子供の笑い声で目を覚ました。
いつのまにか船を漕いでいたらしい。昨日は遅くまで妖精メイド達の飲み会に参加していたので、きっとそれが原因だろう。酒には自信があったけれど、加減を知らない妖精達を相手にしては、さしもの美鈴も酔いが回る。
緩んだ筋肉を戒めるように背を伸ばし、欠伸で眠気の絞りカスを追い払った。
空は快晴。隣に誰かいたならば、あの雲は何に見えるかとくだらない話をしそうな天気だ。温かい日差しも眠気を誘った原因に違いない。
美鈴は首を鳴らしながら、無骨な門にもたれかかる。布越しに、冷たい鉄の感触がひんやりと伝わってきた。
「うーん、咲夜さんが見てなくて助かったなぁ」
かのメイド長の前では、どんな言い訳も通用しない。例え前日に不眠だったとしても、眠気覚ましのナイフが飛ぶ確率は変わらないのだ。
安堵の溜息を漏らす美鈴の首筋に、スッと冷たいものが押し当てられる。
呼吸が止まった。全身を硬直させながら、ゆっくりと視線を落とす。
日光を反射し、眩しく光る銀色のナイフが添えられていた。
ひょっとしなくても。
美鈴は、恐る恐るナイフを握る腕の先へ視線を這わせた。予想通りの人物が、予想通りの笑顔で佇んでいた。
「おはよう、美鈴」
台詞だけ聞けば、気さくな同僚の軽い挨拶。しかし、頭から言葉尻に至るまで殺気が混じっている。笑顔で人を殺せるタイプがいるとすれば、きっとこういう人なのだろう。冷や汗を垂らしながら思った。
「べ、弁明の余地は?」
「シエスタという戯言以外なら」
しばし考え、美鈴は口を開いた。
「瞑想です」
「だったら、どれだけ精神が鍛えられたか試してあげるわよ」
ナイフに力が込められ、首筋から血が垂れ落ちる。
いけない、彼女は本気だ。
観念して白状することにした。妖怪だって命は惜しい。
「すいません、寝てました」
「まったく、最初から素直にそう言えばいいものを」
まだ怒ってはいたが、ナイフは収めてくれた。ひとまず生命の危機からは脱したらしい。美鈴は、本日二度目となる安堵の溜息をついた。
「素直に言っていれば許してくれたんですか?」
「サボテンになりたいと思ったことない?」
案の定、見つかった時点でゲームオーバーだったようだ。どの選択肢を選んでもバッドエンドだなんて、ルナティックを超えている。
「まあ、今日は調子が悪いから深く追求はしないけど……ゴホッ、ゴホッ」
苦しそうに咳き込む咲夜。よく見れば、顔が若干赤い。瞳も潤んでいる。
詳しい診断をしなければわからないが、見た限りではおそらく風邪だろう。
「あー、もし良かったら風邪に効く薬を煎じて持っていきますけど」
何気ない一言に、咲夜の顔が思いの外驚く。
「あなた、薬なんて作れるの?」
「気休め程度ですけど。風邪に効く薬だったら、まあ」
もっとも正確には解熱剤や咳止めといった諸症状を抑える薬でしかない。風邪の特効薬が作れるのは、おそらく竹林の薬師ぐらいだろう。あれを基準に考えるのもどうかと思うが。
「ただ、基本的には永琳さんに見てもらった方が良いとは思いますけど。やっぱり餅は餅屋ですし」
「嫌よ。何故だかわからないけど、あれに借りを作るのは絶対に嫌」
どういうわけか、咲夜は永琳の事をあまり快く思っていないらしい。だからきっと薬も貰いに行かないだろうからと声を掛けたのだが。
咲夜はまた一つ咳をして、美鈴の肩に手を置いた。
「あと一時間で交代でしょ。それが終わったら薬を持ってきて頂戴。紅茶ぐらいだったらご馳走するわよ」
「あまり無理をしない方が良いと思うんですけど」
クスッと笑いながら、咲夜は紅魔館へと戻っていく。
「紅茶を容れることは、メイドにとって息をするようなもの。心配しなくてもいいわよ」
ムチの中にさりげないアメを混ぜる。これだから、十六夜咲夜という人間に付き合うのは止められない。
メイド長が咲夜でなかったら、辞めた妖精メイドは大勢いる。それほどに、咲夜の統率力は優れていた。
残りのメイドは、レミリアのカリスマに惚れ込んでか。
「私の場合は……後者だったっけかなぁ」
虚ろな目で、空を見上げる。
ふと、懐かしい唄が聞こえてきた。
子供達が手鞠で遊んでいるらしい。今日は湖の周りも平穏で、妖怪達も姿を見せない。だからこんな遠くまで来てしまったのだろう。危険な場所には変わりないというのに。後で注意しておかないといけない。
「一つ、お空の天道が。二つ、笑って大日寺。三つ、三方の大狸。四つ、転んで石の上……」
かつて来日したときに、美鈴もこの唄を一人の坊主から聞かされた。懐かしい記憶だ。
咲夜につけられた首筋の傷を押さえながら、ふぅ、と気の抜けた息を漏らす。
郷愁を呼びおこす唄を聞きながら、やがて美鈴は目蓋の重みに負けていった。
「五つ……」
誰かに袖を引かれる感触で目が覚めた。
腰の位置にある頭が、不安そうに美鈴の顔を覗き込んでいる。脳みそはまだ寝ぼけているらしく、美鈴はそれが誰か思い出せないでいた。
「メイ姉ちゃん、大丈夫?」
声を聞いて、ようやく脳が答えを運び出す。
連日の診療で荒れた手のひらを、少女を頭の上に乗せた。くすぐったそうに少女は目を細め、腕の中の鞠をぎゅっと抱きしめる。
村はずれの与一が熱を出したと聞き、慌てて診察に出かけたのが数刻前。半ば徹夜状態での治療を終えると、家に戻ってきた途端疲れがどっと押し寄せてきた。
熱がぶり返す危険性もあるので、眠ってしまうわけにはいかない。だが少しでも回復しておかないとと思い、壁にもたれ掛かっていたのだが、いつのまにか眠ってしまったようだ。
「鈴、お母さんは?」
鈴の父親は戦で亡くなり、母親は病気を患っていた。村人の協力で何とか食べてはいけているのだが、薬を買う為のお金を出す余裕など村にはない。すわ明日に尽きる命かと、村人達はほとほと困り果てていたという。
そこへ、フラリと現れたのが紅美鈴という名の女性だった。こう書くと、まるで救世主のように思えるが、実際は単にお腹が空いて路頭に迷っていただけのこと。ただでさえ少ない鈴の食事を分けて貰った美鈴は、ならば恩を返さずには出発できないと鈴の母親を治療した。
元々、美鈴には気を使う程度の能力が備わっていた。美鈴は、人体の気の流れを操り病気を治療したり、草々の気の流れを探って調合したりと、その力を主に医学へ使用している。
無論、武術にも使ってはいるが、あくまで暴漢退治程度のもの。それで食べて行くには、少々腕が足りない。
「まだ寝てる。でも、すごく幸せそうだった」
鈴の母親、お澄の身体を蝕んでいたのは、かつて大陸で猛威を振るった病気であった。五年で下半身が麻痺し、十年で全身麻痺に至る。そこからは、徐々に体力が衰退していき、長くても十五年で死に至るのだ。
そのじわじわと人をいたぶるように殺していく病状から、悪霊の祟りとして恐れられていた代物である。とはいえ、ちゃんとした治療法をしっていれば、それほど怖い病気ではない。幸いなことに、美鈴は大陸を旅していた時にその治療法を耳にしていた。
診察したところ、お澄は感染してから五年ほど経っている。下半身にはかなりの痺れがあるようだが、あと一年ほど治療を続ければ完治は間違いない。
少なくとも、お澄の完治を見届けるまで、美鈴はこの村を旅立つつもりはなかった。
「ありがと、メイ姉ちゃん」
恥ずかしそうに、鈴がお礼を言う。この村へ訪れた当初は、治療の為にと近づいた美鈴を蹴飛ばしていたのに。異国の格好と外見をした美鈴を、悪魔か妖怪だと思っていたそうだ。それを思えば、こうしてお礼を言ってくれるのは格段の進歩と言えよう。
頬を掻く。自分が照れていないか、それだけで判断するのは不可能だった。
「ああ、ところで、私に何か用ですか?」
少しわざとらしく、美鈴は話題を逸らした。
鈴はあっと声をあげて、ボロ布を合わせて作った鞠を差し出す。確か、美鈴が仲良くなる為にあげた物だった。
「これが?」
「昨日、言ってた。鞠つき、教えてくれるって」
朧気な記憶を辿るも、慌ただしい一日だったという感想が浮かぶばかり。本当に自分がそんなことを言ったのか、疑問に思う。
だが、鈴はそうそう嘘をつくような子じゃない。それに、こういうものは忘れた方が悪いのだ。
鞠を受け取り、感触を確かめるように跳ねさせる。見た目は見窄らしいが、使い勝手はなかなか悪くない。自画自賛するつもりはないが、我ながら良い仕事をしたと思う。
「じゃあ、まず唄を覚えないと。私が唄うから、覚えて下さいね」
「うん」
かつて美鈴が日本へやってきた際、一人の物臭坊主が教えてくれた唄がある。
「一つ、お空の天道が。二つ、笑って大日寺」
唄は覚えていても、意味は全く分からない。肝心の坊主に尋ねても、唄の意味など油虫の糞より役に立たん、と教えてくれなかった。耳障りな呵々という笑いが、今でも耳にこびりついている。
あの坊主、まだ生きているんだろうか。人間ならとうに死んでいてもおかしくない年数が経っていたけれど、何故か生きているような気がする。きっと、あれは狸や何かが化けた姿なのだろう。最近、美鈴はそう思うようになっていた。
「三つ、三方の大狸。四つ、転んで石の上」
本来なら、言葉の最後で足を鞠の上で回す。だが、今回はあくまで唄を教えるだけ。
興味津々で瞳を輝かせる鈴の為に、美鈴は続きの唄を口から紡ぐ。
「五つ……」
「鈴」
枯れ枝のざわめきのように、力の無い言葉が唄を遮った。見れば、ふらふらと今にも倒れそうな女性が床から起きあがり、壁を手にこちらへやってきていた。
鈴の母親、お澄である。
「駄目ですよ、お澄さん。無理して歩いちゃ。様態が回復しているとはいえ、無理は禁物なんですから」
慌ててお澄の身体を支える美鈴。
「すみません。ですけど、鈴。美鈴さんもお疲れなのだから、あまり無理を言うものじゃないよ」
諫めるような母親の言葉に、しゅんと鈴は項垂れる。そして鞠を拾って、美鈴に頭をさげた。
