幻想郷には太陽の畑と呼ばれる場所がある。
夏には草原一帯に向日葵が咲き乱れ、妖精達が飛び違い、ちょっとしたコンサートなども行われる賑やかな場所なのだが、
今ではその鮮やかさを失い、茶色がかったモノトーンの淋しい平地となっている。
そこから少しだけ離れた場所に、両手を腰に当てて仁王立ちする妖精と、
尻餅をついているにも関わらずのんびりとした表情をした妖怪が居た。
妖精の背には氷の様な透明感のある羽があり、また彼女の存在感は他の妖精達とはやや違った趣を呈している。
だけれども、それを霞ませてしまう程に、地面に腰をついている妖怪から発せられる不気味さは際だっていた。
妖精の名をチルノといい、その妖怪の名は風見幽香と言う。
チルノはふぅ、と大きく息を吐いた後、震える足を何とかおさえながら言った。
「今日こそはあたいの勝ちね!」
幽香はそれを聞いてのんびりと返答した。
「そうかも知れないわねえ」
ぼんやりと太陽の畑を見下ろすその表情には敗北の悔しさのようなものは一切見られない。
そもそも風見幽香に妖精が勝つことなど不可能である。
妖精としては規格外の強さを持つチルノであれ、それは例外ではない。
全ての者に等しく勝利の機会が与えられているスペルカードルールにおける決闘であっても、
その結論がひっくり返る事は起こりがたい事であろう。
彼女が負けるとすれば、相手が相応に強大か、
彼女が手加減したか、そもそも相手に興味がないかの何れかである。
一応チルノと会話を成立させているので、この場合は恐らく風見幽香は手加減をしたのだろう。
チルノはご機嫌な様子で散々自分の強さと幽香の弱さを指摘しているのだが、
幽香とは1、2歩分ほど距離を置いている。
なので幽香は自分の隣をぽん、と軽く叩いた。
「遠くて話が聞こえないわ。
何か言うことがあるのなら近くにくればどうかしら」
チルノはそれを聞いて、びくりと身体を強張らせたが、無理矢理に強気な笑顔を作ると上ずった声で言った。
「ふふん。
いいさ、なら近くで何であたいが勝ってあんたが負けたのかを教えてやる」
がちがちに固まって、右手と右足を一緒に出して歩いてくるチルノを見ながら、幽香は
「それはありがたいわねえ」
などと苦笑を含んだ表情で呟いた。
様々の花が咲き乱れたあの愉快な異変での逃走以来、
この妖精が自分に対して劣等感のようなものを抱いているのは幽香も知っていた。
一応負けてあげたのだけれども、その後この妖精はそそくさと逃げていってしまったのだ。
それが気がかりだったのだろうか、チルノは時折太陽の畑から少し離れた場所で幽香を見ている事があった。
しかし彼女の他の妖怪とは一線を画した異様な空気のせいでチルノは結局自分から話しかける事が出来ないようだった。
普段からこの妖精が『最強』を自負している事を幽香は常々友人たちから聞いていたので、
きっと負い目になっているのであろうと思い、今日は自分の方からチルノに声を掛けたのだ。
案の定震えながらもチルノはスペルカードルールに基づいた決闘を幽香に挑み、そして幽香は敗北した。
油断したとはいえ、チルノは強かった。
スペルカードルールというハンディキャップを味方に付ければ、
先ず間違いなく並の妖怪とならば五分以上の決闘が出来るだろう。
才能だけではなく、もしかしたら陰でこっそりと訓練でも積んでいたのかも知れない。
幽香にはチルノがやけに戦闘慣れしているように思われたのだ。
妖精のようなお気楽な連中が訓練など大それた事をするとはとても思えないが、
幽香はチルノのひたむきさには好感を持った。
「――というわけさ!
くやしかったらもっともっと強くなってからあたいに挑めっ!」
言いたいことを言えたためだろうか、チルノの緊張は少しはほぐれたらしい。
とりあえずもこれでチルノは大きく胸を張って『最強』を名乗ることが出来るだろう。
真に最強かどうかはさておいて、自分に挑む勇気は称賛に値すると幽香は思った。
自慢ではないが並の人間ならば姿を見ただけで逃げ出す程度の空気を自分はまとっていると彼女は自負している。
それに挑んだチルノの『最強』にかける意志というものは、きっと幼いながらも本物なのだろう。
その一途でまっすぐな性格は、どこかあの努力家魔法使いを彷彿とさせた。
そういったところもあって、自分はチルノと話そうと思ったのかもしれない、と幽香は自己分析をした。
「それで」
幽香はぽつりと自分から話題を振ってみた。
今までイニシアチブを握っていただけに、チルノはびくりと小さく震えた。
幽香は心配要らないという意志を示すために少し表情を和らげたのだが、かえってチルノの表情は引きつってしまった。
少しだけ傷心しながら、幽香は言葉を続ける。
「あなたがここに来た理由はそれだけ?
私は暇つぶしの相手を見つけて有頂天なのだけれど」
有頂天というには随分落ち着いた口調で幽香は言う。
チルノはぱくぱくと何度か口を開いた後、ぶんぶんと首を横に振って、ごくりとつばをのんだ。
今のが気合を入れる仕草だったらしい。
「あ、あんた、ずいぶん前から独りぼっちでさびしそうだったから……あたいの玩具を、持ってきたんだけど」
この言葉には長く生きてきた妖怪、風見幽香もさすがにあんぐりと口を開けるしかなかった。
まさか、自分が独りぼっちのさびしがりやと見られていたとは。
だけれどもと幽香は少し客観的に考え直してみる。
チルノは来る日も来る日も自分の姿を遠巻きに見つめていた。
そして確かに自分は来る日も来る日ものんびりと向日葵を眺めて過ごしていたような気がする。
魔理沙達も全然遊びに来ないので、ここ数ヶ月は特に暇だった。
誰も友達が居ない可哀想な妖怪だと思われても仕方が無いのかも知れない。
そうすると――。
幽香はもう一度緊張してこちらを見ているチルノを観察した。
この妖精は淋しそうな私を見て、友達になってあげようとして近寄ってくれたということだろうか?
