博麗霊夢捜神記 <1>
「はぁ」
「どうした霊夢、さっきから溜息ばかりじゃないか」
少し肌寒くなってきた午後の縁側。
いつものように巫女と魔法使いのコンビは平和にお茶を飲んでいた。
「いえね」
「なんだよ」
「最近みょうな夢を見るのよ」
「へえ」
ずず、と淹れたてのお茶を啜り霊夢が物憂げに呟く。
――精一杯「めらんこりっく」な表情をしようとしているが生来の暢気オーラゆえか、
それとも元々のしまりのない顔のせいかは分からないがあまり深刻そうにはみえない。
そんな横顔を猫のようなくりくりとした瞳で魔理沙が見つめている。
あまり手入れのされていない金髪はそれでもきらきらと一本一本が金糸で出来ているかにように
輝きをみせ、今もなお寒空に隠れがちな陽光に照らされてきらりきらりと光を反射している。
魔理沙は少し顔を斜め上にあげて発言する。尊大な口調だ。
「ただの変な夢なら面白くないぜ」
「ただの変な夢って何よ」
「霊夢が変っていうくらいなんだからそれは変な夢なんだろうなぁ」
にたにたと笑いながら笑みを大きくする
「私を変人みたいに言わないで頂戴」
強く否定しないあたりがなんともいえない。
はぁ、とこれは呆れた溜息を吐いて霊夢は夢の話をはじめる
朝、いや時間は朝方か、真昼なのか曖昧な時刻にいつも夢ははじまる。
なぜか霊夢は幼い頃の姿で博麗神社の鳥居の下に居る。
とにかく考える暇もなく、幼い霊夢は子供特有の無鉄砲さそのままで神社のなかを駆けていく
いつも腰掛けている縁側から靴を脱いでそのまま居間へ
そこには誰もいない、不気味ではない安穏とした静寂が漂っている
ふと天井を見上げるといつも使っている陰陽玉がふわふわと浮かんでいる。
何故かその陰陽玉には紅い紐が結ばれている。
その頃の霊夢(夢の中の霊夢)には陰陽玉を操る霊力はまだないし、操り方も知らない。
では誰か、違う誰かが操っているのか?
ぼうぜんと霊夢が陰陽玉を見ていると玉が突然居間から廊下へ出て行く。
慌てて追うと、もう陰陽玉は廊下の向こう角を曲がろうとしている。
妙にきらきらとした紅い紐が猫の尾のように揺れている。「きれい」と小さく呟き、ぺたぺたと後を追う。
ずいぶんと廊下を渡りきるのを長く感じた――曲がり角を曲がる。
曲がった先はいつの間にか外だった
「――外」
魔理沙が静かに疑問符を発する。
「それは神社の外ってことか?」
ふにゃり、とだらしなく足を崩しながら魔理沙が呟く。
ぶらぶらと縁側から伸びでた片足から靴がぽとりと落ちた。
そのまま落ちた靴が重力を無視して抜け出た足に戻る奇跡もなく乾いた地面に落下する。
「いえ、幻想郷の外ってことよ」
「わかるのか?」
「・・・確証はないけれどなんとなく、ね」
ずず、と茶を啜る。
「でも今の「外」ってわけじゃないわね、なんとなく空気が古臭いっていうか懐かしい・・・
もしかしたら博霊大結界が張られる前の幻想郷なのかも」
「やべ、汚れちったな、まぁいいか」
魔理沙はしゃがみこんで落ちた靴を拾い上げている。
余談だが汚れた件の靴はアリスからの借り物だったりする。
まだ夢の話は続く
曲がった先――。
視界を占領したのは緑と紅の極彩色。
噎せ返るほどの原色の緑、そして鮮烈な印象を残す紅。
それはよく見れば夏の田園だ。
眼に映える紅は畦に放列して咲く曼珠沙華。
あまりにも奇麗すぎて、そこが夢の中であることを自覚しながら「現実ではない」という感想を持った。
遠くで狼煙が上がっている。肥料になるもえがらを作っているのかもしれない