「ごめん、メイ。疲れてるなら、寝ててもいいよ。唄は、また今度教えてくれたらいいから」
「いや、私なら全然大丈夫ですし……」
「でも、さっき壁にもたれて寝てた」
「うっ!」
そこを突かれると弱い。体力はおおよそ回復しているのだが、眠気の方はまだまだ衰える様子を見せない。鈴が起こしてくれなかったら、きっと夜まで寝ていただろう。
無理して遊んで、気を遣わせるのも悪い。それに、そんな状態で遊んでも楽しくはないだろう。仕方なく、素直に鈴とお澄の言葉に甘えることにした。
「じゃあ、私は少しだけ眠らせて貰います。何かあったら、遠慮無く起こしてくださいね」
ムシロを拾って、蓑虫のように蹲る。北国の寒さにも耐えた美鈴からすれば、この程度で充分に眠ることができた。
ゆっくりと意識を手放す中で、きっとこの親子は余程の事が無い限りは自分を起こさないのだろうなと思った。
美鈴と遊べないのは残念だったが、無理を言って困らせるのも嫌だった。
彼女は大丈夫だと言っていたが、それが空元気であることは子供の鈴から見ても明らかだ。
わざわざ起きてきたお澄を寝かせて、いつのまにか落ちていた鞠を拾う。都の貴族達が使うものとは一段も二段も格が下がるものの、鈴はこの鞠が気に入っていた。例え、交換してくれと頼まれても絶対に断るだろう。
鞠を抱えて、家を出る。ふわっと、山から下りてきた風が前髪を撫であげた。
「聞いたか、山向こうの村の話」
風が運んだのは、黴くさい木々の香りだけではない。村の男達の会話も、鈴の元へと持ってきた。
いやに男達が神妙な顔で話しているので、ついついその内容が気になる。鈴は足音を忍ばせて、こっそりと男達の側にあった藁の陰に隠れた。
「薪を売りに吾郎が村へ行ったらしいんだが、何でも火事で村一つが丸ごと焼け落ちとったらしいぞ。しかも、村人は全員焼け死んでたんだと」
「おっかねえ話だな。しかし、村が焼けてんのに誰も逃げなかったのか?」
「んだ。吾郎も妙だと思ってちーと調べたらしいんだが、辺りに生き残った人は誰もおらんかったらしい。代わりに、村中に焦げた死体があったんだと」
「はぁ、そいで吾郎は寝こんどるか」
恐ろしい恐ろしいと呪文のように唱えながら、男達は身を震わせている。確かに山火事は恐ろしいけど、逃げてしまえば怖くない。きっとその村の人たちは足が遅かったのだろう。鈴はその程度にしか考えていなかった。
「そんでだ、話はここで終わらねえ。その村が焼けてから、この近くのお堂に妙な童が住むようになったっちゅう話だ」
「妙な童? 妖怪か何か?」
「わからん。ただ、美鈴様とは違った妙な格好をしておったらしい。もっとこう、ごてごてしたような……」
近くのお堂には、鈴も何度か言ったことがある。お堂というわりには仏像すら無く、むしろただの小屋という表現の方が正しいかもしれない。
そこに美鈴のような子供がいる。
鈴の心を好奇心が刺激した。
男達に見つからないようにその場を離れ、こっそりと鈴はお堂へと向かう。この村には子供が少なく、鈴と同じ歳の子供はいない。だからといって遊び相手になって貰いに行くわけではなかった。
単に、気になったのだ。
美鈴とは違う、変わった子供というやつが。
昼でも暗い林を抜けて、光を知らない小川を飛び越す。ここらは動物もあまりおらず、猪や狼に出くわすこともない。
やがて、太陽を忘れた林の中に、ぽつんと建つお堂の姿が見えてきた。
「あれだ……」
中に誰かいるもしれない。呟いた声はとても小さく、木々のざわめきで簡単に掻き消された。
鈴は足音を立てないようにゆっくりと歩き、お堂の中を覗き込む。
途端、中から得たいのしれない生き物が飛び出してきた。
「わっ!!」
びっくりして、ひっくり返る。しっとりと濡れた地面が、お尻を濡らした。
中から飛び出してきた何かは、威嚇するように鈴の周りをバタバタと喧しく飛び回っている。鈴は落とした鞠を慌てて拾い上げ、逃げるように駆けだした。
得たいのしれないものは追ってこない。
走りながら後ろを振り向けば、お堂の中から伸びた手に、得たいのしれないものがとまっているのが見える。
その手はとても白く、まるで生まれてから一度も日光を浴びたことが無いように思えた。
窓の隙間から漏れる月光が、美鈴の顔を照らし出す。
ほんのうたた寝のつもりだったが、いつのまにか本格的に熟睡してしまったらしい。気が付けば、辺りは薄暗く、遠くの森から梟の鳴き声が聞こえてくる。
幸いにも、今日は往診の予定が無い。起こされることがなかったということは、与一の熱も治まったのだろう。美鈴は笑みを浮かべながら、立ち上がろうとした。
「んんぅ……」
うなり声がする。どういうわけか、鈴が隣ですやすやと気持ちよさそうに寝ていた。自分の寝床があるのだから、そちらで寝ればいいものを。美鈴だからこそムシロで充分なのだ。鈴のような子供ならば、明日の朝には風邪をひいているかもしれない。
仕方ないですね、と呟きながら鈴の身体を抱き起こす。
「うん……?」
抱き起こした時の衝撃で、鈴の意識が戻ってきたらしい。眠そうに目蓋をこすりながら、美鈴の顔を見上げる。すると、徐々にその瞳に意識の光が宿り始めた。
「こんなところで寝てると風邪ひきま……」
「メイ!」
いきなりの大声。目を丸くしながら、とりあえず鈴を床へと降ろす。
さりげなくお澄に視線を巡らせる。起きた様子は無い。寝てばかりというのも問題だが、彼女の場合はあまり動かない事が最前の治療法なので仕方ないのだ。
「あまり大声を出さない方が良いですよ。お隣にも迷惑ですし、お澄さんも起きてしまいますから」
「あ、うん、わかった」
素直に頷く鈴。
しかし、彼女にここまで大声を出させるだなんて。一体、何があったのだろう。
鈴はどちらかといえば大人しい子で、大声を出した事なんてあまり目にしたことがない。
「実はね……」
神妙な口調で語られるのは、昼間鈴が体験した出来事だった。男達の話から始まり、得たいのしれないもの。そして、お堂に見えた謎の白い手。彼女に怪談を語る才能があれば、それは多くの人を震え上がらせる話になっていたかもしれない。
しかし。
「ふむ」
腕を組み、自然と顔が強ばる。鈴は不安そうな目でこちらを見上げていた。美鈴が話を信じてくれたのか、心配なのだろう。
彼女は嘘をつくような子じゃない。それに、村が丸ごと焼けたのは美鈴も聞いていた。ただ村が焼けるなら火の不始末か放火で話は終わるが、村人が丸ごと焼死したというのは、どうにもきな臭い。
妖が関わっているのだと言われれば、納得してしまうだろう。とすれば、お堂にいるのは妖怪か。だとしたら、鈴の話を疑う余地は無い。無いのだが、
「お堂はそれほど離れた所にあるわけでもないですからねぇ。もしもその妖怪が村を襲った犯人だとすれば、少々厄介かもしれません」
鈴はよく分からないと首を傾げていた。
その妖怪が何を目的にしているのかは分からないけれど、少なくとも人間に対して友好的で無いのは間違いない。友好的な妖怪は、村を焼き払ったりしないからだ。そんな奴がすぐ側にやってきた。
目的は分からずとも、手段は容易に想像ができる。古今東西、危ない妖怪の考えることなどたかが知れている。
とすれば、この村が危ない。
「鈴。本当にお堂で不思議なものを見たんですね」
「うん、間違いない。黒くて空を飛ぶ変なのと、凄く白い手。絶対、見た」
力強い言葉の端々から、真実味がにじみ出る。
本当だとすれば、会いに行くしかあるまい。牽制というわけではないが、どれぐらいの格の妖怪なのかぐらいは調べておかないと後々困る。
「私は少し出てきますから、鈴は大人しく家で寝ていてくださいね。絶対ですよ」
鈴は不満そうに口を尖らせていたが、首を縦に振ってくれた。さすがに、こんな危険な事に鈴を付き合わせるわけにはいかない。
鈴を寝かせてから、美鈴は夜のお堂へ向けて走り出した。
昼でも暗い林の中は、夜になるとより一層暗くなる。先ほどまで頭上に見えていた月は、雲に隠れたかのように見えない。響くのは梟と獣の鳴き声ぐらいだ。
小川に差し掛かったところで、遥か遠くにお堂が見えた。夜目はきく方だが、さすがにこの距離では薄ぼんやりとしか見えない。
ただ、中に何かいるのは間違いなく分かる。小川を超えた瞬間から、美鈴の全身は汗まみれになった。本能が悟っているのだ。あの中にいる恐ろしい怪物の気配を。
隠すつもりすらないのか、お堂からは異様なまでの妖気が溢れ出ている。出来ることなら、今すぐにでも逃げ出したい気分だ。鈴はこれが平気だったのか。それとも、昼は妖気を発していなかったのか。
唾を飲み込む。だからといって、このまま引き下がるわけにはいかない。
意を決し、美鈴は歩を進めた。まるでお堂から冷気が漏れだしているかのように、近づくにつれ肌を鋭い感触が刺激する。殺気ではなく、ただの気配に過ぎない。にも関わらず、これだけの圧迫感があるとは。
最早、中を見なくとも理解できる。このお堂の中にいるのは、大妖怪格の妖怪なのだと。
息苦しい空気を突破し、美鈴はお堂の扉を開けた。鈴が見たという得たいのしれないものは、飛び出してこなかった。
代わりに、
「あら、いらっしゃい。遅かったわね」
古びたお堂の中で待ちかまえていたのは、白く豪奢な椅子に座る、西洋風のお嬢様だった。
これが絵画だとしたら、見物人はまず首を捻るだろう。どうして今にも崩れそうなお堂の中で、西洋のお茶会が再現されているのかと。
ホコリが積もっていそうな床に立つのは、蔓の装飾が施された四本の脚。白亜の机には蝋燭立てが置かれており、少女の影を背後の壁に貼り付けている。何かの儀式かと、疑いたくなる光景だ。
「生憎と、あなたの分まで用意していないの。紅茶も、椅子も」
淫靡な笑みは、幼い少女に似合っていた。
これが、あれだけの気配の発生源?