彼我の力量差はいくら妖精であれ理解できるはずである。
それをものともせず、友達になろうと声をかけてくれたのだろうか。
だとすれば、この妖精は。
幽香は小さく頷いた。
「そうね……。
人と話すのも久しぶりだし、あなたが遊んでくれるなら嬉しいわ」
「……っ」
チルノにとってそれは予想外の返事だったのだろう。
自分で遊ぼうと誘っておきながら目をまん丸にして驚いていた。
幽香自身も別にこの妖精と遊んだところで退屈であろうとは思っていた。
しかし、迷惑な妖精と悪評高いこのチルノの思いがけない優しい性格を踏みにじるのは
年を経た妖怪として恥ずべき行為だと思う。
幽香はのんびりとチルノの言葉を待った。
ようやく状況が理解できたのか、チルノは驚いたやら怖いやらという微妙な表情でポケットをまさぐり、
そして何やら奇妙に折れ曲がり、組み合わさった金属の棒を幽香に差し出した。
幽香はその形状を見て、それから随分似合わないものを持ってきたな、と思った。
「知恵の輪かしら、これは」
チルノはこくりと頷いた。
「あたいじゃ全然解けないから、友達にも頼んだけど、誰も解けなくて。
それで、あんたなら解けるかなって」
ふうん、と幽香は気のない返事をしてその棒きれを見つめた。
知恵の輪というからには当然力任せに引きちぎってはならないだろう。
そんな事をすればチルノが傷つくだろうし、
そして何よりそのような行為は妖精並の愚かさを露呈させるだけだ。
幽香はじっと金属の棒を見た後で、組み合わさった二つのパーツをそっと握り――
「えい」
引っ張った。
引っ張った、引っ張った、引っ張った。
きち、きち、きち、と音がした。
十回ほど試してみて、幽香はふむ、と溜息をついた。
「……少し難しいわね」
チルノはそれを見て、ううむと唸った。
「やっぱり無理かあ。
なんかあんたなら出来るような気がしたんだけどなあ」
幽香はそれを聞いてむむ、と思う。
ここで引き下がるのは何とも格好が付かない事ではないか。
内心の焦りを見せぬよう、鉄壁の笑顔で幽香は言う。
「この程度は……この私には何ともないわ」
八雲紫やその式ならば見ただけでこの輪を解いてしまうだろう。
純粋な戦闘で彼女達に引けを取るつもりは全くないが、
あのような狂気じみた思考回路を幽香は持っていなかった。
そんな無駄な物を元々必要としなかったのである。
妖怪の中でも幽香はその年齢と相まって賢いのだが、
この知恵の輪というものはその名に反して基本的に知力でどうこうできるものではない。
それこそ驚異の計算能力が無い限りは、である。
幽香はここ数ヶ月の中で一番の集中力を以てして、この難題に挑むことにした。
ここ数ヶ月で一番の集中力を以てして三十分が経過した。
この集中力で戦闘を行えば、並の妖怪が相手ならば死体の山が出来上がっていてもおかしくはない。
だがしかし、強大な妖怪の手の内にあるちっぽけな輪っかは未だに解けそうになかった。
チルノは小さく笑って言った。
「やっぱり無理そうだなあ。
うーん、強けりゃ何でも出来るっていうわけじゃないしね」
「……出来るわ」
ここまでくればもう妖怪の意地である。
フラワーマスター、風見幽香の意地である。
その気になれば幻想郷を恐怖のどん底に叩き込む事が出来る自分の力を以てして、
この程度の相手に手も足も出ないはずがない。
そう思って試すこと数十回。
そして遂に。
すぅ、という抵抗感の無さと共に二つの金属の棒が初めて別れた。
幽香は呆然としてそれを見ていたが、やがて、ふふ、と小さな笑いが漏れた。
「……やっぱりね。
こうすれば解けると思っていたのよ」
嘘である。
偶然である。
だがチルノはそれを素直に受け止めたらしい。
目をまん丸にさせて驚いている。
「ほ、本当に解けたんだそれっ!
外の世界のヘンな奴らが作ったもんだし、
絶対無理だと思ってたのに!」
「そりゃ解けるわよ……。そういう風に作ってあるんだもの」
幽香は大きく溜息をついた。
子供の為に無理をして日曜大工で玩具を作る父親の気持ちも恐らくこのようなものだろう。
疲れはあるが、じわじわと達成感が沸き上がってくる。
やってよかった。
また何かしてあげよう。
そんな気持ちになる。
そして、そのような幽香の心情を知ってか知らずか、チルノは満面の笑みで言った。
「じゃあ、それ直してっ!