つん、とするような煙の匂いを嗅ぎながら、朝霧の空気の中を歩く。
どこまで行っても田園の波は続き、ぞろぞろと曼珠沙華の群れが立ち上がって唯一この夢の世界に居る人物に注視していた。寄り添うように咲いた姿が噂話をする街女たちに似ているのだ。
しばらく歩いていると奇妙な行列と行き逢った。
ぼやぼやとした蜃気楼のように形がなく、直視している筈なのになぜか視覚が受け付けない得体のしれない人型のシルエット達。
「足をとめて道の脇へ寄れ」巫女のカンとは違うなにか未知の神経が警告を発していた。
霊夢は特に戸惑うことなくその行列に道を譲り頭を下げる。最敬礼だ。
さも「それ」が普通の人間ならば立ち会うことも視線を向けることも許されない「なにか」だと知っていたようだった。
だからその行列が「なに」であるのか――見てしまいたい。
見てはいけないからこそ、見たい、知りたい・・・夢の中の霊夢は悶々とそのふたつの言葉を浮かべ続ける。もう二度とお目にかかれないかもしれない。もう後でそれがなんであるか知ることはできない、嗚呼、知りたい・・・知りたい。
ええいどうせ夢の中だ、見てしまえそうだそれがいい・・・・・・
行列はゆっくりと――閻魔のお説教を聴いている時分のような遅々さでしか進まず――
幼い霊夢は好奇心に耐え切れず、気づかれないことに期待しながらそっ、と目線を上へ――
「――と、まあこんな感じね」
「ほー」
「でも不思議なことにそいつらの顔とか全然憶えてないのよねぇ」
「えてして夢とはそーいうもん、だぜ?」
「微妙な返答ねぇ」
「変てこな夢ではあるが楽しい夢ではないからなぁ、人の変てこな夢を聞けばそいつも変てこな気分になるものさ」
そう言って魔理沙が縁側から立ち上がる。どっこしょ、と擬音をつけた実に少女らしくない動きだった。
「あら、今日はご飯食べてかないの?あんただいたい今日の時間はうちにたかりじゃないの」
「うん?ああちょいと野暮用だぜ」
にっ、と笑って柱に立てかけた箒を手に取る。
「ほどほどにしときなさいよあんた、そのうちメイドにサクッとされるわよサクッと」
「誰も紅魔館に行くとはいってないぜ、まー、ひ・み・つってやつだな」
話しているうちにいつの間にか日は傾きはじめていた。
遠くの山が黒々とした影絵へとかわり、少しづつ高度を下げはじめた太陽が影絵の影に隠れようとしている。
その太陽に吸い寄せられるように夕焼けの色彩が明度を落としはじめていた。
「・・・霊夢はそれを、その行列をなんだと思うんだ?」
夕焼けがまぶしいのか魔理沙が帽子のつばを引き下げる。
普段よりも静かな口調にちらり、と霊夢は魔理沙の顔を窺う。が、帽子に隠れてその横顔は見えなかった。
あまり気にせず霊夢はうーん、と唸ってから自分で整理しながら喋る。
「そうねぇ・・・なんか、こう、初めて守矢神社で加奈子と諏訪子に会ったときなんかに感じるのに似てたなぁ、胸が苦しくなるような気配の重さなんだけど、こう、暖かい、いや、体中の体温が無理やり上げられて気配の方へ引っ張られていく感覚?そんなのを感じた。そう!加奈子と諏訪子よりももっと激しくて引っ張られる感触の強い、強い・・・・・・神?」
「神様が出てきたか、縁起いいな」
「そうね、神よ!神!あれが神の行列だとすれば、なんか今は顔あげるとまずいよなぁって気分も頷けるわ、それに「行列」と行き違ったのに全く姿もい形も憶えてないのにも頷けるわ、ああ、そいや蔵にそんな感じの事書いた巻物があったはず――」
何度も同じうえに奇妙な夢を見ていた霊夢はそれなりに参っていたらしい。
