Coolier - 新生・東方創想話

とある店主の長い一日(前編)

2008/11/09 21:49:19
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人妖問わず、幻想郷の住人ですら寄り付かない場所がある。
それはマヨヒガのように行こうとしても行けない場所であったり、
無縁塚のように本当の意味で縁も何も無い場所であったり、
はたまたそこにいるモノが恐れられる寂れた神社であったりする。
他にも人気の無いところはそれなりに有るが……。
居心地が悪くて住人がいない場所なら魔法の森は真っ先に挙げられる場所だろう。
そんなじめじめとした森の入り口近くにある大きくも無い店で、僕、森近霖之助は雑貨屋を営んでいる。




「ふぅ……炒り豆はこれくらいでいいかな」

火を止め、広くも無い台所で一人呟きながら炒り豆を袋に包んでいく。
綺麗に包んだそれを、すでに一杯になりかけている卓袱台に置くと途端に眠気が出てきた。
その卓袱台には大量の物が積まれていて、それは今作った物を入れた小袋、
銀の刀身を持つナイフ、防塵性の高いマスク等が置かれている。
用意したものをざっと見回し、抜かりは無いか手にとってチェックしていく。
四個目の包みを手にとった時だった。

「これは……失敗したか」

軽い落胆が口をついて出てくる。
手にとった袋からは、名前も用途も感じ取れなかった。
確かにこういった物を作るのは初めてだし、自分の能力
──手にとった物の名前と用途が分かる程度の能力──で失敗が判るというのは便利ではある。
けれども。

「時間かけたんだけどなぁ……」

失敗がわかるからといって使った時間は戻ってこない。
使った後不良品だと気づくのよりかはマシとは言え気が滅入る。
チェックの結果、重要なものには欠陥無し。大量生産のものは二割程が使い物にならないようだった。
まあ上出来だろう。そう自分を納得させて敷いておいた布団に横になった。
予定では明け方すぐに家を出るつもりである。
そうでもしないと歩きの僕では、目的地に着くのが遅くなってしまう。
出来るだけ早く行き、夜中前にはうちに帰るのが僕の理想だ。
夜道とあの館の住人は僕にとって危険極まりない。
曰く、知識の魔女。
曰く、白銀の懐刀。
曰く、紅色の魔王。
曰く、破壊の権化。
誰一人として非力な僕では太刀打ち出来ない相手だ。
生き延びるには荒事にならないように気を配るくらいしかない。
……出来ることはあらかたやった。
後は明日、頑張るだけ。

 * * *

ジリリリリリリリリリリリリリリ!

「うわぁ!」

けたたましい金属音で目を覚ます。
どうも『起きる時間と今の時間が分かる程度の能力』を持つ時計が僕を起こす為に鳴らしているようだ。
あまりの爆音に眠気も一気に吹っ飛んだ。が、止め方が全く分からない。
仕方なく壁に投げつけると、やっと時計は鳴り止んでくれた。

「びっくりした……大丈夫かな?」

盤面を覆うガラスに少しヒビが入ったけど、時計は規則正しく時を刻んでいた。
それを寝床に置き直し、僕は洗面所に向かう。
顔を洗った後、歯を磨きながら家の前のポストに配達物を取りに行く。
突っ込まれていた雑多な紙束を机の上へ適当に放り終えた所で、チンと小気味良い音が鳴った。
大体の身支度と軽めの朝食を済ませ、昨日用意した荷物と向き合う。
最終確認を行い、入れ忘れが無いよう一つずつ袋に詰めていく。
辺りの物を詰め込んだのを確かめ、僕は家を出発した。