今度はあたいがやってみる!!」
「……え」
幽香の笑みが完全に凍り付いた。
不覚であった。
そうだ。
外したのだから元に戻さねばならない。
その単純な公式をどうして自分は失念していたのだろう。
幽香は自分の手の中にある二つの金属の棒をじっと見つめた。
……無理だ。
外した時は無我夢中で、どうやって外したかなど全く頭の中にありはしない。
だがチルノは期待の眼差しを向けている――。
その時、ひょい、と横から手が伸びて、幽香の知恵の輪を取り上げた。
ぎょっとして見上げると、そこに立っていたのはおかしな衣装に身を包んだ痩躯の男、
つまりは香霖堂店主、森近霖之助であった。
いつ現れたのか、いつからそこに居たのか、全く分からない。
呆然と見上げるチルノ、そして幽香を無視して彼は知恵の輪を見やって、やれやれと溜息をついた。
「全く。
大切な商品だから解けたらすぐに返せと言わなかったか?
妖精だから忘れた、なんて言い訳は僕には通用しないよ」
そう言って、霖之助は手品のように滑らかに手を動かして、かちり、と知恵の輪を元の形に戻してポケットに放り込んでしまった。
チルノは突然の自体に泡を食っているようだ。
幽香も内心穏やかではないのだが、取り敢えずこれだけは言っておこうと思い口を開いた。
「事情は知らないけれど、そこの妖精は本当に今の今までこの輪が解けなかったらしいわ」
弁護になっただろうかと幽香は思ったが、霖之助からの言葉は痛烈だった。
「いやいや、いくら妖精でもこんな簡単な知恵の輪が解けない訳がないと思うんだが……
以前うちに来た緑色の髪の珍しく礼儀正しい妖精は、二、三分で解いていたしね」
え、と幽香とチルノは二人して凍り付いた。
無論、両人が凍った理由は別々である。
チルノはその礼儀正しい妖精に心当たりがあったため。
そして幽香は言わずもがなだ。
「大ちゃんは解けたのっ!?
だったら最初から大ちゃんに頼めば良かったかも」
そう言うチルノの言葉を聞いて、いや、と霖之助は首を振った。
「彼女は大ちゃんというのか。
だけれどチルノ、あの子は解けたは良いが戻せなくてね。
だからそこの妖怪に頼んだ方が確かに確実性は上だよ?
何せこの風見幽香は幻想郷古参の大妖怪だからね」
幽香はまた心の中で呻いた。
この男はわざとやっているのではなかろうか。
鉄面皮の下で自分を嘲笑っているのではなかろうか。
そんな想像すらしてしまう。
自分の名前を知っていて、なおかつ恐れる事無く歩み寄ってくるなど正気の沙汰ではない。
香霖堂の店主は変人だと常々聞いていたがまさかここまでとは。
しかも、である。
彼の脇には猫車が鎮座しており、その荷台には大きな置物が幾つも載っている。
見たことのない不思議な素材で作られているので、恐らく外の物なのだろう。
これを曳いてここまで来たということだろうか。
かなり不気味である。
猫車を使っているのだから重くはないのだろうが、そういう事は問題ではない。
珍妙な荷物を乗せた猫車を曳いて痩せた男が歩いてくる。
奇々怪々である。
「あなた、変人ねえ」
思わずしみじみとそんな感想が漏れてしまった。
霖之助は少々傷ついた様子で頭を掻いた。
「よく言われるよ。
それに自覚が無い訳でもない。
まあこの仕事に関しては他人の理解を得られずとも致し方ない。
品物の価値をある程度正当に付ける事が出来るのは僕を除けばごく少数だ」
「私が言っているのはそういう風に猫車を延々と曳いて物を運んでくるその珍妙さなのだけれど」
「なるほどねえ……、む」
何か話題を振ろうとして、霖之助は下を見やった。
チルノが彼の裾を引っ張っているのだ。
彼女は霖之助が顔をこちらに向けたと見るや口を開いた。
「知恵の輪……まだ解けてないんだけど」
「もう外したじゃないか……」
間髪を入れず、疲れた様子で霖之助は言う。
だがチルノはむくれた様子で反駁した。
「だって、あたいは外せてないよ。
それに、外したあと元通りにできなかったら半分は失敗だしさ」
そうは言うがね、と霖之助は言う。
「商品をそうそう長い間外に出しておくのもどうかと思うんだよ。
たしかにそれはがらくた同然だが一応商品価値を付けてある。
子連れの物好きが購入するかも知れないだろう?」
「外せるまで持って行って良いって言ったじゃん」
「それにしても少々期間が長すぎやしないか。
もうかれこれ半月だよ。
それまで待ったのだからそろそろ返して貰っても良い頃だと思うのだけれど」
幽香はふむ、と唸った。
霖之助の言葉はよく分かる。
彼はただの貧乏根性から貸せないと言っているのではない。
商品の事が分かっているから、その価値が分かっているからこそ、
価値に見合った対価が支払われねば商品に失礼だと考えているのだろう。
物好きで商売しているとの事だが一応最低限度の事は商人根性はわきまえているらしい。
ならば仕方がない。
幽香はがさごそとポケットをまさぐり、花の種を幾つか霖之助に渡した。
「これは?」
首を傾げる霖之助に対し、幽香は言った。
「花屋に持って行けば数粒でそこそこの値段になるわ。
それでこの子にそれを譲ってあげなさい」
霖之助はふむ、と一度頷いた。
「珍しい妖怪だね」
「あなたも大概だけれども」
霖之助が差し出した知恵の輪を、幽香は受け取って、それをチルノに握らせにこりと笑った。
