このお話は地霊殿のネタバレそのものです。
また、作品集61に収録されている「瀟洒な洞窟大作戦 体験版」の続きとなっています。
先に読んでおくことをお勧めします。
旧地獄の中心。地底地獄の管理所である地霊殿は、旧都の華やかな騒々しさとはうって変わり、中は薄暗く、質素なタイルとステンドグラスで装飾され、あっさりと侵入を果たした咲夜に物静かな印象を与えた。日本家屋が立ち並んでいた外とは違い、紅魔館とおなじ外西洋風のつくりとなっている。同じ西洋の建物に住む咲夜には親近感が生まれていたが、ところどころ目につく汚れが気に食わなかった。
(ちょっと、聞いてるの咲夜!)
「え、ええ。聞いていますよお嬢様」
好戦的な鬼が言うには、恐ろしく厄介な妖怪がこの地霊殿にいるらしい。しかし咲夜は、可愛らしい剣幕で小言を言い続けるこっちの“鬼”、レミリア・スカーレットのほうが、ずっとずっと厄介だった。
Stage 4 誰からも好かれない恐怖の目(地霊殿)
(咲夜のせいでものすごく恥をかいたわ。紅魔館のメイド長たる者、知識や教養がなくてどうするの。帰ったらパチェに頼んで、徹底的に教育してもらうんだから。覚悟なさい)
「ちょっと泣きたい気分です」
(自業自得よ)
先の戦いでやらかしてしまった、ちょっとしたうっかり間違いのつけがさっそく回っていたのだった。
休み時間が削られるのは構わない。自力でどうにかなる。しかし、パチュリーの授業は、よく分からない上に眠たくなることで紅魔館では有名だった。寝ていようものなら脳天にドヨースピアの直撃が容赦なくプレゼントされる。えげつない拷問である。
ちなみに数年後、強制された猛勉強の結果、大量の知識を詰め込まされて文武両道となった咲夜は、本当の意味でのパーフェクトメイドとなって主人の地位(主にカリスマ)を脅かしたのはまた別の話。
「それにしても、ウチとよく似ていますね、このお屋敷。そうだお嬢様、いっそここを別荘にしてみませんか?一日中太陽も出ませんよ?」
(別荘かあ。いいね、それ。いや待った。フランの遊び場にするのも捨てがたいわ。遊び相手にも困らないしね)
「外の都が壊滅しちゃいますよ、それ」
(なんでもいいから、さっさと黒幕を片付けちゃおう。夕飯の時間厳しいんでしょ)
「黒幕、いるといいですねぇ……あら」
咲夜の目が何やら動く物体を捉えた。柱の陰に潜んでいたそれは、咲夜たちの前に躍り出て、二股に別れた尻尾を振りながら、屋敷の奥へと歩いていった。
「猫ですね」
(猫だねえ)
その黒い不気味な猫は、時折咲夜へ振り返りつつ足を止めた。まるでついてこいと言っているかのように。最初は怪しんでいた咲夜だったが、やがて猫の後を追いかけ始めた。
(いいの?罠かもしれないわよ?)
「罠だったら罠ごと壊してしまえば済む話です」
(おっ、ようやくいつもの咲夜らしくなってきたわね。さっきから大人しくて心配してたのよ。回りくどい戦い方ばっかりしてさ)
「あら。ちゃんと働いてましたよ、私」
(嘘ばっかり言っちゃって。いつもはもっとナイフをばらまいてるし、それにもっと積極的に自分から攻撃してるじゃない。ほとんど私たちに任せきりにしてるのはどういうことかしら?)
(あ、それ私が指摘したことですよね)
(黙らっしゃい門番)
(あいたっ!)
鈍い打撃音がオーブ越しに響く。反射的に咲夜は頭を抱えた。
(お前に言われるまでもない。ちゃんと気づいてたわよ)
(だってさっき、「賭けるほう間違えちゃったかなあ」なんて言ってたじゃないですか。嘘はいけませんよ、嘘は)
(悪魔が嘘つかなくてどうするのよ。嘘のない吸血鬼なんて、ただの鬼になっちゃうわ)
「血を吸う時点ですでに普通の吸血鬼ですよ、お嬢様。
それにしても美鈴。今日は主人に向かってやけに反抗的じゃない。いいの?」
(今日は無礼講なんだから無礼講してるんですよ。レミリア様だってなんのその!)
「……酔ってるわね」
(別にいいわよ。宴の席で下手にかしこまられるよりは楽しいし。それより咲夜もどう?無礼講に下剋上。今なら特別に貴方のしもべにでもなってあげようかしら?)
「まあ、お嬢様まで。あまり飲みすぎないでくださいね……っと」
咲夜の足が止まる。猫は咲夜の前方に座り込んでいた。突然、目を細めてこちらを睨み、天に向かって、うみゃあ、と鳴いた。その合図を皮切りに、咲夜はナイフを抜き放ち、レミリアは魔法陣を展開した。
何もない空間に眩い炎の塊が次々に浮かび上がっていく。炎が取り囲み終わる頃には、咲夜を取り巻く空間の温度が、瞬く間に上昇していった。
「罠でしたね、お嬢様」
(気をつけて咲夜さん!こいつら怨霊です、触れるとけっこう熱いですよ!)
「じゃあ、触らないように倒しますか」
前方に群がる怨霊に向けてナイフを投げる。怨霊たちは迫るナイフに反応すら見せず、ただぷかぷかと浮いているばかりだった。やがてナイフが怨霊に突き刺さると、その瞬間、怨霊は熱気とともに弾け、大量の弾幕を吐き出しながら咲夜に襲いかかった。
(言い忘れてましたが、それ弾けるんで注意してくださいね)
「言うのが遅い!」
美鈴を叱咤しつつ、迫る熱気をかいくぐりながら、先ほど倒した際にできた包囲網の穴へ加速する。しかし、脱出する直前に、周囲の怨霊が自ら弾け、爆風となって咲夜の行く手を防いだ。
(突破するよ!そのままダッシュ!)
レミリアが魔法陣から槍状のオーラを放つ。槍は熱風をかき分けて包囲を貫き、咲夜の前方に道を作った。駆け抜けると同時に、振り返りざまに残りの怨霊へナイフを投擲した。ナイフは寸分違わず怨霊に突き刺さり、そして爆発した。発生した弾を避けながら、再び前を向いて先ほどの猫を探すも、その姿を捉えることはできなかった。その代わり、おびただしい数の気配が、闇にまぎれて咲夜を取り囲んでいた。前後左右のみならず、上空や柱の影にも息を潜めていた。ざっと見渡しただけでも五十以上は確認できた。
「誰もいないと思ったら、妖精がこんなにいたのですね。労働力はばっちりじゃない。これだけの数がいれば館の汚れもすぐに解決できそうね」
(ふむ。別荘計画も夢じゃなくなってきたね)
「ちょっとそこの人間。この地霊殿に就職希望かい?」
やや体の大きい妖精が闇の中から現れた。この妖精たちを束ねるリーダー的な存在らしい。
「いえいえ、お仕事には間に合っていまして」
「なんだ、汚れがどうとか言ってたから、てっきり就職希望かと思っちまったよ。じゃあやっぱり、さとり様やお燐様の言うとおり、旧地獄にちょっかいを出しにきたってことだね!」
突然飛び出した二つの名前に咲夜の眉が反応する。しかし、変化は一瞬だけで、目の前の妖精がその変化に気づくことはなかった。
「いえいえ、それもちょっと違くて」
「?」
(この地霊殿とやらを乗っ取って、私の別荘にするために来たの)
「……はっ、やっぱりじゃないの。総員、戦闘準備!やっぱり敵のお出ましだよ!」
闇の中から妖精の群れが姿を現した。各々、剣や槍、弓矢に斧といった原始的な武器を持っている者もいれば、魔術書や杖、お札といった魔法重視の装備している者もいた。洞窟内で見た妖精たちよりも遥かに統率が取れている。その危険度は彼女たちの比ではない。
数で圧倒的に不利な状況だが、咲夜は取り乱さない。横には最も信頼できるパートナーがいるのだから。
「お嬢様、またまた少し違いますよ」
(うん?)
咲夜は笑って両手いっぱいに投擲用のナイフを取り出した。
「立ちふさがる敵を全員残らずこてんぱんに倒して、異変を最速で解決して、お嬢様に今夜の夕食をご用意して、それから後日改めて、じっくりと時間をかけてこの館を征服して、お部屋の隅々まで私たちのものにするのです」
「なっ……」
(わーお、完璧。さすがはウチの誇るメイド長だわ。はなまるあげちゃう)
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
(咲夜さん、温泉は~?)
「お嬢様が入れないからどうでもいいかな」
(えー。いっしょに入りましょうよ温泉。二人でこっそり、お酒飲みながら星空を見上げるんですよ。星見酒最高!)
「機会があったら付き合ってあげる」
妖精たちは、呑気な会話を交わす咲夜からにじみ出る絶対の自信と、得体の知れない恐怖を感じてたじろいだ。咲夜がゆっくりとナイフを掲げると、周囲の妖精が一歩後退した。掲げたナイフが、正面に向けて突き出される。
「お嬢様、私はこのまま正面へ向かいます。早くご夕食を用意したいので」
(うん)
妖精たちは息を呑んだ。正面。もちろん、最も層を厚くしている場所だ。しかも、前回の人間たちと違って、今回は万全の体勢で挑んでいるのだから、この人数差で押し通るなど正気の沙汰ではない。
だが。続く言葉は、妖精たちをさらに恐怖させた。
「ですが。お嬢様の望みは違うのでしょう?」
(ええ、そうね)
「ご命令をどうぞ」
咲夜は知り尽くしていた。敬愛する主人の、傍若無人な性格を。
レミリアは理解していた。親愛なる従者の、従順な忠誠心を。
二人はまったく同じ笑みを浮かべた。遊び心溢れる子どものような笑みを。
(殲滅するわよ、咲夜。完全に。圧倒的に。有無を言わさず、完膚なきまでに。
全員生きて返すな。この館の連中だけじゃなく、神社の連中にも、私たちの恐怖を思い出させてやろう)
「仰せのままに」
妖精の間に戦慄が走る。主人とはまったく異質の、おそらく最も原始的な恐怖が、妖精たち全体に広がった。
咲夜は前方へ加速すると同時に手に持った全てのナイフを投げつけた。リーダーの周囲にいた盾持ちの妖精の額に当ててなぎ倒し、列を乱す。着弾と同時に近接用のナイフを取り出し、リーダーの目前まで接近する。
負けじとリーダーも投げナイフを放つが、最小限の動きでかわされ、やがて目と鼻の先まで接近を許してしまった。
「わああ!」
呼吸も忘れてナイフを振るう。しかし、ナイフは温い空気を切り裂いただけにすぎなかった。
咲夜はすでに飛び上がって、レミリアの放つ蝙蝠型の弾幕と共に敵陣の真っ只中へ急降下していた。真っ赤な蝙蝠は、投げつけられたお札を燃やしつつ、敵陣の外周に陣取っていた射撃担当の妖精たちに群がって襲いかかる。
「ひるむなひるむな!まだまだ数はこっちが上!」
着地直後に突き出された三本の槍を跳び上がってかわし、その上に着地する。重さに耐えきれずバランスを崩した妖精に、咲夜はやや不機嫌な顔で脳天に小さなナイフを突き刺した。
「ぎゃっ!」「あいたっ!」「……っ!?」
「失礼しちゃうわね、もう」
憤慨する間もなく、咲夜は体を沈める。横向きに振り回された二本の斧が咲夜の髪を二・三本そぎ落として宙を切った。二人に足払いをかけつつ近接ナイフで切りつけて沈黙させ、回転の勢いを乗せつつ一人を剣を持った集団へと蹴り飛ばす。
「退避ー!」
剣を持った集団を怯ませている隙に、転がった斧を奪って、盾を持った妖精へ振り下ろした。盾のへりに当てて喰いこませると、力任せに引っ張って奪い取った。
「この……っ!!」
「上、うえ」
体勢を立て直した剣の妖精が咲夜に斬りかかろうとするが、咲夜は盾を真上にかかげて、上を指し示すばかりで動こうとしなかった。不思議に思った妖精たちが上を見上げた瞬間、咲夜を狙った矢の雨が降り注いだ。体勢を立て直すのに精一杯で、号礼が聞こえなかったために逃げ遅れたのだった。
「がっ!」「きゃあああ!」
「残念、この傘は一人用なのです」
逃げ遅れた剣の妖精たち、およそ十体が矢の雨に見舞われたが、咲夜は盾を傘にしたおかげでかすりもしていない。
(咲夜、薙ぎ払うよ!)
咲夜が盾と斧を捨てて周囲の様子を確認している間に、レミリアが全方位に弾をばらまき、妖精たちをなぎ倒した。レミリアの言葉に反応した妖精たちは飛び上がって回避するが、咲夜とレミリアが容赦なく追撃する。襲いかかる咲夜たちを追い払おうと各々武器を振るうが、地に足のつかない状態では近接武器の効果はまるで無く、無防備な体勢のまま次々と落とされていった。これ以上の損害は出させまいと、遠巻きの妖精たちが一斉に遠距離攻撃を仕掛けた。さすがの咲夜も数の弾幕には勝てず、後退を強いられてしまう。追撃に走る打撃武器を持った妖精たち、そしてすかさず濃密な弾幕を形成する遠距離武器の妖精たち。
しかし妖精たちは気づいていない。咲夜が既に包囲を脱出していることを。咲夜は全員の敵を真正面に捉えていた。
「久しぶりに懐かしいのいきますか」
ポーチからスペルカードを取り出し、念じる。カードは咲夜の胸の位置で空中に留まり、その模様を描いていった。
「お嬢様、奴らの目を潰してください」
(ん、りょーかい)
咲夜の弾幕をかいくぐった幾人かの妖精が、剣や斧で咲夜に殴りかかろうとしたが、オーブから放たれた大量の赤い蝙蝠に阻まれてしまう。蝙蝠は襲ってきた妖精のみならず、遠くにいた者にまで群がって視界を覆った。
「うわ、撃て、撃て、撃ちおとせ!!」
蝙蝠ごと咲夜を射抜くかのように大量の弾幕が形成される。蝙蝠はみなか弱く、一人の被害も出さないままに次々とかき消されていった。
「やったか!?」
妖精たちは咲夜の姿を探すが、まるで見つからない。その代わりに、自分たちの上空を覆う異変にようやく気付いた。敵の姿はないが、代わりに這うような速さで空中に停滞しているナイフが、妖精たちの姿を映し出していた。
「奇術──」
ぞくりと。視界の外から聞こえてきた死刑宣告は、妖精たちの背筋を凍らせた。振り向いた先にも、同様におびただしい数のナイフが彼女たちを狙っていた。
「『ミスディレクション』」
躊躇なく宣言されるスペル。直後、前方から、そして後方から大量のナイフが交差して降り注いだ。完全な死角から投げられたナイフに対応できず、なす術もなく撃ち落とされていく妖精たち。
「うわああああああ!!」
混乱がさらに混乱を呼び、やみくもに攻撃をしては自滅する妖精さえも現れる。もし妖精ではなく、人間が相手だったなら、目を覆わんばかりの惨劇の場が展開されていただろう。妖精たちが次々に倒れていく様を、咲夜の赤い瞳と、オーブが放つ妖しくも紅いオーラが冷たく見下ろしていた。
「うぅ……いたぁ……」「化けモンだ、あいつら……」
ナイフが通過を終えるころには、戦闘続行可能な妖精たちは、その数を十分の一までに減らしていた。倒れ伏した妖精たちが床に広がっていく。
「いやー、絶景ですねー」
(……昔の咲夜さんに怒られたときを思い出しちゃいました……いろいろ痛かったなあ)
(あー、まだけっこう容赦なかったころね。昔はサボりのおしおきにいろんなスペル試してたっけねえ)
「あれはあれで楽しいんですけど、後の生産性を考えて止めました。最近のスペル開発はフランドール様のお遊戯の時間にしていますわ。いっつもこっちが殺されかけますけど」
(そして私も面白半分の咲夜さんに何度も殺されかけたわけですね)
「ちゃんとお仕置き名分だから、全部急所は外してたわよ」
(頭は全部急所だと思いますよ、咲夜さん)
「貴方は頭がい骨が厚そうだから大丈夫」
咲夜たちが会話している隙に、敵わないと分かった一匹の妖精が背中を向けて飛び出した。つられて他の妖精たちも離れていく。別に逃がしても構わない咲夜だったが、宣言した以上、一人も逃す気はないし、
(まだ戦いの途中でしょ)
何よりも主人がまったく逃がす気がなかった。飛び去った妖精の背中を、赤い閃光が一人残らず容赦なく貫いていく。一人だけ五体満足であるリーダー妖精の背後、力無く墜落していく残りの妖精たち。
「あ……」
「あと一人になりましたね。なんだかお祭りの後みたいで寂しい気分ですわ」
(あっけなさすぎる。まだ夜店のヨーヨー釣りのほうが面白かったわ。
どうする咲夜?切り刻む?突き刺す?それとも私が黒こげにしちゃう?張り付けなんかどうかしら?)
「……あ、悪魔め……あんたらおかしいよ」
腰は抜け、歯が鳴るのを止められない。主人の不気味な恐怖をしのぐ、残虐な狂気を孕んだ、ずっとずっと原始的な恐怖。
(あら、その顔はとても素敵だわ。写真に収めたいくらいよ)
「……そうですねえ」
咲夜は空白のスペルカードを指で弄びながら、極上の笑顔で言い放った。
「最後なので、今言ったの全部やっちゃいましょうかね」
(さんせーい)
「ひぃぃっ……あ──ぅ───」
恐怖が最高潮に達した妖精が残された選択肢は、意識を手放して目の前の恐怖から逃れることだった。一本のナイフも刺さることなく、また敵に一つのかすり傷さえ負わせることなく、最後の一人は地面に倒れ伏したのだった。
(あーあ、咲夜がちんたらしてるから)
「いいんですよお嬢様。妖精みたいな単純な連中は、恐怖政治が一番手っ取り早く躾けられますわ。ここのお掃除はまるでなっていませんもの。ここを別荘にした暁には、徹底的にお掃除のやり方を叩きこんであげましょ」
「別に叩きこまなくてもいい」
抑揚のない静かな声に振り向く。闇の中から一人の妖怪が浮かび上がるようにして現れた。今まで出会ってきた妖怪たちにはない気品さと、圧倒的な存在感が全身からにじみ出ていた。
「貴方達。もう戦うのはいいわ。無事な者は、怪我した者を下がらせなさい」
息のある屍の山の中から、無事にやりすごせた数人の妖精が恐る恐る這い出ると、気絶した妖精たちを暗闇の奥へと引っ張って行った。
「最近の客は乱暴者が多いわね」
「使用人かしら?怪我する前にさっさとご主人さまを出してくれると嬉しいんだけど。じゃないと───」
「お嬢様が拗ねるからでしょう?」
(よく分かってるじゃない。さっそく案内してよね)
「……?声が聞こえない。どこから聞こえてくるの?……そう、このオーブから……大丈夫、意識ははっきりしていますから。耄碌(もうろく)ではありません」
「ずいぶんひとり言が多い給仕さんね」
「給仕じゃないわ。貴方がたが待ち望んだラスボス、古明地さとり。この地霊殿の主です」
(おっ、やったね!先に咲夜やパチェみたいのが出てこないかひやひやしてたんだ。さくっと倒して霊夢たちに自慢してやらなくちゃ)
「……私を倒してこの館をゲット?……一応異変を解決する気もあるようね。温泉にはあまり興味がない……『そういえば、神社じゃお鍋だから、おゆはんに煮込み料理は止めとかなくっちゃ』?……『なんだかとろそうだから、かっこよく決める前に終わっちゃいそう』?……『もう一枚くらい懐かしいのでスタイリッシュにきめきめしましょ』?」
早口でぶつぶつとひとり言を言い続けていたさとりは頭を抱えた。
「貴方、もう少し落ち着いて考えたらいかがかしら」
「なんだかついさっきまで考えてたことを言われたような気がするけど」
「『占いだって適当に言ってれば当たるんだし、どうせいんちきよね』」
「む。今の言葉は」
「ああ、やっと追いついた」
たわごとと勝手に決め付けていた咲夜も、さとりの言葉を聞いて警戒の色を強くする。
「そう、私は他人の心が読めるのです。お疑いなら、今貴方が思ってることを言い当ててあげましょうか」
「では……」
「……『美鈴の弱点は脇腹と足裏、くすぐると大変なことに』?」
(ちょっ!?皆さんなんですかその手は!いやらしいですよ!?)
「『耳もちょっとしたウィークポイント』」
(さ……咲夜さぁん!あははははははは!はっ、はぁうはあははは───)
笑い声と共に美鈴はフェードアウトしていった。
狂わされた一日の予定。繰り返される強制的な命の削り合い。蓄積されたやり場のないストレスの発散は、やっぱり美鈴いじりに限る。心なしに胸がスッとした咲夜だった。
「すごい、完璧ですわ。私のマジックよりもずっと凄い」
「だから貴方の考えてることなんてお見通しなの。怨霊や間欠泉目当てなら見逃してあげようと思ったけど、この館が目当てならそうもいかない。貴方のような危険人物は、早々に地上へお帰り願うわ」
「お生憎様ね。読まれてまずい考えなんて持ってませんし、読まれたところで圧倒的にやっつければいいのです。ねえお嬢様」
(……………)
「……お嬢様?」
(黙って咲夜。もうすぐ無心の境地に至れるわ。なむあみだぶつ、なんみょーほーれんげきょー……)
オーブ越しのお嬢様の姿が目に浮かぶ。西洋の吸血鬼なのに、慣れもしない坐禅でも組んでいるのだろう。咲夜はそんな姿を想像して、少し笑った。
「心配しなくても、そちらの心は読めませんよ。さすがに距離が遠くて」
(よろしい咲夜、いつもみたいに圧倒するわよ)
「もう。せっかくの恐怖演出が台無しですわ」
(何よ咲夜、その態度は!)
「無礼講、ぶれいこう」
(ふん、今からこてんぱんにのして、もう一度思いっきりびびらせてやるんだから!)
「びびらせるですって?ふふ、私の第三の目は、うわべの恐怖も、そして本当の恐怖さえも映し出す。さあ、自分が持つ心象で壊れてしまうがいいわ!」
さとりはスペルカードを掲げた。咲夜とさとりの距離はごくわずか。至近距離の直撃を避けるために、咲夜は距離を取った。
「想起『テリブルスーヴニール』」
さとりの両手から閃光が放たれる。眩い光が暗闇を穿ち、周囲に広がっていく。直視できない眩さを腕で覆って耐える。咲夜が怯んでいる隙に、さとりは弾幕をばらまいた。視界を奪われながらも、地面に映った影を参考に攻撃を避けていく。
さとりは攻撃の合間にも第三の目を大きく見開き、三つの目で咲夜を観察していた。咲夜の心の奥深くに潜む恐怖を探り、己のスペルカードにその心象を焼きうつしていく。
「お嬢様、そっちは大丈夫ですか?」
(映像は切ったから平気よ。終わったら教えてね)
「了解です」
「……………」
先制という優位に立ちながら、さとりは驚愕していた。
『読まれてまずい考えもないし、読まれたところで圧倒すれればいい』
咲夜の自信に満ちあふれたこの発言を、さとりは身をもって体感していた。心の声は確かにはっきりと聞こえている。だが。
『お嬢様への危害は無いと見て良し。現状の行動から自滅の可能性もなし。除外。
現在のスペルは様子見の気配強し、現状でのリスクはなし。敵の言動から推測するに心理催眠系の攻撃を展開する傾向の可能性大。現スペル攻略後、もしくは現状において遠距離からの速射が妥当。
対象の確認は完全に不可。近距離は情報が少なすぎる、リスクが高い。排除。
跳弾は場所が広すぎる。効果の期待なし。リコシェ系は封印。
前方設置系の『ザ・ワールド』『ジャック・ザ・ルビドレ』『チェックメイド』『プライベートヴィジョン』あたりで崩すが上策。だが読まれているのは確実、こちらの誘導に引っかかるとは思えない。反応できないように設置するなら効果はある、だが避けられた場合の損失大。先ほどの妖精が漏らした“お燐”がこの場にいるなら増援もありうる。無駄なカードは極力温存するべき。
……光源と弾丸の発射方向より相手の移動パターン確定。目標はマークの正面に固定しているものとして仮定───』
さとりの基本戦術は、相手の思考を読んだ上での弾幕形成である。しかし、咲夜の思考展開が早すぎて、正確に相手の心の声を聞きとることができないでいた。向こうの心の声が、逆にさとりの攻撃指標の決定を阻んでいたのだった。早すぎる状況把握、洞察、戦術形成。逆に自分の心を剥がされているような気分だった。
『そこね』
「っ!!」
突如出現する大量のナイフ。さとりは攻撃を解き、ナイフを紙一重で避けた。攻撃のタイミングは心の声を聞いていたので知ることはできたのだが、聞こえてから攻撃に移るまでの行動があまりにも早すぎた。予想以上の一撃に動揺し、スペルの効果が切れてしまう。
「ビンゴですわ。お嬢様、正面にゴーです」
(任せなさい!)
魔法陣を展開し、さとりに向けて弾幕を展開しつつ、咲夜は、さとりの位置を確認するための目印として突き刺さしていおいた床のナイフを回収した後、大きく後退し、先ほどの『ミスディレクション』で使用したナイフを全て回収した。
相手の攻撃の読みにくさに加えて、心の読めない位置にいるパートナーから放たれる弾幕。さとりにとって、現状の咲夜との相性はとことん悪い。だが、最悪の相性である“彼女”に比べたなら、決して勝てない相手ではない。
「これは戦いにくいわね……でも」
さとりはレミリアの攻撃を自らの攻撃で相殺すると、三枚のスペルカードを周囲にばらまいた。カードはさとりの周囲を回転し、鈍い光を放ちながら点滅していた。
「貴方のトラウマはもう私のもの……さあ、ここからが本番よ。己が恐怖、改めて思い知れ!」
さとりを中心に黒いオーラが展開され、床や天井、柱を伝って周囲を満たしていく。やがて咲夜とさとりを完全に取り巻いた。深くなる闇の中で、さとりのカードの一枚が輝きを増していく。直後、さとりの体に、今までとは異質の“力”が湧き上がり、全身を覆った。風に揺れる草花のように体を揺り動かし、力をさらに放出していく。やがて力は渦状に展開してさとりの全身に巻きついた。
「どこかで見たような……」
「想起!」
さとりは右手を咲夜に突き出した。全身のオーラが螺旋となって右腕に集中し、巻きついていく。
「『虹色太極拳』!」
「えっ!?」
(あれ!?)
生まれる虹色の暴風。固い石柱を豆腐のように軽々と削りながら、猛スピードで咲夜へと襲いかかった。
どこかで見たことがあるのも当然。これは美鈴のスペルなのだから。
予想外のスペルに硬直してしまった咲夜だったが、すぐに思考を正常に切り替えた。
「『パーフェクトスクウェア』!」
目前に、白と黒のモノクロで彩られた箱型の“空間”が現れた。人一人がようやく入れるほどの空間が咲夜を飲みこんだ直後、虹色の風が咲夜がいた空間を巻き込んで吹き飛ばしていった。
「さすがに避けられましたか」
咲夜は空間を解除すると、大きく安堵の息を吐いた。時間の停止したフィールドでは、すべての攻撃が無効となる。
「まさか美鈴の技を使うとは思わなかったわ。びっくりして無駄なカード使っちゃったじゃない」
(所詮は門番の技ね。気ならちょっと修行すればだれでも使えそうだもの、真似もしやすいんでしょ)
(ぜぇ、ぜぇ……それは違います、お嬢様)
息も絶え絶えな美鈴の通信が復活する。神社の者たちにもみくちゃにされ、もはや腹筋は崩壊寸前だった。
(こちょこちょこちょ~)
(わはははは!)
「美鈴の気は独特の色をしているのです。色まではそうそう簡単に真似はできないはず」
(そ、その通り……色というか、気質なんですけどね……)
「……私の恐怖と言ったわね。相手の恐怖を探ってコピーするのも貴方の能力?」
「貴方の心に潜む弾幕をそのまま具現化しているだけです。心象が違えば、同じ名前でも弾幕の形は変化します」
「へぇ。コピーじゃなくてパクリね」
「せめて普通に真似か、オマージュやリスペクトと言ってもらえると嬉しいです」
「ふーん……」
「!?」
咲夜の目が狭まった。瞬間、さとりは第三の目を閉じていた。
「今のは……」
さとりが思わず目を閉じてしまった理由。それは心を読む第三の目が、視界を埋め尽くすナイフの壁を幻視したためである。恐る恐る第三の目を再び開ける。薄目で見た光景は、やはり咲夜の心に浮かんでいるおびただしい数のナイフであった。正面だけではない。上下前後左右、あらゆる角度からナイフが取り囲み、さとりに向かって、あらゆる角度から突き刺さっていった。
「これは……スペル?なんて禍々しい……」
「今からこのスペルを使うわ。きちんと記憶した?死にたくなければ、私が今から何をするのか、どんな弾幕を作るのか、ちゃんと心を読んで対処しておきなさい」
咲夜は七枚のスペルカードを取り出し、さとりに見えるように掲げた。
「今から七枚のスペルカードのうち、“三枚”を貴方に使うわ。嘘ではないことは分かっているわね?
もうひとつ、貴方は親切だから、お返しに伝えておくわ。私の能力は時間を操ること。時間を止めたり、遅くしたり、早くしたりできる。でも時間をさかのぼることはできないの。せいぜい物を元の位置に戻すくらいが関の山ね。あとは、空間を広げたり閉じたりもできるわね。
……これで全部かしら?どう覚えた?頭に入れた?知らなかったじゃ困るわよ?」
相手に手の内を教える。あまりにも狂気じみた行動だが、心が読めるさとりも、一番咲夜を知っているレミリアも、咲夜の意図を理解していた。
「……『心が読まれてしまうなら』」
(真っ正面から力押し!)