俄には信じがたいが、思わず後ずさりしたくなるような圧迫感が何よりの証拠である。それに、大陸を旅していた時も、年齢が一桁の童にしか見えない大妖怪達に会ったことがある。人間の常識は通用しないのだ、妖怪という奴には。
「まるで……」
「自分が来ることを分かっていたようだ。違う?」
台詞を遮られる。悔しいことに、少女の言葉は美鈴が言おうとしたそれと大差ない。
よもや、サトリの類か。警戒を強める美鈴を、少女は小馬鹿にするように笑った。
「あの状況であなたの台詞を予測することなんて、馬鹿にだって出来るわよ。それなのに警戒するんだから、よほど頭を使ってなかったのね。妖怪と違って、人間は脆弱なのだからせめて頭ぐらい使わないと」
「……肉体労働が特技なもので。あなたは、どちらも得意そうですね」
ただでさえ実力が違うというのに、頭も切れるとあっては勝ち目などゼロだ。少女に話しかけながら、美鈴はいつでも逃げられるように姿勢を少し低くする。もっとも、この程度の動きは向こうも察知しているから焼け石に水なのだが。
少女は白いティーカップを口に運び、満足げな溜息をついた。光の差し込まぬお堂にあって、そこだけ月光に照らされているような錯覚を覚える。
「レミリア・スカーレット」
呪文を唱えるように、紡がれた言葉。どういう意味なのか、一瞬、美鈴は考えこんでぐしまった。
「私の名前よ」
「あ、ああそうだったんですか」
やはり、西洋の妖怪らしい。
薄桃色のドレスに深紅の瞳。これで日本の妖怪ですという方がおかしいので、当然と言えば当然だ。
「得意なのは運命を操ることかしら。もっとも、あなたと出会うよう運命を弄ったりはしていないけど。ねえ、紅美鈴」
事実だとすれば、美鈴と会う事を知っていても不思議ではない。運命を覗けるのだから名前を知っていても驚くほどではない。
問題なのは、運命を知って尚、ここで何をしているのか。
「あなたは、ここで何をしているんですか?」
単刀直入な質問に、レミリアは紅茶を飲む手を休ませる。ソーサーにカップを置く音がお堂に響いた。
「理由はある。でも、それをあなたに教える必要はない」
顔は笑っているが、告げた言葉は明確な拒絶。大妖怪というのは矜持も高く、一度決めたことは簡単に翻したりはしない。駄目だと言った以上、目的を聞き出すのは不可能に近い。
「ただ、この先に何が起こるかは私も知らないわ。ただでさえ退屈なのだから、せめて楽しみの一つや二つぐらい無いとね。どんな素敵なご馳走でも、テーブルにつく前から分かっていたら美味しさ半減よ」
楽しそうに口元を歪め、指を甘噛みするレミリア。
圧迫感は益々強くなり、お茶会への乱入者へ退場を促しているようだ。だが、ただで引き下がるわけにはいかない。
「と、隣の村を襲ったのはあなたですか?」
子供のように無邪気だった顔が、一瞬にして大妖怪らしい含みのあるものへと変わる。
肘をつき、手の上に顎をのせた。
「だとすれば?」
「……私の住んでいる村がこの近くにあります。出来れば、そこだけは襲わないで欲しいのですけど」
「無理な話ね。どうして、私が下等な人間如きの言い分を聞かなくてはならないの? 誰の制限も受けないし、誰とも契約しない。それが誇り高き吸血鬼の矜持よ」
吸血鬼という単語を聞いて、眉が跳ね上がった。
弱点の多さを代償にしたかのような強さを持つ、夜の帝王。全ての能力が並の妖怪に勝り、赤子の吸血鬼ですら国を一つ傾けるだとか。その噂は大陸の至る所で耳にしたことがある。
その吸血鬼が、こうして目の前に。逃げ出したい気持ちが、段々と強くなる。
怯える鹿を嬲るように、レミリアは余裕のある表情で口を開いた。
「でも、今のところあなたの村を襲う予定はないわ。だから安心して、もう帰りなさい」
今のところ、という単語が気になるが、これ以上は気分を損ねる恐れがある。わざわざ藪を突いて蛇を出す必要もない。
「わかりました」
適度にお辞儀をして、お堂を後にする。何か一言あるかと思ったが、美鈴をお堂を出ても、レミリアは何も言うことはなかった。完全に美鈴から興味が失せたらしい。
そのまま、無関心でいてくれることを願う。
村へ興味を持ったのなら、いくら相手が吸血鬼とはいえ美鈴も戦う道を選ぶだろう。だがそれは、勝ち目のない戦い。出来ることなら、選びたくない最悪の選択肢だ。
足早に林を駆け抜ける美鈴。
夜空の月は、臆病な彼女を馬鹿にするように輝いていた。
「これでよしっと」
手を払い、こびりついた土を落とす。
不自然に盛られた山を踏み固めて、美鈴は額の汗を拭った。傍らでは、鈴が不思議そうに作業の一部始終を眺めている。彼女の手の中には、先ほど美鈴が土に埋めたものと同じ札が握られていた。
「これ、何?」
札には天と興の二文字が記されている。
「まあ、お守りみたいなもんです。あるいは、気休めかな」
苦笑しながら答えた。
それぞれの文字に大した効力は無く、組合わさったところで意味ある単語には成り得ない。あくまで美鈴の作り上げた造語であり、その効果も怪しいところだ。仮に相手が天狗だったりしたら、間違いなく骨折り損のくたびれ儲けとなるだろう。
鈴は相変わらず首を傾げたまま、穴でも空きそうなほど札を見つめていた。
「さて、後はもう一カ所埋めれば完成です」
「どこに埋めるの?」
「林の入り口が良いんですけど、鈴は来たら駄目ですよ。危ないですからね」
優しく諭したつもりだが、不満を買ってしまったようだ。頬を膨らませ、そっぽを向かれる。
一度や二度の断りで気分を害するような子じゃないが、ここ最近は殆ど鈴の機嫌を損ねるようなことばかりしてきた。危ないから当然なのだが、それを理解してくれるなら鈴はもう立派な大人と言える。
こうなると、鈴の機嫌はなかなか直らない。さりとて、林に連れていくわけにもいかない。相手は大妖怪格の吸血鬼だ。一対一でも勝率はゼロなのに、誰かを守りながらとなると全滅は免れない。鈴を連れて行くことは絶対にできない。
さて、どうしたものか。
困ったように頬を掻く美鈴。
そこへ、血相を変えた村の男がやってきた。
「先生、ちょっと来てくれ! 与一の具合がまた悪くなったんだ!」
「ちゃんと薬は処方したし、そんなはずは無いんですけど……やっぱりぶり返したんですかね。わかりました。すぐに行きます」
土の山を目立たないようならす。これで四カ所目だが、その全ての場所を目だけで判断するのは難しい。一見すると他の地面と変わらないようにしたから、当然と言えば当然だが。
「私は与一さんの診察に行きますから、鈴はここで待っていてくださいね」
そう言って、美鈴は駆けだした。
村はずれとはいえ、与一の家はそう遠くない場所にある。たどり着くのに三分もかからなかった。
家の前では美鈴を呼びに来た男が、不安そうに中を覗いている。
「与一さんの具合は?」
「また熱が出やがって、おまけに腹も痛てぇんだそうな。うんうん唸りながら寝てるよ」
薬に問題があったのか。それとも弱った体が別の病気に罹ったのか。
あらゆる可能性を考えながら、美鈴は家に入り、一発で原因を把握した。
鼻をつくような、酒臭さで。
「……私、せめて完治するまではお酒を控えるように言いましたよね?」
少し怒気の混じった言葉に、入り口の男が気まずそうに答える。
「酒は万病の薬だとさ」
呆れて言葉が出ないとはこの事だ。体中から、一気に力が抜けていくのが分かる。
脱力する美鈴をよそに、当の与一は苦しそうに唸っていた。しかしよく見れば、その腕は大事そうにとっくりを抱きしめている。
もういっそ、このままにしておいた方が酒飲みとして本望なのではないか。そう考えてしまうのも、やむを得ないことだ。
「いくら医学の心得があろうと、相手がこちらの言うことを無視してたんじゃあ治療にならないんですよ。まったく、与一さんには少しお灸を据えないといけませんね」
うなり声をあげ続ける与一。その声が悲鳴に変わるのには、そう時間は掛からなかったという。
烏の鳴き声に、思わず身を強ばらせる。手の中のお札が、くしゃりと音を立てて小さくなった。
林に入らないつもりとはいえ、昨日の出来事は鈴の脳裏に深く刻まれている。いつ、暗い道の向こうからあの白い手が現れるかわからない。
美鈴曰く、お堂に住んでるのは吸血鬼という妖怪らしいが、吸血鬼なるものを見たことも聞いたこともない鈴からすれば、それがどれほど恐ろしいものか分からなかった。ただ、あの白い手の人物と会いたくないという単純な感情は持ち合わせている。
札を埋めたら、すぐ帰ろう。
美鈴の手伝いをしたくてやってきたのは良いが、既に鈴は逃げ腰だった。辺りをキョロキョロしながら、腰を下ろす。ちょうど、草の生えていない所があった。ここに埋めれば良さそうだ。
近くにあった拳大の石で土を掘る。烏の鳴き声に混じり、土の抉れる音が林に響き渡った。
そして、出来た穴に札を埋める。後は見よう見まねでならし、踏み固めておく。これで美鈴の手を煩わせることもないだろう。満足げに鈴は手を払い、顔を上げて、動きを止めた。
暗い暗い林の奥。光が差し込まない闇の中に、はっきりと見える一人の少女。
病的なまでに白い肌が、黒い闇を寄せ付けないのだろうか。鈴は、その白さに覚えがあった。
「あ……あ……」
声にならない悲鳴をあげる。
白い西洋風の傘をさした少女は、そんな鈴を観察するように凝視していた。
美鈴の話によれば、吸血鬼は太陽の光が苦手らしい。だから普通なら昼間は外に出ないのだが、林の中は夜のように暗い。おまけに、今日の天気は曇り。いつ、林から外へ出てきてもおかしくはなかった。
こんなことになるのなら、美鈴の言うことを素直に聞いておけばよかった。
後悔したところで、時間は戻ってはくれない。
そして、吸血鬼が一歩踏み出した。
多少の荒療治があったものの、与一は素直にもう酒を飲まないと誓ってくれた。とはいえ、酒飲みがそう簡単に禁酒できるわけがない。今は一過性の痛みを恐れてそう言っているが、しばらく時間が経てばまた飲み始めるだろう。
釈迦と草津の湯が治せないのは、何も恋の病だけではないのだ。また折を見て様子を探りに来ないと。美鈴は軽く溜息をついた。
「ありがとよ、先生」
「お礼を言われるようなことじゃありませんよ。ただ、与一さんには当分飲まないようにきつく言っておいてくださいね」
「わかっちゃいるんだが、あいつこっそりと酒飲むが上手くてな……」
無駄な特技である。
「そういや、先生。ついでに時間があればよ、吾郎を診てやってくれねえか? 例の村のことでよ、まだ肝を冷やして寝てるんだ」
多くの人間の焼死体なら、大陸を旅をしている時に嫌と言うほど見てきた。あの光景と独特の臭いを体験してしまったら、普通の人間は五年ほど肉を食べられなくなる。場合によっては、一生ということも。
ただの農民である吾郎が寝込むのも頷ける話だった。
「でも、そういう病気は専門外なんですけどね。心の病はどうにも理解不能で」
「ははは、なあに。ちょっと話を聞いてやるだけでも良くなるって。風邪ひいた時は誰か側にいて欲しいだろ。あれと同じことよ」
それとこれは全く別の気もしたが、特に断るような理由もない。わかりましたと美鈴は頷いた。
だが、それよりも先にすべき事がある。残りの札を埋めてから、吾郎の家に向かった方が良い。レミリアなる吸血鬼が、いつ心変わりするかわかったものではない。
それに、曇った雲の切れ間からのぞく空は少しずつ青から橙へと変わっていく。これが黒くなれば、吸血鬼の時間がやってくるのだ。それまでに、せめて完成させておかないと。
「あれ?」
先ほど札を埋めた場所まで戻ってきた。だが、そこには鈴もいなければ札も無い。