夢の糸口が分かるとなんとなく嬉しくなり興奮しているようだった。
「おーいなんか盛り上がってるようだが私はもう行くからなー霊夢ー」
魔理沙は口元に手でメガフォンをつくって少し大きな声で言った。
当の本人はよっぽど「行列」のそれが気になるのかたて付けの悪い蔵の扉にトーキックをかましていた。
「霊夢―」
「ああ開かないわねこいつ、何よ?」
境内に差し込む夕陽でほとんど影になった魔理沙が軽く手をあげる。
「頑張れよ」
「あ、うん」
突然の激励。
なんだか違和感を覚えたがあまり霊夢は気にせず扉を蹴破る作業に戻っていった。
いつの間にか魔理沙の姿は博麗神社から消えていた。
夜のマヨヒガ
「紫様、どうしたのですこんな夜中に・・・」
最強の式、八雲藍は少し主人の様子に怯みながら問うた。
紫は庭に立っていた、寝巻きではなくいつもの服装にいつもの日傘だ。
「藍」
最強の式を使う最強の妖怪のひとり、八雲紫はひどく無機質な表情で夜空を見上げていた。
普段のどこか人を莫迦にしたような煙をまく雰囲気は微塵も消えうせ、今は静かで強力な――喩えるなら表面張力ぎりぎりまで水を張ったコップのような緊張感に満ちている。
藍は思考した。少なくとも主の気まぐれ以外で私が本気で怒られるような行動はとっていない。少し口答えはしたがそれもいつもの軽口程度、
愛しき我が橙もは今日も実にいい子だった粗相はしていない。
むしろ紫様は今日一日朝からどこか静かだった。ならば
「紫様――異変で御座いますか」
さっ、と姫に礼を尽くす騎士のように藍はその場に片膝を立て伏せ、前に手をついた。
頭は垂れずじっと主の眼だけを見つめる。
「そうよ、異変も異変、大異変」
くるくる、と無機質な表情なまま日傘を回す。そしてその日傘の笠から射抜く様な視線で空を見上げた。
「また天人ですか?あの懲りない――」
「いいえ、藍。この話はもっとシリアスなものよ、ひとつ間違えばこの幻想郷が滅びてしまうほどの類の・・・」
「それは――」
藍はうろたえた。それとは逆に全神経が研ぎ澄まされ、その来たる大異変に向けての準備を整えていた。普段は封じられた霊力のリミットが全て外され力が満ちる。弾幕ごっこでは使う必要のない「第二の脳」が覚醒し、藍が精神と肉体がそれぞれの脳に分けられそれぞれを阻害することなく全力で力と知識を引き出せる状態になった。
この状態になったのは地上の妖怪が月で大敗したとき追っ手から傷ついた紫を護る為だけ、いや遡ればまだ主人ではなく敵対者だった頃のスキマ妖怪と戦った以来――
「今すぐ起きるわけではないわ、鎮めなさい藍」
「御意に」
「多く見積もって明日から4日――あまり余裕も無いわね」
「一体なにが起こるというのです紫様」
「あなたも空をご覧なさい、今のあなたなら分かるわ」
いち早く異変の正体、それが起こる験を識るため藍はその場から跳躍すると紫の傍らに着地した。
空を、否、幻想卿全体を包む博霊大結界を凝視した。
「あれは―――」
いつもの結界、いや小さな違和感を感じる。
これは・・・そう、かつて相対した事があるような気配。
「紫様――あれは、あれは」
「それ」を理解し、藍は全身を総気立たせながら主を仰ぎ見た。主は厳しい表情のままただただ天を見据えている。
「今はただ無邪気に叩いているだけよ、誰にも認識されないほど小さく弱くね・・・でもそのうち」
紫が広げた手の平をぱぁん、ともうひとつの拳で叩いた。
「あれは、あれは一体、なんなのです!紫様!!」
一呼吸遅れて藍が叫ぶ。結界の外側に張り付いているのだ!恐ろしく巨大な何かが!
