輝夜×霖です。
それと、輝夜ファンの方御免なさい。これらの言葉に少しでも嫌な予感がした方は戻ることを推奨します。
今日も幻想郷は平和だ。
あまりの平和さに、私は何百ともなる妹紅との戯れに、負け続けている。
おかげで、苛々しっぱなし。
なぜ、田舎者風情に負け続けないといけないのか。あまりの悔しさに今でも歯軋りをしてしまう。
遊戯とはぎりぎりで勝つことが醍醐味。惨敗を何回も何百回もしてしまうのはつまらないわ。
家に帰ると、兎たちが手当てをしてくれる。が、今日の当番の兎は新米なのか下手だった。
「痛っ!」
「もっ、申し訳ありませんっ!!」
苛々しているときに、こんなことをしてくれるとは。神様に感謝しないといけないわね。虐める口実ができたわ。
申し訳なさそうに土下座をしている兎に、私はにんまりとしながら話しかけた。
「ねぇ、貴女。仏陀の前世を知っているかしら?」
「は、はぁ……宗教のことはよく知りません」
少しだけ、顔をあげ首を傾げる兎。
あら、知らないのかしら。これは好都合。
ますます、私は笑みを浮かべて話を続ける。
「前世は兎だったそうよ」
「……?」
「そして、彼は食べ物がなくて弱っている行者に自らを差し出したらしいわ」
「!?」
脅えている、怯えている。まるで、昔会った妹紅のように震えあがっているわ。
そんな可哀想な兎に、私は近づき逃がさないように頭を撫でつける。
「貴女も生まれ変わってみる? あぁ、見てあげるわよ。今から、田舎者の家に行って炎に飛び込むさまを」
「ひっ……」
あまりの恐怖に全く動けない。腰も抜けているみたい。
怯えすがったような目が、私に慈悲を求めている。
だが、これは戯れなのだ。なので手心を入れる。
「そうね、特別奉仕に私の能力使ってあげる。死ぬ一瞬を永遠にしてあげるわ。ほら、笑って喜びなさいよ。貴女の為に使ってあげるんだから」
そうして、兎は顔を歪めた。ふふ、泣いて喜んでるわ。
私は姫。つまり、女『王』になれる。
『王』は傲慢で残酷でなければならない。そうでなければ、他の人になめられてしまうから。
国を治めようとするのは『賢者』。だから、『王』は自分勝手にしてもよいのだ。放っておいても、『賢者』が何とかする。
「はいはい、姫様。お戯れは大概に」
どこからか敬語でない敬語を話しかけてきた。『賢者』が帰ってきてしまった。これからが愉しみだというのに。
「なによ、永琳。いつ帰ってきたのよ」
「先程ですわ、姫。あぁ、優曇華院。この兎を医務室に連れてって」
「わかりました。師匠」
てきぱきと、イナバが遊び道具を持って行ってしまった。
まあ、いいわ。暇潰しにはなったし。
「で、遅くなるんじゃなかったの?」
「えぇ、そのつもりでしたが、意外に早く終わりまして」
私の質問を微笑み顔で返す。
何を考えているか分からない笑顔。いつも、この顔で難題を解決するから困る。
「まぁ、いいわ。話し相手になって頂戴。今暇なのよ」
「構わないわよ。輝夜」
永琳は二人きりになると、敬語を使わなくなる。
当然だわ。私の教育係であり年増が敬語を使うべきではないもの。
「で? 何を苛々していたの?」
「……別に。暇だったから、兎に相手してもらっただけよ」
永琳はその答えに苦笑する。
わかっているのならば、言わなくてもいいのに。
永琳は何かを閃いたかのように、手をぱんっと合わせた。
「そうだわ! 外に一度出てみてはどう? 気分転換にもなるしいいと思うわよ?」
「外…ねぇ…」
私はあまり、外には興味がない。
くるくる、くるくる。人の移り変わり、諸行無常を見るのも構わないけど、楽しいかと言われれば否だ。
私という無限は、人という夢幻を見ると儚さ、寂しさを感じてしまう。
私が思索している最中にも、永琳は話すのを辞めなかった。
「香霖堂はどうかしら? 物が沢山あっていいわよ」
「香霖堂?」
どこかで聞いたか思い出せない。
確か、イナバが話していたような。
「不思議なところよ。外の世界のものなどが入ってくるんだから」
「へー」
適当に相槌を打っていく事にしよう。
イナバが話していた事を思い出す。永琳と一緒によく薬を売りに行くらしいのだが、そこの店主とよく話すらしい。波長が合うのかしらね。
啄木鳥の様に頷きながら話を聞いていると、永琳が聞き逃せない事を言い出した。
「あぁ、そうそう。五つの難題の品が全部揃っていたわよ」
「へーへーへー……って何ですってっ!?」
こいつは重要な事をさらっと言うから困る。
私が驚愕の表情で永琳の顔を見ると、またあの胡散臭い笑みになった。
「そんなに気になるんだったら見に行ったらいかが?」
「…はぁ、行けばいいんでしょう。行けば」
とはいえ、興味がないと言うと嘘になる。
多治比も藤原も阿倍も大伴も石上も皆、私が望んだものを持ってこなかった。
幻想郷にあるかもと踏んではいたが、まさか五つ全部あるとは。
こいつは僥倖。神様も粋なことをしてくれる。遊び道具をくれる以外に、宝物も寄こしてくれるなんて。
貰って結婚?するわけないじゃない。奪うに決まっている。
ただ奪うだけでは、雅ではない。やはり、優雅に貰わないとね。
私はその場からすっと立ち上がる。
「じゃ、明日の朝行ってくるわ。永琳。従者はいらないわ」
「ええ、いってらっしゃい。地図も明日渡しとくわね」
さすが、私の友。何もかもわかっているわね。
さっそく明日の準備をしないと。
そんなことを考えながら、私は自分の部屋に戻って行った。
「ここね…」
地図を見て悪戦苦闘しながら、何とか着いた。
どうして、こんな辺鄙なところに建てるのか私にはわからない。
まぁ、いい。とにかく、ここまで来たのだからを開けよう。
ぎぃっと古めかしい音が鳴った。中はかび臭いと思ったが、なかなかどうして。
暖かな風が流れ、とても安心する匂いが流れる。
「いらっしゃい」
人がせっかく来てやったというのに、彼は本から目を離そうとしないまま声をかけた。
彼の無粋な態度に、私の心地よい空間がいくらか薄れた。
私がジト目で見ていると、彼はようやく顔をあげた。
「あぁ、すまない。魔理沙だと思ったんだ。で、何か用かい?」
私は呆れて、ため息をついてしまった。
客を他人と間違え、あまつさえ何か用とか。
不思議というより不粋と言ったほうが正しいわ。
これでは、埒が明かない。話を進めよう。
「ここって、色々なものが売られているのね」
その途端、彼の眼鏡の奥が光ったような気がした。
「これは、お目が高い。君は高貴な方と見受けられるが、宜しければお名前を」
