1.
「私に足りないものって何だぜ?」
「脳みそ」
「そ~なのか~、おつむが足りなかったのか~、――――――――――って違うだろ、霊夢。私はルーミアじゃないぜ。私のこと足りない人って思ってたのかよ?」
どうすれば素敵な恋人が作れるか、と話を持ちかけた魔理沙に対して、霊夢の返事はおつむが足りないとのことだった。
しかも、一瞬の間すらおかずに即答で。
「冗談よ、冗談。そりゃ、心の中では三割ほどは思ってなくはないけど」
情け容赦の無い言葉を魔理沙に浴びせ、霊夢は杯を傾け、一息に飲み干した。
「ぷはぁ、なかなかのものだわね~。魔理沙だってやれば、いい酒を探してこれるんじゃないのよ」
相談料代わりにと手土産で酒を持ってきたのだったが、霊夢はすぐさま手をつけて、早くも少々出来上がり始めているようだった。
魔理沙を肴に酒気で頬を赤らめる霊夢に、話が済んでご褒美として渡すのだったと臍を噛むが既に後の祭りで、霊夢は上機嫌に一人勝手にきゃははと笑い転げている有様だった。
「あー、いいぜ、また今度にするぜ。今日は大人しく帰ることにする」
「なにおぉ、私がせっかく相談に乗ってやろうって言うのに逃げる気かぁ~」
「いや、逃げるとかじゃなくって、お前酒が入ってるだろ? 酔っ払ってたらもう話なんて出来ないだろ? 霊夢だって、萃香になんて相談したくないだろ? それと同じことだよ」
「なんだとぉ、よりにもよって萃香扱いする気かぁ」
「ほとんど変りないだろ」
「私が酔っ払ってるって言うのかぁ。酔っ払ってないぉ。こんなの飲んだうちに入らない。酔っ払ってない、酔っ払ってない~。魔理沙ぁ」
「うへっ、酒くさっ。くっつくなって」
「えへへへへへっ」
やたらと上機嫌すぎて、魔理沙にくっついて頬擦り攻撃を仕掛けてくる。
「うへへへぇ~、魔理沙のほっぺぷにぷに~」
普段は何を飲んでも平然として顔色も変らず、酔ってるのか、酔ってないのかも分からない霊夢だったが、さすがに魔理沙の家のその辺に適当にあった飲みさしのものに、実験用のアルコールを混ぜ、甘味をつけるために目薬を入れた配合は強烈すぎたのか、こんなに正体が無くなった霊夢を見たのは初めてだった。
「ほろ~、こぉ~んなにまっすぐあるけるのに、酔っ払ってるだとぉ」
畳の縁に沿って歩いて見せているつもりのようだが、実際には千鳥足で全然関係ない場所をふらふらと動いているだけだった。
魔理沙は特製カクテルの脅威に目を見張る。
うわさの目薬ミックスは強力で、うわばみキラーとして今後十分に通用しそうだった。
少々実験体となった霊夢には可哀想ではあるので、心の中であやまっておくことにした。
もっとも霊夢には一円の得にもならないので、声に出したとしても全く気にしないだろうが。
「魔理沙はね~、そうやって人のこと酔っ払いだとか、アレだことか、コーだとか決め付けるから魔理沙は魔理沙なのよぉ」
意味不明のしつこさはまさに酔っ払いの真骨頂。
まるきゅーなチルノだろうと、鳥頭のみすちーだって、正真正銘の酔漢認定してしまえるほどごきげんなのが今の霊夢だった。
ちなみに酒で酔わせはしたが、魔理沙は一言だって霊夢が酔っ払ってるなんて言ってない。
「私がぁ、相談に乗ってやるって言ってんの。大人しく聞きなさいよぉい」
「わかった、わかったって、聞くってば、聞くから」
今日はもうだめだなとあきらめて、とにかく霊夢を宥めることに専念する。
魔理沙が大人しく縮こまったのを見て、霊夢は満足げにげっぷを一つ吐くと、あぐらを掻いて、瓶のまま口をつけて一気に中身をあおった。
ぐびりぐびりと音を鳴らして、豪快に酒を飲み下す霊夢。
口から零れた分が、喉を伝い降り、襟をべったりと濡らしている。
「ぶは~、げ、げぇ~ぷっ」
全く無茶苦茶だった。
「大体なんで参拝客が来ないのよ。桜の季節なのに、山一面を桜が覆う幻想郷一の名所なのに~。どうして来るのは妖怪ばっかりなのよ。妖怪、妖怪、妖怪、妖怪、宴会、宴会、酒、酒、酒、どうして妖怪ばっかりとか、魔理沙とかしか来ないわけ」
酒が入っている人間の動きとしては割合と鋭く、縁側の外を霊夢は指し示した。
里を見下ろすことの出来る見晴らしのよい桜の下には、緋毛氈が敷かれ、茶道具が置かれている。
後ろを向いて神社を眺めてみれば、周囲一面の山には桜が咲き乱れ、おそらくこの世のものとも思えないほど美しい幻想的な風景が見られるだろう。
今年の春は相当に気合が入っていたのか道具が本格的に用意され、茶碗や茶筅はもちろんのこと、その場で湯を沸かせるように釜、風炉までが置かれていた。
花の下で参拝客に茶が振舞えるように、霊夢が頑張って考えたのだろう。
「どうして里の人達は来てくれないのかな? 私のことキライ? 嫌いだからだと思う? 魔理沙どうやったら、お客さん増えるかな? お賽銭増えるかな? 魔理沙はどう思う?」
今度は泣き始めた。
笑ったり、怒ったり、泣いたりと相当の酒乱だった。
ひょっとしたら霊夢は生まれて初めて本格的に酔っ払って、自分をコントロールできなくなっているのかも知れない。
「ねぇねぇ、弾幕ルール考えてね、幻想郷も平和になってね、里の人も妖怪を恐がらずに出歩けるようになったと思うの。これでお賽銭も山ほどになると思ったのに。ねっ、魔理沙はどう思ってるのよ」
恋愛相談に訪れたはずが、何故か相談者が逆転してしまい、神社の経営相談になってしまっている。
「あー、なんだな。霊夢は頑張ってると思うぜ。ほとんど妖怪に里の人も襲われることもなくなったし。よっぽど変なことしなけりゃ、妖怪に喰われる心配もなくなったしさ」
「じゃ、どうしてよ。どうしてお賽銭増えないのよ。大体前よりも減ってるし」
「う~ん、平和すぎて霊夢の役割が重要視されてないってことなのかなぁ。事変だ、幻想郷が危険だって言ったって、もう里の人には直接関係がなくなって来てるし。里の人は喰うか喰われるかが問題で、霊夢はそれを守ってくれてたから大事にされてたけど、今はそれもないしな。――――――――どわっ、あぶなっ、一升瓶振り回すなって」
前髪をすごい勢いで瓶の底が擦っていく。
魔理沙が顔を引かなかったら確実に顔面に直撃してたに違いなかった。
「なによぉ、私が悪いっての」
「違うってそうじゃないって、ああ、もう~、どう言ったもんだか」
霊夢の酒に焼けたみたいな黒味のある赤顔で上目遣いに睨みつけられると、正直ちびってしまいそうで、瓶を避けなかったらどうなってたかなんて、突っ込む余裕すらない。
「お前はいい人すぎるってことだぜ。妖怪も人間も分けへだけなく付き合うしな。私はいいことだとおもうぜ。でも、普通の人間からしたら、人間なのに人間を特別扱いしないってことは、いざとなったらあてにならないってことだぜ。何しろ妖怪も人間も等価なんだから、理屈無しで人間の味方ってわけじゃないのからな。それって不安なことだと思うぜ」
「う――――っ」
拗ねた子供みたいな顔して、唸る霊夢。
「ある程度平和になって、妖怪の心配もなくなった。むしろ博麗神社のほうが妖怪の出現率が高い。おまけに妖怪を退治する巫女は結構妖怪と仲良しで、いざとなった時にどっちの味方もなるか怪しいもの。そんな環境の神社にわざわざ誰がお賽銭あげにくるか?」
「あたし、がんばって妖怪退治してるのに。巫女の仕事は妖怪退治で、退治して、退治して、退治してるのに~、うっ、うっ、うわ~ん、ひどいよぉ」
ちょっと真面目に質問に答えたら、案外思うところがあったのか、ショックを受けたのか霊夢は大声をあげる。
それでも酒瓶は手放さず、しゃくりあげながら、確実に杯を重ねていくあたりが恐ろしい。
天狗や鬼に比べたら酒量は少ないとはいえ、妖怪級のうわばみ霊夢が酔っ払うと、笑い上戸に泣き上戸、おまけに絡み酒になるとは魔理沙は想像だにしていなかった。
泣いているくせにちっとも悲しそうな雰囲気もなく、座った目をして、ぐびりぐびりと酒瓶を抱え込んでやるあたり、霊夢らしいと言えば霊夢らしい気もする。
「ま、霊夢、なんだ。急用をちょっと思い出したので失礼させてもらうぜ。確か先約があった気がしてきたし。そうだったぜ、家のマツタケの生育具合も気になるし」
「松茸は秋でしょうが」
適当すぎる魔理沙の言い訳に対し、よっぱらっている癖になかなか的確な突っ込み具合だった。
「あたしをこんなにしておいて、どこ行く気なの? 責任とりなさいよぉ」
「や、な、霊夢は酔っ払ってないし、楽しそうに飲んでるし、私はどうやらお邪魔のようだからな」
立ち上がり、さわやかに、にこやかに手を振る魔理沙。
「あたしが酔っ払ってるぅ? どこが酔っ払ってるって、だれが酔っ払ってるってぇ?」
やたらとふらふらの癖に何故だか異様な速度で回り込み、魔理沙の前に立ちふさがる霊夢。
酔っ払って思考能力が無くなっているくせに、どうやら一人で飲むのは嫌なようだった。
絶対に帰さないとばかりに、魔理沙の肩に抱きついて、頭をぐりぐりと押し付けてくる。
服にまで酒を零している霊夢は酒臭いことこの上ない。
しかし、判断力の欠片もなく、まっすぐに歩くことも出来ない癖に、人が帰ろうとすると察知して先回りする能力は何なのだろう?
酔っ払いに共通して会得している能力なだけに、質が悪くて叶わない。
これを極限まで磨いたのが、萃香の能力に違いない。
小さくなって何処までも無限に相手に絡んでいける能力。
アイツはきっと鬼じゃなくって、酔っ払いの権化、究極の形に違いない。
魔理沙は霊夢に絡みつかれて、何故だかそんな結論にいたった。
もっともこの場を逃れるには全く役にはたたないが。
「いや、だから酔っ払ってないって言ってるじゃないか」
「うん、そうなの? それならいいわ。ほらっ、すわるっ」
魔理沙に抱きついたまま、あぐらをかいて座る霊夢。
魔理沙も引き摺られて地面に尻を落とすと、霊夢に腰を抱きすくめられた格好となる。
「そう、あたしは酔っ払ってない、ひっく、まだまだ飲むんだから、そうだ、魔理沙も飲みなさいよ。あんただけ酔わないのはずるいわ。あんただけ、ひっく、平気で、あたしが酔っ払ってたら、酔った隙に何されるかわかったものじゃないし。ううぅ、もっともあたしは酔っ払ってないけど。酔っ払ってないって言ってんの。ほら、んっ」
もはや支離滅裂、意味不明だった。
座っているだけで、頭が左右に揺れて、一秒ごとに揺れ幅を大きくなっていき、地面に近づいているくせに、じーっと魔理沙に視線をすえて、ピタリと焦点が合っているのが不気味だ。
振り子の真ん中に目玉が付いて、揺れているのに視線が何処までも追いかけてきて、しかも目が合ったりしたらかなり嫌だ。
まさに今の霊夢がそんな物体だった。
しかも、抱きかかえられているので、超至近距離。
あまりにも嫌すぎだった。
「ほらっ、飲みなさいよ」
杯を差し出し、魔理沙が受け取るのを今か今かと焦りつく霊夢の表情が険しくなっていく。
「あたしの酒が飲めないっての?」
「いや、霊夢と飲めるなんてうれしぃなぁ」
「そうよね、そうよね、あたしと飲めてうれしいわよね。うんうん」
棒読み口調の魔理沙に、霊夢はまた上機嫌になって、魔理沙に渡そうとしていた酒を飲み干した。
ちらりと目が動き、霊夢が部屋の隅に置かれた、あと二本の瓶にチェックを入れたことを魔理沙は見逃さなかった。
どう考えても、あれを飲み干すまでは、絶対に霊夢は一人酒宴を辞めるつもりはなさそうだった。
あぐらをかいて魔理沙を抱き、腰を引き寄せながら酒を煽る霊夢に、隙は見いだせそうも無い。
まったく私は霊夢専用の芸者じゃないぜと、心の中で愚痴る魔理沙。
だが、そんな思いなど酔っ払い霊夢には通じる訳などなく、魔理沙はついにここに至って、今日は逃げ出すことを諦めた。
「はぁ、今日はもうだめだな。あきらめて霊夢のお守として過ごすことにしよう」
「んっ?」
「いや、別になんでもないぜ」
ため息をつきながら魔理沙は縁側の向こうを眺める。
空気はあたたかく、博麗神社の裏庭は桜で彩られ、空は透き通る青空だった。
霊夢の酒乱でどんよりとした室内の雰囲気とはまるで逆に、外は晴れて桜が咲き乱れ、見事な春の行楽日和だった。
2.
「魔理沙、昨日の話の続きだけどさ」
ぐでんぐでんに正体が無くなるまで飲んでそのまま寝てしまった霊夢だったが、やはりと言うか、当然だと言うべきか、次の日に魔理沙が訪ねてくると、具合を悪くして寝込んでいた。
「うぅ~、さむい~、さむい~、さむいぃ~」
布団に包まって霊夢は呻く。
四月の半ばだとまだ寒い日があるのでしまわずに部屋の隅に畳んであった布団をかぶっても、霊夢は寒気がするのか震えている。
「ううぅ~、毛布まで引っぱりだしてるのに寒い~、う~」
「そりゃ、酔っ払ったまま、風呂も入らずに、腹丸出しで寝てりゃあなぁ」
とか言ってみるが、原因の九割八分ぐらいは魔理沙のせいだった。
何しろ魔理沙特製のうわばみ殺しのスペシャルドリンクを三本も霊夢は丸々開けたのだから。
ちなみに一本が一升瓶入り。合計で三升。
おまけに一緒に飲みたいとか言い出したくせに、意地汚く魔理沙には一滴もよこさなかった。
「うるさいわね。私は酔っ払ってないっての、ううぅ、頭も痛い……」
「まだ、言ってるぜ」
「頭も痛い……」
「そりゃ二日酔いだな」
「二日酔いなんてなるわけないでしょうが、大体酔っ払ってもいないのに。私生まれてこの方酒に酔ったことないんだからね」
酒に酔っ払うということが霊夢はどういう状態なのかを理解していなかったようだ。
酔っ払うのも魔理沙に絡むのも結構だが、まだ夜は寒い季節なのに、布団に入らずにそのまま寝たりするのはやめて欲しい。
霊夢がぶっ倒れたら面倒見るのは魔理沙の役目なのに。
世話係りの迷惑ってものを考えて欲しい。
「ぶえっくしょいいぃっ、うううぅ、ずずずっ、ずるるっ、ううううっ」
鼻をかんだ霊夢は気分が悪いはずなのに、何がうれしいのかちり紙を開いてニヤついて、ぬるぬるの鼻水塗れの面を魔理沙に見せてくる。
一杯出たから見てみろということらしい。
「あ~、わかったわかったって、私が悪かったって、お前は重病だ。もう邪魔したりしないから大人しく寝てろって」
「はぁ~、しんどすぎていきなり寝ろったって寝れないわよ。眠たくなるまであんたの相手しててあげるわよ」
「あー、話してたら余計に眠くならないだろうが」
「馬鹿、風邪ひいたときなんかは、寝ようと思えば思うほど寝れなくなるし、変に身体のつらさを意識して、いらいらして寝れなくなったりするものなの。あっ、魔理沙は風邪ひかないから、わからないか」
「なんだよ、それ、酷いぜ霊夢は」
「酷いのはあんたよ。こっちの気分も知らずに、何が恋人見つけるにはどうしたらいいか、なんていきなり言ってさ」
布団から目だけを覗かせて霊夢が魔理沙を睨んでいる。
今日は自分から話を振ったくせにどうして霊夢が怒っているのかは不明だが、よっぽど具合が悪いのだろう。
「とにかくっ、魔理沙は昨日、どうやったら恋人が出来るとか、誰を相手にしたらいいのかとか、自分はどう見えるか、魅力的があるのとか、かなりしょうもないことを相談してたわよね」
「なんだよ。覚えてたのかよ」
「だから酔っ払ってなかったって散々言ってるじゃない」
どこの世界に、まともな十代半ばの少女が酒を飲んで、同性に酌をさせてご機嫌になるものか。
「魔理沙ね。あんたは面白いヤツだし、案外家事もできるし、馬鹿そうに見えて一応空気は読めるし、一緒にいて楽しいわよ。でも恋愛って考えたら物足らないの。ただいいお友達って感じかしら?」
「褒めてるように見せて褒めてないだろ? 思いっきり恋愛的にはぼろぼろの評価じゃないか。褒め殺しってやつだぜ?」
いくらこっちの方面に疎い魔理沙でも、恋愛対象になるかの話で、いい人とか、いいお友達ってことは決して褒め言葉じゃないことぐらい知っている。
常識で考えて恋人としてどうかを尋ねてお友達でって言うのは、思いっきり面と向かって対象外って言っているのと変わらない。
「馬鹿にしてるぜ」
「そんなことないわよ。容姿で見たら魔理沙って結構かわいいと思う。魔理沙の濃い金色の髪ってくせッ毛だけど、猫っぽい好奇心旺盛な瞳に良く似合ってるし、波打ち具合なんかも、こうなんて言うのかしら、夕暮れ時の黄金色の湖面を思い起こさせてとても素敵だわ。顔だってちょっとバタくさいけど、子供っぽい輪郭にいいアクセントになってて、ちょっとお人形みたいでかわいらしいし。魔理沙はかわいいわよ。ちょっとうらしましくなっちゃうぐらい」
「ふーん、霊夢ってそんな風に私のこと見ててくれたんだぜ」
酷くすねたみたいな顔が、瞬時に緩んでうれしくってニヤついてしまう。
同時に顔が熱く火照っていくのがわかった。
霊夢がかわいい女の子だと見ててくれて、魔理沙はうれしさと照れが入り混じって、なんだか恥ずかしくて胸のあたりがむず痒かった。
わざとらしいぐらいに男の子みたいな態度を取っている魔理沙を、霊夢は女の子として見ててくれたのだ。
「か、あ、うっ、そんな訳ないじゃないのっ、大馬鹿魔理沙。あんたなんて馬で鹿よ。家事してる魔理沙見てて、いいお嫁さんになりそうだとか、そんなこと考えてたとかあるわけないじゃないのっ」
魔理沙が照れたのを見たせいか霊夢も照れ出して、早口でなんだか意味不明なことをしゃべっている。
布団から少しだけ覗いている目元だけでも、顔が赤に染まっているのがはっきりと分かった。
変に長い付き合いなだけに、恥ずかしがってる顔を見せ合うのがくすぐったく、お互い顔も見れない。
「ごほっ、ごほっ」
「興奮しすぎだぜ。私のこと元気つけてくれようってんだろ? 霊夢のこと最高の友達だと思ってるぜ」
この際恥ずかしさついでに、普段ならこっぱずかしくって言えない台詞を吐いてやる。
「最高の友達ね……………。ふっ、調子に乗らないの。確かにかわいいかもとは言ったけど、私から見ての話じゃ断然ないからね。世の中には魔理沙みたいなのが好みだって特異な人がいるのよ。そう………………、そう――――――――――――――、咲夜とか―――――――――――――――――!!!!!