主は皮肉げに頬を歪ませると藍に向き直り言った。
「――かみよ、ただの、穢れた財貨と偽りの奇跡で満たされた、ただの」
神よ。
マヨヒガの八雲一家はこの日を境に全力で結界の補強を始める――
幼い霊夢はその日また鳥居の下に立っていた。
子供ながらの無鉄砲さで境内を突っ切りそのまま中へ
縁側を駆け上がり居間に入ると予想通りあの陰陽玉が浮かんでいた。
妙にきらきらと輝く紅い紐を結んだ陰陽玉。
今日は逃がすか!とばかりに霊夢は卓袱台の上にあがり手を伸ばす。
すると玉はするっ、と霊夢の手を逃れまた廊下に逃げていった。
ちくしょう、と吐き出しながらまたやたら長い廊下をまっすぐ走る。
走る
走る
曲がり角を曲がるとそこは外ではなく普通の廊下だった。
おや?と思いながら霊夢は走る速度を落とし停止すると周囲の様子を窺った。
するとあの陰陽玉に巻きついていた紅い紐がきらきらと霊夢の足元で輝いている。
――と、紐は廊下のすぐ側の部屋に続いているようだった。
さっきまでなかった様な気がする部屋。現実の博麗神社にもない気がする様な部屋。
まぁ夢の中なのだからそんなのもありだろうと、霊夢は障子を開け放つ。
「あれ?」
開けて入った先は何の変哲もない座敷だった。黒檀の小箪笥に火の灯されていない行灯。
その横に押しやった文机、小さな座布団。飾りでつけられた小さな丸窓。
その部屋の中央に紐の結ばれた陰陽玉が転がっていた。
猫が毛糸を転がすようにちょんちょん、と霊夢はしゃがんでつついたがまるで反応がない。
陰陽玉が力を失った?もしくは操り手を失った?もしくは意図的に誰かを誘い出す為に
しゃがんだ霊夢の後ろで何かが動く気配がした。
上質な布が擦れるよう音。
「・・・!」
振り向く暇もなく、いつの間にか霊夢は後ろの何かに抱きしめれていた。
そして「それ」は男とも女ともつかない優しい声で霊夢に呟いた。
「ただいま、霊夢」
「はぁ」
「どうした霊夢、さっきから溜息ばかりじゃないか」
少し肌寒くなってきた午後の縁側。
いつものように巫女と魔法使いのコンビは平和にお茶を飲んでいた。
「いえね」
「なんだよ」
「最近みょうな夢を見るのよ」
「へえ」
ずず、と淹れたてのお茶を啜り霊夢が物憂げに呟く。
――精一杯「めらんこりっく」な表情をしようとしているが生来の暢気オーラゆえか、
それとも元々のしまりのない顔のせいかは分からないがあまり深刻そうにはみえない。
そんな横顔を猫のようなくりくりとした瞳で魔理沙が見つめている。
あまり手入れのされていない金髪はそれでもきらきらと一本一本が金糸で出来ているかにように
輝きをみせ、今もなお寒空に隠れがちな陽光に照らされてきらりきらりと光を反射している。
魔理沙は少し顔を斜め上にあげて発言する。尊大な口調だ。
「ただの変な夢なら面白くないぜ」
「ただの変な夢って何よ」
「霊夢が変っていうくらいなんだからそれは変な夢なんだろうなぁ」
にたにたと笑いながら笑みを大きくする
「私を変人みたいに言わないで頂戴」
強く否定しないあたりがなんともいえない。
はぁ、とこれは呆れた溜息を吐いて霊夢は夢の話をはじめる
朝、いや時間は朝方か、真昼なのか曖昧な時刻にいつも夢ははじまる。
なぜか霊夢は幼い頃の姿で博麗神社の鳥居の下に居る。
とにかく考える暇もなく、幼い霊夢は子供特有の無鉄砲さそのままで神社のなかを駆けていく
いつも腰掛けている縁側から靴を脱いでそのまま居間へ
そこには誰もいない、不気味ではない安穏とした静寂が漂っている
ふと天井を見上げるといつも使っている陰陽玉がふわふわと浮かんでいる。
何故かその陰陽玉には紅い紐が結ばれている。
その頃の霊夢(夢の中の霊夢)には陰陽玉を操る霊力はまだないし、操り方も知らない。
では誰か、違う誰かが操っているのか?