「お二人とも大正解ですわ。そして───」
三枚を残し、四枚のカードが瞬時に染まる。一枚を残して戻し、両手にあらん限りのナイフを掲げ、空中に投下していく。投下されたナイフはさとりを取り囲むように配置されていった。
「パクリにはパクリで勝負。ちょっと試してみたかったのよね。第一段階。時符『シルバーアキュート360』」
スペル発動と同時にさとりが気を全開にした瞬間、さとりの周囲はナイフによって囲まれていた。第三の目で見た心の弾幕ではなく、実体を持った正真正銘の弾幕である。
「お嬢様」
(分かってる、サポートでしょ)
「では……『シルバーアキュート360』、GO!」
咲夜の号礼を合図に、設置されたナイフと蝙蝠型の弾幕が一斉にさとりへと襲いかかった。
「はぁ!!」
しかし、さとりの気はナイフや蝙蝠を弾き飛ばすだけの力を蓄えていた。両手を振るい、瞬く間に周囲を暴風の渦へと変えてしまう。だが、気を飛ばした瞬間、さとりの気もまた消滅してしまう。スペルの効果が消えたのだ。
「想起!」
「第二段階」
『シルバーアキュート360』は、たださとりを消耗させるためだけにすぎない。これから放つ第二段階が本番である。
『シルバーアキュート360』『インフレーションスクウェア』のカードを取り出す。しかし、二枚のカードは発動されることなく灰へ変わった。代わりに、純白のままだった第三のカードが彩られていく。
「『シルバーアキュート360』、プラス、『インフレーションスクウェア』。名づけて───」
両者すかさずスペルを宣言する。うっすらと笑みを浮かべる咲夜に対し、さとりにはまったく余裕が感じられない。
最初のスペルで相手の深層心理の恐怖を読み、カードにそのスペルを装填し、使用する。さとりが得意とするもうひとつの戦法である。取得する数は相手との力量の差で決めているが、今回さとりが読み取ったスペルは三枚。間違いなく足りないと、さとりは予測していた。この三枚で乗り切らなければ、確実にやられる。いまだかつてない恐怖と、さとりは必死に戦っていた。
「『ミゼラブルフェイト』!」
「時空『インフレーションスフィア』!」
『シルバーアキュート360』よりもさらに大量のナイフがさとりを取り囲んだ。もはや巨大な『球』と言っても過言ではない、尋常な量が展開されていた。同時にさとりも赤く巨大な鎖を何本も生み出していた。
「くっ……」
「事前に用意しておけば、三枚も使わずに済んだんだけどね」
『シルバーアキュート360』、そして『インフレーションスクウェア』の同時発動。傍から見れば反則行為に見える。しかし、スペルカードは『意味』が力に変わったものである。二つのスペルが一つのスペルとして命名されたなら、そのスペルはまったく新しい一つのスペルなのである。でなければ、魔理沙の『ダブルスパーク』はおそらく成り立たないし、パチュリーのスペルの大半が反則行為になってしまう。もっとも、二つぶんのスペルを発動させるので、体の負担もまた倍増するが。
咲夜は銀時計を開いた。そして、ナイフの時間停止を解除すると、ナイフはさとりめがけて動き出した。
突如出現したナイフの群れを、さとりの巨大な赤い鎖が弾き飛ばし、さらに何本も何本も飛び出してナイフの束を薙ぎ払っていく。数本を防御に専念させつつ、空間内に鎖を張り巡らせていく。
「……第三段階──」
いつ体を突き刺すかもわからない状況の中で、咲夜は最後のスペルの詠唱に取りかかった。無防備な状態の中、取り囲み終わったさとりの鎖が、咲夜へと迫っていく。
(誰の許可を得て私のスペルを使ったのかしら?)
魔法陣が咲夜を取り囲む。そして、さとりとまったく同じ赤い鎖が飛び出し、咲夜へと迫っていた鎖を絡め取った。
さとりは、未だ続くナイフの応酬を対処しつつ、動かなくなった鎖を破棄し、すぐさま別の鎖を精製して咲夜へと投げた。しかし、レミリアの鎖によって全て阻まれてしまう。
さとりは焦っていた。第三のスペルを唱えさせる前に決着をつけなければ。決して発動させてはならない。
(運命の鎖はこんなに脆くはない。貴方の鎖はまるでぼろ雑巾のちぢれ糸だわ)
レミリアは鎖を柱に巻きつけ、力一杯引き寄せて折り砕いた。
(形だけ真似しちゃって。なめるんじゃないわよ、パクリ妖怪!おととい来な!)
力任せに柱の残骸を投げつける。さとりは出せるだけの鎖を出現させ、飛んでくる破片と残りのナイフをすべて叩き落とした。力を出し尽くし、砕け散る両者の赤い鎖。灰に変わる二枚目のスペルカード。二枚目の効果が切れた瞬間、咲夜は銀時計を閉じた。
『インフレーションスフィア』の最大の目的は敵の拘束。これから発動するスペルの布石である。レミリアのサポート抜きでも十分な拘束時間が稼げた。このスペルなら安定して仕上げに移れる。
「想起!」
「『インフレーションスフィア』、プラス───」
(咲夜!)
そして運命の三枚目。いち早く発動したのは当然さとり。
「『フォーオブアカインド』!」
(早くなさい!さすがにあのスペルは防ぎきれないわ!)
さとりの体が四人に分裂する。咲夜を取り囲むべく四人のさとりはすぐさま移動を開始する。ここに留まっていてはならない。こっちが取り囲んでしまえば、向こうも攻撃できない。早く。早く。
しかし。運命の悪魔が微笑む相手は咲夜ただ一人。すでに五枚目と六枚目のカードを灰に変え、最後のカードは彩りと光を放っていた。
「間にあえっ!」
「……『デフレーションワールド』……これで……完成……」
「っ!!」
さとりは恐怖した。右目と左目、そして胸にある第三の目は、咲夜の真っ赤な瞳を捉えていた。心の中で展開される弾幕はさとりの手に負えるものではない。散開途中だった分身たちを集合させ、来るべき攻撃に備えた。
「結界『咲夜の領域』」
スペルが宣言される。咲夜の頭の中では、不敵に笑う八雲紫の姿が浮かんでいた。
一切の予備動作なく現れたナイフの束は、さとりを完全に取り囲み、周囲の空間を完膚なきまでに制圧していた。さらに、球状に展開されたナイフの中では、数本のナイフが旋回しつつ、軌道上に大量のナイフを設置していった。滑るように空中を這うナイフが動くたび、存在するはずもない新たなナイフをまったくの無から生み出していく。その様は、紫の放つ『弾幕結界』を思い起こさせた。本来ならば不可能な芸当だが、咲夜の『デフレーションワールド』が不可能を可能にしていた。
『デフレーションワールド』。短期間の過去と未来の時間を圧縮し、現在の時間に引き寄せてしまう。ナイフが体験するであろう未来、そしてナイフが体験した過去。それらがまったく同じ一つの時間に収まった結果、ナイフの分裂現象が起こるのである。この現象を利用すれば事実上無制限にナイフが増やせるが、一歩間違えれば時空間を歪ませかねない繊細なスペル。膨大な集中力が必要であり、恐ろしいまでに燃費が悪かった。
『インフレーションスフィア』のナイフがさとりへ動き、外周近くに設置されたナイフが『デフレーションワールド』によって生み出されたナイフを弾き、さらに周囲のナイフへと連動してぶつかりあい、複雑な軌道を描きながらさとりへと殺到した。
四人に分かれた利点を生かし、四方八方に向けて濃密な弾幕を展開して相殺を試みるさとり。だが、咲夜のナイフは止まることを知らない。撃ち落とせど撃ち落とせど、新たなナイフが生み出され、再びさとりへと襲いかかる。
「あっ!」
「くっ、まず……痛っ!」
一体、また一体と、防ぎきれなかったナイフが突き刺さっていく。スペルの維持ももうすぐ時間を迎えてしまう。限界だった。さとりは分身三体を取り囲ませ、盾にした。瞬間。全てのナイフがさとりへと殺到した。ナイフとナイフがぶつかる金属音が地霊殿にこだまし、床には数え切れないほどのナイフが転がっていた。やがて大量のナイフを体に生やしたさとりは、そのまま床に墜落した。激しい音をたてて散らばるナイフ。
「ではお嬢様。とどめをどうぞ」
(うむ、くるしゅうない)
レミリアは三本の槍を生み出し、さとりが墜落した場所に向けて放った。槍が三方から突き刺さると、さとりを守っていた三体の分身は煙とともに消え、分身に突き刺さっていたナイフが周囲にばらまかれた。体中に浅い切り傷や刺し傷を作ったさとりは、乱れた髪を直しながらゆっくり立ち上がった。
「降参だわ。ここまで恐ろしい地上の人間は初めてよ」
(なんだ、てんで弱いじゃん。本気出す必要なかったんじゃない?)
「いやあ、相手が戦い慣れしてないのは一目瞭然だったんですけど、なんだかお嬢様がたと本気で戦ってるような気分になっちゃいまして。ついつい盛り上がっちゃいました」
(戦い慣れしてないって、どうして分かったの?)
「動きなんかでだいたい分かりますよ。相手の表情や仕草を観察して、それを判断材料にして戦いやお仕事に活かすのです。お嬢様の機嫌に合わせてお茶の葉やお菓子を選んだり、部下の体調とかやる気を見てお仕事を割り振ったりするのですよ。これも一種の心眼ってやつですかね」
(それにしちゃ、けっこう私の思い通りに動いてくれないけどね)
「100%じゃないのであしからず。
さて、さくっと間欠泉と怨霊を止めて、そしてこの館を明け渡してもらおうかしら?」
(咲夜さん、間欠泉は止めちゃだめですよ)
「間欠泉も怨霊も、私の手ではどうにもできません。管理はすべてペットに任せているので」
「ペット?さっきの黒猫ね」
「怨霊はその黒猫、お燐が、間欠泉は別のペットのお空が管理しているのです」
「あらま。まだ二人も残っていたの。てっきりそのお燐が黒幕と思ってたのに……」
(えー!貴方、ラスボスって言ってじゃない!)
「ここで貴方がたを倒せば、事実私がラスボスでしょう?ここで終わらせるつもりだったのよ」
(だ、だまされた!しかも通過点扱いって何よ!私と咲夜のコンビで華麗に解決して自慢する予定だったのに!よし咲夜、ぶっ殺せ!)
「そんな物騒な。まだどこに行くのか聞いてませんってば……おっと、いい案が浮かびましたよ」
さとりが咲夜の心を読むと、彼女は驚いた表情で見返した。
「『今日のおゆはんは──』」
「しー。秘密なので口に出さないで」
「あら、分かりましたわ。それくらいならお安いご用。では、中庭へ案内しますわ。道なりに進めば、地底最深部へたどり着きます。そこにお空とお燐がいるはずです……『そしてお屋敷は私たちのもの』?だから、この館はだめですって」
「仕方ないわね。その件は後にしますか」
(咲夜、何を企んでるの?)
「内緒ですわお嬢様。後のお楽しみということで」
(もう、咲夜まで。ウチの部下はいつからこうも反抗的になったのかしら)
(季節外れの反抗期ですかねえ。咲夜さんは時間をいじくってるし、へんぴな時期に来てもおかしくありません)
「お嬢様、どうぞ」
(こちょこちょこちょこちょ~)
(あーっはっはっはっはっはっ!!おじょうさま、やめてぇー!!)
「……しかし、ナイフが補充できたのはいいんだけど、ちょっと力を使いすぎたかな。のんびりしたいわねえ」
Stage 5 昔時の業火(灼熱地獄跡)
熱気が下方から押し寄せる。動いていなくても汗がじわりとにじみ出てしまう。咲夜は額の汗をぬぐいながら、前方に群がる怨霊たちと対峙していた。しかし、怨霊たちはなかなか攻撃する気配を見せず、ただぼんやりと浮かんでいることも多かった。時々意を決したように怨霊が果敢に攻撃を仕掛けるが、オーブから放たれる笏により、全て浄化されていった。
(私たちの前に立ちふさがるとはいい度胸です!被告、前方!汝ら有罪なり!判決、死刑!執行っ!執行っ!執行っ!執行っ!)
四季映姫・ヤマザナドゥが叫ぶたびに怨霊が消滅していく。怨霊だけではない。迎撃用の陰陽球さえも笏に貫かれて沈黙していく。並の敵ではもはや咲夜たちの障害にもならなかった。事実、灼熱地獄跡に入ってから、正確には四季映姫がサポートに入った時から、咲夜は一本のナイフも投げていない。
「……勇ましいですわ」
(お酒が入って容赦なくなった映姫様は無敵さね)
まったく気合いの入っていない呑気な声で小野塚小町は答えた。
「ちょっと容赦なさすぎるような気がしないでもないけど……」
(さあ、お次は誰が死刑になりたいですか?この四季映姫ヤマザナドゥから逃げられると思うな!私の鏡は貴様らの悪事すべてを見通しますよ!)
「いいんですか?思いっきり個人で裁いてますけど」
(仮にも地獄に住む連中だ、ちょっとぐらいの荒事でも大丈夫だろ。一応緊急事態なんだし、気にしないでいいと思うよ)
「……ま、楽ちんだからいいか」
縦横無尽に弾幕を展開する四季映姫だったが、一列に並んだ怨霊をレーザーで薙ぎ払うと、やがて敵は完全に沈黙してしまった。
(しかしまあ、見事に復活してるねえ、この灼熱地獄。こんな活気ある旧地獄はひさしぶりだよ。懐かしいなあ。たまに仕事を抜け出してよく温泉につかってたっけ)
「貴方のサボり癖は年季が入ってそうね」
(まったくもってその通り。小町の仕事っぷりは昔からまるでなっちゃいないわ。それはもう、万死に値するほどに)
(なにをおっしゃいますか。映姫様だって昔っから温泉大好きじゃないですか。ここが廃止される前は、隙あらば温泉に入ってたくせに。今回だって、ばっちりお風呂セットまで用意してさあ)
(私は貴方と違って、ちゃんと公休を取ってから入ってたわよ。
……悪いですか?閻魔がお風呂好きで?)
「いえちっとも……また猫発見」
(よし死刑!)
空中を飛び跳ねるようにして現れた猫に向かって、警告はおろか会話も無しに映姫はレーザーを撃ち放つ。しかし、猫はステップでこれを避け、一声鳴いてから、口にくわえたスペルカードを発動した。軽やかに空中を駆けつつ、大量の弾を投下していく。
「猫がスペルカードを使うなんて。初めて……でもないか。化け猫がいたっけね」
飛び交う大量の弾幕を避けながらも、咲夜は攻撃しようとはしなかった。優秀な全自動砲台もあるし、下が溶岩なので、避けられては回収できなくなってしまう。たかが猫。ナイフがもったいない。
(ちょこまかと……黙って裁きを受け入れなさい!)
「将来この人に見てもらうと思うと、少々不安ですわ」
(貴方はまだまだ日頃の行いをさらに是正する必要がある。もっと精進して他人に優しく務めなさい)
「相変わらずの地獄耳ねえ」
猫は映姫の攻撃を器用に避けつつ、ちらちらと咲夜の顔をうかがっていた。遊んでもらいたくて仕方がないようだった。
「仕方ないなあ、ほら」
(おおっと?)
「死刑はもちょっと後にしておいてくださいね」
このまま続けていても時間の無駄と判断した咲夜は、オーブの向きを変えて、猫を攻撃対象から外した。そして近接用のナイフを片手に、ゆらゆらと揺り動かす。
「ほれほれ猫じゃらしですよ~。じゃれつけ~」
(そんな危険だらけの猫じゃらしに飛びつく馬鹿がどこにいますか。猫寄せならマタタビが一番です……む)
突如黒猫の全身から光が放たれる。光は膨張し、変形して、やがて猫から人の形になった。変形が終わると光は消え、変化した人型の妖怪が現れた。
「じゃんじゃじゃーん!そんな馬鹿な猫も世の中にはいるのです!」
(なんと、火車ですか!)
(おお、これまた懐かしい妖怪に会ったもんだ)
「お知り合いですか?」
(うんにゃ、こいつは知らん。あたいは船頭だからね、こっちにゃ温泉以外の接点はあんまりないよ。こいつとは別の火車を遠目で何度か見かけただけさ)
「んー?お姉さん、さっきと違う人としゃべってる?ま、誰でもいいや。ずいぶん楽しくなさそうだから、あたいと一緒に遊んで気分転換しようよ」
「遊びねえ。あんまり気が進まないわね」
(そこの火車!火焔猫燐!)
「うひゃ!?なんだか聞き覚えのあるお声!誰だい、あたいのフルネームを呼ぶ奴は!あたいのことはお燐と呼びな!」
(私は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の死者を裁く閻魔です)
不機嫌な燐の声など気にも留めず、映姫は威風堂々に語り、
(ちなみにあたいは映姫様の部下、死神の小野塚小町。よろしくな)
ちゃっかりとフレンドリーに小町が自己紹介し、
「そして私こそが紅魔館のメイド長、十六夜咲夜なのです」
最後に、えっへん、と咲夜は胸を張った。
「最後の人が一番偉くないのに、一番偉そうに聞こえる不思議。それにしても、閻魔様だって?お姉さん、えらいもん引っ張ってきたね」
(怨霊を操ると聞いてもしやと思いましたが、犯人は貴方でしたか)
「嫌な予感するなあ」
(観念して説教されな。口うるさいが、ありがたいことにゃ変わりはない)
「うひー!」
(友人の異変を心配して地上に助けを求めるは大いに結構。しかし、一切の報告も連絡も相談もなしに怨霊を地上に送るとは何事か。地上の人間や妖怪が多いに混乱しているではないか。頼れる者がいるなら必ず話をしなければならない。それがたとえ苦手な人物としても。貴方は少し自分勝手すぎる)
「なんと耳が痛くなるお言葉」
(もっと他人を信用なさい。このままでは、いずれ友人からも嫌われて孤独になってしまいますよ)
「いやこれが難しい問題なんですよ……」
(まだまだほんの序の口です。貴方のご主人以上に、私への隠し事はできませんよ。貴方の性格と行動には少々問題が多すぎる。もっと───)
「ああもう、説教は一つで十分ですってば。お姉さんも何とか言って止めてあげてよ」
「閻魔様。人の話を聞こうとしない不届き者ですわ。天罰てきめんですね」
(よろしい、ならば死刑だ!)
嬉しさに満ちた声とともに、大量の笏弾が弾き出された。
「ひええ、最近の閻魔様はなんてバイオレンスなんでしょ!」
「あれよ、いめちぇんってやつなの」
「へー。閻魔様もずいぶん個性的になったもんだね」
(……閻魔の前で嘘をつくとはいい度胸です……よろしい、二人ともそこに直れ!まとめて裁いて、その舌を引っこ抜いてくれる!)
「……ジョークだったのに」
咲夜に対しても攻撃を加えようとする映姫だったが、咲夜はオーブを傾け、笏弾をあさっての方向へ流してしまった。いくら閻魔といえど、使用者優先のルールを破ることはできない。
(こら、元に戻しなさい!)
「……うん、よし」
咲夜はもう片方の手にも近接ナイフを握り、完全な臨戦態勢へ移った。
「おや?さっきまでやる気がなかったのに、どういう風の吹きまわし?」
「ここで貴方をやっつければ、この閻魔様は引っこむから。これ以上説教を聞きながら戦いたくないの」
「なっるほど、頭いいね。でももっといい方法があるよ。お姉さんを死体にして、その小うるさい球をポイするだけだよ!」
燐は後退し、懐から人型の紙をばらまいた。空中を漂った後、紙を媒介にして小さな妖精らしき者が現れる。
(式神ですか)
「すごく簡単なやつだけどね。さあ、あいつらをやっつけな!」
(ふん、ただ怨霊を憑かせただけじゃないですか。こんなもの、まとめて始末してくれる)
「完全に悪役のせりふになってますわ」
壁のように設置された式神に向けて笏弾を大量にばらまく。式神は避けようともせず、ただ映姫の弾を体を張って受け止めただけだった。笏をくらった式神は、力無く空中にぶら下がったままだった。どうやら壁にしているだけのようだ。すかさず咲夜は背後の笏を避けながら接近を開始した。
「あらー。いいのかい、迂闊に飛び込んで」
迫る咲夜に対し、燐はスペルカードを掲げた。
「呪精『ゾンビフェアリー』」
咲夜の背後で青白い炎が灯る。無力化したと思われた式神が肉体の形を持った怨霊と化し、咲夜へと襲いかかった。銀のナイフで薙ぎ払おうとするが、はたと気づいて中断し、上方に飛び上がってナイフを投げた。怨霊の額にナイフが突き刺さった瞬間、その怨霊は弾けて咲夜へと弾を吐き出した。
「いい勘してるね!そいつらは元々妖精だった者が怨霊になったものさ。迂闊に手を出したら火傷じゃ済まされな───」
燐の言葉は後に続かなかった。映姫が放ったレーザーが、怨霊全てを薙ぎ払ってしまったから。弾けたエネルギーのすべてが咲夜へと襲いかかる。
「おっとっと」
「ちょっと閻魔様、人の話は最後まで聞きなって。あんたのパートナーがピンチになってるよ」
(問答無用!視界に入った者は皆死刑です!)
「ごめんなさいね。今彼女はへべれけなの」
「へえ、いいなあ。お酒はべろんべろんになるまで飲むのが一番気持ちいいと思うんだ」
(そのぶん後が最悪だけどねえ。でもやめられないとまらないのがお酒の魔力)
「そうそう、その通り!死神さんは話が合いそうだねぇ」
(職業柄、酒以外はちと遠慮願いたいがね)
和気あいあいとした和やかな会話。しかし現状は、映姫による弾幕と怨霊による誘導爆弾、そして燐自身が放つ咲夜への弾幕という、下手をすれば死と隣り合わせの戦場であった。
怨霊は、何度も笏が当たろうとも、ナイフに貫かれようとも、そのたびに復活して咲夜へと迫った。迎撃はなるべく映姫に任せ、必要最低限の対処をしながら燐から遠ざかっていく。
「何度倒したって無駄無駄。早くも楽しい死体の時間かな?」
「悪いけど、永遠にやってこないわよ、そんな時間」
その言葉を皮切りに咲夜の姿が消える。怨霊はおろか、燐や映姫さえもその姿を見失っていた。
「……下っ!」
「正解」
敏感に気配を察知した燐が飛びあがる。時間を止めて瞬間移動した咲夜だったが、そのナイフは宙を切っただけにすぎなかった。すかさず追いかけて二対のナイフを閃かせる。燐はこれを猫特有の反射神経と動体視力で避けきり、隙を見て自慢の死体車を振り回した。中身は空だが、重量は十分。片腕で軽々と振り回す怪力で殴られれば、人間の咲夜はひとたまりもないだろう。たまらずに後退した。
「やけに接近戦にこだわるねえ。スペルカードルールは弾幕が華なのにさあ」
「貴方のご主人さまと少しはしゃぎすぎちゃったし、ここでナイフを投げると回収できなくなるからね。今は省エネモードなの」
「なるほど。さっきから見てたけど、やっぱお姉さんは賢いね。先のことをちゃんと考えて戦ってるんだもの」
死体車を肩に担ぐと、もう片方の手の爪を伸ばした。
「でも、その賢さがかえって死を早める場合もあるよ。もちろん大歓迎だけどね」
『ゾンビフェアリー』のスペルカードの効果が切れ、灰になった。妖精の怨霊は灰とともに霧散した。すぐさま別のカードを取り出して宣言する。
「恨霊『スプリーンイーター』。さあ食事の時間だよ。餌は新鮮な人肉さ!」
六体の怨霊が咲夜を取り囲む。怨霊は熱を発しながら咲夜へ突撃を仕掛けた。しかし、大量の笏弾が怨霊を貫き、破裂させる。
(喰うなら死体にしてからにしなさい!)
「閻魔様、そのままこの怨霊たちを死刑にしまくっちゃってください。まだまだ出てくると思うので」
(言われるまでも無いです。貴方達を含めて全員逃がしません。徹底的に死刑にしてあげるのですから!)
普段より難儀な性格になってしまった映姫だが、うまく誘導すれば頼もしい味方だった。
「まだまだ怨霊は沸き続けるよ!」
「ならば元を断つまで」
怨霊の熱弾をかわしながら、再び接近を試みる。燐がにやりと笑うと、死体車が青い炎に包まれた。
「私も接近戦は嫌いじゃないのさ!」
「……やれやれ。お気楽に行きたいところなんだけど」
燐もまた飛び出した。そして、咲夜の間合いの外から、右手の死体車を脳天へ振り下ろした。炎をまとった死体車が咲夜の髪を掠めて焦がす。横に回転しながら紙一重で避け、隙だらけの右から逆手のナイフで突きにかかる。しかし、相手は人間ではない。妖怪変化の火車である。死体車を手放して、瞬時に猫に変化し、咲夜の攻撃をかわしたのだった。
「!!」
確実に捉えた攻撃がかわされ、思わずバランスを崩す咲夜。
死体車は落下せずに、猫となった燐の傍を離れない。すぐさま元の姿に戻った燐は、振り下ろされた死体車を再びつかみ取り、勢いをそのまま利用して一回転し、無防備な背中を見せる咲夜へと振り下ろした。
回避は間に合わない。時間を止めている余裕もない。だが、それは世界全体での話。一部分の空間の時間を操作するだけなら瞬時にできる。
左手に持ったナイフを後ろ手で放りつつ、空中に固定させた。衝突する死体車と銀のナイフ。普通なら、死体車に比べたらまるでちっぽけなナイフなどすぐに弾き飛ばされてしまうのが常識だが、現実は違った。ナイフは死体車の一撃を軽々と受け止め、逆にはじき返してしまった。
「うそ!?」
その間にも咲夜は攻撃へと転じている。回転の勢いを殺さぬまま、右手のナイフを垂直に打ち上げるように切りつけた。慌てて爪で受け止め、逆の手で咲夜を引っ掻きにかかるも、咲夜は小さなナイフを空中に固定されたままのナイフに当て、手元に引き戻してキャッチすると、燐の爪をそのナイフで防いだ。
「な……なに、今の!」
「あのナイフの時間を空間ごと止めただけ。ナイフは弾き飛ばせても、さすがに時間は弾き飛ばせないでしょ。だからこんなこともできる」
今度は咲夜がにやりと笑うと、手に持っていた二本のナイフを手放した。ナイフは二本とも空中に固定されていた。いそいで退避しようとした燐だったが、爪がナイフにくっついて離れない。ナイフの周囲の時間が固定されているためだった。
「げげ!!」
燐が驚愕している間に、咲夜は三本目の近接ナイフを抜き放ち、両手のふさがったままの燐に向けて切りつけようとしていた。爪を引っ込めることもできない燐は、仕方なく力任せに爪を折り取ると、猫に変化し、全速力で後退した。途中で人型に戻り、空中に放り投げられた死体車を回収する。
「あいたたたぁ~」
折れてしまった爪をぺろぺろと舐めている間に、『スプリーンイーター』の効果が切れ、カードは灰になった。対象となった怨霊が消えた瞬間、咲夜と燐へ笏の弾幕が容赦なく降りそそいだ。
「うみゃぁ!」
「おっとっと。今度こそ本当に前門の虎と後門の狼ね」
(ええい、いい加減当たりなさい!喧嘩両成敗です!)
「言ってることが無茶苦茶すぎだよ~」
「黙らせたいけど、貴重な攻撃要員なのよねえ。小町さん、なんとかなりません?」
(嫌だね。あたいも映姫様も、あんたのお帰りに賭けてるし。映姫様を黙らせたけりゃ、メイドもそこ火車も、とっととやっつけちまうか、とっととやられちまうかのどっちかだよ)
「なんだ、結局はお姉さんをやっつければいいのか。よーし、がんばるかー!」
「どいつもこいつも敵ばっかり。嫌になっちゃうわ」
(さささ、映姫様、がんがんやっちゃってくだせえ)
(ふふふ、燃えてきたわよ小町……どう、先にどっちを落とすか二人で賭けない?)
(んじゃあたいはメイドで。勝ったら今度のお休みにどっか連れてってくださいね)
(分かったわ小町、女と女の約束よ。では公正公平、二人仲好く、潔く死ね!)
小町の言葉を糧に、映姫の攻撃が激しさを増した。オーブの向こう、映姫の目はもはや完全に据わっており、正気はまるで残っていなかった。しかし、賭けの内容に関わらず、弾幕を均等にばらまいているあたり、やっぱり四季映姫は閻魔だった。咲夜、燐、映姫。もはや完全に三つ巴の戦いとなっていた。
「やりにくいなあ。ま、そこんとこは巫女や魔法使いもいっしょだったね。まとめて地獄に放り込む!贖罪『旧地獄の針山』!」
スペルを唱えた瞬間、咲夜と映姫の周囲を小さな炎が取り囲んだ。密集した炎の群れが咲夜の動きを拘束する、熱がじりじりと肌を焦がしていく。
「いくら時を止められても、空間に固定された炎を避けるのは無理でしょ。逝ってこい、怨霊ども!」
怨霊の群れ、そして映姫の笏。二方向から同時に攻撃をされ、反撃はおろか、回避を続けることさえ困難になっていた。スペルを破ろうと燐にナイフを投げようとするが、炎によって阻まれ、思うように狙いが定まらない。
「これはちょっとまずいわね……」
映姫との距離は最大限に離しているとはいえ、閻魔の攻撃に長時間耐えれるものではない。こちらでオーブを操作している余裕もない。それ以上に、爆発する性質を持った怨霊を大量に飛ばしていくる燐の攻撃はもっと危険だった。
「熱っ!」
背中が焼けるような痛みを放つ。炎が咲夜の背中に張り付いて服と皮膚を焦がしていた。突然の痛みに思わず動きを止めてしまう。
「お姉さんの死体ゲットだぜ!」
(好機!死刑の時間よ、メイド!)
右方に笏。左方に怨霊。そして四方八方には炎。どこにも逃げ道はなかった。頼みの綱である『パーフェクトスクウェア』を放ってしのいだところで、逃げ道が塞がれていることに変わりはない。『プライベートスクウェア』で時間を遅延させたとしても、身を隠すスペースがない。もはや時間操作のスペルでは打開策にならない状況だった。
腹をくくるしかない。咲夜は奥歯をかみしめながら、カードと二本の近接ナイフを取り出し、映姫の笏へと身を躍らせた。瞳が赤に染まっていく。
「『インスクライブレッドソウル』!」
カードが光ると同時に、咲夜は二本のナイフを振るった。高速で閃くナイフは、咲夜の前方に斬撃による壁を作り出していた。そのまま笏が飛び交う空間へ飛び込み、迫る笏を叩き落としていく。落とし損ねた笏が咲夜の体を掠めていくが、構いもせずに腕を振るい続けた。
やがて、怨霊の集団と落とせなかった笏が接触し、爆発を起こす。爆風によって飛ばされた笏が周囲に散らばり、壁一面に突き刺さった。
「やったね♪さっそく死体を回収させてもらいましょぉおお!?」
燐の鼻先を笏が掠めた。さらに飛び交う笏弾を見切ってかわしていく。
(ちっ、反応がいいわね……小町、貴方の能力で動きを封じなさい)
(いやいや映姫様、あたいの能力はそんな都合のいいもんじゃないですし、さすがにつまらんでしょ、それ)
(まあ、私に逆らうとはいい度胸ね。貴方は誰の味方なの?)
