Coolier - 新生・東方創想話

幽香にキッス

2008/11/17 00:27:40
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ちゅっ! ちゅちゅー……ちゅむちゅむ……、
ちゅぅ……ちゅちゅ……ちゅっ……ちゅぴっ。



「……ぷはーっ」
「あ……あう……あああ……」
「ろーしたんらー? お顔がまっかられー」
「あうあうあう……」

唇を離した魔理沙が、焦点の合っていない瞳で幽香の顔を覗き込む、
対して幽香は動かなかった、そして動けなかった。

「おーし! よくやった魔理沙!」
「はっはっは、このわらひにまっかせーなさーい」
「賭けは私の勝ちだー!」
「ちっ、霊夢にいくと思ったのに」
「ちょっと魔理沙! なんで私に来ないのよ!」

魔理沙の唇が幽香の唇をこれでもかと貪ったその感触、
その感触が幽香から正常な思考を奪い取ったのだ。

「あ……あーーーーっ!!」

やがて幽香は両手で顔を押さえ、悲鳴をあげながら飛び去っていく、
しかし今は誰もが宴会に酔いしれている真っ最中、その事を気にする者はいない、
風見幽香だけがこの日の出来事を詳細に、そして永遠に覚えている事だろう、
なぜなら、それは彼女にとって初めてのキスだったのだから。





「んあー……?」

コンコンと、霧雨邸に玄関の戸を叩く音が何度も響く、
二度寝を昼過ぎまで存分と貪っていた魔理沙はゆっくりと頭を持ち上げた。

「……着替えが終わるまで待ってくれー、待たなきゃ撃つ」

そろそろ寝るのにも飽いたのか、魔理沙はのんびりとベッドから降りて
丁寧に顔を洗い、着替えを済ませ遅い朝食をすませる。

「ん? ああ……誰か来てたんだったな」

食後のお茶と一緒に本でも読もうとしたところで
再度戸を叩く音が聞こえてくる、来客の事をすっかり忘れていたようだ。

「悪い、今開けるぜ」
「はいこんにちは、相変わらずね魔理沙」

玄関を開けると、そこにいたのは見事な微笑みを浮かべた風見幽香。

「(やっべぇ……)」
「どうしたの? 顔が真っ青よ」

魔理沙が目の前の幽香の笑顔をこれまでの経験と記憶に照らし合わせると、
危険度はおよそレベル7、大きな地割れ、山崩れ、建物の倒壊が多発する程度だ。

「あーその、なんだ……すまん、わざとじゃないんだ、流れでついうっかり……」
「流れね……それは分かってるわ、しょうがないことよね」
「そう! しょうがないことなんだ! だから怒りを静めてくれ……ないよな、やっぱり」
「あら、最初から怒ってなんかいないわよ?」

幽香はただ微笑んでいた、マスタースパークを放つわけでもなく、
かといって傘で殴りかかってくるわけでもなく、にこにこと。

「でも……」
「で、でも?」
「責任は取ってもらわないとね」
「ごめんなさい! 何でも持ってって構いません! ですから命の保障だけはどうか!!」
「ああもう、元からそんな気はまったく無いわよ」
「え……そうなのか?」
「勿論じゃない」
「よ、良かった、本当に良かった……」
「だって私の旦那様になる人だもの」
「……はい?」

魔理沙の目が点になる。

「……旦那様? 誰が?」
「あなたに決まってるじゃない」
「私が? 何で?」
「何でって……ほら、子供が出来たからよ」

幽香は不思議そうな表情を浮かべ、魔理沙の手を取り自らのお腹に当てる。

「えーと、誰との子供ですか?」
「あなたとの子供よ、もう、分かってなかったの?」
「……あなたと子作りした覚えは無いのですが」
「私は覚えてるわ、そう、あれは二ヶ月も前のこと……」

その日、神社の宴会で酒を片手に幽香は月を眺めていた、
ふとそんな時、誰かが自分の袖を引っ張る、つい釣られて振り向けば、
そこにいた魔理沙に押し倒され、状況が理解できない間に二人の顔は重なり――。

「熱い熱い二人だけの空間で魔理沙のおしべが私のめしべと絡み合い」
「待てっ! そりゃキスだろ!! キスの話じゃないか!!」
「ええそうよ、そしてあれが私の初めてのキス……」
「そうじゃなくて! なんでキスで子供が出来るんだよ!」
「……何を言ってるの? キスしたら子供が出来るに決まってるじゃない」
「は?」
「大人の世界の常識じゃない、もう……からかわないで」

魔理沙の目がまたも点になる、そして幽香は何故か頬を染めている、
しかし魔理沙の脳は硬直してる場合ではないと判断したのか、
正常な思考に戻り、状況を分析して何とか答えを導き出そうとしていた。