そうよ。咲夜だったらロリだから、魔理沙みたいな未発達ボディが専門だから、魔理沙のことかわいいって言うに違いないって話なのよ」
せっかく魔理沙が究極に恥ずかしい台詞を決めたのに、急にぷりぷりと怒り出す。
「何があっても、たとえ天地が引っくり返ろうと実は魔理沙のことかわいいとか思ってて、魔理沙の横顔こっそり覗き見とかしてたりしたとかって話じゃないからっ」
「あたりまえだろ、そんなの。一体何言ってるんだぜ? こりゃ相当熱があるな。それともアルコールが抜け切ってないせいか、それとも春のせいか? あっ、霊夢は年中頭の中がぬるま湯程度だから、季節が春だって関係ないか」
「人が動けないのをいいことに好き勝手言って~。恋人相談は終了よっ。とっととちいさい子専門の咲夜のところでも行って、恋人にでもしてもらってきたらいいわ。後悔しても知らないからっ」
「咲夜かぁ~」
魔理沙は考えてみる。
現在、魔理沙は棒みたいな手足だし、ぺたんこな胸やお尻をかんがみるに、将来にわたっても一気に成長する可能性は低い。
あまり成長は見込めそうにないと言うのが、冷静に見た実際的なところだろう。
特に胸とか。
でも魔理沙は霊夢にロリッ子認定を受けたが、成長期にある少女だ。
ボンッキュッボンッは無理かも知れないが、背だって、手足だってまだまだ伸びる。
胸とかはダメかもしれないが、きっとすらりとした体つきになるに違いない。
咲夜だって胸のあたりはかなり貧しいが、背が高くって、ほっそりしてキレイだ。
魔理沙だってもうちょっとしたら、ああいう風になる予定だ。
魔理沙を馬鹿にして、霊夢は咲夜の名前を出したが、本当に恋人になってやる。
咲夜はキレイだし、やさしいし、魔理沙を甘やかせてくれる。
皆は知らないかも知れないが、意外と二人は仲良しだ。
恋人にしたら姉妹みたいできっと素敵な感じに違いない。
「あー、わかったぜ。咲夜を恋人にしてやるぜ」
「本気?」
「うん、よく考えてみたら、なかなかナイスなアドバイスだぜ。咲夜をゲットしてやるぜ」
「本気に本気?」
「ああ、元々紅魔館にあるものは全部私の物みたいなものだしな。咲夜も紅魔館の付属物だし、持って帰ったところで問題ないだろう」
「ひょっとして咲夜が好きだったりするの?」
「うーん、まぁ、好きかって言われたら、全然かも知れないんだが。まぁ、恋人にはいいかもって思う」
「もう勝手にしなさいっ。勝手にどこへでも行ったらいいわ。咲夜のとこなんかに行って、食べられちゃったりしても知らないんだから」
ぐるりと魔理沙に背を向けて、霊夢は頭から布団をかぶってしまう。
「なんだよ。霊夢のやつ。こっちこそ知らないぜっ」
霊夢は身動きもしない。
魔理沙が呼びかけても、返事一つしない。
「なんだよ。もう知んないぜ。じゃ、行ってくるぜ」
背を向けて黙り込んだ霊夢に一声かけると、魔理沙は立ち上がった。
布団の中からは篭ったような、乾いた咳がしていた。
3.
「という訳で咲夜。私の恋人になってくれ」
「いきなりねぇ。驚いたわ」
たいして説明もせずに切り出した魔理沙に、咲夜は表情も変えずに料理を続ける。
すでにテーブルの上には切り終わった食材が並べられ、現在咲夜はじゃがいもに手をかけたところだった。
飛び込んできて前置き無しに語り出す魔理沙に慣れているせいか、視線すら動かさずに手元の作業を淀むことなく続けている。
魔理沙は妖精メイドが使うお手伝い用の台に載り、咲夜の手元を覗き込んだ。
小さな妖精メイドが手伝うには料理用の机は背が高すぎるため、台所には乗っかるための台がいつも用意されていて、咲夜のお手伝い担当はこれに載って作業するのだった。
都合よくお手伝い担当がいないのをいいことに、咲夜と頭の高さを合わせるため、魔理沙は台の上立った。
咲夜はナイフの根本を使い、じゃがいもを持っている手と連動させ、するすると器用に話しながら剥いていっている。
「魔理沙は私が好きな訳だ」
「いや、全然」
「いや魔理沙。今、私に告白したばっかりでしょう」
「うん? 私はただ恋人になろうって言っただけだぜ」
「普通はそれを告白っていうのよ」
一個のじゃがいもが剥き終わる。
皮は剥き始めから最後まで、途切れることなく一枚に連なっていた。
「おおっ、じゃがいもに、にんじん、たまねぎ、鶏肉。今晩のご飯は何だ」
「カレーよ」
「お~、カレー。私も食べてっていいか?」
「いいわよ。別に一人ぐらい増えたところでたいして変わらないし。――――で、カレー食べさせたあげる代わりに質問。どうして私を恋人にしようなんて思ったの?」
魔理沙は目を離さずに咲夜の動きをずっと見ているのだが、見ている以上の数がボウルの中に積み上げられていっている。
どうやら魔理沙にも気付かれないように時を止めて作業を進めているようだった。
「咲夜って大人っぽいしさ、見た目もそこそこいいし」
「褒めてるんだかどうだか」
「それにさ、咲夜に恋人になってもらったりしたらさ、毎朝起こしてもらえるだろ? それからご飯の用意してもらって、洗濯してもらって、掃除してもらって、あとお風呂の準備もいいなぁ。自分が何にもしないでお風呂に入れるなんて最高だぜ」
「何か言っていることが怪しくなってきた気がするわ」
「布団も畳んでもらわないといけないし、う~ん、散らかってる部屋の整理もしてもらわないとな。咲夜、整理してくれるのはいいけど、ちゃんと何が何処にあるのか分かるように頼むぜ。そうそう、研究の助手する時は逐一記録を取るようにな。う~ん、咲夜は便利でいいな」
「魔理沙ね。それって恋人にやってもらうことじゃないでしょ? 全部メイドの仕事じゃないの」
「じゃ、メイドでいいや」
咲夜が言うのなら仕方がない。
この際恋人はあきらめて、メイドさんで我慢するとしよう。
咲夜にあれこれ世話を焼いてもらう生活を想像し、魔理沙の夢は膨らむばかりだった。
確かうわさによれば咲夜に頼んだら、何でもめずらしいものを集めてきて来てくれるらしい。
きっと魔理沙のコレクションも一段と立派になることは間違いなかった。
「ほら、ぼーっとしてないで、火を入れるから運んで」
「うわっ、もう終わったのかよ~、早いなぁ~。肉は――――、って、もう終わってるし」
「はやく、はやく」
「へいへい」
そんなに妄想に浸っていたつもりはなかったのだが、咲夜からすれば十分な時間だったらしく、いつの間にやらじゃがいもはもちろんのこと、鶏肉まで見事に切り分けていた。
どうやら紅魔館の流儀では、カレーに入れる肉は鶏肉のようだった。
「鶏肉っ」
「わっ、わっ、わっ、何で私が」
愚痴る暇すら与えてくれず、咲夜は鍋を火にかけてサラダ油を引き、十分に熱を入れたようだ。
「どうして私が」
「ぐずぐす言わないの。働かざる者喰うべからず」
「レミリアはどうなんだよ」
「館の主人っていうのがお嬢様の仕事よ。ちゃんと毎日わがままを言って困らせてくれてるわ」
「それって仕事なのか?」
じゅーじゅーと肉の焼ける音が鳴ると、いい匂いがキッチンに広まった。
紅魔館のキッチンは屋敷全体の作りに反して光に溢れている。
春先の眠たくなるような午後の日差しが入り、なんとものどかな雰囲気だった。
咲夜も料理を続けながら鼻歌を歌っている。
昼の日差しの中の咲夜は、夜の重たい鈍色のイメージとは異なって見える。
「カレーはこの国のが一番よね」
「ここに伝えたのって、咲夜のとこじゃなかったっけ?」
「そうよ。発祥はウチじゃないけど、欧風に改良して伝えたのは確かね。でもね、やっぱりウチの国の食べ物ってあれじゃない? 名物とか言ったら白身の魚とポテトをあげたのとかだし」
「そう卑下するなよ。どろどろの茶色いオートミールとかあるじゃないか。あっ、あとトマトの丸焼きとかもあるし」
「ああっ、恥ずかしくなるからそれ以上言わないで」
鶏に火が通り、野菜を入れていく咲夜。
魔理沙も大人しく言われるままテーブルから鍋までを何度も往復して、ボウル一杯のたまねぎや、にんじんを運んだ。
「カレーぐらいはウチの国にしては、そこそこいい物と思ってたのに……。私の国がめずらしく他所に紹介できるものだと思ってたのに……。密かに自慢に思ってたりしたのよ。もちろん発明したのは私達じゃないけど」
「ふむふむ」
「ここに来てみたら全然違う食べ物になってて、おまけにすごくおいしくなってたりするんだもの。ずるいわ」
「ふ~ん、どおりで私達と同じカレーの作り方をしてるわけだ」
故郷の食べ物によほどコンプレックスがあるのか、一言一言妙に力を込め、咲夜は気色ばんでいる。
たまねぎが見る間に透き通っていく。
それでもまだ水は入れないで炒め続けている。
「あっ、これね。飴色になるまで炒めるのよ。その方が甘みがでるから。色々やり方はあるかもしれないけど、たまねぎはそれこそどろどろになるまで炒めて、元の味がわからなくなるぐらいにしないと、食べてくれないのよ」
「なるほどなぁ。たまねぎってあんまり火が通ってないと辛いもんなぁ。私もたまねぎは生じゃ食べれないぜ。あっ、そういえば咲夜ってたまねぎ食べれるのか?」
「私は生でも平気よ。どこかのお子様方とは違って」
「嘘だろ。咲夜死んじゃうぜ、かわいそう。消化する酵素持ってないのに」
「刺されたいようね」
「冗談、冗談。しかし酵素持ってないって言っただけで、犬のことってよくわかったな。意識しすぎじゃないか? おっと、それよりルー使ってるぜ。しかもこれは、りんごとハチミツのやつじゃないか」
「そうなのよ。スパイスにも凝って本格的なのつくってみたりもしたのよ。ナンでつけて食べるようなのをね。でも紅魔館じゃ、りんごとハチミツのルーが一番人気。最終的にはそればっかりになっちゃったのよね」
「へぇ~、私もそれ好きだぜ」
話題反らしに上手く咲夜は乗ってくれたようだった。
「お嬢様もこれなら食べてくれるのよ。きっと甘口なところがいいのね。メイド達もみんな口がお子様だから、甘いカレーが大好きなのよ」
「あのレミリアがカレーを食べるのか~」
どこか気取ったところのあるレミリアが、口の周りにご飯つぶをつけながら、カレーをスプーンですくっている図を思い浮かべると、なかなかに微笑ましいものがある。
「でもね、お嬢様が本当に子供らしい笑顔になって、必死になっておかわりするのを見てると、細かいことなんてどうでも良くなって、作ったものをただおいしく食べてもらえるだけで幸せな気持ちになれるのよ」
咲夜は心から満ちたりた表情をしている。
ただ世話をするだけで他に何もいらないほど幸せとは、どういうことなのだろうか?
魔理沙には全く理解できないことだった。
想像するに、紅魔館こそが咲夜の居場所であり、家族であること。
ここにいるだけで幸せなことは確実なようだった。
こんな満ち足りた咲夜に恋人などは必要ないのかも知れない。
別に本気で恋人になって欲しいとか思いはしなかったが、魔理沙はあんまり咲夜が幸せそうなので、少しさみしい気持ちになってしまった。
「ふう~、ご苦労様。ここまで来たら後はルーを入れるだけよ」
咲夜は炒めた具材に水を入れると鍋に蓋をした。
「少し疲れたかしら? 慣れない事をしたものね」
「どうしてだぜ? そんなことないぜ」
「あら、そう? それならいいわ。何かしょんぼりしてたから。ふふっ、じゃあ、ちょっと休憩しましょうか」
咲夜は腕に手を沿え、魔理沙を椅子のあるところまでつれてくると座らせた。
「じゃあ、お手伝いをしてくれた人にはご褒美をあげないとね」
「そんなのいいよ」
「いいから、いいから、役得よ。メイド達にもご褒美目当てで人気のお仕事なのよ、料理のお手伝いはね。はい、どうぞ」
カップとクッキーの入った皿が魔理沙の前に出された。
紅魔館定番の紅茶とは異なる飲み物が入っている。
「熱いから気をつけてね」
カップの中にはミルクが入っている。
いつものように図書館で飲む紅茶と違い、野菜と肉のいい匂いの篭ったキッチンで飲むホットミルクは、何処か懐かしい感じがする。
「熱っ」
「だから気をつけてって言ってるのに」
「わかってるって」
予想に反してホットミルクはとても熱くて、舌がひりひりする。
火傷してしまった舌を出して、顔をしかめてみたりする。
ミルクには何か入っているらしく、とても甘くて、胸がほんわりとした気持ちになった。
あまりにおいしくって、また魔理沙は少し悲しくなった。
「ハチミツを入れているのよ。ミルクだけでもいいけど、ちょっとだけアクセントにね」
驚いた顔を見せた魔理沙に、いたずらっぽく咲夜はウインクしてみせた。
「おいしいな」
「メイド達も好きなのよ」
「なぁ、咲夜。私ってどうだ?」
唐突な話の転換に今度は咲夜が驚いた顔を見せた。
「いきなりねぇ」
「咲夜が私の恋人になってくれないのはわかったけどさ。咲夜の目から見てどうかなぁ? とか。いわゆる興味本位と言うやつだぜ」
「ん~、明日の晩御飯は鶏スープかしら?」
何故だか魔理沙の膝のあたりを食い入るように見る咲夜。
「あとは……、そうね。スープだけだとなんだし、鳩のパイがいいかしら?」
今度は胸元に視線が移動してきた。
「はぁ? どうして私のこと聞いているのに晩ご飯なんだぜ?」
「いや、ねぇ。魔理沙の足見てたら鶏ガラ思い出しちゃて、スープとったらおいしそうだとか思っちゃたのよ」
「なんてやつだ。お前のとこの門番じゃあるまいし、人をおいしそうとか」
「ん? 女の子が女の子見ておいしそうとか思うのって当然じゃないの!!!」
「ん? ? ? ? ?」
「ごめんごめん。よくわからなかったのね」
よくわからないことを言う咲夜。
なんだか意味がわからないが、微妙に困った顔をして咲夜は笑っている。
「あんまりイジメないでくれよ。ただでさえ周りは酷い連中ばっかりなのにさ。咲夜ぐらいだぜ、普通にやさしくしてくれるの」
「ふふっ、ごめんね。そんなに魔理沙って酷い目に合ってたかしら?」
「ああ、霊夢とか、アリスとか、パチュリーとか、みんな口が悪くってさ、会うたびに悪口言われるんだぜ。とんでもない連中だぜ」
「陰で言われるよりはいいんじゃないの? 面と向かって言って友達でいられるってことは魔理沙を信用してるからよ。もっとも――――」
「もっとも?」
「たぶん酷い目に合わせているのは魔理沙のほうだって、皆絶対に言うと思うけど」
「なんだよ、それ。咲夜もイジメっこだぜ」
ふくれっ面をした魔理沙と、今にも噴き出しそうな咲夜と目があった。
魔理沙は今まで見せたことのないような咲夜の表情に、視線を動かすことも出来ずにただ見詰めていることしか出来なかった。
「ねっ、魔理沙。私が好きなのはね、このミルクみたいなものかな? 甘いミルクに、ハチミツをたらしてう~んと甘くしたもの。甘くて甘くてたまらないもの」
咲夜は魔理沙から目を離すと、真面目な顔になった。
「魔理沙はね、まだミルクなの。でもほんの少しだけ、コーヒーが混ざった感じかな?」
「よくわかんないぜ」
「コーヒーだけだと飲めないけど、ミルクに入れると甘みと苦味の混じった味になる」
「何の話だぜ」
手で魔理沙を制する咲夜。
「コーヒーには至らない。でもミルクにハチミツは卒業している。コーヒーとミルクの真ん中の味」
「咲夜の好みはハチミツとミルクなんだよな?」
「魔理沙はね、少女なの。完全に子供でもなく、完全に大人でもない、丁度真ん中。ミルクの甘さの中に、少しだけコーヒーの苦味が入ったようなもの。大人の味ってところかな?」
「大人の味?」
「そうね。私の好みからしたら、魔理沙は大人ってことなのかしらね。さて――――――――、そろそろルーを入れる時間かしらね」
話を切って立ち上がる咲夜。
ことんっ、とテーブルに置いたカップは丁度空。
向かいに座っていた魔理沙も手の中を覗き込むと、丁度ミルクがなくなって底が見えていた。
4.
