Coolier - 新生・東方創想話

Captain of Little Legion

2008/11/15 11:42:21
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光の差さないアトリエの中で、人形師は糸で人形を操るように縫い針を糸で操る。
その踊る場所は絡み合う大衆の視線の中ではなく、絡み合う繊維の中。
まるで手回しミシンのように、ミシンでは不可能な裁縫を行う。形作られていくのは煌びやかな女雛の装束。
程なくして出来上がったそれを、傍らの小さな人形の裸身に纏わせていく。その人形は緑の髪の毛を胸元まで伸ばしている。
それは日本人形のような艶めいたみどりの黒髪というわけではなく、文字通りの緑色であった。
そんな人形に和の衣装という組み合わせは些か調和を欠いているようにも見えた。
その頭の頂に、金細工ではない天冠を飾る。この天冠は、フリルをあしらったリボンを結ぶことでその体を整えていた。
これにより、違和感は全て頭部にまとめられる形になった。

「よし、完成っと」

出来上がったのは蘇芳と朱色を基調とした十二単に身を包んだ、目を閉じている和洋折衷の雛人形。
それを傍らに用意しておいた桐の箱の中に丁寧に収める。後ろには同じ箱が十に満たぬ数、積み重ねられていた。
そして人形師は立ち上がるとアトリエ、更には家そのもののドアを開いた。それから誰もいない家の中に向かって手招きをする。
しばらくすると、金髪碧眼を頭に、透き通る虫の翅を背に、ワンピースとエプロンをその身に備えた人形達が、桐の箱を提げて外に飛び立っていく。
その飛行編隊にやや遅れて、人形師は外に広がる森の中へと歩いていった。






出発点である魔法の森を飛び立ってからしばらく後、人形師と空飛ぶ人形編隊は妖怪の山の樹海の中を進んでいた。
冬の只中であるため木々から葉は全て失われており、その枝のみが広がる様は月の光を受けて夜の闇の中に不気味な影を作り出していた。

「薄気味悪いわねぇ、ここは。まぁ魔法の森も似たようなもんだけど」
「ホントホント」
「みんな、木にぶつからないように注意して飛んでね」

人形師の言葉に、声を出して応じるものが一体、一回転して応じるものがそれを含めた全部。
その様子はまるで人形の一体一体が独立した意志を有しているかのように見受けられる。
人形師の忠告通り、闇の中で人形達は巧みに木々を回避して進んでいく。勿論手に持つ桐の箱にも枝一本触れさせていない。
と、先頭を行く人形が後ろを向き、無機質な片言の言葉を発した。

「ミツケタ」
「そう、思ったより手間取らなかったわね。よかった」

人形師は安堵の溜息を一つ、それから吸気を行い、踏み出す歩幅をやや広くした。その歩調に合わせるように、人形達も強く羽ばたく。



人形師と人形達は、やがて木々の少ない開けた場所に到達した。
月の光がある程度注がれているためか、周囲よりも景色が鮮明に浮かび上がっている。
しかしただ一箇所、自然にはあらざる現象によって光が歪められている場所がある。
そこには不気味な紫色の靄が立ち込めていた。見るものに近付きがたい印象を放つまさにその中心に、何者かの姿があった。
人形師は臆した様子も無く、桐の箱を携えた人形達と共にそこに近付いていく。その途中で紫の靄の方から声が届けられた。

「丑三つ時。こんな不吉な時間を、私のような者との待ち合わせに選ぶのは正直感心しないのだけど? アリス=マーガトロイドさん」

禍々しい場所から、というわりにはその声は苦笑の混じった、明朗な少女の声。
それに名前を呼びかけられた人形師・アリスは何でもないように返答を返す。

「あらごめんなさい。真夜中に行動するときはこの時間に、っていう意識がまだ残っていてね。約束するときについ自然と口から出てしまったのよ。
 次からは気をつけるわ。それにしてもどうやって時間を把握しているの? 月の位置? 星の位置?」