「つまり、私とキスしたから子供が出来たんだな?」
「そうよ」
「で、その責任を取ってほしいと」
「うん!」
「……幽香、一緒に永遠亭に行こうか」
「あっ、そうね! 赤ちゃんの様子を確認してもらわないといけないわね!」
「(確認してもらうのはお前の頭だ……)」

勘違いしたままの幽香をつれて永遠亭まで二人旅、
しかし永遠亭に付くまで魔理沙の気が落ち着くことは無かった、
常に魔理沙に注ぎ込まれる幽香の視線、振り向けば帰ってくるのは微笑みだけ、
本来ならこの微笑みと一緒に様々な攻撃が飛んでくるのだがその気配も無い。

「うふふ……」
「(私を確実に仕留めれるチャンスでも待っているのか?)」
「うふ、うふふふ」
「(……ボムの準備だけはしとくか)」

やがて二人は永遠亭に付き、魔理沙が異常事態だと兎に伝えると
答えが帰ってくる前に割り込み同然に永琳の医務室に突入、
呆れる永琳に半ば無理矢理に幽香を押し付けて、待つこと数十分。

「お二人さん、検査結果が出たわよ」
「おお、それでどうなんだ?」
「……おめでとう、二ヶ月ぐらいね、お幸せに」
「そうかそうか、って待て!」
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないだろ、この状況をよく見てみろ」
「状況ねぇ……」

そう言われ、永琳はぱちくりとした目で魔理沙と幽香を交互に見る、
そのまま右手を顎に当て、ひとしきり思案した後に一言。

「お父さんも連れてきたほうがいいんじゃない?」
「父親は私なんだよ」
「あら、それはインド人もびっくりね」
「冗談抜きで本当にな」
「……ちょっと待って、確認するから」

永琳は検査の結果が書かれた用紙を手にとり、にらめっこを始めた、
一分後、少し表情がけわしくなった、三分後、冷や汗を流し始めた、
そして五分後には、とうとう用紙を地面に落とす始末。

「あ、ありえない……!」
「ようやく理解してくれたか」
「あなたが私より先にふ○○りになる薬を作ったっていうの!?」
「畜生! わかってねぇ!!」

永琳の七大目標の一つ、それが○たな○になる薬である。

「お願い! その薬を私にも分けて頂戴! もう温もりを分かち合うだけの愛は嫌なの!
 形が欲しいのよ! 私と姫の愛の結晶を目で見て肌で触って感じ取りたいの!」
「無い! そんなもん無いからすがりつくな!!」

足にしがみつく永琳を引き剥がし、なだめて何とか落ち着かせる、
続けて経緯を細かに話してようやく会話が次へと進む。

「つまりキスだけで子供が出来た、と」
「もしくは私と関係ないところで男とにゃんにゃんしたってとこだな」
「してないわよ、魔理沙とならいくらでもしてあげるけど……きゃっ」
「彼女の言う通りね、子供の魔力を調べたらあなた達のと一致してるし」
「ということは正真正銘?」
「ええ、二人の子供ね」

永琳の言葉に魔理沙ががっくりと肩を落とす、
隣では幽香がにゃんにゃんを想像しているのか、目を瞑って頬を赤らめていた。

「ありえないぜ」
「まったくね」
「え? どうして? キスで子供が出来るのは普通でしょ?」
「……永琳、ちょっとこいつに子供の作り方ってのを教えてやってくれないか?」
「それは実技で?」
「医学的な口頭説明で」
「しょうがないわね、手短にいくわよ?」

それから説明が終わるまでの時間はあまりにも凄まじい物だった、
長生きしているとはいえ、外見二十歳前後の女性の口から次々に飛び出る
(隙間)やら(隙間)などの放送禁止用語の数々、勿論医学的に説明しているのだから
何の恥じらいも無く連呼したりするわけであり、さすがの魔理沙でも顔を背けたり
赤らめたりしていたのだが、何も知らない幽香は興味津々に聞き入る始末。

「師匠、次の患者さんがお待ち――」
「(幻想郷倫理委員会により隙間送りとなりました)」
「失礼しましたぁ!!」

医学的に説明しているので決して卑猥ではありませんが、
幻想郷倫理委員会の判断により全部隙間送りとさせていただきます。

「こうやって赤ちゃんができるわけよ」
「ふぅん……ねえ、その(隙間)を魔理沙に付け――」
「ストーップ! 幽香! この話はそこまでだ!!」
「生やすだけなら簡単よ? だけど生殖機能を持たせるのが課題で――」
「喋るな! 喋ると撃つ!!」

