※オリキャラが出ばります
昔々あるところに、タエという小さな女の子が住んでいました
タエはお父さんと二人で古い長屋に住んでいましたが、その長屋の本当に古いこと古いこと
お父さんはお百姓でしたが、ここ数年の飢饉の影響でほとんど仕事になりません
食べるものもほとんど無く、本来なら町に売りに行く筈の食料も、自分達が生きるために手放すわけにはいきません
二人は、一日に一食あれば儲けものというほんの僅かな食料を分け合って、それはそれは貧しい生活を送っていました
その一食も、畑から申し訳程度に採ることのできるジャガイモや、お父さんが山で時々採ってくる僅かばかりの山菜など
タエが米を最後に食べたのは、もう何年前のことでしょう
タエにいつも食べものを多く分けるお父さんにしてみれば、それよりもっと前に食べたきりです
すきま風の吹くオンボロ長屋で、タエとお父さんは空腹と寒さに必死で耐えていました
昔々ある地獄に、一匹のお腹の赤い黒猫がいました
黒猫は『火車』という妖怪でした
火車は地上の罪人の死体を運ぶ妖怪で
持ち去った死体はそのまま地獄に運んでいき、業火の中に投げ込んで燃料代わりにしてしまいます
そうなると魂は成仏も転生も叶わず、そのまま地獄を永劫彷徨うことになるのです
そうした理由から火車は人々から恐れられ、忌み嫌われていました
火車はそれが自分の習性、そして役割であってどうしようもないということは解っていましたが
それでも火車はなんとなく、自分の存在の価値が解らなくなっていました
ただひたすら、薄汚い罪人の死体を運び
灼熱地獄の燃料とした後は、その薄汚い罪人の薄汚い魂が怨霊となって自分に纏わり付いてきます
火車は火車とは言え、それがとても嫌でした
それでも火車は火車として、死体を運ばなければなりません
死体を運ばない火車は、火車ではないからです
火車は退屈で面倒で、仕方ありませんでした
そんなある日、火車の主人はなんだか元気の無い火車を気にかけて言いました
「あなたが『死体を運びたくない』だなんて…少し疲れているのよ。しばらくお休みをあげるから、ゆっくりとしてきなさい」
火車の主人は心を読むことができる妖怪『さとり』でした
なので、火車の元気の無い理由はお見通しでしたが
それでもどうして火車が「死体を運びたくない」と思ったかまでは、さとりにも解りませんでした
火車の頭の中には『死体を運ぶ』という、極めて異端な妖怪にしか解らないような悩みがぐるぐると渦巻いていたからです
そう言われた火車は主人にだらしなく頭を下げると、のそのそと部屋を出て行きました
さとりはその後、大きな溜め息をついて、やれやれと椅子にもたれかかりました
親子が極貧になってから、何度目かの本格的な秋が来ました
気温はぐっと下がり、畑で採れるものも最早なくなってしまいました
それでもお父さんはふらふらと山へ出かけては、なんとか木の実や山菜などの食べものを見つけてきて
タエに少しでも多く食べさせてやりました
そんなある日、お父さんが寒さと空腹に耐えかねて、とうとう寝込んでしまいます
今まで食料の調達は全てお父さんがやっていたので、小さなタエは困り果ててしまいますが
やがて意を決して、床に臥せるお父さんに言いました
「父ちゃん、あたしが父ちゃんの代わりに、山の食いもんいっぱい取ってきてやるからね。大人しくしててな」
それを聞いたお父さんは、弱々しい声を振り絞って反対します
「山には獣や物の怪も出る。タエや、悪いことは言わん、山には行くな」
タエはそんなお父さんの言葉を遮り、立ち上がって言います
「なに言ってんの、このままじゃ二人とも本当に死んじゃうじゃないのさ。今まで父ちゃんはあたしのために頑張ってくれた、今度はあたしの番よ」
タエは玄関に置いてあった竹籠と小さな鎌を持って、出て行きます
お父さんはその背中に向かって必死に何かを訴えていましたが、弱りきった声はタエの耳には届きませんでした
火車は気分転換に、とある地上の山に散歩に来ていました
といっても特にすることもなく、やはり退屈そうに山道を草を掻き分けて歩いて行きます
うっそうと生い茂るススキを掻き分け、掻き分け
正直なところ、全く気分転換にはなりませんでした
どうしてあたいはこんな辺鄙な山に来たんだろう
ああもうチクチクする
…しかしまぁ、この時期にしちゃ寒波が酷いねぇ
この辺も、ろくに生きた草が生えちゃいない
この様子じゃあ、この辺の生き物は随分と飢えてるだろうね
…火車の勘、か
やれやれ本当、嫌になるねぇ
無意識のうちに、死体の多そうな場所に来ちゃうなんてさ
火車はそんなことを考えていました
せっかくのお休みだと言うのに、つまらないことを考えてしまう
火車は自分が異端な妖怪だということを改めて感じ、いっそう嫌な気分になりました
こんな所にいても何も休まりゃしない
そう思い、火車はここを離れようと飛び上がろうとしました
そこで、ピクンと鼻が動きます
近くに現れた、火車の鼻を付く臭い
それは、強い死臭でした
死臭と言っても、一般的に使われる死体の腐ったような臭いのこととは違います
火車は死を身近に持つ者から、そういった臭いを感じ取ることができるのです
その強い臭いを嗅いでしまった以上、死体を運ぶことを生業とする火車がみすみす逃せる筈もありません
火車はとてもだるそうに、死の臭いを辿って行きました
どうせ、薄汚い山賊かそこらだろうけどね
嫌々ながらも重たい足を引きずって、火車は進んで行きます
そんな自分の習性が、火車は嫌なのです
タエは細い細い手足を寒さに震わせながら、山の中を彷徨っていました
足元の草陰、木の根元、頭上の木の枝、幹の間
探せど探せど、食べものはおろか鳥の一羽すら見当たりません
あるのはタエのように痩せ細った枯れ木やカサカサの落ち葉、腐った木の実だけ
タエは必死で目をこらして見ますが、空腹で視界は霞み、意識も朦朧としてきます
それでも寝ているお父さんのため、タエはずんずんと薄暗い山奥へと進んで行きました
ガサリと茂みが揺れて、タエはハッとして振り返りました
ガサガサ、ガサガサと、風もないのに、背の高いススキは不自然に揺れています
山には獣や物の怪がいる
ふいに、お父さんの言葉を思い出しました
タエは咄嗟に腰に据えた鎌を取り出し、震える手をなんとか茂みに突き出して身構えます
けれど、どうにも手が寒さと疲れと、恐怖で悴んで、上手く持つことができません
ちゃんと握り直そうと手をこまねいた瞬間、タエの「あっ」という短い悲鳴と共に、鎌はぽとりと枯葉の上に落ちてしまいました
大慌てで拾おうとしゃがみこんだと同時に、ススキの揺れが治まります
(出た…!)
