今日の夕日は、まるで明日にも世界の終わりが来るのではないかと思えるほど、それはそれは綺麗な夕日であった。
それはもうあまりの綺麗さに、心が洗われるような錯覚さえ覚えるほどなのであった。
なのにどうしてなの。このなんとも言えない疲労感と倦怠感が私を蝕んでいくのは。
これは一体どこの誰のせいなの。この慢性的になりつつある胃痛と頭痛は。
もう、思いつくのはただ一人。霧雨魔理沙。奴のせいだ。なんせ傍若無人な上に支離滅裂。いつも周りをしっちゃかめっちゃかに振りに振り回す。
そんな彼女のことだから、自分の意思とは関係無しに、事件の中心に居る事も多々。
そして私、アリス・マーガトロイドは、得てして事件の被害者となる事も多々。
ともあれ今日も今日とて大変だったわけで……。
と、そんなこともあって、自分をねぎらうために、私は夜雀の居酒屋屋台に顔を出すことにした。
店に入るなり店主は、私を、それこそ珍獣でも見るような表情で出迎えてくれた。
確かに私はこういうところには進んで行くタイプには見えないだろうし、実際、家で人形達と一緒にくつろいでいた方が遥かに心が安らぐけど……。
とは言え、今日みたいな事があった日は、少しでもウサ晴らしでもしないとやってられないのも、また事実。
ちなみに店主が言うに、一昨日は、あの風見幽香も来たらしく、彼女は「立て続けに珍しい人がやってきたわ~」と喜んでいた。もっともその時に一騒動あったらしいが。
それは置いといて、私は軽めのものを注文して席に着く。程なくして注文した品がやってきた。
「はい、おまたせ『特製浅漬け』ね」
「どれどれ、ちゃんと美味しく出来上がっているかしら?」
実はこの浅漬けは元々、私が彼女に伝授したメニューなのだ。
と言うのも彼女が居酒屋屋台を開業する時に軽いおつまみになるようなものを教えて欲しいと私に言ってきたのである。
そこで私は、比較的調理法も簡単且つリーズナブルな『特製浅漬け』を紹介してあげたというわけだ。
「う~なんだか怖いわ。アリスさんの味を崩さないようにはしてきたつもりだけど……」
「うん、ちゃんと漬かってるわ。味もしっかり出てるし、さすがね」
思わず笑顔になる。誰かさんの料理とは大違いだ。
「よかったぁ。アリスさんから教えてもらったわけだから、もし味が落ちてたらどうしようと思いましたよ~」
「大丈夫よ。これなら十分お客に出せるわよ」
と、その時、他のお客がやってきた。
「こんばんは~っと、今日も北風が寒いねぇ……」
屋台に入ってきたのは小野塚小町。四季映姫のもとで働く死神だ。
「あら、こまっちゃん。いらっしゃい! 今日も暇そうね~」
二人のやり取りを聞く分だと、どうやら彼女はここの常連らしい。
「それがさぁ、聞いてくれよ。今日は一日中、映姫様の説教づくしだったんだよ。まさに生き地獄とはこの事だね」
「あらあら、それはまた災難だったわね~。でもまた、どうしてそんなに怒られたの?」
まぁ、彼女が怒られる理由と言ったら十中八九決まっている。
「いや、私はただ霊達と一緒に生前の事などについての話をしていただけなんだ。本当だよ」
その『など』が四季映姫の逆鱗に触れた理由なのだろう。 どうせまた、関係ない無駄話に興じている所を、彼女に発見されてしまったとか辺りだろう。とか心の中でつぶやきながら、私は浅漬けに舌鼓を打っていた。
一方、彼女の方は、ミスティアに愚痴りながら熱燗を愉しんでいるようだ。
私はその様子を遠巻きから眺めていた。いや、別に混ざりたいわけじゃなくて、こうやって傍観しているのが性に合ってるというかなんというか……。
「あれ、今日はまた珍しいお客さん来てるんじゃないか」
どうやら彼女はこちらに興味を持ったらしい。
「ええ、アリスさんよ」
「うん、それは見ればわかるねぇ」
彼女はミスティアと言葉をかわしつつ、彼女は私のそばまで近づいてきた。そして振り向きざまに私が、軽く会釈をすると彼女もぺこりと頭を下げる。
見たところ、もう既にほろ酔い状態のようだった。
「やあやあ、人形遣いさん。調子はどうだい?」
「まぁまぁね。そう言うあなたはどうなのかしら? なんか話聞く限りだとひどい目に遭ったみたいだけど……」