……店のカウンターにばら撒かれた新聞や手紙に埋もれている一枚の紙。
装飾が入った上質紙の上で手書きの丸みのある文字が踊っていた。

~~~~~~~~~~~~~~~ハロウィンパーティーにご招待!~~~~~~~~~~~~~~
                                                           
                          森近霖之助様

      秋も終わりに近づき、冬の寒さも見え隠れするこの時期、皆様はどうお過ごしでしょうか。
早速ですが、我が紅魔館では来たる十月三十一日にハロウィンパーティーを開催することが決定致しました。
          参加するためには当日、招待状を門番に見せていただければ結構です。
               勿論、ご友人と、飛び入り、殴りこみも歓迎しております。
               お菓子やそれに準ずる物の持込や仮装も自由ですし、
      館内を巡回する妖精メイドや住人に掛け声をかければハロウィンの醍醐味も味わえます。
         さて、長くなりましたが、紅魔館一同、皆様の参加とご健勝を願っております。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



家を出てからはや二時間。
日も差し、眠くなるほど眠るのに適した陽気の中、目指す洋館がやっと湖の中心に見えてくる。
早朝の濃霧に遮られて視界に映らなかったその館は立派ではあるが、巨大と言うほどのものでもなかった。

「さあて、僕はどうやって行けば良いんだ?」

今更であるが、僕は徒歩である。
ここ幻想郷に住んでいる中で紅魔館と関わりを持つ者の殆どは空を飛べるだろう。
現に僕の知り合いには身一つで空を飛ぶ人間がいたりする。
しかし半端者である僕では道具の助けが無いとそれは難しい。
僕自身の力で浮くことも出来るが、長くは持たないのでこの案はボツ。

「どうしたものかな……」

座り込み、考えていると。

「ちょっと! そこのあんた!」

やけに元気な声が上から降ってきた。

「あんたって言うのはもしかして僕のことかい?」

顔を挙げてみるとその声の主はすぐ近くに居る少女で、青色と水色の色彩が綺麗な妖精だった。
もしかしたら向こう岸まで運んでくれるのかと思ったが体格的に無理があるのと、
紅魔館の妖精が制服としているらしいメイド服を着ていないので違うと判断した。

「そーよっ。このチルノさまが声をかけてやったんだからこーえーに思いなさい!」
「……はぁ」

チルノと名乗った少女は胸を張って僕を見下ろしていた。
見た目は落ち着いた色合いなのにずいぶん高圧的な態度で話し掛けてくる。
にしても、チルノといえば確か霊夢が話していたような……。
「あぁ、そうか君があのチルノか」
だんだんと思い出す。霊夢はなんていってたんだっけ。

「ふふん、こんな冴えないのでさえ知ってるなんてあたいもゆーめーになったわね」

思い出した。

「馬鹿で有名な」
「だれが馬鹿だって!? むきー!」

おっと、思っていたことがそのまま出てきてしまっていたようだ。
怒らせたままでは話が進まないし、甘いものでも渡し落ち着かせてみるとしよう。

「まあ落ち着いて、これでもどうだい? あんず飴と言うんだが」

背負ったリュックの中から飴を取り出し彼女の眼前にちらつかせてみる。

「ん……あたいを物でつるき? あたいはそんなやすくあいのよ!」
「いや、頬張りながら言われても説得力が……」

霊夢の言う通りこの妖精は馬鹿なのかもしれない。
いや、罠だと分かっているだけ賢いのかな?

「あんたいい奴ね。冴えない顔してるけど」
「……ありがとう」

顔が引き攣った。が、笑顔でいられたと思う。
内心の怒りを必死に抑えているとチルノは胸を張って喋り始めた。

「お礼にあたいがなんかしてあげる。さいきょーのあたいにできない事なんてないから慢心して言いなさい!」

これは正に渡りに船の提案だ。
確チルノは馬鹿でどうしようもないけど力だけは妖怪級。と霊夢が評していたのを思い出す。
僕を持ち上げて運ぶというのは無理だろうけどそれ以外の方法で対岸に渡れるかもしれない。
……頭のほうに若干の不安はあるが。

「慢心じゃなくて安心だと思うけど……」
「わ、わざとまちがえたのよ! あんたが気の抜けた冴えない顔してるからつい」

これが妖怪並みの氷精の能力なのか。
『冴えない』と強調するチルノに笑顔が一瞬凍ったが、何とか平静を保っていられた。

「そ、それじゃあ、あの館までの道をお願いできるかな」
「それくらいならお安いごようよ。」

そういって湖に指を付けると瞬く間に氷の道が出来ていく。
確かにこれは凄い。しゃがみ込みそれを叩いてみるとかなりの厚みがあることも伺えた。

「どーよっ。あ、滑るから気をつけて」
「本当に凄いな……チルノ、ありがとう」
「ふふん、とーぜんよ。さいきょ-のあたいにできない事なんてないんだから!」

鼻を鳴らし胸を張るその姿は見た目も相まってとても可愛かった。
まるで幼い頃の彼女を見ているようで──。
いかん、何を考えてるんだか。
頭を振り一歩踏み出す。帰りの事は考えてないが、帰る時にまた考えればいい。
チルノに手を振り、氷上をゆっくりと歩き始める。
──三歩目で転んだ。

「だから滑るって行ったのに……あんた、ばか?」
「……どうも、そうみたいだね」

 * * *

チルノと一緒におっかなびっくり氷の道を渡りきり、ついに対岸に辿り着く。
そんな僕らを迎えるのは青い湖を背景にした目が痛くなる程に紅色をした洋館と、

「ん。お客さんですかね?」

地味な暗緑色の人民服を纏ったこれまた紅い女性だった。
女性は体操と思われる緩やかな動きを止めこちらを振り向く。

「あー、申し送れました。私この紅魔館で門番を務める紅 美鈴と申します。そちらは?」
「僕は「ちょっと、よく遊んであげてるあたいを忘れるなんてはくじょーもんね!」

……人の台詞を遮らないで欲しいものだ。
この氷精には空気を読むなんて一生かかっても無理なんだろうなぁ。