そう思ったタエは頭を抱えて出来るだけ小さくなり、ぎゅっと目を瞑ってうずくまります
タエは明らかに、何者かの気配をすぐ目の前に感じていました
もうあたしはここで死んでしまうのかと、そんな考えが何度も何度も頭を巡り
丁度10周めくらいでしょうか
タエはいつまで経っても襲ってこない気配を不審に思い、恐る恐る顔を上げてみました
そこにいたのは、小さな黒い塊
ただの黒猫でした
タエはきょとんとして、首を傾げる猫をしばらく見つめていましたが
やがて「くくっ」と笑いを零して、怪訝そうな顔の猫をガシガシと撫でてやりました
「まったく、脅かさないでよぉ。ああ怖かった」
タエは腰が抜けてしまったのか、ぺたんと座ったまま猫を撫でて、恥ずかしそうに笑っています
「…あれ?にゃんこ、あんたお腹が赤いね。珍しいなぁ」
火車は驚きました
なにせこんな強い死臭をこんな山奥で放つなんて、山賊か妖怪程度のものだろうと思っていたのですから
それが可愛らしい少女となれば、さしもの火車も目を丸くしています
こんな年端もいかない少女の身近に、或いは本人に死が迫っている
今まで薄汚い罪人ばかりを相手にしてきた火車は、なんだか変な気分になりました
ぐうぅ
火車がドキッとして辺りを見回すと、目の前のタエがこれまた恥ずかしそうにお腹を押さえていました
ああ、やっぱり飢饉が来てるんだね
どうりでこんな可愛いお嬢さんから死の香りが臭ってくるわけだ
よく見りゃ腕も足も、まるで骨そのまんまじゃないか
顔もほら、こんな土みたいな色しちゃって
あーあー、きっと大そうべっぴんさんだったろうにねぇ
…おっと、まぁ人間がどうなろうと知ったこっちゃないか
タエはふらふらと立ち上がると、火車に手を軽く振ってさらに山奥へと進んで行こうとしました
「じゃあね、にゃんこ。あたしはお父ちゃんの食うものを探さないといけないから」
火車は咄嗟に、にゃーんと大きな声で鳴いてタエを止めました
タエはびっくりして振り返ります
火車も自分でびっくりして、慌ててキョロキョロと首を振りました
あれ、あたい何やってんだ
火車はわけもわからず、何を思ったのかタエの足元へ駆け寄ります
見上げると、そこには不思議そうな顔をした少女の痩せこけた、けれども可愛らしい顔
タエはとりあえず猫を抱き上げようとしますが、猫はそれをぶんぶんと振りほどきます
「にゃんこ、お前、どうかしたの?」
ああ、どうしたんだろうねぇ
あたいにも全然わかんないけど
なんだか今、お嬢さんを危ない目に遭わせちゃいけないような気がしてね
さ、もうこんなに暗くなってきた
今度は本当におつむの弱い妖怪に食われちゃうよ
ほら、今日は我慢して帰ろうよ
火車は少女に背を向けて、目でついてくるように合図を送ります
けれども少女は首を傾げ、不思議そうに眺めるだけ
火車はこれでは埒があかないと、少しだけ術を使ってしまいました
火車の足に青い炎が灯り、その先の村へと続く道にも、青白い火の玉が浮かび上がります
「わぁっ…!?」
タエはふいにふわりと宙に浮かんだ猫にとても驚いて身構えますが、けれど不思議と怖くはありません
闇夜に浮かぶ青い光を、むしろ綺麗とさえ思いました
火車は背中を確認しながら、ゆっくりと進んで行きます
タエはまるで化かされたように…というか化かされて、ぼーっと、ふらふらと
妖しく光る猫の背中を追って、ゆっくりと山道を下って行きました
それからしばらくして、タエは山を抜けて、村まで戻って来ました
タエは今まで寝ていたかのようにハッと勢いよく頭を上げると、辺りをきょろきょろと見回します
周りには枯れた田んぼと、ぽつりぽつりと並ぶ藁葺き屋根
タエは「ううん」と考えてみましたが、自分がいつの間に山を下りてきたのかがどうにも思い出せません
全然食べものが取れずに山の奥の奥まで進んで、猫がいて…
「にゃんこ?」
にゃーん
辺りは真っ暗でよく見えませんでしたが
タエの足元には、お腹の赤さが目立つ黒猫がちょこんと座っていました
「…そうだ、気が付いたら山が真っ暗になってて……あたし、迷子になりそうだったんだ」
タエはそっと猫を抱き上げると、額をくっつけてお礼を言いました
「にゃんこ、あんたが案内してくれたんだ。ほんと、ありがとね」
にゃーん
タエは猫が浮かび上がって青白い炎を纏っていたということは、すっかり頭から抜けていたようでした
火車は未だに、自分がどうしてこの人間の娘を助けるようなことをしたのか
それがどうにも解りませんでした
ただ、すんと鼻をつく少女の強い死臭は変わりません
タエは猫を抱いたまま、少しばかり重い足取りで家路につきました
「父ちゃん、あたし、なんにも採れなかったよ…」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしてぽつりと呟いた少女の顔を覗き込んで、火車はなんとも変な気分になりました
自分は妖怪
地獄に棲まう、異なる妖怪
薄汚い罪人の死体を持ち運ぶ、下卑た妖怪
それなのに、どうしてか