「そう、そうなんだよ聞いてくれよ、映姫様ったらあたいのことをサボり魔だって言うんだよ。ひどいだろう?」
そこまで言うと彼女は手に持ってる熱燗をぐいっと飲み干して大きく息を吐く。
どうやらこの展開だと、私は彼女の愚痴のはけ口となりそうな勢いだ。
私はふと店主の方を見遣る、彼女は私に向かってごめんのポーズをとると、なにやらいそいそと調理し始めた。
やれやれ……仕方がないわね。思わずため息が漏れる。
「なぁ、ひどいと思わないかい? いくらなんでもさ。あたいはサボってなんかないんだよ! 本当なんだ!」
「……いいから落ち着きなさいって。でも周りから聞くあなたの噂だと上司さんの言葉は結構的を射ているように思うけど……」
「それが違うんだ! 違うんだよ! あたいはみんなが思っているようなサボり魔の死神じゃないんだよ!」
「って言うと……?」
「あたいはさぁ。い~っつも一生懸命なんだよ。これでもさぁ~……それなりに仕事はこなしてるし。でもそれを映姫様は見てくれないんだよ。あたいが仕事をしているところをさ~。それでいーっつもたまたま一休みしているところにちょうど姿現してさ~。まったく理不尽極まりないよ。本当に! もう何でこーなるんだって事ばかりだよ! もう最悪だ!」
そう言うだけ言うと彼女はカウンターに突っ伏して泣き始めてしまった。
……この子、泣き上戸だったのか。
それにしても、まぁ、自業自得な気もするけど……。
「……ねぇ、気持ちは分かるけどさ……たまたま、運が悪かっただけなんじゃない?」
「そうかねぇ……」
「確かにさ。上司と部下の付き合いってのは難しいものがあるけど、でもだからと言って、必ずしも悪いことばかりじゃないはずだし」
「ん、まぁ確かに。それはそうなんだけどさ……」
「ほら、あまり一つのことにとらわれすぎると、それしか見えなくなっちゃうってよく言うでしょ」
「ああーわかる。わかる。今のあたいがまさにそれだって事かね。たぶん」
「なんだ。わかってるんじゃない。それならこれ以上何も言うことないわ」
「うん。わかってるんだ。でも、それでもこうやって憂さ晴らししたくなるわけなんだよ。こうやってさ」
「それは一向に構わないと思うわよ? 誰だってそう言うときあるものだし……誰だってこういう憂さ晴らしは必要よ」
自分で言いながらも、思わず心の中でうんうんと頷いてしまう。そういう私だってそのためにここに来ているわけだし。
「はーい、お二人さん。おまたせ~」
不意にミスティアが小皿を片手にやってきた。小皿の中には炒った向日葵の種が盛られていた。
「どうしたのこれ?」
「幽香さんが、この間のお詫びにって持ってきてくれたんですよー」
「へえ……。彼女が、そんなことするなんて珍しいわね」
「はい。で、せっかくなのでちょっとだけ炒っておつまみにしてみましたー」
「……そんなことして大丈夫なの? 多分、食べるためにくれたんじゃないと思うけど……」
「うん、美味しいよこれは。酒のつまみにぴったりだねぇ。いけるいける!」
……って言ってるそばから食べてるし、この酔いどれさんは……。
「う、う~ん……で、でも大丈夫ですよ。ほら、まだこんなにたくさん残ってますから」
そう言ってミスティアが指さした先には、大きな布袋いっぱいの向日葵の種があった。まぁ、確かにそれだけあるなら、少しくらい失敬しても大丈夫かもしれないかな。
「それじゃ、店主の言うことを信じて……」
向日葵の種を一口、口に入れるとたちまち香ばしい風味が口いっぱいに広がっていく。たしかにこれはイケる。
私は、店主が一緒に置いていった熱燗を、一飲みしながら向日葵の種を、またひとつ口に放る。
「……そういや、あんたも憂さ晴らしに来てるんだったっけ?」
「え? ええ……まぁ……ね」
「どれ、愚痴ならあたいが聞いてあげるよ」
「愚痴ねぇ……でも、私の愚痴なんか聞いても面白くないわよ……?」
「いや、こういうのは面白い面白くないは関係ないんだよ。内にたまってるものを吐き出すって行為が大事なのさ。うん」