「いやいや、チルノちゃんじゃなくそこのお兄さんに聞いてるの」
「なら仕方ないわね。あたいは大人だから大人しく引き下がってあげるわ」

ふっ、と小さく息を吐きチルノは湖に向かって歩き出す。
その後姿はどこか哀愁を感じさせるものだった。

「チルノちゃんが気になります?」

少し離れた場所にいた僕の目の前にいつの間にか美鈴さんは移動していた。
美鈴さんから目を離したのはそう長くなかったと思うのだけどな。

「いろんな意味で気にはなるね。っと、顔に出てたかい?」
「いえ、私は気を遣う程度の能力がありますからなんとなく分かるんです」
「うーむ……そいつは凄いな」

『気』という曖昧なものを遣えるということは、天候や五感も操れるのかもしれない。
そこまで考えて、今更ながら美鈴さんも紅魔館の住人なのだと理解した。
やはりここに住む者達はそんじょそこらと格が違う。

「気を遣って他者や気候に干渉するのは相性もあり難しいのであまり使いませんね」

驚いた顔をしていたのだろう。
僕に向けたその笑顔は悪戯が成功した子供のようだった。

「なんとなく、じゃなかったのかい?」
「勿論なんとなくです。あなたの考える程便利な能力ではないですから」

相手の考えが多少なりとも読めるのを便利ではないと言い切るか。

「では改めまして。こちらは霧中の魔窟、紅魔館でございます。お客様は本日、どういったご用件で?」

そう口に出した途端、さっきまでの間延びした空気が張りを持つ。
これが『気』を遣う程度の能力なのか。
震える手を握り込み声に震えが声に伝わらないようにした。
恐れていないとは思わないが、僕にだって男としての矜持がある。

「今日、紅魔館でハロウィンパーティーがあると聞いてね、それに参加しようと思ったんだ」
「正規のお客様には招待状をお配りしているはずです。お手数ですがご掲示頂けますでしょうか」
「あぁ少し待ってくれ」

招待状は正規の来賓であると証明する物でもあったのか。
そんな事は文面には書かれていなかったが、こういう場では常識なのかもしれない。
幸い荷物として手紙は詰めた覚えがある。
探すこと数分、うちでは滅多に使わない高級紙を使った封筒がリュックの底で見つかった。

「これかな?」

封筒を差し出すと美鈴さんは恭しくそれを受け取った。

「中身を拝見しても宜しいでしょうか」
「宜しく頼むよ」

ふぅ、これでやっとこの緊張する空気をなんとか出来る。
……そう安堵していた僕に信じられない言葉が飛んできた。

「これは当家のお送りした招待状ではないようですが」
「なんだって……?」
「ご確認下さい」

返された封筒。その紙上に並んでいたのは、

「霊符十枚、米二升。装束一式、米一斗。稲藁、金八百。
 前回未払い分、〆て米四斗一升と金一万二千也。……えっと、これはもしかして」

見覚えのある商品名の羅列。

「はい、請求書かと思われます」
「うわぁあ……」

頭を掻き毟りたくなった。
そうでもしないと火が出そうなくらい僕の血が頭に集まっていく。
もう穴があるなら入りたいというかこんな恥をかいたのは初めてだチルノに頼んで頭を急速冷凍して──

「大丈夫ですか?」

──その声で目が覚めた。

「すまない、少々取り乱したようだ。恥ずかしい所を見せてしまったね」

全く、常識人を自負する僕としてはとんでもない大失態だった。嗚呼みっともない。
次からは気をつけなくちゃなぁ、ははは。
よし、これでもうさっきの出来事は僕の中で過ぎた歴史となった。そう割り切った。

「先程までのた打ち回っていたのを考えると今のその態度のほうが恥ずかしいのでは?」
「うわああああああああ!」
「すみません落ち着いて、どうか落ち着いてください! ほら深呼吸して!」

言われた通り息を大きく吸い込むと脳に酸素が回ったのかやっと思考が落ち着きを取り戻してくる。
この現状を打破しないと何時まで経っても話が進まないだろう。
ならばどうする?
答えは一つ。無かった事にすればいい。

「僕は、封筒が、見つからなかった。おっけー?」

子供に言い聞かせるように一語ずつ区切り語りかける。
その間僕はずっと美鈴さんの瞳を凝視し続けた。

「は、はい……封筒は渡されませんでした。おっけー?」

異様な迫力にたじろいだのか、少し引きつった顔で美鈴さんが返事を返してきてくれる。
それに僕は無言のまま頷くことで感謝と了解を表した。

「すまない、どうも招待状が見つからないんだ。そういう時はどうすればいい?」
「……規則ではお帰り頂くことになっております。」
「まぁ、そうだろうね」
「ですが、私の出す課題を達成していただければお招きすることは出来ると思います」
「僕に無理でなければ、是非お願いしたい」

咄嗟に言葉が出た。
一度帰るしかないと諦めていた僕にその言葉はとても魅力的でつい口調にも力が入ってしまった。
美鈴さんは小さく笑うと、凝りを解すように肩を揉んでくれた。

「そう固くならないで下さい」

その手の暖かさと近くに迫る優しそうな笑顔を意識してしまい、今更ながら美しいと感じた。
尤も、今鼻の下を伸ばしたりしたらどうなることか分からないが。

「いつでもどうぞ」
「では」

ごくりと喉がなる。緊張していたつもりはないがいつの間にか生唾が溜まっていた。
汗が一筋流れ、首元を伝わり肌着に染み込む。
何時間にも思える数秒が過ぎ。
──囁くように尋ねられた。

「Trick or treat?」
『お菓子か悪戯か?』

……全く、僕は何を身構えていたのだろう。
今日はハロウィンで、その為の用意もしっかりとしてきたというのに。
今の今まですっかり忘れていた。
リュックを漁り用意した物を取り出す。

「これでお通し願えるかい?」

差し出したのは綺麗な紙で包装してある長方形の箱。
下手なりに努力して何とか作れるようになったもの。

「開けてもいいでしょうか?」
「どうぞお構いなく、口に合えばいいんだけど」
「わぁ……!」

箱の中には四つの大きな餅が並んでいた。
外の文献で調べ作ったものだが見た目以上に手に入り辛い食材を使う高級品。
月餅という大陸のお菓子だそうだ。

「懐かしいなぁ……最後に食べたのはいつだっけ」