火車にはこの人間の少女が、哀れでなりませんでした
……って、なに考えてんだか
あたいは妖怪でしょうよ
それがこんなちっぽけな人間の娘に同情かい
火車が少女の顔から目を背けると、目の前には少女の細い細い腕がありました
火車は思わず目を瞑って、寝たふりをしてしまいました
ったく…あたい、何してんだよ
少しして、タエは家へと帰り着きました
そこで火車は、ピクンと耳を立てて目を見開きます
…ああ、なるほどね
「ねえにゃんこ。あたし……父ちゃんになんて言ったらいいのかな」
戸の前でそう尋ねられると、火車は少し遅れて少女の顔を振り向きます
少女は、今にも泣き出しそうでした
火車はじぃっと少女の顔を見つめたまま、にゃあ、と短く鳴きました
…いいから、早く入ってやりなよ
火車は少女の骨のような腕からするりと抜け出すと、戸に向かってにゃあ、にゃあと数回鳴いて見せます
タエはそれを少しの間きょとんとした顔で見下ろしていましたが
やがて観念したのか、ガラガラと立て付けの悪い戸を開けて、おずおずと家の中へと入っていきました
火車は、臭いの正体を確信しました
「ただいま父ちゃん。……ごめんね、なんにも採ってきてやれなかった」
お父さんは床に臥せたまま、ゆっくりとタエのほうを向きました
「タエ……ああよかった、無事、帰ってきたか」
「と、父ちゃん…!?」
タエはぎょっとしました
お父さんの顔はいつもの倍くらい真っ青で、目も開いていません
後ろで見ていた火車には、この男がもう数分で死んでしまうと解りました
タエはお父さんの震える手を力いっぱい握ります
「父ちゃん…今、お水を汲んでくるからね。待ってて」
無駄だよお嬢さん
親父さんはもう死ぬ
「タエ、いい。わしはもう、長く…ない」
「父ちゃん!」
タエはぼろぼろと涙を流し、叫びます
お父さんは声を振り絞って、タエに言いました
「タエや、今までなんの役にも立たない親父で、悪かったなぁ」
「そんなことないよ…!父ちゃんは今まで、私のために何度も山に行ってさ」
火車はそんな親子の様子を見て、これまた今まで感じたことのないような感覚になりました
言葉では言い表し難いような、微妙な
けれども、何か
同情などではなく
変な気持ち
「タエ…!そうだ、お前には、謝らなきゃいかんことが、ある」
「…え?何さ、父ちゃん」
涙を拭い、必死にお父さんの顔を見ようとするタエ
ぼやける視界で見えるお父さんの顔は、なんだかとても辛そうな顔をしていました
苦しそう、よりも
本当に本当に、辛そうでした
火車は黙って親子を見つめています
「……タエや、よくお聞き。父ちゃんは、お前にずっと、嘘をついていた」
「嘘…?」
タエはただ目を見開いて、お父さんの辛そうな顔を見つめます
火車はなぜだか、自分の中にある正体不明の気持ちが、盛り上がってくる感覚になりました
なぜか、この父親の「嘘」という言葉に、惹かれたような
火車は食い入るように、親子を凝視します
「…タエ、父ちゃんは、山から食い物を持ってきたことは、一度もないんだよ」
「……??」
タエはお父さんの言っていることの意味がよく理解できず、言葉を詰まらせます
火車は、毛を逆立てました
なぜかは解りません
ですが、なぜだか昨日まで堕落していた気持ちが嘘のように高ぶるのです
「……タエ、山の食い物はもう、ほとんど採り尽くされてしまってな、加えてこの寒さでは、何も育たん」
「父ちゃん…?何を言ってんのさ?」
お父さんは声を根限り絞り出し、タエに話しかけ続けます
声はかすれ、もうほとんど呼吸と混ざってしまって、聞き取るのもやっとです
タエはぐっと顔を近づけて、お父さんの声を聞きます
火車はウズウズと尻尾を逆立て、フーッと唸ります
この異様な高ぶりの正体が、だんだん解りかけてきました
そうだ
この親子が可哀想なわけじゃない
「タエ、父ちゃんは……近くの同じように貧しい家々から、僅かしかない食い物を、盗んで……」
「父ちゃん!!」
タエはなんとも言えない、妙な気分になりました
涙はどんどん溢れ、お父さんの頬にぽたぽたと滴が落ちます
「タエ……すまん、こんな罪人を、父と……」
「…父ちゃん!あたしは、父ちゃんの娘だよ!!父ちゃんはあたしのために、だから……!!」
それきり、お父さんが口を開くことはありませんでした
タエはお父さんの亡骸にわんわん泣き伏せてしまいました
火車はその親子の姿が
楽しくて仕方ありませんでした
今まで物言わぬ死体としか向き合ってこなかった火車
薄汚い、どうしようもない罪人の死体しか見たことのなかった火車
ですが、どうでしょう
この父親は、紛れもなく罪人です
ですが今までの薄汚い死体と違い、なんと惹かれることでしょう
火車は、この父親の死体を運びたくてたまらなくなりました
そこでふと火車は、あることを悟りました
死体は語らず
それは道理です
ですが、魂と会話する術はあります
自分は妖怪
その程度のことは、修行で身に付きます