ぼうぜんと霊夢が陰陽玉を見ていると玉が突然居間から廊下へ出て行く。
慌てて追うと、もう陰陽玉は廊下の向こう角を曲がろうとしている。
妙にきらきらとした紅い紐が猫の尾のように揺れている。「きれい」と小さく呟き、ぺたぺたと後を追う。
ずいぶんと廊下を渡りきるのを長く感じた――曲がり角を曲がる。
曲がった先はいつの間にか外だった
「――外」
魔理沙が静かに疑問符を発する。
「それは神社の外ってことか?」
ふにゃり、とだらしなく足を崩しながら魔理沙が呟く。
ぶらぶらと縁側から伸びでた片足から靴がぽとりと落ちた。
そのまま落ちた靴が重力を無視して抜け出た足に戻る奇跡もなく乾いた地面に落下する。
「いえ、幻想郷の外ってことよ」
「わかるのか?」
「・・・確証はないけれどなんとなく、ね」
ずず、と茶を啜る。
「でも今の「外」ってわけじゃないわね、なんとなく空気が古臭いっていうか懐かしい・・・
もしかしたら博霊大結界が張られる前の幻想郷なのかも」
「やべ、汚れちったな、まぁいいか」
魔理沙はしゃがみこんで落ちた靴を拾い上げている。
余談だが汚れた件の靴はアリスからの借り物だったりする。
まだ夢の話は続く
曲がった先――。
視界を占領したのは緑と紅の極彩色。
噎せ返るほどの原色の緑、そして鮮烈な印象を残す紅。
それはよく見れば夏の田園だ。
眼に映える紅は畦に放列して咲く曼珠沙華。
あまりにも奇麗すぎて、そこが夢の中であることを自覚しながら「現実ではない」という感想を持った。
遠くで狼煙が上がっている。肥料になるもえがらを作っているのかもしれない
つん、とするような煙の匂いを嗅ぎながら、朝霧の空気の中を歩く。
どこまで行っても田園の波は続き、ぞろぞろと曼珠沙華の群れが立ち上がって唯一この夢の世界に居る人物に注視していた。寄り添うように咲いた姿が噂話をする街女たちに似ているのだ。
しばらく歩いていると奇妙な行列と行き逢った。
ぼやぼやとした蜃気楼のように形がなく、直視している筈なのになぜか視覚が受け付けない得体のしれない人型のシルエット達。
「足をとめて道の脇へ寄れ」巫女のカンとは違うなにか未知の神経が警告を発していた。
霊夢は特に戸惑うことなくその行列に道を譲り頭を下げる。最敬礼だ。
さも「それ」が普通の人間ならば立ち会うことも視線を向けることも許されない「なにか」だと知っていたようだった。
だからその行列が「なに」であるのか――見てしまいたい。
見てはいけないからこそ、見たい、知りたい・・・夢の中の霊夢は悶々とそのふたつの言葉を浮かべ続ける。もう二度とお目にかかれないかもしれない。もう後でそれがなんであるか知ることはできない、嗚呼、知りたい・・・知りたい。
ええいどうせ夢の中だ、見てしまえそうだそれがいい・・・・・・
行列はゆっくりと――閻魔のお説教を聴いている時分のような遅々さでしか進まず――
幼い霊夢は好奇心に耐え切れず、気づかれないことに期待しながらそっ、と目線を上へ――
「――と、まあこんな感じね」
「ほー」
「でも不思議なことにそいつらの顔とか全然憶えてないのよねぇ」
「えてして夢とはそーいうもん、だぜ?」
「微妙な返答ねぇ」
「変てこな夢ではあるが楽しい夢ではないからなぁ、人の変てこな夢を聞けばそいつも変てこな気分になるものさ」
そう言って魔理沙が縁側から立ち上がる。どっこしょ、と擬音をつけた実に少女らしくない動きだった。
「あら、今日はご飯食べてかないの?あんただいたい今日の時間はうちにたかりじゃないの」
「うん?ああちょいと野暮用だぜ」
にっ、と笑って柱に立てかけた箒を手に取る。