どうも気に入ってくれたようで、美鈴さんはずっと目を輝かせている。
その喜びに水を差すようで悪いが答えを聴かないと。

「それで、課題は合格なのかな?」
「えぇ勿論。こんな素晴らしいものを頂いたことですし」

蓋を丁寧に被せ割れ物でも扱うように箱を持つ姿はちょっと面白かった。

「じゃあ行かせてもらうけど、招待状の代わりになる物とかは要らないのかい?」

そーですねと胸元に手を突っ込み、美鈴さんは紙とペンを取り出した。
それにさらさらと字を書き込んでいき、書き終えたのかペンをしまう。
ひらひらと風に当てられインクを乾かし、それを手渡される。

「これがあれば大丈夫なはずです。駄目なら咲夜さんが飛んで来ると思いますから事情を説明して頂ければ」
「わかった。迷惑を掛けてすまなかったね」
「お礼はまたこれを差し入れていただければ結構ですよー」

言いながら僕に背中を向け大きな門を押しいく。
予定よりも遅れたがまだまだ日も高い。
今日はまだ、始まったばかりだ。

 * * *

洋館に玄関という表現が正しいのか分からないが、兎に角僕はその玄関にいた。
いや、そこで立ち尽くしていた。
透明で透き通った羽。人の子供を思わせる小さい体。白いフリルが付いた作業着とは思えない服。
僕の周りを飛び交うのはメイド服を着た沢山の妖精たちだった。
妖精たちはこれまた楽しそうに棒立ちする僕を見ている。
そして、異口同音にこう言うのだ。
「トリックオアトリート」と。

……さて、状況を整理しよう。
美鈴さんに見送られ屋敷の入り口であろう扉に付くところまでは順調だったと記憶している。
そこからこんな意味不明な状況が出来上がっていったのだったか。
まず当たり前の作法としてノッカーを叩いたはず。
──それが間違いだった。
ノッカーを鳴らすと、特有の木を叩く重い音はしなくて上から高い鈴の音が鳴った。
耳障りのいい音に感心した僕は音のした方向に目を向ける。
するとそこに底が迫っていた。
後で分かったが落ちてきたものは金盥で1ダースほどたったらしい。
数は多く無いが、僕の知り合いの巫女や魔法使いにも何度も当たった実績がある。と説明もされた。
人間離れした彼女達に当たった物が僕に避けられるはずも無く金盥は顔面に直撃。
ごーん、と良い音を立てて庭先に転がった。
痛む鼻をさすりながら視線を戻すと妖精達は既に居て手を引かれ玄関の中に引き込まれた。
そして今に話が繋がる。

「おかしかいたずらかー?」

先に広がる長い廊下のあちこちに先程のような罠が仕掛けられているのだろう。
その証拠に僕の周りを飛び交う妖精達は注意して見ると空間の一部を決して通っていないのが分かる。
……それと関係はないが妖精に恥じらいを求めるのは無駄なのだろうか。
先程からスカートの中がちらついて意識が持っていたがれるのはどうにかしていただきたい。天国だけど。
どうしようもなく頬が緩む。隣に彼女がいたら今頃ボッコボコに殴られてるだろうな。
閑話休題。問題なのは、罠がどの程度の悪戯をなのかという事だ。
こういった事を想定しなかった訳でもないし荷物の中にお菓子はたくさんあるが、決して無限ではない。
出来るなら節約したいところだが身の安全とは代えられない。

「試してみるか」

とりあえず罠だと思われるピアノ線に手を伸ばす。力を込め引っ張るとそれはあっさりと抜けた。
ダミーなのだろうか、何か作動したようには思えない。
考え始めた僕の意思とは無関係に能力が手にした物の名前と用途を伝えてくる。
『ピアノ線』、『矢を飛ばす程度の能力』か。
……矢を飛ばす程度の能力?
背筋に悪寒が走る。その直感に従い前のめりに身を倒すと何かが音を超えて頭を越えて行った。
一発のみだと信じ恐る恐る顔を上げ見ると、そこには見事にドアを貫通している矢が。
もし自分に当たっていたら今ごろ胃に穴が開いていただろう。
その事実に慄いていると、突然腹の辺りから声がした。

「ぅー、おもいー。どいてぇ……」

次いで何かが動く感覚。
どうも僕は妖精を押し潰してしまっているらしい。

「うわぁ! ごめん!」

慌ててその場から退くと不機嫌そうに顔を赤くしている妖精がいた。
どうも本気で怒っているらしく僕の方を見ようともしない。

「おわった?」

いつの間に消え、いつの間に現れたのか、沢山の妖精達がまた周りに現れていた。
文句を言おうとしたその時。
皆が皆、一斉に喋り始めた。

「どーだった? びっくりした?」「ちゃんと動いたよー!」
「ききいっぱつ、というやつ?」「カッコよかったねぇ、惚れちゃった?」
「当たり前でしょ、私が作ったんだから」「へんたい、さん?」
「むしろ紳士では」「すっごくびっくりしたー!」「そうかも」
「改良の余地有りだけどね」「あんたに聞いてないのー!」

……何が何やら。
いっせいに違うことを話されると聴き取れても脳が理解を拒否する機能でも作動させるらしい。
それくらい意味不明だった。だいたいどれがどれに繋がるんだか。
このままでは埒が開かないし仕方ない。

「あー、ちょっといいかい」

一斉に多くの目がこちらを向く。
う、これ結構プレッシャーが……。

「さっきの質問に答えようと思うんだが」

ここで言葉を区切り妖精たちの反応を見る。

「さっきのしつもん?」「惚れたのか」「へんたい、さん?」
「貴方が驚いたのは確定的に明らかですが」「どこを直すの?」

予想はしてたが覚えていた子はいないようだった。
分かっていて惚けてる可能性もなくはないが薄い。

「一番最初の質問だけど……覚えてないかい?」
「あーあれか?」「あれあれ」「あれですな」
「分かりましてよ」「わかったかも」

妖精達が色々と喋っている間に準備を進める。
鞄から取り出すのは色彩豊かな小袋を沢山。
その小袋にはこれまた小さな落下傘も付けてある。

「『とりっくおあとりーと』?」
「そう。僕の返事はこれだよ」

言って小袋を放り投げた。
僕の目論見通り、軽いそれは空中で落下傘を開きふらふらと揺れながら落ちてくる。
暫くは呆然と見ていた妖精達も、包みを落とさないよう慌てて動き始めた。
落ちてくる包みを真っ先に手にした妖精が包装を取るとその中には、

「きれー! グミが入ってる!」

手作りのグミが入っている。