返答と質問を受けて、まずは紫の靄の濃度が薄くなる。その中にいたのは靄の残滓を乱すことなく回り続ける一人の少女の姿。
彼女はフリルをあしらったリボンを頭上に備え、左右から流れる緑色の横髪を胸の上あたりでリボンで結び、ゴシック調の洋服を身に纏っていた。
その姿は服装の様式の違いさえ除けば、先程アリスが作っていた人形とそっくりだった。
少女は、人形とは異なり、流暢な言葉でアリスの疑問に答える。

「いいえ。こうやって一定の回転速度で回り続けてその回転数を覚えていれば、今はお日様が沈んでからどれくらい時間が経ったか、くらいは分かるわ」
「……あなたそんな効率の悪そうなこと、いつも考えてるの?」
「勿論冗談よ。だいたい、こんな深い樹海の中ではお日様の沈む様子なんてわからないしね」

朗らかな笑顔でそんなことを言う少女に、アリスは絶句する。
そんなアリスにはお構いなしに、少女は自転の速度を緩めず言葉を続ける。

「本当は説明が難しいの。神様の勘、とでもいうのかしら? 厄神様のバイオリズムってやつでね。気分でおおよその時間がわかるのよ」

そんなことを言われても俄かには信じがたい、アリスはそう感じた。そもそも、バイオリズムとは果たしてそのようなものだっただろうか?
色々と問いただしたい疑問で頭がいっぱいになったが、首の一振りでそれらを払拭する。
ともかく用事を果たそうと決意すると、人形達を操って桐の箱を地面に静かに下ろさせた。箱は全部で八つ。
そのうちの一つを抱え上げ、アリスは側面の板の一つを取り外して中身をさらす。

「ご注文の品、確かにお届けしたわ。依頼主、鍵山雛さん」

アリスは目の前の少女の名を告げ、それから彼女に見えやすいように箱から雛人形を丁寧な手つきで取り出す。
鍵山雛、と呼ばれた少女はそこでようやく自転を止め、人形の方に視線を向ける。
しばらくそれを見つめた後、スカートの前で組んでいた両手を胸の前まで持ち上げた。そして顔を綻ばせる。

「まぁ、とても精巧な出来栄えね。それが件の、遠隔操作できる人形なのかしら?」
「ええその通りよ。手にとってみる?」
「是非お願いするわ……ああ、私に手渡すときは貴女の人形を介してね。厄が貴女に移るといけないから」

そう忠告してから、雛は一回転して後ろに後退する。その動きに合わせて紫の靄も退いた。どうやらこの靄が彼女の言う厄なのだろう。
忠告通り、アリスは今まで自分の動かしてきた人形のうちの二体を運搬役として地面に下ろした。
それから箱のふたを即席の輿として、その上に雛人形を乗せ、ふたの下に人形を縦に並べる。
人形達はふたを頭上に掲げてゆっくりと雛の元まで歩いていく。

と、その途中で先頭の人形が何かにつまづき、身体を前に倒した。その勢いで、ふたの上の雛人形も前に傾く。
それはそのまま地面に衝突する……前に虹色のワイヤーに捕らわれ、地面すれすれのところで静止した。

「ふぅっ、危ない危ない」

アリスは安堵の溜息を吐く。その右腕からは虹色のワイヤーが伸び、それは二体の人形を経由して、最後には雛人形に繋がれていた。
シーカーワイヤー、という魔術であった。これのお蔭で雛人形は勿論、つまづいた人形も地面に衝突することなく不自然な格好で浮いていた。
ただ見ていることしか出来なかった雛も、頬に片手を当てて安堵の溜息を吐く。

「ごめんなさいね、厄の残滓でも残っていたのかしら?」
「貴女のせいじゃないでしょ。人形の足元に不注意だったのがいけなかったのよ」

アリスはきっぱりと言い切ると、ワイヤーを緻密に操作する。見る間に雛人形はふたの上に戻り、運んでいた人形達も体勢を立て直した。
そしてアリスは運搬を再開し、無事、ふたを雛の足元まで運び終えた。
雛は人形達に向かってありがとうと呟くと、ふたの上の雛人形を丁寧に持ち上げた。