(楽しいことの味方ですね、はい)
「しつこいなあ閻魔様も。パートナーがやられちゃったんだし……ん?」
燐は爆発した方向へ向いた。案の定、そこにメイドの姿はなく。代わりに胸の寸前まで迫った銀の刃と、上方から掻き切ろうとする傷だらけの咲夜の姿があった。タイミングは全く同時。二つの刃が燐に迫る。燐は瞬時に猫へ変化し、咲夜の一撃をかわして、胸に飛んできたナイフを尻尾ではたき落とした。すぐさま元の姿に戻って変化した後、新たに爪を伸ばして咲夜へ振るった。
咲夜は逆さまの状態で回転しながら、右手のナイフ一本で二つの爪を弾き飛ばす。残った左手で数本の投擲用のナイフを目前に設置し、下から振り上げられた死体車の盾とした。渾身の一撃はナイフを弾き飛ばすことなく阻まれ、逆に根元まで突き刺さって破損させる結果となった。
「あたいの死体車が!よくもやったね!『死灰復燃』!」
空中で突き刺さった死体車を力任せに引き抜き、スペルカードを発動させた。今までにない数の怨霊が咲夜を取り囲む。今まではただ追いかけてくるだけだった怨霊が、今度は弾幕を張りながら、ゆっくりと咲夜へ近づいていく。
しかし、咲夜は怨霊をまったく眼中に置かなかった。迫る怨霊と弾幕よりも、燐への攻撃を最優先に行動していた。殺られる前に全力かつ最速で葬る。一途の判断が、咲夜の行動をより迅速なものにしていた。
咲夜は大量のナイフを燐の周囲に配置し、完全に固定させた。ただし、刃はすべて外を向いており、数本のナイフが束になって浮かんでいる状態である。
「もう逃がさない」
そのうちの一束に足をのせる。束になったナイフのグリップが足場の役割を果たしていた。そして、設置された足場を利用し、跳躍した。その加速はただ飛ぶだけよりもはるかに速い。両腕を交差させて力任せに薙いだ。しかし、ナイフは死体車によって防がれてしまう。ナイフごしに伝わる熱が咲夜の指を焼くが、咲夜のナイフはまったく止まる気配を見せない。
「熱くないの!?」
「熱いわよ」
事もなしに言いながら、背後の怨霊へナイフを投げてけん制しつつ、死体車ごと燐を蹴りつけた。みしりと嫌な音を立てる死体車。そのまま死体車を踏み台にして跳躍し、固まったままのナイフの束に足を乗せる。
「火はいつもお料理でつかってるからね。あんまり怖くないの」
既に咲夜の表情から笑顔は消えていた。もはや余力を残して戦える状況ではないことが、赤に染まったままの瞳で燐をにらむ咲夜からうかがえた。
背後から怨霊が攻撃を仕掛ける。咲夜は足元のナイフの時間停止を解除して落下すると、空中に散らばったナイフを回収し、目視もなしで背後の怨霊たちへ投げつけ、沈黙させた。別のナイフへ足を乗せる咲夜。
「ちょっとお姉さん、勘が良すぎだよ!」
「勘じゃない。ちゃんと計算してるわ」
怨霊の動きが遅く、また弾幕は厚いが弾に速さがない。怨霊の位置を予測するには十分だった。
燐は生唾を飲み込んだ。気付かない間に震えている。ただ、恐怖からの震えではなかった。全く逆の感情。それは咲夜の冷静かつ大胆な動きに魅了された感動による興奮からだった。
「なんて痺れる動きなのかしら。あたいもお姉さんのものまねしてよっと」
燐は、怨霊の数をさらに増やし、その怨霊たちを自分の近くに呼び寄せて配置した。怨霊に足を乗せる。
「じゃじゃーん。完成!高速型お燐!」
「手にはくっつけないの?」
「高速型に無駄な飾りはいらんのですよ」
怨霊の上で跳ねまわる燐もまた、加速のための足場を手に入れたのだった。
「ふふふ……楽しいなあ」
今までにない怨霊の使いかた。もしこの人間に出会っていなかったら、思いもつかなかった方法だ。もっとこの人間と戦ってみたい。そうすれば、もっと自分は成長できるかもしれない。もっと面白い弾幕を思いつくかもしれない。燐はかつてない興奮を体感していた。
閻魔は怨霊の始末に気を取られている。正真正銘、二度目の決闘。もうスペルなんて小細工は閻魔に向けておけばいい。真正面からぶつかって、正々堂々と倒してから死体車に詰め込みたかった。
「それじゃあ、生まれ変わったお燐をとくとご覧あれ!とうっ!」
「!」
燐が跳躍する。その速さは今までの比ではなく、咲夜の予想を超える加速を見せていた。
怨霊は燐の意思により自由に動かせる。怨霊の移動方向に跳躍することにより、自身の足のばねに加え、怨霊の加速を加えることにより、より強い加速を手に入れたのだった。さらに、怨霊を自由に配置できるぶん、咲夜のナイフよりもはるかに高い柔軟性を秘めていた。怨霊から放たれる遠距離射撃のサポートもある。燐の優位は絶対的なものとなっていた。
「そいやぁ!」
加速の力を利用して死体車を振るう。難なく避けられるが、生まれた隙を二つの爪が追いかける。すれ違いざまに服ごと咲夜の肌を切り裂いた。上下左右、四方八方を飛び回っては咲夜を切り裂きにかかる。
空中の挙動にますます磨きがかかり、相手の動きを捉えきれない咲夜。自分の反応を越えつつある動きに対し、咲夜は自分の周囲にナイフを回転させて設置した。周期的に回転するナイフが壁となり、燐の接近を阻む。
しかし燐は学習していた。咲夜が反応しきれない動きをすれば、厄介な時間操作はできないと。事実、戦法を切り替えてから時間停止による攻撃は受けていない。つまり。咲夜の周囲に回るナイフに自分の一撃を阻む脅威はない。
「そんなもの!」
「!」
燐は両手の爪を構えて突進した。同時に咲夜の背後へ、回転しつつ投げつけられた死体車が迫っていた。一時的に怨霊へ預けておいた死体車を投げさせたのだった。咲夜がナイフの隙間から上に飛んで脱出すると、死体車は回転するナイフを弾き飛ばした。そのまま死体車を回収し、咲夜が浮かぶ方へ向かい、おもいきり叩きつけた。かろうじで避けられるものの、片方の近接ナイフを弾き飛ばすことに成功する。
「っ!」
「この調子で!」
爪と死体車による波状攻撃を得て活気づく燐と、忍び寄る怨霊との対応に追われる咲夜へかかる負担は大きく、投擲用のナイフは徐々に数を減らし、近接用のナイフに至っては、すでに右手の一本を残すのみとなってしまった。やがて、燐の一撃が右手に握られていた最後の一本を弾き飛ばした。
「しまった!!」
「しぶとかったけど、これでホントに終わり!」
燐が勝利を確信して笑ったとき、咲夜もまた勝利を確信して笑った。振り下ろされる死体車に対し、咲夜は右手に持った“近接用のナイフ”を突き立て、空間に固定した。
「なんちゃって」
「えっ!?」
弾き飛ばされたはずのナイフが戻っている。ありえない事態に燐は驚いた。
燐が驚いている隙に、咲夜は燐の周囲をナイフで固め、動きを完全に封じていた。全方位をナイフに封じられ、燐はどうすることもできない。
「どこに隠し持ってたのさ!?」
「隠してない。回収しただけ」
本格的な時間逆行は不可能だが、物体の移動ぐらいなら可能である。弾き飛ばされるナイフに時間逆行をかけておけば、弾き飛ばされたナイフは元の位置に戻るため、回収が可能なのである。わざと弾き飛ばされて、戻ってくるナイフを燐の死角から受け取ったのだった。
「……お姉さん、これどかさない?」
「自力で何とかしてね。ではごきげんよう」
「ん?」
咲夜はにっこりと微笑んで、とどめをささないままに瞬間移動した。その瞬間。燐の視界は光に染まった。
「にぎゃぁあーっ!!」
閃光は、周囲に群がっていた怨霊ごと燐を貫いた。四季映姫の『ラストジャッジメント』。このスペルの直撃を受けて五体満足な者はおそらくいないだろう。もっとも、オーブ越しだったためか、威力は本人が直接放つものよりも数段劣るものだったが。
(やりましたよ映姫様。直撃です。お見事)
(ふふふ、この四季映姫を侮るからこういう目に遭うのよ。さあ、今度はあの小生意気なメイドの処刑を続行するわよ)
「続行すなこのバカ閻魔」
(きゃああああ!目が回るぅ!?)
映姫の攻撃を避けた咲夜は、オーブをぐるぐると回して映姫の視界を揺さぶった。
「貴方のおかげで本気で死にそうだったわ。覚悟はできてるんでしょうね」
(き、気持ち悪い……めまいがするぅ……こ、こら、閻魔に向かってなんたる───)
「やかましい」
(んきゃあうあうあう!?)
今度は上下にがくがくと揺さぶった。実際に揺さぶられていないとはいえ、泥酔している映姫へのダメージは深刻だ。
「ごめんなさいって謝ったら許してあげる」
(ご、ごめんなさい!う……吐きそう……)
涙声の映姫に対し、咲夜の極上の笑顔で答えた。
「やなこった」
(回転止めてー!メイドを止めてー!)
さらに回転を増やす。やがて目を回した映姫の倒れる音がオーブ越しに聞こえてくるまで、咲夜はオーブを揺さぶり続けたのだった。
「あー、すっきりした。後が怖いし、これくらいで許しておいたほうが無難ね」
映姫のあられもない姿を想像して、咲夜は満足げに何度も頷いた。残りの一人もおしおきしなくては。
(いやー、あんた度胸あるねえ。映姫様が人間に謝るなんて、ほんと珍しい)
「くるくるくる~」
(必殺目隠しバリヤー)
「やるわね。貴方は帰ってからとっちめることにしよう。
……というか、最初からこうして眠ってもらえばよかったのか。暇な誰かに代わってもらえたかもしれないし」
「あいたたた……いやあ、お姉さん凄い!もうあたい感動して涙が止まらないね!」
「泣いてないじゃないの」
「泣いてる泣いてる。よよよ」
瓦礫をかきわけて壁の中から燐が現れた。自慢だった死体車は、映姫の『ラストジャッジメント』によってばらばらになり、もはや原形をとどめていなかった。
「あちゃー。お気に入りだったのに。まいっか、また新しいのを使えばいいかな」
「そういえば、貴方が地上に怨霊を送りつけているのよね?今すぐ止めてもらいたいんだけど」
「そいつはまだだめだよ。お姉さんにはあいつをちょいととっちめてもらわないとね」
「あいつ……もう一匹のペットさんね」
「あたいたちは怨霊や魑魅魍魎を飲み込んで力をつけるんだけど、あいつは神様の力を飲み込んじゃってねえ。最近めきめき力をつけちゃったもんだから、そりゃもう大変で大変で」
「神様ねえ。私が知ってる神様もろくな奴がいないわね。サボリ魔な死神とか」
(ふぇっくしっ。うわさされちった)
「そゆわけだから、お姉さん、あいつに殺されないように頑張ってね。お姉さん強いけど、あいつはもっと強いからね。もし殺されちゃったら、あたいがおにゅーの車で運んであげるからさ」
(こいつに死体さらわれると怨霊になっちまうからね。がんばって生き残ってきな)
「もちろん生きて帰るに決まってるけど、次の方はしらふでお願いね。もう酔っ払いはこりごりだわ」
Stage 6 荒々しき二つ目の太陽(地底都市最深部)
熱い。
地底都市の最深部。見渡す限りの灼熱溶岩の広間は、もはや暑さを通り越して熱さが充満していた。一呼吸する度に肺が焼けるような感覚を覚えてしまう。先ほど巻いた包帯は、すでに汗でしめって意味を成さなかった。汗が傷口から染みて、じりじりとした痛みを咲夜に与えていた。もしオーブの温度調節機能が無かったら、すでにあの世へ送られているかもしれない。
「……何か涼しくなるような話題はありませんか?」
(セオリーに乗っ取って、怪談でも話してみる?)
「怪談の類で涼しくなったためしはありませんね」
(目が覚めたら目の前に台所のアレがいたとか、財布や金庫を開けたら空っぽだったとか)
「あ、涼しくなりました、ものすごく涼しくなりました。背中がぞくぞくしてます。もう最悪のセンスですわ」
体を震わせる咲夜を見て、八意永琳は優しく微笑んだ。
(そういえば新しく開発した胡蝶夢丸ナイトメアを試し忘れてたわ。ウドンゲ~)
(本気で勘弁してください師匠……ちょうどそこに失神した閻魔様がいますよ?)
(あらあら。じゃあ、今動けないから、飲ませるのはウドンゲにお願いしようかしら)
(……ハッ!?謀りましたね!?)
(何のことやら)
「熱くなってきたところですみません、敵きました。カラスです。わんさか来ました」
溶岩の上にも関わらず、どこからともなく生身のままのカラスが現れ、躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。
羽毛に覆われているくせに熱くないのだろうか?咲夜はぼんやりと考えつつナイフを投げ、永琳もまた続いて攻撃を開始した。
(そうそう、そういえばさっき土蜘蛛に会ったわよね?帰りでいいから連れてきてくれない?ウイルスのサンプルを採取したいの)
ナイフが正面の一匹に命中する。そのすぐ後に永琳の放った光弾が周囲の四匹を撃墜する。
「またそんなもの集めて。何を企んでいるのですか?里にばらまいてお薬代をせしめる気かしら」
近接ナイフを掲げて突進する間、展開される弾幕を縫うようにして永琳の操るオーブが敵陣中に突貫、周囲に光弾をばらまいてかく乱する。
(その発想はなかったわね。天才だわあなた)
陣中に到着した咲夜がナイフを閃かせる。オーブは咲夜の周囲をまわって敵弾を弾いていく。オーブが防御に集中している間、咲夜はナイフの投擲に集中した。
「貴方に褒められても。ちっとも嬉しくないです」
咲夜の背後に二匹のカラスのくちばしが迫る。しかし、すでにカラスは永琳の攻撃によって沈黙しており、咲夜の脇を通って墜落していった。
(私が思いつかなかったことは大抵天才クラスの閃きよ)
咲夜とオーブの位置が入れ替わる。咲夜は前方に固まった集団に貫通力の高いナイフを投げ、永琳は後方に散らばった敵を的確に狙っていった。
(……………)
(ウドンゲ。飲ませないの?それとも自分で飲む気になった?胡蝶夢丸ナイトメア)
(いやいやっ滅相もないっ!……あの……お二人とも、もうちょっと、緊張感持ちませんか?)
前方に残っていた集団を近接ナイフで全て切り落とし、逃げるカラスを永琳が精密射撃で落とす頃には、残っているカラスはどこにもいなかった。
「今から緊張しても疲れるしねえ……あら?もう全滅しちゃった?」
(所詮鳥が人間にかなうわけないじゃない)
「それもそうですね」
事もなしに言う咲夜と永琳の背後、咲夜のナイフと永琳の弾幕によって撃ち落とされたカラスたちがぼとぼとと溶岩へ落下していた。登場から一分経ったか経たないかの間に、二十羽近くいたカラスは、空中に黒い羽毛を遺して消滅していたのだった。
その様子は、電光石火の早業でもあり、行雲流水の動きでもあった。咲夜の背後を永琳がサポートし、永琳の手が届かないところを咲夜がカバーする。まるで何百年も共に過ごしてきたかのように二人の呼吸は完全に一致し、迅速かつ無駄のない動きを生み出していた。さほど交流もないはずの二人、しかし現状を見て、鈴仙はただただ愕然とさせられるばかりだった。鈴仙だけではない。神社にいるメンバー誰しもが、二人の戦いに見とれていた。もちろん、咲夜の主人であるレミリアを含めて、である。
(ところで道なりってどっちかしらね。今向かってる方向で合ってるの?ちょっと不安だわ)
「合ってますよ。敵来てるんだし」
(それもそうね)
「あーっと、そこでストップだよお姉さん!」
「?」
背後から迫ってきた声に足を止めると、真新しい死体車を携えた燐が咲夜の行く手を遮った。
「また貴方?手伝ってくれるなら大歓迎なんだけど」
「思ったより早くおにゅーの車が手に入ったから、いち早くお姉さんの死体を積んでおこうと思ってね……って、お姉さん、雰囲気変わった?」
「そう?きっと慈愛の心に目覚めたのね。これからは動物愛護に生きようかしら」
(だったらお肉は食べれないわね)
「生きるためには多少の犠牲は必要なの」
「んー、よく分かんないけど、さっきより楽しめそうだね。死体にしがいがあるなあ。ここじゃ負けたら灰しか残らないからね。さあ、第三ぐらいラウンド始めるよ!」
燐は景気よく死体車を振り回しながら、スペルカードを発動させた。
「妖怪『火焔の車輪』!」
燐が左手を掲げると、放射状に赤と青の炎をばらまいた。元々熱い溶岩地帯の温度がさらに増していく。新しくなった死体車が手に入ってご機嫌なのか、先程戦った時よりも攻撃が激しくなっていた。
激しいスペルを目の前にしても、咲夜はまるで慌てる様子もなく、最小限の動きでかわしながら、ナイフを一本取り出した。オーブから短剣状のオーラが飛び出した。
「よろしく」
(了解)
淡い光を放つそのナイフを構えてから三秒経過と同時にナイフを投げる。咲夜の時間加速によって強烈なスピードを得たナイフは、炎を軽々と切り裂きながら貫通し、燐の左手に掲げられたスペルカードの中心を貫いた。瞬時に炎の放出が止まり、無防備になる燐。
「へ?」
すかさず永琳のオーブが接近し、短剣状のオーラを生やして拘束する。
(はい捕まえた)
「え?あり?」
あっさりとスペルを破られたうえに動きを封じられ、あっけなくスペルは攻略された。何をされたのかよく分からないまま、燐は負けを認めるしかなかった。
(一応聞きたいんだけど、こっちで方向合ってるのよね?)
「う、うん。合ってるよ」
「ちょっと。私が信用できないの?」
(いや貴方、今日けっこうとんちんかんなことしてたし)
「嫌な人ねえ。あ、そうそう。貴方、もう用がないならあのお屋敷にいてくれない?詳しくは貴方のご主人さまに聞いてね」
「うん、分かった……あの、お姉さん?」
「ん?」
燐は何を言おうか迷った。あまりにも変貌した咲夜に対し、燐が思ったことは、ただ友人の無事を祈るばかりだった。
「……お手柔らかにお願いします」
「私より強いんでしょ、そいつ。約束できないわ。じゃあ、急いでるからまたね」
一秒でも早く異変を解決したかった咲夜は、会話もそこそこに切り上げ、さっさと奥へ向かってしまった。やや気だるそうな咲夜の後ろ姿を、燐は呆然としながら手を振るしかなかった。
(あのー、ちょっといい?)
「何よウドンゲ」
(ウドンゲって言うな)
燐と分かれてから少し後。少しも危なげなくカラスや怨霊を撃退しながら進んでいる最中に、鈴仙が咲夜に言った。
(あのさあ、なんか妙に強くない?納得できないんだけど。師匠にこっそりドーピングでもされた?)
「私は元々強いわよ。ただ彼女のサポートが上手すぎてそう見えるだけ」
(ふふ。ウドンゲはまだ従者がなんたるか分かってないみたいね。今までの支援メンバーを思い返してごらんなさい)
(今までの……)
斬りたがりの半霊。
逆に支援されてしまう式神。
自己中心的な天人。
同じく自己中心的な吸血鬼。
酔っ払いの閻魔。
(……どいつもこいつも支援に向いてませんね)
しかし、今回担当の永琳は、わがままな姫に千年以上も従事してきた、いわばサポートの大ベテラン。
(従者は常に他人への気配りを忘れない。最高の従者と至高の従者が組めば……)
(過ごした時間が少なくても、阿吽の呼吸も可能、というわけですか)
(その通り)
「どうりで動きやすいわけですね。ところで、どっちが最高でどっちが至高なのでしょう?」
(うーん、それだけかなあ。全部は納得できないですね)
(……そろそろかしら。ウドンゲ、今から神社を出て、ここの洞窟の入口で待機なさい。中に入ってはだめよ)
(え?どうして洞窟へ行かなくちゃいけないんですか?)
(後で分かるわ)
「何か見えてきましたよ。ではウドンゲ、よろしく」
(ウドンゲは止めてってば!もう!では行ってきます。お二人とも気をつけて)
鈴仙が神社を飛び出す頃、咲夜も溶岩地帯を浮上して抜け出していた。眼下に広がる灼熱地獄を見下ろしながら浮上すると、そこは吹き抜けになっていた。黒くすすけた岩盤で覆われ、円柱状に削り取られている。
「……ウドンゲっていい愛称と思うんですけどねえ。何がいけないんでしょ」
(私も最初は嫌がられたわね。つるっと食べられそうだからじゃない?)
「確かに、彼女を見るといつも食べたくなるんですよ。おっと、そういえばうどんを忘れてはいけませんね。危ない危ない」
(外の世界ではラーメンなんかも流行ってるみたいよ)
「だしの味しだいではいけますね、それ。レシピ持ってますか?」
「なんかひとりごと言ってる人間発見。やっと見つけた。お燐から話は聞いてるわよ!ナイフと時間を操る冥土の人間!さあさあ、かかってらっしゃい冥土人間!」
下から妖怪が浮かび上がり、びしり、と擬音が聞こえそうなほどの勢いで咲夜を指さした。しかし咲夜の視線は、奇抜な格好の妖怪本人ではなく、妖怪の翼へと向かっていた。
「……さっき下仁田ネギって言ってましたよね?とりがらで煮込むのが一番おいしいんですよね、あれ」
(私、鳥のお鍋はあんまり好きじゃないのよね。がらを入れたほうが断然美味しいけど、かと言って入れたら入れたでわざわざ骨を取るのが面倒だし。一番面倒なのは、輝夜の骨を取ってあげなくちゃいけないところなの)
「お嬢様は骨つきもお好きなので助かりますわ」
「うん?いったい何の話をしてるのさ?」
「鳥鍋」
(烏鍋ね。でも、貴方はとても消火に悪そうだわ)
「あれ?私を倒しにきた新しい人間じゃないの?」
「倒しに来たんじゃなくて、ぼろっかすにぶっ倒しに来たの。貴方を倒せば間欠泉が止まるとかなんとか、怨霊が止まるとかなんとか」
「怨霊はお燐の管轄だからよく知らないけど、間欠泉を止めるですって?前の人間もそんなこと言ってたわね。間欠泉はもう止まらないって言ってるでしょう?」
「……あれ、間欠泉を止めればいいんだっけ?怨霊を止めればいいんだっけ?熱で混乱してきました。バトンタッチ」
(この熱反応……そこの地獄烏よ。貴方は太陽を飲み込んだのですね)
「その通り!黒き太陽、八咫烏の力を飲み込んだのはこの私。そして、貴方を倒して、今度こそ究極の熱で地上を焼き尽くすのもこの私でございます。清く正しい霊烏路空、霊烏路空をどうぞよろしくお願いいたします」
「太陽ですって?それは困ったわ。別荘はあきらめた方がよさそうね。残念無念」
レミリアの不満げな顔が目に浮かぶ。太陽そのものじゃないけど、太陽の力となればお嬢様があぶないかもしれない。
(ふむ。八咫烏の力は究極のエネルギー。未来の幻想、核融合の力よ。いかに時間を操る咲夜でも、荷が重いかもしれないわね)
「よくわかりませんが。なんにせよ、ナイフが刺さるなら勝ち目は十分にありますわ。私のナイフは鳥をも撃ち落とすのですから」
「そんなちっぽけなナイフで私を倒すですって?冗談にもなりゃしないわ。超高温、超高圧の世界の中で、ナイフも時間も私にフュージョンされるのがオチね」
「やってみなくちゃわからないわ。私の奇術は不可能を可能にするのよ」
「言うね人間。そうこなくっちゃ。前々から地上進出を邪魔されて、そろそろ私の腹わたも沸騰しそうなんだ。ちゃっちゃとやっつけさせてもらうよ」
空の体から熱が迸る。周囲の空間が熱で歪んでいく。
咲夜はナイフを取り出し、構えた。瞳が赤に染まっていく。
投擲用のナイフはすでに三分の一ほど消費され、近接用のナイフに至っては一本しか残っていない。ナイフを増やす余裕もないし、余力もない。しかし、咲夜の表情に焦りや不安は一切なかった。勝てる見込みが完全に消えてから、じっくりと焦ればいい。
「さて、それじゃあ……」
「覚悟は完了?では……」
空中に展開される銀の刃。
空間に放射される神の炎。
「地獄の太陽──」
「貴方の時間──」
思考は風のない水面の如く穏やかに。
体と心は真夏の太陽の如く燃え上がる。
泣いても笑っても最終決戦。
最後まで笑えるように頑張ろう。
「捌いてみますか」
「喰らってみますか!」
展開したナイフをすべて空へ向かわせる。空は降り注ぐナイフを鼻で一笑すると、核融合によって生み出した極大の熱の塊を放った。ナイフが熱の塊に飲み込まれると、ジュウ、と水が蒸発するような音とともに全て消え去ってしまった。熱の塊と接触しなかったナイフだけが、空の横を空しく通り過ぎて行った。
「……」
「ほら無駄でしょ」
けたけた笑う空をまったく意に留めず、咲夜はスペルカードを宣言した。
「時符『ミステリアスジャック』」
空間を切り裂く対象狙いの高速飛行ナイフ。確実にしとめる拡散状に飛行するナイフ。動きをかく乱する反射ナイフ。そして動きを抑制する放射状に飛行するナイフを、それぞれ流れるような動作で投げつけていく。
「無駄だって言ってるじゃない!核熱!『ニュークリアエクスカーション』!」
緩急をつけながら迫るナイフを大量の核熱で消し飛ばす空。カーブを描きながらナイフを飲みこみ、逆に咲夜へ迫っていく。
予想以上のパワー差に舌打ちしつつ、可視できる範囲よりも若干大きめに回避行動をとる。核融合の弾幕は、溶岩など比べ物にならないほどの熱を帯びていた。互いのカードを切った時点で咲夜は完全に理解した。火力の次元が違いすぎる。魔理沙自慢のパワーを天秤にかけても余りあるパワーの差。自分とは完全無欠に不利な相手である、と。しかし、まだこちらの手をすべて試したわけではない。
(咲夜。跳ね返るナイフはまだ撃てる?なるべく速く飛ぶものを)
「うってつけがありますわ」
素早くカードを取り出してセットする。
(次弾発射後、左から二番目と三番目の弾の間に飛び込んで、北極星が輝く方向へ投げなさい。正面は北北西よ)
瞬時に時計を確認。永琳の言葉と日時を照らし合わせて距離を割り出す。空の攻撃直後、咲夜は飛び出した。熱弾と熱弾の間隔は小さい。一歩間違えれば消し炭では済まされない状況である。しかし、咲夜の瞳にためらいはない。
「逃がさないわよ人間」
熱弾の合間を縫って小型の弾をばらまく空。小型化した分、制御が容易になっており、精度も高い。
まばゆい閃光と轟音が漂う中の攻撃、咲夜といえど目と耳をつぶされたような状況では正確な回避は困難である。わずかな予兆を頼りに紙一重で避けていく。その間に、オーブは空の周囲を旋回し始めていた。
(ちょっと失礼)
「うわっ!?チカチカするわね、目ざわりよ!」
(貴方が言いますか)
オーブは空の周囲を旋回しつつ、小さな光弾を配置していき、空の注意をそらしつつ動きを封じた。
「もう、うっとうしいなあ」
空が弾をばらまくも、オーブは体の小ささと機動性を生かして巧みに避けていく。さらに咲夜への攻撃を軽減させるよう、攻撃を拡散させていた。
やがて大きな障害に見舞われることなく目標の位置へと到達した咲夜は、永琳の助言通りにスペルを発動した。
「『ルミナスリコシェ』!」
放たれる一筋の閃光。加速されたナイフは、空に気付かれないように永琳が設置したオーブを反射しつつ、弾幕の隙間を縫いながら飛行して、やがて空の背後へと迫った。空はオーブに気を取られ、まったく気づかない。
「ん?おおっ!?」
しかし、運よくナイフを視界の端で捉えた空は、紙一重で『ルミナスリコシェ』を避けた。ナイフは空の羽根を舞わせた後、核融合の炎に溶けて消えた。やがてスペルの効果も切れ、カードは灰に変わってしまう。霧散する核の炎。周囲の気温が急速に低下していく。役目を終えたオーブが咲夜の元へ退散した。
「外れたわね」
(使い古しのナイフを投げたわね?新品なら当たってたのに)
「無茶言わない。もう使ってないナイフなんてありませんわ」
すかさず空白のカードを引き抜き、ナイフと光弾でけん制しつつ次のスペルに備える。スペルを発動させていない状態の攻撃は確実に迎撃されるので、常に後手に回らなければならなかった。空は左右に旋回しつつ弾をばらまきながら次のカードを選んでいた。
「どれにしよっかなー」
スペルが破られたにも関わらずこの余裕。前の二人を打ち破ったためか、空は完全に人間を軽視しきっていた。
「次はこれ。爆符『ギガフレア』」
右手の制御棒が咲夜に向けられる。
「どーん!」
可愛らしい掛け声から放たれたのは、視界一面に広がる核の炎。一目散に距離を取り、かわしつつ攻略法を練る。軌道は単純。しかし、数が多く、一発一発の威力も大きすぎるため、大きく旋回しながら避けるしかない。核の炎を壁状に展開されてしまっては、攻撃もままならない。紙一重の回避を続けていた咲夜だったが、やがて壁際まで追い込まれてしまった。背中が焼けるように熱いが、構っている場合ではない。周囲は炎に包まれ、脱出経路はまったくない。ここぞとばかりにカードを切った。
「『咲夜特製ストップウォッチ』」
周囲に時計をモチーフにした魔法陣が展開する。ドーム状に展開し、迫りくる炎を防いだ。そして、生み出された弾幕の隙間をかいくぐって脱出した。動いている弾幕をかいくぐるのは難しいが、止まっているなら話は別。弾幕の時間を止めることで脱出経路を作成したのだった。
しかし、いずれ追い込まれてしまうのも確実。咲夜の集中力は無限ではないし、何よりもスペルカードの残り枚数がわずか三枚となっていた。背中の火傷に顔をしかめつつ、再びカードを引き抜いた。幸い肌が赤くなった程度の火傷、戦いに支障はない。
(……今のスペル……そうか、その手があったわね)
「早めに優位に立ちたいところですが……なかなかうまくいきませんね」
(咲夜。ナイフそのものに時間停止は使える?)
「?」
(ナイフそのものの時間だけを停止させるの)
「できますよ。ほら」
取り出されたナイフはわずかに灰色の光を帯びていた。
「ものすごく頑丈になるので、固い物を切る時に使いますね」
(その状態のまま普通に投げることは?)