「からふるですねぇ」「味はまぁまぁ?」「えへへー、虹色なの」
「手間暇かかってそうね」「ちゃいろー……」「きもちがこもってる」

十人十色という言葉がよく似合う、様々な反応をしてくれる妖精達。
共通しているのは皆が喜んでくれていることだろうか。
楽しそうに包みを広げる姿に今し方締めた頬がまた緩んでしまう。

「気に入ってくれたかな?」
「うん、ありがと! みんなー、仕掛け止めて」

頭のてっぺん近くで髪を二つに結わいた子が、他の妖精達に号令をかけた。
どうやらこの子が妖精達のリーダーらしい。

「もう大丈夫。案内します?」
「そうだな……お願いするよ」

中に入ってみて分かった事だがこの屋敷は見た目以上に広い。
というか物理的にありえない内部構造をしているように思える。
誰の仕業かは何となく分かるが。

「行かないのですか?」
どうやら歩みが止まっていたようだ。
考え事をしていると回りが見なくなるのは僕の悪い癖だと思う。

「あぁすまない、行こう。とりあえず図書館に案内して欲しい、できるだけ寄り道して」
「? 寄り道するのですか?」
「ここに来るのは初めてなんだ。だから色々と見て回りたい」
「分かりました。まずはホールにご案内しますね」

とりあえず疑問は保留しておく。今は館内を歩き回って楽しむとしよう。
折角の機会を存分に楽しまなくては。
日は、高く明るく僕の真上で照っていた。

 * * *

大扉を開けるとそこは戦場だった。

「誰か来たわよー! 対応ー!」「案内役いるから大丈夫、それよりレース足りてないわ!」
「今倉庫に向かわせてる。暇なら手伝って!」「左方装飾薄いわよ! 何やってんの!」
「誰かー! メイド長知らない!? 買出しのことで相談が」「あー、メイド長なら倉庫ですー」
「何でトップが僻地行ってるのよー!?」「一番適任だから! やること無いならこっちのヘルプ!」

飛び交う怒号。その割に統率の取れた会話だった。
それに負けじと案内役の妖精も声を張り上げる。

「ここがホールです! いまはまだ皆で準備してますけど夕方からのパーティーはここでやります!」

それでも意識しないと聞き取り辛いというのはここが賑やかな証だろうか。
魔理沙の家が丸々入りそうなくらい広いホールは、準備に走り回るメイドさんでいっぱいだった。
妖精だけでなく人間のメイド(と思われる)も居ることからその規模が伺える。
確か、常連の話では紅魔館に人間のメイドは多くなくほんの一握りだったはず。
だが今このホールで働いてるのは見渡す限りでは人間の方が多い。
……聞いてみるか。
手招きをすると意図が読めたのか顔を近づけてくれた。

「紅魔館はいつもこんなに人間が働いているのかい?」
「いつもは私達だけでお屋敷の雑事はしてるんですけど、行事のときは臨時に雇ったりするそうです」
「なるほど。邪魔するのも悪いし他に行こう」
「分かりました、次は……近いですし中庭をご案内しますね」
「お願いするよ」

廊下に戻り、大扉をそっと閉める。
それきり中の喧騒は聞こえなくなった。
……また夕方に来よう。

二人きりで終わりの見えない廊下を歩く。
案内役の子が言うには歩いていればそのうち出口が現れるとのこと。
長い廊下を進む間、たまに僕が屋敷の事を聞くくらいで会話はそれほど多くなかった。
確かに多くは無かったけど、この静けさは悪くない。
隣に並ぶ妖精もこの雰囲気を楽しんでいるようだった。
暫くのんびり歩くとしよう。
……変わり映えしない風景の向かいの方に点が見える。
それは飛ぶように近づいてきて、見知った人物の姿になった。

「こんな所にいるなんて珍しいわね。霖之助さん、お店はどうしたの」
「今日は休業、自営業だから休みは自由なんだ。羨ましいかい? 霊夢」
「霖之助さんのお店なんて開いてて休んでるようなものでしょうが。今日は魔理沙と一緒じゃないの?」
「そういう君はどうなんだい? それに魔理沙は僕が誘ったって多分付いてはこないだろ」

相変わらずな紅白の衣装を身に纏った少女は飛行を止め、僕の前に降り立つ。
人呼んで楽園の素敵な巫女である霊夢は幻想郷の外れにある神社に住む人間だ。
僕から見れば、ツケを払わない困った客であるが。

「まさか。神社なんて毎日開店休業よ? 暇なら売るほど余っているわ」
「お参りする人よりも暇してる人が集まる神社も考え物だよなあ……ん?」

いつのまにか、案内してくれていた妖精が僕の背中に隠れていた。
どうやら霊夢が怖いらしい。僕の服をぎゅっと握り締めている。
霊夢はこの館に殴り込みをかけた事もあるそうだし、その時に撃ち落とされた事があるのだろうか。

「……良い気分はしないわね」

怯えられているのに気付いたようで霊夢が眉を吊り上げる。
美人が怒ると恐ろしいと言うがそれは本当だな。

「原因はそれだと思うけど。ほら、もっとにこやかに笑ってみるとか」
「媚を売ってるみたいで嫌」

ばっさり切られた。

「残念だ。霊夢は笑うと可愛いのに」
「霖之助さん、真顔でそういう事言わないで欲しいんだけど……」

そう言って俯きつつ顔を押さえる霊夢。たぶん顔が赤いのだろう。
他意の無い一言だったが、良く考えてみれば随分恥ずかしい事を言った気がする。
今更ながら僕も顔に血が上ってきた。
二人して顔を赤くして俯いてる姿は他所から見れば相当シュールだろう。
或いは馬鹿にされるかもしれないが。

「あの……どちらへ?」

僕の後ろから小さく尋ねる声がする。
この気まずい空気を打ち破る絶好の機会だ。今を逃せば次は無い。

「そうそう! 倉庫の方に行かなきゃ行けないんだった」
「そうかい霊夢も大変だな。しかし倉庫には何があるんだい?」
「メイド長を探してきて欲しいって頼まれてね。断れなかったのよ」
「なら急がないとまずいな。夕方のパーティーでまた」
「じゃあね霖之助さん。また会いましょう」

捲し立てるように棒読みの言葉を紡いで霊夢と別れる。
スキマ妖怪もかくやという胡散臭さだが仕方ないだろう。
いつもの三割り増しくらい早く飛んでいく霊夢と息切れを起こした僕を不思議そうな目で妖精は見ていた。

「……行こうか」
「……そうですね」

この子は器量が本当に良くてありがたい。涙が出そう。