辺りを見渡すが、影すら見つからなかった。
嫌な予感がする。
考えたくない事が、自然と脳裏に浮かんできた。焦燥感が美鈴の肌を燃やすように刺激してくる。
「あの……」
振り返ると、ふらつきながらもこちらへ歩いてくるお澄の姿があった。咄嗟に駆け寄ろうとした美鈴を遮るように、お澄が口を開く。
「鈴はどこですか? 今し方、あの子のような人影が林に向かうのが見えたのですけど」
聞くやいなや、美鈴は駆けだした。
全力を使い、村から飛び出す。
お堂へ行くときは、素直に言うことをきいてくれた。だから、今回も当然言うことをきいてくれるだろうと勝手に思っていた。今にして思えば、あの子に札を預けたのが大きな間違い。せめて、美鈴が持っておくべきだった。滝のように、次から次へと後悔の念が押し寄せる。
しかし、何も鈴が危害に遭ったと決まったわけではない。吸血鬼だって、四六時中外に出ているわけではないのだ。むしろ、外に出る方が珍しいと言える。
だから、鈴だってきっと。
淡い希望は、草の上に倒れる鈴を見つけたことで全て霧散した。
「鈴!」
呼びかけても返事はない。ぐったりとまるで眠るように、鈴は横たわっている。
近づいて脈をとる。幸いにも、まだ脈はあった。死んではいないようだ。
とりあえず、村へ戻って治療しないと。鈴を抱きかかえた美鈴は、己の手に血が垂れ落ちていることに気付いた。
どこか怪我を負ったのか。血の発生源を辿った美鈴が見つけたものは、鈴の首筋を彩る二つの小さな穴だった。
吸血鬼伝説の最たる有名な話。曰く、吸血鬼に血を吸われたものは吸血鬼になる。
あくまで可能性で留めておきたかったが、条件は揃いすぎている。お堂の吸血鬼、そして首筋の跡。どう考えても、導き出される答えは一つしかない。
家へ戻り、板張りの床へ鈴を寝かせる。何事かと、近隣の住民も集まってきていた。お澄も不安そうに、美鈴と鈴の様子を窺っている。
「急いで水を沸かして、綺麗な布を用意してください! それと、窓を板で塞いで! 入り口もなるべく光が入ってこないように気を付けて!」
本来ならもっと暗い、例えば林のような場所で治療するべきなのだろう。どれだけ吸血鬼化しているかは分からないが、光に当てて治るとは思えない。
だが、あそこは危険すぎる。加えて、日はもう傾いていた。多少の苦痛を与えることになるかもしれないが、美鈴は鈴の治療を村で行うことにしたのだ。
美鈴の指示に従い、男達が酌んできた水を火にかけたり、窓に板を打ち付けたりと動き回る。
「あの、鈴は一体……」
心配そうなお澄の質問に、何と答えたものか悩む。
美鈴は脈をとりながら、なるべく抑揚のない言葉で喋った。
「私も初めてのことなので、どうなっているか分かりません。ただ、早く治療しないといけない事だけは間違いないです」
元々青白かったお澄の顔が、それで更に蒼白に変わる。言うべきではなかったかもしれないが、ここまで大騒動にしておいてお澄にだけ何も言わないというのも難しい。精神的な衝撃で、病状が悪化しなければいいが。微かな不安な覚えつつも、今は鈴の治療が最優先だと割り切った。
脈は異常な速さで、呼吸も荒い。まるで風邪をひいたように体中からは汗が流れている。加えて、瞳孔の形が少しずつ変わっている。丸形だったそれが、蛇のように縦長になろうとしていた。
吸血鬼化は確実に進んでいる。だが、体調を見る限りではその変化に鈴が対応しきれていないようだ。幼い身体には、急激な変化が毒となったのだろう。このままでは吸血鬼になる前に、鈴はおそらく命を落とす。
だが、今の美鈴に出来ることなど鎮痛剤を処方する程度。記憶の隅から隅を探しても、吸血鬼化する患者を治療する方法などありはしなかった。
「はぁ……はぁ……」
鈴の呼吸が更に荒くなる。時が経つにつれ、鈴の症状は悪化していく。
何か手段は無いのか。焦る美鈴の脳裏に、一つの策が浮かんできた。
吸血鬼に咬まれて苦しんでいるのだから、原因となる吸血鬼を倒せば元に戻るのではないか。
よしんば倒して元に戻らないとしても、何か治療法を知っている可能性はある。少なくとも、こうして見守るだけよりかは遙かに助かる見込みがある選択肢だ。
美鈴は立ち上がった。そして、ムシロで防護された入り口をくぐっていく。
「先生、どこへ!?」
男の一人が驚いた声で尋ねる。確か吾郎という男だった。
寝込んでいたと聞いたが、どうやら良くなったらしい。
「彼女がああなったのは、全てお堂にいる妖怪の仕業です。だから、何か治す方法は無いのか聞きにいきます。残念な話ですが、私ではどうすることもできない」
「だったら、俺達も!」
立ち上がろうとした男達を止める。
「いえ、私だけで行きます。彼女は、この村の全ての人間が集まったより尚強い」
美鈴の言葉に、男達は息を呑む。
数年前の飢饉の影響で、この辺りにも夜盗の類は訪れる。美鈴はその夜盗に一人で立ち向かい、難なく倒してきた。男衆が束になっても、叶わないはずの紅美鈴。その彼女が強いという相手に、それでも挑もうという男はこの場にいない。
だが、それは責められるような事ではなかった。普通の人間なら、当たり前の反応だ。
「大丈夫です。必ず、鈴ちゃんを治す方法を聞きだしてみせますから」
落ち込む男達と、その背後のお澄に向かって美鈴は力強い言葉を投げる。
そして、振り返ることなく走り出した。あれ以上とどまっていたら、気丈な振りをし続けられる自信が無かったのだ。
林の中へ飛び込む。
相変わらず、ここでは時間の感覚が狂う。今が夜なのか、それともまだ夕暮れなのか。ついさっき夜になったことを確認していなければ、どちらなのか考えたかもしれない。
草を踏みしめる音が、林に響き渡る。
小川を超えて、ようやくお堂が見えてきた。
一瞬だけ躊躇して、すぐに走りを再開する美鈴。近寄ることを躊躇わせる圧迫感は、相も変わらず健在だ。
針の海を泳ぐように顔をしかめながら、それでも美鈴はお堂へとたどり着いた。
一息つき、扉を開けようとする。
「あら、無粋ね。夜のお茶会を邪魔するなんて」
声は頭の方から聞こえた。
上を見上げるが、あるのは古びた天井だけ。
「こっちよ」
今来た道を振り返る。ふわりと、音もなく一人の少女が屋根から飛び降りているところだった。
コウモリのような羽。薄桃色のドレス。そして紅い瞳。
レミリア・スカーレットに間違いない。
この吸血鬼が、鈴をあんな目に!
殴りかかりたい衝動に襲われたが、医師としての美鈴がそれを止めた。今は怒りをぶつけることではなく、鈴の治療が最優先。その為には、例え元凶といえどもレミリアの機嫌を損ねることは得策ではない。
冷静な美鈴が理を持って本能的な美鈴を鎮める。
「お願いがあって来ました……」
「ふぅん、お願いねぇ」
助けを請いに来ることが分かっていたように、レミリアは肉食獣のような笑みを浮かべる。
だが、どれだけ挑発されても草食獣たる美鈴には頼むことしか手段がない。
頭をさげて、誠意を見せる。
「お願いです! 鈴を、あの子を治す方法を教えてください!」
レミリアの顔は見えない。圧迫感は増すことも減ることも無かった。
気分を害したのか。様子を知りたいが、ここで頭を上げれば確実に彼女は気分を害する。祈るばかりだ。彼女が了承してくれることを。
「鈴ってのは、前にココへ来た子のことかしら?」
「そうです」
それだけ聞いて、再び静寂が舞い戻る。
今の質問にどんな意味があったのか。色々な思いが美鈴の心を駆け抜け、不安感を募らせる。
やがて。
「いいわよ、別に。対処法ぐらいなら、いくらでも教えてあげるわ」
「本当ですか!」
頭をあげる。レミリアの顔に、嗜虐的な表情が張り付いていた。
「ただし、私の条件を呑んでくれるならね」
悪魔だって、取引に寿命を要求する。吸血鬼との取引とて、例外ではない。
「……どんな条件なんですか」
腕を組み、羽を伸ばして、口を歪める。
木々の隙間から漏れた光が、レミリアをまるで聖母のように照らし出す。
「私の従者になりなさい」
至極面白そうに言われたレミリアの言葉を、美鈴は正面から捉えることができなかった。
何を言われたのか。一瞬ならず数秒間も考える。
「ちょうど、従者の数が足りなかったのよね。侍従長も空きがあるけど、あんたはそういうタイプに見えないし。門番なら適任でしょ?」
答えを出していないのに、勝手に美鈴の身の振り方を決めるレミリア。慌てて、口を挟む。
「ま、待ってください! そんな事を急に言われても……」
「あら、別に断ってもいいのよ。大切な人の命を見殺しにできるのなら」
痛いところをつかれる。そうだ、条件を選り好みしていられる場合じゃない。
こうしている間にも、鈴の苦しみは増している。そして、死に向かって確実に近づいているのだ。
「ですけど、どうして私なんかを?」
自慢にはならないが、美鈴はそれほど強い方じゃない。村の男達が弱いだけで、ちょっと名の知れた剣豪相手なら余裕で負けることもある。それが妖怪ともなれば、連敗は必須だ。
「あなた、面白そうな能力を持っているじゃない。それに、かなりタフ。門番ってのはね、強ければいいってものじゃないの。何より必要なのは持久力と頑丈さ。そして、」
木々のざわめきが、笑い声に聞こえた。
悪魔のような顔で、レミリアは続ける。
「使い捨てられる気軽さが大切なの」
要するに、門番という名の盾をご所望のようだ。別に美鈴の力に惚れ込んでというわけではない。単に門番という職が空いたから、丈夫そうな奴でも入れておくか程度のことらしい。
通常ならば呑める条件ではない。
だが、しかし。
「……わかりました、それでもいいです。だから、鈴を助ける方法を教えてください!」
今の美鈴の背中には鈴の命がかかっている。例え、どんなことであろうとも呑まなければ仕方がないのだ。
了承の答えに満足するかと思っていたが、レミリアは酷く落胆した表情を見せる。しかしすぐに何かを思いついた顔に変わり、屋根の上へと飛び立った。何をするのか。
しばらくして、ティーカップを持って帰ってきた。カップの中には、得体の知れない飲み物が容れられている。
「口約束だけでは信用できないわ。あなたがどれほど私に仕えたいのか、それを見せて貰いたいわね」
「どうすればいいんですか?」
レミリアはカップを差し出した。
「これを飲みなさい」
木々の間から僅かに零れた月光が、カップの中の液体が赤色である事を教えてくれる。確か紅茶という、西洋の飲み物だ。特に毒があるわけでもなく、これを飲むだけで忠誠の証になるというのは少し違和感があるような気がした。
だが、躊躇っている暇はない。カップへ手を伸ばす美鈴。
それをあざ笑うように、レミリアはカップを傾ける。当然の如く、物理法則に従って紅茶は地面へと零れていった。満足げに水分を吸収する地面。
怪訝そうに眉を寄せ、レミリアを見つめる。
彼女はまた嗜虐的な笑みを浮かべ、何でもないように言った。
「さあ、どうぞ」
全てを理解する。つまり、地べたに這い蹲り、土が吸い取ってしまった水分を舐め取れと言うのだ。それこそ犬のように。
瞬間、頭に血が上るのが分かった。腕が理性に反して彼女の胸ぐらを掴む。
「あら、逆らうのかしら?」
避けることも出来たろうに、レミリアは美鈴の腕をほどこうとすらしない。苦しそうな様子も見せず、ただ楽しそうに見下ろしている。
思い切り歯を食いしばった。
籠められていた力が抜けて、右腕が離れる。呆気にとられた顔で、レミリアは目を見開いていた。
美鈴は膝をつき、頭を屈める。指先は大地を抉り、爪の間に土を挟む。抜けていた力が、悔しさからか舞い戻ってきたようだ。