「酔っ払い」
「いや、酔っ払ってない」
「魔理沙は間違いなく酔ってる」
「だから、酔っ払ってないって」
霊夢じゃあるまいし、まっ昼間から酔っ払う訳がない。
「ご期待に添えなくて残念だが、酒を飲んでるわけじゃないぜ」
いくら毒舌が売りみたいなパチュリーのことだとは言え、魔理沙の肉体をどう思うか質問しただけで、酔っ払い扱いはどうかと思う。
「酔っ払ってない?」
「間違いなく正気だ」
「ふ~ん、正気の人間が部屋に入ってくるなり挨拶もせず、『私ってセクシーか?』とかポーズとったりするんだ」
「っ、うっ、それは……」
言われてみたら、どう考えても真っ当な人間のする行為ではなかった。
魔理沙としてはめずらしく自らの行為を恥じた。
「まぁ、春だし……」
「頭が残念な人みたいに言うなよ」
「ついに魔理沙にも頭が春が伝染したのね。さようなら魔理沙」
急に遠い目になるパチュリー。
「だから人を年中頭がホカホカした人みたいな扱いするなって、霊夢じゃあるまいし」
「あっ、伝染するってことは、温かい頭って病気なのね。魔理沙、人にうつす前に帰って」
「おいおい、今日は饒舌な上に、やたらとハイテンションだなぁ。ひょっとしてお前の方こそ酔ってるんじゃないだろうな?」
いつも眠たげに垂れ下がっている目が大きく、驚いたように見開かれる。
「酔っ払ってないけど、酔ってるのかも、私……」
意味不明だった。
予想外に頭が春は伝染性が強いらしい。
感染源と四六始終一緒にいる魔理沙としては、十分に気をつける必要がありそうだった。
「で、何の用かしら?」
仕切り直すようにパチュリーは咳払いし、椅子に腰掛ける。
魔理沙も何時までも立ち話もなんだと思い、向かいのソファーに腰を下ろした。
「で、何なの?」
「いや、な。実は霊夢の薦めで、恋人にするために咲夜のところに来たら、咲夜には私は色気がむんむん過ぎてお断りらしい。霊夢の話だと、咲夜なら私が好みのストライクゾーンの真ん中に来るはずだから、きっといい恋人同士になるだろうってことらしかったんだけど」
「咲夜に? 正気? それで『私ってセクシーか?』になるわけ?」
「いや、それはもう言わないでくれ。さすがに恥ずかしい」
「魔理沙にも恥ずかしいと感じる神経があったなんて、意外」
いつも以上の酷い言われようだった。
が、魔理沙としても、さすがにアレは無かったと反省しているので、大人しく言われるままに反論しないことにする。
「うーん、やはりロリ咲夜の批評を信じたのが間違いのもとだな」
「しかし、魔理沙もまた罪なことを」
「何がだよ」
「いえ、ごめんなさい、何でもないわ。訂正。魔理沙は罪な人間ではなくて、単なる犯罪者だったわね。なにしろ盗っ人だもの」
おおげさにため息をつき、やれやれと首を振るパチュリー。
よほど魔理沙に対する無期限延長の本の貸し出しが気に喰わないらしい。
「犯罪者って言い回しはなんとかならないか? さすがに悪者っぽすぎるぜ」
「うー、遅いわ……」
「確かにここはお客にお茶も出さない悪い図書館だぜ、まったく。まっ、今日のところは我慢するにしても、それよりさ、咲夜の意見は問題か?」
首を何度も出入り口に向け、妙に心配そうな表情のパチュリーだったが、かまわずに話を進めることにする。
何しろ此処の図書館が客の扱いがなっていないのはいつものことで、魔理沙としては慣れているのでたいした問題でもない。
「はぁ――――、魔理沙ね、咲夜の好みの年頃を想像してみなさいよ」
魔理沙に見られていることに気付いて、落ち着きのなかったパチュリーは、諦めたようにまたため息をついた。
「私より年下が好みってことだろ? 何しろロリだし」
「年下で済めばいいけど」
「じゃ、かなり年下?」
「う~ん」
「じゃ、すごく年下?」
「そうねぇ。割る2ってとこ? それとも割る3かも知れないわ」
「割る2? 割る3!!! それって犯罪だぜ」
「うん、身内のこととは言え、立派な犯罪者ね」
「ロリだ、ロリだ、ロリだ、ロリだ、とは思っていたけど、まさかぺドだったとは! 判断を見誤ったぜ。恐るべし、ぺド咲夜」
魔理沙の認識の中で、ロリ咲夜はぺド咲夜へとクラスチェンジを遂げた。
どおりでミルクの香りとか言って興奮するわけだった。
少女趣味とかはよく聞く話だが、まさかの幼女趣味などと言う人種が存在するなんて、魔理沙にとっては衝撃すぎる事実だった。
「はぁ、ペドかぁ、どおりで私が大人とか言う訳だぜ」
丁々発止と遣り合っていた会話が止まり、なんだか中だるみした雰囲気で、二人して黙り込む間が続いた。
静けさの中、魔理沙をちら見して様子を伺っていたパチュリーが何度かためらった後、思い切って立ち上がり、魔理沙の前まで来て腰をかがめ、ぐっと顔を近づけてくる。
視線がぶつかり合い、パチュリーの目が魔理沙の瞳を覗き込んでいるのがわかった。
あまりの接近に魔理沙の胸が少し高鳴った。
「しかし嘆かわしいわね。そんな風に探し廻らなくても、目の前には最良のパートナーがいるのに」
「おっ、おっ、おっ、おぉ~。何だよ、何だよ、何だよ、何だよ、まさか……、そうだったのか――――――――」
いつも何かと魔理沙にだけはつらくあたり毒舌を隠そうともしなかったが、照れて本音が話せないせいだとは、考えもしなかった。
真剣な目をして、遠まわしに想い伝えようとするパチュリーの様子に、魔理沙の胸は高鳴るばかりだった。
「ふっ、ようやく気付いたのかしら? 魔理沙って本当、罪作りだわ」
ささやく声がため息と共に、言葉となって吐き出される。
本当に理解したのか試す様に見詰めていた、魔理沙を釘付けにした視線がそらされる。
魔理沙は手の平に掻いた汗の量から、自分がどれほど身を堅くしていたのかに気付いた。
瞳の圧力から解放され、緊張がほどけた魔理沙は、場を和ますようにことさらに軽い調子で話した。
「そうか、そうか。気が付かなくって済まなかったな。そうか~、これがいわゆるツンデレってやつなのかぁ~。いっつも毒舌で私のことイジメるから、てっきり私のことキライだと思い込んでいたけど、まさかな……。ふっ、パチュリー、お前の愛の告白、確かに受け取ったぜ」
「えっ、愛の告白? 私が?」
「そうだ。パチュリー、私のこと好きなんだろ?」
「誰が魔理沙のこと好きだって?」
「だからパチュリーが」
真剣だがどこか夢見る風だったパチュリーの表情が曇り、眉は八の字型、口はへの字口になる。
いつもの魔理沙を毒舌でやりこめる時の顔に戻り、魔理沙は先ほどとはまた違った意味で身を堅くする。
「はぁ~? どうして私が魔理沙なんかを、好きになんかならないといけないわけ?」
『なんか』が二回入るほど、その事実が気に入らないらしい。
への字の角度が普段より、かなり急なものになっている。
「だって目の前に最良のパートナーがいるとか言ってたじゃないか。私の目の前にはパチュリーがいる。イコール、愛の告白だぜ、オゥケェイ~?」
「NO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ノォウゥゥ?」
「NO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
断固としてNOらしい。
「言葉通りにとらないでよ。ちょっとばかり、いわゆる魔女的言い回しを使ってただけじゃないの。一般論よ、一般論」
一般論を傍目には告白にしか見えない体勢で語らないで欲しい。
「あんまり真剣に語るから、てっきり愛の告白と勘違いしたじゃないか」
目の前に立って、目の前には最良のパートナーとか、誰だって勘違いしそうな言動をとったうえ、魔理沙がドキドキしてしまうほど真剣は顔で瞳を覗き込むなんて迷惑にもほどがある。
あれは反則だぜ、と魔理沙は、まだ強い鼓動の残る胸を押さえる。
「はぁ…………、候補にすら考えてもらえないとは……、かわいそうなものね……」
「また魔女的な言い回しか?」
「じゃ、直接的に言うけど、もう魔理沙はチルノとつきあったらいいわ」
「チルノ? チルノ? チルノか?」
直接的なのは結構だが、どうしてチルノなのだ。
「どうして三回も言う? いい子じゃないの」
「そりゃチルノは目の前って言えば目の前の相手みたいなもんだが……、何しろ外に出たら毎日のように会うしな。犬もあるけばチルノにあたる」
「犬じゃなくて、猫じゃないかしら?」
「ほうっ、ここいらあたりじゃ、そう言うのか? 猫もあるけば棒にあたる」
「まさにチルノ相当」
「失礼にもほどがある」
「じゃあ、橙とかは? 属性が一緒」
「黒くって速いとかか?」
「あら、そんなこと言っていいのかしら? 黒くって速いって言えばリグル。リグルといったらゴ――――」
「言うな!! 一緒にするな!! ゴって言った!! ゴって言った!! 私をあの早くて、わしゃわしゃ動くアレと一緒にした!!!!」
「うるさいわね。じゃあ、みすちー」
「うーん」
魔理沙は唸りながらパチュリーの顔を見詰める。
あきらかな不機嫌顔から普通の、いやむしろ少しだけ口元が緩んでいる。
はっきりとは分かりにくいが魔理沙をイジメて、楽しい気分になっているようだった。
ツンデレを否定していたが、これも歪んだ愛情表現ではないだろうか、と魔理沙は正直なところ疑っている。
「チルノ、橙、みすちーあたりのどこが不満なのかしら?」
「私は⑨か、使い魔か、鳥頭か」
「完全に分類としては同カテゴリーじゃないの。紅魔館図書室調べによると」
「紅魔館の図書室調べって、お前じゃないかっ!!」
変にラインナップとして方向性が固まっているだけに、嫌がらせとして念が入っている。
「魔理沙と見た目的につりあうのを集めてみただけよ」
わざとらしくニヤつくあたりがまた憎らしい。
「見た目でお似合いってのなら、私とパチュリーなんかぴったりだぜ。きっと二人で並んで歩いたら恋人同士とか言われるぜ。絶対」
「どうして私が魔理沙と」
への字口を復活させながら、あからさまなまでの不満さをパチュリー声に込めて来る。
「だってさ、背の高さとか完璧に一致してるじゃないか。しかも、手とか、足の長さとかも一緒だし、胴体の長さも一緒だし。それに知ってるんだぜ? お前と足の寸法まで一緒なんだぜ。ついでに言うと帽子も同サイズだ。調査員小悪魔情報」
「魔理沙はやたらと私にこだわるわね。魔女との恋愛ごっこなんてつまらないわよ」
「いや、忠告してもらって何だけど、現在進行形だが楽しませてもらってる」
「あっ、そっ」
「何だよ。その勝ち誇った顔は?」
「ふっ」
得意のへの字口顔が、急に何かを思いついたのか、めずらしいと言うか魔理沙でも初めてみるような、子供っぽい顔つきになった。
「外見年齢が一緒に見えようが、体の寸法が隅から隅まで一致してようが、いろいろ違いがあったりするものよ」
くぃっ、パチュリーの目線が入り口に動いた。
「どうして魔理沙がいるのよっ。約束と違うじゃないのっ。今日は二人っきりって言ったじゃないのっ」
部屋に入ってきたのはアリスだった。
扉を踏み込み越えるや否や、小走りにまっすぐにパチュリーの元へ小走りに駆けて行って、いきなり噛み付いている。
「どうして魔理沙なんかがいるのっ。と――――――――」
激高するアリスだったが、魔理沙がじっと見ているのに気付くと、あわてたように口元を押さえ、パチュリーの体から距離を取った。
「こんにちわ。魔理沙も来てたのね?」
「手遅れだよ」
にこやかに挨拶するが、いまさら遅い。
『魔理沙なんか』などと言われて、こちらはにこやかに挨拶を返す気にはならない。
「で、何しに来たたわけ?」
魔理沙の態度に、今更の丁寧な態度はすぐに脱ぎ捨てて、嫌そうに問いかけてきた。
「いつもの通りの侵入者よ」
「今日はまともに相談だったじゃないか」
「あ、そうだったっけ?」
「そうだったじゃないか。は~、今日はめずらしくまともだったのにさ」
「そんなことはどうでもいい。魔理沙は只の暇つぶし。どこかの誰かが果たして来るものか、来ないものなのかわからなかったおかげでね」
「私は悪くないわよ。パチュリーが急に会いたいなんて無茶な注文つけるせいよ」
ツンッ、と効果音を付けたくなるぐらい見事に、アリスは頭を振って横を向いた。
アリスが見ていないのをいいことに、パチュリーと魔理沙はニヤニヤ顔で見合った。
二人ともアリスの態度を見て思いつくことは一つだった。
「ツンデレってズルイわよね。ねぇ、魔理沙?」
「何よっ。しかも、よりにもよって私の前でそう言う話するわけ?」
パチュリーは魔理沙に話しかけているのに、アリスが間髪をおかずに反応する。
「あら? 自覚あったわけね」
「ぷぷぷぷっ」
「キッ」
「いや、すまない。話を進めてくれ。是非とも続きが聞きたい」
アリスでも自分がツンデレってことにはさすがに気付いていたようだ。
「で、自覚あるんだ」
「自覚って言うか……、何て言うかね……、過去の自分の行いを振り返ってみると、そうとしか言いようのないことに気付いてしまったと言うか……」
「自覚はありなのね。結構なことだわ」
「何が言いたいのよ」
「別に」
おしゃべりパチュリーは続きを言いたいくせに、アリスを焦らすためにあえて黙り込む。
ほんの一呼吸の間だけで、アリスが焦れているのが目に見えるようだった。
「何よ」
「何でも」
「まぁ何だ。アリス、立ち話もなんだ。座れよ。横空いてるぜ」
ソファーを叩いて、アリスに座るように促した。
アリスは一瞬だけ目が泳いだが、決心したように床を踏み鳴らしながら、どたどたとパチュリーに近付くと、隣に並んで机に寄りかかるように腰を乗せた。
「友人を怒らせてまで言うほどのことでもないし」
アリスが隣に来たのを確認するとパチュリーが口を開く。
「もう怒ってるわよ、十分にね。言いかけて止めるなんて気になってしょうがないじゃないの。どうせ言いたくってウズウズしてるくせに」
こちらも相手のことを良く分かっているようだった。
「アリスの言う通り、ウズウズしてるんだけどね。さすがに長く変な関係続けてきただけあって、よくわかってるわね」
「それはそうよ」
「ふふっ」
「ふふふっ」
うらやましくなりそうな仲の良さだった。
魔理沙はほんの少し、本当にほんの少しだが二人に仲に嫉妬してしまった。
「アリスが決断してくれたおかげで、変な人間関係に悩まされることもなくなってよかったわ」
「パチュリーだって当事者の一員だったはずなのに、随分な発言ね」
「私はアリスがどっちを選ぶかで、どうなるか丸っきり変わる立場だったし」
「だから、どうして決断が私ベースなのよ」
「だって私達は四角関係で、おまけに私は対角の人とはお互いに恋愛感情を持ってなかったわけだし」
「どうして私を見るんだぜ?」
ちらりとアリスの様子を伺うように見た後、パチュリーの目が少しの間だけ魔理沙のほうを見た。
対するアリスは憮然とした表情を隠そうともしない。
「何よ。四角関係って。ふんっ」
「三角を二つ並べると四角になるってこと。誰かさん達が三角関係を二重にやってくれたせいで発生しちゃったのね」
「それは……」
今度はアリスがパチュリーの様子を伺い見た後、一瞬魔理沙に視線を送ってきた。
「言われたら理解したってことは、変な関係だって思ってたわけなのね」
「もういいじゃないの」
「せっかく当事者一同が会してるのに、残念。もっとも役一名は病欠のようだけどね」
「もうっ」
アリスがパチュリーのふくらはぎを、横から足を伸ばして爪先で蹴った。
パチュリーに触れることへの恐怖とためらいに、浮かせた足が震えているのが、魔理沙をドキリとさせた。
「ところでツンデレってずるいわよね?」
「何よ? またその話なの?」
パチュリーはアリスの足の感触に笑った。
うれしくて本当にたまらないと言った、零れるような笑顔だった。
「だってね。普段はツンツンしてて、うれしくなるようなことしてあげても、毒舌で返してくるんだもの」
今度はおかえしとばかりに、パチュリーがアリスの足を蹴る。
ビクッ、と身を震わせるアリス。
「仕方ないじゃないの。なかなか素直に成れないんだもの。そういう性格なんだから仕方ないじゃないの。――――――――だって相手を好きってこと自体が、なんだか恥ずかしいんだから」
唇を突き出すように挑発的にキツイ口調のアリス。
でも足元は違っていて、『触れていいの?』と尋ねるように、パチュリーの足にそっと自分の足を沿わせた。
二人は震えている。
薄い布地越しに相手の温もりを感じてしまい、動けなくなり震えることしか出来ない。
「そんなツンツンの態度で、好きなのを分かれって言うの? そこがズルイって言うの」
「誰にだってツンツンしてるわけじゃないわ。好きな相手だけよ」
「アリスは好きかも知れないけど、ただ嫌われてるとしか思えないじゃない」
「う、うるさいわね。わざとらしいぐらい怒ってみたり、微妙にうれしそうな顔したり、顔赤くしたりとかしてるんだから、脈ありにきまってるでしょ」