魔理沙も必死である。

「こほん、えーっと、結論から言うと子供が出来たのは……想像妊娠によるものね」
「想像妊娠? 何だそれ」
「簡単に言うと、妊娠してないのに妊娠してる時と同じ兆候が現れる症状の事」
「してないのにか?」
「そうよ、精神が肉体に強い影響を及ぼしたと考えてちょうだい、そして人間でこれほどの
 症状が出るなら、人間よりも精神の影響が強い妖怪だとどうなると思う?」
「……本当に子供が出来る」
「その通り、といっても仮説の域は出ないけど」

豆で激痛を感じたり、流水を渡れなかったりと、
妖怪の精神が肉体に及ぼす影響は生命すら左右するほど強い。

「そして子供の魔力が両親譲りということは、キスの時に魔理沙の魔力が
 幽香に移って、それと自身の魔力を練り合わせて作ったと考えるべきだから……」
「あー、何が言いたいんだ?」
「結局はキスで子供が出来たってことよ、おめでとう」
「ふふ、ありがとう」
「全然ありがたくないぜ……」

幽香のお腹の子供に永琳のお墨付きを貰い、
がっくりと気を落としながら家へとたどり着く魔理沙、
だがしかし、彼女にとって本当の困難はこれから始まるのだった。

「(そうだ、子供の事よりも先に)」
「うふふ……ま・り・さ」
「(こいつを何とかしないと……!)」

こいつとは共にソファーに座り、魔理沙の左腕を抱きしめて、
肩に頬を摺り寄せているアルティメットサディスティッククリーチャーの事である。

「幽香」
「なぁに?」
「そろそろ帰ったらどうだ?」
「嫌よ、もっとあなたの傍に居たいもの」
「おぞぞぞぞぞ」

つい口に出してしまうほど悪寒が全身を駆け巡る、
普段とは全然違う幽香が真横にいる、それが魔理沙には恐ろしくてたまらない。

「あっ、そうだ、晩御飯作ってあげるわね」
「うひぃぃぃぃ……」

魔理沙の視界では幽香が嬉しそうな顔でエプロンをつけて、
鼻歌交じりに台所へと消えていく光景が蜃気楼のように映っていた。

「(ま、待てよ、実は料理に毒を仕込むとか……そうだ! そうに違いない!)」

そして一つの可能性に賭けて魔理沙は台所を覗き込む、
幽香なら痺れ薬ぐらい仕込んで当然との期待を込めて。

「ふふふん~ふふふん~ふふふふふふふ~」
「(凄い楽しそうに料理してやがる!)」

しかも鼻歌は恋色マスタースパーク。

「美味しいっていってくれるかしら?」
「(毒を仕込む気配がまったく無いな……)」
「口うつしとかしちゃったり……きゃっ」
「(うわぁ……)」

魔理沙は今すぐにでもつっこみたい衝動を抑え静かに台所を後にする、
居間に戻ってどうしたものかと思案するが、どうしようもないのが現状だ。

「誰か助けてくれ……ん?」

それは魔理沙がと頭を抱えて唸っている時だった、
誰かの来客をしめすノックの音、それに気付くと魔理沙は
わらにもすがりたい気持ちで玄関へと向かう。

「今日の晩御飯は肉じゃが~、うふふ~」

一方、来客に一切気付いていない幽香は丁寧に肉じゃがを作り上げ、
素手で鍋底を持ち上げて居間へと戻る、どこかずれているが気にしない。

「魔理沙ー、晩御飯が出来……」
「おう、邪魔してるよ」
「……魅魔?」

そんな幽香を出迎えたのは魔理沙と、加えて悪霊が一人。

「あんたが何でここにいるのよ」
「おや、私にそんな口を利いていいのかい?」
「……? どういうことよ」

魅魔はにやりと笑みを浮かべると、魔理沙の肩に腕を回す。

「私と魔理沙は師弟だよ? それも長い関係だ……つまり私は魔理沙の母親も同然!」
「母親? ……ああっ! 失礼しましたお義母様!」
「誰がお義母様だい! 十年早いんだよ!」
「あうっ!」

魅魔の投げた本が幽香の頬に当たる、幽香は肉じゃがをこぼさないように両腕で
抱えながらも、その場にへたり込み顔を俯けたまま動かない。

「(魅魔様、さすがに今のはやばいんじゃ……)」
「(大丈夫だよ、まあ私に任せておきな)」
「しくしく……」
「いつまで泣いているんだい! 早く晩御飯を用意するんだよ!」
「は、はい、すぐに……」

魔理沙の予想に反し、幽香が逆上するどころかおよよと泣いていた、
さらに魅魔は姑の如く叱り飛ばし、怒声を畳み掛ける。

「なんだこの味付けは! 調味料が全然効いてないじゃないか!」
「ひゃんっ!」
「具が大きすぎるんだよ! 魔理沙は小さめが好きなのがわからないのかい!」
「あうっ! ……ご、ごめんなさい」
「こんなので魔理沙の嫁になる気だったのかい!? 一から鍛えなおしてやらないとねぇ!」
「うっ、ううっ……」