そして美鈴は意を決し、大地に吸われた紅茶を舐めとった。
舌先にざらざらとした土の感触がまとわりつき、苦味だけが味蕾を刺激する。当然の如く、殆どの水分は地中深くへ潜ってしまった。紅茶を舐めとるというよりは、土を食べているに等しい。
「……ッククク」
奇妙な鳴き声に顔を上げる。レミリアは口を押さえながら、必死に笑いを殺そうとしていた。だが、無駄な努力に終わったらしい。
「アッハハハハハハハ! まさか、そっちを選ぶとは思わなかったわ! さすが人間、プライドなんて微塵も無いのね」
無いわけではない。単に、今は優先すべきことがあるだけ。
その証拠に、美鈴の両手は僅かに震えていた。こんな醜態を晒してしまった悔しさの為に。
「私の姿を見た瞬間に殴りかかってもおかしくないのに、まさか服従の道を選ぶだなんて!」
驚きながらも、その口元にはまだ若干の笑いが残っている。
「わかったわ、あなたの願い聞き入れましょう」
蔑むような目で、レミリアは言った。
だが、例え馬鹿にされようと美鈴は己の行動を後悔したりはしない。鈴の命を救う為なら、同じ事を何度だって繰り返しただろう。
立ち上がり、膝にこびりついた泥を払い落とす。
「それで、鈴をどうやったら助けられるんですか!」
切羽詰まった美鈴の問いかけに、さも簡単だとばかりにレミリアは答えた。
「燃やしなさい」
疑問の言葉を出すことすら出来なかった。
時間の止まる音を、確かに聞いた気がする。
「半端に吸血鬼化している人間を殺すには、燃やすのが一番よ。まあ、放っておいてもいずれは日光で消滅するんだけど。稀に適応しちゃって吸血鬼化する奴もいるのよね。だからといって並大抵の攻撃では死なないわ。ゾンビみたいなものだから」
丁寧な説明が、まるで頭に入ってこない。
「放っておくのが一番なんでしょうけど、今すぐに有効な対処法は燃やすことだけよ。あなた医者なんでしょ? 眠り薬で眠らせてから燃やせば、苦しまずに逝けるかもしれないわね」
己の職を指摘され、ハッと意識を取り戻す。
「ど、どうして……」
「ん?」
「治療法を教えてくれるんじゃなかったんですか!」
レミリアは鼻で笑った。
「私は、対処法を教えてあげると言ったのよ。一度吸血鬼に血を吸われてしまったら、後は日光で消滅するか運良く吸血鬼化するかの二択しかないわ。例えどんな名医だって、治せやしないわよ」
膝から崩れ落ちる。
唯一の希望は、今ここで絶たれた。
怒りは沸いてこない。ただただ、悲しみが身体を支配する。
幽鬼のように立ち上がり、ふらふらと来た道を戻り始める美鈴。
「いっそ殺してしまうのも、医者としての優しさじゃないかしら?」
背後の声は、林のざわめきに紛れて聞こえない。
そう思うことにした。
彼女は泣きもしなかった。代わりに笑いもしなかった。
ただ、叫ぶだけだった。
少女の灰が埋められる。
村はずれに供えられた、申し訳程度の墓地。かつて少女だったものは、そこへ埋められることとなった。
人々のざわめきに混じり、お澄のすすり泣く声が聞こえる。だが、耳にこびりついた叫び声が、壁のようにそれらの音を遮断していた。炎の中から聞こえてきた、地獄から助けを求めるような声。
薬で意識は奪っていたし、痛覚も麻痺させていた。
しかし。
安らかに鈴が逝けたとは、到底考えにくい。そこにどれだけの苦痛があったのか、想像することすらできない。いや、できたとして、それが何になるというのか。同じ苦しみを味わったから、許してくれと頼むのか。
灰が埋められた大地に跪き、土下座するように泣き伏せるお澄。彼女を見ていると、いかにそれが馬鹿らしい考えか分かる。鈴が欲しかったのは苦しみを分かり合える人じゃない。明日を生きることができる身体だ。
「美鈴先生……」
労るような言葉が、今はまるで責めているように聞こえる。無意識に、願望を反映させているのだろう。
村人の中で美鈴を責める者は誰一人いなかった。村で唯一の医者だった美鈴が匙を投げ、村で最も強い美鈴が膝を屈したのだ。他の誰がやっても、どうにもならないのだと知っている。だから、誰も美鈴を責められなかった。
外部から叱責を与えられないのなら、後は自らが与えるしかない。そういった心が、言葉の印象を変化させたのだろう。
だが、これも所詮は同じ事。どれだけ叱責されようと、どれだけ罰を受けようと、死んだ人間は生き返らない。
「美鈴先生、儂らはこれからどうすればいいんでしょうか?」
一人の老婆が、不安げに尋ねた。
死んだ人間は生き返らない。だからこそ、今は生きている人の事を考えなければならない。医学を志す者であれば、それは痛いほど分かっている。診ていた患者が死んだからといって悲嘆にくれていては、他の助かる人達の命まで散らしてしまう。
泣く暇があるのなら、一人でも多くの人を救え。
吸血鬼化してしまえば、助かる手だてはない。だとしたら、出来うる対策はただ一つ。元凶たる吸血鬼を倒してしまうことだ。
言って追い出させるならそれに越した事は無いが、美鈴に言われて大人しく出ていくような吸血鬼ではない。
拳を握り、美鈴は答える。
「これから、吸血鬼退治に向かいます。もしも、私が死ぬような事があれば逃げた方が良いです。下手に抵抗しても、きっと敵わない」
村人達の顔色が変わる。彼らにとって、村を捨てるというのは命を捨てる事に等しい。だから、ここで美鈴が村を捨てろと言っても多くの人は逃げないかもしれない。
それを決めるのは村人だ。美鈴としては逃げて欲しいけど、この地に留まる人の首根っこを掴んで引っ張るつもりはない。
「お澄さん、薬と処方箋は家に残してあります。いざという時は、それを他の薬師に見せてください」
お澄はピクリとも動かない。
そして美鈴にも、かける言葉はない。
娘の幸せを願って生きてきた母親に、どんな言葉を告げればいいのか。何を言っても逆鱗に触れ、お澄を悲しませるだけのように思えた。
だから今は。
「……行って来ます」
空には月が昇っていた。これからは吸血鬼の時間だ。
出来れば日が昇ったところで戦いたかった。しかし、世の中はそうそう上手くいくように出来ていないらしい。
最早、一刻の猶予もなかった。レミリア次第では、今晩の犠牲者の数が増えるとも限らないのだ。
これ以上被害者を出さない為にも、美鈴は走り出す。
月に笑われても、夜に脅かされても。
今の美鈴を止めることは、誰にもできはしなかった。
一度目は恐怖を伴って。
二度目は悲嘆を伴って。
そして三度目は怒りを伴って、再びレミリアの住むお堂までやってきた。
階段に腰を下ろしていたレミリアは、美鈴の登場にも驚いた様子を見せない。それどころか、むしろ待っていたとばかりに優雅な仕草で立ち上がる。
「なかなか私好みの顔になってきたじゃない。へらへら笑っているより、そっちの方がとっても素敵ね」
「……褒められても別に嬉しくありません」
鏡が無いので、自分がどんな顔をしているのか分からない。ただ、微笑んでいないことだけは確かだ。
「あの娘はどうなったのかしら?」
意地の悪い笑みで、レミリアが尋ねる。
燃やせと言った、その口で。鈴の血を吸った牙を見せながら。
頭の後ろが焼かれるみたいに暑くなり、自然と拳に力が入る。
「言わずとも、分かるでしょう」
重心を低くし、拳を突き出す。ことここに至って、最早言葉での解決は不可能。あちらも、元よりそのつもりだろう。
あからさまな挑発の数々は、むしろ美鈴との戦いを望んでいる風にも思える。
構える美鈴に対し、レミリアは微動だにしない。胸へ沿わせるように両手を広げ、迎撃する素振りすら見せない。ただ、威圧感は今も尚健在だ。迎撃の構えを見せずとも、迂闊に飛び込む事を躊躇わせる。
ともすれば千日手になりそうな状況。レミリアはまるで稽古の相手をするかの如く、美鈴の攻撃を待っている。
自分が動かねば、レミリアは何もしてこない。その確信があって尚動けたのは、鈴を失った悲しみゆえか。
「ふっ!」
一呼吸でレミリアとの距離を詰め、体内で練った気を右手から全て腹部に叩き込む。
いくら幼子の姿をしているとはいえ、相手は大妖怪。ただ殴っただけでは痛みすら感じぬ奴だっている。
だが、内部からの攻撃に耐えられる者は少ない。練った気が体内で爆散すれば、多少なりとも損害を与えられるはず。
そんな美鈴の目論見は、一瞬にして塵と消える。
「面白い技を使うようだけど、小細工だけじゃ私に傷をつけることすらできないわよ」
腕を掴まれ、石ころのように投げ飛ばされる。
硬気功はしょせん人間相手の技。体内が根本的に違う妖怪には、通用しなかったらしい。
器用に回転しながら、何とか地面に着地する。
やはり、基本的な能力からして段違いだ。マトモにぶつかれば、今のように軽くあしらわられるのが関の山。せめて村の中なら、もう少し対策が取れるのだが。
それはあくまで最後の手段。レミリアが村にやってきた時の為の、正真正銘の背水の陣だ。
それに、村の人間を危険に巻き込むわけにもいかない。ここで倒しておかないと。
だが、迂闊に踏み込むわけにはいかない。先ほどの一撃で、美鈴は己の攻撃が通用しないことを悟っていた。
ここは一端距離をとり、相手の出方を窺って……
「そうなの、これでも駄目なのね。まったく、根が優しいのか臆病なだけか」
戦闘中だというのに、呆れるように溜息をつきながら肩を落とすレミリア。その顔にはありありと失望の色が浮かんでいるが、その原因は分からない。
「後者で無いことを望むばかりね」
言い終わると同時に、レミリアの姿が幻のように消えた。
「えっ?」
幻術の類でもかけられていたのか。しかし、先ほどまで彼女がいた場所から草の葉が巻き上げられている。高速で地面を蹴った衝撃の影響だろう。
左右を見渡しても姿はなく、空を見上げようとして美鈴は顔をしかめた。
空は幾本もの枝に覆われ、月の欠片すら見せようとしない。これでは、空に舞い上がっていたとしても、どこにいるのか全く分からない。
ただ、空へ飛んだのは間違いない。枝製の天蓋の一部に、ぽっかりと穴が空いていたのだ。
と、背筋に寒いものを感じる。
咄嗟に右へ跳んだ。
結果として、その判断は美鈴の命を救う。まるで神様が金槌を振り下ろしたように、地面に何かが振り下ろされた。地震でも起こったかのように、地響きが木霊する。
もうもうと立ちこめる土煙の中から、レミリアの声が聞こえてきた。
「勘は鋭いようね。そうでなくちゃ」
てっきり武器か何かを投げたのだとばかり思っていたが、信じられないことに己の身体を垂直に落下させたらしい。生身の人間がやれば、それだけで即死は免れない。改めて、戦っている相手が化け物なのだと再確認させられた。
「じゃあ、次も避けなさいよ」
「え?」
風が吹き、土煙が消えてなくなる。代わりに現れたのは、ピンクのドレスを着た少女と、空中に浮かぶ五つの紅い魔法陣。
先ほどの攻撃を避けたばかりで、美鈴の姿勢は崩れている。魔法陣から放たれた紅いコウモリは、深紅の軌跡を描きながらこちらへと迫ってきていた。それも五匹。喰らえば、ひとたまりもない。
崩れた姿勢を半ば強引に動かし、転がるように右へ右へと逃れる。紅いコウモリがただの弾幕だったなら、避けきっていたであろう。
土まみれになりながら顔をあげた美鈴が見たものは、こちらへと追尾してくる五匹のコウモリの姿だった。
「くっ!」
それでも、咄嗟に防御したことは褒めるべきか。五匹のコウモリに食いつかれて尚、美鈴には立ち上がるだけの体力が残されていた。
「防御は及第点といったところかしら。ああでも、やはり根本的なところが駄目。てんで駄目。それでは私を満たすことはできないわ」