口ではなじり合いながらも、顔を染めてアリスとパチュリーは見詰め合っていた。
パチュリーがアリスの態度を確かめるように、太腿を強く押し付けている。
「言われてみればそうだったわね。でも、ズルイ点はまだまだあるわよ。決定を相手にゆだねてるところよ。普段はツンツン態度で事態を自分のいいほうに持っていくくせに、決定的な部分ではリードして欲しいってところなんかね。いつもは『嫌い』みたいな雰囲気だけど本当は好きなの、だからリードして欲しい、素敵なところ見せて欲しい、とか。言葉に出さないけど、物腰で語ってるしね」
「なによ、それ。私のこと嫌いなの?」
「嫌いとかは一言だって言ったりしてないけど?」
「ほとんど悪口じゃないのよ」
「だって仕方がないじゃないの。ツンデレと言うものを真面目に考察した結果の結論なんだから」
そっぽを向きながらアリスは、パチュリーの足の隙間に自分のものを差し入れ、ふくらはぎをすくって持ち上げた。
浮いたパチュリーの足はくるりと動いて、アリスの下側に回り込む。
宙ぶらりんになったアリスは、絡みついてくるパチュリーのすねを足先で抑え込もうとしている。
「ズルイわよね。誰だって安全な時なら強い態度に出たいものよ。ひょっとしたら嫌われるかも知れないって最後の決断の時とか、あぶないことする時には、あなたが選んでって言うのはズルイわ。そういうことする根拠は、自分が好きになった人なんだから、格好いいところが見たいってことだけ」
アリスに押えられたパチュリーのすねが動いたことで、足元までの長い室内着の裾が乱れて、白い肌がちらりと見えた。
「あくまでこれは理論的に考えた結果よ。実際のところは、ツンとした態度もかわいいし、仲良くなったらまるで態度が変わっちゃうのも好きよ」
「ちょ、ちょっと……」
「誰もアリスのこととは言ってない。一般論よ」
まるで鬼ごっこのように二本の足が追いかけっこをしている。
くるくると上になり下になる内に、二人のスカートの裾は捲れ上がって足が完全に露出してしまっている。
でも、そんなことはパチュリーにも、アリスにもどうでもいいことのようだった。
「パチュリーは酷く言うけど、告白したのは私なのよ。ちゃんとパチュリーに好きって最後に伝えて上手くいったのは私のおかげじゃないの」
「あら? そう? でも、ぎりぎりまで様子見してたわよね? 私がこれでもかってぐらい好きっていうのを、言葉に出さないでアピールしたおかげだと思うけど。それにあの時だって、私がアリスの方から言ってくれるのあきらめて、好きって言おうとしたら、ようやく切り出してくれた気がしたけど?」
「それでも私から言ったのよ。パチュリーのことが好きって」
「うん。アリスが言ってくれたわ。私のこと好きだって。うれしかったわ」
素足同士が触れ合っている。
二人の服も擦れ合い、身動きするたびにしゅるしゅると布が鳴っている。
滑らかな白い肌を触れ合わせ、触れられて羞恥に震え、触れることに歓喜する。
アリスとパチュリーが興奮を高めて言っているのが、魔理沙にでも手に取るようにわかった。
「で、今日はどうするのかしら? 私の素敵なツンデレさん?」
「そ、それは」
「また私がきっかけを作ってあげないといけないの?」
パチュリーの手が机を伝ってアリスの元へと進み、小指を絡ませる。
「わかったわよ。私がリードすればいいんでしょ。パチュリーっていっつもそう。そうやって挑発して、私を操ろうとするんだもの。――――――――いいわ。挑発にだって何だって乗ってあげる」
覚悟を決めたアリスはパチュリーの手を強く握り込むと、手を引いてパチュリーを奥へと通じる扉へと進んでいく。
「うんっ…………」
真っ赤になりながらパチュリーは繋いだ手を強く握り返し、大人しく引かれるままアリスに寄り添うように付いて歩いている。
進む先にはパチュリーの寝室がある。
魔理沙は言葉を差し挟むことも出来ず、ずっと見ていることしか出来なかった。
見詰め合う瞳の色や、喜びに震えながら漏らすため息やら、衣擦れの音、絡み合う足の動きにただ魅せられて、息をすることすら出来ずにじっと身を凝らして座っていた。
アリスとパチュリーは恋人同士なのだった。
魔理沙が想像したこともないような関係。
あこがれはあったけども、実際に何をするのかも知らなかった関係。
身を触れ合わせ、視線が重なるだけで、吐息を漏らすことがあるなんて魔理沙は知らなかった。
好きってことは恥ずかしいけど、うれしいってことは知っていた。
一つの好きともう一つの好きが重なると、そんなことよりももっと恥ずかしくなる。
パチュリーとアリスを見ていて、魔理沙はそう思った。
でも、全然嫌じゃない恥ずかしさなんだろう、きっといつかは魔理沙もあんな風になるのだろうと、胸をくすぐったくしながら思った。
「んっ、と」
パチュリーが扉の前で立ち止まり、振り返った
魔理沙のことなんて、完全に忘れてしまったと思っていたが、一応は覚えていてくれたようだ。
「これがツンデレの操縦法よ。よかったら参考にしなさい」
説教っぽくしかめ面してみせるが、いつものパチュリーと違って、照れ隠しだと魔理沙でもわかった。
「あと、それと、飼い主が病気してる間に遊びに出ちゃダメよ。そういう時ぐらいはちゃんと面倒みてあげなさい。寄り道しないで帰るのよ、いい?」
向こうの部屋から首だけを覗かせながら、なおもパチュリーは話し続ける。
よっぽどアリスといるのが恥ずかしいらしい。
そんなパチュリーをアリスが無理に引っぱって、扉を閉じてしまう。
「何がツンデレだよ。自分のほうがよっぽどアリスよりツンデレじゃないか」
閉じられたドアに向かって魔理沙は呟くが、パチュリーには伝わりそうもなかった。
「まっ、いいか。今度は散々こちらがからかってやることにするぜ。何しろパチュリーのやつ、私をだしにしやがったからな。――――――――――っと、カレー喰って帰るとするか」
5.
「ただいま~」
霊夢が起きてしまわないように小声で、そっと襖を開いた。
雨戸が閉められたままの室内は薄暗く、空気が淀んで生暖かかった。
「霊夢起きてるか?」
囁きながら膝で這って、枕元に近付いていった。
「けほっ、ううぅ、けほっけほっ」
一日中咳が出続けていたせいか、咳は弱弱しく、とても掠れて聞こえる。
「霊夢?」
霊夢は横向きに体を丸めるようになって、枕に顔を押し付けて、漏れ出る咳を堪えようとしている。
「おい、大丈夫かよ?」
「うぅ、魔理沙?」
「ああ、私だぜ、大丈夫かよ?」
「はぁ~、ふぅ、まぁ、朝よりはましかも…………」
鼻が詰っているせいか、口を薄く開いて呼吸をしている。
そのせいで喉が乾燥し、結果咳が出ているのだった。
「ちょっと起きれるか? 水汲んできてるから飲めよ。朝から何も飲んでないだろ?」
「だって、体の節が痛くって動けないもの……、つっ」
起き上がろうと肩を動かしただけで、顔をしかめている。
顔が腫れぼったいようになって全体に赤味がさしており、目が潤んでいる。
節々が痛むことを考えると、熱が出ていることは間違いなかった。
「あっ」
「いいから大人しくしとけって」
寝ている霊夢と布団の間に腕を差し込んで、肩を抱え込んで上体を起こすのを助けてやる。
「ほら、水だぞ。ゆっくり飲めよ。喉ここから見ても分かるぐらい腫れてるから、あわてて飲むと噎せるぜ」
ガラスのコップ一杯に汲まれた水を味わいながら転がして、口の中の粘膜を全体的に湿らせ、それから嚥下させている。
霊夢は一口含むごとにコップの淵から顔を離し、丁寧に飲み下していっている。
「はぁ~、ふー」
ため息をつきながらゆっくりと霊夢は水を飲んでいる。
魔理沙はその間に焼酎の入った瓶を手に取ると、手ぬぐいを湿らせていった。
中身を零さないように瓶の口に布を当てて、何度かに分けて傾けて全体を湿らせる。
別の細長く折った手ぬぐいに重ねた。
「言っておくけど、こっちのほうは霊夢に飲ませるためじゃないからな」
「当たり前でしょ。今飲んだら死んじゃうわよ」
「おっ、全部飲んだな。もう一杯飲んどくか?」
「いい」
「枕元に水さしごと置いておくから、小まめに飲んでおけよ。お前熱出てるみたいだしな」
「わかった」
「で、喉も随分腫れてるぜ。扁桃腺の部分がぽっこりしてる」
霊夢は喉に手をあて、横側の腫れた部分を摘んでいる。
「じゃ、これ喉に巻くぜ」
「うん」
十分に焼酎が染みこんだ布で喉を包むようにし、首にくくりつける。
「気持ちいい……」
目を閉じると体の力を抜いて、霊夢は布団に寝転がった。
「ほいっ」
額の上に濡れ手ぬぐいを乗せる魔理沙。
「う」
細目を開ける霊夢。
「熱も出てるしな。こっちも冷たくって気持ちいいだろ」
「うん」
「ははっ、先に台所によって準備してきたんだぜ。おかげで両手一杯、お盆の上も一杯だぜ。バナナあるけど喰うか? 風邪といったらやっぱりバナナだしな」
「今はいい」
「そうか」
再び目を閉じると霊夢は大きく胸の空気を吐き出した。
顔色や体調自体変化はないが、随分と苦しそうだったのが和らいだのか、若干表情から固さが取れている。
寝転んだときの手足の伸ばし方から霊夢がリラックスしているのがわかった。
実際に体調が良くなったわけではないけれど、水を飲んだことと、喉への湿布の冷感で乾いて出てしまう咳が収まったのが良かったのだろう。
吸う息、吐く息がゆったりとなり、一呼吸ごとに唸るようなことも無くなっている。
「ねぇ、魔理沙。どうだったの? 咲夜……」
「あぁ、ちゃんと霊夢をどう面倒みたらいいか聞いてきたぜ。焼酎もバナナも咲夜が持たせてくれたんだぜ。あと、カレーも喰ってきたぜ。ばっちり三杯おかわりしたぜ」
「そうじゃなくって」
「なんだよ」
「上手くいったの? 仕方ないわよね。咲夜、大人っぽいし、綺麗だし、面倒見がいいし。おめでとう魔理沙。咲夜だったら、魔理沙を任せて大丈夫だものね」
「はぁ?」
「ありがとう魔理沙。おかげで元気になったわ。もう帰っていいわよ。せっかく上手くいったんだもの。咲夜のところに行ってあげなさいよ。あ、私だったら大丈夫。魔理沙がしてくれた湿布もあるし、水も小まめに飲むわ。バナナもあるからお腹が空いたら食べるわ」
「まぁ、霊夢が帰っていいって言うなら帰るが」
「魔理沙、咲夜と幸せに。ありがとう魔理沙。ごめんね魔理沙」
「感謝してもらうのは結構だが、どうして咲夜と私が幸せにならないといけないんだぜ?」
魔理沙には霊夢の言っていることが分からなかった。
風邪を引いている霊夢の手当ての仕方を聞いてきたことが、どうして幸せに繋がるのだろうか?
魔理沙は別に咲夜に医術を習うつもり予定はなかった。
「だって……、だって……、魔理沙……、咲夜と恋人に、恋人になっちゃったんでしょ。ううううううぅっ」
「おいおいどうした? 急にうなったりして。ひょっとして苦しくなったのか?」
「な、なんでもない……、うっ、くすっ、ぐすっ、ううううっ、なんでもないっ」
「そ、そうか? そうは見えないがな。で、どうして私が咲夜と恋人になる必要があるんだ?」
「えっ?」
「だからどうして私が咲夜と恋人にならないといけないんだ?」
霊夢の中では、どうやら魔理沙が咲夜と恋人になる必然性のようなものがあるらしい。
もっとも咲夜のストライクゾーンは魔理沙のはるか下に位置するので、その気があったとしても不可能なことだったが。
「だって、うくっ、ううぅ、くすんっ、魔理沙、魔理沙……、朝に咲夜と恋人になってやるって言って出て行ったから。だから魔理沙は咲夜と恋人になってるって…………」
魔理沙はそう言えばと今朝のことを思い返す。
霊夢が魔理沙を未発達呼ばわりして、咲夜ならロリだからお似合いだとか言っていた気がする。
魔理沙もそれに答えて咲夜を恋人にしてやるとか、見得を切って出ていった気がする。
「ぷっ、あはははははっ、くっ、あはははっ、ぷはっ、あはははっ」
「何よ。私なんて道化よ。笑いたいなら笑いなさいよ」
「いや、あははっ、無理っ、咲夜と恋人になるなんて絶対無理っ。知ってるか霊夢? 咲夜ってロリどころかぺドなんだぜ。だから私じゃ大人すぎるらしい。だから恋人とかありえないって」
「は?」
「だから、咲夜は幼女が好きだから、私はお断りだとさ」
「え?」
「だから私と咲夜は恋人同士なんかじゃないってことさ。ま、今朝にあんなこと言って出てったから勘違いしても仕方ないかも知れないが」
笑いが漏れてしまう魔理沙に、霊夢がガバッと勢い良く起こして身を乗り出してくる。
「魔理沙確認なんだけど、あんたと咲夜は付き合ってないのね」
「ああ、付き合ってない。咲夜にはお断りされたが、私には恋人とかまだ無理だぜ。それが今日良くわかったぜ。――――――――――ただ、好きとか仲良くしたいってだけじゃ、恋人としてやっていけないんだぜ、きっと」
紅魔館のキッチンで咲夜と話したこととか、アリスとパチュリーの様子を思い出す。
咲夜の満ち足りた態度に、パチュリー達のやり取り。
「私は全然子供だぜ。恋人とかは当分考えないことにするぜ」
魔理沙はまだまだ子供で、魔理沙の知らない何かがそこにはある。
そういう”何か”が分からない限り、魔理沙に恋は出来そうになかった。
魔理沙には無理に恋人とかを作ることよりも、もっと色々なことを知る必要があるようだった。
「そう」
「ああ」
強く肯く魔理沙を、霊夢が何故だか眩しそうに、うらやましげに見ていた。
「じゃ、私は帰るぜ。それだけ話せるんだったら元気になったってことだろう。明日また見に来るから、大人しくしてるんだぜ」
魔理沙がいると霊夢は変に興奮してしゃべりたがって、一向に寝そうもないので今日のところは引き上げることにする。
一旦元気になったところだが、まだまだ霊夢は本調子には遠そうで、睡眠を十分に取るべきだった。
「あっ、馬鹿っ。もうっ、気が利かないわね。どこの世界に友達が寝てるのに見捨てて帰るやつがいるのよ。普段いっぱいご飯食べさせてやってるんだから、こんな時ぐらい役に立ちなさいってのよ。いい、魔理沙は今日は泊まってくのよ」
「なんだよ、それ。大体霊夢が帰っていいって言ったんじゃないか。だから私は帰るんだぜ。霊夢から言い出したことなんだからな。それにバナナもあるし」
「バナナは関係ないっ。反論は聞かないわ。私は病人なのよ。病人はわがまま言っていいことに昔から決まってるんだからね」
「なんだよ。そんなに饒舌で元気な病人がいるかよ。本当に霊夢はわがままなヤツだぜ」
「でも魔理沙はわがままに付き合ってくれるのよね」
霊夢が寝転がり、魔理沙はそれに合わせるように布団をかけてやる。
とにかく霊夢には一刻も早く、元気になってもらわないとたまったものじゃなかった。
「まぁ、風邪引いてるヤツを放っておくわけには行かないしな」
「ふふふふっ」
「なんだよ。今日の霊夢はおかしいぜ」
「いいからいいから。ふふふっ」
「まったく酒残ってるんじゃないのか」
魔理沙の挑発にも霊夢は、ニコニコと笑うばかりで突っかかってくることもなかった。
「魔理沙もうちょっとこっち来て」
「んん? ああ」
早速わがままが始まったと、魔理沙は顔をしかめる。
「魔理沙……、手……」
「ああ……」
「握ってて……、お願い……、ダメ?」
「別にいいぜ。減るものじゃなし。ただし風邪はうつさないでくれよ」
「馬鹿ね。魔理沙が風邪引くわけないじゃない」
魔理沙の手を握ってくる霊夢の手は、熱のせいか汗で湿っていたが別段不快にも思わない。
「どういう意味だよ」
「ふふふふっ、ごめんね、魔理沙。ねっ、私が寝るまで手繋いでいてくれる?」
「ああ」
「そう。ありがとう…………」
ようやく安心したのか霊夢が大人しく目を閉じた。
枕に頭を預けた霊夢は幸せそうに見えた。
「ありがとう、か……」
魔理沙は霊夢と繋いだ手を見る。
触れているのは手の平同士なのに、胸の奥が甘く、そして少し痛い気がした。
ー了ー
「私に足りないものって何だぜ?」
「脳みそ」
「そ~なのか~、おつむが足りなかったのか~、――――――――――って違うだろ、霊夢。私はルーミアじゃないぜ。私のこと足りない人って思ってたのかよ?」
どうすれば素敵な恋人が作れるか、と話を持ちかけた魔理沙に対して、霊夢の返事はおつむが足りないとのことだった。
しかも、一瞬の間すらおかずに即答で。
「冗談よ、冗談。そりゃ、心の中では三割ほどは思ってなくはないけど」
情け容赦の無い言葉を魔理沙に浴びせ、霊夢は杯を傾け、一息に飲み干した。
「ぷはぁ、なかなかのものだわね~。魔理沙だってやれば、いい酒を探してこれるんじゃないのよ」
相談料代わりにと手土産で酒を持ってきたのだったが、霊夢はすぐさま手をつけて、早くも少々出来上がり始めているようだった。
魔理沙を肴に酒気で頬を赤らめる霊夢に、話が済んでご褒美として渡すのだったと臍を噛むが既に後の祭りで、霊夢は上機嫌に一人勝手にきゃははと笑い転げている有様だった。
「あー、いいぜ、また今度にするぜ。今日は大人しく帰ることにする」