種の価値について聞き返して来ない所に好感が持てる。
客を見極める術にも長けているらしい。
ただ……妖怪にしては些か軟弱で、また我の強そうな男ではあるが。
「フラワーマスターと言われるような妖怪がくれた種だ。
大層な価値があるんだろう。
店に来てくれれば、安くしておくよ」
霖之助は種をポケットにしまいながらそのような事をぼそぼそと言った。
「呆れたわね。
さりげなく宣伝活動かしら?」
「なかなかしんどい経営でね」
霖之助は大して辛そうでもない様子で言った。
自分の店には自信があるのかも知れない。
「まあいいわ。
もし付近に行くことがあれば寄ってみてもいいかしら」
「まあね」
苦笑して霖之助が言う。
年を経た妖怪は段々とその活動範囲が狭くなる。
それは幽香とて例外ではない。
その事を霖之助はここにきてようやく思い出したのかも知れなかった。
「では僕はそろそろ行こうかな。
日が暮れれば益々寒くなるだろうからね」
「ええ。
今夜はうんと冷えるそうよ」
「なるほど……それはありがたい情報を貰った。
じゃあ、今度こそ。
チルノも、また店に来てくれ。出来れば客としてね」
くるりと踵を返し、霖之助は猫車を曳いて去っていった。
呆然として知恵の輪を握るチルノと、そして相変わらずの笑顔の幽香だけがそこに残された。
「じゃあ……無粋な邪魔が入ったけれど、また再開しましょうか」
幽香はのんびりと、西に傾いた日を見ながら呟いた。
チルノはそれを聞いて、我に返って、ようやく幽香に笑顔を見せてくれた。
そして気持ちの良い返事と共に一度大きく頷いてくれた。
「じゃあさっ、今度はあたいがやってもいい?」
幽香はこくりと頷いた。
「ええ。
なかなか難しいものだけれどね」
子守もなかなか悪くないものだと幽香は思ったのだが……
さすがにもう一度知恵の輪を解くのは勘弁願いたかったのでほっと一息をついた。
輪っかを相手に悪戦苦闘するチルノを見て、幽香は小さく伸びをする。
太陽は高い。まだまだ日は、落ちそうにない。
「という事があったのさ」
ぬくぬくとした室内で、熱燗を片手に僕は魔理沙に語った。
外は雪がしんしんと降り積もり、幽香の言葉通り寒風が吹き荒んでいた。
「へえ、あの幽香がなあ」
魔理沙はにやにやと笑った。
からかう材料が出来たとでも思っているのだろうか。
その程度で臆するような人ではないだろうに。
後ろで妖精とのやりとりをしている分には確かに見ていて和むものがあったが。
「というか香霖。
おまえずーっと後ろで見てたのかよ」
「そうだが?」
言うと、魔理沙はげえっ、とあからさまに嫌な顔をした。
「やっぱり香霖は変わり者だぜ……というかそれ怖いぜ」
「それは酷い言いぐさだな――、っと。
思い出した思い出した」
僕はぽん、と手を叩いた。
「魔理沙なら知っていると思って是非聞きたかったんだが」
「なんだなんだ?」
魔理沙はこちら側に身を乗り出して来る。
話に興味を持ってくれるのは嬉しいのだが食い付きが良すぎるのも困りものである。
急に近づかれると驚いてしまう。
「いや、大した事ではないのだけれどね。
風見幽香と言えば大妖怪だ。
その周囲に一介の妖精が近づくなんてとてもじゃないができそうにない。
僕が見たところ、チルノにはそこまでの度胸はない気がするんだよ。
なのに何故、あそこまで執拗に幽香の近くに行こうとしたのかな、と思ってね」
ああ、そんな事か、と魔理沙は笑った。
どうやら答えを知っているらしい。
彼女は楽しげな表情でこう答えた。
「そりゃ、幽香とチルノはぱっと見は似たもの同士だからな。
あいつは強すぎたせいか、元々独りぼっちで、ずっと淋しくて、
そんな所に名もないような妖精がやってきて友達になってくれて、凄く嬉しかったんだそうだ。
だからじゃないか?
一人でいつも畑に居る幽香を見て、自分みたいな思いをさせたくないって考えたんだろうな。
まあ幽香の奴がそんなセンチメンタルな心を持ってるとは思えないからチルノのやったことは、
完全な無駄骨なんだろうけどさ」
「へえ……」
僕は息を吐いた。
「それならば……凄いのは、チルノではなく、その名も知れないどこぞの妖精ということになるね。
一体どんな子なのやら。はてさて……」
もしかしたら、案外今日チルノが言っていた『大ちゃん』なのかもしれないな、と僕は思った。
もしそうだとしたら運命というものは実に数奇で面白いものである。
ここまで面白いと逆にレミリア辺りに弄くられたのかと疑ってしまいたくなるほどだ。
しかしまあ、面白いのなら悪くない。
僕は熱い酒に口を付け、明日も今日と同じような日が続くようにと願ってそれを飲み下した。
雪は未だ、しんしんと降り積もっている。
明日はきっと、一面の雪原だろう。
実に楽しみだ。
夏には草原一帯に向日葵が咲き乱れ、妖精達が飛び違い、ちょっとしたコンサートなども行われる賑やかな場所なのだが、
今ではその鮮やかさを失い、茶色がかったモノトーンの淋しい平地となっている。
そこから少しだけ離れた場所に、両手を腰に当てて仁王立ちする妖精と、
尻餅をついているにも関わらずのんびりとした表情をした妖怪が居た。
妖精の背には氷の様な透明感のある羽があり、また彼女の存在感は他の妖精達とはやや違った趣を呈している。
