幻想郷は今、冬真っ盛りだ。
いつもはこの辺りを所狭しと飛び回っている私ですら震えが来る。
こんな日は家でのんびりとしているのが良いんだろうが、私はそれ以上の良策を知っていた。
「へへ……香霖堂にはストーブがあるからなあ」
あの暑いくらいの、そして少し乾いた空気を思い出して思わずにんまりと顔が綻ぶ。
手はすっかりかじかんでいるけれども、それすらこの後の快楽を想像すれば消し飛んでしまいそうだ。
私は見慣れた店の前に立ち、ドアを思い切り開け放った。
「こーりん、邪魔する、ぜ……」
ドアを開け広げた瞬間、あの熱風がこちらに押し寄せてくる事を期待していたのだけれど、
残念な事に香霖堂の中も冷ややかな空気が充満していた。
全然、暖かくない。
この寒風の中、香霖がどこかに出かけるなど考えられない。
奥に居るのは分かっているのだけれど、暖房のない香霖堂なんてゴミ捨て場と一緒だ。
ここに長居していても仕方がないから挨拶だけしていこうと思って私はずんずんと店の奥へと進んでいった。
どうせ倉庫で道具でも漁っているのだろう。
私はずず、と鼻をすすってから引き戸に手をかけた。
香霖がストーブを入れてくれていないからもうすっかり手は真っ赤だ。
文句の一つでも言ってやろう。
「おーい、香霖」
今日は言葉を発する毎に大事件が起きる日らしい。
がらがらと戸を引くと、そこは別世界だった。
畳ばりの小さな部屋の真ん中に、どどん、とこたつが置いてあった。
畳ばりの小さな部屋に、こたつが置いてあったのだ。
私が驚きの声を上げようとしたまさにその時、のっそりと寝癖のついた仏頂面が起きあがってきた。
こたつに身体の大部分を埋もれさせたそいつは、私を見てから間の抜けた熊のように小さく溜息を吐いた。
「何だ魔理沙か。
どうしたんだい、こんな寒い日に」
仏頂面、つまり香霖がそんな寝ぼけた事を言うので、私は両手を広げてから言った。
「どうしたもこうしたも無いぜ。
非売品を売り払ってここを和室にしたのか?」
香霖は、ああそんな事か、と面倒くさそうな声で応答した。
「別に売った訳ではないよ。
あのスキマ妖怪がここの道具の中に危険な物が無いかどうか調べたいんだそうだ。
僕はそんな物は無いと言ったんだがね、
どうにも聞き分けがないから交換条件にこの部屋を用意してもらった訳さ。
点検が終わるまでという条件付きでね」
とん、とコタツを軽く叩いてから香霖はそう言った。
私も靴を脱いで和室にあがった。
「そいつは妙案だな。
香霖もたまには頭を使うみたいでびっくりだぜ」
「失礼だな君は」
香霖はやれやれと溜息を吐いて身体を弛緩させた。
とてもじゃないが客の前で見せて良い体たらくではない。
私はやれやれと溜息を吐いて香霖の頭をぽんぽんと軽く蹴った。
「全く……コタツくらいでそんなになってて情けないぜ」
香霖はそれを聞いて、ややむっとした表情で反駁してきた。
「それは間違いだな。
これは外の世界のコタツでね、危険性もなく、なおかつとても心地が良いんだ」
「そんな事言ってもなあ。
掘り炬燵すら使った記憶が無いからな、私は」
「まあ君はコテコテの西洋魔術師だからね。
その癖和食派だが」
「知ったような事を言うぜ」
「何年君を見守ってきたと思ってるんだよ、まったく。
知ったような口もきくさ」
香霖は呆れた表情でそう言った。
確かに私にとって香霖は随分付き合いが長い部類に入る。
だから知り合いには私の性格の一端は香霖が作ったなんて失礼な事を言う奴すら居る。
私はこんなぐうたらな性格じゃない。
全く、悲しい誤解だ。
「まあ元気そうだからよしとするか。
私は寒い香霖堂には用は無いから部屋に帰って寝るか」
勿体ない事を言う、と香霖は私を引きとどめた。
「折角だからコタツを楽しんだらどうだい。
これはこれでなかなか乙なものだが」
「別に良い。
布団にくるまってれば十分暖かいからな」
「それとこれとはまた別の気持ちよさがあるんだが……」