まさか、彼女が正論で迫ってくるとは思いもよらなかった。ここまで言われて遠慮するのは野暮ってもんだし……ここは一つ、酒の勢いにでも任せて少しだけ打ち明けてみようかしらね。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
「さあ、どんと来い!」
「あなたさ。霧雨魔理沙って知ってる?」
「知ってるも何も森の魔法使いじゃないか。彼女がどうかしたのかい?」
「……今日なんか、あいつが気まぐれで突然、料理をすると言い始めたのよ」
「それはまた」
「しかも、あいつったら、料理を決めてくれ! って私に言ってきたので、いっそのことすごく難しい料理でも注文してやろうかと思ったんだけど、失敗して酷いもの食べさせられるのも嫌だったから、比較的簡単な『すいとん』を注文してやったの」
「へぇ、すいとんか~。そういや暫く食べてないなぁ。で?」
「そしたらあろうことか、あいつはいきなり即席めんなんか作り始めたのよ」
「即席めん……って、すいとん作ってるんじゃなかったのかい?」
「あいつ曰く、すいとんを作るには即席めんが必要不可欠なんだってさ」
「それはなんとまぁ、何と言うか奇想天外なことで……」
「いや、あいつの場合はどっちかって言うと、奇妙奇天烈ね」
「あ、それは言えてるかもしれないね。うん」
「その後もよ。野菜を煮込んだまでは良かったけど、料理は出汁が命って言いながら、さっきのラーメンのスープを混ぜ始めるし」
「うはぁ。たまらないね。そりゃ……」
「更にすいとんがないからって、代わりに切り餅を鍋に入れるし」
「それじゃあもう、いよいよすいとんじゃないねぇ」
「そ、出来上がったのは餅入りの中華スープよ。羊頭狗肉もいい所よね。全く……」
「で、味の方はどうだったんだい?」
「そうね……まぁ悪くはなかったけど……すいとんじゃなかったわね」
「そりゃあねぇ。餅が入ってるんじゃすいとんじゃないよねぇ」
「そう、餅が入ってるんじゃね……まぁ、餅以外にも問題があったけどね」
「でも、あれだよ。味が悪くなかったのが不幸中の幸いと言うかね。何よりだ」
「まぁ、ね……あれで味も不味かったら本当、最悪の一日だったわ」
「そういう意味じゃ、まだツイてた方なんじゃないのかい?」
「え? ええ……まぁ言われてみればね……確かにそうだけど……」
「ならきっと今日はいい日だったんだ。間違いない」
「そうなのかしら……?」
「そんなもん、そんなもん。少しでもいいことがあればその日は良い日だってね。ようは気の持ち方次第って事だね」
「……うーん……」
「それよりほら、もっと飲んだ。飲んだ。せっかく飲み屋に来たんなら飲まなきゃ損だよ」
……なんかうまく言いくるめられたような気がしなくもないけど、ここはあれこれ考えるより、彼女の言葉通りにした方が得策だと思ったので私は飲むことにした。
ま、たまにはいいでしょ。
で、その後も居酒屋には、ぽつぽつと客がやってきて、結局皆、朝方まで長居してしまった。
つい長居してしまったことをミスティアに謝ったら彼女は「いつものことですし、全然気にしなくていいですよー。それに客あっての商売ですし」と笑顔で返してくれた。
どうやら私の想像以上に彼女は、商売人の色に染まりつつあるようだ。
それにしてもこの居酒屋、なかなか居心地いいし、ぜひまた来ようと思う。
家に着くなり人形たちは一斉に私を出迎えてくれた。ああ、みんな、帰り遅くなってごめんね。
そうだ、今度居酒屋に行く時は人形たちもつれて行ってみようかしら。
……で、ふと思ってみると、居酒屋に行くきっかけをつくったのは、元はと言えばあいつなわけだ。
『災い転じて福となす』じゃないけど、一応今日のところは、あいつに感謝しておこう。
などと考えてるうちに私は眠りにつくのであった。
それじゃおやすみなさい。
それはもうあまりの綺麗さに、心が洗われるような錯覚さえ覚えるほどなのであった。
なのにどうしてなの。このなんとも言えない疲労感と倦怠感が私を蝕んでいくのは。
これは一体どこの誰のせいなの。この慢性的になりつつある胃痛と頭痛は。