だけれども、それを霞ませてしまう程に、地面に腰をついている妖怪から発せられる不気味さは際だっていた。
妖精の名をチルノといい、その妖怪の名は風見幽香と言う。
チルノはふぅ、と大きく息を吐いた後、震える足を何とかおさえながら言った。
「今日こそはあたいの勝ちね!」
幽香はそれを聞いてのんびりと返答した。
「そうかも知れないわねえ」
ぼんやりと太陽の畑を見下ろすその表情には敗北の悔しさのようなものは一切見られない。
そもそも風見幽香に妖精が勝つことなど不可能である。
妖精としては規格外の強さを持つチルノであれ、それは例外ではない。
全ての者に等しく勝利の機会が与えられているスペルカードルールにおける決闘であっても、
その結論がひっくり返る事は起こりがたい事であろう。
彼女が負けるとすれば、相手が相応に強大か、
彼女が手加減したか、そもそも相手に興味がないかの何れかである。
一応チルノと会話を成立させているので、この場合は恐らく風見幽香は手加減をしたのだろう。
チルノはご機嫌な様子で散々自分の強さと幽香の弱さを指摘しているのだが、
幽香とは1、2歩分ほど距離を置いている。
なので幽香は自分の隣をぽん、と軽く叩いた。
「遠くて話が聞こえないわ。
何か言うことがあるのなら近くにくればどうかしら」
チルノはそれを聞いて、びくりと身体を強張らせたが、無理矢理に強気な笑顔を作ると上ずった声で言った。
「ふふん。
いいさ、なら近くで何であたいが勝ってあんたが負けたのかを教えてやる」
がちがちに固まって、右手と右足を一緒に出して歩いてくるチルノを見ながら、幽香は
「それはありがたいわねえ」
などと苦笑を含んだ表情で呟いた。
様々の花が咲き乱れたあの愉快な異変での逃走以来、
この妖精が自分に対して劣等感のようなものを抱いているのは幽香も知っていた。
一応負けてあげたのだけれども、その後この妖精はそそくさと逃げていってしまったのだ。
それが気がかりだったのだろうか、チルノは時折太陽の畑から少し離れた場所で幽香を見ている事があった。
しかし彼女の他の妖怪とは一線を画した異様な空気のせいでチルノは結局自分から話しかける事が出来ないようだった。
普段からこの妖精が『最強』を自負している事を幽香は常々友人たちから聞いていたので、
きっと負い目になっているのであろうと思い、今日は自分の方からチルノに声を掛けたのだ。
案の定震えながらもチルノはスペルカードルールに基づいた決闘を幽香に挑み、そして幽香は敗北した。
油断したとはいえ、チルノは強かった。
スペルカードルールというハンディキャップを味方に付ければ、
先ず間違いなく並の妖怪とならば五分以上の決闘が出来るだろう。
才能だけではなく、もしかしたら陰でこっそりと訓練でも積んでいたのかも知れない。
幽香にはチルノがやけに戦闘慣れしているように思われたのだ。
妖精のようなお気楽な連中が訓練など大それた事をするとはとても思えないが、
幽香はチルノのひたむきさには好感を持った。
「――というわけさ!
くやしかったらもっともっと強くなってからあたいに挑めっ!」
言いたいことを言えたためだろうか、チルノの緊張は少しはほぐれたらしい。
とりあえずもこれでチルノは大きく胸を張って『最強』を名乗ることが出来るだろう。
真に最強かどうかはさておいて、自分に挑む勇気は称賛に値すると幽香は思った。
自慢ではないが並の人間ならば姿を見ただけで逃げ出す程度の空気を自分はまとっていると彼女は自負している。
それに挑んだチルノの『最強』にかける意志というものは、きっと幼いながらも本物なのだろう。
その一途でまっすぐな性格は、どこかあの努力家魔法使いを彷彿とさせた。
そういったところもあって、自分はチルノと話そうと思ったのかもしれない、と幽香は自己分析をした。
「それで」
幽香はぽつりと自分から話題を振ってみた。
今までイニシアチブを握っていただけに、チルノはびくりと小さく震えた。
幽香は心配要らないという意志を示すために少し表情を和らげたのだが、かえってチルノの表情は引きつってしまった。
少しだけ傷心しながら、幽香は言葉を続ける。
「あなたがここに来た理由はそれだけ?
私は暇つぶしの相手を見つけて有頂天なのだけれど」
有頂天というには随分落ち着いた口調で幽香は言う。
チルノはぱくぱくと何度か口を開いた後、ぶんぶんと首を横に振って、ごくりとつばをのんだ。
今のが気合を入れる仕草だったらしい。
「あ、あんた、ずいぶん前から独りぼっちでさびしそうだったから……あたいの玩具を、持ってきたんだけど」
この言葉には長く生きてきた妖怪、風見幽香もさすがにあんぐりと口を開けるしかなかった。
まさか、自分が独りぼっちのさびしがりやと見られていたとは。
だけれどもと幽香は少し客観的に考え直してみる。
チルノは来る日も来る日も自分の姿を遠巻きに見つめていた。
そして確かに自分は来る日も来る日ものんびりと向日葵を眺めて過ごしていたような気がする。
魔理沙達も全然遊びに来ないので、ここ数ヶ月は特に暇だった。
誰も友達が居ない可哀想な妖怪だと思われても仕方が無いのかも知れない。
そうすると――。
幽香はもう一度緊張してこちらを見ているチルノを観察した。
この妖精は淋しそうな私を見て、友達になってあげようとして近寄ってくれたということだろうか?