いつもならすぐに身を引く香霖だが今日はやけにしつこい。
「なんだよ、久しぶりに私に構って欲しいのか?」
尋ねると、香霖はううむ、と難しそうな表情で答えた。
「いや、あまりにこのコタツが快適なんでね。
誰かとこの法悦を共有したいと思ったんだよ。
せんべいとみかんも用意してある。
三十分くらいはここで時間を潰しても良いじゃないか」
香霖はコタツをべたべたに褒めちぎりながら、そんな事を言った。
どうも私と話がしたいというよりはこのコタツのすばらしさを誰にでも良いから知って欲しいらしい。
はた迷惑な奴だ。
「まあ、そこまで言うなら少しくらい時間を潰してもいいけどな」
香霖にはいつも迷惑をかけているし、別に話すのが嫌な訳でもない。
私は畳に座り込んで、足をこたつの布団の中に突っ込んだ。
そして、その瞬間に凄く反省した。
香霖は小さく笑った。
「どうだ、気持ちが良いだろう」
私は頬を掻いて苦笑いするしかなかった。
「どうにも、反論のしようがないぜ」
今日はここ数日の決闘無敗の武勇伝でも聞かせてやろうかと思っていたのだが、
残念ながらここで初黒星だ。
布団の柔らかさに、じんわりと身体を温める暖かい空気がじわじわと身体を拘束していくのが分かる。
先程香霖がコタツの身体を沈めていたのも頷ける。
だけれどその香霖は何を血迷ったか何の躊躇も無くコタツから足を引き抜くと、身体を伸ばし始めたりした。
「なんだ、まったりしないのか?」
やれやれ、急に素直になったな、と失笑してから香霖が言った。
「さすがに女の子と一緒にコタツに入るのは駄目だろう。
そこでせんべいでもつまんでおいてくれ。
熱い茶でも用意してこよう」
ふうん、と私は小さく息を吐いた。
「前は一緒に水遊びとかしてたのにな。
香霖もそろそろ私の色香に気がついたって事か」
「そういえば君は紅魔館の恋愛係だそうだね。
全く、この僕もお手上げだよ。やれやれ」
香霖はせんべいを一つ口に挟むとそのままフラフラと出ていってしまった。
私としては香霖とこの極上空間を味わいながら世間話でもしたかったのだけれど、
なかなかどうしてあの仏頂面は照れ屋らしい。
可愛いところもあるじゃないか。
私はにやにや笑いながら身体を思い切り伸ばしてコタツを占有した。
「……寝ている」
茶を用意して戻ってきた僕は呆然とするしかなかった。
折角美味い玉露(熱湯を使うなと何故か何度も紫に注意された)を淹れて来たのだがどうやら無駄になってしまったらしい。
仮にも年頃の少女がこれで良いのかと呆れてしまうほど無防備な寝顔である。
呆れて物も言えない。
魔理沙にはもう少し警戒心というものを持ってもらわなければこちらの心配がなかなか無くならないのだが、
この子には何を言っても無駄だろうと思うと好きにさせても良いだろうかとも考える。
最近は悪友も増えたそうであるし(その悪友とやらは時折店に来ては魔理沙に対する文句を垂れるのだが)、
僕がくどくどと口を出す時期はもう終わった気がする。
魔理沙も血の繋がりも無い冴えない男に何時までも家族面をされたくは無いだろう。
そんな事を考えつつもやはり魔理沙を見ていると和んでしまう。
手の付けられない馬鹿猫を見ているような気分になる。
恐らくこの子は僕の事をしょうがない奴だなあとでも思いながら見ているのだろう。
全く、お互い様であることだ。
僕は茶をお盆をコタツに置いてくすりと小さく笑った。
その音が少し大きかったのか、それとも元から寝ていなかったのだろうか、魔理沙はぼんやりと目を開いた。
最初はじっと僕の方を見ていたのだが、右手の甲でぐしぐしと目元を拭った後でふにゃりと緩んだ笑顔を見せてきた。
「むにゃ……よう、香霖」
「何が、よう、香霖だ。
そんな締まらない顔で何を言っても馬鹿にしか見えないよ。
ほら、茶でも飲んで少しはしゃっきりしたらどうだい」
「……むぅ」
魔理沙はまだ寝ぼけているのかむにゃむにゃ言いながら茶を啜っている。
味の方は一応お気に召したらしい。