「本当、良く出来ているわね。でも私に似せる必要はなかったのに。これではまるで『かぎやまびな』ね」
「あら、そういえば商品名を考えてなかったわ。貴女のその意見、採用させて頂きたいのだけど?」
「え? お金を取るつもりだったの?」
「材料費くらいは回収したいわ。特に、貴女から報酬を得る当てがないのだからね」
「あっ、そ……それはその、ごめんなさい」
「冗談よ。そういう生臭い話とは別に、貴女の持ちかけた依頼に興味が湧いたのは事実。
 私も一応、伝統を後世に伝えていくことに心を砕いている者だから」

アリスはここに至るまでの経緯を思い出す――






それは、地底で起きた異変の原因を突き止めるために妖怪の山へ向かおうとしていた時だった。
その少し前に、知り合いの人間をたきつけて山の様子を探ってはみたが、その人間が勝手な行動に出てしまったために調査は中断されてしまった。
だから今度は人間を当てにせず、自分の足で調査に向かうことにした。
そんな折にこの鍵山雛に呼び止められた、朝靄の立ち込める山の樹海で。

「貴女が回転しながら災厄を撒き散らす、えんがちょな厄神? 魔理沙が言っていたように」
「貴女がさもしい独り人形劇に明け暮れる、七色の魔法使い? 霧雨魔理沙の言っていたように」

初対面の時の挨拶は、そんな酷いものだった。
直後に、その最悪のファーストコンタクトの原因となった人間・霧雨魔理沙を今度二人でとっちめようと合意したが。
それはそれとして、雛の用件を聞いて行くうちに、興味深い単語が浮かんできた。

「流し雛? ああ、厄払いのための儀式ね。最近じゃ、環境汚染を懸念されて縮小傾向にあるっていうじゃない」
「そうなのよ。儀式の日にちは定まっているけど、雛人形を流すタイミングや場所に指定がないもんだから、全て回収しようとなるととても手が回らなくて。
 厄を払う為の儀式が、知らないところで厄を残しているようじゃ本末転倒。だから縮小には納得しているの」
「でも、そのままだと貴女の神霊としての力が徐々に失われていく。ついには厄の回収さえおぼつかなくなる?」
「そこまで酷い事態にはならないと思うけど。でも、自分に因んだ行事が廃れていくのをただ指を咥えて見ているというのも寂しいじゃない。
 だから色々と考えていたの。そこで貴女に目をつけた。正確には、貴女が最近手に入れたという、遠隔操作できる人形に」
「え? 誰からそれを……って訊くまでもないか」

アリスは一つ、納得とうんざりした感情を込めた溜息を吐いた。そんな彼女を慰めるように、雛は微笑みながら答えた。

「ええ、両のこめかみを押さえて苦痛を堪えながら天狗に見つからないように山を降りてきた、白黒の人間から」
「……ふん、どうせあの後神様に見つかってお仕置きされたのね。良い薬」
「それよりも大分前に、人形の集団が降りてきたのよ。あれは貴女の物でしょう?」
「なんだ、見られていたの。お察しの通り、あれが遠隔操作可能な人形よ。あれを作ったのは私じゃないけど、作るための技術はすでに習得済み」

自信に溢れたアリスの回答を受けて、雛は両手をスカートの前で組み、真剣な目つきでアリスに向き直った。
その改まった態度に合わせるように、アリスもしっかりと雛の顔を窺った。

「その貴女の技術を見込んでお願いしたいのだけれども、遠隔操作できる人形を私にもいくつか分けてもらえないかしら?
 何処にも厄を残さない流し雛を完成させるためにはどうしても必要なの」

そう懇願して、頭を垂れたのだった。



余談だが、雛と話し込んでいるうちにかなりの時間が経過していた。
そのため雛と別れて再び山を目指している途中で、何かと戦ってきたと思しき人間・博麗霊夢とすれ違った。
そしてアリスは、労せず霊夢から地底の異変の全容を聞かされることとなってしまった――






アリスは別の箱から雛人形を取り出し、両手で持ち上げた。雛人形は羽扇子を両手で抱え、清楚な居住まいで目を閉じて座っている。
手から魔力を少し込めると、その閉ざされた目蓋がゆっくりと開いた。現れたのは静かにこちらを見返す、翡翠の瞳。
それからアリスは、自分と同じように雛人形を手にとって観賞している厄神の方に視線を流す。

