。レミリアも賛同したが、何せ自分たちは夜行性であるからして皆は眠ってしまったに違いない。翌朝に聞いて回ることにした。
「許せない事件ですね」
「ええ」
レミリアは紅茶を啜り、頷く。
「捕まえるわ」
午前2時。
黒く厚い巨大な雨雲が紅魔館の上に差し掛かる。
ぽつり、ぽつりと雨粒が屋根を叩き、やがて豪雨となった。
妹様死亡フラグwww
それまではそれなりに興味を持って読んでいたけど残念だね。
犯人は分かったけど展開が気になるwwww
yuzさんの流れるような筆力・シュールなギャグ描写と、最初から解けているミステリ要素とのギャップを楽しむ作品なのに……