「…蓬莱山輝夜よ」
「何か御所要のものは?」
いきなり、態度を変えやがった。なかなかの気持ち悪さだ。
しかも、まだ商品の鑑定や購入でもした訳でもないのに、この発言。よっぽど客が来ていないみたいね。
だが、好都合。罠に掛けられると見た。口に指を当て、考える振りをする。
「じゃ私の名前に因んで、かぐや姫の五つの難題なんてどうかしら」
もう既に、私の目的は決めてある。
これで、適当に話を進めて掻っ攫ってしまえばこっちのもの。
てゐならもっと旨くやるかもしれないけど、話を合わすのなら帝でもお手の物よ。
「わかった。すぐに持って来るよ」
彼が部屋に行ってくる最中、私は笑いをこらえるのに精一杯だった。
我慢しろ、私。まだ、目的が達成されていないのよ。
彼が戻ってきた。
「口を押さえて、どうかしたのかい?」
「いえ、何でもないわ。で、持って来てくれたの?」
危ない、危ない。彼に見られたら水の泡だわ。
「あぁ、持って来たよ。これでどうだい?」
出るわ、出るわ。彼が持って来たヤ○ダ電機と書かれた箱から、私の宝物が出てくる。
仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、竜の首の玉、燕の子安貝。
完璧だわ。これ以上ないってくらい。涎出ていないわよね。
「それでは、お代のほうなのだが…」
ええい、五月蝿い。今それどころじゃないのに。
だが、無視をしとくと計画が台無しである。ここは我慢、我慢。
私は彼にしな垂れながら、艶っぽい声を出す。胸を押し付けるのも忘れずに。
「では、代金も因んで私でどうかしら」
完璧だ。ここで、私を出す事により彼は焦り始めるはず。
そこで考慮している最中に時間制限を設けて、彼の逃げ道を塞ぐ。
仮に彼が突破口を閃いたとしても、口をあけた瞬間私が別の案を出す。
たまたま、偶然、持って来てある月の石を対価として渡すのだ。
こんなもの私の部屋には腐るほどある。しかし、彼は月の石を見た事がないだろう。
彼は珍しいものを見て大喜び。すぐに私に五つの難題を差し出すわ。
ボロい商売だわ、まったく。
しかし、
「生物は扱っていないのだが」
彼は途端に冷めた口調に戻っていった。そして、私から離れた。
世界に亀裂が入ったような気がした。
あり得ない、あり得ないわ。私がここまでしているのに、なぜ靡かない。
「どうして!? 私が欲しくないの? 本物のかぐや姫なのに!?」
しまった、つい正体を言ってしまった。
仕方がない。こんな事初めての経験だ。
帝でさえもこんな無礼な事はしなかったのに、何だこの男。
「はいはい。そうだね、君はホントの姫だと思うよ」
「なら、どうして!?」
同じことを言う私に対して、彼はため息をついた。
こんな屈辱初めてだわ。
私が歯軋りをしているときに、彼はその質問に答えた。
「単純に、自分を売る子が嫌いなだけだ。何より君は好みではない」
「なんですって!?」
どうでもいいように彼は言い放った。
この私をただの女のようにあしらった罪は、かなり重い。いえ、重いなんてものじゃない。死刑に値する。
誰も彼も、私に見とれるだけの男という獣がふざけた事を。
そんな感情を抑え、目を据えて彼を見る。
「女性に対して、そんな発言をするなんてね。貴方、死にたいの?」
「確かに君は魅力的だと思うよ。体型も上から見て85・52・87。抜群だね」
「なっ!?」
私の顔は羞恥に真っ赤になる。
しかも、合っているし。私のスリーサイズを知るものは永琳ぐらいしかいないのに。
「あ、貴方どうやって!?」
「服も作るからね。それぐらい見た目でわからないと、仕事が貰えないよ」
淡々とどうでもいいように答えていく店主。
こいつは女性の敵だわ。今この場で殺さないと、世界の法則が乱れる。
しかし、ただ殺すだけでは駄目だ。恐れを持って私に慈悲を請わないと。
「……殺してあげるわ。私の能力を使ってね」
「君の能力?」
「私の能力『永遠と須臾を操る能力』で嬲り殺しにしてあげる」
私に恥を掻かした事を後悔すればいい。
どう料理してあげようか。
痛みを永遠に繰り返してあげようか、死ぬ一瞬を長引かせてあげようか。
処刑方法を考えていると、彼は思い出したかのように手をぽんっと叩いた。
「ああ、そういえば僕も持っているよ。その能力。ちょっと待ってくれ。少し準備してくる」
「……えっ?」
また、部屋の奥に入っていった。
攻撃態勢のまま、呆けた声を出す私。
馬鹿な、そんな事は不可能だ。大妖怪、八雲紫でもできない事がこいつに出来るわけがない。
まさか、彼も私と同じ月人なのか。
いやいや、それはあり得ない。同じ月人なら私の顔を見た瞬間、敬うはずだ。
頭の中で思索していると、彼は何か持って戻ってきた。
「これが僕の能力さ」
持って来たもの、それは酒と香油だった。
意味がわからない。これを使って能力を証明するつもりなのだろうか。
近くのテーブルに置いた。
「この香油は少し特別でね。蝋燭と混ぜることが出来るんだ。火をつけると、なかなかいい香りが流れる」
懐から蝋燭を取り出して、火を着けた。
なるほど。私がここに来たとき、心地よかったのはこのせいか。
しかし、余計意味がわからない。単なる自慢か。
彼はにこりともせずに言った。
「僕の能力は『命が続く限り人生を楽しめて、その為に酒と香油を使う程度の能力』ってわけさ」
「……」
呆れ果てた。
たぶん、この店主は人間ではないのだろう。なので、永遠=命が続く限りとなり、酒と香油=酒油=しゅゆ=須臾という意味なのだろう。
何より、ネーミングセンスが悪すぎる。どっかの吸血鬼といい勝負だ。
彼に対する殺意が急激に失せていった。くだらない。こんな男を気にした私もアレだが。
「はっ! くだらない! なによそれ。うまいこと言ったつもり?」
私は鼻で笑って、彼を罵倒する。
こんな男など、能力を使って殺すまでもない。
あぁ、つまらない。永琳に言われて来てやったけど、もうどうでもいいわ。
五つの難題も、後でてゐにでも任すか。
私が帰ろうと玄関に翻ったそのとき、彼は口を開いた。
「だろうね。君の能力と同じくらいくだらないと思うよ。まぁ、まだ僕の方がましだが」
「あ?」
今、何と言ったこいつ。
私が素直に帰ってやろうというのに、私に口答えするとか。
こいつはもう、許せない。許しを請ったとしても無駄だ。永遠に続く苦しみを味あわせてやる。
しかしこいつはそんな事も気にもせずに、自分が持って来た酒を飲みながら話した。
「だって君のは自分の欲望のために使うだけじゃないか」