もう、思いつくのはただ一人。霧雨魔理沙。奴のせいだ。なんせ傍若無人な上に支離滅裂。いつも周りをしっちゃかめっちゃかに振りに振り回す。
そんな彼女のことだから、自分の意思とは関係無しに、事件の中心に居る事も多々。
そして私、アリス・マーガトロイドは、得てして事件の被害者となる事も多々。
ともあれ今日も今日とて大変だったわけで……。
と、そんなこともあって、自分をねぎらうために、私は夜雀の居酒屋屋台に顔を出すことにした。
店に入るなり店主は、私を、それこそ珍獣でも見るような表情で出迎えてくれた。
確かに私はこういうところには進んで行くタイプには見えないだろうし、実際、家で人形達と一緒にくつろいでいた方が遥かに心が安らぐけど……。
とは言え、今日みたいな事があった日は、少しでもウサ晴らしでもしないとやってられないのも、また事実。
ちなみに店主が言うに、一昨日は、あの風見幽香も来たらしく、彼女は「立て続けに珍しい人がやってきたわ~」と喜んでいた。もっともその時に一騒動あったらしいが。
それは置いといて、私は軽めのものを注文して席に着く。程なくして注文した品がやってきた。
「はい、おまたせ『特製浅漬け』ね」
「どれどれ、ちゃんと美味しく出来上がっているかしら?」
実はこの浅漬けは元々、私が彼女に伝授したメニューなのだ。
と言うのも彼女が居酒屋屋台を開業する時に軽いおつまみになるようなものを教えて欲しいと私に言ってきたのである。
そこで私は、比較的調理法も簡単且つリーズナブルな『特製浅漬け』を紹介してあげたというわけだ。
「う~なんだか怖いわ。アリスさんの味を崩さないようにはしてきたつもりだけど……」
「うん、ちゃんと漬かってるわ。味もしっかり出てるし、さすがね」
思わず笑顔になる。誰かさんの料理とは大違いだ。
「よかったぁ。アリスさんから教えてもらったわけだから、もし味が落ちてたらどうしようと思いましたよ~」
「大丈夫よ。これなら十分お客に出せるわよ」
と、その時、他のお客がやってきた。
「こんばんは~っと、今日も北風が寒いねぇ……」
屋台に入ってきたのは小野塚小町。四季映姫のもとで働く死神だ。
「あら、こまっちゃん。いらっしゃい! 今日も暇そうね~」
二人のやり取りを聞く分だと、どうやら彼女はここの常連らしい。
「それがさぁ、聞いてくれよ。今日は一日中、映姫様の説教づくしだったんだよ。まさに生き地獄とはこの事だね」
「あらあら、それはまた災難だったわね~。でもまた、どうしてそんなに怒られたの?」
まぁ、彼女が怒られる理由と言ったら十中八九決まっている。
「いや、私はただ霊達と一緒に生前の事などについての話をしていただけなんだ。本当だよ」
その『など』が四季映姫の逆鱗に触れた理由なのだろう。 どうせまた、関係ない無駄話に興じている所を、彼女に発見されてしまったとか辺りだろう。とか心の中でつぶやきながら、私は浅漬けに舌鼓を打っていた。
一方、彼女の方は、ミスティアに愚痴りながら熱燗を愉しんでいるようだ。
私はその様子を遠巻きから眺めていた。いや、別に混ざりたいわけじゃなくて、こうやって傍観しているのが性に合ってるというかなんというか……。
「あれ、今日はまた珍しいお客さん来てるんじゃないか」
どうやら彼女はこちらに興味を持ったらしい。
「ええ、アリスさんよ」
「うん、それは見ればわかるねぇ」
彼女はミスティアと言葉をかわしつつ、彼女は私のそばまで近づいてきた。そして振り向きざまに私が、軽く会釈をすると彼女もぺこりと頭を下げる。
見たところ、もう既にほろ酔い状態のようだった。
「やあやあ、人形遣いさん。調子はどうだい?」
「まぁまぁね。そう言うあなたはどうなのかしら? なんか話聞く限りだとひどい目に遭ったみたいだけど……」
「そう、そうなんだよ聞いてくれよ、映姫様ったらあたいのことをサボり魔だって言うんだよ。ひどいだろう?」
そこまで言うと彼女は手に持ってる熱燗をぐいっと飲み干して大きく息を吐く。
どうやらこの展開だと、私は彼女の愚痴のはけ口となりそうな勢いだ。
私はふと店主の方を見遣る、彼女は私に向かってごめんのポーズをとると、なにやらいそいそと調理し始めた。