息を切らした美鈴に対し、レミリアは汗一つかいていない。これからお茶会に向かうのだと言われても、違和感がないくらいに余裕のある態度だ。
「せっかくこんな極東の地まで来たんですもの。少しぐらい楽しんで帰らないと損。だから、私をもっと楽しませなさい」
薄々は感づいていたが、今の言葉で確信に至った。
「やはり、あなたはただ私と戦いたいがために鈴を襲ったんですね」
吸血鬼にも食事が必要なことぐらい分かっている。ただ襲われただけだったら、きっと美鈴も躍起になってレミリアを追い払いには来なかっただろう。
だが、これまでの態度を踏まえて考えると、ただ食事の為にここに居座っていたとは思えない。美鈴を挑発する言動は明らかだったし、一人しか襲っていないというのもおかしい。
美鈴の問いかけに、レミリアは些か狂気が混じった笑みを返す。
「別にあなたである必要性は無かったわ。ただ、燻しだしたらあなたが出てきただけのこと。でも、まさか屈強な男ではなく華奢な薬師が現れるとは思ってもみなかったわ」
要するに、彼女は退屈していたのだ。だけど、誰かをただ襲うだけじゃつまらない。本気になって向かってくる奴と戦いたい。
そんな馬鹿げた思考を抱き、そして鈴を襲い、燻し出された美鈴を挑発する。
ああ、なんだ。
美鈴は気付いた。
結局のところ、全て自分が悪いのだと。
罪悪感が、美鈴の身体から力を抜く。
あそこで不用意にお堂へ行かなかったら、こういった事態には陥らなかったはず。自分の判断が間違っていたのだ。藪の中に何が隠れているのかを考えもせずに、つついてしまった。その結果が、鈴の死だ。
「ん?」
訝しげに眉をひそめるレミリア。
「どうしたの? まだ私は戦ってもいないわよ」
挑発的な言動も今となってはただ空しいだけ。
「もう、いいです。鈴を失ったのは私の責任ですから」
構える気配すら見せない美鈴に、レミリアの表情は険しくなる。
「ここで果てるのが、あの子へのせめてもの償いになるでしょう。いや、私が受けるべき罰と呼ぶべきかもしれません」
「……まったく面白くない台詞ね」
美鈴は何も答えない。後はただ、来るべき痛みを受けるだけとばかりに無抵抗を貫いている。
死で死を償えるとは思えない。だが、死は死に対する罰となりうる。
鈴の死による罰があるとすれば、それは美鈴の死以外に考えられなかった。
「そう、この期に及んでまだあなたは悲しみに囚われるの。いいわ、わかった。望み通りにしてあげる」
つまらなそうに言いながら、レミリアが一歩ずつ近づいてくる。
目をつぶりそうになったが、歯を噛みしめて耐えた。目を背けたくなかったのだ。自分の死から。
殴り合える距離まで近づいたレミリア。ゆっくりとあげられた手はしかし、優しく美鈴の頬に添えられた。冷たい死人のような手が、美鈴の頬から熱を奪っていく。
「でも、その前に本気のあなたが見たいのよ。枷に囚われることのない、本当のあなた」
歪んだ口元から覗く、鋭い犬歯が月光を照らした。
「悲しみで振るう拳は、所詮八つ当たりでしかない。辛い気持ちを相手にぶつけるだけの、追いつめられた者の拳。そのくせ窮鼠にすらなれないのだから、興ざめもいいとこよ」
「…………………」
「私が見たいのは、怒りや憎しみで振るう拳。殺意すら籠められた衝動には、我々吸血鬼ですら怯むような迫力がある。私は、それが見たいのよ」
だが何と言われようと、今の美鈴にはレミリアの期待に応えられるだけの気力が無かった。囚人のように、ただ死期を待つだけの骸。
まるで死人を蘇生するように、レミリアは淡々と言葉を続ける。
「あなたは人を守る者。だから、その枷を一つ外させて貰った。そうすれば、きっとあなたは私に殺意を抱くはず。そう考えていたの」
美鈴は答えない。そして応えない。
「でも、それは失敗だった。あなたは全てを己が責任にして、死という罰を求めている。今のあなたが振るう拳は、悲しみの拳。それは私が求めているものじゃない」
だからね、とレミリアは笑った。
「全ての枷を、外そうと思うの」
光の消えた美鈴の瞳が、僅かに揺れた。
「少女の死で自らの死を望むのなら、多くの死であなたは何を望むのかしらね?」
見開いた眼が、子供のように愉しそうに笑うレミリアを捉える。
美鈴にとっての枷とは、すなわち村人のこと。
その枷を全て外すとは、村人を皆殺しにするということ。
何か言葉を紡ぎ出そうとした美鈴だったが、腹部の違和感がそれを止めた。そして気が付くと、視界が九十度変わっている。
大地を枕にしてようやく、美鈴は自分が気絶させられたのだと自覚した。
はっ、と目を覚ます。
頭が二日酔いのようにガンガンに響き、しかめっ面で側頭部を押さえた。
「あれ、私ここで何を……」
辺りは暗く、僅かな月光が大地の雑草を照らしている。虫と梟が、声量を競うように鳴いていた。どうやら、ここは林のようだ。
空気は濃く、林の中でも結構な奥地だということわかる。
痛む頭を押さえながら美鈴は立ち上がった。目の前には小さなお堂と、小さな円上の穴がある。いやよく見れば、それは単なる月の光だった。林の一部に空いた穴が、光を通して地面に第二の月を描いていたのだ。
そして美鈴は、全てを思い出した。
「あの吸血鬼は!?」
辺りには誰もいない。誰の気配もしない。
嫌な予感が全身を駆けめぐる。
レミリアは最後に、何と言っていたのか。
本能的に、美鈴は走り出した。村へ戻るために。
木々の隙間から見える月から察するに、気絶していたのは一刻程度のことらしい。しかし、一刻あれば結構な事ができる。
小さな畑なら耕せるし、草鞋だって編める。隣村を往復することだって簡単にできる。
それに、
「あぁ……」
膝から崩れ落ちる。
村まで戻ることはできた。だが、全ては終わった後だった。
確かめるまでもない。医者でなくとも、誰が見ても明らかに分かる。
あちらこちらに転がる、大きな干物。
もしもあれが人間のなれの果てだとしたら。
死んでいる。間違いなく。
「あぅ……ああ……」
声にならない嗚咽を漏らし、必死に立ち上がる。
まだ、生き残っている人がいるかもしれない。そんな淡い希望が、彼女の脚に力を与えたのだ。
しかし、与えられた力は絶望を確認する為のものでしかなかった。
どの家にも、どの場所にも、あるのは干からびた人間ばかり。
お澄の家にも立ち寄った。布団の中にお澄の姿は無く、代わりに捨てられるように隅に置かれた乾いた骸があっただけ。
残ったのは、村はずれに住む吾郎ただ一人。せめて、一人だけでも生き残っていてくれ。
そう願いながら向かった先で見たものは、干からびていない吾郎の姿だった。
ただし、彼は頭を掴まれている。
月を背負った、レミリア・スカーレットによって。
「あら、ようやくご到着のようね。仕方ない、少しだけあなたは眠ってなさい」
無造作に、手のひらを閉じるレミリア。
後に残ったのは、ピンク色のドレスを紅く染めた吸血鬼。それと、頭部の無い吾郎の死体。
体中の力が抜けていく。だが、気力が抜けていくわけではない。
頭痛はとっくに収まり、冷静な頭がただ一つの答えをはじき出す。嗚咽も止まっていた。
「いい目になってきたじゃない」
楽しそうなレミリアの言葉にも答えない。
今はただ、目の前の吸血鬼を殺すだけ。
彼女が望んだ、殺意をこめて。
悪い癖だと、レミリアは自覚していた。
相手の本気を見たいが為に、これだけの事をする。紅茶を容れることすら面倒臭がるのに、こういった趣向には一切の労力を惜しまない。これで、もしも殺されてしまったらどうするのか。極稀に考えるが、自分の殺される姿が思い浮かばないので諦めている。
それに、こんな極東くんだりまで遙々来たのだ。楽しみの一つや二つないと、帰る足取りも重くなる。せいぜい、楽しんで帰ろうじゃないか。
見たところ、紅美鈴という人間はなかなかの手練れ。退屈だけはしなさそうだ。
背筋が恍惚で震えそうなほど、美鈴の視線は殺気で彩られている。はてさて、何をしてくれるのか。わき上がる好奇心を殺しながら、レミリアは美鈴の様子を窺った。
顔つきこそ鬼すら殺しそうなほど険しいものの、構えは先ほどのものと大差ない。基本的な身体能力はレミリアの方が上なのだから、頼るとすれば格闘技か。しかし、その程度で埋まるほど二人の力量は拮抗しているわけではない。
無策で挑めば、今度は殺すわよ。
肌を刺す殺気を、二倍返しで送り返す。
「っ!」
怯みこそすれ、後ずさるような真似はしない。胆力もなかなか。
だが、何もしないままというのは些か興を削がれる。もしや、こちらの攻撃を待っているのか。カウンター狙いなのだとしたら、待ちの姿勢も頷ける。
ならば。
わざと見えるような速度で近づき、懐に潜り込む。美鈴はまだ動かない。
勢いに任せて振った拳は、いとも容易く腹部にめり込む。嗚咽と共に、美鈴は放物線を描いて大地に叩きつけられた。
頬も、お腹も、ドレスでさえ。傷つけられた箇所は一つもない。カウンターを狙っていたのではないのか。それとも、怒りが強すぎて策を考えるほど頭が回っていなかったのか。だとしても、何故動かない。
困惑の表情を浮かべるレミリア。地面に倒れ伏した美鈴は、ふらふらと身体を揺らしながら、それでも何とか立ち上がる。
「どうしたのかしら。無策じゃ、私は殺せないわよ」
息は荒いが、返答は無い。
垂れ下がった赤い前髪の隙間から、冷徹な怒りを秘めた眼差しが見える。怖じ気づいたわけではないようだ。
感情と行動が一致していない。その矛盾は大いにレミリアの好奇心を揺さぶり、同時に警告を鳴らす材料と成り得る。
「せっかくの月夜だってのに、静かなままじゃ月も飽きて日が上る。来るなら来なさい。来ないのなら、こっちから行くわよ」
それでも、美鈴に動きはない。
やむを得ず、レミリアはまた美鈴に接近する。だが、三歩ほど進んだところで不意に違和感を覚えた。
微妙に、身体全体が重い。先ほど、村に入った時から感じていたことだが、どうやら気のせいではなかったようだ。
歩みを止めて、レミリアは確かめるように腕を振る。
美鈴が待っていたとしたら、この瞬間だったのだろう。歓喜の形に歪んだ唇から、鈴の音のような声が紡がれる。
「理の天花、明夜暗昼」
唐突に視界が低くなる。
膝はいつのまにか地面に触れ、羽は干からびたように小さく折り畳む。体中が誰かに押さえつけられているように重く、呼吸もいつのまにか乱れていた。
なるほど。これが彼女のカウンターか。
膝をつきながら、愉悦で顔が歪む。
「五方に埋めた天と興の札で、ここら一体の理を反転させました。即ち、昼は暗く夜は明るい。日光であなたを灰にすることはできませんが、陽の気で満ちた昼はあなたにとって天敵でしょう?」
「憤って、なお冷静。いや、むしろ怒りはあなたにとって良い冷却剤だったのかしら。最初から、これを狙っていたのね?」
わざと攻撃を受けたのも、レミリアの立っていた位置が僅かに範囲の外側だったから。
攻撃すればするほど、レミリアは近づいていたのだ。美鈴の用意していた結界に。
「これでようやく、互角です」
意識を集中させてみたけれど、霧になることも、蝙蝠になることもできない。通常の昼ならこんなことは有り得ないのだが、それほど美鈴の用意した昼が強力だということだろう。
満月だったのが災いしたか。レミリアにとって最高の夜は、いまや最悪の昼となった。
「互角じゃ私は殺せないわよ」
「後は怒りで殺します」
「なるほど、それは楽しみね」
重たい身体を強引に動かし、一呼吸で美鈴の背後に回る。
制限を受けているとはいえ、この程度の芸当ならまだ可能だ。
槍のように硬くした腕を振るうが、空しく宙を切った。しゃがみ込んだ美鈴が、容赦なく足を刈りにくる。