そうすることで、今まで薄汚い、ただの肉塊だと思っていた死体の
その内面にある、それぞれの罪人の魂の想いや記憶、恨み
それを聞くことが出来れば、罪人を運ぶというだけの火車の退屈な仕事、習性
それが全て、劇的に変わります
火車は悟りました
自分は火車
罪人の死体を運ぶ妖怪
死体の想いを聞き、怨霊を統べる妖怪
薄汚い死体
綺麗な死体
その魂に宿る想いは、十人十色
薄汚い死体に宿る、綺麗な怨念
綺麗な死体に宿る、薄汚い欲望
それらを知ることに喜びを見出せれば
理解することが出来れば、火車という仕事
「こんなに楽しいこと、他にないじゃないのさ…!!」
タエが振り向くと、そこには大きな耳の生えた赤毛の少女が、笑いながら立っていました
火車はこうして、火車の火車たる価値を見出したのです
「……っとまぁ、そんなこんながあって、あたいは死体運びが楽しくて仕方なくなっちゃったんだよ、お姉さんがた」
神社の縁側でウキウキと語るお燐を見て、霊夢と魔理沙はすっかり煎餅を食べる手が止まってしまった
魔理沙は、自分がどうして『死体運びの何がそんなに楽しいんだぜ?』なんて聞いたんだと、かなり後悔した
こいつはやべぇ、と
「……ま、妖怪の狂った考えなんて、あたしらには理解できないってことね」
暫く言葉を探して黙っていた霊夢だったが、上手く話をまとめてお茶をすする
魔理沙はさすが霊夢と思って大きな溜め息を付き、肩を竦めた
「まったくだ。…ところでそのタエって娘はどうなったんだ?」
「ああ、その一ヶ月くらい後に死んだよ。結局、食べるもんが無くってね」
空気が重くなる
また余計なことを、と霊夢は魔理沙のわき腹を肘で小突いた
魔理沙はバツが悪そうに頬を掻く
当然と言えば当然だが、お燐はさほど気にした様子はなく、冷めたお茶を美味しそうにすすった
「さぁて、それじゃあたいはこれで」
日も落ちて、お燐はぱっと縁側から立ち上がり、二人に頭を下げた
「そんじゃま、今度はお空と一緒に来るね」
「あいよ。そん時は何かお土産の一つも持って来なさいね」
「そうだそうだ。人んちに来るときは、何か持ってくるのが礼儀ってもんだぜ」
持ってくだけ持ってく奴が何を言うか
霊夢はごつんといい音のゲンコツをかます
お燐はケラケラと笑って、それからうぅんと首を傾げて考えた
「む~……あっ!じゃあ、せっかくだし」
「うん?」
「さっき話した親子の魂を連れてくるよ」
「は」
そう言うとお燐は飛び上がり、大きく手を振った
二人は大慌てでそれを止める
「ちょ、それいらないから!!」
「卵でいい!温泉卵で!!」
空の向こうで「冗談だよ」と愉快そうな笑い声が聞こえ、二人は顔を見合わせてがっくりと肩を落とした
「…とりあえず死ぬ時は、あいつに持ってかれないようにしよう」
「ああ…霊夢、万が一私が先に死んだら、頼むぜ」
「めんどい」
「!?」
「ただいま~っと……そういえば、暫くほったらかしだったねぇ」
お燐は自分の部屋に戻ると「ごめんよ」と大きめのガラス棚を開けて
骨のように細い少女の死体を担ぎ出し、風呂場へと駆けて行きました
罪人の盗んだものを食べたのなら
妖怪火車にとっては、それだけでも立派な罪人の理由となります
火車は、今はどんな死体も欲しくてたまりません
魂の声を聞くのが、何より楽しいからです
人間には死ぬ時すら、安息は訪れないのです
あなたも死ぬ時は、くれぐれもお気を付けを
昔々あるところに、タエという小さな女の子が住んでいました
タエはお父さんと二人で古い長屋に住んでいましたが、その長屋の本当に古いこと古いこと
お父さんはお百姓でしたが、ここ数年の飢饉の影響でほとんど仕事になりません
食べるものもほとんど無く、本来なら町に売りに行く筈の食料も、自分達が生きるために手放すわけにはいきません
二人は、一日に一食あれば儲けものというほんの僅かな食料を分け合って、それはそれは貧しい生活を送っていました
その一食も、畑から申し訳程度に採ることのできるジャガイモや、お父さんが山で時々採ってくる僅かばかりの山菜など
タエが米を最後に食べたのは、もう何年前のことでしょう
タエにいつも食べものを多く分けるお父さんにしてみれば、それよりもっと前に食べたきりです
すきま風の吹くオンボロ長屋で、タエとお父さんは空腹と寒さに必死で耐えていました
昔々ある地獄に、一匹のお腹の赤い黒猫がいました
黒猫は『火車』という妖怪でした
火車は地上の罪人の死体を運ぶ妖怪で
持ち去った死体はそのまま地獄に運んでいき、業火の中に投げ込んで燃料代わりにしてしまいます
そうなると魂は成仏も転生も叶わず、そのまま地獄を永劫彷徨うことになるのです
そうした理由から火車は人々から恐れられ、忌み嫌われていました
火車はそれが自分の習性、そして役割であってどうしようもないということは解っていましたが
それでも火車はなんとなく、自分の存在の価値が解らなくなっていました
ただひたすら、薄汚い罪人の死体を運び
灼熱地獄の燃料とした後は、その薄汚い罪人の薄汚い魂が怨霊となって自分に纏わり付いてきます