やれやれ……仕方がないわね。思わずため息が漏れる。
「なぁ、ひどいと思わないかい? いくらなんでもさ。あたいはサボってなんかないんだよ! 本当なんだ!」
「……いいから落ち着きなさいって。でも周りから聞くあなたの噂だと上司さんの言葉は結構的を射ているように思うけど……」
「それが違うんだ! 違うんだよ! あたいはみんなが思っているようなサボり魔の死神じゃないんだよ!」
「って言うと……?」
「あたいはさぁ。い~っつも一生懸命なんだよ。これでもさぁ~……それなりに仕事はこなしてるし。でもそれを映姫様は見てくれないんだよ。あたいが仕事をしているところをさ~。それでいーっつもたまたま一休みしているところにちょうど姿現してさ~。まったく理不尽極まりないよ。本当に! もう何でこーなるんだって事ばかりだよ! もう最悪だ!」
そう言うだけ言うと彼女はカウンターに突っ伏して泣き始めてしまった。
……この子、泣き上戸だったのか。
それにしても、まぁ、自業自得な気もするけど……。
「……ねぇ、気持ちは分かるけどさ……たまたま、運が悪かっただけなんじゃない?」
「そうかねぇ……」
「確かにさ。上司と部下の付き合いってのは難しいものがあるけど、でもだからと言って、必ずしも悪いことばかりじゃないはずだし」
「ん、まぁ確かに。それはそうなんだけどさ……」
「ほら、あまり一つのことにとらわれすぎると、それしか見えなくなっちゃうってよく言うでしょ」
「ああーわかる。わかる。今のあたいがまさにそれだって事かね。たぶん」
「なんだ。わかってるんじゃない。それならこれ以上何も言うことないわ」
「うん。わかってるんだ。でも、それでもこうやって憂さ晴らししたくなるわけなんだよ。こうやってさ」
「それは一向に構わないと思うわよ? 誰だってそう言うときあるものだし……誰だってこういう憂さ晴らしは必要よ」
自分で言いながらも、思わず心の中でうんうんと頷いてしまう。そういう私だってそのためにここに来ているわけだし。
「はーい、お二人さん。おまたせ~」
不意にミスティアが小皿を片手にやってきた。小皿の中には炒った向日葵の種が盛られていた。
「どうしたのこれ?」
「幽香さんが、この間のお詫びにって持ってきてくれたんですよー」
「へえ……。彼女が、そんなことするなんて珍しいわね」
「はい。で、せっかくなのでちょっとだけ炒っておつまみにしてみましたー」
「……そんなことして大丈夫なの? 多分、食べるためにくれたんじゃないと思うけど……」
「うん、美味しいよこれは。酒のつまみにぴったりだねぇ。いけるいける!」
……って言ってるそばから食べてるし、この酔いどれさんは……。
「う、う~ん……で、でも大丈夫ですよ。ほら、まだこんなにたくさん残ってますから」
そう言ってミスティアが指さした先には、大きな布袋いっぱいの向日葵の種があった。まぁ、確かにそれだけあるなら、少しくらい失敬しても大丈夫かもしれないかな。
「それじゃ、店主の言うことを信じて……」
向日葵の種を一口、口に入れるとたちまち香ばしい風味が口いっぱいに広がっていく。たしかにこれはイケる。
私は、店主が一緒に置いていった熱燗を、一飲みしながら向日葵の種を、またひとつ口に放る。
「……そういや、あんたも憂さ晴らしに来てるんだったっけ?」
「え? ええ……まぁ……ね」
「どれ、愚痴ならあたいが聞いてあげるよ」
「愚痴ねぇ……でも、私の愚痴なんか聞いても面白くないわよ……?」
「いや、こういうのは面白い面白くないは関係ないんだよ。内にたまってるものを吐き出すって行為が大事なのさ。うん」
まさか、彼女が正論で迫ってくるとは思いもよらなかった。ここまで言われて遠慮するのは野暮ってもんだし……ここは一つ、酒の勢いにでも任せて少しだけ打ち明けてみようかしらね。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
「さあ、どんと来い!」
「あなたさ。霧雨魔理沙って知ってる?」
「知ってるも何も森の魔法使いじゃないか。彼女がどうかしたのかい?」
「……今日なんか、あいつが気まぐれで突然、料理をすると言い始めたのよ」