水や箸を投げつける魅魔の背中には天の文字が浮かんでいるようにも見える、
まさしく姑を極めしもの、下手な嫁では戦う前にノックアウトされかねない。

「ふふふ、私のしごきにどこまでついてこれるかねぇ……」
「(そ、そうか! 幽香をさんざんいびって追い出す気なんだな!)」
「(任せておきな、こいつは私がなんとかしてやろうじゃないか)」
「(さすがは魅魔様、頼りになるぜ!)」

弟子が師を慕い、師が弟子を思う、師弟の絆とは強い物だ。

「料理というものを一から叩き込んでやらないとねぇ、
 いつまでへたり込んでるんだい! さっさとついてきな!」
「わ、分かりました……」

魅魔に半ば引っ張られている状態で台所に消えていく幽香、
そして幽香の辛く厳しい生活が始まったのだった。

「魔理沙と一緒に寝たい!? 家事もろくに出来ないのに寝言言うんじゃないよ!」
「そ、そんなっ!」

魔理沙とは距離を遠ざけられ。

「なんだいこの埃は! 隅々まで掃除が行き届いていないじゃないか!」
「ごめんなさい! すぐに拭きます!!」
「なぁにがすぐにだい! 罰として自分の手で拭きな!!」
「ええっ!?」

毎日身体中が埃にまみれ。

「ご飯は初めちょろちょろ中ぱっぱだよ!! 最初から全開にする馬鹿がいるかい!」
「でも私の傘に細かい火力の調節機能は……」
「だったら素手でやりゃいいだろう!! それとも何かい?
 魔理沙の為に美味しいご飯一つ炊けないってのかい? はっ、たいした嫁だねぇ!」
「うう……や、やります!」

時には釜戸に自ら入り込んでご飯を炊き。

「痛っ!」
「おやおや、裁縫の一つも出来ないのかい? はん、今までどうやって生きてきたんだかねぇ」
「あう……だけど手元を見ないで縫うなんて……」
「言い訳するんじゃないよ! 愛する夫の服ぐらい見ずに縫えなくて何が妻だい!!」
「しくしく」

何度も何度も針を指に刺しては涙目になり、
魅魔の怒声と魔理沙への愛に挟まれて枕を涙で濡らす日々が続いたのだった。

「さて……幽香、今日の朝食には味噌汁をつけるんだよ」
「……はい」

やがて一週間が過ぎた頃、魅魔は幽香に一つの注文をつけた。

「出来ました」
「ふん、見た目は中々だねぇ」

それは霧雨邸に魅魔が来てから、初めて三人でテーブルを囲んだ食事、
魅魔は味噌汁のお椀を手にとると、それを一口味わい、溜め息を一つ付いた。

「……美味い」

やがて魅魔の目から一筋の涙が零れ落ちる。

「これなら魔理沙を安心して任せられるねぇ……ぐすっ」
「お義母様……!」
「そうだな、この味なら毎日食べても……って、えええっ!?」
「私の知識と技術の全てを幽香に伝えたよ、魔理沙、あんたもこれなら文句は――」
「すまん幽香! ちょっと魅魔様と二人っきりにさせてくれ!」
「ちょっ、どうしたんだい魔理沙!?」

魔理沙は席を立った勢いのまま魅魔を引きずって二階へと駆け上がり、
そのまま寝室に連れ込むと、鍵を閉めて密室を作る。

「なんだい? まだ何か不満があるのかい?」
「そういう問題じゃないって! なんで魅魔様まで結婚を推進してるんだよ!」
「……あっ、ついうっかり」
「うっかりじゃないだろぉー!!」

幽香をしごけばしごくほど自らも姑へと進化したようです。

「まあいいじゃないか、もう嫁レベルとしてはファンタズムだよ?」
「良くないって! そもそも私と幽香は女同士だってのに!」
「そんなの、愛の前には……ああそうか、そうだったね、お前はまだ若いんだった」
「なんか意味深!?」

魅魔はどことなく悲しげな表情を浮かべると、
魔理沙の頭に手をやり、やさしく撫でる。

「そうだよねぇ、普通の人間なんだ、普通の恋をして、普通に生きるべきなんだよ」
「……み、魅魔様?」
「本命はやっぱりガラクタ屋の店主なんだろ?」
「だからなんでそうなるんだよっ!」
「よーし、今度こそ私が何とかしてやろうじゃないか、魔理沙と店主の幸せの為に!」
「香霖は関係無いって!!」