僕は水など飲めれば何でも良いので(あの浄水器という奴は好きになれないが)、
そういう事には鈍感である。
酒でも呑もうかとも思ったけれど気が大きくなったらどんな間違いが起こるかも分からないので今日は自粛しておいた。
今度の楽しみにしておきたいと思う。
魔理沙はごろごろと湯飲みを持ったまま器用に転がり、幸せそうに言った。
「このコタツっていうのは本当に良いなあ。
いやいや、まったく見くびっていたぜ。
香霖、私に売ってくれよ」
僕はゆっくりと首を横に振った。
「これは八雲紫に協力する対価として僕が貰い受ける。
魔理沙には渡せないね」
じゃあ仕方ないな、と魔理沙は思いの他すっと引き下がった。
紫は点検の間だけと言ったのだが、まあこのくらいのわがままなら聞いて貰えそうな気がしないでもない。
問題は、このコタツの動力である『電気』をどうやって調達するかである。
ストーブの燃料と同じく購入できれば助かるのだが――。
「これからは三日に一度香霖堂に来よう」
魔理沙は笑いながらそんな恐ろしいことを言ってくるので僕は思わず身を震わせた。
「勘弁してくれ。
君が来るたびに商品が減る」
「良いじゃないか、どうせ売れない商品だろう」
「……まあね」
魔理沙は思っていることをずけずけと言うのでかえって小気味良い。
他人の考えを一々注視しない僕とも割と良好な関係で居られるのはそのためだろう。
感謝したいとは思えないが。
「そうそう、ところで聞いてくれよ香霖!」
「何だい?」
ここから先の展開は読めているので僕としては苦笑を浮かべて文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが
魔理沙が楽しそうなのでそれは止めておく。
どうせ決闘の自慢話でもしたいのだろう。
何はともあれこのこには甘い自分を少し省みる必要があるかもしれないと僕はぼんやりと思った。
「ここ最近さあ、もうすっかり勝ち癖がついてもう負け知らずで――」
何時も通りミニ八卦炉を取り出して騒ぐ魔理沙を見て、
僕は、ああ、これが団欒なんだろうなあ、なんて少し幸せな気分に浸っていた。
今日は多分、魔理沙の相手で一日が潰れるのだろう、などとそんな事を想像し、
僕は半ばげんなりし、半ば快くもあり、結局いつもの仏頂面で対応することになったのだった――。
それにしても、魔理沙。
他人には見せない自分の努力を僕の前でさらけ出してくれるのは嬉しいのだが、
少しは僕のミニ八卦炉も褒めてはもらえないものだろうか。
そのように玩具のように扱われると、非常に悲しくなってくるのだが……。
「で……こうなった、と」
コタツに身体を半分以上埋めた魔理沙が、
香霖堂店主、森近霖之助の腹を枕にしている壮絶な情景を見て、八雲紫はやれやれと溜息を吐いた。
実に幸せそうに寝息を立てている魔理沙に対して霖之助は不快そうに身体を丸めている。
それもそうだろう。
この寒い日に暖房も使わず、布団も被らず、挙げ句にコタツから追い出されては震えるしかない。
よくこれで文句を言わないものである。
対する魔理沙は気楽なものだ。
霖之助の腹に頭を置いてごろんと横になっているその姿は悦楽の体現者と言っても過言ではない。
全く、数日後にでも少しおしおきをしてやろうか、と紫はそんな事を考えていたが、
ふとあるものに目がとまり、そんな気持ちも霧散して、しょうがないな、という苦笑が代わりに浮かんだ。
幸せそうに眠る魔理沙の両手には、大切そうに、本当に大切そうにミニ八卦炉が握りしめられていた。
霧雨魔理沙の代名詞、「恋符『マスタースパーク』」。
一応、魔理沙もこの人には感謝をし、全幅の信頼をおいているということだろうか。
こんなおてんば娘になつかれても大変なだけだろうに。
紫はこれからも苦労をし続けるのであろう、未だ眼鏡をかけたままの気難しい青年の寝顔を見て、苦笑を浮かべた。