「できますけど、あんまり使いません。固くなるだけであんまり意味がないので」
(よろしい。そのナイフを投げてみなさい。いつでもいいから)
「よしきた」
打開策のない咲夜は、唯一の希望である永琳に頼るしか現状を打破する方法がない。使えるものは棒きれでも使う勢いの咲夜であった。
大きく旋回しつつ、機を見計らって投げつけた。核の炎に吸い込まれ、姿を消すナイフ。
「何が起こるのですか?」
(まあ見てなさい)
「きゃっ!?」
一瞬だけ、空の悲鳴が咲夜の耳に飛び込んだ。状況を把握した咲夜は、すかさず大量のナイフを取り出し、全てのナイフを時間停止状態にして投げつけた。炎を貫いたナイフは空へと肉薄した。
「うそ、何これ!?」
空は慌てて避けつつ、制御棒でナイフを弾き落としていった。避けそこなった数本が空の傍をかすめ、薄い傷を作る。絶対的な安全圏を脅かされ、空は動揺を隠せなかった。核の炎が見る見るうちに収縮していく。
(物質間の時間がゼロならば熱伝導は起こらないし、時間が必要な核融合なんてもってのほか。いくら核融合の熱であろうと、その法則は覆せないわね)
「要はかっちこちに固めてしまえばナイフは溶けないということですね」
(……なんでもいいわ。詳しいことは貴方の知恵袋に聞きなさい。とにかく、時間停止だけは有効よ)
「ふふ。こちらから攻撃ができるなら、スペルを使わなくても勝てるかもしれませんね」
(油断しない。向こうの力が弱くなったわけではないわ)
「油断なんてしてませんよ。それに、攻撃もおおよそ見切りましたから」
(……なんですって?)
対峙して間もない時間にも関わらず豪語する咲夜に、永琳は驚きを隠せないでいた。咲夜の自信にあふれる表情から、はったりではないことがうかがえる。
「や……やるわね人間。この空様に攻撃を当てるなんて。次からは油断なしよ」
冷や汗を流す空に対し、咲夜は高みから見下ろしながら余裕の表情で返答した。
「油断してもしてなくても結果は同じ。さっさと次のスペルを出してみたら?」
「っ……たまたま当てたからって調子に乗るな!」
空は天に向かってカードを掲げた。
「おいでませ焔星!『十凶星』!」
空の指先から十個の核の炎が放たれる。炎は周囲の空気を飲み込みながら膨張して、空を守護するかのように旋回を始める。そして本人は十個の“恒星”を縫うようにして大量の弾幕を放った。吹き抜けいっぱいに広がった恒星が周囲の壁を削っていく。けん制目的の『ニュークリアエクスカーション』、攻撃主体の『ギガフレア』とは違い、『十凶星』は攻防一体のスペルであった。
「……やっぱりね」
強大なスペルを目の当たりにした咲夜だったが、その顔にさらなる余裕が生まれていた。ナイフを片手に移動を開始する。恒星の動きに合わせるかのように移動しながら、姿の見えない相手に向かってナイフを投げていく。視覚も聴覚もまともに働かない中でも、ナイフは空の位置を正確に捉えていた。決して空が動いていないわけではない。にも関わらず、狙いが外れることはなかった。
「あいたたたあ!くそ、どうして私の位置が分かるのよ!見えないはずなのに!聞こえないはずなのに!」
「それは貴方の頭が鳥すぎるからよ」
「!?」
『十凶星』の攻撃をいともたやすくかいくぐり、咲夜は空の目前に姿を現した。被弾した様子はまるでない。完全に空の攻撃を見切っていた証拠だった。慌てて距離を取って発射の構えを取る空に対し、咲夜は近接戦闘が仕掛けられるぎりぎりの距離で止まった。
あっさりと懐に侵入されてしまった空は気味悪さを憶えていた。以前の人間二人でさえも、自分の領域に侵入を許してはいないというのに。おかしい。以前の二人よりもずっと非力なくせに、今までで一番追いつめられているように感じる。
「鳥の頭が鳥すぎて何がいけないって言うのよ」
「力が強いくせに攻撃が単純すぎる。軌道を見切るだけなら、はっきり言って妖精より簡単ね。力しかないのよ、貴方の弾幕は」
「!!」
もともと投げナイフには、卓越した技術と、正確に狙いを定める集中力、そして相手の動きを予測する洞察力が特に必要である。動く相手に向けてそのままナイフを投げては当たらない。相手の動きを予測し、予測した場所へ狙いをつけ、正確に投擲する。この三拍子が揃って初めてナイフが当たるのである。時間を弄ったとしても、その法則は変わらない。人外ばかりのこの地で生き残るには、他の誰よりも早く相手をよく知ることこそが、自身を最も長く生き残らせる方法だったのである。戦闘時における相手への洞察力に関しては、たとえ自分よりはるかに頭の良い永琳にも負けない自信があった。永琳を驚かせた先ほどの発言こそが何よりの証明である。
「こんな腕前で地上を支配するですって?パワーだけで支配できるほど、幻想郷は甘くはない。ろうで固めた翼で太陽に迫っても、溶けて墜落して死ぬだけよ?」
「……言うじゃない。弱いくせに。脆いくせに。自分の姿を見てみなさいよ」
咲夜の体は、空の弾幕を避けた際にできた軽い火傷により、ところどころが赤く腫れていた。背中のやけどは既に軽傷とは言い難い。燐との戦いの際にできたすり傷、切り傷も痛々しい。全身に巻いた包帯にはところどころに血がにじんでいる。
対する空の体は皮膚の表面をわずかに傷がついているのみ。血が流れ出た形跡すら見当たらない。
「これが力の差でしょ?貴方がどれだけ上手くナイフを投げたって、これっぽっちしか届いてない。ほらね、やっぱり最後にパワーが勝つじゃない。弾幕はパワー!これっきゃない!」
「確かに貴方にはピッタリな言葉ね」
咲夜はスペルカードを取り出し、発動に必要な力を封じ込めていった。警戒した空も同様にスペルカードを取り出し、魔力を注入していく。カードに封じられていく力の差は歴然である。まさに風前の灯し火、という言葉が思い起こせるほど、その差ははっきりとしていた。
「でも、貴方がその言葉を使うにはまだ早い」
「あの人間の魔法使いも言ってたけど」
「魔理沙は本当の意味を理解した上で使っているわ。貴方と違ってね」
「ふん、だったら教えてもらおうかしら?圧倒的なパワーの前で!『ヘルズトカマク』!」
一足先にスペルを完成させた空が核融合の炎を放つ。空の前後二つに分かれた炎は壁に当たって大規模な爆発を起こした。爆発は何度も起こり、絶え間なく爆風と破片を生み出していた。爆風により咲夜の動きは制限され、同時に爆発による大量の破片が咲夜を襲う。
しかし、咲夜の赤い瞳は、少しのおびえも迷いもなく空を射抜き続けていた。最小限の動きで破片を避けつつ、自分の安全は二の次に、スペルの準備に全力を注ぐ。全ては次回の攻撃への布石のために。
「痛っ!」
痛みに顔をしかめる。少しずつ、細かな破片が咲夜を追いつめていくが、決して準備の手を休めようとはしなかった。これから発動させるスペルは、限られた時間内に、最大限度の速さをもって、最大限度の攻撃を繰り出さなければならない。そのため、使用するナイフ、つまり手持ちの投擲ナイフ全てに時間操作の命令を下さなければならなかった。時間をかければかけるほどに咲夜の体が削られていくが、万全を期さねば本当にやられてしまう。限界と必死に戦いながら、咲夜は宙を舞い続ける。
「どう?単純でも避けきれないでしょ。私のとっておきで消え去るがいいわ!」
やがて空も攻撃に加わり、動きが制限された中での三方向からの攻撃が始まった。破片や熱弾が咲夜の体を掠めていく。大量に飛び交う攻撃の中、未だ致命傷を受けていないのは、永琳が破片を撃ち砕いて防いでいるためだった。
(そんな動きじゃいずれ追いつめられるわよ)
「貴方がいるから大丈夫。頼りにしてますよ」
(……人使いが荒いわね)
「人間じゃないでしょ、貴方」
(貴方とあまり変わらないわよ。体的にはね)
永琳が破片を破壊してサポートするものの、破片の数と爆発の勢いは時間の経過とともに激しさを増していった。だが、相変わらず咲夜の表情に揺らぎはない。自分への信頼。そして相棒への信頼。二つの信頼がある咲夜に恐怖などなかった。
「弾幕に一番大切なもの。それは力(パワー)じゃない。頭脳(ブレイン)でもない。技術(テクニック)でも速さ(スピード)でもない。
咲夜が教えてあげる。一番分かりやすい方法で、貴方の体に刻みこんであげる」
カードの図柄が完成する。咲夜の全てをつぎ込んだ、正真正銘最高の切り札。
「ようこそ───『咲夜の世界』へ───」
カードが空へ向けられる。そしてカードが輝いた瞬間、目を覆わんばかりの大量のナイフが一瞬にして空を取り囲んでいた。
「な……」
見渡す限りの銀色世界に、空は言葉を失うしかなかった。上を見ればナイフの切っ先が垂れ下がり、下を見れば剣山地獄を思わせるほどのナイフの山。前も後ろも右も左も、全ての空間がナイフで占拠されていた。動こうにも、至近距離に設置された刃が体に密着し、吹きとばすことさえできない。
「そして時は動きだす」
咲夜は指を鳴らした。直後、吹き荒れるナイフの嵐。
上からナイフが降る。雨のように空の全身に浴びせかけられていった。
下からナイフがせり上がる。じわじわと空に向けて這い寄っていく。
左右からナイフが飛び交う。肉食獣のように空間を駆けずり回ったのち、獲物めがけて飛びかかった。
背後のナイフに襲われる。さまざまな角度で空の背中に突き刺さっていく。
前方からナイフが迫る。ナイフ同士がぶつかり合い、複雑な軌道を描き、やがて空へと吸い込まれていった。
ナイフの一本一本が、それぞれ速度を変えながら、軌道を変えながら、あるいは発射のタイミングを変えながら、全て空へと殺到していく。空に残された回避方法は、ただ急所に刺さらないように体を丸くすることだけだった。
「うああああ!!」
全てのナイフが空へ向かい終わる。咲夜のカードは灰になり、爆発もまた収まっていった。互いのスペルの効果が消滅したとき、空は全身にナイフを生やした状態で浮かんでいた。既に半べそをかいており、何も言わなくても戦意を喪失しているのは目に見えていた。
咲夜の目が通常の色に戻っていく。勝負は決した。
「あいたたたたたたっ!もうだめ、無理~!降参、こうさーん!」
「もう終わり?まだ戦えそうだけど?」
「痛いのは嫌いなの!我慢してまで戦うつもりなんてないもの」
「そうなの。どう?弾幕はパワーだけじゃないでしょ?」
「あんなのずるいわ。反則よ。避けられないじゃない」
「反則にするまで貴方のスペルで何度も死にかけたけどね。でも、死にかけたおかげで貴方に勝てた」
空が顔を上げた先には、傷だらけの咲夜の姿があった。消耗が激しいのか、息も荒い。全身はまだまだ満足に動くため、重症とは呼べないが、軽傷とも呼べない状態だった。
「分かった?大切なのは、たとえ相手が何者であろうと、勝ち目がなかろうと、自分の全てをぶつけるまで決して諦めないこと。弾幕は───」
咲夜は笑顔で親指で自分の心臓を叩いた。
「心(ハート)よ」
「……………」
空は予想外の言葉に面食らった。
自身の体をよく見てみる。ナイフの傷は全て浅い。今の空なら何日か寝ていればすぐに感知する程度の傷。向こうのほうがよっぽど酷いではないか。
遊び半分の空と、命がけの咲夜。咲夜の言葉が正しいなら、空は咲夜に間違いなく勝てない。そして、これから咲夜に打ち勝つ心を持ち合わせそうにもない。もはや力の差なんて理屈の世界ではない。空は一生咲夜に勝てそうに思えなかった。
でも。
「……はぁと」
「そ。はーと」
「はぁとかあ」
ならば。
(恥ずかしい台詞だこと)
「うっさいですね。さ、勝ったことだから───」
「ちょっと待った」
「……あら?」
突き刺さっていたナイフがドロドロに溶け始めていた。消えていた炉に再び火が灯る。制御棒の亀裂は広がり、空の傷から熱と光があふれだす。
咲夜は急いで距離を離した。安全と思われる位置まで上空に浮上してから、上空に上がったのは失敗だったと後悔した。上には逃げ場がない。
「降参取り消し。貴方のハートは確かに受け取ったわ。だから今度は私のハートを受け取る番よ。貴方が生き残ったら地上進出は諦めてあげる」
「そのまま降参してればいいのに~」
(余計なことを吹き込むからこうなるのよ)
「さあ覚悟して!私のぜんぶ、貴方にぶつけてやるわ!」
今までとは比較にならないほどの熱が周囲に満ちていく。傷口からはとうとう炎が溢れ出し、空の体は完全に熱で覆われた。もはや影しか見えなくなっていた。取り囲んだ熱は球型に変形し、徐々に膨張を始めていた。
空は崩壊寸前の制御棒を頭上に掲げた。そして、正真正銘、最後のスペルを発動した。
「『サブタレイニアンサン』!」
砕け散る制御棒。空気がねじ曲がり、溜めこまれていた熱が吹き荒れた。永琳が簡素な結界を展開し、広がる熱を防いだ。熱と光は長時間にわたって拡散し続けた。大量に発生した光と熱が収まった後、咲夜の視界に飛び込んできたのは、巨大な熱の塊だった。中心は光に支配されて何も見えない。
「自爆?」
(これは……いけない)
「なにがいけないのです──あいたっ」
後頭部に軽い衝撃。振り向けば、細かな岩の破片が咲夜の背後から迫っていた。破片は眼下の光に吸い寄せられ、そして飲み込まれて溶けていった。破片を飲み込むたび、徐々にその大きさを増す光。破片だけではない。咲夜の体もまた、光から放たれる重力によって引き寄せられていた。
「すごい力。ぼやぼやしてたら巻き込まれちゃうわね」
(連鎖的に核融合させている状態ね。もはや彼女は太陽そのもの……中心の重力は相当なものよ。まあ、スペルだからそのうち収まるでしょうけど……そのころに咲夜が無事でいられればいいわね)
やがて余剰エネルギーが光の粒となって周囲にばらまかれはじめた。光弾が壁を砕いて破片を作り、より細かな弾幕となって咲夜へと襲いかかる。咲夜の口調は穏やかだが、心中では自分の命を守るために必死だった。
「なるほど、それはまずいですね。早くなんとかしないと」
(今は安定してるけど、早くどうにかしないとすぐに飲み込まれるわよ)
「……何か手があるんですよね?」
(貴方は何か手がないの?)
「ああ言っといてなんですが、もう手持ちがナイフ一本とカード一枚でして。回収する前にナイフ全部持ってかれました。ほぼ打つ手なしですね。私一人では」
(……そう)
「もう割と神様仏様八意永琳様な状態です。何か思いつきましたか?」
(……あるわよ。絶対に打ち破れる方法)
言葉の中身とは違い、永琳の口調にはややためらいの感情が含まれていた。咲夜は永琳の様子に気づいたが、今は一刻を争う状況、生き残れるならどんなことでもやらなければならない。
「降参以外の方法でお願いしますね」
(……………)
一瞬の間があったものの、やがて永琳は決意した。
(弓を使ったことはあるかしら?)
「ないですね」
(そう。なら私の指示に従って。両手を出して頂戴)
言われたとおりにすると、四つのオーブのうち二つが咲夜の手に収まった。何事かと思っていた矢先、突然オーブが砕け散った。蓄積されていた力が周囲に溢れる。真っ白に彩られた力は、やがて咲夜の掌に収束していった。両手に伝わる温かさが力強さを感じさせる。
「すごい……」
(今からこちらでスペルを使うわ。残りの通信機で貴方を守ってあげるから、貴方はイメージすることに集中して。太陽を貫く光の矢を)
「弓がないですよ?」
(貴方がいるじゃない。さあ、時間が惜しいわ、すぐに始めなさい)
永琳は咲夜の周囲に結界を展開した。結界に触れた破片や光弾はかき消されていったが、その度に結界に亀裂が走った。しばらくは耐えられるだろうが、攻撃の激しさから見て長く耐えられる代物ではなさそうだった。
咲夜は目を閉じた。弓矢を構える自分の姿を想像する。しかし、すぐにその姿をかき消し、別の人物を思い浮かべた。今の自分を支援してくれている、彼女の姿を。
咲夜は両手を前に突き出し、組み合わせた。左手を固定したまま、右手を後ろに引いていく。両手から一筋の光が伸び、やがて光は一本の矢となって咲夜の手に収まった。
(上出来よ)
「優秀な先生がいましたから」
(今から結界を解くわ。機を見て撃ちなさい。でも、直接当てたらだめよ)
「?」
(死んじゃうかもしれないから、彼女。子どものいたずらみたいなものだから、相殺くらいにとどめておきなさい)
「……………」
つまり、この一撃には相手を殺すだけの威力があるということ。相応の反動も考えなければならない。
(だからとどめは貴方に任せるわ。できるでしょ?)
「……では、残り一つの球もさっきみたいに使えるようにしてくれませんか?」
(分かった──っ!咲夜、上っ!)
緊迫した永琳の声に天を仰ぐ。大量の岩石が暴走する恒星めがけて降り注ごうとしていた。降下のコース上にいる咲夜の直撃は免れない。上は岩石。下は太陽。逃げ場はまったくなかった。
(こんなときに!)
「……………」
交錯する二人の思考。しかし胸中にある思いはまるで違っていた。
永琳は咲夜を生かすことに全思考回路を展開していた。
しかし咲夜は。
(まずい、もう攻撃に力を回す余裕がないわ……咲夜、攻撃は中止よ。今から全エネルギーを防御に集中させ───)
「いえ、このままやります。結界を解いて」
(正気!?相討ちじゃ済まされないのよ!?)
「いいから早く!」
しかし咲夜は、相手を倒すことに全思考回路を展開していた。
永琳は迷った。力を解放した通信機を使用して強固な結界を展開すればこの危機をしのげる。咲夜の無事は確実なものにもなる。だが、咲夜の迷い無き目を見た永琳は、どうしても強硬する気が起こらなかった。もはや時間を止める余裕すらないのに。
迷いは無駄な死を生む。一刻の猶予もない状況下、文字どおり一瞬の葛藤の後、永琳は咲夜の行動に賭けてみることにした。彼女が信じたのだから、こちらも信じてみようと思ったのだった。
結界が解かれる。その瞬間、咲夜は矢をつがえたまま太陽に向かって急降下を開始した。そして残ったオーブを体に密着させ、十分な加速をつけた後、
(!!)
ナイフと同じ要領で、自らの時間を停止させた。
完全に無防備な状態で落下する咲夜は、やがて人工の太陽に飲みこまれてしまう。
(──ッ!!)
永琳がオーブに向かって叫ぶも、静止した時間の中では光も音も届かない。周囲に全てを焼き尽くす眩い光が満ちる中、時間が止まったままの咲夜は太陽の中を突き進んでいった。太陽の重力が咲夜を引きこむか。咲夜が重力を振り切るか。それは太陽を突き破った咲夜が結果を示していた。
そのまま眼下に広がる溶岩へ飛び込む勢いのまま降下を続ける咲夜。迫る溶岩。このまま飛び込んでしまったら、間違いなく命はない。接触が間近になっても、咲夜が目を覚ます気配はなかった。
(──ッ!!)
永琳は叫んでいた。無駄と分かっていても叫ばずにはいられなかった。
「……大丈夫」
接触の手前、咲夜の体は急停止した。開かれた目は再び赤に染まっていた。
どうして「大丈夫」などと言葉が出たのかよく分からないが、なんとなく言わないといけないような気分だった。
太陽は固体ではない。気体である。時間さえ止めることができれば、熱に関係なく通り抜けることができる。あとは人工太陽の重力を抜けられるほどの加速で振りきればいい。ただし、咲夜がこの事実を知っていたかどうかは定かではない。
(焦ったわよ、もう……)
「ふふふ。無茶した甲斐がありましたわ。さあ、思いっきりどうぞ」
(……構え)
空中で体勢を立て直し、左手を太陽へと突きだした。もはや咲夜と永琳を阻むものはなにもない。
(紅弓『天穿つ英雄の白矢』)
宣言と同時に咲夜は撃った。視界が白に染まる。骨がきしむほどの反動がスペルの威力を物語っていた。光速で放たれた光は一瞬にして太陽を撃ち貫き、熱も光弾も上空の岩石すらも消滅させた。星の生誕以上の轟音。鼓膜が震え、視界も光が眩しすぎてままならない。
やがて光と音が徐々に沈んでいく。頭上に太陽の姿はなく、代わりに天井に巨大な穴が開いていた。姿を現していたのは煌々と輝く星月夜。射線上に残っていたのは、スペルを破られ無防備になった空ただ一人。
痛みに悲鳴をあげる体を動かして、咲夜は即座に最後のスペルカードを取り出した。左手のオーブが砕け散る。右手に銀のナイフを。左手に光のナイフを。そして咲夜は空の元へ加速した。
「傷魂──」
スペル発動の直前。咲夜は空を見た。はしゃぎ疲れた子供のように、満足した笑みを浮かべていた。
「『ソウルスカルプチュア』」
一閃。そしてまた一閃。銀の刃と光の刃が空間ごと切り裂き、幾重にも折り重なって空へと叩きこまれた。空が威力に押されて壁際まで吹き飛ばされても、なお刃は止まらず、周囲の岩石ごと斬り続けた。やがて、空が完全に壁の中に押し込まれるまでナイフを振るい続けてから、咲夜の腕はようやく止まったのだった。
耐久の限界を超えて砕け散る銀のナイフ。役目を終えて霧散する光の刃。降り注ぐ柔らかな月光を背に受けながら、咲夜は今度こそ勝利を確信した。長かった戦いがようやく終結したのだ。
「……生きてる?」
「……生きてるよ」
崩れ落ちた壁の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「よかった。とりあえずこれまでの憂さ晴らしができたわ」
「私も。やられたけどすっきりしたわ。弾幕はハート。うん、なんとなくわかった」
「あ、それ訂正する」
「?」
「弾幕は魂(ソウル)にするわ」
「どこが違うのさ?」
「こっちのほうが響きがかっこいい」
「……なんか急に負けたの悔しくなってきちゃったなあ」
咲夜は安定している足場を選んで、切り崩された壁に降りた。永琳のスペルで熱ごと吹き飛ばされたのか、座っても熱くなかった。
「ちょっと休憩しないと。さすがにしんどいわ」
上空から吹き抜ける風が気持ちいい。このまま眠ってしまいたかったが、まだやることが残っている。今寝たら当分起きられないだろう。
「今の、なによ。私よりずっとパワーあるじゃないのさ」
「それは先生が教えてくださいますわ。先生、どうぞ」
(ずっと昔に、十個あったうちの九つの太陽を撃ち落とした男がいてね。彼の弓矢にあやかったのよ。太陽を撃ち落とした矢なら、人工の太陽なんてちょちょいのちょいってわけ)
「太陽って十個もあったんですか?」
(……昔の話よ)
「ほへー。よく分からんけど、すごいねえ」
(貴方が使った十凶星のうちの九個を撃ち落とした矢なんだけど……まあ、地獄烏に言っても仕方ないか。
ところで貴方、空って言ったわね)
「うにゅ?」
(核融合の力を扱えるんですって?ちょっと地上に来て私を手伝ってもらえないかしら?)
「またまた変なこと考えてる」
「えー。今日はもう疲れたからまた今度~」
ぐぎゅうう、と壁の中から大きな腹の音が鳴った。つられて咲夜の腹も、きゅう、と小さく鳴ってしまう。咲夜は腹を押さえながら咳払いをした。
(……今ならそこの咲夜が美味しい鍋を作ってくれますわ)
「え?」
(地下の珍しい食材いっぱい)
「ガス爆発キノコ……」
「それは絶対に入れない」
(今この機会を逃したら食べられないわよ。なんたって彼女は幻想郷で一、二を争うほどの料理の達人なのだから)
「行く!」
咲夜の真横がはじけ飛んだ。中から完全に元気を取り戻した空が両手をいっぱいに広げて現れて叫ぶ。
「どのくらい美味しいの?死体の丸焼きよりまずかったら焼き払うわよ!」
「それはないから」
「むひゃー、テンションあがってきたわ!」
空中に飛び出してぐるぐると飛び回る空を見て、咲夜はため息をついた。あの元気さはうらやましい限りだ。
「……もう、大げさですよ」
(どうせ適当に誘おうと思ってたくせに)
「まあ、そうですけど。やっぱり貴方にはお見通しでしたね」
(お鍋は大人数で食べたほうがおいしいもの。さあ、そろそろ戻ってきなさい。いつまでも迎えのウドンゲを一人で待たせておけないわ)
「はいはい。ゆっくり戻ってきますよ」
咲夜は腰を上げ、未だ興奮冷めやらないままに飛びまわる空を見上げた。本物の太陽のような笑顔を浮かべた空を見て、改めて気合いを入れ直したのだった。
ED 地霊達の帰宅(博麗神社境内)
酔いもお祭り騒ぎも醒めやらぬ博麗神社境内。神様が通る参道のど真ん中で、ぐつぐつと音を立てる巨大な土鍋。それを取り囲む妖怪たちは、土鍋のふたが開く瞬間をいまかいまかと待ち続けていた。咲夜はそっと蓋をずらして中のだしをすくい、一口すすった。
「おまたせしました皆さん」
巨大な土鍋のふたを取り外すと、真っ赤なだしで煮込まれた洞窟の幸が詰め込まれていた。湯気が立ち上ると同時に、スパイシーな香りが辺りに充満する。まるで溶岩に煮込まれているかのようだった。
「咲夜特製・地獄珍味盛り盛り鍋でございます。さあどうぞ、ご自由に、お召し上がりください」
咲夜の声とともに妖怪たちが一斉に鍋へと群がった。妖怪たちの中には、地底で咲夜と戦った者の姿もあれば、匂いにつられてきた周囲の妖怪たちも加わっており、もはや神社は完全な百鬼夜行と化していた。その楽しそうな様子を、全身包帯だらけで動けない人間二人が恨めしそうに眺めていた。
鍋周辺が軽い戦場と化している中、咲夜はいくつかの椀をトレーに乗せて喧騒から抜け出した。向かう先には地霊殿の主、さとりの姿があった。本来なら地上に出られないさとりだが、第三の目を一時的に閉じ続けることを条件に許可されていた。
「思った以上に良質でしたわ。ご協力感謝します」
「お空の件に比べたら軽いものです」
「あら?お嬢様はどこへ?」
「知らないわ。ふらふらどこかへ言ってしまったけど……戻ってきたみたいね」
一人輪の中から抜け出していたレミリアはとても上機嫌だった。咲夜の活躍で紅魔館の評価を上げられたし、便利な通信機器も手に入れた。大穴狙いの賭けにも勝って、懐具合もほかほかだった。
「あら、できたの。ちゃんと確保できた?一個だけのスーパーレア食材」
「勿論、ぬかりはありませんわ。地獄名物、金箔の冬虫夏草」
咲夜が椀のふたを開けると、鍋の中身が珍味とともに綺麗に盛り込まれていた。真っ赤なだしの中で、ひときわ目立つ金色のきのこが浮かんでいる。
「パーフェクトよ咲夜。さすがだわ」
「感謝の極みです」
「いいわねえ。私だってめったに食べられないのに……」
「貴方も雇ってみたら?咲夜みたいな人間。人間はいいわよ。妖怪や妖精と違っていろいろ気がきくからね」
「うーん。ペットにするなら考えてもいいわ」
「お嬢様の言うとおり、とどめを刺しておくべきだったのかしら?」
「ごはんもおいしいしねえ……ふふふ」
レミリアはちらりちらりと、咲夜とさとりを交互に見ながら笑った。心が読めない状態のさとりは、レミリアの心が読めないために不安になった。なにか企んでいるのは明らかだった。
「……なんですか吸血鬼。何か面白いことでも?」
「いやちょっと、さっき面白い奴に会ってね。まだその辺にいるから、気になったら探してみれば?ふふふ。いずれ咲夜にも、そして貴方にも分かることだわ、古明地さとり」
「……今ほど心を読みたい時は無いわね」
「また嫌な予感がしますわ」
さらに上機嫌さを増すレミリアと、不安だらけのさとりは、周囲の喧騒を眺めながらお鍋を味わうことにした。数少ない洋館に住む者同士、実は相性がいいのかもしれない。
遠くで唸りを上げる間欠泉の音が聞こえる。そういえば美鈴が、一緒に温泉に入って星見酒でもしようと言っていたような気がする。なんとなく、傷が治ったら、暇な時に付き合ってみてもいいかな、と思った咲夜なのであった。
また、作品集61に収録されている「瀟洒な洞窟大作戦 体験版」の続きとなっています。
先に読んでおくことをお勧めします。
旧地獄の中心。地底地獄の管理所である地霊殿は、旧都の華やかな騒々しさとはうって変わり、中は薄暗く、質素なタイルとステンドグラスで装飾され、あっさりと侵入を果たした咲夜に物静かな印象を与えた。日本家屋が立ち並んでいた外とは違い、紅魔館とおなじ外西洋風のつくりとなっている。同じ西洋の建物に住む咲夜には親近感が生まれていたが、ところどころ目につく汚れが気に食わなかった。
(ちょっと、聞いてるの咲夜!)
「え、ええ。聞いていますよお嬢様」
好戦的な鬼が言うには、恐ろしく厄介な妖怪がこの地霊殿にいるらしい。しかし咲夜は、可愛らしい剣幕で小言を言い続けるこっちの“鬼”、レミリア・スカーレットのほうが、ずっとずっと厄介だった。
Stage 4 誰からも好かれない恐怖の目(地霊殿)
(咲夜のせいでものすごく恥をかいたわ。紅魔館のメイド長たる者、知識や教養がなくてどうするの。帰ったらパチェに頼んで、徹底的に教育してもらうんだから。覚悟なさい)
「ちょっと泣きたい気分です」
(自業自得よ)
先の戦いでやらかしてしまった、ちょっとしたうっかり間違いのつけがさっそく回っていたのだった。
休み時間が削られるのは構わない。自力でどうにかなる。しかし、パチュリーの授業は、よく分からない上に眠たくなることで紅魔館では有名だった。寝ていようものなら脳天にドヨースピアの直撃が容赦なくプレゼントされる。えげつない拷問である。
ちなみに数年後、強制された猛勉強の結果、大量の知識を詰め込まされて文武両道となった咲夜は、本当の意味でのパーフェクトメイドとなって主人の地位(主にカリスマ)を脅かしたのはまた別の話。
「それにしても、ウチとよく似ていますね、このお屋敷。そうだお嬢様、いっそここを別荘にしてみませんか?一日中太陽も出ませんよ?」
(別荘かあ。いいね、それ。いや待った。フランの遊び場にするのも捨てがたいわ。遊び相手にも困らないしね)
「外の都が壊滅しちゃいますよ、それ」
(なんでもいいから、さっさと黒幕を片付けちゃおう。夕飯の時間厳しいんでしょ)
「黒幕、いるといいですねぇ……あら」
咲夜の目が何やら動く物体を捉えた。柱の陰に潜んでいたそれは、咲夜たちの前に躍り出て、二股に別れた尻尾を振りながら、屋敷の奥へと歩いていった。
「猫ですね」
(猫だねえ)
その黒い不気味な猫は、時折咲夜へ振り返りつつ足を止めた。まるでついてこいと言っているかのように。最初は怪しんでいた咲夜だったが、やがて猫の後を追いかけ始めた。
(いいの?罠かもしれないわよ?)