「ほどほどにしときなさいよあんた、そのうちメイドにサクッとされるわよサクッと」
「誰も紅魔館に行くとはいってないぜ、まー、ひ・み・つってやつだな」
話しているうちにいつの間にか日は傾きはじめていた。
遠くの山が黒々とした影絵へとかわり、少しづつ高度を下げはじめた太陽が影絵の影に隠れようとしている。
その太陽に吸い寄せられるように夕焼けの色彩が明度を落としはじめていた。
「・・・霊夢はそれを、その行列をなんだと思うんだ?」
夕焼けがまぶしいのか魔理沙が帽子のつばを引き下げる。
普段よりも静かな口調にちらり、と霊夢は魔理沙の顔を窺う。が、帽子に隠れてその横顔は見えなかった。
あまり気にせず霊夢はうーん、と唸ってから自分で整理しながら喋る。
「そうねぇ・・・なんか、こう、初めて守矢神社で加奈子と諏訪子に会ったときなんかに感じるのに似てたなぁ、胸が苦しくなるような気配の重さなんだけど、こう、暖かい、いや、体中の体温が無理やり上げられて気配の方へ引っ張られていく感覚?そんなのを感じた。そう!加奈子と諏訪子よりももっと激しくて引っ張られる感触の強い、強い・・・・・・神?」
「神様が出てきたか、縁起いいな」
「そうね、神よ!神!あれが神の行列だとすれば、なんか今は顔あげるとまずいよなぁって気分も頷けるわ、それに「行列」と行き違ったのに全く姿もい形も憶えてないのにも頷けるわ、ああ、そいや蔵にそんな感じの事書いた巻物があったはず――」
何度も同じうえに奇妙な夢を見ていた霊夢はそれなりに参っていたらしい。
夢の糸口が分かるとなんとなく嬉しくなり興奮しているようだった。
「おーいなんか盛り上がってるようだが私はもう行くからなー霊夢ー」
魔理沙は口元に手でメガフォンをつくって少し大きな声で言った。
当の本人はよっぽど「行列」のそれが気になるのかたて付けの悪い蔵の扉にトーキックをかましていた。
「霊夢―」
「ああ開かないわねこいつ、何よ?」
境内に差し込む夕陽でほとんど影になった魔理沙が軽く手をあげる。
「頑張れよ」
「あ、うん」
突然の激励。
なんだか違和感を覚えたがあまり霊夢は気にせず扉を蹴破る作業に戻っていった。
いつの間にか魔理沙の姿は博麗神社から消えていた。
夜のマヨヒガ
「紫様、どうしたのですこんな夜中に・・・」
最強の式、八雲藍は少し主人の様子に怯みながら問うた。
紫は庭に立っていた、寝巻きではなくいつもの服装にいつもの日傘だ。
「藍」
最強の式を使う最強の妖怪のひとり、八雲紫はひどく無機質な表情で夜空を見上げていた。
普段のどこか人を莫迦にしたような煙をまく雰囲気は微塵も消えうせ、今は静かで強力な――喩えるなら表面張力ぎりぎりまで水を張ったコップのような緊張感に満ちている。
藍は思考した。少なくとも主の気まぐれ以外で私が本気で怒られるような行動はとっていない。少し口答えはしたがそれもいつもの軽口程度、
愛しき我が橙もは今日も実にいい子だった粗相はしていない。
むしろ紫様は今日一日朝からどこか静かだった。ならば
「紫様――異変で御座いますか」
さっ、と姫に礼を尽くす騎士のように藍はその場に片膝を立て伏せ、前に手をついた。
頭は垂れずじっと主の眼だけを見つめる。
「そうよ、異変も異変、大異変」
くるくる、と無機質な表情なまま日傘を回す。そしてその日傘の笠から射抜く様な視線で空を見上げた。
「また天人ですか?あの懲りない――」
「いいえ、藍。この話はもっとシリアスなものよ、ひとつ間違えばこの幻想郷が滅びてしまうほどの類の・・・」
「それは――」