ちらっと横顔をのぞき見たら相手も同じ事をしていて目線がぶつかった。
それが可笑しくて、顔を見合わせ小さく二人で笑いあった。

 * * *

中庭に出た僕らを迎えたのは辺り一面を彩る色彩豊かな花。
どれもが元気そうに、また嬉しそうに咲いている。
風で揺れる姿はまるで花たちが風に合わせて踊っているようだった。

「こちらが中庭になります。今日は誰も居ないと思いますが、
 いつもはお花番の妖精や門番さんが居て賑やかなんですよ」
「へぇ……それにしても見事な庭だね。凄く綺麗だ」
「ありがとうございます。みんなに伝えておきますね」

僕の感想に妖精は照れたのか、笑いながら頭を掻く。
もしかしたらこの子はいつもお花番をしている子なのかも知れない。

「お願いするよ。しかし見事だ。それにここの花たちはどこか楽しそうに見えるよ」
「楽しそう、ですか?」
「僕の家の近くでも花は咲いてるんだが、そんなに数は多くなくてね」

魔法の森は土壌が悪いのか空気が悪いのか花なんて滅多に見れない。
その中で咲いたものも良い触媒になるのか彼女は摘んでいってしまう。

「だからかな……上を向いて咲いているはずなのになんだかとても悲しそうなんだよ」

全く、花にも命はあるっていうのに。

「良い事を言うわね」
「え?」

隣に居る妖精とは違う、落ち着いた女性の声。
艶のある美しい声は触れると怪我する棘を連想させる。
何度か会った事がある。無縁塚に向かうとき、不意に現れ話し相手になってくれた人だ。

「風見さん。お久しぶりです」
「相変わらず堅いわねぇ。店主、もっと砕けた話し方でも良いわ」

そこに居るだけで他を圧倒する大妖怪。
花畑の中心。そこで風見 幽香は笑っていた。

「いえ、これが性分ですから。それにしても風見さんがどうしてここに?」
「……幽香と呼んで下さらないかしら?」

左手を口の前に当て、悲しげに目を伏せる風見さん。
散々からかわれ、遊ばれた僕にはその表情が間違いなく演技だと見抜いている。
なのにこみ上げて来るのは罪悪感。あぁ男って馬鹿だ。

「……幽香さんはなぜここに?」

その一言で花が開くように幽香さんの表情は笑顔に変わった。

「私にもここの若作りババ……主から招待状を頂いたのよ」
「いやそんな事言ったら幽香さ」「何か言ったかしら?」

コンマ五秒で地面に縫い付けられた。うつ伏せに倒れた僕の背中に堅い靴の感触もする。
ああ……こういう人だった、この人は。

「きゃあっ! 大丈夫ですか!?」

すぐ隣にいた妖精が僕に手を貸そうとするも、

「駄目よ貴女。このグズはね、今淑女に言ってはいけない事を言おうとしたの。
 そんなゴミにその綺麗な手を差し伸べたら折角の純潔が汚れてしまうわ」

幽香さんにやんわりと止められてしまった。
その優しさを僕にもほんの五分でもいいから向けてくれればいいのに。

「すいません。もう言いません」
「本当に? もしかして『このババアそれで乙女のつもりかよ老衰で頭イッてんじゃねーか?』とか思ってない?」
「思ってませんってば! 大体僕はそんな汚い言葉使いませんから!」
「何よそれ。自分は明るく爽やかな好青年ですってアピールか何か? ハッ! 頭湧いてんじゃないかしら
 大体自分の家の近くに住んでる相手からすれば幼馴染の少女に手を出した奴が今更何を言ってるんだか」
「違います! それに僕は魔理沙とそんな関係では無いです!」

酷い言いがかりだ。今までおろおろしていた妖精の目付きが冷たいものへと変わっていく。
いかん、早急に何とかしないと……。

「あらあらあらあら、私は魔理沙なんて一言も言ってないのにねぇ。やっぱり何かあるんじゃないかしら」
「あーりーまーせーん! この前うちで酔いつぶれたから泊まらせたくらいです!」
「……あるじゃない」

妖精からの目線が冷たさを通り越して痛くなってきたけど背に腹は変えられない。
幽香さんに話を聞いてもらわない事には事態はどうあっても好転しない。

「兎に角、まず足を退けて下さい」
「それが人に物を頼むときの態度?」
「お願い致しますどうか幽香様のおみ足をこの汚い背中からお離し下さいませ」
「そこまで言われたら仕方ないわね」

背中から靴の感触が無くなりやっと立てるようになる。
土を払いながら立ち上がると、幽香さんは顔に手をあて何やらぶつぶつと呟いていた。

「泊まらせた……? 一つ屋根の下で男女が二人きりなんて何か間違いがあっても……」

顔がとっても赤い。この人は一体何を想像してるんだか。

「あの、幽香さん?」
「あ、あら!? もうたつなんてずいぶんと元気なのね」
「いや何言ってるか分からないんですけど……」
「おーけー、ちょっと待ちなさい」

僕に背を向けすーはーと深呼吸する幽香さん。向き直るころには、

「何故ここに居るかだったかしら? そんなのお花さんたちが居るからに決まってるじゃない」

いつもの幽香さんに戻っていた。

「はあ、そうなんですか。それはまた、らしいというか」
「夕方からのパーティーには参加するつもりだし、ダンスの相手くらいならしてあげない事も無いわよ」
「……踊れるんですか?」

がすっ。ごすめきょ。

「あんまり舐めた事言ってると殴るわよ?」
「殴ってから言う台詞じゃありませんよね」

体感コンマ一秒の間、一瞬でフックを側頭部に、ワンツーを人中に入れられた。
意識がまだあるという事は手加減してくれたのだろうか。
一度酷い失言をした時は……いや、あのことは思い出したくない。

「そうだったかしら。ごめんあそばせ?」
「もういいです」

本当に、話してて飽きない人だ。
飽きる前に諦観が来ているだけの気もするが。

「僕はそろそろ行きますけど、幽香さんはどうします?」
「デートのお誘い?」

僕ではこの思考回路に追いつけるとは思えない。
悪魔という概念は彼女の為にあるんじゃないか?

「その心算はありませんでしたが、そう受け取ってもらっても結構ですよ」
「店主、やるようになったわね……。ま、遠慮しときますわ」

なんと褒められてしまった。そんな美味い言い回しでも無かったと思うのに。
考え込んだ僕の耳にくすくすと音が聞こえてくる。
からかわれたのだなと気づくのに数秒かかった。