「それはまた」
「しかも、あいつったら、料理を決めてくれ! って私に言ってきたので、いっそのことすごく難しい料理でも注文してやろうかと思ったんだけど、失敗して酷いもの食べさせられるのも嫌だったから、比較的簡単な『すいとん』を注文してやったの」
「へぇ、すいとんか~。そういや暫く食べてないなぁ。で?」
「そしたらあろうことか、あいつはいきなり即席めんなんか作り始めたのよ」
「即席めん……って、すいとん作ってるんじゃなかったのかい?」
「あいつ曰く、すいとんを作るには即席めんが必要不可欠なんだってさ」
「それはなんとまぁ、何と言うか奇想天外なことで……」
「いや、あいつの場合はどっちかって言うと、奇妙奇天烈ね」
「あ、それは言えてるかもしれないね。うん」
「その後もよ。野菜を煮込んだまでは良かったけど、料理は出汁が命って言いながら、さっきのラーメンのスープを混ぜ始めるし」
「うはぁ。たまらないね。そりゃ……」
「更にすいとんがないからって、代わりに切り餅を鍋に入れるし」
「それじゃあもう、いよいよすいとんじゃないねぇ」
「そ、出来上がったのは餅入りの中華スープよ。羊頭狗肉もいい所よね。全く……」
「で、味の方はどうだったんだい?」
「そうね……まぁ悪くはなかったけど……すいとんじゃなかったわね」
「そりゃあねぇ。餅が入ってるんじゃすいとんじゃないよねぇ」
「そう、餅が入ってるんじゃね……まぁ、餅以外にも問題があったけどね」
「でも、あれだよ。味が悪くなかったのが不幸中の幸いと言うかね。何よりだ」
「まぁ、ね……あれで味も不味かったら本当、最悪の一日だったわ」
「そういう意味じゃ、まだツイてた方なんじゃないのかい?」
「え? ええ……まぁ言われてみればね……確かにそうだけど……」
「ならきっと今日はいい日だったんだ。間違いない」
「そうなのかしら……?」
「そんなもん、そんなもん。少しでもいいことがあればその日は良い日だってね。ようは気の持ち方次第って事だね」
「……うーん……」
「それよりほら、もっと飲んだ。飲んだ。せっかく飲み屋に来たんなら飲まなきゃ損だよ」
……なんかうまく言いくるめられたような気がしなくもないけど、ここはあれこれ考えるより、彼女の言葉通りにした方が得策だと思ったので私は飲むことにした。
ま、たまにはいいでしょ。
で、その後も居酒屋には、ぽつぽつと客がやってきて、結局皆、朝方まで長居してしまった。
つい長居してしまったことをミスティアに謝ったら彼女は「いつものことですし、全然気にしなくていいですよー。それに客あっての商売ですし」と笑顔で返してくれた。
どうやら私の想像以上に彼女は、商売人の色に染まりつつあるようだ。
それにしてもこの居酒屋、なかなか居心地いいし、ぜひまた来ようと思う。
家に着くなり人形たちは一斉に私を出迎えてくれた。ああ、みんな、帰り遅くなってごめんね。
そうだ、今度居酒屋に行く時は人形たちもつれて行ってみようかしら。
……で、ふと思ってみると、居酒屋に行くきっかけをつくったのは、元はと言えばあいつなわけだ。
『災い転じて福となす』じゃないけど、一応今日のところは、あいつに感謝しておこう。
などと考えてるうちに私は眠りにつくのであった。
それじゃおやすみなさい。
うちの父親がたまに料理を作ったとき魔理沙みたいな行動を取ってたからでしょうかねー。
作ってるところをみると慄いちゃうんだけど、結局そんなにまずくならないんですよねw
なんか魔理沙らしいなって思う。
みすちーの屋台行ってみたいなって思ういい話でした。
「料理するぞー」とか言い出すと、イラッときますよねw
ベタな素材ではあるのに独特な感じが飽きさせず、気軽に読ませてくれました。
やはりあなたの作品は大好きです。
>「優香さんが、この間のお詫びにって持ってきてくれたんですよー」
優香ではなく幽香ですよ。
話の内容は良かったと思います。
魔理沙…すいとんを別の料理に変化させるとは、恐ろしい子だ
そういう意味では映季様のようなタイプ。
だからこそ小町といても違和感がないのかもしれませんね。