彼我の力量差はいくら妖精であれ理解できるはずである。
それをものともせず、友達になろうと声をかけてくれたのだろうか。
だとすれば、この妖精は。
幽香は小さく頷いた。
「そうね……。
人と話すのも久しぶりだし、あなたが遊んでくれるなら嬉しいわ」
「……っ」
チルノにとってそれは予想外の返事だったのだろう。
自分で遊ぼうと誘っておきながら目をまん丸にして驚いていた。
幽香自身も別にこの妖精と遊んだところで退屈であろうとは思っていた。
しかし、迷惑な妖精と悪評高いこのチルノの思いがけない優しい性格を踏みにじるのは
年を経た妖怪として恥ずべき行為だと思う。
幽香はのんびりとチルノの言葉を待った。
ようやく状況が理解できたのか、チルノは驚いたやら怖いやらという微妙な表情でポケットをまさぐり、
そして何やら奇妙に折れ曲がり、組み合わさった金属の棒を幽香に差し出した。
幽香はその形状を見て、それから随分似合わないものを持ってきたな、と思った。
「知恵の輪かしら、これは」
チルノはこくりと頷いた。
「あたいじゃ全然解けないから、友達にも頼んだけど、誰も解けなくて。
それで、あんたなら解けるかなって」
ふうん、と幽香は気のない返事をしてその棒きれを見つめた。
知恵の輪というからには当然力任せに引きちぎってはならないだろう。
そんな事をすればチルノが傷つくだろうし、
そして何よりそのような行為は妖精並の愚かさを露呈させるだけだ。
幽香はじっと金属の棒を見た後で、組み合わさった二つのパーツをそっと握り――
「えい」
引っ張った。
引っ張った、引っ張った、引っ張った。
きち、きち、きち、と音がした。
十回ほど試してみて、幽香はふむ、と溜息をついた。
「……少し難しいわね」
チルノはそれを見て、ううむと唸った。
「やっぱり無理かあ。
なんかあんたなら出来るような気がしたんだけどなあ」
幽香はそれを聞いてむむ、と思う。
ここで引き下がるのは何とも格好が付かない事ではないか。
内心の焦りを見せぬよう、鉄壁の笑顔で幽香は言う。
「この程度は……この私には何ともないわ」
八雲紫やその式ならば見ただけでこの輪を解いてしまうだろう。
純粋な戦闘で彼女達に引けを取るつもりは全くないが、
あのような狂気じみた思考回路を幽香は持っていなかった。
そんな無駄な物を元々必要としなかったのである。
妖怪の中でも幽香はその年齢と相まって賢いのだが、
この知恵の輪というものはその名に反して基本的に知力でどうこうできるものではない。
それこそ驚異の計算能力が無い限りは、である。
幽香はここ数ヶ月の中で一番の集中力を以てして、この難題に挑むことにした。
ここ数ヶ月で一番の集中力を以てして三十分が経過した。
この集中力で戦闘を行えば、並の妖怪が相手ならば死体の山が出来上がっていてもおかしくはない。
だがしかし、強大な妖怪の手の内にあるちっぽけな輪っかは未だに解けそうになかった。
チルノは小さく笑って言った。
「やっぱり無理そうだなあ。
うーん、強けりゃ何でも出来るっていうわけじゃないしね」
「……出来るわ」
ここまでくればもう妖怪の意地である。
フラワーマスター、風見幽香の意地である。
その気になれば幻想郷を恐怖のどん底に叩き込む事が出来る自分の力を以てして、
この程度の相手に手も足も出ないはずがない。
そう思って試すこと数十回。
そして遂に。
すぅ、という抵抗感の無さと共に二つの金属の棒が初めて別れた。
幽香は呆然としてそれを見ていたが、やがて、ふふ、と小さな笑いが漏れた。
「……やっぱりね。
こうすれば解けると思っていたのよ」
嘘である。
偶然である。
だがチルノはそれを素直に受け止めたらしい。
目をまん丸にさせて驚いている。
「ほ、本当に解けたんだそれっ!
外の世界のヘンな奴らが作ったもんだし、
絶対無理だと思ってたのに!」
「そりゃ解けるわよ……。そういう風に作ってあるんだもの」
幽香は大きく溜息をついた。
子供の為に無理をして日曜大工で玩具を作る父親の気持ちも恐らくこのようなものだろう。
疲れはあるが、じわじわと達成感が沸き上がってくる。
やってよかった。
また何かしてあげよう。
そんな気持ちになる。
そして、そのような幽香の心情を知ってか知らずか、チルノは満面の笑みで言った。
「じゃあ、それ直してっ!
今度はあたいがやってみる!!」
「……え」
幽香の笑みが完全に凍り付いた。
不覚であった。
そうだ。
外したのだから元に戻さねばならない。
その単純な公式をどうして自分は失念していたのだろう。
幽香は自分の手の中にある二つの金属の棒をじっと見つめた。
……無理だ。
外した時は無我夢中で、どうやって外したかなど全く頭の中にありはしない。
だがチルノは期待の眼差しを向けている――。
その時、ひょい、と横から手が伸びて、幽香の知恵の輪を取り上げた。
ぎょっとして見上げると、そこに立っていたのはおかしな衣装に身を包んだ痩躯の男、
つまりは香霖堂店主、森近霖之助であった。
いつ現れたのか、いつからそこに居たのか、全く分からない。
呆然と見上げるチルノ、そして幽香を無視して彼は知恵の輪を見やって、やれやれと溜息をついた。
「全く。
大切な商品だから解けたらすぐに返せと言わなかったか?