「なにおぉ、私がせっかく相談に乗ってやろうって言うのに逃げる気かぁ~」
「いや、逃げるとかじゃなくって、お前酒が入ってるだろ? 酔っ払ってたらもう話なんて出来ないだろ? 霊夢だって、萃香になんて相談したくないだろ? それと同じことだよ」
「なんだとぉ、よりにもよって萃香扱いする気かぁ」
「ほとんど変りないだろ」
「私が酔っ払ってるって言うのかぁ。酔っ払ってないぉ。こんなの飲んだうちに入らない。酔っ払ってない、酔っ払ってない~。魔理沙ぁ」
「うへっ、酒くさっ。くっつくなって」
「えへへへへへっ」
やたらと上機嫌すぎて、魔理沙にくっついて頬擦り攻撃を仕掛けてくる。
「うへへへぇ~、魔理沙のほっぺぷにぷに~」
普段は何を飲んでも平然として顔色も変らず、酔ってるのか、酔ってないのかも分からない霊夢だったが、さすがに魔理沙の家のその辺に適当にあった飲みさしのものに、実験用のアルコールを混ぜ、甘味をつけるために目薬を入れた配合は強烈すぎたのか、こんなに正体が無くなった霊夢を見たのは初めてだった。
「ほろ~、こぉ~んなにまっすぐあるけるのに、酔っ払ってるだとぉ」
畳の縁に沿って歩いて見せているつもりのようだが、実際には千鳥足で全然関係ない場所をふらふらと動いているだけだった。
魔理沙は特製カクテルの脅威に目を見張る。
うわさの目薬ミックスは強力で、うわばみキラーとして今後十分に通用しそうだった。
少々実験体となった霊夢には可哀想ではあるので、心の中であやまっておくことにした。
もっとも霊夢には一円の得にもならないので、声に出したとしても全く気にしないだろうが。
「魔理沙はね~、そうやって人のこと酔っ払いだとか、アレだことか、コーだとか決め付けるから魔理沙は魔理沙なのよぉ」
意味不明のしつこさはまさに酔っ払いの真骨頂。
まるきゅーなチルノだろうと、鳥頭のみすちーだって、正真正銘の酔漢認定してしまえるほどごきげんなのが今の霊夢だった。
ちなみに酒で酔わせはしたが、魔理沙は一言だって霊夢が酔っ払ってるなんて言ってない。
「私がぁ、相談に乗ってやるって言ってんの。大人しく聞きなさいよぉい」
「わかった、わかったって、聞くってば、聞くから」
今日はもうだめだなとあきらめて、とにかく霊夢を宥めることに専念する。
魔理沙が大人しく縮こまったのを見て、霊夢は満足げにげっぷを一つ吐くと、あぐらを掻いて、瓶のまま口をつけて一気に中身をあおった。
ぐびりぐびりと音を鳴らして、豪快に酒を飲み下す霊夢。
口から零れた分が、喉を伝い降り、襟をべったりと濡らしている。
「ぶは~、げ、げぇ~ぷっ」
全く無茶苦茶だった。
「大体なんで参拝客が来ないのよ。桜の季節なのに、山一面を桜が覆う幻想郷一の名所なのに~。どうして来るのは妖怪ばっかりなのよ。妖怪、妖怪、妖怪、妖怪、宴会、宴会、酒、酒、酒、どうして妖怪ばっかりとか、魔理沙とかしか来ないわけ」
酒が入っている人間の動きとしては割合と鋭く、縁側の外を霊夢は指し示した。
里を見下ろすことの出来る見晴らしのよい桜の下には、緋毛氈が敷かれ、茶道具が置かれている。
後ろを向いて神社を眺めてみれば、周囲一面の山には桜が咲き乱れ、おそらくこの世のものとも思えないほど美しい幻想的な風景が見られるだろう。
今年の春は相当に気合が入っていたのか道具が本格的に用意され、茶碗や茶筅はもちろんのこと、その場で湯を沸かせるように釜、風炉までが置かれていた。
花の下で参拝客に茶が振舞えるように、霊夢が頑張って考えたのだろう。
「どうして里の人達は来てくれないのかな? 私のことキライ? 嫌いだからだと思う? 魔理沙どうやったら、お客さん増えるかな? お賽銭増えるかな? 魔理沙はどう思う?」
今度は泣き始めた。
笑ったり、怒ったり、泣いたりと相当の酒乱だった。
ひょっとしたら霊夢は生まれて初めて本格的に酔っ払って、自分をコントロールできなくなっているのかも知れない。
「ねぇねぇ、弾幕ルール考えてね、幻想郷も平和になってね、里の人も妖怪を恐がらずに出歩けるようになったと思うの。これでお賽銭も山ほどになると思ったのに。ねっ、魔理沙はどう思ってるのよ」
恋愛相談に訪れたはずが、何故か相談者が逆転してしまい、神社の経営相談になってしまっている。
「あー、なんだな。霊夢は頑張ってると思うぜ。ほとんど妖怪に里の人も襲われることもなくなったし。よっぽど変なことしなけりゃ、妖怪に喰われる心配もなくなったしさ」
「じゃ、どうしてよ。どうしてお賽銭増えないのよ。大体前よりも減ってるし」
「う~ん、平和すぎて霊夢の役割が重要視されてないってことなのかなぁ。事変だ、幻想郷が危険だって言ったって、もう里の人には直接関係がなくなって来てるし。里の人は喰うか喰われるかが問題で、霊夢はそれを守ってくれてたから大事にされてたけど、今はそれもないしな。――――――――どわっ、あぶなっ、一升瓶振り回すなって」
前髪をすごい勢いで瓶の底が擦っていく。
魔理沙が顔を引かなかったら確実に顔面に直撃してたに違いなかった。
「なによぉ、私が悪いっての」
「違うってそうじゃないって、ああ、もう~、どう言ったもんだか」
霊夢の酒に焼けたみたいな黒味のある赤顔で上目遣いに睨みつけられると、正直ちびってしまいそうで、瓶を避けなかったらどうなってたかなんて、突っ込む余裕すらない。
「お前はいい人すぎるってことだぜ。妖怪も人間も分けへだけなく付き合うしな。私はいいことだとおもうぜ。でも、普通の人間からしたら、人間なのに人間を特別扱いしないってことは、いざとなったらあてにならないってことだぜ。何しろ妖怪も人間も等価なんだから、理屈無しで人間の味方ってわけじゃないのからな。それって不安なことだと思うぜ」
「う――――っ」
拗ねた子供みたいな顔して、唸る霊夢。
「ある程度平和になって、妖怪の心配もなくなった。むしろ博麗神社のほうが妖怪の出現率が高い。おまけに妖怪を退治する巫女は結構妖怪と仲良しで、いざとなった時にどっちの味方もなるか怪しいもの。そんな環境の神社にわざわざ誰がお賽銭あげにくるか?」
「あたし、がんばって妖怪退治してるのに。巫女の仕事は妖怪退治で、退治して、退治して、退治してるのに~、うっ、うっ、うわ~ん、ひどいよぉ」
ちょっと真面目に質問に答えたら、案外思うところがあったのか、ショックを受けたのか霊夢は大声をあげる。
それでも酒瓶は手放さず、しゃくりあげながら、確実に杯を重ねていくあたりが恐ろしい。
天狗や鬼に比べたら酒量は少ないとはいえ、妖怪級のうわばみ霊夢が酔っ払うと、笑い上戸に泣き上戸、おまけに絡み酒になるとは魔理沙は想像だにしていなかった。
泣いているくせにちっとも悲しそうな雰囲気もなく、座った目をして、ぐびりぐびりと酒瓶を抱え込んでやるあたり、霊夢らしいと言えば霊夢らしい気もする。
「ま、霊夢、なんだ。急用をちょっと思い出したので失礼させてもらうぜ。確か先約があった気がしてきたし。そうだったぜ、家のマツタケの生育具合も気になるし」
「松茸は秋でしょうが」
適当すぎる魔理沙の言い訳に対し、よっぱらっている癖になかなか的確な突っ込み具合だった。
「あたしをこんなにしておいて、どこ行く気なの? 責任とりなさいよぉ」
「や、な、霊夢は酔っ払ってないし、楽しそうに飲んでるし、私はどうやらお邪魔のようだからな」
立ち上がり、さわやかに、にこやかに手を振る魔理沙。
「あたしが酔っ払ってるぅ? どこが酔っ払ってるって、だれが酔っ払ってるってぇ?」
やたらとふらふらの癖に何故だか異様な速度で回り込み、魔理沙の前に立ちふさがる霊夢。
酔っ払って思考能力が無くなっているくせに、どうやら一人で飲むのは嫌なようだった。
絶対に帰さないとばかりに、魔理沙の肩に抱きついて、頭をぐりぐりと押し付けてくる。
服にまで酒を零している霊夢は酒臭いことこの上ない。
しかし、判断力の欠片もなく、まっすぐに歩くことも出来ない癖に、人が帰ろうとすると察知して先回りする能力は何なのだろう?
酔っ払いに共通して会得している能力なだけに、質が悪くて叶わない。
これを極限まで磨いたのが、萃香の能力に違いない。
小さくなって何処までも無限に相手に絡んでいける能力。
アイツはきっと鬼じゃなくって、酔っ払いの権化、究極の形に違いない。
魔理沙は霊夢に絡みつかれて、何故だかそんな結論にいたった。
もっともこの場を逃れるには全く役にはたたないが。
「いや、だから酔っ払ってないって言ってるじゃないか」
「うん、そうなの? それならいいわ。ほらっ、すわるっ」
魔理沙に抱きついたまま、あぐらをかいて座る霊夢。
魔理沙も引き摺られて地面に尻を落とすと、霊夢に腰を抱きすくめられた格好となる。
「そう、あたしは酔っ払ってない、ひっく、まだまだ飲むんだから、そうだ、魔理沙も飲みなさいよ。あんただけ酔わないのはずるいわ。あんただけ、ひっく、平気で、あたしが酔っ払ってたら、酔った隙に何されるかわかったものじゃないし。ううぅ、もっともあたしは酔っ払ってないけど。酔っ払ってないって言ってんの。ほら、んっ」
もはや支離滅裂、意味不明だった。
座っているだけで、頭が左右に揺れて、一秒ごとに揺れ幅を大きくなっていき、地面に近づいているくせに、じーっと魔理沙に視線をすえて、ピタリと焦点が合っているのが不気味だ。
振り子の真ん中に目玉が付いて、揺れているのに視線が何処までも追いかけてきて、しかも目が合ったりしたらかなり嫌だ。
まさに今の霊夢がそんな物体だった。
しかも、抱きかかえられているので、超至近距離。
あまりにも嫌すぎだった。
「ほらっ、飲みなさいよ」
杯を差し出し、魔理沙が受け取るのを今か今かと焦りつく霊夢の表情が険しくなっていく。
「あたしの酒が飲めないっての?」
「いや、霊夢と飲めるなんてうれしぃなぁ」
「そうよね、そうよね、あたしと飲めてうれしいわよね。うんうん」
棒読み口調の魔理沙に、霊夢はまた上機嫌になって、魔理沙に渡そうとしていた酒を飲み干した。
ちらりと目が動き、霊夢が部屋の隅に置かれた、あと二本の瓶にチェックを入れたことを魔理沙は見逃さなかった。
どう考えても、あれを飲み干すまでは、絶対に霊夢は一人酒宴を辞めるつもりはなさそうだった。
あぐらをかいて魔理沙を抱き、腰を引き寄せながら酒を煽る霊夢に、隙は見いだせそうも無い。
まったく私は霊夢専用の芸者じゃないぜと、心の中で愚痴る魔理沙。
だが、そんな思いなど酔っ払い霊夢には通じる訳などなく、魔理沙はついにここに至って、今日は逃げ出すことを諦めた。
「はぁ、今日はもうだめだな。あきらめて霊夢のお守として過ごすことにしよう」
「んっ?」
「いや、別になんでもないぜ」
ため息をつきながら魔理沙は縁側の向こうを眺める。
空気はあたたかく、博麗神社の裏庭は桜で彩られ、空は透き通る青空だった。
霊夢の酒乱でどんよりとした室内の雰囲気とはまるで逆に、外は晴れて桜が咲き乱れ、見事な春の行楽日和だった。
2.
「魔理沙、昨日の話の続きだけどさ」
ぐでんぐでんに正体が無くなるまで飲んでそのまま寝てしまった霊夢だったが、やはりと言うか、当然だと言うべきか、次の日に魔理沙が訪ねてくると、具合を悪くして寝込んでいた。
「うぅ~、さむい~、さむい~、さむいぃ~」
布団に包まって霊夢は呻く。
四月の半ばだとまだ寒い日があるのでしまわずに部屋の隅に畳んであった布団をかぶっても、霊夢は寒気がするのか震えている。
「ううぅ~、毛布まで引っぱりだしてるのに寒い~、う~」
「そりゃ、酔っ払ったまま、風呂も入らずに、腹丸出しで寝てりゃあなぁ」
とか言ってみるが、原因の九割八分ぐらいは魔理沙のせいだった。
何しろ魔理沙特製のうわばみ殺しのスペシャルドリンクを三本も霊夢は丸々開けたのだから。
ちなみに一本が一升瓶入り。合計で三升。
おまけに一緒に飲みたいとか言い出したくせに、意地汚く魔理沙には一滴もよこさなかった。
「うるさいわね。私は酔っ払ってないっての、ううぅ、頭も痛い……」
「まだ、言ってるぜ」
「頭も痛い……」
「そりゃ二日酔いだな」
「二日酔いなんてなるわけないでしょうが、大体酔っ払ってもいないのに。私生まれてこの方酒に酔ったことないんだからね」
酒に酔っ払うということが霊夢はどういう状態なのかを理解していなかったようだ。
酔っ払うのも魔理沙に絡むのも結構だが、まだ夜は寒い季節なのに、布団に入らずにそのまま寝たりするのはやめて欲しい。
霊夢がぶっ倒れたら面倒見るのは魔理沙の役目なのに。
世話係りの迷惑ってものを考えて欲しい。
「ぶえっくしょいいぃっ、うううぅ、ずずずっ、ずるるっ、ううううっ」
鼻をかんだ霊夢は気分が悪いはずなのに、何がうれしいのかちり紙を開いてニヤついて、ぬるぬるの鼻水塗れの面を魔理沙に見せてくる。
一杯出たから見てみろということらしい。
「あ~、わかったわかったって、私が悪かったって、お前は重病だ。もう邪魔したりしないから大人しく寝てろって」
「はぁ~、しんどすぎていきなり寝ろったって寝れないわよ。眠たくなるまであんたの相手しててあげるわよ」
「あー、話してたら余計に眠くならないだろうが」
「馬鹿、風邪ひいたときなんかは、寝ようと思えば思うほど寝れなくなるし、変に身体のつらさを意識して、いらいらして寝れなくなったりするものなの。あっ、魔理沙は風邪ひかないから、わからないか」
「なんだよ、それ、酷いぜ霊夢は」
「酷いのはあんたよ。こっちの気分も知らずに、何が恋人見つけるにはどうしたらいいか、なんていきなり言ってさ」
布団から目だけを覗かせて霊夢が魔理沙を睨んでいる。
今日は自分から話を振ったくせにどうして霊夢が怒っているのかは不明だが、よっぽど具合が悪いのだろう。
「とにかくっ、魔理沙は昨日、どうやったら恋人が出来るとか、誰を相手にしたらいいのかとか、自分はどう見えるか、魅力的があるのとか、かなりしょうもないことを相談してたわよね」
「なんだよ。覚えてたのかよ」
「だから酔っ払ってなかったって散々言ってるじゃない」
どこの世界に、まともな十代半ばの少女が酒を飲んで、同性に酌をさせてご機嫌になるものか。
「魔理沙ね。あんたは面白いヤツだし、案外家事もできるし、馬鹿そうに見えて一応空気は読めるし、一緒にいて楽しいわよ。でも恋愛って考えたら物足らないの。ただいいお友達って感じかしら?」
「褒めてるように見せて褒めてないだろ? 思いっきり恋愛的にはぼろぼろの評価じゃないか。褒め殺しってやつだぜ?」
いくらこっちの方面に疎い魔理沙でも、恋愛対象になるかの話で、いい人とか、いいお友達ってことは決して褒め言葉じゃないことぐらい知っている。
常識で考えて恋人としてどうかを尋ねてお友達でって言うのは、思いっきり面と向かって対象外って言っているのと変わらない。
「馬鹿にしてるぜ」
「そんなことないわよ。容姿で見たら魔理沙って結構かわいいと思う。魔理沙の濃い金色の髪ってくせッ毛だけど、猫っぽい好奇心旺盛な瞳に良く似合ってるし、波打ち具合なんかも、こうなんて言うのかしら、夕暮れ時の黄金色の湖面を思い起こさせてとても素敵だわ。顔だってちょっとバタくさいけど、子供っぽい輪郭にいいアクセントになってて、ちょっとお人形みたいでかわいらしいし。魔理沙はかわいいわよ。ちょっとうらしましくなっちゃうぐらい」
「ふーん、霊夢ってそんな風に私のこと見ててくれたんだぜ」
酷くすねたみたいな顔が、瞬時に緩んでうれしくってニヤついてしまう。
同時に顔が熱く火照っていくのがわかった。
霊夢がかわいい女の子だと見ててくれて、魔理沙はうれしさと照れが入り混じって、なんだか恥ずかしくて胸のあたりがむず痒かった。
わざとらしいぐらいに男の子みたいな態度を取っている魔理沙を、霊夢は女の子として見ててくれたのだ。
「か、あ、うっ、そんな訳ないじゃないのっ、大馬鹿魔理沙。あんたなんて馬で鹿よ。家事してる魔理沙見てて、いいお嫁さんになりそうだとか、そんなこと考えてたとかあるわけないじゃないのっ」
魔理沙が照れたのを見たせいか霊夢も照れ出して、早口でなんだか意味不明なことをしゃべっている。
布団から少しだけ覗いている目元だけでも、顔が赤に染まっているのがはっきりと分かった。
変に長い付き合いなだけに、恥ずかしがってる顔を見せ合うのがくすぐったく、お互い顔も見れない。
「ごほっ、ごほっ」
「興奮しすぎだぜ。私のこと元気つけてくれようってんだろ? 霊夢のこと最高の友達だと思ってるぜ」
この際恥ずかしさついでに、普段ならこっぱずかしくって言えない台詞を吐いてやる。
「最高の友達ね……………。ふっ、調子に乗らないの。確かにかわいいかもとは言ったけど、私から見ての話じゃ断然ないからね。世の中には魔理沙みたいなのが好みだって特異な人がいるのよ。そう………………、そう――――――――――――――、咲夜とか―――――――――――――――――!!!!!