彼女は神霊を流し雛に宿した存在だと聞いている。霊をとり憑かせることで自律行動をとれるようになった人の形。
地底の異変の際、怨霊の傍にいた人形達は何かを恨むように狂ってしまった。
場所が場所ならどこにでもいる取るに足りない存在である怨霊、それにとり憑かれただけで人形の行動が影響を受けてしまった。
ましてやそれが神霊なら、人間のように、いや人間以上の動きをしてみせるということだろうか。

アリスは再び雛人形の人工の瞳を見つめる。自分の技術ではあそこまで強い意志に満ちた目を作ることはできない、そう痛感させられる。
しかし無闇に落ち込んだりはしない。むしろ神霊を宿した人形という存在は、自律人形作成への興味深い研究対象と言える。
それを考えると、この出会いには感謝したい気持ちでいっぱいだった。出会うきっかけを作った者にはあまり感謝したくはなかったが。



「そういえば伝統を後世に伝える、とか言っていたけど、それはどういうものなのかしら?」

と、物思いに耽るアリスを目覚めさせるように、雛が質問を投げかけてきた。我に返ったアリスは、さらりと答えようとする。

「ああ、それは藁人形に五寸釘を……」

そして口を噤んだ。流石に、丑の刻参りのことを喋るのは気が引ける。ふと、腕に抱えていた雛人形の緑眼が光ったように思えた。
アリスは慌てて、別の答えを用意する。

「釘じゃなかったわ。ネジや発条、歯車を取り付けて、それから火薬を仕込んだ大江戸……」

再び口を噤む。
こうして思い返してみると、自分は物騒な伝統技術ばかりに目を向けているような気がする。
急に黙り込んでしまったアリスに、雛が首を傾げた。アリスは何とか言葉を取り繕う。

「……からくり人形を作ってみたけど、やっぱり火薬を動力源にするのはデンジャラスだとわかったり、色々と試行錯誤しているのよ」
「そうなの。色々と器用なのね」

感心したように呟く雛に、わずか後ろめたさを覚えるアリス。
そんなアリスには気付かず、雛は抱えていた自分そっくりな雛人形をそっとふたの上に戻した。
それからアリスに軽く呼びかける。

「作ってきてくれた人形を全て、箱から出してくれないかしら?」

雛の要求を受けて、アリスはまず自分が抱えている人形を箱の上に置く。それから自前の人形達を操って、全ての箱から雛人形を取り出させた。
雛人形は全部で八つ。それらの視線が集中する一点に向かって、雛は回りながら進んでいく。
そのまま回転を続ける雛の身体から、紫色の靄以外の何かが出現した。
それは、雛の姿そっくりの、薄ぼんやりとした像だった。
アリスは類似の物を記憶の中から探る。すると半人半霊・魂魄妖夢のスペルカードが浮かんできた。
その雛の映し身はゆっくりと前に進み、あるところで止まると形を崩し、八つの人魂のような姿に変じた。
そして雛人形の一体ずつにそれぞれ乗り移って行く。

「貴女の器用さには遠く及ばないけれど……」

回転を続ける雛からはっきりとした言葉がこぼれてくる。

「人形に込められた、操作主の意図を遠くに及ぼせるという概念を利用すれば、私でも」

雛の言葉の切れと同時に、人魂を飲み込んだ八体の雛人形がいっせいにその目を開いた。
雛人形達は二、三度まばたきをすると、座った姿勢のままゆっくりと宙に浮き始める。
アリスは目の前で起こった現象に驚愕しつつも、妙に冷えた思考を回転させてこの現象を理解しようとする。

「神霊の、分霊!」
「ご名答。私程度の力では大量に憑依させたら精密に操作することはできないけれど、私の目的を果たすためならばこれで充分。
 そう、これで雛人形を一つ残らず回収できる。ゴミも厄も残さない、クリーンでグリーンな流し雛の完成よ」

流し雛の軍団を眼前に展開して、誇らしげに微笑む雛。魔法の糸ではなく、神の意図のままに動くリトルレギオン。
雛はそれらに共通の動作をとらせ、自分も似たような動きを示した。
雛人形達は手に持っていた羽扇子をたたみ、それから両手を膝よりも下におろして、そのまま小さな頭も下げた。
雛もスカートの前で両手を組み、アリスに向けて静かに頭を下げる。