やがて二人が話を終えて二階から降りてくる、幽香は呆けた表情で待っていたが、
魔理沙の姿を確認するとすぐにその表情を明るく変えた。

「あ、お味噌汁温めなおしておいたわよ、あな―ー」
「その一言はまだ早いよ幽香っ!!」
「お義母様!?」

魔理沙への傍に寄ろうとする幽香を魅魔が間に立って止める、
そして懐から一枚の紙を取り出し、幽香に突きつけた。

「魔理沙をあなたと呼びたけりゃこれにサインするこったね!!」
「こ、これは……!」
「そう、円満な夫婦生活を送るために必要な十の取り決めさ!」

結婚生活は長く続けているうちに様々な軋轢が生じる物である、
なのであらかじめそれらが生じた時の為の取り決めを作っておくのは重要である、
外界では取り決めをしなかったが為に資産関係などで揉める事が多いとか。

「その一、魔理沙より先に寝ない事! そのニ、魔理沙より先に起きる事!
 その三、常に魔理沙の為の鍛錬を怠らない事! その四、魔理沙より先に死なない事!
 その五、家事は全て幽香が行う事! その六、魔理沙の生活は幽香が養う事!
 その七、魔理沙の命令には逆らわない事! その八、幽香の財産を全て魔理沙に譲る事!
 その九、魔理沙の浮気は全て容認する事! その十、魔理沙の一夫多妻を認める事!」
「(もはや取り決めってレベルじゃねーぞ……!)」

取り決めもここまでいけばもはや奴隷契約も同然、
勿論こんな取り決めにサインをするものなど普通はいない、
そしてそれこそが魅魔の狙いであった。

「ふふふ……これを遵守できるなら、サインするがいいさ」
「(そうか! この無茶な内容で諦めさせる作戦なんだな! さすがは魅魔様!)」
「えーと、風、見、幽、香……と、これでいいのね!?」
『サインしたぁぁぁ!?』

師弟でびっくり。

「これで本当に魔理沙の妻になれるんですね?」
「ああ……ここまで魔理沙の事を思っているのなら、もう何も言う事は無いよ」
「お義母様……私、必ず魔理沙を幸せにして見せます!」
「魔理沙だけじゃない、あんたも幸せになるんだ……それが私からの最後の注文さ」
「……お義母様っ!!」
「幽香っ!!」

母と娘は抱き合い涙を流し、その新たな絆を強く強く確かめ合った。

「それじゃ邪魔者はそろそろおいとまさせてもらうよ」
「魅魔様っ!? 私を見捨てる気なのか!?」
「魔理沙……目に見えるだけが全てじゃない、心を信じるんだ」
「それはぐらかそうとしてるだけだろ!!」
「老兵はただ黙って去るのみさ」
「こ……この役立たずー!! 永遠の出番無しー!! 常にノーパンー!!」

散々暴言を放った後、魔理沙は膝から崩れ落ち、頭を抱えて塞ぎこむ、
状況を考えれば無理もないことだ、突然子供が出来たと押しかけられ、
相手が同姓で、しかも非常に危険であり、さらには頼りの師にも見捨てられたのだから。

「魔理沙……何があったかは分からないけど、一緒に乗り越えていきましょう」
「(お前が原因なんだよっ!!)」

それでも魔理沙は持ち前の気丈さでなんとか気を取り直す。

「(冷静に考えるんだ、忠実な従者が一人手に入った、そう考えればいい!)」
「あ・な・た、ご飯を早く食べてしまわないと冷めちゃうわよ」
「(やっぱ耐えられねぇー!!)」

幽香がエプロンを付けた姿で笑顔と共にあなたと一言、
幻想郷の殿方からすれば歓声が沸きあがっても仕方ないが、
幽香をよく知っている魔理沙からすれば底知れぬ恐怖以外の何物でもない。

「お前もどうかしてるぜ、あんな取り決めにサインするなんて……」
「ああ、あんな取り決め、最初から予定の内よ」
「……は?」
「私はあなたがその気になった時だけ傍に居られればいい、
 その為なら私の全てをあなたに捧げると決めたの」
「っ……!」

その時幽香が浮かべた満面の笑みに、魔理沙の心がとくり、と反応した。

「(な、なんだ今のは? 私が幽香にときめいた……?)」
「うふふ、どうしたの?」
「(いいや、そんな事あるわけが無い! あるわけが無いんだ!)」

魔理沙はその感情を必死に否定し、何とか平常心を取り戻そうと頭を振り振り。

「そもそもあれだろ……言い方は悪いがキスをして子供が出来ただけじゃないか、
 それなのになんで私なんかの為にそこまでやれるんだ?」
「……そうねぇ、確かにキスをされてからの数日はあなたをどう殺すか考えてたわ」
「いっ!?」
「私の初めてを強引に奪った時のあなたの姿が、脳裏に焼きついて離れなかったのよ、
 散々身悶えて、妖精に八つ当たりして、あなたにどう復讐するかを考え続けて……」