「罠だったら罠ごと壊してしまえば済む話です」
(おっ、ようやくいつもの咲夜らしくなってきたわね。さっきから大人しくて心配してたのよ。回りくどい戦い方ばっかりしてさ)
「あら。ちゃんと働いてましたよ、私」
(嘘ばっかり言っちゃって。いつもはもっとナイフをばらまいてるし、それにもっと積極的に自分から攻撃してるじゃない。ほとんど私たちに任せきりにしてるのはどういうことかしら?)
(あ、それ私が指摘したことですよね)
(黙らっしゃい門番)
(あいたっ!)
鈍い打撃音がオーブ越しに響く。反射的に咲夜は頭を抱えた。
(お前に言われるまでもない。ちゃんと気づいてたわよ)
(だってさっき、「賭けるほう間違えちゃったかなあ」なんて言ってたじゃないですか。嘘はいけませんよ、嘘は)
(悪魔が嘘つかなくてどうするのよ。嘘のない吸血鬼なんて、ただの鬼になっちゃうわ)
「血を吸う時点ですでに普通の吸血鬼ですよ、お嬢様。
それにしても美鈴。今日は主人に向かってやけに反抗的じゃない。いいの?」
(今日は無礼講なんだから無礼講してるんですよ。レミリア様だってなんのその!)
「……酔ってるわね」
(別にいいわよ。宴の席で下手にかしこまられるよりは楽しいし。それより咲夜もどう?無礼講に下剋上。今なら特別に貴方のしもべにでもなってあげようかしら?)
「まあ、お嬢様まで。あまり飲みすぎないでくださいね……っと」
咲夜の足が止まる。猫は咲夜の前方に座り込んでいた。突然、目を細めてこちらを睨み、天に向かって、うみゃあ、と鳴いた。その合図を皮切りに、咲夜はナイフを抜き放ち、レミリアは魔法陣を展開した。
何もない空間に眩い炎の塊が次々に浮かび上がっていく。炎が取り囲み終わる頃には、咲夜を取り巻く空間の温度が、瞬く間に上昇していった。
「罠でしたね、お嬢様」
(気をつけて咲夜さん!こいつら怨霊です、触れるとけっこう熱いですよ!)
「じゃあ、触らないように倒しますか」
前方に群がる怨霊に向けてナイフを投げる。怨霊たちは迫るナイフに反応すら見せず、ただぷかぷかと浮いているばかりだった。やがてナイフが怨霊に突き刺さると、その瞬間、怨霊は熱気とともに弾け、大量の弾幕を吐き出しながら咲夜に襲いかかった。
(言い忘れてましたが、それ弾けるんで注意してくださいね)
「言うのが遅い!」
美鈴を叱咤しつつ、迫る熱気をかいくぐりながら、先ほど倒した際にできた包囲網の穴へ加速する。しかし、脱出する直前に、周囲の怨霊が自ら弾け、爆風となって咲夜の行く手を防いだ。
(突破するよ!そのままダッシュ!)
レミリアが魔法陣から槍状のオーラを放つ。槍は熱風をかき分けて包囲を貫き、咲夜の前方に道を作った。駆け抜けると同時に、振り返りざまに残りの怨霊へナイフを投擲した。ナイフは寸分違わず怨霊に突き刺さり、そして爆発した。発生した弾を避けながら、再び前を向いて先ほどの猫を探すも、その姿を捉えることはできなかった。その代わり、おびただしい数の気配が、闇にまぎれて咲夜を取り囲んでいた。前後左右のみならず、上空や柱の影にも息を潜めていた。ざっと見渡しただけでも五十以上は確認できた。
「誰もいないと思ったら、妖精がこんなにいたのですね。労働力はばっちりじゃない。これだけの数がいれば館の汚れもすぐに解決できそうね」
(ふむ。別荘計画も夢じゃなくなってきたね)
「ちょっとそこの人間。この地霊殿に就職希望かい?」
やや体の大きい妖精が闇の中から現れた。この妖精たちを束ねるリーダー的な存在らしい。
「いえいえ、お仕事には間に合っていまして」
「なんだ、汚れがどうとか言ってたから、てっきり就職希望かと思っちまったよ。じゃあやっぱり、さとり様やお燐様の言うとおり、旧地獄にちょっかいを出しにきたってことだね!」
突然飛び出した二つの名前に咲夜の眉が反応する。しかし、変化は一瞬だけで、目の前の妖精がその変化に気づくことはなかった。
「いえいえ、それもちょっと違くて」
「?」
(この地霊殿とやらを乗っ取って、私の別荘にするために来たの)
「……はっ、やっぱりじゃないの。総員、戦闘準備!やっぱり敵のお出ましだよ!」
闇の中から妖精の群れが姿を現した。各々、剣や槍、弓矢に斧といった原始的な武器を持っている者もいれば、魔術書や杖、お札といった魔法重視の装備している者もいた。洞窟内で見た妖精たちよりも遥かに統率が取れている。その危険度は彼女たちの比ではない。
数で圧倒的に不利な状況だが、咲夜は取り乱さない。横には最も信頼できるパートナーがいるのだから。
「お嬢様、またまた少し違いますよ」
(うん?)
咲夜は笑って両手いっぱいに投擲用のナイフを取り出した。
「立ちふさがる敵を全員残らずこてんぱんに倒して、異変を最速で解決して、お嬢様に今夜の夕食をご用意して、それから後日改めて、じっくりと時間をかけてこの館を征服して、お部屋の隅々まで私たちのものにするのです」
「なっ……」
(わーお、完璧。さすがはウチの誇るメイド長だわ。はなまるあげちゃう)
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
(咲夜さん、温泉は~?)
「お嬢様が入れないからどうでもいいかな」
(えー。いっしょに入りましょうよ温泉。二人でこっそり、お酒飲みながら星空を見上げるんですよ。星見酒最高!)
「機会があったら付き合ってあげる」
妖精たちは、呑気な会話を交わす咲夜からにじみ出る絶対の自信と、得体の知れない恐怖を感じてたじろいだ。咲夜がゆっくりとナイフを掲げると、周囲の妖精が一歩後退した。掲げたナイフが、正面に向けて突き出される。
「お嬢様、私はこのまま正面へ向かいます。早くご夕食を用意したいので」
(うん)
妖精たちは息を呑んだ。正面。もちろん、最も層を厚くしている場所だ。しかも、前回の人間たちと違って、今回は万全の体勢で挑んでいるのだから、この人数差で押し通るなど正気の沙汰ではない。
だが。続く言葉は、妖精たちをさらに恐怖させた。
「ですが。お嬢様の望みは違うのでしょう?」
(ええ、そうね)
「ご命令をどうぞ」
咲夜は知り尽くしていた。敬愛する主人の、傍若無人な性格を。
レミリアは理解していた。親愛なる従者の、従順な忠誠心を。
二人はまったく同じ笑みを浮かべた。遊び心溢れる子どものような笑みを。
(殲滅するわよ、咲夜。完全に。圧倒的に。有無を言わさず、完膚なきまでに。
全員生きて返すな。この館の連中だけじゃなく、神社の連中にも、私たちの恐怖を思い出させてやろう)
「仰せのままに」
妖精の間に戦慄が走る。主人とはまったく異質の、おそらく最も原始的な恐怖が、妖精たち全体に広がった。
咲夜は前方へ加速すると同時に手に持った全てのナイフを投げつけた。リーダーの周囲にいた盾持ちの妖精の額に当ててなぎ倒し、列を乱す。着弾と同時に近接用のナイフを取り出し、リーダーの目前まで接近する。
負けじとリーダーも投げナイフを放つが、最小限の動きでかわされ、やがて目と鼻の先まで接近を許してしまった。
「わああ!」
呼吸も忘れてナイフを振るう。しかし、ナイフは温い空気を切り裂いただけにすぎなかった。
咲夜はすでに飛び上がって、レミリアの放つ蝙蝠型の弾幕と共に敵陣の真っ只中へ急降下していた。真っ赤な蝙蝠は、投げつけられたお札を燃やしつつ、敵陣の外周に陣取っていた射撃担当の妖精たちに群がって襲いかかる。
「ひるむなひるむな!まだまだ数はこっちが上!」
着地直後に突き出された三本の槍を跳び上がってかわし、その上に着地する。重さに耐えきれずバランスを崩した妖精に、咲夜はやや不機嫌な顔で脳天に小さなナイフを突き刺した。
「ぎゃっ!」「あいたっ!」「……っ!?」
「失礼しちゃうわね、もう」
憤慨する間もなく、咲夜は体を沈める。横向きに振り回された二本の斧が咲夜の髪を二・三本そぎ落として宙を切った。二人に足払いをかけつつ近接ナイフで切りつけて沈黙させ、回転の勢いを乗せつつ一人を剣を持った集団へと蹴り飛ばす。
「退避ー!」
剣を持った集団を怯ませている隙に、転がった斧を奪って、盾を持った妖精へ振り下ろした。盾のへりに当てて喰いこませると、力任せに引っ張って奪い取った。
「この……っ!!」
「上、うえ」
体勢を立て直した剣の妖精が咲夜に斬りかかろうとするが、咲夜は盾を真上にかかげて、上を指し示すばかりで動こうとしなかった。不思議に思った妖精たちが上を見上げた瞬間、咲夜を狙った矢の雨が降り注いだ。体勢を立て直すのに精一杯で、号礼が聞こえなかったために逃げ遅れたのだった。
「がっ!」「きゃあああ!」
「残念、この傘は一人用なのです」
逃げ遅れた剣の妖精たち、およそ十体が矢の雨に見舞われたが、咲夜は盾を傘にしたおかげでかすりもしていない。
(咲夜、薙ぎ払うよ!)
咲夜が盾と斧を捨てて周囲の様子を確認している間に、レミリアが全方位に弾をばらまき、妖精たちをなぎ倒した。レミリアの言葉に反応した妖精たちは飛び上がって回避するが、咲夜とレミリアが容赦なく追撃する。襲いかかる咲夜たちを追い払おうと各々武器を振るうが、地に足のつかない状態では近接武器の効果はまるで無く、無防備な体勢のまま次々と落とされていった。これ以上の損害は出させまいと、遠巻きの妖精たちが一斉に遠距離攻撃を仕掛けた。さすがの咲夜も数の弾幕には勝てず、後退を強いられてしまう。追撃に走る打撃武器を持った妖精たち、そしてすかさず濃密な弾幕を形成する遠距離武器の妖精たち。
しかし妖精たちは気づいていない。咲夜が既に包囲を脱出していることを。咲夜は全員の敵を真正面に捉えていた。
「久しぶりに懐かしいのいきますか」
ポーチからスペルカードを取り出し、念じる。カードは咲夜の胸の位置で空中に留まり、その模様を描いていった。
「お嬢様、奴らの目を潰してください」
(ん、りょーかい)
咲夜の弾幕をかいくぐった幾人かの妖精が、剣や斧で咲夜に殴りかかろうとしたが、オーブから放たれた大量の赤い蝙蝠に阻まれてしまう。蝙蝠は襲ってきた妖精のみならず、遠くにいた者にまで群がって視界を覆った。
「うわ、撃て、撃て、撃ちおとせ!!」
蝙蝠ごと咲夜を射抜くかのように大量の弾幕が形成される。蝙蝠はみなか弱く、一人の被害も出さないままに次々とかき消されていった。
「やったか!?」
妖精たちは咲夜の姿を探すが、まるで見つからない。その代わりに、自分たちの上空を覆う異変にようやく気付いた。敵の姿はないが、代わりに這うような速さで空中に停滞しているナイフが、妖精たちの姿を映し出していた。
「奇術──」
ぞくりと。視界の外から聞こえてきた死刑宣告は、妖精たちの背筋を凍らせた。振り向いた先にも、同様におびただしい数のナイフが彼女たちを狙っていた。
「『ミスディレクション』」
躊躇なく宣言されるスペル。直後、前方から、そして後方から大量のナイフが交差して降り注いだ。完全な死角から投げられたナイフに対応できず、なす術もなく撃ち落とされていく妖精たち。
「うわああああああ!!」
混乱がさらに混乱を呼び、やみくもに攻撃をしては自滅する妖精さえも現れる。もし妖精ではなく、人間が相手だったなら、目を覆わんばかりの惨劇の場が展開されていただろう。妖精たちが次々に倒れていく様を、咲夜の赤い瞳と、オーブが放つ妖しくも紅いオーラが冷たく見下ろしていた。
「うぅ……いたぁ……」「化けモンだ、あいつら……」
ナイフが通過を終えるころには、戦闘続行可能な妖精たちは、その数を十分の一までに減らしていた。倒れ伏した妖精たちが床に広がっていく。
「いやー、絶景ですねー」
(……昔の咲夜さんに怒られたときを思い出しちゃいました……いろいろ痛かったなあ)
(あー、まだけっこう容赦なかったころね。昔はサボりのおしおきにいろんなスペル試してたっけねえ)
「あれはあれで楽しいんですけど、後の生産性を考えて止めました。最近のスペル開発はフランドール様のお遊戯の時間にしていますわ。いっつもこっちが殺されかけますけど」
(そして私も面白半分の咲夜さんに何度も殺されかけたわけですね)
「ちゃんとお仕置き名分だから、全部急所は外してたわよ」
(頭は全部急所だと思いますよ、咲夜さん)
「貴方は頭がい骨が厚そうだから大丈夫」
咲夜たちが会話している隙に、敵わないと分かった一匹の妖精が背中を向けて飛び出した。つられて他の妖精たちも離れていく。別に逃がしても構わない咲夜だったが、宣言した以上、一人も逃す気はないし、
(まだ戦いの途中でしょ)
何よりも主人がまったく逃がす気がなかった。飛び去った妖精の背中を、赤い閃光が一人残らず容赦なく貫いていく。一人だけ五体満足であるリーダー妖精の背後、力無く墜落していく残りの妖精たち。
「あ……」
「あと一人になりましたね。なんだかお祭りの後みたいで寂しい気分ですわ」
(あっけなさすぎる。まだ夜店のヨーヨー釣りのほうが面白かったわ。
どうする咲夜?切り刻む?突き刺す?それとも私が黒こげにしちゃう?張り付けなんかどうかしら?)
「……あ、悪魔め……あんたらおかしいよ」
腰は抜け、歯が鳴るのを止められない。主人の不気味な恐怖をしのぐ、残虐な狂気を孕んだ、ずっとずっと原始的な恐怖。
(あら、その顔はとても素敵だわ。写真に収めたいくらいよ)
「……そうですねえ」
咲夜は空白のスペルカードを指で弄びながら、極上の笑顔で言い放った。
「最後なので、今言ったの全部やっちゃいましょうかね」
(さんせーい)
「ひぃぃっ……あ──ぅ───」
恐怖が最高潮に達した妖精が残された選択肢は、意識を手放して目の前の恐怖から逃れることだった。一本のナイフも刺さることなく、また敵に一つのかすり傷さえ負わせることなく、最後の一人は地面に倒れ伏したのだった。
(あーあ、咲夜がちんたらしてるから)
「いいんですよお嬢様。妖精みたいな単純な連中は、恐怖政治が一番手っ取り早く躾けられますわ。ここのお掃除はまるでなっていませんもの。ここを別荘にした暁には、徹底的にお掃除のやり方を叩きこんであげましょ」
「別に叩きこまなくてもいい」
抑揚のない静かな声に振り向く。闇の中から一人の妖怪が浮かび上がるようにして現れた。今まで出会ってきた妖怪たちにはない気品さと、圧倒的な存在感が全身からにじみ出ていた。
「貴方達。もう戦うのはいいわ。無事な者は、怪我した者を下がらせなさい」
息のある屍の山の中から、無事にやりすごせた数人の妖精が恐る恐る這い出ると、気絶した妖精たちを暗闇の奥へと引っ張って行った。
「最近の客は乱暴者が多いわね」
「使用人かしら?怪我する前にさっさとご主人さまを出してくれると嬉しいんだけど。じゃないと───」
「お嬢様が拗ねるからでしょう?」
(よく分かってるじゃない。さっそく案内してよね)
「……?声が聞こえない。どこから聞こえてくるの?……そう、このオーブから……大丈夫、意識ははっきりしていますから。耄碌(もうろく)ではありません」
「ずいぶんひとり言が多い給仕さんね」
「給仕じゃないわ。貴方がたが待ち望んだラスボス、古明地さとり。この地霊殿の主です」
(おっ、やったね!先に咲夜やパチェみたいのが出てこないかひやひやしてたんだ。さくっと倒して霊夢たちに自慢してやらなくちゃ)
「……私を倒してこの館をゲット?……一応異変を解決する気もあるようね。温泉にはあまり興味がない……『そういえば、神社じゃお鍋だから、おゆはんに煮込み料理は止めとかなくっちゃ』?……『なんだかとろそうだから、かっこよく決める前に終わっちゃいそう』?……『もう一枚くらい懐かしいのでスタイリッシュにきめきめしましょ』?」
早口でぶつぶつとひとり言を言い続けていたさとりは頭を抱えた。
「貴方、もう少し落ち着いて考えたらいかがかしら」
「なんだかついさっきまで考えてたことを言われたような気がするけど」
「『占いだって適当に言ってれば当たるんだし、どうせいんちきよね』」
「む。今の言葉は」
「ああ、やっと追いついた」
たわごとと勝手に決め付けていた咲夜も、さとりの言葉を聞いて警戒の色を強くする。
「そう、私は他人の心が読めるのです。お疑いなら、今貴方が思ってることを言い当ててあげましょうか」
「では……」
「……『美鈴の弱点は脇腹と足裏、くすぐると大変なことに』?」
(ちょっ!?皆さんなんですかその手は!いやらしいですよ!?)
「『耳もちょっとしたウィークポイント』」
(さ……咲夜さぁん!あははははははは!はっ、はぁうはあははは───)
笑い声と共に美鈴はフェードアウトしていった。
狂わされた一日の予定。繰り返される強制的な命の削り合い。蓄積されたやり場のないストレスの発散は、やっぱり美鈴いじりに限る。心なしに胸がスッとした咲夜だった。
「すごい、完璧ですわ。私のマジックよりもずっと凄い」
「だから貴方の考えてることなんてお見通しなの。怨霊や間欠泉目当てなら見逃してあげようと思ったけど、この館が目当てならそうもいかない。貴方のような危険人物は、早々に地上へお帰り願うわ」
「お生憎様ね。読まれてまずい考えなんて持ってませんし、読まれたところで圧倒的にやっつければいいのです。ねえお嬢様」
(……………)
「……お嬢様?」
(黙って咲夜。もうすぐ無心の境地に至れるわ。なむあみだぶつ、なんみょーほーれんげきょー……)
オーブ越しのお嬢様の姿が目に浮かぶ。西洋の吸血鬼なのに、慣れもしない坐禅でも組んでいるのだろう。咲夜はそんな姿を想像して、少し笑った。
「心配しなくても、そちらの心は読めませんよ。さすがに距離が遠くて」
(よろしい咲夜、いつもみたいに圧倒するわよ)
「もう。せっかくの恐怖演出が台無しですわ」
(何よ咲夜、その態度は!)
「無礼講、ぶれいこう」
(ふん、今からこてんぱんにのして、もう一度思いっきりびびらせてやるんだから!)
「びびらせるですって?ふふ、私の第三の目は、うわべの恐怖も、そして本当の恐怖さえも映し出す。さあ、自分が持つ心象で壊れてしまうがいいわ!」
さとりはスペルカードを掲げた。咲夜とさとりの距離はごくわずか。至近距離の直撃を避けるために、咲夜は距離を取った。
「想起『テリブルスーヴニール』」
さとりの両手から閃光が放たれる。眩い光が暗闇を穿ち、周囲に広がっていく。直視できない眩さを腕で覆って耐える。咲夜が怯んでいる隙に、さとりは弾幕をばらまいた。視界を奪われながらも、地面に映った影を参考に攻撃を避けていく。
さとりは攻撃の合間にも第三の目を大きく見開き、三つの目で咲夜を観察していた。咲夜の心の奥深くに潜む恐怖を探り、己のスペルカードにその心象を焼きうつしていく。
「お嬢様、そっちは大丈夫ですか?」
(映像は切ったから平気よ。終わったら教えてね)
「了解です」
「……………」
先制という優位に立ちながら、さとりは驚愕していた。
『読まれてまずい考えもないし、読まれたところで圧倒すれればいい』
咲夜の自信に満ちあふれたこの発言を、さとりは身をもって体感していた。心の声は確かにはっきりと聞こえている。だが。
『お嬢様への危害は無いと見て良し。現状の行動から自滅の可能性もなし。除外。
現在のスペルは様子見の気配強し、現状でのリスクはなし。敵の言動から推測するに心理催眠系の攻撃を展開する傾向の可能性大。現スペル攻略後、もしくは現状において遠距離からの速射が妥当。
対象の確認は完全に不可。近距離は情報が少なすぎる、リスクが高い。排除。
跳弾は場所が広すぎる。効果の期待なし。リコシェ系は封印。
前方設置系の『ザ・ワールド』『ジャック・ザ・ルビドレ』『チェックメイド』『プライベートヴィジョン』あたりで崩すが上策。だが読まれているのは確実、こちらの誘導に引っかかるとは思えない。反応できないように設置するなら効果はある、だが避けられた場合の損失大。先ほどの妖精が漏らした“お燐”がこの場にいるなら増援もありうる。無駄なカードは極力温存するべき。
……光源と弾丸の発射方向より相手の移動パターン確定。目標はマークの正面に固定しているものとして仮定───』
さとりの基本戦術は、相手の思考を読んだ上での弾幕形成である。しかし、咲夜の思考展開が早すぎて、正確に相手の心の声を聞きとることができないでいた。向こうの心の声が、逆にさとりの攻撃指標の決定を阻んでいたのだった。早すぎる状況把握、洞察、戦術形成。逆に自分の心を剥がされているような気分だった。
『そこね』
「っ!!」
突如出現する大量のナイフ。さとりは攻撃を解き、ナイフを紙一重で避けた。攻撃のタイミングは心の声を聞いていたので知ることはできたのだが、聞こえてから攻撃に移るまでの行動があまりにも早すぎた。予想以上の一撃に動揺し、スペルの効果が切れてしまう。
「ビンゴですわ。お嬢様、正面にゴーです」
(任せなさい!)
魔法陣を展開し、さとりに向けて弾幕を展開しつつ、咲夜は、さとりの位置を確認するための目印として突き刺さしていおいた床のナイフを回収した後、大きく後退し、先ほどの『ミスディレクション』で使用したナイフを全て回収した。
相手の攻撃の読みにくさに加えて、心の読めない位置にいるパートナーから放たれる弾幕。さとりにとって、現状の咲夜との相性はとことん悪い。だが、最悪の相性である“彼女”に比べたなら、決して勝てない相手ではない。
「これは戦いにくいわね……でも」
さとりはレミリアの攻撃を自らの攻撃で相殺すると、三枚のスペルカードを周囲にばらまいた。カードはさとりの周囲を回転し、鈍い光を放ちながら点滅していた。
「貴方のトラウマはもう私のもの……さあ、ここからが本番よ。己が恐怖、改めて思い知れ!」
さとりを中心に黒いオーラが展開され、床や天井、柱を伝って周囲を満たしていく。やがて咲夜とさとりを完全に取り巻いた。深くなる闇の中で、さとりのカードの一枚が輝きを増していく。直後、さとりの体に、今までとは異質の“力”が湧き上がり、全身を覆った。風に揺れる草花のように体を揺り動かし、力をさらに放出していく。やがて力は渦状に展開してさとりの全身に巻きついた。
「どこかで見たような……」
「想起!」
さとりは右手を咲夜に突き出した。全身のオーラが螺旋となって右腕に集中し、巻きついていく。
「『虹色太極拳』!」
「えっ!?」
(あれ!?)
生まれる虹色の暴風。固い石柱を豆腐のように軽々と削りながら、猛スピードで咲夜へと襲いかかった。
どこかで見たことがあるのも当然。これは美鈴のスペルなのだから。
予想外のスペルに硬直してしまった咲夜だったが、すぐに思考を正常に切り替えた。
「『パーフェクトスクウェア』!」
目前に、白と黒のモノクロで彩られた箱型の“空間”が現れた。人一人がようやく入れるほどの空間が咲夜を飲みこんだ直後、虹色の風が咲夜がいた空間を巻き込んで吹き飛ばしていった。
「さすがに避けられましたか」
咲夜は空間を解除すると、大きく安堵の息を吐いた。時間の停止したフィールドでは、すべての攻撃が無効となる。
「まさか美鈴の技を使うとは思わなかったわ。びっくりして無駄なカード使っちゃったじゃない」
(所詮は門番の技ね。気ならちょっと修行すればだれでも使えそうだもの、真似もしやすいんでしょ)
(ぜぇ、ぜぇ……それは違います、お嬢様)
息も絶え絶えな美鈴の通信が復活する。神社の者たちにもみくちゃにされ、もはや腹筋は崩壊寸前だった。
(こちょこちょこちょ~)
(わはははは!)
「美鈴の気は独特の色をしているのです。色まではそうそう簡単に真似はできないはず」
(そ、その通り……色というか、気質なんですけどね……)
「……私の恐怖と言ったわね。相手の恐怖を探ってコピーするのも貴方の能力?」
「貴方の心に潜む弾幕をそのまま具現化しているだけです。心象が違えば、同じ名前でも弾幕の形は変化します」
「へぇ。コピーじゃなくてパクリね」
「せめて普通に真似か、オマージュやリスペクトと言ってもらえると嬉しいです」
「ふーん……」
「!?」
咲夜の目が狭まった。瞬間、さとりは第三の目を閉じていた。
「今のは……」
さとりが思わず目を閉じてしまった理由。それは心を読む第三の目が、視界を埋め尽くすナイフの壁を幻視したためである。恐る恐る第三の目を再び開ける。薄目で見た光景は、やはり咲夜の心に浮かんでいるおびただしい数のナイフであった。正面だけではない。上下前後左右、あらゆる角度からナイフが取り囲み、さとりに向かって、あらゆる角度から突き刺さっていった。
「これは……スペル?なんて禍々しい……」
「今からこのスペルを使うわ。きちんと記憶した?死にたくなければ、私が今から何をするのか、どんな弾幕を作るのか、ちゃんと心を読んで対処しておきなさい」
咲夜は七枚のスペルカードを取り出し、さとりに見えるように掲げた。
「今から七枚のスペルカードのうち、“三枚”を貴方に使うわ。嘘ではないことは分かっているわね?
もうひとつ、貴方は親切だから、お返しに伝えておくわ。私の能力は時間を操ること。時間を止めたり、遅くしたり、早くしたりできる。でも時間をさかのぼることはできないの。せいぜい物を元の位置に戻すくらいが関の山ね。あとは、空間を広げたり閉じたりもできるわね。
……これで全部かしら?どう覚えた?頭に入れた?知らなかったじゃ困るわよ?」
相手に手の内を教える。あまりにも狂気じみた行動だが、心が読めるさとりも、一番咲夜を知っているレミリアも、咲夜の意図を理解していた。
「……『心が読まれてしまうなら』」
(真っ正面から力押し!)
「お二人とも大正解ですわ。そして───」
三枚を残し、四枚のカードが瞬時に染まる。一枚を残して戻し、両手にあらん限りのナイフを掲げ、空中に投下していく。投下されたナイフはさとりを取り囲むように配置されていった。
「パクリにはパクリで勝負。ちょっと試してみたかったのよね。第一段階。時符『シルバーアキュート360』」
スペル発動と同時にさとりが気を全開にした瞬間、さとりの周囲はナイフによって囲まれていた。第三の目で見た心の弾幕ではなく、実体を持った正真正銘の弾幕である。
「お嬢様」
(分かってる、サポートでしょ)
「では……『シルバーアキュート360』、GO!」
咲夜の号礼を合図に、設置されたナイフと蝙蝠型の弾幕が一斉にさとりへと襲いかかった。
「はぁ!!」
しかし、さとりの気はナイフや蝙蝠を弾き飛ばすだけの力を蓄えていた。両手を振るい、瞬く間に周囲を暴風の渦へと変えてしまう。だが、気を飛ばした瞬間、さとりの気もまた消滅してしまう。スペルの効果が消えたのだ。
「想起!」
「第二段階」
『シルバーアキュート360』は、たださとりを消耗させるためだけにすぎない。これから放つ第二段階が本番である。
『シルバーアキュート360』『インフレーションスクウェア』のカードを取り出す。しかし、二枚のカードは発動されることなく灰へ変わった。代わりに、純白のままだった第三のカードが彩られていく。
「『シルバーアキュート360』、プラス、『インフレーションスクウェア』。名づけて───」
両者すかさずスペルを宣言する。うっすらと笑みを浮かべる咲夜に対し、さとりにはまったく余裕が感じられない。
最初のスペルで相手の深層心理の恐怖を読み、カードにそのスペルを装填し、使用する。さとりが得意とするもうひとつの戦法である。取得する数は相手との力量の差で決めているが、今回さとりが読み取ったスペルは三枚。間違いなく足りないと、さとりは予測していた。この三枚で乗り切らなければ、確実にやられる。いまだかつてない恐怖と、さとりは必死に戦っていた。
「『ミゼラブルフェイト』!」
「時空『インフレーションスフィア』!」
『シルバーアキュート360』よりもさらに大量のナイフがさとりを取り囲んだ。もはや巨大な『球』と言っても過言ではない、尋常な量が展開されていた。同時にさとりも赤く巨大な鎖を何本も生み出していた。
「くっ……」
「事前に用意しておけば、三枚も使わずに済んだんだけどね」
『シルバーアキュート360』、そして『インフレーションスクウェア』の同時発動。傍から見れば反則行為に見える。しかし、スペルカードは『意味』が力に変わったものである。二つのスペルが一つのスペルとして命名されたなら、そのスペルはまったく新しい一つのスペルなのである。でなければ、魔理沙の『ダブルスパーク』はおそらく成り立たないし、パチュリーのスペルの大半が反則行為になってしまう。もっとも、二つぶんのスペルを発動させるので、体の負担もまた倍増するが。
咲夜は銀時計を開いた。そして、ナイフの時間停止を解除すると、ナイフはさとりめがけて動き出した。
突如出現したナイフの群れを、さとりの巨大な赤い鎖が弾き飛ばし、さらに何本も何本も飛び出してナイフの束を薙ぎ払っていく。数本を防御に専念させつつ、空間内に鎖を張り巡らせていく。
「……第三段階──」
いつ体を突き刺すかもわからない状況の中で、咲夜は最後のスペルの詠唱に取りかかった。無防備な状態の中、取り囲み終わったさとりの鎖が、咲夜へと迫っていく。
(誰の許可を得て私のスペルを使ったのかしら?)