そうよ。咲夜だったらロリだから、魔理沙みたいな未発達ボディが専門だから、魔理沙のことかわいいって言うに違いないって話なのよ」
せっかく魔理沙が究極に恥ずかしい台詞を決めたのに、急にぷりぷりと怒り出す。
「何があっても、たとえ天地が引っくり返ろうと実は魔理沙のことかわいいとか思ってて、魔理沙の横顔こっそり覗き見とかしてたりしたとかって話じゃないからっ」
「あたりまえだろ、そんなの。一体何言ってるんだぜ? こりゃ相当熱があるな。それともアルコールが抜け切ってないせいか、それとも春のせいか? あっ、霊夢は年中頭の中がぬるま湯程度だから、季節が春だって関係ないか」
「人が動けないのをいいことに好き勝手言って~。恋人相談は終了よっ。とっととちいさい子専門の咲夜のところでも行って、恋人にでもしてもらってきたらいいわ。後悔しても知らないからっ」
「咲夜かぁ~」
魔理沙は考えてみる。
現在、魔理沙は棒みたいな手足だし、ぺたんこな胸やお尻をかんがみるに、将来にわたっても一気に成長する可能性は低い。
あまり成長は見込めそうにないと言うのが、冷静に見た実際的なところだろう。
特に胸とか。
でも魔理沙は霊夢にロリッ子認定を受けたが、成長期にある少女だ。
ボンッキュッボンッは無理かも知れないが、背だって、手足だってまだまだ伸びる。
胸とかはダメかもしれないが、きっとすらりとした体つきになるに違いない。
咲夜だって胸のあたりはかなり貧しいが、背が高くって、ほっそりしてキレイだ。
魔理沙だってもうちょっとしたら、ああいう風になる予定だ。
魔理沙を馬鹿にして、霊夢は咲夜の名前を出したが、本当に恋人になってやる。
咲夜はキレイだし、やさしいし、魔理沙を甘やかせてくれる。
皆は知らないかも知れないが、意外と二人は仲良しだ。
恋人にしたら姉妹みたいできっと素敵な感じに違いない。
「あー、わかったぜ。咲夜を恋人にしてやるぜ」
「本気?」
「うん、よく考えてみたら、なかなかナイスなアドバイスだぜ。咲夜をゲットしてやるぜ」
「本気に本気?」
「ああ、元々紅魔館にあるものは全部私の物みたいなものだしな。咲夜も紅魔館の付属物だし、持って帰ったところで問題ないだろう」
「ひょっとして咲夜が好きだったりするの?」
「うーん、まぁ、好きかって言われたら、全然かも知れないんだが。まぁ、恋人にはいいかもって思う」
「もう勝手にしなさいっ。勝手にどこへでも行ったらいいわ。咲夜のとこなんかに行って、食べられちゃったりしても知らないんだから」
ぐるりと魔理沙に背を向けて、霊夢は頭から布団をかぶってしまう。
「なんだよ。霊夢のやつ。こっちこそ知らないぜっ」
霊夢は身動きもしない。
魔理沙が呼びかけても、返事一つしない。
「なんだよ。もう知んないぜ。じゃ、行ってくるぜ」
背を向けて黙り込んだ霊夢に一声かけると、魔理沙は立ち上がった。
布団の中からは篭ったような、乾いた咳がしていた。
3.
「という訳で咲夜。私の恋人になってくれ」
「いきなりねぇ。驚いたわ」
たいして説明もせずに切り出した魔理沙に、咲夜は表情も変えずに料理を続ける。
すでにテーブルの上には切り終わった食材が並べられ、現在咲夜はじゃがいもに手をかけたところだった。
飛び込んできて前置き無しに語り出す魔理沙に慣れているせいか、視線すら動かさずに手元の作業を淀むことなく続けている。
魔理沙は妖精メイドが使うお手伝い用の台に載り、咲夜の手元を覗き込んだ。
小さな妖精メイドが手伝うには料理用の机は背が高すぎるため、台所には乗っかるための台がいつも用意されていて、咲夜のお手伝い担当はこれに載って作業するのだった。
都合よくお手伝い担当がいないのをいいことに、咲夜と頭の高さを合わせるため、魔理沙は台の上立った。
咲夜はナイフの根本を使い、じゃがいもを持っている手と連動させ、するすると器用に話しながら剥いていっている。
「魔理沙は私が好きな訳だ」
「いや、全然」
「いや魔理沙。今、私に告白したばっかりでしょう」
「うん? 私はただ恋人になろうって言っただけだぜ」
「普通はそれを告白っていうのよ」
一個のじゃがいもが剥き終わる。
皮は剥き始めから最後まで、途切れることなく一枚に連なっていた。
「おおっ、じゃがいもに、にんじん、たまねぎ、鶏肉。今晩のご飯は何だ」
「カレーよ」
「お~、カレー。私も食べてっていいか?」
「いいわよ。別に一人ぐらい増えたところでたいして変わらないし。――――で、カレー食べさせたあげる代わりに質問。どうして私を恋人にしようなんて思ったの?」
魔理沙は目を離さずに咲夜の動きをずっと見ているのだが、見ている以上の数がボウルの中に積み上げられていっている。
どうやら魔理沙にも気付かれないように時を止めて作業を進めているようだった。
「咲夜って大人っぽいしさ、見た目もそこそこいいし」
「褒めてるんだかどうだか」
「それにさ、咲夜に恋人になってもらったりしたらさ、毎朝起こしてもらえるだろ? それからご飯の用意してもらって、洗濯してもらって、掃除してもらって、あとお風呂の準備もいいなぁ。自分が何にもしないでお風呂に入れるなんて最高だぜ」
「何か言っていることが怪しくなってきた気がするわ」
「布団も畳んでもらわないといけないし、う~ん、散らかってる部屋の整理もしてもらわないとな。咲夜、整理してくれるのはいいけど、ちゃんと何が何処にあるのか分かるように頼むぜ。そうそう、研究の助手する時は逐一記録を取るようにな。う~ん、咲夜は便利でいいな」
「魔理沙ね。それって恋人にやってもらうことじゃないでしょ? 全部メイドの仕事じゃないの」
「じゃ、メイドでいいや」
咲夜が言うのなら仕方がない。
この際恋人はあきらめて、メイドさんで我慢するとしよう。
咲夜にあれこれ世話を焼いてもらう生活を想像し、魔理沙の夢は膨らむばかりだった。
確かうわさによれば咲夜に頼んだら、何でもめずらしいものを集めてきて来てくれるらしい。
きっと魔理沙のコレクションも一段と立派になることは間違いなかった。
「ほら、ぼーっとしてないで、火を入れるから運んで」
「うわっ、もう終わったのかよ~、早いなぁ~。肉は――――、って、もう終わってるし」
「はやく、はやく」
「へいへい」
そんなに妄想に浸っていたつもりはなかったのだが、咲夜からすれば十分な時間だったらしく、いつの間にやらじゃがいもはもちろんのこと、鶏肉まで見事に切り分けていた。
どうやら紅魔館の流儀では、カレーに入れる肉は鶏肉のようだった。
「鶏肉っ」
「わっ、わっ、わっ、何で私が」
愚痴る暇すら与えてくれず、咲夜は鍋を火にかけてサラダ油を引き、十分に熱を入れたようだ。
「どうして私が」
「ぐずぐす言わないの。働かざる者喰うべからず」
「レミリアはどうなんだよ」
「館の主人っていうのがお嬢様の仕事よ。ちゃんと毎日わがままを言って困らせてくれてるわ」
「それって仕事なのか?」
じゅーじゅーと肉の焼ける音が鳴ると、いい匂いがキッチンに広まった。
紅魔館のキッチンは屋敷全体の作りに反して光に溢れている。
春先の眠たくなるような午後の日差しが入り、なんとものどかな雰囲気だった。
咲夜も料理を続けながら鼻歌を歌っている。
昼の日差しの中の咲夜は、夜の重たい鈍色のイメージとは異なって見える。
「カレーはこの国のが一番よね」
「ここに伝えたのって、咲夜のとこじゃなかったっけ?」
「そうよ。発祥はウチじゃないけど、欧風に改良して伝えたのは確かね。でもね、やっぱりウチの国の食べ物ってあれじゃない? 名物とか言ったら白身の魚とポテトをあげたのとかだし」
「そう卑下するなよ。どろどろの茶色いオートミールとかあるじゃないか。あっ、あとトマトの丸焼きとかもあるし」
「ああっ、恥ずかしくなるからそれ以上言わないで」
鶏に火が通り、野菜を入れていく咲夜。
魔理沙も大人しく言われるままテーブルから鍋までを何度も往復して、ボウル一杯のたまねぎや、にんじんを運んだ。
「カレーぐらいはウチの国にしては、そこそこいい物と思ってたのに……。私の国がめずらしく他所に紹介できるものだと思ってたのに……。密かに自慢に思ってたりしたのよ。もちろん発明したのは私達じゃないけど」
「ふむふむ」
「ここに来てみたら全然違う食べ物になってて、おまけにすごくおいしくなってたりするんだもの。ずるいわ」
「ふ~ん、どおりで私達と同じカレーの作り方をしてるわけだ」
故郷の食べ物によほどコンプレックスがあるのか、一言一言妙に力を込め、咲夜は気色ばんでいる。
たまねぎが見る間に透き通っていく。
それでもまだ水は入れないで炒め続けている。
「あっ、これね。飴色になるまで炒めるのよ。その方が甘みがでるから。色々やり方はあるかもしれないけど、たまねぎはそれこそどろどろになるまで炒めて、元の味がわからなくなるぐらいにしないと、食べてくれないのよ」
「なるほどなぁ。たまねぎってあんまり火が通ってないと辛いもんなぁ。私もたまねぎは生じゃ食べれないぜ。あっ、そういえば咲夜ってたまねぎ食べれるのか?」
「私は生でも平気よ。どこかのお子様方とは違って」
「嘘だろ。咲夜死んじゃうぜ、かわいそう。消化する酵素持ってないのに」
「刺されたいようね」
「冗談、冗談。しかし酵素持ってないって言っただけで、犬のことってよくわかったな。意識しすぎじゃないか? おっと、それよりルー使ってるぜ。しかもこれは、りんごとハチミツのやつじゃないか」
「そうなのよ。スパイスにも凝って本格的なのつくってみたりもしたのよ。ナンでつけて食べるようなのをね。でも紅魔館じゃ、りんごとハチミツのルーが一番人気。最終的にはそればっかりになっちゃったのよね」
「へぇ~、私もそれ好きだぜ」
話題反らしに上手く咲夜は乗ってくれたようだった。
「お嬢様もこれなら食べてくれるのよ。きっと甘口なところがいいのね。メイド達もみんな口がお子様だから、甘いカレーが大好きなのよ」
「あのレミリアがカレーを食べるのか~」
どこか気取ったところのあるレミリアが、口の周りにご飯つぶをつけながら、カレーをスプーンですくっている図を思い浮かべると、なかなかに微笑ましいものがある。
「でもね、お嬢様が本当に子供らしい笑顔になって、必死になっておかわりするのを見てると、細かいことなんてどうでも良くなって、作ったものをただおいしく食べてもらえるだけで幸せな気持ちになれるのよ」
咲夜は心から満ちたりた表情をしている。
ただ世話をするだけで他に何もいらないほど幸せとは、どういうことなのだろうか?
魔理沙には全く理解できないことだった。
想像するに、紅魔館こそが咲夜の居場所であり、家族であること。
ここにいるだけで幸せなことは確実なようだった。
こんな満ち足りた咲夜に恋人などは必要ないのかも知れない。
別に本気で恋人になって欲しいとか思いはしなかったが、魔理沙はあんまり咲夜が幸せそうなので、少しさみしい気持ちになってしまった。
「ふう~、ご苦労様。ここまで来たら後はルーを入れるだけよ」
咲夜は炒めた具材に水を入れると鍋に蓋をした。
「少し疲れたかしら? 慣れない事をしたものね」
「どうしてだぜ? そんなことないぜ」
「あら、そう? それならいいわ。何かしょんぼりしてたから。ふふっ、じゃあ、ちょっと休憩しましょうか」
咲夜は腕に手を沿え、魔理沙を椅子のあるところまでつれてくると座らせた。
「じゃあ、お手伝いをしてくれた人にはご褒美をあげないとね」
「そんなのいいよ」
「いいから、いいから、役得よ。メイド達にもご褒美目当てで人気のお仕事なのよ、料理のお手伝いはね。はい、どうぞ」
カップとクッキーの入った皿が魔理沙の前に出された。
紅魔館定番の紅茶とは異なる飲み物が入っている。
「熱いから気をつけてね」
カップの中にはミルクが入っている。
いつものように図書館で飲む紅茶と違い、野菜と肉のいい匂いの篭ったキッチンで飲むホットミルクは、何処か懐かしい感じがする。
「熱っ」
「だから気をつけてって言ってるのに」
「わかってるって」
予想に反してホットミルクはとても熱くて、舌がひりひりする。
火傷してしまった舌を出して、顔をしかめてみたりする。
ミルクには何か入っているらしく、とても甘くて、胸がほんわりとした気持ちになった。
あまりにおいしくって、また魔理沙は少し悲しくなった。
「ハチミツを入れているのよ。ミルクだけでもいいけど、ちょっとだけアクセントにね」
驚いた顔を見せた魔理沙に、いたずらっぽく咲夜はウインクしてみせた。
「おいしいな」
「メイド達も好きなのよ」
「なぁ、咲夜。私ってどうだ?」
唐突な話の転換に今度は咲夜が驚いた顔を見せた。
「いきなりねぇ」
「咲夜が私の恋人になってくれないのはわかったけどさ。咲夜の目から見てどうかなぁ? とか。いわゆる興味本位と言うやつだぜ」
「ん~、明日の晩御飯は鶏スープかしら?」
何故だか魔理沙の膝のあたりを食い入るように見る咲夜。
「あとは……、そうね。スープだけだとなんだし、鳩のパイがいいかしら?」
今度は胸元に視線が移動してきた。
「はぁ? どうして私のこと聞いているのに晩ご飯なんだぜ?」
「いや、ねぇ。魔理沙の足見てたら鶏ガラ思い出しちゃて、スープとったらおいしそうだとか思っちゃたのよ」
「なんてやつだ。お前のとこの門番じゃあるまいし、人をおいしそうとか」
「ん? 女の子が女の子見ておいしそうとか思うのって当然じゃないの!!!」
「ん? ? ? ? ?」
「ごめんごめん。よくわからなかったのね」
よくわからないことを言う咲夜。
なんだか意味がわからないが、微妙に困った顔をして咲夜は笑っている。
「あんまりイジメないでくれよ。ただでさえ周りは酷い連中ばっかりなのにさ。咲夜ぐらいだぜ、普通にやさしくしてくれるの」
「ふふっ、ごめんね。そんなに魔理沙って酷い目に合ってたかしら?」
「ああ、霊夢とか、アリスとか、パチュリーとか、みんな口が悪くってさ、会うたびに悪口言われるんだぜ。とんでもない連中だぜ」
「陰で言われるよりはいいんじゃないの? 面と向かって言って友達でいられるってことは魔理沙を信用してるからよ。もっとも――――」
「もっとも?」
「たぶん酷い目に合わせているのは魔理沙のほうだって、皆絶対に言うと思うけど」
「なんだよ、それ。咲夜もイジメっこだぜ」
ふくれっ面をした魔理沙と、今にも噴き出しそうな咲夜と目があった。
魔理沙は今まで見せたことのないような咲夜の表情に、視線を動かすことも出来ずにただ見詰めていることしか出来なかった。
「ねっ、魔理沙。私が好きなのはね、このミルクみたいなものかな? 甘いミルクに、ハチミツをたらしてう~んと甘くしたもの。甘くて甘くてたまらないもの」
咲夜は魔理沙から目を離すと、真面目な顔になった。
「魔理沙はね、まだミルクなの。でもほんの少しだけ、コーヒーが混ざった感じかな?」
「よくわかんないぜ」
「コーヒーだけだと飲めないけど、ミルクに入れると甘みと苦味の混じった味になる」
「何の話だぜ」
手で魔理沙を制する咲夜。
「コーヒーには至らない。でもミルクにハチミツは卒業している。コーヒーとミルクの真ん中の味」
「咲夜の好みはハチミツとミルクなんだよな?」
「魔理沙はね、少女なの。完全に子供でもなく、完全に大人でもない、丁度真ん中。ミルクの甘さの中に、少しだけコーヒーの苦味が入ったようなもの。大人の味ってところかな?」
「大人の味?」
「そうね。私の好みからしたら、魔理沙は大人ってことなのかしらね。さて――――――――、そろそろルーを入れる時間かしらね」
話を切って立ち上がる咲夜。
ことんっ、とテーブルに置いたカップは丁度空。
向かいに座っていた魔理沙も手の中を覗き込むと、丁度ミルクがなくなって底が見えていた。
4.