そしてどこからともなくふわふわとした地味な色の毛布を取り出して、そっと彼の肩にそれをかけておいた。
「光の裏には陰があるものよねぇ。それに、ここまで信頼されるなら陰冥利に尽きるという奴かしら。
まあ、この朴念仁は魔理沙の感謝なんてちっとも気がついていないんでしょうけれど」
だからこそこのちぐはぐなコンビが成り立っているのかもしれない。
『弾幕は火力』という魔理沙の言葉は、
あの派手な弾幕からは想像も出来ない程に地道な努力に裏付けされたものであり、
そして何より――。
「う~む」
霖之助は、居心地悪そうに呻いた後で、それでも寝返り一つ打たずに、また恨めしそうに表情をゆがめた。
「この人の尽力が無ければ、ここまで有名な魔法使いにもなれなかった、か。
合縁奇縁とは言うものね。
ふふふ、私も今の内に何かこの人に作ってもらおうかしら」
森近霖之助。
決して表舞台に出ることのない仏頂面の、非力な青年。
だけれども、異変解決の主人公達の裏には、いつもその陰がちらついている。
全く、損な役回りである。
だがそれでもこの青年は満足なのだろう。
文句の一つや二つは垂れるだろうが、それでもきっと満足なのだろう。
八雲紫はこれ以上は何も語らず、そっと暗闇に溶けて消えた。
倉庫を元に戻すのは、また後日でも良いだろう。
それまでは、
この不思議な店主のかき集めた不可思議な外の道具でも鑑賞しながら、のんびりと酒を楽しむのもいいかも知れない……。
いつもはこの辺りを所狭しと飛び回っている私ですら震えが来る。
こんな日は家でのんびりとしているのが良いんだろうが、私はそれ以上の良策を知っていた。
「へへ……香霖堂にはストーブがあるからなあ」
あの暑いくらいの、そして少し乾いた空気を思い出して思わずにんまりと顔が綻ぶ。
手はすっかりかじかんでいるけれども、それすらこの後の快楽を想像すれば消し飛んでしまいそうだ。
私は見慣れた店の前に立ち、ドアを思い切り開け放った。
「こーりん、邪魔する、ぜ……」
ドアを開け広げた瞬間、あの熱風がこちらに押し寄せてくる事を期待していたのだけれど、
残念な事に香霖堂の中も冷ややかな空気が充満していた。
全然、暖かくない。
この寒風の中、香霖がどこかに出かけるなど考えられない。
奥に居るのは分かっているのだけれど、暖房のない香霖堂なんてゴミ捨て場と一緒だ。
ここに長居していても仕方がないから挨拶だけしていこうと思って私はずんずんと店の奥へと進んでいった。
どうせ倉庫で道具でも漁っているのだろう。
私はずず、と鼻をすすってから引き戸に手をかけた。
香霖がストーブを入れてくれていないからもうすっかり手は真っ赤だ。
文句の一つでも言ってやろう。
「おーい、香霖」
今日は言葉を発する毎に大事件が起きる日らしい。
がらがらと戸を引くと、そこは別世界だった。
畳ばりの小さな部屋の真ん中に、どどん、とこたつが置いてあった。
畳ばりの小さな部屋に、こたつが置いてあったのだ。
私が驚きの声を上げようとしたまさにその時、のっそりと寝癖のついた仏頂面が起きあがってきた。
こたつに身体の大部分を埋もれさせたそいつは、私を見てから間の抜けた熊のように小さく溜息を吐いた。
「何だ魔理沙か。
どうしたんだい、こんな寒い日に」
仏頂面、つまり香霖がそんな寝ぼけた事を言うので、私は両手を広げてから言った。
「どうしたもこうしたも無いぜ。
非売品を売り払ってここを和室にしたのか?」
香霖は、ああそんな事か、と面倒くさそうな声で応答した。
「別に売った訳ではないよ。
あのスキマ妖怪がここの道具の中に危険な物が無いかどうか調べたいんだそうだ。
僕はそんな物は無いと言ったんだがね、
どうにも聞き分けがないから交換条件にこの部屋を用意してもらった訳さ。
点検が終わるまでという条件付きでね」
とん、とコタツを軽く叩いてから香霖はそう言った。
私も靴を脱いで和室にあがった。
「そいつは妙案だな。
香霖もたまには頭を使うみたいでびっくりだぜ」
「失礼だな君は」