魔法陣が咲夜を取り囲む。そして、さとりとまったく同じ赤い鎖が飛び出し、咲夜へと迫っていた鎖を絡め取った。
さとりは、未だ続くナイフの応酬を対処しつつ、動かなくなった鎖を破棄し、すぐさま別の鎖を精製して咲夜へと投げた。しかし、レミリアの鎖によって全て阻まれてしまう。
さとりは焦っていた。第三のスペルを唱えさせる前に決着をつけなければ。決して発動させてはならない。
(運命の鎖はこんなに脆くはない。貴方の鎖はまるでぼろ雑巾のちぢれ糸だわ)
レミリアは鎖を柱に巻きつけ、力一杯引き寄せて折り砕いた。
(形だけ真似しちゃって。なめるんじゃないわよ、パクリ妖怪!おととい来な!)
力任せに柱の残骸を投げつける。さとりは出せるだけの鎖を出現させ、飛んでくる破片と残りのナイフをすべて叩き落とした。力を出し尽くし、砕け散る両者の赤い鎖。灰に変わる二枚目のスペルカード。二枚目の効果が切れた瞬間、咲夜は銀時計を閉じた。
『インフレーションスフィア』の最大の目的は敵の拘束。これから発動するスペルの布石である。レミリアのサポート抜きでも十分な拘束時間が稼げた。このスペルなら安定して仕上げに移れる。
「想起!」
「『インフレーションスフィア』、プラス───」
(咲夜!)
そして運命の三枚目。いち早く発動したのは当然さとり。
「『フォーオブアカインド』!」
(早くなさい!さすがにあのスペルは防ぎきれないわ!)
さとりの体が四人に分裂する。咲夜を取り囲むべく四人のさとりはすぐさま移動を開始する。ここに留まっていてはならない。こっちが取り囲んでしまえば、向こうも攻撃できない。早く。早く。
しかし。運命の悪魔が微笑む相手は咲夜ただ一人。すでに五枚目と六枚目のカードを灰に変え、最後のカードは彩りと光を放っていた。
「間にあえっ!」
「……『デフレーションワールド』……これで……完成……」
「っ!!」
さとりは恐怖した。右目と左目、そして胸にある第三の目は、咲夜の真っ赤な瞳を捉えていた。心の中で展開される弾幕はさとりの手に負えるものではない。散開途中だった分身たちを集合させ、来るべき攻撃に備えた。
「結界『咲夜の領域』」
スペルが宣言される。咲夜の頭の中では、不敵に笑う八雲紫の姿が浮かんでいた。
一切の予備動作なく現れたナイフの束は、さとりを完全に取り囲み、周囲の空間を完膚なきまでに制圧していた。さらに、球状に展開されたナイフの中では、数本のナイフが旋回しつつ、軌道上に大量のナイフを設置していった。滑るように空中を這うナイフが動くたび、存在するはずもない新たなナイフをまったくの無から生み出していく。その様は、紫の放つ『弾幕結界』を思い起こさせた。本来ならば不可能な芸当だが、咲夜の『デフレーションワールド』が不可能を可能にしていた。
『デフレーションワールド』。短期間の過去と未来の時間を圧縮し、現在の時間に引き寄せてしまう。ナイフが体験するであろう未来、そしてナイフが体験した過去。それらがまったく同じ一つの時間に収まった結果、ナイフの分裂現象が起こるのである。この現象を利用すれば事実上無制限にナイフが増やせるが、一歩間違えれば時空間を歪ませかねない繊細なスペル。膨大な集中力が必要であり、恐ろしいまでに燃費が悪かった。
『インフレーションスフィア』のナイフがさとりへ動き、外周近くに設置されたナイフが『デフレーションワールド』によって生み出されたナイフを弾き、さらに周囲のナイフへと連動してぶつかりあい、複雑な軌道を描きながらさとりへと殺到した。
四人に分かれた利点を生かし、四方八方に向けて濃密な弾幕を展開して相殺を試みるさとり。だが、咲夜のナイフは止まることを知らない。撃ち落とせど撃ち落とせど、新たなナイフが生み出され、再びさとりへと襲いかかる。
「あっ!」
「くっ、まず……痛っ!」
一体、また一体と、防ぎきれなかったナイフが突き刺さっていく。スペルの維持ももうすぐ時間を迎えてしまう。限界だった。さとりは分身三体を取り囲ませ、盾にした。瞬間。全てのナイフがさとりへと殺到した。ナイフとナイフがぶつかる金属音が地霊殿にこだまし、床には数え切れないほどのナイフが転がっていた。やがて大量のナイフを体に生やしたさとりは、そのまま床に墜落した。激しい音をたてて散らばるナイフ。
「ではお嬢様。とどめをどうぞ」
(うむ、くるしゅうない)
レミリアは三本の槍を生み出し、さとりが墜落した場所に向けて放った。槍が三方から突き刺さると、さとりを守っていた三体の分身は煙とともに消え、分身に突き刺さっていたナイフが周囲にばらまかれた。体中に浅い切り傷や刺し傷を作ったさとりは、乱れた髪を直しながらゆっくり立ち上がった。
「降参だわ。ここまで恐ろしい地上の人間は初めてよ」
(なんだ、てんで弱いじゃん。本気出す必要なかったんじゃない?)
「いやあ、相手が戦い慣れしてないのは一目瞭然だったんですけど、なんだかお嬢様がたと本気で戦ってるような気分になっちゃいまして。ついつい盛り上がっちゃいました」
(戦い慣れしてないって、どうして分かったの?)
「動きなんかでだいたい分かりますよ。相手の表情や仕草を観察して、それを判断材料にして戦いやお仕事に活かすのです。お嬢様の機嫌に合わせてお茶の葉やお菓子を選んだり、部下の体調とかやる気を見てお仕事を割り振ったりするのですよ。これも一種の心眼ってやつですかね」
(それにしちゃ、けっこう私の思い通りに動いてくれないけどね)
「100%じゃないのであしからず。
さて、さくっと間欠泉と怨霊を止めて、そしてこの館を明け渡してもらおうかしら?」
(咲夜さん、間欠泉は止めちゃだめですよ)
「間欠泉も怨霊も、私の手ではどうにもできません。管理はすべてペットに任せているので」
「ペット?さっきの黒猫ね」
「怨霊はその黒猫、お燐が、間欠泉は別のペットのお空が管理しているのです」
「あらま。まだ二人も残っていたの。てっきりそのお燐が黒幕と思ってたのに……」
(えー!貴方、ラスボスって言ってじゃない!)
「ここで貴方がたを倒せば、事実私がラスボスでしょう?ここで終わらせるつもりだったのよ」
(だ、だまされた!しかも通過点扱いって何よ!私と咲夜のコンビで華麗に解決して自慢する予定だったのに!よし咲夜、ぶっ殺せ!)
「そんな物騒な。まだどこに行くのか聞いてませんってば……おっと、いい案が浮かびましたよ」
さとりが咲夜の心を読むと、彼女は驚いた表情で見返した。
「『今日のおゆはんは──』」
「しー。秘密なので口に出さないで」
「あら、分かりましたわ。それくらいならお安いご用。では、中庭へ案内しますわ。道なりに進めば、地底最深部へたどり着きます。そこにお空とお燐がいるはずです……『そしてお屋敷は私たちのもの』?だから、この館はだめですって」
「仕方ないわね。その件は後にしますか」
(咲夜、何を企んでるの?)
「内緒ですわお嬢様。後のお楽しみということで」
(もう、咲夜まで。ウチの部下はいつからこうも反抗的になったのかしら)
(季節外れの反抗期ですかねえ。咲夜さんは時間をいじくってるし、へんぴな時期に来てもおかしくありません)
「お嬢様、どうぞ」
(こちょこちょこちょこちょ~)
(あーっはっはっはっはっはっ!!おじょうさま、やめてぇー!!)
「……しかし、ナイフが補充できたのはいいんだけど、ちょっと力を使いすぎたかな。のんびりしたいわねえ」
Stage 5 昔時の業火(灼熱地獄跡)
熱気が下方から押し寄せる。動いていなくても汗がじわりとにじみ出てしまう。咲夜は額の汗をぬぐいながら、前方に群がる怨霊たちと対峙していた。しかし、怨霊たちはなかなか攻撃する気配を見せず、ただぼんやりと浮かんでいることも多かった。時々意を決したように怨霊が果敢に攻撃を仕掛けるが、オーブから放たれる笏により、全て浄化されていった。
(私たちの前に立ちふさがるとはいい度胸です!被告、前方!汝ら有罪なり!判決、死刑!執行っ!執行っ!執行っ!執行っ!)
四季映姫・ヤマザナドゥが叫ぶたびに怨霊が消滅していく。怨霊だけではない。迎撃用の陰陽球さえも笏に貫かれて沈黙していく。並の敵ではもはや咲夜たちの障害にもならなかった。事実、灼熱地獄跡に入ってから、正確には四季映姫がサポートに入った時から、咲夜は一本のナイフも投げていない。
「……勇ましいですわ」
(お酒が入って容赦なくなった映姫様は無敵さね)
まったく気合いの入っていない呑気な声で小野塚小町は答えた。
「ちょっと容赦なさすぎるような気がしないでもないけど……」
(さあ、お次は誰が死刑になりたいですか?この四季映姫ヤマザナドゥから逃げられると思うな!私の鏡は貴様らの悪事すべてを見通しますよ!)
「いいんですか?思いっきり個人で裁いてますけど」
(仮にも地獄に住む連中だ、ちょっとぐらいの荒事でも大丈夫だろ。一応緊急事態なんだし、気にしないでいいと思うよ)
「……ま、楽ちんだからいいか」
縦横無尽に弾幕を展開する四季映姫だったが、一列に並んだ怨霊をレーザーで薙ぎ払うと、やがて敵は完全に沈黙してしまった。
(しかしまあ、見事に復活してるねえ、この灼熱地獄。こんな活気ある旧地獄はひさしぶりだよ。懐かしいなあ。たまに仕事を抜け出してよく温泉につかってたっけ)
「貴方のサボり癖は年季が入ってそうね」
(まったくもってその通り。小町の仕事っぷりは昔からまるでなっちゃいないわ。それはもう、万死に値するほどに)
(なにをおっしゃいますか。映姫様だって昔っから温泉大好きじゃないですか。ここが廃止される前は、隙あらば温泉に入ってたくせに。今回だって、ばっちりお風呂セットまで用意してさあ)
(私は貴方と違って、ちゃんと公休を取ってから入ってたわよ。
……悪いですか?閻魔がお風呂好きで?)
「いえちっとも……また猫発見」
(よし死刑!)
空中を飛び跳ねるようにして現れた猫に向かって、警告はおろか会話も無しに映姫はレーザーを撃ち放つ。しかし、猫はステップでこれを避け、一声鳴いてから、口にくわえたスペルカードを発動した。軽やかに空中を駆けつつ、大量の弾を投下していく。
「猫がスペルカードを使うなんて。初めて……でもないか。化け猫がいたっけね」
飛び交う大量の弾幕を避けながらも、咲夜は攻撃しようとはしなかった。優秀な全自動砲台もあるし、下が溶岩なので、避けられては回収できなくなってしまう。たかが猫。ナイフがもったいない。
(ちょこまかと……黙って裁きを受け入れなさい!)
「将来この人に見てもらうと思うと、少々不安ですわ」
(貴方はまだまだ日頃の行いをさらに是正する必要がある。もっと精進して他人に優しく務めなさい)
「相変わらずの地獄耳ねえ」
猫は映姫の攻撃を器用に避けつつ、ちらちらと咲夜の顔をうかがっていた。遊んでもらいたくて仕方がないようだった。
「仕方ないなあ、ほら」
(おおっと?)
「死刑はもちょっと後にしておいてくださいね」
このまま続けていても時間の無駄と判断した咲夜は、オーブの向きを変えて、猫を攻撃対象から外した。そして近接用のナイフを片手に、ゆらゆらと揺り動かす。
「ほれほれ猫じゃらしですよ~。じゃれつけ~」
(そんな危険だらけの猫じゃらしに飛びつく馬鹿がどこにいますか。猫寄せならマタタビが一番です……む)
突如黒猫の全身から光が放たれる。光は膨張し、変形して、やがて猫から人の形になった。変形が終わると光は消え、変化した人型の妖怪が現れた。
「じゃんじゃじゃーん!そんな馬鹿な猫も世の中にはいるのです!」
(なんと、火車ですか!)
(おお、これまた懐かしい妖怪に会ったもんだ)
「お知り合いですか?」
(うんにゃ、こいつは知らん。あたいは船頭だからね、こっちにゃ温泉以外の接点はあんまりないよ。こいつとは別の火車を遠目で何度か見かけただけさ)
「んー?お姉さん、さっきと違う人としゃべってる?ま、誰でもいいや。ずいぶん楽しくなさそうだから、あたいと一緒に遊んで気分転換しようよ」
「遊びねえ。あんまり気が進まないわね」
(そこの火車!火焔猫燐!)
「うひゃ!?なんだか聞き覚えのあるお声!誰だい、あたいのフルネームを呼ぶ奴は!あたいのことはお燐と呼びな!」
(私は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の死者を裁く閻魔です)
不機嫌な燐の声など気にも留めず、映姫は威風堂々に語り、
(ちなみにあたいは映姫様の部下、死神の小野塚小町。よろしくな)
ちゃっかりとフレンドリーに小町が自己紹介し、
「そして私こそが紅魔館のメイド長、十六夜咲夜なのです」
最後に、えっへん、と咲夜は胸を張った。
「最後の人が一番偉くないのに、一番偉そうに聞こえる不思議。それにしても、閻魔様だって?お姉さん、えらいもん引っ張ってきたね」
(怨霊を操ると聞いてもしやと思いましたが、犯人は貴方でしたか)
「嫌な予感するなあ」
(観念して説教されな。口うるさいが、ありがたいことにゃ変わりはない)
「うひー!」
(友人の異変を心配して地上に助けを求めるは大いに結構。しかし、一切の報告も連絡も相談もなしに怨霊を地上に送るとは何事か。地上の人間や妖怪が多いに混乱しているではないか。頼れる者がいるなら必ず話をしなければならない。それがたとえ苦手な人物としても。貴方は少し自分勝手すぎる)
「なんと耳が痛くなるお言葉」
(もっと他人を信用なさい。このままでは、いずれ友人からも嫌われて孤独になってしまいますよ)
「いやこれが難しい問題なんですよ……」
(まだまだほんの序の口です。貴方のご主人以上に、私への隠し事はできませんよ。貴方の性格と行動には少々問題が多すぎる。もっと───)
「ああもう、説教は一つで十分ですってば。お姉さんも何とか言って止めてあげてよ」
「閻魔様。人の話を聞こうとしない不届き者ですわ。天罰てきめんですね」
(よろしい、ならば死刑だ!)
嬉しさに満ちた声とともに、大量の笏弾が弾き出された。
「ひええ、最近の閻魔様はなんてバイオレンスなんでしょ!」
「あれよ、いめちぇんってやつなの」
「へー。閻魔様もずいぶん個性的になったもんだね」
(……閻魔の前で嘘をつくとはいい度胸です……よろしい、二人ともそこに直れ!まとめて裁いて、その舌を引っこ抜いてくれる!)
「……ジョークだったのに」
咲夜に対しても攻撃を加えようとする映姫だったが、咲夜はオーブを傾け、笏弾をあさっての方向へ流してしまった。いくら閻魔といえど、使用者優先のルールを破ることはできない。
(こら、元に戻しなさい!)
「……うん、よし」
咲夜はもう片方の手にも近接ナイフを握り、完全な臨戦態勢へ移った。
「おや?さっきまでやる気がなかったのに、どういう風の吹きまわし?」
「ここで貴方をやっつければ、この閻魔様は引っこむから。これ以上説教を聞きながら戦いたくないの」
「なっるほど、頭いいね。でももっといい方法があるよ。お姉さんを死体にして、その小うるさい球をポイするだけだよ!」
燐は後退し、懐から人型の紙をばらまいた。空中を漂った後、紙を媒介にして小さな妖精らしき者が現れる。
(式神ですか)
「すごく簡単なやつだけどね。さあ、あいつらをやっつけな!」
(ふん、ただ怨霊を憑かせただけじゃないですか。こんなもの、まとめて始末してくれる)
「完全に悪役のせりふになってますわ」
壁のように設置された式神に向けて笏弾を大量にばらまく。式神は避けようともせず、ただ映姫の弾を体を張って受け止めただけだった。笏をくらった式神は、力無く空中にぶら下がったままだった。どうやら壁にしているだけのようだ。すかさず咲夜は背後の笏を避けながら接近を開始した。
「あらー。いいのかい、迂闊に飛び込んで」
迫る咲夜に対し、燐はスペルカードを掲げた。
「呪精『ゾンビフェアリー』」
咲夜の背後で青白い炎が灯る。無力化したと思われた式神が肉体の形を持った怨霊と化し、咲夜へと襲いかかった。銀のナイフで薙ぎ払おうとするが、はたと気づいて中断し、上方に飛び上がってナイフを投げた。怨霊の額にナイフが突き刺さった瞬間、その怨霊は弾けて咲夜へと弾を吐き出した。
「いい勘してるね!そいつらは元々妖精だった者が怨霊になったものさ。迂闊に手を出したら火傷じゃ済まされな───」
燐の言葉は後に続かなかった。映姫が放ったレーザーが、怨霊全てを薙ぎ払ってしまったから。弾けたエネルギーのすべてが咲夜へと襲いかかる。
「おっとっと」
「ちょっと閻魔様、人の話は最後まで聞きなって。あんたのパートナーがピンチになってるよ」
(問答無用!視界に入った者は皆死刑です!)
「ごめんなさいね。今彼女はへべれけなの」
「へえ、いいなあ。お酒はべろんべろんになるまで飲むのが一番気持ちいいと思うんだ」
(そのぶん後が最悪だけどねえ。でもやめられないとまらないのがお酒の魔力)
「そうそう、その通り!死神さんは話が合いそうだねぇ」
(職業柄、酒以外はちと遠慮願いたいがね)
和気あいあいとした和やかな会話。しかし現状は、映姫による弾幕と怨霊による誘導爆弾、そして燐自身が放つ咲夜への弾幕という、下手をすれば死と隣り合わせの戦場であった。
怨霊は、何度も笏が当たろうとも、ナイフに貫かれようとも、そのたびに復活して咲夜へと迫った。迎撃はなるべく映姫に任せ、必要最低限の対処をしながら燐から遠ざかっていく。
「何度倒したって無駄無駄。早くも楽しい死体の時間かな?」
「悪いけど、永遠にやってこないわよ、そんな時間」
その言葉を皮切りに咲夜の姿が消える。怨霊はおろか、燐や映姫さえもその姿を見失っていた。
「……下っ!」
「正解」
敏感に気配を察知した燐が飛びあがる。時間を止めて瞬間移動した咲夜だったが、そのナイフは宙を切っただけにすぎなかった。すかさず追いかけて二対のナイフを閃かせる。燐はこれを猫特有の反射神経と動体視力で避けきり、隙を見て自慢の死体車を振り回した。中身は空だが、重量は十分。片腕で軽々と振り回す怪力で殴られれば、人間の咲夜はひとたまりもないだろう。たまらずに後退した。
「やけに接近戦にこだわるねえ。スペルカードルールは弾幕が華なのにさあ」
「貴方のご主人さまと少しはしゃぎすぎちゃったし、ここでナイフを投げると回収できなくなるからね。今は省エネモードなの」
「なるほど。さっきから見てたけど、やっぱお姉さんは賢いね。先のことをちゃんと考えて戦ってるんだもの」
死体車を肩に担ぐと、もう片方の手の爪を伸ばした。
「でも、その賢さがかえって死を早める場合もあるよ。もちろん大歓迎だけどね」
『ゾンビフェアリー』のスペルカードの効果が切れ、灰になった。妖精の怨霊は灰とともに霧散した。すぐさま別のカードを取り出して宣言する。
「恨霊『スプリーンイーター』。さあ食事の時間だよ。餌は新鮮な人肉さ!」
六体の怨霊が咲夜を取り囲む。怨霊は熱を発しながら咲夜へ突撃を仕掛けた。しかし、大量の笏弾が怨霊を貫き、破裂させる。
(喰うなら死体にしてからにしなさい!)
「閻魔様、そのままこの怨霊たちを死刑にしまくっちゃってください。まだまだ出てくると思うので」
(言われるまでも無いです。貴方達を含めて全員逃がしません。徹底的に死刑にしてあげるのですから!)
普段より難儀な性格になってしまった映姫だが、うまく誘導すれば頼もしい味方だった。
「まだまだ怨霊は沸き続けるよ!」
「ならば元を断つまで」
怨霊の熱弾をかわしながら、再び接近を試みる。燐がにやりと笑うと、死体車が青い炎に包まれた。
「私も接近戦は嫌いじゃないのさ!」
「……やれやれ。お気楽に行きたいところなんだけど」
燐もまた飛び出した。そして、咲夜の間合いの外から、右手の死体車を脳天へ振り下ろした。炎をまとった死体車が咲夜の髪を掠めて焦がす。横に回転しながら紙一重で避け、隙だらけの右から逆手のナイフで突きにかかる。しかし、相手は人間ではない。妖怪変化の火車である。死体車を手放して、瞬時に猫に変化し、咲夜の攻撃をかわしたのだった。
「!!」
確実に捉えた攻撃がかわされ、思わずバランスを崩す咲夜。
死体車は落下せずに、猫となった燐の傍を離れない。すぐさま元の姿に戻った燐は、振り下ろされた死体車を再びつかみ取り、勢いをそのまま利用して一回転し、無防備な背中を見せる咲夜へと振り下ろした。
回避は間に合わない。時間を止めている余裕もない。だが、それは世界全体での話。一部分の空間の時間を操作するだけなら瞬時にできる。
左手に持ったナイフを後ろ手で放りつつ、空中に固定させた。衝突する死体車と銀のナイフ。普通なら、死体車に比べたらまるでちっぽけなナイフなどすぐに弾き飛ばされてしまうのが常識だが、現実は違った。ナイフは死体車の一撃を軽々と受け止め、逆にはじき返してしまった。
「うそ!?」
その間にも咲夜は攻撃へと転じている。回転の勢いを殺さぬまま、右手のナイフを垂直に打ち上げるように切りつけた。慌てて爪で受け止め、逆の手で咲夜を引っ掻きにかかるも、咲夜は小さなナイフを空中に固定されたままのナイフに当て、手元に引き戻してキャッチすると、燐の爪をそのナイフで防いだ。
「な……なに、今の!」
「あのナイフの時間を空間ごと止めただけ。ナイフは弾き飛ばせても、さすがに時間は弾き飛ばせないでしょ。だからこんなこともできる」
今度は咲夜がにやりと笑うと、手に持っていた二本のナイフを手放した。ナイフは二本とも空中に固定されていた。いそいで退避しようとした燐だったが、爪がナイフにくっついて離れない。ナイフの周囲の時間が固定されているためだった。
「げげ!!」
燐が驚愕している間に、咲夜は三本目の近接ナイフを抜き放ち、両手のふさがったままの燐に向けて切りつけようとしていた。爪を引っ込めることもできない燐は、仕方なく力任せに爪を折り取ると、猫に変化し、全速力で後退した。途中で人型に戻り、空中に放り投げられた死体車を回収する。
「あいたたたぁ~」
折れてしまった爪をぺろぺろと舐めている間に、『スプリーンイーター』の効果が切れ、カードは灰になった。対象となった怨霊が消えた瞬間、咲夜と燐へ笏の弾幕が容赦なく降りそそいだ。
「うみゃぁ!」
「おっとっと。今度こそ本当に前門の虎と後門の狼ね」
(ええい、いい加減当たりなさい!喧嘩両成敗です!)
「言ってることが無茶苦茶すぎだよ~」
「黙らせたいけど、貴重な攻撃要員なのよねえ。小町さん、なんとかなりません?」
(嫌だね。あたいも映姫様も、あんたのお帰りに賭けてるし。映姫様を黙らせたけりゃ、メイドもそこ火車も、とっととやっつけちまうか、とっととやられちまうかのどっちかだよ)
「なんだ、結局はお姉さんをやっつければいいのか。よーし、がんばるかー!」
「どいつもこいつも敵ばっかり。嫌になっちゃうわ」
(さささ、映姫様、がんがんやっちゃってくだせえ)
(ふふふ、燃えてきたわよ小町……どう、先にどっちを落とすか二人で賭けない?)
(んじゃあたいはメイドで。勝ったら今度のお休みにどっか連れてってくださいね)
(分かったわ小町、女と女の約束よ。では公正公平、二人仲好く、潔く死ね!)
小町の言葉を糧に、映姫の攻撃が激しさを増した。オーブの向こう、映姫の目はもはや完全に据わっており、正気はまるで残っていなかった。しかし、賭けの内容に関わらず、弾幕を均等にばらまいているあたり、やっぱり四季映姫は閻魔だった。咲夜、燐、映姫。もはや完全に三つ巴の戦いとなっていた。
「やりにくいなあ。ま、そこんとこは巫女や魔法使いもいっしょだったね。まとめて地獄に放り込む!贖罪『旧地獄の針山』!」
スペルを唱えた瞬間、咲夜と映姫の周囲を小さな炎が取り囲んだ。密集した炎の群れが咲夜の動きを拘束する、熱がじりじりと肌を焦がしていく。
「いくら時を止められても、空間に固定された炎を避けるのは無理でしょ。逝ってこい、怨霊ども!」
怨霊の群れ、そして映姫の笏。二方向から同時に攻撃をされ、反撃はおろか、回避を続けることさえ困難になっていた。スペルを破ろうと燐にナイフを投げようとするが、炎によって阻まれ、思うように狙いが定まらない。
「これはちょっとまずいわね……」
映姫との距離は最大限に離しているとはいえ、閻魔の攻撃に長時間耐えれるものではない。こちらでオーブを操作している余裕もない。それ以上に、爆発する性質を持った怨霊を大量に飛ばしていくる燐の攻撃はもっと危険だった。
「熱っ!」
背中が焼けるような痛みを放つ。炎が咲夜の背中に張り付いて服と皮膚を焦がしていた。突然の痛みに思わず動きを止めてしまう。
「お姉さんの死体ゲットだぜ!」
(好機!死刑の時間よ、メイド!)
右方に笏。左方に怨霊。そして四方八方には炎。どこにも逃げ道はなかった。頼みの綱である『パーフェクトスクウェア』を放ってしのいだところで、逃げ道が塞がれていることに変わりはない。『プライベートスクウェア』で時間を遅延させたとしても、身を隠すスペースがない。もはや時間操作のスペルでは打開策にならない状況だった。
腹をくくるしかない。咲夜は奥歯をかみしめながら、カードと二本の近接ナイフを取り出し、映姫の笏へと身を躍らせた。瞳が赤に染まっていく。
「『インスクライブレッドソウル』!」
カードが光ると同時に、咲夜は二本のナイフを振るった。高速で閃くナイフは、咲夜の前方に斬撃による壁を作り出していた。そのまま笏が飛び交う空間へ飛び込み、迫る笏を叩き落としていく。落とし損ねた笏が咲夜の体を掠めていくが、構いもせずに腕を振るい続けた。
やがて、怨霊の集団と落とせなかった笏が接触し、爆発を起こす。爆風によって飛ばされた笏が周囲に散らばり、壁一面に突き刺さった。
「やったね♪さっそく死体を回収させてもらいましょぉおお!?」
燐の鼻先を笏が掠めた。さらに飛び交う笏弾を見切ってかわしていく。
(ちっ、反応がいいわね……小町、貴方の能力で動きを封じなさい)
(いやいや映姫様、あたいの能力はそんな都合のいいもんじゃないですし、さすがにつまらんでしょ、それ)
(まあ、私に逆らうとはいい度胸ね。貴方は誰の味方なの?)