「酔っ払い」
「いや、酔っ払ってない」
「魔理沙は間違いなく酔ってる」
「だから、酔っ払ってないって」
霊夢じゃあるまいし、まっ昼間から酔っ払う訳がない。
「ご期待に添えなくて残念だが、酒を飲んでるわけじゃないぜ」
いくら毒舌が売りみたいなパチュリーのことだとは言え、魔理沙の肉体をどう思うか質問しただけで、酔っ払い扱いはどうかと思う。
「酔っ払ってない?」
「間違いなく正気だ」
「ふ~ん、正気の人間が部屋に入ってくるなり挨拶もせず、『私ってセクシーか?』とかポーズとったりするんだ」
「っ、うっ、それは……」
言われてみたら、どう考えても真っ当な人間のする行為ではなかった。
魔理沙としてはめずらしく自らの行為を恥じた。
「まぁ、春だし……」
「頭が残念な人みたいに言うなよ」
「ついに魔理沙にも頭が春が伝染したのね。さようなら魔理沙」
急に遠い目になるパチュリー。
「だから人を年中頭がホカホカした人みたいな扱いするなって、霊夢じゃあるまいし」
「あっ、伝染するってことは、温かい頭って病気なのね。魔理沙、人にうつす前に帰って」
「おいおい、今日は饒舌な上に、やたらとハイテンションだなぁ。ひょっとしてお前の方こそ酔ってるんじゃないだろうな?」
いつも眠たげに垂れ下がっている目が大きく、驚いたように見開かれる。
「酔っ払ってないけど、酔ってるのかも、私……」
意味不明だった。
予想外に頭が春は伝染性が強いらしい。
感染源と四六始終一緒にいる魔理沙としては、十分に気をつける必要がありそうだった。
「で、何の用かしら?」
仕切り直すようにパチュリーは咳払いし、椅子に腰掛ける。
魔理沙も何時までも立ち話もなんだと思い、向かいのソファーに腰を下ろした。
「で、何なの?」
「いや、な。実は霊夢の薦めで、恋人にするために咲夜のところに来たら、咲夜には私は色気がむんむん過ぎてお断りらしい。霊夢の話だと、咲夜なら私が好みのストライクゾーンの真ん中に来るはずだから、きっといい恋人同士になるだろうってことらしかったんだけど」
「咲夜に? 正気? それで『私ってセクシーか?』になるわけ?」
「いや、それはもう言わないでくれ。さすがに恥ずかしい」
「魔理沙にも恥ずかしいと感じる神経があったなんて、意外」
いつも以上の酷い言われようだった。
が、魔理沙としても、さすがにアレは無かったと反省しているので、大人しく言われるままに反論しないことにする。
「うーん、やはりロリ咲夜の批評を信じたのが間違いのもとだな」
「しかし、魔理沙もまた罪なことを」
「何がだよ」
「いえ、ごめんなさい、何でもないわ。訂正。魔理沙は罪な人間ではなくて、単なる犯罪者だったわね。なにしろ盗っ人だもの」
おおげさにため息をつき、やれやれと首を振るパチュリー。
よほど魔理沙に対する無期限延長の本の貸し出しが気に喰わないらしい。
「犯罪者って言い回しはなんとかならないか? さすがに悪者っぽすぎるぜ」
「うー、遅いわ……」
「確かにここはお客にお茶も出さない悪い図書館だぜ、まったく。まっ、今日のところは我慢するにしても、それよりさ、咲夜の意見は問題か?」
首を何度も出入り口に向け、妙に心配そうな表情のパチュリーだったが、かまわずに話を進めることにする。
何しろ此処の図書館が客の扱いがなっていないのはいつものことで、魔理沙としては慣れているのでたいした問題でもない。
「はぁ――――、魔理沙ね、咲夜の好みの年頃を想像してみなさいよ」
魔理沙に見られていることに気付いて、落ち着きのなかったパチュリーは、諦めたようにまたため息をついた。
「私より年下が好みってことだろ? 何しろロリだし」
「年下で済めばいいけど」
「じゃ、かなり年下?」
「う~ん」
「じゃ、すごく年下?」
「そうねぇ。割る2ってとこ? それとも割る3かも知れないわ」
「割る2? 割る3!!! それって犯罪だぜ」
「うん、身内のこととは言え、立派な犯罪者ね」
「ロリだ、ロリだ、ロリだ、ロリだ、とは思っていたけど、まさかぺドだったとは! 判断を見誤ったぜ。恐るべし、ぺド咲夜」
魔理沙の認識の中で、ロリ咲夜はぺド咲夜へとクラスチェンジを遂げた。
どおりでミルクの香りとか言って興奮するわけだった。
少女趣味とかはよく聞く話だが、まさかの幼女趣味などと言う人種が存在するなんて、魔理沙にとっては衝撃すぎる事実だった。
「はぁ、ペドかぁ、どおりで私が大人とか言う訳だぜ」
丁々発止と遣り合っていた会話が止まり、なんだか中だるみした雰囲気で、二人して黙り込む間が続いた。
静けさの中、魔理沙をちら見して様子を伺っていたパチュリーが何度かためらった後、思い切って立ち上がり、魔理沙の前まで来て腰をかがめ、ぐっと顔を近づけてくる。
視線がぶつかり合い、パチュリーの目が魔理沙の瞳を覗き込んでいるのがわかった。
あまりの接近に魔理沙の胸が少し高鳴った。
「しかし嘆かわしいわね。そんな風に探し廻らなくても、目の前には最良のパートナーがいるのに」
「おっ、おっ、おっ、おぉ~。何だよ、何だよ、何だよ、何だよ、まさか……、そうだったのか――――――――」
いつも何かと魔理沙にだけはつらくあたり毒舌を隠そうともしなかったが、照れて本音が話せないせいだとは、考えもしなかった。
真剣な目をして、遠まわしに想い伝えようとするパチュリーの様子に、魔理沙の胸は高鳴るばかりだった。
「ふっ、ようやく気付いたのかしら? 魔理沙って本当、罪作りだわ」
ささやく声がため息と共に、言葉となって吐き出される。
本当に理解したのか試す様に見詰めていた、魔理沙を釘付けにした視線がそらされる。
魔理沙は手の平に掻いた汗の量から、自分がどれほど身を堅くしていたのかに気付いた。
瞳の圧力から解放され、緊張がほどけた魔理沙は、場を和ますようにことさらに軽い調子で話した。
「そうか、そうか。気が付かなくって済まなかったな。そうか~、これがいわゆるツンデレってやつなのかぁ~。いっつも毒舌で私のことイジメるから、てっきり私のことキライだと思い込んでいたけど、まさかな……。ふっ、パチュリー、お前の愛の告白、確かに受け取ったぜ」
「えっ、愛の告白? 私が?」
「そうだ。パチュリー、私のこと好きなんだろ?」
「誰が魔理沙のこと好きだって?」
「だからパチュリーが」
真剣だがどこか夢見る風だったパチュリーの表情が曇り、眉は八の字型、口はへの字口になる。
いつもの魔理沙を毒舌でやりこめる時の顔に戻り、魔理沙は先ほどとはまた違った意味で身を堅くする。
「はぁ~? どうして私が魔理沙なんかを、好きになんかならないといけないわけ?」
『なんか』が二回入るほど、その事実が気に入らないらしい。
への字の角度が普段より、かなり急なものになっている。
「だって目の前に最良のパートナーがいるとか言ってたじゃないか。私の目の前にはパチュリーがいる。イコール、愛の告白だぜ、オゥケェイ~?」
「NO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ノォウゥゥ?」
「NO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
断固としてNOらしい。
「言葉通りにとらないでよ。ちょっとばかり、いわゆる魔女的言い回しを使ってただけじゃないの。一般論よ、一般論」
一般論を傍目には告白にしか見えない体勢で語らないで欲しい。
「あんまり真剣に語るから、てっきり愛の告白と勘違いしたじゃないか」
目の前に立って、目の前には最良のパートナーとか、誰だって勘違いしそうな言動をとったうえ、魔理沙がドキドキしてしまうほど真剣は顔で瞳を覗き込むなんて迷惑にもほどがある。
あれは反則だぜ、と魔理沙は、まだ強い鼓動の残る胸を押さえる。
「はぁ…………、候補にすら考えてもらえないとは……、かわいそうなものね……」
「また魔女的な言い回しか?」
「じゃ、直接的に言うけど、もう魔理沙はチルノとつきあったらいいわ」
「チルノ? チルノ? チルノか?」
直接的なのは結構だが、どうしてチルノなのだ。
「どうして三回も言う? いい子じゃないの」
「そりゃチルノは目の前って言えば目の前の相手みたいなもんだが……、何しろ外に出たら毎日のように会うしな。犬もあるけばチルノにあたる」
「犬じゃなくて、猫じゃないかしら?」
「ほうっ、ここいらあたりじゃ、そう言うのか? 猫もあるけば棒にあたる」
「まさにチルノ相当」
「失礼にもほどがある」
「じゃあ、橙とかは? 属性が一緒」
「黒くって速いとかか?」
「あら、そんなこと言っていいのかしら? 黒くって速いって言えばリグル。リグルといったらゴ――――」
「言うな!! 一緒にするな!! ゴって言った!! ゴって言った!! 私をあの早くて、わしゃわしゃ動くアレと一緒にした!!!!」
「うるさいわね。じゃあ、みすちー」
「うーん」
魔理沙は唸りながらパチュリーの顔を見詰める。
あきらかな不機嫌顔から普通の、いやむしろ少しだけ口元が緩んでいる。
はっきりとは分かりにくいが魔理沙をイジメて、楽しい気分になっているようだった。
ツンデレを否定していたが、これも歪んだ愛情表現ではないだろうか、と魔理沙は正直なところ疑っている。
「チルノ、橙、みすちーあたりのどこが不満なのかしら?」
「私は⑨か、使い魔か、鳥頭か」
「完全に分類としては同カテゴリーじゃないの。紅魔館図書室調べによると」
「紅魔館の図書室調べって、お前じゃないかっ!!」
変にラインナップとして方向性が固まっているだけに、嫌がらせとして念が入っている。
「魔理沙と見た目的につりあうのを集めてみただけよ」
わざとらしくニヤつくあたりがまた憎らしい。
「見た目でお似合いってのなら、私とパチュリーなんかぴったりだぜ。きっと二人で並んで歩いたら恋人同士とか言われるぜ。絶対」
「どうして私が魔理沙と」
への字口を復活させながら、あからさまなまでの不満さをパチュリー声に込めて来る。
「だってさ、背の高さとか完璧に一致してるじゃないか。しかも、手とか、足の長さとかも一緒だし、胴体の長さも一緒だし。それに知ってるんだぜ? お前と足の寸法まで一緒なんだぜ。ついでに言うと帽子も同サイズだ。調査員小悪魔情報」
「魔理沙はやたらと私にこだわるわね。魔女との恋愛ごっこなんてつまらないわよ」
「いや、忠告してもらって何だけど、現在進行形だが楽しませてもらってる」
「あっ、そっ」
「何だよ。その勝ち誇った顔は?」
「ふっ」
得意のへの字口顔が、急に何かを思いついたのか、めずらしいと言うか魔理沙でも初めてみるような、子供っぽい顔つきになった。
「外見年齢が一緒に見えようが、体の寸法が隅から隅まで一致してようが、いろいろ違いがあったりするものよ」
くぃっ、パチュリーの目線が入り口に動いた。
「どうして魔理沙がいるのよっ。約束と違うじゃないのっ。今日は二人っきりって言ったじゃないのっ」
部屋に入ってきたのはアリスだった。
扉を踏み込み越えるや否や、小走りにまっすぐにパチュリーの元へ小走りに駆けて行って、いきなり噛み付いている。
「どうして魔理沙なんかがいるのっ。と――――――――」
激高するアリスだったが、魔理沙がじっと見ているのに気付くと、あわてたように口元を押さえ、パチュリーの体から距離を取った。
「こんにちわ。魔理沙も来てたのね?」
「手遅れだよ」
にこやかに挨拶するが、いまさら遅い。
『魔理沙なんか』などと言われて、こちらはにこやかに挨拶を返す気にはならない。
「で、何しに来たたわけ?」
魔理沙の態度に、今更の丁寧な態度はすぐに脱ぎ捨てて、嫌そうに問いかけてきた。
「いつもの通りの侵入者よ」
「今日はまともに相談だったじゃないか」
「あ、そうだったっけ?」
「そうだったじゃないか。は~、今日はめずらしくまともだったのにさ」
「そんなことはどうでもいい。魔理沙は只の暇つぶし。どこかの誰かが果たして来るものか、来ないものなのかわからなかったおかげでね」
「私は悪くないわよ。パチュリーが急に会いたいなんて無茶な注文つけるせいよ」
ツンッ、と効果音を付けたくなるぐらい見事に、アリスは頭を振って横を向いた。
アリスが見ていないのをいいことに、パチュリーと魔理沙はニヤニヤ顔で見合った。
二人ともアリスの態度を見て思いつくことは一つだった。
「ツンデレってズルイわよね。ねぇ、魔理沙?」
「何よっ。しかも、よりにもよって私の前でそう言う話するわけ?」
パチュリーは魔理沙に話しかけているのに、アリスが間髪をおかずに反応する。
「あら? 自覚あったわけね」
「ぷぷぷぷっ」
「キッ」
「いや、すまない。話を進めてくれ。是非とも続きが聞きたい」
アリスでも自分がツンデレってことにはさすがに気付いていたようだ。
「で、自覚あるんだ」
「自覚って言うか……、何て言うかね……、過去の自分の行いを振り返ってみると、そうとしか言いようのないことに気付いてしまったと言うか……」
「自覚はありなのね。結構なことだわ」
「何が言いたいのよ」
「別に」
おしゃべりパチュリーは続きを言いたいくせに、アリスを焦らすためにあえて黙り込む。
ほんの一呼吸の間だけで、アリスが焦れているのが目に見えるようだった。
「何よ」
「何でも」
「まぁ何だ。アリス、立ち話もなんだ。座れよ。横空いてるぜ」
ソファーを叩いて、アリスに座るように促した。
アリスは一瞬だけ目が泳いだが、決心したように床を踏み鳴らしながら、どたどたとパチュリーに近付くと、隣に並んで机に寄りかかるように腰を乗せた。
「友人を怒らせてまで言うほどのことでもないし」
アリスが隣に来たのを確認するとパチュリーが口を開く。
「もう怒ってるわよ、十分にね。言いかけて止めるなんて気になってしょうがないじゃないの。どうせ言いたくってウズウズしてるくせに」
こちらも相手のことを良く分かっているようだった。
「アリスの言う通り、ウズウズしてるんだけどね。さすがに長く変な関係続けてきただけあって、よくわかってるわね」
「それはそうよ」
「ふふっ」
「ふふふっ」
うらやましくなりそうな仲の良さだった。
魔理沙はほんの少し、本当にほんの少しだが二人に仲に嫉妬してしまった。
「アリスが決断してくれたおかげで、変な人間関係に悩まされることもなくなってよかったわ」
「パチュリーだって当事者の一員だったはずなのに、随分な発言ね」
「私はアリスがどっちを選ぶかで、どうなるか丸っきり変わる立場だったし」
「だから、どうして決断が私ベースなのよ」
「だって私達は四角関係で、おまけに私は対角の人とはお互いに恋愛感情を持ってなかったわけだし」
「どうして私を見るんだぜ?」
ちらりとアリスの様子を伺うように見た後、パチュリーの目が少しの間だけ魔理沙のほうを見た。
対するアリスは憮然とした表情を隠そうともしない。
「何よ。四角関係って。ふんっ」
「三角を二つ並べると四角になるってこと。誰かさん達が三角関係を二重にやってくれたせいで発生しちゃったのね」
「それは……」
今度はアリスがパチュリーの様子を伺い見た後、一瞬魔理沙に視線を送ってきた。
「言われたら理解したってことは、変な関係だって思ってたわけなのね」
「もういいじゃないの」
「せっかく当事者一同が会してるのに、残念。もっとも役一名は病欠のようだけどね」
「もうっ」
アリスがパチュリーのふくらはぎを、横から足を伸ばして爪先で蹴った。
パチュリーに触れることへの恐怖とためらいに、浮かせた足が震えているのが、魔理沙をドキリとさせた。
「ところでツンデレってずるいわよね?」
「何よ? またその話なの?」
パチュリーはアリスの足の感触に笑った。
うれしくて本当にたまらないと言った、零れるような笑顔だった。
「だってね。普段はツンツンしてて、うれしくなるようなことしてあげても、毒舌で返してくるんだもの」
今度はおかえしとばかりに、パチュリーがアリスの足を蹴る。
ビクッ、と身を震わせるアリス。
「仕方ないじゃないの。なかなか素直に成れないんだもの。そういう性格なんだから仕方ないじゃないの。――――――――だって相手を好きってこと自体が、なんだか恥ずかしいんだから」
唇を突き出すように挑発的にキツイ口調のアリス。
でも足元は違っていて、『触れていいの?』と尋ねるように、パチュリーの足にそっと自分の足を沿わせた。
二人は震えている。
薄い布地越しに相手の温もりを感じてしまい、動けなくなり震えることしか出来ない。
「そんなツンツンの態度で、好きなのを分かれって言うの? そこがズルイって言うの」
「誰にだってツンツンしてるわけじゃないわ。好きな相手だけよ」
「アリスは好きかも知れないけど、ただ嫌われてるとしか思えないじゃない」
「う、うるさいわね。わざとらしいぐらい怒ってみたり、微妙にうれしそうな顔したり、顔赤くしたりとかしてるんだから、脈ありにきまってるでしょ」
口ではなじり合いながらも、顔を染めてアリスとパチュリーは見詰め合っていた。
パチュリーがアリスの態度を確かめるように、太腿を強く押し付けている。
「言われてみればそうだったわね。でも、ズルイ点はまだまだあるわよ。決定を相手にゆだねてるところよ。普段はツンツン態度で事態を自分のいいほうに持っていくくせに、決定的な部分ではリードして欲しいってところなんかね。いつもは『嫌い』みたいな雰囲気だけど本当は好きなの、だからリードして欲しい、素敵なところ見せて欲しい、とか。言葉に出さないけど、物腰で語ってるしね」
「なによ、それ。私のこと嫌いなの?」
「嫌いとかは一言だって言ったりしてないけど?」
「ほとんど悪口じゃないのよ」
「だって仕方がないじゃないの。ツンデレと言うものを真面目に考察した結果の結論なんだから」
そっぽを向きながらアリスは、パチュリーの足の隙間に自分のものを差し入れ、ふくらはぎをすくって持ち上げた。
浮いたパチュリーの足はくるりと動いて、アリスの下側に回り込む。
宙ぶらりんになったアリスは、絡みついてくるパチュリーのすねを足先で抑え込もうとしている。
「ズルイわよね。誰だって安全な時なら強い態度に出たいものよ。ひょっとしたら嫌われるかも知れないって最後の決断の時とか、あぶないことする時には、あなたが選んでって言うのはズルイわ。そういうことする根拠は、自分が好きになった人なんだから、格好いいところが見たいってことだけ」
アリスに押えられたパチュリーのすねが動いたことで、足元までの長い室内着の裾が乱れて、白い肌がちらりと見えた。
「あくまでこれは理論的に考えた結果よ。実際のところは、ツンとした態度もかわいいし、仲良くなったらまるで態度が変わっちゃうのも好きよ」
「ちょ、ちょっと……」
「誰もアリスのこととは言ってない。一般論よ」
まるで鬼ごっこのように二本の足が追いかけっこをしている。
くるくると上になり下になる内に、二人のスカートの裾は捲れ上がって足が完全に露出してしまっている。
でも、そんなことはパチュリーにも、アリスにもどうでもいいことのようだった。
「パチュリーは酷く言うけど、告白したのは私なのよ。ちゃんとパチュリーに好きって最後に伝えて上手くいったのは私のおかげじゃないの」
「あら? そう? でも、ぎりぎりまで様子見してたわよね? 私がこれでもかってぐらい好きっていうのを、言葉に出さないでアピールしたおかげだと思うけど。それにあの時だって、私がアリスの方から言ってくれるのあきらめて、好きって言おうとしたら、ようやく切り出してくれた気がしたけど?」
「それでも私から言ったのよ。パチュリーのことが好きって」
「うん。アリスが言ってくれたわ。私のこと好きだって。うれしかったわ」
素足同士が触れ合っている。
二人の服も擦れ合い、身動きするたびにしゅるしゅると布が鳴っている。
滑らかな白い肌を触れ合わせ、触れられて羞恥に震え、触れることに歓喜する。
アリスとパチュリーが興奮を高めて言っているのが、魔理沙にでも手に取るようにわかった。
「で、今日はどうするのかしら? 私の素敵なツンデレさん?」
「そ、それは」
「また私がきっかけを作ってあげないといけないの?」
パチュリーの手が机を伝ってアリスの元へと進み、小指を絡ませる。
「わかったわよ。私がリードすればいいんでしょ。パチュリーっていっつもそう。そうやって挑発して、私を操ろうとするんだもの。――――――――いいわ。挑発にだって何だって乗ってあげる」
覚悟を決めたアリスはパチュリーの手を強く握り込むと、手を引いてパチュリーを奥へと通じる扉へと進んでいく。
「うんっ…………」
真っ赤になりながらパチュリーは繋いだ手を強く握り返し、大人しく引かれるままアリスに寄り添うように付いて歩いている。
進む先にはパチュリーの寝室がある。
魔理沙は言葉を差し挟むことも出来ず、ずっと見ていることしか出来なかった。
見詰め合う瞳の色や、喜びに震えながら漏らすため息やら、衣擦れの音、絡み合う足の動きにただ魅せられて、息をすることすら出来ずにじっと身を凝らして座っていた。
アリスとパチュリーは恋人同士なのだった。
魔理沙が想像したこともないような関係。
あこがれはあったけども、実際に何をするのかも知らなかった関係。
身を触れ合わせ、視線が重なるだけで、吐息を漏らすことがあるなんて魔理沙は知らなかった。
好きってことは恥ずかしいけど、うれしいってことは知っていた。
一つの好きともう一つの好きが重なると、そんなことよりももっと恥ずかしくなる。
パチュリーとアリスを見ていて、魔理沙はそう思った。
でも、全然嫌じゃない恥ずかしさなんだろう、きっといつかは魔理沙もあんな風になるのだろうと、胸をくすぐったくしながら思った。
「んっ、と」
パチュリーが扉の前で立ち止まり、振り返った
魔理沙のことなんて、完全に忘れてしまったと思っていたが、一応は覚えていてくれたようだ。
「これがツンデレの操縦法よ。よかったら参考にしなさい」
説教っぽくしかめ面してみせるが、いつものパチュリーと違って、照れ隠しだと魔理沙でもわかった。
「あと、それと、飼い主が病気してる間に遊びに出ちゃダメよ。そういう時ぐらいはちゃんと面倒みてあげなさい。寄り道しないで帰るのよ、いい?」
向こうの部屋から首だけを覗かせながら、なおもパチュリーは話し続ける。
よっぽどアリスといるのが恥ずかしいらしい。
そんなパチュリーをアリスが無理に引っぱって、扉を閉じてしまう。
「何がツンデレだよ。自分のほうがよっぽどアリスよりツンデレじゃないか」
閉じられたドアに向かって魔理沙は呟くが、パチュリーには伝わりそうもなかった。
「まっ、いいか。今度は散々こちらがからかってやることにするぜ。何しろパチュリーのやつ、私をだしにしやがったからな。――――――――――っと、カレー喰って帰るとするか」
5.