ふん、自分の能力を自分に使って何が悪い。
私の周りにいる者も、みんな自分のために…
「魔理沙が言っていた事で思い出したのだが、君の周りにいる従者たちは他の人たちにも使っているはずだ。薬を作ったり、目で麻酔をかけたり、幸せを運んだり。それで、君の能力は誰に使っている?」
「っ!?」
虚を付かれた。
今まで、当然と思って考えてこなかった。
だが、こいつに言われるのは苛々する。
私は焦りを隠し、こっちが優勢であるかのように振舞う。
「それが何? 私は『王』なのよ。下々の者が苦しもうが、何をしようが知った事ではないわ」
「……『民』のためには何もしないのかい?」
何よ、その哀れみの目は。
何もかも知っていそうな口調。私に対して怯えもしない態度。そして何よりも、哀れな子供を見るような視線。
何なのこいつ、さっきから居るだけで苛々が沸いてくる。
「知ったような口を利かないでっ! 貴方如きに何がわかるというの!?」
「わからないし、わかりたくもない」
こいつってどういう生物なの。ここまで反撃した奴なんて始めてだわ。
しかも、奴は余裕そうに佇んで居る。私の殺気とか苛立ちとかどこ吹く風。
柳を斬る感覚ってこんな感じかもしれない。
「逆に聞くが、君は僕の何を知っているんだい? 知っていたとしても、そんな人には解って貰いたくないと思うのが普通だと感じるのだが」
駄目だ、こいつには勝てない。
初めてだ。私をここまで追い詰めた奴は。
しかし、私もここで諦める訳にはいかない。意地を見せないと。
「だ、大体、貴方も自分のために使っているでしょう? 『自分の人生のために、酒と香油を楽しむ能力』って自分で言っているじゃない」
本当に相変わらずのネーミング。確かこんな名前だったと思う。
そう、確かにこんな風に言っていた。人生の楽しみって、結局自分の事じゃない。
これで、少しは突破口が開かれるはずだ。
しかし、こいつはその追求にため息をついた。
「人生を楽しむという事は、自分勝手に生きる事ではない。精神的にも、助け合わないと生きてはいけないからね。酒も香油も自分だけが楽しむために存在はせず、他人にも楽しみを提供するために存在するんだ。安らぐ空間で、皆で酒を飲んで楽しんだ方がいいからね。ドンチャン騒ぎは苦手だけど」
認めよう。こいつは帝以上の難敵だと。
ここまで来ると、もう帰りたくもなるし泣きたくもなる。
私の顔に、泣き顔は出ていないだろうか。
『王』が倒れるときとはこういうときかもしれない。
自分ではどうしようも出来ない事態に襲われたとき、倒されて国が滅ぼされてしまう。
だが、私は『王』なのだろうか。『賢者』もこの場には居ない。
例え私がこの場所で倒れたとしても、永遠亭はこのままだ。私が居なくても存続される。
誰も、私に近づいてこない。近づいてくるのは敵と永琳だけ。
敵なのか味方なのか、わからないこいつは何だ。
何なんだ。
「…殺してあげる」
「君と同じ能力を持っていると言ったろ?」
「……知ったような口を利かないで」
「知りたくもないし、わかりたくもない」
「……大体、貴方も…」
「酒と香油は限りを無くせば、永遠と須臾を楽しむ事ができる。皆とね。そういう子も知っているし」
「……」
悔しい。こんな奴に、何度もズタボロに言われて何も言い返せないなんて。
逃げよう。いや、逃げるんじゃない。戦略的撤退だ。
けど、こいつの声が私を逃がしてくれない。
「さっきから思っていたんだが、どうして君は苛々しているんだい?」
「…よ」
「えっ?」
「誰も、私に近づこうとしないからよ!!」
言ってしまった。気付いてしまった。自分の本心を。
兎は私に近づこうとしない。妹紅でさえも、敵と見なして近づいてくる。
永琳だって、距離のある態度をとってくる。
みんな、皆、近づいてこようとしない。
私は、独りだ。
独りでいることが私の苛々の原因だ。
私の顔はもう、ぐちゃぐちゃだ。
泣いているのか、哀しんでいるのか、怒っているのか、それすらも自分ではわからない。
しかしこいつは、そんな私が不思議に思っているようだ。
「?? 変な奴だな君は。自分から近づけばいいじゃないか」
「自分…から…?」
思いも付かなかった。
自分から近づく事なんて考えもしなかった。
もし、自分から近づいたらどうなるだろうか。
兎は慕うだろうか。妹紅は戸惑うだろうか。永琳は笑ってくれるだろうか。
私は、帰って確かめる事にした。出ようと香霖堂の扉を開ける。
あぁ、そうだ。それよりもまずは、
「貴方の名前は?」
「僕かい? 僕の名前は森近霖之助だ。今後ともご贔屓に」
「……」
私はまだ何も買っていなのに、変な言い方。
でも、今の私の顔はどうなっているだろうか。
変な顔をしていないだろうか。
それと、名前を覚えたわよ。この礼はたっぷりと利子付けて返してやる。
そう決定付け、私は香霖堂の扉を閉めた。
家に帰ってみると、珍しく慌しい雰囲気だ。
てゐに聞くと、今永琳は居ないらしく、手が空いていないんだそうだ。
まったく、永琳は何をしている。『賢者』がふらふらとしては駄目だというのに。
まぁ、いい。とりあえず、部屋に行こうか。着替えないといけないし。
部屋に行こうとすると、私が虐めた新米兎がおろおろしているのが見えた。
新米兎は怪我をしていた。医務室に行こうとしているのだが、患者などが多くて入るには入れない状況だ。
私はそのとき何を思ったのだろう。勝手に足があの兎の元に進んでいた。
私を見た新米兎が、目に見えるように怯えている。精神は回復したみたいだけど、トラウマは残っているようだ。
私はその場に座り、新米兎の怪我をしているところに触った。
「いっ…」
痛そうに顔を歪める。
私は、怪我の具合を見て判断する。何度も妹紅と遊んでいる最中に、どれが治りやすい傷かどうかを覚えた。
どうやら、これは時がたてば治る傷みたいだ。
私は永遠と須臾を操った。見る見るうちに傷が修復されていく。
新米兎は、何が起こったかわからない顔をしていた。しかし、感触を確かめるかのように動かしていくと、その顔は驚愕に変わった。
新米兎が私を見ていた。私は何故かはわからないが、機械的にここから離れようとした。
しかし、離れる必要はなかった。なぜなら、
「あ、ありがとうございます! 輝夜様!」
こんな言葉を残し、新米兎が自分から離れていったからだ。
これは自分から近づいた、という事になるのだろうか。
私にはわからない。私が近づいた理由も、新米がお礼を言った理由も。