火車は火車とは言え、それがとても嫌でした
それでも火車は火車として、死体を運ばなければなりません
死体を運ばない火車は、火車ではないからです
火車は退屈で面倒で、仕方ありませんでした
そんなある日、火車の主人はなんだか元気の無い火車を気にかけて言いました
「あなたが『死体を運びたくない』だなんて…少し疲れているのよ。しばらくお休みをあげるから、ゆっくりとしてきなさい」
火車の主人は心を読むことができる妖怪『さとり』でした
なので、火車の元気の無い理由はお見通しでしたが
それでもどうして火車が「死体を運びたくない」と思ったかまでは、さとりにも解りませんでした
火車の頭の中には『死体を運ぶ』という、極めて異端な妖怪にしか解らないような悩みがぐるぐると渦巻いていたからです
そう言われた火車は主人にだらしなく頭を下げると、のそのそと部屋を出て行きました
さとりはその後、大きな溜め息をついて、やれやれと椅子にもたれかかりました
親子が極貧になってから、何度目かの本格的な秋が来ました
気温はぐっと下がり、畑で採れるものも最早なくなってしまいました
それでもお父さんはふらふらと山へ出かけては、なんとか木の実や山菜などの食べものを見つけてきて
タエに少しでも多く食べさせてやりました
そんなある日、お父さんが寒さと空腹に耐えかねて、とうとう寝込んでしまいます
今まで食料の調達は全てお父さんがやっていたので、小さなタエは困り果ててしまいますが
やがて意を決して、床に臥せるお父さんに言いました
「父ちゃん、あたしが父ちゃんの代わりに、山の食いもんいっぱい取ってきてやるからね。大人しくしててな」
それを聞いたお父さんは、弱々しい声を振り絞って反対します
「山には獣や物の怪も出る。タエや、悪いことは言わん、山には行くな」
タエはそんなお父さんの言葉を遮り、立ち上がって言います
「なに言ってんの、このままじゃ二人とも本当に死んじゃうじゃないのさ。今まで父ちゃんはあたしのために頑張ってくれた、今度はあたしの番よ」
タエは玄関に置いてあった竹籠と小さな鎌を持って、出て行きます
お父さんはその背中に向かって必死に何かを訴えていましたが、弱りきった声はタエの耳には届きませんでした
火車は気分転換に、とある地上の山に散歩に来ていました
といっても特にすることもなく、やはり退屈そうに山道を草を掻き分けて歩いて行きます
うっそうと生い茂るススキを掻き分け、掻き分け
正直なところ、全く気分転換にはなりませんでした
どうしてあたいはこんな辺鄙な山に来たんだろう
ああもうチクチクする
…しかしまぁ、この時期にしちゃ寒波が酷いねぇ
この辺も、ろくに生きた草が生えちゃいない
この様子じゃあ、この辺の生き物は随分と飢えてるだろうね
…火車の勘、か
やれやれ本当、嫌になるねぇ
無意識のうちに、死体の多そうな場所に来ちゃうなんてさ
火車はそんなことを考えていました
せっかくのお休みだと言うのに、つまらないことを考えてしまう
火車は自分が異端な妖怪だということを改めて感じ、いっそう嫌な気分になりました
こんな所にいても何も休まりゃしない
そう思い、火車はここを離れようと飛び上がろうとしました
そこで、ピクンと鼻が動きます
近くに現れた、火車の鼻を付く臭い
それは、強い死臭でした
死臭と言っても、一般的に使われる死体の腐ったような臭いのこととは違います
火車は死を身近に持つ者から、そういった臭いを感じ取ることができるのです
その強い臭いを嗅いでしまった以上、死体を運ぶことを生業とする火車がみすみす逃せる筈もありません
火車はとてもだるそうに、死の臭いを辿って行きました
どうせ、薄汚い山賊かそこらだろうけどね
嫌々ながらも重たい足を引きずって、火車は進んで行きます
そんな自分の習性が、火車は嫌なのです
タエは細い細い手足を寒さに震わせながら、山の中を彷徨っていました
足元の草陰、木の根元、頭上の木の枝、幹の間
探せど探せど、食べものはおろか鳥の一羽すら見当たりません
あるのはタエのように痩せ細った枯れ木やカサカサの落ち葉、腐った木の実だけ
タエは必死で目をこらして見ますが、空腹で視界は霞み、意識も朦朧としてきます
それでも寝ているお父さんのため、タエはずんずんと薄暗い山奥へと進んで行きました
ガサリと茂みが揺れて、タエはハッとして振り返りました
ガサガサ、ガサガサと、風もないのに、背の高いススキは不自然に揺れています
山には獣や物の怪がいる
ふいに、お父さんの言葉を思い出しました
タエは咄嗟に腰に据えた鎌を取り出し、震える手をなんとか茂みに突き出して身構えます
けれど、どうにも手が寒さと疲れと、恐怖で悴んで、上手く持つことができません
ちゃんと握り直そうと手をこまねいた瞬間、タエの「あっ」という短い悲鳴と共に、鎌はぽとりと枯葉の上に落ちてしまいました
大慌てで拾おうとしゃがみこんだと同時に、ススキの揺れが治まります
(出た…!)