幽香は語りながら自らのお腹を両手でぎゅっと抱きしめる、
その表情は誰にも見せた事が無いような素直な顔で。

「でもある日気付いたの、これは憎しみじゃないってね」
「あー……もしかして」
「そう、あなたへの愛だったのよ!」
「わっ!」

そして突然幽香は魔理沙を押し倒し、その上に馬乗りになると
これでもかと魔理沙の顔に自らの顔を近づけてその目を見つめ続ける。

「ああ魔理沙……好き、大好き、愛してるわ……もう何をしていてもあなたが
 私の頭の中から離れてくれないの……だからもっと、もっと傍にいさせて……」
「待て、待て! 落ち着け! お前にその気があっても私には無いんだーっ!!」
「そんな事ぐらい分かってるわ……あなたは私の事なんか少しも思わなくていいの、
 私が勝手にあなたの為にこの身を捧げているだけでいい、あなたは私を便利な
 道具と考えてくれれば構わないの、うふ、うふふふ、うふふふふふふふふふ」
「(ううっ……こ、この幽香の姿を見てると誰かを思い出しそうに……)」

その時、魔理沙の脳裏に浮かんだのは七色の魔女の姿だった。

「(ヤンデレだーーーっ!!)」
「あなたの望む物はなぁに? なんでもあなたに捧げてあげるわよ……?
 魔道書でも、財宝でも、誰かの命でも、ね……くすくすくす」
「……ま」
「ま? 魔道書が欲しいの?」
「マスタースパァァァァク!!」

困った時のの三種の神器、博麗の巫女、メイド長、そしてマスタースパーク。

「……や、やったか?」
「うふふふ……魔理沙ったら……やんちゃなんだからぁ……」
「ノーダメージかよ!」

されど魔理沙に安心は訪れない、幽香は何事も無かったかのように
瓦礫を押しのけて立ち上がり、にたりとした笑顔を魔理沙に向ける。

「私よくサドって言われるけど……あなたが望むならマゾでもいいわ」
「戦術的撤退!!」
「あら、どこへ行くの? 晩御飯までには帰ってきてねー」

魔理沙は逃げた、振り返る事無く逃げた、
もはや彼女に残された手段は逃げる事しかなかったのだ。

「助けて永琳!!」
「まだ診療所開けてないんだけど……」

逃げこんだ先は永遠亭、永琳が診療所を開く準備中であっても
強引に建物を突き破る様は彼女の焦りようを見事に表してるといえよう。

「で、どうしたの?」
「ヤンデレを治す薬をくれ!」
「ヤンデレを? 幽香とのいちゃいちゃ生活でも妬まれたの?」
「その幽香に飲ませるんだよ!」

そこまで聞いて永琳が頭を大きく捻る。

「何で?」
「何でって、そりゃヤンデレてるからに決まって――」
「ありえないわね、それは」
「……は?」

永琳は顔を左右に振ると、魔理沙の言葉を遮り、ヤンデレという言葉を否定する。

「私にはわかるわ、幽香の愛はヤンデレじゃない」
「……じゃ、じゃあ何なんだ?」
「ピュアデレよ!!」
「ピュアデレッ!?」

永琳は拳を握り締め、椅子から立ち上がり天井を見上げて叫んだ、
そのまま左手でびしっと魔理沙を指差すと、さらに言葉を続ける。

「デレを構成する要素は二つ! それは奉仕精神と独占欲!
 独占欲が強ければ強いほどデレはヤンデレへと傾き!
 奉仕精神が強ければ強いほどデレはデレデレへと傾く!」
「そ、そうなのか……」
「ヤンデレとデレデレは対極にして交わる事の無い物よ!
 ヤンデレは相手の全てを奪い取り自らのものにしたい気持ちであれば!
 デレデレとは自らの全てを相手に捧げたいという気持ち!!」
「あー……永琳?」
「そもそも愛とは無償の奉仕! 自らの持つものを捧げる行為!
 なのに世の中には独占欲を愛と勘違いする愚か者達がいるのよ!
 私からすればヤンデレなどデレですらないわ! ただの略奪者であり独裁者よ!」
「……もしもーし」
「その中でもピュアデレとは独占欲が0%にして奉仕精神が100%のこと!
 つまり100%純粋な愛! これをヤンデレと間違えるなんてあってはならないことなのよ!」
「あー、永琳? なんで部屋に結界を……」