香霖はやれやれと溜息を吐いて身体を弛緩させた。
とてもじゃないが客の前で見せて良い体たらくではない。
私はやれやれと溜息を吐いて香霖の頭をぽんぽんと軽く蹴った。
「全く……コタツくらいでそんなになってて情けないぜ」
香霖はそれを聞いて、ややむっとした表情で反駁してきた。
「それは間違いだな。
これは外の世界のコタツでね、危険性もなく、なおかつとても心地が良いんだ」
「そんな事言ってもなあ。
掘り炬燵すら使った記憶が無いからな、私は」
「まあ君はコテコテの西洋魔術師だからね。
その癖和食派だが」
「知ったような事を言うぜ」
「何年君を見守ってきたと思ってるんだよ、まったく。
知ったような口もきくさ」
香霖は呆れた表情でそう言った。
確かに私にとって香霖は随分付き合いが長い部類に入る。
だから知り合いには私の性格の一端は香霖が作ったなんて失礼な事を言う奴すら居る。
私はこんなぐうたらな性格じゃない。
全く、悲しい誤解だ。
「まあ元気そうだからよしとするか。
私は寒い香霖堂には用は無いから部屋に帰って寝るか」
勿体ない事を言う、と香霖は私を引きとどめた。
「折角だからコタツを楽しんだらどうだい。
これはこれでなかなか乙なものだが」
「別に良い。
布団にくるまってれば十分暖かいからな」
「それとこれとはまた別の気持ちよさがあるんだが……」
いつもならすぐに身を引く香霖だが今日はやけにしつこい。
「なんだよ、久しぶりに私に構って欲しいのか?」
尋ねると、香霖はううむ、と難しそうな表情で答えた。
「いや、あまりにこのコタツが快適なんでね。
誰かとこの法悦を共有したいと思ったんだよ。
せんべいとみかんも用意してある。
三十分くらいはここで時間を潰しても良いじゃないか」
香霖はコタツをべたべたに褒めちぎりながら、そんな事を言った。
どうも私と話がしたいというよりはこのコタツのすばらしさを誰にでも良いから知って欲しいらしい。
はた迷惑な奴だ。
「まあ、そこまで言うなら少しくらい時間を潰してもいいけどな」
香霖にはいつも迷惑をかけているし、別に話すのが嫌な訳でもない。
私は畳に座り込んで、足をこたつの布団の中に突っ込んだ。
そして、その瞬間に凄く反省した。
香霖は小さく笑った。
「どうだ、気持ちが良いだろう」
私は頬を掻いて苦笑いするしかなかった。
「どうにも、反論のしようがないぜ」
今日はここ数日の決闘無敗の武勇伝でも聞かせてやろうかと思っていたのだが、
残念ながらここで初黒星だ。
布団の柔らかさに、じんわりと身体を温める暖かい空気がじわじわと身体を拘束していくのが分かる。
先程香霖がコタツの身体を沈めていたのも頷ける。
だけれどその香霖は何を血迷ったか何の躊躇も無くコタツから足を引き抜くと、身体を伸ばし始めたりした。
「なんだ、まったりしないのか?」
やれやれ、急に素直になったな、と失笑してから香霖が言った。
「さすがに女の子と一緒にコタツに入るのは駄目だろう。
そこでせんべいでもつまんでおいてくれ。
熱い茶でも用意してこよう」
ふうん、と私は小さく息を吐いた。
「前は一緒に水遊びとかしてたのにな。
香霖もそろそろ私の色香に気がついたって事か」
「そういえば君は紅魔館の恋愛係だそうだね。
全く、この僕もお手上げだよ。やれやれ」
香霖はせんべいを一つ口に挟むとそのままフラフラと出ていってしまった。
私としては香霖とこの極上空間を味わいながら世間話でもしたかったのだけれど、
なかなかどうしてあの仏頂面は照れ屋らしい。
可愛いところもあるじゃないか。
私はにやにや笑いながら身体を思い切り伸ばしてコタツを占有した。
「……寝ている」
茶を用意して戻ってきた僕は呆然とするしかなかった。
折角美味い玉露(熱湯を使うなと何故か何度も紫に注意された)を淹れて来たのだがどうやら無駄になってしまったらしい。
仮にも年頃の少女がこれで良いのかと呆れてしまうほど無防備な寝顔である。
呆れて物も言えない。