藍はうろたえた。それとは逆に全神経が研ぎ澄まされ、その来たる大異変に向けての準備を整えていた。普段は封じられた霊力のリミットが全て外され力が満ちる。弾幕ごっこでは使う必要のない「第二の脳」が覚醒し、藍が精神と肉体がそれぞれの脳に分けられそれぞれを阻害することなく全力で力と知識を引き出せる状態になった。
この状態になったのは地上の妖怪が月で大敗したとき追っ手から傷ついた紫を護る為だけ、いや遡ればまだ主人ではなく敵対者だった頃のスキマ妖怪と戦った以来――
「今すぐ起きるわけではないわ、鎮めなさい藍」
「御意に」
「多く見積もって明日から4日――あまり余裕も無いわね」
「一体なにが起こるというのです紫様」
「あなたも空をご覧なさい、今のあなたなら分かるわ」
いち早く異変の正体、それが起こる験を識るため藍はその場から跳躍すると紫の傍らに着地した。
空を、否、幻想卿全体を包む博霊大結界を凝視した。
「あれは―――」
いつもの結界、いや小さな違和感を感じる。
これは・・・そう、かつて相対した事があるような気配。
「紫様――あれは、あれは」
「それ」を理解し、藍は全身を総気立たせながら主を仰ぎ見た。主は厳しい表情のままただただ天を見据えている。
「今はただ無邪気に叩いているだけよ、誰にも認識されないほど小さく弱くね・・・でもそのうち」
紫が広げた手の平をぱぁん、ともうひとつの拳で叩いた。
「あれは、あれは一体、なんなのです!紫様!!」
一呼吸遅れて藍が叫ぶ。結界の外側に張り付いているのだ!恐ろしく巨大な何かが!
主は皮肉げに頬を歪ませると藍に向き直り言った。
「――かみよ、ただの、穢れた財貨と偽りの奇跡で満たされた、ただの」
神よ。
マヨヒガの八雲一家はこの日を境に全力で結界の補強を始める――
幼い霊夢はその日また鳥居の下に立っていた。
子供ながらの無鉄砲さで境内を突っ切りそのまま中へ
縁側を駆け上がり居間に入ると予想通りあの陰陽玉が浮かんでいた。
妙にきらきらと輝く紅い紐を結んだ陰陽玉。
今日は逃がすか!とばかりに霊夢は卓袱台の上にあがり手を伸ばす。
すると玉はするっ、と霊夢の手を逃れまた廊下に逃げていった。
ちくしょう、と吐き出しながらまたやたら長い廊下をまっすぐ走る。
走る
走る
曲がり角を曲がるとそこは外ではなく普通の廊下だった。
おや?と思いながら霊夢は走る速度を落とし停止すると周囲の様子を窺った。
するとあの陰陽玉に巻きついていた紅い紐がきらきらと霊夢の足元で輝いている。
――と、紐は廊下のすぐ側の部屋に続いているようだった。
さっきまでなかった様な気がする部屋。現実の博麗神社にもない気がする様な部屋。
まぁ夢の中なのだからそんなのもありだろうと、霊夢は障子を開け放つ。
「あれ?」
開けて入った先は何の変哲もない座敷だった。黒檀の小箪笥に火の灯されていない行灯。
その横に押しやった文机、小さな座布団。飾りでつけられた小さな丸窓。
その部屋の中央に紐の結ばれた陰陽玉が転がっていた。
猫が毛糸を転がすようにちょんちょん、と霊夢はしゃがんでつついたがまるで反応がない。
陰陽玉が力を失った?もしくは操り手を失った?もしくは意図的に誰かを誘い出す為に
しゃがんだ霊夢の後ろで何かが動く気配がした。
上質な布が擦れるよう音。
「・・・!」
振り向く暇もなく、いつの間にか霊夢は後ろの何かに抱きしめれていた。
そして「それ」は男とも女ともつかない優しい声で霊夢に呟いた。
「ただいま、霊夢」
続きを楽しみにしてます
楽しみにしてます。
物語導入としてはなかなか惹きつけられるものがあったのでこのくらいです。
面白そうな雰囲気だし続きをきたいしてます。
誤字報告
s/加奈子/神奈子/;