魔理沙がその事を疑問に思った時には、すでに退路は無かった。

「ピュアデレである私には分かるわ、幽香もあなたに対してピュアデレな事が、
 でもその相手がピュアデレを理解してくれてないのは、どこか見てて悔しいじゃない? 」
「待て! 何だそのロープは!」
「だから私が教えてあげるわ、ピュアデレの素晴らしさを、
 そして愛を捧げられて生きることの喜びと幸せを! 永遠に続く薔薇色の未来を!」
「いやだぁぁぁぁぁ……!!」

それから日は下がり、幻想郷は夜を迎える。

「魔理沙遅いわね……大丈夫かしら?」

幽香は晩御飯の支度を済ませ、ずっとソファに座りで魔理沙を待ち続けていた。

「ただいまー!!」
「あっ、お帰りなさ――きゃっ!?」

しばしの後、彼女の期待に答えるように現れる魔理沙、
反応して幽香が立ちあがるが、すぐに彼女の身体がソファに押し倒される。

「ど、どうしたの? まだ夜には――」
「幽香!」
「っ!?」
「愛してるぜ! もう二度と離さない!」
「――私もよっ!」

やがて二人は互いに抱きしめあい、そのぬくもりを感じあった、
永琳の教育の成果だろうか、魔理沙の目からは幽香に対する恐怖心はすっかり消え、
それどころか積極的に幽香の服のボタンに手をかけていく。

「あっ……晩御飯、冷めちゃうわよ?」
「いいじゃないか、今はお前が欲しいんだ」
「あなた……」
「幽香……」

やがて二人の唇は、二ヶ月と一週間ぶりに再び重なり合わんと――。

「……ん?」
「……誰よ、こんな時に」

あと少しと来たところで、霧雨邸に鳴り響くノックの音。

「まったく、一体誰……おおっ?」

魔理沙が玄関に近づいたところで二つのノックの音が重なった、
それまでの軽やかな音に加え、叩きつけるような激しい音が。

「何なんだ? すぐに開け……」

やがてノックの音が増えていることに魔理沙は気付く、
二人から三人、三人から四人、すでに五人を超えているかもしれない。

「何だ!? 一体何が――」

ノックにより玄関の戸が自然崩壊を迎えるのは、それから数秒後の事であった。










「新たなピュアカップルの生誕に……乾杯」

永琳は診療所で一人、ビーカーに注がれたコーヒーを中空に向かって掲げる、
ピュアな愛を捧げる彼女にとって、ピュアが新たに生まれたのはそれほどまでに喜ばしい。

「そして私と姫のピュアが実を結ぶ日もいつか……」
「師匠ー」
「ああっ、姫ぇ……」
「師匠、師匠ー!」
「……何よ」

彼女が妄想に身を浸そうとした時に現れたのは弟子である鈴仙だった。

「あ、あの、この新聞を読んでいただけませんか?」
「新聞? ああ、あのカラスのね……ぷふっ」

弟子がもってきた新聞は一週間ほど前の物だった、
永琳はコーヒーを口に含みながらそれに目を通すと、すぐにコーヒーを吹き出す。

「けほっ……うふふふ、キスで孕ませる能力ですって? あの子も散々な書かれようね~」
「わ、笑い事じゃないですよ!」
「あら、どうして?」
「覚えてないんですか? 二ヶ月ほど前に私達も宴会に参加したじゃないですか!」
「……それがどうかしたの?」

鈴仙は笑っている永琳に詰め寄り、必死の形相で訴えはじめた。

「その時私も魔理沙にキスされたんですよ! それで最近お腹の様子がおかしいなって……」
「馬鹿ねぇ、そう簡単に子供ができるわけ……あら?」

鈴仙のお腹に手を当てた瞬間、永琳の顔から笑みが消える。

「一応自分でも確かめたんですけど……」
「そんな……そうそうこんなことがあるはずがないんだけど……、
 まさか、新聞の記事を思い込むことによって子供が出来たとでもいうの?」
「でも、出来てますよね?」
「みたいね……でもこれだと魔理沙は何児の父になるのかしら?」
「そんなこといってる場合じゃないですよ!」
「はいはい、分かってるわよ……はっ!!」