咄嗟に後ろへ跳び、追撃を免れる為に軽い弾幕を張っておいた。しかし美鈴は怯みもせずに、弾幕をかいくぐり追撃の手を緩めない。
何とか体勢を整えたレミリアは、美鈴の頭上へ跳躍した。人間は飛べないせいか、前後左右には注意がいくのに上下の注意を疎かにする。ゆえに、上からの攻撃ほど効果的なものはない。
自由落下に加え、跳躍の速度を合わせた攻撃。そう簡単に反応できる早さではない。
だから視線が合うはずなど、あるわけがないのに。
「くっ!」
美鈴の突き出した拳に、吸い寄せられるように飛びこんでいく。皮肉にも、反応させない為のスピードは、自らの動きを止めることすら許さなかった。
地響きに似た轟音が大地を揺らし、レミリアの身体が鞠のように宙を舞う。地面に叩きつけられてようやく、自分が殴られたのだと自覚した。
だが、ただ殴られただけではこうはいくまい。おそらく気も併用したのだろう。
身体中が訴える痛みに耐えながら、レミリアはまた距離をとる。
身体能力はまだ若干こちらに分があるものの、技巧ではあちらの方が圧倒的に上だ。ここは距離をおいて、遠距離戦を挑むのが最適。道具を持たない人間に、遠距離戦ができるはずもない。
そう、遠距離戦を挑めば必ず勝てるだろう。しかし、そんな臆病者の戦いを良しとするレミリアではなかった。
離れたのは、攻撃から逃げる為ではなく、助走の距離を確保する為。
小手先の技巧をうち破るには、ただ純粋な力の蹂躙こそが相応しい。
「っ……はぁ、はぁ……」
気を緩めると、荒い呼吸が口から漏れる。普段なら一日中でも戦っていられるというのに。恐ろしき術だ。もしも美鈴がレミリアと大差ない吸血鬼であれば、今頃瞬殺されていただろう。
頬をつたう汗を拭い、乱れた呼吸を整える。
虫の声も、林のざわめきも止まった。
瞬間、持てる限りの力で地面で蹴る。さながら弾丸のように飛び出したレミリアは、美鈴に迫った寸前で、何かに足をとられてバランスを崩した。
先ほどの攻撃で放った美鈴の一撃。あれを出すために踏ん張った足が、その周りの地面を少し削っていたらしい。
その僅かな凹みが、レミリアの命取りとなったのだ。
減速してバランスを崩したレミリアの胸を、美鈴の拳が貫いた。
熱いものが喉にこみ上げ、唾液の混じった血液を吐き出す。
「あ……ぅぁ……」
一片の歓喜も、一切の躊躇も美鈴の顔には無かった。あるのはただ、夜空に浮かぶ月のように冷徹な蒼い瞳。
光源もなく輝くそれを、レミリアは心の底から美しいと思った。
ああ、だから。
それだけに、終わらせるのが惜しい。
「言ったわよね、私」
言葉と共に、口元から垂れる血液。
「互角じゃ私は殺せないって」
胸を貫かれてなお喋り続けるレミリアに、美鈴の表情があからさまに変わる。
「回復能力も落ちているけど、胸を貫かれたぐらいで吸血鬼は死なない。でも、人は死ぬ」
お返しとばかりに、レミリアの細い腕が美鈴の胸を貫いた。
「人は吸血鬼を殺すだけの力を持たない。でも、吸血鬼は人を殺せる。これこそが種族の差。そして、互角では殺せない理由」
「そん……な……」
信じられないといった面もちで、腕の突き刺さった胸を見下ろす美鈴。緑色の服装が、徐々に赤へと染まっていく。
引き抜かれる互いの腕。しかし、その場に立っていたのはレミリアただ一人。
美鈴は胸を押さえながら、ゆっくりと大地に倒れていった。
「あなたが考えるべきは私の力を落とすことではなく、私を殺しうる手段だったのよ。夜の昼とは随分と思い切ったことをしてくれたけど、日光が無いのでは私を殺すには至らなかったわね。まあ、今となっては全て遅いけど」
レミリアの言葉は届いたのだろうか。
目を見開き、酸素を求める鯉のように口を動かしながら、やがて美鈴は動かなくなった。
月のように綺麗な瞳。それをもう見られないことが、少し残念だ。
夜空の月は、代わりになりそうもなかった。
「っと、思ったよりダメージが大きいわね」
少しずつ小さくなっていく胸の穴。衰えたといえど、回復能力は無くなったわけではない。
しばらく待っていれば、じきに完治するだろう。それに、美鈴が死んだおかげか結界の力も弱まり始めていた。もっとも、律儀に完治するまで結界の中で待つ気はない。結界の外に出てしまえば、こんな傷はあっという間に治る。
だから、早めにやるべき事を終わらせておかないと。
結界から出たレミリアの胸には、どこにも穴など有りはしなかった。
「そろそろ、起きてきても良いんじゃない。生まれたばかりとはいえ、あなただって吸血鬼なんでしょ?」
「……おお、こりゃ本当に凄え力だ。頭が吹き飛ばされたってのに、なんともねえ」
むくりと起きあがったのは、吾郎と呼ばれる一人の男。レミリアに頭を握りつぶされたはずの男は、まるでそれが幻覚だったかのように五体満足で喋っている。当然、頭は肩の上にちゃんと乗っていた。
吾郎の家は結界から少し外れたところにある。それが幸いだったのだろう。
復活した吾郎に驚くこともなく、レミリアは淡々と言葉を紡いだ。
「この国にいる吸血鬼は、私の知る限り一人しかいないはずなんだけど。さしずめ、あなたはその配下ってとこかしら?」
「ああ? なんでこれだけの力を持ってる俺が、他人の命令に従わなきゃならんのだ」
頭痛を覚えた。力に溺れた者の典型を目にした気がする。
「ということは、あなたの血を吸った吸血鬼は……」
「当然、殺してやったさ。こんな身体にしてくれたことは感謝してるけどよ」
ああ。目眩で倒れそうになる。
そんなレミリアの気持ちなど露知らず、吾郎は我が者顔で話を続けた。
「あんたも吸血鬼なんだろ。ひょっとして、俺が殺した奴の知り合いか?」
「……一応、遠い親族ね。もっとも、私はそいつを殺しに来たのだけど」
そうでなければ、こんな最果ての国になんか来ない。
だが遙々足を運んで、その結末がこれか。美鈴との戦いは甘美であったが、帳消しにされるほど不愉快な話だ。
血を吸った相手に殺されるような雑魚を追って、私は遙々ここまで来たのか。
結界を出たというのに、身体が重く感じられた。
「そいつは残念だったな。それで、代わりに俺を殺そうってのか?」
レミリアは、スカーレットの名を冠する一族の吸血鬼だけを狙っていた。吸血鬼にしてはまだ幼いレミリアが当主になる為には、全ての継承者を根絶やしにしなければならなかったのだ。
妹という例外を除いた最後の一人こそ、この国に逃げた吸血鬼。だが、その吸血鬼は死んだ。目の前の吸血鬼を殺す理由などどこにも無いのだが。
レミリアは目を細める。
「村の人間の血を吸ったのはあなたね」
「ああ」
「そして、あの少女の血を吸ったのも」
「鈴か。勿論、俺が吸ってやった。なんでか、血が吸いたくなったんでな。あいつにゃ悪いが、抑えきれなかったんだよ」
この村を襲ったのは、こいつで間違いないだろうとレミリアは確信していた。隣村でも似たような事件があったけれど、あっちはおそらく追っていた吸血鬼の仕業だろう。そこで吾郎は血を吸われ、運良くというか運悪くというか、適応して吸血鬼化した。
ちなみに村に火をつけたのはレミリアだった。どうしてそんな事をしたのか、今となっては理解できない。
「それで味をしめて、今度は思うがままに村を蹂躙。次はどこに行くつもりかしら?」
吾郎は肩をすくめて答えた。
「さあな。あんたが見逃してくれるなら、次はもっと遠くの村で食事をするつもりだよ」
所々に人間くささは残るが、吸血を食事というようになったら後はただ吸血鬼へ転がり落ちるだけ。言葉通り、多くの村々が襲われるだろう。
だが、レミリアにはそんなこと全く関係ない。不本意とはいえ、目的は果たしたのだ。
目的の吸血鬼は死に、楽しそうな相手とも死合った。先ほどは邪魔になりそうだからと頭を潰したけれども、同じ事を繰り返すつもりはない。
言動や顔つきは気に入らないが、それ以上に腹立たしいことなど一つも……
「ああ、一つだけあった」
「はあ?」
突拍子のないレミリアの言葉に、吾郎は眉を潜める。だが、レミリアの視界に彼の姿は入っていなかった。
映るのは、林の入り口で遊んでいた鈴という少女。
迂闊に近づかれても邪魔だからと、適当に警告を与えておいた。この林には近づくなと。おそらく、その後吾郎に襲われたのだろう。
「戯れに与えた警告とはいえ、少女を助けようとしたことは事実。その相手を殺されたのだから、気分はあまり良くないわよね」
「な、何言ってるんだよ……」
それにもう一つ、男が逃げられない理由があった。
諭すような笑顔を浮かべ、自らの後ろを指さす。
怪訝そうな吾郎の表情はしかし、すぐに真っ青に変わった。レミリアとて、出来れば口を丸くして驚きたいところだ。
「全然、分からなかったわよ。だって、妖力が弱すぎるんですもの」
胸に穴を空けた女が、こちらへと近づいてくる。
振り返るまでもない。
「あなた妖怪だったのね」
レミリア・スカーレットは知らなかった。吸血鬼になった男と同じく。
吾郎は微かに震えながら、美鈴を睨みつける。心の方はまだ、人間らしさが残っていると見える。完全な吸血鬼になっていたら、ここで余裕ぶって笑みを見せていたはずだから。
「あ、あんたが何者だろうと俺はあんたより強くなったんだ! 大人しくしねえなら、ぶっ殺……」
だが笑おうと震えようと、結末はどうせ変わらない。
血を垂らしながら、吾郎へと近づく美鈴。鬼気迫る表情に怖じ気づいたのか、吾郎は背を向けた。
しかし、逃げるより美鈴の方が早い。一瞬にして、吾郎の前に回り込む。
そして吾郎が口を開く前に、その拳を顔面に叩き込んだ。
骨の砕ける音がして、紙くずのように吹き飛ぶ吾郎。上手い具合にこちらへ跳んできたので、思わず片手でキャッチしてしまった。
「ねえ、一つだけ良いことを教えてあげましょうか」
顔面を砕かれ、その上レミリアに掴まれた吾郎の返事は無い。
「人は吸血鬼を殺せない。でも、吸血鬼は吸血鬼を殺せるのよ。ああ、でもあなたならよく知ってるわよね」
レミリアは笑った。笑って、言った。
「だって、あなたはもう一人殺してるんですもの。吸血鬼を」
腕を這うような赤い炎が、吾郎の身体へとまとわりつく。悲鳴を上げる間もなく、吾郎の身体は灰となり消えた。
これで、ようやく全てが終わった。大した作業ではなかったが、思わず口から溜息が漏れる。
どさっ、という音が聞こえてきたのはそんな時だった。
見れば、美鈴が倒れている。無理もない、妖怪とはいえあの傷であれだけ激しい運動をしたのだ。むしろ、起きあがったことを褒めるべきだ。
「弱いくせに、面白い子ね」
用は済んだ。しかしレミリアは、もう少しだけここにいようと決めた。
せめて、美鈴が目を覚ますまで。
日が明けるには、まだ早い。
起きてしばらく、美鈴は放心していた。
まるで、今までの出来事が全て夢の中だったように思える。目を開ければ、薄いムシロにくるまった自分が目を覚ますような気さえした。
だが、現実は違う。鈴は燃やされ、村人は干からび、残ったのは自分と吸血鬼だけ。
どっちが現実で、どっちで夢なのか曖昧になる。せめて太陽が昇ってくれば、もう少し自分の頭もはっきりするのかもしれない。山の頂はまだ暗く、辺りを照らすのは星と月だけだった。
村は変われども、自然は全く変わりない。人も妖怪も、自然からしてみればちっぽけな存在だと言うことか。いつのまにか、思考は全く関係のない方へ逸れていた。いや、無意識に考えることを避けているのか。ここまで手遅れの事態になっているというのに。
そう、手遅れだ。例え自分がどんなに優れた医師だとしても、死んだ人間や干からびた人間を元に戻すことはできない。出来ることといえば、ただ生前の人たちを思って悲しみにくれることぐらいだ。