(楽しいことの味方ですね、はい)
「しつこいなあ閻魔様も。パートナーがやられちゃったんだし……ん?」
燐は爆発した方向へ向いた。案の定、そこにメイドの姿はなく。代わりに胸の寸前まで迫った銀の刃と、上方から掻き切ろうとする傷だらけの咲夜の姿があった。タイミングは全く同時。二つの刃が燐に迫る。燐は瞬時に猫へ変化し、咲夜の一撃をかわして、胸に飛んできたナイフを尻尾ではたき落とした。すぐさま元の姿に戻って変化した後、新たに爪を伸ばして咲夜へ振るった。
咲夜は逆さまの状態で回転しながら、右手のナイフ一本で二つの爪を弾き飛ばす。残った左手で数本の投擲用のナイフを目前に設置し、下から振り上げられた死体車の盾とした。渾身の一撃はナイフを弾き飛ばすことなく阻まれ、逆に根元まで突き刺さって破損させる結果となった。
「あたいの死体車が!よくもやったね!『死灰復燃』!」
空中で突き刺さった死体車を力任せに引き抜き、スペルカードを発動させた。今までにない数の怨霊が咲夜を取り囲む。今まではただ追いかけてくるだけだった怨霊が、今度は弾幕を張りながら、ゆっくりと咲夜へ近づいていく。
しかし、咲夜は怨霊をまったく眼中に置かなかった。迫る怨霊と弾幕よりも、燐への攻撃を最優先に行動していた。殺られる前に全力かつ最速で葬る。一途の判断が、咲夜の行動をより迅速なものにしていた。
咲夜は大量のナイフを燐の周囲に配置し、完全に固定させた。ただし、刃はすべて外を向いており、数本のナイフが束になって浮かんでいる状態である。
「もう逃がさない」
そのうちの一束に足をのせる。束になったナイフのグリップが足場の役割を果たしていた。そして、設置された足場を利用し、跳躍した。その加速はただ飛ぶだけよりもはるかに速い。両腕を交差させて力任せに薙いだ。しかし、ナイフは死体車によって防がれてしまう。ナイフごしに伝わる熱が咲夜の指を焼くが、咲夜のナイフはまったく止まる気配を見せない。
「熱くないの!?」
「熱いわよ」
事もなしに言いながら、背後の怨霊へナイフを投げてけん制しつつ、死体車ごと燐を蹴りつけた。みしりと嫌な音を立てる死体車。そのまま死体車を踏み台にして跳躍し、固まったままのナイフの束に足を乗せる。
「火はいつもお料理でつかってるからね。あんまり怖くないの」
既に咲夜の表情から笑顔は消えていた。もはや余力を残して戦える状況ではないことが、赤に染まったままの瞳で燐をにらむ咲夜からうかがえた。
背後から怨霊が攻撃を仕掛ける。咲夜は足元のナイフの時間停止を解除して落下すると、空中に散らばったナイフを回収し、目視もなしで背後の怨霊たちへ投げつけ、沈黙させた。別のナイフへ足を乗せる咲夜。
「ちょっとお姉さん、勘が良すぎだよ!」
「勘じゃない。ちゃんと計算してるわ」
怨霊の動きが遅く、また弾幕は厚いが弾に速さがない。怨霊の位置を予測するには十分だった。
燐は生唾を飲み込んだ。気付かない間に震えている。ただ、恐怖からの震えではなかった。全く逆の感情。それは咲夜の冷静かつ大胆な動きに魅了された感動による興奮からだった。
「なんて痺れる動きなのかしら。あたいもお姉さんのものまねしてよっと」
燐は、怨霊の数をさらに増やし、その怨霊たちを自分の近くに呼び寄せて配置した。怨霊に足を乗せる。
「じゃじゃーん。完成!高速型お燐!」
「手にはくっつけないの?」
「高速型に無駄な飾りはいらんのですよ」
怨霊の上で跳ねまわる燐もまた、加速のための足場を手に入れたのだった。
「ふふふ……楽しいなあ」
今までにない怨霊の使いかた。もしこの人間に出会っていなかったら、思いもつかなかった方法だ。もっとこの人間と戦ってみたい。そうすれば、もっと自分は成長できるかもしれない。もっと面白い弾幕を思いつくかもしれない。燐はかつてない興奮を体感していた。
閻魔は怨霊の始末に気を取られている。正真正銘、二度目の決闘。もうスペルなんて小細工は閻魔に向けておけばいい。真正面からぶつかって、正々堂々と倒してから死体車に詰め込みたかった。
「それじゃあ、生まれ変わったお燐をとくとご覧あれ!とうっ!」
「!」
燐が跳躍する。その速さは今までの比ではなく、咲夜の予想を超える加速を見せていた。
怨霊は燐の意思により自由に動かせる。怨霊の移動方向に跳躍することにより、自身の足のばねに加え、怨霊の加速を加えることにより、より強い加速を手に入れたのだった。さらに、怨霊を自由に配置できるぶん、咲夜のナイフよりもはるかに高い柔軟性を秘めていた。怨霊から放たれる遠距離射撃のサポートもある。燐の優位は絶対的なものとなっていた。
「そいやぁ!」
加速の力を利用して死体車を振るう。難なく避けられるが、生まれた隙を二つの爪が追いかける。すれ違いざまに服ごと咲夜の肌を切り裂いた。上下左右、四方八方を飛び回っては咲夜を切り裂きにかかる。
空中の挙動にますます磨きがかかり、相手の動きを捉えきれない咲夜。自分の反応を越えつつある動きに対し、咲夜は自分の周囲にナイフを回転させて設置した。周期的に回転するナイフが壁となり、燐の接近を阻む。
しかし燐は学習していた。咲夜が反応しきれない動きをすれば、厄介な時間操作はできないと。事実、戦法を切り替えてから時間停止による攻撃は受けていない。つまり。咲夜の周囲に回るナイフに自分の一撃を阻む脅威はない。
「そんなもの!」
「!」
燐は両手の爪を構えて突進した。同時に咲夜の背後へ、回転しつつ投げつけられた死体車が迫っていた。一時的に怨霊へ預けておいた死体車を投げさせたのだった。咲夜がナイフの隙間から上に飛んで脱出すると、死体車は回転するナイフを弾き飛ばした。そのまま死体車を回収し、咲夜が浮かぶ方へ向かい、おもいきり叩きつけた。かろうじで避けられるものの、片方の近接ナイフを弾き飛ばすことに成功する。
「っ!」
「この調子で!」
爪と死体車による波状攻撃を得て活気づく燐と、忍び寄る怨霊との対応に追われる咲夜へかかる負担は大きく、投擲用のナイフは徐々に数を減らし、近接用のナイフに至っては、すでに右手の一本を残すのみとなってしまった。やがて、燐の一撃が右手に握られていた最後の一本を弾き飛ばした。
「しまった!!」
「しぶとかったけど、これでホントに終わり!」
燐が勝利を確信して笑ったとき、咲夜もまた勝利を確信して笑った。振り下ろされる死体車に対し、咲夜は右手に持った“近接用のナイフ”を突き立て、空間に固定した。
「なんちゃって」
「えっ!?」
弾き飛ばされたはずのナイフが戻っている。ありえない事態に燐は驚いた。
燐が驚いている隙に、咲夜は燐の周囲をナイフで固め、動きを完全に封じていた。全方位をナイフに封じられ、燐はどうすることもできない。
「どこに隠し持ってたのさ!?」
「隠してない。回収しただけ」
本格的な時間逆行は不可能だが、物体の移動ぐらいなら可能である。弾き飛ばされるナイフに時間逆行をかけておけば、弾き飛ばされたナイフは元の位置に戻るため、回収が可能なのである。わざと弾き飛ばされて、戻ってくるナイフを燐の死角から受け取ったのだった。
「……お姉さん、これどかさない?」
「自力で何とかしてね。ではごきげんよう」
「ん?」
咲夜はにっこりと微笑んで、とどめをささないままに瞬間移動した。その瞬間。燐の視界は光に染まった。
「にぎゃぁあーっ!!」
閃光は、周囲に群がっていた怨霊ごと燐を貫いた。四季映姫の『ラストジャッジメント』。このスペルの直撃を受けて五体満足な者はおそらくいないだろう。もっとも、オーブ越しだったためか、威力は本人が直接放つものよりも数段劣るものだったが。
(やりましたよ映姫様。直撃です。お見事)
(ふふふ、この四季映姫を侮るからこういう目に遭うのよ。さあ、今度はあの小生意気なメイドの処刑を続行するわよ)
「続行すなこのバカ閻魔」
(きゃああああ!目が回るぅ!?)
映姫の攻撃を避けた咲夜は、オーブをぐるぐると回して映姫の視界を揺さぶった。
「貴方のおかげで本気で死にそうだったわ。覚悟はできてるんでしょうね」
(き、気持ち悪い……めまいがするぅ……こ、こら、閻魔に向かってなんたる───)
「やかましい」
(んきゃあうあうあう!?)
今度は上下にがくがくと揺さぶった。実際に揺さぶられていないとはいえ、泥酔している映姫へのダメージは深刻だ。
「ごめんなさいって謝ったら許してあげる」
(ご、ごめんなさい!う……吐きそう……)
涙声の映姫に対し、咲夜の極上の笑顔で答えた。
「やなこった」
(回転止めてー!メイドを止めてー!)
さらに回転を増やす。やがて目を回した映姫の倒れる音がオーブ越しに聞こえてくるまで、咲夜はオーブを揺さぶり続けたのだった。
「あー、すっきりした。後が怖いし、これくらいで許しておいたほうが無難ね」
映姫のあられもない姿を想像して、咲夜は満足げに何度も頷いた。残りの一人もおしおきしなくては。
(いやー、あんた度胸あるねえ。映姫様が人間に謝るなんて、ほんと珍しい)
「くるくるくる~」
(必殺目隠しバリヤー)
「やるわね。貴方は帰ってからとっちめることにしよう。
……というか、最初からこうして眠ってもらえばよかったのか。暇な誰かに代わってもらえたかもしれないし」
「あいたたた……いやあ、お姉さん凄い!もうあたい感動して涙が止まらないね!」
「泣いてないじゃないの」
「泣いてる泣いてる。よよよ」
瓦礫をかきわけて壁の中から燐が現れた。自慢だった死体車は、映姫の『ラストジャッジメント』によってばらばらになり、もはや原形をとどめていなかった。
「あちゃー。お気に入りだったのに。まいっか、また新しいのを使えばいいかな」
「そういえば、貴方が地上に怨霊を送りつけているのよね?今すぐ止めてもらいたいんだけど」
「そいつはまだだめだよ。お姉さんにはあいつをちょいととっちめてもらわないとね」
「あいつ……もう一匹のペットさんね」
「あたいたちは怨霊や魑魅魍魎を飲み込んで力をつけるんだけど、あいつは神様の力を飲み込んじゃってねえ。最近めきめき力をつけちゃったもんだから、そりゃもう大変で大変で」
「神様ねえ。私が知ってる神様もろくな奴がいないわね。サボリ魔な死神とか」
(ふぇっくしっ。うわさされちった)
「そゆわけだから、お姉さん、あいつに殺されないように頑張ってね。お姉さん強いけど、あいつはもっと強いからね。もし殺されちゃったら、あたいがおにゅーの車で運んであげるからさ」
(こいつに死体さらわれると怨霊になっちまうからね。がんばって生き残ってきな)
「もちろん生きて帰るに決まってるけど、次の方はしらふでお願いね。もう酔っ払いはこりごりだわ」
Stage 6 荒々しき二つ目の太陽(地底都市最深部)
熱い。
地底都市の最深部。見渡す限りの灼熱溶岩の広間は、もはや暑さを通り越して熱さが充満していた。一呼吸する度に肺が焼けるような感覚を覚えてしまう。先ほど巻いた包帯は、すでに汗でしめって意味を成さなかった。汗が傷口から染みて、じりじりとした痛みを咲夜に与えていた。もしオーブの温度調節機能が無かったら、すでにあの世へ送られているかもしれない。
「……何か涼しくなるような話題はありませんか?」
(セオリーに乗っ取って、怪談でも話してみる?)
「怪談の類で涼しくなったためしはありませんね」
(目が覚めたら目の前に台所のアレがいたとか、財布や金庫を開けたら空っぽだったとか)
「あ、涼しくなりました、ものすごく涼しくなりました。背中がぞくぞくしてます。もう最悪のセンスですわ」
体を震わせる咲夜を見て、八意永琳は優しく微笑んだ。
(そういえば新しく開発した胡蝶夢丸ナイトメアを試し忘れてたわ。ウドンゲ~)
(本気で勘弁してください師匠……ちょうどそこに失神した閻魔様がいますよ?)
(あらあら。じゃあ、今動けないから、飲ませるのはウドンゲにお願いしようかしら)
(……ハッ!?謀りましたね!?)
(何のことやら)
「熱くなってきたところですみません、敵きました。カラスです。わんさか来ました」
溶岩の上にも関わらず、どこからともなく生身のままのカラスが現れ、躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。
羽毛に覆われているくせに熱くないのだろうか?咲夜はぼんやりと考えつつナイフを投げ、永琳もまた続いて攻撃を開始した。
(そうそう、そういえばさっき土蜘蛛に会ったわよね?帰りでいいから連れてきてくれない?ウイルスのサンプルを採取したいの)
ナイフが正面の一匹に命中する。そのすぐ後に永琳の放った光弾が周囲の四匹を撃墜する。
「またそんなもの集めて。何を企んでいるのですか?里にばらまいてお薬代をせしめる気かしら」
近接ナイフを掲げて突進する間、展開される弾幕を縫うようにして永琳の操るオーブが敵陣中に突貫、周囲に光弾をばらまいてかく乱する。
(その発想はなかったわね。天才だわあなた)
陣中に到着した咲夜がナイフを閃かせる。オーブは咲夜の周囲をまわって敵弾を弾いていく。オーブが防御に集中している間、咲夜はナイフの投擲に集中した。
「貴方に褒められても。ちっとも嬉しくないです」
咲夜の背後に二匹のカラスのくちばしが迫る。しかし、すでにカラスは永琳の攻撃によって沈黙しており、咲夜の脇を通って墜落していった。
(私が思いつかなかったことは大抵天才クラスの閃きよ)
咲夜とオーブの位置が入れ替わる。咲夜は前方に固まった集団に貫通力の高いナイフを投げ、永琳は後方に散らばった敵を的確に狙っていった。
(……………)
(ウドンゲ。飲ませないの?それとも自分で飲む気になった?胡蝶夢丸ナイトメア)
(いやいやっ滅相もないっ!……あの……お二人とも、もうちょっと、緊張感持ちませんか?)
前方に残っていた集団を近接ナイフで全て切り落とし、逃げるカラスを永琳が精密射撃で落とす頃には、残っているカラスはどこにもいなかった。
「今から緊張しても疲れるしねえ……あら?もう全滅しちゃった?」
(所詮鳥が人間にかなうわけないじゃない)
「それもそうですね」
事もなしに言う咲夜と永琳の背後、咲夜のナイフと永琳の弾幕によって撃ち落とされたカラスたちがぼとぼとと溶岩へ落下していた。登場から一分経ったか経たないかの間に、二十羽近くいたカラスは、空中に黒い羽毛を遺して消滅していたのだった。
その様子は、電光石火の早業でもあり、行雲流水の動きでもあった。咲夜の背後を永琳がサポートし、永琳の手が届かないところを咲夜がカバーする。まるで何百年も共に過ごしてきたかのように二人の呼吸は完全に一致し、迅速かつ無駄のない動きを生み出していた。さほど交流もないはずの二人、しかし現状を見て、鈴仙はただただ愕然とさせられるばかりだった。鈴仙だけではない。神社にいるメンバー誰しもが、二人の戦いに見とれていた。もちろん、咲夜の主人であるレミリアを含めて、である。
(ところで道なりってどっちかしらね。今向かってる方向で合ってるの?ちょっと不安だわ)
「合ってますよ。敵来てるんだし」
(それもそうね)
「あーっと、そこでストップだよお姉さん!」
「?」
背後から迫ってきた声に足を止めると、真新しい死体車を携えた燐が咲夜の行く手を遮った。
「また貴方?手伝ってくれるなら大歓迎なんだけど」
「思ったより早くおにゅーの車が手に入ったから、いち早くお姉さんの死体を積んでおこうと思ってね……って、お姉さん、雰囲気変わった?」
「そう?きっと慈愛の心に目覚めたのね。これからは動物愛護に生きようかしら」
(だったらお肉は食べれないわね)
「生きるためには多少の犠牲は必要なの」
「んー、よく分かんないけど、さっきより楽しめそうだね。死体にしがいがあるなあ。ここじゃ負けたら灰しか残らないからね。さあ、第三ぐらいラウンド始めるよ!」
燐は景気よく死体車を振り回しながら、スペルカードを発動させた。
「妖怪『火焔の車輪』!」
燐が左手を掲げると、放射状に赤と青の炎をばらまいた。元々熱い溶岩地帯の温度がさらに増していく。新しくなった死体車が手に入ってご機嫌なのか、先程戦った時よりも攻撃が激しくなっていた。
激しいスペルを目の前にしても、咲夜はまるで慌てる様子もなく、最小限の動きでかわしながら、ナイフを一本取り出した。オーブから短剣状のオーラが飛び出した。
「よろしく」
(了解)
淡い光を放つそのナイフを構えてから三秒経過と同時にナイフを投げる。咲夜の時間加速によって強烈なスピードを得たナイフは、炎を軽々と切り裂きながら貫通し、燐の左手に掲げられたスペルカードの中心を貫いた。瞬時に炎の放出が止まり、無防備になる燐。
「へ?」
すかさず永琳のオーブが接近し、短剣状のオーラを生やして拘束する。
(はい捕まえた)
「え?あり?」
あっさりとスペルを破られたうえに動きを封じられ、あっけなくスペルは攻略された。何をされたのかよく分からないまま、燐は負けを認めるしかなかった。
(一応聞きたいんだけど、こっちで方向合ってるのよね?)
「う、うん。合ってるよ」
「ちょっと。私が信用できないの?」
(いや貴方、今日けっこうとんちんかんなことしてたし)
「嫌な人ねえ。あ、そうそう。貴方、もう用がないならあのお屋敷にいてくれない?詳しくは貴方のご主人さまに聞いてね」
「うん、分かった……あの、お姉さん?」
「ん?」
燐は何を言おうか迷った。あまりにも変貌した咲夜に対し、燐が思ったことは、ただ友人の無事を祈るばかりだった。
「……お手柔らかにお願いします」
「私より強いんでしょ、そいつ。約束できないわ。じゃあ、急いでるからまたね」
一秒でも早く異変を解決したかった咲夜は、会話もそこそこに切り上げ、さっさと奥へ向かってしまった。やや気だるそうな咲夜の後ろ姿を、燐は呆然としながら手を振るしかなかった。
(あのー、ちょっといい?)
「何よウドンゲ」
(ウドンゲって言うな)
燐と分かれてから少し後。少しも危なげなくカラスや怨霊を撃退しながら進んでいる最中に、鈴仙が咲夜に言った。
(あのさあ、なんか妙に強くない?納得できないんだけど。師匠にこっそりドーピングでもされた?)
「私は元々強いわよ。ただ彼女のサポートが上手すぎてそう見えるだけ」
(ふふ。ウドンゲはまだ従者がなんたるか分かってないみたいね。今までの支援メンバーを思い返してごらんなさい)
(今までの……)
斬りたがりの半霊。
逆に支援されてしまう式神。
自己中心的な天人。
同じく自己中心的な吸血鬼。
酔っ払いの閻魔。
(……どいつもこいつも支援に向いてませんね)
しかし、今回担当の永琳は、わがままな姫に千年以上も従事してきた、いわばサポートの大ベテラン。
(従者は常に他人への気配りを忘れない。最高の従者と至高の従者が組めば……)
(過ごした時間が少なくても、阿吽の呼吸も可能、というわけですか)
(その通り)
「どうりで動きやすいわけですね。ところで、どっちが最高でどっちが至高なのでしょう?」
(うーん、それだけかなあ。全部は納得できないですね)
(……そろそろかしら。ウドンゲ、今から神社を出て、ここの洞窟の入口で待機なさい。中に入ってはだめよ)
(え?どうして洞窟へ行かなくちゃいけないんですか?)
(後で分かるわ)
「何か見えてきましたよ。ではウドンゲ、よろしく」
(ウドンゲは止めてってば!もう!では行ってきます。お二人とも気をつけて)
鈴仙が神社を飛び出す頃、咲夜も溶岩地帯を浮上して抜け出していた。眼下に広がる灼熱地獄を見下ろしながら浮上すると、そこは吹き抜けになっていた。黒くすすけた岩盤で覆われ、円柱状に削り取られている。
「……ウドンゲっていい愛称と思うんですけどねえ。何がいけないんでしょ」
(私も最初は嫌がられたわね。つるっと食べられそうだからじゃない?)
「確かに、彼女を見るといつも食べたくなるんですよ。おっと、そういえばうどんを忘れてはいけませんね。危ない危ない」
(外の世界ではラーメンなんかも流行ってるみたいよ)
「だしの味しだいではいけますね、それ。レシピ持ってますか?」
「なんかひとりごと言ってる人間発見。やっと見つけた。お燐から話は聞いてるわよ!ナイフと時間を操る冥土の人間!さあさあ、かかってらっしゃい冥土人間!」
下から妖怪が浮かび上がり、びしり、と擬音が聞こえそうなほどの勢いで咲夜を指さした。しかし咲夜の視線は、奇抜な格好の妖怪本人ではなく、妖怪の翼へと向かっていた。
「……さっき下仁田ネギって言ってましたよね?とりがらで煮込むのが一番おいしいんですよね、あれ」
(私、鳥のお鍋はあんまり好きじゃないのよね。がらを入れたほうが断然美味しいけど、かと言って入れたら入れたでわざわざ骨を取るのが面倒だし。一番面倒なのは、輝夜の骨を取ってあげなくちゃいけないところなの)
「お嬢様は骨つきもお好きなので助かりますわ」
「うん?いったい何の話をしてるのさ?」
「鳥鍋」
(烏鍋ね。でも、貴方はとても消火に悪そうだわ)
「あれ?私を倒しにきた新しい人間じゃないの?」
「倒しに来たんじゃなくて、ぼろっかすにぶっ倒しに来たの。貴方を倒せば間欠泉が止まるとかなんとか、怨霊が止まるとかなんとか」
「怨霊はお燐の管轄だからよく知らないけど、間欠泉を止めるですって?前の人間もそんなこと言ってたわね。間欠泉はもう止まらないって言ってるでしょう?」
「……あれ、間欠泉を止めればいいんだっけ?怨霊を止めればいいんだっけ?熱で混乱してきました。バトンタッチ」
(この熱反応……そこの地獄烏よ。貴方は太陽を飲み込んだのですね)
「その通り!黒き太陽、八咫烏の力を飲み込んだのはこの私。そして、貴方を倒して、今度こそ究極の熱で地上を焼き尽くすのもこの私でございます。清く正しい霊烏路空、霊烏路空をどうぞよろしくお願いいたします」
「太陽ですって?それは困ったわ。別荘はあきらめた方がよさそうね。残念無念」
レミリアの不満げな顔が目に浮かぶ。太陽そのものじゃないけど、太陽の力となればお嬢様があぶないかもしれない。
(ふむ。八咫烏の力は究極のエネルギー。未来の幻想、核融合の力よ。いかに時間を操る咲夜でも、荷が重いかもしれないわね)
「よくわかりませんが。なんにせよ、ナイフが刺さるなら勝ち目は十分にありますわ。私のナイフは鳥をも撃ち落とすのですから」
「そんなちっぽけなナイフで私を倒すですって?冗談にもなりゃしないわ。超高温、超高圧の世界の中で、ナイフも時間も私にフュージョンされるのがオチね」
「やってみなくちゃわからないわ。私の奇術は不可能を可能にするのよ」
「言うね人間。そうこなくっちゃ。前々から地上進出を邪魔されて、そろそろ私の腹わたも沸騰しそうなんだ。ちゃっちゃとやっつけさせてもらうよ」
空の体から熱が迸る。周囲の空間が熱で歪んでいく。
咲夜はナイフを取り出し、構えた。瞳が赤に染まっていく。
投擲用のナイフはすでに三分の一ほど消費され、近接用のナイフに至っては一本しか残っていない。ナイフを増やす余裕もないし、余力もない。しかし、咲夜の表情に焦りや不安は一切なかった。勝てる見込みが完全に消えてから、じっくりと焦ればいい。
「さて、それじゃあ……」
「覚悟は完了?では……」
空中に展開される銀の刃。
空間に放射される神の炎。
「地獄の太陽──」
「貴方の時間──」
思考は風のない水面の如く穏やかに。
体と心は真夏の太陽の如く燃え上がる。
泣いても笑っても最終決戦。
最後まで笑えるように頑張ろう。
「捌いてみますか」
「喰らってみますか!」
展開したナイフをすべて空へ向かわせる。空は降り注ぐナイフを鼻で一笑すると、核融合によって生み出した極大の熱の塊を放った。ナイフが熱の塊に飲み込まれると、ジュウ、と水が蒸発するような音とともに全て消え去ってしまった。熱の塊と接触しなかったナイフだけが、空の横を空しく通り過ぎて行った。
「……」
「ほら無駄でしょ」
けたけた笑う空をまったく意に留めず、咲夜はスペルカードを宣言した。
「時符『ミステリアスジャック』」
空間を切り裂く対象狙いの高速飛行ナイフ。確実にしとめる拡散状に飛行するナイフ。動きをかく乱する反射ナイフ。そして動きを抑制する放射状に飛行するナイフを、それぞれ流れるような動作で投げつけていく。
「無駄だって言ってるじゃない!核熱!『ニュークリアエクスカーション』!」
緩急をつけながら迫るナイフを大量の核熱で消し飛ばす空。カーブを描きながらナイフを飲みこみ、逆に咲夜へ迫っていく。
予想以上のパワー差に舌打ちしつつ、可視できる範囲よりも若干大きめに回避行動をとる。核融合の弾幕は、溶岩など比べ物にならないほどの熱を帯びていた。互いのカードを切った時点で咲夜は完全に理解した。火力の次元が違いすぎる。魔理沙自慢のパワーを天秤にかけても余りあるパワーの差。自分とは完全無欠に不利な相手である、と。しかし、まだこちらの手をすべて試したわけではない。
(咲夜。跳ね返るナイフはまだ撃てる?なるべく速く飛ぶものを)
「うってつけがありますわ」
素早くカードを取り出してセットする。
(次弾発射後、左から二番目と三番目の弾の間に飛び込んで、北極星が輝く方向へ投げなさい。正面は北北西よ)
瞬時に時計を確認。永琳の言葉と日時を照らし合わせて距離を割り出す。空の攻撃直後、咲夜は飛び出した。熱弾と熱弾の間隔は小さい。一歩間違えれば消し炭では済まされない状況である。しかし、咲夜の瞳にためらいはない。
「逃がさないわよ人間」
熱弾の合間を縫って小型の弾をばらまく空。小型化した分、制御が容易になっており、精度も高い。
まばゆい閃光と轟音が漂う中の攻撃、咲夜といえど目と耳をつぶされたような状況では正確な回避は困難である。わずかな予兆を頼りに紙一重で避けていく。その間に、オーブは空の周囲を旋回し始めていた。
(ちょっと失礼)
「うわっ!?チカチカするわね、目ざわりよ!」
(貴方が言いますか)
オーブは空の周囲を旋回しつつ、小さな光弾を配置していき、空の注意をそらしつつ動きを封じた。
「もう、うっとうしいなあ」
空が弾をばらまくも、オーブは体の小ささと機動性を生かして巧みに避けていく。さらに咲夜への攻撃を軽減させるよう、攻撃を拡散させていた。
やがて大きな障害に見舞われることなく目標の位置へと到達した咲夜は、永琳の助言通りにスペルを発動した。
「『ルミナスリコシェ』!」
放たれる一筋の閃光。加速されたナイフは、空に気付かれないように永琳が設置したオーブを反射しつつ、弾幕の隙間を縫いながら飛行して、やがて空の背後へと迫った。空はオーブに気を取られ、まったく気づかない。
「ん?おおっ!?」
しかし、運よくナイフを視界の端で捉えた空は、紙一重で『ルミナスリコシェ』を避けた。ナイフは空の羽根を舞わせた後、核融合の炎に溶けて消えた。やがてスペルの効果も切れ、カードは灰に変わってしまう。霧散する核の炎。周囲の気温が急速に低下していく。役目を終えたオーブが咲夜の元へ退散した。
「外れたわね」
(使い古しのナイフを投げたわね?新品なら当たってたのに)
「無茶言わない。もう使ってないナイフなんてありませんわ」
すかさず空白のカードを引き抜き、ナイフと光弾でけん制しつつ次のスペルに備える。スペルを発動させていない状態の攻撃は確実に迎撃されるので、常に後手に回らなければならなかった。空は左右に旋回しつつ弾をばらまきながら次のカードを選んでいた。
「どれにしよっかなー」
スペルが破られたにも関わらずこの余裕。前の二人を打ち破ったためか、空は完全に人間を軽視しきっていた。
「次はこれ。爆符『ギガフレア』」
右手の制御棒が咲夜に向けられる。
「どーん!」
可愛らしい掛け声から放たれたのは、視界一面に広がる核の炎。一目散に距離を取り、かわしつつ攻略法を練る。軌道は単純。しかし、数が多く、一発一発の威力も大きすぎるため、大きく旋回しながら避けるしかない。核の炎を壁状に展開されてしまっては、攻撃もままならない。紙一重の回避を続けていた咲夜だったが、やがて壁際まで追い込まれてしまった。背中が焼けるように熱いが、構っている場合ではない。周囲は炎に包まれ、脱出経路はまったくない。ここぞとばかりにカードを切った。
「『咲夜特製ストップウォッチ』」
周囲に時計をモチーフにした魔法陣が展開する。ドーム状に展開し、迫りくる炎を防いだ。そして、生み出された弾幕の隙間をかいくぐって脱出した。動いている弾幕をかいくぐるのは難しいが、止まっているなら話は別。弾幕の時間を止めることで脱出経路を作成したのだった。
しかし、いずれ追い込まれてしまうのも確実。咲夜の集中力は無限ではないし、何よりもスペルカードの残り枚数がわずか三枚となっていた。背中の火傷に顔をしかめつつ、再びカードを引き抜いた。幸い肌が赤くなった程度の火傷、戦いに支障はない。
(……今のスペル……そうか、その手があったわね)
「早めに優位に立ちたいところですが……なかなかうまくいきませんね」
(咲夜。ナイフそのものに時間停止は使える?)
「?」
(ナイフそのものの時間だけを停止させるの)
「できますよ。ほら」
取り出されたナイフはわずかに灰色の光を帯びていた。
「ものすごく頑丈になるので、固い物を切る時に使いますね」
(その状態のまま普通に投げることは?)
「できますけど、あんまり使いません。固くなるだけであんまり意味がないので」
(よろしい。そのナイフを投げてみなさい。いつでもいいから)
「よしきた」
打開策のない咲夜は、唯一の希望である永琳に頼るしか現状を打破する方法がない。使えるものは棒きれでも使う勢いの咲夜であった。
大きく旋回しつつ、機を見計らって投げつけた。核の炎に吸い込まれ、姿を消すナイフ。
「何が起こるのですか?」
(まあ見てなさい)
「きゃっ!?」
一瞬だけ、空の悲鳴が咲夜の耳に飛び込んだ。状況を把握した咲夜は、すかさず大量のナイフを取り出し、全てのナイフを時間停止状態にして投げつけた。炎を貫いたナイフは空へと肉薄した。
「うそ、何これ!?」
空は慌てて避けつつ、制御棒でナイフを弾き落としていった。避けそこなった数本が空の傍をかすめ、薄い傷を作る。絶対的な安全圏を脅かされ、空は動揺を隠せなかった。核の炎が見る見るうちに収縮していく。
(物質間の時間がゼロならば熱伝導は起こらないし、時間が必要な核融合なんてもってのほか。いくら核融合の熱であろうと、その法則は覆せないわね)
「要はかっちこちに固めてしまえばナイフは溶けないということですね」
(……なんでもいいわ。詳しいことは貴方の知恵袋に聞きなさい。とにかく、時間停止だけは有効よ)
「ふふ。こちらから攻撃ができるなら、スペルを使わなくても勝てるかもしれませんね」
(油断しない。向こうの力が弱くなったわけではないわ)
「油断なんてしてませんよ。それに、攻撃もおおよそ見切りましたから」
(……なんですって?)