だけど今私が感じている感情は、何かに満ち足りていた。
とりあえず、部屋に戻って理由を考えよう。既に答えは出ているかもしれないが。
私は何故か軽い足取りで、部屋の中に入った。
「それで、これで良かったのかい?」
太陽が真上に昇った頃。
本を読みながら、僕は店の奥にいる女性に声をかけた。
驚いた様子もなく、僕の目の前に立つ。
万が一の為に、待機していたんだろう。
月の頭脳、八意永琳だ。
彼女は胡散臭い笑みを浮かべて、こっちを見た。
「上出来よ。まさか、あそこまで上手くいくとは思わなかったわ」
「そうかい」
僕はどうでもよさそうに頷いた。
輝夜が来る前日、彼女は僕にお願いをした。
『輝夜を苛めて頂戴』と。
もちろん、僕は断った。実際苛めて何も楽しくはないだろう。
しかし、彼女はあの笑みを浮かべながら『じゃあ、いつも通りに接してあげなさい』と返してきた。
もしかして、僕はいつも苛めていると認識しているのだろうか。
少しむっとしたが、彼女が『報酬はあなたが生きている限り、治療を施してあげる』と破格な条件を出してきた。
僕がもう一声と言うと、『あなたの周りの子も治してあげる』と素晴らしい条件を手に入れることに成功した。
僕自身は体が強いから心配はないのだが、紅白や白黒が異変を解決したとき、必ずと言っていいほど怪我を負って帰ってくるからだ。
自分で治すならともかく、包帯や色々なものを勝手に取っていくのは困る。
そういった理由で、僕は条件をのんだ。
しかし、気になったことがある。
「本当にこれが対価の条件かい?」
ただ輝夜と話すだけで、一生分の保険が手に入ったようなものだ。
あまりにもこっち側に有利なため不安を覚える。
しかし、彼女は首を縦に振った。
「勿論よ。逆に、私がもう少し払わないといけないと思うぐらい」
「何故だい?」
「輝夜に諭すものが居なかったからよ。怒ったり、説教するだけなら私にでも出来るけどね」
そう言って永琳は淋しそうに笑った。
確かに。諭すのは自分と同等の者だけが、出来る行為だろう。
親とか目上の場合、諭したつもりがどうしても説教に近くなってしまう。
友達の場合でも、笑われるのが関の山だ。部下なら、なおさら。
諭せる人物が、何百年経っても居なかったのだろう。
しかし、僕で本当によかったのか。諭した気が全くしないのだが。
疑問は残るが、僕を選んでくれた永琳に恥を掻かす訳にはいかない。
僕は本を置き、黙ってお茶を出した。
それを美味しそうに飲む永琳。霊夢や魔理沙もこんな風にありがたく飲んでもらいたいね、まったく。
茶碗を静かに置き、また胡散臭い笑みを浮かべた。
「美味しかったわ。また来るわね」
「あぁ、いつでも来てくれ。歓迎しよう」
彼女はそう言って立ち去った。
しかし、あの笑みは止めてもらえないだろうか。何もかも見透かされる気がして、気味が悪い。
そう思いながら、僕は本の続きを読み始めた。
「ふぅ……」
僕は目を休めた。
魔理沙め。急に八卦炉の点検を頼むなんて、非常識じゃないか。
まぁその代わりに、朝餉の準備をさせたが。材料も持ってきてくれたし、対価としては悪くはない。
別に故障もしていないし、これならすぐに終わる。
「出来たぜ~。魔理沙特製きのこシチューだ」
どうやら、料理も完成したみたいだ。
早速食卓に向かう。
シチューから湯気が立っている。魔理沙の作るシチューは美味しいから困る。
幻覚きのこを食したように習慣性は無いが、何度もおかわりをしたくなる。
……本当に入っていないよな。
「香霖、食べないのか?」
「あぁ、いや食べるよ、うん」
「?」
魔理沙は訝しげな目を向けるが、すぐにシチューに向かった。
さて、冷めるのを食べるのは嫌だから、さっさと食べよう。
「では、いた」
「だっしゃぁぁああ!!」
いきなりの怒声に反応できないまま、轟音とともに扉が吹き飛んだきた。
あまりに突然の事に、僕と魔理沙は固まってしまった。
いったい何事だ。
僕は急いで、壊れた玄関の方を見ると、そこには輝夜が居た。後ろに従者たちを連れて。
おいおい。後ろの兎たちが、固まっているぞ。
「あら、おはよう。昨日はどうもお世話になったわね」
いや、そこで何事も無いように仁王立ちされても。
魔理沙は依然固まったままだ。
仕方ない。とりあえず、僕が用件を聞こう。
「で、何のようで?」
「えぇ、昨日のお礼をしようと思って」
お礼なら、僕は永琳から貰ったはずだ。
いや、輝夜は知らないだろう。では、何なのだろうか。
「お礼とは?」
「私はまだ代金も払っていないわ。お礼も兼ねて、貴方とともに住むわ」
「何だって!?」
ようやく回復した魔理沙が声を張り上げ、驚いた。
僕の代わりに驚いてくれたおかげで、少し冷静になれた。
「いやいやいや。それはさすがに貰え」
だが、さすがに少し声が上ずってしまった。
しかし、彼女は悠々不適に笑い、僕の声を遮った。
「貴方は自分から近づけばいいと言ったわ。だから自分から近づいていこうとしたの。貴方にね。
それに、貴方の能力は『人生を楽しむ』のでしょう?では、『しゅゆ』でも使って私を楽しませてくださいな。
構わないわよねぇ、霖之助?」
それは困る。非常に困る。
対応策を考えながら周りを見てみると、永琳を見つけた。
いつの間にか、輝夜のところに近づいて足に包帯を巻いてあげていた。
確かに、あれぐらいの扉を思いっきり蹴ったら、怪我ぐらいするだろう。
そう。永琳なら、彼女なら何とかしてくれる筈。
永琳と目が合った。よかった、助けてくれ。
だが、そんな希望も彼女の胡散臭い笑みに打ち消された。
もしかして、永琳は最初からこのつもりだったかもしれない。
永琳の、報酬を思い出す。
『貴方の周りの子も治療してあげる』と。
僕は絶望の眼差しで永琳を見た。
すると彼女の口角が釣り上がり、目尻が下がった。
畜生、やられた。
「香霖! どういうことだよっ! おいっ!!」
魔理沙が僕の襟元を掴んで、がくがくと揺らす。
やめてくれ、魔理沙。憂鬱がさらに陰鬱になるから。
脱力感でいっぱいで、そんな事すら言えなかった。
あぁ
くそ、
幻想郷は今日も平和だ。
それと、輝夜ファンの方御免なさい。これらの言葉に少しでも嫌な予感がした方は戻ることを推奨します。
今日も幻想郷は平和だ。
あまりの平和さに、私は何百ともなる妹紅との戯れに、負け続けている。
おかげで、苛々しっぱなし。
なぜ、田舎者風情に負け続けないといけないのか。あまりの悔しさに今でも歯軋りをしてしまう。
遊戯とはぎりぎりで勝つことが醍醐味。惨敗を何回も何百回もしてしまうのはつまらないわ。