魔理沙にはもう少し警戒心というものを持ってもらわなければこちらの心配がなかなか無くならないのだが、
この子には何を言っても無駄だろうと思うと好きにさせても良いだろうかとも考える。
最近は悪友も増えたそうであるし(その悪友とやらは時折店に来ては魔理沙に対する文句を垂れるのだが)、
僕がくどくどと口を出す時期はもう終わった気がする。
魔理沙も血の繋がりも無い冴えない男に何時までも家族面をされたくは無いだろう。
そんな事を考えつつもやはり魔理沙を見ていると和んでしまう。
手の付けられない馬鹿猫を見ているような気分になる。
恐らくこの子は僕の事をしょうがない奴だなあとでも思いながら見ているのだろう。
全く、お互い様であることだ。
僕は茶をお盆をコタツに置いてくすりと小さく笑った。
その音が少し大きかったのか、それとも元から寝ていなかったのだろうか、魔理沙はぼんやりと目を開いた。
最初はじっと僕の方を見ていたのだが、右手の甲でぐしぐしと目元を拭った後でふにゃりと緩んだ笑顔を見せてきた。
「むにゃ……よう、香霖」
「何が、よう、香霖だ。
そんな締まらない顔で何を言っても馬鹿にしか見えないよ。
ほら、茶でも飲んで少しはしゃっきりしたらどうだい」
「……むぅ」
魔理沙はまだ寝ぼけているのかむにゃむにゃ言いながら茶を啜っている。
味の方は一応お気に召したらしい。
僕は水など飲めれば何でも良いので(あの浄水器という奴は好きになれないが)、
そういう事には鈍感である。
酒でも呑もうかとも思ったけれど気が大きくなったらどんな間違いが起こるかも分からないので今日は自粛しておいた。
今度の楽しみにしておきたいと思う。
魔理沙はごろごろと湯飲みを持ったまま器用に転がり、幸せそうに言った。
「このコタツっていうのは本当に良いなあ。
いやいや、まったく見くびっていたぜ。
香霖、私に売ってくれよ」
僕はゆっくりと首を横に振った。
「これは八雲紫に協力する対価として僕が貰い受ける。
魔理沙には渡せないね」
じゃあ仕方ないな、と魔理沙は思いの他すっと引き下がった。
紫は点検の間だけと言ったのだが、まあこのくらいのわがままなら聞いて貰えそうな気がしないでもない。
問題は、このコタツの動力である『電気』をどうやって調達するかである。
ストーブの燃料と同じく購入できれば助かるのだが――。
「これからは三日に一度香霖堂に来よう」
魔理沙は笑いながらそんな恐ろしいことを言ってくるので僕は思わず身を震わせた。
「勘弁してくれ。
君が来るたびに商品が減る」
「良いじゃないか、どうせ売れない商品だろう」
「……まあね」
魔理沙は思っていることをずけずけと言うのでかえって小気味良い。
他人の考えを一々注視しない僕とも割と良好な関係で居られるのはそのためだろう。
感謝したいとは思えないが。
「そうそう、ところで聞いてくれよ香霖!」
「何だい?」
ここから先の展開は読めているので僕としては苦笑を浮かべて文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが
魔理沙が楽しそうなのでそれは止めておく。
どうせ決闘の自慢話でもしたいのだろう。
何はともあれこのこには甘い自分を少し省みる必要があるかもしれないと僕はぼんやりと思った。
「ここ最近さあ、もうすっかり勝ち癖がついてもう負け知らずで――」
何時も通りミニ八卦炉を取り出して騒ぐ魔理沙を見て、
僕は、ああ、これが団欒なんだろうなあ、なんて少し幸せな気分に浸っていた。
今日は多分、魔理沙の相手で一日が潰れるのだろう、などとそんな事を想像し、
僕は半ばげんなりし、半ば快くもあり、結局いつもの仏頂面で対応することになったのだった――。
それにしても、魔理沙。
他人には見せない自分の努力を僕の前でさらけ出してくれるのは嬉しいのだが、
少しは僕のミニ八卦炉も褒めてはもらえないものだろうか。