「感謝します。偉大なるマエステラ(Maestra)、アリス=マーガトロイド。おかげさまで流し雛の縮小に歯止めをかけられそうだわ」

そして雛はゆっくりと自転を再開する。軽やかな調子で、喜びを体現するかのように。

「この雛人形を流し雛に使ってもらえば、いつ、どこに流されていこうと最終的には私の元に集めることが出来る。
 そして私が厄を吸い取って綺麗になった雛人形が、一晩後には流した者達の手元に自ずから戻って行くの」
「……それ、ちょっとしたホラーだと、思うんだけど……」
「そうよね。じゃあ、また配る時は貴女の手をお借りしちゃおうかしら?」

語られる光景を想像して眉をひそめたアリスに、雛はクスクスと声を綻ばせる。
そんな雛の冗談に、アリスは肩をすくめて溜息混じりの言葉を返す。

「ならその時は人形の洗浄代金を頂こうかしらね。貴女からは無理そうなので人形の購入者から」
「……さっき、生臭い話は別にして、って言ったじゃない」
「何を言ってるのよ。生臭くないようにするための話じゃないの。川に入った人形を洗濯しようとしているんだから」

つまづきそうな勢いで自転を止め、困ったように眉を寄せる雛。それを見て、してやったりという念を込めて、アリスはクスクスと笑った。
そして続ける言葉は……

「勿論冗談よ」



神霊の一部を取り込んだ雛人形達が宙を進み、箱の中にその身を収めていく。
そのふたを閉じ、持ち上げていくのは魔法で操られた妖精のような人形達。
それらの作業を継続するついでに、アリスは雛に確認する。

「じゃあ、この調子で雛人形を作っては貴女の神霊を分霊させて取り込ませていけばいいのね?
 桃の節句までに出来うる限りの雛人形を用意する、と」
「ええ、お願いするわ。その、本当に何もお返しできることがなくてごめんなさいね」

申し訳なさそうに苦笑する雛。すでに冗談で終わらせた話をまだ引きずっている雛を見て、アリスの心に悪戯心が再び湧いてきた。
その心のおもむくままに、妖艶な流し目とトーンを下げた声をくれてやる。

「それじゃあ、報酬は貴女の身体で払ってもらおうかしらね」
「ええ!? わ、私の身体は厄まみれで、その、え、えんがちょなのよ?」

声のトーンを上げて驚き、それから口元を手で押さえて視線を明後日の方向に向ける雛。
しかしアリスはこの態度に演技の匂いを感じた。人の形を弄ぶことには失敗したようだ。
だが、この寸劇は続けることにする。真剣な言葉を伝えるには、こういう雰囲気でないとやりにくい時もあるから。

「ふふふ、じゃあ隅から隅まで綺麗にしてあげるわ。その忌まわしい重荷をすっかり洗い流してしまえば、きっととても気持ちいいと思うの。
 そう、例えば他の人形に分霊させて厄を移し、自分は自由気ままに行動するとか」

戯れた口調のわりに真面目な内容の言葉を聞いて、雛はアリスの目を覗き込む。そして軽く一息吐いて微笑む。

「優しいのね、貴女は」
「か、勘違いしないで。別に貴女の為に良かれと思って提案したわけじゃないわ。私は人形から怨霊とかの変なものを払う方法を研究したいの。
 その為に貴女の厄を宿した人形のサンプルが欲しい、それだけなんだから!」
「そう。でも貴女の言ったことはもうすでに実践しているのよ。いつだったか、吸血鬼の主催したパーティーがあったでしょ?
 あの時会場に行った私の身体は、厄の無い人形に分霊して参加させたものだったの」
「……なんですって!?」

告げられた意外な事実に、慌てて自分の中の記憶を探る。
……確かにあの時の雛には今纏わりついているような紫色の靄は存在していなかった。
寸劇の間に纏っていた、ふざけた空気が完全に取り払われる。
しかしアリスにとってはそうだったが、雛は依然としてこの空気を纏っていた。

「最初は流し雛の代替策として、分霊を厄の無い人形に憑かせてから人里に赴かせて厄を回収していこうとか考えたんだけどね。
 『厄い子はいねが~!? 払っちまうぞ~』っていう勢いで」