妖精だから忘れた、なんて言い訳は僕には通用しないよ」
そう言って、霖之助は手品のように滑らかに手を動かして、かちり、と知恵の輪を元の形に戻してポケットに放り込んでしまった。
チルノは突然の自体に泡を食っているようだ。
幽香も内心穏やかではないのだが、取り敢えずこれだけは言っておこうと思い口を開いた。
「事情は知らないけれど、そこの妖精は本当に今の今までこの輪が解けなかったらしいわ」
弁護になっただろうかと幽香は思ったが、霖之助からの言葉は痛烈だった。
「いやいや、いくら妖精でもこんな簡単な知恵の輪が解けない訳がないと思うんだが……
以前うちに来た緑色の髪の珍しく礼儀正しい妖精は、二、三分で解いていたしね」
え、と幽香とチルノは二人して凍り付いた。
無論、両人が凍った理由は別々である。
チルノはその礼儀正しい妖精に心当たりがあったため。
そして幽香は言わずもがなだ。
「大ちゃんは解けたのっ!?
だったら最初から大ちゃんに頼めば良かったかも」
そう言うチルノの言葉を聞いて、いや、と霖之助は首を振った。
「彼女は大ちゃんというのか。
だけれどチルノ、あの子は解けたは良いが戻せなくてね。
だからそこの妖怪に頼んだ方が確かに確実性は上だよ?
何せこの風見幽香は幻想郷古参の大妖怪だからね」
幽香はまた心の中で呻いた。
この男はわざとやっているのではなかろうか。
鉄面皮の下で自分を嘲笑っているのではなかろうか。
そんな想像すらしてしまう。
自分の名前を知っていて、なおかつ恐れる事無く歩み寄ってくるなど正気の沙汰ではない。
香霖堂の店主は変人だと常々聞いていたがまさかここまでとは。
しかも、である。
彼の脇には猫車が鎮座しており、その荷台には大きな置物が幾つも載っている。
見たことのない不思議な素材で作られているので、恐らく外の物なのだろう。
これを曳いてここまで来たということだろうか。
かなり不気味である。
猫車を使っているのだから重くはないのだろうが、そういう事は問題ではない。
珍妙な荷物を乗せた猫車を曳いて痩せた男が歩いてくる。
奇々怪々である。
「あなた、変人ねえ」
思わずしみじみとそんな感想が漏れてしまった。
霖之助は少々傷ついた様子で頭を掻いた。
「よく言われるよ。
それに自覚が無い訳でもない。
まあこの仕事に関しては他人の理解を得られずとも致し方ない。
品物の価値をある程度正当に付ける事が出来るのは僕を除けばごく少数だ」
「私が言っているのはそういう風に猫車を延々と曳いて物を運んでくるその珍妙さなのだけれど」
「なるほどねえ……、む」
何か話題を振ろうとして、霖之助は下を見やった。
チルノが彼の裾を引っ張っているのだ。
彼女は霖之助が顔をこちらに向けたと見るや口を開いた。
「知恵の輪……まだ解けてないんだけど」
「もう外したじゃないか……」
間髪を入れず、疲れた様子で霖之助は言う。
だがチルノはむくれた様子で反駁した。
「だって、あたいは外せてないよ。
それに、外したあと元通りにできなかったら半分は失敗だしさ」
そうは言うがね、と霖之助は言う。
「商品をそうそう長い間外に出しておくのもどうかと思うんだよ。
たしかにそれはがらくた同然だが一応商品価値を付けてある。
子連れの物好きが購入するかも知れないだろう?」
「外せるまで持って行って良いって言ったじゃん」
「それにしても少々期間が長すぎやしないか。
もうかれこれ半月だよ。
それまで待ったのだからそろそろ返して貰っても良い頃だと思うのだけれど」
幽香はふむ、と唸った。
霖之助の言葉はよく分かる。
彼はただの貧乏根性から貸せないと言っているのではない。
商品の事が分かっているから、その価値が分かっているからこそ、
価値に見合った対価が支払われねば商品に失礼だと考えているのだろう。
物好きで商売しているとの事だが一応最低限度の事は商人根性はわきまえているらしい。
ならば仕方がない。
幽香はがさごそとポケットをまさぐり、花の種を幾つか霖之助に渡した。
「これは?」
首を傾げる霖之助に対し、幽香は言った。
「花屋に持って行けば数粒でそこそこの値段になるわ。
それでこの子にそれを譲ってあげなさい」
霖之助はふむ、と一度頷いた。
「珍しい妖怪だね」
「あなたも大概だけれども」
霖之助が差し出した知恵の輪を、幽香は受け取って、それをチルノに握らせにこりと笑った。
種の価値について聞き返して来ない所に好感が持てる。
客を見極める術にも長けているらしい。
ただ……妖怪にしては些か軟弱で、また我の強そうな男ではあるが。
「フラワーマスターと言われるような妖怪がくれた種だ。
大層な価値があるんだろう。
店に来てくれれば、安くしておくよ」
霖之助は種をポケットにしまいながらそのような事をぼそぼそと言った。
「呆れたわね。
さりげなく宣伝活動かしら?」
「なかなかしんどい経営でね」
霖之助は大して辛そうでもない様子で言った。
自分の店には自信があるのかも知れない。
「まあいいわ。
もし付近に行くことがあれば寄ってみてもいいかしら」
「まあね」
苦笑して霖之助が言う。
年を経た妖怪は段々とその活動範囲が狭くなる。
それは幽香とて例外ではない。
その事を霖之助はここにきてようやく思い出したのかも知れなかった。
「では僕はそろそろ行こうかな。
日が暮れれば益々寒くなるだろうからね」