家に帰ると、兎たちが手当てをしてくれる。が、今日の当番の兎は新米なのか下手だった。
「痛っ!」
「もっ、申し訳ありませんっ!!」
苛々しているときに、こんなことをしてくれるとは。神様に感謝しないといけないわね。虐める口実ができたわ。
申し訳なさそうに土下座をしている兎に、私はにんまりとしながら話しかけた。
「ねぇ、貴女。仏陀の前世を知っているかしら?」
「は、はぁ……宗教のことはよく知りません」
少しだけ、顔をあげ首を傾げる兎。
あら、知らないのかしら。これは好都合。
ますます、私は笑みを浮かべて話を続ける。
「前世は兎だったそうよ」
「……?」
「そして、彼は食べ物がなくて弱っている行者に自らを差し出したらしいわ」
「!?」
脅えている、怯えている。まるで、昔会った妹紅のように震えあがっているわ。
そんな可哀想な兎に、私は近づき逃がさないように頭を撫でつける。
「貴女も生まれ変わってみる? あぁ、見てあげるわよ。今から、田舎者の家に行って炎に飛び込むさまを」
「ひっ……」
あまりの恐怖に全く動けない。腰も抜けているみたい。
怯えすがったような目が、私に慈悲を求めている。
だが、これは戯れなのだ。なので手心を入れる。
「そうね、特別奉仕に私の能力使ってあげる。死ぬ一瞬を永遠にしてあげるわ。ほら、笑って喜びなさいよ。貴女の為に使ってあげるんだから」
そうして、兎は顔を歪めた。ふふ、泣いて喜んでるわ。
私は姫。つまり、女『王』になれる。
『王』は傲慢で残酷でなければならない。そうでなければ、他の人になめられてしまうから。
国を治めようとするのは『賢者』。だから、『王』は自分勝手にしてもよいのだ。放っておいても、『賢者』が何とかする。
「はいはい、姫様。お戯れは大概に」
どこからか敬語でない敬語を話しかけてきた。『賢者』が帰ってきてしまった。これからが愉しみだというのに。
「なによ、永琳。いつ帰ってきたのよ」
「先程ですわ、姫。あぁ、優曇華院。この兎を医務室に連れてって」
「わかりました。師匠」
てきぱきと、イナバが遊び道具を持って行ってしまった。
まあ、いいわ。暇潰しにはなったし。
「で、遅くなるんじゃなかったの?」
「えぇ、そのつもりでしたが、意外に早く終わりまして」
私の質問を微笑み顔で返す。
何を考えているか分からない笑顔。いつも、この顔で難題を解決するから困る。
「まぁ、いいわ。話し相手になって頂戴。今暇なのよ」
「構わないわよ。輝夜」
永琳は二人きりになると、敬語を使わなくなる。
当然だわ。私の教育係であり年増が敬語を使うべきではないもの。
「で? 何を苛々していたの?」
「……別に。暇だったから、兎に相手してもらっただけよ」
永琳はその答えに苦笑する。
わかっているのならば、言わなくてもいいのに。
永琳は何かを閃いたかのように、手をぱんっと合わせた。
「そうだわ! 外に一度出てみてはどう? 気分転換にもなるしいいと思うわよ?」
「外…ねぇ…」
私はあまり、外には興味がない。
くるくる、くるくる。人の移り変わり、諸行無常を見るのも構わないけど、楽しいかと言われれば否だ。
私という無限は、人という夢幻を見ると儚さ、寂しさを感じてしまう。
私が思索している最中にも、永琳は話すのを辞めなかった。
「香霖堂はどうかしら? 物が沢山あっていいわよ」
「香霖堂?」
どこかで聞いたか思い出せない。
確か、イナバが話していたような。
「不思議なところよ。外の世界のものなどが入ってくるんだから」
「へー」
適当に相槌を打っていく事にしよう。
イナバが話していた事を思い出す。永琳と一緒によく薬を売りに行くらしいのだが、そこの店主とよく話すらしい。波長が合うのかしらね。
啄木鳥の様に頷きながら話を聞いていると、永琳が聞き逃せない事を言い出した。
「あぁ、そうそう。五つの難題の品が全部揃っていたわよ」
「へーへーへー……って何ですってっ!?」
こいつは重要な事をさらっと言うから困る。
私が驚愕の表情で永琳の顔を見ると、またあの胡散臭い笑みになった。
「そんなに気になるんだったら見に行ったらいかが?」
「…はぁ、行けばいいんでしょう。行けば」
とはいえ、興味がないと言うと嘘になる。
多治比も藤原も阿倍も大伴も石上も皆、私が望んだものを持ってこなかった。
幻想郷にあるかもと踏んではいたが、まさか五つ全部あるとは。
こいつは僥倖。神様も粋なことをしてくれる。遊び道具をくれる以外に、宝物も寄こしてくれるなんて。
貰って結婚?するわけないじゃない。奪うに決まっている。
ただ奪うだけでは、雅ではない。やはり、優雅に貰わないとね。
私はその場からすっと立ち上がる。
「じゃ、明日の朝行ってくるわ。永琳。従者はいらないわ」
「ええ、いってらっしゃい。地図も明日渡しとくわね」
さすが、私の友。何もかもわかっているわね。
さっそく明日の準備をしないと。
そんなことを考えながら、私は自分の部屋に戻って行った。
「ここね…」
地図を見て悪戦苦闘しながら、何とか着いた。
どうして、こんな辺鄙なところに建てるのか私にはわからない。
まぁ、いい。とにかく、ここまで来たのだからを開けよう。
ぎぃっと古めかしい音が鳴った。中はかび臭いと思ったが、なかなかどうして。
暖かな風が流れ、とても安心する匂いが流れる。
「いらっしゃい」
人がせっかく来てやったというのに、彼は本から目を離そうとしないまま声をかけた。
彼の無粋な態度に、私の心地よい空間がいくらか薄れた。
私がジト目で見ていると、彼はようやく顔をあげた。
「あぁ、すまない。魔理沙だと思ったんだ。で、何か用かい?」
私は呆れて、ため息をついてしまった。
客を他人と間違え、あまつさえ何か用とか。
不思議というより不粋と言ったほうが正しいわ。
これでは、埒が明かない。話を進めよう。
「ここって、色々なものが売られているのね」
その途端、彼の眼鏡の奥が光ったような気がした。
「これは、お目が高い。君は高貴な方と見受けられるが、宜しければお名前を」
「…蓬莱山輝夜よ」
「何か御所要のものは?」
いきなり、態度を変えやがった。なかなかの気持ち悪さだ。
しかも、まだ商品の鑑定や購入でもした訳でもないのに、この発言。よっぽど客が来ていないみたいね。
だが、好都合。罠に掛けられると見た。口に指を当て、考える振りをする。
「じゃ私の名前に因んで、かぐや姫の五つの難題なんてどうかしら」
もう既に、私の目的は決めてある。
