(※緋想天If)
せせらぎがうるさいくらいの源流。博麗神社の麓の川辺に、その鬼は立っていた。
「ひょっとして、貴方も宴の参加者かしら?」
そう声をかけると、その鬼は少し考えてから頷いた。
「初めて見る顔ね。私は緋想天の比那名居天子。大地を総べる者よ」
「おー。いかにも天上人くずれって感じだ」
何故だか、そう言って鬼は嬉しそうに笑った。
……世間一般の鬼のイメージに合ってるんだか合っていないんだか、妙な風貌をしている。
ぼさぼさの髪と、それを分けるように生えた一本の角。
どことなく粗野に見える表情に、その印象に反して驚くほど白い肌。
胸は衣玖よりも少し大きいだろうか。正直羨まし……くはない。断じて。
「友人の頼みもあって地底から出てみたのさ。会えてよかった。じゃあ、あんたが私の目的だ」
鬼の友人というと……まぁ、前回の主催繋がりだろうか。
「萃香から、あんたをぼっこぼこにしてくれって。一丁付き合ってくれ」
「やっぱりね。あの人たち、何度挑めば気が済むのかしら。……ちなみにあっちの鬼は今頃雲の中よ」
鬼だからどうせ後で帰ってくるだろうし、そうでなければ衣玖が適当に回収してくれるはずだ。
「萃香が負けるってことは、結構やるんだろ? 楽しみだよ」
けらけらと笑う鬼。
「今回の宴を説明するわ。貴方たちを一人ずつ退けて神社に着ければ私の勝ち。もし私を捕まえられれば、私を肴にして皆で宴会していいわよ」
「なんか煮ても焼いても食えなさそうだけどな。あははは」
「うるっさいわね。笑ってられるのも今のうちよ」
緋想の剣を地面に突き刺す。
「こうやって、この剣を大地に突き刺せば……ん」
突き刺す。
「あら?」
突き刺す。
「……何で揺れないのよ」
別に胸の話はしていない。
「どうした? 地震がどうかしたか?」
「え、なんで知ってるのよ」
「そういやまだ名乗ってなかったな。私は星熊勇儀。【語られる怪力乱神】だ」
怪力乱神……。
「こっ、こンの馬鹿力っ……!!」
☆★☆
別に、直接大地を操れなくても、なんとでもなる。
選ばれた誇り高き天上人は狼狽えないのだ。
「鬼なら知ってると思うけど、私たちの一族は要石を扱うことができる唯一の家系よ」
要石が天子の周囲を舞い始める。それは、天子の手にあるスペルカードの力だ。
右手に緋想の剣、左手にスペルカード。周囲を跳ぶ要石。
たとえ一つの手が封じられようと、この三つで成り立つこの布陣に、天子は絶対の自信があった。
「下がりなさい、卑しき地底の者。地の底に棲まう貴方では、地を総べる私は止められない」
それを聞いて勇儀、んー、と唸って一言。
「ふふーん、天の上の人間はそういうハッタリが大好きと見える。でも私はそういうの好きじゃないぞ」
と言いつつも嬉しそうな笑みを浮かべつつ、首を左右に曲げる勇儀。
久しく動かしていなかったような鈍い音がした。
「まっいいか。じゃあ見せてあげよう天上人!」
盃の酒を飲み干し、そして大きく深呼吸。勇儀の豊かな胸が、時間をかけて上下した。
自慢の大盃を帯に挟み、両手を空け右足で大地を踏みしめる。その身体に込められた気が、地鳴りとなって重く響き渡った。
「――非想天からは見えない、地の底の鬼の力をね」
また、大地が揺れる。
それは大地の要石が鳴動する音か、それとも地底の鬼が放つ裂帛の気か。
止まっていたのは、一秒も無かったかもしれない。
先に動いたのは天子だった。
緋想の剣を振ると同時に、要石が飛ぶ。それは緋想の剣の力で、勇儀の急所を確実に狙っている。
「――ふっ!」
気合いの呼と同時に振るわれた勇儀の腕は、飛来する要石を一撃で破壊した。
「おぉりゃっ!」
さらに続くそれを、一つ、二つ、同時に三つ。
高速で向かってくる要石を、全て正確に迎撃して見せた。
今まで数多の弾幕を貫いてきた要石が、一撃で割られる。
仮にも幻想郷の大地を支える大岩の一部だ。しかも、それが激しい弾幕戦の末でならおろか、素手で。
「やっぱ……馬鹿力ね」
驚きながらも、既に天子の目は勇儀の間合いを捉えていた。