「そうですか、では。……あ、最後に一つ」

ここであったのも何かの縁だ。その縁を大切にするのも悪くないだろう。

「なにかしら?」
「……霖之助、と呼んではくれませんか?」

幽香さんの顔が強張り瞳孔が猫のように細くなる。
それも一瞬で、固まった顔を緩めるとくるりと回り僕に背中を向けたまま幽香さんは答えた。

「良いわよ、霖之助。また後で会いましょう」

少し傾いている太陽を見つめる幽香さんはどんな表情で言ったのだろうか。
その声は花の蜜を思わせる程甘く、その香りに誘われそうになる僕へ、

「…………」

刺線と表記出来るような冷たい視線がぶっ刺さった。

 * * *

「図書館はこっちで合ってるかい?」
「……」

反応なし。

「今日もいい天気だね」
「……」

応答なし。

「霊夢は倉庫に一体何の用があったんだろう」
「……!」

思いっきり睨まれた。何でさ!?

「霖之助さんはもっと節操を持つべきだと思います」
「……」

今度は僕が黙る番だった。いや、むしろ硬直。

「いやちょっと待って何処を如何したらそうなるのかが皆目見当がつかないんだが」
節操どころか誰ともそんな空気になった覚えが僕には無い。
「玄関では私の友達を押し倒して、廊下ですれ違った博麗さんを口説いて、
 お庭で風見さんと仲睦まじくお喋りして、これからパチュリー様に会いに行こうとしていて、
 その上本命が別に居る事を考えるとさっきの言葉は言われて当然だと思います」
「いや玄関のは事故だし霊夢はあれがいつもの会話だし、
 幽香さんとは仲睦まじくとは言えないしパチュリーさんには面識が無いし、
 僕には本命どころか好きな人がまず居ないし……」

僕の真摯な態度を理解してくれたのか、妖精は口を噤んだ。
全く、変な誤解が解けてよかった。

「……信じませんから」

訂正。未だ誤解されたままだった。

「こちらが図書館となります。私は業務がありますのでここで」

長い廊下を歩く内に日も随分傾いできた。そろそろ準備の仕上げにかかるのだろう。
思い返せば長いこと案内をしてもらっていた。

「ありがとう。とても助かったよ」
「どういたしまして。それでは失礼します」

そう言って飛び去るかと思いきや一度僕に振り返り、

「パチュリー様はお嬢様のご友人ですので、手を出すのは命懸けですよ」

返答に窮する忠告を残してくれた。

「……だから違うのに」

漸く返事を返したときには既に彼女は消えていた。
ここに居ても仕方が無い。覚悟を決めてお邪魔しよう。

大きく鉄で縁を加工してある扉を開けると途端に異様な匂いがした。
僕の店にも充満している、古ぼけた物の匂い。
一体ここはどれだけの歴史を有しているのだろうか。

「なによ、また来たの?」

声の主は会った事こそ無いがその正体は既に聞いている。
彼女は図書館に住む座敷童なんて言ってたか。
紅魔館の主要人物の一人、一週間少女ことパチュリー・ノウレッジが奥にはいる。
さて、どう出たものか……。

「本を返しに来たなら小悪魔に渡しなさい。整理はやってくれるわ」
「生憎ここは初めてでね。どちらかと言うと借りに来たんだ」
「……魔理沙じゃない? そう言えば今日はパーティーの日だったかしら?」

魔女は皆、独り言が多い傾向にある気がする。
知り合いは彼女を含めて三人だが。

「まあいいわ。こっちに来なさい」
「こっちと言われても僕は分からないんだけど……」
「……らしくない妖怪ね。気配を探るくらい出来ないの?」

舌打ちしてそうな勢いで悪態を吐かれた。
魔女の性格は皆、悪い。

「誘導するから追って来なさい」

その声と共に青白い光が僕の前に出現する。
触ると驚くほど冷たいそれはまるで蛍火のようだった。
頼りない明かりを追いかけ、迷路のような書架の中を歩くこと数分。

「いらっしゃい。迷える子羊さん」

不釣合いに大きい机で書き物をしていた魔女はにこりともせず僕を迎えた。

「単刀直入に聞くわ。『Trick or treat』 さあどっち?」

随分と高慢な態度の応答だがこれが彼女なりのコミュニケーションなのだろう。
ぶっきらぼうな態度も自衛措置だと考えればその人付き合いの無さが伺える。

「ふむ。僕はお菓子を持っているが、もしトリックと答えたらどうなるのかな?」
「……私を怒らせない方がいい。長生きしたいならね」

七曜の魔女が僕を睨む。その目は僕を物か何かのように捉えているように思えた。
生物的本能が警鐘を鳴らす。魔女の言葉に偽りはないと。

「すまなかった。僕は争いに来たわけじゃないんだ」

争いに来たんじゃないのに僕は何を言ってるのだか。

「そう、ならいいわ。で、お菓子」

大層な実力とそれに見合う精神を持っているはずなのに、目の前の魔女はどうも子供っぽい。
魔女は皆、どこか子供っぽい一面がある。

「魔理沙に聞いたんだがノウレッジさんは喘息持ちなんだろう? ビスケット類でもいいのかい?」
「大丈夫だけどあるなら別のがいい。辛くないわけじゃないし。あとノウレッジさんは止めて」

良かった良かった、正直呼び辛いんだよね、ノウレッジ。
……パチュリーさんも噛みそうだ。

「じゃあゼリーでいいか。嫌いな味とかは?」
「イロモノじゃなければなんでも。葡萄があると嬉しいかも」
「葡萄はあるな。手作りだから歪でも勘弁してくれ」

荷物の中から箱を取り出す。その中に入れておいたはずだ。

「安全と味が保障されていれば十分。頂くわね」

何も持っていなかった右手に、いつの間にか銀色に輝くスプーンが握られている。
銀の錬金を瞬時に行える魔法使い。
それがどれ位の力量を持つのか分からないが、少なくとも弱くはないだろう。
さっきまでの軽率な行動も一歩間違えばどうなっていたことやら。
溜め息を吐き、顔を上げる。
そこでパチュリーさんがスプーンを咥えたままこっちを見ていることに気付いた。

「どうしたんだい?」
「……冷たいわ。貴方、魔法使えるの?」

どうやらゼリーが冷えていることが気になるらしい。
彼女も同じようなことを気にしてたな。魔女は皆、好奇心旺盛なのか。

「いえ、私の気配にも気付かなかった位だからそんな能力あるはずが……。その箱?」