対峙して間もない時間にも関わらず豪語する咲夜に、永琳は驚きを隠せないでいた。咲夜の自信にあふれる表情から、はったりではないことがうかがえる。
「や……やるわね人間。この空様に攻撃を当てるなんて。次からは油断なしよ」
冷や汗を流す空に対し、咲夜は高みから見下ろしながら余裕の表情で返答した。
「油断してもしてなくても結果は同じ。さっさと次のスペルを出してみたら?」
「っ……たまたま当てたからって調子に乗るな!」
空は天に向かってカードを掲げた。
「おいでませ焔星!『十凶星』!」
空の指先から十個の核の炎が放たれる。炎は周囲の空気を飲み込みながら膨張して、空を守護するかのように旋回を始める。そして本人は十個の“恒星”を縫うようにして大量の弾幕を放った。吹き抜けいっぱいに広がった恒星が周囲の壁を削っていく。けん制目的の『ニュークリアエクスカーション』、攻撃主体の『ギガフレア』とは違い、『十凶星』は攻防一体のスペルであった。
「……やっぱりね」
強大なスペルを目の当たりにした咲夜だったが、その顔にさらなる余裕が生まれていた。ナイフを片手に移動を開始する。恒星の動きに合わせるかのように移動しながら、姿の見えない相手に向かってナイフを投げていく。視覚も聴覚もまともに働かない中でも、ナイフは空の位置を正確に捉えていた。決して空が動いていないわけではない。にも関わらず、狙いが外れることはなかった。
「あいたたたあ!くそ、どうして私の位置が分かるのよ!見えないはずなのに!聞こえないはずなのに!」
「それは貴方の頭が鳥すぎるからよ」
「!?」
『十凶星』の攻撃をいともたやすくかいくぐり、咲夜は空の目前に姿を現した。被弾した様子はまるでない。完全に空の攻撃を見切っていた証拠だった。慌てて距離を取って発射の構えを取る空に対し、咲夜は近接戦闘が仕掛けられるぎりぎりの距離で止まった。
あっさりと懐に侵入されてしまった空は気味悪さを憶えていた。以前の人間二人でさえも、自分の領域に侵入を許してはいないというのに。おかしい。以前の二人よりもずっと非力なくせに、今までで一番追いつめられているように感じる。
「鳥の頭が鳥すぎて何がいけないって言うのよ」
「力が強いくせに攻撃が単純すぎる。軌道を見切るだけなら、はっきり言って妖精より簡単ね。力しかないのよ、貴方の弾幕は」
「!!」
もともと投げナイフには、卓越した技術と、正確に狙いを定める集中力、そして相手の動きを予測する洞察力が特に必要である。動く相手に向けてそのままナイフを投げては当たらない。相手の動きを予測し、予測した場所へ狙いをつけ、正確に投擲する。この三拍子が揃って初めてナイフが当たるのである。時間を弄ったとしても、その法則は変わらない。人外ばかりのこの地で生き残るには、他の誰よりも早く相手をよく知ることこそが、自身を最も長く生き残らせる方法だったのである。戦闘時における相手への洞察力に関しては、たとえ自分よりはるかに頭の良い永琳にも負けない自信があった。永琳を驚かせた先ほどの発言こそが何よりの証明である。
「こんな腕前で地上を支配するですって?パワーだけで支配できるほど、幻想郷は甘くはない。ろうで固めた翼で太陽に迫っても、溶けて墜落して死ぬだけよ?」
「……言うじゃない。弱いくせに。脆いくせに。自分の姿を見てみなさいよ」
咲夜の体は、空の弾幕を避けた際にできた軽い火傷により、ところどころが赤く腫れていた。背中のやけどは既に軽傷とは言い難い。燐との戦いの際にできたすり傷、切り傷も痛々しい。全身に巻いた包帯にはところどころに血がにじんでいる。
対する空の体は皮膚の表面をわずかに傷がついているのみ。血が流れ出た形跡すら見当たらない。
「これが力の差でしょ?貴方がどれだけ上手くナイフを投げたって、これっぽっちしか届いてない。ほらね、やっぱり最後にパワーが勝つじゃない。弾幕はパワー!これっきゃない!」
「確かに貴方にはピッタリな言葉ね」
咲夜はスペルカードを取り出し、発動に必要な力を封じ込めていった。警戒した空も同様にスペルカードを取り出し、魔力を注入していく。カードに封じられていく力の差は歴然である。まさに風前の灯し火、という言葉が思い起こせるほど、その差ははっきりとしていた。
「でも、貴方がその言葉を使うにはまだ早い」
「あの人間の魔法使いも言ってたけど」
「魔理沙は本当の意味を理解した上で使っているわ。貴方と違ってね」
「ふん、だったら教えてもらおうかしら?圧倒的なパワーの前で!『ヘルズトカマク』!」
一足先にスペルを完成させた空が核融合の炎を放つ。空の前後二つに分かれた炎は壁に当たって大規模な爆発を起こした。爆発は何度も起こり、絶え間なく爆風と破片を生み出していた。爆風により咲夜の動きは制限され、同時に爆発による大量の破片が咲夜を襲う。
しかし、咲夜の赤い瞳は、少しのおびえも迷いもなく空を射抜き続けていた。最小限の動きで破片を避けつつ、自分の安全は二の次に、スペルの準備に全力を注ぐ。全ては次回の攻撃への布石のために。
「痛っ!」
痛みに顔をしかめる。少しずつ、細かな破片が咲夜を追いつめていくが、決して準備の手を休めようとはしなかった。これから発動させるスペルは、限られた時間内に、最大限度の速さをもって、最大限度の攻撃を繰り出さなければならない。そのため、使用するナイフ、つまり手持ちの投擲ナイフ全てに時間操作の命令を下さなければならなかった。時間をかければかけるほどに咲夜の体が削られていくが、万全を期さねば本当にやられてしまう。限界と必死に戦いながら、咲夜は宙を舞い続ける。
「どう?単純でも避けきれないでしょ。私のとっておきで消え去るがいいわ!」
やがて空も攻撃に加わり、動きが制限された中での三方向からの攻撃が始まった。破片や熱弾が咲夜の体を掠めていく。大量に飛び交う攻撃の中、未だ致命傷を受けていないのは、永琳が破片を撃ち砕いて防いでいるためだった。
(そんな動きじゃいずれ追いつめられるわよ)
「貴方がいるから大丈夫。頼りにしてますよ」
(……人使いが荒いわね)
「人間じゃないでしょ、貴方」
(貴方とあまり変わらないわよ。体的にはね)
永琳が破片を破壊してサポートするものの、破片の数と爆発の勢いは時間の経過とともに激しさを増していった。だが、相変わらず咲夜の表情に揺らぎはない。自分への信頼。そして相棒への信頼。二つの信頼がある咲夜に恐怖などなかった。
「弾幕に一番大切なもの。それは力(パワー)じゃない。頭脳(ブレイン)でもない。技術(テクニック)でも速さ(スピード)でもない。
咲夜が教えてあげる。一番分かりやすい方法で、貴方の体に刻みこんであげる」
カードの図柄が完成する。咲夜の全てをつぎ込んだ、正真正銘最高の切り札。
「ようこそ───『咲夜の世界』へ───」
カードが空へ向けられる。そしてカードが輝いた瞬間、目を覆わんばかりの大量のナイフが一瞬にして空を取り囲んでいた。
「な……」
見渡す限りの銀色世界に、空は言葉を失うしかなかった。上を見ればナイフの切っ先が垂れ下がり、下を見れば剣山地獄を思わせるほどのナイフの山。前も後ろも右も左も、全ての空間がナイフで占拠されていた。動こうにも、至近距離に設置された刃が体に密着し、吹きとばすことさえできない。
「そして時は動きだす」
咲夜は指を鳴らした。直後、吹き荒れるナイフの嵐。
上からナイフが降る。雨のように空の全身に浴びせかけられていった。
下からナイフがせり上がる。じわじわと空に向けて這い寄っていく。
左右からナイフが飛び交う。肉食獣のように空間を駆けずり回ったのち、獲物めがけて飛びかかった。
背後のナイフに襲われる。さまざまな角度で空の背中に突き刺さっていく。
前方からナイフが迫る。ナイフ同士がぶつかり合い、複雑な軌道を描き、やがて空へと吸い込まれていった。
ナイフの一本一本が、それぞれ速度を変えながら、軌道を変えながら、あるいは発射のタイミングを変えながら、全て空へと殺到していく。空に残された回避方法は、ただ急所に刺さらないように体を丸くすることだけだった。
「うああああ!!」
全てのナイフが空へ向かい終わる。咲夜のカードは灰になり、爆発もまた収まっていった。互いのスペルの効果が消滅したとき、空は全身にナイフを生やした状態で浮かんでいた。既に半べそをかいており、何も言わなくても戦意を喪失しているのは目に見えていた。
咲夜の目が通常の色に戻っていく。勝負は決した。
「あいたたたたたたっ!もうだめ、無理~!降参、こうさーん!」
「もう終わり?まだ戦えそうだけど?」
「痛いのは嫌いなの!我慢してまで戦うつもりなんてないもの」
「そうなの。どう?弾幕はパワーだけじゃないでしょ?」
「あんなのずるいわ。反則よ。避けられないじゃない」
「反則にするまで貴方のスペルで何度も死にかけたけどね。でも、死にかけたおかげで貴方に勝てた」
空が顔を上げた先には、傷だらけの咲夜の姿があった。消耗が激しいのか、息も荒い。全身はまだまだ満足に動くため、重症とは呼べないが、軽傷とも呼べない状態だった。
「分かった?大切なのは、たとえ相手が何者であろうと、勝ち目がなかろうと、自分の全てをぶつけるまで決して諦めないこと。弾幕は───」
咲夜は笑顔で親指で自分の心臓を叩いた。
「心(ハート)よ」
「……………」
空は予想外の言葉に面食らった。
自身の体をよく見てみる。ナイフの傷は全て浅い。今の空なら何日か寝ていればすぐに感知する程度の傷。向こうのほうがよっぽど酷いではないか。
遊び半分の空と、命がけの咲夜。咲夜の言葉が正しいなら、空は咲夜に間違いなく勝てない。そして、これから咲夜に打ち勝つ心を持ち合わせそうにもない。もはや力の差なんて理屈の世界ではない。空は一生咲夜に勝てそうに思えなかった。
でも。
「……はぁと」
「そ。はーと」
「はぁとかあ」
ならば。
(恥ずかしい台詞だこと)
「うっさいですね。さ、勝ったことだから───」
「ちょっと待った」
「……あら?」
突き刺さっていたナイフがドロドロに溶け始めていた。消えていた炉に再び火が灯る。制御棒の亀裂は広がり、空の傷から熱と光があふれだす。
咲夜は急いで距離を離した。安全と思われる位置まで上空に浮上してから、上空に上がったのは失敗だったと後悔した。上には逃げ場がない。
「降参取り消し。貴方のハートは確かに受け取ったわ。だから今度は私のハートを受け取る番よ。貴方が生き残ったら地上進出は諦めてあげる」
「そのまま降参してればいいのに~」
(余計なことを吹き込むからこうなるのよ)
「さあ覚悟して!私のぜんぶ、貴方にぶつけてやるわ!」
今までとは比較にならないほどの熱が周囲に満ちていく。傷口からはとうとう炎が溢れ出し、空の体は完全に熱で覆われた。もはや影しか見えなくなっていた。取り囲んだ熱は球型に変形し、徐々に膨張を始めていた。
空は崩壊寸前の制御棒を頭上に掲げた。そして、正真正銘、最後のスペルを発動した。
「『サブタレイニアンサン』!」
砕け散る制御棒。空気がねじ曲がり、溜めこまれていた熱が吹き荒れた。永琳が簡素な結界を展開し、広がる熱を防いだ。熱と光は長時間にわたって拡散し続けた。大量に発生した光と熱が収まった後、咲夜の視界に飛び込んできたのは、巨大な熱の塊だった。中心は光に支配されて何も見えない。
「自爆?」
(これは……いけない)
「なにがいけないのです──あいたっ」
後頭部に軽い衝撃。振り向けば、細かな岩の破片が咲夜の背後から迫っていた。破片は眼下の光に吸い寄せられ、そして飲み込まれて溶けていった。破片を飲み込むたび、徐々にその大きさを増す光。破片だけではない。咲夜の体もまた、光から放たれる重力によって引き寄せられていた。
「すごい力。ぼやぼやしてたら巻き込まれちゃうわね」
(連鎖的に核融合させている状態ね。もはや彼女は太陽そのもの……中心の重力は相当なものよ。まあ、スペルだからそのうち収まるでしょうけど……そのころに咲夜が無事でいられればいいわね)
やがて余剰エネルギーが光の粒となって周囲にばらまかれはじめた。光弾が壁を砕いて破片を作り、より細かな弾幕となって咲夜へと襲いかかる。咲夜の口調は穏やかだが、心中では自分の命を守るために必死だった。
「なるほど、それはまずいですね。早くなんとかしないと」
(今は安定してるけど、早くどうにかしないとすぐに飲み込まれるわよ)
「……何か手があるんですよね?」
(貴方は何か手がないの?)
「ああ言っといてなんですが、もう手持ちがナイフ一本とカード一枚でして。回収する前にナイフ全部持ってかれました。ほぼ打つ手なしですね。私一人では」
(……そう)
「もう割と神様仏様八意永琳様な状態です。何か思いつきましたか?」
(……あるわよ。絶対に打ち破れる方法)
言葉の中身とは違い、永琳の口調にはややためらいの感情が含まれていた。咲夜は永琳の様子に気づいたが、今は一刻を争う状況、生き残れるならどんなことでもやらなければならない。
「降参以外の方法でお願いしますね」
(……………)
一瞬の間があったものの、やがて永琳は決意した。
(弓を使ったことはあるかしら?)
「ないですね」
(そう。なら私の指示に従って。両手を出して頂戴)
言われたとおりにすると、四つのオーブのうち二つが咲夜の手に収まった。何事かと思っていた矢先、突然オーブが砕け散った。蓄積されていた力が周囲に溢れる。真っ白に彩られた力は、やがて咲夜の掌に収束していった。両手に伝わる温かさが力強さを感じさせる。
「すごい……」
(今からこちらでスペルを使うわ。残りの通信機で貴方を守ってあげるから、貴方はイメージすることに集中して。太陽を貫く光の矢を)
「弓がないですよ?」
(貴方がいるじゃない。さあ、時間が惜しいわ、すぐに始めなさい)
永琳は咲夜の周囲に結界を展開した。結界に触れた破片や光弾はかき消されていったが、その度に結界に亀裂が走った。しばらくは耐えられるだろうが、攻撃の激しさから見て長く耐えられる代物ではなさそうだった。
咲夜は目を閉じた。弓矢を構える自分の姿を想像する。しかし、すぐにその姿をかき消し、別の人物を思い浮かべた。今の自分を支援してくれている、彼女の姿を。
咲夜は両手を前に突き出し、組み合わせた。左手を固定したまま、右手を後ろに引いていく。両手から一筋の光が伸び、やがて光は一本の矢となって咲夜の手に収まった。
(上出来よ)
「優秀な先生がいましたから」
(今から結界を解くわ。機を見て撃ちなさい。でも、直接当てたらだめよ)
「?」
(死んじゃうかもしれないから、彼女。子どものいたずらみたいなものだから、相殺くらいにとどめておきなさい)
「……………」
つまり、この一撃には相手を殺すだけの威力があるということ。相応の反動も考えなければならない。
(だからとどめは貴方に任せるわ。できるでしょ?)
「……では、残り一つの球もさっきみたいに使えるようにしてくれませんか?」
(分かった──っ!咲夜、上っ!)
緊迫した永琳の声に天を仰ぐ。大量の岩石が暴走する恒星めがけて降り注ごうとしていた。降下のコース上にいる咲夜の直撃は免れない。上は岩石。下は太陽。逃げ場はまったくなかった。
(こんなときに!)
「……………」
交錯する二人の思考。しかし胸中にある思いはまるで違っていた。
永琳は咲夜を生かすことに全思考回路を展開していた。
しかし咲夜は。
(まずい、もう攻撃に力を回す余裕がないわ……咲夜、攻撃は中止よ。今から全エネルギーを防御に集中させ───)
「いえ、このままやります。結界を解いて」
(正気!?相討ちじゃ済まされないのよ!?)
「いいから早く!」
しかし咲夜は、相手を倒すことに全思考回路を展開していた。
永琳は迷った。力を解放した通信機を使用して強固な結界を展開すればこの危機をしのげる。咲夜の無事は確実なものにもなる。だが、咲夜の迷い無き目を見た永琳は、どうしても強硬する気が起こらなかった。もはや時間を止める余裕すらないのに。
迷いは無駄な死を生む。一刻の猶予もない状況下、文字どおり一瞬の葛藤の後、永琳は咲夜の行動に賭けてみることにした。彼女が信じたのだから、こちらも信じてみようと思ったのだった。
結界が解かれる。その瞬間、咲夜は矢をつがえたまま太陽に向かって急降下を開始した。そして残ったオーブを体に密着させ、十分な加速をつけた後、
(!!)
ナイフと同じ要領で、自らの時間を停止させた。
完全に無防備な状態で落下する咲夜は、やがて人工の太陽に飲みこまれてしまう。
(──ッ!!)
永琳がオーブに向かって叫ぶも、静止した時間の中では光も音も届かない。周囲に全てを焼き尽くす眩い光が満ちる中、時間が止まったままの咲夜は太陽の中を突き進んでいった。太陽の重力が咲夜を引きこむか。咲夜が重力を振り切るか。それは太陽を突き破った咲夜が結果を示していた。
そのまま眼下に広がる溶岩へ飛び込む勢いのまま降下を続ける咲夜。迫る溶岩。このまま飛び込んでしまったら、間違いなく命はない。接触が間近になっても、咲夜が目を覚ます気配はなかった。
(──ッ!!)
永琳は叫んでいた。無駄と分かっていても叫ばずにはいられなかった。
「……大丈夫」
接触の手前、咲夜の体は急停止した。開かれた目は再び赤に染まっていた。
どうして「大丈夫」などと言葉が出たのかよく分からないが、なんとなく言わないといけないような気分だった。
太陽は固体ではない。気体である。時間さえ止めることができれば、熱に関係なく通り抜けることができる。あとは人工太陽の重力を抜けられるほどの加速で振りきればいい。ただし、咲夜がこの事実を知っていたかどうかは定かではない。
(焦ったわよ、もう……)
「ふふふ。無茶した甲斐がありましたわ。さあ、思いっきりどうぞ」
(……構え)
空中で体勢を立て直し、左手を太陽へと突きだした。もはや咲夜と永琳を阻むものはなにもない。
(紅弓『天穿つ英雄の白矢』)
宣言と同時に咲夜は撃った。視界が白に染まる。骨がきしむほどの反動がスペルの威力を物語っていた。光速で放たれた光は一瞬にして太陽を撃ち貫き、熱も光弾も上空の岩石すらも消滅させた。星の生誕以上の轟音。鼓膜が震え、視界も光が眩しすぎてままならない。
やがて光と音が徐々に沈んでいく。頭上に太陽の姿はなく、代わりに天井に巨大な穴が開いていた。姿を現していたのは煌々と輝く星月夜。射線上に残っていたのは、スペルを破られ無防備になった空ただ一人。
痛みに悲鳴をあげる体を動かして、咲夜は即座に最後のスペルカードを取り出した。左手のオーブが砕け散る。右手に銀のナイフを。左手に光のナイフを。そして咲夜は空の元へ加速した。
「傷魂──」
スペル発動の直前。咲夜は空を見た。はしゃぎ疲れた子供のように、満足した笑みを浮かべていた。
「『ソウルスカルプチュア』」
一閃。そしてまた一閃。銀の刃と光の刃が空間ごと切り裂き、幾重にも折り重なって空へと叩きこまれた。空が威力に押されて壁際まで吹き飛ばされても、なお刃は止まらず、周囲の岩石ごと斬り続けた。やがて、空が完全に壁の中に押し込まれるまでナイフを振るい続けてから、咲夜の腕はようやく止まったのだった。
耐久の限界を超えて砕け散る銀のナイフ。役目を終えて霧散する光の刃。降り注ぐ柔らかな月光を背に受けながら、咲夜は今度こそ勝利を確信した。長かった戦いがようやく終結したのだ。
「……生きてる?」
「……生きてるよ」
崩れ落ちた壁の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「よかった。とりあえずこれまでの憂さ晴らしができたわ」
「私も。やられたけどすっきりしたわ。弾幕はハート。うん、なんとなくわかった」
「あ、それ訂正する」
「?」
「弾幕は魂(ソウル)にするわ」
「どこが違うのさ?」
「こっちのほうが響きがかっこいい」
「……なんか急に負けたの悔しくなってきちゃったなあ」
咲夜は安定している足場を選んで、切り崩された壁に降りた。永琳のスペルで熱ごと吹き飛ばされたのか、座っても熱くなかった。
「ちょっと休憩しないと。さすがにしんどいわ」
上空から吹き抜ける風が気持ちいい。このまま眠ってしまいたかったが、まだやることが残っている。今寝たら当分起きられないだろう。
「今の、なによ。私よりずっとパワーあるじゃないのさ」
「それは先生が教えてくださいますわ。先生、どうぞ」
(ずっと昔に、十個あったうちの九つの太陽を撃ち落とした男がいてね。彼の弓矢にあやかったのよ。太陽を撃ち落とした矢なら、人工の太陽なんてちょちょいのちょいってわけ)
「太陽って十個もあったんですか?」
(……昔の話よ)
「ほへー。よく分からんけど、すごいねえ」
(貴方が使った十凶星のうちの九個を撃ち落とした矢なんだけど……まあ、地獄烏に言っても仕方ないか。
ところで貴方、空って言ったわね)
「うにゅ?」
(核融合の力を扱えるんですって?ちょっと地上に来て私を手伝ってもらえないかしら?)
「またまた変なこと考えてる」
「えー。今日はもう疲れたからまた今度~」
ぐぎゅうう、と壁の中から大きな腹の音が鳴った。つられて咲夜の腹も、きゅう、と小さく鳴ってしまう。咲夜は腹を押さえながら咳払いをした。
(……今ならそこの咲夜が美味しい鍋を作ってくれますわ)
「え?」
(地下の珍しい食材いっぱい)
「ガス爆発キノコ……」
「それは絶対に入れない」
(今この機会を逃したら食べられないわよ。なんたって彼女は幻想郷で一、二を争うほどの料理の達人なのだから)
「行く!」
咲夜の真横がはじけ飛んだ。中から完全に元気を取り戻した空が両手をいっぱいに広げて現れて叫ぶ。
「どのくらい美味しいの?死体の丸焼きよりまずかったら焼き払うわよ!」
「それはないから」
「むひゃー、テンションあがってきたわ!」
空中に飛び出してぐるぐると飛び回る空を見て、咲夜はため息をついた。あの元気さはうらやましい限りだ。
「……もう、大げさですよ」
(どうせ適当に誘おうと思ってたくせに)
「まあ、そうですけど。やっぱり貴方にはお見通しでしたね」
(お鍋は大人数で食べたほうがおいしいもの。さあ、そろそろ戻ってきなさい。いつまでも迎えのウドンゲを一人で待たせておけないわ)
「はいはい。ゆっくり戻ってきますよ」
咲夜は腰を上げ、未だ興奮冷めやらないままに飛びまわる空を見上げた。本物の太陽のような笑顔を浮かべた空を見て、改めて気合いを入れ直したのだった。
ED 地霊達の帰宅(博麗神社境内)
酔いもお祭り騒ぎも醒めやらぬ博麗神社境内。神様が通る参道のど真ん中で、ぐつぐつと音を立てる巨大な土鍋。それを取り囲む妖怪たちは、土鍋のふたが開く瞬間をいまかいまかと待ち続けていた。咲夜はそっと蓋をずらして中のだしをすくい、一口すすった。
「おまたせしました皆さん」
巨大な土鍋のふたを取り外すと、真っ赤なだしで煮込まれた洞窟の幸が詰め込まれていた。湯気が立ち上ると同時に、スパイシーな香りが辺りに充満する。まるで溶岩に煮込まれているかのようだった。
「咲夜特製・地獄珍味盛り盛り鍋でございます。さあどうぞ、ご自由に、お召し上がりください」
咲夜の声とともに妖怪たちが一斉に鍋へと群がった。妖怪たちの中には、地底で咲夜と戦った者の姿もあれば、匂いにつられてきた周囲の妖怪たちも加わっており、もはや神社は完全な百鬼夜行と化していた。その楽しそうな様子を、全身包帯だらけで動けない人間二人が恨めしそうに眺めていた。
鍋周辺が軽い戦場と化している中、咲夜はいくつかの椀をトレーに乗せて喧騒から抜け出した。向かう先には地霊殿の主、さとりの姿があった。本来なら地上に出られないさとりだが、第三の目を一時的に閉じ続けることを条件に許可されていた。
「思った以上に良質でしたわ。ご協力感謝します」
「お空の件に比べたら軽いものです」
「あら?お嬢様はどこへ?」
「知らないわ。ふらふらどこかへ言ってしまったけど……戻ってきたみたいね」
一人輪の中から抜け出していたレミリアはとても上機嫌だった。咲夜の活躍で紅魔館の評価を上げられたし、便利な通信機器も手に入れた。大穴狙いの賭けにも勝って、懐具合もほかほかだった。
「あら、できたの。ちゃんと確保できた?一個だけのスーパーレア食材」
「勿論、ぬかりはありませんわ。地獄名物、金箔の冬虫夏草」
咲夜が椀のふたを開けると、鍋の中身が珍味とともに綺麗に盛り込まれていた。真っ赤なだしの中で、ひときわ目立つ金色のきのこが浮かんでいる。
「パーフェクトよ咲夜。さすがだわ」
「感謝の極みです」
「いいわねえ。私だってめったに食べられないのに……」
「貴方も雇ってみたら?咲夜みたいな人間。人間はいいわよ。妖怪や妖精と違っていろいろ気がきくからね」
「うーん。ペットにするなら考えてもいいわ」
「お嬢様の言うとおり、とどめを刺しておくべきだったのかしら?」
「ごはんもおいしいしねえ……ふふふ」
レミリアはちらりちらりと、咲夜とさとりを交互に見ながら笑った。心が読めない状態のさとりは、レミリアの心が読めないために不安になった。なにか企んでいるのは明らかだった。
「……なんですか吸血鬼。何か面白いことでも?」
「いやちょっと、さっき面白い奴に会ってね。まだその辺にいるから、気になったら探してみれば?ふふふ。いずれ咲夜にも、そして貴方にも分かることだわ、古明地さとり」
「……今ほど心を読みたい時は無いわね」
「また嫌な予感がしますわ」
さらに上機嫌さを増すレミリアと、不安だらけのさとりは、周囲の喧騒を眺めながらお鍋を味わうことにした。数少ない洋館に住む者同士、実は相性がいいのかもしれない。
遠くで唸りを上げる間欠泉の音が聞こえる。そういえば美鈴が、一緒に温泉に入って星見酒でもしようと言っていたような気がする。なんとなく、傷が治ったら、暇な時に付き合ってみてもいいかな、と思った咲夜なのであった。
EXは妹様なんかどうでしょうね?共通項多いですし。
美鈴は…、またの機会でww
サポートする側も中々・・・映姫様が凄いことになってましたけど。
最後には皆で鍋を食べて締めるという。
包帯だらけの二人って霊夢と魔理沙ですか?
脱字の報告
>~常に後手に回らなければならなった。
この分ですけど「か」が抜けてますね。
あと・・・誤字を見つけたんですけど、どこにあったのか忘れてしまいました・・・。
ただ・・・「ら」にしなければいけない部分が「た」になっていたと思います。
以上、報告でした。
EXのパートナーはめーりんか遭えて出てこなかった幽香を希望します!
こういう関係の二人は大好きです、とてもニヨニヨできました
武器がナイフな咲夜さんは会っただけでジュッなお嬢様ほどでは無いにしろ、
空ちゃんとは絶望的に相性が悪いと思っていましたが、
時止め能力を用いて瀟洒な攻防を成したところで目から鱗がいっぱい採れました。
EXはやっぱ妹様がいいと思いますね~
館主に対峙したお嬢様、の姉対決と対になりますし
弾幕は魂(ソウル)&心(ハート)!
えーりんが組んでくれてすっごく嬉しいですです。
前作を拝見した時漠然と「あぁ、多分美鈴は無いな」って思ってたら案の定。
お嬢様がラストかなぁという予想が良い意味で裏切って貰えて感無量。
だいじょぶ、こんな四季映姫様も愛してる。
この咲夜さん、ナイフの代わりに自分の時を止めたら、火傷も切り傷も負わないんじゃないかとか、
ナイフの時間を止めたら、固体の振動も止まって絶対零度状態が再現できるんじゃないかとか
フルに能力使ったら色々凄そうです。
太陽は気体というよりプラズマな気が。
幻想郷の科学レベル的には気体と思い込んでいるほうがそれらしいと思いますが。
未だにノーマルクリア出来ない自分でも、この二人でならおくうを倒せる気が……!【気のせいです】
EXパートナーリクは椛で如何でしょうと。
EXも永琳(ry
自分自身の時間を完全に止めてしまうと、意識も完全に停止してしまうので下手すると永遠に解除不能になってしまうかと。ダイの大冒険に出てきた凍れる時の秘法状態ですね。
時間の流れをごくごくゆっくりにした上で、あらかじめ「何秒後に能力を停止する」と設定しておくのが一番確実な使い方かと。
EXは今回割は食わされても鍋は食えなかった人間二人に救いの手を……
普通こういう形だと途中で大なり小なりだれが出てくると思うのですが、
パートナーが毎回代わるというやり方とそれぞれのステージの展開の違いがそれを無くしてますね。
鍋よろしく美味しいSSでした。
EXは……正直ここまできれいに締めてくれればいらないかなぁと思いましたが、
一応妹様かパチュリーで。
地霊殿の連中がしっかり強いのも嬉しいところです。
EXは・・・やはり最強妹対決が見たいので、フランがいいかなぁ。
EXは・・・フランちゃんか、守矢組で。
前後編あわせてかなりの長編だったけど、飽きずに楽しめました
EXは、出番の無かったフランか幽香りんあたりに期待
EXは人間組か守矢組で
酔いどれ閻魔様は軽々しく死刑死刑連呼するなw
EXは人間組でぜひ妖々夢自機トリオを。
ブログの方も拝見しましたが設定凄いですねー
お見事でした
暴走映姫様はむしろ胸がキュンキュンしちゃいました。
EXはここでまさかの靈夢 or 魔理沙とかどうでしょう。
彼女達がサポートに回るというのも以外に楽しいかもしれません。
迫力ある戦闘シーンが素敵でした。
でも咲夜さん、避けられない弾幕は反則ですよ!!!
酔っ払った映姫様も笑わせていただきましたw
EXは……やっぱ妹様で読みたいです。
良いさっきゅんでした、ゴチソウサマ~
いや、とっても楽しませていただきました。
スペカの使いどころとか、咲夜スキーにはたまらない仕上がりでした。
ところで指摘なんですが「ルミナスリコシェ」ではなく「ルミネスリコシェ」ですよ。
意図的な変更でしたら失礼。
あと、
> 一呼吸吸う度に肺が焼けるような感覚を覚えてしまう。
ここは「一呼吸するたびに」か「ひと息吸うたびに」が適切かと思います。頭痛が痛いみたいなもので。