これで、適当に話を進めて掻っ攫ってしまえばこっちのもの。
てゐならもっと旨くやるかもしれないけど、話を合わすのなら帝でもお手の物よ。
「わかった。すぐに持って来るよ」
彼が部屋に行ってくる最中、私は笑いをこらえるのに精一杯だった。
我慢しろ、私。まだ、目的が達成されていないのよ。
彼が戻ってきた。
「口を押さえて、どうかしたのかい?」
「いえ、何でもないわ。で、持って来てくれたの?」
危ない、危ない。彼に見られたら水の泡だわ。
「あぁ、持って来たよ。これでどうだい?」
出るわ、出るわ。彼が持って来たヤ○ダ電機と書かれた箱から、私の宝物が出てくる。
仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、竜の首の玉、燕の子安貝。
完璧だわ。これ以上ないってくらい。涎出ていないわよね。
「それでは、お代のほうなのだが…」
ええい、五月蝿い。今それどころじゃないのに。
だが、無視をしとくと計画が台無しである。ここは我慢、我慢。
私は彼にしな垂れながら、艶っぽい声を出す。胸を押し付けるのも忘れずに。
「では、代金も因んで私でどうかしら」
完璧だ。ここで、私を出す事により彼は焦り始めるはず。
そこで考慮している最中に時間制限を設けて、彼の逃げ道を塞ぐ。
仮に彼が突破口を閃いたとしても、口をあけた瞬間私が別の案を出す。
たまたま、偶然、持って来てある月の石を対価として渡すのだ。
こんなもの私の部屋には腐るほどある。しかし、彼は月の石を見た事がないだろう。
彼は珍しいものを見て大喜び。すぐに私に五つの難題を差し出すわ。
ボロい商売だわ、まったく。
しかし、
「生物は扱っていないのだが」
彼は途端に冷めた口調に戻っていった。そして、私から離れた。
世界に亀裂が入ったような気がした。
あり得ない、あり得ないわ。私がここまでしているのに、なぜ靡かない。
「どうして!? 私が欲しくないの? 本物のかぐや姫なのに!?」
しまった、つい正体を言ってしまった。
仕方がない。こんな事初めての経験だ。
帝でさえもこんな無礼な事はしなかったのに、何だこの男。
「はいはい。そうだね、君はホントの姫だと思うよ」
「なら、どうして!?」
同じことを言う私に対して、彼はため息をついた。
こんな屈辱初めてだわ。
私が歯軋りをしているときに、彼はその質問に答えた。
「単純に、自分を売る子が嫌いなだけだ。何より君は好みではない」
「なんですって!?」
どうでもいいように彼は言い放った。
この私をただの女のようにあしらった罪は、かなり重い。いえ、重いなんてものじゃない。死刑に値する。
誰も彼も、私に見とれるだけの男という獣がふざけた事を。
そんな感情を抑え、目を据えて彼を見る。
「女性に対して、そんな発言をするなんてね。貴方、死にたいの?」
「確かに君は魅力的だと思うよ。体型も上から見て85・52・87。抜群だね」
「なっ!?」
私の顔は羞恥に真っ赤になる。
しかも、合っているし。私のスリーサイズを知るものは永琳ぐらいしかいないのに。
「あ、貴方どうやって!?」
「服も作るからね。それぐらい見た目でわからないと、仕事が貰えないよ」
淡々とどうでもいいように答えていく店主。
こいつは女性の敵だわ。今この場で殺さないと、世界の法則が乱れる。
しかし、ただ殺すだけでは駄目だ。恐れを持って私に慈悲を請わないと。
「……殺してあげるわ。私の能力を使ってね」
「君の能力?」
「私の能力『永遠と須臾を操る能力』で嬲り殺しにしてあげる」
私に恥を掻かした事を後悔すればいい。
どう料理してあげようか。
痛みを永遠に繰り返してあげようか、死ぬ一瞬を長引かせてあげようか。
処刑方法を考えていると、彼は思い出したかのように手をぽんっと叩いた。
「ああ、そういえば僕も持っているよ。その能力。ちょっと待ってくれ。少し準備してくる」
「……えっ?」
また、部屋の奥に入っていった。
攻撃態勢のまま、呆けた声を出す私。
馬鹿な、そんな事は不可能だ。大妖怪、八雲紫でもできない事がこいつに出来るわけがない。
まさか、彼も私と同じ月人なのか。
いやいや、それはあり得ない。同じ月人なら私の顔を見た瞬間、敬うはずだ。
頭の中で思索していると、彼は何か持って戻ってきた。
「これが僕の能力さ」
持って来たもの、それは酒と香油だった。
意味がわからない。これを使って能力を証明するつもりなのだろうか。
近くのテーブルに置いた。
「この香油は少し特別でね。蝋燭と混ぜることが出来るんだ。火をつけると、なかなかいい香りが流れる」
懐から蝋燭を取り出して、火を着けた。
なるほど。私がここに来たとき、心地よかったのはこのせいか。
しかし、余計意味がわからない。単なる自慢か。
彼はにこりともせずに言った。
「僕の能力は『命が続く限り人生を楽しめて、その為に酒と香油を使う程度の能力』ってわけさ」
「……」
呆れ果てた。
たぶん、この店主は人間ではないのだろう。なので、永遠=命が続く限りとなり、酒と香油=酒油=しゅゆ=須臾という意味なのだろう。
何より、ネーミングセンスが悪すぎる。どっかの吸血鬼といい勝負だ。
彼に対する殺意が急激に失せていった。くだらない。こんな男を気にした私もアレだが。
「はっ! くだらない! なによそれ。うまいこと言ったつもり?」
私は鼻で笑って、彼を罵倒する。
こんな男など、能力を使って殺すまでもない。
あぁ、つまらない。永琳に言われて来てやったけど、もうどうでもいいわ。
五つの難題も、後でてゐにでも任すか。
私が帰ろうと玄関に翻ったそのとき、彼は口を開いた。
「だろうね。君の能力と同じくらいくだらないと思うよ。まぁ、まだ僕の方がましだが」
「あ?」
今、何と言ったこいつ。
私が素直に帰ってやろうというのに、私に口答えするとか。
こいつはもう、許せない。許しを請ったとしても無駄だ。永遠に続く苦しみを味あわせてやる。
しかしこいつはそんな事も気にもせずに、自分が持って来た酒を飲みながら話した。
「だって君のは自分の欲望のために使うだけじゃないか」
ふん、自分の能力を自分に使って何が悪い。
私の周りにいる者も、みんな自分のために…
「魔理沙が言っていた事で思い出したのだが、君の周りにいる従者たちは他の人たちにも使っているはずだ。薬を作ったり、目で麻酔をかけたり、幸せを運んだり。それで、君の能力は誰に使っている?」
「っ!?」
虚を付かれた。
今まで、当然と思って考えてこなかった。
だが、こいつに言われるのは苛々する。