そのように玩具のように扱われると、非常に悲しくなってくるのだが……。
「で……こうなった、と」
コタツに身体を半分以上埋めた魔理沙が、
香霖堂店主、森近霖之助の腹を枕にしている壮絶な情景を見て、八雲紫はやれやれと溜息を吐いた。
実に幸せそうに寝息を立てている魔理沙に対して霖之助は不快そうに身体を丸めている。
それもそうだろう。
この寒い日に暖房も使わず、布団も被らず、挙げ句にコタツから追い出されては震えるしかない。
よくこれで文句を言わないものである。
対する魔理沙は気楽なものだ。
霖之助の腹に頭を置いてごろんと横になっているその姿は悦楽の体現者と言っても過言ではない。
全く、数日後にでも少しおしおきをしてやろうか、と紫はそんな事を考えていたが、
ふとあるものに目がとまり、そんな気持ちも霧散して、しょうがないな、という苦笑が代わりに浮かんだ。
幸せそうに眠る魔理沙の両手には、大切そうに、本当に大切そうにミニ八卦炉が握りしめられていた。
霧雨魔理沙の代名詞、「恋符『マスタースパーク』」。
一応、魔理沙もこの人には感謝をし、全幅の信頼をおいているということだろうか。
こんなおてんば娘になつかれても大変なだけだろうに。
紫はこれからも苦労をし続けるのであろう、未だ眼鏡をかけたままの気難しい青年の寝顔を見て、苦笑を浮かべた。
そしてどこからともなくふわふわとした地味な色の毛布を取り出して、そっと彼の肩にそれをかけておいた。
「光の裏には陰があるものよねぇ。それに、ここまで信頼されるなら陰冥利に尽きるという奴かしら。
まあ、この朴念仁は魔理沙の感謝なんてちっとも気がついていないんでしょうけれど」
だからこそこのちぐはぐなコンビが成り立っているのかもしれない。
『弾幕は火力』という魔理沙の言葉は、
あの派手な弾幕からは想像も出来ない程に地道な努力に裏付けされたものであり、
そして何より――。
「う~む」
霖之助は、居心地悪そうに呻いた後で、それでも寝返り一つ打たずに、また恨めしそうに表情をゆがめた。
「この人の尽力が無ければ、ここまで有名な魔法使いにもなれなかった、か。
合縁奇縁とは言うものね。
ふふふ、私も今の内に何かこの人に作ってもらおうかしら」
森近霖之助。
決して表舞台に出ることのない仏頂面の、非力な青年。
だけれども、異変解決の主人公達の裏には、いつもその陰がちらついている。
全く、損な役回りである。
だがそれでもこの青年は満足なのだろう。
文句の一つや二つは垂れるだろうが、それでもきっと満足なのだろう。
八雲紫はこれ以上は何も語らず、そっと暗闇に溶けて消えた。
倉庫を元に戻すのは、また後日でも良いだろう。
それまでは、
この不思議な店主のかき集めた不可思議な外の道具でも鑑賞しながら、のんびりと酒を楽しむのもいいかも知れない……。
魔理沙の可愛らしさがストレートに感じられてにやけっぱなしでした。文もすらすら読めて文句なぞありやせん。
この二重の意味で温い話はやはり二重の意味で羨ましいと言う他ありません。
それはそうと炬燵いいね。
幼馴染、義兄妹、(元)お嬢様と(元)丁稚、そして家族と
いろんな味付けができますね。
それはそうとコタツは人を捕まえて離さない魔法の道具だと思うので
香霖堂にあってもおかしくない代物だと思います。
魔理沙みたいな猫がついてりゃなお最高なんだろうがなあ。
まったり雰囲気が出てて、めっちゃ読みやすい!
霖之助の気だるさオーラもいい感じで、遠慮なく物語に入っていけます!
もっと評価されるはず、と相方も言ってました~♪
我が家には炬燵がなくてエアコンばっかりです。人類の最終兵器だけど、炬燵は人類のリーサルウェポンですよね~。
良き物語に感謝を♪
おかげで腰とか足が痛いですがw
でも炬燵で寝ると風邪引くよw>お二人さん
まあ、それはともかく面白かった。
霖之助さんはなんだかんだ言いながら魔理沙の世話を焼く姿が似合いますねw
異変解決の影の功労者を労う紫様も素敵でした。