あの間合いは、三歩だ。
「ん? もう終わり? ならこっちから行くよ」
要石の攻撃を蹴散らし、ゆっくりと間合いを詰めてくる勇儀。それをじっと見据えたまま、天子は考える。
まだだ……慌てるな。
相手は徒手空拳。三歩の間合いに入らなければ、向こうから手は出せない。
それに恐らくは――――。相手は高速で移動することが得意ではないはずだ。
いくら怪力乱神を操るといえど、力というものは足場が安定しないと十分の力は振るえないもの。
ならば。
「よしっ、つかまえ たにゃっ!?」
天子の身体を掴まんと伸びた勇儀の腕は空しく宙を切った。
間合いに入る寸前、天子は足下を掠める要石に飛び乗った。
要石にはこういう使い方もある。壊されてしまうのなら、近づけなければいいだけだ。
「悪いけど、貴方の流儀に付き合う気はないわ」
続けざまに第二、第三の要石を降らす。
もう既に無効であるとわかっている手だが、天子には別の目的があった。
それは動きの牽制もあるが、何よりも動きのクセを見る。
鬼といえども腕は二本しかない。だから相手の死角から続けて攻撃すれば、防御も間に合わなくなる。そこを突く。
戦術としては卑怯だが、まさに王道だ。鬼を相手にするには相応しい。
「数で押そうだなんて、小細工ぅっ!」
勇儀は大きく息を吸い、気合いと共に両腕を開いた。
その瞬間、降り注いでいた要石が、まとめて消し飛んだ。
……狙うなら今。
「もらったっ!」
緋想の剣を抜き、上空から要石ごと勇儀に突撃し、押し潰す。
「――ほおあァッ!!」
覇気一喝。
勇儀は振るった腕の勢いそのまま宙を舞う様に身体をひねり、天子の乗った要石に回し蹴りを放った。
地より放たれた稲妻の如き蹴りは、大きな要石を今までのものよりさらに酷く砕け散らせた。
「ぃよし!」
しかし、その要石の上に天子の姿はいない。いや、見つけた。
勇儀の蹴りが届く寸前、天子は要石から身を翻し、まさに今地上に降りている所だった。
そして勇儀はそれを見て初めて、あることに気がついた。
自分の両足が、今、
地上から、
離れていて。
「だから言ったでしょう。私は地を総べる者だって」
鬼の気を限界まで溜め込んだ大地は緋想の剣に貫かれ、勇儀の真下で爆裂した。
☆★☆
気脈の爆裂をまともに受けた勇儀はその名の通り星になり、一拍おいてから天子の元へ落ちてきた。
「はー。負けたー」
「……随分嬉しそうね」
すかさず半目で突っ込みを入れる天子。
「最後に、一言言わせてもらうわ」
「何だい?」
「……私が認めてあげるわ。貴方は卑しくない。私の指す手を全て、真正面から受け止めて見せたから」
天子はあえて勇儀を見なかった。
そしてその言葉に、勇儀はぶっと吹き出して答えた。
「あはは、そりゃ結構だ。天上人さまが認めてくだすったぁね。あはははは」
「何、その反応。面白くないわね」
ぷぅ、と顔を膨らませ、また会いましょう。とだけ付け加えてから天子は要石に乗って去っていった。
勇儀は神社の方角へと飛んでいく天子を見届けて、
「はー、やれやれ。よっ……と」
足のバネを使って起き上がり、
「たまにゃ本気で身体ぁ動かさないといけないな。ああいうのもいるってことは、地上も捨てたもんじゃないってことかい?」
「んー、どうだろ。まぁ、退屈はしないんじゃない? ……負けちゃったね、勇儀」
傍には、いつの間に現れたのか萃香が寝転んでいた。
勇儀は嬉しそうに微笑んで、その頭をくしゃりと撫でた。
「まぁ、人間の相手をするのも面倒だし、しばらくは地底にいるさ」
「そっか。ああ見えて地底も大変だしね」
「今はんなこといいじゃないか。持ってるんだろ? 酒」
「ん。呑もう呑もう」
瓢箪と大盃で、二人の負けを祝って乾杯。
その大盃には、傷一つすらついていない。
了
何でコメないんだろ。
前振りのない単発勝負だからかな。
バカ扱いされることが多い天子が、素直に強く描かれているのがよかったです。
あと、なにげに胸の話題がちらほらと。
誤字報告
博霊神社→博麗神社
天子は勇儀先生と友達になるべき