おどけたように、両手を挙げて眉と目を吊り上げ、歯をむいて濁った叫び声を上げてみせる雛。

「でも、一回ごとにわざわざ本体のところまで戻らなきゃいけないというのは流石に効率が悪いと思って、やめたの。
 それに、あくまでこだわりたいのは流し雛という行事ですから」
「……賢明ね。いや本当」

色々と物申したいところはあったが、脱力感の方に圧倒され、アリスは小さく肩を落とした。
これ以上雛の傍にいると無駄に気疲れしそうな予感がしたため、アリスは帰還の準備を急ぐ。
そんなアリスの背中に雛の声がかかる。

「そうそう、もしあの白黒の魔法使いに会うようなことがあったら、私がお礼を言っていたことを伝えてくれるかしら?」

思いもよらぬ内容に、アリスは作業の手を止めて雛をまじまじと見つめる。

「お礼? あいつに?」
「ええ。今回のことは彼女にも助けてもらったようなものだから……」
「あまりあいつの行動を買いかぶり過ぎない方がいいわ。あいつは徘徊しながら迷惑を撒き散らす、傍若無人な厄介者なだけなんだから」
「まぁ、否定はしないわ。でもね、私はこうも考えているの」

一度言葉を切り、アリスをしっかりと見つめ返してから雛は続きを語る。

「霧雨に降られた後に、七色の虹が架けられた、って。それが私に希望を与えてくれたの」
「……随分とあいつの肩を持つわね」
「一応、私は人間の味方ですからね。どんな人間であれ、私は厄を払う事で希望を与える。そのお返しがあったことが素直に嬉しいのよ。
 たとえ向こうはそのつもりがなかったとしてもね」

その静かな微笑みがまぶしくて、アリスは視線をわずかに逸らす。
置かれている境遇のわりには輝きを失っていないその様は、雨の後に虹を架けるに充分な明るさを持っている、そう感じた。
彼女は決して悲しき人形(Doll of Misery)ではない。
こちらが余計な世話を焼く必要がない、そう確信したころには帰還の準備が完了していた。
全ての箱に雛人形が収められ、アリスの操る人形がその箱を一つずつ小さな両手で持ち上げる。

「それじゃあ、私はこれで。出来るだけ早いうちに雛人形を必要な数、揃えてみせるわ。あと、魔理沙へのお礼は自分で伝えなさいよ。
 偶然あいつが通りかかった時とか、あるいは分霊を宿した人形をメッセンジャーにするとかで」
「わかったわ。彼女にもその雛人形を渡すんでしょ? ならその時にでも雛人形を介してお礼を言いましょうか」
「それがいいわね。きっと喜ぶと思うわ。起きた現象の怪奇さを」

皮肉ではない、霧雨魔理沙はそういう人間なのだということをアリスは嫌というほど知っていた。
依頼の取り下げが確定したところで、アリスは静かに踵を返し、顔だけを後ろに振り向かせて別れを告げる。

「またね、『喜劇の』流し雛軍団の長」
「ええ、真摯なる、グランギニョル座の怪人」



そして人形師と人形の織り成す演劇は、ひとまずの幕を下ろす。次の舞台で人々にハッピーエンドをもたらす、その為の幕間――
●あとがき(小さな百鬼夜行に頼めば実は一番話が早かっゲホッゴホッ)

・儚月抄と同じ雑誌に掲載されている某作品のアニメを見ていてなんとなく思いつきました。ターンアニメートネス(アニメ化)。

・これで流しっぱなしの「流刑人形」が輝夜の第4通常弾幕みたいになると考えると、ちょっとしたホラーですね。

・某EXボスは攻撃の通らない神霊を3つくらいに分けているけど、実際2ボスにはどの程度の分霊が可能なのだろう?

・終わり方があの通りですが、続きません。
山野枯木
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コメント



0.890簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
話としては悪くないけど、無理やりアリスにツンデレをさせなくても良い気がする。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
「雛の依頼でアリスがリサイクル可能な流し雛を作る」という話の骨格は悪くないと思います。
ですが、その理由付けや2人のやりとり、地霊殿の異変との絡みといった肉付けが空回り
している印象を受けました。