最も、それとて自己満足の一種に過ぎない。死んだ人には、何をしても届かないのだから。
「これからどうしよう……」
思わず口をついた言葉に、改めて考えさせられる。
このまま村に留まっても、何かするわけでもなし。かといって、また他の村の世話になるのも気が進まない。いっそ、また大陸を旅するのが良いのかもしれない。誰の世話にもならず、誰にも迷惑かけることなく。
遠い目で空を見上げる美鈴。その頭頂部に、容赦のないチョップが振り下ろされる。
「痛っ、何するんですか!」
「何するんですか、じゃないわよ。よくもまあ、これだけ私を無視し続けられたものね。あなたの目、ガラス細工なんじゃないの?」
子供のように怒るレミリア。殺されそうになった相手とはいえ、今は側に人がいてくれて少し嬉しかった。人ではなかったが。
「あなたの用はもう済んでるんでしょう。だったら、ここで私が話しかけて引き留めるわけにもいかないじゃないですか」
「まだ用は終わってないの。ねえ、美鈴」
目を丸くする。記憶が正しければ、名前を呼ばれたのはこれが初めての気がした。
また何か良からぬことを企んでいるのか。身体中を警戒信号が駆けめぐる。
「何ですか」
「もう一度言うわ。あなた、ウチで働いてみない?」
唐突な誘いに、頭の中が真っ白に染まる。無表情で、しばらく動きが止まった。
凝結する美鈴には構わず、レミリアは話をどんどん進めていく。
「最初は挑発するために適当に誘ったんだけど、あれだけの戦いぶりを見てたら放っておくのが惜しくなったわ。私の下で働くのはやりがいがあるわよ」
随分と傲慢な主人である。
「もっとも、私は優しくないから厳しい職場であることは間違いないけど」
品定めするように、レミリアの視線が身体中をはい回る。
断ろうかと思っていた美鈴だったが、その言葉で気が変わった。
「わかりました。良いですよ」
「あら、以外と素直なのね。断ろうものなら、首に縄をつけて引っ張っていこうと思ってたのに」
これには、さすがに苦笑する。断らなくて良かったと、密かに安堵した。
ただ、何も怖いから了承したわけではない。確かに、レミリアは色々と美鈴に黙っていた。村の中に吸血鬼がいるかもしれないこと。そして、その吸血鬼が村に危害を加えるかもしれないこと。
おそらく、吸血鬼がいることは分かっていてもそれが誰かまでは知らなかったのだろう。そこでわざと自分の存在を主張し、興味を持った対象をおびき寄せようとしていたのだ。もっとも、問題の吸血鬼は日が怖くて出歩かなくなり、代わりにかかったのは何の関係もない美鈴だったわけだけれども。
少なくとも、レミリアが吸血鬼に関して何か言っていれば村の結末はもっと違ったものになったのかもしれない。ただ、鈴に警告を出してくれていたのも事実。朦朧とした意識の中で、その話だけはしっかりと耳にしていた。
一方では村を見殺しにしてまで己の欲しい者を手にし、一方では何の得にもならないのに少女一人に警告を出したりする。惹かれたとしたら、きっとそんな性格に惹かれたのだろう。そう言えば、怒りそうだが。
それに、行くあてもないし。
「ああ、でもちょっとだけ待ってください。村の人たちのお墓を作りたいんで。このままにしておくのは可愛そうじゃないですか」
「別にいいけど。そういえば、あなた結局最後まで泣かなかったわね。妖怪ってのは、案外ドライに出来てるのかしら?」
「妖怪だって泣くときは泣きますよ。ただ、私は医師として暮らしてきましたから。医師は患者さんが死んでも、泣くことは許されないんですよ。次の患者さんが待ってますからね」
寂しそうに美鈴は言う。
レミリアは、おかしそうに言った。
「だったら、もう泣いていいんじゃない?」
えっ、と顔をあげる。
「だって、あなたはもうウチの門番なんですもの」
その一言で、心のどこかに掛かっていた鍵が外れた。
ここに医師はおらず、代わりに門番が立っている。
泣けぬ道理は、どこにもない。
空を見上げる。
「雨が降ってきましたね」
月と星で彩られた空を見上げ、レミリアは頷く。
「そうね」
美鈴の頬をつたった雨水は、ゆっくりと地面に零れて消えた。
子供の笑い声で目を覚ました。
涎を拭き取りながら、慌てて辺りを探る。どうやら、咲夜はいないようだ。まあ、いたらいたで今頃はナイフの洗礼を受けていたことだろうが。
首を鳴らしながら、はたと美鈴は気付く。
さて、どんな夢を見ていたのか。とても懐かしい夢だったことは覚えているが、それがどんな内容だったかまでは覚えていない。
口の中は妙に乾いていたが、胸の内は少し温かった。悪夢だったのか、それとも良い夢だったのか。あるいは、その両方かもしれない。何にしろ、忘れた夢を思い出すことは至難の業だ。確かめる為に、また寝るわけにもいかないし。
欠伸を噛み殺し、背筋を伸ばす。
「門番ってのは随分と暇そうな職業なのね。羨ましいわ」
「お嬢様には負けますよ。羨ましいですね」
竹とんぼのように日傘を回すレミリア。うっかり日光を浴びたらどうなるのか。少なくとも近くにいた美鈴は、咲夜からきつい言葉を浴びせられるだろう。かといって止めれば、レミリアの機嫌が悪くなる。板挟みほど辛い状況は無いのだと、紅魔館に来て思い知らされた。
「そろそろ咲夜がお茶を容れる頃だから。仕事が終わったら来てもいいわよ。お茶菓子くらいなら、残しておいてあげるわ」
「そう言って、前はクッキーの残りカスしかありませんでしたよね」
「一寸の虫にも五分の魂」
「クッキーは生き物じゃありません」
細かいわね、とレミリアは肩をすくめた。
咲夜の料理は紅魔館でも評判だ。例えそれがお菓子でも、手を抜くことは有り得ない。出来ればご相伴に預かりたいところだが、仕事が終わってないのに行くとそれこそ大変な事になる。そのギリギリの線の見極めが難しいのだ。
「あれ? でも、咲夜さん風邪をひいていたと思うんですけど……」
「あなたの薬が効いたのかしら。真っ赤な顔して紅茶を入れてたわよ」
どうやら、確実に無理をしているらしい。まぁ、このお嬢様の言うことなら何でも聞いてしまうのだろう。あのメイド長は。
怒ってでも止めるべきか、はたまたやらせてしまうべきか。悩む美鈴の耳に、また子供の声が飛びこんできた。
湖の畔では、まだ少女が遊んでいた。しかし友達は帰ってしまったのか、今は一人だ。
危険な目に遭わないうちに、帰しておくのが一番だろう。小走りに駆け出す美鈴を、レミリアは止めようとしなかった。
面白い事には目がないレミリアだが、変なところでブレーキをかけることが多々ある。それがどういう基準によるものなのか、専属の従者である咲夜にも分からないらしい。
「一つ、お空の天道が。二つ、笑って大日寺。三つ、三方の大狸。四つ、転んで石の上……」
唄は最初に戻っていた。そこそこの間、眠ってしまっていたようだ。
手鞠唄に興じる少女は、美鈴が近づいても気がつかない。夢中になるのは良いことだが、注意を散漫にするのは褒められたことじゃなかった。
優しく、少女の頭の上に手をのせる。ピタリと歌が止まり、鞠は少女の手の中に収まる。
「ここは危ないですから、続きは里に帰ってからやりましょうね」
くすぐったそうに身を縮めていた少女は、うん、と小さな声で頷いた。聞き分けの良い子で助かった。
少女は里の方へ足を向けたが、不意にこちらへ振り返る。
「あのね、この歌……」
「ん?」
「五つから続きが分からないんだけど、お姉ちゃん知ってる?」
何のことはない、ただの質問。にも関わらず、美鈴は固まった。
心の中を後悔の念がよぎる。
しかしすぐさま、笑顔を浮かべて言う。
「知ってるけど、今は教えられません。今度、里へ行くことがあれば教えてあげますよ。だから、あまりここら辺では遊ばない方が良いですよ」
少女は満面の笑みで、わかったと、大きな声で頷いた。駆け出す少女の背中は、とても嬉しそうに見える。
五つから先を知らずに逝った女の子を知っている。罪滅ぼしにはならないだろうけど、少なくとも一人の少女が笑顔になれることは間違いない。
「懐かしい顔をしたわね、あなた」
背後から、レミリアの声がする。
「さあて、門番の私には遠い過去のような気もしますがね。忘れることはできませんけど」
「忘れる必要は無いでしょ。その記憶もまた、あなたの一部なのだから」
もう二度と、あの村へ戻ることはないだろう。
ここは幻想郷。忘れられた者達の楽園。
少なくとも美鈴が覚えている限り、村人達は外の世界の住人であり続ける。鈴もお澄も。それが幸せかどうかは知らないが、忘れることなど出来やしない。
「それよりも、早く館へ戻りましょ。紅茶が冷めるわ」
レミリアが急かすように館へと戻る。美鈴の顔が暗くなったせいか、はたまた本当に紅茶の心配をしてか。おそらく後者だろうけど、美鈴は顔が緩むのを抑えることはできなかった。
「はいはい、わかりました。行きましょう」
咲夜と別れてから、まだ一時間も経っていない。怒られるかもしれないが、主人の誘いとあっては断るわけにもいかないのだ。そういうことにしておこう。
厳めしい門を潜りながら、美鈴は思った。
そういえば、五つから先は何だったかな、と。
どこかで、少女の笑う声がした。
これは黙って満点付けるしかないですね。
何を言えばいいのか全く思いつきません。
そこから戦闘と村の襲撃者の真相などがとても面白く
また惹きつけさせてくれました。
あの少女は今際の時にはなにを思っていたのでしょうか。
苦しみから解放されることへの感謝・・・それとも他の何かでしょうか?
ともあれ、見事な作品でした。
> だとしたら、鈴の話疑う余地は無い。
> 木の木の隙間から漏れた光が、レミリアをまるで
> 今の美鈴の背中には鈴の命が罹っている。
> 町はずれに供えられた、申し訳程度の墓地。
(他は全て「村」と書かれています)
> 無意識に、願望を繁栄させているのだろう。
> だが、内部からの攻撃に耐えられる者は少なくない。
(「多くない」か「少ない」では?)
> 声に鳴らない嗚咽を漏らし、必死に立ち上がる。
(声にならない?)
> どの家にも、どの場所にも、あるには干からびた人間ばかり。
(あるのは?)
> 歩みを止めて、レミリアは不振そうに腕を振る。
> いつのまにか、思考は全く関係の方へ逸れていた。
(無関係の方へ?)
文章力の高さは流石の一言。内容もよく考えられていると思います。
ただ、読んでいる最中でも読み終えた後にも、ぐっとくるものがありませんでした。
八重結界氏のシリアス中編ということで、私が勝手に期待を膨らませすぎたせいかも
しれませんが……。
注文をつけるなら、タイトルにもうちょっとひねりがあればなと。鈴がキーパーソンではありますが、灰のところに別の言葉が入ればなお臨場感が増す気がします。
マスタグ大佐!w
そんな俺にも室内なのに小雨がパラついてきやがったぜ……
プロットが非常にしっかりしてる上、無駄なく違和感を覚えさせないストーリーは流石であります。
鈴ちゃんは可哀想としか言いようがありませんが……
お嬢さまと美鈴のキャラ付けも、とても「らしく」て善かったと想います。特に、美鈴がかつて医師だったとの設定は中々良いですね。
さて、ギャグ→シリアスと来ているので、次回はブッ飛びまくったギャグを所望したいところですがw
こういう、キャラの意外な過去話は大好きです。
もう下げた頭が元の位置にもどりません。アンタはスゴイ。
静かだけど、熱い話でした。
と思いきや、なるほど納得。
非常にいい話でございました。
キャラの過去話探しは作者次第で全然違ったものになるから止められんね