私は焦りを隠し、こっちが優勢であるかのように振舞う。
「それが何? 私は『王』なのよ。下々の者が苦しもうが、何をしようが知った事ではないわ」
「……『民』のためには何もしないのかい?」
何よ、その哀れみの目は。
何もかも知っていそうな口調。私に対して怯えもしない態度。そして何よりも、哀れな子供を見るような視線。
何なのこいつ、さっきから居るだけで苛々が沸いてくる。
「知ったような口を利かないでっ! 貴方如きに何がわかるというの!?」
「わからないし、わかりたくもない」
こいつってどういう生物なの。ここまで反撃した奴なんて始めてだわ。
しかも、奴は余裕そうに佇んで居る。私の殺気とか苛立ちとかどこ吹く風。
柳を斬る感覚ってこんな感じかもしれない。
「逆に聞くが、君は僕の何を知っているんだい? 知っていたとしても、そんな人には解って貰いたくないと思うのが普通だと感じるのだが」
駄目だ、こいつには勝てない。
初めてだ。私をここまで追い詰めた奴は。
しかし、私もここで諦める訳にはいかない。意地を見せないと。
「だ、大体、貴方も自分のために使っているでしょう? 『自分の人生のために、酒と香油を楽しむ能力』って自分で言っているじゃない」
本当に相変わらずのネーミング。確かこんな名前だったと思う。
そう、確かにこんな風に言っていた。人生の楽しみって、結局自分の事じゃない。
これで、少しは突破口が開かれるはずだ。
しかし、こいつはその追求にため息をついた。
「人生を楽しむという事は、自分勝手に生きる事ではない。精神的にも、助け合わないと生きてはいけないからね。酒も香油も自分だけが楽しむために存在はせず、他人にも楽しみを提供するために存在するんだ。安らぐ空間で、皆で酒を飲んで楽しんだ方がいいからね。ドンチャン騒ぎは苦手だけど」
認めよう。こいつは帝以上の難敵だと。
ここまで来ると、もう帰りたくもなるし泣きたくもなる。
私の顔に、泣き顔は出ていないだろうか。
『王』が倒れるときとはこういうときかもしれない。
自分ではどうしようも出来ない事態に襲われたとき、倒されて国が滅ぼされてしまう。
だが、私は『王』なのだろうか。『賢者』もこの場には居ない。
例え私がこの場所で倒れたとしても、永遠亭はこのままだ。私が居なくても存続される。
誰も、私に近づいてこない。近づいてくるのは敵と永琳だけ。
敵なのか味方なのか、わからないこいつは何だ。
何なんだ。
「…殺してあげる」
「君と同じ能力を持っていると言ったろ?」
「……知ったような口を利かないで」
「知りたくもないし、わかりたくもない」
「……大体、貴方も…」
「酒と香油は限りを無くせば、永遠と須臾を楽しむ事ができる。皆とね。そういう子も知っているし」
「……」
悔しい。こんな奴に、何度もズタボロに言われて何も言い返せないなんて。
逃げよう。いや、逃げるんじゃない。戦略的撤退だ。
けど、こいつの声が私を逃がしてくれない。
「さっきから思っていたんだが、どうして君は苛々しているんだい?」
「…よ」
「えっ?」
「誰も、私に近づこうとしないからよ!!」
言ってしまった。気付いてしまった。自分の本心を。
兎は私に近づこうとしない。妹紅でさえも、敵と見なして近づいてくる。
永琳だって、距離のある態度をとってくる。
みんな、皆、近づいてこようとしない。
私は、独りだ。
独りでいることが私の苛々の原因だ。
私の顔はもう、ぐちゃぐちゃだ。
泣いているのか、哀しんでいるのか、怒っているのか、それすらも自分ではわからない。
しかしこいつは、そんな私が不思議に思っているようだ。
「?? 変な奴だな君は。自分から近づけばいいじゃないか」
「自分…から…?」
思いも付かなかった。
自分から近づく事なんて考えもしなかった。
もし、自分から近づいたらどうなるだろうか。
兎は慕うだろうか。妹紅は戸惑うだろうか。永琳は笑ってくれるだろうか。
私は、帰って確かめる事にした。出ようと香霖堂の扉を開ける。
あぁ、そうだ。それよりもまずは、
「貴方の名前は?」
「僕かい? 僕の名前は森近霖之助だ。今後ともご贔屓に」
「……」
私はまだ何も買っていなのに、変な言い方。
でも、今の私の顔はどうなっているだろうか。
変な顔をしていないだろうか。
それと、名前を覚えたわよ。この礼はたっぷりと利子付けて返してやる。
そう決定付け、私は香霖堂の扉を閉めた。
家に帰ってみると、珍しく慌しい雰囲気だ。
てゐに聞くと、今永琳は居ないらしく、手が空いていないんだそうだ。
まったく、永琳は何をしている。『賢者』がふらふらとしては駄目だというのに。
まぁ、いい。とりあえず、部屋に行こうか。着替えないといけないし。
部屋に行こうとすると、私が虐めた新米兎がおろおろしているのが見えた。
新米兎は怪我をしていた。医務室に行こうとしているのだが、患者などが多くて入るには入れない状況だ。
私はそのとき何を思ったのだろう。勝手に足があの兎の元に進んでいた。
私を見た新米兎が、目に見えるように怯えている。精神は回復したみたいだけど、トラウマは残っているようだ。
私はその場に座り、新米兎の怪我をしているところに触った。
「いっ…」
痛そうに顔を歪める。
私は、怪我の具合を見て判断する。何度も妹紅と遊んでいる最中に、どれが治りやすい傷かどうかを覚えた。
どうやら、これは時がたてば治る傷みたいだ。
私は永遠と須臾を操った。見る見るうちに傷が修復されていく。
新米兎は、何が起こったかわからない顔をしていた。しかし、感触を確かめるかのように動かしていくと、その顔は驚愕に変わった。
新米兎が私を見ていた。私は何故かはわからないが、機械的にここから離れようとした。
しかし、離れる必要はなかった。なぜなら、
「あ、ありがとうございます! 輝夜様!」
こんな言葉を残し、新米兎が自分から離れていったからだ。
これは自分から近づいた、という事になるのだろうか。
私にはわからない。私が近づいた理由も、新米がお礼を言った理由も。
だけど今私が感じている感情は、何かに満ち足りていた。
とりあえず、部屋に戻って理由を考えよう。既に答えは出ているかもしれないが。
私は何故か軽い足取りで、部屋の中に入った。
「それで、これで良かったのかい?」
太陽が真上に昇った頃。
本を読みながら、僕は店の奥にいる女性に声をかけた。
驚いた様子もなく、僕の目の前に立つ。
万が一の為に、待機していたんだろう。
月の頭脳、八意永琳だ。