そう思ったタエは頭を抱えて出来るだけ小さくなり、ぎゅっと目を瞑ってうずくまります
タエは明らかに、何者かの気配をすぐ目の前に感じていました
もうあたしはここで死んでしまうのかと、そんな考えが何度も何度も頭を巡り
丁度10周めくらいでしょうか
タエはいつまで経っても襲ってこない気配を不審に思い、恐る恐る顔を上げてみました
そこにいたのは、小さな黒い塊
ただの黒猫でした
タエはきょとんとして、首を傾げる猫をしばらく見つめていましたが
やがて「くくっ」と笑いを零して、怪訝そうな顔の猫をガシガシと撫でてやりました
「まったく、脅かさないでよぉ。ああ怖かった」
タエは腰が抜けてしまったのか、ぺたんと座ったまま猫を撫でて、恥ずかしそうに笑っています
「…あれ?にゃんこ、あんたお腹が赤いね。珍しいなぁ」
火車は驚きました
なにせこんな強い死臭をこんな山奥で放つなんて、山賊か妖怪程度のものだろうと思っていたのですから
それが可愛らしい少女となれば、さしもの火車も目を丸くしています
こんな年端もいかない少女の身近に、或いは本人に死が迫っている
今まで薄汚い罪人ばかりを相手にしてきた火車は、なんだか変な気分になりました
ぐうぅ
火車がドキッとして辺りを見回すと、目の前のタエがこれまた恥ずかしそうにお腹を押さえていました
ああ、やっぱり飢饉が来てるんだね
どうりでこんな可愛いお嬢さんから死の香りが臭ってくるわけだ
よく見りゃ腕も足も、まるで骨そのまんまじゃないか
顔もほら、こんな土みたいな色しちゃって
あーあー、きっと大そうべっぴんさんだったろうにねぇ
…おっと、まぁ人間がどうなろうと知ったこっちゃないか
タエはふらふらと立ち上がると、火車に手を軽く振ってさらに山奥へと進んで行こうとしました
「じゃあね、にゃんこ。あたしはお父ちゃんの食うものを探さないといけないから」
火車は咄嗟に、にゃーんと大きな声で鳴いてタエを止めました
タエはびっくりして振り返ります
火車も自分でびっくりして、慌ててキョロキョロと首を振りました
あれ、あたい何やってんだ
火車はわけもわからず、何を思ったのかタエの足元へ駆け寄ります
見上げると、そこには不思議そうな顔をした少女の痩せこけた、けれども可愛らしい顔
タエはとりあえず猫を抱き上げようとしますが、猫はそれをぶんぶんと振りほどきます
「にゃんこ、お前、どうかしたの?」
ああ、どうしたんだろうねぇ
あたいにも全然わかんないけど
なんだか今、お嬢さんを危ない目に遭わせちゃいけないような気がしてね
さ、もうこんなに暗くなってきた
今度は本当におつむの弱い妖怪に食われちゃうよ
ほら、今日は我慢して帰ろうよ
火車は少女に背を向けて、目でついてくるように合図を送ります
けれども少女は首を傾げ、不思議そうに眺めるだけ
火車はこれでは埒があかないと、少しだけ術を使ってしまいました
火車の足に青い炎が灯り、その先の村へと続く道にも、青白い火の玉が浮かび上がります
「わぁっ…!?」
タエはふいにふわりと宙に浮かんだ猫にとても驚いて身構えますが、けれど不思議と怖くはありません
闇夜に浮かぶ青い光を、むしろ綺麗とさえ思いました
火車は背中を確認しながら、ゆっくりと進んで行きます
タエはまるで化かされたように…というか化かされて、ぼーっと、ふらふらと
妖しく光る猫の背中を追って、ゆっくりと山道を下って行きました
それからしばらくして、タエは山を抜けて、村まで戻って来ました
タエは今まで寝ていたかのようにハッと勢いよく頭を上げると、辺りをきょろきょろと見回します
周りには枯れた田んぼと、ぽつりぽつりと並ぶ藁葺き屋根
タエは「ううん」と考えてみましたが、自分がいつの間に山を下りてきたのかがどうにも思い出せません
全然食べものが取れずに山の奥の奥まで進んで、猫がいて…
「にゃんこ?」
にゃーん
辺りは真っ暗でよく見えませんでしたが
タエの足元には、お腹の赤さが目立つ黒猫がちょこんと座っていました
「…そうだ、気が付いたら山が真っ暗になってて……あたし、迷子になりそうだったんだ」
タエはそっと猫を抱き上げると、額をくっつけてお礼を言いました
「にゃんこ、あんたが案内してくれたんだ。ほんと、ありがとね」
にゃーん
タエは猫が浮かび上がって青白い炎を纏っていたということは、すっかり頭から抜けていたようでした
火車は未だに、自分がどうしてこの人間の娘を助けるようなことをしたのか
それがどうにも解りませんでした
ただ、すんと鼻をつく少女の強い死臭は変わりません
タエは猫を抱いたまま、少しばかり重い足取りで家路につきました
「父ちゃん、あたし、なんにも採れなかったよ…」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしてぽつりと呟いた少女の顔を覗き込んで、火車はなんとも変な気分になりました
自分は妖怪
地獄に棲まう、異なる妖怪
薄汚い罪人の死体を持ち運ぶ、下卑た妖怪
それなのに、どうしてか
火車にはこの人間の少女が、哀れでなりませんでした
……って、なに考えてんだか
あたいは妖怪でしょうよ
それがこんなちっぽけな人間の娘に同情かい
火車が少女の顔から目を背けると、目の前には少女の細い細い腕がありました
火車は思わず目を瞑って、寝たふりをしてしまいました
ったく…あたい、何してんだよ