「ただいま~」
霊夢が起きてしまわないように小声で、そっと襖を開いた。
雨戸が閉められたままの室内は薄暗く、空気が淀んで生暖かかった。
「霊夢起きてるか?」
囁きながら膝で這って、枕元に近付いていった。
「けほっ、ううぅ、けほっけほっ」
一日中咳が出続けていたせいか、咳は弱弱しく、とても掠れて聞こえる。
「霊夢?」
霊夢は横向きに体を丸めるようになって、枕に顔を押し付けて、漏れ出る咳を堪えようとしている。
「おい、大丈夫かよ?」
「うぅ、魔理沙?」
「ああ、私だぜ、大丈夫かよ?」
「はぁ~、ふぅ、まぁ、朝よりはましかも…………」
鼻が詰っているせいか、口を薄く開いて呼吸をしている。
そのせいで喉が乾燥し、結果咳が出ているのだった。
「ちょっと起きれるか? 水汲んできてるから飲めよ。朝から何も飲んでないだろ?」
「だって、体の節が痛くって動けないもの……、つっ」
起き上がろうと肩を動かしただけで、顔をしかめている。
顔が腫れぼったいようになって全体に赤味がさしており、目が潤んでいる。
節々が痛むことを考えると、熱が出ていることは間違いなかった。
「あっ」
「いいから大人しくしとけって」
寝ている霊夢と布団の間に腕を差し込んで、肩を抱え込んで上体を起こすのを助けてやる。
「ほら、水だぞ。ゆっくり飲めよ。喉ここから見ても分かるぐらい腫れてるから、あわてて飲むと噎せるぜ」
ガラスのコップ一杯に汲まれた水を味わいながら転がして、口の中の粘膜を全体的に湿らせ、それから嚥下させている。
霊夢は一口含むごとにコップの淵から顔を離し、丁寧に飲み下していっている。
「はぁ~、ふー」
ため息をつきながらゆっくりと霊夢は水を飲んでいる。
魔理沙はその間に焼酎の入った瓶を手に取ると、手ぬぐいを湿らせていった。
中身を零さないように瓶の口に布を当てて、何度かに分けて傾けて全体を湿らせる。
別の細長く折った手ぬぐいに重ねた。
「言っておくけど、こっちのほうは霊夢に飲ませるためじゃないからな」
「当たり前でしょ。今飲んだら死んじゃうわよ」
「おっ、全部飲んだな。もう一杯飲んどくか?」
「いい」
「枕元に水さしごと置いておくから、小まめに飲んでおけよ。お前熱出てるみたいだしな」
「わかった」
「で、喉も随分腫れてるぜ。扁桃腺の部分がぽっこりしてる」
霊夢は喉に手をあて、横側の腫れた部分を摘んでいる。
「じゃ、これ喉に巻くぜ」
「うん」
十分に焼酎が染みこんだ布で喉を包むようにし、首にくくりつける。
「気持ちいい……」
目を閉じると体の力を抜いて、霊夢は布団に寝転がった。
「ほいっ」
額の上に濡れ手ぬぐいを乗せる魔理沙。
「う」
細目を開ける霊夢。
「熱も出てるしな。こっちも冷たくって気持ちいいだろ」
「うん」
「ははっ、先に台所によって準備してきたんだぜ。おかげで両手一杯、お盆の上も一杯だぜ。バナナあるけど喰うか? 風邪といったらやっぱりバナナだしな」
「今はいい」
「そうか」
再び目を閉じると霊夢は大きく胸の空気を吐き出した。
顔色や体調自体変化はないが、随分と苦しそうだったのが和らいだのか、若干表情から固さが取れている。
寝転んだときの手足の伸ばし方から霊夢がリラックスしているのがわかった。
実際に体調が良くなったわけではないけれど、水を飲んだことと、喉への湿布の冷感で乾いて出てしまう咳が収まったのが良かったのだろう。
吸う息、吐く息がゆったりとなり、一呼吸ごとに唸るようなことも無くなっている。
「ねぇ、魔理沙。どうだったの? 咲夜……」
「あぁ、ちゃんと霊夢をどう面倒みたらいいか聞いてきたぜ。焼酎もバナナも咲夜が持たせてくれたんだぜ。あと、カレーも喰ってきたぜ。ばっちり三杯おかわりしたぜ」
「そうじゃなくって」
「なんだよ」
「上手くいったの? 仕方ないわよね。咲夜、大人っぽいし、綺麗だし、面倒見がいいし。おめでとう魔理沙。咲夜だったら、魔理沙を任せて大丈夫だものね」
「はぁ?」
「ありがとう魔理沙。おかげで元気になったわ。もう帰っていいわよ。せっかく上手くいったんだもの。咲夜のところに行ってあげなさいよ。あ、私だったら大丈夫。魔理沙がしてくれた湿布もあるし、水も小まめに飲むわ。バナナもあるからお腹が空いたら食べるわ」
「まぁ、霊夢が帰っていいって言うなら帰るが」
「魔理沙、咲夜と幸せに。ありがとう魔理沙。ごめんね魔理沙」
「感謝してもらうのは結構だが、どうして咲夜と私が幸せにならないといけないんだぜ?」
魔理沙には霊夢の言っていることが分からなかった。
風邪を引いている霊夢の手当ての仕方を聞いてきたことが、どうして幸せに繋がるのだろうか?
魔理沙は別に咲夜に医術を習うつもり予定はなかった。
「だって……、だって……、魔理沙……、咲夜と恋人に、恋人になっちゃったんでしょ。ううううううぅっ」
「おいおいどうした? 急にうなったりして。ひょっとして苦しくなったのか?」
「な、なんでもない……、うっ、くすっ、ぐすっ、ううううっ、なんでもないっ」
「そ、そうか? そうは見えないがな。で、どうして私が咲夜と恋人になる必要があるんだ?」
「えっ?」
「だからどうして私が咲夜と恋人にならないといけないんだ?」
霊夢の中では、どうやら魔理沙が咲夜と恋人になる必然性のようなものがあるらしい。
もっとも咲夜のストライクゾーンは魔理沙のはるか下に位置するので、その気があったとしても不可能なことだったが。
「だって、うくっ、ううぅ、くすんっ、魔理沙、魔理沙……、朝に咲夜と恋人になってやるって言って出て行ったから。だから魔理沙は咲夜と恋人になってるって…………」
魔理沙はそう言えばと今朝のことを思い返す。
霊夢が魔理沙を未発達呼ばわりして、咲夜ならロリだからお似合いだとか言っていた気がする。
魔理沙もそれに答えて咲夜を恋人にしてやるとか、見得を切って出ていった気がする。
「ぷっ、あはははははっ、くっ、あはははっ、ぷはっ、あはははっ」
「何よ。私なんて道化よ。笑いたいなら笑いなさいよ」
「いや、あははっ、無理っ、咲夜と恋人になるなんて絶対無理っ。知ってるか霊夢? 咲夜ってロリどころかぺドなんだぜ。だから私じゃ大人すぎるらしい。だから恋人とかありえないって」
「は?」
「だから、咲夜は幼女が好きだから、私はお断りだとさ」
「え?」
「だから私と咲夜は恋人同士なんかじゃないってことさ。ま、今朝にあんなこと言って出てったから勘違いしても仕方ないかも知れないが」
笑いが漏れてしまう魔理沙に、霊夢がガバッと勢い良く起こして身を乗り出してくる。
「魔理沙確認なんだけど、あんたと咲夜は付き合ってないのね」
「ああ、付き合ってない。咲夜にはお断りされたが、私には恋人とかまだ無理だぜ。それが今日良くわかったぜ。――――――――――ただ、好きとか仲良くしたいってだけじゃ、恋人としてやっていけないんだぜ、きっと」
紅魔館のキッチンで咲夜と話したこととか、アリスとパチュリーの様子を思い出す。
咲夜の満ち足りた態度に、パチュリー達のやり取り。
「私は全然子供だぜ。恋人とかは当分考えないことにするぜ」
魔理沙はまだまだ子供で、魔理沙の知らない何かがそこにはある。
そういう”何か”が分からない限り、魔理沙に恋は出来そうになかった。
魔理沙には無理に恋人とかを作ることよりも、もっと色々なことを知る必要があるようだった。
「そう」
「ああ」
強く肯く魔理沙を、霊夢が何故だか眩しそうに、うらやましげに見ていた。
「じゃ、私は帰るぜ。それだけ話せるんだったら元気になったってことだろう。明日また見に来るから、大人しくしてるんだぜ」
魔理沙がいると霊夢は変に興奮してしゃべりたがって、一向に寝そうもないので今日のところは引き上げることにする。
一旦元気になったところだが、まだまだ霊夢は本調子には遠そうで、睡眠を十分に取るべきだった。
「あっ、馬鹿っ。もうっ、気が利かないわね。どこの世界に友達が寝てるのに見捨てて帰るやつがいるのよ。普段いっぱいご飯食べさせてやってるんだから、こんな時ぐらい役に立ちなさいってのよ。いい、魔理沙は今日は泊まってくのよ」
「なんだよ、それ。大体霊夢が帰っていいって言ったんじゃないか。だから私は帰るんだぜ。霊夢から言い出したことなんだからな。それにバナナもあるし」
「バナナは関係ないっ。反論は聞かないわ。私は病人なのよ。病人はわがまま言っていいことに昔から決まってるんだからね」
「なんだよ。そんなに饒舌で元気な病人がいるかよ。本当に霊夢はわがままなヤツだぜ」
「でも魔理沙はわがままに付き合ってくれるのよね」
霊夢が寝転がり、魔理沙はそれに合わせるように布団をかけてやる。
とにかく霊夢には一刻も早く、元気になってもらわないとたまったものじゃなかった。
「まぁ、風邪引いてるヤツを放っておくわけには行かないしな」
「ふふふふっ」
「なんだよ。今日の霊夢はおかしいぜ」
「いいからいいから。ふふふっ」
「まったく酒残ってるんじゃないのか」
魔理沙の挑発にも霊夢は、ニコニコと笑うばかりで突っかかってくることもなかった。
「魔理沙もうちょっとこっち来て」
「んん? ああ」
早速わがままが始まったと、魔理沙は顔をしかめる。
「魔理沙……、手……」
「ああ……」
「握ってて……、お願い……、ダメ?」
「別にいいぜ。減るものじゃなし。ただし風邪はうつさないでくれよ」
「馬鹿ね。魔理沙が風邪引くわけないじゃない」
魔理沙の手を握ってくる霊夢の手は、熱のせいか汗で湿っていたが別段不快にも思わない。
「どういう意味だよ」
「ふふふふっ、ごめんね、魔理沙。ねっ、私が寝るまで手繋いでいてくれる?」
「ああ」
「そう。ありがとう…………」
ようやく安心したのか霊夢が大人しく目を閉じた。
枕に頭を預けた霊夢は幸せそうに見えた。
「ありがとう、か……」
魔理沙は霊夢と繋いだ手を見る。
触れているのは手の平同士なのに、胸の奥が甘く、そして少し痛い気がした。
ー了ー
肉は豚挽肉を使ってます。
ただ、親が作ると某カレーチェーン店の10辛以上に辛くなるので、なるべく自分で作ることにしています。
マリアリじゃなく、パチュマリでもなくマリレイですか。
しかも魔理沙がアウト・オブ・眼中・・・・・・ふむ・・・・・・これはこれでなかなか・・・。
というか読んでて嫌だ。(苦笑)
話は良かったです。
霊夢は魔理沙が好きだけど想いをうまく伝えられなくて、そんな魔理沙も
霊夢のその想いに気付かなくて。
ちょっとじれったいけどそれが良かったです。
割る2、ミルクにハチミツをたらし~、パチュアリ足遊び、の計三箇所です。
いいんですか?これこんなスマートに百合百合しかったり、ロリロリしかったりしていいんですか?
魔理沙がなんというか、童話の主人公みたいな雰囲気を醸し出しているのがたまらないですよ!?
咲夜さんが本物の変態なんですけど、これいいんですか?
お嬢様ハァハァとか鼻血を出してるより、真顔で「ミルクにハチミツをたらしたのが好み」とか言ってるほうが真性っぽくて怖いですよ!?
アリスとパチュリーの足遊びはいいんですか?
おいおい魔理沙が目の前にいますよ!?とかツッこむと「知ってるわよ」とか言われるんでしょうか!?
なぜか読んでる最中ずっとハラハラしていました。魔理沙ちゃんが余りにも純真でかわいいためだと思うのですが。
だがカレーは激辛しか認めん
魔理沙割る2割る3だとお嬢様がストライクゾーンから外れそうな気がするんだが・・・
(ヨ ) ( E)
/ | _、_ _、_ | ヽ
\ \/( ,_ノ` )/( <_,` )ヽ/ / good job!!
\(uu / uu)/
| ∧ /
どっちもアリだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
咲夜さんのミルクの表現は個人的に好きです、優しい感じがして、ほっとなる……いや、変態って分かってますけどね。
それにしても、純真な魔理沙が本当に良い。初心なわけでも、乙女なわけでもない真っ白な純粋。
新しい魔理沙の魅力が発見出来ました。ありがとうございます。
よく読んでみたら結構そこここに犯罪のにおいがしますぜwww
いや、大変綺麗なお話で楽しかったです。
関係ないけれど、インドカレー食べに行くとひたすらナンばかり食べてしまう私…。
>>間髪をおかず
→間髪をいれず では?
違ってたらすみません。
グッドジョブ!!
恋人がどんなものかも知らないのに。
あと、咲夜さんてイギリス人なの?
ウチのカレーは自家製スパイス、ルーを使わなくても美味しいモンができますぜ。後鶏肉神。
しかしカレーも流れも甘い話でした、ごちそうさま ごちそうさま
……霊夢さんべろんべろんじゃないですか!!
>「いや、逃げるとかじゃなくって、お前酒が入ってるだろ? 酔っ払ってたらもう話なんて出来ないだろ? 霊夢だって、萃香になんて相談したくないだろ? それと同じことだよ」
普通に言ってませんか?
咲夜さん真顔で何言ってるんですかw 真性ですなw
このSSは、そんな俺でも卒倒する程の甘さだぜ。
咲夜と魔理沙の姉妹のようなやり取りが好き。
さすが幻想郷。
しかし、霊夢がめっさ可愛い。
今更だけど一升瓶3本は死ぬるwあと俺はキノコカレー辛口派です。