「ええ。
今夜はうんと冷えるそうよ」
「なるほど……それはありがたい情報を貰った。
じゃあ、今度こそ。
チルノも、また店に来てくれ。出来れば客としてね」
くるりと踵を返し、霖之助は猫車を曳いて去っていった。
呆然として知恵の輪を握るチルノと、そして相変わらずの笑顔の幽香だけがそこに残された。
「じゃあ……無粋な邪魔が入ったけれど、また再開しましょうか」
幽香はのんびりと、西に傾いた日を見ながら呟いた。
チルノはそれを聞いて、我に返って、ようやく幽香に笑顔を見せてくれた。
そして気持ちの良い返事と共に一度大きく頷いてくれた。
「じゃあさっ、今度はあたいがやってもいい?」
幽香はこくりと頷いた。
「ええ。
なかなか難しいものだけれどね」
子守もなかなか悪くないものだと幽香は思ったのだが……
さすがにもう一度知恵の輪を解くのは勘弁願いたかったのでほっと一息をついた。
輪っかを相手に悪戦苦闘するチルノを見て、幽香は小さく伸びをする。
太陽は高い。まだまだ日は、落ちそうにない。
「という事があったのさ」
ぬくぬくとした室内で、熱燗を片手に僕は魔理沙に語った。
外は雪がしんしんと降り積もり、幽香の言葉通り寒風が吹き荒んでいた。
「へえ、あの幽香がなあ」
魔理沙はにやにやと笑った。
からかう材料が出来たとでも思っているのだろうか。
その程度で臆するような人ではないだろうに。
後ろで妖精とのやりとりをしている分には確かに見ていて和むものがあったが。
「というか香霖。
おまえずーっと後ろで見てたのかよ」
「そうだが?」
言うと、魔理沙はげえっ、とあからさまに嫌な顔をした。
「やっぱり香霖は変わり者だぜ……というかそれ怖いぜ」
「それは酷い言いぐさだな――、っと。
思い出した思い出した」
僕はぽん、と手を叩いた。
「魔理沙なら知っていると思って是非聞きたかったんだが」
「なんだなんだ?」
魔理沙はこちら側に身を乗り出して来る。
話に興味を持ってくれるのは嬉しいのだが食い付きが良すぎるのも困りものである。
急に近づかれると驚いてしまう。
「いや、大した事ではないのだけれどね。
風見幽香と言えば大妖怪だ。
その周囲に一介の妖精が近づくなんてとてもじゃないができそうにない。
僕が見たところ、チルノにはそこまでの度胸はない気がするんだよ。
なのに何故、あそこまで執拗に幽香の近くに行こうとしたのかな、と思ってね」
ああ、そんな事か、と魔理沙は笑った。
どうやら答えを知っているらしい。
彼女は楽しげな表情でこう答えた。
「そりゃ、幽香とチルノはぱっと見は似たもの同士だからな。
あいつは強すぎたせいか、元々独りぼっちで、ずっと淋しくて、
そんな所に名もないような妖精がやってきて友達になってくれて、凄く嬉しかったんだそうだ。
だからじゃないか?
一人でいつも畑に居る幽香を見て、自分みたいな思いをさせたくないって考えたんだろうな。
まあ幽香の奴がそんなセンチメンタルな心を持ってるとは思えないからチルノのやったことは、
完全な無駄骨なんだろうけどさ」
「へえ……」
僕は息を吐いた。
「それならば……凄いのは、チルノではなく、その名も知れないどこぞの妖精ということになるね。
一体どんな子なのやら。はてさて……」
もしかしたら、案外今日チルノが言っていた『大ちゃん』なのかもしれないな、と僕は思った。
もしそうだとしたら運命というものは実に数奇で面白いものである。
ここまで面白いと逆にレミリア辺りに弄くられたのかと疑ってしまいたくなるほどだ。
しかしまあ、面白いのなら悪くない。
僕は熱い酒に口を付け、明日も今日と同じような日が続くようにと願ってそれを飲み下した。
雪は未だ、しんしんと降り積もっている。
明日はきっと、一面の雪原だろう。
実に楽しみだ。
和みました
確か妖精って大なり小なり皆馬鹿って、後から設定が変わったよね
チルノが馬鹿過ぎるのが原因かどうか知らないけど
香霖の体力は謎だけど、大型冷蔵庫やタヌキの置物を
無縁塚から拾って運ぶだけの体力はあるみたいだね。
四次元ポケットや空を飛ぶ魔法道具で運送しているかもしれないけど
幽香の傘を作った、或いは幽香の傘を手に取ったことがあるっぽい。実際こんなやり取りだったのかも
知恵の輪はまるで解けません。ええ話でした
良い雰囲気だなー。
知恵の輪はかちゃかちゃやってると偶然とける感じでしたw
知恵の輪とか最近はどこに行けば手に入るんだろ。幻想入りしたんだろうか
一部の店でですけどw
それはともかく、自称「最強」の妖精と妖怪が知恵の輪相手に苦戦してる姿は和みます。
ゆうかりんが引き千切るんじゃないかと心配してたのは内緒ですw
あと大ちゃんの利口さと優しさはガチ。
まるでオレらに弾幕のよけかたを教えてくれるかのような計算された弾幕はバカにはできない!
与吉さまの描く冬の物語は味があってとっても心地よいです。
魔理沙にべったりな霖之助とか、良い感じ。
私もこれぐらいの心地よい文章を書きたいものです。
知恵の輪は、偶然に任せてガチャガチャやって、それから考えて解くって感じでした。
一度解けたら、構造を理解して、もう一回やって、って感じです^^
あと、チルノはやっぱり可愛いね~♪
じゃなくてよかった
直接登場はしてないですが、優しく賢い大ちゃんの株が上がりました〜
相変わらずの魔理霖コンビも良かったです。