少しして、タエは家へと帰り着きました
そこで火車は、ピクンと耳を立てて目を見開きます
…ああ、なるほどね
「ねえにゃんこ。あたし……父ちゃんになんて言ったらいいのかな」
戸の前でそう尋ねられると、火車は少し遅れて少女の顔を振り向きます
少女は、今にも泣き出しそうでした
火車はじぃっと少女の顔を見つめたまま、にゃあ、と短く鳴きました
…いいから、早く入ってやりなよ
火車は少女の骨のような腕からするりと抜け出すと、戸に向かってにゃあ、にゃあと数回鳴いて見せます
タエはそれを少しの間きょとんとした顔で見下ろしていましたが
やがて観念したのか、ガラガラと立て付けの悪い戸を開けて、おずおずと家の中へと入っていきました
火車は、臭いの正体を確信しました
「ただいま父ちゃん。……ごめんね、なんにも採ってきてやれなかった」
お父さんは床に臥せたまま、ゆっくりとタエのほうを向きました
「タエ……ああよかった、無事、帰ってきたか」
「と、父ちゃん…!?」
タエはぎょっとしました
お父さんの顔はいつもの倍くらい真っ青で、目も開いていません
後ろで見ていた火車には、この男がもう数分で死んでしまうと解りました
タエはお父さんの震える手を力いっぱい握ります
「父ちゃん…今、お水を汲んでくるからね。待ってて」
無駄だよお嬢さん
親父さんはもう死ぬ
「タエ、いい。わしはもう、長く…ない」
「父ちゃん!」
タエはぼろぼろと涙を流し、叫びます
お父さんは声を振り絞って、タエに言いました
「タエや、今までなんの役にも立たない親父で、悪かったなぁ」
「そんなことないよ…!父ちゃんは今まで、私のために何度も山に行ってさ」
火車はそんな親子の様子を見て、これまた今まで感じたことのないような感覚になりました
言葉では言い表し難いような、微妙な
けれども、何か
同情などではなく
変な気持ち
「タエ…!そうだ、お前には、謝らなきゃいかんことが、ある」
「…え?何さ、父ちゃん」
涙を拭い、必死にお父さんの顔を見ようとするタエ
ぼやける視界で見えるお父さんの顔は、なんだかとても辛そうな顔をしていました
苦しそう、よりも
本当に本当に、辛そうでした
火車は黙って親子を見つめています
「……タエや、よくお聞き。父ちゃんは、お前にずっと、嘘をついていた」
「嘘…?」
タエはただ目を見開いて、お父さんの辛そうな顔を見つめます
火車はなぜだか、自分の中にある正体不明の気持ちが、盛り上がってくる感覚になりました
なぜか、この父親の「嘘」という言葉に、惹かれたような
火車は食い入るように、親子を凝視します
「…タエ、父ちゃんは、山から食い物を持ってきたことは、一度もないんだよ」
「……??」
タエはお父さんの言っていることの意味がよく理解できず、言葉を詰まらせます
火車は、毛を逆立てました
なぜかは解りません
ですが、なぜだか昨日まで堕落していた気持ちが嘘のように高ぶるのです
「……タエ、山の食い物はもう、ほとんど採り尽くされてしまってな、加えてこの寒さでは、何も育たん」
「父ちゃん…?何を言ってんのさ?」
お父さんは声を根限り絞り出し、タエに話しかけ続けます
声はかすれ、もうほとんど呼吸と混ざってしまって、聞き取るのもやっとです
タエはぐっと顔を近づけて、お父さんの声を聞きます
火車はウズウズと尻尾を逆立て、フーッと唸ります
この異様な高ぶりの正体が、だんだん解りかけてきました
そうだ
この親子が可哀想なわけじゃない
「タエ、父ちゃんは……近くの同じように貧しい家々から、僅かしかない食い物を、盗んで……」
「父ちゃん!!」
タエはなんとも言えない、妙な気分になりました
涙はどんどん溢れ、お父さんの頬にぽたぽたと滴が落ちます
「タエ……すまん、こんな罪人を、父と……」
「…父ちゃん!あたしは、父ちゃんの娘だよ!!父ちゃんはあたしのために、だから……!!」
それきり、お父さんが口を開くことはありませんでした
タエはお父さんの亡骸にわんわん泣き伏せてしまいました
火車はその親子の姿が
楽しくて仕方ありませんでした
今まで物言わぬ死体としか向き合ってこなかった火車
薄汚い、どうしようもない罪人の死体しか見たことのなかった火車
ですが、どうでしょう
この父親は、紛れもなく罪人です
ですが今までの薄汚い死体と違い、なんと惹かれることでしょう
火車は、この父親の死体を運びたくてたまらなくなりました
そこでふと火車は、あることを悟りました
死体は語らず
それは道理です
ですが、魂と会話する術はあります
自分は妖怪
その程度のことは、修行で身に付きます
そうすることで、今まで薄汚い、ただの肉塊だと思っていた死体の
その内面にある、それぞれの罪人の魂の想いや記憶、恨み
それを聞くことが出来れば、罪人を運ぶというだけの火車の退屈な仕事、習性
それが全て、劇的に変わります
火車は悟りました
自分は火車
罪人の死体を運ぶ妖怪
死体の想いを聞き、怨霊を統べる妖怪
薄汚い死体
綺麗な死体
その魂に宿る想いは、十人十色
薄汚い死体に宿る、綺麗な怨念
綺麗な死体に宿る、薄汚い欲望
それらを知ることに喜びを見出せれば
理解することが出来れば、火車という仕事
「こんなに楽しいこと、他にないじゃないのさ…!!」
タエが振り向くと、そこには大きな耳の生えた赤毛の少女が、笑いながら立っていました
火車はこうして、火車の火車たる価値を見出したのです