「よく分かったね、この箱は」「待ちなさい!」

すごい剣幕で怒鳴られた。あ、咳き込んでる。

「ごほごほっ、んっ、んんっ! ……その先言ったら消し炭にしてやるから」
「わ、分かったからまずは落ち着いてくれ。ほら深呼吸」
「馬鹿、この図書館は埃っぽいことで有名なの。私を殺す気?」

罵倒する元気はあるみたいだけど体調は芳しくないらしい。
目にはさっきまでの力が無く、顔色は今にも倒れそうなくらい青かった。

「ちょっと待ってくれ、確か」
「……埃が舞うから……あまり大きく動かないで」

パチュリーさんは息も絶え絶えといった様子だった。
リュックについてる小物入れから白い布切れを引っ張り出す。

「あったあった! これを着けるといい」

取り出した布切れを畳んだまま彼女に手渡す。
訝しげな顔をしてるが、取り扱いの説明なら僕の得意分野だ。

「なに、これ?」

「これはマスクと言って『粉塵を通さない程度の能力』を持つ装飾品なんだ。
 ……うちも埃が多くてこういった物は必要でね、使い心地は折紙付だよ」

マスクを開き自分につける。それに習ってパチュリーさんも顔に掛けた。
それから鼻にかかる所を押さえ隙間をなくす。

「どうだい? 幾分か楽になったと思うけど」
「驚いたわ……まるで山の空気のようね」
「……それは言いすぎじゃないかな」

マスクを押さえ、ゆっくりと深呼吸する。青かった顔も徐々に赤みが差してきた。

「私からすればそれくらいの飛躍よ。この図書館にいながら清清しい空気を吸えるとは思えなかったし」
目を輝かせながら言うことでもないだろう……。
「僕からのアドバイスだ。君はたまには外に出て運動するべきだと思うね」
「そんなのはどうでもいいのよ。起こらない仮定をしても意味が無いから。それよりさっきの箱。
 あれは外部と内部の間にもう一つ層があってそこに断熱の術式があるんじゃないかしら。
 術式は水の属性をベースにした不干渉制約と火の属性の応用である熱量保存を併用して──」

朗々と僕に解説を始めるパチュリーさん。
正直何を言っているのか全然理解できない。

「悪いが自信満々に言われても僕には分からないね」
「知識が無い人でも単語を捉えていけば理解できないことも無いわよ?」
「いや、分からないのは箱がなぜ温度を保てるかの方なんだけど」
「なんですってー!?」

大声を出してごほごほ言うパチュリーさん。
第一印象の落ち着いた雰囲気が今では影も形も無い。

「……迂闊だったわ。貴方が魔道に明るくないならもし合っていたとしても分かるはず無いじゃない」
「まずこれ魔道じゃないんだけど」
「それを先に言いなさいよ!」
「そんな大声出すとまた……って遅かったか」

三度ごほごほとやり始めるパチュリーさん。
連続で大声出したのはまずかったのかまた血の気が失せている。
……この人、喘息持ちで虚弱なのに意外と饒舌だよなぁ。
くぐもった吐息を鳴らしながら、どんよりとした瞳が僕を捉える。

「そういえば、貴方は、何でここに来たの?」

合間にぜーぜーと呼吸音を挟みながら僕に尋ねる。
そういえば言ってなかったか、僕がここを訪ねた理由を。

「いつも魔理沙の奴がお世話になっていると聞いてね。知人代表でお礼を言いに来たんだ。
 まあ僕自身も本が好きだから借りに来たっていうのもあるけど」
「魔理沙の? と言うか知人代表って何よ、保護者を呼んできなさい。
 そして何より、本命は後に付け加えた方でしょう」
「その辺りは気にしないでくれ」
「……ふーん、ま、いいわ。聞かないでおく」

紫の双眸が僅かに好奇心を覗かせたが、すぐの元の落ち着きを取り戻した。
実力行使で聞き出さないのはマスクの一件があったからだろうか。

「そうしてくれるとありがたい。さて、僕はそろそろパーティーに向かうよ」

図書館に入ってから約半刻。入った時の日の位置を考えるとそろそろ始まる時間のはずだ。
ここらでお暇するとしよう。

「そう、行くのは構わないけど何かお礼がしたいわね。こんな素晴らしい物も貰ったし」
「別に構わないさ。うちにまだ沢山あるし」
「衣装がいいかしら。これからパーティーだっていうのにその格好は情けない」

まるで人の話を聞いていないが痛い所を的確に突かれた。
確かに僕の服は普段着で、こういう会場では間違いなく浮く服装だろう。
それは僕自身も気にしていたことだ。

「……そうだね、折角だからその好意ありがたく受け取らせてもらうよ」
「潔い人は好きよ。えーと、長身で肉付きは普通の男性に似合う服は……」

御伽噺の魔女のように衣服を用意してくれるのだろう。
この着替えが終わる頃に、もうパーティーは始まっているはずだ。
(後)に続きます。
そちらも同じくらい長いです。
清流泉
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コメント



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3.70名前が無い程度の能力削除
こーりん自重
14.100名前が無い程度の能力削除
ハイパー朴念仁ターイム!
16.80名前が無い程度の能力削除
続きにも期待がもてそうだ

しかし朴念だなw
18.100謳魚削除
女性陣の徐々に冷ややかになる視線がすんばらすぃ。
妖精さんの忠告がもう素敵過ぎて困っちゃう。
23.100名前が無い程度の能力削除
とても読みやすい!
26.無評価名前が無い程度の能力削除
ノウレッジ?
37.80名前が無い程度の能力削除
ハハハ殺してぇ
38.90名前ガの兎削除
妖精さんかわいい!妖精さんかわいいよ!
39.90名前が無い程度の能力削除
ここの妖精さんたちはあれですね。某田中ロミオ……
49.90名前が無い程度の能力削除
金一万二千ってもしかして小判のことかな?
霊夢どれだけツケてるんだwww
54.80名前が無い程度の能力削除
ゆうかりん、何というドS乙女……!
55.100名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんかわいいよゆうかりん
58.100名前が無い程度の能力削除
妖精さんかわいい!