彼女は胡散臭い笑みを浮かべて、こっちを見た。
「上出来よ。まさか、あそこまで上手くいくとは思わなかったわ」
「そうかい」
僕はどうでもよさそうに頷いた。
輝夜が来る前日、彼女は僕にお願いをした。
『輝夜を苛めて頂戴』と。
もちろん、僕は断った。実際苛めて何も楽しくはないだろう。
しかし、彼女はあの笑みを浮かべながら『じゃあ、いつも通りに接してあげなさい』と返してきた。
もしかして、僕はいつも苛めていると認識しているのだろうか。
少しむっとしたが、彼女が『報酬はあなたが生きている限り、治療を施してあげる』と破格な条件を出してきた。
僕がもう一声と言うと、『あなたの周りの子も治してあげる』と素晴らしい条件を手に入れることに成功した。
僕自身は体が強いから心配はないのだが、紅白や白黒が異変を解決したとき、必ずと言っていいほど怪我を負って帰ってくるからだ。
自分で治すならともかく、包帯や色々なものを勝手に取っていくのは困る。
そういった理由で、僕は条件をのんだ。
しかし、気になったことがある。
「本当にこれが対価の条件かい?」
ただ輝夜と話すだけで、一生分の保険が手に入ったようなものだ。
あまりにもこっち側に有利なため不安を覚える。
しかし、彼女は首を縦に振った。
「勿論よ。逆に、私がもう少し払わないといけないと思うぐらい」
「何故だい?」
「輝夜に諭すものが居なかったからよ。怒ったり、説教するだけなら私にでも出来るけどね」
そう言って永琳は淋しそうに笑った。
確かに。諭すのは自分と同等の者だけが、出来る行為だろう。
親とか目上の場合、諭したつもりがどうしても説教に近くなってしまう。
友達の場合でも、笑われるのが関の山だ。部下なら、なおさら。
諭せる人物が、何百年経っても居なかったのだろう。
しかし、僕で本当によかったのか。諭した気が全くしないのだが。
疑問は残るが、僕を選んでくれた永琳に恥を掻かす訳にはいかない。
僕は本を置き、黙ってお茶を出した。
それを美味しそうに飲む永琳。霊夢や魔理沙もこんな風にありがたく飲んでもらいたいね、まったく。
茶碗を静かに置き、また胡散臭い笑みを浮かべた。
「美味しかったわ。また来るわね」
「あぁ、いつでも来てくれ。歓迎しよう」
彼女はそう言って立ち去った。
しかし、あの笑みは止めてもらえないだろうか。何もかも見透かされる気がして、気味が悪い。
そう思いながら、僕は本の続きを読み始めた。
「ふぅ……」
僕は目を休めた。
魔理沙め。急に八卦炉の点検を頼むなんて、非常識じゃないか。
まぁその代わりに、朝餉の準備をさせたが。材料も持ってきてくれたし、対価としては悪くはない。
別に故障もしていないし、これならすぐに終わる。
「出来たぜ~。魔理沙特製きのこシチューだ」
どうやら、料理も完成したみたいだ。
早速食卓に向かう。
シチューから湯気が立っている。魔理沙の作るシチューは美味しいから困る。
幻覚きのこを食したように習慣性は無いが、何度もおかわりをしたくなる。
……本当に入っていないよな。
「香霖、食べないのか?」
「あぁ、いや食べるよ、うん」
「?」
魔理沙は訝しげな目を向けるが、すぐにシチューに向かった。
さて、冷めるのを食べるのは嫌だから、さっさと食べよう。
「では、いた」
「だっしゃぁぁああ!!」
いきなりの怒声に反応できないまま、轟音とともに扉が吹き飛んだきた。
あまりに突然の事に、僕と魔理沙は固まってしまった。
いったい何事だ。
僕は急いで、壊れた玄関の方を見ると、そこには輝夜が居た。後ろに従者たちを連れて。
おいおい。後ろの兎たちが、固まっているぞ。
「あら、おはよう。昨日はどうもお世話になったわね」
いや、そこで何事も無いように仁王立ちされても。
魔理沙は依然固まったままだ。
仕方ない。とりあえず、僕が用件を聞こう。
「で、何のようで?」
「えぇ、昨日のお礼をしようと思って」
お礼なら、僕は永琳から貰ったはずだ。
いや、輝夜は知らないだろう。では、何なのだろうか。
「お礼とは?」
「私はまだ代金も払っていないわ。お礼も兼ねて、貴方とともに住むわ」
「何だって!?」
ようやく回復した魔理沙が声を張り上げ、驚いた。
僕の代わりに驚いてくれたおかげで、少し冷静になれた。
「いやいやいや。それはさすがに貰え」
だが、さすがに少し声が上ずってしまった。
しかし、彼女は悠々不適に笑い、僕の声を遮った。
「貴方は自分から近づけばいいと言ったわ。だから自分から近づいていこうとしたの。貴方にね。
それに、貴方の能力は『人生を楽しむ』のでしょう?では、『しゅゆ』でも使って私を楽しませてくださいな。
構わないわよねぇ、霖之助?」
それは困る。非常に困る。
対応策を考えながら周りを見てみると、永琳を見つけた。
いつの間にか、輝夜のところに近づいて足に包帯を巻いてあげていた。
確かに、あれぐらいの扉を思いっきり蹴ったら、怪我ぐらいするだろう。
そう。永琳なら、彼女なら何とかしてくれる筈。
永琳と目が合った。よかった、助けてくれ。
だが、そんな希望も彼女の胡散臭い笑みに打ち消された。
もしかして、永琳は最初からこのつもりだったかもしれない。
永琳の、報酬を思い出す。
『貴方の周りの子も治療してあげる』と。
僕は絶望の眼差しで永琳を見た。
すると彼女の口角が釣り上がり、目尻が下がった。
畜生、やられた。
「香霖! どういうことだよっ! おいっ!!」
魔理沙が僕の襟元を掴んで、がくがくと揺らす。
やめてくれ、魔理沙。憂鬱がさらに陰鬱になるから。
脱力感でいっぱいで、そんな事すら言えなかった。
あぁ
くそ、
幻想郷は今日も平和だ。
まあ面白かったからいいや
にしてもどうすればホラーがこうなるんだ、名残も欠片もないぞw
てるりん!てるりん!
最初はホラー調でどうなるかと思ったら、次にシリアス、最後にコメディと変わり
こんな輝夜×香霖もあるのだなと楽しめました。
もし続きがあれば是非w
かーりん!かーりん
是非続きを!
一越えかな?
二人のやりとりが実にらしくて良いですね。
次回作も期待しています!
霖ちゃんがしてやられてて可愛いです。
輝×霖!輝×霖!
魔理沙かぁいいよ魔理沙
こーりん生きろwww
一声であってるんじゃね?
>>9>>24
小人さんが囁いたんです。
>>12>>15>>30
続き…だと…?
>>43
>>75のかたが仰るとおりに、一声であっていると思います。
このサイトに限らず、変な男のオリキャラを出して話等をつくってる奴らに対しては、勿論ヘドが出るけど。