「……っとまぁ、そんなこんながあって、あたいは死体運びが楽しくて仕方なくなっちゃったんだよ、お姉さんがた」
神社の縁側でウキウキと語るお燐を見て、霊夢と魔理沙はすっかり煎餅を食べる手が止まってしまった
魔理沙は、自分がどうして『死体運びの何がそんなに楽しいんだぜ?』なんて聞いたんだと、かなり後悔した
こいつはやべぇ、と
「……ま、妖怪の狂った考えなんて、あたしらには理解できないってことね」
暫く言葉を探して黙っていた霊夢だったが、上手く話をまとめてお茶をすする
魔理沙はさすが霊夢と思って大きな溜め息を付き、肩を竦めた
「まったくだ。…ところでそのタエって娘はどうなったんだ?」
「ああ、その一ヶ月くらい後に死んだよ。結局、食べるもんが無くってね」
空気が重くなる
また余計なことを、と霊夢は魔理沙のわき腹を肘で小突いた
魔理沙はバツが悪そうに頬を掻く
当然と言えば当然だが、お燐はさほど気にした様子はなく、冷めたお茶を美味しそうにすすった
「さぁて、それじゃあたいはこれで」
日も落ちて、お燐はぱっと縁側から立ち上がり、二人に頭を下げた
「そんじゃま、今度はお空と一緒に来るね」
「あいよ。そん時は何かお土産の一つも持って来なさいね」
「そうだそうだ。人んちに来るときは、何か持ってくるのが礼儀ってもんだぜ」
持ってくだけ持ってく奴が何を言うか
霊夢はごつんといい音のゲンコツをかます
お燐はケラケラと笑って、それからうぅんと首を傾げて考えた
「む~……あっ!じゃあ、せっかくだし」
「うん?」
「さっき話した親子の魂を連れてくるよ」
「は」
そう言うとお燐は飛び上がり、大きく手を振った
二人は大慌てでそれを止める
「ちょ、それいらないから!!」
「卵でいい!温泉卵で!!」
空の向こうで「冗談だよ」と愉快そうな笑い声が聞こえ、二人は顔を見合わせてがっくりと肩を落とした
「…とりあえず死ぬ時は、あいつに持ってかれないようにしよう」
「ああ…霊夢、万が一私が先に死んだら、頼むぜ」
「めんどい」
「!?」
「ただいま~っと……そういえば、暫くほったらかしだったねぇ」
お燐は自分の部屋に戻ると「ごめんよ」と大きめのガラス棚を開けて
骨のように細い少女の死体を担ぎ出し、風呂場へと駆けて行きました
罪人の盗んだものを食べたのなら
妖怪火車にとっては、それだけでも立派な罪人の理由となります
火車は、今はどんな死体も欲しくてたまりません
魂の声を聞くのが、何より楽しいからです
人間には死ぬ時すら、安息は訪れないのです
あなたも死ぬ時は、くれぐれもお気を付けを
お燐の妖怪らしい一面を垣間見たかのような話でした。
あの親子がお燐の存在意義をさらに高めているようで
それが良かった。
・・・恐ろしいけどね。(苦笑)
文章と文章の間の使い方がなかなかうまいですね。
程よい長さで
すっきり読めました
なかなか面白かったです。
ちょっと気になった点を2点ほど
>・・・しヵしまぁ、この時期にしちゃ寒波が酷いねぇ
これは誤変換でしょうか?
あと、・・・は……の方が文法的にいいですよ。
それではまた^^
そこに妖怪の「そうあるべき」という習性じみた考えに、ちょっと足りな一直線な思考。
「そんなお燐の心の底がまったく読めねぇ!」というぐちゃぐちゃがスッと通る様な作品でした。
はてこの火車、死体を集めるのが好きなんじゃなくて、好きな人・気に入った人の魂と一緒に居られるのが好きなだけなんだとしたら?
あぁそれならばいかにもなあの明るさは分かり易いし獣風情の脳に合っている。
妖怪然とした少女然とした無邪気で残酷な精神をかいま見て、わたくし少々みwなwぎwっwてwまいりました。
こういう雰囲気には初挑戦だったんですが、そう言って頂けて何よりです
でも考え様によっては死体持ってかれたらお燐の側に永遠に一緒にいられるので、薄ら寒くない感じでもステキじゃないでしょうか
>煉獄さん
あくまで俺の妄想ですので、どうか可愛いおりんりんをあまり怖がらないであげてください
でも自分は、お燐を初めて見た時から良い意味で「こいつは妖怪くせぇーっ!」ってイメージを持ってましたね
神主のキャラデザの才能は異常です
>9さん
行間を多様するのは正直、文章力の無い自分の苦し紛れの策なのですが
そう言って頂けると本当に救われます
誤字報告ありがとうございました
加えて「・・・」のご指摘まで、ありがとうございます
実は今まで全く気にしてなかったんですが、言われてみれば確かにどの作者様も皆「…」を使われてますよね
お恥ずかしい限り…以後、気をつけます
>13さん
お燐は東方史上でも屈指の「うわっ!てなる能力」の持ち主ですからね
それでいて微妙に殺伐とした幻想郷で、屈指の明るさの持ち主でもあると
これはもう辛い過去とかは似合いそうもないなと思い、こんなものを書いてしまいました
地底の面々はやっぱりそういった「妖怪らしさ」を恐れられて隔離されたのかな、と思ったり
確かに火車という死体が大好きな妖怪の感覚なんて人間には理解できそうもないです。
ではでは。
お燐ちゃんはスタイリッシュクレイジー。
個人的には陽光の明るさと真夏の夜の蜃気楼がイメェジ。(多分どなたとも合わねぇ……!)
人懐っこく見えても、
根本的なところが人間とは違うのです。
的な話は好きです。
本当に妖怪らしい。
お燐さんが魅力的に描かれてると思います~♪