その時だった、永琳は先程の鈴仙との会話からある問題に気付く。

「どうしました?」
「(私達も、宴会に参加……私も、魔理沙にキスをされた……ここから導き出される答えは!)」
「師匠!? どうしたんです!? 師匠ー!!」

やがて永琳は駆け出した、己の主の下へ、
そして永琳は飛び込んだ、己の主がいる部屋へ。





その悲鳴は、博麗神社からでも聞き取れるほどだったという。

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   _人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
   > 風邪引きながら書き上げたSSがこれだよ! <
    ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
        __   _____   ______
       ,´ _,, '-´ ̄ ̄`-ゝ 、_ イ、
       'r ´          ヽ、ン、
      ,'==i/ イ人レ\_ル==', i
      i イi (ヒ_]     ヒ_ン ) ヽイ i |
      レリイ"U  ,___,   U" .| .|、i .||
        !Y!/// ヽ _ン //// 「 !ノ i |
       L.',.          L」 ノ| .|
       | ||ヽ、       ,イ| ||イ| /
       レ ル` ー--─ ´ルレ レ´
↓薬を飲んだ後
本当はもっと幽香をドSにしたかったのですが、
そうするとほぼ七割がネチョ行きになってしまうという結果になり、
ピュアデレな幽香りんにせざるをえませんでした、
魔理沙を散々攻めきった後、耳元で微笑みながら「愛してるわよ」とか
呟く幽香りんをご期待していた皆様、まことに申し訳ございません。

なお、医学的な説明でもやばいとの指摘をいただきましたので、
該当箇所を一部隙間送りから全部隙間送りとさせていただきました。

※一夜限りのコラボレーションEND
幻想と空想の混ぜ人
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コメント



0.4760簡易評価
1.50名前が無い程度の能力削除
いや、たのしかったですが、グレイズ過多なチキンレースはあんまりしないほうが……
6.80名前が無い程度の能力削除
ピュアなゆうかりんもかわいいよゆうかりん
8.無評価名前が無い程度の能力削除
旧作でも魔理沙のストーカーしてたし・・・まあありだなこのカップリングwしかし、魔理沙も大変なことをwww
13.90名前が無い程度の能力削除
俺はこういうの大好きだけど、不快に思う人もいるのかもしれませんね
でも面白かったです
15.80名前が無い程度の能力削除
ごめん点数忘れてた。
18.70名前が無い程度の能力削除
ちょっとはみ出てるぐらいのギッリギリを楽しむSSですね。
お大事に
20.90名前が無い程度の能力削除
ギリギリだけど楽しかったからいいや!
それにしてもゆうかりんの可愛さよ。
23.10名前が無い程度の能力削除
特に面白くはなかった。
でも、どこが悪かったとか、どうすれば良くなると思うとか、言う気になれない。
お大事に。
26.90名前が無い程度の能力削除
こんな夜更けに悶える俺はあやしい
 
風邪お大事にー
34.90名前が無い程度の能力削除
なんと言う一婦多妻
35.80名前が無い程度の能力削除
性知識に疎い幽香はジャスティス
なんかもう色々お大事に
44.50名前が無い程度の能力削除
苦笑い半分げんなり感半分。
ところでこれ、ジャンル的にはホラーですよね? そういう意味では大成功だと思いますが。
45.80RYO削除
第一次ベビーブームですねわかりま(ry
少子化対策には有効そうですが、これはある意味ホラー・・・・・・
49.80名前が無い程度の能力削除
あまりみないカップリングなんで続きが気になりますねw
51.100名前ガの兎削除
ゆうかりん可愛いよゆうかりん
52.80名前が無い程度の能力削除
えーりん自重
55.90名前が無い程度の能力削除
ゆうかりん可愛いよウン
おのれ魔理沙許すまじ!
57.100名前が無い程度の能力削除
一生懸命な幽香がかわいい。
60.60名前が無い程度の能力削除
ううむ、こういう作品は賛否両論を呼ぶので注意書きがあった方が良かったかも知れませんね。
お大事に。
63.50名前が無い程度の能力削除
大層な怪談でした
おおこわいこわい
64.90名前が無い程度の能力削除
一夫多妻、それすなわち
こーりんも妻ということに・・・ゴクリ
67.100名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんが好きです。
でも、デレデレなゆうかりんはもっと好きです。
不調でも素晴しい作品でした。
お大事に。
68.100名前が無い程度の能力削除
やべぇぇぇ
この能力危険すぎるwww
69.90名前が無い程度の能力削除
幽香がかわいかった。
珍しいけど、このカプいいですね。
でも、注意書きは欲しかったので-10点で。
73.90名前が無い程度の能力削除
ピュアデレ幽香!そんなのもあるのか!すばらしい!
っていうか魔理沙の能力幻想郷において最強過ぎるw
あと、ノックが2人3人と増えてく描写が地味怖。淳二が怪談にするレベル。
74.100名前が無い程度の能力削除
ある意味恐ろしいw
90.80名前が無い程度の能力削除
かわいいなおい
93.100名前が無い程度の能力削除
これなんて能力www
100.無評価名前が無い程度の能力削除
もう楽しかったから何でもいいよwww
101.100名前が無い程度の能力削除
いやもう色々と最高ww

>常にノーパンー!!
積年の盲を突かれるとはこの事かっ……!
116.100名前が無い程度の能力削除
まるでマリサって強かn

ピュアデレか、良いものです